ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Columns エイフェックス・ツイン『セレクテッド・アンビエント・ワークス・ヴォリューム2』をめぐる往復書簡 杉田元一 × 野田努
  2. Columns Squarepusher 蘇る00年代スクエアプッシャーの代表作、その魅力とは──『ウルトラヴィジター』をめぐる対話 渡辺健吾×小林拓音
  3. Roedeliusu, Onnen Bock, Yuko Matsuzaki ——ハンス・ヨアヒム・ローデリウスとオンネン・ボック、松﨑裕子の3人による共作が登場
  4. Tomoyoshi Date - Piano Triology | 伊達伯欣
  5. interview with Fat Dog このエネルギーは本当に凄まじいものがある | ライヴが評判のニューカマー、ファット・ドッグ
  6. Tyler, The Creator - Chromakopia | タイラー、ザ・クリエイター
  7. Jabu - A Soft and Gatherable Star | ジャブー
  8. interview with Kelly Lee Owens ケリー・リー・オーウェンスがダンスフロアの多幸感を追求する理由
  9. People Like Us - Copia | ピープル・ライク・アス、ヴィッキー・ベネット
  10. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2024
  11. interview with Boom Boom Satellites 明日は何も知らない  | ブンブンサテライツ(中野雅之+川島道行)、インタヴュー
  12. 音楽学のホットな異論 [特別編] アメリカの政治:2024年に「善人」はいない
  13. 寺尾紗穂、マヒトゥ・ザ・ピーポー、七尾旅人 ──「WWW presents “Heritage 3000” Farewell series」の追加公演が決定
  14. Chihei Hatakeyama ──アンビエント・アーティスト、畠山地平の新作は秋田の八郎潟がテーマ
  15. Jeff Parker, ETA IVtet ──ジェフ・パーカー率いるカルテットの新作がリリース
  16. aus, Ulla, Hinako Omori ──インスタレーション「Ceremony」が東京国立博物館内の4つの茶室を舞台に開催
  17. Fishmans ——フィッシュマンズの未発表音源を収録した豪華ボックスセット登場
  18. Kiki Kudo ——工藤キキのNY式のベジタリアン料理本が面白い
  19. Playing Changes ——『変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ』刊行のお知らせ
  20. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2024

Home >  Reviews >  Album Reviews > Ari Up & Vic Ruggiero- Rare Singles and More...

Ari Up & Vic Ruggiero

Ari Up & Vic Ruggiero

Rare Singles and More...

Ska in The World

Amazon

野田 努   May 13,2011 UP

 オド・フューチャー・ウルフ・ギャング・キル・ゼム・オール(OFWGKTA)は、『ニューヨーク・タイムス』によれば「ヒップホップ文化論争を再燃させるための発火点」だそうで、若干20歳のタイラー・ザ・クリエイターの闇雲な怒りや絶望は、非道徳的な、女性蔑視ないしは同性愛嫌悪の文脈や暴力のファンタジーを誘発しかねないような、『ガーディアン』が言うには「胃にずしりと来るような」、ある意味すれすれの表現として大人たち、とくに良識派と言われる白人インテリ層の歯ぎしりを誘っている。『ガーディアン』のその記事内に記された情報によれば"ヨンカーズ"においてラップされるメンバーのシドとは実際にゲイだという話もあって、だとすれば彼らの表現は2ライヴ・クルーのような単純な構造ではないし、それでもタブーを弄んで大人たちからの憎悪を我が身に招き入れるようなその態度ゆえにオド・フューチャーは"新しいセックス・ピストルズ"と形容されているわけだが(いずれ磯部涼あたりがしっかり書いてくれるでしょう!)、アリ・アップが生きていたら間違いなく彼らを肯定しただろう。彼女はおうおうにしてインテリから批判の対象とされたもの――ラップのうぬぼれた自意識過剰さやジャマイカの保守的な文化(それは僕も同じように批判的にアプローチしたものでもある)――を擁護して、そして彼女に共感するフェミニズムに対しては冷ややかに対応した。それが良いか悪いかという話ではない。僕が見る限り、彼女はとにかくそういう人だった。

 先日、本サイトの「Sound Patrol」で7インチを紹介したように、これはニューヨークのスカ/ロックステディ・バンド、ザ・スラッカーズのメンバー、ビクター・ルジェイロとアリ・アップによる未発表コラボレーション作品集である。全5曲なのでアルバムというにはおよばないが、彼女の声が聴けるだけでも充分に嬉しいリリースだ。もちろんこれはあくまでファン心理であって、この作品を誰かに推薦しようとは思わない。もしアリ・アップがいまも生きていてこの作品を出したら、「何を中途ハンパな作品を出して......」などと文句のひとつでも書いていたかもしれない。それだけ彼女のキャリアを見たらたいしたことのない出来だが、いまは亡き彼女の未発表音源だと知っている身で聴いていると「何て素晴らしいのだろう......」などと思ってしまうのである。誰かにこうした事態をオカルトだと非難されたとしてもうまく言い返せないだろう。
 が、しかし、実を言えば、そうした気持ちになれることを僕は嬉しくもある。国も言語も宗教も主食も何もかもが違う場所に生まれながら、音楽はその伝えたい思いにのみによって人を繋げることがある。よく人から「何をそんなに海外の音楽に思い入れるのだ」と言われるが、僕にしてみればたかが日本人同士というだけで通じ合えるとも思っていないし、海外だから好きだという、そんな単純な理由で音楽を選んでいるわけでもない。このことについて考えると、アリ・アップという人間はアリ・アップ以外にいないという当たり前の現実認識へと結ばれる。そしてセンチなことを言うようだが、30年以上もずっと好きでいられる音楽と出会ったことにあらためて喜びを感じる。15歳のときにアリ・アップを好きになった以上に、彼女について詳しくなったいまのほうがさらに好きになっている。彼女の話を聞くなかで、ほんのわずかだろうが、以前よりも心が広くなったような気になっているからである。

 というわけでザ・スラッカーズのファンの方には本当に申し訳ないが、このCDを買った理由はアリ・アップが歌っているからである。"ベイビー・マザー"に対する"ベイビー・ファダ"は、小さな子供を持ったお父さんに向けて歌っているのだろう。"親"と呼ばれる人たちに向けて「未来のためにしっかりせい」と言っている。日本では子供を産んだ女性ミュージシャンが「子供サイコー!」と興奮したり、スピリチュアルやオーガニックに行くことは多々あっても、あるいはアメリカにはパティ・スミスのような社会派はいても、猥雑さに身をおきながら"親"と呼ばれる人たちに向けてパンクなメッセージを吐ける人はそういない。アリ・アップはそれがなんであれ権威や権力といったものを嫌悪し、ゼロ年代に殺人音楽と罵られたダンスホール・レゲエというスタイルをジョン・レノンのような大きな愛の歌に変換した。これ以上、何か付け足すことはあるのだろうか。

野田 努