ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Loraine James ロレイン・ジェイムズの“ポップ”な冒険 | ——来日直前インタヴュー
  2. Fusion Core ──1999年のデビュー・ミニ・アルバムがアナログ化
  3. Vladislav Delay Quintet - Vd5 | ヴラディスラフ・ディレイ
  4. Crack Cloud ──カナダのインディ・バンド、クラック・クラウドの来日公演が決定
  5. Columns Boards of Canada ボーズ・オブ・カナダの帰還  | ──その軌跡、その影響、そして13年ぶりの新作『Inferno』をめぐって
  6. UKインディ・ロック入門──ポスト・パンク、ギター・ポップ、スカとダブ編
  7. Columns Boards of Canada ボーズ・オブ・カナダの帰還 | ──その軌跡、その影響、そして13年ぶりの新作『Inferno』をめぐって(後編)
  8. Columns Jeff Parker ジェフ・パーカー・ETAカルテットの挑戦 | ──原雅明と蓮沼執太による対話
  9. interview with Mouse on Mars 僕たちはダブを、ジャンルではなく社会的なものとして捉えたい | ——リー・ペリーとの共作を発表したマウス・オン・マーズ、インタヴュー
  10. Brian Jackson - Now More Than Ever | ブライアン・ジャクソン
  11. 異次元の常識──パンク/ハードコアの思想とメッセージ
  12. Cornelius ——コーネリアスのライヴ・ドキュメンタリー映像「“Dream in Dream” Tour Document Episode 1」公開
  13. Loraine James - Detached from the Rest of You | ロレイン・ジェイムズ
  14. R.I.P. 横田進  | Susumu Yokota / ススム・ヨコタ
  15. Tocago、恵比寿KATAにて待望のワンマン・ライヴ開催を決定
  16. The Leaf Library - After the Rain, Strange Seeds | ザ・リーフ・ライブラリー
  17. Kangding Ray - ULTRACHROMA
  18. GEZAN - I KNOW HOW NOW
  19. interview with Weirdcore 謎のヴィジュアル・アーティスト、ウィアードコアへの質問
  20. Cornelius ——コーネリアスがアルバム『Refractions』のリリースと新曲“Aeons”の配信開始を発表

Home >  Reviews >  Album Reviews > Jakob Bro & Midori Takada- あなたに出会うまで / Until I Met You

Jakob Bro & Midori Takada

Experimental

Jakob Bro & Midori Takada

あなたに出会うまで / Until I Met You

Loveland Music / rings

Bandcamp Amazon

DJ Emerald Oct 10,2025 UP

 あなたに出会うまで。
 この「あなた」という言葉から、誰の顔が思い浮かぶだろうか。

 デンマーク出身のギタリスト、ヤコブ・ブロは、〈沈黙の次に美しい音〉を掲げるジャズ/現代音楽レーベル〈ECM〉から数多くの作品を発表してきた。彼は、コペンハーゲンで見た高田みどりのパフォーマンスに感銘を受け、共演の願いを託して彼女に一通の手紙を送った。
 クラシックを出発点に、環境音楽やアフリカ・アジアの音楽、即興や演劇まで、ジャンルを超えて探求を重ねてきた日本のパーカッショニスト、高田はその手紙に戸惑い、返事を出すまでに約2年の歳月を要した。
 やがて、ベルリンで初共演を果たしたふたりは、いくつかのライヴを経て、東京で初の共作アルバムを録音する。それが本作『あなたに出会うまで』である。

 オープニングのタイトル曲 “Until I Met You(あなたに出会うまで)” では、まだ出会えていない誰かを探し求めるかのような、揺らぎと余白に満ちた音像が姿を現す。ブロのギターのフレーズを、高田のマリンバがそっと追いかけ、ときにぴたりと重なり合う──一音ごとの対話が、この作品の核心を象徴している。
 “Landscape 2, Simplicity” では、高田の奏でる多彩な音色が、中心部のメロディの周縁に薄くきめ細やかな膜を幾重にも重ね、そこに生命の気配を宿していく。その響きは、まばたき──目を閉じ、開き、また閉じる一瞬の動き──を引き伸ばし、7分45秒間にわたる聴覚の風景を映し出す。
 ギターとピアノがユニゾンで旋律を紡ぐ “Infinity” は、螺旋を描きながら絶えず形を変えていくミニマルな構造だ。風に運ばれてゆっくりと表情を変える雲のごとく、音は決して同じ輪郭をとどめない。
 “Sparkles” では、ブロのギターが艶やかに弾け飛ぶ。チクタクと刻む時計を思わせるリズムが、アルバム全体の景色に眩い輝きと力強さを与えている。
 ラストを飾る “Floating Forest” は、開始直後から即興的な呼応が生まれ、ゴング(銅鑼)の音色が水面に波紋を描くように広がり、作品全体へ溶け込んでいく。そしていつしか、その佇まいは聴き手の耳の奥からも姿を消す。

 このアルバムは、どこか子守唄のような、まどろみの境界に漂う淡い気配をまとっている。だがそれは、決して眠りへと誘うだけのものではなく、私たちの内側へと深く降りてゆき、感情や記憶の層を少しずつ解きほぐしていく。
 高田はかつて、2017年にリイシューされた『鏡の向こう側』のライナーノーツ掲載のインタヴューで、(クラシック音楽とアフリカやアジアの音楽の対比を踏まえながら)音楽は本来、外の世界に向けて力を誇示するものではなく、自分の体の変化や他者との関係を確かめながら、自らの内面に向かってできていくものである──といった趣旨の考えを示している。その音楽観は今作にも受け継がれ、音の隅々にまでその思想が刻み込まれている。
 子守唄の例えは、単なる比喩ではない。かつて歌い手自身をも慰め、支えるものであったように、この作品もまた、私たちが自分自身の深部へと入り込み、忘れかけていた感覚や意志を呼び覚ますための契機となっている。

 ふたりの音楽へのまなざしには、根底に共通するものがある。
 高田は、2024年の『ele-king vol.33』のロング・インタヴューで「私がミニマリストであるとか、アンビエント・ミュージシャンであるとか、自分でそういうふうに限定したことは一度もない」と語っているが、その姿勢はブロにも重なる。
 2025年4月の対談*で、ブロは自身について、ギターを弾くという行為そのものに執着はなく、ジャズ・ミュージシャンとすら考えていない、と語り、こう続ける。「私とみどりさんに共通しているのは、スタート地点にオープンさと自由さがあること」
 ふたりを貫く創作の精神には、既存の枠組みを超えてなお、表現の地平を押し広げ、まだ見ぬ可能性を掘り起こそうとする意志が息づいている。
 同じ対談のなかで、高田はその背景にある考えを次のように語る。「まずは自分を否定すること。それは辛いし、とても恐怖ですが、そこを乗り越えて初めて手に入ることってあると思うんです。(中略)そこで初めて、孤独に耐えてまでやりたいことがある、という強い意志を持っている人が得られる自由がある」

 『あなたに出会うまで』というタイトルは、ブロと高田の出会いの時間を指し示すにとどまらない。
 それは、自身の奥底へと分け入り、恐れや孤独を引き受けながらもなお、何かを求めて歩み続ける過程の先にしか触れ得ない、到達点の一端をも暗示している。そして音楽とは、そうした、まだ名もなきものへと手を伸ばし続ける営みなのかもしれない。
 この作品に耳を澄ませるとき、私たちはその “あなた”──すなわち、制約から解き放たれた自己と、静かに向き合うことになるのだ。


* Always Listening by Audio-Technica(オーディオテクニカ)|高田みどりとヤコブ・ブロが語る、境界線の向こう側 ——音楽の本質をめぐる対話
https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/midoritakada-jakobbro/


DJ Emerald