「IO」と一致するもの

AHAU - ele-king

最近作業中に聴いていた音楽の中から

AHAU(tomoaki sugiyama)
グラフィックアーティスト、グラフィックデザイナー
1976年横須賀生まれ、東京在住
https://www.instagram.com/ahau_left/

10月16日から、BnA HOTEL Koenjiで展示します。
16日にオープニングパーティーやります。
ぜひ遊びに来てください。


Ahau Exhibition
“The Flyer”巡回展
BnA HOTEL Koenji
2016.10.16[sun] - 11.5[sat]
19:00 - 24:00
Entrance Free
※Close 10.29[sat]、10.30[sun]

Opening Party
10.16[sun] 18:00 - 22:00
LIVE
cinnabom + ARATA(チナボラータ)
DJ
MOODMAN
MINODA
Sports-koide
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Sunday Afternoon Party
10.23[sun] 14:00 - 22:00
DJ
ヤマベケイジ
Q a.k.a. INSIDEMAN
pAradice
弓J
nnn
町田町子
ぬまたまご部長
来夢来人
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Closing Party
11.5[sat] 14:00 - 22:00
DJ
bimidori
THE KLO
do chip a chi
Sports-koide
otooto22
hitch
LIVE
HELIOS
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BnA HOTEL KOENJI
https://www.bna-hotel.com
東京都杉並区高円寺北2-4-7
(JR Koenji Station - 30 seconds)
2-4-7 Koenjikita, Suginami, Tokyo, Japan 166-0003

R.I.P. Prince Buster - ele-king

 今年2016年は、紫のプリンスに続いて、ブルーのプリンスまで逝ってしまった。“キング・オヴ・ブルー・ビート”に即位するも、最後まで鯔背な若大将の風情で肩で風切り、(眉唾ものを含む)数々の伝説と武勇伝に彩られながら飄々と人生を闊歩した味のあるスーパー・スター、プリンス・バスターのことだ。
 “ブルー・ビート”は60年代にジャマイカ音楽をUKに紹介したレーベル名であり、そこからスカ、ロック・ステディの異名となったわけだが、そもそも今もってスカ自体が懐古趣味とは馴染まない現代的な音楽であり続けている以上、その筋の偉人の客観評価が常にコンテンポラリーな感覚で為されるのは当然である。しかし、それにも増してプリンス・バスターには、その音楽ジャンルの花形である以上の規格外の魅力があったのだ、人間的にも、音楽的にも。

 〈芸術的センス〉、〈ビジネスの才覚〉、〈肉体的な闘争力〉。人間の持ち得る特性として考えると、これらは往々にして相反しがちな要素だが、プリンス・バスターは、幼少期に音楽に魅入られてダンスや歌やパーカッションを始め、一方でボクサーとなり(確かそこで“プリンス”と呼ばれるようになったはずだ)、その後、商売敵からの物理的な攻撃を防ぐためのこわもての用心棒(&セレクター)としてサウンドシステムに雇われた。独り立ちして自身のサウンドシステムを経営し、シンガー、エンターテイナーとなり、他アーティストもプロデュースし、レーベル・オウナー、音源のセールスマン、レコード・シャックの経営者にもなった。こうした音楽的独創性、ビジネス・センス、腕っ節の強さ(実力行使)、ある種の覇権主義、マチズムがジャマイカの大衆音楽の、そしてその土台、サウンドシステムの文化において意味深い要素であることを思えば、プリンス・バスターこそその道の典型的なジャマイカン・ダンディーである。ましてや、そのまるでアカデミック的でない歌唱法、ときにスポークン・ワード的だったり、曲にスキットを演じ込んだりしながら歌唱とサウンドシステム由来のディージェイ芸が同居したパフォーマンスに着眼すれば、彼の中に現代的なダンスホール・ディージェイ文化の、ひいてはギャングスタ・ラップの源流のひとつさえ見て取れる。もちろんプリンスとギャングスターを一緒くた(笑)にしてはならないが、バスター自身、名曲“Al Capone”で「オレをスカーフェイス(“古臭いギャング”の隠喩だろう)と呼ぶな。オレの名前はカポーンだ」と歌った(語った)ように、要は見得と矜恃の漢伊達の美意識なのであり、その種のこだわり、自己主張自体が、人間の“ひとつの類型”を形成している。彼がのちの80年代末にUKのトロージャンズを従え、伝説の反逆の黒人アウトローを歌ったスタンダード・ナンバー“Stack O' Lee (a.k.a. Stagger Lee)”を吹き込んでいることを思い出す人もいるだろう。あの曲が見事に似合ってしまうこと、まさにそれが、彼が誰なのかを実に雄弁に物語るのだ。
 同時に、列強にしてやられた“弱小国”ジャマイカの、特に男性市民がギャングスター映画や勧善懲悪のスパゲティ・ウェスタンを熱烈に愛した事実があるが、その、漢気溢れるタフな強者に対する彼らの抱く信仰めいた憧れ、プリンスはその姿を地で行ったという見方もできるだろう。彼が歌った“Hard Man Fe Dead !/タフマンは死なねえ!”というヤツだ(ジャメイカンがウェスタンに熱狂する様子が映画『ザ・ハーダー・ゼイ・カム』のいちシーンで描かれていたし、ちなみに同映画にはバスターも印象的な出演をしていた)。
 ついでに言えば、とりわけ前掲の“Al Capone”で炸裂するバスターお得意のパーカッション的スキャット、いわゆる“口チュク”をヒューマン・ビート・ボックスの一種の原始形と見たってあながち暴論ではないだろう。素直に戦後ポピュラー音楽史を俯瞰するとき、この輝けるスターが身に受けるべきものが、〈スカの偉人であり創始者のひとり〉という“偉大なるレッテル”1枚では明らかに不充分なのだ。ぼくの目には、現代的なストリート・ミュージックのひとつの潮流の最上位の一角に、この青のプリンスが屹立している。
 そもそもプリンス・バスターという名前からしてすこぶるチャーミングではないか。本名セシル・バスタマンテ・キャンベル。親が労働組合叩き上げの名政治家バスタマンテ(Bustamente)の名前をミドル・ネイムとして与え、〈Buster〉はその省略形と解することもできる一方で、“プリンス”の気品と、それと相反する“バスター(破壊者)”の粗暴性とが同居した名前でもあるわけだ。この“気高さ”と“粗暴さ”のコントラストこそが彼だ。それを許容するだけの懐の深さ、伝統的な音楽の美点を受け止めながら因習を破壊した革新性。
 この勇ましい“バスター”キャラは、数々のナンバーで率直に見て取れる。友人コクソン・ドッドのサウンドシステムの用心棒に雇われたくせに、それでも自分が独立して競争関係になると“Downbeat Burial(コクソン・ドッドのサウンド〈ダウンビート〉を埋葬してやる)”というようなマカロニ・ウェスタンのタイトルさながらの曲を出し(いわゆる“サウンド・クラッシュ”のはしりだ)、あるいは華僑プロデューサーのレスリー・コングを標的に“Blackhead Chineman”を書くなど、ライヴァルをキツくやりこめた。そもそも自身のサウンドシステム名に〈Voice of the People〉と名付けたり、レコードのジャケットに踊る〈Jamaica’s Pride〉とか〈National Ska〉といった文句もいちいち言葉が大きい。
 こうしたオレ様気質のビッグ・マウスは、現在まで続くある種の型のマイク芸のプロトタイプであり、それは“Judge Dread”で自身が悪を断罪する裁判官に扮するまでに至るのだが、その背景には、彼流の一貫した正義感を感じ取ることができる。モハメド・アリとの親交も知られるバスターだが、バプティストの家庭に生まれるも、アフリカ黒人の矜恃、その文化の独創性を主張するスタンスからネイション・オヴ・イスラム~ブラック・ムスリム・ムーヴメントに同調してイスラムに改宗し、セシル・キャンベルから〈モハメド・ユセフ・アリ〉となった。これはジャマイカにおける、アフリカンとしての尊厳を第一義に掲げるネグリチュード運動の流れとしては、音楽がラスタファリアニズムと緊密に結びついてゆく時代に一歩先んじていた(それに、クリスチャンのジミー・クリフがイスラムに改宗する10年以上も前の話である)。いくつか存在したバスターの運営レーベルの中には、少しあとにスバリ〈Islam〉という名のレーベルも登場するし同名の曲もあったが、少なくとも60年代前半から、単なるサウンド・クラッシュやヒット・チューン競争、あるいは62年の独立を経て沸き立つナショナリズムとは次元の違う思想、世界観を自身の音楽活動に投影していたわけである。しかしラスタがそうであったように、ブラック・モスレムとしてのバスターもジャマイカ政府から危険人物視され、何度も家宅捜索を受けてはイスラムの文献を没収されるという厳しい迫害に遭ったというが、それで信仰を捨てることはなく、権力の不当に屈しなかった。世界には、その彼のモスレム・ミュージシャンとしての生き様をリスペクトしているフォロワーも多いことだろう。
 しかしながら、その一方で、あからさまな下ネタでも人気を取ろうという芸人根性も隠さなかったのがバスターの一層味わい深いところだ。けしからん箇所に“ピー”音をかぶせないとレコードを発売できないような類いの露骨にナスティーな、いわゆるスラックネス・チューンの歴史にもプリンスはその名を残している。とにかく、あらゆる点で先駆的な人だったのだ。

 1989年は、日本のスカ・ファンにとって約30年分の盆と正月が一気に訪れたような大事件が起きた年だ。ぼくはちょうどその年、ひょんなことからタワー渋谷店に入社し、5年半ほどお世話になることになった(タワーレコード株式会社のことだ。まだ誰ひとり“タワレコ”などと略したりしなかった四半世紀以上前、渋谷店は井の頭通り沿い、東急ハンズの少し先の左手にあった)。ひょんなこと、というのも、アルバイト希望で応募したのに、面接に行ってみると、「嫌だったらいつでもバイトにしてあげるから社員にならない? 福利厚生もしっかりしてるよ」と説得され、つい出来心で入社してしまったのだ(バブル時代とはそういうものだった)。
 それで大事件の話だが、同社に対して、それじゃ社員になります、という返事をしたのとほぼ同時期に、スカタライツの初来日公演、フィーチャリング:プリンス・バスターというとんでもない興行が発表されていたのだ。日程は同年の4月29、30日の土日、会場は汐留PIT2(新橋駅から海側へ当時の殺伐たる空間をしばらく歩いた先、旧国鉄汐留駅跡地に期間限定で作られた大きなテント型のライヴ会場。現汐留シオサイトの一角)だった。
 しかし痛恨の極み。入社したばかりで土日に休みなど取れず、さらに両日遅番だったせいで、ぼくはその大事件を東京にいながらただの一瞬も目撃できなかった。社員なんかになったことを早々に後悔したものだ。その6月に発売された『レゲエ・マガジン』11号グラビアの菊地昇さんによる同公演の写真とか、同号の、気に障る質問でもして怒らせたら大変だということで荏開津広さんが来日時のプリンス・バスターにおそるおそる丁寧な質問を重ねていく素晴らしいインタヴュー記事なんかも、ショウをミスしたのがとにかく悔しくて、しばらくの間は直視できなかった。
 しかしながら、人生、ひどく残念なことが起きたあとには、そのうち、それを埋め合わせて余りあるうれしいことが必ず起きるものだ。
 同じ年の12月、早番で出勤し、開店した朝10時過ぎから、入荷した商品を良く晴れた朝日が差し込む3階の売場に並べていたときのことだ。「ヘイ! ちょっとこっちへ来てくれ」と言いながら目の前に突然現れた全身黒づくめの男、それはプリンス・バスター、その人だった。4月に見逃して悔やんでも悔やみ切れなかったその人が、向こうからやって来て、ぼくの目を見て話しかけているのである。彼は窓際のコーナーにぼくを連れていき、ある場所で立ち止まった。黒いベレー帽、プラチナか金色だったかのフレイムの眼鏡をかけ、黒の革ブルゾン、革パンツ、磨かれたサイドゴア・ブーツ。こんな恰好が似合うのはその世界ではトゥーツ・ヒバートとプリンス・バスターだけだが、プリンスのほうが着こなしの品格は上だ。陽射しを反射する眼鏡の奥の眼差しが鋭い。顔の下半分を覆う、丁寧に整えられた黒々としたヒゲ。唇を動かすと、前歯のメタルの縁取り、いわゆる〈開面金冠〉が光り、それだけで凄い迫力だ。向き合っていると、その只者ではないオーラが熱い。実際只者ではないのだから、本当は驚くにはあたらないはずなのだが。
 どうしてプリンスが日本にいたのかといえば、4月のスカタライツ公演のフロント・アクトを務めたスカ・フレイムスを絶賛したプリンスが、今度は彼らをバックにして日本で歌いたいと希望し、それがスピーディーに実現したのだった。その再来日公演の様子を交え、前掲の荏開津さんのインタヴューを踏まえながら、プリンス・バスターの功績と人となりをおそらく日本で最初にまとめた名テクストが、山名昇さんの(初版は91年『レゲエ・マガジン』別冊として刊行された)『Blue Beat Bop !』にスカ・フレイムスの宮崎研二さんが寄稿した「Prince Buster Is Staggerlee(バスター親分、登場だ)」だった。しかし、そのバスターの思慮深い、優れた人格者たる人柄が伝わる宮崎さんのテクストは当然ながらその時点でまだ書かれておらず、ぼくはとにかく恐くて凄い人、という単純なイメージしか持ち合わせないまま、ビビりながら親分の出現を受け止めるほかなかったのである。
 井の頭通りに面した北側の窓際にぼくを誘導した彼は、1枚のリーダーカードを指で弾いて言った――「Mongo Santamaria のCDはないのか?」。そのコーナーはその日、見事に空っぽで、プリンスは明らかに不満げな面持ちだった。ぼくは、少々お待ち下さい、と言い、足下のストックもゼロなのを認め、最新の入荷品の中にあるかどうかをバック・ルームに確認に行った。実際入荷していないだろうという予測は付いていたのだが、お客さまの名前を呼びかけて丁重に詫びるにせよ、そもそも“Prince”の前に、“Sir”はやり過ぎとしても、“Mr.”という敬称が必要なのかどうかから考える時間が必要だったのだ。想像して欲しい、“Prince”を名乗る人から、心の準備もないまま突然声をかけられる機会が、一般日本人の一生で、普通一度でもあるだろうか。落とすよりも付いている方が少なくともリスクは少ないだろうと考え、すみません、ミスター・プリンス・バスター、あいにくモンゴ・サンタマリアは現在1枚も在庫がなく、バック・オーダーも本日は入荷していないのです、と謝った(タワーの従業員は、その程度の英語での接客ができなければ仕事にならなかった)。
 するとプリンスは、「オレのことを知ってるのか?」と言い、予想外の、写真で見たこともない人懐こい表情で破顔した。そして、「今、モンゴ・サンタマリア(というのが素敵ではないか!)をCDで集めてるから探しに来てみたんだが」と言った。あとで思えば、きっと宮崎さんか、スカ・フレイムスの他の誰かが彼にタワーレコードの場所を教えたのだろう。ラテンのすぐ向かい側がスカ/レゲエ・コーナーだったが、幸いプリンスのアルバムは全く淋しくない程度に在庫があった。そこで調子に乗ったぼくは、「あなたの昔のアルバム、最近UKでリイシューが進んでますね」というようなレコード屋トークで水を向けると、快くいろいろな話を聞かせてくれたのだった。
 なんだかんだ15分くらいは話をしただろうか。結局、わざわざ向こうから来てくれたプリンスは、レコード屋の小汚い“なり”をした若造に貴重な話を聞かせてやり、サインもせがまれた上に、そいつと固く握手をし、所望のCDを買えなかったのに「サンキュー!」を言って帰っていった。あれ以降、モンゴ・サンタマリアを聴くたびに、「この曲の入ってるCD、どっかで買えたかな」と、プリンスを必ず思い浮かべる習慣になった。そしてそれはいまだに続いている。
 ぼくは、今よりずっとロマンティストだった若い時分、しばらくこの出来事を、まだ有給休暇がなかった悲しき正社員のもとに、その年の12月にサンタクロースが届けてくれたプレゼントのように考えては、その解釈を気に入ってひとり悦に入っていた。が、あるとき自分の不見識に愕然とするのだ――敬虔なイスラム教徒をサンタクロースになぞらえていたとは! と。でも、またしてもすぐに調子よく思い直したのだった――“サンタマリア(聖母マリア)”の愛好家の寛大なるプリンスは、そんなことで気を悪くしたりしないだろうと。
 それがぼくの、この宝物の話のオチなのだが、こんな悪くない自慢話を書く機会がこれまで一度もなかった。これがプリンスの追悼文でなかったら、書いていてもっと心楽しいのだが。

2016年10月 鈴木孝弥

Equiknoxx - ele-king

 〈ソウル・ジャズ・レコ-ズ〉が5年前にコンパイルした『インヴェイジョン・オブ・ザ・ミステロン・キラー・サウンズ(Invasion of the Mysteron Killer Sounds)』はザ・バグことケヴィン・マーティンとレーベル・ボスのスチュワート・ベイカーが当時のシーンからディジタル・ダンスホールと呼べる曲を掻き集めてきたコンピレイションで、伝統にも鑑みつつ、意外性にも富んだ内容となっていた。世の中があまりにも真面目すぎて気が狂いそうになる時はこれを聴くしかないというか。マンガちっくなアートワークも素晴らしく、いまだに文句のつけようがない。ただ、何がきっかけでこの企画が成立したのか、それだけはよくわからない。ディジタル・ダンスホールのピークはメタルとダンスホールが交錯した2001年を最後にリリース量は減るばかり。2011年に『インヴェイジョン~』がリリースされた後も、回復の兆しはどこにも見えず、カーン&ニークやゾンビーの試みも散発的な印象にとどまった。あるいはEDMと結びついたムーンバートン(というジャンル)が少しは目新しかったというか。すでにそれなりの知名度は得ていたディプロやウォード21をフィーチャーしていた『インヴェイジョン~』から、ほかに誰かルーキーが飛び出し、少しでもシーンを活性化させたかというと、そういうこともなく、そういう意味ではノジンジャ(Nozinja)しかアルバムを出さなかったシャンガーン・エレクトロや、実態はファベーラ・ファンクのミュージシャンが名前を変えて作品を提供していただけのバイレ・ファンキのコンピレイションと同じくで、「コンピレイションが出た時点で終わり」みたいなものではあった。それで内容はいいんだから大した編集力だとは言えるけれど(同作にこだわらなければもちろん一定の存在感を示したプロデューサーやMCはいる。MCスームT(MC Soom-T)やトドラ・T(Toddla T)、ミスター・ウイリアムズやスパイス、テリー・リン(Terry Lynn)、エンドゲーム(EndgamE)……ケロ・ケロ・ボニートやビヨンセ、サム・ビンガやジェイミー・XXもアルバムには取り入れていた)。

 要するにダンスホールというジャンルにはもう発展性は望めないのかなと思っていたのである。しかも、ギャビン・ブレア(Gavin Blair)とタイム・カウ(Time Cow)によるイキノックスは、最初はダンスホールを下敷きにしているとは思えないほどトランスフォーメイションが進行し、ダンスホールといえば陽気でハイテンションという枠組みからも逸脱していたために何が起きているのか僕にはわかっていなかった。ワールド・ミュージックは表現する感情が変わってきていると、それは自分でも書いてきたことになのに、先入観というのは恐ろしいもので、そのことに気づくまでに2カ月もかかってしまった。確か最初に「ア・ラビット・スポーク・トゥ・ミー・ウェン・アイ・ウォーク・アップ(A Rabbit Spoke To Me When I Woke Up)」を聴いた時はDブリッジ&スケプティカル「ムーヴ・ウェイ」のパクリかなと思ってしまったほど彼らの音楽はダンスホールと結びつかなかったのである(「ムーヴ・ウェイ」がダンスホールを取り入れてただけなんですけどね)。

「ああ、そうか」と思うと後はなんでもない。ダンスホールである。確かにダンスホールの要素がここかしこに見つかる。つーか、ダンスホールにしか聴こえない。それもそのはず、ギャビン・ブレアはビーニーマンを始め、スパイスやT.O.K.、あるいはダニエル“チーノ”マクレガーやティファなどジャイマイカのシーンに長いことかかわってきたプロデューサーで、いままでそれしかやってこなかった人物なのである。タイム・カウはケミカル(Kemikal)の名義で比較的最近デビューしたMCらしく、もしかして若いのかなと思って写真を眺めてみるけれど、とくに歳の差があるようには見えない。ふたりの役割分担もよくわからないし、レコード盤(限定でゴールド盤もあるらしい)には作曲のクレジットもない。録音は、古くは2009年に遡るそうで、ミスター・スクラフのジャケットなどを手掛けてきたグラフィック・デザイナーのジョン・クラウスがコンパイルしたものをデムダイク・ステアのレーベルが世に出している(ショーン・キャンティとマイルズ・ウィットテイカーもコンパイル作業にはかかわっていると記してある)。そして、それだけのことはあるというのか、やはり異質であることには変わりなく、「ポーリッジ・シュッド・ビー・ブラウン・ノット・グリーン(Porridge Should Be Brown Not Green)」になると何を聴いていたのか途中でわからなくなり、スネアの連打から始まる「サムワン・フラッグド・イット・アップ!(Someone Flagged It Up!!)」に至っては背景にダブ・テクノがそれとなく織り込まれ、ベーシック・チャンネルへのジャマイカからのアンサーといえるような面も出てくる(マーク・エルネスタスも気に入っているらしい)。

 アルバム・タイトルにも入っている「Bird」というのは、実際に鳥の声を模したような音作りにも反映はされているだけでなく、どうも彼らの音楽はダンスホールだけではなく、ソカにも大きく影響されているということを表しているようで、実際にアフリカン・ドラムとレイヴ・シンセイザーが絡む「リザード・オブ・オズ(Lizaed of OZ)」も耳慣れないサウンド・センスに仕上がっている。

 ここからまたダンスホールが……なんて。

Deep Medi 10 - ele-king

  去る10月1日、プロデューサーのマーラが2006年にスタートさせたダブステップ・レーベル〈Deep Medi Musik〉 のアニバーサリー・イベントが、彼のホームであるロンドンで開催された。
 多種多様なプレイヤーたちを紹介することにレーベルの目標は置かれ、その範囲はイギリスや同ジャンルのプロデューサーたちに収まるものではない。日本のエレクトロニック・ミュージックを代表するゴス・トラッドは、同レーベルからの諸作品で多くの注目を集め、〈Warp〉の看板ともいえるマーク・プリチャードやドラムンベースの鬼才、カリバーといった面々も、自身の顔のイラストがあしらわれた分厚い12インチをカタログに残している。そのサウンドをアップデートしているのは、若手のスウィンドルやカーン、グライム・シーンを支えるDJ、サー・スパイロらによるリリースだ。
 その飽くなき探究心を鑑みるに、先日、ジャイルス・ピーターソンの〈Brownswood Recordings〉からリリースした『Mirrors』において、ペルーで録音されたサウンド・マテリアルから幻想的な物語を作り上げたマーラ自身の魂は、レーベルに集うエネルギーと共にあると言っていいだろう。
 この夜のために総勢30名に登るDJやMCたちがひとつのステージに集結し、約1700人が入る会場のチケットも当然のごとくソールド・アウトだった。

Sir Spyro - Topper Top ft. Teddy Bruckshot, Lady Chann and Killa P - 2016

 オープン時刻の9時になると会場のエントランスには長蛇の列ができていた。ネットで買ったチケットの購入画面をスキャンし、厳重な荷物&ボディチェックをすませ、開始30分後に会場へ飛び込む。徐々に聴こえてくるのは、A/T/O/Sがシンガーを引き連れて放つ、悲哀に満ちたビートだ。サウンドシステムはヴォイドのインキュバスが設置され、重低音がまだ人がまばらなフロアに地鳴りを起こしていた。
 最初のDJであるサイラスと共に、リュックを背負ったドレッドヘアーのMCサージェント・ポークスもステージに登り、10年以上に渡ってロンドンのダブステップを支え続けてきた声を張り上げる。炎のような男だ。続くKマンがDJデックに立つ頃には、フロアは多くの人々で埋まり、〈Deep Medi〉のイラストを描き続けてきたタンニッジのプレイでこの日最初のリワインド(注:オーディエンスの反応が大きい曲を、DJが巻き戻して最初からプレイし直すこと)が巻き起こった。次の曲のメイン・シーケンスが流れた瞬間に上がる歓声とたくさんの拳。その曲がクラシックではなく今年リリースのこの曲であったことから、ベテランの彼もフロアとともに成長していることがうかがえる。

Dstrict - Drowsy - 2016

 日付が変わる頃には移動するのも困難なほどの数の人々で会場が溢れかえっていた。往年のファンから20代前半の若者まで、多くの世代が入り混じっている。
 ブリストル新世代を代表するカーン&ニーク、リーズ在住のコモドによるバック・トゥ・バックによって、会場はさらなる熱量で包まれた。ニークのシンプルでソリッドな選曲と、カーンのキラー・チューンとが相乗効果を生む。2012年の彼のレーベル・デビュー作である“Dread”がプレイされたとき、フロアは揺れに揺れた。コモドもそこに彼独自の変則的なトライバル・チューンを加えてうねりを生み出し、オーディエンスをロックし続ける。
 カーン&ニークと同じくブリストル出身のライダー・シャフィークが、ここではマイクを握った。ポークスの情熱的なパフォーマンスとは対照的に、彼はクールな立ち振る舞いで呪文を唱えるかのように淡々と言葉を紡ぎ、時に歪んだ声で低音を華麗に乗りこなす。クラブに舞い降りたダブポエットさながらのその姿は、奇しくもその日が命日だったMCスペースエイプに重なっても見えた。豊穣な才能とともに世代は確実に引き継がれているのだろう。続いてステージに上がった、ダブステップにファンクやジャズを持ち込んだ功績を持つシルキーとクエストのセットで、スウィンドルが流れた時も同じことを思った。

Kahn - Dread - 2012

 ゴス・トラッドとトゥルース、そこにマーラが加わって始まった2時15分からの怒涛の1時間、これは間違いなくこの日のピークだろう。マーラは自身のアンセム曲“Changes”でセットをスタートさせ、トゥルースが スクリームの“Midnight Request Line”をかけた時、フロアには狂気が渦巻いていた。僕の記憶が正しければ 、セット前半のゴス・トラッドの選曲はほぼ全てリワインドされていたように思う。“Babylon Fall”がかかったときの会場の一体感も素晴らしかった。
 ダブステップの定義が定まっていない頃に登場したゴス・トラッドのプロダクションは、計り知れない影響をUKのシーンに与え、マーラと初めて顔を合わせたときに彼が口にした「お前を日本に連れて行くから」のひと言は、日本でのダブステップのさらなる拡散に貢献した。人や情報の流れがトランスナショナルになった現在において、住んでいる場所や地域が個人の活動を遮るものではない。それを体現する一例がダブステップというムーヴメントであり、ゴス・トラッドのようなミュージシャンなのだろう。

Goth-Trad - Babylon Fall feat. Max Romeo - 2011

 これ以降も重低音は消えない。スプーキーとサー・スパイロによるMCにレディ・チャンとキラPを向かえたグライム・セット、レーベルの記念すべき第1作目である“Kalawanji” がリワインドされまくったクロームスターとジェイ・ファイヴのバック・トゥ・バック。ハイジャックとベニー・イルが“Cay’s Cray (Digital Mystikz Remix)”をプレイしたとき、終演間際であるにも関わらずフロアには多くの小さな火が灯っていた。

Fat Freddys Drop - Cay’s Crays (Digital Mystikz Remix) - 2006

 〈Deep Medi〉が作品をリリースし続けたこの10年の間に、ロンドンの音楽シーンには実に多くの変化が起きた。オリンピックの再開発などにより高騰した家賃のため、レコード店やクラブが閉鎖し、多くのプロデューサーたちがロンドンを離れている。最近では、ドラッグによる死亡事故が相次いだとはいえ、行政や警察の過剰に見える対応のもと、ロンドンの看板クラブであるファブリックの営業ライセンスが剥奪されてしまった。気のめいる出来事はこれからも続くのかもしれない。
 じゃあ、ここにはどんな希望がるのだろう。プレイの途中で、マーラはこんなことを言っていた。「〈Deep Medi〉は俺のものじゃない。いままで参加したプロデューサー全員のレーベルだ」。これは仲間に向けられた感謝の言葉であり、特定の中心を持たずに拡散していこうとする、ひとつの意思表示でもある。実際のところ、マーラは彼自身がレーベルに関わっていることを、2009年頃まで明らかにはしていなかった。この日のタイムテーブには彼の名前がなかったのだけれども、おそらくそれはそういう意図によるものだ。
 ここで先ほどのゴス・トラッドの例に視点を戻す。東京で実験を繰り広げていた彼がロンドンの地下室で産声を上げたばかりの音楽の一部になったように、世界のどこかで起きていることに関わることができるのは現在を生きる僕たちの権利だ。なんとかファブリックを救おうという活動もネットを介し世界規模で広がり、現在多くの支援金が集まっている。そして何より、10年前にロンドンで生まれたダブステップが今日も健在で、それを支えているのが、世界中でそこに耳を傾けている人々だということも忘れてはいけない。分断の風潮も至るところにある一方、確実に広がるこの水平の繋がりは、自分たちの人生を傾けることができる何かを守る大きな力なのだ。
 これからもダブステップと〈Deep Medi〉には夢を見させてもらおう。終演後、ゴミだらけになった会場でそう思ったのは僕だけだろうか。


カフカ鼾 - ele-king

 本日、初となるスタジオ・アルバム『nemutte』をリリースしたカフカ鼾。ジム・オルーク、石橋英子、山本達久からなるこのトリオが、アルバムの発売を記念して12月1日にワンマン・ライヴを開催します!
 3人による圧倒的な演奏と、それを元に編集・構築された緻密なプロダクションが、ライヴでは一体どのような形へと昇華されるのか? ぜひ、あなた自身の耳でたしかめてみてください!

ジム・オルーク、石橋英子、山本達久。世界でも注目される3人によるスペシャル・バンド、カフカ鼾(いびき)。
いよいよ発売となる初のスタジオ・アルバム『nemutte』のリリースを記念したレコ発ライブが六本木スーパーデラックスで開催決定。
ワンマン・ライブでたっぷりと、この3人しか描けない世界を見に来てください。

[イベント詳細]
カフカ鼾(ジム・オルーク、石橋英子、山本達久) "nemutte" release live

2016.12.1(木) OPEN / START 19:00 / 19:30
VENUE 六本木SuperDeluxe

ADV/DOOR ¥3,000/¥3,500(+1D)

TICKET WEB予約 https://www.super-deluxe.com/
※スケジュールの12/1イベント詳細ページからご予約いただけます。

INFO https://www.super-deluxe.com/

名作を作り続ける彼ら諸作の中でも革新的な作品。より良いスピーカー、音楽環境で聴いた時に、驚きの世界を体感するでしょう。CDと高音質配信、2つのフォーマットでの発売となります。

カフカ鼾(Jim O'Rourke、石橋英子、山本達久)
『nemutte』
カフカイビキ / ネムッテ

2016.10.05 release
PECF-1141 felicity cap-258

定価:2,400円+税 (CD)
※高音質配信もございます。

1. nemutte

ジム・オルーク、石橋英子、山本達久。世界でも注目される3人によるスペシャル・バンド、カフカ鼾(いびき)、初のスタジオ・アルバムが完成。三位一体のトリオによる最高の演奏を、ジム・オルークが愛情と時間をかけて再構築した、極上の一品!

世界を股にかけて活躍する3人がメイン・プロジェクトとしているのがこの、「カフカ鼾(いびき)」。ジム・オルーク(JimO'Rourke)は、昨年、じつに13年半ぶりとなるヴォーカル・アルバム『Simple Songs』をリリースし、海外のメディアでも年間ベストに選ばれるなど、日本を拠点として世界中に衝撃を与えました。石橋英子は、Merzbowとのユニット「公園兄弟」で世界有数の電子音楽レーベル〈Editions Mego〉デビューを果たし、さらには星野源、坂本慎太郎の作品・ライブ参加や、映画音楽を手掛けるなど活動の幅を広げています。そして山本達久は、各国のアーティストたちとの即興演奏を始め、劇団マームとジプシーの音楽担当やUAの作品・ライブ参加など、多岐に渡って活躍する日本を代表するドラマーとして、重要な役割を担っています。

1曲39分。まるで映画のように紡ぎだされる音のストーリー。3人は、彫刻を掘りつづけるようにゆっくりと、1つの作品を極めて美しいフォルムに仕上げました。多彩な音が、ときには〈ECM〉諸作の凛としたミニマリズムと強く共鳴し、ときにはダンス・ミュージックのように素早いリズムを刻み、テンポやジャンルにとらわれず自由に形を変えていきます。ひとたび耳にすれば、決して難解ではない、気持ちの良い音楽の渦に取り込まれるのです。変幻自在のトリオだからこそできる生演奏ならではの魅力が、ダンス・ミュージック・ファンをはじめ、様々な音楽ファンを虜にすることでしょう。

初のスタジオ・アルバムとなる本作は、3人の即興演奏の空気をエンジニアのジム・オルークが新鮮なまま封じ込め、その最高の素材を料理家のように切り刻み、テクニックを駆使して再構築。最初の録音からは約3年、トリオ演奏と、ジム・オルークによるレコーディング~ポスト・プロダクション~ミックスが究極の音楽作品へと昇華したのです。ステレオ・ミックスながらまるで映画館で体験するドルビー・サラウンドのような音の奥行と広がり。より良いスピーカー、音楽環境で聴いた時に、驚きの世界を体感するでしょう。CDと高音質配信、2つのフォーマットでの発売となります。これまで彼らの音楽を未体験のリスナーにこそ聴かせたい、名作を作り続けるジム・オルーク諸作の中でも革新的な作品が誕生しました。

yahyel - ele-king

 さあ、どうだ。やってやったぞ、こんちくしょう。先日こちらでもアナウンスしたヤイエル(yahyel)初のCD作品『Once / The Flare』だが、なんと、即完売だったそうである。おまけにApple Musicの「今週のNEW ARTIST」にも選出されたらしい。僕だけじゃなかった。みんなも「こりゃあイイ!」って思っていたんだ。僕は間違っていなかった。もうそれだけで十分だ……
 なんて満足していたら、今度は待望のデビュー・アルバムのリリースがアナウンスされた。全然十分じゃなかった。ヤイエル、これからである。アルバムはオーウェルの『1984』や『AKIRA』、『マトリックス』や伊藤計劃からインスパイアされたものになっているらしい。ヤイエル、冴えている。気になるデビュー・アルバムの発売は11月23日。それに先がけ、10月22日に開催される〈HOUSE OF LIQUID〉への出演も決まっている。
 まだちゃんと綴れないかもしれない。まだうまく発音できないかもしれない。でもみんな、もうかれらの存在は覚えたでしょう? 時は、満ちた。

限定CD即完も話題の新鋭
yahyel が満を持して放つ待望のデビュー・アルバム
『Flesh and Blood』発売決定!

日本人離れしたヴォーカルと最先端の音楽性、また映像クリエイターを擁する特異なメンバー編成で、今各方面から注目を集める新鋭 yahyel(ヤイエル)が、渾身のデビュー・アルバム『Flesh and Blood』のリリースを発表!

2010年代、インディを中心として海外の音楽シーンとシンクロするアーティストがここ日本でも次々に現れるようになったのを背景に、2015年にバンドを結成。今年1月には、いきなり欧州ツアーを敢行。その後もフジロックフェスティバル〈Rookie A Go Go〉に出演し、METAFIVEのワンマンライブでオープニングアクトを務めるなど、着実にその歩みを進めていった。一方で、先週リリースされた初のCD作品『Once / The Flare』が、発売と同時に売り切れ店舗が続出する盛り上がりを見せ、Apple Musicが今最も注目すべき新人アーティストを毎週1組ピックアップし紹介する企画「今週のNEW ARTIST」にも選出されるなど、予想を遥かに上回る反響を呼んでいる。

yahyel - Once


『AKIRA』や伊藤計劃、ジョージ・オーウェル『1984』、『マトリックス』をインスピレーションに、ディストピア性を押し出した本作『Flesh and Blood』には、全10曲を収録。シングルとしてリリースされた「Once」や、昨年自主制作でリリースされた楽曲も、アルバム用に新たにミックスされたアルバム・ヴァージョンとして収録されている。マスタリングは、エイフェックス・ツインやアルカ、ジェイムス・ブレイク、フォー・テット、FKAツイッグスなどを手がけるマット・コルトンが担当している。

インターネットをはじめとする音楽を取り巻く環境の変化を、ごく自然に吸収してきた世代が、ここ日本でも台頭する中、際立ってボーダーレスな存在であるyahyel。現代のポップ・ミュージックの「いま」を鮮やかに体現するこの新星が放つ待望のデビュー・アルバムは、11月23日(金)リリース! iTunesでアルバムを予約すると、現在発売中のEP収録の「The Flare」がいちはやくダウンロードできる。

なお、yahyelは10月22日(土)に恵比寿LIQUIDROOMにて開催されるHOUSE OF LIQUIDへの出演が決定している。
https://www.liquidroom.net/schedule/20161022/30921/

label: Beat Records
artist: yahyel
title: Flesh and Blood
ヤイエル『フレッシュ・アンド・ブラッド』
cat no.: BRC-530
release date: 2016/11/23 WED ON SALE

【ご予約はこちら】
amazon: https://amzn.to/2dBcCcf
beatkart: https://shop.beatink.com/shopdetail/000000002109
tower records: https://tower.jp/item/4366338/
iTunes: https://apple.co/2dx8RrM

yahyelオフィシャルサイト:https://yahyelmusic.com/
アルバム詳細はこちら:https://www.beatink.com/Labels/Beat-Records/yahyel/BRC-530/

Tracklisting
1. Kill Me
2. Once (album ver.)
3. Age
4. Joseph (album ver.)
5. Midnight Run (album ver.)
6. The Flare
7. Black Satin
8. Fool (album ver.)
9. Alone
10. Why

[今後のライブ]

HOUSE OF LIQUID
featuring live
Seiho
yahyel

featuring dj
Aspara (MAL/Lomanchi)
Licaxxx

2016.10.22 saturday midnight
LIQUIDROOM
open/start 24:00
adv.(now on sale!!!) 2,000yen / door 2,500yen[under 25, house of liquid member→2,000yen]

※深夜公演のため20歳未満の方のご入場はお断り致します。本人及び年齢確認のため、ご入場時に顔写真付きの身分証明書(免許書/パスポート/住民基本台帳カード/マイナンバーカード/在留カード/特別永住者証明書/社員証/学生証)をご提示いただきます。ご提示いただけない場合はいかなる理由でもご入場いただけませんのであらかじめご了承ください。(This event is a late night show, we strictly prohibit entrance of anyone under the age of 20. We require all attendees to present a valid photo ID (Drivers License, Passport, Resident Registration Card, My-number card, Special permanent resident card, Employee ID, Student ID) upon entry. For whatever reason, we will refuse entry to anyone without a valid photo ID.)

info: LIQUIDROOM 03-5464-0800 https://www.liquidroom.net

海外からの来訪者の増加傾向著しい日本の主要都市、東京と大阪。共に、多種多様な文化が集まり交差する拠点としても長らく日本の音楽シーンを牽引し続け、今やオーバーグラウンド/アンダーグラウンド問わず世界のシーンへと飛び出すアーティストたちを多く生み出している。そんな二都から現れた若手最注目株たちがなんと、2016年3回目の開催となるHOUSE OF LIQUIDにて大激突。


yahyel | ヤイエル

2015年3月に池貝峻、篠田ミル、杉本亘の3名によって結成。

古今東西のベース・ミュージックを貪欲に吸収したトラック、ブルース経由のスモーキーな歌声、ディストピア的情景や皮肉なまでの誠実さが表出する詩世界、これらを合わせたほの暗い質感を持つ楽曲たちがyahyelを特徴付ける。

2015年5月には自主制作のEPを発表。同年8月からライブ活動を本格化し、それに伴いメンバーとして、VJに山田健人、ドラマーに大井一彌を加え、現在の5人体制を整えた。映像演出による視覚効果も相まって、楽曲の世界観をより鮮烈に現前させるライブセットは既に早耳たちの間で話題を呼んでいる。

2016年1月には、ロンドンの老舗ROUGH TRADEを含む全5箇所での欧州ツアーを敢行。その後、フジロックフェスティバル〈Rookie A Go Go〉ステージへの出演やMETAFIVEのワンマンライブでオープニングアクトを経て、9月に初のCD作品『Once / The Flare』をリリースすると、発売と同時に売り切れ店舗が続出。Apple Music「今週のNEW ARTIST」にも選出されるなど、今最も注目を集める新鋭として期待されている。

Tycho - ele-king

 サンフランシスコを拠点に活動するプロデューサー、スコット・ハンセン。彼を中心としたアンビエント・プロジェクトがティコである。かれらはこれまでも〈Ghostly International〉から『Dive』(2011年)、『Awake』(2014年)と話題作をリリースしてきたが、去る9月30日、新作『Epoch』が急遽iTunesにてリリースされた。これまでのかれらの特徴を引き継ぎながらも、様々なスタイルから影響を受けた新たなティコ・サウンドが打ち出された作品となっている。要チェックです!

・サンフランシスコを拠点に活動するティコ、
5枚目となるニュー・アルバム『エポック』を急遽配信にてリリース!

サンフランシスコを拠点にグラフィック・デザイナーとしても活動するスコット・ハンセンによるソロ・プロジェクトとして始まった、ティコ。
04年のファースト・アルバムのリリース以来コンスタントに作品を発表し続け、13年のTAICOCLUBで初来日、15年のジャパン・ツアーは即日ソールドアウト、そして今年のTAICOCLUBで帰還を果たすと会場には満員のオーディエンスが詰めかけるなどここ日本でもエレクトロ・アーティストとしては破格の人気を誇っています。

そんな彼らが、なんと急遽5枚目となるニュー・アルバム『エポック』を配信にてリリース!
今年に入ってから7月に突如新曲“Division”を公開するなどじわじわと動きを見せていた彼らですが、先日アルバム・タイトルにもなっている新曲“Epoch”を公開するとiTunes JPにて注目トラックに選出されるなど早くも話題沸騰。
今回のアルバムは過去作と同じくスコット・ハンセン自身が作曲とプロデュースをおこない、いままでのティコらしさを残しつつも新曲“Division”で展開した7/8のテンポなど複雑で繊細なサウンドが特徴。ロック、ダンス、エレクトロニックなどの幅広いジャンルからインスパイアされたティコの生み出す最新サウンドがふたたび世界を魅了します!

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ニュー・シングル“Epoch”はこちら:

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Download "Epoch" in The Ghostly Store:
https://www.theghostlystore.com/products/tycho-epoch-1

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“Division”はこちら:

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今作からZac Brown(ベース/ギター)と、ナイトムーヴスとしても活動しているRory O’Connor(ドラム)が加入した3人編成のバンド形態となっているので、より進化したライヴ・パフォーマンスも期待できそう。
来日公演の実現が待たれます!

■リリース情報
アーティスト:Tycho(ティコ)
タイトル:Epoch(エポック)
レーベル:Ghostly International / Hostess
価格:1,500円
絶賛配信中!

<トラックリスト>
1. Glider
2. Horizon
3. Slack
4. Receiver
5. Epoch
6. Division
7. Source
8. Local
9. Rings
10. Continuum
11. Field

ニュー・アルバム『エポック』iTunes大絶賛配信中!

【バイオグラフィー】
サンフランシスコを拠点に活動するスコット・ハンセンによるソロ・プロジェクト。彼はISO50という名義でグラフィック・デザイナーとしても活躍する。02年から音楽活動を始め「The Science of Patterns EP」、04年に1stアルバム『サンライズ・プロジェクター』、06年に00年代のエレクトロニカ・シーンで最大の影響力を持ったレーベル〈Merck〉より『パスト・イズ・プロローグ』をリリースし、一躍話題となる。11年に〈Ghostly International〉からリリースした『ダイヴ』がロングセールスを続けており、14年に2枚目となるアルバム『アウェイク』をリリース、そして今作からZac Brown(ベース/ギター)と、ナイトムーヴスとしても活動しているRory O’Connor(ドラム)との3人編成のバンド形態となっており、より進化したライヴ・パフォーマンスとなっている。TAICOCLUB'13で初来日、15年に初単独来日公演をおこない公演はソールドアウト、大盛況を収める。また、今年1月に『Awake (Remixes)』をリリースし、TAICOCLUB'16にて再来日した。そして9月、5枚目となる新作『エポック』を配信にて急遽リリース。

MJ (BLACKSHEEP) - ele-king

BLACKSHEEP Classics

BLACKSHEEP所属、昆虫界のマイケルジャクソン。
10/8(土)にBLACKSHEEP8周年パーティを開催します。
内容、ロケーション共に素晴らしく、周年に相応しい渾身のパーティをメイクしますので、ぜひお越しください‼︎

《BLACKSHEEP party info》

vol.85 8th ANNIVERSARY PARTY
2016.10.8(sat) at 富士白糸ワンダーミュージアム跡地(静岡県富士宮市佐折599-1)

vol.86 feat.混乱
2016.11.26(sat) at 高円寺knock & smallaxe

more info
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MATERIALSCHLACHT - ele-king

 〈グリュン・イン〉をご存知だろうか? 70年代末にデュッセルドルフ近郊のゲーヴェスベルクにあった伝説のパブであり、近年になってその存在が注目されてだしたドイツ音楽シーンに欠かすことのできない拠点だ。ここではロベルト・ゲアル、ピロレーター、ガビ・デルガド、クリスロー・ハース、フランク・フェンスターマッハーといった80年代ドイツを牽引していく錚々たるミュージシャンが出入りし、新たな音を模索しながらセッションに明け暮れていた。1979年になるとこの場所でD.A.F.はファースト・アルバム『Produkt der Deutsch Amerikanischen Freundschaft』を、デア・プランはデビュー・シングル「Das Fleisch」という新しい音楽ムーヴメントの皮切りとなる記念碑的作品を録音している。そしてもうひとつ重要な作品が残されていることを忘れてはならない。マテリアルシュラハト唯一のリリースであるシングル「キンダーフロイントリッヒ」だ。
 マテリアルシュラハトは、のちにフェールファーベンに参加するドラマー、ウーヴェ・バウアーを中心にヴォルフガング・シュペルマンス(D.A.F.、マウマウ)、女性ヴォーカリスト、モナ・リザによって結成された。彼らの公式リリースは前述のシングルしか存在しないが、ライヴ活動はきわめて活発に行っていたことが知られている。ラインナップも流動的で、ミヒャエル・ケムナー(D.A.F.、マウマウ)やピロレーター、フランク・フェンスターマッハー(デア・プラン)らが加入することもあったという。
 今回のCD化は、彼ら唯一の公式リリースである1979年のシングル曲に、同年の未発表ライヴ音源、大幅なメンバーチェンジ後に1983年に録音されたデモ音源を追加し、世界初再発となった。まるでD.A.F.のファースト・アルバムの系譜にあるサウンドをさらに凶暴にしたかのような混沌は、彼らこそがグリュン・インの精神をもっとも色濃く体現化し継承した存在であったことを物語る。初期D.A.F.やデア・プランでさえも、この始原の混沌から派生し、独自に具現化していったのだろう。マテリアルシュラハトのサウンドは、1980年代に巻き起こるあらゆる可能性を内包していたグリュン・インの初期衝動を、生々しく白日の下に曝す。それは当時のドイツ音楽シーンの時代性の縮図そのものに他ならないのだ。

マテリアルシュラハト(CD+7"シングル)
MATERIALSCHLACHT / Kinderfreundlich
SSZ3025OD ¥3,800(+税)
Suezan Studioメーカー直販のみ復刻版「Kinderfreundlich」7インチ・シングルが付属(ホワイト・ビニル)
https://suezan.com


Frank Ocean - ele-king

あなたの表面に浮かぶ印
あなたのしみだらけの顔
傷ついたクリスタルが
あなたの耳からぶら下がって
あなたの怖れは 僕には計り知れなかった
僕は仲間たちには 共感できない
本当は 外側で生きたい
ここにいて 頭がおかしくなるくらいなら
むしろ僕のプライドを粉々に砕いた方がましだ
たぶん僕は馬鹿なんだ
たぶん僕は移動するべきなんだ
どこか落ち着けるところへ
二人の子供たちとプール
僕は臆病者だ
僕は臆病なんだ(★1)

 ポップソングが持つ、既存のフォーマットに絡め取られず、果てしなく自由であること。ルールで固められたホームの、遥か上空を浮遊すること。彼が臆病でないことは、このアルバムの作りを見れば分かる。彼は移動する。

 彼は内側から外側へ移動する。あるいは境界線を移動させ、外側を内側に引き入れる。しかし内側と外側は、見方ひとつで反転してしまう。

 17の名前が付けられたピースたちは、典型的なR&Bの楽曲の長さと比較して、不自然なほど長くてもいいし、逆に短くてもいい。それはシンガーソングライターのソロ・アルバムだが、必ずしも、常に歌声が聞こえていなくてもいい。ビートは、何らかのテンポを刻むが、ダンスフロア向けにチューニングされていなくてもいい。それが、外側で生まれたこのアルバムの色。歌モノのクリシェの外側へ、彼が移動することで拾い上げた、ブロンド色。

 何かを拾い上げたということは、何かを捨てたということだ。フランクが捨てたものたち。そのひとつ。バックビートに打ちつけるスネア。もしくはバックビートをひとつのカテゴリとするビートそのもの。現代的なR&Bの世界の内側がこれまで共有してきたバックビートを疑うこと。結果、中盤から後半にかけて、スネアとキックなき楽音がビートを刻むプリミティヴな風景が展開する中、途中キックとスネアの世界観に回帰する“Close To You”のどこか牧歌的な響き。

 一拍目のキックで沈み込む身体を引き上げるスネア。抑圧された欲望を解放するクラップ。言い換えれば、目の前のあなたを抱き締めることの、あるいは殴りつけることの表象としてのスネア。これらのクリスピーな因子たちを沈黙の沼の底に放置することで、示す、反動。

 あるいはぶつ切りにされ、突発的に挿入されるコラージュのサウンド・ピース群。ティム・ヘッカーやOPNが弄ぶ時空の歪みが、随所に配置された60分超の音の連なり。たとえば“Nights”や“Godspeed”の曲中で肌触りが異なるピースが導入されたときの、あなたの驚きの表情、あるいは好奇心に満ち、仄かに潤んだ瞳の輝き。カーテンが引かれる動作とともに、突然喜怒哀楽の価値が入れ替わったり、心地よさの定義が転覆されたりする世界。

 尺の長い曲と短い曲のふるまいの、圧倒的な差異。まずは、長い曲。弾き語りの楽曲は裸体だ。その裸体に、どのように布をあてがって、隠しながら曝け出し、ラインを強調し、あるいは輪郭を霧で包むかを探求しているのが、フランクのプロダクションだ。ドライな音場でピアノやギターに伴奏される彼の歌声は、あなたが手を伸ばせば、触れられるほど、そこにある。一方で、深い残響音の支配する音場で、彼の歌声は、あなたの目が届かないところまで離れゆく。リヴァーブやディレイは、あなたとの距離を測る物差しだ。いや、そもそもラヴ・ソングというもの自体が、あなたと誰かの距離を測る観測機なのだから、フランクが投げかけるサウンドの肌触りに、あなたは素直に近さや遠さを感じればいい。

 次に、尺の短い曲。たとえば、アンドレ3000のライムで埋め尽くされた“Solo (Reprise)”。フランクはどこで何をしているのか。そこにあるのは、アンドレのライムと、フランクの不在を証明するビート。不在のピアノコード。彼を象徴する歌声を不在とすることのオーラにより、逆に存在感を強調すること。マイルスがトランペットを置いて、オルガンを叩いた“Rated X”のように。セカンド・アルバムにして、すでに不在でいられることへの驚嘆。

 マガジン付属版のオープニングを、加工したヴォイスと日本人のラッパーのライムで飾ること。「君たちを預言者にしてあげる/まずは未来を見てみよう」と歌うフランクに、「今しかない時間/大事にしな/何憶万人も/いい人ならいるよ」と返答するKOHH。逆にKOHHのヴァースの「誰かのことを/誰も縛れはしない/他人の心」というラインに、フランクはアルバムを通して対峙している。人はそれぞれが、他人には計り知れない「怖れ」を抱えている。

 2012年、フランクは4つ前の夏の記憶、つまり19歳のときの夏の記憶をネットで世界に向けてカミングアウトした。彼は、自分と同じ19歳の青年を前にしたその時の状況を「絶望。逃げ場はない。その感情とは交渉の余地はなかった。選択の余地もなかった。それが初恋だった。それが僕の人生を変えた」と記した。

1942年生まれ、ニューヨークはハーレム育ちのアフロアメリカンでゲイのSF作家、サミュエル・R・ディレイニーは、ダナ・ハラウェイの「サイボーグ宣言」を批判する論考である「サイボーグ・フェミニズム」の中で次のように述べている。

ひとつの立場から、私は読む。
ひとつの立場から、私はこの読みかたには何かが欠落しているように思う。
かくて、私はひとつのテクストを──テクストのシミュレーションを──ひとつの立場からもうひとつの立場へ手渡す。私のものとはいいがたい借りものの立場から、あなたのものともいいがたい立場へ。このテクストは私のところへ回ってきたが、あなたもまたこれを誰かに手渡すだろう。(★2)

フランクがこのアルバムで模索し、示そうとしているのは、過去に描かれたことのない、歌と、感情と、愛と、人間のあり方だ。かつてディレイニーが僕たちの外側の生物/機械や世界を描いたテクストで、それらを探究したように。フランクは、外側との境界線を軽々と跨ぎながらも、友人や恋人との関係を通して、人は自己の意識の内側、そして皮膚の内側に留まらざるをえないという事実を繰り返し突きつけられる。そして“Be Yourself”ではロージー・ワトソンによってピア・プレッシャーの無化が諭され、“Solo”では「So low」な自身の内側において、孤独=soloであることの高み=ハイになることのポジティヴネスが探られる。

しかしフランクが“Nikes”という楽曲において、ひいてはこのアルバムにおいて証明していることがある。70億の二乗で示される組み合わせから、28歳のルイジアナ育ちのLAのシンガーと、26歳の王子のラッパーのヴァースが連結されることで、何が見えるのか。その、目も眩むような、確率の脆弱さ。そして、その吹けば飛んでしまいそうな確率が生き延びたことで現れた、外側と内側を重ね合わせることで生じるランドスケープの新奇さ。そして、あなたは気付くかもしれない。あなたの日常における他者との出会いも、実は、このように新奇な風景を更新しているのだという事実に。それぞれの怖れは個別のものでも、その怖れから生まれる言葉は共有されうる。他人の内側の怖れは共有できずとも、その怖れから生まれた言葉=テクストは他者に手渡され、外側で書き足され、組み合わさる。その組み合わせに、賭けてみること。

一光年の距離はどのくらいだろう

アルバムはこの言葉で締め括くられる。フィーチャリング・ゲストを単純に並べただけではない、言葉の組み合わせ。ケンドリック・ラマー、ビヨンセ、アンドレ3000、KOHH、ジェイムス・ブレイク、キム・バレル、セバスチャン、そしてフランクの弟や友人の家族、つまり他者の言葉=テクストが有機的に、しかし都度交わらない確率に晒されながら組み合わされたアルバムの、最後のライン。アルバム最後の曲“Futura Free”は、メインの楽曲の後、途中40秒間の空白を挟んで、ノイズ塗れの会話群がコラージュされる。その中で、最後に聞き取れる言葉。ひとつの問い。アフロ・フューチャリズムの想像力が、現在の方向に折り畳む未来。折り返された現在にプロットされた未来が、あるアーティストや作品に、突如として、顔を覗かせることがある。

ディレイニーは、前述の引用部に引き続き、次のように記している。

おそらく、それは移行に関するシミュレーションにほかならない。
読むことによって、我々はそれを食い止めるのだろうか?
読むことによって、我々はそれとともに歩むのだろうか?(★3)

フランクは、移動の目論みをこのアルバムに落とし込んだ。あなたは、このアルバムをどう読んでもいい。いかようにも解釈して、あなたの言葉=テクストを付け加えてもいい。そのために、“Futura Free”の40秒間の空白が、あなたを待っているのだから。

★1:フランク・オーシャン『Blonde』(2016年)より“Seigfried”。
★2、3:巽孝之編『サイボーグ・フェミニズム』2001年、水声社。

吉田雅史

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大勢が僕たちを嫌ってるし、僕たちが存在しなければいいと願っている
──フランク・オーシャンのタンブラーより

 6月12日の夜は眠れなかった。フロリダ州オーランドのゲイ・クラブで49人が殺された銃乱射事件の続報を次々に追っているうちに気がつけば朝になり、精神的にすっかり参ってしまったのだ。そのひと月前にたまたまゲイ・クラブに遊びに行っていた僕は、自分が被害者になるところを……ホモフォビアの凶悪犯に殺されるところを想像した。あるいは逃げ惑う自分を。それから少し経って、犯人がクラブの常連であったことからゲイもしくはバイセクシュアル男性であった可能性が高い(というか、確実にそうだろうと自分は思う)ことが報じられると、いっそういたたまれない気持ちになった。僕は自分が加害者になるところを……自分が同性愛者だと受け入れられず、自己嫌悪とルサンチマンに駆られてホモフォビアに囚われる自分を想像した。自分が被害者にも加害者にもなりえる世界に、いまなお生きている現実を突きつけられた気分だった。そして考えても詮ないことが頭をよぎった。犯人は、フランク・オーシャンの『チャンネル・オレンジ』を聴かなかったのだろうか……と。

 『チャンネル・オレンジ』は、オーシャンが自分の失恋を赤裸々に綴り、歌うことでそれを乗り越えていこうとするところで終わるアルバムだった。そうして自分の恋を葬送し、自身を受け入れる作業でもあった。“フォレスト・ガンプ”……それはラヴ・ソングにおいてはごくありきたりの失恋の物語だったはずだが、青年が青年に抱いた恋心について描かれていたために、ブラック・ミュージック/ポップ・ミュージックを更新する1曲と「なってしまった」。彼自身は自分の表現において、自分自身に正直でありたかっただけだ。社会に何かを強く訴えるとか、自分がきっかけとなるとか、そういうことは優先して考えられていなかったはずだ。僕もあの曲を、あのアルバムをそう捉えていた。
……だから、オーランドの銃乱射事件からしばらく経って、冒頭で引用したメッセージをオーシャンが事件を受けて発表したとき、僕は少し驚くとともに鋭く胸を突かれたような気がした。迷うことなく、「We」「Us」という人称を使っていたその熱のこもった文章に。その時点で発表されていた新作のタイトル『ボーイズ・ドント・クライ』──ザ・キュアーの引用──がどうして複数形なのかようやくわかった。それは反語だ。「僕たち」は、いつだって泣き続けているのだと。僕がフランク・オーシャンを聴いているといつも感じるのは、マイノリティとはたんに人数が少ないということや「属性」のことではない、ということだ。

 散々待たされてようやく発表されたヴィジュアル・アルバム『エンドレス』、そしてそれに続いた『ブロンド』は、「We」「Us」についての作品集だ。虚実入り乱れるストーリーテリングを特徴としていたそれまでの作風に比べ、より内面的で、よりパーソナルな度合いが高まったとされるが、自分には聴けば聴くほどに「僕たち」や「わたしたち」の音楽に思えてくる。膨大かつ多岐にわたるコントリビューター/インスピレーション元のリストのせいもある。ジャンルをやすやすと越えて行き来する音楽性によるところもある。よりエモーショナルな声で歌われている痛みや傷が、とことん赤裸々であるがゆえに生々しいからでもあるだろう。たとえば1曲め、“ナイキス”──あまりに感傷的で、あまりに美しいオープニング・ナンバー──ではエフェクトのかかった声が「RIP トレイヴォン」と告げる。もちろん、銃殺されたトレイヴォン・マーティンのことだ。「RIP トレイヴォン、僕みたいなニガー」。このナンバーのエクステンデッド・ヴァージョンでは、そして、KOHHのラップに引き継がれる。あるいはまた、タイラー・ザ・クリエイターとファレル・ウィリアムスがクレジットされている“ピンク+ホワイト”では涼風を感じるようなスムースな演奏に乗せて自身の生い立ちが綴られているが、それは後半ビヨンセとの現在のポップにおいて最高にリッチで眩しいコーラスとなって表現される。また、ギターの弦の震えが優しげな“スカイライン・トゥ”では夏の記憶がケンドリック・ラマーの客演をさりげなく加えながら映し出される。イントロのキーボードの響きがいかにもフランク・オーシャンらしいバラッド“ホワイト・フェラーリ”ではビートルズの“ヒア、ゼア・アンド・エヴリホウェア”が、“ジークフリード”ではエリオット・スミスが引用されている。それらは彼自身が想いを寄せてきた/寄せているアーティストたちやミュージシャン、シンガーが総動員されたものであり、彼の内面世界に溶け込んでいる。これまで以上にR&Bやソウルの囲いをあっさりとはみ出る音楽的な幅広さにかかわらず、統一感があるのはそのためだろう。そもそもアートワークがヴォルフギャング・ティルマンス──90年代のアンダーグラウンド・ゲイ・カルチャーを現代アートの領域まで拡張したドイツの写真家──だという時点で、フランク・オーシャンというひとがアメリカのメインストリームにおけるブラック・カルチャーの枠を大きく外れた感性のひとだということがわかる。
 叶わなかった恋、ドラッグ、SNS時代における虚しいリレーションシップ、子ども時代の記憶と肉親への想い、ポップ・スターとしての空虚さや孤独……『ブロンド』における音楽的/文化的な折衷性や多層性は、フランク・オーシャン自身の感傷を中心としてかき集められたことによるものだ。それは彼の弱さや正直さからできている。ポップ・スターもアンダーグラウンドの新鋭も、肌の白いひとも黒いひとも黄色いひとも、生きているひとももう死んでしまったひとも召喚されて、ここで息を吐き出したり音を鳴らしたりしている。オーシャンの心の震えが、それら大勢の人間の表現と少しずつ共鳴している。その、少しずつ、という感覚こそがフランク・オーシャンのポップ・ミュージックだと思える。彼の音楽にとっての「僕たち」とは、彼が説明されるときにしばしば言われる「ゲイもしくはバイセクシュアル男性」、ではない。たくさんの、本当にたくさんの人間たちの吐息のことだ。

 このアルバムのムードを端的に示しているのがラスト2曲だろうか……とくにビートレスの“ゴッドスピード”は出色だ。ゴスペルのコーラスは、しかしカットされ、ときにピッチシフトされてどこかしら不完全でいびつなものとして響いている。それにどこまでもセンチメンタルな鍵盤と歌──存在しなければいいと願われている僕たちが、しかしそれでも存在していること。多様性やダイヴァーシティなんて言葉を政治家が声高に叫ぶ現在において、それでも行き場所を見つけられない人間たちの逃げ場所が『ブロンド』だ。いまこのときも燃えさかる憎悪を一瞬だけでも忘れられるように、そこでは少しばかり苦しそうに、だが慈しみをこめて、「I will always love you」と歌われている。

木津毅

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