「S」と一致するもの

Herbert & Momoko - ele-king

 イギリスの電子音楽家、マシュー・ハーバートがドラムと歌を主とした表現を手がけるモモコ・ギルとのユニット「Herbert & Momoko」にて約6年ぶりの来日公演を実施。静岡の〈FESTIVAL de FRUE 2025〉でのDJセットを皮切りに、東京・福岡・札幌・京都・金沢の全6都市をめぐるジャパン・ツアーとなる。

 Herbert & Momokoは、ミニマル~エクスペリメンタルな側面で知られるマシュー・ハーバートの数々のプロジェクトのなかでもハウス・ミュージックとヴォーカルを軸とした、実験性とポップ・センスが同居したユニット。本年6月には〈Strut Records〉からコラボ・アルバム『Clay』を発表。ふたりがつむぐ、晩秋のメランコリックな気分にぴったりの世界観に浸ってみましょう。

Herbert & Momoko Japan Tour 2025

11/01 SAT SHIZUOKA at FESTIVAL de FRUE 2025 *DJ set feat. Momoko live vocals
Les Claypool's Bastard Jazz / AKIRAM EN / anaiis & Grupo Cosmo / Capablanca / CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN / DJ Sotofett / DOGO / Enji / E.O.U / ffan / GEZAN / Joana Queiroz & Manami Kakudo / MASCARAS / Nakibembe Embaire Group ft.Naoyuki Uchida / Ohzora Kimishima / Powder / Rubel / Solar / Yamarchy / 7e / 鏡民
https://festivaldefrue.com

11/04 TUE TOKYO 18:00 at WWW X *Duo Live Extended Show
DJ: 5ive [Thinner Groove]
https://www-shibuya.jp/schedule/019224.php

11/07 FRI FUKUOKA 22:00 at Keith Flack *Duo Live
DJ: p.co [SEXTANS] / Tatsuoki [Broad] / vvekapipo [hertz]
https://t.livepocket.jp/e/herbert_momoko

11/08 SAT SAPPORO 20:00 at Precious Hall *Duo Live
DJ: midori yamada (the hatch)
https://t.livepocket.jp/e/20251108herbert-momoko

11/13 THU KYOTO 19:00 at Metro *Duo Live
Front Act: Kazumichi Komatsu
https://www.metro.ne.jp/schedule/251113

11/14 FRI KANAZAWA 18:00 at PALAIS *Duo Live
DJ: FUTOSHI SUGIKI / Susumu Kakuda
https://pa-lais.com/schedule/2025-11-14

tour promoted by WWW & melting bot
tour poster: Andry Adolphe


Matthew Herbert

Matthew Herbertは受賞歴のある作曲家、アーティスト、プロデューサー、作家であり、その革新的な作品の幅は30枚以上のアルバム(高く評価された『Bodily Functions』を含む)から、アカデミー賞受賞映画『ファンタスティック・ウーマン』の音楽、ナショナル・シアター、ブロードウェイ、テレビシリーズ(『Noughts and Crosses』、『The Responder for BBC』)、ゲーム(『Lego』)、ラジオのための音楽にまで及ぶ。ソロ演奏、DJ活動、自身の21人編成ビッグバンドや100人合唱団を含む様々なミュージシャンとの共演で、シドニー・オペラハウスからハリウッド・ボウルまで世界中でパフォーマンスを行い、インスタレーション、演劇、オペラも創作している。

Quincy Jones、Ennio Morricone、Serge Gainsbourg、Mahler といった象徴的なアーティストのリミックスを手掛け、Bjork の長期にわたる共同制作者でもある。ロイヤル・オペラ・ハウス、BBC、ドイツ・グラモフォンなどから作品を委嘱されているが、最も知られているのは、日常音やいわゆる「ファウンド・サウンド」を電子音楽へと昇華させる音響表現である。代表作『ONE PIG』は豚の誕生から食卓へ、そしてその先までを追った作品だ。2018年には初著書『The Music』を Unbound 社より出版。現在はラジオフォニック研究所のクリエイティブ・ディレクターを務める。

2021年、Matthewと聴覚をテーマにした Enrique Sanchez Lansch による特別ドキュメンタリー『A Symphony Of Noise』が公開された。10年以上にわたり撮影された本作は、電子音楽家、アーティスト、サウンド活動家としての Matthew の約20のプロジェクトを追う。彼はまた最近、音を用いた作曲の倫理に関する博士号を取得し、次の実験的プロジェクトでは10億を超える音を聴取することを基盤としている。

https://www.instagram.com/matthewherbertmusic


Momoko Gill

Momoko Gillは、ロンドンを拠点に活動する新進気鋭のアーティスト。プロデューサー、作曲家、作詞家、そしてマルチ・インストゥルメンタリストとして、ドラムと歌を中心に多彩な表現を展開し、注目を集めている。オックスフォードに生まれ、京都・横浜・サンタバーバラ・ロンドンで育ったバックグラウンドを持ち、その幅広い感性を音楽に注ぎ込む。Matthew Herbert、Alabaster DePlume、Tirzah、Coby Seyなど、英国の個性豊かなアーティストたちと共演し、ジャズ、アヴァンギャルド、エレクトロニックの狭間で独自の存在感を示してきた。ロンドンのクリエイティブ・コミュニティTotal Refreshment Centreを拠点としている。

2025年には Matthew Herbert と Clay を共同プロデュース。そもそもの始まりは、Herbert のアルバム『The Horse』収録曲を Momoko がリミックスし、その音を Herbert が高く評価したことだった。また、詩人/ラッパー Nadeem Din-Gabisi とのデュオ An Alien Called Harmony ではプロデューサーを務める。さらに2026年初頭には、自己プロデュースによるデビュー・ソロアルバムを Strut Records からリリース予定。
親密さと深みを併せ持つ歌声で、ジャンルと物語性、そして音響実験の境界を押し広げながら、独自の音楽世界を切り拓いている。

https://www.instagram.com/momokogill

Oneohtrix Point Never - ele-king

 ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが『Again』以来、2年ぶりのアルバムを発表する。題して『トランキライザー(精神安定剤、鎮痛剤)』、つまりわれわれを穏やかにさせてくれるようなサウンドに満ちている、ということだろうか。いやいや、これまでも多くコンセプチュアルな作品を送りだしてきたダニエル・ロパティンのことだ。まったく逆の可能性だってありうるわけで……10月20日にMVとともに公開された新曲 “Lifeworld” と、その前日19日に投下された “For Residue” と “Bumpy” の都合3曲、むむむ、これはどっちだ……!? CDとLPの発売は11月21日、配信開始は11月17日とのことなので、OPNが踏みだす新たな一歩がどのようなものになっているのか、あれこれ想像を膨らませておこうではないか。

Oneohtrix Point Never

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
ニュー・アルバム『Tranquilizer』を発表!
「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」の3曲が解禁!
アルバムは11月17日デジタル配信、11月21日にCD・LPが発売

現代音楽シーンにおいて、静かに、しかし圧倒的な影響力を持つワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下OPN)が、ニュー・アルバム『Tranquilizer』を発表! 〈Warp〉より11月17日(月)にデジタル/ストリーミングで配信がスタートし、11月21日(金)にCDとLPが発売される。アルバム発表にあわせて、新曲「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」が解禁され、OPNならではの幻想的で超現実的なサウンド世界が姿を現す。

Oneohtrix Point Never - Lifeworld (Official Video)
Youtube:https://youtu.be/YfjsyKFbyqM

「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」の3曲配信開始
https://warp.net/opn-tranquilizer

精神安定剤を意味する『Tranquilizer』の出発点は偶然の光景だった。歯医者の椅子に横たわり、歯に響く振動を受けながら、ふと見上げた蛍光灯のカバー。灰色のタイル天井に貼られた、青空とヤシの木のプリント──安っぽい人工の楽園。その瞬間、OPNは問いかける。この世界の音とは何か。日常と非日常がかろうじて均衡を保ちながら共存する、この薄っぺらな現実の音とは。

さらに、数年前、インターネット・アーカイブから、巨大なサンプル・ライブラリがインターネットから忽然と消えた事件も創作の引き金となった。90年代から2000年代にかけての何百枚ものクラシックなサンプルCD──シーケンス、ビート、パッド、バーチャル楽器。『サイレントヒル』から『X-ファイル』まで、数え切れない作品に陰影を与えてきた音源たちが、一瞬にして闇に呑み込まれたという出来事。それは文化の断絶、時代の記憶を繋ぐ回線が無慈悲に断ち切られるような体験だった。幸いにも、失われかけた音の断片は再び救出され、文化的アーカイブとして息を吹き返す。本作は、過去への逃避とは何を意味するのか、そしてその先に何が待っているのかを問いかけ、超現実的でディープなテクスチャーで聴く者を包み込む。

失われた音の断片をもとに、『Tranquilizer』は音の幻覚を描き出す。静謐なアンビエンスがデジタルの混沌へとねじれ、日常の質感は感情の奔流へと変容する。忘却と廃退に形づくられたレコード。現実と非現実の境界はぼやけ、サンプルはノイズへと溶け込み、夢の中で扉がきしむ音を立てる。今作のOPNは、これまで以上に没入的だ。ノスタルジーではなく、失われた音を新しい感情の器として再構築している。

このアルバムは、かつて商業用オーディオ・キットとして作られた音源群に形を与えた作品だ。陳腐なサウンドの索引を裏返しにしたようなもの。今日の文化の奥底にある狂気と倦怠を最もよく表現できる、プロセス重視の音楽制作へと回帰した作品なんだ。 ──Oneohtrix Point Never

アルバム発表にあわせて解禁された「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」の3曲は、メディアの崩壊、アンビエントな不穏さ、そして儚い美が交錯する、まさにOPNらしい世界が描かれている。

アートワークは、インディアナ州を拠点とするアーティスト、アブナー・ハーシュバーガーによって描かれた絵画で、アブナーが育ったノースダコタの平原を抽象的かつ有機的に再構築している。忘れ去られた素材や農村風景に根ざしたそのビジュアルは、『Tranquilizer』のテーマである崩壊、記憶、クラフト感と呼応する。

過去20年にわたり、OPNは世界有数の実験的エレクトロニック・ミュージックのプロデューサー/作曲家としてその名を確立し、21世紀の音楽表現を刷新し続けている。初期の『Eccojams』はヴェイパーウェイヴを生み出し、『R Plus Seven』や『Garden of Delete』といった作品はデジタル時代のアンビエント/実験音楽を再定義した。さらに、サフディ兄弟の『グッド・タイム(原題:Good Time)』と『アンカット・ダイヤモンド(原題:Uncut Gems)』やソフィア・コッポラの『ブリングリング(原題:The Bling Ring)』の映画音楽を手がけ、今年最も注目を集める映画のひとつであるジョシュ・サフディ監督作『Marty Supreme』の音楽も担当。またザ・ウィークエンド、チャーリーXCX、イギー・ポップ、デヴィッド・バーン、アノーニとのコラボレーションでも知られている。

OPN待望の最新アルバム『Tranquilizer』は、11月17日(月)にデジタル/ストリーミングで配信され、11月21日(金)にCDとLPが発売される。国内盤CDにはボーナストラック「For Residue (Extended)」が追加収録され、解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(クリア・ヴァイナル)も発売。限定盤LPは数量限定の日本語帯付き仕様(解説書付)でも発売される。さらに国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPは、Tシャツ付きセットも発売決定。

label : BEAT RECORDS / Warp Records
artist : Oneohtrix Point Never
title : Tranquilizer
release : 2025.11.21
商品ページ : https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15439
TRACKLISTING :
01. For Residue
02. Bumpy
03. Lifeworld
04. Measuring Ruins
05. Modern Lust
06. Fear of Symmetry
07. Vestigel
08. Cherry Blue
09. Bell Scanner
10. D.I.S.
11. Tranquilizer
12. Storm Show
13. Petro
14. Rodl Glide
15. Waterfalls
16. For Residue (Extended) *Bonus Track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツ

CD

LP

限定LP


R.I.P. D’Angelo - ele-king

緊那羅:Desi La(訳:編集部)

 人は大衆音楽における「才能」について、歌声や見た目の特別さを指して語りがちだ。どんなふうに歌い、叫び、あるいは甘く歌い上げるのか、とか。だが、音を「どのように聴いているのか」、そしてさまざまなジャンルの音楽をレゴブロックのように組み合わせ、過去の黄金の瞬間を細かく分解し、それを吸収し、「なんてこった!」と神々しいまでに独自なひらめきにうなずきながら、人びとを椅子から立ち上がらせ、心を動かすようなかたちに再構築する、その才能についてはあまり語られないかもしれない。D’Angeloは、2025年10月14日、わずか51歳という若さでこの世を去った。彼をめぐっては、メディア、共演者、ファン、そして彼のイメージや遺産で商売をしようとするSNS上の人びとから、さまざまな思い出が語られるだろうけれど、彼に正しく敬意を捧げるためには、彼を「ミュージシャン」と呼ぶだけでは足りないと私は思っている。彼はむしろ「技師(エンジニア)」であり、「建築家」だった。プリンスやマイルス・デイヴィス、パーラメントのように音楽を構築した偉大な建築家たちの系譜に属する存在だ。

 インスタグラムを何気なくスクロールしていたとき、私は残念ながら、あの“Untitled (How Does It Feel)”のヴィデオでの一瞬の性的イメージばかりを強調するインフルエンサーたちの投稿を目にしてしまった。彼を性的対象としてしか見ないそうした悪魔的な心性こそが、いくつかある理由のうちのひとつ——彼がキャリアの大部分を通して長く姿を消していた理由のひとつ——ではないのか。あの映像で焼きついた彼の官能的なイメージは、当時の大衆の記憶から決して消えることはないだろう。が、それは彼の真の才能を示すものではなかった。彼を讃えるということは、彼が望んだかたちで見られること、そして彼の激しい努力の結実を讃えることでもある。

 D’Angelo——本名マイケル・ユージーン・アーチャー——はヴァージニア州の生まれで、ファレルと同郷である(ヴァージニアの水にはたしかに何かがあるのだろう)。彼は教会の少年として育ち、ゴスペルを愛し、そしてソウル、ロック、ファンクの黄金時代の巨人たち——アル・グリーン、ジミ・ヘンドリックス、フェラ・クティ、プリンスなど——に憧れた。彼のヒーローもまた、みんな同じく「建築家」だった。音に対する鋭敏な耳を持ち、アレンジ、バンドの選択、そして全体的なプレゼンテーションにおいて非凡なセンスを備えた音楽家たちだ。彼は成長するにつれて、それらの創造者たちの手がけた構造を解きほぐし、彼らがどう音楽を創出しているのかを考究した。とりわけ、プリンスだ。彼がひとりでスタジオとサウンド全体を完全に支配していたその姿に魅了され、「あれが自分だ」と感じたはずだ。

 音楽業界が何かとレッテルを貼りたがるなかで、D’Angeloが『Brown Sugar』でシーンに登場し、最初のすばらしい成功を収めてから、彼には「ネオ・ソウル」という称号が与えられた。1995年のデビュー当時から、そして続いて登場したエリカ・バドゥの『Baduizm』(1997年)などと並び、その呼称は一定の妥当性を持っていたと言える。というのも、ヒップホップはもともとソウル/ファンクに影響を受けており、ネオ・ソウルの進化は、文化的にも経済的にも支配的となったヒップホップからの影響の「フィードバック・ループ」を示していたからだ。セクシーでチルなヴァイブス、しかもストリートの匂いもある。
 じっさいD’Angelo はネオ・ソウルの特徴をすべて体現していた——ヒップホップの影響を受けたタイトなビート、滑らかなヴォーカル、無駄のないプロダクション、社会的意識をもった歌詞、グルーヴに乗った重心の低いフロー、そして技巧に走らないセクシーな歌声……。
 多くのミュージシャンとは異なり、D’Angeloが遺した公式アルバムはわずか3枚のみだ。しかしそのどれもが前作を凌ぐ傑作であり、『Black Messiah』(2014)はまさにその頂点に立つ作品だった。彼が病に倒れる前に取り組んでいた未発表の音楽も、いずれ何らかの形で日の目を見ることになるだろうが、現時点では、『Black Messiah』こそが彼の到達点であり頂点である。もちろんそれは、『Voodoo』(2000)や『Brown Sugar』を軽んじてよいという意味ではない。むしろいまとなっては、これら2作を、音楽だけにすべてを賭けたひとりの男が歩んできた、その進化の道筋としても味わえる。

 もし私が「ブラックネス(黒人性)」という概念を音楽的革命として講義する授業を開くとしたら、『Black Messiah』収録の“The Door”という曲をかけるだろう。70年代的なハーモニーとファンクのリフが全編を覆い、厚みのあるファンク・ベースが鳴り響き、1940年代のブルーズ的スライド・ギターのクレッシェンドでは、スライドが弦に擦れる音までミックスに残されている。90年代的なデジタル録音のようなアンプ・ディストーションはなく、リラックスしたホンキートンク調のビートに乗せたファルセットの歌声。ファンク特有の切れ味あるストップ&スタートのイントネーションがありながら、歌唱技巧を排している。そしてたしかなダウンビートが、教室で机を叩いてビートを刻み、まわりの仲間が手拍子を合わせていた高校時代のあの瞬間を黒人たちに思い起こさせる。そうしたすべてが、この1曲のなかに凝縮されている。
 D’Angelo はまた、「ブラック/アフリカ的な音楽学習法」の価値を体現していた。ブルーズ、ゴスペル、ジャズ、あるいはアフリカの伝統音楽——いずれにおいても、黒人音楽とは共同体的な営みであり、集中して意図的に聴くことによって成り立っている。複数のパートが重層的に動きながらも、汗をかくことなく完璧に同期している。ビートとビートのあいだにはたっぷりとした呼吸がある。「重要なのは何を演奏するかではなく、何を演奏しないかだ」とマイルス・デイヴィスが言ったように。
 デビュー作で成功を収めたにもかかわらず、D’Angelo は資本主義的商業システム——すなわち大手レーベルという獣——の餌食になることを拒んだ。アーティストの首筋に息を吹きかけ、スタジオに押しかけては「早くリリースを」「長いツアーを」「最大の利益を」と迫る連中に対して、彼は「くそくらえ」と言い放ち、ルーツのクエストラヴとともに5年間もの冬眠に入ったのだ。……5年だ! 大学の学位を取るより長い。その「大学」が『Voodoo』であり、さらにそれを3倍にしたものが『Black Messiah』だった。
 反資本主義的な精神を貫きながら、D’Angelo は「ブラック・ヒストリーの音」を追い求め、それに人生を捧げた。彼は、過去の偉大な音楽家たちの独自性の蒐集家であり、各アルバムの制作にあたっては、その音楽を研究し、向き合い、ジャムし、さらにまた向き合い、あらたな協働者を招き入れてはまた向き合い、ヴォーカルだけで2年を費やしてもなお、音楽とともに座り続けた。その結果、『Voodoo』と『Black Messiah』は聴く者の前で雲を切り裂き、天を開く。細部にまでこだわり抜いたサウンド・デザインが機能する要素を徹底的に磨き上げ、極限まで高めている。
 建築家とは機械や建物の「内部構造」を見る者である。それを組み合わせることで以前よりも高い創意を生み出す。構造の逆解析を行い、どの瞬間においても楽曲を「最高なもの」として立ち上がらせる。そのような能力を持つ者。D’Angeloには「駄作」と呼べるアルバムがひとつもない。それは、彼が——良い意味で——あまりにも「良いアルバムを作ること」に執心していたからだ。そして、彼は待ち、さらに待ち続け、それが熟するのを見届けた。

 D’Angelo の壮大さ、彼のパフォーマンス、優しさ、録音作品は、視界の果てまで広がるほどの賛辞の波を呼び起こした。しかし残念なことに、彼を苦しめたある種の悪魔が誘発した逮捕、依存、鬱などが彼の早すぎる死に影響した可能性がある。皮肉なことに、彼を押し上げたその「社会的イメージ」こそが彼の首にかかった重すぎる錨となり、彼はそこから抜け出そうともがいた。注目すべきは、『Black Messiah』がD’Angeloのアルバムのなかで唯一、彼自身の姿がジャケットの表にもその裏面にも登場していない作品であるという点だ。焦点は完全に「作品そのもの」に置かれている。
 彼の焦点は、つねに芸術そのものに向けられていたのだ。そして2025年のいま、私たちはようやくその全体像を享受できるのである。その美しさ——彼の微笑み、その語り口、彼が遺した物語とそこに刻まれた教訓、そして何よりも音楽への絶対的な献身——そのすべてを、ありのままに味わえるのだ。


People often talk of talent as if it`s only a person’s singular singing voice or their particular look. How they sing, shout or croon. But not enough of how they hear and put the Lego blocks of multiple genres of music together, pick apart the golden moments of excellence of the past, take them in and head nod to the “goddamn!” pure heavenly idiosyncrasies and reassemble them in a way that move people from their seats and into their hearts. D`Angelo has left us at the early age of 51 years old this past October 14th 2025. There will be many memories of him from media, collaborators, fans and social media types looking to capitalize on his image and legacy. But to properly give tribute to him, I feel it`s appropriate to knight him not a mere musician but an engineer. An architect. In the vein of other architects like Prince or Miles Davis or Parliament. Doomscrolling on Instagram, I unfortunately ran across posts by influencers only emphasizing his sexuality from that one moment in time with the video "Untitled (How Does It Feel)", but that objectifying demon mind is actually the reason among several others for his long absence for the majority of his career. That image will never disappear from the public conscious of that time but that wasn`t his talent. To honor him is to honor how he wanted to be seen and the result of his intense efforts.

D`Angelo, born Michael Eugene Archer in Virginia, just like Pharrell (I think there is something in the water in VA for sure), was a church boy who grew up with love for the Gospel and love for the titans of the soul, rock, and funk era, i.e. Al Green, Jimi Hendrix, Fela Kuti, and Prince just to name a few. All his heroes were also fellow architects. Musicians with keen ears for sound, arrangement, band selection, and overall presentation. And as he grew up dissecting those creators and how they moved - he particularly was mesmerized by Prince`s one man command over the studio and his sound - D`Angelo said that`s me.

With the music industries need to label, D`Angelo`s entry into the scene and initial success with “Brown Sugar” was given the mantle of Neo-Soul. And to some extent with his debut in the 1995 and other titanic releases in the same period like Erykah Badu`s Baduizm in 1997, this is warranted as hip hop was initially influenced by soul/funk and Neo-Soul`s evolution signaled a feedback loop of influence by the dominance of hip hop culturally and financially. Sexy chill vibes but street.

D`Angelo exhibited the hallmarks of what was to be Neo- Soul; clear, hard hip-hop influenced beats, smooth vocals, uncluttered productions, socially relevant lyrics, in the pocket groove heavy flows, and sexy vocals that avoided theatrical gymnastics.

Until many musicians, D`Angelo leaves behind only 3 official albums. But each one is a classic greater than the one before with “Black Messiah” being the crowning achievement. I`m sure that music he was working on before his previously unannounced cancer disabled him will see the light of day in some way, but for now “Black Messiah” is the apex of his known work. That doesn`t mean sleep on “Voodoo” or “Brown Sugar.” Instead, just enjoy the evolution from a man solely focused on it.

If I could teach a class on blackness as a concept of musical revolution, I might play a song like “The Door” from “Black Messiah.” An unassuming song drenched in 70`s harmonic funk recitations, thick funk bass, 1940`s blues slide crescendos with the noise of the slide gracing the strings left in the mix, no amp distortion a la 1990`s digital recording, falsetto singing to a relaxed honky tonk sing song beat, the crispness of funk stop start intonation leaving out vocal gymnastics, and a solid down beat that gives black people memories of that guy in the class room who banged on the desk in high school to make a fire beat while his friends clapped in unison around. All of this in one song.

D`Angelo also represents the value of the Black / African method of studying music. Black music, whether blues or gospel or jazz or traditional African, is a communal situation filled with intensive intentional listening, focused and deliberate, layered instrumentation with multiple parts moving but in sync without breaking a sweat. Lots of breathing between the beats. “It`s not what you play but what you don`t” as Miles Davis used to say. D`Angelo despite his debut album success, refused to be the meat for the capitalist commercial beasts that major labels often are, breathing down the necks of artists, visiting them in the studio in effort to push them for a quick release, a long tour, and maximum profits. D`Angelo said fuck them and went into a five year hibernation with Questlove of The Roots ..... 5 YEARS!!!! just to produce “Voodoo.” 5 years is longer than

getting your degree in university. In this case though, the university was “Voodoo” and then times that by 3 with “Black Messiah.” Anti-capitalist in his endeavours, D`Angelo rested on his devotion to the “sound” of Black history in his eyes. A collector of the idiosyncrasies among his favorite musicians of the past, in making each album, he studied and sat with the music, jammed and sat with the music, invited new collaborators and then sat with the music, spent almost 2 years just doing vocals and still sat with the music. And it shows cause in particular “Voodoo” and “Black Messiah” separate the clouds from the heavens for listeners, letting loose a sound design meticulous with it`s attention to the things that work and amping them up.

An architect sees the inside of the machine or the building, the innerworks that when put together create greater ingenuity that before, reversed analysis of construction that allows each song to be see at a moment`s notice as great. D`Angelo doesn`t have any bad albums because he was too intent (in a good way) to make a good album. And he waited and waited til it gestated.

Though the grandeur of D`Angelo, his performances, his kindness, his recordings created waves of accolades that rolled exponentially as far as the eye could see, unfortunately certain demons haunted him leading to arrests, addiction, depression and so forth, all of which may have contributed to his untimely departure. His social image, the very thing that propelled him forward became an albatross, too heavy to bear but he did his best to break free. Take deep note that “Black Messiah” is the only D`Angelo album where he doesn`t appear on the cover or back sleeve. The focus was fully on his art. The beauty now of 2025 is we can enjoy the beauty of his smile, his diction, his stories, lessons learned and absolute devotion to music.

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高橋芳朗

 ディアンジェロが逝ってしまった。死因は膵臓癌。51歳だった。かつての公私におけるパートナー、アンジー・ストーンが3月1日に交通事故で他界したのがまだ記憶に新しい中での思いがけない訃報。プリンスと共に彼の最大のインスピレーション源だったスライ・ストーンも6月9日に亡くなったばかりだ。スライの死を受けて、ディアンジェロの諸作を改めて聴き直していた方も多かったと思う。

 ディアンジェロは、1990年代以降で最も強大な影響力を有したアーティストのひとりだ。ただし、彼が30年に及ぶキャリアで残したアルバムはたったの3作。1995年の『Brown Sugar』、2000年の『Voodoo』、そして2014年の『Black Messiah』。もともと完璧主義だったことに加え、2000年代は薬物/アルコール依存、相次ぐ逮捕騒動などで活動が停滞。寡作ぶりに拍車をかけることになった。

 ディアンジェロの3作のアルバムはすべて掛け値なしに破格の傑作といえるが、彼は現在に至る名声を実質最初の2作で確立している。人種差別撤廃を訴えるブラック・ライヴズ・マター運動を背景に作られ、ザ・ルーツのクエストラヴが「俺たちの世代にとっての『There's a Riot Goin' On』」と激賞した『Black Messiah』も強力だが、真のゲームチェンジャーはやはり『Brown Sugar』と『Voodoo』。特に『Voodoo』は決定的だった。

 ビヨンセはディアンジェロへの追悼コメントで彼を「The Pioneer of Neo-Soul」と讃えたが、ディアンジェロが『Brown Sugar』と『Voodoo』によって果たした功績を端的にまとめるならば、それはまさに「ネオソウルの音楽像を作り上げたこと」となる。ディアンジェロが編み出したネオソウル・サウンドの最大の特徴は、J・ディラの作風に着想を得た揺らぎ(ズレ)のあるビート、そこから生じる聴く者をじわじわと引きずり込んでいくような深みのあるグルーヴ。その原点といえる試みは『Brown Sugar』収録の “Me and Those Dreamin' Eyes of Mine” で確認できるが、完成を迎えるのは5年後の『Voodoo』まで待たなくてはならない。

 『Voodoo』のビートの革新性は、レコーディング時の数々の逸話が浮き彫りにしてくれる。たとえば、ギタリストとしてのゲスト参加が決まっていたレニー・クラヴィッツがサンプル・トラックのドラム・パターンに違和感を訴えて「これでは演奏ができない」と辞退したエピソードなどは、ディアンジェロが描いていたヴィジョンがいかにセオリーから逸脱していたかを示す好例だろう。だが、何よりも興味深いのは『Voodoo』の大半の曲でドラムを担当しているクエストラヴの証言だ。彼はレコーディングに際して、ディアンジェロから「徹底的に正確さを削ぎ落としてほしい。絶対にうまくいくから俺を信じろ。グルーヴをキープしつつ、とにかくだらしなく叩くんだ」と要求されたという。

 正確さこそが命であると考えていたクエストラヴはディアンジェロの注文通りに演奏するのに約1ヶ月もの時間を費やしたそうだが、その成果──クエストラヴが言うところの「泥酔しているかのような演奏」──が最も如実に表れているのが以降ネオソウルのひとつのプロトタイプとして継承されていくことになる “Playa Playa”や “Chicken Grease” だ。ここで打ち出されているフィーリングは現在ネオソウルとして紹介されているあらゆる作品から聴き取れるのはもちろん、もはや今日のモダン・ミュージックを語る上で欠かせないものになっている。

 ミュージック・ビデオと併せてディアンジェロのアイコンになっている “Untitled (How Does it Feel)” がたくさんのオマージュ・ソングを生み出し続けている事実も含め、彼と『Voodoo』の遺伝子はいまもなおそこかしこで見つけることができる。ディアンジェロのデビューから30年、『Voodoo』のリリースから25年。これだけの歳月を経ているにもかかわらず、そのレガシーがなんら古びることなくフレッシュなアイデアとして有効性を維持しているのは驚異的と言うほかない。1990年代にデビューしたレジェンドのなかでも、ディアンジェロの音楽は若い世代にとって比較的「近い」位置にあったのではないだろうか。

 でもだからこそ、この世界にディアンジェロがいない現実をなかなか受け止めきれずにいる。ジョージ・クリントンがケンドリック・ラマーやフライング・ロータスとコラボするような未来が、きっと彼にもあったと思うのだ。

Autechre meets Kohei Matsunaga - ele-king

 来年2月頭に予定されているオウテカの来日公演のサポート・アクトが決定した。オウテカが全面の信頼を寄せるNHKことコウヘイ・マツナガ――なぜ〈Unsound Osaka〉に出演しなかったのかわからない、関西エレクトロニック・ミュージックの第一人者とも呼ぶべき、アカデミアとポピュラー・ミュージックの間に橋を架ける男――、この共演はひじょうに楽しみです。大阪公演はすでに完売しているが、東京はまだチャンスがある。公演情報はこちらから。

J.Rocc - ele-king

 アメリカ・ロサンゼルスを代表する老舗ヒップホップ・レーベル〈Stones Throw〉を拠点に、マッドリブやJ・ディラなどそうそうたる面々と活動をともにしてきたレジェンドDJ、Jロックの約2年ぶりとなる来日公演が決定。

 「Red Bull BC One Last Chance Cypher 2025」のアフター・パーティとして渋谷・O-EASTを舞台に開催される東京公演ほか、名古屋・札幌・大阪・京都をめぐるジャパン・ツアーを開催する。名古屋公演と京都公演ではヴァイナル・セットが披露される予定。

Stones Throw presents J.Rocc Japan Tour 2025

11/7(Fri) Tokyo 東京 @ Spotify O-East
11/8(Sat) Nagoya 名古屋 @ JB'S
11/12(Wed) Sapporo 札幌 @ Precious Hall
11/15(Sat) Osaka 大阪 @ Joule
11/16(Sun) Kyoto 京都 @ Ace Hotel

11/7(Fri) Tokyo 東京

Stones Throw presents J.Rocc Japan Tour 2025 - Tokyo
“Red Bull BC One Last Chance Cypher 2025 After Party”

会場:Midnight East Shibuya (Spotify O-EAST & Azumaya)
Open: 24:00 | Close: 5:00
ADV ¥4,000 (+1D) / DOOR ¥5,000 (+1D) / U-23 ¥3,000 (+1D)

Tickets (Zaiko / RA / e+)
Zaiko
RA
e+: 近日発売スタート

Lineup:
〈O-EAST〉
J.ROCC | DJ KOCO aka SHIMOKITA
LIVE: OMSB | DJ: 16FLIP | Minnesotah

〈EAST 3F〉
Aru-2 w/ Asei Muraguchi | BudaMunk | MET | Olive Oil | SOUSHI

〈AZUMAYA〉
DJ Mitsu the Beats | GABAWASH | Katimi Ai | Lil' Leise but Gold | Whelmey

※ドリンク代別途必要。
※U23チケットは当日券のみの販売になります。(要顔写真付き身分証明書。)
※20歳未満入場不可。(要顔写真付き身分証明書。)
※出演者は予告なく変更になる場合がございますので、予めご了承ください。
※客席を含む会場内の映像・写真が公開されることがあります。

more info : https://shibuya-o.com/east/schedule/red-bull-bc-one-last-chance-cypher-2025-after-party/


11/8(Sat) Nagoya 名古屋

会場: Club JB’S
“J.Rocc Japan Tour 2025 Nagoya x Vintage Posse” *Vinyl set*
Open: 22:00 | Close: 5:00
Tickets ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000
Info: https://club-jbs.jp/schedule/j-rocc-japan-tour-2025-in-nagoya/


11/12(Wed) Sapporo 札幌

会場: Precious Hall
“J.Rocc Japan Tour 2025 Sapporo x exrail”
OPEN: 19:00 | Close: 2:00
Info: http://www.precioushall.com/


11/15(Sat)Osaka 大阪

会場: club Joule
”Stones Throw J.Rocc Japan Tour 2025 Osaka”
Open:22:00 | Close:5:00
料金: ADV ¥3500 | DOOR ¥4000
Lineup:J.Rocc, Kzyboost (Live), Scratch Nice, S-kaine (Live), Dy, Ikkei, Anchin and more
Info: https://club-joule.com/events/stones-throw-j-rocc-japan-tour-2025-osaka/


11/16(日)Kyoto 京都

会場: Ace Hotel Kyoto
”Stones Throw J.Rocc Japan Tour 2025 Kyoto at Ace Hotel” *Vinyl set*
Open:17:00 | Close:23:00
More Info coming soon: https://acehotel.com/kyoto/



(photo by Cherry Chill Will)

J.Rocc (Stones Throw | Beat Junkies | Los Angeles)

LA出身のレジェンドDJにして、ターンテーブリスト集団ビート・ジャンキーズの創設メンバー。20年以上にわたりLAビートシーンの中心人物として活躍してきたJ・ロック。Stones Throwクルーの一員としてマッドリブやJ・ディラ、ブラックスター(モス・デフ/ヤシン・ベイ+タリブ・クウェリ)と世界各地をツアーし、さらにドクター・ドレのラジオ番組ではレジデントDJを務めた経歴を持つ。

ヒップホップを基盤に、ファンク、ソウル、ジャズ、ディスコ、ハウスまで縦横無尽に操る唯一無二のDJスタイルと、ダイナミックかつファンキーなプレイで、世界中のフロアを揺らし続けている。

 原雅明的なジャズの聴き方、というものは間違いなく存在する。それは唯一無二としかいいようのないものだ。ジャズについて筆を執ることのある筆者にとって、そんな彼の文章は常に憧憬と羨望の対象だった。これはおべっかやお世辞ではない。特に、90年代末から00年代初頭には、文筆家/選曲家/プロデューサーである彼の文章に大量に触れ、おおいに刺激を受けた。当時、シカゴを中心としたジャズのアルバムに彼が膨大な数のライナーノーツを寄稿していたのだ。それらは、昨今シカゴ発のジャズについて書く機会の増えた筆者の活力源/栄養源になっている。
 そんな原のジャズ観は例えば、K-BOMBが主宰するブラック・スモーカー・レコーズからリリースされた彼のミックスCDを聴くとよく分かる。電子音楽家ヤン・イェリネックのサンプルねたにジャズを見出し、マイルス・デイヴィスの未発表音源にJ・ディラとの相似性を見出し、ポスト・ロックをモーダルな側面から再評価した彼のジャズ観、ひいては音楽観が表出しているからだ。
 そんな原の新著『アンビエント/ジャズ』が発売された。“マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜”という副題の通り、古今東西のジャズにアンビエント的な響きを見出すという離れ業を、原はやってのけている。ただ、アンビエントとジャズの距離は元々決して遠くはなかった。
 例えば、1940~50年代にかけて活躍したクロード・ソーンヒル楽団が録音した“Snowfall”のエーテル状のサウンドは、のちのアンビエント作品に影響を及ぼした。細野晴臣もソーンヒルからの影響を公言している。また、ブライアン・イーノは、『Ambient 4:On Land』(82年)のセルフ・ライナーで、マイルス・デイヴィスの『Get Up With It』(74年)収録の“He Loved Him Madly”にアンビエント的な響きを感じたと記している。そうした流れに原は早くから着目していた。
 マイルス・デイヴィスの名前が出たところで、本書の冒頭で原が執拗なまでにマイルスの60年代、及び80年代の作品に焦点を当てていることを記したい。『E.S.P.』(1965年)を出発点とし、『Miles Smiles』(67年)、『Miles in the Sky』(68年)、『Filles de Kilimanjaro』(68年)といった、あまり顧みられてこなかったアルバムの重要性を原は示す。これらの作品は69年の『In a Silent Way』でひとつの完成形を見るため、上記のアルバムはそのための助走であり模索の産物だと思われがちだ。ゆえに軽視されることになる。
 ここまで書いて気付く方も多いだろう。助走であるからこそ、完成形に至る萌芽があちこちに見て取れるのであり、それを黙殺していたのは自分のほうなのだと。あるいは、旧来のジャズ評論全体もそうだったかもしれない。『In a Silent way』で開花する要素がそれらの作品に潜んでいたならば、既に語り尽くされている『In a Silent way』よりも、その前段階を語るのは批評として今こそ取り組むべき課題だろう。原の姿勢はまったくもって正しいのである。
 「ジャズにおけるオーヴァーダビングの先駆者たち」にも目から鱗が落ちる。原はこの見出しのような括りでレニ・トリスターノとシドニー・ベシェとビル・エヴァンスとクリス・ポッターとキース・ジャレットを同一線上に並べ、キースのひとり多重録音作品である『Spirits』や『No End』にも触れる。一応断っておくと、キース・ジャレットを掘り下げてみようと思って、この2作から聴く人はまずいないだろう。これは自己批判を含めて言うが、キースの音楽を愛聴してきた筆者もこの2作は未聴だった。
 だが、軽視されがちだが明らかな特異点である作品を論じるのは、よく考えれば評論のまっとうな在り方であり、必要なことでもある。やはりこれはジャズ評論の問題でもあるだろう。この2作を「オーヴァーダビングの先駆者たち」というカテゴリーで語った評論があっただろうか。少なくとも、筆者は読んだことがない。このように、リアルタイムで評価されなかった作品に原は積極的に価値を見出してゆく。
 フリー・ジャズのイメージが強いサックス奏者のマリオン・ブラウンの関わった作品がある時期、〈ECM〉を先取りするような世界観を孕んでいたこと。ブライアン・イーノのアンビエントが、ダニエル・ラノワやジョー・ヘンリーを経由して、ブレイク・ミルズまでつながっていること。ビル・フリゼールやブラッド・メルドーなど、コンテンポラリー・ジャズの世界でもアンビエンスに深く留意するミュージシャンが増えていること。これらは水面下でつながっている。本書を読み終えると、無数にちりばめられた点が最後には線になるような感慨が押し寄せてくるはずだ。
 原が自らを決して“ジャズ評論家”とは名乗らない理由は、本書を読むとよく分かる。ジャズ評論家とはまったく異なる角度でジャズに切り込んでいるからだ。彼が菊地雅章のエレクトロニックなアルバムについてインタヴューした際、原は初対面の菊地に〈記事が掲載されるのがジャズ雑誌ではないこと、自分がジャズ評論家ではないことを最初に確認された〉という。そして菊地は〈そうではないことを伝えると、オープンに話せることを確認したように、少し微笑んだ〉という。実際、そのインタヴューは原にしかできないものに仕上がっている。詳しくは著作を読んで確かめてみて欲しい。

DJ Deep - ele-king

 終電で渋谷へ。10月に入り湿気もいくらかマシになり、深夜のクラブ活動もずいぶん動きやすくなった。道玄坂周辺は相変わらず盛り場を愛する人々でごった返していたが、僕には早くこの雑踏をかき分けて〈O-EAST〉へ向かう理由がある。今夜はフランスのハウス・シーンにおける重要DJが東京へ帰還する日だ。
 DJディープことシリル・エティエンヌ。ロラン・ガルニエとともに――彼らがやっていたパーティ名のごとく“目を覚ませ!”とばかりにパリにアンダーグラウンドなダンス・ミュージックを叩き込んだ張本人のひとり。こと90年代フランスは、フィルター・ハウスやフレンチ・タッチなる言葉が注目されていただろうし、カシアスやダフト・パンクが商業的成功をもって迎えられた時代と言えるかもしれない。
 しかしその時代、〈F Communications〉のようなシーンの良心と関わり、サン・ジェルマンを模範としながら、パリの〈Rex Club〉にムーディーマンをいち早く招聘するなど、この地に根を張りハウス・ミュージックに並々ならぬ情熱を注ぎ続ける男がいたのだ。

 ん? 到着したと思ったら入り口が閉まっているような……。戸惑っていると、どうやら3Fのロビーのみ使用するとのこと。なるほど、メイン・フロアは使わず一部のフロアとバー〈東問屋〉で構成された〈MIDNIGHT EAST〉の形態があるのか。日にちを間違えてないことに安堵しつつ入場。このバーではムードマンをはじめスロウモーションズの面々が今夜を演出するようで、気になりつつも足早に階段を上がる。フロアは例えるなら表参道〈VENT〉のメイン・フロアをさらに一回りこじんまりさせた感じか、さらに小さいかも? そこでは、ヴォヤージュ・ヴォヤージュのプレイが終盤を迎えつつあり、横にはすでにDJディープが構えていた。
 やせ型で長身のこのフランス人は、Tシャツ一枚に眼鏡というシンプルな装いで――フランス人らしい上品さは垣間見えるものの、レコード屋でディグってきた音楽オタクがそのままフロアに現れたような出で立ちだった。自身のYouTubeでは、〈Nu Groove〉などレーベルTシャツを着用しつつ愛するレコードを素朴に紹介していたが、フロアでもまったく同じ雰囲気を放っていた。当たり前だが、DJの選んだ音楽を媒介にそこに居合わせた人々が夜を明かすのに、大仰な舞台やブランドの服はあってもよいが、必須ではないということだ。そのままの取り繕わない佇まいにプレイまえから信頼度が高まる。

 (ここからはシャザムの力を借りつつ)全体的には彼の得意分野であるハウスを軸としながら、いろいろな音が鳴っていた。序盤はヴォーカルを中心に据えた選曲が目立ち、ルイ・ヴェガ率いるエレメンツ・オブ・ライフ “Children of the World” やテン・シティ “Love Music” など往年のヴェテランの近年作を回していたのが印象的だった。ピアノ、ホーン、ゴスペル調のヴォーカル……四つ打ちに乗せてさまざまなサウンドが繰り出されるなか、中盤以降になるとシャザムもお手上げになっていき、音の質感もいくらかテッキーに、フロア仕様のサウンドへと突き進んでゆく。
 ふとあたりを見ると、友人と談笑しながら身体をかすかに揺らすひと、スピーカーの目のまえに陣取り音の響きを体感するひと、音に聴き入りながらひとりただ踊るひと、それぞれが音楽を共有しつつ、しかしみな違う感じ方をしていたように思えた。終盤に差し掛かるといってあっと驚くような山場を作るわけでもない。ミキシングの曲芸で魅せるスタイルでもない。プレイに派手さはなかったかもしれないが、DJディープは最後までこのささやかで自由な空気をキープするプレイに徹していたように思う。この2時間はあっという間に過ぎ去り、締めのゴンノへとバトンタッチされた。
 このままフロアに残るかバーで余韻に浸るのも良いかと思ったが、少し早めにフロアを去る。夜明けまえのいちばん冷たい時間が好きだ。ぎゅうぎゅう詰めの汗だくなフロアも楽しいが、今夜のように多くはない人数が親密な空間で多様に踊っている夜もまた素敵だな、なんて思いふけりながら歩いていると、もう肌寒い秋の夜風を実感した。

YUKSTA-ILL - ele-king

 東海地方を拠点に長きにわたる活動を続け、同世代のコレクティヴ〈1982S〉(MASS-HOLE、MR.PUG、仙人掌、 ISSUGIらが所属)にも名を連ねる三重県鈴鹿市在住のラッパー・YUKSTA-ILLが、およそ2年半ぶりとなる13曲入のニュー・アルバム『82PLACE』のリリースを発表し、ジャケット、トラック・リストを公開。リリース日は2025年11月5日(水)とのこと。

 その長いキャリアのなかで築き上げた絆は固い信頼関係となり、プロデュースにはRAMZAやKojoeといったアーティストもかかわっている。以下、作品詳細。

Artist:YUKSTA-ILL
Title:82PLACE
Label:P-VINE, Inc. / WAVELENGTH PLANT
Format:Digital / CD / Cassette
Release: 2025.11.5
品番: CD / PCD-27094 TAPE / PCT-75
定価: CD / 2,970円(税抜2,700円)TAPE / 2,750円(税抜2,500円)

【購入はこちらから】
https://anywherestore.p-vine.jp/collections/yuksta-ill

Tracklist
※TAPEはSIDE AがM1-6、SIDE BがM7-13になります

1. FULL CIRCLE(produced by OWLBEATS)
2. LOOK BACK FOR THE...(produced by T-TRIPPIN' from DAZZLE 4 LIFE)
3. HUMBLE PEEPS(produced by UCbeats)
4. RIGHT ON CUE feat. GINMEN(produced by GRADIS NICE)
5. QUESTION feat. J.COLUMBUS(produced by Cedar Law$)
6. Y.O.L.O. feat. CJ from HOMEBOYZ(produced by P3T-BUSTARD / directed by DJ KIYOSHIRO)
7. IT IS WHAT IT IS(produced by MATSUIGODZILLA)
8. ROLLIN' RING 'RESE(produced by M.A from BONGBROS)
9. GRIT-N-GRIND(produced by RAMZA)
10. MINDFULNESS feat. MILES WORD(produced by MET as MTHA2 / scratched by DJ 2SHAN)
11. 82PLACE feat. 1982S(produced by MASS-HOLE)
*1982S are MASS-HOLE, MR.PUG, 仙人掌, ISSUGI & YUKSTA-ILL
12. SUBWAY feat. JASS & Äura(produced by Kojoe)
13. NEW DECADE(produced by DJ SCRATCH NICE)


 東海エリアのクルー「RC SLUM」に所属し、同世代コレクティヴ「1982S」にも名を連ねる三重県鈴鹿市在住のラッパー、YUKSTA-ILL。地元をベースに長きに渡ってヒップホップ・シーンで活躍し、近年ではMCバトルのシーンにも復帰して絶妙なバランス感覚で界隈でも活動しており、2023年には自身のプロダクション「WAVELENGTH PLANT」を設立したことも大きな話題となったが、約2年半ぶりの通算5枚目となる待望のニューアルバム『82PLACE』のジャケット、トラックリストが公開!

 ラッパーとして短くないキャリアを誇るYUKSTA-ILLだけに全国各地に同胞とも言える仲間たちが多数存在しており、本作は「82PLACE」のタイトルの示す、自身の現在地、これまでの軌跡、その過程で見つけた居場所をコンセプトに地域/クルー/世代の枠を超えた面々が集結。客演としてその1982Sの面々(MASS-HOLE、ISSUGI、仙人掌、Mr.PUG)を筆頭にMILES WORD(BLAHRMY)、JASS(Tha Jointz)、J.COLUMBUS、GINMEN、CJ(HOMEBOYZ)、Äura、プロデューサーとしてGRADIS NICE、DJ SCRATCH NICE、KOJOE、MASS-HOLE、RAMZA、T-TRIPPIN'(DAZZLE 4 LIFE)、Cedar Law$、MET as MTHA2、OWLBEATS、MATSUIGODZILLA、M.A(BONG BROS)、UCbeats、P3T-BUSTARDが参加!

 また今アルバムのアートワークは、主宰するレーベルWAVELENGTH PLANTからリリースされたこれまでの作品や企画するイベントのフライヤ等を手掛けるデザイナーのSaäkåが担当しており、CDには全収録曲のデザインが収められたブックレットを含め、Saäkåプロデュースのアート作品として楽しむ事の出来るものとなっている。

<プロフィール>

YUKSTA-ILL

三重県を代表するRAPPER。東海屈指名古屋RC SLUMに所属しつつ、地元に根差すレーベルWAVELENGTH PLANTを主宰。ホーム鈴鹿や隣町四日市にて複数のパーティーを仲間達と企画。時としてILLADELPHの名の元にDJを嗜む。
これまでに最新作「82PLACE」を含めフルアルバム5枚、ミニアルバム2枚、MIXCD3枚、そしてシングル曲を無数にドロップ。様々なアーティストの作品に名を連ね、客演バースをキック。MCバトルには重きを置かず、距離を取りながらも意表を突いて参戦。UMB2007名古屋、UMB2009名古屋、12年のブランクから復帰後、KOK2023三重のタイトルを奪取。
また、HIPHOPとバスケを繋げる草の根活動を展開。好きが高じてハーフタイムショーを主とするユニットGNGを結成。すべての側面において自己新更新を心掛け、力を尽くす1982式のMC。

竹村延和 - ele-king

 2025年、私たちは再び竹村延和の新作アルバムを聴くことができる。この出来事を「僥倖」と呼ぶべきか、それとも「喜ばしい権利」と言うべきか。長い時間の流れの中で訪れた「必然」として静かに受け入れるべきなのか。いずれにせよ言葉は不要かもしれない。ただ耳を澄ませ、この音楽を繰り返し聴けばいい。竹村延和の新しい音が、いままたここにあるのだから。とはいえここでは何か書かなければならない。さて、どうすれば。

 今作『knot of meanings(意味のたま)』は、2014年のオリジナル・アルバム『Zeitraum』以来11年ぶり、さらに2015年の個展『アインハイト』のための作品『Music for the exhibition Einheit』からも10年ぶりとなるフル・アルバムである。断続的に更新される竹村のブログを追い、音の再始動を待ち続けてきたファンにとっては、まさに待望のリリースだ。オリジナルは米レーベル〈Thrill Jockey〉、日本盤は〈HEADZ〉から発売される。作曲・演奏・プログラミング・録音・編集のすべてを竹村自身が手がけ、ゲスト・ヴォーカルとして日本人シンガーdoroが参加している。
 もっとも、この10年を「沈黙」と呼ぶのは正確ではない。竹村にとってそれは、音と世界のあいだに耳を澄ますための時間だった。音を発表しないことは、音を探究しないことを意味しない。むしろ微細な響きを拾い、構造を実験し、音を再び形にする──その試行錯誤の積み重ねこそが、いま結晶として現れた『knot of meanings(意味のたま)』なのだ。
 タイトルの「意味のたま」とは、「音が意味を超えて存在する」という理念を象徴している。言葉にできない核のようなもの、複数の音や時間が結び合う結節点。それが「意味のたま」だ。竹村の音楽にはつねに「ひとつの音にいくつもの時間が宿る」という独特の時間感覚がある。それは旋律や進行に沿う線的な時間ではなく、音の粒子が干渉し合いながら生成する非線形の時間。まさに「意味のたま」という名にふさわしい。
 2016年から2024年にかけて録音された全18曲(日本盤はボーナストラックを含む19曲)は、竹村が10年間かけて紡いだ「意味のたま」の集積である。聴く者は、ただ経過する時間ではなく、重なり合う多層的な「時」の流れを体験することになる。特定のスタイルに縛られない構成は、まるで竹村自身の「音響図鑑」と呼ぶにふさわしい。
 竹村の音楽は、スティーヴ・ライヒやブライアン・イーノが探求した反復と生成の構造、ロバート・ワイアットが声の揺らぎで表現した時間感覚と共鳴している。同時に、カンタベリー系ジャズ・ロック、フランスのチェンバーロックZNR、〈クレプスキュール〉周辺のニューウェイヴなど、室内楽的な音楽の系譜にも連なっている。短音のアンサンブルが生む豊かさ、軽やかなピアノの響き、子どもの音楽のような無邪気さ、そして上品なユーモア。それらはZNRを思わせながらも、竹村の手によって「日本的な時間感覚」へと変換されている。間(ま)と余白の美学、聴き手の内面に生まれる時間の揺らぎ。牧歌性と静謐が交錯するその感覚こそ、竹村の音の本質だ。
 
 アルバムは “明滅する火花” で静かに幕を開ける。マリンバのような音とピアノの絡みが光の粒のように広がり、続く “サヴォナローラのまなざし” ではエレピや管楽器、声のアンサンブルが純粋な存在感を放つ。“眼球生物” では無調のピアノと声が交錯し、複数の時間軸を内包する音空間を形成する。各楽器と声がそれぞれ異なる持続を保ちながら共存し、聴き手に「多重の時間」を体験させてくれる。以降も声と楽器、電子音が変奏を続け、アルバム全体がひとつの流れとして貫かれていく。
 竹村の音楽には一貫して「構造の純化」という志向がある。複雑さを排除するのではなく、複数の音が衝突し共鳴しながらも、透明な構造を形成していく。その理念は1997年の名盤『子供と魔法』以来変わらない。『knot of meanings(意味のたま)』でも、電子音と生音、旋律とノイズ、響きと間が対立することなく繊細に結ばれている。その「結び目」が生むのは複雑さではなく、透徹した深さ、いわば「純化としての構造」だ。
 この純化は、エクスペリメンタルな先鋭化ではなく、むしろ温もりを帯びた牧歌的な方向へと向かう。現代のデジタル環境にあふれる「音の過剰」への静かな抵抗として、竹村の音楽は存在する。無自覚な情報の氾濫に抗い、音そのものの本質を問う。その批評的な姿勢は、30年以上にわたり音の純粋化を実践してきた竹村だからこそ自然に息づいている。
 彼の音楽は、情報と刺激に麻痺した聴覚をリセットし、耳の奥に眠る感性を呼び覚ます。都市のノイズやネットワークの喧騒から遠く離れ、それらを音として再構成する。ゆえに竹村の作品は、単なるエレクトロニカではなく、21世紀の「聴く文化」そのものを批評する音楽作品として機能しているのだ。
 アルバム終盤に収録された “深海の虹” 三部作(パート1〜3)は、『knot of meanings(意味のたま)』の主題をもっとも端的に示す。アニメーション作品のために制作された楽曲でありながら、弦のレイヤーが静かに波打ち、電子音がその隙間に滲み込む。シンプルな構造の中で時間が幾重にも折り畳まれ、「いまここ」と「遠い過去」のあわいを漂う。その透明な音響こそ、竹村が追い求めてきた「音の純化」の結晶である。
 音の純化は「こえ/うた」の扱いにも表れている。ゲスト・ヴォーカルのdoroの声は、子どものような無垢な響きを宿し、作為を感じさせない。「歌う」前の「うた」がそこにある。竹村は、2001年の『Songbook』やスピーチソフトによるロボット・ヴォイスを導入した2002年『10th』以来、この素朴で純粋な「こえ/うた」を追求してきた。『knot of meanings(意味のたま)』では、その理念がいっそう純化されている。
 おそらく、この10年という時間は、音楽の構造をどこまで純化できるかという試行の期間でもあったのだろう。純化には「作る耳」だけでなく、「聴く耳」の浄化も必要だ。作曲者自身が最初のリスナーである以上、竹村にとって音楽は制作行為で完結しない。聴き手がその響きに耳を澄ませることで、初めて音楽は完成する。
 音楽とは「作る人」と「聴く人」とを結ぶ行為である。この理念こそ、竹村がDJ/クラブ・ミュージックの土壌から登場した理由でもあり、彼のテーマである「Child’s View(子どもの視点)」にも通じる。無垢な耳で世界を聴くことは、情報の洪水の中で感性を守るための方法論なのだ。

 『knot of meanings(意味のたま)』は、「聴くこと」そのものを再生するアルバムである。やはり能書を書くより、まずは聴く。とにかく聴く。それだけだ。そして聴き込んだ先にある「言葉」こそ魔法のように大切なものになるはず。それはアルバムを聴いた「時間」そのものの大切さだ。
 じっさい本作には、10年の制作時間、70分の再生時間、そして聴き手が費やす時間が折り重なっている。この三つの「時間」が重なり合うとき、『knot of meanings(意味のたま)』は「時」を超えて「いま」に開かれるのではないか。
 竹村延和は、なおも音の希望を信じている。音を作り、音を聴くことの豊穣さを信じている。彼が結んだ「意味のたま」の小さな結び目は、未来の音楽へ向けた微かな光として、私たちの耳の奥に長く残り続けるだろう。

Jakob Bro & Midori Takada - ele-king

 あなたに出会うまで。
 この「あなた」という言葉から、誰の顔が思い浮かぶだろうか。

 デンマーク出身のギタリスト、ヤコブ・ブロは、〈沈黙の次に美しい音〉を掲げるジャズ/現代音楽レーベル〈ECM〉から数多くの作品を発表してきた。彼は、コペンハーゲンで見た高田みどりのパフォーマンスに感銘を受け、共演の願いを託して彼女に一通の手紙を送った。
 クラシックを出発点に、環境音楽やアフリカ・アジアの音楽、即興や演劇まで、ジャンルを超えて探求を重ねてきた日本のパーカッショニスト、高田はその手紙に戸惑い、返事を出すまでに約2年の歳月を要した。
 やがて、ベルリンで初共演を果たしたふたりは、いくつかのライヴを経て、東京で初の共作アルバムを録音する。それが本作『あなたに出会うまで』である。

 オープニングのタイトル曲 “Until I Met You(あなたに出会うまで)” では、まだ出会えていない誰かを探し求めるかのような、揺らぎと余白に満ちた音像が姿を現す。ブロのギターのフレーズを、高田のマリンバがそっと追いかけ、ときにぴたりと重なり合う──一音ごとの対話が、この作品の核心を象徴している。
 “Landscape 2, Simplicity” では、高田の奏でる多彩な音色が、中心部のメロディの周縁に薄くきめ細やかな膜を幾重にも重ね、そこに生命の気配を宿していく。その響きは、まばたき──目を閉じ、開き、また閉じる一瞬の動き──を引き伸ばし、7分45秒間にわたる聴覚の風景を映し出す。
 ギターとピアノがユニゾンで旋律を紡ぐ “Infinity” は、螺旋を描きながら絶えず形を変えていくミニマルな構造だ。風に運ばれてゆっくりと表情を変える雲のごとく、音は決して同じ輪郭をとどめない。
 “Sparkles” では、ブロのギターが艶やかに弾け飛ぶ。チクタクと刻む時計を思わせるリズムが、アルバム全体の景色に眩い輝きと力強さを与えている。
 ラストを飾る “Floating Forest” は、開始直後から即興的な呼応が生まれ、ゴング(銅鑼)の音色が水面に波紋を描くように広がり、作品全体へ溶け込んでいく。そしていつしか、その佇まいは聴き手の耳の奥からも姿を消す。

 このアルバムは、どこか子守唄のような、まどろみの境界に漂う淡い気配をまとっている。だがそれは、決して眠りへと誘うだけのものではなく、私たちの内側へと深く降りてゆき、感情や記憶の層を少しずつ解きほぐしていく。
 高田はかつて、2017年にリイシューされた『鏡の向こう側』のライナーノーツ掲載のインタヴューで、(クラシック音楽とアフリカやアジアの音楽の対比を踏まえながら)音楽は本来、外の世界に向けて力を誇示するものではなく、自分の体の変化や他者との関係を確かめながら、自らの内面に向かってできていくものである──といった趣旨の考えを示している。その音楽観は今作にも受け継がれ、音の隅々にまでその思想が刻み込まれている。
 子守唄の例えは、単なる比喩ではない。かつて歌い手自身をも慰め、支えるものであったように、この作品もまた、私たちが自分自身の深部へと入り込み、忘れかけていた感覚や意志を呼び覚ますための契機となっている。

 ふたりの音楽へのまなざしには、根底に共通するものがある。
 高田は、2024年の『ele-king vol.33』のロング・インタヴューで「私がミニマリストであるとか、アンビエント・ミュージシャンであるとか、自分でそういうふうに限定したことは一度もない」と語っているが、その姿勢はブロにも重なる。
 2025年4月の対談*で、ブロは自身について、ギターを弾くという行為そのものに執着はなく、ジャズ・ミュージシャンとすら考えていない、と語り、こう続ける。「私とみどりさんに共通しているのは、スタート地点にオープンさと自由さがあること」
 ふたりを貫く創作の精神には、既存の枠組みを超えてなお、表現の地平を押し広げ、まだ見ぬ可能性を掘り起こそうとする意志が息づいている。
 同じ対談のなかで、高田はその背景にある考えを次のように語る。「まずは自分を否定すること。それは辛いし、とても恐怖ですが、そこを乗り越えて初めて手に入ることってあると思うんです。(中略)そこで初めて、孤独に耐えてまでやりたいことがある、という強い意志を持っている人が得られる自由がある」

 『あなたに出会うまで』というタイトルは、ブロと高田の出会いの時間を指し示すにとどまらない。
 それは、自身の奥底へと分け入り、恐れや孤独を引き受けながらもなお、何かを求めて歩み続ける過程の先にしか触れ得ない、到達点の一端をも暗示している。そして音楽とは、そうした、まだ名もなきものへと手を伸ばし続ける営みなのかもしれない。
 この作品に耳を澄ませるとき、私たちはその “あなた”──すなわち、制約から解き放たれた自己と、静かに向き合うことになるのだ。


* Always Listening by Audio-Technica(オーディオテクニカ)|高田みどりとヤコブ・ブロが語る、境界線の向こう側 ——音楽の本質をめぐる対話
https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/midoritakada-jakobbro/


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