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Tyler, The Creator

Hip Hop

Tyler, The Creator

Chromakopia

Columbia

Amazon

野田努 Nov 15,2024 UP

 世のなかには、ラップしかできないがゆえに人びとを惹きつける人間がいるいっぽうで、ラップするだけが能ではない人間もいて、そういうタイプに関心を示すぼくのような人間もいる。強引ながら敢えてこの二分法に従えば、タイラー・ザ・クリエイターは後者だ。もっともタイラーも、ここでまた過去をほじくり返すのは良くないが、デビュー時は酷いもので、彼の女性蔑視や意味のない罵詈雑言がわからずサウンドのみで面白がっていたぼくのような人間は大いに反省を迫られた、という話は以前にも書いた。ただ、それでもタイラーの、ストゥージズをやってしまうようなセンス(2015年の『チェリー・ボム』というアルバム)が嫌いにはなれず、昔、N*E*R*D の『In Search Of...』を好んで聴いていた古株として言えば、その系譜にいるひとりはタイラーだと思うし、実際の話、『スカム・ファック・フラワー・ボーイ』(2017)以降の彼のアルバムはどんどん洗練されていって、ある意味『ゴブリン』時代の汚名を倍にして返上し、いまや押しも押されもしないアーティストとして広く知られていることは周知の通りである。

 彼にはおそらく、文化的破壊者の側面もあるのだろうけれど、ディレッタント的な側面もある。新作『クロマコピア』、このウィットに富んだ見事なアートワーク──60年代前半のソウル系のジャケットを彷彿させるレトロなイラスト、軍服と黒い仮面──からもその才がうかがえる(前作のジャケットではボードレールを引用していたよね)。要するに、タイラーは自らのなかから何か新しいものを生み出すタイプではなく(そんなタイプは滅多にいないのだが)、ダイアレクトのレヴューで編集部コバヤシが記述した、 “コラージュ” 的なセンスにおいて卓越していることを意味する。サウンド・デザインの巧さ、言うなれば、いろんなところからいろんなものを持ってきてそれでひとつのモノを作り上げるのがうまい。まあ、そもそもヒップホップはそういう音楽なわけだし。

 『クロマコピア』の最初の4曲を聴いてもそれがわかる。1曲目“St. Chroma”(feat. ダニエル・シーザー)は囁き声とマーチのリズムの催眠効果にアンビエント風シンセサイザーが入って、ゴスペルの断片、場面をぶった切るようにダンス・ビートとラップが舞台に上がってジャズ・ピアノが鳴る。この展開力と編集のうまさ、見事だ。続く2曲目 “Rah Tah Tah” ではダークサイドを変異したトラップ・ビートが走って、シンセサイザーをバックにラップする。これもまた格好いいんだよなぁ。ザンビアのロック・バンドのサンプリングが話題になった3曲目 “Noid” は、タイラーのロック趣味が出た曲で、まあ、派手でキャッチーな曲だ。何語かわからないがアフリカのイントネーションを強調したラップが入ることで、曲にエキゾティズムを加味している。そして、これに続く4曲目“Darking, I” (feat. ティーゾ・タッチダウン)のメロディアスなソウルがロックの熱狂を甘ったるい気持ちへと導いていく……この曲がぼくにとっては本作におけるベストだが、たんにこれは好みの問題だ。『クロマコピア』には、こうした佳作が多くある。どれを好きになるかは、人それぞれだろう。

 レトロなリズムボックスの音色を活かし、70年代フュージョン風のストリングスが背後で流れる“Hey Jane”、プリミティヴなパーカッションの上をギターや声の細切れの断片がカットインされる“I Killed You”(feat. チャイルディッシュ・ガンビーノ)、アコースティック・ギターの弾き語りめいたスローテンポの“Judge Judy”にも微細な音素材がエディットされている。賑やかなサイケデリア“Sticky”(feat. GloRilla、セクシー・レッド、リル・ウェイン)、ピアノとブラス、ゆったりとしたドラムと美しいコーラスから成る見事なプロダクション“Take Your Mask Off”(feat. ダニエル・シーザー、ラトーヤ・ウィリアムズ)、アシッド・フォーク調にはじまる“Tomorrow”、パーカッションとトランペットの妙技による愉快な“Thought I Was Dead”(feat. スクールボーイ ・Q 、サンティゴールド)……(以下、略)。

 かように、ぼくはサウンドを楽しんでいる。とくに今回は意識的にそうすることにした。いちいち歌詞を吟味する時間もなかったし、そもそも、やはり、外国語圏の自己言及型ミュージシャンについて語るのは、どうにも自分自身すっきりしないところがある。ことに海外メディアにおける本作のレヴューのほぼすべてが「タイラーが何をラップしているか」に焦点が当てられていて、モノによっては作家の新刊紹介に近い内容になってきている。それだけ言葉が面白いのだろうし、アートワークにある「仮面」というのは、往々にしてペルソナのメタファーであり、ブラック・カルチャーにおいては引き裂かれた自己、意識の二重構造のメタファーとして使われることも多いわけだから、本作にアイデンティティの問題や内的な葛藤ないしは内省が込められていることを察することはできる。数々の海外レヴューによれば、自己発見があり、(いまアメリカで大問題の)中絶をテーマにした楽曲もあるが、それも身の上話のようで、アメリカ社会における辛い人生に関しての言及はないようだ。33歳にもなってバカはできないと思ったのか、あるいは、ここ数年アメリカのラップ界やセレブリティに顕著な「自分語り/身内話」という時流にタイラーも乗っているのだろう。

 それをわかった上で、自分の英語聞き取り能力の欠如が、サウンド・デザイナーとしてのタイラーをわりとダイレクトに受け入れていることを思えば、これはこれでまたひとつの受容の仕方として良いかと思ったりもする、とくに今回のタイラーのように、その洗練されたセンスをもって魅了する作品の場合は。前作『Call Me If You Get Lost』に収録された“Wilshire” という曲における彼の切ない女性関係についての告白に関してぼくはいまいち、いや、自分がもうそういう歳でもないので、ピンとこないわけだが、かといってDJシャドウの“Midnight In A Perfect World” と同じサンプル素材を使っていることがクールだと主張したいわけではない……けど、自分のナードな部分がそこに反応してしまうのもたしか。音楽ライターとしてこれは自慢できる話ではない、間違いなくないそれはないが、タイラーにもその気質はあるでしょう。

野田努