ポリフォニックな世界観に揺さぶりをかけるかのようなフォースフリーなギター・リフ。驚きだ。ハイ・プレイシズにまったく期待していない要素である。アルバム全編を支配する4つ打ちの力強さにも同様の意外性がある。が、このギターの重用と明確なビート感覚こそが、ハイ・プレイシズらしさの裏をかく今作の2大要素である。
アニマル・コレクティヴやギャング・ギャング・ダンス、ダーティー・プロジェクターズをはじめとしたブルックリン・アクトたちは、昨今のモードであるトライバル/プリミティヴィズムに先鞭をつけている。彼らはギター・リフという力の象徴のような方法論、「伴奏と歌」というような西洋音楽的でホモフォニックな構成を避け、4つ打ちなどもってのほか、小節線の見えるような截然としたリズム・パターンを避け、やわらかく世界と対峙する姿勢をひらいた。この手のスタイルの先例ならいくつもあるが、彼らには急速に進行するハイブリッドな世界にさらされた若者たちの、新しい態度表明のようでもあった。世界の底は抜け、拡張している。この世界をそれでも愛していくとすれば、どのような方法が可能だろうか。もちろんボアダムスからの影響も大きかったと思うが、その問いの上でチョイスされた"トライバル"でもあったのではないか......。
〈スリル・ジョッキー〉の男女デュオ、ハイ・プレイシズもブルックリン・アクトの重要なひとつである。『ハイ・プレイシズ・ヴァーサス・マンカインド』は2008年の『ハイ・プレイシズ』以来のフル・アルバムで、ふたりは今作であっと驚くモード・チェンジを果たしている。
スティールパンと抜けのいいメアリー・ピアソンのヴォーカル、わずかなディレイを伴ってひろがるサイケデリア、軽やかな打楽器。あのソフトでミニマルなハイ・プレイシズ・サウンド、そこに突如としてギター・リフと4つ打ちが闖入する。二元論的なアナロジーになるが、あらゆるものが融け合って存在する"女性的"な世界がこれまでのハイ・プレイシズなら、分節し、統制し、世界を動かす"男性的"な力が今作を色づけていると言えるだろう。これがタイトルにある「ヴァーサス・マンカインド」ということなのかもしれない。"マンカインド"は"人類"また"男性"の意だ。
冒頭の"ザ・ロンゲスト・シャドウズ"、続く"オン・ギヴィング・アップ"の2曲を聴いただけでも、そう解釈するのに充分だと思われる。独特の残響とスティールパン、トライバルなパーカッション、そして浮遊感あるヴォーカルという彼らのスタイルはもちろん生きている。だが、シンプルだが印象的なベース、圧倒的なヘゲモニーを持って打ち鳴らされる4分音符のキック――ぐっとロック寄りなサウンドになっている。ファズがかったギターとディレイの効いたスネアはセクシーでもある。"男性性"が強調されたからだろうか、メアリーのヴォーカルもとくに2曲目など随分と艶やかだ。〈イタリアンズ・ドゥー・イット・ベター〉あたりのつやっぽい女性ヴォーカルと並べても違和感がないだろう。
アルバムは、彼ららしいカリビアンで小作りなエクスペリメンタル・ポップを折々に交えながら進む。それでもやはり耳に残るのは"コンスタント・ウインター"や"ホエン・イット・カムズ"などのダンサブルでアシッドなロック・ナンバーだ。曲によっては『スクリーマデリカ』をも彷彿させる。
こうした傾向がいったい何を意味するのか、"マンカインド"との対決はどういう結末を導くのか、その点は判然としない部分もある。が、それでも、この10年トライバル・サウンドにつき合ってきた耳には、本作を新鮮に聴くことができる。
トライバルに関してはファッション・ブランドがいまになって追随しているようだが、今年に入ってアニマル・コレクティヴ・フォロワー(あくまでフォロワーに限る)を筆頭に、同傾向の新人バンドは急激に新鮮味を失っている。いまは何か新しいものをと人びとの心がはやるには、難しいタイミングかもしれない。さて、本作は今後10年にとって何かの火種となり得るだろうか。少なくとも、今年はじめて微かな異質さを聴き取った作品だった。






















"UKガラージ"がテムズ川から南に位置するクロイドン近郊で"ダブステップ"へとトランスフォームしたのは周知の通りである。そこからしっかりと広がって、あるいはインターネットや媒体などを通してウイルスの如く目まぐるしい速度で感染していったわけだ。いまは亡きクロイドンの伝説的レコード店〈Big Apple〉から育っていったダブステップの先導者たち――スクリーム、ハイジャック、ローファーなども、"ガラージ"というフィルターを通り、インスパイヤーされている。実は筆者は2001年から2004年までのあいだのロンドン在住中、サウスロンドンのクラハムノースに住んだことがある。が、当時サウスロンドンでこのようなムーヴメントが起こっていようとは知る由もなかった。たしかにクロイドンが位置する南ロンドン周辺は、古くからジャマイカン・ミュージックやジャングル、ドラムンベース、ガラージの恩恵を受けた音楽が豊富なエリアではあるが......。
〈ノンプラス〉とは、ディープでアトモスフェリックなドラムンベースをリリースしていたインストラ:メンタル(Instra: Mental)主宰のレーベルである。インストラ:メンタルは、2009年に〈ノンプラス〉を立ち上げ盟友ディーブリッジ(dBridge)とともに「ワンダー・ウェアー/ノー・フューチャー」をリリースすると、続いてインストラ:メンタルの「ウォッチング・ユー/トラマ」を発表、シーンにディープ・ドラムンベースとでも呼ぶべき新風を巻き起こしている。ところが、2009年中頃からダブステップへとシフトしていくのである......もっともインストラ:メンタルの"音質"と"ダブステップ"との相性が抜群であったのは明らかだったのだが......。とにかく、彼らはダブステップへの転身により、アーティストとしてより輝き放ったのである。
いまもっともホットな......と言うか、流行っている......と言うか、制作者が目指しているといったほうが適切かもしれない。ダブステップのサブジャンルとして絶大な支持を得ているアトモスフェリック・ダブステップという潮流である。ロンドンの現在の事情に詳しい友人からそう聞いた。つまり、数年前のブリアルやコード9のようなアトモスフェリックな曲調は、あったことはあった......が、しかし、それを飲み込む程のダークな質感やインダストリアル・ノイズ・スケープといったものが上回っていたため、純粋の"アトモスフェリック"と言うものが流行りだしたのは、ここ最近に至っての話ではないであろうかと思う。どこか......このようなひとつのジャンルが派生していった流れは......と考えたとき、まったく同じ現象が時代を経ていま起こっていると気付いたのである。これは、90年代の中期に一世を風靡したドラムンベースのサブジャンル"アートコア"である。
DJの視点からみて、このうえなく重宝する作品と言うのは多々ある。DJミックスによって素材の重なり具合によって作品の表情が180度変わったり、そこから予想だにしなかったグルーヴが生まれたりと......ロング・ミックス/ブレンドをこよなく愛す筆者の三台ミックス・スタイルにとって、小節単位でミックス部分を計算し、レコードをサンプルのように使うこの方法は、シンプルなサウンドほど変化させがいがあり、そこに"ハマる"貴重なものを見つける快感があるというわけだ。



photo : Yuki Kuroyanagi
photo : Yuki Kuroyanagi









