「Dom」と一致するもの

interview with Tim Lawrence - ele-king


アーサー・ラッセル
ニューヨーク、音楽、その大いなる冒険

P‐Vine BOOKs
ティム・ローレンス (著), 野田努 (監修), 山根夏実 (翻訳)

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ラヴ・セイヴス・ザ・デイ 究極のDJ/クラブ・カルチャー史
P‐Vine BOOKs
ティム・ローレンス (著)

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 ティム・ローレンスによる著書『アーサー・ラッセル(原題:Hold On to Your Dreams)』は、意義深い本である。自分が監修しているから言うわけではない。この本が売れようが売れまいが、僕のギャラは変わらない。

 最初出版社のY氏からこの仕事を依頼されたとき、内心「嘘でしょ!」と思った。いくらなんでもアーサー・ラッセル......それは無謀である。職業音楽ライターのあいだでもたいして知られていないし、ただでさえ本が売れないこの時代にアーサー・ラッセルとは......、たしかに偉大なアーティストに違いないが......、僕はY氏に「大丈夫ですか?」と訊き直したほどだった。
 ところがこの仕事に携わり、訳のほうが2章まで進んだ時点で、僕は素晴らしい著書に関われたと感激した。モダン・ラヴァーズの話まで出てくるとは思わなかったし、『アーサー・ラッセル』は、当初僕が想像していたよりもずいぶんスケールの大きな本だった。

 たしかにアーサー・ラッセルは、90年代半ばからゼロ年代にかけて再評価された、というか初めて真っ当に評価されたひとりである。『Wire』やデヴィッド・トゥープ、あるいはジャイルス・ピーターソンや〈ソウル・ジャズ〉レーベルのお陰で、彼の先鋭的なディスコ作品をはじめ、フォークやカントリーの諸作、あるいは意味不明な歌モノとしてあり続けた『ワールド・オブ・エコー』や回転数違いの録音で〈クレプスキュール〉から出されたままだったミニマルの作品『インストゥルメンタル』にいたるまで、ほとんど彼の作品は容易に聴けるようになった。
 と同時にアーサー・ラッセルに対するミステリーはますます高まった。いったいこの男は本当は何をしたかったのか? ディスコなのか? 現代音楽なのか? ロックなのか?

 重要なのはそういうことではない。著者であるティム・ローレンスは、『アーサー・ラッセル』の前には『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』という本で、70年代のニューヨークのディスコの歴史を綴っている。セカンド・サマー・オブ・ラヴに触発された彼は、70年代のニューヨークのディスコのなかに、とくに孤児院で育ったデヴィッド・マンキューソのなかにその理想主義の萌芽を見出している。『アーサー・ラッセル』はそれに続く本である。いくらなんでもアーサー・ラッセル......実は著者でさえ最初はそう思っていたと告白している。果たして需要はあるのかと。が、研究が進むにつれて、そうした懐疑はすべて消去された。それはこの物語がアーサー・ラッセル個人のそれではなく、彼と彼を取り巻く人びと、彼が暮らした都市の共同体的な物語だからである。

ティム・ローレンス(Tim Lawrence)
1967年ロンドン生まれ。1990年から1994年にかけてジャーナリストとして活躍。BBCに勤務しながら大学で学び、サセックス大学で英文学博士号修得。現在、東ロンドン大学で教えながら数多くのダンス・ミュージックのライナーノーツを執筆している。『アーサー・ラッセル』は『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』に続く2冊目の著書。

私の人生は新自由主義的な政策によって形作られたものです。私は著書で、新自由主義的な現在を改めて思い描く方法を模索していますが、それは現在と未来を豊かなものにできるように、それに力強い声を与えることが目的だと言えるでしょう。

あなたの『アーサー・ラッセル(原題:Hold On to Your Dreams)』、とても興味深く読ませていただきました。あなた自身も書いているように、あの本はアーサー・ラッセルという素晴らしい異端者の伝記であると同時に、それだけでは完結し得ない示唆的な内容となっています。おそらくあなたが望んでいるのは、アーサー・ラッセルを神格化することでもなければ、70年代ニューヨークのダウンタウンの文化的コミュニティへのノスタルジーに浸ることでもない。あなたは新自由主義がもたらす競争社会に翻弄されながら生きている私たちに、そうした冷酷な窒息状態を突破できるような可能性を、音楽を通していっしょに考えたいと願っている。そうじゃありませんか?

ティム:私が著書を通して成そうとしていることを雄弁に描写してくださいましたね。しかし厳密に言うと、アメリカで展開され、〈ザ・ロフト〉やさらに広義のダウンタウン・ダンス・ムーヴメントの形成に影を落としたカウンター・カルチャー運動に対する一種の弾圧は、新自由主義の台頭以前にまで遡るものなんです。同時に新自由主義への言及は、私がサッチャー・レーガン時代の申し子であるのと同じくらい正しいものでもあるとも言えます――なぜなら私はマーガレット・サッチャーとロナルド・レーガンが政権をとって間もなく政治を意識するようになり、それ故に私の人生は彼らの新自由主義的な政策によって形作られたものだからです。私は著書で、社会の境目に存在した文化的な歴史を研究することで新自由主義的な現在を改めて思い描く方法を模索していますが、それはその文化的な背景が現在と未来を豊かなものにできるように、それに力強い声を与えることが目的だと言えるでしょう。言い換えれば、歴史的な見地のためだけにそういったものを書くことには興味がないんです。私はそれが私たちの注目に値するから書き、そしてそれが私たちの注目に値するのは、その慣習に深い意義があり、今日的な意味を帯びているからに他ならないのです。

 もちろん〈ザ・ロフト〉やその後継的な〈パラダイス・ガラージ〉などのパーティは、いまでも多くのパーティ主催者、ダンサーやDJにとって非常に大きな意味を持ち続けていますし、デヴィッド・マンキューソもいまだにニューヨークのみならず日本やロンドンで〈ザ・ロフト〉やロフト・スタイルのパーティを主催し続けています。しかしアーサー・ラッセルに関して言えば、彼は表面的にはいち個人ですが、究極的に、彼が個人としての人生を歩むのではなく、飽くなき情熱で多岐にわたる音楽シーンで活動した共同的なミュージシャンだったからこそ私は彼について書きたいと思ったんです。そういった意味では、「アーサー・ラッセル」は反個人的な伝記、もしくは反伝記的な伝記だと言えるでしょう。この本は、ひとりの人間についてではなく、たまたま20世紀後半でもっとも美学的かつ社会的に進んでいると言われたシーンの数々で活動していたひとりのコラボレーターについての物語なのです。またアーサーは彼の時代の遥か先を行ってもいました。彼の音楽とコミュニティのヴィジョンに関して言えば、彼は私たちのまだ先を行っているでしょう。

あなたにとって(そして私たちにとって)考えるうえでの大いなるヒントのひとつ、それをあなたは(そして私たちは)クラブ・カルチャーに求めています。『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』をあなたは、デヴィッド・マンキューソの話からはじめています。また、彼の"生き方"ないしは"やり方"を、クラブ・カルチャーがなしうる最善のもののひとつとして記していると思います。都会で暮らす私たちにとって、あるいはノーマティヴな社会からはじき出された人たちにとって、あるいは競争社会の負け犬たちにとって、クラブ・カルチャーというのは社会的な役目を果たす可能性を大いに秘めているし、あなたはそこに期待しているわけですよね?

ティム:最初に少し訂正させてください。デヴィッドは〈ザ・ロフト〉をクラブとして運営していたわけではありません。プライヴェートなパーティとして主催していたんです。私やみなさんが誕生日を祝うためにパーティを開くように、彼は厳密には自宅でパーティを開催していただけなんです。デヴィッドが山のような煩わしく制限的な規制を守る必要がなかったことを考えると――アルコールを売らないかぎり――その区別はいまも昔も重要です。その結果、〈ザ・ロフト〉は普通のディスコテークやクラブよりも遥かに親密な場所となり、パーティも長く続けることができ、それによって音楽的・肉体的な表現行ための幅も広がった。いっぽうで上手に運営され、強い倫理観を持つクラブは、〈ザ・ロフト〉やそこから派生したヴェニューで培われてきた価値から多くのものを模倣できるのではないでしょうか。

 この質問のより広範な面に関して言えば、まさにその通りだと思います。プライヴェートなパーティや公共のクラブは、人びとが集まって異色の、しかし非常に重要なコミュニティの形態を形成する場を提供しています。近頃ではみんなで集まってグループとしてともに過ごせる場所はますます少なくなりつつあるじゃないですか? 映画館もそういった場を提供しているものの、映画館の観客はとても受け身でしょう。スポーツのイヴェントもひとつの場ですが、こちらは男性主体の傾向が強く、競争に根差したものです。公園も素晴らしい場所だとは思いますが、そこでの社交的な体験はごくまばらです。その他の音楽イヴェントも良いでしょうが、参加者は通常他の観客に対してではなく、出演者に意識を向けます。クラブのようなダンス・スペースはまったく違う何かを提供するもので、その相互作用の形式は非常にダミナミックです。私たちは視覚的な文化が支配する社会で生きていますが、音楽とダンスは私たちに耳を傾け、身体を使うことを促してくれるんです。そしてそれが極めて感情豊かなコミュニティに繋がるのです。

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アーサーは知的な根拠で書かれた音楽よりも情感豊かなものを好んでもいたことから、フィリップ・グラスの作品は評価してもより知性派のスティーヴ・ライヒの作品には親しみを感じなかったようです。

『アーサー・ラッセル』で、あなたは現在のiPod世代の多元主義について言及しています。アーサー・ラッセルは、さまざまなジャンルを越境することのできた人で、それはあらゆる価値が並列された現代の音楽鑑賞の価値観とも重なるかもしれない。しかし、アーサー・ラッセルは、現代の多元主義が陥る退屈な平等性とは正反対の態度で生きていた。つまり、彼には、音楽芸術の善し悪しを判断する彼なりの基準というモノがあったということですよね? あなたなりにアーサー・ラッセルの持っていたその"基準"についてもう少し説明してもらえないでしょうか?

ティム:私がアーサーの代弁をするのは難しいですよ――彼がまだ生きていて自分の言葉で答えてくれたらと願わずにはいられません。ですが私が受けた印象では、アーサーはあらゆる類いの音楽に耳を傾ける人間でしたが、おしなべて優劣がないかのような、無粋な多元主義的なスタンスに陥ることはいっさいありませんでした。アーサーはクラシック音楽からディスコ、ニューウェイヴ、ヒップホップ、フォーク、そして正統派のポップに至るまでの信じられないほど幅広いサウンドにはまっていました。彼はいつもヘッドフォンで音楽を聴きながらダウンタウン・ニューヨークの街を歩き、友人が彼に出くわしてヘッドフォンを借りればアバと同じ確率でモンゴルの喉歌が流れてきたそうです。言い換えれば、彼の好みは折衷的で予測不可能だった。もちろんアーサーがアバのあるトラックを他のトラックよりも気に入っていたとか、モンゴルの喉歌でも特定のスタイルを特に楽しんでいたということはあったでしょう。ですが概して、彼はあまりにもありきたりかつ型にはまりすぎている曲は気に入らなかったし、もしかしたらそれこそが彼がいつでもとても新鮮に響くアバの曲を好んでいた理由だったかもしれません。
 そういった条件以外に、アーサーの仏教的な思想が彼にオープンかつ民主的で肯定的な音楽のスタイルを受け入れさせた。そしてその結果、彼は必要以上に個人主義的な形式や自己中心的な演奏スタイル、そして独善的に複雑な演奏形式に支配された音楽を嫌うようになったのです。同じ価値観が彼にアシッド・ロックやプログレッシヴ・ロックを敬遠させ、けれどより直接的かつ包括的なミニマリスト・ロックを受け入れさせた。
 またアーサーは、彼があまりにも攻撃的で虚無的だと判断していたというノーウェイヴ・ムーヴメントにはいっさい関心を示しませんでした。そして彼のレコーディングのいくつかにはジャズ的な要素も含まれていたものの、その即興者を英雄的な個人として祭り上げる傾向のせいか、彼が心からジャズを受け入れることもありませんでした。
 最後に、アーサーは知的な根拠で書かれた音楽よりも情感豊かなものを好んでもいたことから、フィリップ・グラスの作品は評価してもより知性派のスティーヴ・ライヒの作品には親しみを感じなかったようです。アーサーが好き嫌いの基準のマニフェストを作っていたとかそういうことではありませんが、私が拾い集めることができた基準はこんなところでしょうか。

アーサー・ラッセルの芸術は、言ってしまえば資本主義にとっては決して都合の良いものではありませんでしたが、逆に言えば商業主義の罠にはまっている現代の音楽シーンに対してのひとつの"批評"としてもこの本を書いたのではないかと思います。もしそうであるなら、いまいちど、今日の社会におけるアーサー・ラッセルの芸術 の重要性をその文脈で説明していただけないでしょうか?

ティム:アーサーの音楽には奇妙な緊張感があって、私はそこにも惹かれるんです。その緊張感というのは、アーサーは商業的に成功することを望んでいたけれど、その成功を手にするために自身の音楽的なヴィジョンで譲歩することは決してしたがらなかったという点です。私はこのスタンスが非常に興味深いと思うんですよ。まず、商業的に成功したいというアーサーの願望を私は評価しているんですが、それは彼がエリート主義者ではなかったことを表しています。簡単に言えば、アーサーは物質主義的だったからではなく、できるだけ多くの人に自分の音楽を聞いてもらいたかったから成功したかったのです。その姿勢は、人気が自分の名声に傷をつけたり、望むほど特徴的でいられなくなることを恐れる、自意識過剰的にアヴァンギャルドな作曲家やミュージシャンとは対照的です。つまり私はそんなまどろっこしいやり方には付き合っていられないんですよ。
 でもアーサーの魅力は、より多くの聴衆に聞いてもらいたいという彼のその願望にも関わらず、彼は何度もそのチャンスを逃しているんです。その原因のひとつはマネージャーやレコード会社、そしてときには友人までもがもっと認知されるために彼の守備範囲を狭めようとしたことで、自分の音楽的な自由を何よりも重んじていた彼は、そのアドヴァイスに従うことを頑なに拒否していました。もうひとつには、彼の美学は売り込みが難しいものだったということもあります。アーサーは脱線や予測不可能な要素の導入、それにハイブリッド的な組み合わせの作業を好み、それらはどれひとつとして営業マンを喜ばせる類いのものではありませんでした。アーサーは利益を出すために、もしくはレコード会社が利益を出せるように自身の自由を譲歩することを拒み、その結果困難な状況に陥り、彼が望んだほどの名声を得ることができなかったのですが、まさにそれこそが私たちが今彼の作品を振り返って、その幅と奥深さに感嘆することができる理由なのです。彼は商業的な横やり抜きで音楽を収録する権利を主張し、そのことは当時だけでなくいまも変わらず美しい行為だと思いますね。

インターネットの可能性をどのように考えていますか? 僕はWEBマガジンを主催しています。アクセス数がそれなりにありますし、まだはじめて半年くらいですが、インターネットによってアウトサイダー・ミュージックがより広く伝わる可能性が大きいことも実感しています。それでもアンヴィバレンツな気持ちになるのも事実です。たとえばクラブで踊りながらiPhoneを見ながらTwitterをしているような人たちがいます。すぐ目の前にいる人とコミュニケーションを持つのではなく、どこか遠くにネットで繋がっている人に「つぶやく」というのは、どうにもわからない感性です。あなたはこうした新しいネット時代の状況に関してどんな見解を持っていますか?

ティム:それは壮大な質問ですが、いくつか見解を挙げてみましょうか。本質的に進歩的、もしくは退行的な技術など存在しません。いつだって肝心なのは、いかに私たちがその技術を使うかと、その行為がもたらす影響は何なのか、という点です。私もインターネットは刺激的だと感じていますが、同時にいくつか疑問も抱いています。そもそも私はアーサー・ラッセルの音楽に対する関心の再燃は、多くの面でインターネットの台頭が原因だと考えています。それはファイル共有やダウンロードが人びとのリスニング習慣の大きな変化に貢献したからで、それまでひとつかふたつのジャンルしか聞いていなかったリスナーも、インターネットによってそれがあまりにも容易になったいまではさまざまなサウンドに耳を傾けることが当たり前になっています。同様にそういった幅広いリスニングは、それまでは非常に困難だったであろうやり方で私たちがアーサーの複雑さの全貌を把握する助けとなってくれました。要するに、私たちの鑑賞習慣はついにアーサーの複雑かつ理想主義的な音楽作りのヴィジョンに追いついたのです。
 こういったことは、すべてインターネット主導のいわゆる「ロングテール」の台頭、もしくはそれまで入手できなかったさまざまな無名のアーティストの音楽がアクセスできるようになったいっぽうで、人気の高いアーティストのレコードが以前ほど売れない現在の状況と時を同じくしています。しかしそのいっぽうで、私はリスナーがおよそ聴ける以上の音楽を一心不乱にiPodに詰め込み、その鑑賞体験が持つポテンシャルを損なう低音質のフォーマットでダウンロードするやり方には懐疑的だと言わざるをえません。

 インターネットを介して幅広いサンプルを見つける行為は、一見非常にオープンで進歩的に見えますが、私はこういった行為の根底にある社交性の乏しさにも衝撃を受けているんです。アーサーはハイブリッドなサウンドを作るとき、まず音楽的なコミュニティに入り、そこで人間関係を築きました。その結果、彼の産物はとても有機的で、ある程度の文化的な知識が染み込んだものでもあったのです。しかし手当たりしだいにサウンドに手を伸ばし、コンピュータで音楽を作るミュージシャンに対しては同じことは言えないでしょう。また音楽にアクセスすることとその曲を聴くことのプロセスがあまりにもかい離していて、その音楽の持つ歴史に対する関心も薄く、非社交的であることを考えると、リスナーが自分の聴いている音楽についてどれだけ理解しているのか疑問に思うこともあります。事実、iPodで音楽を聴くことは多くの点において孤立的な体験なのです。私は個人的には「オープン」で「空間を漂う」音楽を聴くほうが、物理的・社交的な相互作用を促すことができて好きですね。Facebookやなんかの交流も良いとは思いますが、友だちと同じ部屋で過ごすことの代わりにはなりませんよ。いちばん良いのは、一種のバランスが取れることでしょうか。インターネットが多くの人に音楽の興奮を伝え――これはもう明らかにそうなっていますが――そしてその人たちがそこから社交的な輪のなかで、良いオーディオを使って音楽を聴けるようになること、ですね。

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それまでアーティストやミュージシャンたちが片手間の仕事で生計を立てていたのに対して、1980年代中盤以降、彼らは自分の芸術でお金を稼ぐことをより真剣に考えざるを得なくなったんです。

東京もそうですが、いま都市は監視下におかれ、また、商業施設の増設や地上げにも遭い、70年代前半のダウンタウンのようなコミュニティは作りづらくなっていると思います。ニューヨークはジュリアーニ市長の浄化政策が有名ですが、東京も石原都知事以降、街には荷物検査をする警察が目に付くようになりました。それでも都市は、いまはまだ、さまざまな人びとが交錯する猥雑な場所としてあります。とはいえ、近い将来、さらに監視が厳しくなる可能性もあります。そういった現在の厳しさを踏まえたうえで、それでも70年代前半のダウンタウンのなかに"現在でも通用する希望"があるとしたら、それは何だと思いますか?

ティム:以前よりもパーティーやニッチな観客――もっと具体的に言えばあまりお金を持っていない観客――相手の音楽イヴェントが開催しにくくなっているという点は、まさにその通りだと思います。監視についても同意見で、ニューヨークやロンドン、東京といった大都市での地価の高騰がその状況をさらに悪化させている点も付け加えさせてください。
 ダウンタウン・ニューヨークは、1970年代から1980年代前半にかけて物価があまりにも安かったからこそ、社会的にも美学的にも進んだコミュニティを数多く生み出しました。軽工業の転出によってある集中的な期間に不要なスペースが山ほど出て、またほぼときを同じくして市が財政破たんしたことから、家賃や地価がさらに下がったのです。この流れのおかげでミュージシャン、芸術家、作家、映像作家、そして現代舞踊家たちはただ同然でこの地域で生活し、コラボレートできるようになり、同時にこのスペースをクリエイティヴに使うことに熱心だった実業家はこれまでにない機会を享受していました。音楽のことだけを考えて暮らせる、その結果は驚異的なものでした。この時代に現代ダンス音楽文化が台頭し、パンク、ニューウェイヴ、ノーウェイヴが出現し、そしてミニマル的な現代音楽も発展を遂げました。同時期にロフト・スペースではフリー・ジャズが繁栄し続け、ヒップホップはダウンタウンにおける重要な足がかりをロキシーに築きました。

 ニューヨークは1980年なかば以降生産的かつ創造的であり続けていますが、その生産性と創造性の度合いは、ウォール街の市場が飛躍的に上昇して以来、地価が天井知らずに高騰し、困窮しているアーティストが上がり続ける物価に折り合いをつけられなくなってきたことで著しく減退しています。それまでアーティストやミュージシャンたちが片手間の仕事で生計を立てていたのに対して、1980年代中盤以降、彼らは自分の芸術でお金を稼ぐことをより真剣に考えざるを得なくなったんです。そしてそれは芸術作品を作ることのコンテクスト、そして芸術そのもののコンテクストすら変化しはじめたことを意味しています。ですがデヴィッド・マンキューソ――わかりやすい例として――が実質的には非営利とはいえ、そしてそれ故にそれだけで生計を立てていけるわけではないパーティをいまでも市内で開催できていることを考えると興味深いですね。
 また多くのアーティストやミュージシャンがニューヨークやそれと同等に物価の高い都市から比較的安いスペースがあるベルリンに向けて去ったことも面白い点だと思います。その結果、この20年間ベルリンでは創作的なルネッサンスが到来していて、いまだ衰える兆しは見えません。物価は高いものの、ロンドンも力強いアートと音楽シーンを擁しています。ウェストエンドやロンドン西部には大して何もないのですが、ショアディッチやハックニー、ベスナル・グリーンにダルストンといった東側は活発に動いています。こういったエリアでも地価は上がっていますが、みんなどうにかしてやりたいことをやり続ける術をみつけているようです。その創作し、コミュニティを作るという決意は驚くほど柔軟であると同時に、楽観的な気持ちの源でもあります。

ザ・キッチンの素晴らしかった点について、あなたなりの意見を教えてください。

ティム:ザ・キッチンは芸術的・音楽的な自由のための重要なスペースであり、いろいろな意味で1960年代の終わりのカウンター・カルチャー運動の――公民権デモ参加者、ゲイやレズビアンの活動家、そして男女同権主義者や反戦運動家、ヒッピーや学生が多くの国の抑圧的な政策に抗議しはじめた時間の産物です。ザ・キッチンは、若い作曲家が彼らにセリー主義か新古典主義の枠組みの中で作曲することを強いた楽壇に対して反発する場となったんです。そういった狭い規範に反抗するために、作曲家たちはジョン・ケージのような作曲家の急進的な手法を基に成長することを試み、時代に合わせた形でそれを実行しました。いわく、新しい楽器編成を試し、聴衆に訴えかける音楽を作ろうとし、インド、アフリカ、インドネシアなどの民族音楽学的なサウンドに取り組んだのです。
 当初この運動から出現した音楽はミニマリズムと称されましたが、すぐにそこから生み出されるサウンドの幅にはミニマリズムという言葉は限定的すぎることが判明し、ザ・キッチンやエクスペリメンタル・インターメディア・ファウンデーションなどのスペースを中心に形成された作曲コミュニティは、その年代の終盤には自分たちの音楽を"ニュー・ミュージック"と称するようになりました。
 アーサー・ラッセルは自身の音楽監督としての任期中にプレパンク・バンドのモダン・ラヴァーズを招く決定を下し、その翌年にはトーキング・ヘッズにそこで演奏するよう手配したことでザ・キッチンの裾野を広げた非常に重要な人物です。音楽監督の椅子をアーサーから引き継いだガレット・リストは幅広いジャズ志向のグループにザ・キッチンで演奏させて同会場の人種的な間口を広げましたし、リストの後にはリース・チャタムがこのスペースで作曲的なノーウェイヴのサウンドを築く助けをしました。
 要するに、現代音楽の構成要素の定義は極めて短期間で引っかき回されてもっとずっと幅広い音楽が入ってきたんです。とはいえザ・キッチンの寛容さにも限界がありましたし、アーサーの管弦楽的なディスコがそれほど熱狂的な反応をえられなかった時には彼も動揺していたと聞きましたが、それでもあの曲があそこで演奏され、その後間もなくヒップホップも舞台に上がったという事実そのものが、ザ・キッチンが他の現代音楽や非現代音楽系のヴェニューに比べて音の実験やハイブリッド性に寛容だったことを証明していると思います。

『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』や『アーサー・ラッセル』のような本を出してみて、あなたにとってどんな嬉しいリアクションがありましたか?

ティム:反響はかなり大きく、非常に実り多いものでした。たくさんの好意的なレヴューもいただきましたし、何よりもこの本が学術的な読者とそうでない読者のどちらにも等しく訴えかけたことが嬉しかったです。最初からそういう本にしたいと思っていたので。なんだかんだ言っても私はジャーナリズムの出身で、昔からできるだけ多くの人びとに伝えたいと思っていたのですが、それと同時に一般的なジャーナリズムの形式には完全に満たされた気がしなくて、それで前々からもっと発展的かつ専門的で分析的な仕事をしてみたいと考えていたんです。
 個人の読者の反応は書評よりもさらに嬉しいものでした。何人もの方々が『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』や『アーサー・ラッセル』が彼らの初めてまともに読んだ本で、しかも1週間かそこらで読破してしまったという話をメールに書いてくれたり、直接伝えてくれたりしたんです。これには思わず息をのみましたね。何せどちらも普通の本ではありませんから――重くて、ひどく分析的な部分もある、相当に長い本じゃないですか。ですがあの2冊はどちらも多くの人びとが本当に熱中し、今でも大切にしたいと願い続ける文化的瞬間に強く訴えかけたんです。この2冊の取材をして、そのシーンの数々を支えた多くの素晴らしい人たちに出会えたことを非常に光栄に思います。彼らの物語は語られるべきものでしたが、その物語の語り手になれた私は本当に幸運です。

あなた個人がもっとも好きなアーサー・ラッセルの曲はなんですか? またはその理由も教えてください。


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ティム:それは間違いなく"Go Bang"でしょう。あとは"Platform on the Ocean"に、『World of Echo』のアルバム、"This Is How We Walk On the Moon"もですし、"Kiss Me Again"も......。正直たくさんありすぎてきりがありませんし、アーサーのいちばん重要な要素は彼が複数の美学をまたいで活動したことだと考えると、1枚のレコードだけを選び出すのはほとんど不適切だとすら感じられます。ですが1枚だけを選ばなければならないとしたら、それは絶対に"Go Bang"、もしくは"Go Bang"のふたつの主だったヴァージョン――アルバム・ヴァージョンとフランソワ・ケヴォーキアンによる12インチ・リミックス――でしょう。私にアーサー・ラッセルについて書きたいと思わせたのはこのレコードで、初めてこの曲を聴いたときには内心で「こんなレコードを作れるなんていったい何者なんだ?」と考えましたよ。このレコードには無数の要素が含まれていて――現代音楽、ロック、R&B、ジャズ、そしてもちろんディスコ――それらがすべてひとつにより合わされた後に接続された二台の24トラック・テープレコーダーを介して細切れにされているんです。
 またこのレコードには素晴らしい演奏家たちが参加しているじゃないですか。トロンボーンにピーター・ズモ、サックスにピーター・ゴードン、キーボードとヴォーカルにジュリアス・イーストマン、同じくヴォーカルにジル・クレセン(アルバム・ヴァージョン)、そしてドラム、ベース、リズム・ギターにはイングラム兄弟。アーサーは彼らがジャムして自由に表現するよう背中を押し、また大胆にもリスクを冒して普段は決してしないことをするよう推奨しました――ですからローラ・ブランクはクレイジーな声で、ジュリアス・イーストマンはまるでオルガズムを経験しているような声で歌うなど、枚挙に暇がないわけです。〈ザ・ロフト〉のダンサーたちに歌手やパーカッションとして参加するよう誘うという決定も同じく抜きん出ていて、トラックの世俗的なエネルギーにひと役買っています。
 それに加えてあの不朽のヴォーカル、「I want to see all my friends at once go bang」ですよ。これほど的確に私たちが踊りに行く理由を言い当てた人間は他にいないのではないでしょうか。リミックスに関して言えば、見事のひと言に尽きると思います――フランソワは曲のダイナミクスを簡略化して、最高潮の瞬間を強調しています。デヴィッド・マンキューソはいまでもこのレコードのどちらものヴァージョンをかけていますし、ラリー・レヴァンはこのトラックが彼のいちばんのお気に入りだと言っていたそうです。何の不思議もないと思いますよ。

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アーサーは、世界を簡単に変えられる方法など存在しないということに気づき、さほど壮大ではない目標を掲げ、それに応じて人びとがコラボレートし、お互いを求めあい、創造的であれる一端を築こうとしました。

アーサー・ラッセルが海辺でフィールド・レコーディングしている写真がとても印象的です。海は彼にとって特別な場所だったのでしょうね。彼の音楽のほとんどが都会的ですが、あなたが彼の音楽のなかに海を感じる作品があるとしたらどの曲ですか?

ティム:伝記でもかなり詳細にわたって書いたように、アーサーは水辺を愛していました。彼は海なし州のアイオワで育ち、その結果彼にとって水はとても魅惑的なものだったんです。なかには「Let's Go Swimming」や「Platform on the Ocean」のように直接的に水に言及しているレコードもありますが、流れや逆流による流動的な美学を作り上げているレコードはもっとたくさんあるんですよ。ですがアーサーの音楽の多くがとても都会的に聞こえるとおっしゃるのはまさにその通りで、彼自身ボーイフレンドのひとりに、ジョン・ケージの作品も都会で生活しながら作曲されていればまったく違うものになっていただろうと話していたそうです。究極的には、アーサーはさまざまな環境に影響を受けた音楽家でした。彼の音楽からはアイオワ州のなだらかな平原も聞き取れますし、サンフランシスコに住んでいたときには、彼と友人たちはギターやその他の楽器を携えて何日も山のなかでハイキングして過ごしたそうです。アーサーはこの世界の多種多様な神秘を体験し、その素晴らしさを自身の音楽に表現しようとしていたんです。

いま世界はとても不安定な状態になっています。とくにここ10年は、さまざまな都市でデモや抗議運動が起きています。また、いまや国家よりも大企業のほうが力を持つようになってしまいました。こうした新しい世界においても音楽は貴重な気休めや娯楽として機能すると思いますが、もし音楽に娯楽以上のものを望むとしたら、あなたは願わくば音楽にどうなって欲しいと思いますか?

ティム:まずはじめに、「たんなる娯楽」はさほど悪いスタートラインではないと私は思うんですよ。音楽が厳しい環境のなかでの楽しみや気休めを与えてくれるのであれば、それはとてつもなく重要なことです。でも私は音楽にはそれ以上のことが――人と人を結びつけて、進歩する新しいコミュニティを作ることができるとも思っています。1970年代のニューヨークではそれが非常に顕著で、それはいまでも続いています。緊密で進歩的なコミュニティの形成では不充分だと言われる方もいるでしょうが、アーサーはカウンター・カルチャー運動の時代を生き、それが掲げた途方もなく野心的な目標の多くを達成し損ねた様をその目で見ているんです。アーサーとその友人たちは、世界を簡単に変えられる方法など存在しないということに気づき、さほど壮大ではない目標を掲げ、それに応じて単純に進歩主義の重要な一端を――人びとがコラボレートし、お互いを求めあい、創造的であれる一端を築こうとしました。私はそういう一端が後にそれに触れる人びとに大きな影響を与え、より進歩主義的な未来の礎を築いてくれるものだと固く信じています。
 押し潰されたい人間なんてどこにもいません、みんな喜びや機会に溢れた人生を生きたいと願っているのです。そして人間は音楽のなかにこそ他の社会の面影を見出すことができるのだと思います。

ちなみにあなた個人は、どのようにクラブ・カルチャーと出会い、どのようにその世界の思索者となったのですか?

ティム:私は小さな子供のころから踊るのが好きでした。大学時代は政治にのめりこんでいたのですが、ある夏地元に帰らずにアルバイトをして過ごしたことがあって、その年が偶然にもセカンド・サマー・オブ・ラヴだったんです。私はマンチェスターでハウス・ミュージックが爆発していたときに、幸運にも水曜日の夜に〈ハシエンダ〉に行く機会に恵まれ、その体験は一生忘れられないものとなりました。それが私が初めてハウス・ミュージックを聴いたときだったんですが、私が以前から聞きたいと願っていた音楽――濃厚なまでにリズミカルで肉体的でありながら、同時に知的で概念的な音楽であるように響きました。結局私はその瞬間からダンス・シーンにはまったわけではないんですけどね。私は結構世間知らずで、夜遊びにはまっていた友人もなかったんですよ。
 ですがロンドンに戻って記者として働くようになると、政治家の友だちがレイヴ・カルチャーを紹介してくれて、少しのあいだそっちに激しく熱中していたのですが、その後同じ友人がDJがニューヨーク発のダブっぽい、ジャズっぽい、ソウルフルなハウス・ミュージックを流す〈ガーデニング・クラブ〉のフィール・リアル・ナイトに連れていってくれたんです。〈ガーデニング・クラブ〉でルイ・ヴェガの演奏を聴いたそのときが、私がニューヨークに移住したいと思った瞬間だったと思います。
 結局私は1994年に向こうに移り住み、2年間ほどルイが毎週水曜日の夜にサウンド・ファクトリー・バーでプレイするのを聴いた後に、『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』を書きはじめました。当初私は1985年から現在に至るまでについての本を書く予定だったんですが、その後紹介されたデヴィッド・マンキューソに、1970年まで遡る必要があると言われてしまって。当時私はそこまで遡ることに消極的だったのですが、すぐに〈スタジオ54〉と『サタデー・ナイト・フィーヴァー』を中心とした1970年代の主流な記述をおさらいする必要があることが判明しました。結局私はデヴィッドと〈ザ・ロフト〉、そして多くの刺激的なDJやヴェニューの物語に夢中になって丸々一冊を1970年代に割いてしまいましたが、それについては欠片ほども後悔していません。

いまでもクラブに踊りに行くんですか?

ティム:ええ、最近は少し足が遠のいてしまっていますけどね。正直言って、私はいまでもニューヨークで踊るのが他のどこで踊るよりも好きで、あちらに取材に行ったときには集中的に踊りに行きます。〈ザ・ロフト〉、〈シエロ〉のフランソワ・ケヴォーキアン・ディープ・スペース・ナイト、ダニー・クリヴィットの718セッション、〈サリヴァン・ルーム〉のリベーション、他にもいろいろな場所に顔を出します。
 ロンドンでは、デヴィッド・マンキューソに協力している関係で縁のある〈ザ・ライト〉のお世話になりっぱなしです。ここのサウンドシステムは本当にずば抜けていて、音楽も多彩で雰囲気もものすごく力強いから、他の店に行ってまったくがっかりしないというのはちょっと難しいんですよ。でも頻繁に素晴らしいパーティをやってくれる〈プラスティック・ピープル〉の近くに住んでいられたのは幸運だと思っていますし、ドラムンベースとダブステップの夜をもっと覗いてみたいですね。私には幼い娘がふたりいて、あの子たちのために朝起きてあげたいと思っているのですが、ふたりともぐんぐん育っていますし、私の踊りたい病もまだ治まってはいないので、近い将来にはまた頻繁に踊りに行くようになるんじゃないかと思います。

緻密に設計されたサウンドシステム、素晴らしいDJ、ぶっ飛んだ客......ただそれだけでクラブ・カルチャーを評価してしまう風潮にあなたは逆らっているとも言えますよね? いまクラブ・カルチャーから失われているモノがあるとしたら、あなたの言葉で言えば"愛"だと思います。なんで"愛"は失われてしまったのでしょうか? そして私たちはどのようにして"愛"を回復したらのいいのだと思いますか?

ティム:愛で満たされるには社交的な環境が整っていないから、踊りに行ってもバウンサーに凄まれたり、水を1本買うためだけに法外な価格を要求されたりするじゃないですか。それは思いやりのある環境ではないから、人がダンスフロアで横柄に、身勝手に、そして強引に振る舞うことを助長するのです。この風潮を変えるのは容易なことではないでしょうが、デヴィッドとともに仕事をした経験は、かなりのお手頃価格でも進歩的かつオープンでフレンドリーなセットアップを作れることを教えてくれました。
 ロンドンのパーティで、私たちは素晴らしいビュッフェを用意し、ドアも歓迎してくれる入りやすい場所であるように気をつけ、パーティの最初の2時間は子供やその保護者も無料で入れるようにして部屋を風船で飾り、サウンドシステムには最大限の予算を割き、フロアも清潔で濡れていないよう注意し、デヴィッドが多様な音楽をかける後押しをし、音量を100dB強に抑えることで社交的交流を促しながら人びとの耳にも配慮しています。その成果は、私たちのところで踊ったことのある人間なら誰の目にも明らかです。雰囲気は非常にフレンドリーでオープンで、誰もが信じられないくらい激しく踊り、ダンサーはその夜の終わりには変容的な何かの体験した感覚とともに残されるのです。こういったパーティには相当量の労力と極めて高いやる気が必要ですが、それが普通ではいけない理由なんてどこにもないじゃないですか。もしそれができるなら、あなたが"愛"と呼ぶものも自然に流れるようになるでしょう。

次に書きたいと思っているテーマがあれば教えてください。

ティム:実はもう次の本に着手していて、『Life and Death on the New York Dance Floor: A History, 1980-84(ニューヨーク・ダンスフロアにおける生と死 1980-84年の歴史)』と仮題された内容になっています。実質的に、この本はアーサーの伝記というプリズムを通して振り返る『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』の延長線上にあると言えます。それというのも、ダウンタウンのダンスシーンは1980年から84年にかけて、明らかにより折衷的になるからです。〈ザ・ロフト〉や〈パラダイス・ガラージ〉などのパーティは1980年から84年の間もまだまだ繁盛していましたが、同時期にロック、ダブ、それにヒップホップもダンスシーンと相互作用しはじめたことで、当時の状況は非常に複雑で、ぶっちゃけとても素晴らしく、刺激的になったんです。
 当初私はこの本を〈ガラージ〉が廃業した1987年、もしくは〈ザ・セイント〉が閉店した1988年まで進めるつもりだったのですが、1980年から84年はあまりにも豊かで難解であることが判明したので、1987年/88年まで持って行くことは無理だと諦めざるを得なかったんです。現時点では、この本はそれ自体がすでに膨大な『ラヴ・セイヴス・ザ・デイ』の倍の長さになりつつあるので、今後かなり真剣に編集しなければいけなくなりそうです。ですがもっとも大切なことは、あの歴史的な瞬間が本当に圧倒的なものであったという点なので、その時代について書くネタがないよりは多すぎる情報に四苦八苦する状況のほうを私は選びますね。自分が信じていない時代について本を書けるとは思えないんですよ。正直言って、このプロジェクトには本当に興奮しています。たまにこの本の作業がまったくできない日もあるんですが、そんなときは本当に辛いですよ。

Chart by ZERO 2010.06.18 - ele-king

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1

UNTOLD

UNTOLD I CAN'T STOP THIS FEELING / ANACONDA HESSLE AUDIO / UK / 2009.05 »COMMENT GET MUSIC
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5月のDBSプレゼンツDUBSTEP WARZに出演したLOEFAHが口にしていた(『ele-king』掲載のインタヴューも必読!)"POST-DUBSTEP"を、ZEROの視点を交えて10枚だけ紹介します。"GET MUSIC"リンク先からコメントを読むこともできます。6月22日の「DUBSTEP会議#2@DOMMUE」に向けて、サラリと予習的に......。

2

ADDISON GROOVE

ADDISON GROOVE FOOTCRAB / DUMBSH*T SWAMP81 / UK / 2010.03 »COMMENT GET MUSIC
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3

RAMADANMAN

RAMADANMAN GLUT / TEMPEST HEMLOCK / UK / 2010.05 »COMMENT GET MUSIC
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4

INSTRA:MENTAL / SKREAM

INSTRA:MENTAL / SKREAM NO FUTURE (SKREAMIX) / MINIMALISTIX NONPLUS / UK / 2009.12 »COMMENT GET MUSIC
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5

COSMIN TRG

COSMIN TRG NOW YOU KNOW TEMPA / UK / 2010.03 »COMMENT GET MUSIC
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6

HYETAL & SHORTSTUFF

HYETAL & SHORTSTUFF DON'T SLEEP / ICE CREAM PUNCH DRUNK / UK / 2010.01 »COMMENT GET MUSIC
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7

BRACKLES

BRACKLES 6AM EL GORDOS BRAINMATH / UK / 2010.05 »COMMENT GET MUSIC
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8

GREENA - TENZADO

GREENA - TENZADO ACTUAL PAIN APPLE PIPS / UK / 2009.12 »COMMENT GET MUSIC
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9

MOUNT KIMBIE

MOUNT KIMBIE SKETCH ON GLASS HOTFLUSH / UK / 2009.08 »COMMENT GET MUSIC
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10

D1

D1 JUS BUSINESS / PITCHER DUB POLICE / UK / 2010.02 »COMMENT GET MUSIC
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#5:チューリップと自由 - ele-king


こだま和文
空をあおいで
K&Bパブリッシャーズ

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 「だめになるものは、だめになればいい、というのは、だめなもの、だめな関係、嘘なものを取りつくろいながら先送りして、結果だめになるまでの時間を引きのばして生きていてもつまらないから、思い切ることだ」――こだま和文は最近上梓した著書『空をあおいで』のなかで、興味深い勇気づけ方をしている。「とにかく、ひとつひとつあきらめることだ。(中略)とことん自由になるためにもっとあきらめることだ」
 「あきらめる」を「削ぎ落とす」という言葉に置き換えると、この希代のダブ・トランペッターの思想がジャマイカの音楽とリンクしていることがわかる。削ぎ落とす美学はダブである。
 
 こだま和文において、とにかく僕が最初に強烈に引きこまれたのは、ミュート・ビートのデビュー・アルバム『Flower』(1987年)のアートワークだった。それはレゲエのアルバムらしからぬ写真とデザインで、部屋に飾って何度眺めても飽きることのない不思議な力を持ったアートワークだ。滲んだように鮮烈な赤、深く沈んだ濃い緑、それはレゲエが好む色彩感覚とはどこか違う。
 何よりもチューリップだ。この花は言うまでもなく魅惑的であるが、キングストンのサウンドシステムと似合うとは思えない。が、こだま和文はカリブ海の熱帯気候においてはどこか場違いに見えるチューリップを差し出すのである。
 レゲエに何かほかのイメージを重ねる表現者は他にもいる。ザ・クラッシュやアンドリュー・ウェザオールはロンドンの不良少年の夢をオフビートに重ね合わせ、ベルリンのベーシック・チャンネルはダブにおけるミニマリズムの美学を極端なまでに強調した。どちらも当初は画期的だった。が、いまとなってはだが......わかりやすいと言えばわかりやすい。ルードボーイとパンクとのコンビネーションにいたっては、もはや定番のひとつである。
 それを思えばこだま和文は、レゲエから連想されるであろう"美"において、控え目に、しかし実は大胆な提案をしているように見える。チューリップの似合うレゲエ、いまだ新鮮な組み合わせである。なんというか、チューリップとレゲエが出会うとき、愛だけがとめどなく溢れだし、そして世界はいっきに広がるようだ。あるいはまた、こだま和文のチューリップは、輸入文化であるレゲエをこの国の土壌に落とし込もうとする最初の衝動でもあった。そう考えれば、チューリップはフィッシュマンズやリトル・テンポといったこの国の"レゲエ"独自の抒情性を準備したとも言える。
 
 どうしても知りたいことがあった。なぜこだま和文がレゲエを選んだのかという理由だ。彼の尽き果てることのないペシミズム(もしくは酒飲みの愚痴とも言う)が、ジャズやロックではなくなぜレゲエと接続したのかという理由である。『空をあおいで』を読みながら、あらためてそれを知る。
 答えは"自由"だ。こだま和文は、レゲエという音楽のなかにラディカルな"自由"を聴き取っている。幸いなことにその感覚をわれわれ――日本という名で呼ばれる国で生まれその文化圏内で暮らすわれわれは理解できる。レゲエから聴こえる"自由"とは、制度(ジャマイカ人の言葉を使えば"システム")からの自由でもあり、場合によっては法からの自由でもある(ジャマイカにおいて大麻は非合法である)。またルーツ・レゲエがよく使う「I & I」という主語からも見える自由である。「私と私」――主語が複数であることの素晴らしさ、松村正人の文体とは正反対の、「私」の否定。

 およそ1ヶ月ほど前、『アンチ・オイディプスの使用マニュアル』(水声社)という本を読んだ。冒頭において著者であるステファヌ・ナドーはアルチュール・ランボーの有名な言葉「私とはひとりの他者である」――を持ち出す。「私とは実はいないのである」という発想だ。なぜなら「私」とは誰かによって勝手に作られたモノだからである。「私」はレゲエ好きだからドレッドにしてラスタカラーを着込んで田舎に住む、という「私」――まあ、いまどき本当にそんな人がいたらギャグか本気ですごいかのどっちかだろうけれど。
 要するに、サラリーマンという「私」のためのライフスタイル。主婦という「私」のための服装。いつの間にかコースが決められている「私」。「私」が「私」を意識したときの息苦しさ――19世紀の詩人は「私」の窮屈から解放されたいという願いを、「酩酊船」なる長い詩に託している。実際の話、「私」なんていない――と想像すると気が楽になった気になる。酒をたんまり飲んで喋りすぎた翌朝の、世にも地獄の鬱状態においては、ひたすら繰り返すことだ。「私」などいないと。
 こだま和文は「私」からの自由を目論む者のひとりでもある。旅行に行ったところで「自分」がなくなるわけではない。彼はそう考える。
 
 『空をあおいで』の装丁には携帯電話が描かれている。素晴らしい自由を与えられたかのように、人はコンピュータを所有し、携帯電話を肩身はなさずに歩いている。牢獄のように小綺麗な部屋から一歩も出ることなく、せこい話かもしれないが、携帯電話の料金を気にしながら生きている。なんだか巧妙な手口で自由が奪われているように思うことがある。
 こだま和文は本書において自由になるために繰り返し思索する。そしてところどころで彼なりの考えをぶつける。「がまんするのではなく、あきらめるのだ。ただし自分や他人を傷つけることなく、息苦しくなる原因をひとつずつあきらめて、自由を獲得したいものだ。自由を得るため不必要ながまんをせずに、持てあます情報を見極めて、あきらめる。あきらめても、あきらめても、あきらめきれない強いものがみえてくるはずだ」
 『空をあおいで』はいくつもの短いエッセイで構成されている。『すばる』での連載をはじめ、いくつかの雑誌に寄稿した原稿、1996年に出版されたエッセイ集『ノート・その日その日』からも何本か選ばれ、1993年に出版された幼少期の自伝『スティルエコー』も再収録されている。
 
 こだま和文は僕の世代にとってヒーローのひとりである。若い頃、僕たちはじゃがたらと同じようにミュート・ビートに憧れた。彼は英雄で、憧れだった。いや、もちろんいまでも......そうである。
 こだま和文に対して「こだまさ~ん、飲みましょうよ!」などと軽口をきけるような関係ではなかった頃、というかまだ口をきいたことすらなかった頃、僕は銀座線の青山一丁目の駅構内でその後ろ姿を見ている。まるでゲリラ兵士のような出で立ちで(どう考えても目立つよな、あれは)、肩からさげていたトランペットのケースは迷彩模様だった。「うぉ、やべー、こだま和文じゃん、どうしよう、声かけようか」――結局、僕は声をかける勇気が持てなかったのだが、あとになってそのときのトランペットのケースの迷彩模様がビニールテープを丁寧に貼り合わせた手製のものであったことがわかって、僕はひとしきり感動したものだった。「さすがこだまさんだ」、そう思った。手作りの器用にデザインされたそのケースは、僕のなかでは『Flower』のチューリップに繋がるのである。それらは豊かさのなかでゆっくりと衰弱していくわれわれの生活に釘を刺す。
 
 こだま和文の作品ではいちばん好きなのは『Quiet Reggae』(1992年)、続いて『Stars』(2000年)、その次が『Dread Beat In Tokyo』(1996年)で、近作では『IN THE STUDIO』(2005年)が気に入っている。そして今回の『空をあおいで』では、「あり合わせ、日々の暮らし」というエッセイがいちばん好きだ。
 「好きな食べ物は何ですか」と聞かれたら「あり合わせの飯」と答えようか――こんな書き出しではじまるこの文章をこれ以上引用するのは止めておこう。こだま和文の"自由"の思想はこの「あり合わせ、日々の暮らし」で実にうまく表現されている。もし、まわりに元気のない友だちがいたらこれを読ませてあげるとよい。仕事がなかなか決まらずに、持つ必要のない劣等感を持たされている友だちがいたら、人生のどん底でもがき苦しんでいる友だちがいたら読んで聴かせてあげよう。できれば平日の昼間、青空の下が望ましい。この手に負えないペシミストの話は、おかしなくらいわれわれを勇気づけるのである。

interview with iLL - ele-king

 広尾の〈DOMMUNE〉のうえにある〈SUPERCORE〉という、このエリアに似つかわしくない怪しげなカフェで(入口にはスターリンの『虫』とプライマルの『スクリーマデリカ』が飾られている)、ここ最近はよくビールを飲んでいる。オーナーご自慢のカップに注がれた生ビールは格別に美味しい。

 明るい店内にはつねに音楽が流れているが、それは実はナカコーの選曲によるものだそうだ。実際、そのカフェで何度かナカコーを姿を見かけている。この、青森からやって来たサイケデリック・ロックの使者は、いわゆる猫背なので、すこしばかり酔っていると、ホントにネコと見間違えてしまう。彼の実験的なエレクトロニック・ミュージックのプロジェクトの名前を思いだそう。ニャントラ――である。

 これだけ世のなかが"健康"と"明るさ"ですべてを包み込もうとしている時代において、青森からやって来たニャントラは、その真逆の"iLL"なる言葉を自分のプロジェクトの名前に選んで、しぶとく活動している。かつてスーパーカーとして宇宙誕生の瞬間まで見てしまったであろうこの男は......iLLとして試行錯誤を繰り返しながら、彼のロック・サウンドを探求している。カフェから流れる音楽――ミニマル・テクノ、ヴェルヴェッツ、ザ・XX、あるいはビートルズやロキシー・ミュージック等々――は、ニャントラの毎日のサウンドトラックようである。


iLL / Turn a
Ki/oon

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 iLLは今回、ある意味では無茶なことをやっている。アルバム1枚をいろんなミュージシャン/DJとのコラボレーションによって作るというものだ。アルバムには、山本精一+勝井祐二、向井秀徳、POLYSICS、ALTZ、Base Ball Bear、DAZZ Y DJ NOBU、the telephones、MEG、RYUKYUDISKO、moodman、ABRAHAM CROSS、aco、ASIAN KUNG-FU GENERATION、clammbon......が参加している。このリストを見ても、ほとんどすべての人がいったい何のことなのか想像がつかないだろう。サイケデリックなニャントラは、いったい何を考えているのだろうか。

 〈SUPERCORE〉でナカコーと会った。

聴く前から、もうイメージで聴かないという人が多いでしょ。まずは聴いて欲しい......というのがありますけどね。知らないっていうだけで、価値のないモノとされるような感じはあんま好きじゃないので。ああいうモノもあるけど、別のモノもある、それは面白いけどな。

じゃあ、今日は夢のある話をしてもらいましょうか。

ナカコー:はははは。

やっぱ夢がないとね(笑)。

ナカコー:はははは。

何度も訊かれているだろうけど......、なんでこんな企画を考えたの?

ナカコー:段階があるんだけど、まずはやったことがないことをやろうと。それで、コラボ・アルバムはやったことがないと。最初はそこ。

なんでコラボ・アルバムを?

ナカコー:自分と日本のミュージシャンとの距離感というのがずっとあったから。てか、自分のなかにそれがあったから。一歩引いた目で見ていたというか。だから、コラボをやれば、逆にお客さん的な目線で作品を作れる。

そうなんだ?

ナカコー:それは面白いかなと。新鮮だし。

言い方悪いけど、他力本願というか。

ナカコー:はははは。そうだね(笑)。

DJ的とも言えるよね(笑)。

ナカコー:はははは、そうだね。

なるほどねー。自分がいままで距離を感じていたっていうのは、どういうこと?

ナカコー:いや、もともと邦楽あんまり聴かないから。アンダーグラウンドなものやオルタナなものは聴いてたけど、日本のポップスとかロックはそんなに聴いていないからね。バンド付き合いもあるわけじゃないし。だから、それを実際に経験してみようと。自分はやっぱ、日本の音楽の場所にいるわけだし、だけど、そこをいままであんまり見てなかったからね。自分と同じところでやっている人たちがどんな風に考えているのか知りたかったというのもあるし......そこは大きかったかな。

で、知ることはできた?

ナカコー:うん、できたかも。ある程度は。

それは夢のある話だった?

ナカコー:夢があるかどうか知らないけど、良い経験だったけど。良い気分転換だったし。

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会ったこともない人といっしょにやるのがスリリングなんですよ。向井くんとも会ったことなかったし、ポリシックスにも会ったことなかったし。ベースボールベアーも、ノブくんも、アジカンも、クラムボンも......ほとんど会ったことがなかった。

いろんな日本のミュージシャンやDJとコラボして、良かったところは何ですか?

ナカコー:やる前に、自分はきっと柔軟に違いないと思っていたんだけど、実際にやってみて柔軟だった。

はははは。なにそれ?

ナカコー:ちゃんと相手に合わせることができる。チューニングができる。それはコミュニケーションが取れるってことだから。

なるほどねー。最初にこの企画の話を聞いたときに思ったことがあるのね。たとえばDJやクラブというのはシーンがあると思うのね。DJだけではなく、オーガナイザーやクラバーをふくめて、自分はこのシーンのいちぶであることを自覚していると思うのね。多少の音楽性は違ってもだよ。やはりそこには風営法だったり、社会的に自分たちの"シーン"ということを自覚しなければやっていけないところがあると思うのね。翻ってロックはどうかと言うと、シーンという意識がすごく希薄に思えるんだよね。日本のロック・シーンと言われても、もうわけわからないでしょ? 

ナカコー:まあ、でも、下北のシーンとかありますけどね。秋葉とか。

ああ、そうか。ハードコアのシーンもあるよね。でも、UKやUSなんかと比較すると、この国のロックは何が最良であって、どんなバンドに未来が託されているのかよくわからないし、どのシーンにいま注目したらいいのかっていうのもない。向こうはロラパルーザとかさ、あるいはビースティーのチベット支援とかさ、なにか理想があってそれでバンドが集まるじゃん。日本でそういうのって知らないし......。だから、ナカコーが持っていた"距離感"は他のバンドも持っていたかもしれないなと思うの。だって、これだけたくさんのロック・バンドがいて、そして、言ってしまえばバラバラなわけでさ。だからね、そういう意味で、ナカコーが今回やっている試みは、極論すればシーンがないなかでやっているわけだからさ......すごいことだよ(笑)。

ナカコー:はははは。

甘くはないというか、そう簡単に理解されるものじゃないと思うんだよね。

ナカコー:ただ、今回ここにいるのが日本の音楽のすべてじゃないからね。これが日本の音楽シーンだとも思っていないし。

そうだよね。ナカコーがキュレーターを務めたプチ・フェスティヴァルみたいな。

ナカコー:そうですね。それはあるかも。海外の人に、これはいまの日本の音楽のひとつの姿ですって、そういう感じでは出せるかな。

iLLやっていて、対バンに困ることはある?

ナカコー:まあ。

正直なところ、仲間が欲しいって気持ちはあったのかな?

ナカコー:仲間というか......、まず何を考えているかわからないし、だけど、いっしょに音を出してみて、で、何を考えているかわかったという(笑)。

なるほど(笑)。あのー、今回の企画は、本当に冒険的なことをやっていると思うんだよ。こんなこといまどき誰もやらないし、自分が興味のない外の世界とはまったく関わりたくないというのがいまの日本社会だから、すごく世のなかに逆らっているとも思うんだよ。だけどさ......ポリシックス聴いている子がDJノブに興味を持つかな? アブラハム・クロスを聴いている子がアジカンを聴くかな? おたがいはなっから「自分とは違う」という意識でいるのがいまなんじゃない?

ナカコー:うーん、そうなんだけど、そこは聴いている人の感性によるし、ひょっとしたら"アリ"かもしれないし。うん、たしかにそうなんだけど、聴いてみないとわからない。

それはたしかにそうだね。

ナカコー:聴く前から、もうイメージで聴かないという人が多いでしょ。まずは聴いて欲しい......というのがありますけどね。知らないっていうだけで、価値のないモノとされるような感じはあんま好きじゃないので。ああいうモノもあるけど、別のモノもある、それは面白いけどな、それにどっぷり浸からなくても......。

そうだよね。やってみて、このコラボした人たち全員に共通しているモノって何だと思う?

ナカコー:うーん。

DJノブからベースボールベアーまで。

ナカコー::「すげー、わからない」ということと「すげー、わかる」ということが共存している。なんて言うか......「聴けばわかる、でも、聴かないとどうやって作っているのかわからない」、そういうところがあって。ベースボールベアーの音楽も何かをやろうとしていることはわかる。みんなに「わかる」と「わからない」がある。

"分断化された10年"という言葉があるんだけど、いまはとにかくみんなバラバラだと。たとえばアブラハム・クロスの小さなシーンとアジカンのシーンには回路がないでしょ。ナカコーはそこを繋げたいと思っているの?

ナカコー:できれば繋げたいと思っている。

それは夢のある話だね(笑)。

ナカコー:はははは。フェスとかで......、ロッキングオンのフェスでもなんでもいいんですけど、このメンツでやったらお客は揺れ動くよなーとは思うんですけどね。

揺れ動くって?

ナカコー:まあ、それが良いか悪いか別にして、こっちのほうが健全というか、同じようなバンドばかりが続くよりは、むしろこっちのほうが繋がるんじゃないかなと思うんですけどね。

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ナカコーはなんで日本の音楽を聴かないの?

ナカコー:なんでだろ? それわかんないですけどね。

僕があんま日本の音楽を聴かない理由は音が魅力的じゃないからで、やっぱ歌詞が重要だったりするんでしょ。で、その歌詞がさ......『脳内革命』ってわかる? いわゆる自己啓発本ってヤツなんですけど、「あなたは偉い」「あなたは間違ってない」「あなたは輝いている」とか書いてあるのね。それを読んでサラリーマンは前向きになるんだけど、で、だから売れているんだけど、音がつまらない歌詞重視の日本の音楽の言葉って、ほとんど自己啓発じゃない。それがすごくイヤなんだよね。

ナカコー:はははは。

ねぇ(笑)。「言われたくないぜ、お前には」、って(笑)。だから......ナカコーも「君は世界でいちばん輝いている」とか歌えば売れるよ(笑)。

ナカコー:はははは。そうかな(笑)。

もちろん歌詞も重要だけどさ。iLLもそういう意味では、まずは、たぶん音が好きなわけでしょ?

ナカコー:まあね。

だからね、今回のコラボ・アルバムはたぶん、純粋に面白い作品を生みたいことだと思うし、意外なほど音にまとまりを感じたんだよね。もっと支離滅裂になるかと思っていたけど、意外なほど整合性があったね。

ナカコー:そうっすね。自分が現場にいるし、どんな音を出されても自分がまとめるみたいな気持ちがあったから、最後の仕上げみたいのは自分でやるから、まあ、統一感は出るだろうなって思ってました。それはあったほうがいいと思っていたし、あるだろうなと思っていた。

いっしょにスタジオに入ったのは誰?

ナカコー:山本(精一)さん、勝井(祐二)さん、ポリシックス、ベースボールベアー、テレフォンズ、アブラハム・クロス、クラムボン......。

向井秀徳は?

ナカコー:データのやり取りだけだったね。忙しかったから。オレがリズムトラックとかオケを作って、それで向井くんが歌とシンセを入れてきて。

ミニマル・テクノだったもんね。

ナカコー:向井くんと話したときに、お互いムードマンが好きだということで、そこで「よく、わかった」と。作りやすかったですけどね。

たしかにインパクトがある曲だよね(笑)。

ナカコー:はははは。

DJに関してはみんなリミックスだよね?

ナカコー:頼んだのはオレが大好きなDJですね。

ノブくん、ムードマン、アルツ、みんな良かったんだけど、なかでもアルツのミックスがちょっと素晴らしいと思ったな。よりサイケデリックなクラウトロックというか。

ナカコー:そうですね。原曲は3コードのロックなんですけどね。

ムードマンはクラスターがミニマルやったみたいな音だったね。ノブくんはダビーでアシッディなエレクトロニック・ダブ......。

ナカコー:どっちも格好いいですよね。

ハルカっていうのは?

ナカコー:それは曲名(笑)。

はははは。

ナカコー:はははは。

アジカンの"新世紀のラブソング"はiLLがミックスしたの?

ナカコー:そうそう。

それもアリなんだ。出たばかりのシングルなのに、よく許可してくれたね。

ナカコー:そうですよね。びっくりしました。

アジカンがいちばん浮いているよね。

ナカコー:それはまあ。

悪い意味じゃないよ。やっぱ歌詞がしっかりあるし。

ナカコー:たしかにアジカンがいちばん難しかった。

メッセージがあるというか、言葉が強いからね。

ナカコー:そう、それを消しちゃうと曲の意味もなくなっちゃうしと思って。最初はぶつぶつ切っちゃおうって思っていたっだけど、それだとアジカンをやる意味がないなと。しかもアジカンと自分がいちばん接点がないようにも思っていたし。それはわかっていたんです。でも、接点がない同士でやるのもいいかと。リミックスは、あと琉球ディスコもやりましたね。

それがMEGちゃんが歌っている"遙"という曲だね!

ナカコー:はははは。そうっす。

失礼しました(笑)。でもさ......ダンス色が強くない?

ナカコー:それは意識したわけないんですよ。やったらそうなっちゃった。なんかね、気がついたら4つ打ち聴いているみたいな、それが自分のモードでもあったし。

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自分が自分のことをやっているよりも、こうやって人と広がっていくほうの面白さというのもあるんですよね。参加してくれた人たちもみんなそういう感性を持っている人たちだと思うんです。だから参加してくれたと思うし......。

今回は実現できなかったけど、やりたかった人っていますか?

ナカコー:七尾旅人くん、瀧さんとか......。

ピエール瀧?

ナカコー:はははは。

はははは。

ナカコー:やっぱ電気グルーヴは巨大なんで(笑)。

たしかに。

ナカコー:影響も大きいし、日本の音楽の重要な要素だから。でも、ちょうど忙しかったみたいで。

残念だったね。それこそ彼の歌詞は聴きたかったかもしれない(笑)。ちなみにリミックス以外はぜんぶナカコーが曲を書いているの?

ナカコー:いや、ベースボールベアー、テレフォンズは彼らの曲ですね。

テレフォンズとはどういう関わりがあるの?

ナカコー:彼らのアルバムをプロデュースしたんで、今回はもっと深くプロデュースしてみたいなと思って。

AC/DCがディスコやったみたいなバンドだなという印象なんだけど。

ナカコー:いや、いろいろ考えていると思いますよ。

そのアイデア自体は面白いと思うんだけど。

ナカコー:もっと幅広く音楽を聴いているし。

じゃあ、この先もっと変化していくかもしれないんだね?

ナカコー:たぶん、そうだと思います。海外からの影響もあるし、ダンス・ミュージックとロックということの組み合わせを考えているし。

僕は唯一、このベースボールベアーっていうバンドを知らなかったな。どんなバンドなの?

ナカコー:『ロッキングオン・ジャパン』とかでよく見るバンドというか......すごく乱暴な説明ですけど。

なるほど。

ナカコー:20代半ばのバンドで、すごく人気ありますよ。前から名前は知っていたんだけど、自分のなかではさっき言った「わかる/わからない」の共存の度合いが強いバンドだったから、頼んでみようって。

「わかる」部分って?

ナカコー:やっぱバンドとしての結束力ですね。そこはオレもずっとバンドやってたからわかる。バンドとしての生き方......みたいなの。

じゃあ「わからない」ところは?

ナカコー:うーん。......「なんでそこまでバンドにこだわるの?」っていう。

はははは。

ナカコー:バンドを解散したオレからみると(笑)。

分裂しているものがあるんだね。

ナカコー:そうかも(笑)。

まあ、じゃあ、これは......とにかく作ったからあとは聴いてくれた人がどう思うか、というところに賭けているアルバムなんだね。

ナカコー:たぶん。きっと邦楽メインで聴いている人たちにいくと思うから。

そうだろうね。DJノブが千葉を拠点にどんな音楽活動をしているのか初めて知るとっかかりになるかもしれないしね。これを聴いてアブラハム・クロスのファンになる人がいてもおかしくないものね。

ナカコー:そうだね。そうなったら、すごく良いですよね。

ILLがいま見ている......でっちあげかもしれないけど、シーンのようなモノが見えればね。

ナカコー:うん、ただシーンというのが、まったく繋がっていないのがもったいない気がします。

ここ1年、何回かオム二バスのライヴに行ったんですよ。そうすると、自分の目当てのバンドが終わると多くのファンが帰ってしまう。そういう状況が僕はずっと不健全だなと思っていたのね。相対性理論のライヴが終われば客は帰る......とかね。でも、それってよく考えてみれば、シーンがないってことなんだよね。シーンがあれば、パンクでもテクノでもラップでも、オム二バスのライヴの最後まで見ようとするじゃない。でも、シーンがないから単体のアーティストにしか興味が集まらない。そういう意味では、まあ、勇気ある挑戦でもあったね。

ナカコー:はははは、そうかもしれないですね。

良くやったなーと思いますよ。

ナカコー:よく参加してくれたなーと思いますね。

そうだね。

ナカコー:参加した人たちも「これどうなるの?」って思いがあったと思いますよ。

それはそうだよね。

ナカコー:でもきっと、面白いものになると信じてくれたんだと思うんですよ。

中村くんの人徳でしょうね。

ナカコー:いや、これで初めて会う人ばっかだったし(笑)。

会ったこともない人とよくいっしょにやったね。

ナカコー:会ったこともない人といっしょにやるのがスリリングなんですよ。向井くんとも会ったことなかったし、ポリシックスにも会ったことなかったし。ベースボールベアーも、ノブくんも、アジカンも、クラムボンも......ほとんど会ったことがなかった。

そうかー。

ナカコー:音楽があるから、知らない人とも話せるからね。

なるほどね。ナカコーはこのアルバムで、たしかに他の人たちがやらない"努力"をしたんだろうなとは思いますよ。

ナカコー:努力というか、自分が自分のことをやっているよりも、こうやって人と広がっていくほうの面白さというのもあるんですよね。参加してくれた人たちもみんなそういう感性を持っている人たちだと思うんです。だから参加してくれたと思うし......。それをリスナーの人も共有してもらえたらいいんですけど。

大きく言えば、分断された島宇宙を繋げたかったんだろうし、そういう努力はもう日本では誰もしなくなったからね。ただし、ここまで努力してみても、誰もこっちを振り向かないかもしればいし、空振りするかもしれないでしょ。知らなかった音楽を知りたくない、そんなこと求めてないって人だっているわけだし。その覚悟はある?

ナカコー:もちろん。まったく空振りするかもしれないって覚悟はありますよ。

できれば夢のほうに話が進んで欲しいけどね。

ナカコー:はははは。ですねー。夢は夢だから(笑)。

最後のクラムボンとの曲が、なんかそんな感じだね。淡く終わっていくような......。

ナカコー:まあ(笑)。

CHART by STRADA RECORDS 2010.06.11 - ele-king

Shop Chart


1

ANTONIO & ANTOINETTE OCASIO

ANTONIO & ANTOINETTE OCASIO ONE DREAM,OUR DREAM TRIBAL WINDS (US) »COMMENT GET MUSIC
TRIBAL WINDSから女性ヴォーカルものがリリース!パーカッシヴなビートにギターのカッティングやサックス、ピアノが絡むライヴ・フィーリング溢れるトラック、それにメロディアスなヴォーカルがフィーチャーされた盛り上がる作品!B面にはDJ UCHIKAWA a.k.a. LOFTSOULによるリミックスも収録!

2

JOINT MOVEMENT PROJECT

JOINT MOVEMENT PROJECT FIND A LOVE BALANCE ALLIANCE(FR) »COMMENT GET MUSIC
MOODYMANNのMAHOGANIやTRACKMODE等からのリリース、更には自身のレーベルN.D.ATLの運営で人気のKAI ALCEと、ニューヨークのアンダーグランド・シーンで古くから活動を続けるJOVONNとの強力コラボレーション!JOVONNによる陶酔系ヴォーカルにエレピが絡むグルーヴィーなオリジナルに加え、図太いビートで押しまくるSPENCER KINCY(a.k.a. GEMINI)によるリミックスをカップリング!

3

RON DEACON

RON DEACON SECRET GARDEN EP FARSIDE (GER) »COMMENT GET MUSIC
新鋭アーティストRON DEACONによる12インチが人気レーベルFARSIDEから登場!メランコリックな女性ヴォーカルもので、A面にはLOWTWCによるダブ・ミックスを収録!女性のヴォイス・サンプリングを絡ませた超ディープなハウス・チューンで途中で唐突に水が流れる音が入ったりするのも◎!NAKED MUSICのようなムーディーなB面もグッド!

4

HENRIK SCHWARZ AND KUNIYUKI

HENRIK SCHWARZ AND KUNIYUKI ONCE AGAIN REMIXED-SOULPHICTION REMIXES MULE MUSIQ (GER) »COMMENT GET MUSIC
人気作「ONCE AGAIN」にリミックス盤登場!PhilpotやSonar Kollektivといったレーベルで活躍中のビートダウン系ユニットSoulphictionをリミキサーに起用し、パーカッシヴで渋みを増した仕上がりに・・・!しかしそれ以上に注目なのがKuniyuki自身によるインスト・ヴァージョン!ヴォーカルを省くことにより、研ぎ澄まされたビートやピアノがダイレクトに伝わってきます!

5

ANDRE CROM & MARTIN DAWSON

ANDRE CROM & MARTIN DAWSON GONNA BE ALRIGHT OFF(EU) »COMMENT GET MUSIC
このレーベルではお馴染みのANDRE CROMがTWO ARMADILLOSの片割れMARTIN DAWSONとコラボレート!ディスコ・サンプリングにフィルターを効かせたB1、空間的な鳴りがカッコいいディープなハウス・チューンのB2が特にオススメ!

6

PHONIQUE

PHONIQUE OUR TIME OUR CHANCE-WAHOO REMIX DESSOUS (GER) »COMMENT GET MUSIC
USハウス好きをも反応させる音作りで当店でも人気のPHONIQUEがまたまたやってくれました!渋い男性ヴォーカルをフィーチャーしたテック・ハウスで、クール且つ繊細なトラックにヴォーカルがバッチリはまっています!一押しはオリジナル・ヴァージョンですが、バレアリックな雰囲気も併せ持ったWAHOOによるヴァージョンもグッド!Ben Watt、The Revenge、Brothers' Vibe、Will Saul、Laurent Garnier、Milton Jackson、Funk D'Voidらもプレイ!

7

PHLASH & FRIENDS

PHLASH & FRIENDS JUNGLE ORCHIDZ(feat.ALMA HORTON) DIPIU(ITA) »COMMENT GET MUSIC
Restless Soul名義での活躍で有名なPHIL ASHERによる別名義PHLASH & FRIENDSの12インチ!まるでKENNY DOPEのようなファットなビートが圧巻のA面もさることながら、パーカッシヴなアフロ・トラックのB面がキラー!ブーミーなベースや民族っぽいヴォイス・サンプリング等も入った熱い仕上がり!

8

JEPHTE GUILLAUME

JEPHTE GUILLAUME DEJA VUE(feat.WILTRUD WEBER) TET KALE (US) »COMMENT GET MUSIC
100枚限定のプロモも話題だったこの曲が遂に正規リリース!SPIRITUAL LIFEやIBADANからのリリースで知られるJEPHTE GUILLAUMEが久々に自分のレーベルから放つ強力盤で、彼らしいパーカッシヴなハウス・トラックに伸びやかな女性ヴォーカルがフィーチャーされたシリアス且つカッコイイ作品!

9

MASSIVE ATTACK

MASSIVE ATTACK PARADISE CIRCUS-GUI BORATTO REMIX WHITE (US) »COMMENT GET MUSIC
MASSIVE ATTACKのアルバム「Heligoland」収録曲を、KOMPAKTなどからのリリースでもお馴染みのブラジル生まれのクリエイターGui Borattoがリミックス!メランコリックなディープ・ハウス・リミックスで、繊細なバック・トラックに可憐な女性ヴォーカルがグッとくる最上級の仕上がり!DOMMUNEでDJ AGEISHIさんがプレイしてました!

10

ALEEM

ALEEM RELEASE YOURSELF NIA(UK) »COMMENT GET MUSIC
映画「MAESTRO」でも使われ大人気のこの1枚がオリジナル仕様で復刻!オリジナル盤は中古市場で高騰していたので嬉しい!A面以上に人気のB面ダブ・ミックスはMARLEY MARLが手掛けています!

#1 Bonoboとの一夜 - ele-king

アンカーソングはロンドン在住の日本人青年である。彼は音楽をやるために渡英し、働きながら活動を続けている。彼の音楽はインストゥルメンタルのエレクトロニック・ミュージックだが、実は、すでに数年前から日本では若いリスナーから幅広く支持されている(過去のミニ・アルバムはともに1万枚近くのセールスがある)。これは、アンカーソングがロンドンから送ってくれた便りである。

 ロンドン、それは世界中のありとあらゆる人種が共存する街で、週末のOxford Streetの様相は、まさに「メルティング・ポット」そのもの。その中には、世界の音楽シーンの中心地であるこの街で成功することを夢見て、海外からやって来た人びとも少なくありません。まさにそんな外国人のひとりである自分が、この街でミュージシャンとして生きる日常について、綴ってみたいと思います。

 まずは簡単に自己紹介をさせて頂きます。
 僕はAnchorsong(アンカーソング)という名前で、ロンドンを中心に音楽活動をしています。2004年に東京で活動をスタートさせ、3年後の2007年10月に、ここロンドンに引っ越してきました。現在はこの街のクラブやライブハウスを中心に、ジャンルを問わずさまざまなパーティーで演奏しています。ロンドンでは、ライヴハウスとクラブのあいだにあまり隔たりがないのですが、ここでは敢えて、前者を中心に活動するロック/ ポップス系と、DJを中心としたクラブシーンに分けて、書いてみたいと思います。


アンカーソングのライヴ風景

 まずロック/ポップス系のシーンでは、やはりオルタナティヴ/インディー系が人気です。東ロンドンに店を構える〈Rough Trade Records〉に足を運べば、スタッフによって厳選された世界中のアーティ ストによる作品の数々が、有名無名を問わず、所狭しと並べられています。なかでも現在とりわけ注目を集めているのは、いまやトレンドの発信地として認識されつつある、NYはブルックリン出身のバンドです。MGMTVampire Weekend、Grizzly Bear、それにAnimal Collective等々、メジャーで成功しているバンドのみならず、Bear In Heaven、 The Hundred In The Hands、Pains of Being Pure At Heartなど、現地でまさに人気に火が点こうとしているバンドまで幅広く取り扱っていて、流行に敏感な音楽ファンで店内は常に賑わっています。個人的には、〈XL Records〉傘下の〈Young Turks〉から新作を発売したばかりのHoly Fuck、また彼らと同じくカナダ出身のBorn Ruffiansというバンドに注目しています。

 クラブ/ダンスミュージック系のリスナーがよく足 を運ぶのは、Central Londonにある〈Phonica Records〉です。テクノ、ハウス、エレクトロ、どれをとってもまさにダンスミュージックの本場であるロンドンならではの洗練されたセレクトで、現場でプレイするDJたちにとっても欠かせないレコード屋となっています。なかでもやはり、いまもっとも勢いがあるのはDubstepのシーンで、SkreamやBengaはもちろんのこと、Burialを擁する〈Hyperdub〉を主催するKode 9ScubaIkonikaJoy Orbison等々、ユニークな才能が次から次へと登場して、シーンに更なる活気を与えています。
 個人的に注目しているのは、「Vacuum EP」のリリースで一躍脚光を浴びたFloating Points、デトロイトの新星Kyle Hall、そしてAaron Jeromeの変名プロジェクトであるSBTRKTなどです。

 レコード業界も不況の煽りを受けているというのは紛れもない事実のようですが、クラブやライヴハウスといった現場では、その事実を感じさせないほどに、連日大いに賑わっています。
 先日は〈Heaven〉にて開催された、Holy Fuckのライブに足を運んできました。ロンドンではクラブとライブハウスのあいだにあまり大きな隔たりがないというのは先に述べましたが、今回のイヴェントはまさにその事実を体現するかのような内容で、先述のSBTRKTがサポートとして出演していました。レーベルメイトであるという点を除けば、両者のあいだにはさほど共通点がないようにも思われますが、集まったHoly Fuckのファンたちはラップトップを使用したSBTRKTのパフォーマンスにもしっかり反応してい て、ロンドンのオーディエンスの懐の広さを、あらためて感じさせてくれました。生演奏とエレクトロニクスをユニークなバランスで組み合わせたHoly Fuckのパフォーマンスはとてもパワフルかつ新鮮で、満員御礼となった会場は大いに盛り上がっていました。

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 過去もいまも変わらず、音楽ファンにとってロンドンは本当に刺激的な街で、僕自身、シーンを外から見ているだけでなく、その一部になりたいという希望を胸に、この街にやってきました。
 とくに頼れそうなアテがあるわけでもなかった僕は、渡英したばかりの頃はブッキングを見つけるのに苦労した時期も、少なからずありました。当時は駆け出しのバンドらに混じって、街の小さなパブでよくライヴをしていました。ロンドンには小さなパブが星の数ほどあって、そのなかには簡易なステージを設置しているところがたくさんあるため、それだけアーティストにとって演奏する場が多いということでもあります。
 また日本とは違い、出演する上でバンドにノルマがかせられることはまずなく、それは若者たちが気楽に音楽をはじめるのを促す要因にもなっていると思います。
 ロンドンではアーティストのブッキングやマネージメントが、アンダーグランドにまでしっかりと行き渡っていて、どんな小さなパブであってもエージェントやプロモーターを通して出演するというのが一般的です。

 現在、僕はSOUNDCRASHというプロモーターにマネージメントを担当してもらっています。彼らは〈KOKO〉や〈Cargo〉といったロンドンのクラブを中心に、〈Ninja Tune〉や〈WARP Records〉のアーティストを軸にした、数多くのコンサートやイヴェントをオーガナイズしていて、僕はこれまでに、DJ Krush, Jaga Jazzist,Hexstatic, DJ Vadimなどのアーティストのサポートを務めてきました。つい先日には、収容人数3,000人を誇るロンドン市内でも最大規模の会場のひとつ、〈The Roundhouse〉にて、〈Ninja Tune〉から新作を発売したばかりのBonoboのサポートを務めさせてもらいました。

ザ・ラウンドハウス
会場となったザ・ラウンドハウス

 ロンドンのオーディエンスはとても素直で、いいと思ったときにはとても熱のこもったレスポンスを見せてくれますが、逆に退屈したときには、たとえそれがヘッドライナーのパフォーマンスであっても、冷ややかな反応を見せます。とくに今回の僕のようなサポートアクトの場合は、オーディエンスの多くが事前に予備知識を持たずに来ているため、彼らを楽しませることができるかどうかは、まさにその日のパフォーマンス次第と言えます。
 そういう意味でもソールドアウトになった今回の公演は、これまででもっともやり甲斐のあるショーのひとつになりました。開演直後は様子を伺っていたオーディエンスが、どんどん盛り上がっていくのが手に取るように見え、最初は5割程度しか埋まっていなかったフロアも、演奏を終える頃には超満員になっていて、3,000人のオーディエンスから大きな拍手と歓声を頂きました。こういうシチュエーションは、本当にいいパフォーマンスが披露できたときにだけ経験できることなので、僕にとって非常に忘れ難い夜になりました。

 そして満を持して登場したBonoboは、集まったお客さんをさらに盛り上げる、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。今回はストリングスやホーンセクションを交えた、総勢12名によるフルバンド編成での公演で、マルチインストゥルメンタリストであるBonoboことSimon Green本人はベースを中心に演奏しつつ、バンドを見事にまとめあげていました。
 また今回の公演にはFlying Lotusの"Tea Leaf Dancers"のシンガーとしても知られるAndreya Trianaが全面的に参加していて、新世代の歌姫として大きな支持を得つつある彼女が、その抜群の存在感を誇る歌声で、オーディエンスを大いに湧かせていました。終演後、いつまでも鳴り止まない歓声と拍手を前に、ステージ上のSimonはとても嬉しそうな表情を浮かべていました。SOUDCRASHのクルーも「これまでにオーガナイズしたコンサートのなかでも最高のもののひとつになった」と、大いに満足している様子でした。

Bonobo
白熱したステージを展開するボノボ

 ロンドンに来て約2年半、シーンの刺激を毎日のように肌で感じられるこの街での生活は、本当に魅力的だと思います。非常に競争率が高い業界であることは事実ですが、実力のあるアーティストが評価され、そしてのし上がっていくという古き良き体制が、この街のアンダーグランドシーンには、いまもしっかりと根付いています。
 最近、日本では海外に出たがる若者が少なくなったという話を時折耳にしますが、僕の知る限りでは、そういうった刺激を求めてこの街にやってきている日本のアーティストはたくさんいて、それぞれがさまざまな形で、その個性を表現しています。この記事を読んでくれた方が、この街で音楽をするということに少しでも興味を抱いてくれたのであれば、この上なく幸いです。

 

アンカーソングのサード・シングル「The Lost & Found EP」は〈Lastrum〉より発売中。また、アンカーソングは7月29日、ele-king@DOMMUNEに出演決定!

Skweee三昧 - ele-king

 こんばんわ、あなたのダンスフロアはいま平均年齢いくつでしょう? 日本で最初のスクウィーのパーティは17歳の高校2年生によって開かれました......。

E-JimaさんとShitaraba君

 日曜日の午後3時過ぎ、早稲田大学正門近くにある〈音楽喫茶茶箱〉では北欧で生まれたダンスビートが鳴り響いている。DJの後ろのスクリーンには、20年前のプレイステーションのゲームの映像が映し出されている。飯島直樹(E-Jima)さんが「彼がシタラバ君だよ」と教えてくれる。シタラバ君は......ゲームのコントローラーを操作していた。その姿は、DJというよりもゲームに熱中する高校生そのものである。

 スクウィーは、フィンランドとスウェーデンから広まったロービットでファンキーなエレクトロ・サウンドだ。スウェーデンのクールDJダスト(ダニエル・サヴィオ)がヴィンテージ・シンセの機能からこの「スクウィー」なる名前を引用したと言われている。よく喩えられるように、それは「〈リフレックス〉がサイケな鼠のカートゥーンのサウンドトラックとしてGファンクをやったような音」である。7インチ・シングルを中心としたこのスカンジナビアの新しいダンス・サウンドは、イギリスの〈プラネット・ミュー〉や〈ランプ〉といったレーベルを通じていまでは音楽ファンのあいだですっかり有名になった。

 シタラバ君は今年の3月から〈20禁〉というパーティをオーガナイズしている。「若い人の出るパーティはやりたかったのですが、クラブに行けない僕にはDJの友だちもいなくて......。でも、USTでDJとかやってたら自然に似た感じの若い知り合いができてきたので、じゃあもうパーティやるか! と」

 彼がDJをはじめたのは中学2年生のときだった。最初はテクノやハウスをミックスしながらUSTREAMで流していた。ヴューワーはいてもひとりだったというが、僕のようにUSTREAMを今年に入って初めて知った人間からするとその話は衝撃的でさえある。

 彼がスクウィーにハマったのは〈ジェット・セット〉の09年の総括のページで試聴してからだった。ダブステップ......、いや、この世代的に言うならダブステは、彼がクラブ・ミュージックに興味を抱いた ときにすでにそれはあったジャンルである。ダブステに関しては、〈ハイパーダブ〉を拠点にインターナショナルに活動するクオーター330(Quata 330)の影響が大きかった、とシタラバ君は言う。


ハードなDJプレイで盛り上げるmadmaid

 4時半をまわると、ステージには16歳のマッドメイド(madmaid)がハードなジャングルをプレイする。彼は激しい身振りで、フロアを煽っている。ハードなレイヴ・サウンド、そしてガバへ......。話題のネット・レーベル〈マルチネ〉からリリースしているマッドメイドは、日曜日の昼に代々木公園で開かれていたレイヴを契機にダンス・ミュージックを知ったらしい。エネルギッシュなDJを終えた彼は喉が渇いたのだろう、カウンターでコーラを注文した。

 5時を過ぎた頃には狭いフロアは良い感じで埋まっていた。20人以上が集まっている。下北のレコード屋〈ゼロ〉のオーナー、飯島さんがまずはヘヴィーなダブをスピンする。最新のダブ、スクウィー、ダブステを惜しみなくかけてくれる。ちなみにこの日出演したDJで、ヴァイナルをターンテーブルに載せていたのは飯島さんだけだった......。

Quarta 330のライヴがはじまると熱気はピークに

 クオーター330のライヴがはじまると、彼をぐるりと囲むように人が集まる。その2日前にフライング・ロータスと共演したばかりの330は、DJクラッシュも愛用している古いヴェスタックスのミキサーを使いながら、とてもリラックスした感じで、彼なりに咀嚼したユニークなスクウィーを披露する。このライヴによって、フロアの盛り上がりは最高潮に達した。


 「同級生は呼ばないの?」とシタラバ君に訊くと「呼んでない」と答えた。フロアにはカラブニク(Kalavnik)やゴンブト(Gonbuto)といった、あの三田格が惜しみない賛辞を送る三毛猫ホームレス周辺のDJやトラックメイカーが遊びに来ていた。このあたりはみんな、USTREAMやtwitterによって知り合ったそうである。実際、この世代にネットは欠かせないのだろう。その日集まった子たちのほとんどがノートパソコンを持ち、そして驚くべきことに......何人かはフロアで携帯を見ながら踊っている。もっともこれは彼らに限らない。最近のクラブのフロアでよく見られる風景である。しかしいったいどこで何と繋がろうとしているのだろうか......。あるいは、僕のようなタイプの人間がただ時代に遅れているだけなのだろうか......。ある人が「ジョーカーはもう古い」というネットでの書き込みを見たと言った。「古いたって、あんた、まだアルバムも出てないんだぜ......」、と率直に思う。そもそもその書き込みの「古い/新しい」とはいかなる基準なのだろう。彼は音楽に何を求めているのだろう......。この手の情報オタクは20年前のテクノの時代にもたくさんいたし、現代に顕著な傾向だとは思わない。

 それでも......、ネットを身近に使えるこの世代が、自分たちで生の現場を持ちはじめているというのは興味深い事実である。

 「自分の世代ってのもよくわからないんですよね」、とシタラバ君は言う。「まわりには年下の音楽家から20代や30代、レコード屋の店長、ましてや野田さんくらいの世代の方ともこうして繋がってるわけですし、いまはネットにたくさん情報があふれているので、情報だけでの体験ながらも僕が生まれる前に流れていた音楽やその時代背景もレコードやCD、mp3と一緒に認識していますし、そんな感じで僕にきっと世代のあいだの認識ってものが薄いんだと思います」

 「若いという実感はあるのですが......」、シタラバ君は続ける。「学校での自分とクラブでの自分はまったく別のものとして動いているので、そっちはそっちでこっちはこっちみたいなそんな感じで......」

 「彼らは素晴らしいですよ」、今回、このパーティを僕に最初に教えてくれた20代半ばのDJ、アボ・カズヒロ君はやや興奮しながら言う。「近い将来、僕も彼らと一緒に何かできればと思っているんです。そしていつか、高橋透さんをゲストに招いてみたいんです!」

 はははは、それはたしかに楽しいかもしれない。もしそんなことが実現するときが来たら、この国のダンス・カルチャーには新しい未来が待っていることだろう。

Skweee teenage riot!!!

 が、まあ、それはさておき、僕が昔、もうずいぶんと昔の話だが......、渡辺健吾や佐藤大、弘石雅和らと初めてテクノのパーティを開いたとき、ある業界人がフロアを見て「ガキばっかじゃん」と言った。ガキばっかで充分だと思った。実際の話、そのガキばっかなところがさらに広がって、テクノは日本で爆発したのである。それに......、自慢じゃないが、石野卓球の15歳のライヴを観ているし、田中フミヤの19歳のDJも聴いている。若くして逝ったカガミ君も18歳でデビューしている。ムードマンもケンセイも、あるいはジェフ・ミルズやデリック・メイも高校生のときにDJをはじめている。音楽的冒険は10代にはじまる。
 "彼ら"のダンスフロアもいつ爆発するかわかったものじゃない。

 なお、シタラバ君のDJミックスは、ブラジルのサイト「tranquera.org」で聴ける

 

Hole - ele-king

 安盤の箱からホールを見つけ出すことはそう難しいことではない。特価表示され、もはや防犯タグすら外され、ヤニで汚れ、破損したケースもごろごろと混じる、いわゆる中古屋の"餌箱"のなかには、けっこうな確率でグランジの名盤『リヴ・スルー・ジス』が混じっているものだ。それはホールに、コートニー・ラヴに、まことに似つかわしい。くすんだ安盤の山と、たくましく不屈なコートニーのアゲハ姿。なかなか気の利いた皮肉ではある。それを見るかぎり、彼女には永遠的な輝きがあるというように思えるからだ。

 1998年発表の『セレブリティ・スキン』以来、12年振りとなるホールの新作『ノーバディーズ・ドーター』がリリースされた。もともと流動的なメンバー編成だったが、本作にはコートニー以外にオリジナル・メンバーはひとりも参加していない。スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガン、ジェイムス・ブラントのプロデュース等で有名な元4ノン・ブロンズのリンダ・ペリーとの共作を軸に、英サイケ・ポップ・バンド、ラリキン・ラヴのミッコ・ラーキンをギターに迎えている点がトピックとなるだろうか。

 音は、とにかくグランジだ。時代がかったディストーションに懐かしさを感じる人は多いだろう。ラリキン・ラヴなど"テムズ・ビート"を謳われていたものだが、ミッコ・ラーキンのギターにはその影もない。昏く重いギター・リフの奥から、ドラマチックなメロディが這い上がってくる。
 冒頭の表題曲"ノーバディーズ・ドーター"はグランジの教科書のような曲だ。8分音符でルート音をなぞる、単純でぶっきらぼうで、力強いベース。コートニーのひび割れたシャウト。ニルヴァーナはもちろん、ダイナソー・ジュニアにもパール・ジャムにもR.E.M.にも通じる。ニルヴァーナへの参加願望があったというショーン・レノンのファースト・アルバムにも、こんな曲があった。続くシングル曲"スキニー・リトル・ビッチ"にも、はっきりとニルヴァーナの輪郭がうかがわれる。彼らの影響力は計り知れないが、フォロワーということになるとほとんど知らない。やろうとすると似過ぎてしまうのではないかと思う。「ニルヴァーナのようだ」と言われるのは、ロックをやる人間にとっておそらくかなり居心地の悪いものであるはずだ。シューゲイザーならいざ知らず、ニルヴァーナに、とくにカート・コバーンに似てしまうということに対して、多くの人は何か畏れのようなものを抱くのではないだろうか。直伝と言うべきか、ここまで臆面もなくそっくりな曲を書けるのは、彼女の特権かもしれない。

 米インディ・ミュージック批評サイト『ピッチフォーク』は、名物の点数制新譜レビュー欄において、本作を2.9点という驚くべき低評価で迎えている。
「ギターは時代遅れで、品がなく、大げさすぎて、どの曲もグランジへのノスタルジアというよりは戯画化されたロックだというふうに感じられてくる。(略)ラヴの音楽を生き生きとさせるために、浮薄さや狂暴さ、ユーモアやトラウマといった彼女の心の原野(Wilderness)を求めるのは欲張りだろうか? それ以上に私たちは何を彼女に求めることができるだろう? だが、『ノーバディーズ・ドーター』はものすごく平凡だ」
 執筆者のAmanda Petrusich(アマンダ・ペトルシクと読むのだろうか)は、コートニーの"お騒がせセレブ"としてのキャラクターが持つ両義性を鋭く観察しつつ、本作の音楽的な野心の薄さと、自己模倣的なポーズに堕してしまったそのキャラクターのために、彼女本来の魅力が削がれてしまっているということを指摘したいのだろう。いずれももっともである。

 しかし、彼女自身の魅力という点では我々国外の人間のほうが受け入れやすいのかもしれない。タブロイド的な需要を引き起こすとはいえ、彼女はやはりロック・スターであるように見える。ケイト・モスの写真と並べてみればいい。コートニーがロックをファッションに利用しているなどとは言えまい。彼女はロックの内側を生きている。音楽的な深みこそないが、決して人に作らされ、歌わされているのではないということは、終曲"ネヴァー・ゴー・ハングリー"を聴けばよくわかる。シンプルな弾き語りの、フォーキーなナンバーだ。メロディがしみじみとよく、ほとんど男性のような声で疲れきったように歌われる短い曲。手許のEU盤、国内盤ともにボーナス・トラック扱いになっているが、この曲が最後になければアルバムの評価も何割減かで下がるのではないだろうか。

 とはいえ、実質的にコートニーひとりのホール新作というインフォメーションにそう熱くなれるわけでもない。期待しないで聴いたらわりとよかった。1曲目がおそらくアルバムのピークだけれど、ラストもよかったし、1枚通して悪くない作品だったな。というのが大方の意見ではないかと思う。10点満点で5~6点。だからコートニーに対する期待や愛着という点では、アメリカのリスナーの方が大きいのだろう。2.9点とはそういう点数である。

 彼女はこの後どうしていくつもりだろうか。成長し美しくなった愛娘フランシスの親権を奪われ、同居を拒否されるなど、もう若くはないコートニーにとって痛々しいゴシップが続く。本作のジャケットはマリー・アントワネットの肖像だが、首から上がない。若き日の放恣と馬鹿騒ぎが、いずれ手痛いしっぺ返しとなって過酷な結末を招き寄せるという王妃の悲劇を、自らに重ねたものだろうか? ミッコ・ラーキンはさしずめフェルセンといった役割になるのだろうか? "ノーバディーズ・ドーター"というタイトルは、マリア・テレジアという巌のような、出来過ぎた母親を持ち、きわめて政治的な重要性を背負って大国に嫁がされ、歴史の犠牲となった彼女へのオマージュであるようにもとれる。かの王妃を描く筆は、現在に至っても決まって彼女の本能的な直感の鋭さや魂の自由さと、それが引き起こすゴシップに言及する。それは彼女のいちばんの魅力であるように描かれるのだが、前掲のレヴューにおいては、コートニーのなかに似たものが見つめられている。がらくたのようになったとしても、彼女には人の目を引くものがあるだろう。餌箱のマリー・アントワネット。画になっている。

 今年はペイヴメントが復活した。ダイナソー・ジュニアのJ.マスシスはまた新たなバンドを始動させたし、スマッシング・パンプキンズも来日する。ヨーロッパやオーストラリアではここ3年ほどグランジ・マナーな新人バンドが続々と現れており、本場USでは、ローファイ再評価という少し屈折した形で、90'Sロックの見直しが進められている。アナログ盤の価格も上昇傾向だ。計算があったかどうかはわからないが、ホールの新譜というのはこの気運に乗じている。90年代のホログラムはいまという時代にどのような物語を描き出してくれるのだろうか。それは、今後10年にとって有効なソースを含んだ物語となるのだろうか。

[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1. Alaska / Mesozoic Era | Arctic Music -drum & bass/ambient jungle-

 実は筆者の友人でもあるUKのナショナル・クラブ・シンガー、カースティ・ホークショウ(Kirsty Hawkshaw)に「必ずあなたが参加しているこのニュー・アルバムを紹介するよ。」と約束したので、トップで紹介させて頂く......知り合い云々でなくとも、必ず紹介していただろうが......"純粋"に、ただ素晴らしいコンテンポラリー・アートコアと位置づけられる傑作なのだから当然である。
 00年代に入り、すっかり馴染みが薄れてきたアンビエント/エレクトロニカを基調としたドラムンベース。90年代後半から爆発的にフロア思考が全盛を極め、多数の若手プロデューサーがそこに辿り着くよう目指していったので、そのような風潮になったわけだ。そのなかにあって当時、抽象表現的アンビエント/アブストラクトな作品を頑なに貫くアーティストが若手ながら存在した。その先駆者であるLTJブケム率いる〈グッド・ルッキング〉からのリリースによって名を馳せたパラドックス(Paradox)、そしてその変名アラスカである。アラスカ名義では実に4年ぶりのアルバムとなる今作は、2000年~2006年~2010年と紡いだトリロジーの最終章としてコンプリートされる。その集大成というわけだ。
 凍てつく地域で創造される音が、まったくもってここに表現されている。その感覚に触れるべく、まずは聴いて欲しい作品がこの「メソゾニック・エラ」だ。現在では懐古的になってしまった"アンビエント・ジャングル"だが、この作品の大半と言うか......レーベル〈アークティック・ミュージック〉のカラーである全体像が"それ"というわけだ。
 
 カースティとの繋がりもあって、以前、彼女から筆者にも紹介してもらったアラスカ/パラドックスことデブ(Dev Pandya)は、レーベルのディレクターも務めながら、〈Paradox Music〉〈Esoteric〉〈Arctic Music〉〈Outsider〉といった4つのレーベルを巧みに使いわけている。デブは、現代でも稀なドラムンベース・フィロソフィストである。
 さて、本作はちまたのドラムンベースで流行しているディープでミニマでいたってシンプルな作品とはまた一線を画したサウンド・スケープで、より音楽的で音響要素に富んだオリジナル・プロジェクトである。パラドックス名義の作品に顕著なアブストラクトなミニマル・フィロソフィック・アプローチとは、オポジットに位置している。凍てつくように、そして研ぎすまされた"北"の感性がメインラインとしてスケッチされ、盟友セバ<(Seba)との共作にも共通する北欧的アンビエント・コラージュが広がる。カースティとの共作「Sundog」のサブタイトルに(ー20 MIX)と加えられてるイメージ通りのサウンドである。
 ちなみにトラック/ジャケット・デザイン双方がこれほどアーティに連動している作品はドラムンベース界では希有で、エレクトロニカ/ポスト・ロックの感性にも近いとも言える。もしかしたら......これが......"ポスト・ジャングル/ドラムンベース"なのかもしれない。

2. Heist / Continental Drift | Metalheadz-drum & bass/darkcore-

 以前パーティ・リポートでお届けした今年2月の〈DBS〉で、ゴールディが自身のユニット、ラフィージ・クルー(Rufige Kru)の名曲"ビーチドリフタ"(Beachdrifta)をラストにスピンしたのだが......そのラフィージ・クルーのエンジニア/マニュピレーターがハイストである。ハイエナジーなジャンプアップ・サウンドをメイン・プロダクションとしながら、〈カリプソ・ミューザック〉(Calypso Muzak)、〈コーラボ・レコーディングス〉(Co-Lab Recordings)、〈ガンジャ・レコーズ〉などからリリース。さらにディープ・プロダクションでは、〈ホライゾンズ・ミュージック〉や〈インテグラル〉(Integral)などから数々のリリースによって活躍しているマルチ・プロデューサーだ。現在はゴールディの片腕としてメタルヘッズ全開のダーク・ベース・サウンドを受け継いでいる。
 先述した往年の名曲"ビーチドリフタ"の続編的な傾向が強い今作"コンチネンタル・ドリフト"は、ときを経てより繊細で滑らかなタッチで描かれたストリングス・アンサンブルである。叙情性を拡大し、幻想的に思い浮かべる浜辺をひた走る......そんな陶酔感覚を抱かせる。他にカップリングされている3曲も秀逸で、メタルへッズを地でいく代表的サウンド・ディレクション"ダークコア/ディープコア"が、現在のトレンドとともにオブラートに包みこまれ、混合したあと、生み出されているといったところだ。メタルヘッズはいまもなお衰え知らず"健在"である......。いや、"暗躍"と言ったほうが適切か......UKを代表するあのダーク・スター、ゴールディ主宰のレーベルなのだから。

3. Davip & Encode / Vamonos/High Technology |
Breed 12 Inches
-drum & bass/electric cyber-

 昨年、多様なアーティストのリリース・ラッシュを果たしたロシアからまたニューカマーが現れた。〈ホスピタル〉からの大ヒット・コンピレーション・アルバム『フューチャー・サウンド・オブ・ロシア』も記憶に新しい。エレクトロソウル・システム、サブウェイヴ、ボップ等々、寒い土地柄もあってか、北欧的感覚のディープ/エレクトロニカよりな作風を志すアーティストが多かった。が、今度はダンスフロア直系のエレクトリック・サウンドだ。彼ら、ダヴィップ&エンコードのようなサウンドがロシアでも台頭してきたのである。
 
 ブレイクスを主に扱うマッシュアップ・レーベル〈カット&ラン〉からのリリース(正確にはダヴィップのみのプロダクション)でも話題の彼らだが、今回は、ニューロ・ファンクをリードするクリス・レネゲード(Chris Renegade)主宰のレーベル〈リフテッド〉(Lifted)傘下となる〈ブリード・トゥエルブ・インチーズ〉からのリリースだ。このレーベルは、若手や新進気鋭のアーティストの受け皿的なレーベルと言ってよいだろう。現在のドラムンベース・シーンの動向から、まったく正反対の音楽性(サイバー/テック/エレクトロ・ステップ等々......)を貫いているこのレーベルに新たな期待を抱きたい。このようなサウンド、つまりロッキン・エレクトリック・サイバーは、先駆者ペンデュラムの成功が賛否両論を生んだにせよ、大いなる可能性があるサブジャンルであることに変わりはない。

 筆者がDJを務めた4月15日の〈DOMMUNE〉でこのような曲をプレイしたとき、率直に考えさせられたことがある。プレイ中の前半、つまりニュースクール・ドラムンベースをスピンしたのだが、正直、いまの進化したメインストリーム・ドラムンベースをどのように日本のクラブ・リスナーは捉えているのか、個人的にも非常に興味深かったのでトライしたのだが、賛否両論と言わざる終えない状況になった。その多くは懐古的ジャンルとして捉えられているのか、良くも悪くも、現在のドラムンベースの置かれてる状況が公の場ではっきり知ることができ、身をもって体験したことで勉強になり感謝したい。が、個人的見解で言えば、00年代に突入してからドラムンベースの取り巻く状況は、刻々と変化し、枝分かれしていった先、よりストイックでマニアックなものになっていった。そのことが日本のドラムンベース層が徐々に薄れていったひとつの原因ではないかと推測される。この時点で、各々のサブジャンルのコミュニティができあがり、他のジャンルの層と噛み合なくなったと言えるかもしれない。筆者はそのような日本でのドラムンベースの状況を「ドラムンベース失われた"00年代=ディケイド"」と呼んでいる。<DOMMUNE>での後半クラシック・ジャングルをプレイして反応が非常に良かったあたり、多くがそこで止まっているのだ。このことについては、また今後も触れていきたい。とにかく、シーンの活性化上、新しい世代にもどんどん聴いてほしいジャンルであり、我々がその素晴らしさを伝え続けなければならないと感じている。

4. Kyle Hall / Kaychunk/You Know What I Feel | Hyperdub -dubstep/detroit-


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 コード9が仕掛けるレーベルのポリシーは実に素晴らしい。カテゴリーに拘らず、つねに新しい音を追求しているからだ。自身のダークかつダビーなガラージで、ブリアルのような幻想なアンビエント・ダブステップ、はたまた、ゾンビーのような奇怪なダビー・エレクトロ、ビーツ界の巨人フライング・ロータス等々、このレーベルのヴァリエーションの豊かさはハンパない。そしてここにデトロイトからの新たなサウンドを〈ハイパーダブ〉に加わる。カイル・ホールである。

 カイル・ホールは、2007年デトロイトのアンダーグラウンド〈FXHE〉レコーズからの「プラスティック・アンバッシュ」でデビューしている。当時若干17才というから恐れ入る。2008年には早くも、自身のレーベル〈ワイルド・オーツ〉を立ち上げ、立て続けにデトロイト・ディープ・ハウスの傑作を送り出している。新世代のプロデューサーらしく、徐々にヨーロピアン・ナイズされたビートニクスやファンキーにも着手し、2009年リミキサーとしてダークスターの"Aidy's Girl Is A Computer"をリミックスする。美しくも繊細なハウスにディープ・ファンキーを掛け合わせたようなメランコリックな秀作となり、それで今作「 Kaychun k/You Know What I Feel」で〈ハイパ ーダブ〉からのシングル・デビューを飾ったのである。エレクトロ色が踏んだんなハイパーダブ・カラーを生かしつつ、デトロイト的宇宙観を前衛的に捉えたファンキー志向ビーツである。デトロイト経由から届いた〈ハイパーダブ〉、次は何処から届けられるのか楽しみである。

5. DJ G / Avoid The Noid/Duality | Pushing Red -dubstep/atmospheric/dub-

 サンフランシスコのダブステッパー、DJ Gだが、聴くたびに筆者のツボを付かれるプロデューサーだと思う。ミステリアスで空間系アトモスフェリックに展開したかと思えば、スライトリーなダビー色やスモーキーなハウスの要素を加えたプロダクションを出したり、あるいはトライバル・テッキーでミニマル・ライクなシリアス・ステップであったりと、とにかくパーカッシヴで重厚なダブステップをリリースしている。今回はアメリカのテキサスを拠点としている〈プッシング・レッド〉からのリリースで、テック・インフルーエンスなアトモスフェリック・ダブステップとディープ・ダブのカップリングとなった。〈プッシング・レッド〉と言えば、レーベル1番にリリースされた、サンフランシスコのジャス・ワンも素晴らしい。彼はディープ・ガラージや2ステップ色が強く、UKサウス・ロンドン志向の新世代ニュー・ガラージを提唱するひとりと言える。ジャイルス・ピーターソン主宰〈ブラウンズウッド〉からのジャズ・シンガー、ホセ・ジェームスの「Warrior」をサブトラクト(SBTRKT)とともにリミックスしている。今後もサンフランシスコから発信されるこの個性的なサウンドをこう位置づけよう。ローファーが語っていたこと、これが「ポスト・ダブステップ」であると。

6. Scuba/Dissident / Tense[D BRIDGE RMX]/Social Of Silver Skeletons [HEADHUNTER RMX] | Hotshore -dubstep/drum&bass/drumstep-

 ドラムステップ<DRUMSTEP>と言う新たな潮流が生まれつつあるのは、ご存知だろうか? ローファーは"ポスト・ダブステップ"について語っていたが、そのことはダブステップに限らず、ドラムンベースやUKガラージなどのリアル・アンダーグラウンド・ミュージックにも当てはまる。そこで先述したドラムステップだ。ちょうど、ドラムンベースとダブステップの中間のBPM、ビート・プログラミングなのだが、いかんせん、現時点では存続するかいなか、疑い深いくらい中途半端感が否めない。そのサポートしている中心にいるのが、〈テクニーク〉などからリリースしているダブ・ファンデーションやD・ブリッジ、コンシーケンスなどだ。
 今回、スキューバの〈ホットフラッシュ〉とDJクレバーの〈オフショアー〉が融合した〈ホットショアー〉から、D・ブリッジがスキューバの名曲"Tense"をドラムステップ風にリミックスし、カップリングにディシデントをヘッドハンターがリミックスするという豪華内容になっている。ドラムステップが、今後どのような道程を歩むのか非常に興味深く見守っていこう。そしてまたすぐUKから新たなサブジャンルが世界中に送り込まれるだろう。

7. Calibre / Tenopause/Discreet Dub | Deep Medi Musik -dubstep-

 ジョン・ケージを敬愛するカリバー。奇抜なインダストリアル・センスをサウンドデザインするプロデューサーで、すでに多くののドラムンベースの名曲を送り出している。昨年はドミニク・マーティン名義でのインディ・ロックやシネマティック音響/現代音楽を融合したアルバムを披露し、シーンに衝撃を与えている。
 
 カリバーもまたダブステップに度々足を踏み入れている。これはマーラの〈ディープ・メディ・ミュージック〉から2作目となるシングルなである。そのきっかけは、2008年9月20日の〈DBS〉、カリバーとマーラの初共演ではないだろうか。あの来日がカリバーのダブステップ制作のはじまりになったのである。これはなんとも嬉しい話だが、音のほうもサウンド・フィロソフィストでもある彼の才能が、ダブステップと言うフィルターを通しても違和感なく発揮されているというところがすごい。というか、彼の感性はダブステップのほうがより適合していると思うくらいだ。
 この12インチにおいてカリバーは、ドラムンベースでは踏み入れられなかった未解の領土を切り開いたようである。現在多様化が加速するダブステップのなかで、〈ディープ・メディ・ミュージック〉が持っている変わらない本来のダブステップの姿(サブベース主体のきわめてパワフルでシンプルなダビー・サウンド)が、ここに来て再認識されてきているようだ。
 いろんなものを吸収してきたハイブリッドなダブステップに、いま、転機が訪れてきているのは間違いない。そうしたシーンの動きのなかで自身のレーベル・カラーや音楽性を貫いているDMZクルー(マーラ、コーキ、ローファー)は、やはり格が違うと言うべきだろう。

interview with DJ Nobu - ele-king

 ゼロ年代、地方のクラブ・シーンにエネルギーを注入したのは千葉の小さなパーティ〈フューチャー・テラー〉の首謀者、DJノブだった。アシッディなミニマルをかけようが、ソウルフルなハウスをミックスしようが、彼はつねに羽目を外すことを賞揚する。まさに「バカになれ」、そう言い続けているとも言える。そんな彼の評判はこの10年で広く知れ渡り、そして彼の「クレイジー」なプレイも相変わらず熱い支持を得ている。

 かれこれ2月以上前のことだ、DJノブがベルリンの〈ベルグハイン〉でまわすらしい、そのニュースはele-king内で素早く話題となり――といってもたったふたりのあいだでだが――よしそれじゃあ、DJノブが帰ってきたら話を訊こう、ということになった。律儀にも、千葉の男はその話を覚えていてくれた。我々はDOMMUNEの上のSUPER COREで会うことになった。

あのね、優しさとかいっさい出しちゃダメなんですよ。ホントにゴリゴリで、グルーヴでもっていって、何も起こらないなかで何を起こすのかっていう話なんですよ。

どうっすか、最近。

ノブ:最近、面白いっすよ(笑)。

面白い(笑)?

ノブ:テンポ良く遊べているというか、やりたいことができているというか。

ベルリンから戻ってきたのはいつ?

ノブ:4月28日ですね。

まわしたのは?

ノブ:24日。ベルリンを27日に出て28日に戻りましたね。実質三泊ですか。火山の影響で、最初に取っていたチケットがキャンセルになってしまって。4日前になってようやくチケットが取れた。

DJだけやってすぐ帰ってきたの?

ノブ:ちょっとは遊んだ。

ベルリンは?

ノブ:13年前に遊びで行って以来。もう全然違ってた(笑)。

浅沼優子さんの原稿読んでいると、ベルリンがいかにすごいかビシビシ伝わってくるんだけど(笑)。

ノブ:はははは、そうっすね。

で、〈ベルグハイン〉でのプレイはどうでしたか?

ノブ:まあ、自分なりに合格点かな。常連の人たちも褒めてくれたし。観光客もいるけど、ローカルな人たちに受けたのが良かった。やる前はちょっと心配だったから(笑)。

千葉とくらべてどうですか?

ノブ:はははは、それは全然違いますよ(笑)。そこは......日本であれやるの無理じゃないですか。やろうとおもってもできないから(笑)

行ったことないからわからないんだよね。

ノブ:あれは日本では100%不可能です。すべてにおいて。

アレックスは〈パノラマ・バー〉でライヴやったんだよね。「どうだった?」って訊いたら、目をまん丸くして「ホント、クレイジーだよ」って言ってた(笑)。もちろん褒め言葉なんだけど。

ノブ:クレイジーな世界だけど、ルールは守られているというか、お客さん同士でマナーは守られているというか。

ノブ君が〈ベルグハイン〉でまわすって決まったとき、エレキングの更新をやってくれている鎌倉君という子からすぐにメールが来てね、「すごい!」って。だから「よし、じゃあ、話を訊いてみるよ」って。

ノブ:だって電話くれるの早かったすよね。

〈フューチャー・テラー〉がついにインターナショナルな舞台に立つというね。素晴らしいですね。だってさ、ジェフ千葉がヘルタ・ベルリンとチャンピオンズ・リーグで試合をするような(笑)。

ノブ:はははは。たしかにそんな感じっすよね(笑)。

どのくらいまわしたの?

ノブ:3時間。最初は4時間って言われてたんだけどね。3日前に3時間にししょうってなった。

ふーん。その、アレックスいわく「クレイジー」なクラブ、ノブ君いわく「日本では絶対に実現不可能」なそのクラブって、ノブ君には肌にあったんじゃないかなと思うんだけど。

ノブ:合いますね。素晴らしいですね。いや、素晴らしいっていうか(笑)、まあ、あれは病みつきになっちゃいますよね。またすぐに行きたいと思ってますからね。

 

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そもそも何で〈ベルグハイン〉に行くことになったの?

ノブ:デットマン。マルセル・デットマンが初来日したときに〈フューチャー・テラー〉でやってくれて、それで千葉をすごく気に入ってくれて、去年のベスト・パーティにも挙げてくれたんですよ。浅沼さんもマルセルと仲が良いし、「やろうよ」みたいなことを言ってくれて、で、すぐに決まっちゃいましたね。マルセルのアルバム『Dettmann』のリリース・パーティだったんですよ。

まあ、ノブ君の場合は、より「クレイジー」な場所に行けば行くほど相性が良くなるような気がするし。

ノブ:そうですね。日本も「クレイジー」な部分を無くさないように、ちょっとがんばりたいですけどね。


この方がデットマンさんです。

でも、世界的に有名な〈ベルグハイン〉のレジデントやってるデットマンが千葉をそこまで理解したっていうのはいい話だね。

ノブ:そうなんですよね。ホントに気に入ってくれたみたいで。

さすがだね!

ノブ:いやいや、まだ勉強中ですよ。

はははは。

ノブ:そういえば先週、〈フューチャー・テラー〉が東京に初進出だったんですよ。

ああ、〈リキッド・ロフト〉で、〈フューチャー・テラー〉名義でやったんだ。

ノブ:そうなんです。けっこうやりたいことやりましたね。

でも、東京でやると〈フューチャー・テラー〉でなくなるっていうことはないの?

ノブ:それないっすね。だってもう、千葉だけで考えていてもしょーがない......っすよ、やっぱ、他の街でも千葉と同じような状況のところがあるし、そこはもうこだわらずにやろうと。千葉でやるのは基本だけど、もうどこでやってもいい。千葉だけで完結している場合ではないっていうか。

〈フューチャー・テラー〉のヴァイブレーションが他の場所でも充分に通用するってことで自信もあるだろうし。

ノブ:そうですね。そこはありますね。

さすがだね。

ノブ:まあ、だから呼んでくれる人もいるんだろうし。

ところでベルリンでの何か面白いエピソードない(笑)?

ノブ:いや、だから普通にセックスしている(笑)。

書いていいんですか(笑)?

ノブ:言っておくけど、オレじゃないですよ(笑)。

そうか(笑)。

ノブ:13年前はやっぱベルリンのゲイ・カルチャーを知らなかったから。

ああ、そうか。

ノブ:〈ベルグハイン〉は完全にゲイ・カルチャーなんですよ。ゲイじゃないとあそこまでのことできないと思うし。

よく「現代の〈パラダイス・ガラージ〉」って言うものね。

ノブ:そうそう。ゲイの人たちの瞬間の瞬間の快楽の追求のすごさって......、もうあれは完成型だと思うんですよ。

ほー。

ノブ:なおかつ白人文化の究極のカタチだと思うんですよ。テクノをファンクション・ワンで世界でいちばんすごい音で出している。「ここまでやっちゃうんだ」みたいな。やっぱすごいっすよ。

女性もいるんでしょ?

ノブ:女性もいますよ。でもやっぱ6~7割は男。門番の人もそこはコントロールしている。キャピキャピした女の子はまず入れない。

なるほど。で、何か面白いエピソードはないですか? 喋ってくださいよ。

ノブ:面白いエピソード(笑)。うーん、なんだろうな? なんかあったかなー。〈ハードワックス〉のダブステップのパーティに行ったんですけど、大阪のキラサン(・ムーヴメント)のサウンドシステム使っていて、面白かったですよ。そこで今回初めて、やっと黒人に会いましたね。ベルリンは黒人をあんま見かけないっすよね。

あれだけ黒人音楽好きがいるのにねー。デトロイトのバズ・ゴーリーなんかも移住してたわけでしょ。そういうコミュニティ感はやっぱあった?

ノブ:それはある。感じましたね。〈ハードワックス〉周辺の人たちとしか遊んでいないですけど、その辺の兄ちゃんの家に遊びに行ったときに、「オレの曲聴いてくれ」って、クオリティの高い曲を作っていたりするし。やっぱそこはすごい。

ちなみに〈ベルグハイン〉はどんなので盛りあがるの?

ノブ:あのね、優しさとかいっさい出しちゃダメなんですよ。ホントにゴリゴリで、グルーヴでもっていって、何も起こらないなかで何を起こすのかっていう話なんですよ。テクニックがめちゃくちゃ重要だし......、かなりベルリンを意識してやりましたね。

ハード・ゲイ的なの?

ノブ:超ハード・ゲイ。ハード過ぎます。〈ベルグハイン〉の常連の日本人の男の子の友だちができたんですけど、〈ベルグハイン〉でたまにやっているセックス・パーティがあるらしいんですよ。そのときは50人ぐらいが数珠繋がりになって......(笑)。

それはすごいねー(笑)。

ノブ:何か塊が見えると思ったら、数珠繋がりだったと。〈ベルグハイン〉の下の階にセックス・クラブがあって、そこに連れてってくれると言われたんですけど、ちょっと行けなかったです、やっぱ(笑)。

ダンス・カルチャーの発明家たちのほとんどがゲイだったというのは......。

ノブ:いや、もう、そこは絶対にある。そこはすごく思った。ゲイ・カルチャーはホントにすごいっす。それがいちばんの衝撃かな。快楽の追求の仕方がすごい。

 

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いや、あれはスキルのことを言っているのに、話がでかくなっちゃっただけで、オレは別にパソコン使ってても良いDJは良いと思っているし。オレもそのうちPCでDJやるかもしれないし。

話を変えましょうか? 最近はiLLとのコラボレーションをやったけど、他に何かあった?

ノブ:アルツのリミックスをやりましたね。自分の曲の12インチが神戸の〈グラス・ワックス〉というレーベルから出ます。〈グラス・ワックス〉っていうのは、K・アレクシーとか出しているレーベルなんですけど。すごく良い感じでできました。もうすぐ出ると思いますよ。あれは聴いて欲しい。誰もやってないことやったつもりだから。

おー。

ノブ:それが受けるかどうかは別として、挑戦したつもりです。

それは注目だね。

ノブ:あと......なんだろう。また余計なことを言うと面倒くさくなるけど、ベルリンはみんなレコードでしたね(笑)。

はははは、人から聞いたよ。例のPCの件だね。

ノブ:いや、あれはスキルのことを言っているのに、話がでかくなっちゃっただけで、オレは別にパソコン使ってても良いDJは良いと思っているし。オレもそのうちPCでDJやるかもしれないし。

だからデリック・メイと同じことを言ってるだけでしょ。

ノブ:そうそう。ただね、オレが言いたいのは、パソコンでピッチ合わせをやっても良いと思うんですよ。楽だし。サージョンがPC使ってDJしていたんですけど、それは素晴らしかったし、ヘンリック・シュワルツやDJソデヤマも良いし。ただオレは......いまはレコードやCDでないと自分が思う緊張感が作れないからそうやっているだけで。

でもベルリンって、いまどきヴァイナルなんだ?

ノブ:ホントにびっくりしましたね。〈ベルグハイン〉も〈パノラマ・バー〉も。

ブースにちゃんとターンテーブルがどんとある感じ。

ノブ:そうっすね。でも実際......ヴァイナルは音が本当にいいっすよ(笑)。

なんかね(笑)。

ノブ:あれは無くしちゃいけないと思うんですよ。

そうだね。

ノブ:もちろん新しいことも受け入れるし、だけど、古くて良いものを守るってことも大切だと思うんですよ。そこのバランスは絶対に大事でしょ。

CDJは使っているでしょ?

ノブ:使いますよ。でも、いまは7割がヴァイナル。自分なりにCDJを使いこなせるようになったらもっと使うかもしれないけど。

データで良い音源もあるからね。

ノブ:そうなんですよ。オレも1年前からビートポートでちょこちょこ買ってますけど、良いのはありますからね。でもマスタリングなどして工夫しないと音が良くない。

浅沼さんが最近やったダニエル・ベルのインタヴューで、彼が良いこと言ってたんだよね。90年代ですでにヴァイナルはカルトなものだったと。みんなCDに移行してたから、すでにヴァイナルは時代遅れだった。でも、それが逆に自分は特別な世界に関わっているという気持ちにさせたと。自分はこの文化の時代遅れのもので新しいものを生み出す側面が好きなんだと。

ノブ:そうっすね。ハーヴィーも最近のデジタル・カメラに喩えて良いこと言っていたよ。オートフォーカスのデジタル・カメラがいくら出回っても、プロは存在するって。そういうことをオレも言いたかったんですけど。でも、思い切り勘違いされて......。

やっぱ影響力が大きいから(笑)。

ノブ:オレ、頭悪いからうまく文章書けないし。

はははは。

ノブ:オレの戯言をそんなに気にする人がいるんだなって感じですよ(笑)。

 

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で、オレの今後5年間の目標は、そこにいかにもっと多くの若者を呼び込むかってことなんです(笑)。20代前半が来ないわけじゃないけど、もっともっと来て欲しいっすね。

いま、DJは月にどのくらい?

ノブ:6~8本っすね。疲れが取れないっすよ(苦笑)。

じゃ、毎週末どっかでやってるんだ。

ノブ:そうっすね。

今週末はユニットじゃなかった?

ノブ:ノーマン・ノッジと一緒にやります。彼も〈ベルグハイン〉のレジデントのひとりっすね。で、翌日が熊本。

週に2回ぐらい。

ノブ:来週は3回。土曜日に1回で、日曜日2回。

どうっすか、日本をまわって。

ノブ:いや、いいんじゃないっすか。こないだも大阪、平日まわしたけど、100人以上来たし、求めている人は求めているから。ぜんぜん良いのかなって思いますね。

それはDJノブだからでしょ。

ノブ:それはわからないっすけど。

でも、間違いなく地方を元気づけたじゃない。

ノブ:あ、それはよく言われる。それこそ熊本なんかめちゃくちゃハードコアっすよ。九州はホントに、「クレイジー」なシーンがある。福岡にもノブ君っていて、そいつもすごいがんばってる。

へー、じゃあノブ君の現場は元気なんだね。人によっては最近の日本のクラブは元気がないって言うからさ。

ノブ:ただ、さっき言った「クレイジー」な部分は少なくなっているように感じてますね。だからそれを〈リキッド・ロフト〉でやれたのは良かった(笑)。かなりめちゃくちゃだったけど、超まとまってた。オレとローカルDJだけで400人以上入ったし。あれは大成功だった。〈フューチャー・テラー〉の3人と名古屋のローカルでがんばってるヤツと、それだけで人が集まったから。

たいしたものだね。

ノブ:そういう意味では「クレイジー」なものを求めている連中もいるんですよ。で、オレの今後5年間の目標は、そこにいかにもっと多くの若者を呼び込むかってことなんです(笑)。20代前半が来ないわけじゃないけど、もっともっと来て欲しいっすね。元気がない20代前半にこの遊びの面白を広めたいっすよ。

でもいるでしょ、そういうヤツはいつの時代でも。

ノブ:若くてやんちゃなヤツ、もちろん〈フューチャー・テラー〉にもいるんですけど。でも、絶対に減っているように思いますよ。

そういう時期なだけなんじゃないの。今後増えるかもよ。

ノブ:そういえば、こないだハーヴィーの〈オッパーラ〉に遊びに行って、オレ、やらかしちゃんですね(笑)。

派手に遊んでしまった(笑)?

ノブ:そうなんすよー(笑)。

ノブ君は自分で踊るの好きだもんな。

ノブ:自分で踊らないDJは、DJがつまらないっすからね。遊んでないDJはダメっすね。オレはだって、フロアで踊る人のためにDJやってるから。やっぱね......。

はははは。

ノブ:はははは。

まあ、〈フューチャー・テラー〉が屈託が無さ過ぎるんだよ(笑)。

ノブ:はははは。でもまあ、やっぱベルリンでその原点を見たというか。

快楽への欲望の?

ノブ:浅沼さんと〈ベルグハイン〉で午後の3時まで踊ってましたからね。(注)

ひぇー、3時まで! それはオレには無理だ。

ノブ:はははは。

(注)浅沼優子さんいわく「3時まで踊ったけど、私は途中2時間くらい居眠りしましたよ(笑)。いちばん踊ってたのノブ君ですよ!」

 

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