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野田 努   Jul 07,2011 UP

 現代において音楽を楽しむにはコンピュータのハードディスクの容量を気にしなければならない。そのことを最近ようやく思い知りました。オッド・フューチャーにハマって以来、彼らのダウンロード可能なミックステープはすべてダウンロードしたが、その途中で、僕の貧弱なハードディスクは容量オーヴァーとなった。古い音源をすべて削除し、そしてまたダウンロード......タイラー・ザ・クリエイターのデビュー・シングル「アイ・スメル・パンティーズ」もアルバム『バスタード』も、マイク・Gによるそのまったく素晴らしいチョップド・アンド・スクリュー・ヴァージョンも、オッド・フューチャーの56曲入りのミックステープも、メロウハイプやフランク・オーシャンもすべて聴いた。面白い、なるほど、若い連中はいまこうして聴いているのか......これはたしかにハマる。外付けのハードディスクが必要だ。

 ニュージャージーで暮らす、クラムス・カジノを名乗る23歳のマイク・ヴォルピー青年は、それまでリル・Bやソウルジャ・ボーイなどにトラックを提供していたが、今年の4月はそうした既発のトラックを含む、彼にとって最初のミックステープを発表した。そしてつい先日は、ブルックリンの〈トライ・アングル〉レーベルから最初のフィジカル・リリースを果たしている。都内のレコード店では瞬く間に売り切れていたが、うべなるかな、なにせここには新ジャンル"ベースド・ミュージック"の魅力が凝縮されている。
 そう、ベースではなくベースド(based)、ベースド・ミュージック(もしくはベースド・ビーツ)は、もともとはリル・Bが提唱したタームだというが、明確な定義があるわけではない。が、しかしベースドにははっきりとした傾向が見られる。デジタルのカオスから湧き上がったそれは、チョップド・アンド・スクリューのネクスト・レヴェルというか、サンプリングを基調とした実に睡眠的なビート、麻薬的で快楽的なビートに特徴を持ち、ある人が言っていたように「J・ディラの音をヒプナゴジック・ポップのプリズムで濾過したみたい」な音楽なのだ。つまり、USのインディ・ロックの局面で起きていることのヒップホップ・ヴァージョンだという説明もできる。そう、要するに......トロ・イ・モアやウォッシュト・アウトがたまらなく好きな人は、リル・Bの"アイ・スモーク・アイ・ドント・ケア・アバウト・デス(俺は吸う、死なんか気にしちゃいない)"と同じ感性の持ち主だというわけだ(笑)。
 とはいえ、こちらのほうは安っぽいロマンスなど要らないと言わんばかりでもある。ドリーミーというよりはドープで、陶酔的というよは酩酊的だ。ためしにクラムス・カジノの『インストゥルメンタル・ミックステープ』をダウンロードするが良い。ベースド・ミュージックの代表作のひとつであり、それはむせかえるほどに夢想的なヒップホップ・アルバムでもある。また、大胆不敵なことに、アルバムではビョークの"バチェラレット"やアデーレの"ホームタウン・グローリー"といった大物サンプル・ループも使われている。
 いっぽう、素晴らしい賞賛を集めた『インストゥルメンタル・ミックステープ』からおよそ2ヶ月後に12インチ・シングル(ないしはCDシングル)として発表された「レインフォレスト」は、同レーベルのハウ・トゥ・ドレス・ウェルホーリー・アザーといった、いわば幽霊屋敷の薄暗い彷徨へと接近している。ブリアルからの影響を吸収しながら、ゆがんだ景色のなかでリル・Bの陶酔とティム・ヘッカーのアンビエントを往復するというか......オッド・フューチャーと同様の未来のなさゆえの未来を際だたせる1枚である。

 誰かがこう記している。「ヒップホップはいつの時代も伝統の束縛からもっとも素早く逃れていく」......たしかにその通りかもしれない。ソフトウェアによって誰もがより簡単に音楽を作れるこの時代において確実な才能を見極めるのは困難かもしれないが、クラムス・カジノはこのあとも追ってみる価値がありそうである。こんな面白い音楽が無料で聴けるのか思うと、ハードディスク業界ばかりが潤ってしまうのではないかと不安にもなるのだが......。

野田 努