![]() ディスタンスのDJでフロアは大盛り上がり |
今年で13年目を迎えている〈DBS(ドラムンベース・セッション)〉の「Dubstep Warz」にて、ロンドンからディスタンスとローファーが来日した。ディスタンスとローファー......贅沢なメンツである。ふたりのダブステッパーは、早い時期から忘れがたい作品を残している。それぞれタイプは違うが、キーパーソンであることは間違いない。夜の12時、僕は代官山ユニットの楽屋でふたりを待った。
楽屋のドアが開いて、ふたりが入ってきた。まずは最初にディスタンスの話を訊こう。僕の家には彼の2枚のアルバムがある。〈プラネット・ミュー〉から出ている『マイ・デーモンズ』(2007年)と『リパーカッションズ』(2008年)は、ともに深夜の都会の風景写真をアートワークにしている。実際にディスタンスの音楽は深夜の都会の片隅に我々をテレポートする。ブリアルのように......。
ローファーには待機してもらい、僕は神波京平さんとタナカ・テツジ君とグレッグ・サンダース――すなわちディスタンスを名乗る男を囲んだ。
ダブステップが変わってしまったからだよ。やたらノイジーになって、「ウワワワワ!」というサブベースのうるさい音がたくさん出てきてしまった。それで僕は、そう、ダブステップに飽きてしまったんだよ。
■どんな経緯でダブステップのシーンに入ったのか教えてください。あなたはスキューバの〈ホットフラシュ〉から2004年に出したシングルでデビューしていますよね?
ディスタンス:いや、あれは2003年だよ。
■ホント?
ディスタンス:間違いない。〈ホットフラシュ〉の002番だよね。
■で、そもそもはどういうはじまりだったんですか?
ディスタンス:UKのアンダーグラウンドにはドラムンベースとUKガラージとふたつあるんだけど、僕はガラージが大好きだった。ガラージがダークになってダブステップに発展する。〈テンパ〉から出たハッチャの『ダブステップ・オールスターズ・ヴォリューム・ワン』(2003年)、あのあたりからダブステップが広く認知されはじめていったよね。僕はガラージの延長でダブステップを聴きはじめて、そのダークなエレメンツに触発されたんだ。
■スキューバの〈ホットフラシュ〉レーベルから出したのはどんな経緯から?
ディスタンス:〈フォワード〉(注:ダブステップの伝説的なパーティ)で彼と会って、知り合ったんだよね。
■へー。
ディスタンス:ポール・ローズ(スキューバの本名)がまだスペクタという名前でやっていた頃だったね。彼はベルリンに移住したから、もう頻繁には会っていないけどね。いま彼は〈ベルグハイン〉で「サブスタンス」というパーティをやっているよ。
■あー、知ってる。最近、「サブスタンス」のミックスCDを出しましたよね。
ディスタンス:僕も呼ばれてそこでまわしたよ。
■〈フォワード〉はいつから行きはじめたんですか?
ディスタンス:2000年代の最初だね。ガラージをやっている友だちに教えられて〈フォワード〉に行った。衝撃だったさ。それで毎週通うようになった。
■どのくらいの人たちが踊っているの?
ディスタンス:20人ぐらいだったよ。
■20人!
ディスタンス:ハイプじゃないんだ。音楽に共鳴した人たちが集まって、すごい熱気だった。DJブースをみんなが囲んで、かかっているダブプレートをじーっと見るんだ。で、「スクリームって書いてあるけど、誰だよ?」って。そんな感じだった。ピンチはブリストルから車でやって来るんだ。ハッチャ、ヤングスタ、ベンガ......みんなそこにいたんだ。
■では、その場にいた20人がみんなDJやプロデューサーになるんだね。
ディスタンス:そうだね(笑)。僕はいつも、彼らのファンだった。で、いつしか自分でも作ってみようと、はじめるんだ。
[[SplitPage]]
■いまでもダブプレートを使っている?
ディスタンス:使っているけど、正直言うと、最近は減っている。技術的な問題なんだ。ダブプレートはハウリやすいし、床が揺れると針飛びしやすい。こればかりは仕方ない。CDRを使う機会が増えている。それから機内への持ち込みも最近ではかなり制限されているんだ。それもCDRが増えている理由のひとつだね。本当はダブプレートを使いたいんだけどね。
■最初のアルバムに『マイ・デーモンズ』というタイトルを付けたのは?
ディスタンス:それは最初に作りはじめたトラックのうちのひとつだったんだけど、僕はもともとメタルを聴いていて。
■メタルからその言葉が来たの?
ディスタンス:ノー、ノー、ノー。うーん、説明がちょっと難しいな。
■『マイ・デーモンズ』と『リパーカッションズ』のアートワークがすごく好きなんですよね。あの都会の夜の淋しい風景が、あなたの音楽にとても合っていると思って。
ディスタンス:そうだね。僕もそう思う。あれは、〈プラネット・ミュー〉のマイケル・パラディナスが探してきてくれたんだ。2000枚の写真のなかからふたりで探したんだよ。ニューヨークの写真家の写真なんだよ。
■えー? あれはサウス・ロンドンじゃないの?
ディスタンス:違う(笑)。たぶん、ニューヨークじゃないかな。
■ずーっと、クロイドンかサウス・ロンドンのどこかだと思っていました!
ディスタンス:ハハハハ。でも、あのヴィジュアルが僕の音楽に完璧に合っているのは間違いないよね。
■マイケル・パラディナスの音楽は昔から知っていたんですか?
ディスタンス:知らなかった。後から知ったよ。僕はガラージを聴くまでずっとロックを聴いていたら。
■どうして彼と知り合ったの?
ディスタンス:ヴェックスドのジェイミー(・ティーズデイル)から紹介されたんだ。曲を作りはじめた頃、完成するといつもジェイミーに送っていたんだ。ジェイミーはそれをそのままマイケルに渡してくれていたんだよ。
■2007年から自分のレーベル〈チェストプレート(Chestplate)〉をやってますよね? あれはどういう理由ではじまったんですか?
ディスタンス:うん、あれは自分の音楽の玄関口みたいなつもりではじめたんだけど、最近は新しいアーティストの紹介もしたいと思っている。
■いま8枚?
ディスタンス:そうだね。
■すべてディスタンスでしょ?
ディスタンス:いやいや、スクリームとベンガのスプリットも出しているよ。
■出したいと思っている新しいアーティストは誰ですか?
ディスタンス:まだ言えないけど、10番目は2枚組で新しいアーティストを収録するつもりなんだ。
■あなたのサード・アルバムは?
ディスタンス:年内に完成させるつもりです。
■〈プラネット・ミュー〉から?
ディスタンス:たぶんね。
[[SplitPage]]
ここでローファーと替わってもらった。短髪で長身の彼は、ロンドンのルードボーイなセンスをどこかに感じさせる。
さて、あらためて言おう。ピーター・リヴィグストン――ローファーの名で知られる彼はダブステップにおいて最重要人物のひとり。スクリーム、ベンガ、マーラ、コーキ、それらと並ぶキーパーソンである。
![]() ローファー、ポスト・ダブステップを指標する男だ |
言うまでもないことだが、ローファーがマーラとコーキの3人ではじめた〈DMZ〉は、リリースされているほとんどの音源がいまやクラシックである。彼が2004年にデジタル・ミスティックズ(マーラ+コーキ)&ローファーとして発表したEP「ダブセッション」は初期ダブステップの名盤の1枚で、2005年のローファーのソロ・シングル「ルート/ザ・ゴート・ステアー」はその時代のもっともドープな1枚として記憶されている。
また、ピンチの"パニッシャー"のリミックス、サーチ&デストロイの"キャンディフロッス"のリミックスも評判となった。ちなみにスクリームの「ローファー・リミックス」なる12インチは、レーベル面のアートワークがレジデンツである!(だからデザイン買いした)
もっともローファーの場合、そのキャリアに対して作品数は決して多いとは言えない。が、逆に出しているものはほとんど"間違いない。そういう意味で彼は、玄人好みのひとりと言えるだろう。
■どうしてマーラやコーキと知り合って、〈DMZ〉として活動するようになったんでしょう?
ローファー:ヤツらは僕が10代の頃、ほとんど同じエリアに住んでいたんだ。僕らはノース・クロイドンで育ったんだよ。コーキは隣の街にいた。15歳のときハードコア・ジャングルにハマって、サージェント・ポークスとマーラはMCをやりはじめるんだ。
■高校が同じだったとか?
ローファー:マーラとコーキとポークスは同じ高校だったけど、僕は違った。
■パーティで知り合ったの?
ローファー:いやいやいや、そういうのじゃない。ホント、同じエリアだったから、街をぶらぶらしていたら知り合った感じ。
■いいですねー(笑)。レゲエのサウンドシステムの影響はあるの?
ローファー:ダブに関してはプロダクションのスタイルにおいて影響を受けている。でも、僕が影響を受けたのは、レゲエというよりもジャングルとヒップホップなんだよ。もしくはアシッド・ハウス。
■アシッド・ハウス?
ローファー:ああ、〈トラックス〉や〈DJインターナショナル〉のシカゴ・ハウスとかさ、ミスター・フィンガーズ、マーシャル・ジェファーソン......。1987年とかさ、あの時代の音だよ。1988年のイングランドはすごかったんだぜ。
■ていうか、そのときあなたは何歳だったんですか?
ローファー:9歳かな。
■9歳でアシッド・ハウスかー、それは早熟ですね(笑)。
ローファー:さすがにパーティには行ってないよ。海賊ラジオ放送で聴いていたんだよ。
■だって小3ですよ。
ローファー:はははは。
ここで楽屋に突然、ドン・レッツが乱入する......。ドクター・マーティンの50周年イヴェントで来日していたという。嵐のようにやって来て嵐のように去っていったドン・レッツ......。
ローファー:ルーズ・エンズって知ってる?
■ルーズ・エンズ! えー、知ってるけど、その名前、ものすごく久しぶりに聴きました。(注:80年代にソウル、ジャズ、ファンクを演奏して、レアグルーヴからアシッド・ジャズへと繋げたグループ)
ローファー:だから、サウス・ロンドンって海賊ラジオがすごかったんだよ。ソウル、レアグルーヴ、アシッド・ハウス......、で、その代表格がルーズ・エンズだったんだ。
■へー、ブリストルにおけるワイルド・バンチみたいなものだったんですね。
ローファー:イングランドはやっぱ、海賊ラジオの影響がホントに大きいんだよ。
[[SplitPage]]
絶対に忘れたくないことなんだ。1981年にサウス・ロンドンのブリクストンで反政府の暴動が起きた。高い失業、低賃金、貧困、粗末な住宅に対するフラストレーションが爆発したのさ。そのときに警察がとった作戦の名前が「スワンプ81」というんだよ。
■しかし......アシッド・ハウスを聴いていたキッズがどうやってダブステップに入ったんですか?
ローファー:1998~1999年くらいまではジャングルやドラムンベースにハマっていたんだけど、でもちょっと飽きてしまって、ちょうどその頃は自分たちでも何か作ろうって感じで思っていた。マーラはまだガラージのMCで、ハッチャはガラージのDJだった。で、僕はマーラやハッチャといっしょにいつも車でドライヴしながらクラブに出掛けていたんだよね。で、その道中で、僕は自分の曲をかけていたんだ。それから僕たちはハッチャがまわしていた〈フォワード〉に行くようになった。
■ハッチャとはどうして知り合ったの?
ローファー:マーラを通じてだよ。ハッチャはビッグ・アップルという地元のレコ屋で働いていたんだよね。知り合ってから僕もビッグ・アップルに通っていたよ。
■じゃあ、ホントに同じ時期に複数の人間がいっしょになったんですね。
ローファー:そうだね。
■マーラたちと〈DMZ〉をはじめたときは最初からシリアスだった? それとも遊び的なところもあったんですか?
ローファー:最初から、ものすごくシリアスだった。ただしそれがカネになるとはまったく考えていなかったけどね。
■〈DMZ〉はしばらく休止していますよね?
ローファー:〈DMZ〉とは、まさにマーラ、コーキ、そして僕のことなんだ。だから......マーラと他の人との繋がりで〈ディープ・メディ〉(マーラのレーベル)がはじまって、僕と他の人との繋がりで〈スワンプ81〉(ローファーのレーベル)がはじまった。
■ローファーの名前で〈スワンプ81〉から出さないのは何故ですか?
ローファー:ローファーは〈DMZ〉だからさ。
■〈DMZ〉は終わったわけじゃないんですね。
ローファー:決して(笑)。焦ってリリースするようなことはしたくないんだ。僕たちの素晴らしい音が完成したら出す、でも、決して焦らない。
■あなた自身、自分の作品をここ2~3年出してないのは何故ですか?
ローファー:その理由のひとつは、ダブステップが変わってしまったからだ。やたらノイジーになって、「ウワワワワ!」というサブベースのうるさい音がたくさん出てきてしまった。それで僕は、そう、ダブステップに飽きてしまったんだよ。
■それがあなたの言う"ポスト・ダブステップ"なんですね。
ローファー:そうなんだ。〈スワンプ81〉はポスト・ダブステップのレーベルなんだよ。
■他にはどんなレーベルがある?
ローファー:〈Night Slugs〉、〈Hemlock〉、〈Hessle〉なんかがポスト・ダブステップをやっているね。
■あー、〈Hemlock〉はアントールド、〈Hessle〉はラマダンマンのレーベルですよね。ああ、なるほどー。
ローファー:レイヴ・ミュージックではなくクラブ・ミュージックだよね。初期のダブステップがレイヴに変質したものではないんだ。いわば初期の20人の世界だよ。よりグルーヴィーで、ドラムマシンで作られていて、あと128 BPMぐらいのテンポ......よりソウルフルなダンス・ミュージック、それは〈スワンプ81〉のコンセプトでもあるんだよ。
ここで、神波さんが「〈スワンプ81〉という名前にはブルクストンの暴動が関係しているんだよ」と教えてくれる。
■へー、そうなんですか。
ローファー:ああ、絶対に忘れたくないことなんだ。1981年にサウス・ロンドンのブリクストンで反政府の暴動が起きた。高い失業、低賃金、貧困、粗末な住宅に対するフラストレーションが爆発したのさ。そのときに警察がとった作戦の名前が「スワンプ81」というんだよ。
(注:私服警察をブリクストンに送り込み、暴動の関係者などを片っ端から逮捕した)
■まったく現代に通じる話ですね。
ローファー:まあ、そういうことだね(笑)。実際、僕の住んでいるエリアでは、その暴動の話はずうっと、いまでも世代を超えて語り継がれているんだよ。
実はローファーに話を訊いているあいだにディスタンスのプレイ時間がきてしまい、ブリクストンの話を聞いたときにはもうディスタンスのDJがはじまって30分ぐらい経っていた。
すぐにフロアに戻った。ディスタンスは......彼の作品世界のように、都会のダーク・アンビエントを繰り広げていた。良い感じで埋まったフロアからはときおり叫び声が聞こえた。そしてポスト・ダブステップを指標するローファーは......DJの1曲目にダブ・ポエトリーの伝説、LKJの"Di Great Insohreckshan"(『Making History』収録)をかけた。
そしてローファーは、取材で話していたように、アントールド以降のポスト・ダブステップをミックスした。それはアシッド・ハウス、テクノ、ジャングル、ガラージ、ダブステップ、それらUKアンダーグラウンド・ミュージックの絶妙なブレンドで、そしてその新しい音はものの見事にフロアをロックしたのだった。
ちなみに7月の〈DRUM & BASS x DUBSTEP WARZ〉――メアリー・アン・ホブス(17日)、そしてスクリーム&ベンガ(31日)決定!

















小野島 大 / Dai Onojima
























