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Sam Lee

FolkWorld

Sam Lee

Ground Of Its Own

The Nest Collective Records / プランクトン

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ブレイディみかこ Apr 05,2013 UP

 貧民街の公園というのは単なる空き地であることが多いため、ジプシーやトラヴェラーと呼ばれるキャラヴァン生活者の滞在地になりやすく、年に数回、うちの近所の公園もパイキーと呼ばれるアイリッシュ・トラヴェラーの方々に占拠される。
 で、数年前のクリスマスのことだ。ちょうどその時期、パイキーの方々が近所の公園に滞在しておられ、降誕祭の朝、カトリック教会のミサに大挙してやってきたのである。それでなくとも子沢山で大家族の彼らが一堂にやって来られたものだから、教会の椅子は足りない&彼らが貧民街在住者ですら気後れするようなタフでラフな雰囲気を漂わせておられるため、博愛なはずの教会でも明らかに歓迎されている風ではなかったが、彼らの方でもそれに慣れきっている様子で、ぞろりと教会後方の床の上に座っておられた。
 カトリックのミサには答唱詩篇という聖歌を歌う部分があり、それは平坦なメロディで何度も同じ祈りの文句を歌い倒す、というものなのだが、そこにさしかかったとき、聖堂の後方からこぶしの回ったバリトンで歌いあげるパイキーの男性たちの声が響いてきた。  
 あの大地の底から沸き上がってくるような答唱詩篇は、クラシック系の声で歌われる聖歌とはまったく別ものであった。一曲の聖歌の中で、クラシックとフォークがせめぎ合っているかのようだった。クラシック風の歌唱法をしているのが前方に座っている貧民街在住者たちで、後方から野太い民族歌謡の声を聞かせているのがトラヴェラーズ。という構図も面白かった。

           ************

 サム・リーは、英国内のイングリッシュ、アイリッシュ、スコティッシュ、ルーマニア系トラヴェラーのコミュニティに伝承されているバラッドのコレクターである。彼が自分の足でトラヴェラーの滞在地に出向いて行って、そこで代々歌い継がれて来た歌を学び、新たなアレンジを施して録音したものが『Ground of Its Own』だ。わたしはそれがとても好きだったので、昨年末、紙エレキングで個人的な2012年ベスト10アルバムを選んだとき、3位に入れた。で、そのアルバムが3月に日本でも発売されたというので、こうして再びしゃしゃり出て来たわけだが、このアルバムを初めて聴いたとき、これはマムフォード&サンズのアンチテーゼだと思った。昨今流行のポップなネオ・フォークに対する、「どうせやるならここまでやってみろ」という力強いステイトメントに聴こえたからだ。

 トラヴェラーズ。という英国社会における明らかな被差別対象の人びとが伝承してきた歌を集めてアルバムを作った、などというと、ちょっとプロテスト・ソングのかほりもするが、サム・リーはそんな直情的な意思は微塵も感じさせないほどアーティーでミニマルな民族音楽の世界を展開している。そもそも、フォークのくせにギターが使われていない。サム・リーは、ギター・ベースのフォークには探求できるものはもうほとんどないと考えているそうで、"TUNED TANK DRUM"とリストに書かれている打楽器や、ジューイッシュ・ハープ(彼はユダヤ系である)、フィドル、トランペット、電子楽器などを使用しており、ギグで日本の琴を使っているのを見たこともある。クラウトロックやアンビエントと比較されるようなアレンジが施された曲もあり("The Tan Yard Slide"の「電子と土とのせめぎ合い」みたいな静かな緊迫感と迫力は特筆に値する)、ジャズとジプシーの伝承音楽を融合させようとしているような曲もある("On Yonder Hill")。

 とはいえ、それらのインストルメンツやアレンジメントは、単なる脇役に過ぎない。
 ロンドン北部の裕福なユダヤ系家庭に生まれ、名門プライベート・スクールに通い、チェルシー・カレッジ・オブ・アートに進学した彼は、芸術系お坊ちゃまのルートを辿りながら、野生環境でのサヴァイヴァル術を教える講師となり、バーレスク・ダンサーとしても働いていたという。「乳首にタッセルを装着している女の子たちに囲まれ、楽屋のテーブルの下で昔の羊飼いたちが歌った曲を覚えていた」と『ガーディアン』紙に語った彼は、伝承歌を教わったというルーマニア系ジプシーの85歳の老女と共にインタヴューに応じており、老女が『Ground of Its Own』を「あなたの音楽」と呼ぶのを聞いて、「いや、あれは君たちの音楽だよ」と言い直している。
 人びとに避けられ、忌み嫌われてきたコミュニティの音楽が、ひとりのミドルクラスの青年の手によって蘇る。ということは、通常、この国のソシオ階級的なものを踏まえれば、あり得ないほど特異な話だ。しかし、それを可能にしたのは双方の音楽への情熱だろうし、その階級を超えたパッションこそが、このアルバムの真の主役だとわたしは思う。

ブレイディみかこ

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