「UR」と一致するもの

DJ BISON Show - ele-king

 DJ BISON (SEMINISHUKEI / FOOT CLUB / THE INVADERS )はダイナミックにチェックするべきDJだ。
 家で遊んでいれば、全く知らない素晴らしい音源からどうでもよい面白い音源まで自分のワードで面白く紹介してくれる。DJでは、なかば未知の領域か大胆に取り出して来たような音源をPLAYしたかと思えば、丁寧にストーリーを繋げていく。
 現在少し更新が止まっているが、BISONが最新のヒップホップを紡ぐ、ばっちりと誰に対しても提出できるミックス日記のような「DJ BISON MIXSHOW」を一度聴いて頂ければ、その魅力の片鱗は伝わるはずだ。
 そんなDJ BISONのMIXと言葉とともにベイエリアの最重要アーティストのひとりを紹介したい。

SHAHEED AKBAR a.k.a "The Jacka" 
8.12.77 ~ 2.2.2015 mob in peace
TEXT : DJ BISON with COTTON DOPE

 ──サンフランシスコ ベイエリアのフッドを代表するラッパー、Dominic“THE Jacka" NEWTONがカリフォルニアのイーストオークランドで殺害される。享年37歳──(2015年2月12日)

 その少し前にASAP YAMSが死んでいる(2015年1月18日 )。国内のメディアはそればかりを取り上げていて、海外のメディアを見に行かないと情報がまるで入ってこなかったように記憶している。
 海を渡ったアメリカでは、all coastで彼の死を偲んでいた。西はE-40,東はCORMEGA、東西のアンダーグラウンドのキングと言えるこのふたりが一早く反応していた。これだけで、どれだけのアーティストから “The Jacka" というラッパーがリスペクトされていたのかが伝わるだろう。
 ベイエリアのヒップホップの偉大なる代表者。
 “The Jacka"
 そんな彼は何者なのか。
 一言で表すならば「ベイエリアのラップヒーロー」だ。

 ──RAP HERO。この言い回しは海外のメディアがJACKAを評する時には必ずと言っていい程でてくる言葉だ──
 その短くはないキャリアのなかでリリースした作品のどれもが高いクウォリティを誇っている。

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●2001: Jacka of the Mob Figaz
●2005: The Jack Artist
●2006: Jack of All Trades
●2008: The Street Album (U.S. R&B #80[7])
●2009: Tear Gas (U.S. #93[8])
●2010: Broad Daylight
●2011: Flight Risk (U.S. R&B #70)
●2011: We Mafia
●2011: The Indictment
●2012: The Verdict
●2012: The Sentence
●2013: The Appeal
●2013: Murder Weapon (TBA)[9]
●2014: What Happened To The World (Street Album)
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 ディスコグラフィーを見ると2010年以降のソロ作品のリリースの多さに驚かされるが、それだけにとどまらず、リリースしているMIXTAPE、客演仕事まで入れると到底数え切れないほどのworks量。そして数に比例して質を落とす事無く“The Jacka " はラップヒーローとして完璧な仕事をこなす。
 哀愁漂うtrackにのせ歌うように囁くように淡々とラップするそのスタイルはベイエリアの空気を東海岸まで運ぶかのようだ。良く 「冬に聞くNYスタイルは最高」という言葉を聞くが、そう思っている人は是非聞いていただきたい。The Jackaはやばい。
 亡くなってなおリリースされ続ける自身の作品、客演作品の数にはおどろかされる。7月にも、Tina - Blanco featuring Messy Marv, Husalah, & The Jackaなんてヴィデオが公開されている。 (https://youtu.be/7PvPe5b-tyQ) 

 現在のヒップホップはフリーダウンロードのミックステープが中心になっている。そのなかで、ギャングスタ・ラップとカテゴリーされるアーティストの作品はi-Tunesでひっそりとリリースされている作品が多く、その作品を知る機会は決して多くはない。
  本物の良質なベイエリアのラップが聴きたかったら“The Jacka"。
 そして、彼がやっていたレーベル〈The Artist Records〉とそれに所属するアーティスト達はどれも素晴らしい作品を現在進行形で作り続けている。
 ベイエリアのシーンをに興味を持ったのであれば、The Jackaとそのフッドの音楽を覗いてみて欲しい。ここにはヒップホップの現在のまた違う姿が存在する。

jitsumitsu - ele-king

夏、涼しく暗い所で聞きたい曲10選(順不同)

弓J (S) - ele-king

Moody Summer 10

Hug_Life - ele-king

 国立競技場といわず、東京全体に屋根をつけて欲しい~。いっそのことドームで覆ってエアコンも付けて欲しい~。暑い~。他国に先制攻撃がで きる費用があったら、未来に投資しろ、バカたれ~、つーか、この暑いのにみんなでハグをしようと言い出した人たちがいる。マジかー。それは例によって、ヒップホップの人たちだー。それは今度の日曜のことで、笹塚ボウルという場所で、音楽を聴きながらハグでもしようと呼びかけているのだ。本気かー。世の中がギスギスし ているからだと彼らは言う。デモに行って警官とかをハグしたら公務執行妨害で逮捕されてしまうけど、国民同士は仲良くしようぜとか、そういうことなんだろうか。1日だけのハグライフ。会場に着いてみたら実はハゲライフだったという可能性は……出演者にホワイ・シープ?がいないから、それはなさそうだ。ハグだ、ハグ。ハグをしよう。男女問わずハグをしよう!(本当の理念は下のほうに書いてあります)。つーか、出演者の中にはスチャダラアニもいるけど、この日、アニは下北沢の本多劇場で「男子レッツラゴン」の舞台に立ってるはず! 働きすぎりょうたろー。



『#Hug_Life』
2015/8/9(日)
Location: 笹塚ボウル
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 1-57-10-3F・4F
※京王線・都営新宿線 笹塚駅より徒歩0分
https://sasazukabowl.com/
Start:14:00 - Close:22:00 (17:00以降ボウリング投げ放題)
2,000円 (ボウリング代+シューズ代込み)

[LIVE]
KANDYTOWN
YUNGGUCCIMANE & Cherry Brown
MOUSOU PAGER
(Sir Y.O.K.O.PoLoGod.+showgunn+Kuma the Sureshot)
MC JOE

[DJ]
DJ KENTASAKA
(DJ TASAKA & DJ KENT)
LIEUTENT'S AQUARIUM
(BUSHMIND & DJ HIGHSCHOOL)
JET SEX
(SEX山口 & Lark Chillout)
The Saturn
(Wardaa & イーグル藤田)
Ultramagnetic MD's
(M.U.D.O. & Mista Donut)
植物物語
(ShioriyBradshaw & Baby☆Star)
SPSP[Spellbound Sports]
(BentheAce & Kuma the Sureshot)

[EXCLUSIVE SHOW]
Donuts Disco Deluxe
(ANI, ロボ宙 & AFRA)

[HUG MATCH]
Threepee Boys vs Y2FUNX

[VJ]
Platina Disco

[SHOP ]
HUG HOUSE
(森光光子+Sir Y.O.K.O.PoLoGod.)
HUG RECORDS
(COCONUTSDISK YOYOGI)

[FIRST COME, FIRST SERVED]
当日特典として、先着30名様に『#Hug_Life Vol.2 mixed by Lark Chillout』 (MIXCD)、先着100名様にV.A.『#Hug_Life Volume 1』(CD-R)をプレゼント! オープンからお越し頂けますとMIXCDとコンピレーションCD-Rの両方をゲット出 来ます!是非早めの時間からご来場下さい!お待ちしております!

[SPECIAL MENU]
HUG CHICKEN
#Hug_Life スペシャルとして、笹塚ボウル名物「ササボバーガー」に次ぐ渾身の フードメニューが登場!普段は別々のメニューで提供されている2つの味が、1枚 のプレー トで同時に楽しめる「HUG CHICKEN」として、8/9ハグの日限定で登場 します。是非ご賞味あれ!

[#Hug_Life is…]
#Hug_Lifeが笹塚ボウルに帰ってくる!!1回目、2回目と異様な盛り上がりでデ イタイムからナイトタイムを彩った#Hug Lifeをもう一度!

世界がどんどん複雑になっていってる感じするよね。目を覆いたくなるような ニュースと、それを取り上げた議論が日常を埋め尽くしてる。そ んな中で今を 生きてるわけなんだけど、心だけでも美しく、温かい気持ちでいるためにスター トしたのがこのパーティーなんだ。

僕らが意味するハグは、決して相手に腕を回す行為のことだけじゃない。チープ でもいいからさ、相手に敬意を持って接して、愛のある気持ち で人と関わり合 おうというパーソナル・スタイルの話なんだ。人が元々持ってる優しさ、それを ちょっと他の人におすそ分けするだけで、まだ 出会ったことのない人と人が繋 がっていくかも知れない。それがまた次の可能性に繋がっていくんだ。

インターネットで地球の裏側の人と知り合うのは簡単だし、それも悪くないよ。 だけど、インターネットの世界に存在する見えない距離を、現 実の世界でちょ こっとでも縮めることができたら…それってドリーミングでクールなことだと 思ってる。だからさ、その距離をみんなと一緒に 縮めて、隔たりを乗り越えて 行きたいんだ。

ハグが苦手、っていうなら無理することなんてない。大好きな音楽で体を揺らし て、敬意と愛情をもって隣にいる人に優しく接するだけでもい い。そんなとて も簡単でシンプルなことすら、完全に忘れてしまっているような人も沢山いるか らね。そうしたちょっとしたマインドの変化 が、どこかを回り回ってループに ループを繰り返して、知らない人達の笑顔を作ってゆく。僕らはそう信じてるんだ。

そんなシンプルだけど大切なテーマを掲げた#Hug_Life の元に、今回もまたとん でもなく豪華な面々が集結してくれたよ。その日限りの超エクスクルーシブなDJ ユニットがBack 2 Back aka Hug 2 Backでフロアに魔法をプイッと掛けてくれた り、これまた豪華なライブ・ラインナップによる、生きた言葉がキミの鼓膜を直 撃したりするよ!ここまで読ん でもらって(なんだか楽しそうだな…!)って 思ってもらえたら嬉しいんだけど、どうかな??

とにかく当日は僕らHug Familiaが真夏のボウリング場を更に熱くさせるって約 束するよ。だからさ…ぜひとも8月9日は笹塚ボウルに来てほしい!ハグで心にフ レンチ Kiss!!勘繰ってないでコッチ来なよ!!!

[TRAILER]
2015/8/9 #Hug_Life @笹塚ボウル trailer


[ATTENTION!]
※場合によっては入場規制を行うこともございます。予めご了承ください。
※パーティー会場は笹塚ボウル3階フロアのみとなります。4階フロアには立ち入 らないようお願い申し上げます。
※ボウリングエリアは全面禁煙です。お煙草は所定の喫煙所でお願いします。
※場内への飲食物の持込はご遠慮願います。
※当店にはお客さま用の駐車場のご用意はございません。なるべく電車、バスを ご利用下さい。
※近隣のご迷惑になりますので、笹塚ボウルの周辺ではなるべく滞留しないよう お願い申し上げます。

[HOSTED by]
Hug Familia


 「ハゲワシと少女」と題した写真をご存じだろうか。やせて骨と皮ばかりの少女がうずくまる左後方から羽をたたんだハゲワシがその少女が息たえるのを(ハゲワシなのに)虎視眈々と狙う一場面をきりとったかにみえるこの写真は南アの写真家ケヴィン・カーターの手になるもので、1993年3月26日付けの「ニューヨーク・タイム」に掲載されるやいなや、内戦と飢餓にさいなまれたスーダンの現状を伝える写真として大きな反響をまきおこしたが、寄せられた声のなかには批判もすくなくなった。いわく、彼はなぜ、死にかけた少女を助けなかったのか。いわく、構図を決めカメラをかまえシャッターを切るヒマがあれば、彼女を救えたはずだ。いわく、功名心にかられたのではないか。論争は激しさを増し報道か人命か、メディアの姿勢を問うまでになったがカーターはこの写真で翌年のピューリッツァー賞を受賞。順風満帆にみえた彼の写真家人生はしかしそれからほどなくヨハネスブルグ郊外に停めた車のなかに排ガスをひきこみ自殺することで幕を閉じた。享年33歳。南アに生まれアパルトヘイトをヘイトし、報道写真の世界に飛びこんだ男のみじかい生涯はかならずしも後味のよい幕切れではなかったが「ハゲワシと少女」の撮影時、同じ場所に居合わせたカメラマンの証言では、カーターがこの写真を撮ったあと、少女はフラフラとたちあがり、歩み寄った母親はハゲワシをおっぱらった。

 ケヴィン・カーターが話題になっていたころ、私は渋谷でセバスチャン・サルガドの写真展をみたはずだ。と曖昧な書き方をせざるをえないのは記憶がさだかでないからで、オウムや阪神大震災の前だったから90年代前半なのはたしかなのだけど、と思いながらサルガドのドキュメンタリー『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』の公開と同時期に刊行した語りおろしの自伝『わたしの土地から大地へ』(セバスチャン・サルガド+イザベル・フランク/中野勉訳/河出書房新社)を眺めていたら、今福龍太さんのあとがきに、サルガドの日本でのはじめての個展は1993年の東京国立近代美術館とあった。つづけて今福さんはそのころ翌年刊行した『人間の大地 労働』(岩波書店/原題:Workers)の翻訳にあたっていたとあり、私がみたサルガドの個展のテーマはたしか「Worker」だったので、おそらくこの本の刊行したころだったのだろう、と臆断をならべるのも、バスチャン・サルガドを私は彼が湾岸戦争時のクウェートで破壊され炎をあげる油田を撮った、ほとんど神話的とも黙示録的も寓話的ともいいたくなる一連のモノクロームの重厚な作風ですでに知っており、写真というもの、それが写すといわれる真実としかいいようのないようなものはなんなのか考えはじめるきっかけになった写真家のひとりなのだから、ことのしだいをしっかりたしかめたい。

 メルヴィルの『白鯨』の一幕を思わせる水際の廃船を解体し資材にかえようとするひとびとをとらえた一枚、露天掘りの金山にひとやまあてようと群がる鉱山労働者がまるで蟻のようなパノラミックな作品、私が個展でみた写真のなかでも後者は『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』にあまた出てくる彼の作品のなかでもひときわ印象的な、神の眼をもつ写真家、セバスチャン・サルガドの代表作ともいえるものだが、私はサルガドの神の眼とは、ときに虐げられたひとたちを対象にするからでも、その超越的で包括的な視点と構図をさすのではなく、対象にひそむものを照らしだすまなざしにおいてのそれなのだと思いもする。そのとき写真のイメージはおそろしくゆたかなのに語り口はきわめて抑制的になる。

 ヴィム・ヴェンダースと共同監督をつとめたサルガドの息子であるジュリアーノ・リベイロ・サルガドは『地球へのラブレター』で写真家の足跡をたどりながらその秘密をゆっくりときあかそうとする。第二次大戦が終わる一年前、ブラジル、ミナス・ジュライス州の大きな谷のまんなかの家畜を屠畜場に連れていくのにも歩いてゆうに50日はかかる広大な農地の地主の息子に生まれたセバスチャンは大学で経済学を学ぶために故郷(くに)を離れ、ついでブランコ軍事政権下の国を離れ、半生をともにするレリア夫人とともにフランスへわたった。レリアをみそめたとき、セバスチャンは二十歳、彼女はまだ十七だった。サルガドは経済学を修め、国際機関に職を得るまでになるものの、建築を勉強するレリア夫人が建物の写真を撮るために買ったカメラにハマり、職をなげうってしまう――映画を観て自伝を読めば、この神の眼の写真家の素朴な逸話がいたるところに転がっているのがわかるが、ヴェンダースはサルガドの来歴を横糸に、父や妻や息子とのかかわりを縦糸にとるなかに人間=サルガドの像を透かし彫りにする。もうひとつのアメリカとしての南米の深部、ルワンダの危機、息をのむ写真の数々は対象の衝撃の度合いでそうなるのではなく、サルガドがそれをどうみたか、一枚の写真の語ることばの粒立ちがそうさせる。それはあまりに絵画的だともいえなくもない(じっさい、サルガドはこの映画のなかで、息子と出かけた北極圏に撮影旅行でシロクマに遭遇し、待避したスペースの小窓から撮影をこころみるが、満足いく構図が得られずあきらめる)し、中平卓馬が「私によってア・プリオリに捕獲された〈イメージ〉は具体的には私による世界の潤色、情緒化となってあらわれる」(「なぜ、植物図鑑か 1973-1975」)として、モノクロかカラーへ、より即(事)物的な方向へ向かわざるを得なかったように写真の原理そのものを問い直す姿勢はサルガドにはおそらくない。
「作家はペンで物事の輪郭をなぞっていくが、わたしはカメラでなぞっていた。これは情熱だ、わたしは光を愛しているから。ただし、これはひとつの言語でもある。とても強力な言語だ」(『わたしの土地から大地へ』)

 彼は写真を言語といい、じっさいそのとおりだとも思うが、私は彼のそれは前に書いたようにけっして饒舌ではない。ケヴィン・カーターの写真の告発調の語り口が倫理の問題におよぶような、報道写真の死角をサルガドはすでに喝破していた。彼は1979年から上述の湾岸戦争のときもマグナム集団の一員だった。80年のレーガン大統領暗殺未遂事件のさいには彼は現場に居合わせ、彼の撮った写真は1枚のこらず売れたという。マグナムはロバート・キャパがたちあげた写真家集団であり、キャパにはスペイン内戦をとらえたあの有名な「崩れ落ちる兵士」があるが、この写真は訓練時のもので崩れ落ちる兵士も丘の傾斜で転んだだけで死んではいない。そのことがあきらかになる何年も前にサルガドは報道写真がどうしてももってしまう強さに危うさをおぼえたのではないか。強さとは意味の強さであり、それが報道にのりメディアに流れれば、無数のことばの呼び水となり、撮影者は目撃者へ横滑りする。ところが写真を撮るというのはなんら劇的な行為ではない、サルガド自身『わたしの土地から大地へ』を「待つのがいやなら、写真家にはなれない」の一文で語り出すのである。

 やがてサルガドはひとから自然へ撮影対象を変え、ガラパゴスからアフリカから北極圏まで地球をわたり歩く「GENESIS」プロジェクトにのりだすと同時に屠畜場まで歩いてゆうに50日かかる彼の故郷(くに)のすっかり荒れはててしまった森林を再生する活動「大地学院(インスティトゥート・テラ)」をレリア夫人とともにたちあげる。これだけみれば、功なり名とげた写真家の慈善活動かと思われるかもしれませんが、自然という写真家にとってもっとも身近な被写体を再生するのは、それすらgoogle Earthのようなシステムにくまなく侵された時代の、写真という圧倒的に受動的な原理を問い直すことにほかならない。映画監督であり写真家でもあるヴェンダースと息子ジュリアーノと、偉大な写真家である父であるセバスチャン・サルガドへの距離感も静かな崇敬を感じさせる、透徹した眼をもつ全身写真家の到達点を語りかける一作だと思う。


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■セバスチャン・サルガド+イザベル・フランク/中野勉訳
『わたしの土地から大地へ』(河出書房新社)

■『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』


メイキングの様子より

8月1日Bunkamuraル・シネマ他にて全国公開
©Sebastião Salgado
©Donata Wenders 
©Sara Rangel 
©Juliano Ribeiro Salgado

公式サイト
https://salgado-movie.com/


第四回:「夏らしいこと」 - ele-king

 最近友だちと、夏になったことを話していて「なんか夏らしいことした?」と言われた。
 夏らしいこと……
 まだ夏らしいことを、そういえばしていなかった。久しぶりの子供たちとのゆっくりした時間に、小さなプールをベランダに出して、「夏らしい」水遊びをした。太陽の光の温かさを意識的に感じながら、そういう自然のリズムに身を委ねることを、しばらくしていなかったことに気がついた。


Chihei Hatakeyama + Federico Durand
Magical Imaginary Child

White Paddy Mountain

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 そのときに僕らの環境となっていた音楽は、チヘイ・ハタケヤマ + フェデリコ・デュランド『Magical Imaginary Child』(White Paddy Mountain)だった。去年の5月頃、フェデリコが来日したときの録音で、ジャケットは石のお地蔵さん。CDを手にして開いたときに、内ジャケで待っている穏やかなお地蔵さんの写真がリスナーに「落ち着き」を与える。「岩に染み入る蝉の声」といった、日本人特有と言われることの多い「夏の音」を連想させるジャケットが気持ちいい。
 そんな静かな音楽に、子供たちのはしゃぐ声と、水の音がこの音楽に混ざり合って、その瞬間にしか聴くことのできない、一期一会の音楽がそこらへんをふわふわしていた。

 自分自身の作品も含めて、アンビエント・ミュージックと呼ばれている音楽のほとんどを、僕はアンビエント・ミュージックだとは思っていない。けれど、このアルバムは、アンビエント・ミュージックだと僕は思う。
 このタイトルがなぜついたのかは知らない。ちょうどこの録音がされた頃、畠山くんもフェデリコも僕も、子供が生まれる直前だった。2014年は、ウィル・ロング(セラー)の子供も生まれて、アンビエント・チルドレンだねなんて話を冗談でした。タイトルの『マジカル・イマジナリー・チャイルド』って単数だから、誰かの子供を言ってるんだろうか。音楽もタイトルも直球で、何か大きな驚きがあるアルバムではなかったけど、上質なアンビエント・ミュージックだと思う。

 夏には夏の光があるように、夏の音がある。環境として流された音楽の上に夏の音が加わると、その音楽はもっと豊かになる。これからも末永く、環境音楽として選ぶことになるだろうアルバム。



(イラスト:吉岡渉)

interview with YKIKI BEAT (Nobuki Akiyama) - ele-king


YKIKI BEAT
When the World is Wide

Pヴァイン

Indie Rock

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 昨年、シングル”フォーエヴァー”のMVが公開されるや、東京インディ・シーン発のブライテストホープとして注目される存在となっていた、YKIKI BEAT。待望のデビュー・アルバム『When the World is Wide』が遂にリリースされた。
 インターネットを前提に育った世代以降の洋楽に対するフラットな感覚と、市井のインディ・バンドに収まらないスケールの大きなソングライティング、正々堂々と真ん中をいける風貌と若さ、何だかいろいろ揃いすぎていて、ファンも然ることながら、業界関係者の先走った期待感もくるくる旋回中……。アルバムは、その前のめりのギラギラした期待感そのままで聴くと、これは、ちょっと姿勢を正してもう一回、となる。何なのでしょうか、このハイプの邪推を一蹴する頼もしさとクソ真面目さ。ギミックなし、非の打ち所なしの傑作です。
 バンドのメインソングライターでヴォーカルの秋山に、バンドの成り立ちから、アルバムのこと、シーンの中での立ち位置まで語ってもらった。

■YKIKI BEAT / ワイキキビート
2012年に結成され、東京を拠点として活動する5人組バンド。EP『Tired of Dreams』が2013年 12 月に Bandcamp にてリリースされ、2014年 2 月にはSummer Camp の初来日ライヴの前座としてミツメと共に出演、過去には Last Dinosaurs、Metronomy の Olugbenga 等と共演している。2014年 4 月にはフランス・パリの有名セレクトショップ Collette と Bonjour Records によるコンピレーション・アルバムにも参加し、ファッション方面からも支持を受ける。2014 年 9 月、7inch でリリースされた“Forever”のリリック・ビデオが数々のメディアに取り上げられ、同年12 月にはThe Drums のオープニング・アクトに抜擢。このたびデビュー・アルバム『When the World is Wide』がリリースされた。
メンバーは、Nobuki Akiyama(ボーカル、ギター)、Kohei Kamoto(ギター)、Koki
Nozue(シンセサイザー)、Yotaro Kachi(ベース)、Mizuki Sekiguchi(ドラム)

SEでジャスティスを流しながら、ヒッピーみたいな変な格好して出てきたバンドがいたんですよ。途端にみんなが「何だ!?」ってなって。

バンドの結成はいつ頃なんだっけ。

秋山:結成が2011年か2012年だったと思います。

そもそもはどういうつながりなの。

秋山:メンバーはみんな大学がいっしょなんですけど、もともと嘉本(康平)とは高校生の頃に知り合っていて。嘉本が隣の高校にいて、僕の学校との合同ライヴみたいなところで知り合ったんです。

嘉本くんが出演していたわけだ。

秋山:SEでジャスティスを流しながら、ヒッピーみたいな変な格好して出てきたバンドがいたんですよ。途端にみんなが「何だ!?」ってなって。俺はそのときジャスティスとかそんなに聴いていなかったんですけど、「これは好きなタイプのやつだな」と思って前に行ってみたら、嘉本がギター・ヴォーカルの3ピースで。なぜかジョン・メイヤーとエリック・クラプトンのカヴァーを交えながら、オリジナル曲をやっていて(笑)。

カオスだね(笑)。

秋山:オリジナルがすごくかっこよくて。あいつはオーストラリアに1年留学して、帰ってすぐのときだったんで、英語も完全にフレッシュで、音楽性もデス・フロム・アバヴ1979みたいなことをやっていて。完全に他のやつとちがうと思いました。それで楽屋に遊びにいって「よかったよ!」って言ったんですけど、あいつには半分くらい無視されて(笑)。で、彼のバンドの他のメンバーと仲良くなったんですよ。大学に入って嘉本のほうから「僕も同じ大学だよ」って連絡が来て。

結成の前に秋山くんがやっていた音楽はどういう感じだったの。

秋山:そのときから英語で歌って「インディ・ロックです」みたいな感じのをやっていましたね。

じゃあ、YKIKI BEATにいたるまでブレていないんだね。

秋山:そうですね。変わってないと思います。大学1年の終わりに、嘉本が聴かせてくれた30秒くらいのループ音源がおもしろかったので、それを編集して“ロンドン・エコーズ”という曲を作ったんですよ。その曲をいろんなひとに聴いてもらえて、「どうせならバンドでやろうよ」と。

そこからすぐにバンド編成になったの。

秋山:どうしようって相談していたときに、高校時代のバンド繋がりでおもしろいやつがいるって聞いて、それが野末(光希)で、しかも同じ大学だったんです。「音楽性も近いしいっしょにやろうよ」って話しつつも、まだメンバーが足りなかったから、それぞれに入っていたサークルからドラムの(關口)瑞紀とベースの加地(洋太郎)を見つけてきて。バンド編成になったのが2012年の頭くらいですね。

初期からの曲をまとめたのがバンドキャンプで出した『タイアード・オブ・ドリームズ』だったので、その時点で、アルバムは次の段階に行きたいと思っていました。

それが2012年か。僕はYKIKI BEATの存在を、2012年のうちには知っていたと思うんだよ。東京のインディ・シーンの中で、わりと最初から好意的に迎え入れられていた印象なんだけど。

秋山:最初のライヴは2012年の夏で、いまはなくなっちゃった屋根裏でやったんです。そのときに“フォーエヴァー”のPVを撮ってくれたセッキー(関山雄太)さんが遊びに来てくれていて。それから「こんなブッキングにお金払ってやるライヴに出なくていいよ」って、東京のインディ・シーンの他のバンドが出ているところに呼んでくれるようになったんです。

そこから“フォーエヴァー”までは、しっかり時間をかけた印象だったけれど、ちょうど1年くらい前なのかな。

秋山:“フォーエヴァー”は去年の6月にデジタルで出して、9月にレコードを出しましたね。

YKIKI BEATというバンドの名前をいろんな人が知るきっかけになった曲だよね。手応えみたいなものはあったの。

秋山:ありました。でもどういうふうに感じてたかな……。PVがすごくデカかったかもしれないですね。それまでワイキキは「宅録です」みたいな音源しかなかった上に、映像もなかったんですが、スタジオで録音した音源とPVができたことによってフックアップしてくれるひとも増えたんです。

アルバムは8曲入りだけど、楽曲としては初期からの曲とかも入っているの?

秋山:初期からの曲をまとめたのがバンドキャンプで出した『タイアード・オブ・ドリームズ』だったので、その時点で、アルバムは次の段階に行きたいと思っていました。ただ曲作りがぜんぜん進んでいなくて……。じつは4月のプリプロの時点では『タイアード・オブ・ドリームス』に入っていた曲もけっこう混じっていました。新曲をちょっとと、これまでの楽曲のスタジオ録音ヴァージョンが合わさったアルバムになるイメージだったんですけど……けっきょく、やっぱりそれじゃ嫌だなとなって(笑)。プリプロが終わってから本番のレコーディングがはじまるまで、なんならレコーディング中にも新曲をどんどんあげて、最終的に昔からの曲は“フォーエヴァー”だけという感じになりましたね。

『タイアード・オブ・ドリームズ』以前とは、バンドのモードが変わったということなのかな。

秋山:そうです。完全に違います。

色味があるものはいまでも好きなんですけど、これまでは表面的な感じがあったんです。でも今回は、曲を作っていくなかで「これは自分の曲だ」と思える部分までやるというか……。

僕の受けた印象からまとめてしまうと、以前はもうちょっとキラキラした感じとか、疾走感が前に出ていたし、色味もカラフルだった感じがするんだけど、今回のアルバムはわりとモノトーンに近いというか。

秋山:ちょっと意識したかもしれないですね。色味があるものはいまでも好きなんですけど、これまでは表面的な感じがあったんです。でも今回は、曲を作っていくなかで「これは自分の曲だ」と思える部分までやるというか……。下地となる部分をもっと固めて、後から色味を付け足していく流れにしたほうが、自分たちはやりやすくなるのかなと。『タイアード・オブ・ドリームズ』以前は、いろいろ試していたところがあって、メロディがどうとか、「こういう感じで弾くとこうなる」とか。いまはもう少し自分たちのやりたいことに集中していて。しっかり土台を作りたいなと思って。

土台という意味では、ソングライティングは気になった。以前とはけっこう印象が違うよ。“フォーエヴァー”なんかは、USカレッジ・バンドみたいなメインストリームのポップ・ミュージックの高揚感があるけれど、アルバム全体を聴くと、むしろUKのトラディショナルなインディ・ロックを思わせる曲調が多い。ストレートに、すごくいい曲を書けるバンドなんだということは、今回のアルバムで伝わる。

秋山:それはうれしいですね。

今回は自分たちのルーツを考えてみて、その上でいまっぽくできたらいいなと話をしていて。それこそヴェルヴェット・アンダーグラウンドとか、ジーザス・アンド・メリーチェインとか、ジョイ・ディヴィジョン。

以前とは、自分たちのバックボーンとして見せている部分が違うのかなっていう気もしたけれど。

秋山:意識的にやる部分もあれば、無意識でやっているところもあるので、全部きちんと説明できるかはわからないんですけど。今回は自分たちのルーツを考えてみて、その上でいまっぽくできたらいいなと話をしていて。それこそヴェルヴェット・アンダーグラウンドとか、ジーザス・アンド・メリーチェインとか、ジョイ・ディヴィジョン。

たしかにメリーチェインは入っていたね。

秋山:そういう意味ではUKっぽさがわりと多い。当時はヴェルヴェット・アンダーグラウンドもUKっぽいと言われていたようなので。

ソングライティングは、嘉本くんも参加しているのかな。

秋山:“ダンシズ”って曲のイントロはあいつが持ってきて、それを最初につくった“ロンドン・エコーズ”みたいにループさせた上で、ギターと歌をつけてって感じになったんですけど。あとの曲は基本的に俺が作ってきたやつですね。
ただ、アレンジの段階であいつが口出してきたのがすごく効いていて。俺がひとりでやっていてわからなくなっていたところとかも、あいつには「これがいい」とかって見えていて。でもあんまり「どうどう?」って訊くと、あいつは構えちゃって、みんなに任せるって感じになるから、自然に訊き出すみたいな作業をしたんですけど。

秋山くんは全部を自分で決めたいって感じでもないの。

秋山:基本的には自分で決めたいんですけど、あいつのことは信頼しています。最終的に嘉本がいいと判断したことはいいことがほとんどなので。

Ykiki Beat - The Running (Official Video)

『When the World is Wide』の冒頭を飾る楽曲“The Running”のミュージック・ビデオ。監督・編集はYkiki Beatのアーティスト写真他、American Apparelなどの広告写真も手掛けるフォトグラファーMitch Nakanoによるもの。

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英語の受験用教材で発音記号を見つけて、「このθみたいなやつは舌がここなんだ」って。勉強のためじゃなくて、歌のために勉強してました。


YKIKI BEAT
When the World is Wide

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あと、ヴォーカルのスタイルは最初からいまみたいな歌いかたをしているの。

秋山:いまみたいというと、どういう感じに聴こえるんですか?

すごくいいなぁと思います。声質の魅力もあると思うんだけど、日本人がやっている英語詞バンドに独特の「洋楽やっていますよ」的な違和感がぜんぜんない。

秋山:ありがとうございます。

研究したの?

秋山:したと思います。高校のときからバンドをやろうとしていて、単純に普段から英語のバンドをたくさん聴いていたから、英語で歌うバンドをやろうって流れでやっていただけなんです。でもバンドをやるにあたって、いかにも日本のバンドで「英語でやってます」みたいなのはすごく嫌だったので。

じゃあ、たぶん何が嫌なのかを研究したってことだよね(笑)。

秋山:実際それはあると思います。歌はすごい研究しましたね。英語の発音記号表を見つけて、「あ、こんなのあるんだ」と思って。発音の舌の位置が書いてあったりするやつなんですけど、「このθみたいなやつは舌がここなんだ」ってみながら歌のためにずっと勉強していましたね。

でも、対バンするのは日本語詞のバンドも多かったりするわけじゃない。そこで横並びでいっしょにやることって、そんなに違和感はないの。

秋山:難しい質問ですね……違和感はあると思います(笑)。

はははは(笑)。なんか違うかなって思ったりするわけだ。

秋山:東京のインディ・シーン以外の場所でやると、ジャンルは関係ないじゃないですか? 呼ぶ基準っていうのが、どれくらい名前が知られているかってことなので。そのぶん、いろんな場所やお客さんの前でライヴをする機会が増えてきていると思うんですけど。

もうひとつ大きなシーンの中では、浮いていると。

秋山:中学生のときとかは絶対に自分たちでやりたいイメージがあって、日本のゼロ年代のいろんな洋楽バンドに影響を受けてますみたいなバンドをiTunesで聴きながら、なんか違うなって思ってました。自分は絶対によりよい形でアウトプットできると感じていて、そういう野心を持っていたんです。でも考え過ぎてしまうと、ヘンな形で影響を受けてしまうと思うので、自分の納得いかないものに注目するよりは自分たちのやりたいことに集中したいなと。いまは対バンがどうであれ、どのシーンにいると言われようが、自分たちのやりたいことにフォーカスできればと思っていますけど。

じゃあ、逆にいま日本で共感できるバンドはいるの。

秋山:そういう意味ではすっごく難しいですけどね。好きな音楽の話をしたりする友だちとかではバットマン・ウィンクスとか、グルーミーとか。コンドミニマムっていう自分たちで映像なんかを発信している集団がいて、そこのひとたちとかとはすごく話が合うんですけど。それでもピッタリ合うひとがいるかと言ったら、たぶんそこまでいないかなと思います。

俺たちのことを洋楽っぽいと認識せずに、日本でやっているおもしろいバンドとして聴いてくれている人もたくさんいて。

居心地が悪いわけでもないんだろうけど、東京で活動していることにプラスの部分っていうのはあるの。

秋山:それもときどき感じるんですけど、チャンスは多いというか。ザ・ドラムスの前座をやったときに思ったんですが、これがもしアメリカだったら、いいバンドがたくさんいて、ドラムスのオープニング・アクトなんかに選ばれるバンドはすごく成功したり注目されているバンドだったりしますよね。日本だったら母数が少ないので、やっぱりそこは得かもしれません。それでいて世界的に見ても日本の音楽マーケットの大きさはアメリカに次いで第2位だったりしますし。まあ、それはAKBが助けているだけかもしれないんですけど、それでも日本は特異な立ち位置にいると思います。
でも俺たちのことを洋楽っぽいと認識せずに、日本でやっているおもしろいバンドとして聴いてくれている人もたくさんいて。“フォーエヴァー”のYouTube再生回数が16万いく現象っていうのは、アメリカでやっていたらまた違った形になったかもしれないと思います。そういう意味でも、アジアの中でも大きな都市である東京で活動するというのも、おもしろい状況だとは思うんですけど。

今回のアルバムが出たことで、また活動の拡がりかたは大きく変わっていきそうだよね。

秋山:いったんは様子を見てみようというところではありますけど、個人のレベルで言えば、自分で納得できる曲を書くか書かないかというところだけなので。それこそさっき言ったみたいに、野心があって「シーンを変えてやる」って時期もあったし。そういう野心も悪いことではないと思うんですけど、いざ注目される状況になってみて、べつにこれがやりたかったわけじゃないなと思って。いろんなひとが聴いてくれるのはおもしろいけど……なんだろうな。自分の好きな音楽をやって、それを発表して、その先のひとりひとりが音楽を楽しんでくれたらいいなっていう。知名度どうこうと言うよりは、自分のやりたい音楽ができるかだけです。

フェニックスとか、テーム・インパラのように、英米とは別の地域出身でありながら世界で活躍するバンドのようになれたらと思っています。

ひとまず自分たちの音楽性を突き詰めていきたいと。

秋山:そうですね。いまに限らず、これからもずっとそうでありたいと思うんですけれど。インディに落ち着きたいということではなくて、いい曲を書いて出して評価されることがいちばんいいと思うので。理想としてはフェニックスとか、テーム・インパラのように、英米とは別の地域出身でありながら世界で活躍するバンドのようになれたらと思っています。

スタンスはずっと一貫しているバンドだよね。

秋山:メジャーっぽいことを特別やっているわけでもないし、イギリス出身でもアメリカ出身でもないのに、フェスのヘッドライナーをやるみたいな。あのバランスはすごくいいなと思っていて。自分たちが本当に納得できる音楽にフォーカスしていきながら、バンドの下地を作っていけたらいいなと思います。

R.I.P. 菊地雅章 - ele-king

 編集長をつとめた2誌があいついで休刊し職を失い、宇川直宏に「おくりびと」の称号をおくられて数年、私はそろそろ肩書きを「追悼家」にあらためようと思いはじめている。東京都在住・43歳(男)・追悼家・歩合給――と、よわよわしい冗談のひとつもいいたくなるほどこの夏は逝くひとばかりである。6月11日のオーネット・コールマンさんの訃報を知ったときは反射的にキーボードを叩いたが、こうもつづくとなると悲しみより呆然とし、こみあげる悔しさに怒りもこもる。
 数日後文化人類学者の西江雅之さんが亡くなり、何日かかしてイエスのベーシスト、クリス・スクワイア氏が歿した、と書くのもわれながら意外だが、17のとき、グレコのリッケンバッカー・モデルのベースを手にした理由の八割はレミーで、のこりの二割はイエスの上品なメンバーのなかでひとり無骨だった彼の影響もなくはなかったことを、中年期の胃酸とはひと味ちがう思春期の甘酸っぱさとともに思い出したのが彼の訃報に接した6月末。ところがそれでも終わらない。七夕の日に菊地雅章さんが、翌日に相倉久人さんがあいついで鬼籍に入るにいたってはこの世のそのものがみいられた気になったがおそらくそれはただしくなく、世にムーヴメントやシーンと呼ばれるものがあれば、そこに身を投じるひとの多くは同世代であり、たがいに感化され合ったつくり手と彼らに感化かれた私たちは、喜びも悲しみも幾星霜、ともに年を重ね、彼らがついに先に逝くとき、そこに共時性をみて歎息する。今年の夏はほんとうに多いわね、これで昭和が、20世紀がまた遠のいたな、と。
 そこには世代の、地域のかかわりがあり、それを超えた音楽が本が映画が無数の表現がひとと結ぶかかわりがあるが、菊地雅章さんと相倉久人さんの関係は前者だった。60年代、ともに銀座・銀巴里に出入りし、プーさんは金井英人、高柳昌行、富樫雅彦とのジャズ・アカデミーを組織し、新世紀音楽研究所に発展するなかに、すでにジャズを論じはじめていた相倉さんもいた。その後の錯綜した人間関係のアヤを描くには私は役不足だが、論争をひとつの踏み板としたジャズの、それもまた燃料だったのだろう。ジャズはみるみる成長し、60年代の終わりを待たず、プーさんはジャズを学びに海を渡り、アメリカで手にしたものをもちかえり、つくりあげたファーストが1970年の『Poo-Sun』であり、そこには電化前のマイルスのぎりぎりの表面張力と同質のものがみなぎっていた。プーさんは70年代を、ギル・エヴァンスやエルヴィン・ジョーンズといった斯界の巨人と共闘しつつ、その可能性の発展に賭け、80年代にそれは『Susuto』『One-Way Traveller』といったフュージョン~ファンクの傑作に実を結んだことは、DJカルチャーまっさかりの90年代、一部で発掘の対象となっていたがいまのように「和ジャズ」とすでに呼ばれていたか、記憶は定かでない。いずれにせよ、そのダンスミュージックとしての真価を実地にはかるには、菊地成孔のDCPRG(現dCprG)の「Circle/Line」の再演まで、つまり20世紀の終わりまで待たねばならなかったが、その数年前、私はバイトするレコ屋にはいってくる毎月の新譜にテザード・ムーンがクルト・ワイルを演奏したアルバムをみつけたのだった。不勉強ながら、プーさんがゲイリー・ピーコックとポール・モチアンとレギュラー・トリオを組んでいたのは3枚目のその作品でようやく知った。クルト・ワイルといえば、ダグマー・クラウゼからハッピー・エンド(あのはっぴいえんどではなく英国のブラバンのこと)まで幅広い層に人気のドイツ系ユダヤ人作曲家であり、私はその前年に出たナチス時代の『頽廃芸術展』に範をとった4枚組の日本盤(eva)で、ブレヒト/ワイル、ブレヒト/アイスラーをかわりばんこに聴いていたがその日からバイト中はテザード・ムーンの『Play Kurt Weill』(1994年)を聴くことにした。
 小川隆夫氏のライナーによれば、プーさんはワイルをギル・エヴァンスに教えてもらったという。「アラバマ・ソング」「バルバラ・ソング」「モリタート」はブレヒトとのコンビの曲で「モリタート」はジャズ・ファンにはソニー・ロリンズだろうし、「スピーク・ロー」はスタンダードである。ところがここでの3人は、ワイルの「歌」を音の元素に還元し、主従関係どころか楽器のキャラクターからも離れ、それを自由に交換する場のなかに始原のリズムとハーモニーをうかびあがらせる。私はプーさんばりに唸り、店長にたしなめられたが、ピアノトリオのそのようなあり方はそれまで知らなかったし、いまもほかに似たようなのがあるとは思わない。テザード・ムーンの2004年の最終作『Experiencing Tosca』にも、ベースをゲイリー・ピーコックからトーマス・モーガンにチェンジした2012年のECM盤『Sunrise』にもかたちを変えてそれはあたかも菊地雅章のピアニズムの道行きのように引き継がれている。菊地雅章は間章を畏怖させたピアノというおそるべき楽器に抗するでも迎合するでもないやり方で別の場所へ運ぼうとした。プーさんの具合が悪いらしい、と伝えられてからも、私はなぜだか菊地雅章の歩みが止まるとは思わなかったのは彼の独歩の歩調から来る印象だったのかもしれない。相倉さんが司会をつとめた銀巴里セッションで終演後もひとりピアノに向かいバラードを弾きつづけたという逸話さながら、菊地雅章は人類がこの世界から退場するさいの客出しの伴奏者なるにちがいない。その夢想はあえなくやぶれ、マイルス・デイヴィスとの出会いの記録と同じく、プーさんのあり得べき音楽のいくつかは失われたが、のこされたものはすくない。おそらくこれからも生み出されるだろう。サークルは閉じてはいないのである。(了)

SACHIHO (S/VERSION DUB EXPERIENCE) - ele-king

セカンドフロア的なHOUSE&BASS 10選

 イスラエルのガレージ4ピース、ブーム・パム。日本人にもどこか親しみぶかく懐かしいメロディやサウンドは、辺境マニアのみならず、広いリスナー層から愛されるにちがいない──。小島麻由美のデビュー20周年を記念した最新アルバムは、地中海随一のサーフ・スポットとして知られるテルアビブ産のサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとの心躍るコラボレーション作となった。代表曲の数々が新鮮な音とアレンジでよみがえる! 発売に合わせて、オフィシャルMV“白い猫”も公開された。映像を手掛けるのはいまをときめくVIDEOTAPEMUSIC!

小島麻由美"白い猫"(Official Music Video)

小島麻由美デビュー20周年企画、Boom Pamとのコラボ作『With Boom Pam』収録曲より“白い猫”のオフィシャルMVがYouTubeより公開された。
 監督は、前作『路上』のオフィシャルMV"モビー・ディック"を手掛けたVIDEOTAPEMUSICが担当、テルアビブ・サーフロック・サウンドとして生まれ変わった小島ワールドをミステリアスな世界観で表現したMVに仕上がっている。

■アルバム詳細


Tower HMV Amazon

小島麻由美『With Boom Pam』
DDCB-12078 / 2015.07.22 on sale / 2,593Yen + Tax /
Released by AWDR/LR2

[収録曲]
01.アラベスク / Arabesque
02.泡になった恋 / Bubble on the beach
03.ブルーメロディ / Blue melody
04.セシルのブルース / Blues de Cécile
05.蝶々 / Tick tuck
06.エレクトラ / Elektra
07.蛇むすめ / Snakegirl
08.トルココーヒー / Turkey coffee
09.モビーディック / Moby dick
10.白い猫 / Chat blanc


Boom Pam(ブーム・パム)

【小島麻由美】デビュー20周年企画第一弾!
地中海サーフロックバンド【Boom Pam(ブーム・パム)】との前人未到のコラボレーション作が登場!
【小島麻由美】の代表曲の数々が地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!
デビューシングル『結婚相談所』(95年7月21日)、デビューアルバム『セシルのブ-ルース』(95年8月19日)より20年。
2015年、様々な記念リリースやコンサートが予定さている20周年企画第一弾として、小島麻由美と地中海サーフロックバンドBoom Pamとの前人未到のコラボレーション作が登場!イスラエル・テルアビブで結成されたBoom Pamは、地中海随一のサーフスポットとして知られるテルアビブ産のサーフロック・サウンドをベースにアラビアの音階も貪欲に取り入れたオリジナリティ溢れるサウンドが特徴。
その人気は本国に止まらず、ヨーロッパでも高い評価を得ており、日本でも『FUJI ROCK FESTIVAL'14』での来日をはじめ、二度の来日ツアーを行い徐々に認知を広げている。そのサウンドに魅せられた小島麻由美のオファーにより、この予測不可能な奇天烈コラボレーションが決定。
小島麻由美の代表曲の数々が、地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!

■小島麻由美プロフィール
東京都出身。「古き良き時代」の音楽を愛するガールポップ・シンガー/ソングライター。1995年7月、シングル「結婚相談所」でデビュー。
現在までにオリジナルアルバム9枚、ミニアルバム2枚、シングル16枚、ライブCD1枚、ベストアルバム2枚、映像DVD2タイトルを発表。
ジャケットにも多く使用される自筆イラストがトレードマークで、1999年NHK「みんなのうた」への提供曲「ふうせん」では、三千数百枚に及ぶアニメ原画も提供。イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI'S PAPERBACK』もある。
映画、CMへの歌唱、曲提供多数。近年では2011年~現在放映中の『キッチン泡ハイター』CM曲を歌唱。海外での活動は、2001年仏盤コンピレーション参加。2001~2002年「はつ恋」が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映。公演は2006年JETRO主催『Japan Night』(上海)、2009年『Music Terminals Festival』(台湾・桃園)参加など。
2014年7月、4年ぶりとなるオリジナルリリースとしてミニアルバム『渚にて』、12月3日にはフルアルバム『路上』をリリース。『SUMMER SONIC 2014』への出演など、本格的に活動を再開する。デビュー20周年となる2015年には活発なライブ、リリースを絶賛計画中。https://www.kojimamayumi.com/

■ライブ情報
小島麻由美デビュー20th記念ツアー『WITH BOOM PAM』
出演 : 小島麻由美 with Boom Pam

[大阪公演]
■ 2015年8月31日(月) @梅田 Shangri-La
OPEN / START 19:00 / 19:30
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://eplus.jp/kmwbp/ (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月3日(金) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 21:00
予約期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 14:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 清水音泉 06-6357-3666 (平日12:00-17:00) 
https://www.shimizuonsen.com

[東京公演]
■ 2015年9月1日(火) @下北沢 GARDEN
OPEN / START 19:30 / 20:00
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://sort.eplus.jp/sys/T1U14……001P006987 (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 21:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 下北沢GARDEN 03-3410-3431  https://gar-den.in/


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