「MAN ON MAN」と一致するもの

Kendrick Lamar - ele-king

アメリカンドリームに慎重ながらも楽観的:ケンドリック・ラマーの『GNX 』(2024年)

 昨年の秋、ケンドリック・ラマーのサプライズ・リリース『GNX』は、カリフォルニア出身のラッパーがヒップホップ界の勝者であることを決定づけた。このアルバムは、ラップというジャンル自体について語り、同時に、この情熱的で重要な作品についても多くを物語っている。

 日本でも、ラップの起源やその文化はほとんど神話となって広く知られている。人種的、経済的に疎外された人びとが楽曲をリミックスし、パフォーマンスを通じてコミュニティを形成し、アメリカの都市の裏通り——ブロンクスからシカゴ、ロサンゼルスからマイアミなどなど——から、ときに社会への怒りも表現した。しかしながら、ヒップホップがアメリカ(そして世界中)で主流文化となるにつれ、このジャンルの枠組みやルールは変容している。かつては協力関係やコミュニティを基盤としていたものが、いつしか競争と個人主義を中心とするものになったのだ。

 ある意味ヒップホップの進化は、いわゆる「アメリカンドリーム」というパラドックスを象徴している。この「アメリカンドリーム」もまた、「アメリカでは努力さえすれば何でも達成できる」と約束するという、世界中で知られるほぼ神話的な概念である。だが、実際のところそれはどうだろうか? アメリカでは、資本主義が民主主義と混同されることがしばしばある。この「自由の国」では「お金で投票している」と言われているが、まさに先日の、ドナルド・トランプがイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグといった火星行きの取り巻きを従えて1月20日に大統領に就任した時点で、私たち99%の人びとはこれらの億万長者を打倒するための民主的な力を十分には持っていなかったことが明らかになった。

 アメリカでは、金は「何を成し遂げられるか」という点で価値を持つと考えられる一方で、それ自体が目的になっている。一部の人びとにとっては、金で買えるものよりも、どれだけの額を蓄えられるかのほうが重要なのだ。このことが、なぜラップ文化が主流の商業商品として地位やお金への執着に取りつかれているのかを説明しているように思える。それは、カニエ・ウェストが“The Good Life”で「人生でいちばん大切なものは無料のものだ」と主張していたのにもかかわらず、“I Am A God”では「早くクロワッサンを持ってこい」と怒鳴るようになった理由でもあり、また、ジェイ・Zが「俺はビジネスマンじゃない、ビジネスそのものだ」とラップしたことにもつながるだろう。

 しかし、『GNX』では──ドレイクやその「ロリータ・コンプレックス」に向けた一連のディス・トラック、さらにはP・ディディの醜悪な性的スキャンダルを経て──ケンドリックはラップを使ってこのジャンルが象徴するものへの反旗を翻している。彼はライヴァルたちを、ラップの純粋性を損ねる敵として位置づけ、このアルバムを通じてジャンルの喪失を嘆きつつも祝福し、あるいはその回復を求めているのだ。冒頭の“Wacced Out Murals”という曲において、このメッセージをすぐさま打ち出されている。ここでケンドリックは「みんな怪しい」と宣言し、リル・ウェインやスヌープ・ドッグ(「古臭いフロウ」と批判)など一部のラッパーを名指しで非難する一方で、ドレイクに対してはより間接的に、しかしアルバム全体を通して繰り返し批判を展開している。

 『GNX』には、「White Lives Matter」以前のカニエを思わせる感覚が随所に見られるように思う。まだ彼がプラットフォームをポジティヴな目的で使おうとしていた頃の話だ(『Graduation』の“Everything I Am”で、カニエはこう宣言している——「普通ならこんなことラップしないだろうけど、俺にはこれを裏付ける事実がある/去年だけでシカゴでは600以上の棺桶が必要だった/殺しなんてくだらないクソだ」)。ほかにも、アルバム全体を通じて、キリスト教的な救済のテーマが強く感じられるほか、“Man at the Garden”という楽曲では自分自身への賛辞(「俺にはすべての価値がある」)と、母親への感謝(「そうさ、彼女にはすべての価値がある」)という、カニエ風のオマージュさえも垣間見える。
 しかし、ケンドリックとカニエ、さらには他の現代ラッパーとの違いは、ケンドリックが名声と権力の誘惑に負けなかった点にある。彼はいまもなお、自分の地位を使って「より良いもの」を求めるメッセージを伝え続けている。アルバムの白眉ともいえる“Reincarnated”では、エゴと謙虚さ、そして権力や金銭の誘惑との間で揺れる古典的な葛藤を、驚くほど正直に探求している。ケンドリックは、自らを過去の偉大な黒人の系譜に位置づけ、「俺の人生を捧げて調和のなかで生きることを誓う/多くの人びとは苦しみ、思いは閉じ込められている/そんな敵を俺が作り出してしまったことを恥じている/さあ、いまいる場所を喜び合おう/悪魔の物語を書き直し、俺たちの力を取り戻すために、生まれ変わった」と宣言しているのだ。

 音楽的に見ると、『GNX』は華麗でありながら簡素という二面性を持ち合わせている。これは、成功の頂点に立つ人生の豊かさと孤独感、そして大きな力を持つことに伴う孤立した責任を見事に捉えているように思える。不規則なリズムやケンドリック特有のキャラクターになりきる能力に乗せられて、アルバムの音楽的印象を際立たせるのが、全編を通じて織り込まれた、無名の歌手によるマリアッチのヴォーカルだ。このメキシコ音楽が、ドナルド・トランプが2期目の大統領職に就いてから1週間足らずの状況ではとくに心に響く。その間に、トランプは大量の不法移民を国外追放する計画を公表し、メキシコ湾を「アメリカ湾」に改名することを示唆した。
 とはいえ、こうした歌詞の内容を超えて、『GNX』は包括性へのラヴレターと言えるだろう。これは個人ではなくコミュニティを、個人主義ではなく協力関係を慎ましく祝福する作品なのだ。アメリカは夢見る者たちの国であり、異なる文化の断片がひとつの全体として結集するという実験でもある。ここでは物事は複雑で混沌とし、騒々しく、押しつけがましく、何ひとつ予定通りには進まない。ときには暴力的なこともある。そして、フルタイムで働いても請求書の支払いに苦労し、漫画に出てくるような悪党たちに支配されている政治現状では、「アメリカンドリーム」は悪い冗談でしかない。

 ケンドリックの『GNX』は、慎重ながらも楽観的な祈りのように感じられる。たしかに状況は最悪だ。が、そう、だからこそいまは、正直になって過去の過ちから学び、アメリカのみならずこの世界をより良い場所にするため、私たちに与えられた力を何であれ使うべきときなのだ。

Cautiously Optimistic for the American Dream: Kendrick Lamar’s GNX (2024)

Last fall, Kendrick Lamar’s surprise release GNX cemented the California-based rapper as the winner of the hip-hop game — which says as much about the genre of rap itself as it does about this blistering, important album.

Even in Japan, rap’s origins are so well-known as to be almost mythical: the racially and socio-economically disenfranchised remixing songs, creating communities through performance, and raging against the machine in the back alleys of America’s inner cities — from the Bronx to Chicago to LA. But as hip-hop went mainstream in the US (and around the globe), the parameters of the genre — and the rules of its game — morphed from a foundation of collaboration and community to one of competition and individualism.

In a sense, hip-hop’s evolution represents the paradox of the so-called “American Dream”: another near mythical concept known around the world which promises that you can achieve anything in the USA, so long as you work hard enough. In actuality, though, capitalism is conflated with democracy in America. Here in the “Land of the Free,” we’re told that we “vote with our dollar”— although since Donald Trump was sworn in as president on January 20th with his Mars-bound henchmen of Elon Musk, Jeff Bezos, and Mark Zuckerberg in tow, it’s clear that we 99% didn’t have enough democratic capital to to overthrow the billionaires...

In America, then, money might be coveted for what it can do for us, but often ends up becoming the goal in and of itself. To some people, what money can buy you isn’t as important as how much money you can accumulate. I can’t help but think that this is why rap culture, as a mainstream commodity, is so status and money-obsessed. It explains why Kanye West went from reminding us that the best things in life are free on “The Good Life” to barking at people to hurry up with his damned croissant on “I Am A God.” It’s why Jay-Z rapped, “I’m not a businessman, I’m a business, man.”

But on GNX — fresh off a series diss tracks aimed at Drake and his Lolita- complex, and the hideous sex scandal surrounding P. Diddy — Kendrick uses rap to fight against what this musical genre has come to represent. He frames his rivals as opponents of rap’s integrity, which the album both mourns and celebrates— perhaps even demands. He wastes no time establishing this message, either. On the opening track of “wacced out murals”, Kendrick declares that “everybody questionable,” and calls out some rappers explicitly (like Lil Wayne and Snoop Dog, the latter with his “old-ass flows”), and others — specifically Drake — more implicitly, and repeatedly throughout the entire album.

Aspects of GNX have a distinct feel of pre-White Lives Matter Kanye, when he tried to use his platform for positivity (“I know people wouldn’t usually rap this,” Kanye pronounces on Graduation’s “Everything I Am,” “But I got the facts to back this / Just last year, Chicago had over six hundred caskets / Man, killing’s some wack shit”). There’s strong themes of Christian redemption throughout the album as well, and even a decidedly Kanye-esque homage to both himself (“I deserve it all”) and his mother (“Yeah, SHE deserves it all”) with “Man at the Garden.” The difference, though, between

Kendrick and Kanye— and other rappers of our time— is that Kendrick didn’t fall prey to the siren song of fame and power. He continues to use his status to preach for something better. Perhaps the crown jewel of the album, “Reincarnated” investigates the age-old struggle between ego and humility, and the temptation of power and money, with stunning honesty. Inserting himself into a lineage of Black greats before him, Kendrick promises: “I vow my life to just to live one in harmony now/ You crushed a lot of people keeping their thoughts in captivity/ And I’m ashamed that I ever created that enemy/ Then let’s rejoice where we at / I rewrote the devil’s story just to take our power back, reincarnated.”

Musically, GNX is at once ornate and spare, which captures the lush loneliness of life at the top, and the isolating responsibility that comes with great power. Against some off-kilter rhythms and Kendrick’s signature ability to get into character, though, GNX’s musical stamp might be the Mariachi vocals from a previously unknown singer woven throughout the album. This Mexican music is especially haunting in Donald Trump’s second presidency, which less than a week in promises to deport undocumented people en-mass, and rename the Gulf of Mexico the Gulf of America. Beyond its lyrics, then, GNX is a love-letter to inclusion: a solemn celebration of community over individual, and collaboration over individualism.

America is a nation of dreamers, and is an experiment in separate cultural pieces coming together as a whole. It’s complicated and messy here. It’s loud, it’s in-your-face, nothing runs on time. Sometimes it’s violent. And while the American Dream may seem like a bad joke as people struggle to pay bills working full-time jobs, and while our politics are overrun by comic book-levels of villainy, I dare say that Kendrick’s GNX is a cautiously optimistic prayer. Yes, this is the shit show we’re in, but now is the time to get honest, learn from our mistakes, and use whatever power we may to make something better— in America and beyond.

Yetsuby - ele-king

 韓国のエレクトロニック・デュオ・Salamandaの一員としても知られるDJ/プロデューサーのYetsuby(イェツビー)が、アルバム『4EVA』を3月26日にイギリスの〈Métron Records〉の新たな姉妹レーベル〈Pink Oyster Records〉よりリリースする。

 サラマンダ自体はベッドルーム的なサウンドスケープにもとづいたアンビエント~エレクトロニカに近接した作品をいくつかリリースしているが、メンバーのUman ThermaとYetsubyはそれぞれがDJとしてもソウルのクラブ・シーンを大いに盛り上げており、Umanはマシンドラムの韓国公演を、Yetsubyはエヴィアン・クライストの韓国公演をサポートするなど、ローカル・プレイヤーとしても支持を得ている(昨年11月にはAlbino SoundとRomy Matsたちによる〈解体新書〉へ、ふたりともDJセットで来日していました)。

 本作『4EVA』はレフトフィールド・ベースやブレイクビーツ、フットワーク、ジャングル、IDMといったジャンルを横断的に織り交ぜたコンテンポラリーなクラブ・ミュージックがヴァラエティ豊かに収録された内容となるようだ。先行シングルとして収録曲〝Aestheti-Q〟も先行公開中。

1月のジャズ - ele-king

Emile Londonien
Inwards

Naïve

 本誌ムック本の2023年のジャズ・ベスト・アルバムにも挙げたエミール・ロンドニアン。フランスのストラスブールを拠点とするトリオで、マテュー・ドラゴ(ドラムス)、ミドヴァことニルス・ボイニー(ピアノ)、セオ・トリッチ(ベース)という構成。2021年頃から作品エリリースを始め、2023年のファースト・アルバム『Legacy』ではホーン・セクションやシンガーも配し、ロバート・グラスパー的なジャズとヒップホップを融合したスタイルから、よりエレクトロニックでブロークンビーツなどにも接近したスタイルを見せた。同じトリオ形式のゴーゴー・ペンギンなどに比べてさらにクラブ・ミュージック的なアプローチが強く、またヴォーカル作品などでは極めてソウルフルな要素が際立っていた。『Legacy』にも参加したサックス奏者のレオン・ファルも同系のジャズとクラブ・サウンドが融合したアルバム『Stress Killer』をリリースするなど、現在のサウス・ロンドンに呼応するかのようなシーンをフランスで形成している。

 そして、この度『Legacy』に続くセカンド・アルバム『Inwards』がリリースされた。前作に続いてレオン・ファルのほか、ジョウィ・オミシル、ローラン・バルデンヌとフランス人サックス奏者がホーン・セクションを固めるほか、サウス・ロンドンからアシュリー・ヘンリーやシンガーのチェリス・アダムス・ヴァーネットもゲスト参加。アシュリーは昨年リリースしたアルバム『Who We Are』が同じレーベルなので、そうした関係もあって参加したのかもしれない。ブロークンビーツ調のダイナミックなジャズ・ファンクの “Catch The Light”、ダブの影響を感じさせる “Early Days” や “In Motion”、ドラムンベースのビートを取り入れたコズミックな “Inside”、ポエトリー・リーディングを配したディープな “Shades” など、前作以上にジャズとクラブ・ミュージックの融合が進んだ内容となっている。“Crossing Path” のようにホーン・セクションとエレピが絶妙のマッチングを見せるサウンドは、1970年代のハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミスあたりのフュージョンを彷彿とさせるところもある。そして、アシュリー・ヘンリーが歌う “Another Galaxy” はR&B的な要素が強く、UKで比較するならジョー・アーモン・ジョーンズからブルー・ラブ・ビーツなどが思い浮かぶアルバムだ。


Ganavya
Daughter Of A Temple

Leiter

 ガナーヴィヤ・ドライスワミーはニューヨーク生まれ、南インドのタミル・ナードゥ州育ちのシンガー/ダブル・ベース奏者/作曲家。祖母がインドのカナルティック音楽の大家で、幼少期から宗教儀式を通じて音楽を学び、即興演奏家、学者、ダンサー、マルチ・インストゥルメンタリストとしての教育も受けてきた。アメリカに戻って大学では演劇や心理学の学位も取得し、民族音楽からコンテンポラリー・パフォーマンスなど芸術を多角的に学んだ。キューバ人ピアニストの名手アルフレッド・ロドリゲスのアルバム『Tocororo』(2012年)に参加して名前を知られるようになり、2018年にファースト・ソロ・アルバム『Aikyam: One』をリリース。エスペランサ・スプルディングの『Songwrights Apothecary Lab』(2021年)では、南インド音楽の専門家としてヴォーカルなどに携わり、同作がグラミー賞に輝くことにも貢献した。また、演劇や映画に関わる音楽活動も多く、ピーター・セラーズ監督の映画『This Body Is So Impermanent…』(2021年)にサントラの作曲で参加している。

 2023年にブラジル出身のギター/ベース奏者/作曲家のムニール・オッスンと共演作『Sister, Idea』を発表し、2024年春にはシャバカ・ハッチングスら南ロンドンのミュージシャンから、カルロス・ニーニョフローティング・ポインツまで参加した『Like The Sky I’ve Been To Quiet』を発表。より幅広いリスナーから注目を集めたガナーヴィヤが2024年末に発表したアルバムが『Daughter Of A Temple』である。ガナーヴィヤはヴォイス、ダブル・ベース、カリンバを担当し、エスペランサ・スポルディング、ヴィジェイ・アイヤー、シャバカ・ハッチングス、イマニュエル・ウィルキンス、ピーター・セラーズほか、音楽家やそうでない人も含め約30名の人たちが声、ダンス、写真などで参加する。なかには故人のウェイン・ショーターも含まれるが、生前の彼の声などをサンプリング素材で用いているようだ。アリス・コルトレーンの “Journey in Satchidananda”、“Ghana Nila”、“Om Supreme”、ジョン・コルトレーンの “A Love Supreme” を取り上げるなど、全編に渡ってアリス&ジョン・コルトレーンに対する敬意や愛情に包まれたアルバムである。シャバカ・ハッチングスをフィーチャーした “Prema Muditha” は、近年の彼が傾倒するアンビエントな世界が展開される。


Raffi Garabedian
The Crazy Dog

RG Music

 ラフィ・ガラベディアンはアメリカ西海岸のベイアリアを拠点とするサックス奏者/作曲家。ホルヘ・ロッシー、ベン・ストリート、デイナ・スティーヴンス、ジョニー・タルボットなどと共演し、ベイアリアの集団即興演奏集団のインセクト・ライフやフリー・ジャズ・グループのスティックラーフォニックでも活動するほか、最近ではクロノス・カルテットのサン・ラー・トリビュート・アルバムにも参加していた。ラフィの祖先は1915年にオスマン帝国でおこなわれたアルメニア人虐殺の生存者の末裔で、彼の祖父母はアメリカへ難民として逃れ、苦難の生活を続けていったのだが、そうした民族の悲しい歴史はラフィの家族へも代々伝えられてきて、このたびリリースした通算3枚目のソロ・アルバム『The Crazy Dog』は祖国アルメニアや彼の家族の歴史を題材としたものとなっている。

 トリオ編成のファースト・アルバム(2017年)、カルテット編成のセカンド・アルバム『Melodies In Silence』(2021年)に対し、『The Crazy Dog』はヴィブラフォン、クラリネット、トロンボーンなどを交えた7人編成の演奏で、より色彩豊かなアルバムになっている。特に重要な点は初めてヴォーカリストを加えた点で、2015年セロニアス・モンク国際ジャズ・ヴォーカル・コンペティションのセミファイナリストに選ばれたダニエル・ウェルツをフィーチャーしている。本作でのダニエルはジャズ・ヴォーカルというよりもヴォイスに近いもので、クラシックの声楽のような要素を感じさせる。ジャズにアルメニア民謡を取り入れたアーティストとしてはティグラン・ハマシアンが有名だが、音楽的に本作はことさらアルメニア的な要素を前面に出すのではなく、基本は西洋音楽としてのジャズの技法に則ったもの。ただ、変拍子のモーダルな “Escape To Erzurum” のメロディなどにはアルメニア民謡の影響も感じられ、ラフィの遺伝子のなかにあるものが顔を出す場面もある。この “Escape To Erzurum” はじめ、西洋音楽の技法である対位法をテーマとした “Contrapuntal Bewilderment”、ほとんどスキャットのみで綴る神秘的な “The American Question” など、ノーマ・ウィンストンやジェイ・クレイトンあたりを彷彿とさせるダニエル・ウェルツのヴォイス・パフォーマンスが印象的だ。


Rowan Oliver
Quickbeam

Soundweight

 1990年代末から2000年代にかけて活動したゴールドフラップは、ポーティスヘッドの再来と評されたこともある男女ペアのエレクトロニック・ユニットだったが、そのゴールドフラップのサウンドを7年間に渡って支えたドラマーがローワン・オリヴァー。プロデューサーでマルチ・ミュージシャンでもある彼は、ゴールドフラップ以外にもプラッド、ポール・オーケンフォールド、スペーサー、アドゥン・トゥ・エックス、マーラ・カーライル、マリリン・マンソン、マックス・デ・ヴァルデナーらの作品に参加し、〈ソウル・ジャズ〉〈ミュート〉〈ワープ〉〈フリーレンジ〉〈プッシーフット〉といったレーベルで仕事をするなど、長年に渡ってUKの音楽シーンで活動してきている。そんなローワン・オリヴァーが初のソロ・アルバム『Quickbeam』をリリースした。

 基本的にローワンが全ての楽器やプロダクションを担当しているが、一部楽器で兄弟のアーロやジェイコブが演奏し、ファンク・バンドのスピードメーターからサックス奏者のマット・マッケイも参加する。スリリングなストリングスを配した “Burning Boat” に代表されるように、1960年代から1970年代にかけてロータリー・コネクションやドロシー・アシュビーなどの作品プロデュースで活躍したリチャード・エヴァンスや、ヒップホップのサンプリング・ソースとして名高いデヴィッド・アクセルロッドなどの作品群を彷彿とさせる。基本的にはドラマーなので、“Wheeling”“Road Of Dreams” のように、ビート感覚に優れたドラムが軸となるジャズ・ファンク、ジャズ・ロック系の作品が中心となるわけだが、“Onwards & Upwards” におけるダークでミステリアスな感覚はトリップホップやダウンテンポなどを通過してきたUKのミュージシャンらしいと言える。

ele-king presents HIP HOP 2024-25 - ele-king

ヒップホップ/ラップ・ミュージックの年刊専門誌が創刊!

たったいま、アメリカで起きていること、
これを読めば、USヒップホップの “現在” がわかる!!

現在のUSヒップホップのメインストリーム概観、乱立するサブジャンル解説、ヒップホップと大統領選、『ヒップホップ・ジェネレーション』の著者=ジェフ・チャンのインタヴュー、海外アーティストの来日ライヴ・レポート、そして、2024年ベスト・アルバム50を発表!!

Kendrick Lamar, MIKE, BossMan Dlow, Latto, Xaviersobased, Rapsody, Tyler, The Creator, Doechii, Common & Pete Rock, GloRilla, ScHoolboy Q and more...

菊判218×152/160ページ

目次

Intro (For the First Issue) 二木信

[巻頭対談]
歴史的ビーフからサウスの女性ラッパーの躍進、カントリーとの蜜月、ベテランの健闘まで
――2024年のアメリカのヒップホップでは何が起こっていたのか?(池城美菜子×渡辺志保)

[インタヴュー]
ミーガン・ザ・スタリオン、グロリラの元気と、タナハシ・コーツの勇気に出会えた年──押野素子
私の役割はコミュニティの歴史を伝えること──ジェフ・チャン(通訳:SRCFLP)
海外アーティスト来日ライヴ・レポート!──PoLoGod.×$hirutaro
ShotGunDandyが解説する2024年ベスト・パンチライン!

2024年ベスト・アルバム50
二木信、アボかど、池城美菜子、市川タツキ、イワタルウヤ、奧田翔 、小澤俊亮、小林雅明、島岡奈央、高久大輝、つやちゃん、野田努、長谷川町蔵、吉田雅史、渡辺志保

[コラム]
サブジャンルが乱立する2024年。シーンでは何が起きている?(アボかど)
あらゆる戦争が交差するストリートから生まれる音楽──bigsosとムスタファについて(磯部涼)
ラッパーほど信頼できる存在はいないだろ?──ヒップホップと大統領選(辰巳JUNK)
「USヒップホップ」の境界線をかく乱する──2024年のサウンドの冒険(つやちゃん)
2024年の怪物キメラへ──ビーフの裏側で誰が本当に殺されていたのか(緊那羅:Desi La/青木絵美訳)
アンビエント・ラップというオルタナティヴの発生現場(野田努)
私はアンチ・カーディ・Bじゃない──フィメール・ラップのいくつもの物語(島岡奈央)
50周年を迎えたヒップホップと「年齢」の壁(ネコ型)
ヒップホップ・メディアは「ほとんどがゴミ」なのか?──岐路に立たされるジャーナリズム(竹田ダニエル)
2024年のヒップホップ・カルチャーと社会──そして「政治」とは何か?(塚田桂子)
ラップの虚構性とキャンセル・カルチャー(小林雅明)
燃えつきることなく燃えつづける「反ポップ」のともしび──アンチポップ・コンソーティアムのふたりがそろって新作を出した年(小林拓音)

レコード店が選ぶ2024年のベスト10
ディスクユニオン/EBBTIDE RECORDS/HMV record shop 渋谷/Jazzy Sport Shimokitazawa/JET SET KYOTO/Manhattan Records/VINYL DEALER

BONUS TRACK まだまだあった! 2024年の見過ごせない注目作

[編集・監修者プロフィール]
二木信(ふたつぎ・しん)
1981年生。ライター。『素人の乱』(松本哉との共編著)、単著に『しくじるなよ、ルーディ』、企画・構成に漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』、編集協力に『ele-king vol.27 特集:日本ラップの現状レポート』、『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』など。

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お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『ele-king presents HIP HOP 2024-25』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

●36、39、52、55、94、97、114、117、130、133、136、149ページ ショルダー

誤 COLUNM
正 COLUMN

●101ページ 下段最終行

誤 ジャフ・チャン
正 ジェフ・チャン

●153ページ 右段チャート7番目

誤 BIGMUTHA
正 BbyMutha

●159ページ プロフィール記載漏れ

奧田翔(おくだ・しょう)
1989年3月2日生まれ。宮城県仙台市出身。2008年、大学入学を機に上京。入会したキックボクシング・ジムでかかっていたBGMをきっかけにヒップホップ/R&Bを聴き始める。主な仕事にケンドリック・ラマーらの国内盤ライナーノーツ、YouTubeチャンネル『HIPHOPで学ぶ英語』など。最近毎朝コールドシャワーを浴びている。

●159ページ 左段

誤 池城美奈子
正 池城美菜子

COMPUMA - ele-king

 まだキリリとした寒さと、春の暖かなまどろみが混ざりあう、新たなる息吹も感じる浅春の候、2025年3月6日(木)、渋谷はWWWにてCOMPUMAのワンマン・ライヴを開催のお知らせです。昨秋リリースの、『A View』以来、2年ぶりとなった新作アルバム『horizons』のリリース・パーティ。
 『horizons』は、コンピューマ、自身のルーツとなる熊本は江津湖のほとりでの散策を、エレクトロニックな質感とともにイマジナリーなサウンドスケープとして描き出した作品で、淡くまじり合う豊かな色彩でその情景を宿したエレクトロ~ダウンテンポ~アンビエント etc、を展開。年末には待望のデジタル配信もスタート、さらには今後、アナログLP化も予定されている模様。

 今回のコンピューマ・ライヴも音響に内田直之、映像に住吉清隆と、鉄壁の三すくみ。同地で幾度か行われたライヴでも訪れた知覚の新たな体験は、今回もまた別の扉も開けてくれることでしょう。
 さらに今回はオープニング・アクトとして、ANJI(あんじ)というアーティストが登場する。彼女は2012年生まれ滋賀県在住で、盲学校中学部1年生。視神経形成異常症により生まれつき全盲のアーティストだが、幼い頃から楽器と戯れ、現在ではビートメイクやライヴ・パフォーマンスを行っている。脱線3のM.C.BOOがそんな彼女の演奏動画をコンピューマに紹介したことが発端となり、その音に感銘を受けたコンピューマのリクエストによって今回のオープニング・アクトとしての出演が決定した。
 当日どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか。自然も、人間も新たな一歩を踏み出す春という季節に、そして新たなる音楽体験へと一歩踏み出す、そんなワンマン・ライヴになることは、まず間違いないだろう。(河村祐介)

 こちらの公演詳細は下記、前売チケットはただいまより販売開始となる。

■COMPUMA『horizons』Release ONE-MAN

■出演 :
COMPUMA(音響:内田直之、映像:住吉清隆)
Opening Act : ANJI

2025年3月6日(木曜日)開場/開演 18:30/19:30
WWW
前売券(2025年1月15日(水曜日)19:00発売):
 一般 : 3,500円/U25 : 2,500円(税込・1ドリンク代別/全自由 ※一部座席あり)
前売券取扱箇所:イープラス
問い合わせ先:WWW 03-5458-7685

※U25チケットは25歳以下のお客様がご購入可能なチケットです。
ご入場時に年齢確認のため顔写真付き身分証明書の提示が必要となります。

ARTWORK : 鈴木聖

▽COMPUMA 2nd Album『horizons』INFO
アーティスト : COMPUMA
タイトル : horizons
リリース日 : 2024年9月20日(金)
レーベル : SOMETHING ABOUT
品番 : SOMETHING ABOUT 008
フォーマット : CD(デジパック+ブックレット)
CD価格 : ¥2,500(税込)
URLs : https://linkco.re/ETZvyenP


◇トラックリスト
1. horizons 1 / 2. horizons 2 / 3. horizons 3 / 4. horizons 4 5. horizons Interlude / 6. view 2 electro / 7. horizons 5

マスタリング:中村宗一郎
アートワーク:鈴木聖

Whatever The Weather - ele-king

 昨年は二度目の来日公演が実現、mouse on the keysのライヴへの出演も話題を呼んだロレイン・ジェイムズ。そのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーのセカンド・アルバムがリリースされることになった。3月14日、おなじみの〈Ghostly International〉から発売(CDは日本盤のみ)。現在、新曲 “12°C” のMVが公開されているが、このヴィデオもジェイムズ本人が手がけたものだという。アルバム、楽しみにしておきましょう。
 なお、ファースト・アルバムのレヴューはこちらから。

Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weatherの待望のセカンド・アルバムが3/14にGhostly Internationalからリリース決定!先行ファースト・シングル「12°C」がMVと共に公開!

Festival de FRUE、STAR FESTIVALを含む2度の来日ツアーも果たし、ここ日本でもジャンルの垣根を超え支持を得ているサウス・ロンドンのプロデューサー、Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weatherの待望のセカンド・アルバムが3/14にGhostly Internationalからリリース決定!

そして先行ファースト・シングル「12°C」が公開されました。この曲はアルバムのクロージング・トラックで、賑やかな人間空間から具体的なグルーヴへと漂い、メロディとテクスチャーを織り交ぜながら、魂を揺さぶるような充実感を生み出している感動的な楽曲です。Loraine本人が手がけたミュージック・ビデオも同時に公開されております。

Whatever The Weather new single “12°C” out now

Whatever The Weather – 12°C (Official Video)
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=p4BgcSlKd0g

The video was self-made by Loraine James.

Whatever The Weather new album “Whatever The Weather II” 3/14 release

Artist: Whatever The Weather
Title: Whatever The Weather II
Label: PLANCHA / Ghostly International
Cat#: ARTPL-230
Format: CD
Release Date: 2025.03.14
Price (CD): 2,200 yen + tax

※日本独自CD化
※ボーナス・トラック1曲収録
※解説付き予定

WTW第二章!Festival de FRUE、STAR FESTIVALを含む2度の来日ツアーも果たし、ここ日本でもジャンルの垣根を超え支持を得ているLoraine JamesのWHATEVER THE WEATHER名義での待望のセカンド・アルバムが完成!

ロンドン拠点のLoraine Jamesは、エレクトロニック・ミュージックの第一人者として名を馳せる一方、洗練された作曲、骨太な実験、予測不可能で複雑なプログラミングを融合させることで、そのサウンド・アイデンティティを確立してきた。名門レーベルHyperdubからリリースされる彼女の本名名義での作品は、IDMの影響を受け、ヴォーカルを多用したコラボレーションが多いのに対し、別名義であるWhatever The Weatherでは印象主義的で内面的な視線のアプローチをみせている。セカンド・アルバムとなる『Whatever The Weather II』では、催眠術のようなアンビエンスから、斑模様のリズム、日記的なフィールド・レコーディングの切り刻まれたコラージュまで、重層的なテクスチャーの豊かな世界がシームレスに流れていく。その結果、デジタルとアナログのさまざまな方法で加工された有機的な要素と人間的な要素の説得力のある結合から生まれた、独特の分断された美しさが生まれた。

レコーディング時の「感情の温度」に基づいて『Whatever The Weather』というタイトルをつけたが、彼女はレコーディングされた作品を改めて聴くと温度計の温度とは全く別の場所に感じられることがよくある、と述べている。それは環境の気まぐれであり、前作とその南極のイメージに比べれば、本作『Whatever The Weather II』は暖かい作品である。それは、再びCollin Hughesが撮影したジャケット写真の砂漠の気候や、Justin Hunt Sloaneがデザインしたパッケージが物語っている。また、両アルバムに共通しているのは、友人でありコラボレーターでもあるJoshua Eustis (aka Telefon Tel Aviv)のマスタリング作業で、彼は複雑な音に鋭い耳を傾け、驚くほど立体的なサウンド体験を作り上げている。

アルバムの冒頭を飾る「1°C」では、Loraineが「ちょっと肌寒いね…夏になるのが待ち遠しいよ」と話し、粒状の音と散在するヴォーカル・サンプルの層が浮かび上がる。この言い表せないムードは「3°C」にも引き継がれ、高周波の振動がステレオ・フィールドを飛び交い、力強くミニマルなキックが壊れたスピーカー・コーンを揺らし、広々としたシンセのハーモニーがはじけ、霧の中に消えていく。アルバム中最も長尺の「20°C」は、会話とマイナー・キーのコードの喧噪の中で白昼夢を見た後、グリッチでスタッカートなパーカッション・パターンの連続が花開く。「8°C」は、最小限の対位法で彩られた、1つのさまようようなキーボード・ラインに乗っている。これらの瞬間、Loraineは拡散するアイデアから難なく秩序を導き出し、遊び心のある自発性が共通の糸を生み出している。

このプロジェクトについて語る上で、最初の『Whatever The Weather』LP(Ghostly, 2022年)は『Reflection』(Hyperdub, 2021年)と同時期に制作されたこと、そして彼女の2つの音楽的心構えの間にはある程度のスタイルの相互作用があったことを指摘している当時、彼女はPitchforkのPhilip Sherburneにジャンルに対する思いを語り、「そう、私はIDMを作るほとんどの人とは違って見えるかもしれないし、違う時代から来たけれど、その言葉が否定的か肯定的かはあまり気にしていない。私の音楽はIDMだと思うし、他のものからインスピレーションを得て、それを融合させながら自分なりのアレンジをしている」。今回は、数か月間、この別名義とその特徴の開発に集中してエネルギーを注いだ。コラボレーターはおらず、ビートは少なく、主に本能と即興に基づいたプロセスだった。

このアルバムの特異なサウンドは、彼女がソフトウェアよりもハードウェアを好んだことに起因している。シンセサイザーのバッテリーは、ほとんどオーバーダビングされることなく、数々のペダルによって変調、変形、再構築され、各アレンジメントが作成された瞬間に効果的に固定されている。ポスト・プロダクションでは、アーティストが最も重要視しているシーケンスに最大の努力が払われた。全体として、この組曲は、季節の移り変わりと自然主義的な優美さの感覚にふさわしい満ち引きを見せる。

この曲では、東京の遊び場にいる子供たちの心に響くエコーが、断続的に鳴り響く静寂を突き抜け、オフキルターな泡のような音色に包まれる。ここでLoraineは、彼女の多くの強みのひとつである、大胆不敵な音のコラージュへのアプローチを、野心的な実験と驚きに満ちたテンポによって高めている。同じ音空間に長く留まることに満足しない「15°C」は、ソフトなパッドと輝くカウンター・メロディが続き、突然、回転する機械の中の緩んだ部品を模倣した、耳障りで周期的なリズムが加わる。 Loraineの作品の多くがそうであるように、彼女の手によってのみ意味をなす内部論理を帯びている。
クロージング・トラックの「12°C」は、賑やかな人間空間から具体的なグルーヴへと漂い、メロディとテクスチャーを織り交ぜながら、実に珍しい、魂を揺さぶるような充実感を生み出している。その最後の瞬間、私たちは初めて、彼女のピッチシフトした声の上で、物憂げなアコースティック・ギターと優しく指でタップするビートを耳にする。これは、皮肉な曖昧さでアルバムを締めくくるコールバックであり、地平線の向こうにさらに何かが見つかるというヒントである。『Whatever The Weather II』には、まるでネガフィルムのような形式的な構成と、ウィット、インテリジェンス、そしてスキルで常識を覆すような、そんな魅力的な箇所がに満ちている。

マスタリングは引き続きTelefon Tel AvivことJoshua Eustisが担当。CDリリースは日本のみで、ボーナス・トラックが追加収録。

Track list:
01. 1°C
02. 3°C
03. 18°C
04. 20°C
05. 23°C (Intermittent Sunshine)
06. 5°C
07. 8°C
08. 26°C
09. 11°C (Intermittent Rain)
10. 9°C
11. 15°C
12. 12°C
13. null (Bouns Track for Japan)

Loraine James // Whatever The Weather

ロレイン・ジェイムス(Loraine James)はノース・ロンドン出身のエレクトロニッック・ミュージック・プロデューサー。エンフィールドの高層住宅アルマ・エステートで生まれ育ち、母親がヘヴィ・メタルからカリプソまで、あらゆる音楽に夢中になっていたおかげで、エレクトロニカ、UKドリル、ジャズなど幼少期から様々な音楽に触れることとなる。10代でピアノを習い、エモ、ポップ、マス・ロックのライヴに頻繁に通い(彼女は日本のマスロックの大ファンである)、その後MIDIキーボードとラップトップで電子音楽制作を独学で学び始める。自宅のささやかなスタジオで、ロレインは幅広い興味をパーソナルなサウンドに注ぎ込み、やがてそのスタイルは独自なものへと進化していった。
スクエアプッシャーやテレフォン・テル・アヴィヴといった様々なアーティストやバンドに影響を受けながら、エレクトロニカ、マスロック、ジャズをスムースにブレンドし、アンビエントな歪んだビートからヴォーカル・サンプル主導のテクノまで、独自のサウンドを作り上げた。
彼女は2017年にデビュー・アルバム『Detail』をリリースし、DJ/プロデューサーであるobject blueの耳に留まった。彼女はロレインの才能を高く評価し、自身のRinse FMの番組にゲストとして招き、Hyperdubのオーナーであるスティーヴ・グッドマン(別名:Kode 9)にリプライ・ツイートをして、Hyperdubと契約するように促した。それが功を奏し、Hyperdubは2019年に彼女独特のIDMにアヴァンギャルドな美学と感性に自由なアプローチを加えたアルバム『For You and I』をリリースし、各所で絶賛されブレイク作となった。その後『Nothing EP』、リミックス、コラボレーションをコンスタントにリリースし、2021年に同様に誠実で多彩なフルレングス『Reflection』を発表。さらなる評価とリスナーを獲得した。2022年には1990年に惜しくも他界したものの近年再評価が著しい才人、Julius Eastmanの楽曲を独自の感性で再解釈・再創造した『Building Something Beautiful For Me』をPhantom Limbからリリースし、初来日ツアーも行った。そして2023年には自身にとっての新しい章を開く作品『Gentle Confrontation』をHyperdubから発表。これまで以上に多くのゲストを起用しエレクトロニック・ミュージックの新たな地平を開く、彼女にとって現時点での最高傑作として様々なメディアの年間ベスト・アルバムにも名を連ねた。

そしてロレインは本名名義での活動と並行して、別名義プロジェクトWhatever The Weatherを2022年に始動した。パンデミック以降の激動のこの2年間をアートを通じて駆け抜けてきた彼女はNTSラジオでマンスリーのショーを始め、Bandcampでいくつかのプロジェクトを共有し、前述のHyperdubから『Nothing EP』と『Reflection』の2作のリリースした。そして同時に自身が10代の頃に持っていた未知の創造的な領域へと回帰し、この別名義プロジェクトの発足へと至る。Whatever The Weather名義ではクラブ・ミュージックとは対照的に、キーボードの即興演奏とヴォーカルの実験が行われ、パーカッシヴな構造を捨ててアトモスフィアと音色の形成が優先されている。
そしてデビュー作となるセイム・タイトル・アルバム『Whatever The Weather』が自身が長年ファンだったというGhoslty Internationalから2022年4月にリリースされた。ロレインは本アルバムのマスタリングを依頼したテレフォン・テル・アヴィヴをはじめ、HTRK(メンバーのJonnine StandishはロレインのEPに参加)、Lusine(ロレインがリミックスを手がけた)など、アンビエントと親和性の高いGhostly Internationalのアーティスト達のファンである。
「天気がどうであれ」というタイトルにもちなんで、曲名は全て温度数で示されている。周期的、季節的、そして予測不可能に展開されるアンビエント~IDMを横断するサウンドで、20年代エレクトロニカの傑作(ele-king booksの『AMBIENT definitive 増補改訂版』にも掲載)として幅広いリスナーから支持を得た。

Doechii - ele-king

 優雅さ、成熟、成長、そして知恵を象徴する深い緑。フォレスト・グリーンやエヴァーグリーン、ディープ・モスグリーンとも呼ばれるその色は、美しい黒い肌に重ねることで、さらに贅沢な魅力を放つ。そんな黒い肌の美しさを持つDoechiiが、グッチ柄のブラウンスカートにフォレストグリーンの薄底アディダス・スニーカーをアクセントにして、深夜トーク番組〈ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア〉のステージに立った。彼女を支える3人のダンサー兼シンガーたち(ここでは「彼女の姉妹たち」と呼ぼう)とともに、交差する円と三角形を編み込んだ髪でつなぎ、共通の祖先を思わせるフォーメーションを形成。彼女は『Alligator Bites Never Heal』から2曲をメドレーで披露し、2024年のテレビ界においてもっともバイラルな瞬間を作り上げた。完璧に計算された振り付けのなか、Doechiiは汗ひとつかかず、瞬きすらせずにその流れるようなラップを届ける。その技術の極致、そしてそれを超える完璧への執念がそこにあった。言葉の数学における自信、それはYasiin BeyやBeyoncéのようなアーティストのなかにしか見られない稀有なものだ。

 アルバム『Alligator Bites Never Heal』のジャケットには、エヴァー・グリーンの背景に木製の椅子に座るDoechiiの姿がある。その姿はアサンテ族の王を思わせ、彼女の膝にはアルビノのワニが鎮座している。そこには王者の威厳がある。
 アルバムは芸術作品であると同時に、ステージ上の輝きへの青写真でもある。同時代人であるタイラー・ザ・クリエイターもまた、アルバムごとにそのような魔法を実証してきた。最近の『Chromakopia』もそのひとつで、それは解きほぐし、観客の前で理解されるべき物語なのだ。

 今日のミュージシャンとラッパーはもはや同じものではない。かつて両者を同列に置くことにためらいはなかったが、その溝は広がり続けている。多くの者がただ良いビートを待つなかで、ミュージシャンたちはその多才さを保ち、革命的な思考によって楽曲が変容する魔法を理解している。〈コルベア・ショー〉が放送された直後、有名なインターネット放送〈タイニー・デスク・コンサート〉でDoechiiが9人の女性バンドと共演する最新プログラムが公開された。その空気感(ヴァイブス)はニューオーリンズのジャズ・バンドやファンカデリックを思わせるもので、彼女とバンドの一体感は、まるで生まれたときから一緒だったかのようだった。それは単なる一夜限りのコンサートというよりは、完全なる調和の産物だった。

 Doechiiの芸術は、現代のカラオケ的なラップ文化の対極にある。ステージでラップを偽装するバック・トラックは不要で、彼女にはパフォーマンスへの恐れがない。その存在は清涼剤のようで、ケンドリック・ラマーが彼女を「最強だ」と称した理由も頷けるというものだ。メディア嫌いで知られるケンドリックが誰かを公に称賛することは稀だ。そのため、多くの人びとが『Alligator Bites Never Heal』を今年のベスト・アルバム——いや、ミックステープと呼ぶべきだろうか——に挙げることも不思議ではない。だが、その区別は重要だろうか? もしミックステープがこれほど優れているなら、アルバムはもう必要ないだろう。

 19曲が収められたこのミックステープを思い浮かべると、ブラウンとエヴァー・グリーンで彩られた図書館が想像される。各短編がグッチのプリントで包まれ、Doechiiはまるで司書のようだ。なぜか? ケンドリック、バスタ・ライムス、エミネム、ア・トライブ・コールド・クエストらを模倣する能力が、彼女のソリッドで完璧なフローに絡み合っているからだ。
 ラップの各時代をスラップの限り大胆不敵に表現し(“”Boom Bap”)、韻の遊び心を蘇らせ(“Denial is a River“)、バスタ・ライムス(“Catfish”)に敬意を表し、90年代のR&B(“Wait”)でさえもフィール・グッドに仕上げ、フランク・オーシャンの芳香を発散するタイトル・トラックで締めくくる。ここでの模倣は才能の欠如ではない。多くの世代を育ててきたジャンルへの愛を示している。昨年(2023年)はヒップホップ50周年だったことを忘れてはならない。Doechiiはまた図書館司書のように、どの世代ともっともヴァイブが合うかを選び、それを音楽に反映させることができる。しかし、それは怠慢ではなくリスペクトだ。それは愛であり、ディスることではない。それは無能さではなく、多才さを意味している。

 もし『Alligator Bites Never Heal』のリリース直後にこれを書いていたなら、あるいは彼女の過去のヌード・ミュージック・ヴィデオ(“Crazy”)に影響されていたなら、この文章は異なっていただろう。だが、この原稿をリリースから数ヶ月後に記した自分に満足している。彼女の美意識、彼女の芸術、彼女の立ち振る舞いを知ることで、自分は満たされているからだ。そして彼女が「正式な」デビュー・アルバムを来年リリースしようとも、このミックステープが彼女をさらなる高みへと導く階段であることに変わりはない。


Symbolic in purveying elegance, maturity, growth, and wisdom, dark green which might be labeled forest green or evergreen or deep moss green, is also a luxurious color against beautiful, black skin. Doechii`s beautiful, black skin, in this case with no assumption. Armed in Gucci-patterned brown skirts with forest green thin-soled women`s Adidas as an accent, Doechii graced the stage of The Late Show with Stephen Colbert with her trifecta of dancer-singers (I will call them from here on her “sisters”).
In formation forming an interchanging circle and triangle, linked to each other by braided hair, our common ancestry, Doechii gave one of the most viral moments on standard tv for 2024 with a medley of 2 tracks from Alligator Bites Never Heal. Choreographed to the T, Doechii without breaking a sweat, delivered her flows without blinking an eye. Perfection of her craft with perfection on her mind. An air of confidence in word mathematics that we don’t see so much now except in performances like with Yasiin Bey and Beyonce.

The cover of Alligator Bites Never Heal has Doechii seated before the wisdom of an evergreen background in a wooden chair that reminds me of an Asante king. With her albino alligator on her lap, majesty there seems to be.

Albums act as pieces of art and also templates for the oncoming brilliance of the stage. Tyler the Creator, a similar contemporary, has demonstrated that kind of magic with every album, each one including the recent CHROMAKOPIA, a tale to be unraveled and then understood better in front of an anticipating audience.

Musicians and rappers are not the same anymore. I never hesitated before to keep both titles together but the gap between them is widening. Too many just waiting for a good beat. Musicians never wait maintaining their versatility understanding the magic of a song can metamorphosis just by a revolutionary thought. Only several moments after the Colbert show debuted, the famous Tiny Desk Concerts released their newest program with Doechii backed by a 9 piece all female. The vibes reminded me of New Orleans jazz bands and Funkadelic. The pin point, stop on a drop, symbiosis together with Doechii felt like 10 individuals born together instead of a one off concert. Such was their unity.
Doechii`s art is the antithesis of the current karaoke rap tribe. No need for a backing track on stage to fake rapping to, Doechii has no fear of performing. A breath of fresh air, there’s a good reason King Kendrick himself shouted out Doechii as “the hardest out.” A nod the media shy artist rarely gives to anyone. Some people are already considering Alligator Bites Never Heal the album of the year, excuse me, mixtape of the year. Does it really matter? If mixtapes are this good, I don`t need albums.

Peering into the 19 track mixtape, I imagine a brown and evergreen library with each short song covered with gucci prints. I imagine Doechii as a librarian. Why?
Intertwined in her solid, flawless flow, is her ability to mimic other famous rappers like Kendrick, Busta Rhymes, Eminem, and A Tribe Called Quest - often in the same song like “Denial is a River.” Like a librarian, inserting rap culture and nostalgia seamlessly. All love, no dissing, fearless to rep for each period of rap as long as it slaps (“Boom Bap”), reviving the playfulness of the rhyme (“Denial is a River”), paying respects to the Busta of all Rhymes, Busta Rhymes (“Catfish”), and even the feel good 90`s R&B (“Wait”) and ending with the title track emanating the Cali-vibes of Frank Ocean.
Mimicking here isn`t lack of talent. It`s showing all love for the genres that have raised many generations now. Let`s not forget that last year (2023) was the 50 anniversary of hip hop and it totally makes sense that such an artist as Doechii would appear now. Doechii can, again like a librarian, pick and choose what generation she vibes with the most and reflect that in her music. But its respect, not laziness. It`s love, not dissing. It`s versatility, not ineptitude.

I`m so glad that I didn`t pen these words the day after Alligator Bites Never Heal`s release. And I`m so glad that her past nude music videos didn`t educate my curiosity when I penned these words months after her release. And I`m content with her hyper-conscious view of beauty with her art, with her look, and with her sashay before I penned these words. And I`m nourished knowing she is free to create whatever she wants with her “official” debut album coming next year while Alligator Bites Never Heal stands has her stairway upward.

Tashi Wada - ele-king

人間が奏でる天上の音楽

 タイトル『What Is Not Strange?』が何を意味するのかを考えてみた。「何がおかしくないのか?」あるいは「おかしくないものとは何か?」、さらに反語表現として、「おかしくないものなんてあるのだろうか?」という解釈も成り立つかもしれない。
 すでに色々な媒体で言及されているように、このタイトルは、フィリップ・ラマンティア(Philip Lamantia 1927-2005)が1967年に出版した『詩集(Selected Poems)』所収の同題の詩に由来する。ラマンティアはアメリカにおけるシュルレアリスム詩の導入とビートの黎明期とに跨る存在として、近年、再評価されている詩人のひとりだ。このアルバムの音楽的な特徴に目を向ける前に、タシ・ワダがインスピレーションを受けたラマンティアの詩の世界に触れる必要があるのではないか。そう思い、筆者はラマンティアの詩をいくつか読んでみたのだった*1。だからと言って、このアルバムの、この音楽の、何がわかるのか?と問われてもすぐに答えられないのだが、ぼんやりとした夢の世界を切り裂くように現れる死、そして新しい生の誕生という名の希望が再び現れる。このような物事のなりゆきについて、筆者はラマンティアの詩をとおして自分なりにイメージを描くことができた。
 ラマンティアの詩「What Is Not Strange?」はレイアウトが普通の詩(この文脈では何を「普通」とするのか議論したくなるが)とやや異なり、各詩行がΣ(シグマ)を反転させたようなジグザグの形状で配置されている。ビートニクスたちが日常生活の中にテーマを見つけて、それを直感的、衝動的に言葉へと変換したのに対し、ラマンティアは象徴的、魔術的なテーマで言葉を紡いだ。彼は実際に目に見えているものだけでなく、その根源やその先にあるものを想像し続けた詩人だった。シシリアの海、紫式部の扇子、ジェロニモ、スーパーマン、聖なるビスケット、ローマ帝国など、脈絡のない風景、人物、「What is not strange?」の中に次々と現れては消えていく。最後に「GO AWAY & Be Born No More! DO A KUNDALINI SOMERSAULT! (去ってくれ。そして、もう二度と生まれるな!クンダリーニの宙返りをしろ!)」と、語気を強めてこの詩は荒々しく終わる。夢物語のような風景は永遠に続かず、死と生が私たちをゆさぶる。
 このアルバムと近い世界観を共有する作品として、アピチャッポン・ウィーラセタクンの「世紀の光」(2006)と「光りの墓」(2015)もあげられる。アピチャッポンの映像は人物や風景だけでなく、それらを照らす光の微かな変化が観る者に何かを示唆する。それは時間の移り変わりや、連綿と続く生と死との交替といった、普遍的で壮大な物語へとつながる。『What Is Not Strange?』はワダの私的な出来事を契機としているが、個人の物語にとどまることなく、宇宙をも包括する、世界のより深くて本質的なところへ手足を伸ばそうとしている。アルバム全体からそんな印象を受けた。

*1. The Collected Poems of Philip Lamantia (University of California Press, 2013)はラマンティアの没後に出版された全集。

 パンデミック禍の閉ざされた日々、父であり、近年はコラボレーターでもあったヨシ・ワダの死、娘の誕生−2020年からこれまでの間、ワダの周りに起きた出来事が『What Is Not Strange?』の大きな着想となった。これらの出来事についてワダは次のように語っている。

 世界の不確かさは人生のそこかしこに現れて、私はそれに包み込まれているように感じます。当たり前と思っていることはしばしば大部分がゆらいでいます。父が亡くなり、そして娘が生まれました。パンデミックの間に起きたこれらの出来事は私の世界をひっくり返し、新しい現実へと招き入れてくれたのです。*2

*2. Tashi Wada Interview, “Tashi Wada Shares his Creative Process for What Is Not Strange?” Fifteen Questions, https://www.15questions.net/interview/tashi-wada-shares-his-creative-process-what-not-strange/page-1/

 ワダが言う「世界の不確かさ」を彼の音楽に引きつけてみるならば、このアルバムの鍵盤楽器(主にハープシコード)で用いられているジャン=フィリップ・ラモー*3の中全音律(ミーントーン)の不安定なゆらぎによる響きが想起される。均等な比で分割され、どの調で演奏しても安定した音程関係を得ることができる十二平均律と異なり、中全音律はウルフと呼ばれるうなりが特定の音程間でどうしても残ってしまう。このうなりから生じる、ある種の不安定な響きには抗し難い魅力があることも否定できない。この特殊な調律のおかげで、アルバムの至るところで聴こえるハープシコードの和音、バグパイプ、弦楽器、シンセサイザーによる持続音は独特の浮遊感をまとっている。
 アルバムの表題曲で、生命の誕生を予期させるファンファーレ、1曲目「What Is Not Strange?」はワダが父のヨシ・ワダと共作した前作『FRKWYS Vol. 14-NUE』(Rvng Intl, 2018)の、ドローン(持続音)を主とするいくつかの楽曲── “Aubade”、“Litany” 、“Niagara” 、“Mutable Signs” ──とのつながりを感じさせる。だが、次の曲 “Grand Trine” が始まると、『What Is Not Strange?』が前作とはまったく違うアルバムなのだと気付かされる。なぜなら、このアルバムには声と歌があるからだ。
  “Grand Trine”がこのアルバムのハイライトだと断言してもよいだろう。ハープシコードが始まりの和音を鳴らし、そこにジュリア・ホルターの声が降臨する。ここではあえて「降臨」という表現を使いたくなるほど、この曲は神秘と驚きに満ちている。タイトル “Grand Trine”は、等間隔に並んで正三角形を作る星座の配置を、父、母、娘の3人の存在に見立てている。中間部でのハープシコードによる装飾的なパッセージはラモーやフランソワ・クープラン*4の鍵盤楽器曲を想起させることから、この曲はしばしば「バロック・ポップ」や「チェンバー・ポップ」(この「チェンバー」は室内楽を意味する)と評されている。

*3. ジャン=フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau(1683-1764)フランスの作曲家、音楽理論家。オペラ、鍵盤音楽、室内楽曲など数多くの楽曲を遺しただけでなく、『和声論』などの理論書で西洋音楽理論研究にも大きく貢献した。

*4. フランソワ・クープラン François Couperin(1668-1733)フランスの作曲家、オルガン奏者、ハープシコード奏者。4巻にわたるクラヴサン(ハープシコードのこと)曲集で知られている。

Tashi Wada/ What Is Not Strange?

  “Grand Trine”とあわせて聴いておきたいのが、ワダの公私にわたるパートナー、ジュリア・ホルターのアルバム『Something in the Room She Moves』(Domino, 2024)、1曲目 “Sun Girl ”だ。ワダとホルターのアルバムはほぼ同時期に制作されたのだという。どちらのアルバムも鍵盤楽器、声、シンセサイザー、バグパイプ、弦楽器、打楽器によるアンサンブルで演奏されているが、ホルターのアルバムはこの編成にフルート、クラリネット、トランペットなどの管楽器とフレットレス・ベースが加わり、よりポップで、メロディを重視した仕上がりとなっている。なかでも、新しい生命の誕生を寿ぐ “Sun Girl” は、ワダの “Grand Trine” と同じく、ホルターのヴォーカルの唯一無二の個性と魅力を活かした曲だ。この2曲は対になっているともいえ、ワダとホルターの関係とも重なる。

Julia Holter/ Sun Girl

  “Grand Trine”以降はオルガンの音色を多用した厳かな雰囲気の曲が続くが、5曲目“Flame of Perfect Form”では、ホルターの声と、激しく咆哮する打楽器とヴィオラが荒波のようにぶつかり合って混沌とした場面を見せる。7曲目 “Subaru” は調子の外れた(これがおそらく中全音律の効果なのだろう)反復パターンと声による短い間奏曲の役割を持ち、アルバムは終盤へと差しかかる。
 静かに打ち鳴らされる打楽器で始まる10曲目 “Plume” では、聖歌の伴奏のような佇まいのオルガンが徐々に変容し、いつのまにか声や他の楽器とともに情熱的なパッセージを奏で、曲全体がクライマックスを迎える。これに続くのが、アルバムのコーダ(終結部)にあたる11曲目 “This World’s Beauty” で、まるで1曲目 “What Is Not Strange?” に戻ってきたかのようにハープシコードの和音が鳴らされる。このような曲の並びによる構成そのものも、生と死の絶えざる循環を描いているのかもしれない。

 2024年9月13日にブルックリンにあるスペース、ルーレット(Roulette)で、このアルバムの全曲演奏が行われた。幸い、その時の映像が全編公開されており、この音楽が実際にどう演奏されているのかを具に見ることができる。興味深いのは、生演奏がほとんどを占めていることだ。この映像を見ると、『What Is Not Strange?』は人間の手と想像力による天上の音楽なのだとわかる。

Tashi Wada, “What Is Not Strange?”
Roulette Intermedium, Brooklyn, NY, September 13, 2024.

cumgirl8 - ele-king

 情報情報情報、情報の波に押し流される。現代に生きる我々はもはや日々更新される情報に抗うことなどできはしない。今日もまた信じる誰かが信じられないことをして知らない誰かに責められる。心の平穏を保つため一旦離れてみようかとそう考えようにもその間に知らない情報が溜まっていく。知っていた方がいいことに知らないと損をすること。我々は得をしたいのではなく損をしたくないだけなのだ。だから買い物するときに評判を調べもせずに買うことなんてできやしない(Amazonというのはもはや商品の買えるレヴュー・サイトだ)。どうせなら良いものが欲しいし、効率的に生きていたい。ログイン・ボーナスを取り逃がすなんてもってのほかだ。そうやって今日もインターネットの空間を漂い続ける、何か良いものを見つけるために、逃してしまうことのないように。そんな世界を我々は生きている。

 そうして閉塞感を抱いて疲弊してもいる。だから心の底でそれを吹き飛ばしてくれるような存在を求めるのだ。そう、そしてこれこそがそれだ。我々(そんな大きな主語が必要ないなら、私)はニューヨークのバンド、カムガール8を聞いてドキドキする。まるでレトロなサイバーパンクの映画から抜け出て来たような空気をまとった存在。クラック・クラウドの1stアルバム『Pain Olympics』のビデオの世界にピンチョンの重力の虹からインスピレーションを得たクラクソンズを混ぜ、そこに初期のHMLTDを加えたような雰囲気を持ちながら、彼らとは違う星からからやって来た人びと。カラフルな文字が踊るゴシップ記事のように低俗で、それでいてそのなかに哲学を潜ませ現代社会に問いかけるサイバー世界の住人たち。アートワークからザ・スリッツをイメージし中身からスージー・アンド・ザ・バンシーズとESGを思い浮い浮かべる。もちろん最初の曲 “Karma Police” からはレディオヘッドだ。だけど曲はちっとも似ていない。この曲は素っ頓狂なヴォーカルのサイバー・シンセウェイヴだ。「コミュニケーション・ヴァケーション/メンタル・マスターベーション」とおちょくるように韻を踏み、下から上へと、あらゆる語句でいらだち、軽快にノーを突きつける。なだれ込むというよりかはいつの間にかはじまっているという感じの次の曲 “Ahhhh!Hhhh! (I Don’t Wanna Go)”──なんて素晴らしいタイトルだろう──はもっと暗く、アナログ・シンセの影が差し、80年代のニューウェイヴ・バンドと00年代のエレクトロクラッシュのグループの間のラインを駆け抜ける。もうこの時点ででワクワクが止まらない。“hysteria!” ではさらに顕著にシンセを使い、70年代80年代、かつて信じられていたレトロな未来の姿の音を表現する。繰り返される暗い世界のフレーズに膨らむベースの低音、チープでふくよかかな宇宙に不安に揺れる心のつぶやきがこだまする。それは現実ではない、サイバー空間の、想像上の未来の音だ(私はここにHMLTDの “Is This What you Wanted?” の夢を見る)。

 もっとパキッとした音で組み立てることもできたのかもしれないが、カムガール8がここでアナログ・シンセの音を選んだことがこのサイバー空間のイメージを決定づけている。音で埋め尽くすようなハイファイで現代的なデジタル・サウンドに仕上げるのではなく、レトロフューチャーな過去から見た未来を表現する。それこそがこのアルバムに自分が最も惹かれる部分だ。Wifiの電波をスマホでつかむような世界ではなく、物理的な回線によって繋がれたワイアードのインターネットの世界。どこからでもではなく、どこかからしか繋がれない不自由な世界。マウスもシンセも線で繋がれて、表現できる容量も色にも限りがある。このアルバムは解放された先にある自由を夢見ていた不自由な時代の幸福にあふれている。

 テクノロジーが進化することで、いまよりずっと良くなる未来の姿を容易に思い描けた時代の夢。それは単純にY2Kリヴァイヴァルだということなのかもしれないが、自分の頭にはフォンテインズD.C.のベーシスト、コナー・ディーガンがインタヴューで話していた言葉が浮かぶのだ。「過去の時代に想像していたような未来の姿を表現したかった。残念だけどいまの時代に未来を想像しても、いい感じの未来が見えて来そうにないからさ。でも過去のある地点、たとえば90年代に思い描かれていた未来っていうのはもっと面白く、もっといいものだったような気がするんだよ」この発言は彼らの4thアルバム『Romance』のプレスショットについてのものだが、カムガール8のアルバムはそれに通じる場所から来たものだと思えてならない。
 彼女たちはもっと俗っぽくユーモアを交えたやり方で、いまとは違う世界の未来を描くのだ。鮮明で情報にあふれた現代のサイバー空間は殺伐としていて、もはや逃げ場として機能する架空世界ではないのかもしれない。繋がりから解放され自由を得たはずなのに、心の多くを占めるのはそれをしなければならないという強迫観念的な不安と間違いを犯すことへの恐れだ。かって夢見た世界とは似ても似つかない。だけどもこのカムガール8の音楽はここではないどこかに行くための逃避の為の音楽ではない。過激な表現を身にまといながらも、ユーモアとバランス感覚を持ってこの世界に希望を提示する。最終曲 “something new” で繰り返される「somebody new/You'll find something true with somebody new」という言葉に自分は希望を持ってこの世界を生きようというメッセージを感じる。あの頃に戻ろうではなく、新しい未来を作ろう、私たちにはそれができるというメッセージ。過激な表現とピュアな心が交じり合った音楽にワクワクするのはそこに今より素晴らしい世界の希望を見出しているからかもしれない。現実を離れた、されども繋がっている、そんなポジティヴなSF世界の広がりをここに感じる。

The Cure - ele-king

 16年という歳月は、少なく見積もっても16通りの可能性と熟考を伴う16の人生を反映した期間だ。しかしながらこの16年間、ザ・キュアーからの言葉は一切なかった。ザ・キュアーの最後のリリースから16年が経過したというのは、控えめに言っても驚くべきことだ。これほど多作なバンドが、ただ消えてしまったのだ。実際には、彼らは断続的にツアーを行い、Instagramのアカウントを維持するなど、なんらかの発信はあった。しかし、それでもなお、どこか意図的に現実から切り離されていた。
 ザ・キュアーの「多くの現実」は、『Wish』から2008年までのリリースがどこか断片的で、かつての激しさを失っていたことが私に少なからぬ不安を与えていた。彼らのデビュー・アルバム『Three Imaginary Boys』(1979)における軽快で鋭いポップ・サウンドを思えば、その期間のキュアーが「憂鬱のゴスキング」としての最終的な戴冠へと向かっているようには思えなかったし、いまふたたび80年代半ばの明るく軽快なポップ路線へ転向するとも、あるいは、ゴシック・サイケデリアへと見事な弧を描きつつ大人びたサウンドにいくようにも思えなかった。

 そんな私がある寒い静かな夜、外の寒さをしのぐために立ち寄ったタワーレコードで偶然新作を見つけたときに覚えた不安をお察しいただきたい。白黒で不明瞭な、控えめで魅力的とは言い難いアートワークには、バンド名さえ自信なさげだ。それは喜びではなく、私に戸惑いを引き起こした。最初の30秒を聴いても歌がなく、1分経っても、2分経ってもヴォーカルが現れない。レトロでシンプルなシンセサウンドも最初は火花を散らすような魅力は感じられなかった。だが、不思議なことに私はそれを聴くのをやめられなかった。各楽器はじょじょに感情を重ねていき、やがて魔法のように濃厚なスープのようなサウンドが私を捕らえて離さなかった。そして3分20秒後、ロバート・スミスの変わらぬ声がフェイドインすると、1997年から2024年までの弧がおのずと架けられたのだった。

 『Songs of a Lost World』は、私が今年もっとも強く愛着を感じた、もっとも暗く、悲しく、それでいて抗えないほど聴きたくなるアルバムだ。そのリリースは一見すると目立たない一過性の出来事のように見えるが、不安定な世界、トランプ大統領の再登場、喜びとシリア解放への不安定な期待、さらには韓国の驚くべき混乱という状況下においては、なんともその存在感がしっくりくる。スミスは、このアルバムがそんな「タイムカプセル的瞬間」になるとは意図していなかったのだろうが、宇宙に間違いはない。いまこそ人びとはザ・キュアーを必要とし、その必要性は際立っている。スミス自身、シングルらしくないスローテンポの“Alone”が英国のラジオ局で頻繁に流れていることに驚いているではないか。

 エモが誕生する以前のエモ、固定観念の市場において多面的な存在感を放つザ・キュアーは、可愛らしく踊れるポップ・ソングを送り出したかと思えば暗く荒涼とした英国ゴシックへと逆戻りし、感情、愛の危うさ、そして究極的には死の未知なる本質について、荒々しく論じている。
 『Songs of a Lost World』、とくに“Alone”と“Warsong”を聴くと、サイケデリック期の“Burn”を思い出さずにいられない。苦痛に満ちた感情表現と音響的な魅力において、ザ・キュアーはその不在期間中、自らの最良の要素を見直し、それらを集約して最高のものを絞り出したのだ。
 それは単なる作曲だけでなく、バンドのソウルとエモーションに根ざしたものだった。各楽器は録音上でクリアに響き、バンド全体がまるでポップ・ジャズ・バンドのように一体化して機能している。コーラス部分もぎこちなくなく、むしろ強烈で、新規リスナーも古参ファンも歌いたくなるような誘引力がある。この新しいアルバムは彼らのディスコグラフィーに自然に溶け込みつつ、しかし過去の作品のいくつかを凌駕している。

 2020年代は、新しい形でのゴシックが再興した。だからこそ、ザ・キュアーの復活は奇妙にも筋が通っている。運命に間違いがないと信じるならなおさらだ。人びとはいまザ・キュアーを必要としている。『Songs of a Lost World』は、1992年以来初めてビルボード・チャートの数々で1位を獲得した。それは正気の沙汰ではないが、同時にザ・キュアーの音楽がいかに普遍的であるかを物語ってもいるのだ。


16 years reflects 16 lifetimes with at least 16 possible outcomes and ruminations and yet not a word from the Cure. For it to be literally 16 years since the last Cure release is jaw-dropping to say the least. For such a prolific band to just. . .disappear. In reality, they were touring on and off while maintaining an Instagram account among other transmissions. But still somewhat intentionally disconnected from our reality.

The many realities of the Cure has previously created a bit of anxiety for me as the later releases after “Wish” before 2008 were slightly fragmented without the previous coherence and intensity. Peering back at their very first album of flat, agile, angular pop “Three Imaginary Boys,” it would never seem to point toward their eventual crowning as goth kings of sadness and gloom. Nor their coin toss change to bright skippity pop in the mid 80’s. Then their amazing arc to goth psychedelia which would end up truly defining their most adult sound.

So you would have to forgive me my acute anxiety finding their record in tower records purely by accident one quiet cold night while I sought to keep warm from the outside. The unassuming unappealing artwork of unintelligible black and white with even their name somewhat obscured didn’t spark a jump for joy. I reluctantly listened to the 1st 30 seconds with no vocals and then 1 minute with no vocals and then 2 minutes with no vocals with very retro simple synth not creating a spark but i couldn’t stop listening as the band steadily layered more emotions through each instrument creating a thick

soup of magic which refused to let me go. After 3 minutes 20 seconds, Robert Smith’s vocals came fading in and his voice, unchanged, naturally bridged an arc between 1997 and 2024.

“Songs of a Lost World” Is the most bleak, sad but irresistibly listenable record I’ve ever felt so attached to this year. It’s release seems by untrained eyes a blip, an outlier in this incongruent year but feels just so right with a dark unbalanced world, the incoming Trump presidency, joy but uncertain apprehension towards the Syrian liberation, and the surprise instability for South Korea. Smith never meant for the record to be such a time capsule moment but the universe makes no mistakes. People need the Cure and they really need it now. Smith himself felt the surprise of “Alone,” an incredibly un”single”-like slow song being in high rotation on UK radio stations.

Emo before emo, versatile in a un-versatile market, the Cure is a multi-faced burst of energy that squeaks out cute danceable pop songs and then reverses backwards to dark, stark English goth, and stormy dissertations on pure emotion, fraught love, and ultimately the unknown nature of death.

Listening to “Songs of a Lost World” and especially “Alone” and “Warsong” reminded me immediately of “Burn” from their psychedelic period. Torturous and emotional lyrically and sonically, I feel that The Cure took a look during their absence, at their best attributes, collected

them and squeezed out the best. Not just with songwriting but primarily with feeling and with the soul of the band. Each instrument in the band on record is crystal clear with the band itself united like a motor. Almost like a pop jazz band. The choruses aren`t awkward but intense and inviting to sing for anyone new or old. The new album sits snuggly in their discography without sticking out and actually towers some of their other work. The 2020`s have seen a renewal of goth, in a new way of course. So it does strangely make sense that the Cure have returned, especially if we choose to believe that fate doesn`t make mistakes. The people need The Cure and it shows. “Songs of a Lost World” has gained the number 1 spot on numerous Billboard charts, their 1st in 1992. That is quite insane but also speaks to the universality of The Cure sound.

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