![]() Dorian Concept The Nature of Imitation Brainfeeder / ビート |
てっきり意識しているものとばかり思い込んでいた。「芸術は自然を模倣する」という古来のテーゼは、たんに画家が海やら山やらを見てそれを絵にするという話ではなく、ものの本性なり本質なりを模倣したのが自然であり、芸術はさらにそれを模倣した劣化コピーである、というヒエラルキーの話だと思うのだけれど、そしてそれを逆さまにして「自然が芸術を模倣する」と言ったのがオスカー・ワイルドだったわけだけれど、ドリアン・コンセプトの新作はそういうややこしい模倣や模倣の模倣の問題、つまりは真理からの距離をテーマに掲げているに違いないと、的外れな先入観を抱いてしまっていたのである。『The Nature of Imitation』なんてタイトルを与えられたら、そう早とちりしてしまってもしかたない。
以下のインタヴューでオリヴァー・ジョンソン本人が明かしているように、ドリアン・コンセプトのサード・アルバムはとりたてて形而上学的な問題を扱っているわけではない。しかしどうやら私の浅はかな先入観も、彼の意図からものすごくかけ離れているというわけではなかったようだ。というのも、オリヴァーはこのアルバムを「自分自身の模倣」と捉えているからだ。すなわち『The Nature of Imitation』は、これまで彼がやってきたことの断片を繋ぎ合わせ、巧みに統合した作品に仕上がっているということである。
たしかに、もともとビート・ミュージックの文脈から登場しながら、その出自を超越するかのようにスタイルの幅を大きく拡張してみせた前作『Joined Ends』と比して、今回はふたたびビート・ミュージックの側面が強く打ち出されている。それに加え、自身のヴォーカルの導入やいくつかのセンチメンタルな装飾など、このアルバムにはどこか内省的な要素も散りばめられている。オリヴァー・ジョンソンは本作を「最後の試合」だと思って、自分のなかにあるものすべてを絞り出そうという気持ちで制作したのだという。
このように3作目にしてはやくもキャリアの総括を成し遂げてしまったドリアン・コンセプトだけれど、では自分自身を模倣するとはいったいどういうことなのか? そしてそれを踏まえたうえで、来るソニックマニアで彼はいったいどんなパフォーマンスを披露してくれるのか? 8月17日の〈Brainfeeder〉ステージでは、集大成を完成させた彼がその先に見すえているものを目撃できるかもしれない。
こういう慌ただしい時代に生きている僕らにとって最高の贅沢は、やりたいことにじっくりと、自分のテンポで取り組むことかもしれない。
■日本公演が近づいてきましたね。あと3週間ぐらい(註:この取材は7月末におこなわれた)。
オリヴァー・トーマス・ジョンソン(Oliver Thomas Johnson、以下OJ):もう1ヶ月ないの!? びっくりだな。うん、楽しみにしてるよ。
■ではまず、アルバム制作の時間について。ファーストからセカンドまでは5年ぐらいかかって、今回は4年ぐらい。あなたが納得するアルバム作りには、これくらいの時間が必要、ということですか? もちろん、新作に伴うツアーもやっているわけですが。
OJ:うん、言われてみるとそのとおりで、いまの僕には4年から5年かけるのがスタンダードになっているみたいだね。だからって、その4年から5年の間、ずっとアルバム制作に励んでいるわけではなくて、プロダクションに費やしているのはそのうちの2年……2年から3年ってところで、言ったとおり、新作が出てから1年ぐらいはそのツアーで、その次の1年ぐらいが新作の準備期間で、って感じかな。でも、少しづつ作業に慣れて早くなってはきてるんだよ。
■そうなの?(笑)
OJ:うん、だから次のアルバムはそこまで時間がかからない……といいな、と思う(笑)。
■でも、手間をかけてもアルバムという形にはこだわっているんでしょうね。近年、トラックごとにリリースしていくプロデューサーも多いけれど。
OJ:うん、それはたしかにそうで、アルバムとして流れのある、たとえば映画のような、と言ってもいいような、一貫性のある作品に仕上げたいというのはつねにあって、だから余計に手間がかかるんだけど……。
■それが楽しくもある?
OJ:そうなんだよね。いま、こういう慌ただしい時代に生きている僕らにとって最高の贅沢は、やりたいことにじっくりと、自分のテンポで取り組むことかもしれない。
■ということは、あなたの意図そのままにリスナーにもアルバムを頭からとおしてじっくりと聴いてもらいたい?
OJ:もちろん、そうやって聴いてもらうのがもっとも望ましい、と思っている部分はあるよ。でも一方で、アルバムのなかのコレがいちばん好き、とか、コレとコレが気に入っている、とかいうのは人によって当然あるだろうから、それだけを聴きたいという気持ちも理解できる。というか僕自身、90年代に12インチを買い漁ったタイプなんで、特定の曲に思い入れを持つ感じはよくわかるんだ。あとDJって、アーティストごとに最高の1曲を見つけてそれを紹介するような作業だろ? それをやっている身としては、自分のだけアルバムをとおして聴いてもらえると期待するわけにもいかない(笑)。全体でひとつの作品として聴いてもらうことを前提に作る一方で、どの1曲が選ばれるのかを楽しみにしている部分もある。
■なるほど。いまのキッズはプレイリスト・カルチャーのなかで暮らしていますもんね。自分でリストを作るにしろ、誰かが作ったものを聴くにしろ。好きなものしか聴かない、ということでもありそうだけど……。
OJ:うん、興味深い現象だと思う。僕らの世代で言うところの、ミックステープを作ったり、DJをやったり、っていうのと同じ自由……というか、その自由がさらに拡大されているってことなんだろうけど、いまは自分で音源を探したり、工夫して組み合わせたりしなくても、たとえば Spotify みたいな配信サービスのおかげでラクになった……もしかしたらラクになりすぎてるかもしれない、というのがひとつ。あとは、配信サービス側の意図が働いて特定の曲がバランスを欠くほど重要視されている例も見受けられて、それはちょっと悲しいな。
■それは、特定のアーティストが贔屓されている、ということ?
OJ:いや、そうじゃなくて、たとえば僕の曲でも、特定のものだけ推されるのを見ると、ほかにも聴いてほしい曲は山ほどあるのに、って気持ちになるということ。わかる?
■ああ、アルバムとして作っている立場からすると。
OJ:そう。配信のランキングで上がってくる曲がすべてだと思われる危険があるんじゃないか、と。そこは少し疑問に思うね。
■あなた自身は Spotify を利用しますか?
OJ:うーん、リサーチでは使うかな。そういう意味では実用的なメディアだと思うけど、リスニング用には使わないな。聴くんだったら、相変わらずヴァイナルだったり、あとはデジタルのファイルで購入することもあるけど……でも、それすらいまやレトロだよね。
■たしかに(笑)。でも、あなた自身、インターネットで注目を集めたんですもんね。
OJ:そのとおり。ビデオを自分でアップして、それが注目されたんだ。
■そういう意味では恩恵も受けている。
OJ:たしかに。でも、当時のネットのあり方はいまとはちょっと違ってた。YouTube が Google のものになるまえで、もっとこう……ユーザーの自主性に委ねられていたというか、自分の作品っていう実感があったんだ。いまはCMがガンガン入ってるし、あの頃とは違う場所になってしまっている気がする。当時は YouTube で発表するのがパンクでDIYなやり方に思えたんだけどね。MySpace なんかもそうだけど、ソーシャルメディアを利用して、HTMLで編集してホームページを自分で作って……って、あれは僕なんかにとってはすごく有意義な財産だったよ。おかげで自分の音楽を世に送り出し、音楽仲間と直につながることもできたんだから。それがここ、5年……7年ぐらい前からかな、かなり変わってしまった気がする。その、インターネットの周辺事情が。
■MySpace なんて、それこそレトロですもんね。
OJ:そうだよね。
解放(letting go)というのは、僕にとって今回のアルバムを表す大きな意味でのメタファーだな。
■で、いまはあなたもレーベルからアルバムをリリースしていて、今回は〈Brainfeeder〉から、です。
OJ:そのとおり。
■レーベル・オウナーのフライング・ロータスとあなたの関係はよく知られていますが、今回のアルバムのディールについては、彼のほうから話があったんですか。それとも、あなたから?
OJ:まず、何か作品ができると僕は必ずフライング・ロータスに送って聴いてもらっているんだ。お互いに、だけどね。新作はいつもお互い、聴いて感想を伝えたりしている。いままでのアルバムもそうだった。でも、今回の僕のアルバムは彼にもピンときたみたい。僕のほうでもなんとなくそんな気はしていたんだけどね。まえまえから、いつか一緒にやろうって話はしていたんで……〈Brainfeeder〉から僕のアルバムを出したいって話はお互いにしていたんで、やるんだったらコレだ! って双方が感じたんだと思う。僕も、〈Brainfeeder〉から自分を世にプレゼンするなら、このアルバムがふさわしいと思う。
■つまり、アルバムは完成した状態でフライング・ロータスに聞かせた?
OJ:そのとおり。
■彼はどんな反応を?
OJ:メールだったんだけど、すごく昂奮してくれているのがわかったよ。とにかく彼は、僕のヴィジョンをずっと信じてフォロウしてくれていた。いつも前向きな感想をくれるんだ。
■あなたは自分の受けてきた影響や自分にとっての音楽的なヒーローについてオープンに語ってきていて、フライング・ロータスはもちろんそのひとりだし、〈Ninja Tune〉もそう。そしてそのいずれとも一緒に仕事をするに至っている。
OJ:うん。
■ライヴで同じステージ立ってもいます。そういうのって、どんな気持ちですか?
OJ:最高だよ。若い頃のことを振り返って、当時の夢を思い出すと、それが実現したんだなって……すごく嬉しくなるときがある。つまりは、好きなものを信じて全力で取り組めば、こうやって憧れの人たちと同じ空間に身を置けるようになるんだなあって、まあ、自信にもなるけど、やっぱり実際に隣りでやっていると緊張するよ。いや、緊張じゃなくて、恐縮する、っていうのかな。とにかく刺戟的で、彼らと親しく仕事をするなかから新しい発想は生まれたり、新しい視点が生まれたりするのがすごく楽しいんだ。
■しかも、良さそうな人たちだし(笑)。
OJ:それは大きいよね。幸い僕の場合、尊敬していた人がみんな優しくて寛大な人ばっかりでね。
■〈Brainfeeder〉ですが、時代に先駆けて変化してきたレーベルという印象があります。これまでの、そしていまのあのレーベルについて、あなたはどう思っていますか。
OJ:たしかに興味深いレーベルだよね。僕が最初に注目した頃のあのレーベルはビート・ミュージック・シーン的なものに影響されたインストものやヒップホップが主だったけど、その後どんどん幅を広げて、実験的なものから、アンビエント系、完全なジャズまで手がけるようになっていった。音楽性を限定されたくないという姿勢は僕もシェアするところだ。それと、柔軟で、意外性に富んでいる、という点も。うん、彼らのアプローチは当初からずっとリスペクトしてきたよ。
■いま〈Brainfeeder〉で注目しているアーティストはいますか?
OJ:コンテンポラリなやつに好きなのが多いよ。新しいロス・フロム・フレンズのアルバムにはすごくワクワクさせられたし、「Pale Blue Dot」ってシングルはビデオも素晴らしい。親と90年代レイヴをたどるヨーロッパの旅、みたいなやつ。ジェイムスズーも仲が良くて、いつも音源をチェックしているアーティストだ。彼のアルバム『Fool』は過去数年で僕がいちばん好きなレコードのひとつだよ。あとはもう、言うまでもないけど、いつも大きな刺戟をくれるサンダーキャット。僕らは影響源も似ているし、やり方は違うけど音楽にユーモアをたっぷり盛り込んでいるあたりも共通していると思う。
■そういう友だちが日本で勢ぞろいするわけだ。
OJ:そうなんだよね。それだけじゃなくて、ジョージ・クリントンという伝説のゴッドファザーが現役バリバリで登場するんだからスゴイことだよ。
■素晴らしくインスタ映えする集合写真が撮れそう(笑)。
OJ:だよね。絶対に撮らなきゃ(笑)。
音楽の世界では「イミテイション」という言葉はネガティヴに取られるし、ある意味、烙印を押された言葉かもしれないけど、僕が音楽を習得する上では意味のあることだった。今回のアルバムでは自分自身を模倣するというか、これまでの自分の断片をなぞるようなことをやっている。
■ではここで、いくつか具体的な収録曲について聞いていきますね。まずは2曲目の“Angel Shark”。6曲目の“Pedestrians”もそうかもしれない。こういう、カウントが難しいけど魅力的なビートは、どうやって作っているんですか。最初はまずビート?
OJ:うん、僕の作品の多くは、リズム的な要素から始まっている。それがドラムとは限らないけどね。2曲目の“Angel Shark”はメロディがそもそもリズミカルだったから、それが取っ掛かりになった。頭の部分の、ちょっとギターっぽい音のシンセサイザーで引いてるメロディがそれだよ。何かしらきっかけになるリズムが必要みたいだね、僕の場合は。それを基盤として、そのほかの要素を組み上げたり膨らませたりしていくことがほとんどだ。今回のアルバムは、これまで以上にエキサイティングで押しの強い感じを求めていたこともあって、意図的に少しトリッキーなモーメントやムーヴメントを用意したつもり。だから聴いていて楽しいんじゃないかな。
■決まったセオリーがあるんですか。それとも偶発的なものが大きい?
OJ:そのときによるけど、偶発的に生まれた何かを意識的に組み立てていくことが多いんじゃないかな。セオリーというのは、つまりどういいこと?
■メソッドというか、方程式というか……。
OJ:そうだよね。いや、そういうのはとくになくて、そのときどきで変わってくる。やってるうちにルーティンがあることに自分で気づくことはあるけど。アルバムを作っているときは、無意識に一定の流れのなかで曲を書いているときがあるんだ。それに気づくのは作業も終盤のほうだけど、仕上げの段階でそのルーティンを意識するのは一貫性を実現するうえではいいことなのかもしれない。でも最初からそれが見えていることはまずないね。インスピレイション任せで、何か降りてくるのを白紙のまえでペンを持ってじっと待っているような、そんな時間もすごく多い。
■降りてきたら、紙に書くわけじゃないですよね、でも(笑)。
OJ:うん、僕の場合は何かしらの鍵盤……キーボードか、シンセサイザーか……とにかく鍵盤が付いているものがいちばん直感的に鳴らせるから。
■7曲目の“Self Similarity”はあなた版のジャングルという感じですが……
OJ:ふふふ……。
■どうですか、この言い方(笑)。
OJ:おもしろいね。じつはあれ、最初はラップやヒップホップのリズムをイメージしていたんだ。でも、それをスピードアップするとたしかにドラムンベースっぽくなるし、そのほかのリズムの要素も相まってジャングルっぽいヴァイブになっているかもしれない。ハーフテンポとダブルテンポの掛け合いが、あの曲の醍醐味なのは事実だし。ただ、自分ではジャングルじゃなくてファンクのリズムを踏まえているつもりで、そこにメランコリックな感じも加わって、レコードのなかでもっともポップな曲とも言えるんじゃないかな。でも、言われるとたしかにジャングルなノリもあるよね。おもしろい指摘だな。
■ジャングルやドラムンベースは個人的にも聴きますか?
OJ:最近はあんまり。そっち方面でまた最近、おもしろいのがどんどん出てきているのは知ってるんだけど……。プロダクション的に90年代のカッコいいジャングルを思わせるやつが、最近はまた増えてるよね。IDMアプローチの、たとえば、スクエアプッシャーの実験的なやつとか、ブレイクビーツを使ったジャングルはすごく刺戟的だし、いまだにクラブでそういういい感じのジャングルがかかると、それがピーク・モーメントになったりするね。
■前作がビート・ミュージックの枠を超えた壮大な作品だったのに対して、今回はビート・ミュージック的な要素がまた濃くなったのでは、という指摘もありますが、どうでしょう。
OJ:うん、今回のアルバムは、僕に言わせればいままで自分がやってきたことを振り返って総括したような作品だよ。前作的な要素もプロダクション面ではかなり色濃いんだけど、音楽的にはたしかに……うん、もっとまえの作品のほうが近いかもしれない。ある意味、いままでの自分をまとめて振り返って、ここに至るまでの自分の音楽的進化に結論を出した、というか。だからおもしろくなると思うよ、僕が何をやるか、その……
■次のアルバムで?
OJ:そう、次に何をやるのか(笑)。新たなるスタート、みたいな感じになりそうだから。
■このアルバムで一巡したな、と。
OJ:うん、僕自身はそう感じてる。
■それと関係あるのかな……さっき“Self Similarity”の話でメランコリックという言葉が出ましたが、ほかにもセンチメンタルな雰囲気を漂わせた曲がいくつもありますよね。“A Mother's Lament”、“Dishwater”、“No Time Not Mine”、“You Give And Give”あたり……
OJ:ああ……
■それはいまの話にあった、これまでを振り返って総括する、という感覚と繋がっているでしょうか?
OJ:そうかもしれない。じっさいあったからね、その……なんて言うんだろうなあ……たとえば……いや、そのたとえも違うかな……、うーん……、まあ、ほかにいいたとえが思い浮かばないからスポーツ選手にたとえて言うけど、サッカー選手でもなんでもいいや、これが最後の試合だと思って自分にあるものをすべて絞り出そうとするような、そんな感じ。わかる?
■はい。
OJ:自分が溜めてきたもの、知っているものを総動員して、ありったけのインスピレイションを働かせて、そしてできたものを解放する……みたいな感じだった。解放(letting go)というのは、僕にとって今回のアルバムを表す大きな意味でのメタファーだな。
■なるほど。だから自分のヴォーカルを入れることになった?
OJ:ああ、それはあるね。自分の声を使うのはまえのアルバムから始めたことだけど、あのときはテクスチャーとして人間的な要素を加味するために使ったのに対して、今回はもっと……まあ、いつも自分で自分の曲に合わせて口ずさんではいたから、歌を入れるのも自然な成り行きだったのかな。いままで自分の歌をちゃんと録音したことはなくて、メロディのアイデアは自分が歌いながら作るものの、それをシンセサイザーで演奏して使うことがほとんどだったのが、今回はなぜか「ま、いいんじゃない?」って思って。声という人間的要素を楽器として取り入れる、という感覚で使ったんで、人間の魂や精神により訴えかけることができたんじゃないか、と。とはいえ、ひとつの楽器であるという見方だから、極めて民主的に、すべての楽器を平等に用いることを心がけたつもりさ。
■そしてアルバムのタイトルは『The Nature Of Imitation』……と聞いて、「芸術は自然の模倣である」という有名な言い回しや、あるいはそれを顚倒させたオスカー・ワイルドの「自然が芸術を模倣する」というフレーズを思い起こす人もいるようです。何か関連はありますか?
OJ:へぇぇ、おもしろいね。たしかに……いや、おもしろいと言ったのは、アルバム制作中に具体的にその言葉が頭に浮かんだことはないんだけれども、たしかに繋がるなと、いま思ったからで。そもそもインスピレイションはどこからくるのか? 兄が源なのか? と考えると、たとえば子どもって、親が何をしてるのか何を言っているのか理解できなくても、とりあえず真似をしようとするだろ? それが何を意味するのか? たしかな知識は持ち合わせていないのに。それと同じことが、今回のアルバム制作のプロセスにもかなり言えそうなんだ。インスピレイションが湧いたら、それがなんなのかきちんとした知識や理解がないままに飛びついてみる、そして僕なりにやってみたヴァージョンがどんな音になるか試してみる……。僕はそもそも、ピアノの覚え方からしてふつうと違っていて、いわゆるフォトグラフィック・メモリーの能力があるらしいんだ。知ってる? 一度見るとすぐに記憶してしまうやつ。
■はい。
OJ:あ、この話はまえにもしたよね。ピアノの先生の手を見て覚えてしまっていたから、楽譜は読めなくても弾けていたという……。
■はい、はい。
OJ:だから模倣という言葉には個人的な思いも込められているのかもしれないと、いま思った(笑)。その重要性を僕は早くから知っていたんだ、と。
■模倣の重要性を。
OJ:そう、真似から入ることにも意味がある、と。音楽の世界では「イミテイション」という言葉はネガティヴに取られるし、ある意味、烙印を押された言葉かもしれないけど、僕が音楽を習得する上では意味のあることだった……というのと、今回のアルバムでは自分自身を模倣するというか、これまでの自分の断片をなぞるようなことをやっているから筋はとおると思う。こうして話を聞くと人それぞれにタイトルの解釈があってほんとうに興味深いよ。
■いいことですよね。
OJ:そう思うよ。
僕の音作りやプロダクションは電子機器を道具として用いたものだけど、インスピレイションそのものはむしろ人が演奏する音楽の世界から来ているんだよね。その中間のどこかに自分を置こうとしている。中間=in betweenというのが僕の立ち位置。
■さて、もう30分以上お付き合いいただいてますが、まだ時間は大丈夫? あとふたつぐらい質問させてもらえたら嬉しいんですが。
OJ:ああ、大丈夫だよ。
■では、エレクトロニック・ミュージックの地図上であなたの現在位置は? という質問を。さっき名前が出たジェイムスズーは、そのすべてを知りたいと言っていたそうです。そして「ミュジーク・コンクレート、シュトックハウゼン、ディムライト」ときて「ドリアン・コンセプトまで」と。
OJ:ワォ……(笑)。
■彼はレーベルメイトでもあるわけですが。
OJ:うん、おもしろいな、というのも自分で思う僕の立ち位置はむしろ……、もちろんエレクトロニック・ミュージックの方面に向けても思い切り開いていて、クラフトワークやエイフェックス・ツインや、その中間にいる数々の革新者たちにもエレクトロニック・ミュージックに歴史にも大いに敬意を払っているけれど、一方で僕のインスピレイション源にはエレクトロニックじゃないものも同じくらいたくさんあるから。たとえばジャズ。ジョン・コルトレーンに触発された発想や試みもかなりあるし、はては……ジャズ・ファンク、70年代のフュージョン、90年代の即興音楽……と……だから、たしかに僕の音作りやプロダクションは電子機器を道具として用いたものだけど、インスピレイションそのものはむしろ人が演奏する音楽の世界から来ているんだよね。その中間のどこかに自分を置こうとしている、ってことかな。インプロヴァイズされた音楽とエレクトロニック・ミュージックの真んなかあたりのどこか、に。僕がやっていることを具体的にジャンルで説明するのが難しい理由もそこにあるんだろう。中間=in betweenというのが僕の立ち位置。中間でうまくバランスをとっている……というふうに僕は自分を見る傾向にある。
■コルトレーンといえば、彼の新作は聴きましたか? 新作というのも変だけど、未発表曲のアルバム……
OJ:うん、聴いたよ。ダウンロードした。『Impressions』の新しいヴァージョンが聴けたのは嬉しかったなあ。あれが3つ目のヴァージョンだと思うけど、ピアノはマッコイ・タイナーだし、2018年になってコルトレーンの未発表音楽を聴けるなんてほんとうに昂奮したよ。あの時代のコルトレーンのカルテットは、ジミー・ギャリソン、エルヴィン・ジョーンズ、マッコイ・タイナーという特別な顔ぶれで、とくに発展的で野心的で、まだ自分たちの音を模索しているような……フリージャズにはまだなっていない、そこまで実験に走ってはいないけれども、ところどころでカルテットの形式やジャズの様式から逸脱する感じがものすごくエキサイティングだ。聴いていてワクワクして、現時点で僕の年間最優秀レコードだな(笑)。
■自分の演奏が2018年の世界で、形のないダウンロードという方法で聴かれることになろうとは、コルトレーンも驚いているでしょうね。
OJ:まったくだね。この脈略のない時代に。僕なんか、ここしばらくそのコルトレーンとソフィのアルバムばっかり聴いてるよ。すごいコントラストだろ?(笑) でも、まさにさっき言った、エレクトロニックと生演奏の間に僕はいるわけで。
■たしかに。時代の狭間でもあるし。
OJ:そうだね。
■最後に、チド・リムについてコメントをもらえますか。お友だちですよね。
OJ:うん、幼馴染だよ。最初にできた友だちのひとりかも。小学校から一緒だった。だから、6歳か7歳の頃からの知り合いだ。音楽を一緒にやるようになったのは14歳ぐらいかな。あいつのお父さんのオフィスのガレージにドラムセットがあって……ガレージっていうか、倉庫みたいなところなんだけど、4平方メートルくらいの部屋だったかな。僕は当時エレクトリック・ベースをやっていたから、そこで、そんな子どもの頃から一緒に音を出して遊んでいたんだ。『Joined Ends』のトリオでは彼がドラマーだった。いまは自分のプロダクションで忙しくしている……って、もう10年以上になるのかな、あいつがプロデューサーとして忙しくなってから。リズムに関しては、僕がいちばん影響を受けたのが彼だと言っていいと思う。ジャズ・スクールで正式にドラムを勉強した人だから、僕は彼からずいぶんいろんなことを教えてもらったよ。いまの同世代のエレクトロニック系ミュージシャンのなかではもっとも親しい友だちで、最新作の『Material』なんかはもっと高く評価されてしかるべき作品だと思う。時間がかかってもいいから、もっといろんな人が注目して聴いてくれたらいいな。あれがいまのところあいつの最強盤だから。
■ありがとうございました、長々と。
OJ:ありがとう。日本でみんなと会うのを楽しみにしてるよ。
■こちらはいま、熱波で大変なんですよ。
OJ:あ、聞いた、聞いた。そうらしいね。世界中が温暖化してるよね。
■まったくです。でもインドアのコンサートだから大丈夫(笑)。
OJ:そうか。それを聞いて安心した。みんなによろしくね。


















artist: Tony Allen & Jeff Mills