「坂本龍一」と一致するもの

坂本龍一 - ele-king

 この『async』は、2009年の『アウト・オブ・ノイズ』以来、8年ぶりのソロ・アルバムというだけでなく、坂本龍一という、ひとりの音楽家が40数年の年月をかけて行き着いた未踏の音楽に思えた。(個々人、さまざまな意見があるかもしれないが客観的にみても)最高傑作といってもいいかもしれない。“戦メリ”に代表されるリリカルな旋律を生み出す作曲家としてではなく、未知の音を追求する「ノイズ音楽家、坂本龍一」の集大成である。

 ノイズといっても轟音ではない。静謐で、空間的で、澄み切ったマテリアル=音の連鎖である。沈黙をも取り込んだ響きとリズム。微かな和声と旋律。それらの「音」たちのズレを孕んだ、しかし自由で豊穣な配置=コンポジション。まさに坂本の自伝の書名『音楽は自由にする』ということの実践に思えてならない。そもそも「async=アシンク」とは「非同期」、つまり同調しないという意味である。同調しない自由。美しく、豊かで、しかし微かな音の美を生み出すための強い意志。音への飽くなき好奇心。未知の音楽への探求心。そして世間という抑圧への抵抗と闘争心。いまの日本で、このような静謐で美しいアルバムをリリースすることじたい、「パンク」な行為ではないか。

 その「自由」のために、『async』にはまったく妥協がない。コマーシャリズムもタイアップの要素も希薄だ。メロディやビートなどポップ・ミュージックの基本フォームすら手放している(正確には形式的に「同調」するだけのポップ・ミュージックのフォームから遠く離れているだけで、耳を拓いて無心に音を追い続ければ、『async』はある意味でとても聴きやすいアルバムでもある)。
 同時に「妥協しない」という堅苦しい不自由さからも自由であり、その自由さによって本作は聴き手の耳に向かって、無限に開かれてもいる。すべては聴き手次第。聴くこと次第、とでもいうように。ゆえに本作はリスナーをとても信頼している作品のようにも思える。われわれに問いかけている音楽のようにも聴こえる。
 とはいえ、『async』は唐突に生まれたわけではない。この20年ほどの電子音響の潮流を背景に、カールステン・ニコライやフェネス、テイラー・デュプリーなどとのコラボレーション/創作活動の結果、生まれた作品でもある。その意味で、90年代の音響派、90年代後半以降のグリッチ、00年代的なアンビエント/ドローン、10年代的なエクスペリメンタル・ミュージックやフィールド・レコーディング作品以降の音楽作品として、全世界・各国で高い評価を獲得することも予想できる。たとえば、〈ラスター・ノートン〉、〈タッチ〉、〈12k〉を愛聴するリスナーたちに。もしくは〈ECM〉を求めるような繊細な耳を持ったリスナーたちに。

 この静謐で美的な音楽を生み出すマテリアル=音の数々を、坂本龍一はまるで縄文時代の狩猟民族のように「捕って」きているように思える。雨、足音、ざわめき、アルセニー・タルコフスキーの詩を朗読するデヴィッド・シルヴィアンのヴォイス、『シェルタリング・スカイ』のポール・ボウルズによる朗読、電子音、弦、東北大震災の洪水に溺れたピアノの音などなど……。坂本はいまだ音の狩人なのだ。それこそが受動的に「聴くこと」を推奨するエレクトロニカ系のサウンド・アーテイストとは違う点ではないか。この世界に横溢する音の蠢きを、坂本は繊細な音響彫刻、もしくは静謐な映画のように織り上げてみせる。狩猟/織り上げ。野蛮と繊細の共存。
 私見だが、本作のコンポジションの過程において「時間」の感覚が、これまで以上に研ぎ澄まされているように思えた。本作のアルバムの収録曲は、どれも比較的短い。この種のエクスペリメンタルなアンビエント曲は長尺になる傾向があるが本作は違う。同時に「短い」とも感じない。むしろ聴いているあいだは、豊穣な時間の只中にいる。ここが本作の肝ではないかと思う。聴き手を音響や音楽の時間に招き入れる力があるのだ。
 21世紀に復活したバッハのコラールのような1曲め“andata”から、持続音のなかに溶けたマーラーのアダージョのようなアンビエントである最終曲“garden”まで、止めることなく一気に聴けてしまう。曲の構造、アルバムの構成など、シーケンスとシーケンスが厳密に、しかし感覚的に、記憶に作用するように編集されているような感覚を抱いた。
 まるでアルバム1枚で、90年代以降のゴダール作品や、タルコフスキーの作品などの映画作品を観たかのような充実感がある。となれば、本作の坂本龍一は音だけの、「音による映画」を生み出したのだろうか。じっさい本作には「タルコフスキーの架空のサントラ」というコンセプトもあるようだが、それは表面上の問題ではなく、音響=映画によって、生の記憶と受難を表現しようとする意志を感じた。

 この『async』に漂っている悲痛なムードは、まるで環境音、アンビエントによる受難曲のようである。それは悲観とは違う。長い冬を抜けて、春の芽のようにある命が生まれ、その命がこれから辿る生の、受難の響き/音楽だ。冬から春へ。そして夏から秋へ。四季という生の循環。
 そう、ライフ=生の感覚が、確かに、この音の蠢きの中に息づいている。もしかすると、坂本龍一にとってノイズ=サウンドとは、生=ライフのことなのかもしれない。


Arto Lindsay - ele-king

 来ました! 1月にリリースされた13年ぶりの新作『Cuidado Madame』が好評のアート・リンゼイですが、なんと6月に来日します。昨年、晴れたら空に豆まいての10周年記念企画の一環として来日しているアート・リンゼイですが、今回は新作のレコーディング・メンバーを従えてのバンド・セットによるツアーです。東京、京都、大阪の3都市をまわります。オールスタンディングのライヴハウス公演としてはかなり久々の来日だそうで……アルバムのあのサウンドはいったいどんなふうに生まれ変わるのでしょう。必見です。

奇才アート・リンゼイ、超待望の来日ツアーが6月に決定!
13年ぶりの新作『Cuidado Madame』のレコーディング・メンバー
を率いた垂涎のバンド・セットです!

世界中に熱狂的なファンを生んできた真の奇才音楽家アート・リンゼイ、NO WAVE以来のパンク精神と近年のコスモポリタニズムが最高次元で融合した13年ぶりの新作『Cuidado Madame(邦題:ケアフル・マダム)』のレコーディング・メンバーを率いたバンド・セットでの来日公演が実現! オールスタンディングによるライヴハウス公演は、東京ではかなり久々となります! 新作のレコ発ツアーということで、あのサウンドがどのようにライヴで再現されるのか、絶対にお見逃しなく!!

【公演情報】
ARTO LINDSAY Japan Tour 2017

■ 東京 6月23日 (金) WWW X
OPEN 18:30 / START 19:30
TICKET オールスタンディング ¥8,000(税込/別途1ドリンク)
※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:4/8 (土)
(問) クリエイティブマン 03-3499-6669

■ 京都 6月24日 (土) 京都メトロ
OPEN 17:00 / START 18:00
TICKET オールスタンディング ¥8,000(税込/別途1ドリンク)
※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:4/8 (土)
(問) 京都メトロ 075-752-2787

■ 大阪 6月26日 (月) 梅田シャングリラ
OPEN 18:30 / START 19:30
TICKET オールスタンディング ¥8,000(税込/別途1ドリンク)
※未就学児入場不可
一般プレイガイド発売日:4/8 (土)
(問) キョードーインフォメーション 0570-200-888

企画・制作・招聘:クリエイティブマン https://www.creativeman.co.jp/
協力:P-VINE RECORDS


【作品情報】

アート・リンゼイ/ケアフル・マダム
Arto Lindsay / Cuidado Madame
in stores now
PCD-25212
定価:¥2,500+税
★日本先行発売
★日本盤ボーナス・トラック収録

まさに世界待望! 前作『Salt』以来およそ13年ぶりにリリースされた奇才アート・リンゼイのオリジナル・ニュー・アルバム! 盟友メルヴィン・ギブスの参加やマリーザ・モンチとの共作のみならず、ニューヨークの新世代ミュージシャンたちとの邂逅がもたらしたアート流「アヴァン・ポップ」のニュー・フェイズ。NO WAVE以来のパンク精神と近年のコスモポリタニズムが最高次元で融合したソロ・キャリア史上屈指の名作が誕生した!

『別冊ele-king アート・リンゼイ──実験と官能の使徒』
編集:松村正人

in stores now
ISBN: 978-4-907276-73-7
本体¥1,850+税
160ページ

ブラジル音楽の官能、ノーウェイヴの雑音、アヴァン・ポップの華麗なる試み──多岐にわたるアート・リンゼイの音楽の全貌をたどる必読の1冊。幼少期から現在までを語った本人ロング・インタヴューを皮切りに、カエターノ・ヴェローゾとの特別対談も掲載! 日本はおろか世界にも類をみないアート・リンゼイを総覧する試み。


【Arto Lindsayプロフィール】

1953年アメリカ生まれ。3歳で家族とともにブラジルに引っ越し、17歳までを過ごす。77年にNYでノイズ・パンク・バンド:DNAを結成。翌年、ブライアン・イーノのプロデュースによる歴史的コンピレーション『NO NEW YORK』にDNAとして参加する傍ら、ジョン・ルーリー率いるジャズ・コンボ:ラウンジ・リザーズにも参加。11本だけ弦を張った12弦ギターをノンチューニングで掻き鳴らす独自の奏法が衝撃を与え、“NO WAVE”シーンの中心的存在となる。80年代にはピーター・シェラーとアンビシャス・ラヴァーズを結成し、NYアンダーグラウンド音楽とポップ・ミュージックの融合を実践。80年代後半からはプロデューサーとしても活躍し、カエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタ、マリーザ・モンチ、ローリー・アンダーソン、デヴィッド・バーン、坂本龍一、大貫妙子、宮沢和史などを手掛ける。他にも三宅純や小山田圭吾、青葉市子など、日本人アーティストとは親交が深い。95年からはソロ名義でのリリースを開始し、04年にかけて1~2年に1枚のハイペースでアルバムを発表。14年のライヴ盤付きベスト・アルバム『Encyclopedia of Arto』を挟み、2017年1月、約13年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Cuidado Madame』をリリースした。

Ryuichi Sakamoto - ele-king

 坂本龍一のオリジナル・ソロ・アルバムが3月29日にリリースされる。オリジナル・アルバムとしては、2009年の『アウト・オブ・ノイズ』以来、実に8年ぶりである。

 とはいえ、久しぶりという気はしない。むしろ、2009年以降の坂本は(2014年に癌治療による休養という予期せぬ事態に見舞われてはしまったものの)、その活動は00年代以上にアクティヴな印象ですらあった。
 Ustreamによるコンサートのライヴ映像配信と、コンサート直後の音源配信、2011年3月11日の東北大震災と原発事故以降の社会運動、「NO NUKES」の開催、「箏とオーケストラの協奏曲」(2011)の発表、ジャキス・モレレンバウム(チェロ)、ジュディ・カン(ヴァイオリン)らとのピアノ・トリオでのコンサート・ツアー、このトリオによるスタジオ録音アルバム『THREE』(2012)のリリース、数々のソロやオーケストラ・コンサート、そのライヴ音源のリリース、また、アルヴァ・ノト、フェネスら電子音響アーティストらとの継続的なコラボレーションとアルバム『Summvs』(2011)、『フルミナ』(2011)のリリース、未発表音源集『イヤー・ブック』シリーズのリリースなどなど、じつに多角的に展開していたのだ。病からの復帰以降も、山田洋次監督の『母と暮せば』(2015)、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)、李相日監督の『怒り』(2016)など、いくつもの映画音楽を精力的に手掛けている。アルヴァ・ノト=カールステン・ニコライらと作り上げた『レヴェナント: 蘇えりし者』の映画音楽は、グラミー賞ノミネートも果たしたほど。同サントラは〈ミラン・レコード〉から全世界にむけてリリースされヒットを記録した。

 そう、この8年、坂本の姿は常にメディアを賑わせていたのだ。そのような状況の中、彼の姿は作曲家のみならず、「芸術とは何か?」「音楽とは何か?」という視点を、リスナーに分かりやすく提示する21世紀型のソーシャル・アーティストのようにすら見えるときもあった。NHKの音楽教育番組『スコラ』、東京都現代美術館『アートと音楽――新たな共感覚をもとめて』のディレクション、病気治療のため開催は見届けられなかったものの明確なコンセプトを提示した『札幌国際芸術祭 2014』のゲスト・ディレクター、「東北ユースオーケストラ」の音楽監督などは、まさにそんな「21世紀型のソーシャル・メディア=芸術」を提案するような活動ともいえる。
 とはいえ、である。世界中の坂本ファンが待ちわびていたものは、やはり「教授」のオリジナル・ソロ・アルバムであったことも事実だろう。だからこそ、今回のリリースは、大きなニュースなのだ。

 さて、まさに待望の新作だが、リリース前の現在、試聴音源の1秒たりとも耳にすることはできない。坂本自身が「好きすぎて誰にも聴かせたくない」と語ったことが発端(?)となってかどうかは知らないが、現状、試聴音源の類は公開されていないのだ。しかし、リスナーにとっては、まったくの白紙の状態でアルバムを聴ける可能性もあり、ある意味で理想的な聴取環境を提供されているとすらいえる。リリース前にティーザー動画や音源によって、何らかが「とりあえず」聴けてしまうこの時代において、これは挑戦的な告知方法といえる。坂本はアルバムの聴取環境すらも創造しようとしているのだろうか。
 そんな状況のなか、つい先だって、アルバム・タイトル、曲名、アートワークが発表された。アルバム名は『async』。録音は主にニューヨーク。日常の物、彫刻、自然からインスピレーションを得たようで、それは高谷史郎による印象的なアートワークにも象徴されているように思える。また、「アンドレイ・タルコフスキーの架空の映画音楽を書く」というコンセプトも浮かんだらしい。
 と、ここで公開されたトラック・リストを眺めてみると“solari”という曲もあり、なるほど「ソラリス」=『惑星ソラリス』を思い浮かべてしまう。くわえて「アルバム完成記念関連イベント」として、2017年4月4日TOHOシネマズ 六本木ヒルズにおいて、坂本セレクションのタルコフスキー監督作品『鏡』『サクリファイス』のムジーク・エレクトロニクガイザインのスピーカーを使って、最高の音響環境での上映会も予定されているのだから、やはり本作の「ウラテーマ」はタルコフスキーなのだろうか。

 ここでアルバム名『async』に立ち戻ってみたい。これは「Asynchronous=非同期」を表すネットワーク用語である。この非同期という言葉=概念はコンピューターのみならず、人間や、いや自然界もまた非同期といえるだろう。アルバムのアートワークに見られる小さな盆栽のような植物もまた同様だ。ミクロ・コスモスのなかで、非同期的に生成し、そのズレが、さらに大きな反復と生成を生んでいくこと。つまりは差異と反復である。となると、坂本はここで、ジル・ドゥルーズという20世紀を代表する哲学者の代表的な書物の書名を、ネットワーク用語から言い換え=変奏しているのであろうか。アルバムでは“ZURE”という曲が、“solari”の後に、さりげなく置かれていることにも注目したい。

 確かに、タルコフスキーの映画は崇高であり、宗教的であり、大きな救済のメッセージを持っているのだが、同時に、自然界の小さな蠢き、つまりは非同期の集積でもある。たとえば『惑星ソラリス』の冒頭は、小川のせせらぎであり、水の音が非同期的に流れてゆくカットであった。async。非同期。自然=現象。差異と反復。タルコフスキー。水の音。非同期。差異と反復。豊穣なズレ。世界。人間。水。生命。ライフ。そう、前作『アウト・オブ・ノイズ』の「北極三部作」においても表現されていた自然界の豊穣な差異と反復。1999年のオペラ『ライフ』で追求されていた20世紀の歴史と生命の起源。それらの先に生成する、小さな盆栽のごとき豊穣なミクロ・コスモスのようなサウンド? そんな21世紀のサカモト・サウンドを思わず夢想してしまった。
 むろん、聴いてみるまでは何もわからない(まったく違う可能性もある。だが、そのズレもまた重要のはず)。しかし、その音が、清流のように濁りなく、美しく、しかし繊細な逸脱と、豊穣なズレを伴うミニチュアールの美しさを伴った音楽/音響であることに違いはないように思える。いわば「音響作曲家・坂本龍一」の真髄が、慎ましく、美しく、そこに「ある」かのような音楽……。
 そんな「async」な夢想ができる今も、実は坂本龍一のニュー・アルバムを「聴かずして体験している」という豊穣な時間とはいえないか。ともあれ、リリースまであと少しだ。

 本作の日本盤は〈コモンズ〉から3月29日に、海外盤は『サ・レヴェナント』のサウンドトラック盤などをリリースした〈ミラン・レコード〉から4月28日にリリースされる。3月29日には〈コモンズ〉より、『Year Book 1980 -1984』もリリース。また、4月4日から東京のワタリウム美術館では高谷史郎が会場構成を手掛けた「設置音楽展」が開催される。 (デンシノオト)


Ryuichi Sakamoto
async

01 andata
02 disintegration
03 solari
04 ZURE
05 walker
06 stakra
07 ubi
08 fullmoon
09 async
10 tri
11 Life, Life
12 honj
13 ff
14 garden
15 water state 2 [vinyl-only bonus track]

CD盤
発売日:2017.03.29
品番:RZCM-86314
価格:¥3,780 (税込)

アナログ盤
発売日:2017.05.17
品番:RZJM-86312~3
価格:¥7,020 (税込)

https://www.skmtcommmons.com/

interview with Sherwood & Pinch - ele-king


Sherwood & Pinch
Man Vs. Sofa

On-U Sound/Tectonic/ビート

DubDubstep

Amazon Tower HMV

 ロンドンから北西に向かったハイ・ウィコムという街で10代の少年エイドリアン・シャーウッドはレゲエと出会った。彼はほどなくしてDJを始め、その後、音楽業界に関わるようになり、20歳になるころにはレコード店を運営するようになっていた。UKダブの歴史に名を刻むことになる伝説の始まりだ。

 流通会社を立ち上げたほか、複数のレコード・レーベルを運営したシャーウッドは、1980年になると、プロデューサー・エンジニアとして独自のダブ・ミックスを、ジャズからインダストリアルまであらゆる音楽へ積極的に施していった。彼が関わったプロジェクトの数は圧倒的だ。彼のディスコグス・ページを見るだけでも、その膨大さがわかるはずだ。アフリカン・ヘッド・チャージとのサイケデリックなアフロ・ダブ。デペッシュ・モードのリミックス。リー・スクラッチ・ペリーとのスタジオ作品。タックヘッドとのエクスペリメンタル・ヒップホップ。ほかにもプライマル・スクリーム、ナイン・インチ・ネイルズ、マシーンドラムなど、挙げればきりがない。そんな彼が近年活動をともにしているのがDJピンチだ。

 ピンチは2005年にレーベル〈テクトニック〉を設立。ブリストルを拠点にダブステップの先駆者としてシーンを牽引した。ダブステップがメインストリームな音楽になっていき、定常化した音楽となっていくなかで、彼はテクノ、インダストリアル、グライムなどほかのジャンルへダブステップを拡張していき、新鮮なサウンドを提供し続けてきた。00年代後半にはファースト・アルバム『Underwater Dancehall』を発表。以降も〈コールド・レコーディングス〉の設立や、シャクルトンやマムダンスとの共作など、常に革新的な音楽を志向し続けてきた。

 シャーウッド&ピンチは2013年に2枚のEP「Bring Me Weed」と「The Music Killer」を発表したものの、プロジェクトへ本格的に着手することになったのは、2013年におこなわれたSonar Tokyo公演でライヴ・パフォーマンスをおこなうことになってからだった。そして2015年に発表したファースト・アルバム『Late Night Endless』から2年、待望の新作『Man Vs. Sofa』が先月発表されたばかりだ。同作はこの2年間に生まれた変化を見事に反映したアルバムとなっている。作品の背景を聞き出すべく、リリースに先駆け東京公演のために来日していたふたりにインタヴューをおこなった。

以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。 (シャーウッド)

新作の発表おめでとうございます。前回の『Late Night Endless』からこれまでの2年間、ふたりはどのように過ごしてきましたか?

ピンチ(Pinch、以下P):この新作を作っていたよ(笑)。

エイドリアン・シャーウッド(Adrian Sherwood、以下S):アルバムを5分で作ることはできないからね。この2年間をかけて少しずつアルバムを仕上げていったんだ。例えば“戦場のメリークリスマス”のカヴァー(『Man Vs. Sofa』の収録曲)は、『Late Night Endless』の制作時に作り始めていたけど、なかなか満足できなかった。だから、今回のアルバムでいちばん古いのはあの曲で、それ以外の収録曲はすべてこの2年で作ったよ。

“戦場のメリークリスマス”をカヴァーしようと思ったのは?

S:以前からあの曲のメロディが好きだった。坂本龍一も好きだし、“Forbidden Colours”ヴァージョンのデヴィッド・シルヴィアンの歌も好きだったからカヴァーすることにしたんだ。歌詞を入れてみようと試したり、何種類か違う方法でレコーディングしたりして、やっとパーフェクトなものが完成したよ。

P:よりサイケデリックな仕上がりになったから、前回のアルバムよりも新作によりフィットすると思う。前回のアルバムは、もっとトライバルでリズミックだったからね。ニュー・アルバムは、もっとサイケデリックでダイナミックなんだ。今回は、俺のスタジオで作ったものをエイドリアンのスタジオに持っていって、そこから発展させていって作ったトラックが多いね。でも表題曲の“Man Vs. Sofa”は、エイドリアンのスタジオでノイズができたところから始まった。今回のアルバムでは、そういうふうにしてエイドリアンのスタジオで作り始めた曲もあるし、それぞれにアイディアを持ち寄ってそれを組み合わせた曲もあるんだ。ふたりで作ったトラックがたくさんあって、その中から今回のアルバムにフィットするものを選んでできたって感じだね。

アルバムにしようと意識して制作するようになったのはいつ頃ですか?

S:2年前だね。

というと『Late Night Endless』をリリースした直後ですか?

S:いや、そういうわけじゃない。ファースト・アルバムをリリースしてから1年後にまた一緒にスタジオで作業しようって決めたと思う。

P:待って。それだと2年前に作り始めたことにならないだろ? エイドリアンの計算って、ときどきおかしいんだ(笑)。

S:そうなんだよ(笑)。1年じゃなくて、2、3ヶ月かな。スタジオに戻って、ピンチが俺に送ってきたトラックをもとに作業を始めたんだ。

P:ファースト・アルバムが2015年の春で、そのあと同じ年の冬くらいにセカンドのために作業を再開したんだと思う。

ファースト・アルバムと今回のアルバムでは、どちらの制作期間が長かったんでしょうか?

S:ファーストの方が制作期間は長かったね。

ふたりが出会ったのは2011年ですよね? ピンチがファブリック(ロンドンのクラブ)でやったイベントへエイドリアンをブッキングして、そこから親交を深めていったそうですが、『Late Night Endless』はその時点から作り始めたんでしょうか?

P:俺たちが最初にリリースした作品は12インチの「Bring Me Weed」で、出会った時からアルバムを作ることを考えていたわけではないんだ。

S:「Bring Me Weed」が最初の12インチで、そのあとEPの「The Music Killer」を出して、アルバムはその後だな。

P:アルバムのために曲を作り始めたというよりは、ライヴのために曲を作ったり、スタジオで曲を作ったり、時間がある時にふたりでとにかくトラックを作っていた。

さっき、ファースト・アルバムの制作期間について尋ねたのは、『Late Night Endless』よりも、『Man Vs. Sofa』のほうが作品に一貫性を感じたからなんです。

S:そうなんだよ。ふたりで制作を始めた頃は、ふたりで何ができるのかを模索していて、サウンドシステムの人がエクスクルーシヴのダブプレートを持っているみたいに、自分たちだけにしかプレイできないトラックを作ろうと思っていた。そうやって何曲か作っているうちに、アルバムを作っている感じになったんだ。でも今回は、マーティン・ダフィが参加していたり、一貫性のある雰囲気になっていたりと、サウンドをまとめる要素がたくさんある。俺とピンチがしっかりと混ざり合っているね。正直、『Late Night Endless』は違うものが色々と入っている感じだった。

かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。 (ピンチ)

なるほど。前回と比べて、制作環境は変わりましたか?

P:エイドリアンが、以前よりも広くて新しいスタジオ・スペースに移ったんだ。前回と比べて制作環境が良くなったと思う。あと、古い機材をたくさん手に入れて使ったんだ。

S:環境は今回の方が良かったと思うね。俺の家と息子の家の間にスタジオを作ったんだよ。だから庭と庭の間にスタジオがあるんだ。面白いだろ?

P:本当に変わっているんだよ。エイドリアンの庭を歩いて、もともと塀だったところをくぐると違う家なんだ(笑)。

S:機材に関しては、ずっと探していたけどなかなか手に入らなかったものを手に入れて使うことができた。

P:俺はいつもデジタル的な考え方で音楽にアプローチしてきたんだけど、エイドリアンに説得されて、自分のスタジオでも前よりアナログのものを使うようになったよ。

逆に、エイドリアンがピンチの影響を受けてデジタルになった部分はありますか?

S:必要なのはPro Toolsくらいだな。あと、それを操作してくれる人。俺は年だから、あまりそういうのは操れないんだよ(笑)。ものすごく怠け者だからな(笑)。でも、俺のエンジニアのデイヴ・マクィワンが最高なんだ。できることならどこにでも彼を連れていきたいくらいだよ。

機材について詳しく教えてもらってもいいでしょうか?

P:ライヴではAbleton Liveを使っているけど、トラックを作る時はLogicを使っている。あとはVSTや色々なエフェクトを重ね合わせたものをコンソールに戻してアナログ機材を通じてさらに加工する、というのが俺の作業の流れだね。

S:俺は、イギリスのAMSっていう会社のファンだったんだ。そこの製品はもう作られていないんだけどね。俺はAMSのディレイとリヴァーブをずっと使ってきた。あとアメリカの機材も好きだよ。今年はOrbanのEQとスプリング・リヴァーブを買ったよ。高くないし、ずっと欲しかったんだけど、なかなか手に入れられずにいたんだ。しかも安いんだ。あとは、Fulltoneのテープ・ディレイも買ったな。もう1台欲しいと思っていたんだ。いちばん重要なのがEventide。俺はEventideの大ファンなんだ。Eventideも高くないよ。EventideのH9は本当に素晴らしいマシンで、みんなにオススメしているよ。あと何年も探していたのがLangevin。ここのEQは〈タムラ/モータウン〉の作品すべてで使われているし、キング・タビーやサイエンティストのEQスイープでも使われている。彼らのレコードを聴いていると見事にLangevinが使われている場面がけっこうあるよ。普通のEQとは違って独特の回路になっているんだ。

P:ハイハットとかに向いているね。

S:あとリヴァーブやドラム・サウンドにも向いている。このEQでかなりのドラム・サウンドを加工したよ。

最新作のプレス・リリースに、サウンドシステムで今回のアルバムを聴くとボディーブローのように身体に効くサウンドでありながら、ヘッドフォンで聴くと意識を没頭できる音楽だと書いてありました。アルバムを聴いて確かにそうだなと思ったのですが、どのようにしてそういったサウンドを作り上げたんでしょうか?

P:そのふたつのアイディアをミックスダウンの時に忘れないようにすることかな。サウンドシステムで聴くと身体で感じられるサブベースが、ヘッドフォンではそこまで伝わってこない。例えばブリアルなんかの音楽だと、ディテールがすごく緻密で微細だけど、それをサウンドシステムで鳴らしても、そのディテールがわかりにくい。サウンドシステムの大きなボリュームに比べて音がさりげなさすぎて聴き取りにくいからね。だからミックスダウンの時に、サウンドシステムから感じられる音のパワーと、ヘッドフォンで聴いたときに意識を没頭できる細かいディテールの両方を兼ね備えたスペースを作ることが大事なんだ。

前作と比べて、今回はヴォーカルを使ったトラックがかなり減っていますね。

S:それは意識してやったことなんだ。以前は〈Tectonic〉ミーツ〈On-U Sound〉みたいなサウンドだった。でも今回のアルバムは、俺とピンチというアーティストの融合なんだ。俺たちが、よりひとつになれている。ヴォーカルを入れすぎてしまうと、その俺たちらしさが薄れてしまうだろ? 今回はふたりのポテンシャルを追求しているんだ。

そういった中でもリー・スクラッチ・ペリーやスキップ・マクドナルドの声が使われているのは、歌としてというより、音の要素のひとつとして彼らのヴォーカルが使われているのでしょうか?

S:ちょっとしたフックとして使っているだけだね。

P:例えば、リー・ペリーが参加しているトラックも、最初から最後まで歌声が入った普通のヴォーカル・トラックじゃない。もっと音楽が呼吸できるスペースがある。タズにしたってそうだ。タズのスタイルはもっとグライムっぽいけど、ずっと声を発しているわけじゃないし、歌モノになっているわけでもない。声によるテクスチャーとして使っているんだ。

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ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? (ピンチ)

エイドリアンはこれまで多くのミュージシャンやプロデューサーとコラボしてきました。ピンチはいわゆるDJカルチャーのアーティストですが、ふたりのコラボレーションをどのように感じていますか?

S:ピンチとのコラボは、すごく理にかなっているんだ。ピンチは〈On-U Sound〉やレゲエ、ヒップホップ、コンテンポラリー・ダンス・ミュージックの歴史を理解している。これまで、デペッシュ・モードやタックヘッド、ザ・マフィアといった様々なアーティストとコラボしてきたけど、その結論としてピンチとコラボするようになったと言えるかな。俺はダンスできる音楽をずっと制作してきたし、家でも楽しむことができる音楽も制作してきた。クラブ・ミュージックに関わるときは、ただクラブにとってパーフェクトな作品であることだけじゃなく、家で聴いても楽しめる、クラブを超えた作品を俺はイメージするんだ。それを一緒に実現できるのがピンチなんだよ。

数々のアーティストとコラボしてきた中で、ピンチとコラボをしてみて何に新鮮さを感じましたか?

S:彼には、誰よりもシンパシーを感じる。誰かと作業し続けるにあたって、それは本当に重要なことなんだ。ピンチとのコラボは本当に心地がいい。俺とピンチは、最高のコンビネーションなんだ。誰でもいいってわけじゃないんだ。下手にコラボするくらいなら、自分の家でゆっくりしていたいね。コラボするなら、楽しくてワクワクするものじゃないとな。ピンチは本当にクリエイティヴだし、新鮮なアイディアを持っている。俺たちは互いの可能性を広げて、いちばんいいところを引き出し合えるんだよ。

P:あと、俺はすごくおいしいお茶を入れるよ(笑)。

S:俺は料理だな(笑)。

あはは! ふたりは互いのどういうところにシンパシーを感じていますか?

P:俺は、幼い時から兄を通して〈On-U Sound〉の作品をずっと聴いてきた。『Pay It All Back Vol.3』とかのコンピレーションをテープで持っていたし、ダブ・シンジケートのアルバムとかね。かなり小さい時からエイドリアンの音楽を聴き続けてきたんだ。だから、彼のインパクトや影響は自分にとってすごく大きい。その影響が、俺とエイドリアンの共通点に繋がっていると思うんだ。様々な音楽要素を取り入れ、色々な方向に進みながら、ムードのある自分の音楽を作る。エイドリアンも俺の音楽からそれを感じ取ってくれたと思う。だよね?

S:その通り。

そこから現在にいたるまで一緒に音楽を作り続けていますが、出会う前は知らなかったけど、出会ってから気づいたお互いの面は何かありますか?

P:俺が知っていた以上に、エイドリアンの音楽スタイルの幅は広い。本当に計り知れないよ。バンド、アーティスト、ヴォーカリストといった様々なミュージシャンとコラボしているし、一緒にいると本当にいろんな話が聞けるよ。彼が関わったプロジェクトの数はすさまじい。制作面でもエイドリアンとコラボしていろいろと学んだよ。特に、フェーダーやパンをどう処理するのかってことをね。パンの処理やステレオ音場の捉え方から、トラックに動きやスペースを生み出していけるんだ。コラボを通じて得たものを自分のプロジェクトでも活かそうと心がけているよ。

S:俺は時期によってリズムを担当する人が変わるんだ。フィッシュ・クラークやスタイル・スコットとかね。どの時期にもリズムを構築する大事な役割の人がいて、ここ数年、その役割を担当しているのがピンチなんだ。最近はライヴ・ミュージシャンの音をとりあえずカッティング処理するようなことをしたくないんだ。一緒にグルーヴまでもカッティングしたくないし、つながっている感覚が好きだからね。だから今はピンチとのコラボがしっくりくる。

制作をする時に、これをやったら相手が喜ぶんじゃないかなというのを意識しますか? それとも、自分が好きなものをまず相手に提示しますか?

S:俺が何を気に入るかをピンチが考えることが多いと思う。リズムを作っているのはピンチだからな。俺の気に入りそうなアイディアをピンチが持ってきて、俺がそこから気に入ったものを使って、それを基盤に俺のアイディアを加える。基本的に俺たちのトラックはそこから進化してくんだ。

P:自宅で制作するとき、常に方向性がはっきりしているわけじゃないけど、自分の中でこれはシャーウッド&ピンチのプロジェクトに向いているなって思えるリズムやトラックがある。そういう点では確実に意識しているね。

ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。 (シャーウッド)

エイドリアンはダブの手法をダブ以外の音楽で起用したパイオニアであり、最近ではにせんねんもんだいのダブ・ミックスが話題になりました。以前読んだ記事で、あなたはごちゃごちゃしていない音にすることが大事だと言っていましたが、そこをもう少し詳しく聞かせていただけますか?

S:例えば、にせんねんもんだいのレコードを聴いてみると、あのレコードではハイハットがたくさん使われている。表ではあまり複雑なことは起こっていないけれど、ピンチが話していたブリアルの作品と同じで、深いところでは様々なことが起こっている。それがサウンドをより一層魅力的にしているんだよ。俺はにせんねんもんだいのアルバムが大好きだったから、あのレコードでの挑戦は、シンプルさをできるだけ美しく提示することだった。だから、すごくシンプルなテクニックを使って、音源に輝きを加えたんだ。ほんの少しだけ手を加えるアプローチを取って、音の分離と全体像、それに、強度が素晴らしくなるように心がけたよ。それとは別に、多くのことが起こっている音楽もあるよね。レゲエで言えば、スネアはここ、ハイハットはここ、キックドラムはここ、っていう感じで絵みたいにトラックの全体像を捉えるんだ。そこで俺にとって重要なのは、EQ、スペース、サウンド。ひとつひとつの要素がハッキリと聞こえるようにして、耳に飛び込んでは消えるようなサウンドにするんだよ。エイジアン・ダブ・ファウンデーションやプライマル・スクリームのようなロック・バンドみたいに多くの要素が詰まった音楽でも、すべての楽器を適切に配置してハッキリと聞こえるようにしないといけない。そういう密度が高いものを扱うときは、すべてを適切にEQ処理しないといけない。あまりにも要素が多い場合は、いくつか要素を全部か一部を取り除くことも考えられるね。リフの要素を半分にするとかね。

P:ダグ・ウィンビッシュが言っていたんだけど、ミックスでは「道」を理解することなんだ。トラックで鳴っている音にはそれぞれの道があって、その道を聴き取れるようにすることが大事なんだってね。

ミックスにおいて、ピンチがエイドリアンに何かリクエストをすることはありますか?

P:ミックスはエイドリアンの役割ではあるけど、俺はいつも一緒に部屋の中にいる。で、このスネアはちょっとヘヴィすぎるんじゃない? とか、たまに意見を言うんだ。でも、やっぱりエイドリアンはスペースを作るのがうまいから、そこまで言うことはないね。

最後にヘヴィな質問をひとつ。UKダブの歴史は、ジャマイカ移民の話抜きでは語れないと思うのですが、そういう意味では、移民というのは文化的な面で良いところもあると思うんです。それを音楽のスタイルやジャンルに置き換えるとすれば、エイドリアンはさっきも話したようにダブを他のジャンルに持ち込んで新しいものを生み出し、ピンチは、ダブステップから始まりはしたものの、それをテクノやハウスに取り込み、すごく面白い音楽を作っています。しかし今、世界では移民に対して反感が巻き起こっていますよね。同じようなことが音楽に起こった場合、例えば、ダブステップ以外の音楽と認めない、というような状況になった場合、その音楽はどのようになると思いますか?

S:つまらなくなるだろうね。

P:進化しなくなると思う。新しいものが生まれなくなるし、亀裂がおこる。その亀裂が不和を起こすし、視野を大きく持てなくなって、自分が見ているものがすべてだと思い込んでしまう。色々なものを受け入れることで、より広い世界が見られるようになるよね。

これまでどのようにして、視野が狭くならないようにしてきました?

P:矛盾しているように聞こえるかもしれないけど、ひとつのことに専念することにも価値はある。要は両方の考え方を受け入れる意識を持つことが大事なんだ。視野を狭くすることで専門的なレベルで何かを詳しく理解するようにはなるだろうし、例えばそれが医療だとすれば、その知識はすごく役に立ち、特定の手術を可能にするかもしれない。でも、それが可能なのは身体の構造について広範な知識を知っているからだ。ひざの手術をしたいと思っても、ひざの知識だけではどうにもできない時もある。身体全体のことを知っていることが必要な時だってあるだろ? それと同じさ。だからどちらかひとつってことではなく、ふたつとも必要なんだよ。答えになってないよね(笑)?

S:俺は良い答えだと思うよ。ジャンルに関係なく、聴いていてどこか他の世界に連れていってくれるというのが音楽の魅力と素晴らしさ。癒しの力があり、パワフルでもある。ジャズでもダブでも、それは変わらないね。

Visible Cloaks - ele-king

 ヴィジブル・クロークスは、ポートランドを拠点に活動をするニューエイジ・アンビエント・ユニットである。メンバーは、スペンサー・ドーランとライアン・カーライルのふたり。スペンサー・ドーランは00年代に、プレフューズ以降ともいえるサイケデリックかつトライバルなアブストラクト・エレクトロニカ・ヒップホップをやっていた人で、00年代のエレクトロニカ・リスナーであれば、知る人ぞ知るアーティスト。スペンサー・ドーラン・アンド・ホワイト・サングラシーズ名義の『インナー・サングラシーズ』など愛聴していた方も多いのではないか。
 その彼が、〈スリル・ジョッキー〉からのリリースでも知られるドローン・バンド、エターナル・タペストリーのライアンと、このような同時代的なニューエイジ・アンビエントなユニットを結成し、アルバムをリリースしたのだから、まさに時代の変化、人に歴史ありである。

 そう、ここ数年(2010年代以降)、いわゆる80年代的なニューエイジ・ミュージックが、エレクトロニカ/ドローン、OPN以降の、新しいアンビエントの源泉として再評価されており、ひとつの潮流を形作っている。そのリヴァイヴァルにおいて大きな影響力を持ったのが、オランダはアムステルダムの〈ミュージック・フロム・メモリー〉であろう。同レーベルは80年代のアンビエント・サウンドを中心とする再発専門のレーベルで、なかでもジジ・マシンを「再発見」した功績は大きい。じじつ、ジジ・マシンのコンピレーション盤『トーク・トゥー・ザ・シー』は日本でも国内盤がリリースされるほど多くのリスナーに届いた。そのピアノとシンセサイザーの電子音を中心とした抒情的で透明で美しい音楽は、現代にニューエイジ・アンビエントという新しいジャンルを作ったといっても過言ではない。まさに「過去」が「今」を作ったのだ。再発レーベルとしては、理想的な成功である。

 その〈ミュージック・フロム・メモリー〉がリリースした、唯一の日本人アーティスト・ユニット作品がディップ・イン・ザ・プールの『On Retinae』の12インチ盤であった。ディップ・イン・ザ・プールは、1980年代から活動をしている甲田益也子(ヴォーカル)と木村達司(キーボード)によるユニットで、日本でも根強い人気とファンがいるし、1986年には〈ラフトレード〉からデビューを飾ってはいるが、しかし、それをニューエイジ・アンビエントの文脈と交錯させた〈ミュージック・フロム・メモリー〉のセンスは、やはり素晴らしい(ちなみに香港のプロモ盤がもとになっているらしい)。だが、ふと思い返してみると、日本の80年代は、細野晴臣をはじめ、安易な精神性に回収されない音楽的に優れたニューエイジ/アンビエント的な音楽が多く存在した。それはときにポップであったり、ときに実験的であったりしながら。

 ヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランは、そんな80年代の日本音楽のマニアなのだ。細野晴臣、小野誠彦、清水靖晃らを深く敬愛しているという。彼らの楽曲を用いた「1980年~1986年の日本の音楽」というミックス音源を発表しているほど。当然、ディップ・イン・ザ・プールの音楽も愛聴していたらしい。そして、本作『ルアッサンブラージュ』は、そんな日本的/オリエンタルな旋律やムードが横溢した作品に仕上がっている。そして、先行シングルとしてリリースされた“Valve (Revisited)”は、ディップ・イン・ザ・プールとの共作であり、甲田益也子がヴォイスで参加。アルバム2曲めに収録された“Valve”には甲田益也子が参加しているのだ(ちなみに、“Valve (Revisited)”は国内盤にはボーナス・トラックとして収録)。

 ここで思い出すのだが、昨年、戸川純が復活し、ヴァンピリアとの共演盤にしてセルフ・カヴァー・アルバム『わたしが鳴こうホトトギス』をリリースしたことだ。同時期に『戸川純全歌詞解説集――疾風怒濤ときどき晴れ』も刊行されたこともあり、本盤は、かつて戸川マニアのみならず若いファンからも受け入れられ、大いに話題になったが、こちらは「ニッポンの80年代ポップス/ニューウェイブ」再評価における総括のように思えた。
 対して、ヴィジブル・クロークスにおける、ディップ・イン・ザ・プール/甲田益也子参加は、たしかに80・90/2010世代の新旧世代の共演なのだが、文脈はやや異なり、ジジ・マシン再評価以降ともいえる近年のニューエイジ/アンビエント文脈にある。先に書いたように、ディップ・イン・ザ・プールがジジ・マシン再評価の流れを生んだ〈ミュージック・フロム・メモリー〉からリイシューされたことも考慮にいれると、ヴィジブル・クロークスがやっていることは、世界的な潮流である「80年代ニューエイジ/アンビエント文脈」の再解釈なのだろう。そこにおいて、日本の80年代的なニューエイジ・アンビエント、そしてそのポップ・ミュージックが重要なレファレンスとなっているわけだ。〈ミュージック・フロム・メモリー〉からのリイシューや、本作におけるディップ・イン・ザ・プールの参加は、その事実を証明しているように思える。

 くわえて本作には、ディップ・イン・ザ・プール/甲田益也子のみならず、現行のニューエイジ/アンビエント文脈の重要な電子音楽家がふたり参加している。まず、昨年、〈ドミノ〉からアルバムをリリースしたモーション・グラフィックス。あのコ・ラのサウンド・プロダクションを手掛けたモーション・グラフィックスだが、彼が昨年リリースしたアルバムにも、どこか80年代の坂本龍一を思わせる曲もあった。また、〈シャルター・プレス〉などからアルバムをリリースする現在最重要のシンセスト/電子音楽家Matt Carlsonも、参加しているのだ。

 アルバム全体は、ニューエイジ的なムードのなか、現代的な音響工作を駆使し、現実から浮遊するようなオリエンタル・アンビエント・ミュージックを展開する。非現実的でありながら、どこか80年代末期の日本CM音楽のようなポップさを漂わせている。あの極めて80年代的な「日本人による、あえてのオリエタリズム」を、外国人が参照し、実践すること。そのふたつの反転が本作の特徴といえよう。
 本作に限らず現在のシンセ・アンビエントは、80年代中期以降の音楽/アンビエントをベースにしつつ、そこに2010年代的な音響を導入し、アップデートしているのだが、本作などは、アルバム全編から「1989年」的な感覚が横溢しているように思える(たとえば、細野晴臣の『オムニ・サイト・シーング』を聴いてみてほしい)。

 余談だが、この80年代初期から後期へのシフトは重要なモード・チェンジではないか。それは「バブル感」の反復ともいえる。ちなみに、80年代と一言でいっても、前半と後半では随分と違う。いわゆる日本のバブル経済は1985年のプラザ合意以降のことで、世間的にその実感が伴ってきたのは、「株投資」と「土地転がし」が(一時的に)一般化した80年代末期(1988年~1989年あたり)だったはず。
 そう、最近のいくつかの音楽には、この「景気の良かった時代」への憧憬があるように思えるのだ。それこそ大ヒットしたサチモスは、1989年くらいの初期渋谷系(と名付けられる以前。田島貴男在籍時のピチカート・ファイヴ)的なもののYouTube世代からの反復だろう。そういえば、ディップ・イン・ザ・プールの『On Retinae』も1989年だった。

 あえていえば、本作(も含め、近年の音楽)は、「景気が良かった時代の音楽を、景気が悪く最悪の政治状況の時にアップデート」することで、「景気が良かった時代への夢想や憧れ」を反転するかたちで実現しようとしているとはいえないか。つまり、30年以上の月日という時が流れ、新鮮な音楽としてレファレンスできる時代になったわけである。
 これは、若い世代には80年代という未体験の時代への憧憬も伴うのだろうが、私などがこの種の音楽を聴くと歴史の平行世界に紛れ込んだような不思議な感覚を抱いてしまうのも事実だ。しかしこの感覚が重要なのだ。つまり、リニアに進化する歴史の終わりという意味を、現在の音楽は体現してまっているのだから。これこそポストモダン以降の、アフター・モダンというべきで状況ではないか?

 ヴィジブル・クロークスも同様である。逆説的なオリエタリズムの反転。景気の良さへの憧憬。経済の上部構造と下部構造のズレ。その結果としてのニューエイジ・ミュージックのリヴァイヴァル。そこにレイヤーされるOPN以降の精密な電子音楽の現在。
 それらの複雑な文脈が交錯しつつも、仕上がりは極めて端正で美しい電子音楽であること。それが本作ヴィジブル・クロークス『ルアッサンブラージュ』なのである。1曲め“Screen”の細やかな水の粒のような美麗な電子音を聴けば、誰の耳も潤されてしまうだろう。

 本作は、ニューヨークの名門エクスペリメンタル・レーベル〈RVNG Intl.〉からのリリースだ。つまり文脈といい、リリース・レーベルといい、近年のニューエイジ・アンビエントの潮流における「2017年初頭の総決算」とでも称したい趣のアルバムなのだ。非常に重要な作品に思える。

網守将平 - ele-king

 網守将平が〈プログレッシヴ・フォーム〉からリリースしたアルバム『ソナジール』を聴いていると、「ニッポンのポップ・ミュージック」とは、「そもそもポップ・ミュージックとは何か」を「問い直すこと」だと改めて確信した。「問い直すこと」とは、すなわち「実験すること」であるので、わが国において、誠実なポップ音楽とは、そもそも実験なのである。
 思い出してみよう。サディスティック・ミカ・バンド、イエロー・マジック・オーケストラ、ピチカート・ファイヴ、フリッパーズ・ギター、コーネリアス、サニーデイ・サービス、相対性理論、サカナクション、セロ、ヤイエルに至るまで、時代を彩ったニッポンのポップ・ミュージックは、そもそもが西洋音楽であるポップ・ミュージックをいまいちど問い直し、そのうえでニッポンのポップ音楽(歌謡曲も含む)として再構築するような側面があった。そして、この網守将平の『ソナジール』もまた、そのニッポンのポップ音楽の最先端に位置しているアルバムなのである。
 じじつ、『ソナジール』は、グリッチ・ノイズからドローンまで00年代以降のエレクトロニカ的な手法を大胆かつ緻密に採用しつつも、そこにヴォーカルやメロディを洪水のように導入し、まるで東京の都市に溢れる過剰にして清潔な情報空間のごとき新しいポップ・ミュージックをコンポジションしているのだ。いわばマーク・フェルやアルヴァ・ノトの系譜を継ぐニッポンのポップ・ミュージック?

 もともと網守は、現代音楽畑の作曲家であり、坂本龍一のTV『スコラ』にも出演したこともある音楽家だ。くわえて「日本音楽コンクール」の第1位を受賞(作曲部門)するなどの実績を持ち、同時にラップトップ・コンピューターでのパフォーマンスもおこなっていたという。つまり「坂本以降のアカデミックな教育を受けたポップ音楽家の系譜」に置くことも可能だし、じじつ、ピアノやコンピューターによって華麗かつ精密に作曲・トラックメイクされたサウンドのそこかしこに網守の作曲家としての基礎学力や力量を聴き取ることは可能である(1曲めのピアノ曲“ソナジール”の優雅さや、2曲め“プール・テーブル”の細やかな音響交錯、10曲め“メア・ソング”のフォーキー+室内楽曲のような見事な作曲力! この曲は本当に素晴らしい)。
 しかし、『ソナジール』全編に横溢している過剰な情報の炸裂のようなポップ・ミュージックは、むしろコーネリアスの『ファンタズマ』を刷新するかのようなポップ・アルバムとして位置づけるべきではないかと思う。ceroやミツメなど現代のニッポンのポップ・ミュージックの現在とつなげるように聴いたほうが、よりしっくりくるようにも思える。なにしろ、ゲストボーカルに柴田聡子(3曲め“クジラ”)が、作詞とギターにceroのサポートも務めた古川麦(10曲め“メア・ソング”)などが参加しているのだから。

 それにしても、本作の電子音響/エレクトロニカ以降の手法をポップ音楽として再活用する本作の楽曲を聴き込んでいくと、日本のポップ・ミュージックとは、やはり実験なのだと改めて思ってしまう。外国の音楽の手法を問い直し、再検証し、自分たちのものにすること。それは一種の実験であり、実践なのだ。繰り返そう。この国では、「ポップであること」は、常に「ポップとは何か」と問い直すことである。『ソナジール』は、そのような「ポップ・実験・日本」という系譜の最先端にある作品といえよう。

Sherwood & Pinch - ele-king

 多くのDJ/プロデューサーから一目置かれる存在であり続けているUKダブの首領・エイドリアン・シャーウッド。ベース・ミュージック、ロック、テクノなどさまざまな分野で根強いファンを持つ彼が、ダブステップの旗手・ピンチと組んだのは2年前のこと。2月24日に新作『Man Vs. Sofa』のリリースを控えるかれらが、その直前に来日公演をおこなうことが決定した。グライムやダンスホールなど、ベース・シーンが多様な盛り上がりを見せているいまだからこそ、かれらの「重たさ」を確認しておく必要があるだろう。2月8日は渋谷のSOUND MUSEUM VISIONまで足を運ぶべし!

エイドリアン・シャーウッドとピンチによるスペシャル・ユニット
ヘビー級のニューアルバム『マン vs ソファー』リリース直前に
3年振り待望の来日決定!

先日開催された『冨田勲 特別追悼公演』に招かれ、冨田勲氏の代表作「惑星 Planets」のLive Dub MIXを披露するなど、UKダブの巨匠として音楽史に多大な影響を及ぼし、今もなお第一線で活躍している伝説的プロデューサー、エイドリアン・シャーウッドと、ブリストル・ダブステップの頭目として、ベース・ミュージックの進化において、欠かすことのできない存在感を放つピンチによるスペシャル・コラボ・プロジェクト、シャーウッド&ピンチが、2年ぶりの最新アルバム『Man Vs. Sofa』のリリース直前に、待望の来日決定! 2017年2月8日(水)に開催される、VICE初の定額制動画サービス「VICE PLUS」ローンチ・パーティに、ビズ・マーキー、ザ・グラインドマザーらとともに出演する。

VICE PLUS LAUNCH PARTY

日時:
2017年2月8日(水)20時~27時(午前3時)予定

会場:
SOUND MUSEUM VISION(渋谷)

料金:
前売¥3,500
当日¥4,500
イープラス / iFLYER / clubberia

出演:
SHERWOOD & PINCH [LIVE]
BIZ MARKIE [DJ & LIVE]
THE GRINDMOTHER [LIVE]
THE BLACKOUTS [DJ]
JOHN STANIER [DJ]
and more!

主催:
VICE MEDIA JAPAN

イベントページ:
https://jp.vice.com/lifestyle/viceplus-party

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シャーウッド&ピンチの最新アルバム『Man Vs. Sofa』は2017年2月24日(金)世界同時リリース! 国内盤にはボーナストラック“Bullshit Detector”が追加収録され、解説書が封入される。現在、先行シングル「Retribution」が配信中。iTunesでアルバムを予約すると、公開された“Retribution”がいちはやくダウンロードできる。

Sherwood & Pinch - Retribution
SoundCloud: https://bit.ly/2gUSM14

artist: SHERWOOD & PINCH ― シャーウッド&ピンチ
title: Man Vs. Sofa ― マン VS. ソファー
release date: 2017/02/24 FRI ON SALE
cat no.: BRC-539


《ゴースト・ティーン》2013年 インクジェット・プリント

 東京都写真美術館で12月13日から始まった、日本の公立美術館では初となる個展『亡霊たち』のオープニングに出席したアピチャッポン・ウィーラセタクンはすぐさまオランダに飛んで Prince Claus Awards の授賞式に出席し、また日本に戻って数日の滞在中にも同館でのシンポジウムやイメージフォーラム(渋谷)で開催中の特集上映におけるQ&A…と多忙を極める中、そのスケジュールの合間を縫ってインタビューに応じてもらうことができた。

 今回の個展(2017年1月29日まで開催)は日本初公開作品も含むビデオ・インスタレーション及び写真などから構成されている。「カンヌで賞を獲った映画監督」ではなく、現代美術作家としてのアピチャッポンの活動に触れられる貴重な機会であり、また同館1階ホールで同時開催されている「アピチャッポン本人が選ぶ短編集」(全25作品4プログラム、2017年1月5日まで)では長編作品に比べて国内上映が極度に少ない短編作品をまとめて観る事ができる。

 本インタビューはLGBTコミュニティサイト「2CHOPO」にて連載中の溝口彰子氏の企画による habakari-cinema+records(今泉浩一+岩佐浩樹)との共同取材であり、実現に際しては東京都写真美術館の皆様に多大なご尽力を頂いた。領域を横断しつつ展開される彼の表現活動に相応しく話題は多岐に渡ったが、今回自分が一番聞いてみたかったのは作品における音について彼が何を重視しているのか、ということだった。アピチャッポン映画における、特にあの取り立てて事件性があるわけでもないのにこちらの聴覚を異常に鋭敏な状態にさせ続ける環境音の「心地よさと異様さ」はどこから来るのか、という問いからインタビューを始めた。

アピチャッポン・ウィーラセタクン Apichatpong Weerasethakul
 1970年タイ・バンコクに生まれ、タイ東北部イサーン地方、コーンケンで育つ。コーンケン大学で建築を学んだ後、シカゴ美術館付属シカゴ美術学校で映画制作修士を取得。1993年に短編映画、ショート・ヴィデオの制作を開始し、2000年に初の長編映画を制作。1999年に 「キック・ザ・マシーン・フィルム (Kick the Machine Films)」を設立。既存の映画システムに属さず、実験的でインディペンデントな映画制作を行っている。長編映画 ブンミおじさんの森』で2010年カンヌ国際映画祭最高賞 (パルムドール)受賞。映画監督として活躍する一方、1998年以降、現代美術作家として映像インスタレーションを中心に旺盛な活動を行っている。2009年の大規模な映像インスタレーション「プリミティブ」は、ドイツ・ミュンヘンのハウス・デア・クンストにはじまり、数多くの美術館を巡回。
 2012年にチャイシリと協働でドクメンタ13に出展、2013年に参加したシャルジャ・ビエンナーレではチャイシリとの協働作品が金賞を受賞。同年に福岡アジア文化賞を受賞している。2015年は初のパフォーマンス作品《Fever Room》を韓国・光州のアジアン・アート・シアターで発表し、各都市で公演が続いている。2016年にチェンマイに開館したMIIAM現代美術館で、タイ初となる大規模個展を開催した。チェンマイ在住。


「自分にとって重要なのは、撮影したその瞬間のアンビエンスとしてそこに存在した音が録れていることです。」

・あなたの映画からは「最終的に音はこうしたい」という意思や判断が感じられます。録音係や整音担当の方はもちろん居ると思うのですが、撮影時及び編集に際して、どのように「音」の処理に関わるようにしていますか?例えば信頼できる技術者と一緒に「ここはもうちょっとこうして」と現場で試行錯誤されたりするのでしょうか。

アピチャッポン・ウィーラセタクン(以下AW):私自身は録音やミキシングについて技術的な事を判っている訳ではありません。映像を編集するやり方は知っていますが、音に関しては自分が欲しい成果を得る方法を知らないので、技術者と密にコミュニケーションを取ることが重要になります。長らく(10年くらい)ずっと同じ人達と共に作業してきたので、例えば録音担当であれば「あ、いま聴こえてるこの音はきっと監督が欲しいって言うだろうから録っておこう」と録音しておいてくれたり、ミキシング担当だったら編集中に「監督はこの周波数帯は嫌いだから別なものにしよう」といった感じでやってくれます。それは長年の付き合いの中で培ったものです。

・映画に限らず、作品に音を付ける時に意識している事があれば教えてください。

AW:自分にとって重要なのは、撮影したその瞬間のアンビエンスとしてそこに存在した音が録れていることです。例えば、今このインタビューで皆さんと話をしているこの部屋に明日また同時刻に同じように座ったとしても、そこにある音はまた違うはずだ、といった事を確信しているからです。

・『世紀の光』(2006)や『メコンホテル』(2012)など、映画の中でアコースティックギターを演奏する人が(BGMやドラマの背景としてではなく)割ときっちり場面にフィーチャーされているのが印象的なのですが、それは自覚的にされていることなのでしょうか。

AW:ええと、意識はしていませんでした。私自身はピアノを弾きますが、では何故ギターなのか、と言われると自分でもよく判りません(ただかなり初期の作品から使ってるかも知れませんね。)『メコンホテル』で出てくるギタリストは高校時代に出会った友人で、かなり後になって再会した時に地元でミュージシャン兼ギター教師をしている事を知り、出演してもらったんです。

『世紀の光』予告編


「観ることの興奮を共有しリンクすること、自分の作品にはそういう特徴があると思います。」

・あなたの映画、特に短編作品を観ていると、自分も映画を作りたくなります。自分が(まだ影も形もない自分の映画の)撮影や編集している様子などの感覚が、何故かリアルに感じられて触発されるのですが、これはあなたが「観ること」と「創ること」をひとつながりに捉えているからなのではないか?と思います。作家/観客と言うものは明確に区分できるものではなく、一人の人間の中で共存するものなのではないでしょうか。

AW:それは本当に光栄です(笑)。と言うのは、観ることの興奮を共有しリンク出来ること、それがまさに達成されているように思うからです。短編であれ長編であれ、私が発表した作品にはカメラの背後に居る人間の気配を感じる、という映画制作のメカニズムを示すと同時に「自分自身もまた観客であると感じること」という特徴があると思います。そこには必ず何かがあるはずで、自分でも上手くは説明できませんし、常に意図的にやっている訳でもないのですが、それが届いているのかな、と思います。

・展覧会に合わせて写真美術館で上映されている自選短編集の中で上映された『FOOTPRINTS』(2014)を観て、これは長編『光りの墓』の撮影風景をメイキング的に撮ったものなのかな?と思ったのですが、長編を撮っている時の「あ、これは短編も同時に作れるかも」といった思い付きによるものですか?

AW:あれは『光りの墓』のメイキング場面ではなくて別作品なんです。ロケーションは同じなのですが、『光りの墓』の数ヶ月前に撮ったものです。サッカー・ワールドカップから資金が来たので作ったのですけれど、私自身はスポーツが好きじゃないので(笑)一つの映画の中で兵士が寝ていて/ギターを弾いている人が居て/女性たちが歩いている、といった要素が同時進行しているのを自分なりの「ゲーム(試合)」としてこの短編を作りました。ワールドカップ側も気に入ってくれた…と、思います(笑)。

・自選短編映画集の全てのプログラムで最初に配されている『The Anthem(国歌)』(2006)や『世紀の光』、『光りの墓』などに見られるような、それまでずっと一点をじっと見つめていた視点がいきなりダイナミックな「運動」に放り込まれる、という構造に爽快感を感じるのですが、そうすることによって「パーソナル/パブリック」な対比を際立たせたい、という意図があるのでしょうか。

AW:様々な違いが共存することの美しさに対する敬意、ということです。屋外と屋内、親密な状況とパブリックな光景、静的/動的、などは映画言語でのスタイルにおいても大きく異なった語り口になります。そのコントラストの美しさ…とは言え、これは出来あがった後になって体系的に分析してみれば、いうことであって、シナリオを書いたり作ったりしている最中は自分の中で自然に湧き上がってくるものに従っています。


「これはどこで上映出来るだろうか、などと考え出したら映画が作れなくなってしまう。」

・日本でも、声を上げることが困難なマイノリティーの存在が幽霊(ゴースト)化されてしまう状況が昔からあります。あなたもそうした「声」を拾い上げて聴くこと、記録して残すことを意識的にしているのだと思いますが、その成果である作品を一番伝えたいはずのタイでの上映が一筋縄ではいかない状況についてどう考えていますか。

AW:もちろん、翻訳字幕越しの観客よりもタイ人の方がきっとより微妙なニュアンスを理解できるでしょうし、タイで上映できたらとてもいいとは思います。検閲の問題や、マーケット規模の小ささなどからなかなか難しいのですが…。ただ無責任なようですけれども、正直なところ作品を作るところまでが自分の仕事であって、それがどこで上映されても別にいいと思っています。自分にとって映画制作はあくまで自分のための作業でかつパーソナルな経験であり、イメージと自分との関係や、フレーミングを学ぶことです。何よりこれはどこで上映出来るだろうか、などと考え出したら映画が作れなくなってしまう。

(そして検閲の話題から日本における表現の自主規制の話題がひとしきり続き、次の質問に移ろうとした時、アピチャッポンはふとこんな事を言った。)

自分がとても興味を引かれるのは、「メディアがいかに社会を形作るのか」という事で、私が聞いたのは日本ではあまり暴力について報道されないということでしたがーー例えばヤクザの抗争事件とかですね。タイではそういった暴力についての報道がかなりの分量(一面に写真入りとか)でなされます。そうした事の積み重ねがその国のアイデンティティーを形成するのではないかと言うこと、日本について言えば、暴力についてはあまり報道しないことによって人々が「ここは安全だ」と安心する、それがこの国の治安を良くすることに貢献しているように思えます。報道が人々を暴力的に挑発せず、長い時間を掛けて人々の振る舞いを方向づけているのではないでしょうか。ただ、それにしては日本映画の中にはものすごく暴力的なものがある印象がありますけれども。

・次回作の計画があれば教えてください。

AW:直近の計画としては短編映画やインスタレーションがありますが、次回の長編映画はタイではなく、南米で撮ろうと思っています。理由としてはタイで撮るのが段々難しく危険になっていること、南米は変革のただ中にあるように思われて自分にとって刺激的であること、自分にとって何かの境界線を超えることが必要な時期だと思っていること、などですがまだ具体的にどこで誰と…といった段階ではありません。が、次回作で自分の映画に対する見方が変わるといいな、とも思っています。まだ脚本も書き始めてませんし、今はアイディアを溜めているところです。取り敢えず話が来ているプロデューサーに会うため来年、コロンビアに行くことになっています。恐らくこの先4年くらいを掛けるプロジェクトになるでしょうか。その時はおそらく現地の(プロの俳優ではない)人も使うと思います。


《ナブア森の犬と宇宙船、2008年》2013年 発色現像方式印画  東京都写真美術館蔵

「坂本龍一、デヴィッド・ボウイとかプリンス…全部エイティーズですね。」

・最近聴いて好きだった曲やアルバムはありますか。古くても新しくても構いません。

AW:今はもう自発的に新しい音楽を追うということを全然していないので、思い付くのは5年前とか10年前とかのものになります。新しい音楽は専ら友人知人に教えてもらって、という感じで、気に入ったものに出会って自分の映画に使うこともありますし、過去には日本や韓国のアーティストの曲を使ったこともあります。80年代はもっと旺盛に聴いていました。例えば坂本龍一、デヴィッド・ボウイとかプリンス…全部エイティーズの音楽ですね。

自分にとって音楽はとても大切なものなので何か作業をしながら聴くということが出来なくて、ながら聴きするのはジョギングの時くらいでしょうか。音楽はそれ自体をひたすら聴くべきだ、と言うか。ええと具体的に何か、ということだと…ああバーナード・ハーマンがヒッチコック作品のために作った音楽群は大好きです。とりわけ『マーニー』(1964)のサントラはとても美しいと思います。


【後記】
 スポーツは嫌いです、と言いつつ「ジョギングするアピチャッポン」という想像するのが微妙に困難な姿も垣間見せてくれたインタビューになりましたが、もちろん相手は現代最高レヴェルの運動能力を持った表現者であって、こちらは3人掛かりで何とか撃ち返せた感もあり、ともあれ彼のあくまで静かなのに不思議とよく通る声や、柔和な話し方や表情の中に潜んでいるはずの鋭利な牙を確信するには充分なものでした。

 アピチャッポンを語る際にしばしば「記憶」というキーワードが使われはするのですが結局のところ、作品を通じて一貫して彼がこちらに見せているのは「記憶の手掛かりとしての映像や音」であって、当然ながら彼の記憶そのものではありません。今回話を聞いて感じ取れたのは「その時その場所にあった筈のもの ≒ 撮影した時そこにあった音」をできるだけ正確に現在に留めたいという欲望または執着であり、それは本人が語るように「ごく個人的な」作品でありつつ、表現する際の手段の秀逸さが、その活動領域を今もなお世界に向かって押し拡げているのだろうと思います。

 最後の、雑談的に投げた「好きな音楽は」という紋切り型な質問に対する回答も、このインタビュー中においては「80年代はティーンズでした(以上終わり)」といった定型文でしかないのですが、坂本龍一とデヴィッド・ボウイ、という名前に反応した日本のゲイ・インディペンデント映像作家:今泉浩一が、過去に『戦場のメリークリスマス』を「自分が一番好きなLGBT映画」として挙げたこともあるこのオープンリー・ゲイの映像作家に切り込んでいくさまを含む、本稿とほぼ違う内容でありかつ相互補完的なもう一つのインタビュー記事は「2CHOPO」で読むことができます。

 このインタビューの内容に即して今回の写真美術館における展示作品を一つ挙げるとすれば、『サクダ(ルソー)』と題されたビデオ作品があります。同時に撮られた/録られた「映像と音」が作品として他者に提示される時、果たしてそれは誰のものなのか、という示唆に富んだ作品です。また、展覧会より早く終了してしまう短編作品上映プログラムは本当に貴重な機会なので、関心を持たれた方はどうかお見逃しなく。

『アピチャッポン・ウィーラセタクン 亡霊たち』展
2016.12.13(火)~ 2017.1.29(日)
東京都写真美術館 地下1階展示室
〒153-0062 東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2572.html

上映「アピチャッポン本人が選ぶ短編集」
2016.12.13(火)~ 2017.1.5(木)
東京都写真美術館 1階ホール
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/movie-2703.html

アート・リンゼイは底しれない!

ブラジル音楽の官能、ノーウェイヴの雑音、アヴァン・ポップの華麗なる試み
──その偉大なる全貌をたどる、必読の1冊!

ソロ・アルバムとしては2004年の『ソルト(Salt)』以来13年ぶりとなる
新作『ケアフル・マダム(Cuidado Madame)』を発表するアート・リンゼイ。

坂本龍一やオノ セイゲン、三宅純といった日本人ミュージシャンとの親交も厚く、
官能的なブラジル音楽とパンク以降のNYノイズとを繋げることができる、
唯一無二のアーティスト。それがアート・リンゼイです。

『別冊ele-king』第5号は、そんなアートの幼少期から現在までを
あますところなく語ったロング・インタヴューを皮切りに、
その表現の核をかたちづくったアートや文学、
現在の活動拠点を置くリオでのサンバ・プロジェクトなどを詳述する、
日本はおろか世界にも類をみないアート・リンゼイを総覧する試みです。
カエターノ・ヴェローゾとの特別対談も必読!

2017年はアート・リンゼイ再評価の年です。

目次

【LONG INTERVIEW】
●アート・リンゼイ、新作『ケアフル・マダム』とヒストリーを語る
Part 1:ニューヨーク前史から90 年代へ(松村正人/高橋龍)
Part 2:ソロ活動期(中原仁)
Part 3:付言と断片もしくは解題(松村正人/高橋龍)

【CROSS REVIEW】
●『ケアフル・マダム』クロスレヴュー(高見一樹、吉本秀純、松林弘樹)

【INTERVIEW】
●メルヴィン・ギブス「音の干渉主義者の名参謀」
●イクエ・モリ「いつでも、自分にすごく近い音楽をやってきた」
●菊地成孔「ジョイフルなのにエレガント」
●今福龍太「ブラジルから広がるアメリカの地平」
●オノ セイゲン「誰も聴いたことのない音楽をつくるとなったとき
 最初にコラボしたのがアートだった」
●三宅純「彼の魅力は自己矛盾を抱え込みそれを隠さないところです」

【COMMENT】
●大友良英:アート・リンゼイのギターを語る
●ドローイング、コラージュ、テキスト:やくしまるえつこ

【DIALOGUE】
●中原昌也×湯浅学「ノーウェイヴ放談」

【CRITIQUE, COLUMN, ESSAY】
●畠中実「初期アート・リンゼイにおける特異性」
●吉田ヨウヘイ「フェイクジャズは、その後本当のジャズになった」
●佐々木敦「歌えるか歌えないのか、弾けないのか弾かないのか、
 そんなことはどっちでもいいじゃないか」
●吉田雅史「イニシャルAL の裂け目たち」
●恩田晃「都市の変調」
●ケペル木村「アートをアートたらしめるもの」
●江利川侑介「ブラジルの混淆」
●ケペル木村「ディスクガイド アート・リンゼイから聞こえるブラジル音楽」
●松山晋也「表層の官能」

【SPECIAL】
●アート・リンゼイ「トロピカリスタたち」
●特別対談:
 アート・リンゼイ×カエターノ・ヴェローゾ(松村正人/宮ヶ迫ナンシー理沙)

【DISCOGRAPHY】
●アート・リンゼイ セレクテッド・ディスク・ガイド

with Derrick May & Francesco Tristano - ele-king

 この取材は、10月7日におこなわれている。つまり、大統領選のおよそ1カ月前。なんで、そのときにこの記事をアップしなかったんだよ〜と言うのはもっともな意見である。
 いや、アップしたかった。本当に! しかし訳あってアップできなかったのであるが、なにはともあれ、ぼくはトランプが勝利したとき、というか投票結果で最後にミシガン州が残っていたとき、デリック・メイの憂いを思い出していた。彼は、アメリカに広がるエクストリームな感情について知っていたのである。以下のインタヴューは、名目上は、〈トランスマット〉からリリースされたフランチェスコ・トリスターノの新作『サーフェイス・テンション』の取材で、本作によってデリック・メイは20年ぶりにスタジオに入ったらしい。20年前と言えば1996年だが、それってなんの作品だったんだろう、あ、訊くのを忘れた。
 忘れたというより、このときはそれ以上にデリックに訊かねばならないことが多く、そして、読んでいただければわかるように、ひじょうにショッキングが事実を彼は述べている。トランプのことじゃない。ダンス・カルチャーも、いまとなっては娯楽産業であるから、リバタリアンが身近にいても驚くほどのことではないのかもしれない。しかしよりによって……。(僕がここで何を言いたいか、各自探索すれば面白い事実を知るだろう)


Francesco Tristano
Surface Tension

Transmat/U/M/A/A Inc.

HouseTechno

Amazon

 気を取り直そう。ファランチェスコ・トリスターノの『サーフェス・テンション』がリリースされた。坂本龍一の“戦場のメリー・クリスマス”のフレーズからはじまるこのアルバムは、デリック・メイが参加しているのでぼくは聴いたわけだが、聴いて良かったと思った。オリジナル収録曲の8曲あるうちの4曲に参加し、ボーナストラックの1曲ではライヴ演奏に参加したときの模様が披露されている。栄えある〈トランスマット〉レーベルの30周年イヤーの最後を飾るのは、このコラボレーションなのだ。

うん、プリンスも死んだし……悪い年だな……悪い年だ。

デリック、いったいアメリカで何が起きているんだよ!?

デリック:うん、プリンスも死んだし……悪い年だな……悪い年だ。

日本でニュースを見ていても、ブラック・ピープルのコミュニティにただならぬことが起きているのがわかるよ。

デリック:それは、おまえが繫がっているからね。俺が311のとき日本に来たときみたいなものだ。(放射能が漏れているから)みんな「来るな」と言ったけど、俺は、来た。ヒロも20年の仲間だし、おまえも、ヨウコも……日本にいる俺の女たち全員も(笑)。来るしかなかった。

それほど酷いと。しかし、いまのアメリカを覆っている暗さは、さらにまた、より政治的なことだけど。

デリック:うん、とくにドナルド・トランプが大統領選挙に参加してるから。アメリカで国内戦争になってもおかしくないと思うよ、マジで。本当にヤバい時代だ。デトロイトもだいぶ変わった。デトロイト市が倒産したとかみんな貧乏だとか、そういうニュースとかドキュメンタリーのせいで、デトロイトに"悪い要素"の人たちを引きよせたと思う。金持ちで悪い人たち。わかるだろ。(いわゆるニュー・リッチと呼ばれる)あいつらが全部買い上げた。みんなを家から追い出して。だからいまデトロイトに来たら、全然違うよ。

デトロイトが再開発の対象になるなんて、よほどの……、たとえばメジャーなポップ・ミュージックを聴いても、ビヨンセやケンドリック・ラマーとかね……政治色が強まっている。かたや“Black Lives Matter" というムーヴメントもあるし……

デリック:(遮るように)ちょっと、待った待った。おまえが何を訊きたいのかもうわかるよ。ムーヴメント・フェスティヴァルをやってる奴らとか、そういう考え方から完全にかけ離れてるしね。全然わかってないよ。ウルトラ共和党、コンサヴァーティヴ、右翼のやつら。

え、Movementって……あのフェスティヴァルの?

デリック:そう、オーガナイザーたち。俺は(ネーミング・ライツを)売ったからね。俺が売ったやつ、トランプのサポーターだよ。

ホント?

デリック:Yes....

Unbelievable.

デリック:Unbelievable…

しかし、デトロイトみたいな、白人ではない人たちが多い街でなぜトランプみたいな人が支持されるのか……まったくよくわからないんだけど。

デリック:なぜだかわかるか? 俺は思う……トランプを理解しないと……自分から何か大事なものが取られたと思って怒ってる人たちに、彼はアピールしてるから……

Black Lives Matterに関してはどういうふうに思っているのよ?

デリック:俺は、それほど多くは知らないんだ。俺が知っていることは、そうだな、いまより必要なのは、よりもっと、さらにもっと、all peopleに大事なものじゃないのかな、black peopleだけじゃなく。

そうか。

デリック:いまは話さなきゃならないことがたくさんあるな。

重要なことだね。

デリック:俺にとって“Black Lives"とは、俺の娘、俺の母、俺の家族だ。

まさか、ブラック・パンサーやあの時代のようなことが起きるなんて、信じられなかった。ちょっと本当に……

デリック:ああ、なんて恐ろしい時代だろう。たとえば中東の人たちは、これが彼らにも影響する問題だと理解してないんじゃないかと思うよ。(実際はそうじゃないけど)何か大切なものを取られていると思い込んでるたくさんのアメリカの白人の怒りを理解してないんだよね。

この話、別の機会にしよう。あまり時間がないし、今日は、フランチェスコ・トリスターノの新作の話をしなくちゃね。良いアルバムだし、そう、1曲目と2曲目が本当にすごい……すばらしい。しかも2曲目のリズムを聴いたときに、デリック・メイの腕がまださびてないとわかって嬉しかったです。

デリック:どの曲のこと?

2曲目の"The Mentor"ね。

デリック:まぁ……ちょっと待ってくれよ。美味しいワインに、チル、いい場所で、夜遅くに、ストレスもなく、焦ることもなく、オーディエンスもいない……そして最高のプロデューサーが居るわけだ!

といってますが、フランチェスコさん、どうでしょう?

フランチェスコ:ほぼバルセロナの自分のスタジオで……それと一部デトロイトで。“サカモト”のピアノはパリで。一部のリズム・シーケンスはローマで。“Esotheric Thing”の鳥はモーリシャス島で。

いろんなところでじゃあ……

フランチェスコ:フィールド・レコーディングだ。

デリック:坂本(龍一)さんに“サカモト”を聴いて欲しいな。

“サカモト”、いい曲だよね、インプロヴィゼーションなっていくところが格好いいんだよね。デリックは参加してるの?

デリック:いやいや、他の曲だね。サカモトの曲は完全にフランチェスコだ。

フランチェスコ:じつはアルバムに入れる予定じゃなかったんだけど、デリックに曲を聞かせながら喋ってたら、「これ聴こうとしてるんだからちょっと静かにっ!」って怒られて。で、「これ〈トランスマット〉にもらえない?」と言われて。そもそもDeccaのコンピレーション用だったので、サブライセンスもする必要があったけど、最終的にはアルバムに入れたし、みんな知ってる曲だからポールポジション(トラック1)にするしかなかったね。

デリックからたくさん学んだし、デトロイトという町からも。マジで……みんな俺を受け入れてくれた気がした。──フランチェスコ

大好きだよ、おまえ! ──デリック

「養子」にしてくれたような……俺はただの白人ユーロ・トラッシュ野郎なのに(笑)。 ──フランチェスコ

でもおまえは白人じゃないよ(笑)。 ──デリック

デリックはフランチェスコのどんなところを評価しているんですか?

デリック:そりゃおまえ、何度も言うけど彼のプロ意識だ。クラシックの人生とエレクトロニック・ミュージックの人生のちょうど間をたどれること。クラシックのミュージシャンでは珍しいよ。

フランチェスコはよくぞ、デリックをスタジオに閉じ込めて録音させましたね。いったいどんな手を使ったんですか?

フランチェスコ:なんていうかその……『不思議の国のアリス』だよ、デリックを巻き込む方法は。キャンディーとかをシンセサイザーに入れ替えて、デリックが現れる前に全部機材を接続しておいて、しかも彼が気づかないようすでに録音も初めておいて……そうやってやるんだよ(笑)。

デリック:ハッハッハ……俺をハメやがったな、このクソ野郎め!

フランチェスコ:「まだ録音するなよ!」と言われても「大丈夫、気にしないで!」と言いながら、でも既に録音してるという(笑)。

デリック:おまえ、あのとき俺を騙したのか! 騙したんだな!?

え、デリックはこれがリリースされるということを知らないで一緒にセッションしていたってわけ?

デリック:イヤイヤイヤイヤ、彼が言ってるのは……俺が最初に少し練習しようとしてたことを知ってて……俺はまだ録音しはじめてないと思ってたのに……でも録音してたんだ。俺もそれは結局わかったし、彼も教えてくれたからその時点ではサプライズじゃなかったけど。

フランチェスコ:でも、君は……

デリック:うん、ちょっと(録音のために)遊んでた……常に。

さっき言った2曲目("The Mentor")なんかは、クレジットを見なくてもデリック・メイだってわかるんだけど、初期のビートを思い出したな。あれどうやって作ったの? 機材は?

デリック:これはフランチェスコを評価しないと。だって……スタジオの写真はあるか? 

フランチェスコ:"The Mentor"のリズム・シーケンスには、生ドラムのサンプルを使った。もちろん少しプロデュースされてるけど、キックと一部のハイハット以外は生のドラムサウンドだ。で……やっぱり、デリックがいつも言うように、全部ミックス次第なんだよね。レベルの割合と音楽がどう噛み合うか。音楽といえば……メロディとかベースとか。その音楽の大切な部分をどうするかわからなくなってしまうから、やはりリズムはあまり出すぎないようにしないと。

デリック:非常に良いコラボレーションだったよ。彼は俺の考えをよく理解してくれ、それを評価してくれながらも、自分の視点、自分の考え方もうまく表現した。これはみんなに理解してほしい……これは「おまえ(フランチェスコ)のプロジェクト」だということ。それに俺はインバイトされたんだということを。

フランチェスコ:でも、僕もあなたのレーベルにインバイトされたんですよ。それをお返しできるのは光栄ですよ

デリック:いや、これはおまえのプロジェクトだよ!

フランチェスコ:いや……

デリック:おまえのプロジェクト!

フランチェスコは〈トランスマット〉のことをどう思っているの? またデリック・メイというDJについてもコメントして欲しいですね。

デリック:いい質問だな。

フランチェスコ:(笑)

デリック:ほら、おまえの質問が彼にプレッシャー与えてるぜ(笑)。

フランチェスコ:〈トランスマット〉といえば、僕にとって伝説のレーベルだし、デトロイトのサウンドを生み出した唯一のレーベルだと思う。もちろんメトロプレックスとかそのあとプラネットEとかもあるけど……でもやっぱり〈トランスマット〉なんだよ。しかも僕がアナログを買いはじめた当時、デトロイト・テクノにしか興味がなかった。たくさん持ってるよ……〈トランスマット〉のバックカタログをぜんぶ試聴した……たくさん持ってるんだ。
 それから、デリックはナンバーワンのDJだけど、この作品ではDJしていない。僕は彼を快適な場所から引っ張り出したかったんだ。とくにライヴに関しては。彼にDJしてもらいながら僕がその上からプレイすることもできたけど、それはやりたくなかった。デリックに何か違うことをして欲しかった。彼はもうずっとDJしてるし、誰よりもそれは上手……これからはライヴに挑戦するタイミングだ(笑)!

デリック:進化していくのもね。

もう、飽きてきたろうから最後の質問にするね。この作品にはメッセージがありますか?

フランチェスコ:まず、このアルバムは別々として考えるのではなく、全部連動した、流れ的な作品として考えて欲しいんだ。それからタイトルのSurface Tension(表面張力)とは、生化学、地質学における現象だ。液体の表面にある分子を引き寄せる力のこと。だから水の上を歩ける虫もいるよね。海とか、水じゃなくても、音も……その表面は非常にタイトで綺麗に磨かれたものだ。もちろん好きに解釈してもらっても構わないけど。だがその下には巨大な海がある。それがデリックが別の場所でも話していた、デトロイトの歴史、音楽の歴史、シンセの歴史であり、それが全部「海」でその上に存在する表面張力が僕たちを引き寄せてコラボさせてくれた。僕はこの考えがとても気に入っているんだ。それで僕が〈トランスマット〉からアルバムをリリースすることになるとは……ていうか、トランズマットからフルアルバムをリリースしたことはあるのかな?

デリック:うん、アリル・ブリカとか、『The Art of Vengeance』、Microworld……でもこれは全部日本独自規格で、シスコとやったものだけど。

フランチェスコ:だから、〈トランスマット〉で出すアルバムは特別だよ

デリック:数少ないよ。そこは気をつけてる。

フランチェスコ:本当に少数だよね。僕にはすごく大事。

デリック:俺たちにも大事だよ

フランチェスコ:本当に光栄だよ。しかも イノヴェーターに参加してもらうなんて……ある意味オマージュでもあるね。で、僕がそれのお返しをしたというか。

デリック:Wow、ありがとう。

フランチェスコ:デリックからたくさん学んだし、デトロイトという町からも。マジで……みんな俺を受け入れてくれた気がした。

デリック:大好きだよ、おまえ!

フランチェスコ:「養子」にしてくれたような……俺はただの白人ユーロ・トラッシュ野郎なのに(笑)。

デリック:でもおまえは白人じゃないよ(笑)。

フランチェスコ:でも、僕はデトロイトを感じる。だから〈トランスマット〉は……でかい存在だ。

デリック:ひとつだけ言いたいんだけど、今回のことはまた自分でも音楽作りにチャレンジしたいという気持ちのインスピレーション、モチベーションにもなったよ。それはフランチェスコのおかげだ。俺のオーケストラのコンセプト、それからフランチェスコとオーケストラの仕事をしたから、今回彼の作品にスタジオ参加することにもつながった。そしてそれを僕は受けた。
 俺は音楽をリリースするけど、1989年のデリック・メイにはなりたくない……前の自分になろうとしてるんじゃない。音楽的にどこか別のところに行きたいし、自分にチャレンジするのが大事だ。だから彼とこのプロジェクトに参加することにしたんだ。

フランチェスコ:光栄です。喜んで。

デリック:そう! (俺の)スイッチをオンにした!

フランチェスコ:残念ながら、みんな最近集中力がないからね。でもそう考えちゃダメだし、フェードアウトはしてはならない。

OK、ありがとう。


FRANCESCO TRISTANO P:ANORIG Feat. DERRICK MAY Live in Berlin

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