「CE」と一致するもの

 毎年恒例でアイスランド・エア・ウエイブスのレポート。18回目のエアウエイズで、私にとっては4回目の参加。滞在期間は2日と短かったが、中身は濃かった。
 いったい、この国の良いバイブがどこから来るのだろう。アイスランドは、2008年に経済破綻したというが、初めてアイスランドに行った2013年にも、そんな様子はまったく見えなかった。レコード屋に行ったらエスプレッソが出て来るし、バーは夜中の3時でも列が出来ているし、高級レストランにも多くの人がいる。若くして子供を持っている人が多く、町は綺麗で、ホームレスもいない。どう言うこと?
 たしかに、オーロラは日常的に見れるし、ブルーラグーンや、この世の物とは思えない美しい自然が目の当たりに見れるから、観光客もエア・ウエイブスに関わらず多い。レイキャビックの町は小さく、NYで言うとベッドフォードくらいで、端から端まで歩いても1時間ぐらいなので、自転車に乗っている人が多い。町の中心にある、ミュージック・ホールのハーパ周辺の港と景色は、何処を写真撮っても絵になり(ピンク色の空)、歩くのがとても楽しい町である。
 どのようにアイスランドが、経済復興したのかと、地元の人に聞いたところ、やっぱり観光業のお陰だと言う。ただ、この小さな国にとって、クローナの価値が上がり過ぎて、またバブルが弾けるだろうと言う。エアbnbなどで、観光業が調整されず、アイスランド人にとっては家賃はどんどん高騰しているし、クローナがこのまま上がり、上がらないところまで達したら、後は下がるしかないので、政府が次にどんな対策に出るかがキーだと言う。それが資本主義だけど、もし政府が、観光業を調節しはじめ、家賃レートを守れるなら、滅茶苦茶な状態は避けることができるはず、と。とにかく2016年、アイスランドはバブリーな状態にある。因みに、NYから来た身としては、アイスランドは何でも高い。ビールが大体$9、サンドイッチを買ったら$15など。

   

 さて、私のメインの目的は、オフ・べニューと呼ばれる、昼間行われるイベント。日本やアメリカでは見れない、地元のアーティストからツアーバンドまでが、レイキャヴィックのバー、レストラン、洋服屋、洗濯屋、レコード屋、ホテル、銀行など、音楽をプレイできるところなら何処でもライヴをしている。バンドによっては1日3ステージこなし、エアウエイブス期間に10以上のライヴをこなすこともあるし、新しいバンドに出会うのに、こんなに良い機会はない。何となく予定は立てるが、もちろん予定通りにいかない。偶然良いバンドに出会ったり、知り合いに出くわしたり、人が親切なので、心地の良い所にずーっと居てしまったりする。エア・ウエイブスのいい点は、時間にきっちりしているので、何かをミスっても、すぐ予定を立てやすい。

 今回の新しい会場ベスト2は、港近くのbryggjan brugghúsとBar Ananas。どちらも、レストラン・バーで、普通のお客さんもいながら、オープン・スペースでバンドがプレイしてる。bryggjan brugghúsはビストロ風、Bar Ananasは常夏風でトロピカルなサーフ気分が味わえる。ハングアウトも出来、バンドも見れ、ご飯も食べれ、来た誰もが楽しめるようになっているのが、アイスランド風。

 新しいバンドで印象に残ったのは、Skrattar , GANGLY, GKRで、リピートとしてはSamaris, Mammút, Hermigervill, Fufanu, Mr.Sillaが良かった。キー人物がいろんなバンドでプレイしているので、それを追いかけると、だいたい良いバンドに出会える。例えば、SamarisのJofridurは、Samaris以外に、 Pascal Pinon, GANGLY,そしてソロのJFDRをやっていて、どれも彼女の個性で成り立っている。GANGLYはまったく知識がなく、感で見に行ったのですが、見てすぐに彼女がシンガーだと気づいた。何か、引き寄せられる物がある。
 見れなくて残念だったのは、やっぱりビョーク。私はDARLINGリストバンドをもっていたが(列に並ばず入れるVIPリストバンド)、それでも入れず、会場のハーパで雰囲気だけを味わっていた。見れた人は本当にラッキー。アメリカのバンドはNYでも見れるので、ことごとくスキップしたが、Santogold, Warpaint, Frankie cosmosは見たかった。
 2日の滞在だったが、新しいバンド、新しいものごと、上から下まで十分にインスパイアされた。気候がどんどん温暖化して、今年は軽装で行ったのだが、難なく快適に過ごせた。
 アイスランドは本当に、何を食べても美味しいし、人びとは、朝まで普通にパーティしているが、モラルがあり、嫌な目にあったことがない。何処でもクレジットカードが使え、Wi-Fiがあり、英語が通じる。そして、アイスランドは安全、親切。朝6時にバスを待っていると、シリアから来たという男の子と簡単に友だちになったり、バスの乗り場を間違えて待っていたら、ホテルの男の子スタッフが、わざわざ正解のバス停まで連れて行ってくれ、バス会社に電話して、私がミスっていないかを確認してくれ、バスが来たら、わざわざ止めて、そのバスがあってるかどうか確認してくれたうえで「良い旅を!」と、送り出してくれる。これが平均的なアイスランド人。涙が出そうになった(とくにNYにいると)、マジカルなアイスランド体験だった。

 

最後に今回見たバンドのリスト。

Fri 11/4
Just another snake cult @bio Paradis
Samaris @bryggjan brugghús
Mammút @bryggjan brugghús
Kótt grà pje @bryggjan brugghús
SiGRUN @12 tonar
THROWS (UK) @12 tonar
Gruska Babuska @ Bar 12
GKR @ American bar
Dolores Haze (Sweden) @gaukurinn
IDLES (UK) @gaukurinn
Hermigervill @ gamla bíó

Sat 11/5
asdfhg. @ Hlemmur Square
Kaelan Mikla @ Hlemmur Square
Fufanu @ Bar Ananas
Mr.Silla @ NASA
Skrattar @ Gaukurinn
GANGLY @ Gamla Bio
Chinah (DK) @ Gamla Bio

公式サイト
https://icelandairwaves.is/

エアウエイブス・サバイバルガイド
https://grapevine.is/culture/music/airwaves/2016/10/31/iceland-airwaves-survival-guide/?=rcar

Yoko Sawai
11/12/2016

interview with Romare - ele-king


Romare
Love Songs: Part Two

Ninja Tune/ビート

HouseDisco

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 ロメアーが昨年リリースしたアルバム『Projections』は、この日本でもじわじわと、時間をかけながら受け入れられている。その音楽はデトロイトのアンドレスのディープ・ハウスのムードに近く、ムーディーマンやマッドリブの“古きブラック・ミュージック愛”とも連なる。コラージュ的で、しかもそのセンスはアフリカン・アメリカンへの愛情と強く共振する。
 そんなわけで、ハウスやヒップホップのリスナーは、この1年のあいだそれぞれゆっくりとロメアーと出会い、いまではたくさんの人が聴いている……のだが、ロメアーはブリストルの〈ブラック・エイカー〉からデビューしたイギリス人で、アメリカの貧民街に暮らしているわけではない。
 話は変わるが、PC前の妄想もぼくは好きだが、こうして取材をすることは、その人の作品を理解するうえではものすごく大切な行為である。ロメアーに関して、ぼくは大きな誤謬を犯していたので、今回の取材はひじょうにためになった。
 2012年のデビュー・シングルに「Afrocentrism(アフリカ中心主義)」という言葉を冠したロメアーは、続く2013年の「Love Songs」においても、シカゴのフットワークの影響を取り入れていた。こうなるとこの人は、UKの音楽シーンに昔からいる、いわゆる“ブラック・ミュージック・フリーク”かと思ってしまっても無理もないだろう……と自己弁護めいて嫌な気分になるが、じつは彼の本質はそこではなかった……とういことが明らかになった取材だった。
 新作の『ラヴ・ソングス:パート2』は、前作同様クオリティの高い作品であり、ロマンティックなダンス音楽でもある。カリブーのような最良のUKダンス・ミュージックともリンクする。照れることなく「ラヴ・ソング」と言ってしまう純な心意気、ぜひ聴いて欲しい。

今回のアルバムはもっとヨーロピアンやブリティッシュ・フォークからの影響が強いね。他にもディスコやアイリッシュ音楽とかの影響もあったんだけど、僕はいろいろな違う場所の文化の音楽を取り入れたいんだ。

ロメアー・ベアーデンといえば、ハーレムにおけるさまざまな場面のアフリカ系アメリカ人を描いた芸術家です。彼の何があなたをそこまで強く捉えたのですか?

ロメアー:もともとあるものに自分が作ったものをはめ込んでいくという手法にとても惹かれたんだ。新聞や雑誌という従来からあるもののコラージュに自分のペインティングを加えて新しい作品として出すという形にとても興味を惹かれた。僕がやりたいのはこれの音楽ヴァージョンだったし、まさしくこの手法だと思ったね。

音楽とは別のところで、あなたはアフリカ史、アフリカン・アメリカン史を学んでいたのでしょうか?

ロメアー:学校では勉強したけど、いつも音楽をやりたいと思ってたし、そのときは興味があって勉強してたけど、いまはいろいろなことに興味を持っているよ。

アフリカン・アメリカンの文化全般に興味があるのでしょうか?

ロメアー:アフリカン・アメリカン音楽シーンに興味があるんだ。彼らが生んできたジャズ、ブルースやゴスペル、ディスコ、ヒップホップなどの音楽は、今日のメジャー音楽へとても影響を与えているからね。だから僕は、彼らの生んできたものにとてもリスペクトを払っているんだ。
 ただ『Projections』に比べたら今回の作品への影響は少ないかな。今回のアルバムはもっとヨーロピアンやブリティッシュ・フォークからの影響が強いね。他にもディスコやアイリッシュ音楽とかの影響もあったんだけど、僕はいろいろな違う場所の文化の音楽を取り入れたいんだ。

こんな現在だからこそ、新作は、『Love Songs』シリーズの『Part Two』になったのではないかと邪推してみたのですが。

ロメアー:『Part Two』は、世界に向けたラヴ・ソングだよ。結構サンプリングの素材が多かったしね。基本的に僕は、自分のリリースするものに毎回テーマを設けるようにしているんだけど、今回のテーマはサンプリングの楽曲のなかの歌詞によるところが大きい。テーマを設けるとサンプリングするときの選曲がわりとスムーズなのとまとめやすいという利点があるんだ。というのも、僕はあらゆる感情をアルバムに詰め込みたいから、そうなるとわりと膨大の量のサンプルが必要になってくる。でもテーマがあればその膨大な量のサンプルもまとめることができるからとてもいいんだよ。

「Part One」はまだジュークやアフリカのエレクトロの影響下にあり、しかし『Part Two』の音楽性はより寛容で、洗練されています。ということは、音楽的には『Projections』を発展させたもので、コンセプト的に「Part One」を継承するものだと考えられます。あなたが托した「Love Songs」の意味について話してください。

ロメアー:うん、それはとても的確にとらえていると思う。たしかに僕が使ってるリズムやサンプルの使い方とかその通りだと思う。“Part Two”はトラックの数も10あるから、そういう意味では言ってる通り寛容だと思うし、洗練もされていると思う。最初の曲はジミ・ヘンドリックスと彼のガールフレンドについての関係性を描いたものなんだけど、テーマはひとつだけど形が違うっていうものを表したかったんだ。

曲名からも今回が“LOVE”で統一されていることが伺えるのですが、ここには啓発的な意図もあるのでしょうか?

ロメアー:いま言ったことと同じなんだけど、「LOVE」ってとても大きなテーマだし、どの音楽ジャンルでも取り上げているもっとも大きなテーマだと思うんだよね。人間として永遠に考えて、乗り越えなくちゃいけない問題だと思うんだ。それに興味深い歌詞が一番多いテーマでもあるしね。

“L.U.V”のような曲には、ある種のニューエイジ的なセンス(たとえば最近のマシューデイヴィッドが試みているような)も感じるのですが、そう言われるのは心外ですか?

ロメアー:えーっと、まずマシューデイヴィッドが誰なのかちょっとわからないんだけど……まずこのタイトルは、歌ってる歌詞のなかから選んだんだ。僕はサンプルを使う時にサンプルのなかで歌ってる歌詞のなかから歌詞をつけることが多いんだ。

その“L.U.V”でサンプリングしている声について教えてもらえますか? 

ロメアー:サンプルだから誰が歌ってるかは明かせないんだ、ごめん。

“New Love”なんかはいわゆるスピリチュアルで、瞑想的なんですが、ここにも啓発的なものを感じるんですよね。この曲に込めたあなたの思いとは?

ロメアー:テクノのパーティに行って影響されて作った曲なんだけど、あんまり7分の曲って作らないんだけど、トランスな感じにしたかったんだよね。それがたぶんスピリチュアルな感じを生んでいるんだと思う。

世界に向けたラヴ・ソングだよ。結構サンプリングの素材が多かったしね。基本的に僕は、自分のリリースするものに毎回テーマを設けるようにしているんだけど、今回のテーマはサンプリングの楽曲のなかの歌詞によるところが大きい。

「Love Songs: Part One」は2013年にEPとしてリリースされましたが、『Part Two』は当初からアルバムになる予定だったのでしょうか?

ロメアー:いや、最初はアルバムを作ろうとは思ってなかったんだ。最初に「Love Songs」を“Part One”としたのは、テーマが大きすぎておさまりきれなかったから、シリーズ化するためにわざと“Part One”とつけたんだ。そうすれば色んな形でまたLove Songsを捉えることも出来るし次につなげられると思ったんだ。正直“Part Two”はアルバムにしようと考えてたわけじゃないんだけど、いまはアルバムとしてリリースしたいと思ってたからこの形にできて良かったと思ってる。

デビュー・シングルに“Afrocentrism(アフリカ中心主義)”とまで謳っていますが、それはいまのあなたにも継承されているコンセプトなのでしょうか? 

ロメアー:僕はいろいろな国のいろいろな文化に興味があってひとつのことに捉われていたくないというのもある。だからいまはもっとイギリスやヨーロッパの歴史やカルチャーに興味があるね。

〈ブラック・エーカー〉時代はいろいろなリズムを試していたと思うんですけど、『Projections』で、ハウス・ミュージックというフォーマットのなかにそれらを組み込みましたね。その経緯について話してください。

ロメアー:ハウス・ミュージックについてはよく知らないんだ。ディスコの方がずっと興味はあるけど。もしかして僕の音楽をどこかにあてはめるには、ハウスのところにはめるしかないのかもしれないけど、僕はディスコ音楽を取り入れているし、みんなが踊れるダンス・ミュージックがいいなって。DJしてて楽しい音楽の方がいいしね。

逆に、〈ブラック・エーカー〉時代はレーベルのカラーに合わせて、ジュークやエレクトロをやったフシもあったんですか?

ロメアー:いや、そういうわけじゃないよ。かなり昔にジュークやフットワークに熱心だった時もあったんだけど、そこで感じたのは、ダンスっていうジャンルは必ずその音楽に合わせないといけないってことだった。だから僕は、音楽をやっている者としてもっと違うこともやってみたいなって思ったから興味の先が移ったっていうのがあるね。

ムーディーマンやセオ・パリッシュについて訊きますが、彼らのどこを評価してますか?

ロメアー:好きなのは断然ムーディーマンなんだけど、彼の音楽にはソウルを感じるんだよね。それに限界を押し上げる力があるというか。

「Meditations On Afrocentrism」から今作まで、あなたのアートワークがあなた自身の手によるコラージュ作品であるように、あなたはサンプリングを扱い、音楽を作っています。あなたのサンプリングは、なんでもいいわけではなく、サンプリング・ソースそのものにも意味がありますよね? 今回は、サンプリングにおいて前作までとどのような変化がありましたか?

ロメアー:前作との違いはサンプリングの数が減ってることだね。今回はサンプリングを減らして楽器をもっと使ってるのがいちばんの違いだね。前よりもっとキーボードやシンセイサイザーを使いたくて取り入れているんだ。

“Je T'aime”とか、“All Night”とか。こういう曲はクラブ・フレンドリーの典型的な曲だと思うんですけど、あなたはクラブ・カルチャーのどんなところを良きものと思うんですか?

ロメアー:音楽って自分が音から受ける影響だと思うんだよね。クラブ・カルチャーって新しい音楽に出会える場でもあると思う。そこでまたレコードにも興味を持ったりね。いろんな垣根を越えられる空間じゃないかな。

USのヒップホップやUKのグライムからインスパイアされることはありますか?

ロメアー:グライムからはまったくインスパイアされたことはないね。ヒップホップは多分にあると思う。結局はサンプルだけど、ウータン・クランとかは、なんていうかダスティーだけど温かみがあって、ナチュラルでオーガニックな音楽だと思う。

interview with POWELL - ele-king

 俺は間違っても君がやっている音楽のリスナーではない。俺は機械化されたダンス・ミュージックが大嫌いなんだ。それがプレイされるクラブも、クラブに行くような連中も、連中が摂っているドラッグも、話している内容も、着ている服装も、やつらのなかのいざこざも、基本的に、100パーセント、そのすべてを憎んでいる。
 俺が好きなエレクトロニック・ミュージックは、ラディカルで他と違ったもの──ホワイト・ノイズ、クセナキス、スーサイド、クラフトワーク、それから初期のキャバレー・ヴォルテール、SPKやDAFみたいな連中だ。そういうシーンや人たちが/クラブに吸収されたとき、俺は敗北感すら覚えたものだ。俺はダンスこの地球上の何よりも深くクラブ・カルチャーを憎んでいる。そう、俺は君がやっていることに反対しているし、君の敵なんだ。 

──パウウェルがビッグ・ブラッグをサンプリングしたことを
スティーヴ・アルビニに知らせたところ、
本人から返信されたメールより

 いや、だからこっちはそれどころじゃないんだって。日曜日のサッカーの時間がはじまる1時間前からもうほかのことは考えられない。時間がずれていたらライヴァルたちの試合も見なければならない。試合後は、監督インタヴュー/選手コメントを3回以上は読み返す。ホント、応援するほうもたいへんだよ。J1昇格、すなわち人生がかかっているんだから。
 もちろん某君にとってはどうでもいいことだった。アレックス・スモークもゾンビーも、アルバム、いまひとつだったな、と彼はぶっきらぼうにつぶやいたのだ。それから、彼はこういう。もっとできたはず。
 もっとできたはず? いや、いまはどんなに泥臭くてもいいから勝って欲しいし、こう言ってはナンだが、連中はまだずっとマシな部類に入る。多くのクラブ・ミュージックがいま見失っているものはアティチュードにほかならない。テクノというジャンル名は、ホアン・アトキンスによってアルビン・トフラーの『第三の波』の“テクノ・レベル”から取られたという話は有名だが、早い話、その“レベル”の部分が欠落している。つまり、スリーフォード・モッズと〈Editions Mego〉との溝を埋める存在はおらんのかと。パウウェルが注目されなければならない理由はまずここにある。
 「絶え間なく新たな難題に直面しているような感覚……」と、パウウェルは説明する。台頭する右翼勢力、シリア内戦と難民、あるいはブリグジットにトランプ、いまやネットで世界中のニュースにアクセスできる。この10年で、未来/フューチャーという、80年代~90年代のハウス/テクノの楽天的な合言葉も喪失したわけだが、パウウェルときたら、まさに日々更新される恐怖のなかで、それでもぼくたちは楽しくやっているんだと言わんばかりだ。笑いがあるんだな。ここにもうひとつ、パウウェルに惹かれる理由がある。
 ジョン・サヴェージの『イングランズ・ドリーミング』によれば、否定者とは時代を切り拓くものであるから、期待しましょう。『スポート』は、パンク40周年の2016年にリリースされたテクノ界のブライテスト・ホープの最初のアルバム、アンダーグラウンド・ロックンロールの声明である。
 え、もっとできたはず? 

エレクトロニック・ミュージックにはもっとアティテュードが必要だ。極端に味気なく(flat)になってるし、政治性も閃きもアイデンティティも欠落しきっている。あまりにも無難で刺激がない。いまや、フェスティヴァルが音楽界の風景をコントロールしているような気分になってるどこかのエージェントがつまらない出演者ばっかりブッキングして悦に入っているが、ぼくは音楽でエンターテイナーになるのはごめんだ。


Powell
Sport

XL Recordings/ホステス

Techno not TechnoUnderground Rock'n'Roll

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最初の質問はちょっとファニーに聞こえるかも、ですが、なぜスイカ(https://www.youtube.com/watch?v=8bYsnJfRcdA)なんですか?

パウウェル:えぇと……、全部は話せないな、ちょっと汚い話なんで。その……どうしよう、誰にも裏話は教えられないな、ちょっと恥ずかしいから。ただ、14才のとき、ぼくの身にあるおかしな出来事が起こった、とだけ言っておく(笑)

それだと余計に興味を持たれそうだけど(笑)、とにかく何かを象徴してはいるんですね、スイカは。

P:象徴するものはあるよ。ただ、メロン自体はぼくが自分のラジオ番組をメロン・マジックにしたり、ちょこちょこ使ってるうちにぼくのファニーなアイデンティティのようになっていたんで、今回はそれを茶化したってとこだね、ほんとのところ。

なるほど。じゃあ、こちらで

P:うん。

さて、あなたは作っているヴィデオもおかしくて興味深くて行間を読みたくなるという……

P:うん、もちろん。

観る人に「これはどういうこと?」と考えさせようという意図もあるんでしょうか。

P:いや、そんなことないよ。なんだろう……ぼくがやることはみんな、音楽もそうだし、音楽について語るときも、自分の見せ方にしても、ありのままの自分を可能な限り真実で正直な姿で表現しようとしているだけなんで、ヴィデオも……あのメロンにしても、ぼくが友だちとツアー先でメロンで遊んでるっていう、それだけのこと。ぼくが作るヴィデオはどれも自分自身を反映しているにすぎない。みんなに、何がぼくの動機付けになっていて、ぼくがどういう人なのかをわかってもらいたいだけで、わざとらしいものを作ろとしてるわけじゃない。そういう意味じゃ、推測すべきことなんて何もないんだよね。すべてはぼくなんであって、これが真実ってこと、基本的に。

“ジョニー”のヴィデオもそうだし、“アンダーグラウンド・ロックンロール”(https://www.youtube.com/watch?v=bamMBFc8AtU)も……

P:あぁ、“アンダーグラウンド・ロックンロール”のヴィデオはぼくも好きで、何が好きかっていうと……ぼくはポピュラー・カルチャーの搾取が大好きなんだよ。アンダーグラウンドのどん底あたりにいるアーティストがポピュラー・カルチャーを利用して、搾取して、それで遊んでしまうというのが面白い。ぼくは前からその手のものが大好きだった。ポップ・アートが好きだから、アンディ・ウォーホルを真似て自分の顔を描く、なんてことも、もっと若い頃にはやってみたし。そうやってカルチャーを搾取することには、前々から関心があったんだ。そういうのって、やっていることに注目してもらう手段として面白いし、そこに周囲とのインタラクションを生み出すのもまた面白い。
 ぼくはけっこう肯定派なんだよね、その……、マーケティングとかプロモーションとかいう言葉を使うのは好きじゃないけど、ぼくがアートとしてやっていることと別物だとは思っていなくて、実は同じことだと考えているんだ。ぼくは自分の音楽をみんなに聴いてもらう術を探し出すこともまた楽しいと思ってる。だって、結局のところぼくはこれを生涯ずっとやっていきたいんだから、みんなに聴いてもらいたいよ。じゃないと、作り続けていけないし。

アクセスしやすさ、というのもアートの一環、ということでしょうか。祭り上げるのではなく。

P:そうだね。ただ、アクセスしやすい、という言い方は間違いかも。というのも、ぼくはとっつきやすいものを創ろうとしたことはないんで。出来たものに対して人びとを呼び込もうとはするけど、わかりやすい音楽を作って気に入ってもらおうとしているわけじゃない。ぼくはぼくのやることをやって、その上でみんなに入ってきてもらうための方法を模索する、ということ。入って来ずらいようにはしたくない。

同じことがタイトルにも言えますか。『スポーツ(SPORT)』というのは、どう解釈したらいいのか。

P:“SPORT”って、ぼくは素敵な概念だと思うんだ。人びとが競い、闘い、苦しみ、努力し……スポーツにはそういうのがみんな詰まってる。精神的なものも、肉体的なことも、そして難しくもあり、楽しくもあり。そこがぼくにはすごく重要なんだよね。ぼくにとってこのレコードは心と体と両方に働きかけるものだ。いまのダンス・ミュージックは体だけ……になっているとぼくは思うんだけど……じゃなくて、もっと全方向的な体験……ゲームみたいな感じかな。多角的で、進んだ先々で予想もつかない楽しみが待っている。ぼくとしては、レコードを中心にゲーム的な感覚を生み出す、という発想が気に入っていて、作りながら自分でもそんな感覚を味わっていたんだ。だから、この言葉がいちばん相応しいように感じた。それに、なかなか素敵な言葉だと思うよ、スポーツって。人によって意味するものがいくらでも変わってくるだろうから、好きに解釈してもらえるのもいいところだ。

スポーツって、アートとは対極のイメージがありますが。

P:ぼくも子供の頃はスポーツやってたけど、いまはスポーツが得意なタイプじゃない。いまでも観るのは好きだけどね。とはいえ、POWELLのショウを持ちこたえるには、かなり運動能力が必要だから、ね、その意味でも相応しいかも。

ダンス・ミュージックはおっしゃるとおりフィジカルだし。

P:そう。

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いま、悪いことばっかりあるだろ? シリアもそうだし、ドナルド・トランプも、BREXITも、経済もそう。常にこう、カオスの淵に立たされているような感じがする。落ちてしまったらすべてがダメになる、と。でも、実際にそうなってしまう気配はない。その感じがぼくの音楽に表れている。絶え間なく新たな難題に直面しているような感覚……。

ところで、質問者はあなたのやっていることのパンクな側面に注目しているようで、このアルバムも幕開けはあなたのトレードマークでもあるノイズで始まりますが、ペル・ウブやザ・フォールやフガジをサンプリングしているあたりなど……

P:うん。

あなたの音楽はシカゴのハウスとかではなく、スロビング・グリッスルズやコイルなど、もっと政治性のある音楽と比較できるのではないか、と。もっとも、あなたのやっていることはまったく政治的ではありませんが……。

うん。

そういった側面と関わることは避けているのか……。

P:ぼくの音楽は常に、ある意味政治的だと自分では思ってる。自分の信じるものを目指して本気で闘っているから。わかる? ぼくはそう思うんだ。狙いとしては、反発なり、行動なりをぼくが思うところの非常に退屈なエレクトロニック・ミュージックに対して起こしているつもりだ。過去20年、リサイクルばかりで同じことしかやっていないからね、ああいう音楽は。
 あと、質問者の指摘はまったくそのとおりで、ぼくの育ちは、DIYクラブに通ったりギターをブッ壊したりボトルを人の顔に投げつけたりするタイプのパンクではなかったけど、やっていることにはたしかにパンクな側面がある。なぜかというと、パンクって必ずしもパンク・ミュージックを聴いていることをいうんじゃなくて、姿勢に表れるものだから。あと、意思を持って……刺激を与えることで何かを変えようとする姿勢、それがぼくの音楽の根本にあることは間違いない。いま、名前が挙がったようなバンドの方が、物事との対峙を迫るというか、音楽に限らずアートや世界や色んなものに対する見方を変えてしまうというか、そういう点でワクワクさせられるんだ。こうやって、ちゃんとしたレコード会社で作品をつくれるようになっても、その発想を固持できているというのは、ぼくとしてはすごく恵まれていると思う。エクセルみたいなレコード会社が、こういう音楽と、こういう音楽を作る人間をそこまで信じてくれているんだから本当にありがたい。
 ぼくは、エレクトロニック・ミュージックにはもっとアティテュードが必要だと思ってる。最近、極端に味気なく(flat)になってるし、政治性も閃きもアイデンティティも欠落しきっているからね。あまりにも無難で刺激がない(dull)。いまや、フェスティヴァルが音楽界の風景をコントロールしているような気分になってるどこかのエージェントがつまらない出演者ばっかりブッキングして悦に入っているが、ぼくは音楽でエンターテイナーになるのはごめんだ。レコードの冒頭に残虐なノイズを持ってくるのも、そこに理由がある。「あんたを楽しませるつもりはない、ぼくなりに音楽に大切だと思うものを届けにきただけだ」という、ぼくからの宣言さ。だから、取りようによっては警告、だね。でも、それを理解しないバカなやつをそこで排除する策でもある。

ただ、そういうのを直球で深刻にぶつけてくるだけではなく、そこはかとなくおかしいユーモアに包んでいる感じもあなたの音楽にはありますよね。前述のパンクなバンドにもあった要素です。それもまた、あなたがパンクに共感する部分ですか。

P:ユーモアはぼくにはすごく重要だよ、うん。ただ、やっぱり意図的なものではない。さっきも言ったように誠実に、正直にやっていれば人間性が滲み出るんだと思う。世のなかにはシリアスな音楽がいっぱいあるよね、実験音楽の世界とか、まあ、名称は何でもいいけど。でも、そこにも楽しんでしまう隙間はあるんじゃないか、とぼくは感じてる。自分も楽しんで、聴く人を笑わせてしまう余地が。ぼくは前から、カオス&ノイズと遊び心&ノリ(groove)の狭間の微妙な境界線がすごく好きで、そのギリギリのところに佇んで、いつどっち側に転がるかわからない、みたいな感じを楽しんでいる。カオスの方に落ち込んでいくのか、はたまた遊び心に誘われてパーティに行ってしまうのか。ね? その感覚が、ぼくはすごく興味深いと思ってる。そんな感覚で音楽を体験することが。先を読み切れないっていうのは、最高に興奮するよ。

どっちかに転がり落ちてしまうこと、あるんですか。

P:曲によると思う。難解だったりカオスだったり、それだけのモーメントは作りたくないけど、そうなってしまうときはあるね。でも、カオスがあったら、それに対してもっとこう……グルーヴ主体のものとか、コントラストがあるのがぼくは好きだから、ぼくの音楽は基本、そういうふたつの対照のあいだを行ったり来たりしてるんじゃないかな。それも、できるだけ普通じゃない、ヘンなやり方で。

世界的にそうですが、特に英国では BREXIT以降、ユーモアが失われて緊張感が高まっているように思えます。そんな現状に対するひとつの答として、こういう音楽を提示している、という意識はありますか。

P:夕べ、ガールフレンドと一緒にぼくの音楽について話をしてたんだけど、まあ、ぼくら、よく音楽論議をするんだけどね、昨日は特に、あるインタヴュアーからこのレコードは時代を興味深く反映していると言われたんで、そのことについて……、いま、悪いことばっかりあるだろ? シリアもそうだし、ドナルド・トランプも、BREXITも、経済もそう。常にこう、カオスの淵に立たされているような感じがする。落ちてしまったらすべてがダメになる、と。でも、実際にそうなってしまう気配はない。その感じがぼくの音楽に表れている、と指摘されたんだ。自分では考えたことがなかったんだけど。絶え間なく新たな難題に直面しているような感覚……。でも、それは注意力欠陥というふうにも捉えられるのかな、とぼくは思った。
 ぼくの音楽って、どんどん跳ね回って跳ね返されて変化しながら聴いている人をどこかへ引っ張って行っては何か珍しいものを見せていく、というような。なんでそうなるのかは自分でもよくわからないけど、何もかもがこう……短くて、早くて、シャープで、どんどん変化して、常に何もかもが変わっていく世のなかの動きと繋がっているところは確かにあるのかも。

ある意味ではぼくの音楽もたしかにテクノだとは思うけどね、アルビン・トフラーがその言葉を使ったときの、未来を意味するものだったテクノという本質的な意味においては。ぼくの音楽にとって“未来”はとても大切だ。過去を引き合いに出して語ろうとする人は多いけど、ぼくの希望としては、みんなにこれを古い音楽ではなく新しい音楽として見てもらいたい。


Powell
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ところで、あなたは自身のレーベル〈Diagonal〉を持っていますが、その立ち上げから「The Ongoing Significance Of Steel & Flesh」(2011)のリリースに至るまでの経緯を教えてもらえますか。

P:うん、といっても別に経緯ってほどのことはなくて、15年間ずっと作ってきた音楽をリリースしたいと思ったのがきっかけなんだ。それで、色んな人に相談して実現させた。いまの時代、レコード・レーベルを始動させるのは実に簡単なことだからね。ただ、レコード1枚だけ出して終わるレーベルにはしたくない、という思いはあった。で、2作目を出して、気が付いたら35作になってた。ぼくは音楽をプレイするのも大好きだけど、同じくらい自分のレーベルを愛してるんで、もっとそっちに費やす時間があったら、と思う。ここ1年は本当に異常に忙しかったから。

ここでいくつか既存のレーベルの名前をあげますので、あなたがそのレーベルや出している作品についてどう思うかコメントしてもらえますか。まずは〈Blackest Ever Black〉と〈Modern Love〉。

P:うん、〈Blackest Ever Black〉を運営してるキーランのことはよく知ってるよ。20年~10年だったか、ぼくの最初のレコードが出る前、〈Blackest Ever Black〉もはじまる前に会ったことがある。その時、キーランはレインの連中と一緒で、みんなで自分たちのレコードをリリースする話で盛り上がった。その後、〈Blackest Ever Black〉がやるようになったパーティの、最初の2回ぐらいはぼくも参加してプレイしたし、キーランの活動とはぼくは何かと繋がりを持ってきた。〈Modern Love〉も同じで、運営してるシュロム・アブンカはぼくの友だちで〈Diagonal〉のディストリビューションをやってくれてるんだ。だから、すごく近い関係だよ。音楽的には当然、違いがあるけどね。それぞれのアイデンティティがあるし、重要視するものも、提示の仕方もそれぞれだから、音楽的にはそのふたつのレーベルと必ずしも親近感を持ってはいない。でも、姿勢の面では間違いなく共感する。

ふたつ目のグループは〈Pan〉、〈Editions Mego〉、〈Raster-Noton〉.

P:うん、〈Pan〉と〈Mego〉はぼくも大好きだ。理由はやっぱり、〈Pan〉をやってるビルも〈Mego〉をやってるピーターも友だちだからね。音楽に関してぼくがいちばんワクワクするのは、好きなことをやっているなかで出会ったそういう友だちができることなんだ。音楽をやっているから行けるような場所へ旅して、人生や音楽やアートについて素晴らしい考えを追っている人たちと出会って話をしてパーティをして楽しむことができる。そういうレーベルはどれもリスペクトしてるよ。大変な努力と献身が必要だということはぼくもよくわかっているからね。しかも、結局のところそれでほとんど儲かるわけでもない。この手のレーベルを運営している人はみんな尊敬に値する。

そして、いきなりなんですがスリーフォード・モッズは好きですか。

P:あぁ、好きだよ。最高だ。演奏しているところを実際に見たことはないけど、レコードはけっこう持ってる。音は好きだし、すごくいいと思う。いまの時代にすごく必要だ。

必要というのは、メッセージの面で?

P:うん、というか……要は声(voice)、だよね。代表する声……、イングランドの状況を描き出しつつ、それを極めて新しい、独創的でスタイリッシュで革新的なやり方で提示している。だから人は耳を傾ける。そこが素晴らしいとぼくは思う。

彼らが伝えているいまのUK社会は、あなたも同意するところですか。

P:正直、あんまり歌詞には注目していないんだ。いつも音楽の方に耳がいってしまうから。ぼくが感じとっているのは感覚的な……、いや、もちろん言葉は聞こえているし、めちゃめちゃおかしいから印象にも残るけど、具体的にここがこう、というのは必ずしもないな。彼らは自分たちの暮らしを題材にして、その暮らしが自分たちの目にどう映っているか、を表現しているんだと思う。だから、怒りとか、募る不満とか、そういうのは感覚的に伝わってくる。いまこの国で暮らす人の生活が浮き彫りになってくるんだ。別に攻撃的な言葉を使わなうても、敵意みたいなものが伝わってくる彼の声がぼくは好きだな。ああいう音楽にああいう言葉、という組み合わせから伝わるフィーリングが多くを伝えてくる。そこがぼくにはエキサイティングだ。なんかこう、エネルギーが炸裂している感じがする。あと、やってる人の姿勢が伝わってくる。ぼくはそういう音楽が好きだ。

話は戻りますが、あなたがテクノ・ミュージックを好きになったきっかけは何ですか。

P:っていうか、ぼくはテクノ・ミュージックに入れ込んだこと、ないよ。

あら……

P:(苦笑)、正直テクノはすごく退屈だと思ってるから。とはいって、18歳から25歳ぐらまではそれなりにテクノも聴いていて、レコードもずいぶん買った。ただ、テクノの大ファンだったことはなくて、いまとなってはもう、テクノのクラブで一晩中をテクノを聴くなんて無理。退屈しきってしまう。良質なテクノなら好きだけどね。かつてのテクノの本質とか、その成り立ちなんかは興味があって、つまりは音楽を未来へと方向づけよう、そのためにマシーンを使って何か新しいものを創ろうとしていたわけだけど、いまのテクノにそういう意味合いはないと思う。いまのテクノの意味するものは、4拍子のキックドラムさ。あとハイハット。
 まあ、ある意味ではぼくの音楽もたしかにテクノだとは思うけどね、アルビン・トフラーがその言葉を使ったときの、未来を意味するものだったテクノという本質的な意味においては。ぼくの音楽にとって“未来”はとても大切だ。過去を引き合いに出して語ろうとする人は多いけど、ぼくの希望としては、みんなにこれを古い音楽ではなく新しい音楽として見てもらいたい。

たしかに、出始めのテクノにはパンクに通じる姿勢がよく指摘されましたが、その部分は失われているかも。

P:同じ感じはしないよね、もう。

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セックス・ピストルズとぼくが共有するものがあるとすれば唯一、彼らが登場したときの状況ぐらいかな。興味深い時代ではあったよね。そこで彼らはガラリと方向転換をはかった。音楽の可能性における別の選択肢を示したわけだ。ああいう姿勢を、もっとみんな示すべきだとぼくは思うな。何でもそうだけど、何か違うことをやろうとするのなら、ジワジワと違う方向へ押していくんじゃなくて、過激なまでに違うものをいきなり提示するのがいい。


Powell
Sport

XL Recordings/ホステス

Techno not TechnoUnderground Rock'n'Roll

Amazon

じゃあ、パンク・ミュージックとの出会いについて教えてもらえますか。

P:さっきも言ったように、いわゆるパンクスだったことはないんだ。聴いてたのはジャングルとかドラムンベースだから。それからテクノ・ミュージックを知って、その後は2004年、2005年あたりにダブステップが出てきてからは2年ぐらい、本気で入れ込んだ。でも、それでエレクトロニック・ミュージックに飽きてしまって、あらためてパンクやポストパンク、インダストリアル・ミュージックを聴いたり、本で読んだりするようになった。ノイズとか、実験音楽、コンピュータ音楽も含めて、そこから5年ぐらいかけていろいろ消化していったんだ。後追い、だよね。「ジーザス、なんでこんなに色んなのをぼくは知らずに来てしまったんだろう!」って感じで。
 なんで、ずっと音楽の旅を続けていて、どこか特定の場所に沈没することはなかったんだ。その代わり、あらゆる音楽を楽しんでこられた。とくに……、なんだろう、それぞれ理由があって何でも好きなんだよな、明瞭な姿勢があるやつ、とか、そういう条件はあるけど……、まあ、願わくばぼくの音楽に、何か特定のひとつからの影響だけでなく、あらゆるものから受けた影響が組み合わさった何かが聞こえていてほしい。だからこそのPOWELLミュージックだと思ってるんで。

たしかに折衷的な音楽性で、いったいどこから作りはじめるんだろう、何がヒントになるんだろうと考えてしまうわけですが、例えばアルバム冒頭の不快にも思えるノイズとか。多幸感溢れるクラブ・ミュージックとは対極ですよね。

P:うん、だけど、自分ではあれが不快だとは思っていない。まあ、ある意味そうなのはわかるけどね。アルバムの冒頭であれが鳴るのは不快ではあるかもしれない。でも自分ではそうは思わないし、耳障りな音だから使った、というのでは決してない。気に入ったから使ったんだ。だから、あの音楽をクラブでプレイするときは、やっぱりみんなを不快な気持ちにさせたいからじゃなくて、純粋にその音がいいと信じているからで。

はい。

P:イライラさせるのが狙いではなく、ぼく自身は大好きで、すごくいい音だと思って使っているわけ。あと、ぼくが使う音って、けっこうブライトでプラスチックなんだよね。歪んでるって言う人が多いんだけど、そんなことはない、かなりのハイディフィニションだ。そういう高周波がぼくは大好きで、脳みそに聴いている音楽について考えさせる効力があるように思う。いつもベースとキックドラムとサブベースにばかり依存するんじゃなくて。そういう低音は伝統的に体に訴えてくるものとされているけど、ぼくは頭のど真んなかと胸の真んなかと、両方にドリルをねじ込んでくるような音のコンビネーションが好ましいと思ってる。

さっき名前を挙げたレーベルの作品は、とても知的だけれどもときにシリアスでオタクっぽさもあるのに対して、あなたのレーベルの作品はそれもありつつ、実験的で、すでに話に出たようにユーモアが必ず含まれている。そこがあなたやあなたのレーベルの作品の好きなところだ、と質問者は言っています。

P:それはまったくその通りだし、ぼくらの見解そのものだよ。ぼくらはみんな、背景は似ていて、音楽的にも……クレイジーで意外性があってファニーで美しくて……というのが好きだし、そういうのをライヴでも、リリースするレコードを通じても届けたいと思ってやっているのも同じだけど、要は自分らしさ、だね。

あなたのクラブ・ミュージックEPをフランケンシュタインのモンスター・サウンドと称した人がいるそうですが……

P:うん。

それは認めます?

P:あぁ。

わかりました。ところで、その後、スティーヴ・アルビニから折り返しの連絡はありましたか。

P:Yeah yeah yeah!  Eメールで話してるよ。あれはぼくが彼を攻撃する意味合いじゃなかったんだ。彼が言っていることをぼくもその通りだと思ったから、発言を引用したんだよ。コミュニケーションの機微ってやつをみんなわかってないんだな、と思った。ぼく自身は間違いなく、スティーヴと同じ考えだ。あのEメールに名前が出たバンドをぼくも大好きなんで、スティーヴ・アルビニの声を借りてぼくがしゃべっている、という主旨だったんだけど……。彼は理解してくれている。
 でもま、あれがきっかけで興味深い会話があちこちで生まれて、みんなが音楽の状況について語り合うようになったらしいから、ね。ロック・シーンからパンク、エレクトロニックからEDMに至るまで、色んなジャンルの人を巻き込んで、あの一風変わった広告から議論が巻き起こったんだから面白い。ヘンな広告ではあったけど、あれはぼくがスティーヴの言うことに賛同したから出したんであって、反論の意味ではなかった。

みんな誤解してますね。しかし、ホワイト・ノイズ、ゼネキス、スーサイド、クラフトワーク……とくれば、あなたのやっていることと共通点は多いですもんね。

P:まったく、その通り。

では、ここでNHKのコーヘイ・マツナがの話を。あなたのレーベルから出していますが、彼の作品についてはどう感じていますか。

P:コーヘイはスゴイよね。たしか2008年に彼はラスター・ノートンから1枚、「アヌミニアム(Unununium)」ってレコードを出している。黄色と白のやつ。〈Raster-Noton〉がやってたシリーズの一環だったと思う。あれで俺が考えていた音楽の可能性が、ガラリと変わったのを覚えてる。ぼくは最初のレコードをやるにあたってコーヘイに 「ハイ! ロンドンのオスカーっていいます……」 みたいな手紙を書いたことがあったんだけど、それからまたたまに話しをするようになったり……って感じで、割と自然な流れでリリースが決まったんだ。それってスゴくない? ヒーローだったコーヘイと5年ぐらいしたら一緒に仕事してるんだから。最高だよ。すごく感謝してる、彼に対しても、だけど音楽というものに対して。音楽のおかげでぼくは彼に信頼して任せてもらえるようになったんだから。音楽ってスゴイよ。

イーロン・キャッツは?

P:イーロンもだけど、みんな経緯は似たり寄ったりで、自然と出会った人たちなんだ。知らない人のレコードをリリースしたことはない。決まって、家族なり友だちなりってのが先にある。インターネットの中だけに存在する実体のないレコード・レーベルを作るのなんて、お安い御用さ。ただ、それがどういう方向へ進んでいくか、となるとレーベルに関わる人間どうしのつながりがすごく重要になってくるからね。

ふたつ名前をあげます、まずはセックス・ピストルズ。彼らと音楽的に、あるいはメッセージなど姿勢の上で、何か自分と共通するものはありますか。

P:う~ん、ないな、別に。パンクを踏まえてるって意味では通じるところはあるけど、う~ん……、セックス・ピストルズとぼくが共有するものがあるとすれば唯一、彼らが登場したときの状況ぐらいかな。興味深い時代ではあったよね。そこで彼らはガラリと方向転換をはかった。音楽の可能性における別の選択肢を示したわけだ。ああいう姿勢を、もっとみんな示すべきだとぼくは思うな。何でもそうだけど、何か違うことをやろうとするのなら、ジワジワと違う方向へ押していくんじゃなくて、過激なまでに違うものをいきなり提示するのがいい。

もうひとつの名前はアンドリュー・ウェザオール。知っていますか?

P:もちろん! 会ったことあるし。

あ、面識もあるんですね。

P:うん、一度だけ、あれは……スイスか、去年の夏に。すごい人だよね。イギリスの音楽界ではアイコンのような存在だから、みんなリスペクトしてるよ彼のことを。ぼく自身はあんまり彼の活動をフォローしてなくて、長年追いかけてますって感じじゃないけど、英国の音楽に大きく貢献した人だから当然のようにリスペクトしている。

ありがとうございます。最後に、POWELLという自身の苗字でレコードを出すことにしたのはどうしてですか。

P:ほかに名前を思いつかなかったから。

(笑)

P:いや、他にも名前は山ほど考えた。でも、どれもピンとこなかったから本名にしたんだよ。

(以上)

Ishan Sound & Rider Shafiqu - ele-king

 尖ったサウンドの伝統を持つブリストルで現在もっとも尖っているポッセ、ヤング・エコーのメンバーでもあるIshan Sound(アイシャン・サウンド)とRider Shafique(ライダー・シャフィーク)の2人が来日する。
 アイシャン・サウンドは、〈Peng! Sound〉や〈Hotline Recordings〉、〈Tectonic〉などからもリリースする、現在20代半ばのプロデューサー。マーラやザ・バグなどからもイヴェントに招かれ、またリリースされる曲はレゲエ系サウンドシステムでも好評を得ている。ルーツへの興味を示しつつ、ダブステップ~グライム~トラップ~ダンスホールを折衷する、まさに新世代感覚。
 もうひとりのライダー・シャフィークは、もっか注目もMC。ヒップホップ~ジャングル~ダブステップなど多くのDJやプロデューサーに招かれ、そのラップを披露している。Kahn、Sam Binga、Epoch、Gantz、Submotion Orchestraなどなどの作品に参加している。
 最近Young Echoはレーベルを立ち上げたが、その第1弾は、El KidとJabuがトラックを提供した、ライダー・シャフィークのスポークン・ワード作品(https://bs0jukebox.tumblr.com/post/152601400294/i-dentity-rider-shafique-official-video
 詩の邦訳: https://dsz-instagram.tumblr.com/tagged/ye001

 とにかく、ブリストルのアンダーグラウンド・ミュージックの気鋭の2人の来日、ぜひ生で体験してほしい。11月22日から、東京、名古屋、京都、福岡、金沢、宇都宮をまわります。

■Ishan Sound & Rider Shafique Japan Tour Nov/Dec 2016

The xx - ele-king

 きました。ついにきました。
 全英1位を獲得した前作『コエグジスト』から4年半。ザ・エックス・エックスが新作を来年1月13日にリリースします。タイトルは『アイ・シー・ユー(I See You)』。レーベルは〈ヤング・タークス〉。プロデューサーはロディ・マクドナルドと、メンバーのジェイミー。現在、同アルバムから先行で新曲“On Hold”が公開されています。

 どうです? これはアツいでしょう。ザ・エックス・エックス新章の幕開けです。いやがうえにもアルバムへの期待が高まります。また、ザ・エックス・エックスは新作にさきがけて12月に来日することも決定しています。この年末年始はエックス・エックス漬けでいきましょう!

■リリース情報
アーティスト:The xx(ザ・エックス・エックス)
タイトル:I See You(アイ・シー・ユー)
レーベル:Young Turks
発売日:2017年1月13日(金)

トラックリスト
01. Dangerous
02. Say Something Loving
03. Lips
04. A Violent Noise
05. Performance
06. Replica
07. Brave For You
08. On Hold
09. I Dare You
10. Test Me

■公演情報

東京  12月6日(火)豊洲PIT

開場18:00 開演19:00 前売:¥9,000(standing、1ドリンク別)

問い合わせ:03-3444-6751(SMASH)

企画/制作:SMASH

総合問合せ:SMASH 03-3444-6751 smash-jpn.com smash-mobile.com



■チケット詳細

一般発売 : 発売中

東京 :e+(pre order:10/26-30)、ぴあ(P:313-155)、ローソン(L:73355)



■バイオグラフィー

サウス・ロンドン出身のドラムレスな男女混合3人組。08年初めのNME誌「今年の注目新人」特集でいきなり大フィーチャーされ、09年『エックス・エックス』でデビュー。アンニュイでメランコリーな独特の世界観が口コミで評判となり、主要メディアの年間ベストアルバムに次々に選出。10年5月には初来日公演をソールドアウトさせ、同年フジロック'10でもレッドマーキーを埋め尽くす満員のオーディエンスを熱狂させた。12年にセカンド・アルバム『コエグジスト』を発表。イギリスを含む全世界5カ国でチャート1位を獲得。翌年フジロック'13ではホワイト・ステージのヘッドライナーを務めた。16年12月に豊洲PITにて来日公演を行うことを発表した。

新作リリース記念 - ele-king

 10月19日に『TOSS』をリリースしたトクマルシューゴと、11月9日に『ハンドルを放す前に』をリリースしたOGRE YOU ASSHOLEの出戸学。ほぼ同じタイミングでアルバムを発表したこのふたりは、実は古くから交流があるそうです。この絶好の機会を逃すわけにはいかない! ということで、おふたりに対談していただくことになりました。これまで聴いてきたもの、これまでやってきたこと、音楽に対する熱意や誠意……互いに似ているところや逆に異なっているところを、思う存分語り合っていただきました。


「俺がソロ弾くから、ブルースのスリー・コード弾いてろ」みたいに、シークエンサーとして使われてた(笑)。それに乗せて親父が熱血ソロを弾くみたいな感じだったね。(出戸)


トクマルシューゴ
TOSS

Pヴァイン

Amazon Tower


OGRE YOU ASSHOLE
ハンドルを放す前に

Pヴァイン

Amazon Tower

おふたりが最初に出会ったのはいつ頃なのでしょうか?

トクマルシューゴ(以下、トクマル):僕とミラーとタラ・ジェイン・オニールのツアーが2004、5年にあったと思うんですけど、その時に松本にライヴをしに行ったんですよ。その時に一緒に出ていたのがオウガ・ユー・アスホールで、それが初めてでしたね。めちゃくちゃかっこいいバンドだなと思って、それからの付き合いだからもう10年以上になるのかな。

初めて会った時のお互いの印象はどうでしたか?

出戸学(以下、出戸):ギターをディレイで重ねたり、いろんな意味でギターがすごくうまくて、そういう感じで弾き語りをするというのを初めて観て、それまで弾き語りってフォーク・ギターで歌う感じだと思っていたので、びっくりはしましたね。何をやっているんだ、という感じはありました。

トクマル:東京にも当時いろいろなバンドがいたんですけど、それとはまた違った概念で活動しているバンドがいるなと思って、すごいびっくりした記憶があります。やっていることもめちゃくちゃ面白くて、それこそ「普通じゃないロック・バンド」でした。今のオウガの形とも全然違うんですけど、相当面白かったので東京に帰ったあとにいろんな人に吹聴した覚えがありますね(笑)。

出戸:本当?(笑) 当時の僕らは今と比べて何も考えていなかったんですよ。変なことをしようというか、聴いたことのない感じにしようとは思っていたんだけど、それをどうやってやればいいのかがわからなくて、高い声を出してみたり、変なフレーズや展開を出してみたり、頭じゃなくて肉体的に聴いたことのない感じをやろうとしていた頃だね。

トクマル:まだCDを出してなかった頃だよね。5曲入りのCDをもらった記憶はあるんだけど。その後ってどうなの?

出戸:その後にファースト・アルバムを出したのかな。それは吉本興業の〈R&C〉というレーベルから出たんだけど、小室哲哉のスタジオで録ったんだよね。ファースト・アルバムを録ることになった時、ちょうど小室哲哉が吉本興業に入っていて、なぜか彼のスタジオでレコーディングすることになった。ポップスを録るスタジオだったから、ファースト・アルバムは独特の音なんだよね。変なことをやろうと思っているのに、録り音がポップスっていう、今聴くと余計ねじれたものになっていて(笑)。当時はなんでロックっぽくならないんだ、と思っていたんだけど、今一周回ってから聴くと面白かったりするんだよね。逆に今は録れない音だよね。

おふたりはそれぞれ違うタイプの音楽をやられていると思うのですが、お互いの作品を聴いて刺戟されることはあるのでしょうか?

トクマル:僕はGELLERSというバンドもやっていて、ロック・バンドなんですけれども、そちらの方ではいろいろなバンドのサウンドを研究して、取り入れてみたり真似してみたりしているんですが、オウガのエッセンスを取り入れてみようとしたこともあるんです。いかんせんGELLERSというバンドがとても難しいバンドで、そういうことを一切できないバンドなので(笑)。やろうとしても、一切できなくて、それが歪んだかたちになってGELLERSというバンドになっていくので。そういうことはあったかもしれないですね(笑)。

出戸:僕らはGELLERSとよく対バンしたりしていたから、(バンド・メンバーの)みんなGELLERSは好きだった。トクマル君の新譜も欠かさず聴いていますね。会った頃からずっと。

トクマル:僕も全部聴いていますね。全部マスタリング前段階のものばっかり聴いている気がする(笑)。先に聴いちゃっていますね。

音楽をやろうと思ったきっかけはいつ頃までさかのぼりますか?

トクマル:僕(のきっかけ)はあんまり面白くなさそうなんですけど、出戸君は面白そうだなと思っていて。そもそも育ちがおかしいじゃないですか(笑)。僕は徒歩10分で小学校に通えるような都市部に住んでいたんですね。でも出戸君はたぶん違うんじゃないの? その時点で音楽を知っていたというのはすごく不思議に思っていて。

出戸:まあ親(の影響)だよね。家に楽器がある状態だったから、自然と中学1年生くらいの時にビートルズのコード・ブックを見ながら“イエスタデイ”とか“レット・イット・ビー”をギターで弾くところから始めたね。

トクマル:それまではギターとか弾いてなかった?

出戸:弾いてなかった。(ギターが)あるな、と思っていたくらい。いくつくらいから弾いてた?

トクマル:俺はピアノをやっていて、音楽は元々すごい好きだったんだけど。

出戸:俺もピアノはやってた。

トクマル:ピアノは難しくてやめて、ギターをやりたいとは思っていたんだけど、(自分では)持っていないし家にもなくて。でもコード譜を買ってきてエアーで練習して(笑)、いつか弾いてやるぞと思っていた。14、5歳の時に自分で買ってきて弾いたね。

出戸:エアーはすごいね(笑)。何を最初に弾いてたの?

トクマル:その頃はパンクが大好きで、パンクのコードがわりと簡単だったこともあって弾いていたね。あとはビートルズとかも一通りやってたかな。

出戸:速弾きに目覚めたのはいつなの?

トクマル:目覚めたってわけではなくて(笑)、ギターが大好きでギターの世界を追求しようとするとどうしてもそっちへ行くというか。『ギター・マガジン』を買うと、タブ譜に数字がたくさん書いてあったりするんだよね。曲は知らないんだけどその数字を追うのが楽しくて、「これ、どういう曲なんだろうな」と思ってその曲を買いに行くと「こんな速いんだ!」と知って頑張ってみるという。ギターはそうやって続けていたね。ギターはお父さんに教えてもらったりしたの?

出戸:いやあ、教えてもらうというか、「俺がソロ弾くから、ブルースのスリー・コード弾いてろ」みたいに、シークエンサーとして使われてた(笑)。それに乗せて親父が熱血ソロを弾くみたいな感じだったね。

ライヴをやろうと思ってバンドをやり始めたね。(出戸)

僕は別にライヴをやらなくてもいいし、一緒にいられるならいいやというバンドかな(笑)。(トクマル)

初めて買ったレコードやCDを教えていただけますか?

トクマル:たぶん子ども(向け)の童謡を買ってもらったんだと思いますね。あとはピアノを弾いていたのでピアノのレコードとか。CDが流行りだして、「レコード屋」(という呼び方)があったのに、みんな「CD屋」ってあえて言うようになってきた時に、駅前のCD屋にみんなで行って、当時流行っていたチャゲアスを買ってきたことがありましたね。

出戸:俺は子どもの時に親から買い与えられたものもあるけど、自分のお小遣いで初めて買ったのはビートルズの『ヘルプ!』だったな。白いジャケに4人が立っているアルバム。廉価盤でちょっと安くなっているようなCDだけど。街まで降りて、本屋とCD屋が一緒になっているようなところで買ったね。

自分が音楽をつくる側になって、これはすごいなと思った作品などはありますか?

トクマル:難しいですね。自分はこういうことをやりたかったんだなと思い返せたアルバムはありますね。僕はレス・ポールという人が大好きで、「レスポール」(というモデル)はギターとしてすごく有名なんですけど、レス・ポールという人自体が発明家として面白いんです。その人のアルバムを聴いた時に、これがやりたかったのかもなという発見があったんです。そもそも僕が(初めて)ギターを買った時に、なぜこんな形をしているのかとか、なぜギターは音が出るんだろうとかギターの構造自体に興味をもっていたんですけど、その構造を作った人のひとりであるレス・ポールの音楽がめちゃくちゃ面白くて、編集も凝っていたりしていたので、それは衝撃を受けた1枚かも。しかもある楽器フェアにたまたま来ていたレス・ポールと握手をして、2回くらいすれ違ったことがあって(笑)。その思い出もあって、いまだにすごく尊敬していますね。

出戸:それこそ最近、馬渕(啓)がミュージシャンの方のレス・ポールがいいとなぜか急に言い出したんだよ。偶然だね。じゃあトクマル・シューゴ・モデルのギターは作らないの?

トクマル:作りたい。木から作りたいですよね(笑)。

出戸:俺は何かなあ。ひとりに絞るのは難しいですね。

トクマル:ビートルズのあとに聴いていたのはなんだったの?

出戸:ベックとかニルヴァーナとか90年代のバンドだね。ベックが〈K〉レーベルから出してた流れでUSのインディは聴いていたけど、だから初期はUSインディの感じなのかな。ちゃんとしてない音楽がけっこう好きかも。ジョー・ミークみたいな感じの。〈K〉レーベル周りでも、ちゃんとしていないようでちゃんとしている人たちがいい。ジョー・ミークも演奏としてはちゃんとしているんだけど、どこかネジが外れているし、そういう音楽が好きかな。ひとりには決められないんだけど。

音楽を制作していく上で、技術的な部分や精神的な部分で、お互い似ていると思う点や、逆にここは全然違うという点はありますか?

トクマル:音楽に対する考え方というか、音楽に対する接し方が似ているとは少し思うかも。付き合う上でも楽だし、やっている音楽が全然違っても、互いに普通に接することができるのは、(音楽に対する接し方が似ているから、というのが)あるかも。

出戸:表面的なことで言えば、違うところのほうが多いのかもしれないけどね。

トクマル:なんでライヴをやろうと思ったの?

出戸:ライヴをやろうと思ってバンドをやり始めたね。

トクマル:そっか。初めてライヴをやったのはどこ?

出戸:もうなくなったけどトクマル君ともライヴをやった松本のホット・ラボというバーみたいなところで、高校生の時に(初ライヴを)やったね。

トクマル:文化祭とかじゃないんだ。

出戸:頼まれてギターでは文化祭に出たけど、歌ったのはホット・ラボが初めてかな。

トクマル:元々オリジナル曲をやろうということになっていたの?

出戸:そうそう。GELLERSはライヴをやろうと思っていなかったの?

トクマル:思ってなかったかも。いつも(メンバーで)集まっていて、たまたまみんながギターを買いだして、俺は参加していなかったんだけど、中学生の時に彼らが文化祭に出ると急に言いだして(笑)。文化祭に出るということはライヴをやるんだよ、と僕は言ったんだけど、それもよくわかっていなかったのかもしれない(笑)。ベースもギターもふたりいて、ヴォーカル、ドラムがいるという編成もよくわからないし、なんでも良かったのかもしれない。とにかくみんなで一緒にいたくて、僕も一緒にいたかったから照明として参加してた(笑)。(ライヴには)出てないんだけど、照明を良いところに当てていたね。だからみんなは違うのかもしれないけど、僕は別にライヴをやらなくてもいいし、一緒にいられるならいいやというバンドかな(笑)。グループ? サークル?(笑)

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めちゃくちゃ辛いんですね、登山。辛いし、登り始めるとやめたいと思うんですけど、でも上まで行って帰ってくると「また行きたいな」と思うようになっているのが、僕のアルバム作りとすごく似ていて。(トクマル)












トクマルシューゴ

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OGRE YOU ASSHOLE

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音楽をやっていて良かったことはなんですか?

トクマル:たいがい良かったことかもしれないですよね(笑)。悪かったことを探す方が難しいかも。音楽をやってなきゃよかった! ということはないかもしれないですね(笑)。音楽をやらなきゃ良かったな、と思う瞬間ってある(笑)?

出戸:うーん。なかなかないかもね。でもレコーディングからミックスまでひとりでやっていて辛くならない? たまにトクマル君げっそりしてるな、と思う時があるからね。

トクマル:単純に体力がなくてげっそりしているんだと思う(笑)。精神的にはずっと安定はしていて、面倒くさい作業はあるしそういうのは嫌になるけど、作ることにおいては別にストレスはなくて。

出戸:(トクマル君の)新しいアルバムを聴いて、表面上はアッパーで、賑やかな曲が多くて、大団円でみんなが肩を組んで「わーい」みたいな祝祭感があるんだけど、これをひとりで作ったと思うとちょっとゾッとするというか(笑)。そういう感じはして。

トクマル:たぶん、ひとりの世界に入り込むと鬱々としてきて暗くはなるよね。

出戸:普通はそうなりそうなのに、めちゃくちゃ人がいてすごく幸せな空間ができているじゃない。(トクマル君)本人も知っているからさ、あれが怖いよね(笑)。

トクマル:不思議なんですよ。自分でもそれはわからないですね。

音楽をやっていて困ることなどはありますか?

トクマル:僕は車とかで音楽を聴かなくなりましたね。ここ10年くらい同時に音楽を聴くことができなくなって、「ながら聴き」ができないんだよね。どうしても音楽に耳をもっていかれて疲れちゃう。同時にふたつ以上のことをやるのが苦手で、どうしてもコードとか音響とかを聴いてしまったりするんだよね。だから音楽を聴くときは、「よし、聴こう!」という感じで聴きますね。

出戸:俺も読書しながら音楽を聴くのが無理なんだよね。本が入ってこなくなっちゃう。あと、困りはしないけど、リサイクルショップとかレコ屋とかがあると寄っちゃうというのはあるね。それはバンドをやっている人はけっこう多いと思うんだよね。別に困りはしないんだけど、周りが困っているんじゃないかな(笑)。

トクマル:なるべくレコード屋を出戸君たちに見せないようにしないと(笑)。

音楽以外にやる趣味などはありますか?

トクマル:なんかある?

出戸:ない。

トクマル:ははははは(笑)。僕もね、なかったんですよ。最近ね、急に山登りを好きになってしまって。僕は機材がすごく好きで、道具がめちゃくちゃ面白いんだよね。そこには知らない世界が広がっていて、素材とかいちいち細かくて、機能性がすごいことになっていたりするのが面白くてしょうがなくて(笑)。

出戸:へえ。じゃあ最近はアクティヴになってるんだ。

トクマル:そう。前作を作った時に体がボロボロになってしまって、「これはいかん、なんとかしないとな」と思いながら何もしていなかったんだけど、今年急に思い立って「登山はいいな」と思ったね。

SPACE SHOWER TV ディレクター:登山のどんなところが音楽と通じますか?

トクマル:いろいろあるんですけど、まずは機材ですよね。機材がカッコいい(笑)。あとは計画を立てないと何も達成できないというところですかね。達成感も似たようなところがあって。めちゃくちゃ辛いんですね、登山。辛いし、登り始めるとやめたいと思うんですけど、でも上まで行って帰ってくると「また行きたいな」と思うようになっているのが、僕のアルバム作りとすごく似ていて。アルバム作り中はやっぱり、途中で辛くなるんです。作りたいけどやめたいというか、なんでこんなものを作ろうと思っちゃったんだろう、っていう。もっと簡単なものにしとけば良かった、とか思うんですけど。でもそれを目指したくなっちゃう。すごくエクストリームなものに対する憧れというか。(山の)頂上に着いても別に大した達成感はなくて、降りてきて安堵すると「ああ、良かった」ってなるのが、アルバム作りもそうなんです。完成して、(アルバムが)出て、一通りツアーが終わって、落ち着いて家に帰ってくると、「はあ、終わったー」ってなるのとすごく似ている(笑)。



トクマル君は、ひとりでここまでやるという忍耐力がすごいと思うので、そこは見習いたいような見習いたくないようなところではあるんですけど(笑)。(出戸)



僕は子どもの頃、自分の机に「忍耐」と書いたことがあって(笑)。(トクマル)

今度出るオウガの新作がセルフ・プロデュースで、トクマルさんもご自身でプロデュースされていますが、自分で楽曲をプロデュースするということの魅力や大変さを教えてください。

トクマル:元々(オウガで)セルフ・プロデュースをしたことはなかったんだっけ?

出戸:ファースト・アルバムの時は一応セルフ・プロデュースなんだけど、プロデュースもできていないというか、何もわからないで、エンジニアの人のそのままの音で録れているから、何も注文していないんだよね。セカンドは斉藤(耕治)さん、そのあとずっと石原(洋)さんとやってたから、本当の意味でプロデュースしたのは今回が初めてかもね。

トクマル:何が大きく違うの?

出戸:トクマル君にとっては当たり前なんだけど、全部の決断を自分でしなきゃいけないことだね。

トクマル:じゃあ全然外部に意見を求めたりしなかったの?

出戸:バンド内だけ(で完結)だね。あとはエンジニアの中村(宗一郎)さんとのやり取りだけだね。今までは(自分たちの)意見がそのまま通るにしても、プロデューサーのハンコが押されるか押されないかで気分が違っていたんだけど、今回はずっとハンコを誰にも押されないままずっと積み上げていかなきゃいけないから、トクマル君にとっては当たり前かもしれないけど、その違いはあったかな。だから(制作は)長くかかったね。

トクマル:最終的な決断は全員で「よし、これで行こう」という感じなの?

出戸:そうだね。基本的に俺と馬渕とエンジニアの中村さんがオーヴァー・ダビングの現場にいるから、その3人のうちの誰かが「ここどうなの?」と言ったら、また3人で考え出すという感じで、3人が良いと思うところを決めていったね。でも(トクマル君は)全部ひとりで決めるんでしょ?

トクマル:ひとりです。

出戸:でも、今回の最初のとっかかりみたいなものは違うんでしょ?

トクマル:そう。とっかかりはフワッとしたものがあって、それをチョイスしていくという方法で、むしろ今回はセルフ・プロデュースしなければ良かったなと思っていて。というのは、辛かったから(笑)。例えば、誰かが弾いてくれたものとか出してくれた提案をチョイスするんだけど、なんで俺はそれをチョイスしたんだろうという自問自答に入るというか、自分のセンスを疑うというか、そこですごく悩んでしまったんだよね。なんでこれが好きなんだっけなとか、本当に好きなのかなあとか思いながらやっていたかも。それはわりと辛くて、誰かが選んでくれたら楽だったのにとは思うけど、それをしたら自分の作品じゃなくなっちゃうからやらなかったね。

出戸:そもそもなんでそういう作り方にしたの? 異常でしょ、作り方が。

トクマル:うん。初めは、正直な話、楽をしたかった。でも、楽じゃなかった(笑)。バンドみんなで「演奏するぞ、せーの、バン!」で録って、持って帰って、それを出そうと思っていたんだけど、そんなにうまくいくわけはなくて、それ(録音素材)をチョイスして曲にするという作業になってしまったんだよね。

出戸:曲がなかった時点でレコーディングしたんでしょ? それ、どういう現場なのかすごく気になるんだけど(笑)。

トクマル:やっぱり無(の状態)ではあるし、僕の注文が「普段やっていないことをやってくれ」という感じだったから……

出戸:「普段やっていないこと」って言って、みんな何を演奏したの?

トクマル:(手で拍子をとりながら)とりあえずテンポを出して……テンポを出すときと出さないときがあって、出すときは(手拍子をしながら)「ハイ!」みたいな感じでやっていく。

出戸:キーとかも決まっているの?

トクマル:決まってない。音をくれ、という感じ(笑)。

出戸:それは勝手にアンサンブルになっていくの?

トクマル:ならないです。アンサンブルにする必要はないという感じにして。

出戸:(演奏するのと)同時に録っているの? 

トクマル:同時には録ってる。

出戸:じゃあ不協和音が鳴りっぱなしになっていたりするってこと?

トクマル:する。だから音楽って難しいんだなと(笑)。

出戸:でも、そういう過程を経ているけど、全体的にはトクマル君って感じになっているよね。今までのアルバムの流れではあるというか、ぶっ飛んで変なものになっているというよりも、ちゃんとその流れでトクマル君の新しいアルバムという感じになっている。

トクマル:わりと悩んだ挙句、自分がチョイスしたらやっぱり自分の曲になっちゃうんだな、と思う。それがやってみて面白い点だったかも。

出戸:編集権がある人が、結局いちばん個性が出るというか。

トクマル:オウガの新しいアルバムを(バンド・メンバーの)みんなで聴いたことがあって、うちのドラマーが気づいたんだけど、絶対にシンバルを打つだろうというところで「なんで打たないんだろう?」って話題になって。自制心が働いているのかわからないけど、「タカタカタカタカ、ツッツッタッ」って、「そこ(シンバル)打つだろう」というところで打たないんだ、って(笑)。ああいうのをどうやって決めているんだろうなと思っているんだけど。

出戸:レコーディングの最中とかプリ・プロの時点で決めているんだけど、今回はあまりはじけた感じにはしたくないと思っていて、ドラムがライド(シンバル)とかをバーンと叩くと空間が埋まっちゃうんだよね。それを補う音をあとで考えようと。ドラムって強力だから、ドラムのパーツを少なくしたり、スネアを入れない曲もあったりして、わざと曲を構成しにくいところから始めてみようと。それなりに全部(のパーツが)が(曲に)入ってしまうと、曲として安定感が出てよく聴いた感じのものになるから、それにはドラム(の影響)がけっこうデカいんじゃないかなと思って。当たり前のことをカットして。曲として成立するかしないかギリギリのところで止めようと。バスドラムとコンガだけとかあまり聴いたことがないから、そういうのはチャレンジでもあった。

トクマル:ドラマーとしてドラムを始めた人って、普通にシンバルを叩きたくなっちゃうよね(笑)。「タカタカタカタカ、ジャーン」みたいなやつね(笑)。

出戸:それはやりたがっていたけど、やめようということにしたね。

トクマル:バンドとしてそれが成立するのはカッコいいよ。

出戸:ドラムの音色も曲ごとに変えたりしたね。今回のセルフ・プロデュースというのは大変でしたね。

トクマル:オウガは1個1個の音がちゃんと作り込まれているから、聴き応えがあって。1音1音がちゃんと大切に作られているというのがすごくわかるアルバムだし、特に今回の(アルバム)は、なぜかはわからないけどすごく聴きやすくて。

出戸:エンジニアの中村さんのやり方なんだけど、あとで加工しないっていう。録ったときの音で、ミックスのときにEQをなるべくしない。よっぽどはまらない時はやるけど、音作りは基本的に録っているときに決める。今だとエフェクトとか、あとでリヴァーヴかけようとか、あとでディレイかけようとか、音色そのものをモジュレーションで変えたりするのかもしれないけど、それも全部その場で、エフェクターとかを通して音を作ってその場で決めていくというやり方にしたいって、中村さんに言われて。それですごく時間もかかったと思う、音色ひとつ選ぶだけで。音色選びの、機材繋ぎ直しの大変さ(笑)。音色がひとつ違うだけで急に本格的なレゲエっぽくなったり、こんなはずじゃなかったというくらい曲の像が変わったりして。1音でほどよい自分の思っていたフィールドに落とせるのか、全然違うレゲエのところにいっちゃうのかというのは、今回いろいろ試していて「ここまで違うのか」というのは発見としてあったなあ。

SSTVディレクター:自分にはない、相手から学びたい魅力は何でしょう?

トクマル:僕は(オウガの)メンバーが全員大好きなので、精神面的なことをわりと学んでいますよ(笑)。学んでいるというか尊敬するというか、いいなあと思うポイントがいっぱいあるかも。人柄的なこともあるし、近くにいて欲しいタイプのバンドではあるかもしれないです。

出戸:トクマル君は、ひとりでここまでやるという忍耐力がすごいと思うので、そこは見習いたいような見習いたくないようなところではあるんですけど(笑)。やったら最後、自分で耐えられるかわからないような追い詰め方をしている感じがするので、それは見習うべきなんだろうけど、近寄りたくないなという感じもある(笑)。

トクマル:僕は子どもの頃、自分の机に「忍耐」と書いたことがあって(笑)。

出戸:そりゃひどい(笑)。

トクマル:俺はこの十字架を背負って生きていく(笑)。

出戸:そういうのが好きなんだね。だからそういう意味だと登山は向いているんじゃない?

トクマル:たぶん向いているのかもしれない(笑)。

出戸:俺は「忍耐」とは机に書いてないなあ。書いていないし「忍耐」じゃないなあ。

トクマル:違うと思うよ(笑)。

※今回の対談の一部が動画としてSPACE SHOWER NEWSにて公開されています。下記よりチェック!

interview with Nicolas Jaar - ele-king

E王
Nicolas Jaar
Sirens

Other People/ビート

Post-PunkAmbientExperimental

Amazon Tower

 ドナルド・トランプの衝撃が全世界を覆っている。もう何がなんだかわからない。ただただ憂鬱である。そんな暗澹たる気分のなか、ニコラス・ジャーから返ってきたインタヴューの原稿を読んだ。メールで質問に答えてくれた彼が、とてもキュートな絵文字を使っていることに、少し救われたような気分になった。以下のインタヴューのなかで彼も触れているが、ポリティカルなこととパーソナルなことは、相互に影響を及ぼし合っている。これほどの出来事があって、「さあ、また明日から頑張りましょう!」と簡単に割り切れるほど、僕は強くない。他の人がどうなのかは知らないけれど。

 オリジナル・アルバムとしては5年ぶりとなるニコラス・ジャーの新作は、前作『Space Is Only Noise』とはだいぶ異なる雰囲気に仕上がった。とはいえ、様々な要素を折衷するスタイルそれ自体は前作から引き継がれている。“Killing Time”や“Leaves”はエクスペリメンタルであり、アンビエントである。“The Governor”や“Three Sides Of Nazareth”にはポスト・パンク的な態度があり、さらに前者にはドラムンベース的なギミックも忍び込まされている。“No”はレゲエを、“History Lesson”はドゥーワップを取り入れているが、ともにラテン・ミュージックの空気が貼り付けられている。このようなコラージュ精神こそがニコラス・ジャーの音楽を特徴づけていると言っていいだろう。多様であること、あるいは多文化的であることの希求。ニコラス・ジャーが移民の子であることを思い出す。

 そういった果敢な音楽的実験とともに、このアルバムからは非常にポリティカルなメッセージを聴き取ることができる。たとえば“Killing Time”では人種や階級の問題が言及され、“Three Sides Of Nazareth”ではチリで起こった虐殺の風景が歌われている。そんな本作を初めて聴いたときに僕は、ニコラス・ジャー自身の過去の作品よりも先に、ある別のアーティストの作品を思い浮かべてしまった。
 今年の春にブライアン・イーノがリリースしたアルバム『The Ship』は、タイタニック号の沈没と第一次世界大戦を参照することで、現在の世界情勢と向き合おうとする作品であった。今回のニコラス・ジャーのアルバムは、音楽性こそ異なれど、テーマの部分で、そしてその物語性において、『The Ship』と通じ合っている作品だと思う。何より、『Sirens』というタイトル。サイレンとはもちろん、「警告」を意味する信号として機能する音のことだが、その語源はギリシア神話に登場する海の怪物である。セイレーンはその歌声で船員を惑わし、船を難破させる。つまりセイレーンとは、歌で人類を混乱させ、困難へと陥れる存在なのである。『The Ship』と『Sirens』という、40歳以上も歳の離れたふたりがそれぞれUKとUSで独自に作り上げた音の結晶が、船や海といったモティーフを介して、まさにいま響き合っている。このふたつのアルバムはそれぞれ、ブレグジットと大統領選挙というふたつの出来事にきれいに対応しているのではないか――少なくとも僕は、そういう風にこのふたつの作品を聴き直した。2016年とはいったいどういう年だったのか――この2作の奇妙な繋がりこそがそれを物語っているような気がしてならない。

 そして、このニコラス・ジャーのアルバムには、「父」というパーソナルなテーマも織り込まれている。今年はビヨンセやフランク・オーシャンなど、ポリティカルであることとパーソナルであることを同時に成立させてみせる名作が相次いでリリースされた。ニコラス・ジャーのこのアルバムもまた、それらの横に並べられるべき作品のひとつである。
 ひとりのリスナーとして、ポリティカルなこととパーソナルなことの響き合いを、どのように聴き取っていけばいいのか。ひとりの生活者として、ポリティカルなこととパーソナルなことの重層的な絡み合いに、どのように折り合いをつけていけばいいのか。それはとても難しい問題で、僕自身もまだ答えを見つけられていない。でも、まさにこのタイミングでこのアルバムを聴き返すことができて、本当によかったと思う。
 返信をありがとう。

 愛をこめて。

 コバ

俺も自分の音楽がポリティカルになるとは想像していなかった。ただ、自分に素直でありたいと思い、自分の中に新たに生じた難しい感情に対応したいと思ったんだ。

ビヨンセの新作や、昨年のケンドリック・ラマーのアルバムは聴いていますか?

ニコラス・ジャー(Nicolas Jaar、以下NJ):聴いてるよ。

かれらのように、一方で音楽として優れた作品を作ることを目指しながら、他方でポリティカルなメッセージを届けようとするスタンスに、共感するところはありますか?

NJ:ふたりとも、ポリティカルなことをパーソナルなことに(そしてその逆もまた同様に)うまく転換させることができる素晴らしいアーティストだと思う。それは素晴らしい技術で、俺もいつか自分の作品でそういうことを成し遂げたいと思う。
 チリでのクーデターの時、軍に虐殺されたチリ人のシンガーソングライター、ビクトル・ハラはこう言っている。「全ての音楽はポリティカルだ。たとえノンポリティカルな音楽であっても」。
 この言葉は本当だと思う。たとえラヴ・ソングでも、文脈や曲が作られた時代によって、猛烈にポリティカルなものになりうる。結局のところ、目を見開いていれば、自分の部屋の中にも、窓の外にも、愛と憎悪があるということがわかるんだ。

このたびリリースされた『Sirens』は非常にポリティカルです。たとえば“Killing Time”では、アフメド・モハメド少年やドイツのメルケル首相の名が登場し、人種や階級、資本主義といった問題について触れられています。あるいは“Three Sides Of Nazareth”では、ピノチェト政権下のチリで起こった虐殺の風景が歌われています。正直、あなたがここまでポリティカルな作品を世に送り出すことになるとは想像していませんでした。あなたが作品にポリティカルなメッセージを込めるのは、おそらく今回が初めてだと思いますが、何かきっかけとなるようなことがあったのでしょうか?

NJ:俺も自分の音楽がポリティカルになるとは想像していなかった。ただ、自分に素直でありたいと思い、自分の中に新たに生じた難しい感情に対応したいと思ったんだ。たとえば『Sirens』以前は、自分の音楽に「怒り」や「苛立ち」を込めるということはしなかった。でも自分が成長するためには、そういった感情を含めていかなければならないということに気づいた。たとえそれがどんな結果になってもね。『Sirens』は俺が成長するために、自分に必要だと感じた「自由」から生まれたアルバムなんだ。

ニューヨークで生まれたあなたにとって、チリとはどのような国なのでしょうか? また、かつての独裁政権下のチリの状況と現在のアメリカの状況に共通点があるとしたら、それは何でしょう?

NJ:現在のサンティアゴには、マイアミやロサンゼルスにすごく似ている場所もある。軍隊はアメリカの資本主義導入に成功したってわけさ。共通点を挙げるのであれば、保守主義が幽霊のようにジワジワと忍び寄ってきて、文化左派が戦いに負けてしまった状態にときおりなっているという点かな。

本作の全体的なムードは前作『Space Is Only Noise』とはだいぶ異なっていますが、様々な音楽的要素を折衷すること、多様であろうとする部分に関しては前作から引き継がれているように感じます。様々なジャンルやスタイルをコラージュしたり混ぜ合わせたりすることは、あなたが音楽を制作する上でどのような意味を持っていますか?

NJ:曲のひとつひとつが小さなストーリーになっていてほしい。俺は、インクの色よりもストーリー・アークの方に注目する方が好きだ。

“The Governor”や“Three Sides Of Nazareth”からはポスト・パンク的な要素が感じられます。スーサイドのようにも聞こえました。先日アラン・ヴェガが亡くなりましたが、彼の音楽からは影響を受けましたか?

NJ:もちろん影響を受けたよ。アラン・ヴェガのエネルギーは今の時代にとてもフィットしていると思う。だから彼が亡くなったことを知ってとても悲しかった。彼は、抵抗音楽における重要な言語と青写真を作り出した人だと思う。

昨年〈Other People〉からリディア・ランチの作品集がリイシューされました。楽曲的な面やアティテュードの面で、彼女から受けた影響があったら教えてください。また、彼女以外にも、『No New York』や〈ZE Records〉など、ノーウェイヴのムーヴメントから受けた影響があったら教えてください。

NJ:リディア・ランチが、ベルリンの壁崩壊後にベルリンでおこなった『Conspiracy Of Women(女性の陰謀)』というスポークン・ワードのパフォーマンス映像を、いつだったか偶然発見したんだ。それに夢中になり、その後何年かはそのパフォーマンス音声を自分のDJセットに入れてプレイしていたよ。
 (昨年)このパフォーマンスの25周年になるということに気づいた俺は、彼女に連絡を取り彼女と会った。彼女はリリースを承諾してくれ、それ以来、俺たちは近しい友人になったんだ。彼女にはすごく影響を受けているよ。俺が、俺自身であることを受け入れられるようになったのも、言わなきゃいけないと思うことを言えるようになったのも、彼女のおかげだ。

“The Governor”からはドラムンベース的な要素も感じられます。あなたの音楽が最初に広く受容されたのは、主にダブステップが普及して以降のダンス・ミュージック・シーンだったと思いますが、90年代のダンス・ミュージックから受けた影響についてお聞かせください。

NJ:俺の中で“The Governor”は、絶対ヘビメタなんだけど! 😂

いくつかの曲ではあなたの「歌」が大きくフィーチャーされています。それは本作がポリティカルであることと関係しているのでしょうか? そもそも、あなたにとって歌またはヴォーカルとは何ですか? 他の楽器やエレクトロニクスと同じものでしょうか?

NJ:最近は、ソングライティングという概念により興味を持つようになった。プロダクションは「ファッション」的な感じがベースになっているけど、ソングライティングはそういう感じから逃れることができると思う。「存在」というものに興味があるんだ。レコーディングに声を入れるのは、そこに命を加えるようなものだと思う。

本作は『Nymphs』と『Pomegranates』の間を埋める作品だそうですが、ということは、本作にも何かのサウンドトラックのような要素、あるいは役割や機能があるのでしょうか? たとえば、本作はいまのアメリカのサウンドトラックなのでしょうか?

NJ:そうかもね!(笑) 今まで、「テクスト」とコンテクスト(=文脈)が欠けていたと思う。『Nymphs』や『Pomegranates』は、その時の俺にとっては閉鎖的すぎると感じたのかもしれない。

前作『Space Is Only Noise』は2011年の2月にリリースされましたが、その直後、日本では大きな地震と原子力発電所の事故がありました。日本の一部のリスナーは、あなたの前作をそのような状況のなかで聴いていました。あなたの作品が、意図せずそのような状況のサウンドトラックとして機能することについてはどう思いますか?

NJ:そのような状況だったとは知らなかった。作品がアーティストの手を離れ、リスナーに届いた時点で、それはリスナーのものになると思う。俺が音楽を作るのは、俺が自分の感情に対応するために必要だからだ。音楽を作っているときだけ、俺は自由で幸せになれる。俺の音楽が、人びとの人生のサウンドトラックになっているのであれば、それがどんな結果であれ、光栄に思う。俺の音楽が人々の感情にとって、何らかの役に立っていれば嬉しい。

“Killing Time”や“Leaves”など、本作にはアンビエントの要素もありますね。あなたは3年前に、ブライアン・イーノの“LUX”をリミックスしています。彼が発明した「アンビエント」というアイデアについてどうお考えですか?

NJ:☁️☁️☁️✨

彼は音楽制作を続けるかたわら、イギリスの労働党党首を支援したり、シリアへの空爆反対のデモに参加したりしています。そうした彼の政治的な態度や行動についてはどうお考えでしょうか? あなた自身もそういった活動をする可能性はありますか?

NJ:政治的な活動はあくまで個人的に、プライベートな時間におこなうようにしている。自分の行動全てをソーシャルメディアで公開することはしたくない。デモに参加するとしたら、市民として参加するのであり、ミュージシャンとしてではない。

イーノの最新作『The Ship』は聴いていますか?

NJ:聴いている。

日本では多くの場合、音楽が政治的であることは歓迎されません。あなたは2年前にDARKSIDEとして来日し、フジロック・フェスティヴァルに出演していますが、今年、そのフェスティヴァルにSEALDsという学生の社会運動団体が出演することが決まったときに、「音楽に政治を持ち込むな!」という議論が巻き起こりました。あなたは、音楽と政治はどのような関係にあると考えていますか? あるいは、音楽が政治的であることとは、どのようなことだとお考えですか?

NJ:音楽は、時代について語ったり、信条に疑問を感じたり、考え方を覆したりするようなものであるべきだと感じる時がある。
 だが、別の時には、音楽は俺たちを癒してくれるもので、ニュースの見出しや過剰なもの、ダークなものから俺たちを逃してくれるべきだと考える。
 それは難しい質問だから、俺自身もまだ答えを見つけていない。
 質問をありがとう。

 愛をこめて。

 ニコ

TOYOMU - ele-king

 ネットで好き勝手やっている古都在住のポスト・モダニスト、TOYOMUが、星野源、カニエ・ウエストに続き、今度は勝手に宇多田ヒカルを●●●して話題になっているところ、デビューEPに先駆けてMVが公開された。これを見ながら彼のEPを妄想しましょう。

■TOYOMU / EP 『ZEKKEI』

2016年11月23日発売/ TRCP-208/ 定価:1,200円(税抜)

 先月末はベルリン・ポルノ映画祭(10月26~30日)に出席するためドイツ、ベルリンに1週間ほど滞在した。今泉浩一監督と自分が制作した短編映画<https://www.shiroari.com/habakari/toto.html>が上映されたためで、2011年に初参加してから5回連続、おそらく日本人としては自分たちがいちばんこの映画祭に足を運んでいる筈なのと、かつ日本語で纏まった記事がほぼ見当たらない事もあって、この機会に今回で第11回目を数えることとなったPorn Film Festival Berlin<https://pornfilmfestivalberlin.de/en/>を紹介したい。

第11回ベルリン・ポルノ映画祭メイン・ヴィジュアル

 まずはこの映画祭のメイン・ヴィジュアルをご覧いただきたい。第5回(2010年)から基本的に同じモチーフでアレンジを変えて使われ続けているが、これを見て思わずムラムラしてしまう人はまあ居ないだろうにも関わらず、誰が見てもこれは「ポルノ映画祭」以外の何物でもない、と納得してしまう秀逸なデザインである。この映画祭は人目を憚ってこっそり行われるアンダーグラウンドかつプライヴェートな「シークレット・(セックス・)イベント」ではなく、あくまで──もちろん成人向けではあるが──社会の窓に向かって開かれた「映画祭」である、という主催者の強い意思を感じさせる。

 ベルリン・ポルノ映画祭はドイツ在住の映画プロデューサー兼インディー系映像作家、ユルゲン・ブリューニンク(Jürgen Brüning)によって2006年に創設された。メイン会場は例年ベルリンのクロイツベルク地区にある「MOVIEMENTO KINO <https://www.moviemento.de/>」という小さな劇場が3つある映画館で、期間中5日間は映画館全体がポルノ映画祭一色となる。今年の上映作は長編・短編併せて140本以上、大半は欧米制作の作品でアジアからは拙作を含めた短編が2本だけ。聞けば映画祭初日の時点で既に3000枚の前売券が出ており、昨年の観客動員数は8000人以上ですっかり恒例イベントとして定着した感がある。劇場では写真展が、サブ会場では縛りのワークショップ、おしっこプレイのワークショプ、「ポルノにおけるレイシャル・ポリティクス」と題されたレクチャー、VRセックス無料体験コーナー etc. と関連イベントも盛り沢山である。映画館で各劇場の入れ替え時間が重なったときには身動きがとれないほどの大混雑になる。客層……は18歳以上の男女、とでも形容する他は無い印象で観客全体にはとくに偏りは感じられない。

映画館にあるラウンジで、スタッフがチケットのキャンセル待ちのお客さんを呼び出している。

 映画祭開催中は3つのシアターをフル回転させて朝から晩までプログラムが組まれており、すべてを観るのは無理ではあるが大抵の作品は期間中に2回上映されるので、観たいものが同時間の別劇場で被ってしまう危険性はそんなにない。ないがしかし、そもそもヘテロポルノ・ゲイポルノ・レズビアンポルノ・トランスポルノ・フェティッシュポルノ・お笑いポルノ・実験ポルノ、などなど「ポルノ」の領域がとめどなく拡がっているため、上映される作品もソファーにおばはんが二人座って交互にぷうぷう屁をこいているだけのものから人体が若干切り刻まれるようなものまで多岐に渡り、自分が関心があるプログラムを拾って観ていけば人によって全く違う映画祭となる──例えばヘテロポルノを外してゲイ映画を中心に観る自分たちにとっては完全に「ベルリンゲイ映画祭」である。加えてその年2月開催のベルリン国際映画祭で上映された作品もセレクトされていたりするので、日本未公開の話題作を観られるのも嬉しい。

 創設者であり、かつ現在も映画祭ディレクターであるユルゲンに改めて「あなたがこの映画祭を始めた理由」を訊いてみた。いつもにこやかな彼は、「『ポルノ』という言葉で一括りに隔離されている作品を映画館で、いわゆる普通の映画と同じように見知らぬ誰かと隣り合わせの席で観る、という場所を作りたかったからだ。アート色の強いものもそうではないものも全て同じ映画祭の元で上映したいと思ったし、実際そうしている。第1回の映画祭では日本の作品もたくさん上映したけれど、中にはゴキブリとセックスする作品なんてのもあって、ベルリンの観客はショックを受けていたよ」と明解な回答を返してくれた。これは「ポルノ(日本語のニュアンスでは「AV」に近いだろうか)」と呼ばれる映像作品にも劇場での鑑賞に耐えうるものが多いのに関わらず、それが全く正当に扱われていない、という現場の危機意識であると思う。またかつて「アダルト映画(ヴィデオ)」として作られた作品も毎年一体どこから発掘してくるのか、様々な作品がレトロスペクティヴ上映されているが、年月が経ちいまではとっくにエロ・コンテンツとしての効力を失った映像を改めて劇場で観てみると、例えば風俗資料として驚くほどの発見があったりする。

上映後のQ&Aはこんな感じで「東京の発展場はその昔うんたらかんたら」とか言ってます。

 各作品の上映前には映画祭スタッフが前口上(作品解説や協賛企業への謝辞など)を述べるのですが、そこで今年頻繁に耳にしたのは「今回の映画祭のテーマはレイシズム、セックスワーク、そしてHIV/AIDSです」ということで、実際狭義の「ポルノ」には当てはまらない作品も多く上映されていた。日本でも来年1月に公開される予定の、ロスアンジェルスのトランスジェンダー売春婦(夫)たちの苛烈にして超くだらない日常を描いた秀作長編『タンジェリン(Tangerine L.A.)』、高齢になったHIVポジティヴのゲイ男性がリタイア後の「終の棲家」として集まってくる砂漠地帯で撮られた美しいドキュメンタリー『Desert Migration』、ニューヨークのブラック・コミュニティー内でダンス・音楽とともに生き抜く若い性的少数者たちを追った『KIKI』、ブラジル:リオデジャネイロのファヴェーラ(貧民街)のメインストリーム音楽である「バイレ・ファンキ」シーンに溢れる女性蔑視を乾いたパッションで切り抜いた『Inside the mind of Favela Funk』、挙げれば切りがないが映画祭プログラマー達の、揺るがない視点で選ばれた作品も数多く上映される。

 そんなプログラマーの一人であり、第1回ではジャーナリストとして取材に訪れ、そのまま翌年からメインのスタッフとなってしまったヨーハン・ヴェアルナにも話を訊いた。「この映画祭のスポンサーを見つけるのは本当に難しい。メインストリームのポルノ制作会社は、売り上げに直結しないと言う理由で協賛してくれないし、一般企業は『ポルノ』と聞くだけで尻込みする。ともあれこの映画祭が11年も続いているのは、我々が観客を育てたという側面もあると思う。ここは出来るだけ多種多様な性の有り様に基づいた作品に触れる機会を作り、観た人が何かを発見する場となっているはずだ」この映画祭では「ポルノ」の名の元に実に幅広い作品が集まっているので、例えば自分とは違うセクシュアリティーに基づいた作品に驚いたり、長年の誤解と偏見があっさり解けたり、またはシンクロしてしまったり、といった経験が可能なのだ。

映画祭のクロージング・パーティ

 逆説的ではあるが、そう考えるとこの映画祭は「性(セックス)を賛美する祭典」などではない。性は人間が人間になるずっと前からのんべんだらりと伴っていたものであり、いまさら言祝いだり称賛したりしたところで性自体がどうにかなるわけでもない。じっさい観ていて憂鬱になるような作品をもプログラムに含むこの映画祭が行っているのは「セックスって、すばらしい(どんどんやれ)」などと無闇矢鱈に観客をけしかけることではなくて、「映画」という表現手段を使って性と人間を捉えようとしている作家と、それを受け取る観客の意識への問いかけであり挑戦である。毎年浴びるようにこの映画祭でポルノを観続けて自分が理解したのは、表現物はそれが傑作であれ駄作であれ全て「芸術(アート)」であり、「猥褻(エロ)」は作り手を含めた受け手の中にしか存在しない以上「芸術か猥褻か」という命題はそもそも成立しない、ということでした。

 いつかの回のオープニングでユルゲンが、当然のような顔をして「少しでも早く、このような映画祭をやらなくていい日が来る事を願っている」とスピーチしたことがあった。この発言だけでは運営に疲れた主催者の愚痴のようであるが、彼と彼の映画祭の最終目的はこの超面白いけど大して儲からない「お祭り」を延々と続ける事ではなく、映画という文化の妥当な位置に「性」を嵌め直すことであるはずだ。わざわざ「ポルノ映画祭」というタイトルを冠した、ある種「特区」としてのこの映画祭がその役割を終える日が来るとき、映像表現を発表する場所は誰に対してもいまよりずっと自由に呼吸が出来る空間となっているはずだ──そんな空間が出現するのは、おそらく未来の日本ではないにしろ。

 【追記】関心をお持ちになった方は是非来年10月、実際に足を運んでみて頂きたい。ドイツ語ができなくても全く問題はなく、英語が何となくでも判れば充分映画祭を堪能できます。ちなみに今回、自分らの東京羽田―ベルリン往復航空券はカタール航空利用(帰国便には天然温泉平和島の無料一泊サービス付き)で6万5千円ちょっとでした。

Jeff Mills - ele-king

 はい、こんにちは。現在ele-kingはジェフ・ミルズにジャックされております。またまたニュースでございます。
 先日、アフターパーティの開催をお伝えしましたが、その本公演のお知らせです。来る11月18日(金)、国内屈指の室内楽ホールの1つである浜離宮朝日ホールにて、ジェフ・ミルズのシネミックス(映像体験作品)最新作の日本プレミア上映会が開催されます。同公演は、AACTOKYOが手がけるプロジェクトの第1弾でもあります。構成と演出はジェフ・ミルズ本人が、映像共同演出は新進気鋭の映像集団Cosimic Labが担当します。
連日お伝えしているように、この秋はジェフ・ミルズのイベントが目白押しです。もうこの際みなさんも心を決めて、ジェフ・ミルズにジャックされちゃいましょう!

AACTOKYO 第1弾プロジェクト
JEFF MILLS CINE-MIX “THE TRIP”

!! ジェフ・ミルズのシネミックス最新作 ジャパン・プレミア公演 !!

2014年のプレ開催を経て、昨年は東京、神戸、川崎の3都市で開催したアート・フェスティヴァル「TodaysArt.JP」が、2016年、世界に名だたるコスモポリス「東京」を舞台に、世界と日本を紡ぐアートのプラットフォームとなるべく、世界で開催されている様々なアート・フェスティヴァルとも連携しなが『AACTOKYO (アークトーキョー: Advanced Art Conference Tokyo)』として進化しました。
そんな『AACTOKYO』が手がけるプロジェクト第1弾として、浜離宮朝日ホールでのジェフ・ミルズのシネミックス(映像体験作品)最新作のジャパン・プレミア公演が決定です!

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ジェフ・ミルズがお届けする映像体験作品「THE TRIP」。
実験的でコンセプチュアルなテクノ・ミュージックの象徴的な存在として、またサイエンス・フィクション映画に魅了されたひとりとして、ジェフ・ミルズは「自身の作品をフィルムや映像のために制作しなければ」という衝動に駆られ、2000年より「シネミックス」というスタイルに着手しました。今回ご紹介するシネミックス作品は、日本人映像作家とのコラボレーションによる1時間半に及ぶサウンドとイメージのマスター・ミックス。
60以上のオールド・SF・ムーヴィー(1920~70年代)から抽出した映像+音像のライヴ・ミックスは、彼のエクスペリメンタルかつコンセプチュアルなDJ・ミックスと同じ原則に従い、私たちの美の鼓動、カオス、畏怖なる感情を呼び起こしてくれることでしょう。
「THE TRIP」は住みづらくなってしまった地球から、新しい世界を探すために地球より遠く離れた場所を開拓していくという、これから人間が経験するであろうテーマが描かれています。精神的かつ心理的な強烈な映像+音像体験が、あなたを未知の時空へお連れします。

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