「Noton」と一致するもの

R.I.P. 藤圭子 - ele-king

 藤圭子登場の衝撃で花ひらいたブルース演歌の世界は70年代なかばころまでに最初のピークを迎えた。私は藤圭子の神髄はデビュー曲「新宿の女」、「圭子の夢は夜ひらく」、あるいは「命かれても」「東京流れもの」あたりだと思うのだけど、いずれも70年の『新宿の女/"演歌の星"藤圭子のすべて』にまさにすべて集約されていた。演歌であり艶歌、五木寛之にならえば「怨歌」でもあった藤圭子の低音のドスのきいたしゃがれ声は、おりしも70年安保の〜とつづけると話が長くなるからはしょりますが、私のように母の腹の中であさま山荘事件のテレビ中継で胎教され、沖縄が本土に復帰した後、つまり60年代末までの夢がついえた世界に生まれいずる者がはじめて吸った空気に残り香のように漂っていた----かどうかは知らない。そんなこと憶えているはずもない。『仮面の告白』でもあるまいし。しかし一方で彼女の歌がその時代のBGMだったのは音盤を聴けばわかる。音盤に吹きこまれた歌はそのブレスに演奏に休符に無音部に時代の空気を纏うから、歌は音盤がすり切れても褪せることはなかった。たとえば「圭子の夢は夜ひらく」は、演歌というよりもムード歌謡であった園まりの「夢は夜ひらく」の軽く身体を揺らすリズムに乗せた女と男の恋模様を、夜のなかに灯された光とすれば、藤圭子のヴァージョンは光の届かない闇としての夜を思わせ、またその底から声を響かせることで、彼女は宿命の女であるより移ろいゆく時代に翻弄された女の宿命を歌う宿命だった。母音に吐息が混じる園まりと音のたちあがりが濁る藤圭子の発声法には天と地ほど----というのは価値の高低はなく声の指向性のたとえである----のちがいがあった。そこにすべてが終わった後のニヒリズムをつけくわえたのは三上寛だった。三上寛の「夢は夜ひらく」にはサルトル、マルクス、明日のジョーといった70年代の風俗とともに男たちの挫折が歌いこまれ、両極から見た時代の風景が補完されることであのときひとつのパノラマとなったのだと思う。もう十年以上の前になるだろうか、寛さんにインタヴューしたとき、宇多田ヒカルのあの声はやっぱり北の声だと思うんだよな、とおっしゃっていた。宇多田ヒカルが飛ぶ鳥も落とす勢いだったころの話だ。70年代以降、来るべき消費文化を経て、歌謡曲がJポップと呼ばれるなかで、夜は白み、真の意味での闇は片隅に追いやられたかにみえたが、夜はいまでも獅子身中の虫のように私たちのなかに巣くっている。歌が時代を超えて人々と響き合うゆえんである。合掌。(松村正人)


 僕は歓楽街で生まれ育ったので、演歌や喧噪を生活音として育った。"夢は夜ひらく"は、"悲しい酒"や"ざんげの値打ちもない"などと同様に、子守歌......といったら言い過ぎだが、歌えるぐらいに環境に聞かされている。僕はそんな自分の環境を呪って、忌み嫌うあまりに洋楽(なる文化)に溺れたのであるが、しかしある年齢を越えてからは、自分の出自に向き合えるようになった。
 "夢は夜ひらく"は、いろいろな人が歌っているが、やはり藤圭子の歌っているヴァージョンに僕は馴染みがある。園まりや緑川アコのヴァージョンが売れてた頃、僕はあまりにも幼すぎたし、藤圭子のが売れていた頃は小学生だったからだろうけれど、彼女の容姿があの歌詞にハマっていたのは疑いようのない事実である。
 藤圭子が自殺したことを知って、その日の夜から翌朝のニュース番組をハシゴ見した。彼女の歌を聞くにつれて、こうした暗い心の音楽がテレビから閉め出されてしまったことにある種の恐怖を覚えた。いや、幼い僕は、"新宿の女"にせよ、"夢は夜ひらく"にせよ、それらが暗いとは思わなかった。あの時代の歌謡曲は歌詞も大変よく出来ているので、押しつげがましい、なかば洗脳的なまでにアゲアゲの音楽でなくとも言葉のインパクトの強さゆえに耳に入り過ぎるのである。要はうるさかった。子供は潔癖症なものである。
 幼い頃はそう思って、窓をあけては隣のビルに、届くはずもないのに「うるさい」と叫んだものだったが、いまはそう思わない。夜のメロドラマは心情を歌っている。それは男と女の心の欠点から生まれている。無常観、孤独、未練、失意、哀愁を表現している。彼女のことを波瀾万丈の人生、時代の精神性みたいなことで語るのをどうかと思うのは、そもそも欠点の表現が大衆文化として広がったという過去を書き換えているんじゃないかと思うからだ。いまでも心は欠点だらけであり、波瀾万丈だろう。
 が、そして、時代は変わり、藤圭子の居場所は、つまり人間の心の欠点の居場所は、この20年のあいだ綺麗になくなった。テレビからもネオン街からも。僕はそうなれば良いと願った、こんなものはなくなってしまえと、かつて強く願ったことのあるひとりである。ちなみに"夢は夜ひらく"が何ヴァージョンもあるのは、ジャマイカのヴァージョン文化とは別の日本のヴァージョン文化──つまり"あほだら経"に代表される替え歌文化に端を発している。替え歌は、日本の大衆音楽においてもっとも重要な手法だった。(野田努)

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第12回:インディオのグァテマラ - ele-king

 ロック。という音楽は、米国で白人に奴隷として使われていた黒人たちが夜な夜な歌い踊っていた音楽と、ジャガイモ飢饉で大挙して米国に渡り、やはり白人階級の中では最下級の存在として労働していたアイルランド人が歌い踊っていた音楽が、19世紀後半に何かの拍子で出遭い、混ざり合って出来た音楽だという説がある。
 つまり、この説でいえば、ロックとは、虐げられた黒人と白人の音楽が混合して出来上がった下層のハイブリッド・ミュージックだったわけである。
 この説に並々ならぬロマンを感じていたのがセックス・ピストルズのマネージャーだった故マルコム・マクラレンだ。彼は、この説を叩き台にした映画を撮る企画を熱っぽく英紙に語ったことがあった(米国で異人種の音楽が出遭うきっかけを作るのが何故かオスカー・ワイルド。という、いかにも彼らしい設定だったらしい)が、結局はその夢を果たせないまま他界した。

 この野望を語るマルコムのインタヴュー記事を読んだ時、わたしが最初に思い出したのは、英国のミュージシャンでも、米国のミュージシャンでもなく、山口冨士夫だった。
 十代の頃からの友人が、村八分に参加していたことのある男性と同棲していたという事情もあり、友人とわたしは年上のその男性に連れられ、東京で何度かティアドロップスのギグを見に行った。それはわたしが英国とアイルランドと日本を行ったり来たりする若い娘だった時代の話だが、山口冨士夫という人のバンドは、マーキーやダブリンのトリニティ・カレッジのホールで見るロック・バンドと比較しても遜色ないと思っていた。
 友人の恋人から村八分時代の冨士夫やチャー坊の逸話を聞かされたわたしは、日本のロックというのは、村八分のことである。という主張を抱いて来た。わたしは福岡出身の人間なのでサンハウスも聴いたし、柴山俊之や鮎川誠の長距離ランナーとしての凄みや、博多の人間らしい芸人根性もわかる。
 が、ロック。というのは、芸人や音楽家として優れていることとはちょっと違う。
 黒人の血を引く日本人として生まれ、ひどい差別を受けながら施設で育ったという、戦後日本の矛盾や浅ましさを全身で受けとめながら生きて来たような冨士夫のギターには、芸事の巧さや楽曲の出来云々では語れない(おそらく今どきの人々に言わせれば音楽のクールさとは全く無関係な)スピリッツとか、アティテュードとかいうようなものの轟きが宿っていた。
 マルコム・マクラレンという希代のロマンティストがそう信じたように、ロックの起源が虐げられた者たちの異人種交合ミュージックであったとするなら、山口冨士夫は日本のロックのオリジンだったとも言えるのではないか。

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 『街のものがたり──新世代ラッパーたちの証言』を読んでいて、OMSBやMARIAのインタヴューの箇所でふと思い出していたのも冨士夫のことだった。日本における混血の子供たちのストーリーは、昔も今も、一貫して存在しているのである。
 数年前、ブライトンから福岡に帰省した時に、バスの中で3歳の息子が泣いたことがあった。「みんなからジロジロ見られるのが怖い」という。あのジロジロは確かに日本独特のものだと思う。英国なら、目が合えばにこっと笑ったり、とりあえず何か言ったりする。相手に喧嘩を売っているわけでもなければ、無言で誰かを凝視するというようなことはしない。
 「なんでみんな僕を見ているの?」
 と尋ねてきた息子にわたしは言った。
 「他の人たちと違うからだよ」
 「?」
 「例えば、イングランドのバスだって、誰かが犬を連れて乗ってきたら、みんな一斉に犬を見るじゃん。あれと同じ」
 と答えると、息子が「僕は犬じゃない」と言って余計ぎゃんぎゃん泣きはじめたので、しまった。と反省したことがあったが、しかし、要するにあれは犬だからなのである。わたしの祖国には、日本人離れしたものを妙に崇める風潮がある一方で、本当に身近に存在する日本人離れしたものは凝視し、排他する傾向がある。

 英国で、「No Blacks, No Dogs, No Irish」(北部では「No Blacks, No Gypsies, No Irish」だったらしい)が罷り通ったのも、子供の頃の冨士夫が日本で差別されていたのと同じ時代だ。
 英国で黒人やアイルランド人をもっとも激しく差別したのは、実はワーキング・クラスの人びとだった。というように、戦後の日本でも、貧しい人々の歪んだ憂さ晴らしの矛先が下層の混血に向けられたのは容易に想像がつく。
 ひどい時代に弱者が一つになる。というのは、あれはわりと幻想で、ひどい時代ほどひどい目にあっている者がさらに弱い立場の人間に対してひどいことをする。しかし、そうした人間の本性が剥き出しになっている時代は、虐げられている者たちの怒りやせつなさが表現として噴出する時代でもあろう。
 が、わたしの祖国の場合には、その後、「国民みんなそれなりにお金持ち」のスローガンと共に、政府と国民が共謀して下層の存在を隠蔽した時代がやって来て、虐げられている者。などというコンセプトじたいがどうしようもなくダサくてアナクロで、「やっだー、いまどき何言ってんのー」と笑われる時代がやってきた。
 英国の場合、サッチャーの時代までは下層の叫びはロックのテーマになり得たが、トニー・ブレアが登場すると、日本の「みんなお金持ち」時代と似たようなアゲアゲ系のムード重視政治の時代が到来し、やはり虐げられた者はコメディのネタになってしまった。
 が、UKでは保守党が政権を奪回し、再びサッチャー時代ばりにひどい時代がやって来てしまったので、昨年はジェイク・バグのような人がチャート1位になるという現象も起き、数年前なら余裕でアイコンになっていただろうトム・オデールのような人が「クソMORの焼き直し」とこき下ろされるような風潮になっているが、日本は、どうなのだろう。
 と思っていた矢先に、日本のロックのオリジンである山口冨士夫が逝った。

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 冨士夫の死を知らされた日、勤務先の保育園の庭でティアドロップスをかけていた。
 職場には音楽好きの保育士が何人かいるので、裏庭で子供を遊ばせるときに、およそ保育園らしからぬ音楽がかかっていることがたまにあるが、わたしがかけたティアドロップスでも子供たちはノリノリで踊っていた(ちなみに、彼らはボガンボスも大好きだ)。

 "いきなりサンシャイン"で4歳児がギターを抱えているふりをしてがんがん掻き毟るような仕草をしたときには、ああ、やっぱりこれを聴くと、万国共通、みんな冨士夫になるんだよ。と、つい目頭が熱くなったが、英語を母国語(または第二母国語)とする子供たちにはこの曲が一番発音しやすかったのか、キャッチーで覚えやすかったのか、そのうちぽつぽつと子供たちが歌いはじめた。

 グァテマラのインディオ インディオのグァテマラ

 白い肌や黒い肌、茶色い肌、黄色い肌、それらの色が混ざり合ってもはや何色なんだか判然としなくなった肌、をした子供たちが山口冨士夫と一緒に歌っていた。

 グァテマラのインディオ インディオのグァテマラ

 冨士夫がこれを見たら、何と言っただろう。と思った。
 英国の夏の空は、珍しく真っ青に晴れ渡っていた。
 あの日は終戦記念日だった。が、インドが英国から独立した日でもあることをお迎えに来た父兄の一人が教えてくれた。

カセット・ストア・デイ - ele-king

 よう、ニュース太郎だ。何かニュースはないのかな......っと、そうだ、「カセット・ストア・デイ」ってどう思う? 

https://cassettestoreday.com/

レコード・ストア・デイ」はぼちぼち定着してきたよな。今年はあれのカセット版がはじまるらしいんだよねー。来月あたまの9月7日。目前だ。運営は同じじゃないように見えるけど、実際そのへんはどうなのかな? レコード・ストア・デイは、中小レコード屋にみんなが足を運ぶようにって狙いもあったわけで、そもそもはアーティストが大手チェーンやネットでは買えないエクスクルーシヴな音源(レコード)を作って、該当規模の店だけに販売を許可、「それ売ってちょっとだけでも潤ってくれよな!」っていう、まあ平たく言えばアナログ盤文化活性化&レコ屋救済イヴェントだった。もちろん、アナログのおもしろさを改めて楽しんだり、「レコ屋」って場所で生まれるコミュニケーションを途絶えさせたくないっていう意図が中心にあるわけで、年々その規模を拡大しているところはリスペクトに値するよな。

 付帯するイヴェントも海外ではたくさん企画されているし、何より、誰でも勝手に「レコード・ストア・デイ限定」って銘打って作品のリリースができるところがいい。みんな、どうせCD-Rでデモとか自主盤とか出すんだったら、どんどん「ストア・デイ限定」を売り文句にしたり、それ用にシングルを作ったりすればいいんじゃないかなあ。その許可は誰に取る必要もないもんね? 利用しない手も楽しまない手もないんだよ。

 年々少しずつ規模を大きくして、いまではビートルズのニュー・リミックス音源とか、企画仕様盤の類は常連、ニール・ヤングやジョーン・バエズからブルース・スプリングスティーン、デヴィッド・ボウイ、T・レックス、ザ・クラッシュ、ポール・ウェラーからトロ・イ・モワやセント・ヴィンセント、ウィルコまで何でもある。「ストア・デイものに今年は何が出る?」ということ自体が楽しい話題を提供していて(一部の人間は血眼になって予約を入れまくる......)、春と秋の風物詩のように感じている人もいるんじゃないかな。

 カセット・ストア・デイの方はどうなるのか。公式に「詳細教えてよ」ってメールしたんだけどナシのつぶてでさ。サイトには趣旨や理念についての説明がほとんどないんだけど、参加店舗名や参加アーティスト名がズラッと並んで、イヴェント情報も載っているから、レコード・ストア・デイの目指すところと大体同じなんだろうと思う。カセット自体のおもしろさの伝道、というだけではなくて、それを売る「場所」とカルチャーを盛り上げていこう、っていうね。でも、すごいよね、そうそうたるレーベルがすでに名前を連ねている。〈4AD〉〈ドミノ〉〈ウィチタ〉〈トランスグレッシヴ〉〈ファット・キャット〉〈ジャグ・ジャグ・ウォー〉等々......あれ? カセット出してたっけ? みたいなレーベルのアーティストがどんどん参加してるんだよ。それに、アット・ザ・ドライヴ・インとかフレーミング・リップスとかカセットあったら普通にアガるよな! グッズ感覚でさ。

 まあ、ニュース太郎はそんな感じで素朴かつカジュアルにこの祭を楽しむけどさ、〈ナイト・ピープル〉とかガチのテープ・レーベルの参加がいまひとつ薄いところは気になるよね。実質的にシーンを築いてきた人たちはどう思っているんだろうか。メジャーなプレイヤーたちが宣伝塔になるのはいいことだとして、祭が祭で終わっちゃって、あとに何も残らなかったりするとさびしい。とくに、クルマのオーディオ環境がいまだカセット・デッキ主流だっていうUSと、カセットの生産自体が終わりつつある日本との間には差が大きいよね。カセットがより「トクベツなモノ」に感じられる日本では、それこそいっとき珍しがられて終わってしまうことだって考えられる。カセット文化を定着させる必要なんて、べつにないといえばないんだけど。

 あと、公式ホームページのライヴ・スケジュールの「東京」の欄がずっと未定なまま最近消えてたことも気になる。東京でも何かやりたかったんだね......。誰か、何か知ってたらele-king info宛に教えてくれよな! いや、教えてくださいませ。ツイッターでもいいぜ。あと、どう思うかっていうオピニオンでもかまわねえ。テープの時代なんてほんとにくるんですかい!?

R.I.P. 山口冨士夫  - ele-king

 たとえば、ジュリアン・コープの『ジャップロック サンプラー』でフラワー・トラヴェリン・バンドなどに較べ、村八分の旗色が悪いのは、英国と日本の間に横たわる歴史、地理、言葉の条件から来る齟齬のめもくらむばかりの溝をどのようにのこりこえるのかという以前に、音楽のオリジナリティをどこに聴きとるかという耳の志向に左右される。いわく、旧弊な日本社会におけるアウトサイダーたちによるストーンズ・タイプのロックンロール・バンドだったがそれ以上ではなかった――これはジュリアンがそう書いているのではなく、あの本で彼のいいたがっていることを私なりに解釈したものだが、私は彼にいってやりたい。ねえジュリアン、オリジナリティって新しい形式をつくることのなの? 一方で、小説を書かないことで知られるアルゼンチンの作家、エルネスト・サバトは『作家とその亡霊たち』のなかの「作家と旅行」と題した短文で「よしきにつけ悪しきにつけ、真の作家は自分が育ち、苦しんだ現実、つまり故郷について書く」と書く。この短い文章をサバトは「一見矛盾するようだが、もし作家が旅するとすれば、それは自分の拠所となる場所と事象を掘り下げるためなのである」と結んでいる。これを山口冨士夫に置き換えると、彼は彼自身の出自と対峙し、血の轍に乗って旅し、その道は「自分が育ち、苦しんだ現実、つまり故郷」に続いていたのかもしれない、と思うのはあまりに物語めいているが、山口冨士夫の訃報の一報に接したときの諦念と、続報で知った事実に、この国のロックンロールが失ったものの大きさを思ったとき、それを埋め合わせるにはなんらかの構図が必要だったのだろう。サバトの言葉はエキゾチシズムを退けるものではない。そしてジュリアン・コープの指標もそこにある。そこから何を聴き、読むかという作品への寄り添い方のちがいでしかない。おしむらくは、村八分に決定的なスタジオ録音があれば、評価もまたちがったかもしれないが、彼らはそれを潔しとしなかった。というより、あまりに音楽の速さにスタジオに篭もってはいられなかった。結果村八分は70年秋から73年5月までの2年あまりの活動期間で〈エレック〉に『ライブ』をのこしただけだったが、ブルースを消化した山口冨士夫のギターと、路傍の宝石の原石のようなチャー坊の言葉のせめぎあいはたやすく形式に定着できるものではなかった。
「一ついいフレーズが浮かんできたら、それについて一日中思いを巡らし、ギターで鳴らし、それでもまだ程遠いわけじゃん。で、だんだん近寄っていくわけなんだよね。自分の体とそのスピリットが。そこで初めて体全体でギターを弾けるようになる。その曲の一部になれる気がするんだよな......。」(山口冨士夫『村八分』K&Bパブリッシャーズ)と山口冨士夫はいう。ここには音楽をむしゃむしゃと咀嚼しりゅうりゅうと血肉化した者だけで語れる身体言語がある。あの瞬発力と強靱なリズム、リリシズムとユーモア。74年の『ひまつぶし』、ティアドロップス、どんとや清志郎たちといっしょのとき、山口冨士夫はゆるぎない全身ギタリストぶりをわれわれに教えてくれた。いや、教えるなどという押しつけがましさはなく、ただそこにいるだけで成り立っていたから「全身」であった。それはたとえ水谷孝の空間を満たすフィードバックの渦に対しても空間をつくり、一歩も引くことはなくじりじりと漆黒の空間を焼いていた、裸のラリーズの山口冨士夫在籍時(1980~81年)のライヴ音源にも明らかである。この地球にはライヴでしか表せない音楽があり、出音すべが生きているロック・ギタリストがいるのだということを山口冨士夫ほど体現していた者はいまい。だからその肉体が失われたことへの悲嘆は深く重い。のこされた数多の楽曲のグルーヴをもってしても、この喪失感はしばらく癒えそうにない。(松村正人)


 音楽ファンとは、ある日突然ひとつの曲を好きになると、その曲ばかりを1ヶ月、下手したら数ヶ月聴き続けるものである。アルバムではない。アルバムのなかの1曲が、そのときの自分には最高の音楽となるのだ。
 僕は山口冨士夫の『ひまつぶし』に入っている"おさらば"を繰り返し聴いていた時期がある。人生の根底が揺らぐような、ヘヴィな時期に聴いていた。別れを主題にした曲は星の数ほどあれど、"おさらば"の、日本的なウェット感を寄せ付けない乾き方は、明日からどうやって生きていこうかと考えている日々にぴったりだった。感傷を抱えたまま腹をくくらせる。家で数回聴いて、外に出て、歩きながら口ずさんだものだ。誰にも会いたくないし、誰とも話したくない。やっとおさらばできる。人生とは定住を許さない旅だ。
 山口冨士夫は生まれからして、戦後日本のロックンロールそのものである。僕は、"おさらば"のような寂しさを表現できるブルースマンを他に知らない。死を美化するつもりは毛頭ないが、福生で米国籍の男に突き飛ばされたという話は、しかしそれでも、どうしようもなく思い巡らせるものがある。当たり前のことを言えば、いまだ真っ当な評価のされていない偉人がひとりいなくなった。合掌。(野田努)

Luke Wyatt - ele-king

〈PPU〉のスリーヴ・デザインや映像作家として人気のルーク・ワイアットがこれまで使ってきたトーン・ホーク名義のセカンド・アルバムを自身のレーベルから、そして、本人名義のデビュー・アルバムをニック・ナイスリーのレーベルからほぼ同時にリリース。いずれもクラウトロックを基本としたもので、非常にフレッシュな感性を縦横に展開している。リーヌ・ヘルやエメラルズのようにノイズ・ドローンを起源に持つ世代とは明らかに咀嚼の仕方が異なり、ヴェイパーウェイヴのような抜け殻モードでもない。クラウトロック・リヴァイヴァルからコニー・プランク的な人工性を抽出し、しっかりと現在のシーンに定位置を見定めている。

 イーノ&クラスターにクラウス・ディンガーが加わったような『ティーン・ホーク』はこれまでの集大成といえるだろう。シャキシャキとしたパッセージで穏やかなメロディを引き立てるあたりは往年のクラウトロック・マナーそのままにも関わらず、ノスタルジーに回収されてしまう余地は与えず、全体的にシャープでさわやかな感性がキープされる。小刻みに反復されるドローンにも類まれなる抒情性が持ち込まれ、それほど音数は多くないのにイメージの広がりも圧倒的。これが本当にアメリカ人の音楽なのかと思うほど人間不在の自然観が伝わってくる。素晴らしい。

 一転して、メビウス&プランクを思わせる『10・フォー・エッジ・テック』はインダストリアルな要素も上手く取り入れた新機軸。これはフィンランドの海運業者から依頼を受けてつくったものだそうで、タグボートが氷を砕いていくときのBGMだかなんだかに使われるものらしい(ホントかなー)。強迫的なメトロノミック・ビートや全体として与えるシャープでさわやかな感触には変わりがなく、ダンス・ミュージックは意図していないのかもしれないけれど、妙なスウィング感まであって、この暑いのについつい体が動いてしまう(......ゲロゲロ)。

"スリー"

 ミニマルとしても目新しいし(とくに"ナイン")、アンディ・ストットとプラスティックマンが合体したような"シックス"が氷を一気に掻き砕くかと思えば、スーサイドを思わせる"フォー"はそれをじわじわと溶かし、ビート・ダウンした"セヴン"もじつにいい。単にダイナミックなだけではなく、相反するような音響効果を仕掛けることで、激しさのなかにも優しさを持たせてしまうところがこの人のセンスなんだろう。いや、もう、降参です。ルーク・ワイアットという人は、けっこう控えめに言ってもクラウトロックの新たなフォーマットを生み出してしまったのではないだろうか。考えてみればOPNに驚いたのがもう3年前。USアンダーグラウンドはとどまるところを知らず、2013年にはアレックス・グレイ、マシュー・セイジ、そして、このルーク・ワイアットをフロントラインに浮上させてきた。

Pet Shop Boys - ele-king

「だから、レインボウ・ステージが必要なんですよ」

 フジロックも終わりに近づく3日目の深夜3時、僕は酔っ払って40代のゲイの友人に、日本のフェスでのゲイ・ステージの必要性を説いていた。
「海外のフェスだったらけっこうゲイ・ステージあるじゃないですか。日本で洋楽を含むフェスやるんだったら、その文化も取り込まないと。日本ではゲイ・ポップスなんて皆無に等しいし」
「まあね。世間的にはゲイだと知られてるポップ・シンガーも歌の上ではノンケってことになってるし」
 友人は僕のデタラメな思いつきに付き合ってくれている。
「でしょう。だから、マトモスとか、ハンクス・アンド・ヒズ・パンクスとか、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアとか、カッコいいゲイのアーティストを呼んで、でもゲイの内輪ノリにならないようにストレートも入りやすいようにして。トリを大物にするとか......わからないけど、カイリー・ミノーグとか」
「いや、カイリーがゲイ・ステージのトリをやる文脈すら、日本には浸透してないよ」
「ええーっ!? そうか。じゃあ、アントニーだったら主旨を伝えればやってくれるかも。でも賑やかな感じも欲しいから、ベタだけどミーカとか、シザー・シスターズとか、それかペッ......」
 ペット・ショップ・ボーイズ、と言おうとして、僕は口が止まってしまった。ペット・ショップ・ボーイズは、レインボウ・ステージのトリをやってくれるだろうか?

 というのは、ペット・ショップ・ボーイズは自らのゲイ性(と、ここでは呼ぼう)をいつも高らかに謳っていたわけではなかったからだ。いや、どちらかと言えばそこに何かしらの批評を用意している例が多かったように思う。たとえばニール・テナントが大っぴらにカミングアウトする以前の"キャン・ユー・フォーギヴ・ハー?"では、ロックが嫌いでディスコが好きなことを女にからかわれる男のことが歌われているが、もちろんこれは性的嗜好を隠して女と付き合って失敗するゲイについての歌だ。もっと言えば、「異性愛の」セックスに失敗する屈辱についてだろう。ゲイにとってこういった話はよく聞くところではあるが、かと言ってそれをポップ・ソングにしてしまうことはそうあることではない。「みんな違って、みんないい」みたいながんばれソングになりがちなゲイ・ポップス界において、PSBの知性は異色であった。それこそある程度の「文脈」を理解していないと本当の意味で楽しめないものも多く、そのゾーニング自体が、ゲイが社会においていくつもの顔や隠語を用意しておかなければならない状況に対する痛烈なアイロニーのようだ。ヴィレッジ・ピープルによる同性愛賛歌"ゴー・ウェスト"のカヴァーがサッカーの応援歌としてマッチョな連中に無自覚に歌われることを嫌がるゲイも少なくないが、逆に言えばそのねじれた状況にほくそ笑むことだって、ある意味ではできるわけである。
 では、ペット・ショップ・ボーイズのエレポップは「文脈」を楽しめるひとたちだけのものなのだろうか?

 『エレクトリック』はPSBの久しぶりの快作で、とにかくアッパーなナンバーが揃っている。しかも簡潔。9曲という比較的少ない曲数を、ハウス・ビートとシンセ・サウンドで一気に聞かせてしまう。PSBは何にアッパーになっているのだろうか。イギリスでの同性婚合法化に? UKでのハウスな気分に? たんに内省的だった前作『エリシオン』の反動? わからないが、テンションとして近いのは『ナイトライフ』(99)辺りか。つまり、音としてはゲイ・ポップスの度数がとても高い快楽的なアルバムである。
 とにかく、煌びやかなピアノの和音のリフと、得意のゴージャスなストリングス・ワーク、そしてフワフワしたニールのヴォーカルを聴くと、ああPSBだ! と思う。いきなり攻撃的な"アクシス"でのオープニングに驚いている場合ではない。"ラヴ・イズ・ア・ブルジョワ・コンストラクト"なんて"ニューヨーク・シティ・ボーイズ"と"ゴー・ウェスト"を掛け合わせたような臆面もなくキャッチーなナンバーだし、"シャウティング・イン・ジ・イヴニング"のトランスめいたアップリフティングさには腰を抜かしそうになる。
 その"ラヴ・イズ・ブルジョワ・コンストラクト"は格差社会における無力感と愛の欠如が重ねて歌われる、いかにもPSBなややこしさが孕まれたナンバーだが、アルバムには彼らならではの皮肉めいたスパイスも用意されてはいる。なかでも"ラスト・トゥ・ダイ"はなんとブルース・スプリングスティーン『マジック』収録曲のカヴァー。ここでは汗と大地の匂いがする男の怒りが、ミラーボールの下のダンスに読み替えられていて、そこには多くのポリティカル・ソングのマッチョさへの批評を見て取ることもできるかもしれない。かつてU2の"ホェア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネーム"のカヴァーをやって、見事にその男臭さを消していたこと(と、U2がそのカヴァーを聴いて怒ったこと)を思い出すひとも多いだろう。

 けれども、アルバムは......PSBは、それ以上にこの音を前にした者を分け隔てなく踊らせることを欲望している。全編を通してきわめてダンサブルだが、ラスト2曲が本作をよく表している。まず"サースデイ"はタイトル通り、週末がまだ訪れていない木曜日についての歌だ。ハウシーなイントロがウィークエンドへの期待をどこまでも高めていく。新しくもなくトレンドでもない音だが、クールとアンクール、インとアウトの境界がここでは消えていく。そして、歌詞もヴィデオも衒いなく古きよきレイヴを謳う"ヴォーカル"。20年前にタイムスリップすることを、この曲は少しも恥ずかしがらない。その高揚において。
 だから僕は、いまのPSBにはレインボウ・ステージにぜひ立ってほしいと思うのだ。そこには男も女も、もちろんそうでないひともたくさんいる。「文脈」を知るひとも知らないひとも、等しく踊っている。たくさんのキスとハグがある。レインボウ・フラッグがゲイとストレートを、マイノリティとマジョリティを分断するものであってはならない。ロックよりもディスコで踊りたい気分のストレートが、ダンスフロアで開放されてもいいのだ。「今夜は全てが正しく、すごく若々しい/ぶちまけたかったこと全てが高らかに歌になる("ヴォーカル")」

Möscow Çlub - ele-king

 サウンドクラウドとバンドキャンプ上に多数の音源をアップロードして国内外で支持を集めていたmöscow çlub(モスクワ・クラブ)は、「インディーゴーゴー」というクラウド・ファンディング・サーヴィスを利用して目標額5000ドルを集め、おそらく日本のロック・バンドとしては初めてプロジェクトを完遂、目的であるアナログLPをリリースした(すみません、僕は後からレコードを買ったので出資していません......)。

 彼らのオフィシャル・ブログバンドキャンプに並ぶジャケット画像、20世紀のポップ・カルチャーからの引用を散りばめた曲名、あるいはブログ「Come-In Come-Out」のインタヴューなどを参照してもらえればわかる通り、モスクワ・クラブは非常にコンセプチュアルなバンドで、厳格なまでにバンドのイメージを統制している。匿名的とまでは言わないものの、個を全面に出すようなことは決してしない。本作『ステーション・M.C.Ç.B.』のジャケット同様、バンドのイメージはじつに不明瞭でところどころに余白が残されており、はっきりとした実像を結ばない。

 インタヴューによれば、バンド名の由来は「ドストエフスキーの『罪と罰』からの影響と、UKでもUSでもない第三世界の不明瞭さ、未知への憧憬・興味」(モスクワ、というかロシアは「第三世界」ではないと思うが......)ということであり、イメージ統制に関しては「熱心なリスナーがバンドキャンプで偶然にアートワークが目に止まり、音を聴いたところ気に入って、それがたまたま日本人だったというようなことになれば素敵だなと。そういうわけで、音とビジュアル以外の情報を発信する必要は無いなと考えました」とのことである。つまり彼らは純粋に音楽(とそれに付随するヴィジュアル)で勝負をしたいのであって、その賭けはクラウド・ファンディングでのプロジェクトの成功という素晴らしい結果を生んでいる。

 ということで、彼らの望みに反して音楽の「外側」の話ばかりしてしまったのであるが、モスクワ・クラブの音楽は80年代の大英帝国産インディ・ロック、セカンド・サマー・オブ・ラブの幻影、ディスコとブラック・コンテンポラリーのグルーヴ、ニュー・ロマンティクス、ノイエ・ドイチェ・ヴェレのミニマリズム等々を飲み込みながら、チルウェイヴのゆったりとした揺らぎにも身を委ねている。"シンキング・オブ・ユー"や"デイジー・ミラー・パート・2"、"ビキニキル"(!)、"レイディオ・ヴェトナム"、"チュー・チュー・トレイン"などはネオアコ風の甘いメロディを携えたローファイなギター・ポップだ。一方、"オープニング・セレモニー"や"レター・フロム・シックス・ガムラン・シンディケイト"、"ファーレンハイト・451"、"パシフィック・724"、"ターン・グルーヴ・サウンズ・オン"といった楽曲は、キラキラと輝くシンセサイザーが舞い踊るグルーヴィでウェルメイドなダンス・ミュージック。〈コズ・ミー・ペイン〉の連中同様、この憎らしいほどにハイ・センスなモスクワ野郎どもにとって、ダンス・フロアとライヴハウスはひとつの回路で結ばれているのだ。

 再び「外側」に話を戻すと、『C86』や〈サラ・レコーズ〉が築きあげた時代に範を取るモスクワ・クラブのグッズやレコードといったモノに対するフェティシズムは、おもしろいことにインターネットをフルに活用しながら稼働している。同じようなこだわりを見せるバンドにBoyishなどがいるが、そういった80年代のインディペンデントな音楽家たちの姿勢に強く影響されたバンドがいる一方、70年代のロックからそれ以前の大衆音楽の淵源にまで迫ろうとする森は生きているや、どこに向かっているのかさっぱりわからない破天荒などついたるねんといった数多の個性的でバラバラなバンドたちが近(くて遠)い場所でひしめきあっている現在の東京のロックというのは、いやはやおもしろい。(僕は体験できなかったが)一時期の関西と同じほどの爆発しそうなエネルギーが渦巻いているのではないだろうか。

 そういった東京のバンドたちのなかで一際大きな存在感を放っているミツメ。ミツメの大竹はモスクワ・クラブのメンバーでもあるが、インディペンデントなバンド運営へのこだわりも二者で共通しているように見受けられる。作品は全て自主レーベルから、アナログ盤もリリースし、ZINEやグッズによるマーチャンダイズも欠かさない。
 さて、ギター・ポップだったファースト・アルバム『mitsume』、逃避的なシンセ・ポップへと不時着したカセット/7インチ・シングル『fry me to the mars』、そして贅肉を削ぎ落したソリッドなギター・リフとダビーな音響処理とで実験的な姿勢を打ち出したセカンド『eye』――その音楽性を作品ごとに大きく跳躍させてきたミツメは、新しいシングル『うつろ』で再び新しい方向へと舵を切っている。
 『うつろ』に収められた4曲はどれも(異色の"Chorus"を除けば)ゆったりとしたダウンテンポで、反復を基調としており、恐ろしいほど虚無感を放っている。チルアウトさえしない、妙に重たくて気怠く、隙間だらけだが粘っこいグルーヴ。すっきりと統制のとれたクリアな音像の『eye』と比べると、『うつろ』はダーティでルーズで未整理な音が詰め込まれている。

 歌謡曲風のメロディが耳にしこりを残すような"うつろ"は、夜通し踊った後の朝方5時半に強い疲労感を覚えながら心を空っぽにしてソファに体を沈めているときのBGMのような曲で、サイケデリックというにはあまりにニヒリスティックで空虚であるし、リラックスもできない違和感を湛えている。ずぶずぶとした重たいグルーヴをひきずる"会話"や"きまぐれ女"における川辺のヴォーカルにはまるで生気がなくゴーストリーに響く。"Chorus"では奇妙なほどに明るい曲調と反するかのように、ヴォーカルの幽霊じみた感触はより強調されている。
 このシングル盤を聴くと、ミツメは言葉を信用しながらも裏切っている......曖昧な態度を取っているかのように思える。これまでの楽曲に現れてきた、ある種ノスタルジックで逃避的な言葉から離れ、よりニュートラルでフラットでどっちつかずのグレーゾーンへと踏み出している。そしてそれはおそらく、ゆらゆら帝国が『空洞です』(2007)で踏み入った場所に程近い。

Sewn Leather - ele-king

 だいぶ前に僕が三田格の後ろ盾のもと、野田編集長以下を騙しつつもソーン・レザー(Sewn Leather)ことグリフィン・ピンとDJドッグ・ディック(DJ Dogdick)(犬チン)ことマックス・エイゼンバーグの合体ユニット、ドッグ・レザー(Dog Leather)を紙エレキング巻頭インタヴューにフィーチャーするという暴挙に出たにも関わらず、それ以降の布教活動をおろそかしている自分に憤りを感じる。

 三田格から「マーク・スチュワートの再来」とのお言葉を頂いたソーン・レザーではあるが、先日いつも〈ヴィンセント・レディオ〉にてお世話になっている阿部さんが我が家に訪れた際にヴィデオを観せたところ、まったく同じリアクションを取っていたのでなるほど、確かに。エレキング読者諸氏は果たしてどのようなリアクションを取ったのだろうか。真相は闇のままである。

 ここで紙エレキングを未読の方々にソーン・レザーの何たるかを知っていただくためにまずはこれを見てほしい。

 はい。いまのはグリフィンがシカゴでのショウへの道中、対バンのウルフ・アイズに向けてリスペクトを送るため車内で撮影されたものですね(もちろん自画撮り)。

 これがグリフィンなんです。ソーン・レザーなんです。

 僕は個人のパーソナリティをしっかりと体現している音楽に何よりもエキサイトするのだが、そういった意味で彼は最高である。

 まず80'sホラー・ムービーから飛び出してきたような風貌。終わることのないドリフト生活のなか、何度も繕い直されたサバスやヴェノム、バーニングウィッチにコラプテッド、ギズムのシャツが強烈なリアル・クラスト・スタイル。最高のDIYタトゥー(個人的にタトゥーってやっちまってる感があればあるほどイケてると思う)。

 まさかウルフ・アイズもウータンのWの頭文字でバンド名彫られるフォロワーが現れることを予想できたであろうか?

 近年のグリフィンの活動は、本国よりもヨーロッパの手厚いサポートを受けているようだ。それはおもにドラキュラ・ルイス(Dracula Lewis)として知られるシモーネ・トラブッチによるレーベル〈ハンデビス〉(Hundebiss)の、イタリアからの壮絶なラブ・コールによって企まれているのだろう。〈ハンデビス〉の美しいダイカット/変型カヴァーに包まれた特異なリリースには毎度感動させられてはいるが、ドラキュラ・ルイスのほうは個人的にちょっと......。

 と言うのも、昨今の猫も杓子もインダストリアル化現象を待っていたかのように復活したウルフ・アイズの新作を聴いたときの感覚に近い、この手のスタイルに必要不可欠である衝動の是非。グリフィンの前には、ベテランもイタリアはミランのヒップスターも霞んでしまうのは仕方あるまい。そういう意味ではウルフ・アイズを脱けたアーロン・ディロウェイはいまも変わらぬ衝動を昇華しているようにみえる。いい歳こいて。

 そしてグリフィンは繊細な男だ。昨年僕がLAに滞在していた際、たまたま郊外のクラスト・ハウス「ウーマン」に転がり込んでいた彼からのパーティーお誘いという名目の車での送り迎えのなかで触れた彼のグラス・ハート。その儚い輝きに魅せられて誰もがこの男を愛するのであろう。ゆえに彼は世界中をドリフトしつづけられるのだ。

AMBIENT definitive 1958-2013 - ele-king

1958年から2013年まで、この55年間に発表されたアンビエント・ミュージックの代表作、隠れ名盤を一挙紹介するガイド本。

2009年にインファスから刊行された『アンビエント・ミュージック』と『裏アンビエント・ミュージック』から332枚を厳選し、新たに407枚を加筆したもので、しかも、『TECHNO definitive』同様に全250ページカラー。

700枚以上のアンビエント・ジャケットを眺めているだけでも気持ち良く、アンビエントに関しては本当に多くの隠れ名盤があるので、意外に知られていないモノも多く、ゆえに楽しみも残されているとも言えます。まだこんなに聴きたいアルバムがあるのかーと、嬉しくなります。

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