「Dom」と一致するもの

intervew with Derrick May - ele-king


Heart Beat Presents
Mixed By Derrick May× Air

Heart Beat

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 ハウスのミックスCDと言われてとくに興味も湧かないような人でも、デリック・メイの13年振りのそれと知れば振り向くかもしれない。実際、都内のレコード店に行くとどこも力を入れて店頭展開している。われわれ世代にとっての最高のDJによる久しぶりの公式のミックスCDなのだから当然といえば当然だ。

 僕にはこのミックスCDが期待以上に面白かった。女の笑い声からはじめるところもいいし、彼が----この一流のDJが、ピッチが多少合っていない箇所もそのままさらけ出した、実に生でヒューマンなミックスをしているところがとくに良かった。CDということもあってか、宇川直宏が言うところの"絶倫スタイル"は影を潜めているかもしれないが、彼のエレガントさ、未来的な響きとトライバルな展開との往復は健在である。

 また、デトロイト・テクノならではの----というかデリック・メイならではの最初の3曲のかけ方----動物的だが上品で、力強くもデリケートな展開(そしてまるで手を引っ張るように、なかば強引に「オレの世界に連れていくぜ!」って感じ)がいまでも充分に魅力的なことも良かった。これ、彼のDJを何度も経験している人は知っている。とにかくデリック・メイは最初のはじまり方がホントにうまい。あれで人は魔法をかけられたように幸福な気になって、まんまと騙されるのだ。

人間らしく聴こえるものを作るために人が金を払う時代がくる。そんなソフトウェアを人間が買うなんて、悲しすぎると思わないか? 最悪だな! この世の終わりだ! どのみち、俺がやっていることは今後そう長くは続かないと思う。

元気ですか?

元気だぜー。

今回は13年振りの2枚目の公式のミックスCDとなるわけですが、この2枚とも日本のレーベルからのリリースになりました。ある意味、あなたと日本との関係を物語っているようにも思うのですけど。

え? 13年前? ホントにそんな昔か? オーマイゴッド! 俺が日本をどれほど特別に思っているかはもうよく知ってるだろ! 俺は日本が大好きなんだよ。日本の仕事は喜んでやるさ。それはビジネス的な観点でなく、俺は日本を第二の故郷みたいに思っているからだ。なぜだかわからないが、日本はデトロイトと深いつながりを持っている。なぜこれほどまでに日本とデトロイトが親密になったのかはわからない。特定のシーンが特定の場所と特別な関係を持つケースは他にもある。例えば、もともとイギリスの植民地だった東南アジアの国ではサシャやディグウィードが人気だとか。日本の場合は、クラブ〈ゴールド〉の頃からニューヨークとの深い繋がりがあった。その後〈イエロー〉ができて、より幅広い音楽が聴かれるようになった。それがあのクラブの本当にクールだったところだ。そのなかでデトロイトの音楽も紹介されるようになり、俺たちに扉を開いてくれた。

浅沼:新宿〈リキッドルーム〉もデトロイト音楽を紹介したという点では重要だったと思いますけど、どうですか?

たしかに。俺が初めて日本に行ったときは東京も地方も小さいクラブでやったのを覚えてるが、2回目は〈リキッドルーム〉だったな。その後4~5年は続けて〈リキッドルーム〉でやったと思う。〈イエロー〉でやったのはだいぶ後になってからだ。新宿の〈リキッドルーム〉が閉店してしまってからじゃないかな? いずれにせよ、そういう過去があるからいまがある。現在のデトロイトと日本の関係が築かれたんだ。これは俺に限ったことじゃない。デトロイトの連中はみんなそう感じているはずだ。

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浅沼:ふたつのミックスCDを日本から出すことになったのは、日本のレーベルにオファーされたからなのか、それともあなた自身が日本のオーディエンスに特別な気持ちがあるからなんですか?

俺は世界中どこへ行っても、自分の好きな音楽をかけている。それはよく知ってるだろう? でも、日本でプレイすると、他のどの場所よりも心地よくそれができる。どうしてなのかは上手く説明できない。もしかしたら、日本の未来的(フューチャーリズム)な部分がそう思わせるのかもしれないな。日本に行くと未来にいるみたいな、エキサイティングな気分になる。いつも日本に着くと、ホテルにいるのがもったいなくてすぐに街に出るんだ。ご飯を食べに行ったり、レコード屋に行ったり、朝はすぐにコーヒーを買いに行ったり。とにかく街を歩き回りたくなる。東京に限らず、日本のどの街に行っても同じだ。それくらい俺にとって居心地がいいんだよ。まあ、いつも言ってることだからよく知ってると思うけど!

僕はこのミックスCDを初めて聴いた夜、泣いたんですが、何故だかわかります?

ええ! マジで? そこまで大したもんじゃないだろ! なんで泣いたかなんてわからねえよ!

まず最初のミックスが素晴らしい! 細かいことを言うと、最初の3~4曲目までのミックスが本当に格好いい。デリック・メイらしい技というか、見事ですよ。

そういうことか。あれを聴いて何か思い出したってことなんだな。なるほど、それなら理解できる。(ここでいきなりiPhoneと取り出し、音声を流す)「カイキョー」。「カイキョー」。

浅沼:は? 改良? 改行? 何ですか???

これだよ(と画面を見せるとそこには「海峡」の文字)。

浅沼:「海峡」!? 日本語勉強アプリですか?

いいだろ、これ。毎日ひとつずつ言葉を教えてくれるんだ。だいぶ上達してきたぜ。今度日本でタクシーに乗ったらまず「カイキョークダサイ!」って言ってみる!!

......ぜひ次回試してみて下さい。で、次の質問ですが......ちょっと真面目な話をしますよね。この10年、音楽環境はずいぶんと変化しました。オンライン・エイジ、mp3、ダウンローダーズ......これらデジタルの大衆運動はある側面では歓迎すべきことでもありますが、ある側面ではどうかと思うことがあります。そのひとつの例を言えば、DJのミックスです。いまやたいてい、どんなミックスCDでもコンピュータで完璧にピッチを合わせてあります。そしてDJはピッチの合わせの練習をすることなく、データを操作してミックスする若いDJも少なくありません。

そうだな、そういう連中はピッチ合わせができるようになることはない。そういう奴らは「DJ」と呼ばれるべきではない。「オーディオ・テック(技術者)」と呼ばれるべきだ。DJの定義は、物理的なマニュアル操作ができる人間に限られるべきだ。こういう新しい種類の「DJ」は音楽は流しているがDJをしているわけではない。テクノロジーを使って音楽をかけているのだから、「オーディオ・テック」だ。この呼び方を俺は定着させたいと思ってる。DJとオーディオ・テックはまったく違うんだってことをみんな理解して欲しいね。オーディオ・テックが悪いってわけじゃない。ただまったく別モノだから、彼らをDJと呼ぶべきではない。DJに出演してもらうのか、オーディオ・テックに出演してもらうのか、頼む方はよく理解しといてもらいたい。

(それはそれで、たとえばリッチー・ホウティンのようなクリエイティヴなこともできるだろうけど)あなたのこれは人間味を排除していく文化状況に抗っているように聴こえるんですよ。

ほう、それは嬉しい感想だな。ただ俺は抗っているつもりもなくて、俺のやり方を貫いているだけだ。これをいつまで続けることができるかはわからない。それが現実だ。このミックスCDを俺は1テイクで録った。途中で止めることもなく、やり直すこともなく、ただそのときの直観でかけたいものをかけたいようにプレイした。それがいい仕上がりになるかどうか考えもせずプレイして、たまたまでき上がったものなんだ。でも、逆にそういうものをリリースしたいと思った。細かい修正を加えて綺麗に仕上げることなく、そのまま出したいと思ったんだ。だからMAYDAYミックス(『MIX-UP』)とは違う。MAYDAYミックスは、テクニックを披露する目的で作ったものだった。俺がラジオ番組をやっていた頃に培ったテクニック、デトロイトではみんなが使っていたテクニックだ。ケヴィンやホアンが編み出したテクニックもある。それを、「見てみろ、俺にはこんなことができるんだぜ!」と見せつける目的で作ったミックスだったんだ。「他のDJには絶対真似できないことをやって見せてやる!」ってね。そういう意味では、俺がMAYDAYミックスでやったテクニックの多くは、やっといまのテクノロジーを使って他の奴らにもやれるようになった。だから今回のミックスは、「ヒューマン・エラー」あるいは人間の「本能」へのトリビュートといったところだな。現在のテクノロジーの力を借りずに、人間の力で作ったものだ。全てが完璧に作られている現在、逆に貴重なものだろう。女性の豊胸手術や鼻の整形に始まり、音楽制作ソフトに至るまで、何にでも傷ひとつない完璧さを追い求めてる世界では、「自然」であることがユニークになってる。俺がやったのは自然なミックスであり、いまの世界ではユニークなものだ。

浅沼:コンピューターでは作れないものですね。

まだね。でも、そのうち「自然っぽく」人間味を作り出すプログラムが開発されるだろうよ。なんとも悲しいことだけどね。人間らしく聴こえるものを作るために人が金を払う時代がくる。そんなソフトウェアを人間が買うなんて、悲しすぎると思わないか? 最悪だな! この世の終わりだ! どのみち、俺がやっていることは今後そう長くは続かないと思う。去年〈Transmat〉からグレッグ・ゴーの「The Bridge」というシングルを出したが、思っていたほどは売れなかった。それなりにレコードもダウンロードも売れたが、もっと売れていいはずだ。素晴らしい音楽を作っている人間はたくさんいるが、それが上手く届くべきところに届いていないように思う。音楽産業、特にダンス・ミュージック産業においては仕組みがめちゃくちゃになっていて、現状を把握出来ている人間がいないんじゃないかな。俺自身も混乱しているし、誰が何をコントロールしているのかみんなわからない状態だ。ディストリビューターは毎日のように倒産しているし、レコード屋も次々と閉店してる。まあそれを嘆いていても仕方ないから、なんとか打開する方法をきっと見つけるけどな!

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あなたのミキシングの影響には、1980年代のロン・ハーディとフランキー・ナックルズがあるけど、どっちの影響が強いんですか?

50/50だな。

浅沼:でも彼らが最も影響を受けたDJですか?

非常に大きな影響は受けているが、それはだいぶ後になってからだ。最初に影響を受けたDJはケン・コーリアーだ。それとデラーノ・スミス。奴は俺とふたつくらいしか歳は違わないが、すでに自分のスタイルを持っているDJだった。彼独自の気品があった。DJにとってはとても大事なことだ。今日のDJの多くに欠けているもの、それがスタイルさ。ただ曲を流せばいいってもんじゃない。そこにその人ならではのパーソナリティが表れているかどうか、スタイルがあるかどうかがDJの善し悪しを決める。それを教えてくれたのがデラーノだった。本当さ、正直に言うよ。

浅沼:へえ! あなたがデラーノについて語っているのは初めて聞きましたよ。

うん、そうかもしれない。でも、俺にとってとても重要な人物なんだ。たしかにいままで彼について触れたことはなかったかもしれないな。

浅沼:彼も〈Music Institute〉でプレイしていたんでしたっけ?

いや、してない。もっとずっと前の話だ。俺たちがみんな高校生だった頃に、地元のハイスクールのパーティなんかでDJしていた。彼は「キング・オブ・ハイスクールDJ」だったんだよ。俺もまだガキんちょでDJをはじめていない頃だ。俺とホアンがDJの練習をしている頃、彼はすでにキングだったってわけさ。俺たちが目指していたDJ像がデラーノだった。ほんと、地元の高校生がちょっとおめかしして出かけるような何てことないパーティ・シーンだったけど、彼がプレイしていた音楽はとても進んでいた。ヨーロッパの音楽もたくさんかけていて、当時アンダーグラウンドだった音楽が流れていた。彼のDJを聴いて、俺もやりたいって本気で思ったね。ちょっと試しにやってみたいというのではなく、俺はこれをやっていきたいって。だからデラーノはいい友人であり、その当時とても影響を受けた人物でもあるんだ。

浅沼:私、デラーノのDJを体験したことがない気がします。

彼は素晴らしいDJだよ。いまでもそれは変わらない。いまでもハングリーだし、新しいことに挑戦している。時代がまったく変わってしまったけど、また最近人気が出て来ているだろう? 結構大きな会場でプレイするようになっているし、聴く機会があったらすごく気に入ると思うよ。彼は常に「クラブっぽい(clubby)」、ヴォーカルものが多めの選曲だが、ミックスのスタイルはとてもオールドスクールで、美しいブレンドでしっかり音楽を聴かせてくれるタイプだ。とてもエレガントにね。オーディエンスを揺さぶるタイプじゃない、ゆっくりとかき混ぜるタイプ。

ほー! あなたのミックスに話を戻しますが......少女の笑い声からはじめたのは何故ですか?

ああ、日本のトラックだな? 一時期俺がよくかけてた「love, peace, harmony...」ってスピーチが入ってるのと同じレコードだよ。日本人が作ったものだ。これを1曲目に選んだのは、まず第一に東京に滞在中にホテルに届けられたものだったから。2週間ほど聴かなかったんだが、ある日聴いてみたらとても面白いレコードだった。パーカッションとか、サウンドエフェクトしか入っていないんだが、とてもクールだった。とくにこの笑い声は日本のちょっとバカっぽい女の子たちのことを連想させた(笑)。「これは絶対使いたい」と思ったんだ。そして第二に、ハッピーな気分にさせる笑い声だったからね。パーティっぽくていいだろう。前のミックスCDはかなりシリアスでダークだったからね。そう、今回はパーティっぽいノリを重視して流れに任せた。

浅沼:レコーディングは自宅のスタジオでやったんですか?

ああ、そうだよ。

今回のミックスCDを聴いてもうひとつ思ったのが、13年前のあれとさほど変わっていないということ。変化というは魅力ですが、あなたは変わらなくても良いこともあるんだと主張しているようにも思ったんですが。

ふむ。要するに、俺は自分を変えずに、変化に順応してきたってことだろ? ブルース・リーが「戦わずして戦う術(the art of fighting without fighting)」と言ったのと同じことだな! ハハハ。たしかにそうだと思う。それは、つねにエネルギーを集中させてやってきたから。当然、ずっと同じレコードをかけているわけにはいかないから、かけているレコードは変わっているんだが、「かけ方」を変えていない。だから、プレイを聴けば俺がかけていることはすぐにわかる。それがどんな曲であってもね。俺は自分のスタイルとエネルギーを保持してきたからだ。

浅沼:どうしてそれが可能だったんでしょう?

それは俺がバッド・マザー○ァッカーだからに決まってんだろ!

浅沼:ハハハ。なるほど(笑)。

俺は好きなことしかやってこなかった。それが秘訣だよ。好きな曲しかかけないから、自分自身が楽しめる。俺がDJするときは、自分もそれで踊っているつもりでやる。俺は好きじゃない曲は絶対にかけない。

浅沼:そうだとしても、さすがにこれだけやっていると飽きたりしませんか?

それはないね。もし特定の曲に飽きたら他のレコードをかければいい。曲単位では飽きることはあっても、音楽やDJをすることに飽きることはない。俺は自宅ではいっさいダンス・ミュージックを聴かないようにしている。車でさえも滅多に聴かない。普段はクラシックやアンビエントを聴いている。ダンス・ミュージックを聴くのはクラブのなかとレコード屋にいるときくらいだ。それが気持ちをフレッシュに保つ秘訣かな。一日中、毎日そればっかり聴いてたら誰でも飽きる。〈Transmat〉のアーティストたちにも、あまり自分の曲を聴き込まないようアドヴァイスしてる。しばらく時間をおいてから聴き直してみろと。制作中でも、2~3日間を空けて聴き直すことで、どこがいけないのか、どこが改善できるのか発見できる。聴き過ぎは禁物だ。

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Heart Beat Presents
Mixed By Derrick May× Air

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DJの構成という点でも、一貫しているところがありますよね。ざっくり言ってあなたのDJは、セクシーなパート、スピリチュアルなパート、あとトライバルでファンキーなパートに分かれている。

ああ、合っていると思うよ。要するにストーリーがあるってことだろ? 俺はいつだってストーリーを語るようにしている。曲を作る場合でも、DJセットを構成していく場合でも、そこにはストーリーがある。それはハッピーエンドかもしれないし、最後はジャングルで食われて死ぬってオチかもしれないが、そこには何かしらのはじまりがあり、展開があり、終わりがある。それを旅(journey)と呼ぶ。DJは、お客さんを旅に連れ出すことができなければならない。できない奴は...... DJではない。曲を作る時も同じだ。でも曲を作る際の難しさは完結させなければならないこと。物語をはじめるのは簡単だが、上手く終わらせるのは難しい。そしてこのスキルはやっているうちに自然と身に付くものなんだ。オーディエンスを見て、オーディエンスから学んでいくことだから。自分の恐れと、オーディエンスからもらうポジティヴなエネルギー。自分が前に進んでいるときはそれが感じられるはずだし、そうでない場合もすぐわかるはずだ。「やばい、この曲じゃなかった」と思う瞬間だってある。「次にこの曲をかけて立て直さなければ、2倍強力な曲で持っていきたい方向に軌道修正しなければ」ってね。どんなDJにだってそういう瞬間はある。DJはただ音楽を流すだけではなく、そうやってオーディエンスの気持ちを動かしていかなければならないんだから、そりゃ難しい。お客さんが求めるもの、期待するものにも応えていかなければならない。

逆に、変化について話してください。最近のあなた自身のDJプレイにおける変化がもしあれば。

ふーん。

ますますエレガントになった?

そうは思わないな。もっと怒りのこもった、動物っぽいプレイになったと思うけど? もっとダンスフロアにいる連中の息の根を止めてやろうと、奈落の底に突き落としてやろうと集中してやってるつもりだ!

新しい動きには興味がありますか? ダブステップであるとか、フライング・ロータスのようなエクスペリメンタルなヒップホップであるとか。

まったく興味ない。俺は音楽に興味があるんであって、それが何と呼ばれているかには興味がないんだ。それがどこで誰によって作られたものなのか、どうやって作られたのか、ブラックなのかホワイトなのかイエローなのか、俺にはどうでもいいんだよ。いい音楽はいい音楽。それだけだ。俺がかけたレコードに対して、「それは最高なダブステップ曲ですよね!」なんて言ってくる奴がいるが、俺の反応は「あっそ」だけだ。俺にはダブステップをプレイしてるって自覚すらないんだよ。BBCでやってるラジオ番組でも、ダブステップの曲についてコメントが送られてきたが、俺はそれがダブステップだってことすら知らなかった。俺がかけたカリズマ(Karizma)の曲がダブステップだったっていうんだ。そんなことまったく知らなかったよ。

浅沼:だったら、どうやってレコード屋さんで自分の好きな曲を探すんですか?

人に薦めてもらうこともあるし、ランダムに壁にかかっているものを聴くこともある。東京に行くときは事前にレコード店にいるケイコ(星川慶子)に連絡しておく。そうすると20~30枚お勧めのレコードを選んでおいてくれるんだ。彼女は俺のテイストをわかっているからいいけど、他の国の他の店によってはまったく的外れで最悪なレコードを薦められることもある(笑)。そういう場合はショックだよ。俺がデトロイトから来たテクノDJだって、デリック・メイだって名前だけ知っててプレイを聴いたことないんだろうな、BPMが190くらいの世にも恐ろしい最低な曲を30枚くらい渡してくる。ひと通り聴くだけでも何時間もかかるってのに、全部同じに聴こえるんだ! まあ、そういうこともよくある。そういう場合は、自分で店を一通り見て興味を惹かれたものを聴いてみる。

〈トランスマット〉はいままた動いているんですよね?

いろいろ出るよ。次はZak Khutorestsky(ザック・クトレツキー)というアーティストだ(ミックスCDの最後に収録されている人ですね)。ロシア系だけどミネアポリスに住んでる。素晴らしいアーティストだ。今年5枚、来年5枚は出そうと思ってる。ザックの次は、またグレッグの新曲を出す予定だ。他にもいろいろ計画しているから楽しみにしててくれ。

R.Kelly - ele-king

 R.ケリーを聴くと、少なくともひとつは良いことがあるのを僕は知っている。R&B好きの女性と音楽の話題を通して、愛や恋やセックスにまつわるトークを開けっぴろげに、ディープにできる。それはとても素敵な時間だ。普段は口にするのも恥ずかしい言葉を平然と言えてしまう。「R.ケリーはあの歌の中でこんなことを言っているけど、オレはこう思うんだよね」という感じに。盛り上がれば、「じゃあ今度、一緒に聴こうよ」なんて誘い文句を繰り出すこともできる。はははは、楽しいぞ! 男も女も魅了する愛のドラマを描けるR.ケリーはまったく偉大な男だ。野田編集長に拠れば、あの女傑、アリ・アップでさえR.ケリーに一目置いているという。

 ディスコ/ヒップホップ以降、つまり"ポスト・ソウル時代"に登場した黒人男性R&Bシンガー/ソングライター/プロデューサーで、R.ケリーほど成功した人間はいないだろう。80年代後半、テディ・ライリーが発明したニュー・ジャック・スウィングはヒップホップ・ビートとR&Bのソングライティングを融合し、ヒップホップとR&Bの壁を取り払うことに成功する。それはブラック・ミュージックの歴史におけるひとつの革命だった。ニュー・ジャック・スウィング・ブームの余韻が残る90年代初頭にR.ケリーは本格的にキャリアをスタートさせる。
 セカンド『愛の12プレイ』(93年)、サード『R.ケリー』(95年)で独自の所謂性愛路線を確立し、両アルバムはそれぞれ500万枚近くも売れたと言われている。『愛の12プレイ』に収録された「セックス・ミー(パート1&2)」のあけすけなセックス描写とねっとりと絡みつく甘いヴォーカルに、10代の僕はそれまで聴いたどんな音楽からも駆り立てられることのなかった卑猥な妄想を刺激されたものだ。
 他方で、マイケル・ジャクソン「ユー・アー・ノット・アローン」をプロデュースし、映画『タイタニック』のテーマ曲で一躍時の人となったセリーヌ・デュオンとの「アイム・ユア・エンジェル」というデュエット曲を作っている。両者ともメロディ・メイカーとしてのR.ケリーの才能が光る、美しいスロー・バラードで、2曲ともクロスオーヴァー・ヒットを成し遂げた。

 1967年、R.ケリーはシカゴのサウス・サイドのプロジェクト(低所得者向け公営住宅)で生まれる。彼は、ただただ甘ったるいバラードやセックス賛歌("セックス・ウィード"、"セックス・プラネット")や女たらしの歌(T.I.とT・ペインをフィーチャリングした「アイム・ア・フラート・リミックス」のスムースなグルーヴには溶けてしまいそうだ)だけを歌ってきたわけではない。ゲットーから抜け出すことを誓い合った彼女との思い出を回想する"ゲットー・クイーン"、シングル・マザーへの愛情を歌った"愛しのセイディ"、壮大なゴスペル調の"トレイド・イン・マイ・ライフ"といった曲があるように、宗教的な精神から貧しい黒人ゲットーの人々へ向けた同胞愛まで、様々なドラマを歌い分けてきた故に幅広い層からリスペクトされてきたのだろうし、常に(ダンスホール、レゲトンを含む)最新のアーバン・サウンドを取り入れるという意味でも、ストリートの感覚を反映させるという意味でも、ヒップホップ的感性はR.ケリーの音楽の重要な要素と言える。そしてなにより、どこか憂いのある艶かしく悩ましいあの声が聴く者のハートの深いところを締めつけてくる。それは、マーヴィン・ゲイにもプリンスにも通底するブラック・ミュージックにおけるもっとも濃密なソウル――性と快楽と剥き出しの魂が渾然一体となった黒い媚薬とでも言えるような――のひとつの象徴だろう。

 それにしても、R.ケリーにうっとりした後にテレビから流れてくるアイドル歌手が歌うラヴ・ソングを耳にすると、どうにも幼稚でつらい。成熟よりも幼児性に傾きがちな日本のポップ産業においては仕方のないことかもしれない。が、恋愛やセックスが必ずしもピュアで、汚れなくキラキラしているとは限らないのに......まったく深みがなさ過ぎて本当にげんなりするものが多い。「大人を舐めるなよ~」という気持ちだ。恋愛をしていれば、彼女に飛び蹴りされて、コンクリートの路面にしたたかに体を打ちつけることだってあるし、金のことで言い争うこともある。また、ときたま事故のように訪れる......(以下、自主規制)。皆さんもよくご存知のように、愛や恋やセックスには壮絶な、嵐のような出来事が付き物なのだ。まさにR.ケリーが地で行くように。

 児童ポルノや性的虐待に関する容疑による逮捕・起訴(無罪を勝ち取ってもいる)、離婚問題、2枚のタッグ・アルバムを制作したジェイ・Zとの仲違い。R・ケリーの周囲にはセックスや女性関係にまつわるスキャンダルをはじめ、裁判沙汰が後を絶たない。いまやR.ケリーをゴシップ・ネタとしか扱わない向きもあるのだろうが、ビヨンセ、リアーナ、アリシア・キーズなどの例を出すまでもなく、"女の時代"だった00年代のR&BシーンにおいてR.ケリーは第一線に立ち続けた。

 そこで、前作『ダブル・アップ』から2年ぶりに届けられた、オリジナル・アルバムとして通算10作目となる『アンタイトルド』を聴く。特筆すべき"新しさ"があるわけではないが、安易に4つ打ちを取り入れた2曲と取って付けたようなサウス系の1曲を除けば、まったく期待を裏切らない出来と言っていい。欲を言えば、R.ケリーらしいストーリー・テリングをもっと聴きたかったというのはある。まあ、それでも十分に満足できる。ケリ・ヒルソンと猛々しくセックスを求め合う男女を演じるエネルギッシュなデュエット曲「ナンバー・ワン」(「Sex that we`re having here girl ohh(セックス、僕らは抱き合う、ガール、ohh)」)、売れっ子シンガー/プロデューサー、ザ・ドリームらをゲストに迎えたアーバン・ソウル"プレグナント"( 「Give you make me wanna get you pregnant(ガール、キミを妊娠させたくなっちゃうよ)」)、90年代中盤のメロウR&Bを彷彿とさせるセルフ・プロデュース曲"ゴー・ロウ"と"ホール・ロッタ・キスイズ"。いまR.ケリーを聴こうと思うならば、過去作ではなく、間違いなくこの集大成的な新作(リリースは昨年末)を手に取るべきだろう。これぞブラック・ミュージックにおけるエロスの真骨頂。堪らない。

 雑誌がなくなっていくー......とかいいながら自分もまるで買わない。フリーペイパーもそのまま捨てる。相変わらず『日経サイエンス』と『ニューズウィーク』を特集によって買うだけで、黙っていても定期的に送られてくる雑誌は『アエラ』のみ。学生時代に雑誌の配達というアルバイトをやっていて、世の中にこんな雑誌があるのかと思うと、なんでも1冊ずつ買ってみた頃がウソのよう~(レストラン経営とか東洋経済まで買いそうになった)。そのような時期にはなくて、いま、豊富にあるのが、しかし、友人関係で、美術雑誌はまったく手に取らなくても工藤キキがE!という展示やギャラリーにはほとんど足を運んでいる(チム↑ポムも最初に教えてくれたのは彼女だしー。♪オレのまわりはピエロばかり~......違うか)。

  年末から年始にかけて神奈川県民ホールでやっていた「日常/場違い」展も工藤探偵事務所の下調べによってすでに優良だと判断が下されていた。報告書によると実演をやっている日に行った方がいいというので、その通りにすると、いきなり会場の外で串刺しにされた自動車が空中で大回転。そのスピードがまた速い。スカジャンを着込んだ若者=作者の久保田弘成が思いつめたような表情でアクセルを吹かし、巨大な洗車機を駆動させている。J・G・バラードや映画『クラッシュ』のファンが見たら射精どころでは済まないのではないだろうか(女性の場合は......省略)。しかもBGMは大音量で「津軽じょんがら」。作品のタイトルは「ベルリン・ヒトリタビ」。何がなんだかわからないままに実演が終了し、そのまま展示会場に入ると、今度は洗車機の外枠部分に30メートル近いコンクリートの棒が突っ込まれている。それには「性神式」という題がつけられていて、あー、やっぱり性のメタファーなんだなと微弱な着地点が見えてはきたものの、それにしてもダイナミックなことこの上ない。何かが思いっきり剥き出しになっている。村上隆がおたくの性を題材にしていた作品にもダイナミズムを感じさせる仕掛けはあったけれど、観念が肥大していく方向がまったくの逆なのだろう。

  総勢6人による展示の全容は工藤キキに任せるとして、その日、僕が気になったのは展示の誘導にあたっていたのが、なぜかみな、中年の女性たちで、説明がとにかく丁寧。全体にホスピタリティが異様に高く、それだけでアート・スペースにいる気がしなかった。我が子の作品を見て下さい......というわけでもなく、神奈川県民ホールという聞きなれない場所を使っていることもあって、その場所がどのようにして成り立っているのか最後まで疑問に残ってしまった(入場料は700円)。それはてれてれと中華街まで歩き着いた頃にも頭の裏の方ではもやもやとしたままで、大谷能生に教えてもらった福満園本店の黒チャーハンを食べている時にも肥大し続けた。あれかなー、これって、やっぱり県民ホールが主催だし、事業仕分けの対象になりかねない予算でやってたりするのかなー。「日常/場違い」なんていう無骨なタイトルもそれだったら妙に納得が行くし、開催時期も年度末に近いし、チラシをよく見ると「古典落語×現代アート」とか関連イヴェントにも奇態なものが多いし......

  国家予算の配分というと、30年ぐらい前に父親が半官半民の大学を立ち上げるというタイミングで研究施設の予算をどのように申請するかでそれなりにテクニックを使って(自然科学のことしかわかっていない同業連中を相手に自分だけ建築法を勉強して)自分のつくりたいように施設を建立したというようなことがあって、その時に、一回でも要求額を下げたら、次年度からはそれ以上の請求ができなくなるから予算は少しでも高めに申請しておかないと後がマズいというようなことをいっていて、ということは誰も彼もがそうせざるを得ない仕組みになっているということだろうから、「国家の歳出というものが減るわきゃーねえな」と思ったことを覚えている。つーことはですよ、「一度減ったら二度と増えない」ではなくて「減らしたら増える」という仕組みに作り直せばいいんじゃないかと。1年間予算を低く抑えたら、ある程度まとまった額の交渉権を保留にできるようにして、それが仮に5年続いたらかなりの額の事業計画を検討してもらえる交渉権にヴァージョン・アップするとかすれば、たとえば地方だったら毎年、毎年、中央に陳情に出かけてくる交通費だって浮くだろうし、年度末調整とかでバカスカ使っているお金が累積でいくらになるのかわからないけれど、それが仮に同じ金額だったとしても5年分とか10年分とかまとまって入ってきた方が自治体だって思い切った使い方ができたりするんじゃないのかなーとか。

  こんなところで書いてしまっていいのかわからないけれど、RCサクセションやフィッシュマンズをマネージメントしていた音楽事務所の入社テストは「500円で何か買ってきなさい」というものだった。細かいものを沢山買ってくるか、大きなものをひとつ買ってくるか、それだけでその人が将来、事務所でどんなことをやってくれるか、けっこうなことがわかるというのである(どうすると採用されるかは秘密です)。旧ソヴィエト連邦(レンホーじゃないよ)で有名な「五カ年計画」は元々はモンゴル帝国の習慣が13世紀に西方にも伝わったもので、社会主義だからできたことというわけではないらしい。CDや映画でもいい加減、低予算で品数だけは多いというやり方にはウンザリだし、それこそ国家予算なんだから、どうだろう、仕分けではなく、この際、予算の組み上げ方自体を変えてみては!

ジョセフ・ナッシング

  ......というところで何年か前、ワープ・ナイトにジャクスンを観に来ていたジョセフ・ナッシングとばったり会ったことを思い出す(つーか、初めから考えてあった)。『ダミー・ヴァリエイションズ』や『デッドランド・アフター・ドリームランド』など快作を次から次へと繰り出していった彼は、しかし、その時、実は2~3年つぶれたままで、ほとんどアル中のようなものになっていたと話してくれた。ようやく物事が手につきはじめたという彼がそれから『シャンバラ・ナンバー・ワン』を出すまでにはさらに2年を要すことになるけれど、時間をかけた結果というものはやはり素晴らしいものだった。昨年末、サード・イヤーのクリスマス・ナイトに行くと、そのジョセフ・ナッシングがオーケストラ名義でライヴをやっていた。例によって友人たちとバカ話に高じていたら、あ、なんだろ、これはいいなと思ってフロアに飛び出すと彼がラップ・トップに顔を埋めていたのである。ひとつのことにこだわり続けたリズムと、その発展的な展開と呼ばれるものがそこにはあった。その後で聴かせてもらったニュー・アルバムとは印象は少し違っていて、その時、その空間に広がっていた音楽は長いこと時間をかけたものにしか出せない何かに満ち溢れていた。僕は次の日に体が痛くなるようなヘンな踊り方をしばらく続けた。音楽に体を合わせるということはそういうことだから。

■近刊
1月24日 『ゼロ年代の音楽 壊れた十年』(河出書房新社)*共著
2月10日 『ゲゲゲの娘 レレレの娘 らららの娘』(文藝春秋)*編集
2月25日 『手塚治虫 エロス1000ページ(上・下)』(INFAS)*編集

Vampire Weekend - ele-king

 30年前に大好きだったペイル・ファウンテインズのシングル集のようなCDを買った。ほとんど全部、持っているのになぜか衝動買いだった。そして、久しぶりにまとめて聴いたら......こんなにヘタだったのか......ガーン......

 忌野清志郎のソロ・アルバム『レザー・シャープ』でエンジニアを務めたチャールズ・ハロウェルはペイル・ファウンテインズのサード・アルバムをプロデュースし、そして、失敗に終わったと話してくれたことがある。クラッシュからドロップ・アウトしたトッパー・ヒードンと失業状態のスティーヴ・ヒレッヂがその時、目の前にはいた。清志郎は「♪曲がり角のところで~」と歌い出す。RCサクセションとして次のアルバムをつくるはずだったのに、ひとりでロンドンにいる清志郎も含め、誰ひとりうまくいっている人はいなかった。ペイル・ファウンテインズの話をする時、ハロウェルは少しうな垂れていた。「スタジオ内は完全に煮詰まって、どうにもならなくなってしまった。半分までできたところで終わりだということがなんとなくわかったよ」

 ハロウェルは夢を見ない若者だった。階級社会のイギリスが彼には一生、労働者だという自覚を与えていたのである。80年代といえばパワー・ステーションのドラムがすぐに引き合いに出される。あれはハロウェルがつくった音だ。自分のドラムの音をあれと同じにされたといってトッパー・ヒードンはカンカンに怒っていた。トッパー・ヒードンを黙らせたのは清志郎だった。清志郎は80年代を受け入れようとしていた。チャールズに向かって清志郎が「素晴らしい!」と英語でいった。「マーヴェラス!」。清志郎はハロウェルを日本に迎えてもう1枚のアルバムをつくった。「マーヴェラス」を縮めた『マーヴィー』だ。典型的なメンフィス・サウンドといえる「シェルター・オブ・ラヴ」をいかにもニューウェイヴ風のアレンヂで聴かせているのは清志郎とハロウェルの接点がそこにあったからである。仮ミックスが終わると、「チャールズ! マーヴィー!」と、清志郎は何度もマイクに向かって小さく叫んでいた。

 ペイル・ファウンテインズの透き通るようなサウンドを、あの瑞々しい音楽を、「夢を見ない」ハロウェルはどのように受け止めていたのか。諦めの裏返しとして有効な響きがそこにはあったのだろうか。そして、あの瑞々しさが重々しく変化していった時に、彼の心には何か感じることはあったのだろうか。さらには重い音さえ出せなくなってしまった時には......。


 ヴァンパイア・ウィークエンドは怖ろしいほど清々しい。これは何かの裏返しなのかと勘繰る気持ちさえ起こさせない。「どんな音楽?」と聞かれればファーストはトーケンズがカヴァーしたモノクローム・セットの「アポカリプソ」だったけど、セカンドはそれほどふざけてはいなくて「ファン・ボーイ・スリー+ハワード・ジョーンズ」と答える。ロスタム・バットマングリー(......って、コウモリだらけなんですけど)による別働隊、ディスカヴァリーからのフィードバックだったのか、セカンド・アルバムではエレクトロニクスが随所で取り入れられ、そのせいで、もはやアメリカのバンドが頭に思い浮かぶことはない。このセンスは完全にイギリスのものだし、とはいえ、ペイル・ファウンテインズの隣に彼らの音楽を置くのも抵抗がある。これがいまのアメリカだとしかいいようがない。アン・ライス以来、アメリカではゲイの比喩だとされてきた吸血鬼を名乗り、ソカやスカのリズムにのせて爽やかなメロディを歌う彼らが全米で1位をマークするという流れ。アメリカは何かに疲れてしまったのだろう。これが10年前には(イギリスから強引に取り寄せた)レイディオヘッドをアンセムとして称え、20年前にはニルヴァーナをトップに置いてきた国のその後の姿だとしかいいようがない。一方にアニマル・コレクティヴTV・オン・ザ・レイディオがいることを思えば、サイケデリック・ムーヴメントに対するサイモン&ガーファンクルのようなものになろうとしているのかなとか(まだ、そこまでの強度はないけれど)。

 ヴァンパイア・ウィークエンドはペイル・ファウンテインズのように煮詰まることはないだろう。彼らの清々しさは何かと引き換えにして出てきたものでは、たぶん、ないからである。変化することを楽しんでいるバンドのようだから、次で一気にエレクトロニカということもありうるのかもしれないけれど、あまりおおっぴらに記号化しない方がきっと長い支持は得られることでしょう。小手先の面白さでは、もしかすると、いま、一番なんだから。

Astor Piazzolla - ele-king

 去年の暮れに店頭にならんだ『ザ・ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト[タンゴ・アパシオナード]』は、86年から88年の間、晩年期のピアソラが〈アメリカン・クラーヴェ〉にのこした3作の2作目にあたり、ボルヘスの短編に着想を得たグラシエラ・ダニエレが制作したミュージカル「タンゴ・アパシオナード」の伴奏音楽が契機になった(じっさいは音楽劇で使用した楽曲を再構成した)ヴァラエティに富んだ作品だったが、「クラーヴェのピアソラ」の残り2作に比べると小品の感がしなくもないと書くと異論がありそうだが、当時の五重奏団と若干異同のある布陣で吹き込んだ『ザ・ラフ・ダンサー~』は、内側に圧縮する志向をもつピアソラの楽曲をどこか外へ開くようでもあり、私は今回リマスタリングでSACD仕様になったこのアルバムを、10年とはいわないまでもそれくらい久しぶりに聴いて、当時抱いていたクールでモダンな響きを、アンディ・ゴンサーレスやパキート・デリヴェーラといったジャズ/フュージョン奏者たちが異化していたことに気づいたのだった。スタッカートとスウィングのちがいというか、『ザ・ラフ・ダンサー~』ではジャズの身体性がタンゴのリズムを揺らし、楽曲の厳格さへの緩衝材になっていて、"ピアソラのタンゴ"へ迂回する(せざるを得なかった)回路がこのアルバムに小品といわないまでも実験作の風情を与えている。ブロンクス生まれながらラテン音楽に親しんだハンラハンの二重のアイデンティティが、4歳から16歳までをおなじくニューヨークで過ごしたピアソラの履歴と重なり、当人たちも意識しなかったモザイク状の暗喩をふたたび浮かび上がらせた『ザ・ラフ・ダンサー~』は『タンゴ:ゼロ・アワー』と『ラ・カモーラ』のほかの2作とともに、都市と形式の間を往復しながら聴き直されるべきだとおもう。

 ブロンクスで誕生したヒップホップと同じく、元はダンスと音楽とローカリティの複合物だったタンゴはピアソラの登場を俟つまでにすでに数十年の歴史(ヒストリー)と流儀(スタイル)を蓄えてきたが、多感な時期をニューヨークですごしたピアソラにはタンゴはエキゾチシズム抜きには接せられない音楽で、彼はタンゴ好きの父にバンドネオンを贈られてもさしてうれしくなかった。1921年生まれのピアソラは作曲家になるため留学したパリで師事したナディア・ブーランジェにタンゴをつづけるよう進言され帰国した60年代まで何度か挫折を味わったが、ピアソラにとってタンゴは、いまではほとんどのひとがヒップホップをブレイクダンスやグラフィティと切り離した音楽と認識するように、流儀でなく音楽の形式だった。「タンゴはどこまでタンゴなのか?」という自問自答。ピアソラのディスコグラフィにはそれが繰り返しあらわれてくる。『タンゴ:ゼロ・アワー』ではそれが先鋭化し、彼は藤沢周のやたらとハードボイルドな小説のタイトルにも引用された「ブエノスアイレス零時」のゼロのコンセプトを拡張し、タンゴの境界線を形式の力で探りあてようとする。私には「ブエノスアイレス零時」は昨日と今日を分かつ都市を徘徊するさまを描写した傑作なのだけど、それから20年以上経ってピアソラの音楽は完全に音楽に純化されたように聴こえる。『~ゼロ・アワー』の曲はかつてあったものの再演ではあるが、ピアソラの神経が隅々まで行き渡った後期五重奏団の再現性は、タンゴだけでなくクラシックやジャズの要素をアナロジーとしての多声部に変換し、1曲にアルバム1枚分の濃度をもたらし、私は多楽章形式の"コントラバヒシモ"なんか聴き終えるとどこかに旅行してきたような気持ちになるのだけど、このトリップ感(?)はあくまでもフォーマットの運動がベースにある。その意味でピアソラはタンゴの革新者だったが自身の音楽言語を手放さなかった古典的な作曲家でもあった。

 形式はやがて複雑化する。それはあらゆるジャンル音楽のあたりまえの展開なのだけど、「さらに複雑で美しい曲を」というハンラハンの求めに応え、87年と88年の夏に避暑地、プンタ・デル・エステ(ギリアムの『12モンキーズ』で使われた"プンタ・デル・エステ組曲"はここに由来する)で書き上げた組曲がメーンの『ラ・カモーラ』はトリップというよりショート・ステイほどの大作志向になり、和声は緊張感を高め、リズムは入り組み、場面はめくるめく、演奏は奔放になり、彼の音楽に叙情性を託すリスナーを煙にまきさえする。ここがたぶん境界線の手前だった。タンゴの体系の内側に充満したピアソラの体系。それは保守と革新という単純な二項対立ではなくて、"複数の形式"の相克だとおもう。ワーグナーでもストラヴィンスキーでもシェーベルグでもいい、形式の境界線ぎりぎりまでいくと音楽は形式の反作用を内側に抱えることになる。これは西洋音楽の話だけど、ピアソラは「タンゴはどこまでタンゴなのか?」との問いに答えると同時に「このフォーマットにはどれくらいの容量があるのか?」計ろうとした。クラーヴェのピアソラは私たちが現時点で聴けるその二重方程式の解であり、私は3作をあらためて聴き通して、森敦の文章をおもいだした。かなりな飛躍ですけどね。森敦は数学的にただしくないかもしれないと前置きしながら、トポロジーを文学的に読み解いてみせる。

近傍は境界にそれが属せざる領域なるが故に密蔽されているという。且つ、近傍は境界がそれに属せざる領域なるが故に開かれているという。つまりは、密蔽され且つ開かれてさえいれば近傍といえるのだから、近傍にあっては、任意の点を原点とすることができる。境界も円である必要もないばかりか、場合によっては域外における任意の点をも原点とすることができる。」(『意味の変容』筑摩書房)

 繰り返すが、ピアソラは破壊者でも越境者でもなかった。タンゴの近傍でタンゴの意味を反転させようと企図したモダニストだった。そう考えるとハンラハンとの出会いは当然のことに思えてくる。ふたりはともに都市にいて伝統に向き合った。ピアソラは3枚のアルバムを出したあと体調を崩し、五重奏団は解散した。彼はのちに六重奏団を再編したが、残された時間はわずかだった。そうやって、ピアソラ以後に枝分かれしたタンゴの新しい系は彼の死によって閉じられたとよくいわれる。しかし本当だろうか? 私はもう何年も前に、ファン・ホセ・モサリーニの東京公演を観たとき、彼のコンテンポラリーな感覚と、ついに観ることが叶わなかったピアソラの血の濃さのようなものを重ねて、プリンス・ジャミーとキング・タビーみたいなものかなーとおもったと書くと乱暴だが、外部の任意の点にたやすく接続できるなら、数多の継承者だけでなく菊地成孔のぺぺ・トルメント・アスカラールまでピアソラの血は逆流してくる。

 ピアソラこそゼロだった


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Beach House - ele-king

 河出書房新社から刊行される『ゼロ年代の音楽』における150枚のディスク・レヴューで、最初入れておいて、あとから「やっぱいいか」と削除してしまったのがボルチモアの男女デュオによるビーチ・ハウスのデビュー・アルバムだった(男はアメリカ人、女はフランス人)。そしてこの3枚目のアルバムを聴いて、「あー、入れておけば良かったな~」と後悔した。結論から言えば『ティーン・ドリーム』はここ数年のエレクトロニカ系ポップスにおいてはダントツに洗練されている。10年代に入って最初に心底気に入ったのがこのアルバムだ。この魅力にはとても逆らえない......そんな感じだ。

 正直言って、ビーチ・ハウスのような「無垢」で「潔癖性」の高いエレクトロニカ・サウンドに関しては(彼らは前作までは、日本ではお馴染みの時代遅れのエレクトロニカ・レーベル〈カーパーク〉から作品を出している)、二木信ではないが抵抗感のあるほうである。猥雑さを排除することで輝きを引き出そうとするそのやり方が、どうにも嘘くさく思ってしまう。早い話、お上品なだけじゃないかと思ってしまうのだ。だいたい若い頃はダッフルコートを着たガキがボサノバを聴いているだけで腹が立ったものだった......というのは嘘だが、とにかくこれは自分の育ちの悪さが関わっているのだろう。リアリズムの観点から言えば、僕にはなかなか遠くに感じられる音楽が多々あるのだ(さすがに年齢を重ねながら、そうした偏見はだいぶなくなったけれどね~)。

 そんな偏屈な人間が聴いても、ビーチ・ハウスには魅力があった。それは彼らの音楽が、物憂げさ、陰鬱さ、および失意......のような「負性」を心地よく響かせるという力を持っているからである。ダウナーだがラヴリーなのだ。彼らが表現するのは晴れ渡った青空ではなく霧のかかった曇り空であり、輝く太陽でも深夜でもなく黄昏の美しさなのだ。カラフルな田園ではなく、憂鬱な田園なのだ。

 ビーチ・ハウスは、90年代のテクノ~エレクトロニカの持つユーフォリアを我がモノにしたゼロ年代USインディのひとつであるという説明もできる。デビュー・アルバムも前作の『デヴォーション』も、そうしたモダン・ポップの文脈においては秀逸な作品に違いないが、しかし何か決定的なものが欠けている。僕のような門外漢が居ても立ってもいられなくなって、そこに強引に立ち入ってしまうのほどの魔力はまだない。そこへいくと『ティーン・ドリーム』は1年でここまで成長するものなのかと驚くほど、すべてにおいて研磨され、非の打ち所のないアルバムとなっている。極端に喩えるなら、グリズリー・ベアが"サンデー・モーニング"をカヴァーしたようなアルバムだ。僕はすっかり虜になっている。

 ギターの簡潔なアルペジオからキックの音に導かれて蜃気楼の世界に突入する1曲目の"ジブラ"、メロウなダウンテンポの傑作"シルヴァー・ソウル"、そしてまるでビートルズがハウスを取り入れたような"ウォーク・イン・ザ・パーク"(アルバムのベスト・トラックのひとつ)......簡素なピアノとヴェルヴェッツ流ポップスの"ユースト・トゥ・ビー"も良いし、キャッチーな"ラヴァー・オブ・マイン"や"ベター・タイムス"のような曲にさえも黄昏の感覚が横溢している。

 すでに何十回とこのアルバムを聴いているけれど、聴く度に夢の世界に飛ぶ。現実をすっかり忘れ、ひとりで夢に浸る。90年代で言えばエールのようなものか。とにかく、これはモダン・ドリーム・ポップの傑作である。

[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1 Sub Focus / Could This Be Real[Drum&Bass RMX]/Triple X | Ram

 昨年のハイライトとも言うべきファースト・アルバム『Sub Focus』によってエクストリーム・レイヴ・ドラムンベースの確固たる地位を確立、それを不動のものにしたのがサブ・フォーカスである。そのもっとも待望されていたリリースによってドラムンベース界に新たな核が生まれたというわけだ。もっとも、プロデューサー・デビューから6年もの年月を費やして発表となったファースト・アルバムは、彼の類まれなる才能から考えると少々遅かった感は否めないのだが。
 彼の起源は2003年〈Ram〉のサブ・レーベル〈Frequency〉から発表された「Down The Drain/Hotline」である。当時のトラック・メイキングはまだ未成熟かつ方向性が定まっていない、ごく平凡なサイバー・ドラムンベースだった。もちろんその当時は、現在のようなスター・プロデューサーとしての確約はないに等しい存在として扱われている。彼に転機が訪れたのは、そう、2005年。その年のアンセム・ザ・イヤーとなったばかりではなく、2000年代を代表するトラック"X-Ray"の発表である。
 ドラムンベース界のみならず、その恍惚感溢れるトランシーレイブな作風で世界中のダンスフロアを掌握、稀に見るビッグ・アンセムとなった。その後、水を得た魚の如く立て続けに"Airplane"、"Frozen Solid"などの"ロック"チューンを発表。そして彼の地位を不動のものにした決定的なリリースがプロディジー"Smack My Bitch Up"のSub Focus RMXだった。そのリミックスはまるで新旧レイブ・サウンド伝道師の世代交代のようで、ドラムンベースをより多方面に押し上げてもいる。そしてその後の活躍は言わずと知れている。いまや名実ともにドラムンベース界のトップ・プロデューサーに君臨するのだ。
 さて、彼のファースト・アルバムからシングル・カットが待望されていた2曲がついにリリースされた。アルバムに収録された"Could This Be Real"のオリジナルは、現在のクラブ・シーンを席巻しているトレンド、エレクトロ・タッチから触発されたフロア直系のアーバン・ブレイクスだったが、シングル・カットのためにドラムンベース・リミックスへと自身でリワーク。ハーフ・ステップさながらのビート・プロダクションに流麗なレイヴ感漂うエレピを注入し、ハイブリッドでソフィスティケートされたシンフォニック・レイヴ・サウンドへと昇華させている。
 "Triple X"に話を移そう。これはまさに"X-Ray"の続編、誰もが待ち望んだ真のレイヴ・ミュージック、即ちこれがエクストリーム・レイヴをもっとも体現したトランシー・フロア・サイバーの最高傑作と呼ぶに相応しい。今後この作品はダンスフロアで皆を待ち続けることとなるであろう。

2.  Disaszt, Camo & krooked / Together[DC Breaks RMX]/Synthetic | Mainflame

 オーストリア、ウィーン発の新鋭レーべル〈Mainflame〉からレーベルのフロントマン、ディザスト(Disaszt)と若手ナンバ-1の呼び声が高いケーモ&クルックト(Damo & krooked)のサイバー・スプリット! "Together"では〈Viper〉、〈Frequency〉などシーンのトップ・レーベルのリリースからMINISTORY OF SOUND主宰DATAなどメジャーのリミックス・ワークなども手掛けるDJサムライ & DJクリプティックのエレクトロ・サイバー・ユニット、DC・ブレイクス(DC Breaks)が担当。レーベル・カラーであるカッティング・エッジでエレクトリックなサイバー感を継承しつつ、よりシンプルに交感し合う各々のサンプル群と、そして女性ヴォーカルが絶え間なくフォローするエレクトロ・ニューロ・ファンクとなっている。昨年からドラムンベースの新しいトレンドとして定着しつつあるエレクトロ・ドラムンベースだが、今作はまさにそれを体現している。まったく"いまこの瞬間の"ダンスフロア・シンフォニーで、レーベルのシンボル的トラックである。
 ケーモ&クルックト"Synthetic"は、〈Mainflame〉からもうすぐ発売されるファースト・アルバム、『Above The Beyond』の前編的トラックとなった。エレクトロ・ドラムンベースの若手急先鋒ケーモ&クルックトだが、今年はさらなる飛躍を期待されるだろう。彼らはすでにDJフレッシュ(DJ Fresh))、アダムF(Adam F)の〈Breakbeat Kaos〉から「Can't Get Enough/Without You」、ロンドン・エレクトリシティ率いる〈Hospital〉から「Climax/Reincarnation」、フューチャー・バウンドの〈Viper〉から「Cliffhanger/Feel Your Pulse」など、多数リリースが控えており、今後最注目のアーティストである。筆者が現在提唱しているエレクトロ・ドラムンベースが、ケーモ&クルックトやショックワン、フェスタなどによって閃光の如く輝き続けるムーヴメントになることを望んでいる。

 

3. Danny Byrd Feat Liquid / Sweet Harmony/Jungle Mix | Hospital

 ザリーフ&ダニーバード(Zarif & Danny Byrd)、"California"で昨年、最高のプロデュース・センスをまた見せつけたダニーバード! ハイコントラストとともに〈Hospital〉の制作理念をもっとも体現しているひとりであり、彼の高揚感溢れるキャッチーな作風はいまや誰にも真似できない、まさにダニーバード・サウンドとして定着している、キャリア10年以上の〈Hospital〉所属のベテラン・プロデューサーだ。
 筆者もDJのとき、必ずと言っていいほどお世話になっている。とくに昨年のザリーフとの共作やファースト・アルバムでのFT.ブルックスブラザーズ"Gold Rush"など......彼の作品をプレイするとき、いつも決まって、自身が中盤の窮地に陥っているケースが大半だ。なぜかと言えば......それだけ個の作品のみであらゆる場面を乗り切る力を持っている唯一のトラック、それがダニーバードの音楽だからである。彼には作品を出すたび毎回脱帽し、尊敬の念を抱き続けている。レコードを置き、針を落とすだけの偉大なキラー・トラックを量産し続けているのだから!
 そして今作"Sweet Harmony"は、初期のレイヴ感溢れるエレピ、FT.リキッドのソウルフルなヴォーカルを効果的に配した遊び心満載のキャッチーなフロアトラックとなった。原点回帰したかのような初期作風感漂うサンプル使いにダニーバードの懐の深さを再認識させられた。もちろんこれもフロアで爆発的人気を得るだろう。
 B面"Jungle Mix"は、ここ最近のダニーバードお気に入り(?)"Shock Out"でも垣間みれたおなじみのオルタナティヴ・プロダクションである。彼特有の変則アーメン・ビートにキャッチーなギミック・サンプルで否応無しにフロアをロックする、正真正銘のパーティ・チューンだ。90年代中期頃、一世を風靡した"Smokers Inc"や"Joker"のエッセンスが多分に感じられ、古き良きジャングル文化が彼によって現代に甦ったと言えよう。
 さらに本年度はダニーバード・フォースカミング・リリースで、みんなが待ち望んでいるあの曲"Paperphase"が〈Breakbeat Kaos〉からついにリリース。あのエレクトロ・ドラムンベース最強兄弟、FT.ブルックス・ブラザーズがまたタックを組み、懐かしのフレンチ・ディスコを思い起こさせるフィルター・ハウス・ドラムンベースに仕上がっている。
 まだリリース前だが、2010年のアンセム・ザ・イヤーをこれで決まりだ。

Animal Collective - ele-king

 これはちと古い。2009年の11月にリリースされた、「秋は優しく」なる題名の5曲入りのシングルで、その年のアルバム『メリーウェザー・ポスト・パヴィリオン』がUKではナショナル・チャートの26位にまでランクされた動物集団の勢いを感じる作品となった。1曲目の"グレイズ"は......陽気なフォークダンスである。どう考えてもストロボライトを浴びながら踊るというものではない。男女がスキップしながら手を取り合って踊っている姿が目に浮かぶ。

 ちょうどのこの原稿を書いている少し前には、彼らの2003年の『キャンプファイヤー・ソング』が再発されている。僕はこのCDは、『サング・トングス』を聴いたときに素早く探し回り、『ヒア・カム・ジ・インディアン』とともに買っている。60年代半ばのビーチ・ボーイズのアルバムに『パーティ!』というビートルズの曲のアコギによるカヴァー集があって、それはまるで学校の教室でクラスメートを集めながらワイワイがやがや、ビートルズの歌を歌って盛りあがっているような作品なのだけれど、『キャンプファイヤー・ソングス』はいわばそのアシッド・ヴァージョン。僕は......勝手ながらD・リゼルギン酸ジエチルアミドに浸りながらギターをかき鳴らす青年たちを夢想した。そうでなければ、あの1曲目の狂おしい不明瞭さに関して、他にいったいどんな説明が可能なのだろう。そして僕は、ストレートにそれを"キャンプファイヤー・ソングス"と言い切ってしまった動物集団のセンスに興味を抱いた。

 ちょうどこの頃は、文化のたこつぼ現象なる言葉が流行っていて、とにかく小宇宙ばかりが連なってばかりで面白くないと、そんなことが巷で言われていた。たしかに音楽のシーンでも90年代的なレイヴ・カルチャーはすっかり細分化され、互いに交わる兆しもなかった。そんな時期に、アニマル・コレクティヴはまさに小宇宙の司祭になろうとしていた。『キャンプファイヤー・ソングス』は、どう考えてもわずか数10人の音楽だ。しかし、コミュニティは小規模になったかもしれないけれど、親密性は高まっているのではないかとも思うのだ。ただ無闇に人の数だけ多ければ良いってものではない。そう考えれば、僕は日本のSFP周辺の連中の大きくなることへの警戒心と自律した小宇宙への欲望と、この時期のアニマル・コレクティヴの心地よい閉塞性は似ているようにも思えるのだ。

 アニマル・コレクティヴの"フォール・ビー・カインド"は、『メリーウェザー・ポスト・パヴィリオン』がそうであったように、『キャンプファイヤー・ソングス』の頃の閉塞感はない。良くも悪くも彼らはポップ・バンドとして商業的にも成功しつつあるし、その世界も広がりを見せている。シングルの2曲目の"ホワット・ウドゥ・アイ・ウォント? スカイ"がそれを如実に物語っている。グレイトフル・デッドの曲をサンプリングしているこの曲は、動物集団にとっておそらく最初の、わかりやすいポップ・ソングだ。

 "オン・ア・ハイウェイ"は、ダビーなエレクトロニクスと彼らのコーラスによるメランコリア。最後の"アイ・シンク・アイ・キャン"はクラウトロックのダークな引用で、陰鬱なエレクトロニクスと動物たちのコーラスとの協奏曲だ。
 「フォール・ビー・カインド」は『メリーウェザー・ポスト・パヴィリオン』の延長線上にある。パンダ・ベアの最初のソロ作品が好きな人は『キャンプファイヤー・ソングス』の再発を買ったほうがいいだろう。しかし、彼らの陽気なサイケデリアを楽しみにたいなら、このシングルも悪くはない。

Charts by JAPONICA 2010.01 - ele-king

Shop Chart


1

AMAZIAH

AMAZIAH SLOWLY CLAREMONT 56/UK / 2010/1/4 »COMMENT GET MUSIC
大人気CLAREMONT 56の人気コンピ"ORIGINALS"最新第4弾に収録されていたスローモーなロッキン・ディスコの大傑作、AMAZIAH"SLOWLY"を片面一曲仕様で収録した限定10インチが入荷!全世界300枚、しかも国内ではジャポニカ独占少量入荷というレア化必至のアイテムです!これは見逃せませんよ!

2

MARK E

MARK E WHITE SKYWAY UNDER THE SHADE/UK / 2010/1/14 »COMMENT GET MUSIC
MARK E新作!A面収録の"WHITE SKYWAY"は持前のへヴィなビートとグイグイと持っていかれる抜群のビルドアップ感を兼ね添えたスペイシーなビートダウン・トラックを披露!相変わらずいいとこ取りなウワネタ・サンプルのミニマル感もばっちりです!B面にはこちらもスペイシーなジャジーなリフに包まれながら進行する高揚感がたまらないディープ・ハウス・トラック"NOCTURN"を収録!

3

KINGDOM☆AFROCKS

KINGDOM☆AFROCKS イチカバチカーノ JAPONICA/JPN / 2009/12/20 »COMMENT GET MUSIC
ライブハウス/クラブに野外フェスまで数多くのイベントに出演、その熱いライブパフォーマンスが全国のダンスミュージック・フリークスの間で注目を集め、あのアフロ界の重鎮トニー・アレンも太鼓判を押す日本最強アフロバンド、キングダム☆アフロックス待望のファースト・シングル!今年リリースされたファースト・アルバムが日本全国、海外でも話題を呼んでいるBASED ON KYOTOのプロデューサーDAICHIによるリミックスも収録!

4

COFFEE & CIGARETTES BAND

COFFEE & CIGARETTES BAND ELECTRIC ROOTS 001 ELECTRIC ROOTS/JPN / 2009/12/24 »COMMENT GET MUSIC
BIRDSは定番ブレイク"EDWIN BIRDSONG/RAPPER DAPPER SNAPPER"をベース・サンプルに、小気味良いリズムで進行するドラムが重なりあうブレイクビーツ~ニュー・ディスコ・トラック!ヘヴィ・ドラムに 80'Sなヴォイス/シンセ・サンプルを随所に入れつつ巧みなドラムの抜き差しで展開をつけるヒップホップ・トラック"HEAVY SWING"、ビートダウン・マナーなビート構築にウワネタ・ループがハマる全方位対応型クロスオーヴァー・トラック"JAMS"と、どれも隅々までC&C BANDの細かい拘りが行き届いた全3トラック収録!

5

V.A.

V.A. TTJ EDITS #26 TTJ/FRA / 2009/12/25 »COMMENT GET MUSIC
RICHARD VILLALOBOSが2006年にPLAYHOUSEよりリリースした37分超えの長編大作クラシック"FIZHEUER ZIEHEUER"の元ネタを天才TODD TERJEがリエディット。乾いたパーカッションとフリーキーなフォーン、トランペットが織り成すオリエンタルな世界観を、原曲の雰囲気を壊すことなく相変わらずの抜群のセンスで展開させています。これは何が何でも押さえておきたい!

6

UNKNOWN

UNKNOWN ANGOLA -/FRA / 2010/1/11 »COMMENT GET MUSIC
ヒットを連発する"DAI"シリーズより、またも強力な一枚が到着しました!CARLCRAIGのリミックスが大きな話題を集めたCESARIA EVORAの大名曲"ANGOLA"を大胆使用!今でも耳にするエスニック/アフロの傑作ディープ・ハウスを使用し見事にダンサンブルなトライバル・ハウスに仕上げた傑作トラックです!今回も間違いなく話題となりそうですよ!

7

SETENTA

SETENTA APARIENCIAS HOT CASA/NL / 2010/1/14 »COMMENT GET MUSIC
パリのラテン・ディスコ・ファンク・バンドSETENTAによるクロスオーヴァー・サウンド全開の最高すぎる7inch!ラテン/ブラジリアンなジャズ・ファンク~ディスコ風味の"APARIENCIAS"はギターやエレピ、パーカッションによるトロピカルな味付けいい塩梅な爽快グッド・ナンバー!B面には疾走感溢れるパーカッシヴ・ビート、ラテン~アフロ・ヴォーカルとが爽快感を際立てるラテン・ジャズファンク・ディスコ"SONRISA"を収録でこちらもかなりいい出来です!

8

SCOTT FERGUSON

SCOTT FERGUSON EVOLUTION OF A REVOLUTIONARY EP FERRISPARK/US / 2010/1/11 »COMMENT GET MUSIC
デトロイト近郊ハイランドパークを拠点に、マニアックなディープ・ハウス作品をリリースしてきた人気を集めてきたベテランSCOTT FERGUSONの新作が到着!GIL SCOTT-HERON"THE REVOLUTION WILL NOT BE TELEVISED"のアジテーションを使用し、エモーショナルな漆黒のアーバン・ディープ・ハウスを展開!大推薦ビート・ダウン!

9

SLOW MOTION REPLAY

SLOW MOTION REPLAY THINK BETTER / RAGGED MUSTANG SOUL SOURCE/JPN / 2009/12/15 »COMMENT GET MUSIC
THE CHAMP×"THINK TWICE"とベタに大ネタを組み合わせながらもイナタさや違和感が全くなく逆に洗練されたタイトなグルーヴを織り成す超絶マッシュアップ・ブレイクスに仕上がった"THINK BETTER"!そしてB面にはアフロ・ジャズ傑作"CURTIS AMY/MUSTANG"を下敷きにし、ラグドなビートにグルーヴィなジャズ・アンサンブルで迫るジャジー・ブレイクビーツ"RUGGED MUSTANG"を収録!

10

KEZ YM

KEZ YM BUTTERFLY EP YORE / GER / 2009/12/14 »COMMENT GET MUSIC
KEZ YM新作!!THEOやKDJにも通じるスペイシーなシンセ・コードに黒光りした声ネタを被せたデトロイティッシュ・ディープハウス"BRIDGE TO BRIDGE"やピッチダウン・ハウス・トラック"LOW TIDE"等収録ですが、中でもやっぱりレアグルーヴ感に重点を置いた生な質感が最高すぎるブレイクビーツ・ハウス"BUTTERFLY"がとび抜けてます!!日本人離れしたこの黒い感覚やばいです。

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1

MARK E

MARK E Mark E Works 2005-2009 MERC / UK / 2010/1/6 »COMMENT GET MUSIC
RE-EDIT、NU DISCO、BEATDOWN。2000年代の潮流となった新しいHOUSEの形が産んだ、天才プロデューサーMARK Eのベスト盤にして1STアルバム。JISCO、RUNNING BACK、GOLF CHANNELやCREATIVE USEからの覆面プロジェクトの音源まで収録した「BEST」の名に恥ない選曲。低音のグルーヴが毎回素晴らしく、個人的にも彼の作品はオススメです!!!

2

RYO MURAKAMI

RYO MURAKAMI Lost It EP PANRECORDS / GER / 2009/12/26 »COMMENT GET MUSIC
今、日本人MINIMAL│TECHNOプロデューサーの中で、一番脂が乗っている男といえば、このRYO MURAKAMI!!! 練られた上で配置されたであろう、モダンなシンセと音ネタ使いのバランスはベテランの域。ヴァイナルならではの硬質でメタリックなリズムと相まってフロアでは相当鳴ります。LEROSA(OSTGUT、APNEA)REMIXを収録し、こちらもっ絶妙なテンションでGOOD!!!!

3

JPLS

JPLS Depths MINUS / CAN / 2009/12/19 »COMMENT GET MUSIC
RICHIE HAWTINのアナザーサイド、PLASTIKMAN直系、「DEEP FROM DARK」スタイル全開のアルバム!! 軽快なリズムが利いたトラックを多くリリースするMINUSの中で、最も異質。ノリのいい、ミニマル・テクノからは相当離れた暗すぎる質感を施されたトラック群が並ぶ作品。隣室から蹴られない程度に音量を上げて、焼酎でも飲みながら、暗い部屋で聴くのにオススメです。

4

VILLALOBOS

VILLALOBOS Contempt PLAYHOUSE / GER / 2009/12/22 »COMMENT GET MUSIC
VILLALOBOSのPLAYHOUSEからのリリース作が一挙再発!!! この機会に全部買っとくのがコレクターとしてのマナーなんでしょうが、個人的にはコレをPUSH!! ヴァイナルの端から端まで目一杯溝を使い、繰り返しの美学を刻み込んだ15分ver.と22分ver.を収録。オリジナル・リリースは、LADOMAT2000から'95年(!)。早すぎです。どうかしてます。

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SPACE RANGERS

SPACE RANGERS Keep On Movin' EDWIN BERG / US / 2009/12/28 »COMMENT GET MUSIC
「D-Train / Keep On」と、「New Jersey Connection / Love Don't Come Easy」をRE-EDIT!名曲D-Train"Keep On"のDUB VERSIONの流麗なピアノ部分からの展開はオリジナルでは3分弱しかないのでたいてい2枚使いが主流ですが、これは見事なEDITで使い勝手のいい1枚です!

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MARIO BASANOV

MARIO BASANOV Apres 4 FUTURE CLASSIC. / AUS / 200912/26 »COMMENT GET MUSIC
リトアニアの新鋭クリエイター、Mario Basanovによる傑作です!!オリジナルは朝方に似合うドリーミーシンセポップ。それをEskimoからの2枚のシングルが大ヒットしたDowntown Party Networkがリミックス!ドリーミーな世界観全開の仕上がり!

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SOCIAL DISCO CLUB

SOCIAL DISCO CLUB Acid Town HANDS OF TIME / UK / 2010/1/12 »COMMENT GET MUSIC
ポルトガルのSOCIAL DISCO CLUBのNEW!!LIPS"FUNKY TOWN"使い?というよりEDITという趣ですが、これが見事な仕上がり!ACID HOUSEなボトムに印象的なシンセを見事に合わせ、決して上げネタとしての使用ではなく、ぐいぐいと引っ張っていくという感じの構成がお見事!

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V.A.(MANMADE SCIENCE FT. JOHN THROWER,SOULPHICTION,PHLEGMATIC...)

V.A.(MANMADE SCIENCE FT. JOHN THROWER, SOULPHICTION, PHLEGMATIC...) Motorsoul Vol. 1 PHILPOT / GER / 2009/12/26 »COMMENT GET MUSIC
「ポスト」デトロイト、ディープハウスのレーベルとして、ここ数年注目を集めるドイツのレーベルPHILPOTが2005年にリリースしたコンピレーションのデッドストックを発見!!!! 説明不要SOULPHICTIONや、その変名JACKMATE、MANMADE SCIENCE、ベテランTODD SINESやMOLEなど実力者のみが集う良質のアンダーグラウンド・ハウスコンピレーション!!!

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DJ QU

DJ QU Party People Clap DECONSTRUCT MUSIC / US / 2009/12/14 »COMMENT GET MUSIC
NY地下シーン「台風の目」的存在のLEVON VINCETが運営するDECONSTRUCTからの、絶品インダストリアル・ハウス。DJ QUによるTRACKをLEVON VINCET、JUS ED等がREMIXしたWパック。全トラックの硬派っぷりに惚れ惚れしますが、ANTHONY PARADSOLE & FRED P による、"沼系ACID HOUSE" REMIXがイイ!!!

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YOUANDME

YOUANDME Ornaments Symphony ORNAMENTS / GER / 2009/12/15 »COMMENT GET MUSIC
未だ詳細不明ながら、マニアを中心に信頼の広がりを見せる「ORNAMENTS」が初のCDをリリース。YOUANDMEよる、レーベル音源をMIXしたオムニバスといった体裁ながら、渋くダブ要素と硬質なインダストリアルなサウンド・メイキングでまとめられたクールな楽曲郡は、家で聴いても、何ら損なわれることはないです。限定333枚のスチール缶ケース。お見逃し無く。
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