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早いもので、トーフビーツ、通算3枚目のアルバム。「水星」のリリースが2011年だから、かれこれ4年ものあいだ彼はこの国の音楽シーンの重要なプロデューサー(ないしはビートメイカー)のひとりとして、時代の寵児として、この時代を反映する者のひとりとして、広く注目され、作品を発表し、こうして我々を楽しませている。
『lost decade』が2013年。前作『First Album』が2014年。そして今作。つまり毎年1枚のアルバム・リリース。これは、メジャー・レーベルの若手邦楽ミュージシャンの標準ペースであり、海外においても大衆音楽の基本ペースだ。もちろん、ある時代までの。
トーフビーツとは、古今の欧米のアンダーグラウンド・クラブ・ミュージックを嗜好しながら、ポップ・フィールドに通用する音楽を作りたいと人一倍強く思っている青年である。彼はビートメイカーだが、がちがちのストリートウェアでめかし込んだレコード会社のスタッフと比べるとほどよく地味な外見で、しばし我々を混乱させる。いったい誰が「クール」な主役なのか……。そして、ひと昔前なら音楽家たるもの口が裂けても言わなかった「ビジネス」について堂々と喋る。価値観が変わったことを大人に教えているのは、むしろ彼のほうなのだ。
ジャンクもクラシックも、使い捨ても名盤も、40年前の音楽も最新の音楽も、すべての価値が均等なスーパーフラッター・ワールドから来ているトーフビーツだとしても、だからといって彼はそうやすやすと素人芸に拍手しない。話題性では『First Album』かもしれないが、岸田繁、KREVA、小室哲哉、中納良恵……といった超豪華ゲストを迎えての新作『POSITIVE』、ひとつひとつの曲の完成度は高く、よりたくさん聴かれるのはこちらだろう。トーフビーツらしい叙情性、そして遊び心がうまい具合に調合されている。
そもそも彼にとって重要なのは音楽的起源ではなく、たくさん聴かれること。多くの人が楽しめること。つまり、これが売れるかどうか。さてどうなることやら……そういう意味でも、注目の新作なのだ。
■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。本トラックを収録したアルバム『lost decade』を自主制作にて発売。同年秋には森高千里をゲスト・ヴォーカルに迎えた「Don’t Stop The Music」でメジャー・デビュー。2014年10月2日(トーフの日)に、豪華ゲストを招いたメジャー1stフル・アルバム『First Album』を発売。2015年1月にリミックス・アルバム『First Album Remixes』を配信リリース。つづくエイプリルフールにメジャー3rd EP「STAKEHOLDER」をリリース。9月にメジャー・セカンド・フル『POSITIVE』を発表した。
2年前に作った曲を今回のアルバムに入れちゃうと、Jポップの時間感覚では違和感が出るんじゃないかと思いました。
野田(●)、橋元(■)
■今回、過去のすべてのMVも収録されていたりする(初回盤のみ)ことをふくめ、ひとつの区切りの中で作られていると思います。「メジャーでやりたいこと」というのがあったと思いますし、実際に過去にそう語ってもらってもいるわけですが、今回はそれに対する結果、あるいは手ごたえといったところをおうかがいしたいなと思ってます。
野田:早すぎるよ、ペースが(笑)。
TB:3年に1枚、というペースで食べていけるならいいんですけど、そんな契約どこでもしてもらえないですよ(笑)。物を言えるようになるまでには時間がかかりますね。
野田:その意味では本当にJポップらしいリリースの仕方なんだろうけどね。
TB:あるいは、1枚だけで抜けていっちゃう……あえて1枚だけの契約をするアーティストも多いのかもなっていう印象もありますね。
■いろいろ制約のある中で、その1枚というものを精一杯考えておられると思うんですが、前作は「収録ヴォリュームがお得」というこだわりもありましたよね。
TB:そうですね。今回は、CDを買う人がさらに絞られていっているので、プレミア戦略とまではいきませんが、もうちょっとモノとして置いておきたくなるようにしたいなと。デザイナーからは10インチ・サイズのジャケにしたいっていう要望があったんですけど、そういうリアリティのない形は避けたくて、なるべく普通に流通しているCDのケースのサイズの中で工夫したいなと思いましたね。
野田:そういうふうにモノに回帰していくっていうのは、音楽の売り方としては原点回帰的なものだと思うんだけど、tofubeatsとか〈マルチネ〉って、そういうものを壊してきたという前科があるわけで──全部タダで聴けるという。そのへんは自己矛盾というか、アンビバレンスがあるの?
TB:でも、データにはデータのよさがあって、アナログにはアナログのよさがあるっていうのは昔から言ってることなんですけどね。僕は中学のころからレコードを買っているので、そこはtomadとはちがうところです。フリーで聴くのはフリーで聴く用の音楽で、たとえばフォークみたいなものはフリーでは落とさない(笑)。そういう基準がいちおう僕の中にはありますね。この『POSITIVE』でも、データ版はほぼ半額くらいに値段を下げていて、データを聴くような人に向けて送っているものなんですよ。CD版はCDを聴くような人に向けて送っているし、後々アナログを出すとなればそれも同じ。デジタルもパッケージだと言うならば、それ相応の角度をつけるというか。だからあんまり矛盾はしていないと思うんですよね。(料金が)フリーっぽいジャンル……ってなんとなくあるじゃないですか。Jポップをちゃんとつくろうというのは、そうじゃない、CDっぽいジャンルだと思っているからかもしれないですね。
■なるほど。ブックオフの100円CDコーナーなんかが原体験的なものとしてあったりとか。きっとそうしたイメージの集積の中にご自身のJポップ像があるんだと思うんですが、たしかにtofubeatsのCDは「CD」をやっていらっしゃるかもしれない。
TB:それに、タダという話についてはちょうど昨日タクシーの運ちゃんとその話をしてたんですけど、儲かる商売とは投機性の高いものであると。株、先物、家──倍になったりゼロになったりするものが儲かる商売なんですよ。で、音楽はかつてとても投機性の高い商売だった。つまりそれは、ゼロになる可能性も持っている商売だったんです。逆に言えば、また価値が上がっていくこともあるかもしれない。それが最近の僕の見方です。いまが買いなんちゃうか、と。
野田:ははは! そんな株券みたいなものなのかなあ。でも〈マルチネ〉って、延々と同じやり方を繰り返してきた音楽産業に対しての、ひとつのカウンターでもあったじゃない? だから、ついtofubeatsにはこの間の音楽産業の激変についてだったりを訊いてみたくなっちゃうんだよね。今年だとアップル・ミュージックなんかも大きいトピックだけど、消費の選択肢が増えるだけじゃなくて、それを提供するためのメディアも増えていくでしょう?
TB:タイトル単位でお金を払うっていう感覚はもう捨てられたなと思いますね。音楽的な内容の上でも、来年あたりからそれに対応してどうなっていくんだろうって思います。今年も今年でぜんぜんちがって、来年はさらにちがってくると思うので……。年に一回くらい定点観測していかないと変な感じになっちゃうんじゃないですかね。その意味では、2年前に作った曲を今回のアルバムに入れちゃうと、Jポップの時間感覚では違和感が出るんじゃないかと思いました。
今年に入ってから、歌謡曲からJポップになったというようなレベルでのタームの変更が、なんとなく来そうだなって思ってるんです。
■Jポップの市場に、ポップ・カルチャーのど真ん中の流れを作るエネルギーがまだあると思います?
TB:Jポップ市場にあんまり期待はしていないですけどね。すごい夢があるって感じではないんです。やり方としては、毎回、市場にお伺いを立てるみたいな感じなんで──「Jポップどうですか? 僕のヤツいけますかね?」って(笑)。
野田:ははは(笑)。そういうさじ加減はその都度考えているんだろうけど、今回はそういう意味でいうとJポップをすごく意識しているよね。
TB:そうですね。あといろいろ仕事をさせていただいたので、前回よりは技術的にJポップを狙って打てるようになっていますね。前回も気持としては同じくらい狙っているんですけど、今回ほど曲単体で飛ばせなかったというか。
■ご自身の中の憧れもあるとは思うんですけど、TofubeatsがJポップというものを立ち上げるときに、ある意味で亡霊ともいえる過去の大物を引っぱってくるじゃないですか──やっぱり、Jポップという共同幻想が以前ほど明確に想像できなくなっているから。
TB:それをどんどん生産していくっていうのがあるんですよ。ファースト・アルバムに関しては、「憧れているひとに全員会う」という目標みたいなのがあって、森高(千里)さんがいけたから、藤井(隆)さんとかボニー(・ピンク)さんにいこうとか、メジャー・デビューする前に本当にファンだったひとを呼ぶ、というのがテーマだったんです。
今回の『ポジティヴ』に関しては、さじ加減が変わってきたというか。呼びたいひとたちは前回みんな呼べちゃった。となると今回はロマンとかじゃなくて、「呼んだらおもろいんちゃうか?」サイドというか。もちろん呼びたいひとという意味ではいっしょなんですけど、もうちょっと自分としては一歩引いたところからお声掛けをしています。
■ゲストの方は年齢的にも少し下がっていますね。
TB:下げたかったんですよ。年長のひとを呼んでしまうというのは意図的なものじゃなくて、単純に趣味の問題で──〈マルチネ〉にはいるんですけど、同世代で波長の合うJポップのミュージシャンがあんまりいないから、呼べないというのがありました。それで、ベテランの方が話がわかってもらえるから、そういうひとたちを呼ぶことになってしまった。そういうひとたちといっしょにやって、こっちも勉強しておきたいというのもあります。
そもそも若手で市場でやっているひとってほとんどいないんですよ、ミュージシャンとしては。EXILEとかE-girlsとかって、またちがうスタイルじゃないですか? AKBはアイドルですよね。だからそこでジャンルがちがうんですよ。僕みたいなミュージシャンがあんまりいない。BONNIE PINKや椎名林檎みたいなひとが若手にいないんですよね。不思議な話で、椎名林檎さんだって若手のときがあったのに。
■そうですよね。それが育てられていないということなのか、それともJポップというものの文化的な寿命があって、頂点を過ぎてしまって支えようがない、というようなことなのか。あるいは、もうみんな終わりを知っているから、新しい何か別のものを仮構しているところなのか。
TB:今年に入ってから、歌謡曲からJポップになったというようなレベルでのタームの変更が、なんとなく来そうだなって思ってるんです。
■おお。
TB:そうなったみたいな。Jポップが登場してきて、小室さんが作っていたときみたいな感じで、荒れ果てた大地から謎のジャンルが出てきた……ってことになってこないかな、と思っていて。いまはアイドルとEDMで、ほとんど音楽的には焼け野原に近いというか。まぁ、焼け野原というのは言いすぎかもしれないですけど。
野田:だいたい小室哲哉自体が、たとえばいま再評価されているシティ・ポップの流れなんかとはぜんぜんちがうというか、反対側のひとだからね。
TB:そうそう。あのひとはヨーロッパですからね。これは大きな声では言えないけど、小室さんみたいなひとを「オモロイやん!」っていう理由で呼ぶのは、2015年じゃないとできないというか。そういう意味で前回とはちがうというか。以前はマジメに考えてこんな感じだったんですよ。
野田:ナイーヴなアルバムだったもんね。
TB:そういう部分が取れてきて、「小室さんを呼んで、岡田さんの声が聞こえてきたらウケるよね」みたいな感じで作ったんです。実際に小室さんもこれを聴いて爆笑するっていう。だから、そういうことができたので、すごくよかったですよ。それにこんなのを送ってくださる時点で、小室さんもJポップを作る気がぜんぜんないじゃないですか? だからシーンへの音楽的な期待が小さくはないんですけど、けっして大きいわけではないために、かえって自由になれるところもあるなっていうのは、今年のいいところでもあります。
野田:じゃあ、ある意味では遊んでいるアルバムとも言える?
TB:そうです。けっこうふざけていますね。「ふざけていいんだな、こんくらいまでは」というのがわかってきたというか。
今回は「自分の」じゃなくて、「OLの」歌っていうのが作れるようになったんですよ。客観的なものにできたというか。
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■そのさじ加減とともに、技術的にも遊べる力量がついたということなんでしょうね。
TB:それに関してはまだまだで、まったくないとだけ言わせてください(笑)。そもそも曲ができなさすぎて、〈ワーナー〉の会議室で「ポジティヴになりなさい」って言われて、タイトルが『POSITIVE』になったので。
野田:え、何があったの?
TB:最初に玉城ティナさんとの曲があって、それが1ヶ月くらいできなかったんですよ。それで神戸から呼び出されまして。釜飯を食いながら「トーフくんはもっとポジティヴになりなよ」って言われて。「そんなの無理っすよ」ってデザイナーのひとに言ったら、「でも“ポジティヴ”って、字面がいいじゃん。エネルゲンみたいでかっこいいよね」って感じになって、「じゃあ『POSITIVE』でいきますか」と。そしたら曲ができだしたんですよ。
■そのニュアンスですと「やけ」みたいにも聞こえますけども(笑)。
TB:いや、根も葉もなくていいんだな、みたいな。逆にJポップだし、と。
野田:率直に聴いた感じを言うと、最後のEGO-WRAPPIN'のやつとか本当に泣きの入ったJポップというかさ。「絵に書いたようなJポップをやりやがって、このヤロー」と思ったんだよ。いまの話を聞くと、それはある程度は確信犯としてやってるの?
TB:前回のアルバムとかは、自分のなかの女の子っぽさとかOL的なものを増幅させて曲を書こうとかって感じだったんです。でも今回は「自分の」じゃなくて、「OLの」歌っていうのが作れるようになったんですよ。客観的なものにできたというか。前の作品がナイーヴになる理由もそこにあったんですけど、自分ではなくてそれぞれキャラに合わせてやればいいやって思えて。
野田:それはホントにプロデューサーだよね。
TB:しかもインスト曲を抜くことによって、そこに徹することができるようになったというか。その代わりに最後のテクノみたいなやつ(“I Believe In You”)が、いちばん思い入れがある感じなんです。
■ある意味での勝負曲ですね。
TB:そうですね。この曲がいちばん聴いてほしいっていう。
野田:そうなんだ(笑)。
TB:すべてはここに持ってくるためにあるっていう感じなんで(笑)。
■とはいえ、この曲もバランスが取れた曲だと思ったんですけどね。
TB:いちおう〈マルチネ〉10周年用で、派手にしたいというのはあったんですよ。
■ひとつ前のシングル(『STAKEHOLDER』2015.4)って、つながりとしてはあの曲のの流れにあるのかもしれないですね。
TB:結局、『POSITIVE』を出す前提で『STAKEHOLDER』も出しているんですよ。ジャケも、この布陣でこのアルバムをやるっていうのは決まっていて、「ここではいくらふざけても大丈夫です!」っていう許可を〈ワーナー〉から取って作ったのが、この『STAKEHOLDER』だったんです。
■内容的にも、今作のラストの曲とある意味で似ているというか、わりと自由にされてますよね。
TB:ファースト・アルバムだけでやらなきゃいけないと思っていたことを、切り分けて『STAKEHOLDER』でやりきっちゃって、『POSITIVE』はプロデューサーに徹する──そこの采配がうまくいったおかげでもあるというか。
たとえば最近のネットで聴けるいちばん尖った曲の傾向みたいなものが、この『STAKEHOLDER』にはなんとなくあるなというのが、わかりやすく見えると思うんです。アルバムのほうにももちろんそれがあるんだと思うんですが、すごく切り刻まれてJポップの形の裏に滲むくらいの程度になっていて。
というか、その尖った分量を減らすことも意識してさえいるんですよね。ヴォーカル・チョップみたいな手法とかは、もはやちょっと不良かもと思って減らしたところもあります。スカイラー・スペンサーの曲とかも、過剰なエディットを排除する作業をしたり。
■まさにいまその名前を出したかったんですけども、スカイラー・スペンサーってセイント・ペプシでしょ? 普通に歌っとるやんか、みたいな驚きもあって。
ポップスというのは内と外の認識というか、それをどう定義するかだと。
野田:Jポップと言ってしまうと語弊があるしね。tofubeatsは、いわゆるポップ・アートみたいなありかたをすごく出していると思うんだよね。ポップ・アルバムを作ろうとしているのはひしひしと伝わってくるんだけど、トーフにとってポップ・ミュージックは、さっきの現状認識に照らすと「焼け野原に近い」わけなんでしょう? 要するにろくな音楽がないっていうか。
TB:まぁ、なくはないですけどね。
野田:そういう中でいいポップ・ミュージックを作りたいということだと思うんだけど、それは何なの?
TB:一昨日、Seihoさんとしゃべっていて、「『POSITIVE』についてひとことだけ言いたいことがある。これを聴くと、tofubeatsくんのどこまでが外でどこまでが内かわかる」と言われたんですよ。だからポップスというのは内と外の認識というか、それをどう定義するかだと。
今回、小室さんと作りながら話していたんですけど、小室さんが何百万枚と売れていた時期でも、小室さんが言うには「絶対に売れない曲」が最初にできるんですって。僕の『STAKEHOLDER』みたいな、自分の好きなことだけをやった曲ができるそうなんですよ。でも、そこから1000人分、2000人分とアレンジで積んでいくんです。ここをこうしたら1万人増えるっていうメソッドがあるんですよ。ここまでやるとラジオ・レベル、ここからはテレビ・レベル……ただ、自分の好きなものからは離れていくっていう。まさに内からどんどんと外へ広げていく作業をアレンジでやるんですよ。それをやるのがJポップだっていう話で、それがみんなに喜んでもらうということだと。俺はそこまでは達観できないですけど、自分のなかにある感覚としては、「内」と「外」というのはたしかにあるんです。
野田:その小室さんが使っていた、内側から第一段階、第二段階と離れていく手法は、いまでも通用すると思った?
TB:俺は思わないです。それはもちろん時代的なものもあるので。ただ、それと同じことがやれるひとに、中田ヤスタカさんがいるって思います。本当かどうかわからないから真に受けないでほしいんですが、「時代の一歩先じゃお客さんにわからないから、半歩先じゃないとダメだ」って言われていたそうなんですよ。それはそのとおりで、俺はそれをわかっていてやらないのが品のよさだとは思うんですけど、そこで「半歩」を選べるひとはプロデューサーとして優秀だと思う。
そのあたり、僕はジレンマがあるんで──養う家族とかがいるわけでもないんで、僕はそこで折れる必要がないんです。でもそこで半歩を意識するのがポップスなんじゃないかな、と。まったく意識しないとアーティストっぽくなっていくんですけどね。僕が神戸とか東京とか言うのも、内と外を定義するからなんです。それが僕自身のポップス観に近いって感じですかね。それでSeihoさんに、「トーフくんがどこからどこまでが仲間だと思っているかがわかる」って言われたんですよ。
野田:なるほど。しかし「1000人、2000人」って、すごい発想だなー。フィル・スペクターとか誰でもいいんだけど、そんなふうには作っていなかったと思うんですよね。
TB:それはまさにJポップという感じが出ているんだと思います。でもグラミー全盛のときもそうだったんじゃないかって感じがするんですよね。メロディ・メイカーが別にいるっていうのも、まさにそれを表しているように見えるし。
あと、小室さんからその話をうかがってから、2000年くらいに放送された小室さんの『情熱大陸』(TBS)を見なおしたんですよ。そしたら小室さんが「あ、1000人減った」って言うくだりがあったんですよ(笑)。15年前に言ってるから本当だって思ったんですよね。でも小室さんはその中でも「ピアノ・アルバムをやりたい」って言って、無理してそういう作品を作っちゃう部分もある。やり方っていっぱいあると思うんですよ。内と外があるとして、毎回外を打つ人もいれば、内のものと外のものを作ってバランスを取る人もいるじゃないですか。おもしろいと思いますね。
■「いま1000人積めたな」っていうのは、音楽が本当にたくさんの人と文化を動かしていた時代のダイナミズムであって、いまその発想を支えるものがあるかというと──
TB:動いて2、3人くらいなんですよ(笑)。
■ははっ、ご謙遜! あるいは、CDというフォームじゃなければむしろ昔よりもたくさんのひとたちが音楽を楽しんでいるかもしれない、といういまは、「1000人積みます」っていう商業ベースの考え方が、逆に特別にかっこよかったりワンダーだったりもすると思うんですね。そのあたりのスタンスは、tofubeatsはどうやって取っているんですか?
TB:だからそこで「力を抜いてみよう」というのでできたのがこれというか。エゴをマックスでやらないとどうなるんだろう、みたいな感じですかね。それに世の中がもっと世知辛くなっていったときに、みんなはどんどんアーティスティックになっていくと思うんですよ。あと、何も定義がないから、自分のやりたい音楽をやるしかないんですよね。だから対社会的なものを作るっていうのは……どうなんですかね。それも時代によりけりだと思うんですけど、いまの時代としては、来年はマジメなやつを作っても大丈夫なんじゃないかという気もしているんです。だから、こういうのを作れる間に作っておこうというのもあったかもしれないですね。
来年はマジメなやつを作っても大丈夫なんじゃないかという気もしているんです。
■ああ、なるほど。それは「2015年じゃないとできない」というさっきの発言ともつながりますね。「今年」のニュアンスをもうちょっと聞きたいです。
TB:今年は『Maltine Book(SWITCH特別編集号)』とかが出ていますけど、どこか荒野っぽいというか。tomad社長みたいな人は、そこに今度は砂が盛り上がって枯山水ができ上がるとか、Seihoさんとか岡田さんみたいに、開拓時代だから好きなことができると言っているひともいる。僕は流行のなかでそこにどうやってタッチしていこうか試行錯誤しているので、ブームみたいなものがなくなるとかえって距離が取れなくなってしまうっていうか……、そういう定義がどんどんなくなっていくんで、最後はどういう音楽をやっていくか、いま自分自身に問いかけられつつあるんです。だから内と外がなくなったときにどうやろう? という不安がありますね。
■それは突き詰まった答えをいつか聴いてみたいですね。ではtofubeatsから見た理想的なポップ像というと、どんなものになりますか?
TB:「気概がある」っていう言い方になっちゃうんですけど……。ある人が言っていたんですが、すごく有名なバンドでも、後進にたいしてエデュケーショナルな感じがない音楽が多いでしょう? その向こう側はあんまり見えないっていう。たとえばNonaReevesとか、聴いてみるとその向こうにある音楽がわかるじゃないですか? 当人がそうなりたいと思って動いたんだなって。そういうのであってほしいとは思うんです。この音楽を聴くことによって、何か作用が起きてほしいというか。それは音楽的な作用です。それを聴いてダンスをはじめるとかでもいいんですが、僕が理想だと思うJポップは、音楽を聴いて、音楽の作用が起きるのがいい。もっと音楽を聴こうと思わせてくれるというか、そういうものが優秀だという定義がなんとなくある。ただ、サザンを聴いてそう思うひともいるでしょうから、人によりけりなんですけどね。でも、僕が好きなのは「なんやこれ、もうちょっと調べてみよ」となる音楽というか。
僕が理想だと思うJポップは、音楽を聴いて、音楽の作用が起きるのがいい。もっと音楽を聴こうと思わせてくれるというか。
野田:参照性が高い音楽?
TB:同列の音楽に行ってもいいんですよ。たとえばアクフェン(Akufen)を聴いて、「カットアップってなんだろう?」と思って、アクフェンとぜんぜんちがうやつを聴くというか。そうさせてくれる音楽が好きなんです。
野田:それをポップ・ミュージックのより大衆側でやるってこと?
TB:そうです。だからおもしろいアイドルの音楽を聴くのと、アイドルの曲を聴こうとなるのはまた別の原理じゃないですか? もっと音楽的な広がりを与えてくれるものというか。そういうものがJポップのチャートに入ってほしい、という願いがありますね。
今日はJ-WAVEでさっきまでイヴェントがあって、フットワークが流れててめちゃびっくりしたんですよ。ラジオでEDM以外のクラブ・ミュージックがかかることってほぼ無いんですね。先週、車に乗ってたら大阪のFMからスウィンドル(Swindle)が流れてきてびっくりして。
野田:それは本当にたまたまだね(笑)。
TB:協賛番組でその局制作じゃない番組だったんですけど、そういう「おお!」というのがほしくて、びっくりしたいというか。「ああ、またEDMね」とかじゃなくて、いろんな音楽が入った多様性みたいな感じがあるといいなと思うんですけどね。
野田:じゃあ自分でもそれを目指すわけだね。
TB:本当にひとりでやるしかないというか。
■でも、〈マルチネ〉さん周辺のなかでもtofubeatsはとくにドラマチックでロマンチックなミュージシャンなのかもしれないとは思いますけどね。程度の差はあれ。
TB:いや、もう本当にドラマ信仰がはなはだしいって問題視されているんですよ(笑)。岡田さんとかにリアリズムに欠け過ぎているとよく言われるんですね。
野田:どういうこと?
TB:深夜ドラマが好きすぎて、なんでもドラマっぽくしちゃうというか、ストーリーをつけちゃうというか。だからインタヴュー受けがいいとかはあるかもしれないんですけど(笑)。なんでも勝手に自分でストーリーにしちゃうっていうのは、半分病気だって言われる。〈マルチネ〉のひとたちは点で物を見れるので……。インターネットと相性がいいのはそれですね。僕がインターネットをやっているけど、レコードを買ったりとかしたいのは、ストーリーがなきゃっていう性質のせいかもしれないです。
■それはアルバムの考え方にも影響するかもしれないですね。
TB:なんというか、曲もタイトル単体では評価できないんです。さっきも言ったんですけど、「つながりがないと」とか言っているのはそれに近い気がしますね。
■ある意味では商売っていうドライさで音楽を見れないひとなのかもしれない、とか。
TB:だから必死っぽい感じがするのかもしれないですね。
■たとえばくるりの岸田さんが歌われているやつとか、EGO-WRAPPIN'の中納さんとの最後の曲だったりとかは、tofubeatsが本当は持っているドラマチックな部分が、彼らの声を通して表に出てこられる。「ドラマチック」というのをダサいと思っているかはわからないですけど、自分で押し込めている部分もあるのかなという感じはするんですね。でもそのあたりの曲は、唯一それが自然に感じられる。
野田:俺は今回のアルバムを聴いて、tofubeatsってこんなに情のひとなのかと思った。
TB:情のひとですよ(笑)。それだけは言わせてください(笑)。
野田:こんなにエモーショナルでペーソスがあるのかと思ったね。
■そういういうことを上手く歌うひと、あるいはそういうひとを選んだんだなと思いました。
TB:そうなんですよ。他人経由にして歌うからいいんですよ。あと、歌ってもらわないと自分で聴けないじゃないですか? それがいいんですよ。僕は自分のアルバムは自分で聴きたくて作っているので、自分で聴くためにはひとの声が入っていないといけない。
野田:けっこう泣きのひとなんだよね。
TB:いや、もうめちゃくちゃそういうタイプですよ。
■それだとKREVAさんのやつ(“Too Many Girls feat.KREVA”)がおもしろいじゃないですか。半分KREVAさん、半分ご自身みたいな。
TB:あれは『lost decade』でPUNPEEさんとやったのといっしょです。トリがあってオチがあるっていうか。そういうものへの遺伝子レベルでの羨ましがりというか。あと、イケメンが好きなんですよね。自分にないものがあるので。
■ひとに歌ってもらっている部分が半分、自分で歌っているのが半分ってなっているじゃないですか?
TB:そうですね。
■その意味で、出てくるものが他の曲とはちょっとちがうような気がしたんですけどね(笑)。
TB:これは半分コミック・ソングみたいな感じなんですけどね。
「このひとはこれを守っているんだな」ってわかるミュージシャンが好き。
■テクニカルな部分というよりも、むしろ曲の表現とか意味みたいな部分を何重にも外側から考えているひとなんだなと思いますね。でも、その「外側感」は自分にとって不自由であったりはしないんですか? あるいは、「もっと無邪気にやれたらいいな」とかって思わないんですか?
TB:無邪気にやりすぎちゃうと品がない感じになっちゃうから。
野田:そこは何か、tofubeatsの中にあるんだね。
TB:そこに関してはボーダーがあるんですよ。いちおう全曲その意識の中に収まっているというのがあるんですよね。
野田:tofubeatsが気にしている品性の部分はわかる気がするね。一歩タガが外れると、それこそEDMのひどいヤツじゃないけども──
TB:曲とか歌詞についても、自分の中でボーダーがあるんですよ。ハーバート(Herbert)なんて、「自分はこれは絶対やらない」みたいなことがサイトにずっと載っているけど、俺もああいうのがあるんです。ああいうのになりたいというのはすごく思ってて。よくわからないけど、「このひとはこれを守っているんだな」ってわかるミュージシャンが好き。俺はボニーさんとか岸田さんにそれを感じるんですよ。小室さんもそうですね。めっちゃ器用なのに、やることを限定するじゃないですか。手癖とかが出ないようにするっていうのは、なかなか難しいような気がするんですよね。
■倫理みたいなもの。そういうものをより気にしなきゃいけないというか、最近の若いひとはそういうところにわりと厳しいということは感じるんです。そういう感覚とか、芸術であれ何であれ自分のことをテキパキ説明して、キャリアを切りひらいていけるっていうようなところでも、tofubeatsはひとつのお手本になっているのかもしれないですよ。
TB:どうなんですかね。僕より若いひとは政治とかがもっと好きでしょう。僕らよりもうちょっと下くらいの世代との断絶は感じるんですよ。だからSEALDsとかが“彗星”とか“No.1”とかをかけて演説しているっていうのを聴くと「へぇー」と思うっていうか。
野田:そういう曲がかかってもおかしくはないかもしれないね。
TB:あと、僕のルールのなかには政治を語らないっていうのがあるので。絶対に公の立場では。そういうのが何個かあるんですよね。
今年の感触全体として空を掴んだ感じがありますよ。
野田:tofubeatsをかけるシールズはおもしろいとは思うけどね。それとは別の話なんだけど、今年が焼け野原っていうと俺も似たような感覚があって、2015年ってあんまりおもしろい音楽が多くなかったでしょう?
TB:「これが流行っているな」っていうのもないなって。
野田:たとえばエレクトロニック・ミュージックのシーンを見たときに、とくに新しいものが出ているわけじゃないんだよね。それ以前のほうが動きがたくさんあって。そういう意味でいうと、現行の音楽のおもしろいところとリンクしようとしても、できるところがない。そんな中で音楽を作ろうとなると、「内と外」っていうさっきの言葉が正しいかどうかわからないけど、何かいままでとちがう作り方が求められるというかね。
TB:いまも、周りが言うほど俺は「できた」って感じがしてないんですよ。今年の感触全体として空を掴んだ感じがありますよ。悪いのができたとは思っていないんですけど、これが何かを起こすぞみたいな感じは、今年はしなくって。
■それはわからないよ。
TB:起きたら起きたでうれしいですけどね。
■でも、「今年」ってもののツマミを上げたり下げたりしてくれる唯一の存在なのかもしれないじゃないですか? 他のひとができないぶん、さらに昔とはその塩梅もちがうってことがわかっているぶん。
野田:まぁ、でも今年は出すのが難しい年だったと思うわけよ。
TB:それはそうですね。
野田:ヴェイパー・ウェーヴでもジュークでもなんでもいいんだけどさ。
■だって3月以降『ele-king』は出てないんですよ。書籍の刊行が多くっていろいろ大変だったんですけど、でも何か大きな動きがあったら出てるはずなんで。出たのは別冊の「ポストロック」と「ジム・オルーク」(笑)。
TB:はははは(笑)。やばいなー。
野田:大変な時期だよ。
TB:「荒野になるとハウスが流行る」みたいなtomad社長の意見も正しかったし、俺たちもDJをはじめた頃の音楽を聴くっていう(笑)。
野田:それはシティ・ポップが流行るのと同じだよね。バック・トゥ・ベーシックな感じ。
TB:ディスコのリエディットとかもレコードとかですごく買ってて。「DJはじめたときといっしょじゃん!」ってなるみたいな。しかも作っている曲にはそのフィードバックがないから、余計そういう感じがするというか。単純にやることがなくなったから、自分の出処を確認しているだけなんですよ。
■そんななかでギター・バンドはのびのびとやっているんですかね?
TB:バンドも形見が狭いでしょう。
野田:バンドだって真新しいことをやっているわけじゃないじゃん。
■真新しいことがないから、シティ・ポップが参照されたり。
TB:あと荒野過ぎてちょっと出てくると拾われちゃうから、余計やりにくくなっていると思いますよ。
サブスクが今年にできて、ひとつだけありがたかったのが、「プレイリスト」という感覚でアルバムがいちおう戻ってきたというか。
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■でも、なんだかインターネットが自由の空間を開き過ぎてしまって、産業とかユース・カルチャーとしては苦境でも、音楽そのものにとっては案外いい時期なんじゃないかと感じたこともありましたけどね。
TB:ていうか、インターネットが前提になったから、〈マルチネ・レコード〉は新しくもなんともなくなって瓦解したというか。10周年のタイミングで社長も本を出して、いちど解き放ったというか、適度なところで区切りをつけたというのもあるとは思いますけどね。
■アルバムというフォーマットにすることにどういう意味があるのかがより問われるようになったという感じもします。それぞれがそれぞれのタイムラインで、単品で音楽を聴いているわけなんで……。そういうタイムライン乱立状況の中でアルバムを考えるときに、Jポップという亡霊がもう一回召喚されてくるんだと思うんですけど、そういう意味では今回のアルバム、すごくアルバムですよね。
TB:それで言えば、サブスクが今年にできて、ひとつだけありがたかったのが、「プレイリスト」という感覚でアルバムがいちおう戻ってきたというか。単曲配信の場合は1曲配信なので、アルバムを聴くっていうモチベーションを、料金的なところでは与えにくかったんですよね。しかもYoutubeから単曲のリンクに飛んでってなると、どうしてもそうなる。それがこのサブスクを経て、価格的な面では障壁がなくなったから、アルバムにいきやすくなった。──たとえば僕がアップル・ミュージックで何を聴いているかというと、ブライアン・イーノとか〈メゴ〉。僕、中学生のころから好きで。でもいま、それをアルバムで聴くっていう、有線みたいな使い方になっているんですよね。そういう意味で、逆にいまの状況だとアルバムを聴くと思ったんですよ。しかもアップル・ミュージックって、知っているアーティストしか検索できないじゃないですか? 紹介してくれるものも知っているアーティストに関連しているものなんで、いきなりヘビメタの知らないアルバムを紹介されて「いいな」と思うことはないんですよ。だから知っているアーティストを検索して聴くという系統だった聴き方も生まれる。
■古い聴き方とある意味では同じ。
TB:しかもより拘束力なしに聴かせる。だって、いまだったら一回CDをPCに取り込んで聴かせるってなっちゃうんで、そういう意味ではアップル・ミュージックは曲を順番に聴かせる力があると思うんです。それでプレイリストとなると、CDマックスに入れるのは長いなってなって、今作はトータル56分とかになっているわけです。
■アルバムの話はおもしろいですね。なるほど、そこも考えられていると。
TB:インスト曲とかも作ったんですけど結局入れなくて、レーベルにも「入れるかもしれないから待っててくれ」って言っていたんですけど、やっぱり長いから全部は入れなかったんですよね。ヴォーカル曲が続くのもそれが理由で。
■それはポジティヴな理由としておもしろいかもしれないですよね。
野田:ここまで考えなければいけないんだね(笑)。
■逆にそこまで考えるプロデューサーに、今度はさらなる「アーティスト性」が加わるようになってきたというか。まぁ、そのアーティスト性は不幸なのかもしれないですけども。
TB:不幸とかさんざん言われましたけど、今年に入ってそれが当たり前なんだなって感じですね。インターネットと同じで前提みたいな。
■だからこの「ポジティヴ」ってニュアンスにも、無理やり裏返して明るくしようみたいなものが無いですよね。
TB:今回は「ポジティヴ(笑)」とかじゃなくて、本当にポジティヴ。
今回は「ポジティヴ(笑)」とかじゃなくて、本当にポジティヴ。
野田:ところで、どうしてトーフビーツはこのイラストレーターが好きなの?
TB:今回のポジティヴっていうテーマは全体的におもしろくて、そのことばが最初にあると、携わるみんながちょっとずつ「外」を意識して、みんながみんなっぽくないんですよ。このイラストの山根慶丈さんにしても、デザイナーの岩屋民穂さんに関しても、みんなちょっと自分よりも「ちょっと前」に出てるんです。だから、このチアガールもちょっとがんばったものなんです。僕が本当に好きな絵もジャケットになっているのとはちがう。展覧会とかで出している、もうちょっとヴィヴィッドな色使いの絵だったりするんですけど、すべてはそこへの導入として存在しているので……。
でも、アートワークに関しては一任しているところがあるので、絶対に自分の好きな絵を描いてもらおうというのはないです。この人の絵は……なんで好きなんですかね。絵が好きなのもあるんですけど、同い年で、“水星”のときからやってくれていることも、もうひとつの大事なことというか。女版tofubeatsと言われたコミュ力のなさ(笑)。いまはぜんぜん明るいんですけどね。だからいまでもそういうひとたちといっしょにやるというのを、モチヴェーションとして持っておきたいというか。
■ポジティヴっていうキーワードは、デザイナーさんとの会話の中から出てきたんでしたっけ?
TB:そうですね、絵を描く前からポジティヴって言葉はあったので、前進しているスポーツだけ描いてくださいと。
■スポーツっていう指示はあったんですね。
TB:それはアート・ディレクターの方からあって、僕は何も言ってませんでした。僕はこの子が昔描いていたカヌーの絵がすごく好きだったので、僕からは「アングルを変えてヨットの絵を書いてください」と言っただけでした。どこで使ってもいいんで、ひとつ水ものを下さいと。僕がお願いしたのはそれだけです。
■ポジティヴの表出をスポーツでというのはストレートですね。
TB:そうなんですよ。だから皮肉屋が集まっているのに、みんなマジメにやるっていう。あとPVもひねくれたやつの代名詞みたいなスケブリさんが監督だったんですけど、それがあんなヴィヴィッドな色使いの映像を撮るなんて……っていう感慨も。そういうものの積み重ねで、作っているほうは全員おもしろかったんですよ。らしくないものができたねって意味で。
野田:あんまりトーフビーツが汗をかいて走るなんてイメージはないもんね。
TB:いちおうバレー・ボールをやってるんですけどね。
■これはハイスクールな感じですよね。
TB:そうですね(笑)。スポ―ツもいちおう白人がやるやつをやっているんですけど。
野田:嫌味なほど見せつけてるよね(笑)。何か意図なのかなと思って。
TB:そういうもんだと思いますよ。「俺たち文化系が思うポジティヴってこんなもんだろ?」みたいな。「マジョリティはこんなのが好きだろ?」みたいな(笑)。願望なのかもしれないですけどね。
■だったとしても、やみくもに「頑張ろうぜ!」と言われるのとはちがったメッセージを受け取りますけどね。あと、いちおうトーフさん的にもひとつの区切りになるリリースのタイトルとして『POSITIVE』なわけなので、ここはどうしても何か意味を見たくなるところでもあります。

僕の場合は舞台っぽいのが好きっていうのがあるんで。(中略)「劇っぽい曲」「劇っぽいアルバム」という意味ではなくて、システムとして、みんなが立ちまわっているのがいいみたいな。
TB:本当は一点だけディレクションしたところがあって、もともとはこの女の子の足が太かったんで、そこだけ細くしてもらったんですよ。本当に注文をつけたのはそれだけですね。チアをやっているひとは実際は足が太いんですよ。だけどそこを細くしてほしかっただけです。
野田:それを考えると、本当にロマンチストだよね。
■フィクション性が高いというか。
TB:トラック・メイカーたちと、よく、「曲を作るときにどういうイメージで作るか」っていう話になるんですよ。seihoさんは静物が好きなんですよね。彫刻とか。最近だったら生花をやったりとか。僕の場合は舞台っぽいのが好きっていうのがあるんで。さっき言ったロマンチストじゃないですけけど、舞台の上に上げてパッケージするみたいな。そうやってアルバムができるのが理想ですかね。「劇っぽい曲」「劇っぽいアルバム」という意味ではなくて、システムとして、みんなが立ちまわっているのがいいみたいな。
■ポジティヴなイメージを打ち出すことへの、否定的な気分っていうのも世間にはあるじゃないですか。でもトーフが言えば「ポジティヴって言っていいんだ」って、世間の空気に色を差すことができる。ただ、「未来には期待したいし」の「したいし」っていう微妙なところに躊躇みたいなものもあるのかなとは感じるんですが。
TB:まぁ、期待してないんですけどね。空気を引っ張れるかどうかは売り上げ次第ですが(笑)。どうなるんだろうなって感じです。
■それこそSEALDsが“水星”を使ったのがリアルタイムじゃないのと同じように、何がどう影響してくるかわからないじゃないですか。
TB:わからないですね。アップル・ミュージックの動画に出たりとか。
野田:tofubeatsのアドバンテージって、どんなアウトプットにも対応できているところかなと思うんだよね。〈マルチネ〉って背景があるのに、すごく現代的なセンスもあるわけだからさ。だからそこはすごく強みだと思うんですよ。ブルートゥースで飛ばして聴いているやつにも、昔ながらの聴き方をしているやつにも対応しようとしているわけだから。
TB:そもそも聴くひとの年齢層を広げることが、メジャーに属することのメリットですからね。
野田:tofubeatsの最近の活動ですごく驚いたのが、KOHHの『YELLOW T△PE 3』に入ったことなんだよね。
TB:あれはびっくりしました。チェックされてるんだ、って。僕にとってすごく自信になりました。あの曲(“Drum Machine(Freestyl)”)は〈マルチネ〉が「社員旅行」とかいって沖縄に旅行に行ったことに腹を立てて作った曲なんですよ。
野田:あの曲もすごくよかったと思うよ。だってANARCHYとか般若とかさ、ゴリゴリなヒップホップのひとたちのなかにtofubeatsがいるのがすごいんだよね。
TB:まだ会ったことはないんですよね。ただ、あれがパロディだったことを理解してもらっていた感じがあって──「面白半分でやってんな、こいつ」みたいな(笑)。あれがウケたことが自分自身とてもおもしろかったし、すごい身体感覚だなと思いました。
野田:俺は、tofubeatsはKOHHに参加したりすることで自分のバランスを取っているのかなと思ったんだけど、自分から参加したわけじゃないんだね。
TB:勝手に選んでくれた、という。あの曲を作ったこと自体は自分なりのバランスかもしれませんけど、KOHHがやってくれたことによって、自分のなかで成仏した部分があったというか。そういうのを褒めてもらう機会も減っているわけで、やれる機会も少ないんですよね。あとは大っぴらにできなくなっているような曲もあるんで、別名義とかであっても、ああやってもらえると個人的には成仏感が出るというか。ああいうことがあるのでどっちも充実させたいと思います。
野田:だから、tofubeatsはただ単にこのアルバムみたいなことをやっているわけじゃないんだね。もちろんこの作品は今年のアウトプットにおける、ひとつのピースだけど。
アップル・ミュージックの看板の画像に、インスタグラムで初めてパラ・ワンが「いいね!」してくれたんですよ。
TB:われわれは『POSITIVE』を出しただけではなく、更新もしようとしているわけです。そうなると1年で2枚リリースなんですよ。だからあと2年間は……(笑)。それこそ電気グルーヴ状態に突入していくと。3枚までいくとあの感じになってくるわけですから。だから、急にハードテクノとか作るかもしれないですよ(笑)。
野田:電気の『J-POP』(2008)を越えるナンセンスなアルバムを作ってほしいけどね。
TB:あれを作ったのは40歳くらいになってからでしょう(笑)? 『J-POP』までいくと、いちど休止してからのやつじゃないですか。あそこまで行きたいですけどね。ただ、僕ひとりっていうところが、電気グルーヴ的な高さへ届かせるにはなかなか……。
野田:たしかにそうだよね。
TB:リリー・フランキーと同じメガネ、ピエール瀧と同じシャツを着ても、『凶悪』にはなれないように(笑)。趣味どんかぶりやん、みたいなことに気づいてびっくりしましたけどね。
(一同笑)
■やり尽くしてないこともありますよね。
TB:まだまだ行けるんです。あと、これは最近言われるんですけど、27歳説というのを先輩から聞いたんです。小室さんとかも27歳でやっとオリコンのベスト100に入ったっていう。テイ・トウワさんも25歳デビューで、27歳でDeee-Liteの“グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート”ですから、27歳までは続けるといいよっていろんなひとに言われるんですよ。それに27歳のときにインディでやっているかメジャーでやっているかだったら、メジャーの方がレアかなと思って。いまの計算でいくときっと27のころもメジャーにいられそうだし、縁起をかつぐ意味でも(笑)、そこまでやってみようかなとは思います。一人でやっていると見えないことも多いですし。僕はただでさえ先輩の言うことを素直に受け止める人間ではないんですけど、でもそれがテイさんと小室さんなら話がちがう。こういうのはメジャーに来たおかげですよね。
あと、余談ですけど、アップル・ミュージックの看板の画像に、インスタグラムで初めてパラ・ワンが「いいね!」してくれたんですよ。ほんと、あの記事ありがとうございました(「Tofubeats × Para One──これから最高と呼ばれる音楽」ele-king vol.13収録、2014年にウェブにて再掲載)。ちょうどこれからメジャーに行くってタイミングで、「じゃあ、がんばってね」ってことで終わったじゃないですか。なんか、そっちのオチもひとつついたというか。めっちゃうれしかったですね!

ダブステップのパイオニア、DIGITAL MYSTIKZはサウス・ロンドン出身のMALAとCOKIの2人組。ジャングル/ドラム&ベース、ダブ/ルーツ・レゲエ、UKガラージ等の影響下に育った彼らは、独自の重低音ビーツを生み出すべく制作を始め、アンダーグラウンドから胎動したダブステップ・シーンの中核となる。
ミキシングを自在に操り、様々なアプローチで ダンスミュージックを生み出すサウンド・オ リジネイター。03年に1st.アルバム『GOTH-TRAD』を発表。国内、ヨーロッパを中心に海外ツアーを始める。05年には 2nd.アルバム『THE INVERTED PERSPECTIVE』をリリース。また同年"Mad Rave"と称した新たなダンスミュージックへのアプローチを打ち出し、3rd.アルバム『MAD RAVER'S DANCE FLOOR』を発表。06年には自身のパーティー「Back To Chill」を開始する。『MAD RAVER'S~』収録曲"Back To Chill"が本場ロンドンの DUBSTEP シーンで話題となり、07年にUKのレーベル、SKUD BEATから『Back To Chill EP』、MALAが主宰するDEEP MEDi MUSIKから"Cut End/Flags"をリリース。12年2月、DEEP MEDiから待望のニューアルバム『NEW EPOCH』を発表、斬新かつルーツに根差した音楽性に世界が驚愕し、精力的なツアーで各地を席巻している。
マリ共和国クリコロ生まれ。11才よりギターを始め、高校時代より既にレコーディングをするなど学生ミュージシャンとしてキャりアをつむ。緻密で鋭い切れのギターワークが持ち味。音楽大国マリのビックバンド、バマサマ、レイル、両バンドのメンバーとして早くから活躍する。1982年、マリの国営バンドレール・バンドのリード・ギタリストとして抜擢されると、同バンドのリード・シンガーサリフ・ケイタと意気投合。1984年にサリフ・ケイタがパリに拠点を移すと、その2年後の1986年に渡仏。サリフ・ケイタを始め、さまざまなミュージシャンのバックバンドを精力的に務める。1990年にサリフ・ケイタのバックバンドの一員として初来日。ワールドミュージックブームと日本の音楽情報の流通形態に感銘を受け、翌1991年から日本に拠点に移す。1993年にマンディンカを結成。翌1994年からアフリカの民族楽器コラを独学で習得し、それをバンドサウンドのひとつとして取り入れている。1997年1月にバンド名をMAMADOU DOUMBIA with MANDINKAと改め、セカンドアルバム「YAFA」をリリースし、イギリスBBCの年間ベストアルバムに選ばれる。コラを片手に講演活動するなど、多方面で精力的に活動している。





