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フランスのスピリチュアル・ジャズのレーベルとして知られる〈ヘヴンリー・スウィートネス〉だが、"天国のように甘い"というレーベル名が好事家たちを虜にするその音楽性を物語っている。だいたいスピリチュアル・ジャズという当時のタームをそのまま3~40年後の2010年に使用すること自体、誤解を招きやすいというか、実際のところその音楽も後期コルトレーンのようなハードな信仰心を表したようなものばかりがすべてではなく、それよりももっと"天国のように甘い"感覚がこのジャンルには多くあるように思う。むしろその感覚があるからこそ、この20年、スピリチュアル・ジャズはDJカルチャーの陶酔感とともにあったのだ。
ハウスではサン・ラーからアーチー・シャップまでを再構築したセオ・パリッシュが代表格だが、まさにそのパリッシュ・ヴァージョンのサン・ラーをリリースしたオランダの〈キンドレッド・スピリッツ〉を拠点に世界に知れ渡ったUS西海岸のカルロス・ニーニョ率いるビルド・アン・アーク(メンバーのひとりはフライング・ロータスの作品にも参加している)、あるいは現代のギル・スコット・ヘロンとも呼ばれるトリニダード系の詩人/作家のアンソニー・ジョセフを擁するロンドンのザ・スパズム・バンド......、えー、それから卑近な例ではカール・クレイグが70年代のデトロイトにおけるスピリチュアル・ジャズのレーベル〈トライブ〉との交流を新しい音源として発表している。こうしたクラブ系の動きは、70年代的な精神主義への傾倒も少なからずあったのかもしれないが、音楽的に言えばその雑食性(ジャズ、ファンク、アフロ等々)がクラブ・ミュージックにマッチしたのだと思う。〈ヘヴンリー・スウィートネス〉から昨年リリースされたドン・チェリーとインディアン・パーカッション奏者、ラティーフ・カーンによる1978年の『Music / Sangam』など、チャリ・チャリや高橋クニユキのような音楽の青写真とも言える。まあ、70年代の精神主義がそしてニューエイジへと辿った道筋を振り返れば(占いブームや自己啓発、あるいはオウム等々)、クラブ・カルチャーの通俗性がむしろスピリチュアル・ジャズのスピリチュアル加減を良い意味で抑止していると僕は考えたい。
2006年に設立された〈ヘヴンリー・スウィートネス〉は、このジャンルの代表格、ダグ・カーンやダグ・ハモンド、あるいはフリー・ジャズ系のサックス奏者として知られるバイアード・ランカスター等々のお歴々の入手困難だった盤を再発してはマニアたちを喜ばせている。と同時にアンソニー・ジョセフ&ザ・スパズム・バンドやロンゲッツ・ファウンデイションといった"現在"の音楽も発表しながら、ジャズ・ファンが陥りやすい単なる懐古趣味に閉じこめられないよう努めている(まあ、いまではロック・ファンの大半もそうか......)。
今回はレーベルにとって最初のコンピレーションで、CDで2枚組、CD1はレーベルのベストでCD2はヴァイナルで発表したリミックス/カヴァーがフィーチャーされている。フォー・テットやカルロス・ニーニョによるリミックス、あるいはブルックリンのジャズ・ファンク・バンド、チン・チンによるカヴァー、フランスのダンス・バンドのブラックジョイによるリミックス、UKヒップホップのフルジーンスとキッドカニーヴィルによるリミックス......などが収録されている。
フォー・テットのリミックスが最高である。彼は2曲手掛けているが、とくにダグ・ハモンドの"ドープ・オブ・パワー"のリミックスは、アーサー・ラッセルの『ワールド・オブ・エコー』をダブステップにしたようだ。カルロス・ニーニョによるジョン・ベッチ・ソサイエティの"アース・ブロッサム"のリミックスは、スピリチュアル・ミュージックの音的な面白味を強調し、モダンなチルアウト・テイストを加えている。ブラックジョイのリミックスは洒脱でラウンジーなジャズで、フルジーンスやキッドカニーヴィルによるストリート・テイストの注入も面白い。
しかしこのコンピレーションを楽しむなら、やはりCD1だろう。"天国のように甘い"ジャズを堪能できるのはこちらだ。生きる伝説たちのキラー・チューンに混じって、ここにもザ・スパズム・バンドやロンゲッツ・ファウンデイションのような新しい世代の音源も収録されている。そしてレーベルが選曲するだけあって、どの曲も魅力的で、聴いてうっとりしてしまう......とは言うものの、いわゆるスピリチュアル路線よりも、逸脱しているほうが僕の耳には面白い。ドン・チェリーとラティーフ・カーンによる"エアーメイル"はいま聴くとハイブリッドなチルアウトに聴こえる。チン・チンによるそのグルーヴィーなカヴァーも素晴らしい出来だった。あるいはまた、ザ・スパズム・バンドの灼熱のパーカッションとポエトリーは路上の匂いを運んでくれる。
ちなみにCD2の冒頭はバイアード・ランカスターの"聖なるジョン・コルトレーン"ではじまっている。このジャンルのパイオニアに対する最大限の敬意のつもりなのだろう。が、たとえそれが誰であろうと、聖人視するのだけはどうしても違和感を覚えるのであります。ちなみに"天国のように甘い"はバイアード・ランカスターのアルバム名である。
野田 努