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Home >  Reviews >  Album Reviews > 戸川純 with Vampillia- わたしが鳴こうホトトギス

戸川純 with Vampillia

J-PopPost-Punk

戸川純 with Vampillia

わたしが鳴こうホトトギス

Virgin Babylon Records

Amazon

松山晋也   Jan 11,2017 UP

 『20th Jun Togawa』が出た頃だから、もう16年も前のことになる。2人目を妊娠中の妻が緊急入院したため1才ちょっとの長男の乳母車を押してインタヴューに行かねばならぬ事態に何度か見舞われた。そのうちの1回が戸川純だった。息子が突然泣き出すためにインタヴューは何度も中断したのだが、戸川はまったく動じることなく、終始穏やかな表情のまま取材は終了した。時に意地悪な質問に対する受け答えもまことに冷静で思慮深い。不思議ちゃんとかメンヘラとか呼ばれてきたパブリック・イメージからはほど遠いそのまっとうすぎる姿を前に、僕はいささか忸怩たる思いを抱きつつ、戸川純という人の本質とポップ・スターとしての難儀さに気づかされたのだった。
 今、改めて思う。戸川純は、常にまっすぐで、ひたむきで、時にサーヴィス(思いやり)過剰な表現者である、と。難解で古めかしい言葉遣いやネジが外れた感じの身振り、面妖な衣装などは彼女をキュートな劇物として際立たせ、80年代日本サブカルチャー・シーン(もしくはパルコ/YMO環境)の変種イコンへと祭り上げたわけだが、しかしけっして、彼女は奇をてらっていたわけではない。ひたすらに自身の心情に忠実に寄り添い、噴き上げる情熱(情念ではなく)のまま愚直に表現していたにすぎない。そして、そこに常につきまとう不器用さとサーヴィス精神が結果としてエクストリームな情景を描き出し、リスナーの間に膨大な量の誤解や曲解や妄想が生まれていったのだと思う。もっとも、この誤解や曲解や妄想が戸川自身に戸惑いや落胆だけでなく喜びや新たな闘志を与えていたのも事実だとは思うが。

 セルフ・カヴァ集であるこのニュー・アルバムから一貫して伝わってくるのは、まっすぐでひたむきで不器用で情熱的な戸川純という人の“生への執念”である。オープニング曲として“赤い戦車”が選ばれていることが、それを如実に物語っていよう。ヤプーズの3作目『ダイヤルYを回せ』(91年)のラストに収められていたこれこそは、戸川の人生のところどころで首をもたげてきた“死への誘惑”に抗わんとする生への獰猛な意志が、曲名から歌詞、サウンドに至るまで最もダイレクトに表出した名曲である。元々が重厚な音作りだったが、ここでは更にツイン・ドラムとストリングスを活かした Vampillia の爆発的演奏を従えて戸川は覚悟の強さのほどを改めて宣言している。最初にこのオープニング曲を聴いた瞬間、
本作に込められた戸川の思いが一直線に届き、握りしめた手に汗がにじんできた。
 以下、“好き好き大好き”や“バーバラ・セクサロイド”、ホラーすれすれの極端なラヴ・ソング“肉屋のように”などこれまた自身の生存本能の獰猛さを噛みしめるように歌い上げる一方、DNAレヴェルで戸川の体内に埋め込まれたキーワード“諦念”に向き合った“蛹化の女”“諦念プシガンガ”など初期人気曲が並ぶ。あと“12階の一番奥”なんて意外な曲もあったり。選曲に関しては戸川と Vampillia のどちらがイニシアティヴをとったのかは知らないが、結果的に彼女の新たなベスト盤と言ってもいい内容になっている。全10曲中、雅な和風メロディに乗ったアルバム・タイトル曲だけは、本作のために新たに書き下ろされた新曲だが、これまた「何年経つても鳴ひてゐやふ」というフレーズなどからは彼女の“生への執念”がストレートに伝わってこよう。

 80~90年代に比べて歌唱力が衰えているのはまぎれもない事実、である。怪我に伴う数年間のブランクもあったりして、かつては3オクターヴ半を誇った声域はかなり狭くなっているし、何よりも歌声そのものには艶がない。セルフ・カヴァであるだけに、その衰えぶりは一見残酷だ。が、その衰えを誰よりもわかっているのは間違いなく戸川自身のはず。彼女はしかし、ここで音源の修正などはおこなわず、生のままで晒した。衰えたのなら衰えたままの姿にきちんと対峙し、齢を重ねた今の自分にしか表現できないものがあるということを確認したかったのだと思う。
 たとえば“好き好き大好き”。ここにあるのは、ドラマティックな7つの声色が無邪気さと不気味さと華麗さを暴力的に錯綜させたオリジナル版とは違う、音程をふらつかせながら必死で絞り出された歌声である。20代の戸川が出刃包丁をかざしながら放った「愛してるって言わなきゃ殺す」という決め台詞は、“もののあはれ”をわきまえた複雑な表情へと変わっているのだ。“バーバラ・セクサロイド”の妖しい女もダニエラ・ビアンキやハル・ベリーではなく、靴先に毒針を仕込んだロッテ・レーニャに変貌しているが、増えた皺の数を戸川はけっして恥じたりはしない。20代では描けなかった新しい情景や物語が、ここには確かにあるのだ。そして、このような表現も、Vampillia が戸川純という歌手の本質と魅力を慎重かつ的確に見極め、楽曲ごとに起伏に富むアレンジと演奏でバックアップしたからこそ可能だったのだと思う。えてしてバースト感だけが注目されがちのVampillia にとっても、今回のコラボレイションからは得るものが多かったはずだ。

 歌手デビューから35年。諦念という名の重荷を背負いながら、他者の道とけっして交差することのない一本道を歩き続けてきた戸川純。鳴くのはホトトギスではなく自分なのだという彼女の覚悟を、「生きる!」という声を、今しっかりと受け取った。

松山晋也