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interview with Nicolas Jaar

interview with Nicolas Jaar

ポリティカルかつパーソナル

──ニコラス・ジャー、インタヴュー

質問・文:小林拓音    翻訳:青木絵美   Nov 11,2016 UP
E王
Nicolas Jaar
Sirens

Other People/ビート

Post-PunkAmbientExperimental

Amazon Tower

 ドナルド・トランプの衝撃が全世界を覆っている。もう何がなんだかわからない。ただただ憂鬱である。そんな暗澹たる気分のなか、ニコラス・ジャーから返ってきたインタヴューの原稿を読んだ。メールで質問に答えてくれた彼が、とてもキュートな絵文字を使っていることに、少し救われたような気分になった。以下のインタヴューのなかで彼も触れているが、ポリティカルなこととパーソナルなことは、相互に影響を及ぼし合っている。これほどの出来事があって、「さあ、また明日から頑張りましょう!」と簡単に割り切れるほど、僕は強くない。他の人がどうなのかは知らないけれど。

 オリジナル・アルバムとしては5年ぶりとなるニコラス・ジャーの新作は、前作『Space Is Only Noise』とはだいぶ異なる雰囲気に仕上がった。とはいえ、様々な要素を折衷するスタイルそれ自体は前作から引き継がれている。“Killing Time”や“Leaves”はエクスペリメンタルであり、アンビエントである。“The Governor”や“Three Sides Of Nazareth”にはポスト・パンク的な態度があり、さらに前者にはドラムンベース的なギミックも忍び込まされている。“No”はレゲエを、“History Lesson”はドゥーワップを取り入れているが、ともにラテン・ミュージックの空気が貼り付けられている。このようなコラージュ精神こそがニコラス・ジャーの音楽を特徴づけていると言っていいだろう。多様であること、あるいは多文化的であることの希求。ニコラス・ジャーが移民の子であることを思い出す。

 そういった果敢な音楽的実験とともに、このアルバムからは非常にポリティカルなメッセージを聴き取ることができる。たとえば“Killing Time”では人種や階級の問題が言及され、“Three Sides Of Nazareth”ではチリで起こった虐殺の風景が歌われている。そんな本作を初めて聴いたときに僕は、ニコラス・ジャー自身の過去の作品よりも先に、ある別のアーティストの作品を思い浮かべてしまった。
 今年の春にブライアン・イーノがリリースしたアルバム『The Ship』は、タイタニック号の沈没と第一次世界大戦を参照することで、現在の世界情勢と向き合おうとする作品であった。今回のニコラス・ジャーのアルバムは、音楽性こそ異なれど、テーマの部分で、そしてその物語性において、『The Ship』と通じ合っている作品だと思う。何より、『Sirens』というタイトル。サイレンとはもちろん、「警告」を意味する信号として機能する音のことだが、その語源はギリシア神話に登場する海の怪物である。セイレーンはその歌声で船員を惑わし、船を難破させる。つまりセイレーンとは、歌で人類を混乱させ、困難へと陥れる存在なのである。『The Ship』と『Sirens』という、40歳以上も歳の離れたふたりがそれぞれUKとUSで独自に作り上げた音の結晶が、船や海といったモティーフを介して、まさにいま響き合っている。このふたつのアルバムはそれぞれ、ブレグジットと大統領選挙というふたつの出来事にきれいに対応しているのではないか――少なくとも僕は、そういう風にこのふたつの作品を聴き直した。2016年とはいったいどういう年だったのか――この2作の奇妙な繋がりこそがそれを物語っているような気がしてならない。

 そして、このニコラス・ジャーのアルバムには、「父」というパーソナルなテーマも織り込まれている。今年はビヨンセやフランク・オーシャンなど、ポリティカルであることとパーソナルであることを同時に成立させてみせる名作が相次いでリリースされた。ニコラス・ジャーのこのアルバムもまた、それらの横に並べられるべき作品のひとつである。
 ひとりのリスナーとして、ポリティカルなこととパーソナルなことの響き合いを、どのように聴き取っていけばいいのか。ひとりの生活者として、ポリティカルなこととパーソナルなことの重層的な絡み合いに、どのように折り合いをつけていけばいいのか。それはとても難しい問題で、僕自身もまだ答えを見つけられていない。でも、まさにこのタイミングでこのアルバムを聴き返すことができて、本当によかったと思う。
 返信をありがとう。

 愛をこめて。

 コバ

俺も自分の音楽がポリティカルになるとは想像していなかった。ただ、自分に素直でありたいと思い、自分の中に新たに生じた難しい感情に対応したいと思ったんだ。

ビヨンセの新作や、昨年のケンドリック・ラマーのアルバムは聴いていますか?

ニコラス・ジャー(Nicolas Jaar、以下NJ):聴いてるよ。

かれらのように、一方で音楽として優れた作品を作ることを目指しながら、他方でポリティカルなメッセージを届けようとするスタンスに、共感するところはありますか?

NJ:ふたりとも、ポリティカルなことをパーソナルなことに(そしてその逆もまた同様に)うまく転換させることができる素晴らしいアーティストだと思う。それは素晴らしい技術で、俺もいつか自分の作品でそういうことを成し遂げたいと思う。
 チリでのクーデターの時、軍に虐殺されたチリ人のシンガーソングライター、ビクトル・ハラはこう言っている。「全ての音楽はポリティカルだ。たとえノンポリティカルな音楽であっても」。
 この言葉は本当だと思う。たとえラヴ・ソングでも、文脈や曲が作られた時代によって、猛烈にポリティカルなものになりうる。結局のところ、目を見開いていれば、自分の部屋の中にも、窓の外にも、愛と憎悪があるということがわかるんだ。

このたびリリースされた『Sirens』は非常にポリティカルです。たとえば“Killing Time”では、アフメド・モハメド少年やドイツのメルケル首相の名が登場し、人種や階級、資本主義といった問題について触れられています。あるいは“Three Sides Of Nazareth”では、ピノチェト政権下のチリで起こった虐殺の風景が歌われています。正直、あなたがここまでポリティカルな作品を世に送り出すことになるとは想像していませんでした。あなたが作品にポリティカルなメッセージを込めるのは、おそらく今回が初めてだと思いますが、何かきっかけとなるようなことがあったのでしょうか?

NJ:俺も自分の音楽がポリティカルになるとは想像していなかった。ただ、自分に素直でありたいと思い、自分の中に新たに生じた難しい感情に対応したいと思ったんだ。たとえば『Sirens』以前は、自分の音楽に「怒り」や「苛立ち」を込めるということはしなかった。でも自分が成長するためには、そういった感情を含めていかなければならないということに気づいた。たとえそれがどんな結果になってもね。『Sirens』は俺が成長するために、自分に必要だと感じた「自由」から生まれたアルバムなんだ。

ニューヨークで生まれたあなたにとって、チリとはどのような国なのでしょうか? また、かつての独裁政権下のチリの状況と現在のアメリカの状況に共通点があるとしたら、それは何でしょう?

NJ:現在のサンティアゴには、マイアミやロサンゼルスにすごく似ている場所もある。軍隊はアメリカの資本主義導入に成功したってわけさ。共通点を挙げるのであれば、保守主義が幽霊のようにジワジワと忍び寄ってきて、文化左派が戦いに負けてしまった状態にときおりなっているという点かな。

本作の全体的なムードは前作『Space Is Only Noise』とはだいぶ異なっていますが、様々な音楽的要素を折衷すること、多様であろうとする部分に関しては前作から引き継がれているように感じます。様々なジャンルやスタイルをコラージュしたり混ぜ合わせたりすることは、あなたが音楽を制作する上でどのような意味を持っていますか?

NJ:曲のひとつひとつが小さなストーリーになっていてほしい。俺は、インクの色よりもストーリー・アークの方に注目する方が好きだ。

“The Governor”や“Three Sides Of Nazareth”からはポスト・パンク的な要素が感じられます。スーサイドのようにも聞こえました。先日アラン・ヴェガが亡くなりましたが、彼の音楽からは影響を受けましたか?

NJ:もちろん影響を受けたよ。アラン・ヴェガのエネルギーは今の時代にとてもフィットしていると思う。だから彼が亡くなったことを知ってとても悲しかった。彼は、抵抗音楽における重要な言語と青写真を作り出した人だと思う。

昨年〈Other People〉からリディア・ランチの作品集がリイシューされました。楽曲的な面やアティテュードの面で、彼女から受けた影響があったら教えてください。また、彼女以外にも、『No New York』や〈ZE Records〉など、ノーウェイヴのムーヴメントから受けた影響があったら教えてください。

NJ:リディア・ランチが、ベルリンの壁崩壊後にベルリンでおこなった『Conspiracy Of Women(女性の陰謀)』というスポークン・ワードのパフォーマンス映像を、いつだったか偶然発見したんだ。それに夢中になり、その後何年かはそのパフォーマンス音声を自分のDJセットに入れてプレイしていたよ。
 (昨年)このパフォーマンスの25周年になるということに気づいた俺は、彼女に連絡を取り彼女と会った。彼女はリリースを承諾してくれ、それ以来、俺たちは近しい友人になったんだ。彼女にはすごく影響を受けているよ。俺が、俺自身であることを受け入れられるようになったのも、言わなきゃいけないと思うことを言えるようになったのも、彼女のおかげだ。

“The Governor”からはドラムンベース的な要素も感じられます。あなたの音楽が最初に広く受容されたのは、主にダブステップが普及して以降のダンス・ミュージック・シーンだったと思いますが、90年代のダンス・ミュージックから受けた影響についてお聞かせください。

NJ:俺の中で“The Governor”は、絶対ヘビメタなんだけど! 😂

いくつかの曲ではあなたの「歌」が大きくフィーチャーされています。それは本作がポリティカルであることと関係しているのでしょうか? そもそも、あなたにとって歌またはヴォーカルとは何ですか? 他の楽器やエレクトロニクスと同じものでしょうか?

NJ:最近は、ソングライティングという概念により興味を持つようになった。プロダクションは「ファッション」的な感じがベースになっているけど、ソングライティングはそういう感じから逃れることができると思う。「存在」というものに興味があるんだ。レコーディングに声を入れるのは、そこに命を加えるようなものだと思う。

本作は『Nymphs』と『Pomegranates』の間を埋める作品だそうですが、ということは、本作にも何かのサウンドトラックのような要素、あるいは役割や機能があるのでしょうか? たとえば、本作はいまのアメリカのサウンドトラックなのでしょうか?

NJ:そうかもね!(笑) 今まで、「テクスト」とコンテクスト(=文脈)が欠けていたと思う。『Nymphs』や『Pomegranates』は、その時の俺にとっては閉鎖的すぎると感じたのかもしれない。

前作『Space Is Only Noise』は2011年の2月にリリースされましたが、その直後、日本では大きな地震と原子力発電所の事故がありました。日本の一部のリスナーは、あなたの前作をそのような状況のなかで聴いていました。あなたの作品が、意図せずそのような状況のサウンドトラックとして機能することについてはどう思いますか?

NJ:そのような状況だったとは知らなかった。作品がアーティストの手を離れ、リスナーに届いた時点で、それはリスナーのものになると思う。俺が音楽を作るのは、俺が自分の感情に対応するために必要だからだ。音楽を作っているときだけ、俺は自由で幸せになれる。俺の音楽が、人びとの人生のサウンドトラックになっているのであれば、それがどんな結果であれ、光栄に思う。俺の音楽が人々の感情にとって、何らかの役に立っていれば嬉しい。

“Killing Time”や“Leaves”など、本作にはアンビエントの要素もありますね。あなたは3年前に、ブライアン・イーノの“LUX”をリミックスしています。彼が発明した「アンビエント」というアイデアについてどうお考えですか?

NJ:☁️☁️☁️✨

彼は音楽制作を続けるかたわら、イギリスの労働党党首を支援したり、シリアへの空爆反対のデモに参加したりしています。そうした彼の政治的な態度や行動についてはどうお考えでしょうか? あなた自身もそういった活動をする可能性はありますか?

NJ:政治的な活動はあくまで個人的に、プライベートな時間におこなうようにしている。自分の行動全てをソーシャルメディアで公開することはしたくない。デモに参加するとしたら、市民として参加するのであり、ミュージシャンとしてではない。

イーノの最新作『The Ship』は聴いていますか?

NJ:聴いている。

日本では多くの場合、音楽が政治的であることは歓迎されません。あなたは2年前にDARKSIDEとして来日し、フジロック・フェスティヴァルに出演していますが、今年、そのフェスティヴァルにSEALDsという学生の社会運動団体が出演することが決まったときに、「音楽に政治を持ち込むな!」という議論が巻き起こりました。あなたは、音楽と政治はどのような関係にあると考えていますか? あるいは、音楽が政治的であることとは、どのようなことだとお考えですか?

NJ:音楽は、時代について語ったり、信条に疑問を感じたり、考え方を覆したりするようなものであるべきだと感じる時がある。
 だが、別の時には、音楽は俺たちを癒してくれるもので、ニュースの見出しや過剰なもの、ダークなものから俺たちを逃してくれるべきだと考える。
 それは難しい質問だから、俺自身もまだ答えを見つけていない。
 質問をありがとう。

 愛をこめて。

 ニコ

質問・文:小林拓音 (2016年11月11日)

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