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Aphex Twin

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Aphex Twin

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デンシノオト   Aug 09,2016 UP

 2016年6月21日22時。12歳の少年が監督したエイフェックス・ツインの新曲MV“CIRKLON3”が、渋谷神南一丁目交差点、いわゆるスクランブル交差点で突如として上映された。当然、歓喜と混乱と無視が巻き起こる。いわゆるオン・ザ・コーナー的なカオスの生成。ああ、そんなことは00年代には想像すらつかなかった、やはりエイフェックス・ツインは「復活」したのだ、そう思った。むろん、“CIRKLON3”が収録されたエイフェックス・ツインの新作『チーターEP』は、話題性だけの代物ではない。この2010年代中盤におけるテクノ/IDMリヴァイヴァルの象徴として、欠くことのできない重要なピースである。

 そもそも、ここ最近、われわれの耳が、脳が、身体が、テクノを求めてはいなかったか。マシンのキックとベースがもたらす整合性による快楽が必要だったのではないか。チルウェイヴ、ヴェイパーウェイヴ、インダストリアル/テクノ、ポスト・インターネット、ベース・ミュージック、エレクトロニカ、アンビエント/ドローンなど──ジャンルの細分化が加速した現代だからこそ行き着いた「テクノへの回帰」?
 それは反動ではない。むしろ「分母」が明確になったとすべきだろう。2010年代のエレクトロニック・ミュージックは、すべてテクノが根底にあったとさえ言える。それのうちに内包されていたテクノが、明白な輪郭線を伴う分母のように、あらためて浮上してきたわけだ。

 〈エディションズ・メゴ〉傘下のシンセウェイヴ・レーベル〈スペクトラム・スプールズ〉からリリースされたマーク・フェル以降のテクノ=IDMサウンドを聴かせるセコンド・ウーマンのファースト・アルバムと〈ワープ〉からリリースされたプラッドの新作、〈タイプ〉からリリースされた90年代ドラムンベース・リヴァイヴァルのベーシックリズム『ロウ・トラックス』と圧倒的ヴォリュームで聴かせるオウテカ新作、〈モダンラブ〉からリリースされたロウジャックのアルバムとエクスペリメンタルIDMなペダー・マネーフェルト『コントローリング・ボディ』、ベルギーの〈アントラクト〉が送り出すロウ・テクノと石野卓球のエレガントセクシーでテクノなソロ新作『ルナティック』などが一堂に共存する時代、それが2016年なのである。まさにテクノ復権の時代。

 その契機のひとつをエイフェックス・ツインの復帰作『サイロ』(2014)としてみよう。『サイロ』には魅力的なビート、作りこまれたトラック、リチャードらしい繊細で牧歌的なメロディが折り重なり、フロア対応テクノとリスニング対応IDMが絶妙に交錯している。90年代と00年代の流れを継承しながらも、2010年代のテクノの可能性を探索する──それが、ほかならぬリチャード・D・ジェイムスによって、いきなり完成形を見せつけられたと言える。
 また、たとえばヴェイパー/ポストインターネット的な80年代~90年代頭の企業広報/CM的なクリシェ・イメージの反復は、『サイロ』にもあったし(RDJの世代的なものかもしれない。僭越だが同世代としてよくわかる気がする)、IDM的ともいえる緻密なサウンドは全編において鳴り響いていた。続く『コンピュータ・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ・パート2 EP』においてはスティーヴ・ライヒ的ともいえるミニマリズム、エクスペリメンタル、現代音楽的な音響を追求し、AFX名義の『オーファンド・ディージェイ・セレク 2006-2008』ではアシッド・リヴァイヴァルともリンクした。
 そう、『サイロ』以降のエイフェックス・ツインは、テン年代後半仕様にしっかり対応・変貌しているのである。

 本作『チーターEP』は、テイスト的には『サイロ』に近い。イギリスのシンセサイザー・メーカーの名を冠する本作は、同社のレアなシンセサイザーMS800を用いている。そのせいか、90年代初頭的な音色が、2016年的解像度と音圧で鳴っているかのようだ、と言えよう。私はクラフトワーク『ザ・ミックス』みたいだと思った。最近までダサいと言われていた90年代頭の音色が、何周かしてイケてる音になったのかもしれない。とくにMS800の生々しさが脳を揺さぶる3曲目“CHEETA1b ms800”と4曲目“CHEETA2 ms800”は圧倒的。いや、どのトラックも、斬新なビート・プログラミングとベースの巧さ、サウンドの中毒性が強烈だ。あわいメロディ、渋く盛り上がる構成の妙技も、ほかの追随を許さない。まさに「作曲家としてのリチャード・D・ジェイムス」の面目躍如といったEPだ。
 全曲通してベースラインがトラック/楽曲の背骨になっている。そこから上のメロディと下のビート・プログラミングが生成されているように思える。彼のトラックメイク/コンポジションの手つきを生々しく感じることができのだ。さらに、80年代の企業広告的なアートワークにはヴェイパーウェイヴ的なフェイク感も漂っている。彼がここまで同時代(若手世代)のイメージに衒いなくアプローチしたのは初めてのことかもしれない。このフェイク感/ポップな装いからは、ポスト・インターネット的な感性も楽しめるだろう。

 近年におけるアンダーグラウンド・ミュージックの細分化を経て、それらの音楽の分母としてテクノが(再)浮上した2016年、エイフェックス・ツインがウソのような自然さで、時代の先端に返り咲くことになろうとは誰にも予想できなかっただろう(カセット版は即売!)。こんなことがあるから、ますます新しい音楽(の状況)を追い続けることを止められない。音楽のサイクルには、抑圧された無意識が解放されるようなスリリングさがある。そう考えると、リチャード・D・ジェイムス=エイフェックス・ツインは、90年代以降のわれわれのテクノ、電子音楽の無意識領域だったのだろうか……。
 そんな妄想がどうであれ、2016年のテクノを象徴する1枚は、間違いなく『チーターEP』である。まさに全テクノ/IDMファン必聴のEPだ。

デンシノオト