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泉まくら

泉まくら

卒業と、それまでのうとうと

術ノ穴

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橋元優歩   Nov 21,2012 UP

 「ふつうの女の子」がどんな女の子のことを指すのか、そのニュアンスには各時代ごとの通念が反映されていて、一通りではない。加えて、いまのようにたくさんの「ふつうの女の子」がアイドルになってしまう時代には、「ふつうの女の子」の「ふつう」自体がパラドキシカルな特殊性を帯びてしまって、もはやどのような存在を指すのか判然としない。アニメ表現においても平沢唯から小鳥遊六花まで「ふつうの女の子」モデルは非常に多彩だ。
 しかし、「ふつうの」と形容詞で考えるからわからなくなるのかもしれない。彼女たちは「ふつうの女の子」ではなくて「ふつうに女の子」なのだとすれば、どうだろうか。振る舞いや境遇において「ふつうに」女の子をやっているだけで、それぞれはゆたかな個別性を持った存在。当然ながら「ふつうの」性質というものはなく、いつの時代もおのおのが個別の在り方をしながら「ふつうに」女の子として生きているだけだ、と。ただ、平凡ながらもそれぞれがそれぞれに生きてきた時間があるということを尊重するかどうか、こちら側=見る側のパラダイム転換があったのだ......とすれば、このおびただしい「ふつうの女の子」モデルの氾濫はとても好もしい状況なのではないかと思えてくる。

 「ラップをしちゃうふつうの女の子」として紹介されているMC、泉まくらの音楽には、こうした「ふつうに女の子」だらけの状況への祝福がある。それは無論、女の子のための安逸な応援ソングといったものとは異なる。"バルーン"の出過ぎない音圧や、主張するのではなくて人を容れるように空隙を残すプロダクションは、誰かを応援するためではなく、誰をも認めるための凹型の柔構造を成しているように、筆者には感じられる。おそらくその裏側には「生きること許されちゃったんだし」("ムスカリ")という感覚があるのだろう。「人生は苦しい」でも「人生はすばらしい」でもなく、人は人生を授けられてしまったという偶然をどう納得していくのか。ふつうに女の子として生きていくというのは、そのひとつの回答でもある。その回答は、他人の人生の偶然性や他人が選択したさまざまな生き方にもやさしく響きあうだろう。

 一方で、ラップそのものにもとても繊細なものを感じた。ヒップホップについてはまったく詳しくないので、そのスキルのほどを云々することはできないが、ポスト・チルウェイヴ、ポスト・ヒプナゴジックを生きるインディ・ロック好きの耳に、そして同じ時代の空気を呼吸する一個人の耳に、じつにすんなりと馴染む言葉だ。
 音節をつぶしながら、センテンスとしてはすんなりと日本語の収まりをつける。百人一首のテープを早巻きにするともしかするとこんな感じにならないだろうか? 考えてみれば、和歌の朗詠は抑揚としてとても平坦なものを持っていて、われわれはぼちぼち3千年近くをその抑揚とともに生きている。英語のラップ表現を日本の言葉の表現に落とし込むべく、さまざまな工夫と努力が多くの先人たちによって続けられてきたわけだが、そうした歴史にきちんと接続しながら、日本語に潜在していたラップ的な音節感覚との近接点を自然とあぶり出すような、天性の音感ならぬ音節感を、泉まくらは感じさせる。
 それはとくに"バルーン"に顕著で、そのことでもって作品中もっとも高い完成度をみせている。いまなら、何も知らずに耳にするとボカロ曲のように聴こえる人もいるかもしれない。独特の平坦な抑揚、舌っ足らずな萌えヴォイス。ボーカロイド表現の抑揚のなさは無感動や感情の抑圧ではない。「われわれもまた機械のように動く社会の歯車のひとつに過ぎない」等のメッセージや、「無感動であることを反抗の証として大人に眉をひそめられたい」といった動機はとくになく、もっと無邪気な明るさを持ったものだ。どちらかといえば、激しい抑揚によって感情表現をすることに対するブレーキ、自分の大きな声が他の声を圧迫したり不快にさせたりすることへの遠慮や忌避、まさに「生きること許されちゃった」他者への想像力のようなものと相性のいい音声ではないだろうか。泉の声は、無意識にせよそうした現在の音表現にもかすりながら響いている。

 ただ、断っておくと、実直にリリックを読むかぎりではそうしたことは見えてきづらい。"バルーン"のミュージック・ヴィデオでは、友だちや決まった恋人がいるものの、いっしょにいても孤独を再確認するばかりというセンシティヴな女の子の生活が描き出され、彼女は傷だらけの素肌を抱いてベッドにうずくまる。「あの娘の毎日がやけにドラマチックに見えだしてから急に笑えなくなったの」というサビにつづいて、カートのついたカバンをひきずって歩くその姿は、ガーリーかつ痛々しいその鉛筆イラストからも、90年代の自傷的な女流作品を引きずるようでやや古めかしい。あるいはヴォーカルにおいても少しチャラを思わせるようなところがあり、ピュアネスをむき出す痛みのような、やはり少し古風なフィーリングを感じなくはない。身体を消耗品だと言う("ムスカリ")詞にも、援交少女の形骸がある。

 しかし、ラップやトラック全体から受ける印象はまったく別で、そちらの方に泉の中心を見つける方が正しいのではないかと思う。"春に"のあまりにストレートな卒業モチーフは、まごうことなき現在の感覚だ。あるいは京アニ風にアップデートしたチャラと言ってもいいかもしれない。抜けるように透明な色の校舎や桜、田舎の風景が浮かび上がる。泉自身が福岡在住であることも大きいだろうが、ヒップホップの地方へのスポットの当て方として、新しい視点を想像していくことができるだろう。また、たどたどしい、ガレージバンド事始めといった手つきの(に偽装された)トラック(プロデュース:観音クリエイション)や、神聖かまってちゃんのように無防備で無遠慮なピアノもじつにいまらしい。こうしたエクスキューズのない感傷やナイーヴさを筆者はとてもいいものだと思う。『卒業と、それまでのうとうと』というタイトルからもわかるように、主要な舞台は学校であり、そこをエスケープしないし、塾にもちゃんと通う「ふつうに女の子」の表現としてとても鮮やかな筆致を持っている。現役の女子高生ではないようだが、筆者が高校生なら、彼女の発明に嫉妬を覚えたかもしれない。

 本作はデビュー作となり、曲数は少ないもののリミックスを多数収録したEPのような体裁をとっている。活動をはじめたのが2011年。ユーチューブへの"ムスカリ"の投稿からだということ以外、それまでの経歴はあきらかではない。リリースはフラグメントやドタマを擁し、日本の新しいヒップホップ表現を模索する〈術ノ穴〉、プロデューサーにはOMSBはじめ、観音クリエイション、AVEC AVEC、Lil'諭吉らが名を連ね、まだまだ未完成な部分を残しながらも、非常に期待されている存在であることは疑いない。本当は彼らプロデューサー陣の仕事やリミックス作についても詳述すべきだろうが、力不足で申し訳ありません。

橋元優歩