「PAN」と一致するもの

Helm - ele-king

 最近誰の家に遊びに行ってもレコード棚にPANの音源がチラ見できることにヘソを曲げている僕は、その都度持ち主に対して「なんでみんな2~30ドルも出してPANの12インチ買うのかなー』等と嫌味を言っている。だって正直僕も好きだから。アートワークにアーティストのピックアップ、リスナーへの裏切り加減、と悪い印象がない。それでいてレーベルの実態もはっきりしない。そりゃあ気になるよ。

 バーズ・オブ・ディレイ(Birds of Delay)は2000年代後半にロンドンを拠点としながら精力的に活動をおこなっていたハーシュ・ノイズ・ユニットだ。彼らのサウンド、また活動範囲やリスナーはかなりUSノイズ・シーンに食い込んだものであったと言える。どことなくスカルフラワーを彷彿させ、サイケデリックとも感じられるハーシュの嵐は、多くのUSノイズ・ファンを恍惚とさせた。しかし当時からポップなセンスを兼ね添えたユニットであったといまさらながら思う。

 片割れのスティーヴン・ワーウィックはバーズ・オブ・ディレイ時代とまったくほぼ同じセットアップ、具体的にはクソ・カシオトーンとループペダル、そしてなぜかマラカスによる人力ハウスを展開するヒートシック(Heatsick)にてサンフランシスコを拠点にブレイクしている。先日、LAにて行われた〈ノット・ノット・ファン〉10周年イヴェントのトリもおおいに盛り上がり、ひと一倍盛り上がる汗ダクのブリット・ブラウンを見ながら爆笑していた。そしてスティーヴンがバーズ・オブ・ディレイにおける光であったとすればヘルム(Helm)のルーク・ヤンガーは影だ。

 ヘルムは聴者に強烈な印象を残すサウンドではない。それでいて異常なまで中毒性が高い。同じく〈PAN〉からの前作『サイレンサー(Silencer)』そして本作『ホロウ・オルガン(Hollow Organ)』どちらも僕にとってBGMとして針を落とす頻度の高いレコードだ。サンプリングとモジュラー・シンセによる漆黒のマテリアルが剃刀の上に見事なコンポジションを成している。昨今のノイズ上がりの(クソ)テクノと一線を画すのはそのサウンドが破壊的ではなく圧倒的に繊細かつ空虚だからだ。トライバルなパーカッションに金属音、ミニマルなシンセサイズにノイズと、トレンドな素材を用いつつも誰よりも器用に展開し、緊張感をもって扱っている。いままでのグラハム・ランキン(Graham Lamkin)によるアートワークを考えれば、それはUSノン・ミュージックからの影響とも捉えられるし、いずれにせよドローン化するテクノ、ゴスやEBM、コンテンポラリー、ノイズの絶妙な着地点を計算しつつもそれが嫌味に聴こえないのが不思議だ。
 サウンドシステムが劣悪な状況での記憶だが、ライヴでの退屈さには改良の余地はあれど、この手のサウンドではもっとも洗練された部類であることは間違いない。

GEZAN USツアー日記 2/21〜3/13 - ele-king


下山(GEZAN)
凸-DECO-

ツクモガミ/BounDEE by SSNW

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 紙エレキングにて、下津光史(踊ってばかりの国)とマヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)との対談をやったのが2月18日、そのときにマヒトゥは、「明後日からUSツアーに行ってくるんすよねー」と言った。「本当に行けるかはまだわからないんですけどね」と付け加えた。え? それってどういうこと? と思っていたら、ものすごい強引な速度で物事を進めたらしく、バンドはまんまと海を渡ったのだった。以下、GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーのツアー日記である。彼の見てきたアメリカをある程度は共有できるほど、とても面白いエッセイなので、ぜひ読んでください。(野田)

※GEZAN YOUTUBE
https://www.youtube.com/user/GEZAN13threcords

■2/21(fri)空港

3週間にわたるアメリカツアーに向けて韓国で乗り継ぎ、NEW YORKをめざす。1週間前の北海道でのライヴの際、航空券を光の速さでおとしたので今回はパスポートごと破れるほどの握力で握りしめている。にん
機内で韓国のぼっちゃんがきゃんきゃんわめいてる。キムヨナがフィギュアで金メダルをとれなかったというコリアンショックが永久歯一本もない彼の神経系全般を鋭利に駆り立てているのだろう。
窓から太平洋にいびつな銀色の斑点をみた。くらげの大群だろうか、真っ黒な夜の海にできた水疱瘡の深夜3時。

13時間後、到着
税関でギターのイーグルが七味唐辛子の説明を身振り手振りつたない英語で説明していた。あやしいものでは無いと小指につけて舐めてみせる。まったく伝わっていない。「what's this?」とビッグダディはイーグルの瞳をのぞきこむ。戦え、デコ助。

ぼくは歯磨き粉をとられた。
そんなこんなでアメリカにきたのだ。

■2/22(sat) NY

GEZAN USツアー日記

レンタカー屋まで我々を運ぶインド人タクシーの運転手は100%ランチにカレー食べたのだろう。車内にプーーンと匂いが充満している。

当然のことだけど、たくさんの人種がNYにはいる。日本では日常のなかなか感じることは少ないけど、アメリカでは当然のように生活の中に"ちがい"が組み込まれていた。
差別も自由もこういった感覚からはじまるのだなー。みとめたり、はじいたり。

この日、空き日に飛び込みでライヴをさせてくれる箱に直接かけあいに夜のNYの市街にでた。
当初20本あったライヴが3本に減ってしまったからだ。
しかも泊まる場所も決めずにとりあえずNEW YORKにきてしまっただよ。なんも予定がないからっていってぐだぐだ鼻くそほじってるほど牧歌的になれないのでとりあえず週末のクラブへ。

踊りたくてはちきれそうなヤンキーの欲望が渦巻くNYのludlowストリートへ、ポリスの乗っている馬がたらす糞を後始末をせず道路の真ん中を闊歩していく。
街中がネタ臭いのに、何を取り締まっているのだろう?
馬にのって人より高い位置から星の数を数えているのだろうか。

■2/23(sun) NY @pianos

NYのpianosは流行に敏感なだけの若者が集まり、流行りの四つ打ちで腰をくねらすNYのライヴbarといった印象。
ここが下山のアメリカ初ライヴの地となる。
ピーランダーゼットというアメリカ在住の日本人バンドのフロントマンイエローさんがスケジュールに穴のあいた下山のために急遽ねじこんでくれたイベントだった。
対バンは、才能のないビョークが勘違いをこじらせたようなシューゲイザーと、全員下をむいたいじめられっこ更生目的バンドと、顔だけパティ・スミスのおっさん弾き語りなど、涙が出るほどダサかった。バンドってなんてカッコワルイのだろう。
昼間、楽器屋にもいったが、腕に炎の刺青で脇毛まで金髪のハードロック親父がピーナッツ食いながら接客してくれて、チーム下山は苦笑いしながら店内を物色した。NYはそれを強く感じさせるシャープな空気をまとっていた。

ロックがワルくて尖っていた時代なんて思い出だよと言われんばかりに、打ち込みに群がるヤンキーの尻をみながら、かつてCBGBでこすれあったRAMONESやTELEVISION、JOAN JETの涙が蒸発する音をきいた。

別に名前や形なんてどうでもいいから狂いたいやつだけこいとわたしはおもったのでした。そして、そのまま皮膚づたいに共振する夢をみた。
そこに国境はみえなかった。みえないものはないものとおなじだ。
体温だけ信じよう。ぷーぱ

■2/24(mon) 無題

GEZAN USツアー日記

何もすることがない日があると天上ばかりみて、その染みが顔にみえてくるあたりからパズルのピースが変形してくる。それはそのままこころのかたち。
この日泊まったホテルはインド人が夜な夜なパーティをしているヘンテコな場所で、壁づたいに聞こえる音楽はブラストビートに呪文が乗っかったような、とても常人のきくものとは思えない。廊下や階段を埋めつくすカレーの匂いでぼくら、太古の彼方までぶっ飛んだ。
逃げ出すようにテラスにでて空をみたらカモメがみゃーととんでいる。どこの空もたいしてかわらないが、NYの空は雲までラッセンの書く絵のようにはっきりとした輪郭と影で描かれている。食のようにここまで大味にされるとゲンナリしてくる。

ぼくのワビとサビをカエシテ。

GEZAN USツアー日記

■2/25(tue)Brooklyn NY@don pedro

2/25日は夕方にごそごそと起き出してブルックリンの街てくてく歩いた。若いやつが街ごとジャックして好き勝手遊んでるかんじ。壁にしきつめられたグラフティがしのぎあって、その絵ずらだけでも体温2、3度あがる。てかもう描くとこないんじゃない?なんて思うけど。
DIYのライヴスペースには看板もなにもなく、パーティの音は倉庫の奥からどこどこと、無許可に街中が震えてる。風営法と戦う暇があれば抜け道みつけて命がけで遊べよと日本で思っていたけど、それをまるごと体現したような街なみだった。にゃーご
無意味な遊びにたましいを売ってる人ってなんだかピタっとグルーヴがあったりする。グラフティやってる友達、じぶんにも何人かいるけど、アートなのか? 落書きなのか? なんて議論入り込む隙間なんかないのよね。
壁の保有者に捕まったら、警察か、言い値でどんだけもふっかけれられるギリギリのリスクのところにいながら、顔を露出させるわけでもなく、金にかえれるわけでもなく、淡々と火花を散らす街遊びにはオトコノコのロマンがある。
ロマンが理由なら倫理はあっても、法律なんか一切関係ないのよねー。

そのブルックリンのDON PEDROで飛び込みでライヴがきまった。2時間後にだって。にゃー。低体温に寝ぼけていた細胞が逆立ってくのがわかる。音楽よりまえに動物には瞬発力があった。ぼくが怖いのは速度だし、憧れるのも速度だ。
その中に真っ白い国をつくりたい。0.1秒の世界に国をつくりたい。各々が血と精液とセメントで各々の王冠をつくって、家来ひとりもいなくとも王様として、昨日というコトバと未来というコトバを忘れた国家をつくりたい。

ライヴかましたら次の日もブルックリンの別の店GRAND VICTORYでライヴきまった。このかんじ。意志や個人ではない。ただの石になって転がるだけのこのかんじー。
いちばんいらないジブンという勘違い。

■2/26(wed)Brooklyn@grand victory

この日は飛び込みでライヴが決まったgrand victoryへ、前日告知にも関わらず、important recordの声がけやPee lander ZのYELLOWさんの呼び込みでわりとフロアがうまっていた。中にはDEER HOOHのさとみさんや、RAMONESのジャケットをかいていたジョン・ホルムストルムも来ていた。

箱PAとやや揉めながらもライヴ終了。
さとみさんとイベンターのemiはこの後もクラブに踊りにいくそうだ。水曜の23時からのこのフットワークの軽さがこの街の、欲望に貪欲でクールな音楽シーンを支えている気がした。というか、スタートが9時、10時は当たり前。ライヴハウスで働いてるニンゲンのための遊び場なのなー。
一緒にいきたかったが、ground stのタコス屋でいかれたインド人とギターウルフの話で盛り上がってしまっていけなかった。それもまた出会い。
この日、別の箱でDEERHOOFのグレッグが、次の日、BLACKDICEのラストライヴがあるらしい。こちらもライヴでいけないが、高揚感がうずまいた街のその中で溺れるのがただただ気持ちよかった。

このブルックリンも金持ちに建物ごと買われたりと少しづつ遊び場を侵食さへているようだ。
別に場所を守るなんていう発想はなく、追われたら場所をかえながらパーティをつづけるだってー。
別に文化でも芸術でもなく、もっと野蛮でただぶっ飛んでいたいだけの欲望の金粉が、ブルックリンのナイトクルーザーの目からは溢れていた。キラキラしてた。
それはそれは眩しくてなんだかうれしくなった。

■2/27(thu)Brooklyn @don pedro

GEZAN USツアー日記

ステイ先のシェアハウスのレゲエ好き三姉妹と遊んでたら1がおわった。ライヴもしたらしいけど、記憶が ナイ。

GEZAN USツアー日記

■2/28(fri) New Blanswick

NYから車で2時間半、New Blanswick NJのCANDY BARRELへ。
田舎町の突き抜けた高い空が車窓からみえる。歩く若者も一気にファッションが無頓着に、ださくなった印象。充満したいなたさが民家の地下に流れ込み、ぞろぞろと人が集まってくる。
NYのおしゃれ風から一変した、ナードなオタク臭と音楽愛がとても心地よかった。
10人でシェアしているらしい家の地下にステージを組んだだけなので、音漏れもひどいが、道行く人は誰も気にしていない。
下山のステージもフロアモッシュの嵐で荒れた。時代や流行りなんか知ったことかと、反応するこの街のフラストレーションがロックのすべてだった。2時間ばかり離れただけなのに、ひとつの街にある、独立したひとつの表情があった。昔、ネットがはりめぐらされる前の日本がそうだったように、田舎独特の文化と匂い。この街はださい。最高にださい。
ぼくにはとても健康的に思えた。
BARをはしごした後、プロモーターのパットの家でパーティは朝までつづく。
BLACK FLAGやALLなど、好きなのレコードを聞かせあって、合唱!ぶち上がってるキッズやおっさんたち、アルコールは一瞬も途切れない。日本もアメリカもかわらない。最高な音楽の前ではノーボーダーでそこでは皆こどもだった。
寝不足のまま、街をでる。

さよならまたくるよと別れる。その後、車の中に静寂がつづいたのはみんなさみしかったからだろう。

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■3/1(sat) Pensylvania

この日はNBからさらに車で2時間、ペンシルバニアにむかう。空腹に耐えきれずケンタッキーでフライドチキンをたらふく食べたあと、到着したhouse venueのガレージでのフードコートの家庭的なやさしい味に、チーム下山は満腹の限界ラインをはるかに更新し、爆発的な大和スマイルをママにぶちかました。家庭料理がいちばんおいしいです。
お水くれっていったら水道水をパッと渡してきた。飲んでみたらおいしくて、そうか日本て飲めないよなーなんて久しぶりに母国のおかれた不幸を思った。
NB同様、一軒家の地下にある、排水管などがむきだしになった場所にステージを組んだベースメントスタイルで、お客さんは家の玄関でお金を払ってぞろぞろと地下に集まってくる。これに集まってくるヒトたちがまたNBよりさらにいなたい空気をだしていて、地下の暗がりには掃き溜めハードコアの匂いでぷんぷん充満していた。やることなくて暇なんだろうな。
14、15才くらいのキッズが1バンド目から客席で喧嘩しだして、下山もギラギラピカーーん、緊張が絡み合うステージだった。物販も飛ぶように売れる。助かる。うれしー。
夜は、GHOSTSTARSというErese erataやAIDS WOLF直系のいかれたNEW WAVEバンドのDEVのヒッピー・コミューンのようなうちにお邪魔した。
「おい、このバンドは知ってるか?」「このバンドはどうなんだ?」と溢れんばかりに音楽を放り込んでくるKIDSの音楽愛にはやはり胸が熱くなる。ぞろぞろとルームメイトが集まり、卑猥な匂いのするパーティへなだれこむ。音楽を聞かせあってベッドの上で跳ねまわるのは、それは、まだおれがギターを触ったこともない頃からチーム下山でやってきたことなんだ。
聞かせたものの中では54-71やskillkillsへの反応がよかった。部屋にはられたアメリカ国旗が逆をむいている。こういうアンチキッズはバカっぽくておもしろい。
朝はまわりの教会にひとりで散歩にいって、霧をのんで、昼は大切なひとのお墓まいりをした。
GHOSTSTARSとのさよならがまたさみしい。別れの言葉は短い方がいい。二日酔いのゆるやかな眩暈がすでにこの毎日を懐かしくさせた。また、あおー。

■3/2(sun) NEWWARK mojomain

GEZAN USツアー日記

NEW WARKという街のMOJO MAINについて、BARの扉をあける。五秒後に「米は好きか?おれのつくる米を食え!」イタリアのシェフ、ガス(58)からGUMBOがたらふくだされる。スピード感がすごい。それがまたたまらなくおいしくて、今回のツアーの中で断トツにおいしい米料理だった。DR JHONのGUMBOのはなしなどをしながらガスの米への愛をきく。うんうん。伝わったよGOD FATHER。

ライヴはFUGAZIやNIRVANA直系のUS オルタナなメンツで正直古臭かった。でもみんなキモチのいい奴らだった。
Tシャツをライヴがはじまる前から対バンがぞろぞろと買いにきてくれて、きょうという日をいい日にしようという挨拶なのか、ツアーバンドへの応援なのかわからないが、清々しいキモチになった。
モノにお金を払うという敬意の表し方があることデータ社会になっても忘れてはいけないようにおもう。ひとにおもいをつたえるのはそんなに簡単なことじゃない。うまくあつらえたコトバなんかクソだぜ。痛みをともなったコミュニケーションしましょう。恋みたいだ。

夜はとても冷たい雪がまわりをつつみだし、寒波が流れ込んできたことをガスにきく。
本日二食目のGUMBOをご馳走になり、店をでる。ここから次なる目的地、アトランタまでは車をとばして13時間、雪道なら20時間はかかるという。
6日連続でライヴしてきて、宿無しの窮屈な箱詰め車内の20時間ドライヴにチーム下山は白目で泡をふいた。

■3/3(tue) 無題

ひたすらまっすぐの雪道。窮屈な車内で窓から葉のない木々が流れていくのを永遠にみた。
20時間のドライヴは過酷だ。
白目も水銀色。
デリで買った毒々しい色のグミがこれでもかと外れ、殺気だつ。

■3/4(tue) Louisuvile @modern cult record

ケンタッキー州のルイスビル、街にはいるなりシルバニアファミリーのような家々と雑貨屋や本屋がならぶかわいい街だった。学生が多いのかも。
「HATE ケンタッキー love ルイスビル」とかかれたTシャツを着た店員さんのいる店でガンボをたべる。ケンタッキーの中だが他の場所と一緒にするなという街の自己主張なのかなあ。大阪をおもう、京都にあるような。
その一角にあるmoderncult recordでのライヴ。店内には世界各国のサイケ、ノイズ系のLPがならぶセレクトショップで風通しがよかった。下山のも何枚か納品する。acid mothers templeやBORISのLPは中でも目立つ。
ライヴにはWILKOやジム・オルークバンドなどで叩くTIM BARNESさんがきてくれて、この街のはなしをした。田舎町ではあるが、もともとSLINTをはじめDRAG CITY RECORDまわりのバンドなどを多く輩出した街で、近年元気がなかったが、NYからTIMさんが住みだしてから活気が出てきたと現地の日本人から聞いた。
パニック・スマイルやナンバー・ガール、モーサム・トーベンダーを輩出した福岡のように、かくじつに強力な個性を打ち出していく独特の筋をもった印象があった。こういった地方がスターをちゃんと生み出せる地盤があるアメリカは懐が深くもなる。変化こそあれど大きくみると、未だ東京に進出しなきゃどうにもならない日本の盲目さにはげんなりする。

ライヴ終えて、みんなが寝たあと、ぼくはDAVID PAJOのみていた空をみながら街を夜道をてくてく散歩した。とおくまで歩きすぎたのか、通りを越えると急にゲットーな匂いと鋭い目つきをかんじる。後に出会った友人にきくと、どんなハートフルな街にも治安の悪い地域があって、そこにはディーラーの売買が盛んに行われてるそうで、銃声の聞こえない日はないそうだ。
人種や生活クラスが多用すぎて自由を認めなきゃ窮屈なんだろうな。この国は。

■3/5(wed) Atlant @GA

車で8時間、アトランタは出会った人びとから一番治安悪いから気をつけろといわれてきた街で、今回のパーティの主催はKIDSのラリークラークとのコンビでも知られるハーモニー・コリン監督の『spring breakers』で3日連続双子でセックスするという狂った役を演じたATL TWINS だった。
気温もあたたかく、街自体はロック好き、タトゥー好きといった感じでボインで活気があって良かったが、パーティピーポーの楽屋の荒れ方はなかなかジャンクだった。泡吹いてるやついたし。すぐに二人組でトイレに消えてくし。
ライヴはDARK SISTERというM.I.A直径を思わせる2人組がよかった。楽屋にはGROUPHOMEのタグなんかをかいてるライターがいてイーグルがぶちあがってた。
おれはこういうスカしたパーティ野郎が嫌いなので、陰気なイタリア女と木のしたでうどんのおいしさを説いて1日を終えた。

■3/6(thu) 無題

GEZAN USツアー日記

この日は2日前に「ギグするか?」と連絡がきたので時間にして13時間。熱意にこたえるべく一晩でぶっ飛ばすことになった。しんどいわ!
つくなり日本のことをわんわん聞いてくる、話をきくとアニヲタだった。下山の音に反応して連絡きたんちゃうんかい!というキモチが拭えず、ライヴブチかました後はマザコンの引きこもり黒人ラッパーと携帯の恥ずかしい画像を無言でみせあって一日をおえた。

■3/7(fri) NewBedford @no problemo

GEZAN USツアー日記

街につく、ラジオをやっているベイリーという男の企画でbarでのライヴだった、らしい。
頭が沸騰していてこの日はほとんど何も覚えておらず。
ブログあきてきた。

■3/8(sat) Roadiland providence@ the parlor

この街はLightning boltがいることで知っていた。
lightning boltは街の廃墟を占拠してはパーティを組んで、警察や金持ちの買収や圧力があっては場所をかえ、パーティをつづけてきたDIYの王様で、プロビデンスの皆が誇りにおもってる感じがぷんぷん伝わってきた。町おこしの立役者的側面も。
なっるほどー、そういうわけで日本でライヴする時もドラムやアンプだけでかくメインのスピーカーまで持ち込むのか。昔、梅田シャングリラであふりらんぽやマゾンナ、ボガルタと対バンをみたが、フロアで箱のシステムを全く使わず、他のバンドよりだいぶ小さな音でアホみたいに叩きたくってたあの謎を思い出す。謎とけた!どこでやっているときも彼らにとっては廃墟と同じDIYセットでやりたいのだなー。敬意がぐぃいーんとあがる。

街をあるく。らんらん歩く。
ラヴクラフトという作家のお墓があるときいていたので、お墓まで案内してもらう。インスマウスの影のはなしを思いだしながらお墓の前でお昼寝した。
他の下山のメンバーはTシャツが売り切れたのでフリマで1ドルで手に入れたマドンナのTシャツにGEZANとタギングしているみたい。
ぼんやりと薄い月をみながら、アメリカではじめての深呼吸をした。キレイな街だった。
ゆっくりと月が三次元を手にいれて、霧がはれたところで目が覚めて皆の元にもどる。

■3/9(sun) 無題

一度NEWYORKを経由してテキサスオースティンへむかう。ツアー最後のSXSWへ。
我慢しきれなくなって、ゴーゴーカレーNY支店でカレーを胃にぶちこみ、空の旅へ。
24時、テキサスについたが宿がない。とりあえず空港の自販機の裏でチーム下山、ミノムシのように固まって眠った。
でっかい掃除機の低音で目をさます。

最悪の目覚め。

■3/10(mon) Austin SXSW

GEZAN USツアー日記

オースティンはとにかく暖かい。27度もあるそうでみーんな半袖だった。
リストバンド交換所で長い行列を並びながら、YOSHIKI(CHIBA JAPAN)もここを並ぶのかと想像していた。いや、YOSHIKIならヘリで皆の頭の上を飛び越えていくんだろうなー。どこかにヘリおちてないかな。ほしいな。
とりあえず宿がないので、受け付けに誰か紹介しろとダメ元でいったら黒髪ロングを気に入ってくれたのか、マダムな友人を紹介してくれた。
いってみたら豪邸で、オースティンの山々の景色をハンモックにゆられながらバカンス気分爆発、胃袋破裂しそうなくらいピザを食べて、死んだように眠った。
それにしてもロックのうまれた国だからなのか、空港や街のいたるところにサイケ調のギターのモニュメントがあって、ロックを誇りに思っているんだなあとしみじみ感じた。そんな街ぐるみのイベントの公式フライヤーにFUCKin MUSICだなんてコトバがのるくらいだから、エネルギーにたいして敬意がある。
無菌国家・日本じゃとうていあり得ないだろうなあー。踊らせるものへの敬意なんて、このダサい国には。

■3/11(tue) Austin SXSW @liberty

GEZAN USツアー日記

街のいたるところでベースがなっている。水着一枚のおねーちゃん、ドレッド、ラスタマンなにーちゃん、ブリーフ一丁のおじいちゃん、歯のないボインのニューハーフ、様々な人種の様々なファッションが入り乱れた祭りが、BARで、屋上で、野外のテントで、360度サラウンドに鳴っている。共通しているのはとにかく楽しんでやろうというギラギラしたエネルギーだ。
道を歩いていたらBo Ningenの一団にあった。お互い初のアメリカでのライヴね。ここで会えたのはなんだかうれしい。
比較的バンドが多そう通りにあるthe LIBERTYという場所でライヴをする。街中が洗濯機のように流動する中で、足をとめ、フロアがいっぱいになっていく。アメリカのそのフィーリングと速度感はアドレナリンリン・心地いい。
本日二本目のQUANTUMにいくとGEZANの名前がないと言われた。「NO WAY!! ふざけんなよ」とかけあったら明日でした。12日のAM12時と表記されてるのを11日の24時にいってしまったのだ。てへ☆
ぼくたちバカだネって話ししてたら横でひったくり犯が取り押さえられボコすかやられてた。こっちのひとらは加害者に容赦ないのう。顔からケチャップがぴゅーぴゅーでてた。
気分をかえて、クラブが連立する一角で黒い音にまみれ気が遠くなるくらいヒップホップをのんだ。
家に帰って吐いたゲロが七色をしていた。これがオースティンの色だ。

GEZAN USツアー日記

■3/12(wed) Austin SXSW@liberty ,QUANTUM

前日よりさらに人がわちゃっと増え、カフェからどこんどこん鳴らされる低音に音漏れなんてコトバは似合わない。もはや街自体を鳴らしてる。テキサスのコンクリートの床もボロボロの壁も、いきた音を浴びてうれしそう。土の中でテキサス育ちのジャニスジョップリンも白骨顔でにっこり。
呼吸しない街は朽ちていくだけ。人もモノも同じ。磨いてるだけじゃ表面のメッキが光沢するだけだもの。

the LIBERTYの野外テラスでライヴ、テキサスロックシティの波にのまれて歪んだな夢をみた。
QUANTUMに移動してレゲエシステムのようなつくりの黒い箱でやりきった下山、アメリカツアー最後のライヴ。どこもわりとそうだったけど物販の売れ方が気持ちえかった。
思えば出発前、3本に減ってしまっていたライヴは飛び込み含め17本にまでふえた。ここでは書けないようなこともいっぱいおきた、し、おこした凸凹ツアー、まあなんだか生きてる感じでした。ナムナム

手刷りDIYTシャツも完売して荷物も軽くなったところで踊りにいく。
3週間分のつかれは、狂った夜のさらさらと流れる静脈にまぜて、ライターで火をつけて、低音の肌触りとともに喧騒にながした。
渦の中で溺れる、溺れながら呼吸の仕方をおもいだす。魚だったころみていた夢はきっとこんな泡だらけのプリズムした夢だったのだろう。


下山(GEZAN)
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■3/13(thu) Austin SXSW

SXSW3日目の今日は音楽散策だけ。
the MAINでの LOU REED tributeのショーケースでblack lipsをみる。ジャンクでポンコツなビートルズみてるみたいで笑ってもうた。いつか対バンするな。きっと。
LOU REEDの“run run run”をカバーしてた。もはや当たり前のことだけど、改めてLOUの存在の大きさを現行のバンドのその影響をみていておもう。
踊ってばかりの国の下津が騒いでたのでChristopher Owensをチラッとみる。わー、下津好きそう。曲はいいけど、うたが痩せっぽっちで個人的な好みではなかった。前日に下山の前に出てたオーストラリアのMT WARNINGの方が人間力がズシンと残ってる。
FAT POSSUMから出してるfelice brothersをred7で。最高にグッドアメリカンで、身体いっぱいに喜びをあびる。好奇心と実験心をうたうボブディラン。SXSWベストアクト! というかFAT POSSUMはほんとうにアメリカの良心だな。愛してまーす。

あんまり期待してなかった分、逆に満足して、チキンを食らって飛行機にのった。SXSW、世界最大のショーケースでいくつかのステキに出会えたのは嬉しかった。お客さんより関係者のためのフェスという感は否めないけどね。
垣根をこえて、世界中の好奇心が渦になればいい。オワリ

interview with Liars (Angus Andrew) - ele-king


Liars - Mess
Mute / Traffic

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 ライアーズは嘘をつかない。いや、言い直そう。ライアーズは自らのネーミングがものするように、嘘をつくことを認めている、という意味で嘘をつかない。
 アルバムごとにそのサウンドを目まぐるしく変化させ、つねにシーンのど真ん中のはずれで野蛮な実験を繰り返すライアーズ。それは意識的なようでいて、じつに原始的で、クールなようでいて、たまらなくホットで、いつも目的からずるずるズレて、ズレてズレて……気がつけば誰もいない荒野の先端でひとり奮闘している。なんて素敵なんだ。彼らが持つほとんど野生のカンともいえる実験本能。それをライアーズの性(さが)と呼べばいいのだろうか。
 そんなライアーズが2年ぶりに7枚めとなるアルバム『メス』をリリースした。ここにあるのは、彼らがレッテルを貼られ続けたポストパンクでもエレクトロクラッシュでもなく、また、カオスの渦でもトライバルなクラウトロックでもない。そう、大きくモード・チェンジした前作『WIXIW』のサウンドを引き継ぎつつも、よりダークに、よりミニマルに、ときに大味なエレクトリック・サウンドがダンス中枢をくすぐりまくるライアーズの新境地——まっさらなテクノ・サウンドだ。シンプルなビートに合わせて駆動する野太いシーケンス。ゴスな装飾を薄くまとったシンセのフレーズ。そんなダークなムードにカラフルな色を添えてはじけるポップなエレクトロニクスたち。ライアーズの新たなマスター・ピースの誕生だ。
 まずは、先行公開された“メス・オン・ザ・ミション”の抜きん出たブレイクスルー感を体感してみてほしい。身長2メートルを超える大男アンガス・アンドリューのボーカルもいつになく脂が乗っていて、低いところからファルセットまで縦横無尽に声色を変えてはしなやかに吠えまくる。容赦なし。遠慮なし。その鮮烈すぎる突破口から無辺に広がる「歌って踊れるエクスペリメンタル・ミュージック」。外は冷たいのに中は熱い。まるでアイスの天ぷらをあべこべにしたようなストレンジな昂揚に、われわれの体温もぐいぐい上がりっ放しだ。
 あらためて。ライアーズは嘘をつかない。いや、言い直そう。ライアーズは嘘をつかないが意表をつく。騙されたと思って最高の新作『メス』を聴いてほしい。彼らの嘘は本物だから。

アイデアと実際にでき上がったものにはそんなに大差はなかったよ。すべてはあっという間に起こってね。

2年ぶりのアルバム『メス』の完成おめでとうございます。まずはいまの心境を聞かせてください。

AA:早朝のロサンゼルスでスッキリした気持ちだね。

この2年間はどのように過ごしていたのですか?

AA:前作『WIXIW』ではたくさんのツアーをしたよ。それが終わってからオフを取って、生まれ故郷のフィリピンに行ったんだ。

ライアーズはこれまでほぼ2年に1枚のペースでアルバムをリリースしていますが、このペースが自分たちにいちばん合っているのですか?

AA:それはつまりこういうことだと思うんだ。僕らは大体1年にわたってツアーを行い、それからは当然のように、再びいらつきながら制作に入っていく時間になる。ときには音楽やアートに関してもっと時間をかけようと思ったりするんだけど、自然に任せてやりたいようにやるとそのタイミングになるんだと思う。

デビューから14年ですが、『メス』の制作を経て、ライアーズとして新たに発見したことはありますか?

AA:「アルバム制作は楽しみながらしないとダメだ」ということをあらためて思ったよ。過去のいくつかの作品に関しては、制作過程でシリアスになり過ぎたり、頭を使い過ぎちゃったりもしたけど、まずは「アルバムを作りたい!」という思いを楽しむこと。それを忘れていたような気がする。

アルバムごとに作風をガラリと変えてきたライアーズですが、今作は『WIXIW』で大きくモードチェンジしたエレクトリック路線を引き継ぎつつも、さらにダークでミニマルな世界を追求しているように感じました。前作との関連性を教えてください。

AA:前作『WIXIW』を作ったとき、僕らはすべての電子楽器やソフトウェアを新しくしたんだ。文字どおり、ユーザーマニュアルを開きながら曲作りをやっていたんだ。でも、『メス』に関してはこの点がクリアされていたので、自分の思いついたアイデアをきちんと演奏に反映できるようになっていたんだ。それと、制作過程もすごくスピーディーにしてみた。最初にトライしたことをすぐ曲に反映させていったらすべてがフレッシュなままの作品に仕上がったよ。

前作には〈ミュート〉のオーナー、ダニエル・ミラーがプロダクションで参加していましたが、今作にもクレジットされているのですか? また彼との長きにわたる仕事で得たものは何ですか?

AA:『WIXIW』を制作しているとき、エレクトロの世界は僕らにとってすごく新鮮で、ダニエルにありとあらゆる質問をして確かめていたよ。彼はその界隈では有名な先駆者だからね。技術的なものや機材的なアドヴァイスの面ですごく助かったよ。『メス』に関してはその点がクリアされていたから、彼のクレジットはないんだ。もちろん僕らが音楽をやる上で彼はいちばん大切な人だけど、制作的なことで言えば、いまは僕ら自身で実行しているよ。

『メス』というタイトルどおり、混沌として多彩なビートとディスコ・サウンドが収められながらも、アルバム全体にはライアーズらしい「暗さ」と「野蛮さ」と「冷めた熱」がしっかりと根底に漂っているのを感じました。アルバム・タイトルに『メス』を選んだ意図を教えてください。

AA:『メス』とつけたのはすごく主観的なものなんだ。ある人はあるものを見て、それが何であるかをきちんと考える。一方で、別の人は同じものを見ながら、それを「まったくはちゃめちゃ」と言ったりする。すべては見る人の見方によるんだよね。僕にとってこの考えってすごくおもしろいんだ……というのは僕らが作っている音楽にからめて考えても、それは自然なことだからね。

制作中の試行錯誤には、はかり知れないものがあったと思いますが、制作前のイメージと完成した作品に大きな変化はありましたか?

AA:アイデアと実際にでき上がったものにはそんなに大差はなかったよ。すべてはあっという間に起こってね。アイデアが出てくるとすぐにそれをまとめてアルバムにしたからすごく楽しかったよ。

先行で公開された“メス・オン・ア・ミッション”を聴いたとき、最近のライアーズらしいストレンジでグルーヴィーなシンセポップに舞い上がるとともに、計算されつくしていた印象の前作『WIXIW』よりも直感的/本能的な勢いを感じました。ファルセット全開のサビの昂揚なんてライヴで盛り上がること間違いなしですね。曲作りの段階でライヴでのイメージを想定しているのですか?

AA:それはないね。スタジオで曲を書くときに「ライヴを前提に」とかの制限はつけたくないんだ。さまざまな楽器を使ったりするのもそうだし、いつも曲そのものが向かいたい方向に進められるように考えているんだ。いつかはそういった縛りで曲作りをやってみてもおもしろおもしろいかもね。自分たちで持ちこめる楽器だけを飛行機に載せてツアーすることができたら、相当クールだと思うんだけど。でも結局は、アルバム音源をライヴ用にまた作り直してやった方がずっと簡単なんだけどね。

“ダークサイド”〜“ボーイゾーン”の金属的なエレクトロニクス、呪術的なヴォーカルにはインダストリアル・ノイズの影響を聴くことができると同時に、『果てしなきドラム』(2006年)の頃のサウンドがエレクトロ化したような、ライアーズの新しい側面を感じました。昨今のインダストリアル・テクノではなく、70年代後期~80年代の〈ミュート〉が鳴らしていたオリジナルなエレクトリック・ミュージックの香りというか。そのあたりの影響は受けているのですか?

AA:それはそのとおり。僕らのお気に入りですごくよく聴いている作品のひとつに『ミュート・オーディオ・ドキュメンツ(MUTE AUDIO DOCUMENTS)』(2007年にリリースされた〈ミュート〉の初期シングル&レア音源を集めた10枚組ボックス)があるんだ。あれを聴くたびにすごく勇気づけられる。DAF、ファド・ガジェットらエレクトロのアーティストにはすごく影響を受けているよ。

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そうだな、個人的には太鼓(タイコ・ドラミング)だけのアルバムを作ってみたいとずっと思っているよ。もしかしたら八丈島に移住して、そこでアルバムを作っているかもしれないな(笑)。

ライアーズはいつも時代の先端に寄り添っているように見えて、じつは誰よりも勇敢に誰も知らないところに向かって猛進しているように思えます。進行形のシーンに対して意識的な部分はあるのですか?

AA:人がどんなシーンに興味を持っているかを聞くのは楽しいんだけど、だからといってそれが僕らの意思決定には影響しないよ。本当に自分たちが聴いたことのないような音楽を作りたいし、それがライアーズにとってもっともエキサイティングなことなんだ。

アートワークにあしらわれているカラフルにもつれ合う毛糸についてお聞きします。ライアーズのTumblrでさまざまなシチュエーションにおける毛糸の画像が公開されていたり、本物の毛糸が真空パックされた500枚限定のデラックス・ヴァイナル・エディションをリリースしたりと、本作におけるアートワークへのこだわりを強く感じさせますね。

AA:今回のアートワークに関しては、このアルバムの持つ「遊び心」や「自然」な感じを出したかったんだ。カラフルな毛糸はそのことを表していて、加えて「WHAT IS A MESS ?」(混乱ってなに?)ってことを具体化したものでもあるんだよ。

なるほど。そんなアートワークだけでなく音についてもですが、実験的な要素とリスナーに受け入れられるポピュラリティーのバランスはどのように考えていますか?

AA:うーん、べつにポピュラーになることなんて考えたこともないけどね。僕らにとって音楽やアートを作るってことは、僕らが本当に人とコミュニケートしたい、って考えの発露なわけで、期待されているものを指図されて作っているわけではないんだ。いつもやることなすことが実験につぐ実験の繰り返しだと思う。たとえ僕らがいわゆる「ポップソング」にトライすることになったとしても、それはすごく実験的なプロセスをたどることになるよ。それってある意味おもしろいけどね。

残念なことにあなたたちの変化に追いつこうともせず、いまだにライアーズのことを「ポストパンク・リヴァイヴァル」の一部として認識している人もいますが、ライアーズにとって2000年代初頭のあのシーンはどのようなものでしたか? またその渦中にいるという意識はあったのですか?

AA:当時のニューヨークに住んでいたのはすごくよかったよね。素晴らしいことをしているヤツらとずいぶん知り合いになれたし、本当にそれぞれ違ったことをしていたし。でも、僕らも含めて誰もが「ポストパンク的なもの」の一部と呼ばれたがってはいないと思うよ。僕らは自身の思うことをやっているし、何かを復活させているつもりもないんだ。ただ、これらの考え方のなかで意識的なのは、9.11の悲劇に関する部分だよ。自分がニューヨークに住んでいるということをまざまざと実感させられた。まさしく歴史的にも重要な場所で、世界中に向かって発信しなければいけない場所に住んでいるんだ、ってね。

ブルックリンのシーンから登場し、ニュージャージー、ベルリン、ロサンゼルスと拠点を変えてきたライアーズですが、ここ3作はロサンゼルスでのレコーディングとなっていますね。お気に入りの土地なのですか? 

AA:ロサンゼルスがいまいちばんいちばん好きな場所かというと、そうとは言えないな。ある意味、便利な場所ではあるけど。ロサンゼルスで生活したり制作したりするのはいい感じだよ。おもしろいことをやっていたり、刺激を受けたりする友達もいるしね。でも、僕に関して言えば、たえず動いていたいタイプなので、ほかの都市や国にも行きたいと思っているよ。

最後の曲“レフト・スピーカー・ブラウン”におけるミニマルなベース音、神妙な歌、声のサンプリング、きめ細かな電子音、ドローンのようなストリングスに早くもライアーズのネクスト・ステップを予見して、期待を引きずったままアルバムを聴き終えました。恐れることなく変化を受け入れるライアーズですが、次作のヴィジョン、もしくは今後チャレンジしたいことなどがあれば教えてください。

AA:うーん、僕が次作に関して言えるのは、「どういうものになりそうか、まだアイデアがない」と言う以外には、「ライアーズとして続けていることがベスト」っていうことかな。前進することが良いわけでも悪いわけでもないと思っているので。そうだな、個人的には太鼓(タイコ・ドラミング)だけのアルバムを作ってみたいとずっと思っているよ。もしかしたら八丈島に移住して、そこでアルバムを作っているかもしれないな(笑)。

最後に、新作『メス』を一言で表現するとすれば、ズバリ?

AA:自然。自発的。自由意志。このなかから選んでもらえればありがたいよ。「他からの介入なく自律的に動いて行くさま」を表しているんだ。

 春の宵、アンビエントに身を委ねましょう。イルハ、オピトープの伊達トモヨシが、3月末から4月にかけてツアーをします。東京、京都、鎌倉と、全9公演が予定されています。ちなみに京都では旅館、鎌倉では光明寺で開催されます。電子音楽、とくにそれがダンスを志向しないもの、アンビエントなものであるならば、ゆったりとした環境で楽しみたいものですが、この公演はうってつけです。ちょっとの冒険心があれば、きっと、素晴らしい音楽体験を得られます。
 テイラー・デュプリー──〈12K〉という今日のアンビエント・ミュージックのシーンでもっとも重要なレーベルのひとつを主宰する男、そしてみんな大好きステファン・マシュー──信頼すべきドイツの音響アーティストも同行します。会場によっては、Asuna、Toshimaru Nakamura 、Tetuzi Akiyamaなどなど、ユニークなアーティストも多数出演。下のスケジュール表を見て下さい。そして、ぜひ、この機会にどうぞ!

 来る2014年3月末、4月に初来日となるStephan Mathieu, Federico Durand,そして盟友 Taylor Deupreeを迎えて、東京・鎌倉・京都ツアーがついに実現!!

 ドローン/アンビエントミュージックシーンの最重要人物たちとともに、日本からはILLUHAをはじめ、まさにシーンのド真ん中に位置するミュージシャン達が勢揃い!!
 今回で第六回目となる「Kualauk Table」主催による、お寺で荘厳音響に包まれる音楽イベントも、今回は規模拡大につきド級の会場とサウンドシステムでお出迎えします!!

 ツアー中はどの会場ともそれぞれ異なったコンセプトで開催され、どれも見逃せないイベントになること間違いなし!!!

■ツアー日程■

3/28 (金) 東京 青山 CAY (主催:CAY)
予約 4000円+1drink / 当日 4500円+1drink
詳細・予約:https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_1052.html
open 19:30 start 20:00 close 22:00
出演
Melodia(Tomoyoshi Date + Federico Durand)
Ichiko Aoba
プラネタリウム演出:大平貴之

3/29 (土) 東京 水道橋 Ftarri
予約 2300円 / 当日 3000円 限定30名
https://www.ftarri.com/suidobashi/
open 19:00 start 19:30 close 22:00
出演
Melodia(Tomoyoshi Date + Federico Durand)
ILLUHA
Asuna + Opitope

3/30 (日) 吉祥寺 Tone (主催:flau)
料金:3,000円(ダンディゾンのパン + ドリンク付き)
詳細・予約:https://www.flau.jp/events/crosss6.html
Open 19:00 Start: 19:30
出演
Grand Slavo
Federico Durand

4/2 (水) 東京 水道橋 Ftarri
予約 2500円 / 当日 3000円 限定30名
https://www.ftarri.com/suidobashi/
open 19:00 start 19:30 close 22:30
出演
Toshimaru Nakamura + Ken Ikeda + Tomoyoshi Date
Federico Durand + hofli
Makoto Ohshiro + Satoshi Yashiro

4/5 (土) 京都 きんせ旅館
予約 4000円 / 当日 5000円 / 翌日との2日通し券 7000円 限定60名
https://www.kinse-kyoto.com/
open 16:00 start 16:30 close 19:00
出演
Stephan Mathieu + Taylor Deupree
Federico Durand
ILLUHA
Live PA:sonihouse

4/6 (日) 京都 きんせ旅館 〜Day 2〜
予約 4000円 / 当日 5000円 / 前日との2日通し券 7000円 限定60名
https://www.kinse-kyoto.com/
open 16:00 start 16:30 close 19:00
出演
Stephan Mathieu + Federico Durand
Taylor Deupree + ILLUHA
Stephan Mathieu solo
Live PA:sonihouse

4/10 (木) 東京 青山CAY 〜the Scent of Legend〜
予約 3800円+1drink / 当日 4500円+1drink 限定200名
https://www.spiral.co.jp/shop_restaurant/cay/
open 19:00 start 19:30 close 22:00
出演
Stephan Mathieu + Taylor Deupree
Federico Durand + Opitope
ILLUHA
照明演出:渡辺敬之

4/12 (土) 鎌倉 光明寺 〜Live at 光明寺 Fes〜
予約 3800円 / 当日 4500円
https://park16.wakwak.com/~komyo-ji/html/keidai.html
open 12:00 start 13:00 close 18:00
出演
Stephen Mathieu + Taylor Deupree + ILLUHA
Toshimaru Nakamura + Tetuzi Akiyama
Ken Ikeda + sawako
Melodia + Tetsuro Yasunaga
Tsutomu Satachi + Yusuke Date
Live PA:Flysound

4/13(日) 東京 中目黒 みどり荘 〜SPEKK Party〜
予約 3200円 / 当日 4000円 限定35名
https://midori.so
open 12:30 start 13:30 close 19:30
出演
Stephan Mathieu + Toshimaru Nakamura
Taylor Deupree + Federico Durand + ILLUHA
Tetuzi Akiyama + Ken Ikeda + Chihei Hatakeyama
Minoru Sato (m/s, SASW) + ASUNA


■来日アーティストプロフィール■

<Stephan Mathieu>

https://www.bitsteam.de/

 独ザールブリュッケン在住の音楽家、美術講師。90年代にはSTOLのインプロドラマーとしてKITTYYO等からリリース。その後、ソロ活動に専念、Hapna, Headz, Ritornell, Lucky Kitchen, Fallt, Orthlorng Musork, Cronicaなど世界中のレーベルから リリース。またEkkhard EhlersやJohn Hudakともコラボレーション作品を発表。とりわけFULL SWING名義でOrthlorng Musorkからリリースした「Full Swing Edits」(2001年)は、彼のドラムをDSP処理でリアルタイム加工し断片化させたもので、当時画期的なその手法は高い評価を得た。さらに最新作の短波ラジオのリアルタイム・プロセッシングをテーマにした” RADIOLAND”(Die Schachtel)は、英国の名門ショップBOOMKATが選ぶ2008年のトップ 100レコードの栄えある第一位に選ばれる。2008年からはVirginalシリーズという偉大な 現代音楽家に敬意を表し、彼らの楽曲をVirginalというルネッサンス時代のキーボード、グラモフォンで演奏している。

試聴:https://soundcloud.com/schwebung/maison


<Taylor Deupree>

https://www.taylordeupree.com

 テイラー・デュプリーは1971年生まれ、ニューヨーク、ブルックリン在住で、サウンド・アーティスト、グラフィック・デザイナー、写真家として活動。1997年1月1日、彼は、デジタルミニマリズムと現代様式に焦点をあてた音楽レーベル「12k」を設立。
 2000年9月には協力者のリチャード・シャルティエと12kのサブレーベルとして、コンセプチュアルかつウルトラミニマルな電子音響、そして音と静寂とリスニングアートとの関係性を探究するレーベル、LINEを設立。
 デュプリーは、Prototype 909, SETI, Human Mesh Dance,Futique(1992-1996)など過去のテクノ・アンビエントのプロジェクトを含め、多くの評論的賞賛と評価を得ており、数多くのレコーディング実績と確かなディスコグラフィを持っている。また、彼のデザインワークは世界中のレーベルの多くの作品で見ることができ、日本やイギリスで多くのデザインブックも出版されている。

試聴:https://soundcloud.com/12k/dreams-of-stairs


<Federico Durand>

https://federicodurand.blogspot.jp

 マレーシアのmu-nestコンピに参加後、SPEKKからのファースト・アルバムが全世界で大ヒット。英Home NormalやルクセンブルクのOwn Records,米Desire Path Recordingなど世界中のレーベルから矢継ぎ早に新作をリリースする傍ら、OptiopeのTomoyoshi DateとのMelodia、Nicholas SzczepanikとのEvery Hidden Colorなど注目アーティストとコラボレーションも活発に行っている。
 基本は電子音楽ながら、日常や山で採取したフィールド・レコーディングやギターなどの楽器音をさりげなく取り込む作風で常に有機的で温かい質感を有している。アルゼンチンのアーティストに多く見受けられる、その情調感をもった楽曲はここ日本でも人気が高く、アールグレーの紅茶が大好きと語る素朴な人柄同様、どこかキュートで優しい味わいが特徴である。

試聴:https://soundcloud.com/federicodurand/adormidera-preview


蓮沼執太 - ele-king


蓮沼執太フィル
時が奏でる

B.J.L. AWDR/LR2 蓮沼執太フィル vinylsoyuz

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 「今日は取材、兼、指揮者ということでよろしくお願いします」。
 わたしに向けた蓮沼執太の一言があまりにも衝撃的だったために、あやうく上りのエスカレーターを一目散に下るところだった。もちろん絶対に違うとはわかっていながら、頭の中には、ポンコツ指揮者のためにせっかくの曲がめちゃめちゃになり、猛烈なブーイングを浴び、舞台のど真ん中で恥も外聞も忘れて号泣するわたしの姿があった。反射的に浮かんでくる被害妄想を振り払ったはいいものの、いい意味でもわるい意味でもこんなに動悸が止まらない開演までの待ち時間はない。被害妄想が正しくないとして、そうじゃない指揮者っていったい?
 だんだん事情が飲みこめてくる。わたしのまわりには同様に橙色の当日パンフレットをわけもわからず持たされ、蓮沼執太から同様の宣告を受けたであろうひとたちが、不安そうに立ち尽くしている。ある者はキョロキョロとあたりをみまわし、ある者は当日パンフレットを凝視してなんらかのヒントを得ようとし、ある者は「ごめん指揮者になったから待ち合わせ時間まにあわない」「は?」「いやだから指揮者」「??」という噛み合わないやりとりを友人とLINEで行っていた(わたしです)。
 そのまま開場直前の舞台へ、疑問符を頭から数本生やしたままのわたしたちは連れていかれる。そこで明かされたのは、本日5曲めに披露する新曲“Time plays – and so do we.”で、観客全員(!)が6通りのインストラクションに従って演奏に参加すること、わたしたちはフィルのメンバーのうちのひとりを指揮する役割を担うこと、わたしが大谷能生担当であること(畏れ多いよ!)、簡単な指揮の方法。なにせサクラではなく、ついさっきそこで捕まえてきたばかりの新鮮な観客なので、動揺は著しく、スタッフのひとにあれこれ尋ねてみようとするのだけれど、スタッフのほうはスタッフのほうでてんやわんや感が滲み出ている。それはそうだろう、どんな不測の事態にも臨機応変に対応するのが役目だとはいっても、ここには不測の事態しか存在しない。これから何が起こるのか完全に把握しているひとはこの場に誰もいない。もちろん演奏のルールは周知されている。しかし、どれだけ懇切丁寧に説明を受けても、新曲がいったいぜんたいどのような演奏になるのか、想像できた者はこの場に誰もいない。この場に誰もいないまま、開幕の時間は刻一刻と迫る。

 どうしてこのようなコンセプトの新曲が発表されるに至ったのか? それを説明するためにはTPAMの話をしなければならない。TPAMとは、今年で第18回めの開催となる国際舞台芸術ミーティングである。期間中は横浜の徒歩圏にある多様な文化施設を会場に、さまざまなプログラムが催される。蓮沼執太のTPAMへの参加は、蓮沼執太フィル以上に多種多様な、ジャンルの枠をまるで気にしていないメンバーの、いい意味でのやりたい放題によって、類似したもののみあたらない作品に仕上がっていた、詩人・山田亮太(TOLTA)とのコラボレーション『タイム』にひきつづき、じつは二度めである。少々長いが、蓮沼執太『作曲:ニューフィル』を招聘した今回のディレクター、野村政之の言葉を全文引用してみよう。

先般の震災と原発事故の経験は、私たちの社会に対する信用を総じて覆しました。信用とは「計算」あるいは「コントロール可能性」のことです。コントロールできないのは資本主義や放射性物質だけではなく、私たちの生命も人間関係も同じである……私たちは生まれたときから受動態であるということに、改めて気付かされたわけです。主体的な能動性から客体的な受動性へ。計算された構築から不確定な生長へ。個々バラバラに受動態で生まれてきた私たちが、他者と連結し、どのように、うまくやりながら生きていけるのか。破局が潜在する不確定な社会でどのように共同性を育んでいけるのか。そうした「生命」と「関係」に対する受動性、それを前提とした「生」の行方、「分断」と「共同」についての考察になるような作品を選びました。(野村政之)

 この一文を読むのと読まないのとでは、“Time plays – and so do we.”で行われていたことの受け止め方も、だいぶ変わってくるに違いない。“Time plays – and so do we.”は、個々バラバラに集まった聴衆が、耳を澄まし、めまぐるしく変容するその場の空気の流れに身を委ね、時には流れに棹をさしながらも、ある一定の共同性を常に保っていなければ、美しい演奏に導くことはおろか、そもそも演奏そのものが成り立たない作品だからだ。当日パンフレットが橙色のひとは指揮者を、空色のひとは紙鉄砲を、緑色のひとはハンドクラップを、桃色のひとは毛笛を、灰色のひとは風船を、黄色のひとはコーラスを――強制的に役割を押し付けられ、その役割に多少は反抗したとしても受け入れる努力はし、他者との調和を乱すことなく、各々の可能な範囲で奮闘すること。そのような営みは、わたしたちに、震災後に、急激に、切実に、求められるようになったふるまいではなかったか?

 いやいや、肝心の演奏の話をしよう。“Time plays – and so do we.”の演奏が美しかったかといえば、決してそうではないだろう。実際、終わったあとのKAATのロビー、帰り道、ツイッターで幾度となく「失敗作だったのでは?」「消化不良感。」などという言葉が吐き出されていた。そしてそれは、純粋にフィルの演奏だけを聴きに来たひとにしてみれば、当然の反応だったのかもしれない。指揮がうまく伝わらなかったり(これもわたしです)、任意のタイミングで鳴らした音がやたらと重なっていきなりうるさくなったり、逆に変なタイミングで妙な静寂が訪れたりもした。ホールが満席になれば優に千人を超える。それだけの観客が思い思いに演奏していれば、それはまあ、ピシッとまとまるほうがおかしい。ただ、わたしの胸のなかには、奇妙な肯定感が生まれていた。まとまらなくていいのではないかと。多様性を祝福するというか、バラバラであることを心から微笑ましく思えるような貴重な体験だったことは間違いない。

 そのような思想は、舞台美術からも見出すことが可能である。つい先日、〈アートフェア東京〉のベスト賞ともいえる賞「ベーコンプライズ」を受賞したことで注目の的となっている現代美術作家・毛利悠子の手掛けた装置が、今回の公演で果たしていた役割について触れておこう。舞台の中心で強烈な存在感を放っていた、ごちゃごちゃとした、アンバランスな、本来隣にあるはずのないものを強引に寄り添わせたような独特な形状の装置は、ただの飾りではない。当日パンフレットが灰色のひとは、その装置の上部にある巨大な風船が膨らむたびに手元の小さな風船を膨らませてブシュウゥ~ッという間抜けな音を出し、黄色のひとはその装置の下部にあるバスドラムが鳴るたびに「アー」とコーラスするよう仕向けられていたのだから。ここまで舞台美術を演奏中に観客が凝視しなければならないケースはめずらしいのではないか? わたしは劇場のかなり後方に座っていたのだけれど、そこからは、蓮沼執太、フィルのメンバー、始終動いている装置、観客、それらがぐちゃぐちゃと混ざりあって、臓器となり、皮膚となり、毛となり、顔となり、まるでひとつの生き物に近づいていくようにみえていたのだ。稚拙なたとえで申し訳ないが、宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』をご覧になったかたは、カオナシが物凄い勢いでさまざまな生物を呑み込んでいく場面を思い出していただきたい。あれがもうちょっと綺麗になったかんじ、というのがいちばん近いだろうか。

一斉に振り向く光の中、一緒に行こうと言ったのは誰?
熱烈なノックの中、ぼくはうまれる時を、たずね、たばね、 
蓮沼執太“ONEMAN”(『時が奏でる』)

蓮沼執太フィルがバラバラでありながらも、確固とした統一感を時折みせる、その秘密が少しつかめたような気がした。

蓮沼執太 公式サイト 
https://www.shutahasunuma.com/performance/2697/

第5回:占われたい女の子 - ele-king

 もうすぐ小学生になる長女は、小学生女子のご多分にもれず占いの本に夢中です。子ども向けの占い本は、いまも昔も赤・ピンク系の装丁で、男児向けのものはいっさい見あたりません。中身も昔と変わらず「あなたは心があたたかい人気者ね」といった謎のお姉さん口調の性格診断を中心に、ラブ運、友達運といった人間関係、そして将来の職業が並びます。一方、同じ年頃の男の子が執心していることといえば、努力・友情・勝利のフィクションや、ゲームのパラメータ上げでしょうか。まわりからどう見られているかによって人生が決まると信じている女児と、個人の努力でパラメータを上げれば友情も職業も(美女も?)ゲットだぜ! と信じている男児。小学生にもなると大人と変わらないネ……とお母さんはなんとなく酸っぱい気持ちになります。


子ども向けの占い本の数々

 とはいえ、「将来の職業」欄の変遷は、大人目線でみると案外おもしろいものです。私が子どもだった80年代の占い本では、保母、美容師、看護婦、教師、お菓子屋さんといった昔ながらの女性的なお仕事に、ファッションデザイナー、イラストレーター、音楽家、マンガ家、作家、タレント、女優といった華やかな(でも食べていくまでに成功するのはなかなか大変な)職業が並んでいるのが定番でした。ところが2007年刊行の『キラキラ人相&手相うらない』(ポプラ社)では、「株をはじめたら大金もちになるかも!?」という生々しい指南が登場。もっとも新しい2013年10月刊行の『ハッピー&ラッキーうらない入門』(小学館)には、「あなたはふつうの社員。会社のためにコツコツとがんばる人だよ」と、女性総合職が浸透しつつも正社員になるのも一苦労な現状を踏まえ、リアルなアドヴァイスを下してくれます。また「コンピュータプログラマー」「医者」「研究者」といった、かつての占い本にはなかった理系職が普通に挙げられています。「パティシエ」「ゲームクリエイター」「料理研究家」「ショップ店員」「起業家」が多いのもイマドキです。複数の本で「公認会計士」が挙げられているのは、勝間和代の影響でしょうか。

 世の趨勢に合わせてヴァラエティ豊かになっていく「将来の職業」欄ですが、時代を超えて共通していることがあります。「専業主婦」がほとんど出てこないのです。どの占い本も、「家事が得意なあなたには専業主婦がおすすめ。子どもの手が離れたらパートで家計を助けるといいわ」「母性あふれるあなたには、子どもをたくさん産んで大家族を仕切る肝っ玉母ちゃんがぴったり」などとは言いません。「将来の夢はお嫁さん」という人はいつの時代も一定数いるはずなのに。おそらくこれは、主婦業はだれにでもできることだと思われているのが原因なのではないかと思います。「あなたには他の人にはない特別な才能がある」と女児の気持ちをアゲる占い本には不向きなのでしょう。が、バカにされがちな家事も、やってみるとそれなりに才覚がものを言う作業だったりします。カレー一つ作るにも、骨からダシをとって3個のタマネギを飴色にしてトマト缶を煮詰めて作るカレーと、ルーの箱書きの通りに作るカレーとではだいぶ違います。もうちょっと尊敬してくれてもいいんじゃないの……?

 そんななか、「いま、アメリカでは専業主婦がかっこいい!」とする書籍が翻訳されたと聞きました。その名も『ハウスワイフ2.0』(エミリー・マッチャー著、森嶋マリ訳)。さっそく購入して読んでみると、ところどころアレ? と首をひねる点が。 「典型的な専業主婦が大勢いるとわかったのだ」として例示されているのは、ひとり暮らしのアパートで野菜を育て、ジャム作りをしている博士課程在学中の33歳独身フェミニスト女性、郊外の自宅の裏庭で鶏や蜂、野菜を育てつつ料理も裁縫もする大学院卒の28歳独身男性、自宅でコンピュータ関連の仕事をしながら精子提供で子供を3人以上生み、ホームスクーリングで育てようともくろむ高学歴レズビアンカップルの3組。誰一人として専業主婦じゃなくないですか? むしろビッグダディ? 「典型的な専業主婦」の部分は、原文を見ると“New Domesticity types”とありました。また、「この流れを、“ハウスワイフ2.0現象”と呼ぶことにした」は、原文では「I call this phenomenon "New Domesticity"」となっています。どうやら原著のキーフレーズは「ハウスワイフ2.0」というより、 “New Domesticity”であるようです(原著の副題にもこのフレーズが使われています)。

ハウスワイフ2.0
日本版としてリリースされた、『ハウスワイフ2.0』(文藝春秋)


日本版の表紙は自己啓発風ですが、原著の表紙はセルフレームのメガネ女子がキュート!

 “New Domesticity”の例として他に登場するのは、家庭菜園、編み物、手作り石鹸、重曹掃除、天然成分の洗剤、レトロな器、自家製パン(およびそのための小麦粉挽き)、保存食作り、自家製ヨーグルト、オーガニック食、米粉マフィン、手作り子供服、古着のリメイク、自然育児(アタッチメントペアレンティング、スリング、マタニティヨガ、自宅出産、長期間の母乳育児、オンデマンド母乳、布オムツ、オムツ無し育児、胎盤サプリ、ベビーマッサージ、ホリスティック栄養学、木製玩具、アンチ予防接種)、代替療法、地産地消、家のリフォーム、脱サラして田舎で農業、自作陶器のネット販売。IT関連の仕事をしながら料理ブログを開く20代男性や、稼ぎを地産の食材につぎ込む30代独身キャリアウーマンも紹介されています。僭越ながら私が“New Domesticity”の訳語として日本語の似たような言葉をあてはめるなら、「暮らし系」といったところでしょうか。上記のような生活を紹介し、「ていねいな暮らし」「シンプルライフ」を謳う『クウネル』『天然生活』『かぞくのじかん』といった“暮らし系”雑誌類が日本の女性誌コーナーの一画を占めるほど増えたのも、21世紀以降の出来事です。

 『ハウスワイフ2.0』には、ライオットガール・ムーヴメントに憧れ、彼女たちがポスターや音楽テープを手作りしているところから手芸や裁縫に行き着いたというハンドメイド界のカリスマ女性が登場します。また編み物入門本『Stitch 'n Bitch』を出版したフェミニズム雑誌『Bust』の編集長デビー・ストーラーは、女がしてきたことを見下すのはフェミニズムではないと訴えています。そういえば日本でも、男性中心の古本界で二束三文で売られていた『女の手仕事』『暮しの手帖』系の古本に価値を見いだした若い女性たちがネット古本屋を立ち上げるのがブームになったことがありました。オルタナティヴ・カルチャーの渦中にいた女性たちが、昔ながらの女の手仕事が軽視されていることに違和感を覚え、その復権を目指すところも、日本の暮らし系に通じるところがあります。

 暮らし系は女性が中心とはいえ専業主婦に限った話ではなく、おもに高い教育を受けたクリエイティヴな層に担われているように、アメリカの「“New Domesticity”も、高学歴女性(と少なからぬ男性)が牽引するムーヴメントであるようです。『ハウスワイフ2.0』では、不況による就職難、家庭と両立できない長時間労働や女性に冷淡な企業文化への失望、環境への意識、大量消費社会への忌避感情などがその燃料となっていると分析しています。女性の高学歴化に比して社会進出が難しく、女性の家事負担が大きい国と言えば、日本もアメリカに負けていません。日本で暮らし系が流行るのも(それがわざわざ現象として取り上げられないほど自然に浸透しているのも)道理です。「女ならやって当たり前」で、決まったやり方以外は許されない──誰にも顧みられない家事育児はつらいけど、自分の趣味をいかしてインターネットで褒められたりスキルを共有できる家事育児は楽しい。この感覚、私にも覚えがあります。日本との違いは、“New Domesticity”に走る世代(20~30代)の親はウーマンリブ世代で、仕事にかまけて家事育児をないがしろにした母親への反発が根っこにあるということ。子供にかまいすぎる日本の“毒親”とは対照的です。いずれにしろ、理念を追求しすぎる極端な親は子どもにとっては迷惑なものなんですね。気をつけていきたいところです。

 同書は、元新聞記者の著者が“New Domesticity”な多数の男女にインタヴューして得た豊富な事例をもとに、多面的にDIY・インディペンデント・ムーヴメントの意味を説き明かそうと試みているジャーナリスティックな書籍です。時におしゃれなライフスタイル・ブログへの素朴な憧れを吐露するものの、掃除洗濯嫌いを自称し、仕事が生きがいだと語る著者の視線は一貫してシニカル。日本版の版元のコピーにあるような「キャリア女性の時代は終った。いまこそ新しい主婦になろう」と、むやみに女性間の対立を煽る内容ではありません。それどころか、社会での女性の発言権を確保するために女性も働きながら子育てできる社会にすべきだと主張し、労働者階級を含めた働く母親への社会的サポートの薄さを手厳しく批判しています。また、ほとんどの人はハンドメイドで身を立てるのは難しく、Etsy(※)で売る程度の収入では離婚したら生活していけないのだから、経済的な自立は誰にとっても重要だとも。そもそも著者がこんな本を書けるのも、キャリアがあればこそです。男性の育児休暇の取りにくさ、掃除機やトースターといった家事おもちゃが(ピンクとパープルの)女児向けばかりであることにも警鐘を鳴らしています。でも、著者の意図を汲んで「いま、アメリカでDIY・インディペンデント・ムーヴメントが熱い理由」と喧伝したところで、注目が集まることはなかっただろうとも思います。『ハウスワイフ2.0』が話題になったのは、とりもなおさず女性間の対立を煽る体裁でパッケージングされているからでしょう。女性のライフスタイルを云々するエッセイは、おおざっぱに女性をラベリングする内容であればあるほど話題を呼び、売り上げを伸ばしてきました。結婚しなければ「負け犬」で、子どもを産まないと「オニババ」、そうならないためには「小悪魔」にならなくちゃ。もう魑魅魍魎だらけです。
※アメリカで人気の販売サイト。ユーザー間でハンドメイドの商品を売買できる。(編注)

 「自分が何者で、どうふるまい、どんな大人になるべきなのか」を教えてもらいたがる小学生女児たちがピンクの占い本を読みふけるように、大人の女性たちも「女のライフスタイル本」に走り、メディアは大げさに取り上げます。この『ハウスワイフ2.0』も日本版のタイトルのせいか、読まれもしないうちからその手のエッセイ本と勘違いされ、「高収入の夫に養われてロハス生活なんて」などと一部で揶揄されているようです(同書に登場する専業主婦の多くは中産階級。中には布をトイレットペーパー代わりに洗って使い回すエクストリーム節約術を駆使する人も!)が、優雅なロハス主婦だったとしてもいいと思うんですけどね。なぜ女性の選択ばかりがやり玉に挙げられ、注目されるのでしょうか。

 おそらく社会も、そして女性たち自身も、女性にも自我や欲望があり、その欲望に従って人生を選びうるのだという事態に慣れていないのです。私たちの母親世代には、人生の選択肢などほぼなかったのですから。そして世にあふれる「無垢な美少女」「尽くす母親」といった自我や欲望を持たぬ女性を理想像として描き出す作品の数々。そうした文化に触れるうちに自我や自分の能力への自信、承認欲求などの欲望を恥じるように刷り込まれた女性たちは、「自分は客観的に見て何に向いていて、本当は何をしたいのか。そのために何をするべきなのか」を突き詰めて考えることが怖くなり、「何をすれば叩かれないのか」「何を選べば“正解”なのか」を教えてくれる本にすがりたくなる。これでは自分と異なる選択をした同性が幸せそうにしているたびに不安になってしまいます。たぶん問題は、結婚するかしないか、働くか働かないか、子供を産むか産まないか、どちらが正しいのかということではなく、自分の欲望におびえ、何を欲しているかにちゃんと向き合えないまま大人になってしまうことなんだろうと思います。「子ども産まないと叩かれちゃうの? 心折れそうだから産むわ~」というまるで主体性のない理由で子どもを産んだりしている私がこんなことを言うのもなんですが(結果オーライでよかったです……!)。

 無垢な女性像を内面化しないで。自分の欲望におびえないで。二女の母として我が子たちにはそう伝えたい。しかしその前に、私自身が、「公務員など安定した仕事につきそう。ハデさはないけどマジメだから、結婚あいてにはぴったりね」と貪欲に彼の将来を品定めする女児向けの占い本におびえている場合ではないのかもしれません(でも、怖い!)。



ギークマム 21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア
(オライリー・ジャパン)
著者:Natania Barron、Kathy Ceceri、Corrina Lawson、Jenny Wiliams
翻訳:星野 靖子、堀越 英美
定価:2310円(本体2200円+税)
A5 240頁
ISBN 978-4-87311-636-5
発売日:2013/10 Amazon

interview with Ana Tijoux - ele-king

ラテンアメリカは、自立のために絶え間ない闘いを繰り返し、非植民地化のために必死で生きている。私たちの微笑みを壊す、キャピタリズムの沈黙の支配を前にしながら。


Ana Tijoux (アナ・ティジュ)
Vengo(ベンゴ)

MUSIC CAMP

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 ラテン・ヒップホップといえばマイアミやニューヨーク、ロサンゼルスのラテン系ルーツを持つアーティストたちによるスペイン語のヒップホップを思い浮かべる人のほうが多いのではないだろうか。それも間違いではないが、すべてではない。ここでは、いままで大々的に語られることがなかった、反米運動やグローバリズムに抵抗するために確立されたラテンアメリカのアンダーグラウンド・ヒップホップついて説明したい。
 2000年代初頭、ブラック・パンサー思想を継承するキューバのフェスティヴァル、「ブラック・オーガスト」は、エリカ・バドゥ、ザ・ルーツ、モス・デフ、コモン、ファット・ジョーらを含む米国のアーティストたちとキューバやラテンアメリカのアーティストたちが参加し、国を越えたアーティスト同士の交流を目的にした、伝説的なイベントだった。その動きに触発され、2005年からラテンアメリカじゅうのアンダーグラウンド・ヒップホップのアーティストを集めた、サミット的フェスティヴァル、『クンブレ』がベネズエラで始動する。同国では前大統領のウーゴ・チャベス政権による、ゲットーでのヒップホップを媒介にした教育や社会活動が政策を行っており、クンブレもその一環だった。そして、ドミニカ共和国、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、チリ、プエルトリコなどラテンアメリカ全域に『ヒップホップ・レボルシオン(ヒップホップ革命)』と呼ばれる大きなムーヴメントが広がり、2010年ごろまで活発化していた。

元大統領チャベス政権のヒップホップ政策により生まれた、ベネズエラのオクマレ・デ・トゥイという村の少年たちによる、ヒップホップ・クルー、ムーチョクモの曲〈Nuestra Juramento(俺たちの誓い)〉。
ベネズエラでは、現大統領、ニコラス・マドゥロ政権への反体制デモが起こり、紛争状態と米系大手メディアは報道する。一刻も早く同国の混乱が治まることを願うばかりだが、そんな今でこそ、表向きに報道されていなかったチャベス政権の活動を伝えるこのビデオを紹介したい。

 そんなラテンアメリカ全域を巻き込んだムーヴメントの功績により、メッセージと高い音楽性を持つヒップホップ・アーティストが着実に増え、現在ではメジャーとアンダーグラウンドの垣根もなくなりつつある。
 プエルトリコのデュオ、カジェ13はヒップホップ、レゲトンを自在に操り、ポップ・シーンを股にかけるメジャー・アーティストの代表といえる。2013年末に発表されたミュージック・ビデオ、「Multi_Viral」は、ウイキ・リークスのジュリアン・アサンジとレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのギタリスト、トム・モレロがゲスト参加した曲であり、パレスチナのベレンを舞台に、ビデオ撮影が行われた。もちろん、そこには反キャピタリズムのメッセージが込められている。

カジェ13「Multi_Viral」。カジェ13の戦闘的ラップと、ジュリアン・アサンジの朗読、トム・モレロのロックギターが炸裂。

 メジャーに君臨しながらも、プエルトリコの米国からの独立のために活動し、大胆なメッセージを放つ彼らは、ラテンアメリカのみならず、世界中に刺激を与えている。

 また、英国のDJジャイルズ・ピーターソンは、かねてからキューバの首都ハバナのアーティストたちと組んだプロジェクト「ハバナ・クルトゥラ」の活動を2009年から継続しているが、そこには、ヒップホップ・グループのロス・アルデアーノスやドブレ・フィロのビートメイカー、エドガロ・プロドゥクトー・エン・ヘフェら硬派なアーティストたちが参加している。

エドガロ・プロドゥクトール・エン・ヘフェ「VIDA」

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グラミーにノミネートされただけでも、嬉しくて狂いそうだった。だっていままでに、ノミネートされたチリ人アーティストは私でふたり目だったし、決してメジャーではないチリの文化やヒップホップを世界に知らしめるための扉が開いたと思った。


Ana Tijoux (アナ・ティジュ)
Vengo(ベンゴ)

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 ラテンアメリカのコンシャス・ラップが、もはやマニア向けなものではないことを示すのが、チリのMC、アナ・ティジュの活躍だ。
 ジャイルズ・ピーターソンのレーベル、ブラウンズウッド・レコーディングスのコンピレーション、『Brownswood Bubblers』にも曲が収録され、アルゼンチンの鬼才音楽家、グスターボ・サンタオラージャが率いるグループ、バホフォンド・タンゴ・クラブの『Supervielle』や、ウルグアイのシンガー・ソングライター、ホルヘ・ドレクスレールの最新作『Bailar en cueva』にも参加し、コロンビアを拠点とする英国人DJ、クアンティックとコラボレーションしたEP「Entre Rejas/Doo Wop(That Thing)」を発表するなど、さまざまなジャンルのアーティストからのラヴ・コールを受けている。

 米国グラミーのラテン・オルタナティヴ部門で、2作目『1977』(2011年)と3作目『ラ・バラ』(2012年)で、二度もノミネートされていることも、彼女が注目を集めるきっかけとなった。だが、アナは明らかに先進国の音楽界でトップになることをゴールとはしていない。

 筆者は2011年に、アナにインタヴューする機会を得たのだが、それは彼女のアルバム『1977』がグラミーにノミネートされたロサンゼルスでの授賞式直後だった。惜しくも受賞は逃したが、彼女にとって、それは重要な問題ではないというように、こう言った。

「グラミーにノミネートされただけでも、嬉しくて狂いそうだった。だっていままでに、ノミネートされたチリ人アーティストは私でふたり目だったし(2000年にロックバンド、ラ・レイが同部門でノミネート)、決してメジャーではないチリの文化やヒップホップを世界に知らしめるための扉が開いたと思った」

 グラミーで、アナがラップする機会を得たことには深い意味がある。というのも、米国の新自由主義に踊らされた、アウグスト・ピノチェトが1973年に起こしたチリの軍事クーデターにより、フランスに亡命した活動家の両親から1977年に生まれた女性こそが、アナ・ティジュだったからだ。アナの一家は、ピノチェト政権崩壊後の1993年に、チリへと戻った。発言や表現の自由を得た現地の若者たちのあいだで、産声をあげたヒップホップに、彼女は魅せられていった。
 だからこそ、米国の、世界中から注目される音楽の祭典で、彼女の抵抗のライムが響き渡ったことは、歴史的な出来事だったのである。

アナ・ティジュのアルバム『1977』に収録された同名曲。トム・ヨークがお気に入りとTwitterで発言して話題になった。

「私は母国で政治のために闘った両親の娘であることを誇りにしている。日々の会話のなかや、育て方にも彼らのポリシーが現れていた。私がヒップホップを選んだのは、言葉を書くことが大好きで、それをリズムに合わせることも、音楽そのものも好きだから。そして何よりも自分のメッセージを的確に表現できるから。私にとって音楽はセラピー、エネルギーであり、感覚、怒り、羞恥、喜び……つまり、すべての感情をひとつにするもの」

 アナ・ティジュの2作目の『ラ・バラ』は、ピノチェト政権末期の1990年3月にチリで公布された教育基本法により、教育の民営化が進み、学生や教員たちにとって不利な状態が続いていた状況を打開するため、2011年に学生運動が激化した頃に制作された。デモの参加者はのべ120万人以上。中心となるのは中高生を含む学生たちだ。
 同アルバムのシングル・カットされた曲、“ショック”は、不正を繰り返す権力者たちへの怒りと、世の中を変えようと立ち上がる者たちへの惜しみないリスペクトを込めた曲だ。それは、クーデターや大惨事といった衝撃に便乗し、復興や改革の裏に入り込む資本主義にメスを入れる、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインの著書『ショック・ドクトリン』にインスパイアされ作られたという。“ショック”のプロモーション・ヴィデオは、実際に占拠されている学校で撮影され、主人公は、運動に参加している学生や関係者たちの姿だ。衛星テレビ局アルジャジーラでも、アナの勇気ある行動は大きく取り上げられ、“ショック”はチリの学生運動に欠かせないテーマ曲となった。

アナ・ティジュ 『ショック』のPV(日本語字幕付き)

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私のなかで、南とは北からの度重なる圧力に立ち向かう抵抗の力だと意識している。ラテンアメリカとアフリカの歴史は非常に似通った部分があり、それは音楽的にも交差している。アフリカはすべての母だと意識しているし、それを拒むのは、私たちの歴史を拒むことになる。

 そして、3月9日にリリースされた最新作の『ベンゴ』(「私はやってきた」の意味)は彼女の決意とともに出現したアルバムといえる。リリックは、グローバリズムやキャピタリズムに抵抗する姿勢を示しているのはもちろんだが、前作よりも、ルーツやコミュニティの大切さ、自治、環境問題や女性の人権についてを深く物語っている。
 まさに南からの声明ととれる同作について、アナ・ティジュが、メール・インタヴューに答えてくれた。

「アルバムタイトルとなった同名曲“ベンゴ”はその構想の段階からメロディもメッセージも、とても自然な形で生まれた。友人たちとの日々の会話のなかで、私たちのアイデンティティについて語ってきたことが原点となった。この曲は、アルバムの根幹について要約しているものだと思ったの」


Ana Tijoux (アナ・ティジュ)
Vengo(ベンゴ)

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 アルバムのアートワークには、メキシコ革命の戦士やサパティスタ民族解放軍の乳飲み子を抱えた女性、チリを含む南米を拠点にする先住民族マプーチェの老女、そしてアナの子どもの頃と重なる少女の姿が描かれている。闘い続ける女性たちの姿が並んだ、素晴らしいイラストだ。

 「チリ人アーティストのパブロ・デ・フエンテが手がけた。最終的にこのイラストのコンセプトはほとんど彼が決めたものだけど、事前に私たちは人生やこのアルバムに収録された曲について語り合い、それを彼がイメージして描き上げた。だからこそすごく美しいものになったの」

 今作は、南のルーツを感じさせる音がふんだんに入っているのが特徴だ。アンデス地方のフォルクローレで使われるケーナやチャランゴのざわめきと、太いパーカッションの振動や、美しいクラシックやジャズの旋律と交わり、豊かなバンドサウンドとなっている。そこに載せられた鋭いライムが聴く者の心に突き刺さる。

「ラテンアメリカ由来の楽器を加えたのは、ずっと前から自身に問いかけてきたテーマからだった。私たちのルーツに回帰するためには、どうやって音楽で向き合えるのかを模索した結果だった。このプロジェクトに、かつて共演したことがなかった異なるジャンルの演奏家たちが参加し、経験を共有できた。そのプロセスは、実に豊かでパワーに満ちたものだった」

 学生運動が沈静化したように見えるチリの現況だが、先住民の土地利権問題などは根本的には解決していない。同国の状況について、アナはこのように語る。

「チリは現在欠陥を抱えた困難な状況にある。それは恒久的に信頼性を失ってしまった状態なの。いままでの不当な歴史で受けた、数々の深い傷口を広げたまま、なんとか確立している場所。政府が誠意を持った解決に向かって動いていないあいだに、この複雑な怒りを込めた私たちの隔たりは大きくなっていくいっぽう。ラテンアメリカは、自立のために絶え間ない闘いを繰り返し、非植民地化のために必死で生きている。私たちの微笑みを壊す、キャピタリズムの沈黙の支配を前にしながら」

 本作で、白眉といえるのが、ラテンアメリカとアフリカを意識したリリックが印象的な〈Somos Sur〉(「私たちは南」)だ。

「私のなかで、南とは北からの度重なる圧力に立ち向かう抵抗の力だと意識している。ラテンアメリカとアフリカの歴史は非常に似通った部分があり、それは音楽的にも交差している。アフリカはすべての母だと意識しているし、それを拒むのは、私たちの歴史を拒むことになる」
 さらに、同曲に参加する、パレスチナの血を引く、英国人MC、シャディア・マンスールの畳み掛けるようなラップに圧倒される。シャデイアはアラブ圏初の女性MCとして知られている。
 「シャディアのラップを聴いたときに、強烈な印象を受けた。彼女の力強い言葉のなかに、絶え間ない熟考を読み取った。私は彼女と何かやらなければいけないと心に誓った。私たちは以前から交流はなかったものの、最初にコンタクトをとったときから、瞬発的に理解しあうことができた。私たちの世界へ向ける目線は同じであり、彼女は素晴らしい音楽家である以上に、人生の同志であると感じる」

 言葉と音をしっかりと握りしめ、地上にやってきたアナ・ティジュ。彼女の南からの視線は、きっと日本のリスナーの心を打つだろう。

「このアルバムに命を吹き込むため、共有するために、招いてくれるところにはどこへでも行きたい。日本でも『ベンゴ』が発売されたことに感謝している。私の友人たちでもある米国のヒップホップのアーティストたちは、日本でツアーしたこともあるんだけれど、リスナーが真摯で、ブラック・ミュージックやヒップホップ文化の背景にも理解があるって感動してたの。心からあなたたちの大地を訪れたいし、あなたたちの文化を知りたい。そして音楽と言葉によってもっと近づきたい」

Asusu (Livity Sound / Project Squared) - ele-king

Asusuが3月29日に-Flower War- Life Forceで初来日する。彼はPeverelistとKowtonと同じレーベルでライブユニットである”Livity Sound”のメンバーで、UKブリストルから、ベースミュージック以降のシーンにテクノやハウスの実験精神を持って、ダブステップやダブの最良の部分を組み合わせたサウンドを追求し続けている。昨年はLivity Soundのセルフタイトルアルバムや、Pevとの共作シングルといった傑作をリリースし、2013年のRA Pollではレーベル部門で見事1位に輝いた。Asusuは3月28日(金)に豊橋Quark、29日(土)原宿The Sad Cafe STUDIOでは、90年代初頭より20年以上にも渡り、国内でオープンエアパーティー、ウェアハウスパーティーのカルチャーを根付かせてきたLife Forceに登場する。3月26日(水)にはDOMMUNEへの出演も予定されている。Asusuによるテクノとハウス、ガラージュ、ダブステップが融合した現行ブリストルサウンドをAsadaのサウンドデザインで是非体感してみてほしい。

Asusu Tour Dates
3/26 (水) Life Force Presents BROADJ at DOMMUNE, 渋谷
3/28 (金) Paranoid at Grand Space Quark, 豊橋
3/29 (土) -Flower War- Life Force at The Sad Cafe STUDIO, 原宿

限定前売りチケット発売中 -Flower War- Life Force 3/29 (土)
Feelgood Shop

Asusu
Soundcloud | Facebook | Twitter

Life Force

a top 10 of old and new bits I'm playing at the moment...


1
Zenker Brothers - Vamp Like - Tresor

2
Iori - Wave - Phonica White

3
Kobosil - Aggregate - Unterton

4
Photek - Glamourama - Science

5
Hodge - Renegades - Ytivil Dnuos

6
Batu - Spooked / Clarity(Dismantled) - Ytivil Dnuos

7
Skudge - Wonder Stories - Skudge

8
DJ Dozia - Pop Culture #1 - Ovum Recordings

9
Elgato - We Dream Electric - Elgato

10
Rashad Becker - Traditional Music of Notional Species - PAN

OLDE WORLDE
The Blue Musk-Oxen

Groundhog Records

Tower HMV

 これを男性が、しかも日本人が歌っているというのは驚きだ。気持ちよくのびる高音、透明度の高い中性的な声、そしてヴォーカルに負けず劣らずソングライティングも光る。
 シンガーソングライター沼田壮平によるソロ・ユニット、OLDE WORLDE(オールディ・ワールディ)。2010年のファースト・アルバム(『Anemone "Whirlwind"』)につづくセカンド・フルのリリース情報が届けられた。プロデューサーにスマッシング・パンプキンズ、ピート・ヨーン、ベン・リー、サニー・デイ・リアル・エステイト、トータス他を手掛けたブラッド・ウッド(Brad Wood)を迎え、ピート・ヨーンやザ・ポーグスのジェイムズ・ファーンリーもレコーディングに参加したという、充実の作品だ。
 先行曲“Thinking About You”は、NTTドコモCM「ドコモウェルカムキャンペーン」篇のCMソングとしても使用されていたので、「ああ!」という方もおられるかもしれない。ピート・ヨーンやベン・リー、ベン・クウェラー、あるいはデス・キャブ・フォー・キューティなどに比較できるだろうか。完成度の高いポップ・ソングと巧みな弾き語り、どこかミステリアスでさえあるクリアなヴォーカル、ポップ成分の足りない人には、この上質をお届けしたい。

■OLDE WORLDE、3月12日発売のニュー・アルバム『The Blue Musk-Oxen』よりシングル「Your Bird」のビデオが完成!
吉祥寺Star Pine's Caféでの東京公演も決定!

 ピート・ヨーンやザ・ポーグスのジェイムズ・ファーンリーも参加したブラッド・ウッドのプロデュースによる2年半振りのニュー・アルバム『The Blue Musk-Oxen』は3月12日リリース。2月19日からは「Your Bird」とNTTドコモCMソングとして使用された「Thinking About You」のデジタル先行配信も開始。

“Your Bird”

■「吉祥寺Star Pine's Café」ライヴ
OLDE WORLDE 2014 「The Blue Musk-Oxen」
会場:吉祥寺Star Pine's Café
日時:2014年6月6日(金) 開場18:00 / 開演19:00
問合せ:VINTAGE ROCK std. / 03-3770-6900(平日12:00~17:00)
www.vintage-rock.com

■OLDE WORLDE / バイオグラフィー
 OLDE WORLDE(オールディ ワールディ)は、シンガーソングライター沼田壮平によるソロユニット。中性的で無垢な純粋さを醸し出す浸透度の高い声、多彩な才能を感じる自由度の高いメロディと洋楽的サウンドが印象的。1983年、東京生まれ。2009年5月にOLDE WORLDEとして活動を開始。2009年11月に『time and velocity』でデビュー。2010年4月、ファースト・アルバム『Anemone "Whirlwind"』をリリース。同年の夏にはSUMMER SONICをはじめ様々なフェスティヴァル・イベントに出演。2011年7月、アートワークまで自身で手掛けたセルフプロデュースのセカンド・アルバム『THE LEMON SHARK』をリリース。同年の夏にはFUJI ROCK FESTIVALに出演、ワンマンライヴも実施。また、Predawn、Turntable Filmesとの自主企画「POT Sounds」で全国ツアーもおこなった。LIVE活動を続けつつ、2013年、プロデューサーにスマッシング・パンプキンズ、ピート・ヨーン、ベン・リー、サニー・デイ・リアル・エステイト、トータス他を手掛けたブラッド・ウッド(Brad Wood)を迎えて、米ロサンゼルスでレコーディングを実施。先行曲「Thinking About You」は、NTTドコモCM「ドコモウェルカムキャンペーン」篇のCMソングとして使用された。

■アーティスト・ホームページ:https://oldeworldemap.com/index.html


#2 泉まくら - ele-king

泉まくらとヒップホップ

 ご存知の方も多いかと思うが、泉まくらはヘッズだ。

泉:当時好きだった人が餓鬼レンジャーとラッパ我リヤのCDを貸してくれたんですよ。それが日本語ラップを好きになったキッカケですね。中高生の頃は吹奏楽部にいたんですけど、日本語ラップはわたしがそれまで聴いてきたどんな音楽とも違っていて、とにかくカッコよかった。

 僕が彼女に興味を持ったのは「わたしは日本語ラップを愛している」という主旨の発言を何かのメディアで読んだときからだった。

泉:とはいえクラブに行ったりはしませんでした。苦手なんです。わたしはCDを集めて、1曲の中で山田マン(ラッパ我リヤ)が何回韻を踏んでいるか数えたりするようなタイプ(笑)。ラップにはいろんな魅力があるけど、わたしが好きなのはガシガシ韻を踏むところ。韻踏(合組合)とかMSCとかも大好きです。ヒップホップには「like a ~」って表現が多いですよね。あれって普通のポップスにはあまり出てこない表現だと思うんですよ。ああいう表現って、明らかに韻を踏むための言葉選びですよね。それがダジャレみたいでダサいって人もいるけど、わたしにはカッコいいものに思えました。

 彼女が作り出す音楽や雰囲気は、ステレオタイプな日本語ラップのイメージと到底結びつかなかった。

泉:賞とかは一回も獲ったことはないですけど、昔から小説を書いていて。物語的な起承転結はあまりなくて日常の機微みたいなことを書いていました。だいたい同年代か少し年下の女の子と男の子の話が多いですね。“balloon”の歌詞はわりと自分が書いている小説に近いかも。小説的な世界観を表現するという意味で、日本語ラップの文字数の多さもわたしにとってすごく魅力的でした。あと、ラップだと普通の日常のなかにあるどうでもいいことや、テレビに出てる人たちの何気ない一言がパンチラインになり得るんですよ。なんでもない日常を韻を踏んで歌うことで、いくらかの人にグッときてもらえるのはすごく楽しい。

泉まくら “balloon” pro.by nagaco

 泉まくらを発掘したレーベル〈術ノ穴〉を主宰し、自身もトラックメイカー・デュオFragmentとして活躍するKussyは彼女をこう評す。


泉まくら
マイルーム・マイステージ

術の穴

Review Tower HMV iTunes

Kussy(Fragment):作品を制作する上でアーティスト自身のバックボーンがとても大切だと思うんです。泉はヒップホップがどういうものかということを感覚で理解しているのが大きい。ラップを使って表現する人は多いけど、彼女はヒップホップとしてのラップで表現するんです。たとえば、EVISBEATSさんがトラックを作ってくれた“棄てるなどして”って曲があるんですけど、このタイトルは雑誌から取ったものらしいんですよ。

泉:家に「部屋を片づけましょう」みたいな冊子があったんですよ。そこに「部屋は定期的にいらないものを棄てるなどして~」みたいな文章があって。その「棄てるなどして」が引っかかったんですよね。漢字も含めてそれをそのままサンプリングして、リリックを書き上げていきました。

 トラックメイカーが膨大なレコードの中から使えるブレイクを探してループを組み上げていくように、彼女は目に映るあらゆる言葉から使えるフレーズを探して、リリックを書く。

泉:(韻を)踏みたいけど、ダサくなるのは嫌。だからいまのスタイルになったんです。べつにわたしのヒップホップ愛は、みんなに伝わらなくてもいいんです。けど、誰かが「あれ!?」って気づいてくれたらおもしろいかなって。

泉まくらというプロジェクト

 日本語ラップの何が泉をそこまで惹き付けたのだろう?

泉:昔から自分に自信を持てなかったんです。プライドが高いわりに何かをできるわけでもなくて、とりたてて容姿がいいわけでもない。それに小学校の頃、上級生にちょっといじめられたりもして、徐々に「自分には何もないんだ」って思うようになったんです。でも、中高でやってた吹奏楽はけっこういい感じで。練習もすごいして、部員の中では誰にも負けないくらい演奏できるようになってました。音楽ならやれるんじゃないかって気にもなってたんです。だから、高校を卒業したら音楽の学校に行きたかった。そしたら、親に反対されて。「お前、音楽学校なんかに行って将来どうするんだ?」って言われたときに、何も言えなかったんですよ。いま思えば、親に反対されて諦めるくらいだから、そのときは「音楽でのしあがっていく」なんて意識はなかったでしょうね。その程度のものだったんです。でも当時のわたしにとって、それは挫折でした。音楽の道が断たれてしまったことで、また自信のない自分に戻ってしまったんです。それで高校を卒業して親に言われるがままに就職しました。ちょうどその頃に日本語ラップと出会ったんです。
 ヒップホップを聴いていると自分が強くなれたような気がして。自信を持てないその頃のわたしは、ずっとヒップホップを聴いてました。でもそのときは自分がラップするとは思ってなくて、このまま普通に働いて、貯金して、みたいな感じで人生を過ごすのだろう、と感じていたんです。でも、途中でそういう生活のなかにいることに対して、疲れちゃったんですよ。わたしは自分ががんばっていることが目に見えた形で残らないと嫌なタイプで。仕事をしているときはそういう部分で結構無理をしていました。そしたらふとした瞬間に「わたしはなんのためにこれ(仕事)をやっているんだろう?  何が楽しいんだろう?」って思っちゃって。そしたら精神的にガタっとくずれちゃって。認められないとダメと思っていたというか、誰かがいいって言ってくれないと自分のやっていることは正しくないんだ、足りないんだって思いがあって。だからラップをはじめた頃も人にとやかく言われるのが本当に嫌でした。いまはもうそうでもないですけど。もちろん「いい」って言ってもらえれば嬉しいですけどね。でも、そのことで一喜一憂はしない。

 では学生時代の泉まくらはどんな人物だったのだろう。深いカルマを背負った人間だったのだろうか?

泉:ぜんぜん(笑)。吹奏楽部では副部長してたし、誰とでも喋れるわけじゃないけど普通に明るくて友だちもいっぱいいました。でも大事な場面で人と合わせられないというか。たとえば、ここはあなたが「うん」と言えばすべて丸く収まりますよ、みたいなシチュエーションで「うん」と言えないことが多い(笑)。でも、なんかそれでも許されるような気がしたのがヒップホップだったかな。ヒップホップはなんでもありじゃないけど、なんていうか楽しめそうっていうか……。ありのままを許容してくれるような感じがしました。

 そんな彼女がラップをはじめたのは、友人の何気ない一言だったという。

泉:ラップ自体はずいぶん前からやってみたいと思っていたけど、思っていただけというか。「いいなー、いいなー。男の人はいいなあ、こんなことができるのかあ。カッコいいなあ」ってずっと思ってたんですよ(笑)。でもそういう思いをふつふつと溜めていただけで、なにも動いてはいませんでした。そしたら友だちが「やりたいんだったら、まず録ってみるといい」ってインスト集をくれたんですよ。そのインストに合わせてラップをはじめたのがきっかけですね。2011年かな。

 彼女が日本語ラップに見ていたカッコよさと、彼女のラップのカッコよさは明らかに異なる。本人いわく「ふつふつと溜めていた」思いはラップをはじめることで発露されたのだろうか?

Kussy:泉が最初に書いた曲はファースト・アルバムの『卒業と、それまでのうとうと』にも入っている“ムスカリ”って曲で。アルバムではオムス(OMSB)くんにトラックをお願いしているんですが、原曲はBLACK MILKのインストに泉がラップを乗せているんです。その曲なんかは、リリックがめちゃくちゃハードで(笑)。この子はトラックありきなんですよ。リリックはトラックからインスパイアされて書いているんです。

泉:いまのわたしのスタイルから考えると“ムスカリ”はぜんぜん違いますよね(笑)。鬱々とした思いは自分のなかにあったんだけど、“ムスカリ”を作ったことでそれが膿として出ちゃったというところはあるかな。でも、自分としてはそういうハードな曲が「もういいや」ってなってるわけじゃなくて。最初にもらったBLACK MILKのインストからインスパイアされたものがたまたまそういうかたちだったんですよ。そして次にもらったトラックがたまたま“balloon”だったというだけです。あのトラックでハードなことをするのも違うし。本当にわたしのリリックはトラック次第なんですよね。

 では、“ムスカリ”以降の曲は自身のパーソナリティが反映されたものなのかと訊くと……。

泉:自分としてはけっこう「作ってる」イメージですね。ドキュメントというよりは小説に近いというか。自分の感じたことももちろんあるけど、それは全体の20%くらい(笑)。トラックを聴いて感じたテーマを自分の頭の中で膨らませていって、わたしだったらこういうときにどう考えるか、どういう景色が見えるのかって考えてリリックにしていきます。そこに伝わりやすい言葉を選ぶ作業を足す。

Kussy:泉は“balloon”で才能が開花したんです。そのトラックを作ったのがnagacoってプロデューサーでした。彼が泉の才能を引き出したんだと思います。だから『卒業~』も『マイルーム・マイステージ』もメイン・プロデューサーはnagacoで行こうっていうのがみんなの共通認識でした。でも全部nagacoが手掛けてしまうのも、つまらないじゃないですか。だから泉のそういう資質も鑑みて、MACKA-CHINさんやEVISBEATSさんのようなヒップホップ寄りの人から、kyokaさんみたいなエレクトロニカ寄りの人までいろんなプロデューサーと組ませてもらって、彼女のいろんな引き出しを開けてもらおうと思ったんです。そういう意味では「泉まくら」はみんなの共同プロジェクトみたいな部分もけっこうあるんですよね。

泉:今回のアルバムはたしかにバラエティに富んでいて、ラップもいわゆるまくら節みたいなものはないと思うんです。でも、それはひとりの人間のできることがひとつじゃないのと同じように、トラックを聴いたときに思い浮かぶこともひとつじゃないから、まくら節みたくならないのは、わたしとしては当然のことだと思っています。

MACRA-CHIN

 しかしコラボレーション作業は口で言うほど簡単なものではないようだ。

泉:“真っ赤に”の制作は本当に大変でした。いままでいちばん悩んだ曲かもしれない。あんなふうに「ずっちゃちゃずっちゃ」って鳴るビートをわたしはいままで聴いたことがなくて。「どうしてくれようか?」みたいな感じでしたね……。

Kussy:MACKA-CHINさんからまくらの声がああいうラヴァーズっぽレゲエ風のビートに合うんじゃないかと。

泉:でもMACKA-CHINさんから来たトラックのファイル名が「MACRA-CHIN」(まくらちん)ってなってたんですよ(笑)。それ見たら「頑張ろう」って思えて、タイトルをMACKA-CHINさんと「まくらちん」から連想して「真っ赤に」にしたんです。そこからいろいろイメージを膨らませていきました。

 赤はとても女性的な色だと思っていた。ルージュやマニキュア、そして生理。どろどろとして女性の情念のようなものが込められているリリックかと思っていたが、ふたを開けてみれば元ネタはMACKA-CHINがつけたかわいらしいファイル名だった。

泉:たしかにいろんなトラックをもらえるのは嬉しいですよ。わたしはつねにトラックと1対1で向き合ってたいんです。それを続けた結果、いまのようになったというか。“新しい世界”みたいなトラックと“真っ赤に”みたいなトラックをいっしょにもらえるラッパーって少ないと思うし。わたしがそういうふうにもらえるっていうことは、「できるだろう」って思ってもらえてるのかなって。だからわたしとしてはつねに柔軟でいたいんですよ。「これはわたしの感じじゃない!」とかっていうよりも、いろいろなことを試して楽しみたい。

Kussy:泉はいま、いろんなビートをもらって、「こんなのが書けたんだ!」みたいな感じで自分のなかのいろんな才能に気づいている段階なんです。でも、唯一書けかったのは食品まつりってトラックメイカーのビートで。『160OR80』にも参加していた人でジュークのトラックなんです。泉は楽譜が読めるぶん、ジュークの変則的なビートは苦労するみたいで。いまも挑戦している最中なんですけど。

泉:聴いてるぶんにはカッコいいんですけどね(笑)。そこに自分が入ると思うと、なかなか……。

 泉の挑戦はいまも続いている。

マイルーム・マイステージ

 『マイルーム・マイステージ』というタイトルを聞いたとき、これはCDを出す以前の彼女のことなのではないかとわたしは思った。自分の部屋をステージに見立てて、「強くなれるヒップホップ」に憧れながら、コツコツとラップを録り溜めているような。

Kussy:たしかに彼女は「部屋感」のある人というか、引きこもり感のある人ですからね(笑)。レコーディングも自分の部屋でやってるし。

泉:でも引きこもっているかと訊かれれば、いまのわたしは意外とそうでもないんですよね。精神的にまいっていた時期は、「やっとベランダに出られた」みたいな状況だったこともあったんですが。

 アルバムの冒頭でも宣言される『マイルーム・マイステージ』というコンセプトはどのように生まれたのだろうか?

Kussy:『マイルーム・マイステージ』というコンセプトを最初に決めて制作をはじめたわけではないよね。

泉:あのコンセプトに関しては、何曲かリリックができて、その歌詞を読んでいて「あたしはいま部屋にいるんなだな」って感じたんです。そこから「マイルーム」というキーワードを思いつきました。でも「マイルーム」だけだと、あまりに限定的な気がしたので、何かないかなと思って考えて「マイルーム・マイステージ」という言葉に行き着いたんです。しかも、アルバム冒頭の朗読は最後に入れましたし。最初はラップのアカペラにしようって考えてたんですが、「これからこういう感じでやりますよ」っていうのが伝われば朗読でもいいのかなって思って、あの感じにしたんです。

 ドキュメントではなくあくまでフィクション。大島智子のヴィジュアル。彼女のリリック。ヴァラエティに富んだサウンド。『マイルーム・マイステージ』は作品として完成されている。

Kussy:僕の中では構成とかアルバムの長さとかのバランスは完璧ですね。

 オルタナティヴなヒップホップ・アルバムに仕上がった『マイルーム・マイステージ』。彼女は自分がプレイヤーになったいま、日本語ラップのシーンを意識したりするのだろうか?

泉:どっちでもいい……。

Kussy:でも「泉まくらはJ-POPじゃん」って言われるのも寂しいでしょ?

泉:そうですね。とは言え、自分がどう観られたいとかっていうのもぜんぜんないです。つねに全力でやれば誰に何を言われようとも大丈夫かなって。でも、「泉まくらはラップしなくていいじゃん」とか、「アイドルみたいな女の子ラッパーになればいいじゃん」とかって言われることもあると思うんですけど、そこは意地っていうか。わたしは音楽がやりたいわけであって、アイドル的な存在になりたいわけじゃないんですよ。「やっぱりイケてる女子になれない」っていう自分のスタンスが、わたしはけっこう気に入ってる(笑)。

Kussy:自分のイメージとしては、いまの泉まくらを保ちつつ進化してポップ・シーンにまで届くようにすればいいかなと思っているんです。いま、泉はアニメの仕事をしていて、菅野よう子さんとmabanuaさんと曲を書いてるんです。レーベルの僕らとしてはできるだけ、彼女にたくさんの可能性を作って、そこから彼女自身の新しい引き出しを開けてもらえればと思っています。そういえば昨日、イラストをやってもらってる大島智子からメールがあったんですよ。彼女が“candle”で初めて前向きな女の子が描けましたって内容で。これは彼女が楽曲から自分の違う引き出しを開けてもらったってことだと思うんですよ。そういう意味でも泉くらっていうのはみんなにとってのプロジェクトであり作品なんですよね。関わっている全員が楽しんでいて、本当にすごくいい状態です。

泉:……本当ですか!?  知らなかった。嬉しいな。

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