「!K7」と一致するもの

DJ MASA a.k.a conomark - ele-king

これからもずっと好きであろうアルバムあげてみました。2013年もどうぞよろしくです!
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all times best


1
Chico Hamilton - The Dealer - Impulse!

2
The Tony Williams Lifetime - Turn It Over - Polydor

3
Niagara - Niagara - Mig

4
Art Blakey - Holiday For Skins - Blue Note

5
V.A - The Garage Years - 99 Records

6
NEU! - NEU! - Gronland

7
Herbie Hancock - Dedication - CBS/SONY

8
The Watts 103rd Street Rhythm Band - In The Jungle Babe - Warner Bros

9
WAR - Young Blood - UA

10
Donny Hathaway - Live - Atco

DJ KAMATAN (PANGAEA) - ele-king

DJ schedule
4/6(土) @名古屋KalakutaDisco
4/13(土) @神戸 Bapple
5/3(祝) @仙台PANGAEA with Universal Indiann
5/25(土) @仙台PANGAEA with 山仁
6/5(水) @仙台 ADD
6/6(木) @江ノ島OPPA-LA with ラビラビ
6/8(土) @仙台 ADD
6/14(金) @仙台PANGAEA with DJ 光
6/29(土) @仙台PANGAEA with ラビラビ&ALTZ

仙台PANGAEA
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本日のレコードバッグ(順不同)


 
Seekers International - The Call From Below - Digitalis

 
Ivano Tetelepta & Roger Gerressen - Floating Ep - Fasten Musique

 
Abdulla Rashim - Semien Terara - Abdulla Rashim Records

 
The Soft Walls - The Soft Walls - Tough Love

 
Lando Kal - Let You In The Sky - Icee Hot

 
Paul Woolford - Can't Do Without - Phonica

 
To Rococo Rot - He Loves Me(Four Tet Remix) - City Slang

 
Beat Conductor - I Can't Go For That - Spicy

 
Behling & Simpson - Where The Oh's - Apple Pips

 
Hollie Cook - Prince Fatty Presents Hollie Cook In Dub - Mr Bongo

Lapalux - ele-king

 音や声の構成の多様性に耳を奪われる。
 国分純平のライナーノーツによれば、ラパラックス(スチュワート・ハワード)はカセット・テープとともに育ってきた。「いつだってカセットの音が好き」な人らしい。このアルバムもカセット・テープの早回し音のイントロではじまり、早回しではないがテープのアウトロで終わる。
 カセット・テープといえば、近年はダンス・ミュージックやヒップホップのミックス・テープの文脈で語られることが多い。しかしこのアルバムの音楽は「まずビートありき」ではない。
 制作テクノロジーをヒップホップ、ハウス、その他のダンス・ミュージックと共有しており、音楽的にそういう要素も使われていないわけではないが、ビート以上に音や(歌)声が思いがけないタイミングや色彩で入ってくるのがおもしろい。
 全体の見取図が先にあるのか、手作業を積み上げてこういう音楽になってくるのか、いずれにせよ凝った編曲は、クラブ/ダンス・カルチャー以前の音楽とのつながりを強く感じさせる。
 アルバム・タイトルはノスタルジー+シックの意味。意識して音楽と向き合いはじめたのが世紀の変わり目のころという今年25歳のアーティストのノスタルジーが、いくつもの時代にまたがっているところが、重層的な情報の中で生きざるをえない今の音楽らしさだろう。
 女性の歌声や男性のファルセットがフィーチャーされているが、いずれもさまざまな形に加工されている。カセット・ダビングをくりかえして劣化したような、深夜のラジオから遠い国の電波に乗って聞こえてくるような声や音が、人間関係が間接化されていくことへのおそれと同時に安堵をも感じさせる。
 せつないアルバムだ。

interview with Tatsuhiko Nakahara - ele-king

 さて、今回の主役はアーティストではない。イヴェンターである。いっぷう変わったスタイルで注目を集めるライヴ・イヴェント〈月刊ウォンブ!〉(https://gekkanwomb.com/index.html)の企画者、仲原達彦氏に話をきかせてもらった。
 音楽産業の昨今をめぐっては、CDなどのフィジカル・リリースが苦戦をつづけるのに対し、大型ライヴ・イヴェントへの動員が増えているといった話が好んで取りあげられるが、仲原はそうした産業構造の変化を捉え颯爽とイヴェント業界に新規参入を果たした風雲児......とかではない。彼が活動するのは、もっと地味で、もっと儲からないフィールドだ。しかもその規模については、当人が明確に「自分の目の届く範囲」という限定を加えている。筆者がおもしろいと思ったのはこの独特の尺度である。

 仲原が企画するイヴェントは、アーティストありきの公演スタイルではなく、そこにひとつの場所性を生むことを優先するものであるように見える。たとえば〈月刊ウォンブ!〉は月1開催・12回完結という異色のライヴ・サーキットだが、この連続性のなかで〈ウォンブ〉はまるで場所のように機能しはじめる。毎月そこに行く。行くとこのイヴェントのコンセプトをゆるやかに共有した他のリスナーがいる。「○○が出るから観にいく」というよりも〈ウォンブ〉に行く、という感覚が芽生えはじめている印象だ。趣味のコミュニティのような雰囲気に近いかもしれないが、もちろん会員制などではないし、どんな動機で観にいってもかまわない、かつ出演者のタイプも多彩だから、ほどよい流動性と距離が保たれる。それぞれにとっての「行きつけ」となる可能性が入口に横たわっている。

 また、そこに集まる客とアーティストとオーガナイザーという三角形のなかで、やりたいことや金や充実感などがストレスなく回るような、三方一両得なシステムが模索されているようにも感じられる。詳しくは以下のインタヴューを読んでいただきたい。アートや音楽とそのマネタイズにまつわる問題は根深いが、それぞれに理想的な状態や条件を捨てずに運営できるサイズと方法が、たとえば〈ファクトリー〉のころには無理でも、いまならあるかもしれない。(こうしたことに異なった立場と方法で取り組んでいるひとりには、たとえば〈マルチネ〉のtomad氏などがいる。※ele-king vol.7参照)

 ......等々ということがらが、仲原の言う「自分の目の届く範囲」においてなら可能なのではないか。もちろん、仲間内のサークル活動ならば同様の動機によって発想されたものがほとんどだろう。しかし、商業的なイヴェントにこの単位を持ち込むのは難しい。両者は背反する原理を持っている。そのフィールドのなかで「自分の目の届く範囲」だからこそ守り、豊かにすることのできるものを、仲原ははっきりとつかまえている。そしてそうしたものが大切にされていること自体が、じつにいまらしい価値観であると感じられる。大規模イヴェントひとつの価値に、こうしたイヴェントひとつの価値が劣るということはない。むろんどちらにもそれぞれの楽しみがあり、欠点もあるだろう。単純に比べることはできないのだが、音楽イヴェントが提供できるもののなかで、音楽以外の部分が持っているたくさんの可能性について、彼らの活動はまだまだ多くを示唆している。

 仲原は大学在学中から複数のイヴェントを形にし、年若くして企画力も行動力も持ち、何よりも活動の根本にはっきりとコンセプトや理念を据えている青年だ。東京では毎夜たくさんの音楽イヴェントが開かれていて、そこにはさまざまなイヴェンターの思いや苦闘や工夫が、同じだけさまざまな形態と規模をもって展開されているわけだが、その一隅で芽吹きはじめた彼と彼らの活動に注目してみたい。

 では長くなりましたが、どうぞ本文を。収録は〈ウォンブ〉の第2回が行われた2月末。すでに第3回が行われた後のタイミングになってしまって恐縮だが、印象は変わらない。フロアにひとりとして知り合いはいないが、オオルタイチのノイズのカーテンを「やってる?」とくぐることができた。

月1開催・12回完結。〈月刊ウォンブ!〉とは?

僕は企業にいるわけでもないんで、ずっとつながっていてくれる人たちや環境があるというのはありがたいですね。

第1回めってシャムキャッツの印象も強かったためか、華やかでフレッシュな、ロック・バンドらしいバンド・サウンドをメインにした夜、という印象がありました。新しくて勢いのある存在をフック・アップしようという。

仲原:若くて男くさい感じですよね(笑)。初回は元気をつけたいなと思って。

あ、やっぱり「連続もののなかの初回」という意識があったんですね。それに対して第2回はシンガー・ソングライターの系譜を軸にしつつ、もっとじっくり歌とかムードを楽しんでもらおうというディレクションがなされていたと思います。実際にはブッキングについてどんな狙いや意図があったんでしょう?

仲原:そうですね、〈月刊ウォンブ!〉は12回あるわけじゃないですか。なので同じ傾向でずっとやっていくと、そこから外れることに不安が生じてくると思ったんです。変化させることが難しくなるといやなので、まずは最初の2~3回でできるだけいろいろなことをやろうと。試行錯誤の途上ですね。

3月はオオルタイチさんから柴田聡子さんまで、またヴァリエーションが広がりましたね。

仲原:はい。でも振り幅をさらに広げても大丈夫だという自信が生まれてきましたね。

実際すごくしっかり考えられてますよね、イヴェントの構想として。いい悪いは別として、イメージやヴィジョンを持たない企画も多いわけじゃないですか。

仲原:しっかり考えないとバレちゃいますから。何も考えてないなって。ただ集客が期待できそうだから組む、というのでは飽きられるし、僕自身がやってて楽しくないですね。スタッフ含め全員が楽しい状態でやりたいんですよ。

まさに次に訊きたかったことなんですが、〈月刊ウォンブ!〉って全12回完結ですよね。長いサーキットなわけです。そんなふうにあらかじめ回数が決まってたりとか、会場をリングに見立てる演出があったり等々、イヴェントありきではなくて、イヴェントをやる意義そのものを問い直そうというような気概を感じるんですよね。そもそもこのイヴェントの構想がどんなふうに生まれてきたのか、そのなかに何を見ているのか、教えていただきたいです。

仲原:本当にはじめのことからお話しすることになるんですが、僕が去年、一昨年とやっていた〈プチロックフェスティバル〉からはじまると思います。〈TOIROCK FES〉というのもやっていました。どちらも普段ライヴをやるような場所ではないので、ゼロからイヴェントを作っていました。〈プチロック〉は日芸(日本大学藝術学部)の学園祭でやるフェスで、学校の力を借りず個人で企画してました。〈TOIROCK〉のほうはさいたまスーパーアリーナにTOIROってスペースができて、そこのオープニングで5日間何かやれないかということで生まれたイヴェントです。
(2012年)12月の〈TOIROCK〉をWOMBのなかのライヴ事業をやっている部署のかたが観に来てくれていて、こういうイヴェントができないかという相談を受けたんです。
僕自身、既存のライヴハウスでやることにはそんなに興味がなかったのですが、熱心にWOMBのスタッフの方が声をかけてくれて。12月の中頃に下見に行って、「もしかしたら変なことできるかもなあ」って思って、そこから現実的に考えはじめました。1回だけのイヴェントだとテンション上がらないな、と思ったので、やるなら1月から毎月、1年間やるのはどうだろう、という話をして。WOMBで毎月ライヴ・イヴェントは誰もやってないことなんじゃないかなと思って、徐々にやる気がでてきました。
WOMB(ウーム)って最初は読めない人が多いと思うんです。実際僕もそうでした。なので読み間違いである「ウォンブ」というイヴェント名をつけました。

さらに「ウォンブ」と『週刊少年ジャンプ』って似てるし、響きもいいなというところから〈月刊ウォンブ〉に。どうせならフライヤーもマンガにしたいと思って、『シティライツ』等の作者、大橋裕之さんにお願いしました。友人のイラストレーター、ゴロゥちゃんにお願いして、『ジャンプ』みたいなウォンブ・ロゴも作ってもらって。そういった作業が全部面白かったですね。
イヴェントのフライヤーって、イヴェントが終わると価値がなくなるじゃないですか。かわいければ取っておくけど、大抵捨てられちゃう。でもマンガになっていると捨てるどころか、わざわざ遡って集めてくれる人までいるんですよ。次も欲しくなるし。こういうフライヤーって無かったなと思います。
あと、これは初めて言うんですが、12ヶ月分のフライヤーを綴じる「表紙」を12月の月刊ウォンブでご来場者全員に配布します。このマンガにだけ興味あって集めてる人もいるかと思うんですが、いつかイヴェントにも来てくれるとうれしいですね。

なるほどー。そうやってお訊きしたあとからこじつけるわけではないんですが、極端に言えばライヴというかたちを通したひとつのインスタレーションというかね、終幕とともに表紙をそれぞれが綴じるという、参加する側の行為によって完結するリレーション・アートみたいな側面があると思うんですよ。演者を観せとく、っていうものとは根本のところが違うと思うんですね。そういえば、日芸のご出身なんですか? なにか日芸コネクションというか、大学で会った仲間や知り合いが活動の母体になってたりします?

仲原:いや、あんまりいないんですよね。日芸の映画学科なんですけど。脚本コースってところがけっこうヒマで、よくライヴに行ったんです。そこでU-zhaanさんとかと仲良くなって、ライヴのお手伝いをするようになって、音楽の仲間も増えていきました。それで〈プチロック〉につながっていくんですが、そこで集まってもらったチームとほとんど変わっていませんね。アイディアを出してくれたり、発想や嗜好が近い人たちに集まってもらいました。仕事ができるというのはもちろんですが、おもしろがってくれる人を大事にしたいと思って。この3年間でだいぶチームとしてできあがってきたし、さらに今年の12回でまとまりも強くなっていくだろうなと感じています。〈プチロック〉で募集した学生のボランティアの人たちは十数人残ってくれてますし、すごく助けられてます。

イヴェントってスタッフと協力体制がとっても重要でしょうからね。

仲原:僕は企業にいるわけでもないんで、なおさらですね。ずっとつながっていてくれる人たちや環境があるというのはありがたいですね。

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〈roji〉というキー・ワード

〈roji〉は結構ゆるくて適当で、つながりを強要されずに自然にみんなが集まってくる場所なのがいいですね。

わたし自身、日本や東京のインディ・シーンに詳しいわけではないのですが、〈阿佐ヶ谷Roji〉ってひとつのキーワードになっているのかなと感じることがしばしばあるんですね。〈月刊ウォンブ!〉もフードの提供が〈Roji〉ってしっかり明記されてるんですけど、このイヴェントの本質をある部分から照らす存在なんじゃないかと思うんです。それについても後ほどうかがいたいんですが、まず〈Roji〉について紹介してもらってもいいですか?

仲原:ああ、なるほど。〈Roji〉っていうのは、ceroの高城くん(vo.)とお母さんのルミさんがやっているお店ですね。高城くんって、僕の大学の先輩なんですよ。時期はかぶってはいないんですけどね。大学1年生のときからceroのライヴによく行くようになって、〈Roji〉にもよく行くようになって、2011年の6月くらいに声がかかって週1で入ることになりました。〈Roji〉はシャムキャッツの夏目くんとか、王舟とか、他にもたくさんのミュージシャンが集まってくる店でもあるので、その界隈のミュージシャンと仲良くなりました。〈Roji〉で働くようになってから知ったミュージシャンも多いです。結構ゆるくて適当で、つながりを強要されずに自然にみんなが集まってくる場所なのがいいですね。
2月の〈ウォンブ〉のフードのことも、「火曜メシ出さない?」って店長のルミさんにきいたら「いいよー」ってふたつ返事で決まって、そんなくらいの気負わない店なんですよ。だから、僕にとっても大切な場所だけど、何か組織として機能している場所って感じではぜんぜんないですね。生活の一部くらいな感じです。

ああ、なるほど。その生活の一部だっていうような感じで、表には見えなくてもコンセプトの底の方に隠れてるものなんじゃないかなって思ったりしたんです。ひとつのカフェやバーという場所を起点にしてゆるやかに音楽コミュニティが形成されているっていうこと、しかもそれがいくつかのアーティストの成功によってそこそこ大きいかたちでシーンのなかに存在感を示しはじめている、そういうのはいまどき珍しいなと感じるんですよね。この数年はとくにネット・レーベルとかネット上のプラットフォームを利用して、様々なコミュニティとか刺激的な表現が生まれてきてると思うんですが、そういうものに比較して、地域性やリアル空間でのコミュニケーションに根ざして生まれてきているシーンを、仲原さんはどのように見ていらっしゃるんでしょう?

仲原:なんだろうなあ。〈Roji〉だけじゃなくて、阿佐ヶ谷ってベッドタウンみたいなところなので、わざわざ遊びに行くというよりは帰りに一杯飲んで帰る、みたいな雰囲気は良いですよね。ミュージシャンばっかりじゃなくて、ライヴ好きな若い音楽ファンも多くて、さらにお互いの距離が近い感じはあります。はたからみたらコミュニティだけど、内部ではそこまで意識してるわけではなくて、趣味の近い人が集まってるって感じですね。今回こんなふうに指摘されて、そういうこともあるなと気づいたくらいで。
ただ、たしかにイヴェントには〈Roji〉のお客さんも多いんですよね。べつに特に意識して呼びかけたわけじゃないんですけど。あとは〈TOIROCK〉〈プチロック〉もネットでしかチケットは買えなかったんですけど、唯一リアルな場所で買えるのは〈Roji〉だったりはしましたね。それも僕がバイトしてるから売りやすいってだけだったんですけど、もしかすると、無意識に〈Roji〉という場所の作用が働いていたりするのかもしれないですね。

〈ウォンブ〉が12回完結になることには様々な偶然や条件も働いたわけですけれども、やっぱり持続する場所性――1回きりじゃなくて、そこが「場所」であるということがどこかで意識されているんじゃないか、その意識の底には〈Roji〉みたいなものが原型としてあるのではないか、そんなことを感じるんですよ。

仲原:それは僕が2月のイヴェントを終えたときにすごく感じたことのひとつですね。すごくいい場所になったなあと思っていて。1回目じゃわかんなかったんですけど、2回目は「あ、この人前回も来てくれてたな」っていうのがあったし、「また来月ね」みたいなやりとりとかも聞こえたり、そういう人たちがまた新しい人を連れてきてくれたりっていうことを感じました。毎月1回の、みんなの決まった用事、みたいなことっていままでなかったなって。

ああー。

仲原:それはすごくうれしい言葉だし、こちらが強要するわけでなく、また来月ここに集まろうねっていう場所を作れているのならいいなって思います。来月の出演者に興味がなくても来てくれるとか。「場所」を作ったなっていうのは、ちょうど昨日ライヴが終わって感じたことですね。ツイッターとかを見てもそう思いました。「前より音よくなってるじゃん!」とか。前との変化をみんなが楽しんでくれて感想を言ってくれるのはすごくうれしいことでした。「ステージのかたち変わってたじゃん」「今回煽りVTRないの?」とか(笑)。

○○が出るから、というのではない動機が生まれている。

仲原:そうです。だんだんそうなっていけばなって思ってたのに、2回目からみんながそれを意識してくれている。僕以上に。だからけっこうびっくりしてますね。そうして場所っぽくなることに。

わたし職業的に問題がありますけど、ライヴって得意ではないんですよ。そこにいるだけで気が散ったり緊張してしまうし、演奏だけ観たい。ましてアーティストのMCに笑うとかそんな余裕がない。けど〈ウォンブ〉ってわりとつられて笑ったりできるんですよね。だから内輪かそうでないかギリギリのところで、でも排外的じゃない感じのインティメットな空気が流れていて、けっこう居心地がいいんです。それはやっぱりうまく場所を作れているということなんじゃないですかね。出演アーティストの種類だけで作れるものではない。

仲原:そうですね、僕だけでも作れませんしね。あそこの雰囲気を作っているのはお客さんがいちばんかなと思います。僕らが楽しんでいるということも大事なんでしょうけど、お客さんの感じがいいです。みんなずっと楽しそう。特定アーティストのときだけ観る、という感じじゃないですしね。〈プチロック〉も〈TOIROCK〉もそうで、本当に音楽が好きなお客さんたちなんだなって。それに毎回助けられています。

金と人間関係。すべてのコミュニティはかなしく滅びる!?

このまま続けて、結果を出したいと思ってます。このやり方で誰もが大丈夫っていう状態をつくれてはじめてイヴェントだというか......。とりあえずまだ諦められないですね。

あえて悪くきこえるかもしれない質問なんですが、ネットと違って、いまいったような「場所」の維持ってけっこうなコストがかかると思うんですよね。それは経済的にもそうだし、人間関係においても出てきたりするものではないか、一般的には。多くの音楽コミュニティやそれを母体にしたレーベルも、わりと悲しい歴史をたどっていたりしますよね。いくらマーケット・システムに、音楽や人間関係といった貴重な財を絡め取られないようにってがんばっても、たとえば〈クリエイション〉のアラン・マッギーとかも苦闘しつつレーベルを潰すわけだし、「アーティストに最大限のバックを」って考えてたトニー・ウィルソンの〈ファクトリー〉なんかも同様で、そういう顛末はみんなすでに物語になってるくらいです。そういった歴史に鑑みて、なかなか音楽コミュニティの永続というのは難しい。わたしは〈ウォンブ〉に12回という縛り、時限が設けられているのを興味深く思っているんですが、どこかでコミュニティとその限界みたいなものについての嗅覚が働いていたりするんでしょうか? 経済的な部分について、また人間関係的な部分について、お考えがきければなと思います。

仲原:いや、経済的なところはほんとにいろいろありますよ。お客さんや演者にはなるべくそこは意識させないようにって思っています。隠すという意味ではなくてね。この12回もいろいろ大変だっていうところはもちろん見えているわけで、正直そこはもう少しどうにかしなければいけないという意識があります。スタッフにも還元したいですしね。それはやる側のモチヴェーションにもつながる大事な話です。
 ではたとえば入場料を上げるのか? 3000円にすれば簡単なことではあるんです。けれどそれをやるとせっかくの「場所」をつくるという部分が損なわれてしまう。節約できる部分だってあるでしょうね。たとえばリングを特注していますが、あれにもすごくお金がかかっている。でも12回のイヴェントのそもそもの根本を考えて、必要だと判断しているわけです。ここはほんとに難しくって......。

いや、でもそこに挟まって苦闘されている話をこそききたいというか、それによって勇気づけられる人もいるでしょうし、たとえばここで仲原さんが斃(たお)れても、それを越えていく人のための大事な礎になると思うんですよ。音楽とかイヴェントにとって一種の理想主義はとっても重要なものですし、それがどのように達成され、あるいは失敗してしまうのか......達成してほしいですし、提示された音楽性とはまた別の部分で、この行く末って注目したいところです。

仲原:やっぱり、正直なところ経済的な部分は見せたくないって面もありますよ。普通のお客さんなら気にしないところだとは思いますけど。

じゃあ極端ですけど、究極的には貧乏しても理想を通したい? それとも儲からなければ理想も意味ない?

仲原:僕は、理想を通して儲からないかなって思ってます(笑)。

ああ、偉いですね。

仲原:このまま続けて、結果を出したいと思ってます。12回あるわけだからこのなかでどうにかしていきたい。僕はこれに賭けているという部分もあるので、〈ウォンブ〉がうまくいくかいかないかというのはとても重要です。おもしろいと思ってくれている人がいても、結果が出なかったり、誰かが過度に苦労したり、スタッフが困ってしまうような状況になったとすれば、それは続けないほうがいいんだと思ってます。このやり方で誰もが大丈夫っていう状態をつくれてはじめてイヴェントだというか......。とりあえずまだ諦められないですね。

うーん、応援したいです。一方で、イヴェントのもうひとつの柱である音楽的な方向性についてなんですが、やっぱり、〈ウォンブ〉も演奏を観せるだけではなくて、新しいアーティストや音を紹介していく場を兼ねてもいるわけじゃないですか。「こんなシーンがある」っていうのは、アーティストたちがそう名乗るわけじゃなくて、われわれメディアやイヴェントやファン・コミュニティなんかが歴史にしていくわけですよね。

仲原:そうですね。いまはピンときてないんですが、いつか「こんなシーンがあった」って語ってもらえたらうれしいなとは思います。

ぼくらに最適なサイズとは?

僕にとっては、僕自身の手の届く範囲のなかでやりたいということがいちばん大きいです。自分の手の届ききらないものになってしまったら、たぶんやめちゃうと思います。

ところで、またちょっとあえてネガめの質問なんですけど、このイヴェントが大きくなっていく未来があったとして、大きくなることは、ある意味で異物を巻き込んでいくことでもあると思うんですね。もしかするとわたしだってそうかもしれないですが、もっと無責任に参加してきて、悪意のある非難をする人も出てくるかもしれない。ステージの規模を上げるっていうのは、そういう危険を呼び込む可能性も高くなるということです。どうでしょう? それでも大きくなっていくべきなのか、そうなったときに守りたいものが何なのか、それにおいては規模を上げる必要もないということなのか。

仲原:うーん、異物を排除していきたいという気持ちはないです。実際に大きくならないとわからない部分はあるんですが、でも、うーん......あんまり気にしてないですかね(笑)。でも、僕にとっては、僕自身の手の届く範囲のなかでやりたいということがいちばん大きいです。自分の手の届ききらないものになってしまったら、たぶんやめちゃうと思います。顔が見える範囲でやっているのが楽しいし、大きくなっちゃったとしてもたぶんそのレベルが変わらないところまでというか。それに、このまま大きくなっていけるのかもしれないし。

そうか、そうですね。それは確かにいま考えることではないですから。でも「手の届く範囲」というすごくシンプルな、でも根本的なものさしを意識されているというのが印象的でした。その範囲においては問題というかブレは起こらないと。

仲原:そうですね。今回のイヴェントだって批判をする人はいるでしょうし、もちろんそれは受け入れていきます。ただそれに引っ張られるわけではなくて、僕はやっぱり、やりたいことをやりながら、いつかその人たちにも納得してもらえるようなものを目指していきたいですね。

やっていることも方法も違いますけれども、たとえば〈マルチネ〉のtomadさんたちなんかも、やりたいこととお金の問題と、それをどうアーティストやまわりに還元していくかということに対してとても繊細な工夫と挑戦をされていて感心するんですよ。イヴェントとレーベルでは役割も活動するレイヤーも違いますけど、そのへんの音楽とお金の構造をめぐっては、ぜひ妥協せずに実験なさってほしいなと思います。でかいビジネスにするんじゃなくて、アーティストにもスタッフにもユーザーにも理想的な状態や条件を捨てずに続けられるサイズと方法が、〈ファクトリー〉のころには無理でも、いまはあるかもしれない。それは音楽にとってもいいことのはずです。

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入場料とは何か

イヴェントを楽しめる/楽しめないということは料金設定にも関係しますから。モトが取れた感覚があると楽しい。

仲原:アーティストへの還元は僕も悩みながらいろいろ考えているところで。今回はチケット代をちょっと安めにして、そのかわりフードとか物販を大きくしたんですよ。物販ってその場でダイレクトにアーティストにお金がいく場所なので、けっこう重要だし、そこでひとつの還元が可能になるんです。CDショップだとそうでもないかもしれないけど、お客さんからしてもライヴ会場の物販でお金を払うときって、アーティストに直で渡してる感覚が強いと思うんですね。ライヴ・チケットが3000円だとすると、1000円のものを買うのに躊躇しちゃうけど、2000円だったら1000円くらいは財布のひもも緩む。だからその意味でも僕のイヴェントはできるかぎり入場を安く抑えようと思ってるんです。
 〈プチロック〉の入場料は1500円なので、ほんとに物販がすごく売れるんですよ。たくさん持ってきた物販が全部なくなってるとかってことが結構あって。お客さんの意識が高いのもありますが、これはすごいなって思います。来て、何か買うっていうスタイルがスタンダードになってほしいですね。CDだけだと見に来ないかもしれないけど、フードやフリマがいっしょに並んでると、ちょっと物販のぞこうかなという気にもなる。あまりたくさん出演料をお渡しできるイヴェントではないので、そのあたりの工夫でアーティストに少しでも還元したいです。

ああ、それは新鮮ですね。ストレートに入場料からではなく、物販への誘導という別ルートから還元のシステムをつくる。みんなやってることなんですか? オリジナルなアイディア?

仲原:どうなんでしょう。わざわざそういう話をしあうということはないんですが、僕には経験的な体感としてあったんですよ。入場料1500円なら確実に物販が売れる、っていうのは。それから、〈トイロック〉は2000円ですけど、そのうち1000円分はフード・ドリンク・チケットにしたんですよ。3000円でライヴだけだと、「3000円分ライヴ楽しまなくちゃ」って思っちゃうけど、その分何か付いてるとちょっと違ってくる。「あれ? 俺たちほとんどメシ食いにきただけじゃん?」っていうのもいいと思うんですよね。

チケット代のなかに入場以外のサーヴィス代も含まれていると感じられれば、楽しみ方も変わってくると。USとかだと、ライヴハウスがただのレストランみたいなところだったりして、出てるのが誰か知らなくても食べに来て音を聴くっていいますしね。

仲原:何か手本があってはじめたわけではなくて、ほんとに実感からはじめたことなんです。でもお金ってほんとに微妙で繊細なものでもあって、もし入場料で3000円とってたら、もっとイヴェントへの批判もあったかもしれませんね(笑)。そういうものだと思います。イヴェントを楽しめる/楽しめないということは料金設定にも関係しますから。モトが取れた感覚があると楽しい。

なるほど(笑)。もちろん、音楽だけでもそれは可能だと思うんですが、イヴェントというものの別のあり方をとても意識していらっしゃる、とくにそれが、音楽を聴く場であることを超えた居場所となることを考えておられるから出てくる発想だと思うんですよね。

仲原:だからといって、フリー・イヴェントが成功するということでもない。そこは自分がやることになったとしても、お客さんの目線でどうやって楽しめるものにするか考えます。

小規模ながら「フリマ」があるのも楽しかったですよ。文化祭みたいな手作り感で入りやすいし、かといって閉じた感じもなかったですね。物販っていう制度を押し付けられるわけでもなくて、参加型というか。やる側と観る側とスタッフの三角形のなかで、どうやって快適さとお金を回していくのか、まだ未完成なんでしょうが、そういう大きめのヴィジョンが感じられました。

仲原:フリマは基本的に僕の知り合いにお願いして出展してもらってるんですが、僕も当日まで何が出るとか把握しなくて、毎回すごく楽しみなんですよ。ライヴの転換中にフリマのフロアが賑わってるのを見るのもすごくうれしいし、楽しい。もしかしたらこういうのをいろんな制度とか、型にはめてやっちゃうと楽しくなくなるのかもしれないですね。

リングが可視化するもの

(リングに)ロープもつけてセッティングしたときに興奮しましたね。あれはまだまだアップグレードできるし、僕はお金をかけていくところだと思ってるんです。

仲原:あとはプロレスのリングのことですね。あれは単に、今年の1月4日に新日本プロレスの〈1.4〉に連れて行かれて、めちゃくちゃ感動したのがきっかけなんです。東京ドームだったんですけど、すごく興奮して。 格闘技は好きだったんですけど、WOMBでイヴェントやるってなったときに、真ん中にステージ置きたいなって思ってたのもあって、つながりましたね。次の日には僕の知り合いにプロレスの衣装を作っている人がいるので、その人に相談しました。その人の奥さんは内装のデザイナーみたいなことをされていたので、3人で話して、リングを特注しようということになりました。

えー。すでに本番2~3週前じゃないですか?

仲原:実際に話を進めたのは1週間前からで(笑)。制作期間は4日間で、当日の朝仕上がりました。もうどんなんができてるんだ!? って状態です。1本1本はただの鉄の棒なので、迫力もないし、大丈夫かなって。でもロープもつけてセッティングしたときに興奮しましたね。あれはまだまだアップグレードできるし、僕はお金をかけていくところだと思ってるんです。

へえー! そこですか(笑)。

仲原:もっと進化させます。誰も期待してない進化ですけどね(笑)。音響とかは僕もすごく意識して、よくなるように取り組んでますけど、映像とかリングとかって誰も進化することを想定してないと思うんですね。そこをよくしていくと「あ、変わった」っていう反応がくると思うんです。

これは意図したところではないかもしれないですけど、やっぱりライヴってステージという線があるかないかで別のものに変化すると感じました。観る側がステージというものを意識すると、どうしてもアーティストにこうべを垂れるというかたちになる。もちろんその構図はぜんぜん悪いものではないです。ですけど、そこにあの一本のロープが張られることで、あっちは見せ物だぞという感じが強調されると思うんですよね。極端な話、観客がゼロでも成立するのが音楽です。でもあのロープは、観てるやつがいないと成立しないぞ、ということを意識させる。客が優位になって、前のめりな参加ができる。

仲原:ちょっと喧嘩腰ですよね(笑)。

野次がいい感じに飛んでますよね。

仲原:そうですね、盛り上がるところで盛り上がってもらえるようになったなというか。そういう感じはありますね。

そうそう、音楽にとってそれが最良の聴かれ方だという意味ではなくて、イヴェントの魅せ方、楽しませ方としてやっぱり斬新なものはあると思うんです。

仲原:最初にミツメの映像が流れたとき、みんなポカーンとなったと思うんです。何だこれ? みたいな。でもビーサン(Alfred Beach Sandal)が悪役として出てきて、最後にシャムキャッツが現れたときには、異様なヒーロー感が出てたんですよね。それぞれが何かを残したわけではなくて、ああ、これプロレスを真似てんだなってお客さんが理解してくれるなかで、勝手にそういう見え方ができていくというか。シャムキャッツのときには花道に行ってハイタッチしてる人たちもいましたから(笑)。お客さんが楽しみ方を見つけてくれるということを感じて、すごくうれしかったし、あの仕掛けはそういうものなんだなって思いました。カメラマンがリングサイドからカメラでぐいってのぞき込んで撮ってるのも、そのまんまプロレスじゃねえかよ! って感じで楽しかった。

きっとリングは最初に思っていたこと以上の効果を持っていると思いますよ。

仲原:そうですね。きっかけはただプロレス観に行ったというだけだったんですけどね。不思議な気持ちがします。あんなに機能するとは思ってなくて。リングだけじゃなくて、WOMBっていう会場の力に助けられている所もたくさんあります。映像を大きく映せるので、SphinkSさんとmitchelさんに協力してもらってリアルタイムVJを投影してます。めちゃくちゃカッコいいですよね。あと全フロア、普段のWOMBではあり得ないくらい照明を明るくしていて、そのおかげか未来都市みたいな、不思議な雰囲気になりました。フロアが多いのもWOMBの魅力なので、そういった良さは全て活かしたいです。あと毎月、来月のウォンブのチケットを会場内に隠していて。WOMBを隅々までじっくり見て欲しくて(笑)。

なるほどー。ではちょっとインタヴュー・ドキュメンタリーみたいなシメになるんですが......そう儲かるわけでもない、苦労も多い、いってみれば裏方でもあるこんな取り組みを続けているのはなぜなんでしょうか?

仲原:これがいまやれることだから、ですかね......。僕が少しでも求められてるなって感じる場所でもあるし、同年代で同じようなことをしている人もいないから、やるべきことなんだろうなという気がする。12月までウォンブを続けるのは、そうスケジュールを決めちゃったから、というだけですね。なんかしまらないなあ(笑)。

ele-king vol.9  - ele-king

〈特集1〉「新工業主義――ニュー・インダストリアル!――」
現エレクトロニカのちょっぴり危険な新傾向を探る。
〈特集2〉花田清輝     他

Takako Minekawa & Dustin Wong - ele-king

「エフェクターの魔術師」なる『インフィニット・ラヴ』(2010)の秀逸な国内盤帯文を、多くの方が記憶しているのではないだろうか。元ポニーテールのダスティン・ウォングと、彼がファンであることを公言する嶺川貴子とのコラボ作品をご紹介しよう。カラフルで表情豊かな音色を持つウォングのギターと、透明感ある嶺川のヴォーカルが見事にはまったハッピー・エクスペリメンタル・ポップ。音といい世界観といい、コラボ作というにはあまりに息の合ったアーティスト同士であることがこのPVからも感じられる。ポニーテールの音色を穏やかにくすませたような内面的な響きは、ここに出てくる淡い色調にもよく反映されている。
 ふたりはこの5月に共作『トロピカル・サークル』をリリースするが、ジャケット等に使用されている絵も共作、このPVも彼らの手作りだという。嶺川のアルバム・リリースは『Maxi On』以来じつに13年ぶり。ウォングの繊細にして大胆な演奏のなかに嶺川の自然な呼吸が感じ取られる、新緑の季節にちょうど似つかわしい作品だ。

■リリース詳細
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/top/takako-dustin-toropical-circle/

Sam Lee - ele-king

 貧民街の公園というのは単なる空き地であることが多いため、ジプシーやトラヴェラーと呼ばれるキャラヴァン生活者の滞在地になりやすく、年に数回、うちの近所の公園もパイキーと呼ばれるアイリッシュ・トラヴェラーの方々に占拠される。
 で、数年前のクリスマスのことだ。ちょうどその時期、パイキーの方々が近所の公園に滞在しておられ、降誕祭の朝、カトリック教会のミサに大挙してやってきたのである。それでなくとも子沢山で大家族の彼らが一堂にやって来られたものだから、教会の椅子は足りない&彼らが貧民街在住者ですら気後れするようなタフでラフな雰囲気を漂わせておられるため、博愛なはずの教会でも明らかに歓迎されている風ではなかったが、彼らの方でもそれに慣れきっている様子で、ぞろりと教会後方の床の上に座っておられた。
 カトリックのミサには答唱詩篇という聖歌を歌う部分があり、それは平坦なメロディで何度も同じ祈りの文句を歌い倒す、というものなのだが、そこにさしかかったとき、聖堂の後方からこぶしの回ったバリトンで歌いあげるパイキーの男性たちの声が響いてきた。  
 あの大地の底から沸き上がってくるような答唱詩篇は、クラシック系の声で歌われる聖歌とはまったく別ものであった。一曲の聖歌の中で、クラシックとフォークがせめぎ合っているかのようだった。クラシック風の歌唱法をしているのが前方に座っている貧民街在住者たちで、後方から野太い民族歌謡の声を聞かせているのがトラヴェラーズ。という構図も面白かった。

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 サム・リーは、英国内のイングリッシュ、アイリッシュ、スコティッシュ、ルーマニア系トラヴェラーのコミュニティに伝承されているバラッドのコレクターである。彼が自分の足でトラヴェラーの滞在地に出向いて行って、そこで代々歌い継がれて来た歌を学び、新たなアレンジを施して録音したものが『Ground of Its Own』だ。わたしはそれがとても好きだったので、昨年末、紙エレキングで個人的な2012年ベスト10アルバムを選んだとき、3位に入れた。で、そのアルバムが3月に日本でも発売されたというので、こうして再びしゃしゃり出て来たわけだが、このアルバムを初めて聴いたとき、これはマムフォード&サンズのアンチテーゼだと思った。昨今流行のポップなネオ・フォークに対する、「どうせやるならここまでやってみろ」という力強いステイトメントに聴こえたからだ。

 トラヴェラーズ。という英国社会における明らかな被差別対象の人びとが伝承してきた歌を集めてアルバムを作った、などというと、ちょっとプロテスト・ソングのかほりもするが、サム・リーはそんな直情的な意思は微塵も感じさせないほどアーティーでミニマルな民族音楽の世界を展開している。そもそも、フォークのくせにギターが使われていない。サム・リーは、ギター・ベースのフォークには探求できるものはもうほとんどないと考えているそうで、"TUNED TANK DRUM"とリストに書かれている打楽器や、ジューイッシュ・ハープ(彼はユダヤ系である)、フィドル、トランペット、電子楽器などを使用しており、ギグで日本の琴を使っているのを見たこともある。クラウトロックやアンビエントと比較されるようなアレンジが施された曲もあり("The Tan Yard Slide"の「電子と土とのせめぎ合い」みたいな静かな緊迫感と迫力は特筆に値する)、ジャズとジプシーの伝承音楽を融合させようとしているような曲もある("On Yonder Hill")。

 とはいえ、それらのインストルメンツやアレンジメントは、単なる脇役に過ぎない。
 ロンドン北部の裕福なユダヤ系家庭に生まれ、名門プライベート・スクールに通い、チェルシー・カレッジ・オブ・アートに進学した彼は、芸術系お坊ちゃまのルートを辿りながら、野生環境でのサヴァイヴァル術を教える講師となり、バーレスク・ダンサーとしても働いていたという。「乳首にタッセルを装着している女の子たちに囲まれ、楽屋のテーブルの下で昔の羊飼いたちが歌った曲を覚えていた」と『ガーディアン』紙に語った彼は、伝承歌を教わったというルーマニア系ジプシーの85歳の老女と共にインタヴューに応じており、老女が『Ground of Its Own』を「あなたの音楽」と呼ぶのを聞いて、「いや、あれは君たちの音楽だよ」と言い直している。
 人びとに避けられ、忌み嫌われてきたコミュニティの音楽が、ひとりのミドルクラスの青年の手によって蘇る。ということは、通常、この国のソシオ階級的なものを踏まえれば、あり得ないほど特異な話だ。しかし、それを可能にしたのは双方の音楽への情熱だろうし、その階級を超えたパッションこそが、このアルバムの真の主役だとわたしは思う。

Cosmopolis - ele-king

 アリエル・ピンクも大好きなデイヴィッド・クローネンバーグ監督の新作『コズモポリス』が面白い。今作はニューヨークはブロンクス生まれの小説家ドン・デリーロが、まるでその後起こる「リーマンショック」を予言していたかのように、2003年に発表した同名小説の映画化。デイヴィッド・クローネンバーグはこの原作に惚れ込み、わずか6日で脚本を書き上げたという。

 ロバート・パティンソン演じる主人公エリック・パッカーは、FXや株の投資で巨万の財を築いた人物。しかし、ある日突然世界的な金融恐慌が起こり、彼の持っているすべての資産は紙屑同然となってしまう。そんななか、それまでの因果が彼を襲い、数奇なエピソードが折り重なっていくなかでの主人公の葛藤が冷徹に重く描かれている。第65回カンヌ国際映画祭のコンペディション部門でパルムドールを最後まで競った作品だというのもうなづける。

 資本主義や格差に対する警鐘であり、また、その映像美も見事だが、私はもうひとつ別の観点からも面白かった。主人公は生活のほとんどが超高級リムジンのなかで完結する。仕事の指令からはじまり、睡眠、食事、排便、彼女とのSEX、医者の健康診断すらもすべてそのなかでおこなわれる。主人公のエリック・パッカーが何故そのような生活スタイルを選んだのか......。
 ヒキコモリや部屋から出ない若者が増えていると聞くが、クラブ人間としては、コミュニケーション文化に関する問題提起としても興味深い作品なのだ。いまクラブ・カルチャーは、オンラインの生活に慣れ親しんでる近年の若者にどんな「リア充」を提供することができるのだろう......。

 尚4月8日DOMMUNEにて『コズモポリス』封切り直前特別番組が決定。Broad DJには東京アンダーグランドを代表してMASA a.k.a. Conomarkが満を持してDOMMUNEに初登場。この日は3時間SETでタップリお届けします。
(五十嵐慎太郎)


『コズモポリス』
4/13(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他にて全国順次ロードショー!
(C)2012 COSMOPOLIS PRODUCTIONS INC. / ALFAMA FILMS PRODUCTION / FRANCE 2 CINEMA

監督・脚色:デイヴィッド・クローネンバーグ
原作:ドン・デリーロ「コズモポリス」(新潮文庫刊)
出演:ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ、サラ・ガドン、マチュー・アマルリック、サマンサ・モートン、ポール・ジアマッティ

2012年/フランス=カナダ/カラー/ビスタサイズ/DCP/5.1ch/110分
原題:COSMOPOLIS/日本語字幕:松浦美奈/R?15
配給:ショウゲート/協力:松竹
配給協力・宣伝:ミラクルヴォイス
https://cosmopolis.jp/


4月8日 19:00~「コズモポリス」封切り直前特別配信 at DOMMUNE
「クローネンバーグが描く現代社会の末路」

TALK LIVE
柳下毅一郎/高橋ヨシキ/Ackky/DJ Hakka-K
Broad DJ
MASA a.k.a. Conomark (3 HOUR SET)
https://www.dommune.com/



Matmos - ele-king

 世界一クールなインディペンデント・ゲイ・カルチャー・マガジン『BUTT』に、全裸で肩車をして登場していたのは、世界一クールなゲイ・カップルであるマトモスだった。記事は2002年、ドリュー・ダニエルとマーティン・シュミットのふたりはすでに理知的で奔放なアウトサイダーとしてそこにいる。マトモスがいなければ、マシュー・ハーバートはアルバムのコンセプトを見つけられなかったかもしれないし、ビョークは先鋭性とポップを両立させられなかっただろうし、アメリカの音楽シーンにおけるゲイ・カルチャーはいまより遥かに退屈なものになっていたに違いない。彼らを一躍有名にした、外科手術のサンプリング音が素材である『ア・チャンス・トゥ・カット・イズ・ア・チャンス・トゥ・キュア』の頃から、マトモスはつねに狂気じみた笑いを携えながらきわどい実験を繰り返してきた。
 マトモスはいつだって知性としてのユーモアを忘れることはなかったが、しかしたとえば2006年に発表された『ザ・ローズ・ハズ・ティース・イン・ザ・マウス・オブ・ア・ビースト』は、ブッシュ政権下における闘争宣言とも思えるほど目的意識に貫かれたものだった。キリスト教原理主義が同性愛を罪悪とするならば、あるいは良識のあるリベラルが結局安全なゲイ・カルチャーを周到に選んで支持するのならば、マトモスは同性愛者やジェンダーのはぐれ者のもっとも厄介な部分を抽出し、それを讃えてみせた。精液のしたたる音、カタツムリがテルミンを演奏する音、ハッテン場でのゲイのセックスの音、タバコを腕に押し当てる音など......を使って。エクストリームにヤバい同性愛者として、過剰な生を送った先達を音で描写するというコンセプト自体がラディカルだったし、何よりも......それを心から楽しそうにやってのけるふたりの姿こそが、退屈な常識とモラルに縛られた社会に対する、朗らかゆえに危険な反逆のようだった。

 だから、タイトルにある「婚姻」という言葉は同性婚についての言及なのだろうと思ったが、それはあまりに短絡的な発想だったようだ。ゲイ性を強調してもしなくても、マトモスはいつでも異端者なのである。
 シャープなシンセ・ポップがマトモスとしては新鮮だった『シュプリーム・バルーン』からじつに5年ぶりとなる新作『ザ・マリッジ・オブ・トゥルー・マインズ』は、ふたりのマッド・サイエンティスト的な側面が健やかに発揮されたアルバムだ。ドリュー・ダニエルのライナーノーツ、あるいは〈スリル・ジョッキー〉のインフォメーションを読めば、このアルバムのテーマはテレパシーだという。用いられたのはガンツフェルド・エクスペリメントという実験メソッドであり、ボランティアの被験者はピンポン玉を半分に割ったもので目を覆われ、ノイズを聴かされながらダニエルに新作のコンセプトを心理のなかに「送られた」という。そして、被験者は心に浮かんだ形や音を口頭でレポート、それが本作の音楽的構造の基本となる。......と、言われても......?? 凡人にはにわかに理解しがたいがしかし、マトモスの本領はもちろん、再生ボタンを押した瞬間から発揮される。
 アルバムを通して言えるのは、迷いなくマトモスらしさ、彼らの「節」が開放されているということだ。オープニングの"ユー"はレスリー・ウェイナーと(パレ・シャンブルクの)ホルガー・ヒラーの曲のカヴァーで、ピアノが妖しく鳴り響きながらエレクトロニカとジャズとテック・ハウスの狭間をさ迷う。そのなかをニューエイジ的に声が囁く、「テレパシー......わたしたちが知りたいもの」。続く"ヴェリー・ラージ・グリーン・トライアングル"は4小節ごとにさまざまなリフやループ、サンプリングがカットイン/カットアウトする最高にスリリングなハウス・トラックで、まるでコズミック・ディスコ......というか〈パラダイス・ガラージ〉時代のディスコ・ナンバーとグリッチ・テクノとIDMが「婚姻」を交わすようだ。"メンタル・レイディオ"のパーカッシヴなトロピカリアとラグタイムと、ふざけたフリー・ジャズのいい加減なミックス。"ティーンエイジ・パラノーマル・ロマンス"の、不気味でメロディックでファニーなテクノ。ダン・ディーコンが参加し、まさにディーコン的に無闇なアップリフティングさでシンセがトランス状態へ突入する"トンネル"もアルバムのピークを演出する。耳に残る奇怪な音色に彩られながら、マトモスの音楽は愉しさに満ち溢れている。ここではポップとアヴァンギャルドは矛盾せず、くっつけられてグチャグチャに丸められて、何か経験したことのない快感へと姿を変える。
 ラストの"E.S.P."はバズコックスのカヴァー。8分間でパンク的な皮肉とユーモア、テクノの実験主義が手を取り合って、わけもなくユーフォリックな領域へとリスナーを連れて行ってしまう。ダニエルが被験者の心に送ったというコンセプトはシュミットにすら明かされていないというが、彼のテレパシーはアルバムにおいてビザールなサウンドとなって放たれている。これはダニエルによる奇を衒ったジョークでありつつ、真摯なコミュニケーション欲求でもあるのだ。そして僕には、"E.S.P."のサイケデリアが歓喜そのものに聞こえる。ふたりが20年近くに渡って体現してきた、規範からの遠慮のない逸脱についての。その歓びはそして、僕たちが生きるための矜持にすらなるだろう。

Vol.7 『Dishonored』 - ele-king

 

 突然ですがみなさん、いま〈Looking Glass Studios〉が熱いです。と言っても何がなにやらわかりませんね。すみません、NaBaBaです。年度初めの今日このごろ、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

 いきなりで失礼致しましたが、今回の連載は昨年から予告していた『Dishonored』のレヴューをついに行いたいと思います。〈Arkane Studios〉が開発したこのオリジナル新作は昨年遊んだ作品のなかでもとくに素晴らしいもので、ぜひ書こうと思いつつ延びに延びてこの時期になってしまいました。

 しかしいまこの時期となると、ゲーマーの間でいちばんの注目の的となっているのはやはり26日に発売された(国内では4月25日)『BioShock: Infinite』ではないでしょうか。現代のゲーム業界きっての名手、Ken Levine率いる〈Irrational Games〉が開発した同作の評判はすさまじいもので、海外ゲーム・レヴュー・サイト各所でも満点の続出で、「IGN」では「全てのジャンルを前に推し進める革新的な作品」と、異例の絶賛ぶりが披露されています。

 かくいう自分にとっても今年の一、二を争う期待作なのですが、じつはこの『BioShock: Infinite』と『Dishonored』はある種の兄弟関係にあることはご存知でしょうか。これら2作のそれぞれの開発スタジオは、どちらもあるひとつのスタジオから分離した会社なのです。

 その大元でいまや伝説となっているのが、冒頭で述べた〈Looking Glass Studios〉(以下LGS)。90年代に大活躍したこの技巧派のスタジオは、『Thief』や『System Shock 2』等のゲーム史に残る名作を数多く生み出し、後続に多大な影響を与えるとともに、多くの名クリエイターを輩出しました。

 たとえば連載第3回にご紹介した、『Deus Ex』を手掛けたWarren Spectorもそのひとりで、『Deus Ex』自体は〈Ion Storm〉という別スタジオが主導の作品ですが、『System Shock 2』のスタッフも多く出入りして開発されていたようで、〈LGS〉とは非常に深い関係にあったと言えるでしょう。

 しかしながら〈LGS〉は2000年に倒産しています。ではすでになきスタジオが何故いま熱いのか。それは〈LGS〉の遺伝子を受け継いだ人々が、近年各所で目覚ましい活躍を見せているからです。

 その先駆けとなったのが一昨年発売された『Deus Ex: Human Revolution』。開発した〈Eidos Montreal〉は〈LGS〉や初代『Deus Ex』の開発陣とは直接的な繋がりはありませんが、本作で確かな完成度を発揮し、シリーズのリブートを成功させました。

 また今年に入ってからは『BioShock』シリーズの前進である『System Shock 2』が、長きにわたる権利関係のゴタゴタによる販売凍結状態を乗り越え、遂に〈GOG.com〉で再販を果たし、さらに〈Eidos Montreal〉が今度は〈LGS〉のもうひとつの名作、『Thief』シリーズの9年ぶりの最新作を発表しています。

『System Shock 2』はKen Levineの実質デビュー作であり、後の〈LGS〉系作品の独特の自由度はこの作品で確立された。

 そしてもちろん忘れてはならないのが大本命の『BioShock: Infinite』と、今回主役の『Dishonored』です。〈Irrational Games〉と〈Arkane Studios〉はともに〈LGS〉から独立・派生したスタジオであり、比較的近い時期に両スタジオの作品が出揃ったのは、90年代来の洋ゲー・オタク的にはぐっと来るものがあるのです。熱い、これは熱いのですよ。

 こうした背景もあるので、当初は〈LGS〉を振り返りつつ、『Dishonored』と『BioShock: Infinite』の両方を同時にレヴューしようかとも思いましたが、ちょっと長くなりすぎるような気がしたのと、これを執筆している時点で『BioShock: Infinite』を遊ぶまでまだ少しかかりそうだったので、2回に分けて書いていきたいと思います。そういうわけで今回は『Dishonored』のレヴューです。

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■業界の異端児スタジオに多くの才能が集結した

 『Dishonored』はいまどきでは珍しい一人称視点のスニーク(隠密)アクション。女王殺害の冤罪を着せられた主人公が、自らを陥れた相手に復讐していくストーリーで、潜入からターゲットの暗殺に至るまでのアプローチの多彩さや、豊富なガジェットや特殊能力による自由度の高さが売りの作品です。

 開発した〈Arkane Studios〉は前述した通り〈LGS〉倒産後独立したスタジオのひとつで、これまで『Arx Fatalis』や『Dark Messiah: Might and Magic』等、〈LGS〉の名作『Ultima Underworld』の名残を感じさせるファンタジー作品を手掛けてきました。といっても両作品とも当時の主流からは外れたゲーム・デザインで、良く言えばユニーク、悪く言えば奇ゲーという評価が多数の、いまひとつマイナー・スタジオの域を出られていなかったように思えます。

 
『Dark Messiah: Might and Magic』は近接戦に力を入れたファンタジー作品で、そのノウハウは『Dishonored』にも生きている。

 『Dishonored』も、見た目やシステムの奇妙さがこれまでの〈Arkane Studios〉節を彷彿させ、発売直前まで一抹の不安があったのは事実です。しかし遊んでみると同スタジオらしさは良い方向に作用しているとともに、表面上の奇抜さに反して実際のゲーム・デザインは、〈LGS〉作品の持ち味をとても忠実に継承していると感じました。

 これは今回新たにプロジェクトに加わったViktor AntonovとHarvey Smith両氏の力が大きいのでしょう。

 Viktor Antonovは連載第1回でご紹介した『Half-Life 2』で特徴的なアートを手掛けた人物で、今回は氏の持ち味がさらに全面的に発揮されていますね。時代掛かったイギリス風の街並みに無機質な金属の構築物が埋め込まれたかのようなデザインは大変ユニークで、それに説得力をもたらす世界観の構築も非常に緻密。これまでの同スタジオの作品はもちろん、他の同時代のゲームも軽く凌駕するオリジナリティがある。ことアートワークに限って言えば、ここ4、5年でもトップクラスと断言出来ます。

 
骨組み剥き出しの建造物の数々が、作品に得も言われぬ威圧感を与えている。

 一方、本作のディレクターのHarvey Smithは、かつては〈LGS〉に在籍し、また『Deus Ex』ではプロデューサーを務めた人物で、本作のゲーム・デザインも彼の経歴がとても色濃く反映されています。
 それこそ遊んだときの第一印象、とりわけ問題解決のための手段の多さはすごく『Deus Ex』らしさを感じたし、豊富な超能力を駆使するところは『System Shock 2』や『BioShock』も想起させます。そしてダークな世界観や観視点でのスニーキングに主眼をおいたゲーム・デザインは『Thief』に通ずるものがある。

 実際のところ本作のゲーム・デザインの骨組みは、宝を盗むのがターゲットを暗殺することに替わっている以外は『Thief』にとても似通っています。むしろそうした骨子に適合する範囲で他の〈LGS〉系列のゲームのシステムや、その他諸々現代のトレンドを組み合わせたのが『Dishonored』とも言い換えられるでしょう。

■二つの方角から掘り下げられた自由度

 具体的に見ていくと、まずゲームはステージ性で、各ステージはターゲットの拠点とその周辺地域が舞台となり、その範囲内でプレイヤーは自由に歩きまわれるデザインです。ステージはとても複雑かつ立体的に構成されていて、主要な建物は内装がしっかり作りこまれている凝り具合。当然ターゲットのもとにたどり着くまでには無数のルートが存在し、どのように進めるかはプレイヤー次第となっています。

 このあたりの自由度はいかにも『Thief』や『Deus Ex』的と言え、自分の頭で考えて進むべき道を決めていけるのは楽しいし、ルートごとにしっかり差別化されつつゲームに破綻が生じないのは見事。『Deus Ex』のレヴューでも触れましたが、ゲームの自由度という点において即興性が重視されるようになった現代に、レベル・デザインの作り込みで遊ばせてくれる作品は希少です。

 逆に『Thief』や『Deus Ex』と違っていまどきのゲームらしいのは、ルートの多彩さが予めプレイヤーに開示されていることが多い点でしょう。どういうことかというと、本作では後述する特殊能力を駆使して屋根や屋上等高所を移動ルートとする機会が多いのですが、その高所は先の状況を一望できる絶好のポイントにもなるわけです。高所なら敵に見つかる心配がないので、安心してじっくり戦略を練ることができるというメリットもある。

 また市民の立ち話や拾った書類等に、秘密の部屋だとか警備が手薄な場所だとかの情報があると、自動的にジャーナルのリストに追加されます。いちいち覚えていなくてもジャーナルを見ればどんな攻め方が有効か一目瞭然で、これもまた選択肢をプレイヤーに開示している例のひとつでしょう。

 こういう親切設計はじつにいまどきのゲームらしく、『Deus Ex』当時ではあり得ないものですが、自由度の高さを楽しんでもらうための誘導としてよく機能しているシステムだと思います。

 
屋根に登って下を見下ろし、先へ進む戦略を考える。これが本作の基本だ。

 対してもうひとつの特徴である豊富なガジェットや超能力もよくできています。とりわけ超能力は『Deus Ex』のAugや『BioShock』のPlasmidを原型にしていると感じられますが、その種類は短い距離を瞬間移動するものから時を止めるもの、なかには周囲の小動物や人間に乗り移るもの等々、一見すると変てこなものも多いです。

 しかし実際に使ってみるとどの能力も意外なくらい使い勝手が良くて、たとえば瞬間移動は屋根から屋根、道なき道を進んでいく手段としてゲーム中もっとも重宝する他、敵の目前を気づかれずにすり抜けるのにも使えます。乗り移る能力であればネズミや魚に乗り移れば排水溝を伝って建物内に潜入できるし、ターゲットに乗り移れば人目のないところまで誘導してから暗殺するということも可能。

 
動物に乗り移れば不審がられることなく衛兵の横を通過できる。しかし足元に寄りすぎると踏まれるので注意。

 このように各能力は応用性が高く、プレイヤーの想像力次第でステルスから戦闘までいろいろな使い道が考えられます。これはレベル・デザインとは違いより即興的な自由度とも言え、その場の思いつきをその場で実験したくなる魅力がありますね。とくに戦闘時にこれは顕著で、瞬時の判断が求められる状況で創意工夫して敵を倒し弄ぶ楽しさは、『BioShock』もかくやと言わんばかり。

 こうした即興性は『Thief』や『Deus Ex』に欠けていた要素であり、逆に『BioShock』は即興性優先で、レベル・デザインの濃さは大分減退していました。『Dishonored』の優れているところはその両方を持っていることであり、〈LGS〉の系譜のさまざまな要素をまとめ上げた、これまでの総決算的な作品であると評価することが出できます。

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■「何でもできる」は良いことばかりではない

 さて、〈LGS〉の系譜の現代的復刻という点で思い出すのが『Deus Ex: Human Revolution』ですが、この作品と『Dishonored』は当然似ている部分がありつつも、根幹の方向性はやや異なっています。

 最大の違いは自由度の範囲で、『Deus Ex: Human Revolution』はオリジナルに比べ敵との戦闘に大きくフォーカスしていて、反面複雑・立体的なレベル・デザインは減退し、より直線的なゲーム進行になっていました。言ってしまえば普通のアクション・シューティングに近くなっていたと言えます。

 
『Deus Ex: Human Revolution』の戦闘重視のデザインは、これはこれでまた評価がわかれるところではある。

 対する『Dishonored』は自由度をかぎりなく拡張していく姿勢で作られており、その点をもって僕はこの作品は楽しめたわけですが、しかしこれは人によって評価が分かれるところだろうとも思うのです。

 本作はスニーク・アクションというジャンルではありますが、コソコソ隠れるだけでなく敵とガチンコで戦うことも可能で、なおかつその振れ幅も大きく、ひとりの敵にも見つからずにクリアすることができれば、正面玄関から殴りこんでの皆殺しも可能になっています。この手のゲームにしては主人公がかなり強いということもあり、本作のスニークというのは生存戦略上の必然というよりも、プレイヤーの好み次第という面が強いのです。

 しかし本作に限らずステルスも皆殺しも自由自在みたいなゲーム性は今世代のゲームではとてもよく聞く謳い文句のひとつなのですが、プレイ・スタイルをプレイヤーの好みに委ねている分、効率だけを追求されたら途端に味気ない遊びになる恐れや、どんなプレイ・スタイルでも遊べるということは、逆に何をやっても何とかなるという意味でもあり、全体的に緊張感が欠けてしまうという問題点が付きまとっています。

 本作もこの点を完全には払拭できていないのが残念なところで、無傷で手軽に進みたければ、屋上からペシペシ撃っていればそれでOKみたいな、身の蓋もない事態になる危険性は否定できません。自由度を高くしたがゆえの、楽勝な進め方が存在してしまっています。

 
ただ倒したいだけだったらピストルを何発も撃ちこめばいい。これもまた自由ではあるが味気ない。

 ただプレイヤー側が遊び方に明確な目的意識を持てば、それに見合った楽しさが返ってくるところに救いはある。敵にいちども見つからずに進めようと思ったらやはり相応の手応えは生じてくるし、なるべく多くの武器を使いこなして敵を殲滅してみようとすれば、こちらの戦術に柔軟に対応してくる敵の反応を見ることができるはずです。

 そういう意味では人を選ぶゲームであることには違いなく、おもしろさのポテンシャルは高いんですが、楽しみ方をわかってないとそれを十分に味わえない恐れがある。それに比べると『Deus Ex: Human Revolution』は、自由度が減退した分、遊び方は明快になっていて、どんな遊び方でも比較的一定のおもしろさや手応えが保障される面があるのは確か。

 だからと言ってどっちの方が優れているという話ではありませんが、少なくとも『Dishonored』を遊ぶ際は上記の点は予め留意しておいた方が、より楽しめるかと思います。

■まとめ

前述した〈LGS〉の系譜の総決算という言葉がふさわしい作品で、自由度の高さは近年では屈指のもの。〈LGS〉ファンはもちろん、自由度の高いゲームが好きな人や、ユニークな世界観が好きな人にピッタリの作品です。

逆にそれらが好きでない人には合わないゲームでもあり、また自由度が高いとは言え純粋なアクションやスニークと同等の面白さや緊張感を求めても期待外れになるでしょう。あくまでも自由度の高さを楽しみ、味わう作品だと思います。

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