「Noton」と一致するもの

ALMADELLA - ele-king

 カラフトがはじまった頃に到着。入口に並んでいるとDJを終えたばかりのリラ(このパーティの主役のひとり)が「うぉうぉうぉ~」と叫んでいる。店に入るとまだ早い時間なのにかかわらず酔っぱらったシロー・ザ・グッドマンがいる。同じ日に〈エイジア〉でまわしていたそうだ......が、まだ12時をまわったばかりで、〈モジュール〉のなかの雰囲気はパーティはこれからだといった感じだ。
 ビールを持って下のメイン・フロアに入る。良い感じに埋まっているフロアを強引に横切って、DJブースのカラフトのところまでいく。カラフトのダビーなセットにダンサーたちは心地よく体を揺らしている。

photo Yasuhiro Ohara
  photo Yasuhiro Ohara


 〈ALMADELLA〉はアンダーグラウンドのエレクトロニック・ミュージックにおいて前向きに新しい要素を取り入れていくパーティで、東京でもっとも早い時期からテクノとダブステップとのブレンドを試みていたひとつとして支持を得ている。静岡の〈ラジシャン〉周辺ではこういうのをシンプルに「音好き」と表現する。音を聴くのが好き、音を聴くのを面白がっている、積極的に面白い音を求める、そういう人間のことをざっくり「音好き」と呼ぶ。で、僕はちゃんと......というかたまたま偶然なのだが、1ヶ月以上前からリラとケイヒンのミックスCDを聴いて予習してきていたのだ。そしてもちろん、シャックルトンが〈パーロン〉から発表した『スリー・EPs』も聴き込んでいる。それらは「音好き」を惹きつけるには充分な内容だ。  

 カラフトがコントロールするテクノ・アンダーグラウンドの途中で酒を買いに上の階に行くと、吉田タロウと遭遇した。こういう場で彼と会ってしまうとテクノやダブステップどころではない、サッカーの話になってしまう。彼はFC東京の近況を話し、僕は清水エスパルスと小野伸二の素晴らしさについて語った。実は僕はその翌日の昼過ぎから等々力である川崎フロンターレとの試合に行かなければならなかった。正直な話、生で小野伸二のプレイを見れるのが楽しみでならなかった。
 と同時に、僕には深い悲しみがあった。大好きだったサッカー・ジャーナリストの大場健司氏が数日前に他界したのである。氏は、静岡のみで刊行していたサッカー雑誌『Goal』の編集者を経て、清水エスパルスをずっと追っていたジャーナリストだ。分野は違えど、メディアの人間として僕は彼の活動を本当に尊敬していたし、彼の運営する『Sの極み』という有料サイトの会員でもあった。誠意のある書き手だったし、愛情と批評精神を忘れない人だった。僕の友人であり脚本家の上杉京子が同級生だったこともあって、近い将来、僕は彼に会うはずだった。いや、彼と会えなくても彼の文章がこの先もずっと読めれば良かった。僕は彼の読者のひとりだった。自分にとって大切な書き手をひとり失うことは、途方もなく悲しいことだ。

 金曜日の深夜のダンスフロアに戻ろう。シャックルトンがいたので、軽く挨拶をした。あなたの作品が好きだと話し、ハルモニアのリミックスも良かったと伝えた。そしてふたたびフロアに戻った。フロアは満員電車状態だった。カラフトからシャックルトンに代わると歓声が起きた。彼のトレードマークでもあるトライバルなパーカッションがフロアを揺さぶると、歓声はさらに上がった。UKファンキーのダークサイドとでも言いたくなるような彼のシンコペーションするドラム・プログラムはオーディエンスを容赦なくダンスへと向かわせる。

マイクを持って叫ぶドラムンベースの王様!photo Yasuhiro Ohara


 あるDJから興味深い話を聞かされた。いまDJがダブステップをかけたら仕事を失うという、そういう話だ。その人の"現場"では、セットのなかで2割ぐらいしかプレイできないという。なるほど、それはたしかにつらい。DJにとってその手の挑戦は慎重にならざる得ないものだろう。
 とはいえ、良い時代になったものだ、とも思った。"仕事"という言葉が遣えるのだから。僕がこの音楽と関わりはじめて、田中フミヤがまだ19歳でテクノをまわしはじめた頃は、良くも悪くもこれを"仕事"という基軸で考えたことはなかった(だからまあ、商売が下手なままきてしまったのだけれど)。
 また、90年代初頭では、多くのクラブにおいてテクノはつまはじきものだった。NY経由のハウスが正当であり、アシッド・ジャズが人気があって、テクノなんてものは既存のクラブ・カルチャーからは相手にされていなかった。が、当時の僕たちには自信があった。新しい世代にとってテクノはひとつのシグナルである。連中にはわからないだろう、しかし、僕たちより下の世代はこの狂った音楽を好むに違いない......。数年後、その通りになった。
 ダブステップも移りゆく時代のシグナルなのだ。その晩もちゃんと新しい「音好き」たちがフロアに詰めかけていたじゃないか。

Sunburned Hand Of The Man - ele-king

 先日、dommuneの〈ダブステップ会議〉で話したように、キエラン・ヘブデン(フォー・テット)はここ数年で注目すべき音の冒険家のひとりである。彼自身のレーベル〈テキスト〉から発表したブリアルとのスプリット・シングル、そしてアルバムのリリースに先駆けてリリースされたシングル「ラヴ・シティ」でフィーチャーしたふたりのリミキサー――UKファンキーを代表するロスカといま将来を期待されているジョイ・オービソン――を選択するセンス、そしていまから遡ること2007年、USアンダーグラウンドに広がるフリー・フォークのシーンにおいてその中核をなしているサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンの『ファイアー・エスケイプ』(リリース元はノルウェイの〈スモール・タウン〉で、アートワークはヤマツカ・アイ)のプロデュース......こうした彼の新しい動きに対する素早い働きかけとその成果には舌を巻くばかりだ。それらヘブデン絡みの作品のすべてが良いのだ。

 とくに注目したいのは、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのプロデュースである。何故なら、サンバーンドのようなコミュニティめいた、サイケデリックでフリーキーなインプロヴィゼーション集団に彼のようなエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーが手を加えることは、その筆舌に尽くしがたい音の複雑さを結局のところポップという現代の信仰のもと、ただ手際よく単純化しかねないからである。サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのようなバンドが、何故大量なリリースを続けているかと言えば(1998年からはじめて、すでに50枚以上)、バンドにとっての目的が演奏行為そのものにあり、その演奏プロセスにのみ真実があり、そしてその結果などは極端な話、まあ、どうでもいいからであろう......というのは僕の勝手な憶測だが、もし本当にそうであるのなら、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのプロデュースとはバンドの生命にとっての矛盾となる。そういう観点から言えば、ヘブデンは勇気ある試みをしているのだ。

 サーストン・ムーアの〈エクスタティック・ピース!〉からリリースされた『A』は、『ファイアー・エスケイプ』以来のヘブデンのプロデュース作である。以前バンドが〈エクスタティック・ピース!〉から出したアルバム名が『Z』だったので、それに準じて『A』なのだろう。例によってアートワークが秀逸で、ポスターも封入されている。こうした姿勢はこの10年のUSアンダーグラウンドにおいて顕著で、それが商品である前にアートであることを主張しているようだ。それはまあ、いつものサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンである。もっともメディアからの"フーリー・フォーク"というレッテルを拒むかのように、ここ数年彼らははジェリー・ガルシアとジョン・フェイヒィとの中間で鳴っているようなフォーキーな感触を表に出していない(ように思われる、すべて聴いているわけではないのだけれど)。

 新しく録音されたサウンドは、僕の耳にはこれは、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンとフォー・テットのコラボレーション作のようだ。フォー・テットのアルバムをサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンがプロデュースしたと言って良いほど『ファイアー・エスケイプ』以上にエレクトロニック色が際だっている。そして〈エクスタティック・ピース!〉の好みが反映されているのだろう、『A』は『Z』同様にささくれ立っている。あるいは『ファイアー・エスケイプ』より悪戯っぽく、フリーキーだ。電子のイズが耳に付くが、もちろん彼らがブラック・ダイスの背中を見ているようなことはない。フォー・テットが最新作で見せたミニマリズムとダブ処理がところどころで顔を出していて、それが『ファイアー・エスケイプ』にはない効果を生んでいる。

 思いつきで作ったような1分ほどの曲が4曲、3~4分の曲が4曲、7分の曲がふたつある。"ナウ・リフト・ジ・アウター・フィンガー"は不規則な電子ノイズとドローンとファンク・ベースの奇妙な混合で、"ロフト・アット・シー"はクラウトロック的ドラミングと抽象的なミニマル・ダブとのブレンドによるスリリングな展開を持った曲。"ア・レッド・ラグ・トゥ・ア・ブル"は酔っぱらったコニー・プランクがスタジオで踊っているような曲だ。"ザ・ブック・オブ・アビリティ"もユニークな曲で、ヘア・スタイリスティックとベーシック・チャンネルのあいだでこだましている。"アクション・フィンガー"はアルバムのなかでは唯一シンプルな曲で、いわば宇宙ステーションで演奏される電子ノイズとノイ!である。

 『A』は、『ファイアー・エスケイプ』の評判の良さも手伝って実現した作品だろう。僕は、いまの時点で『ファイアー・エスケイプ』か『A』と問われれば迷わず『ファイアー・エスケイプ』を選ぶけれど、数ヶ月後には考えを変えているかもしれない。なにせまだ買って間もないからね。入荷してもすぐに売り切れてしまい、再入荷をこの1ヶ月待っていたのである(好きな人がいるのだ、この世界のいたるところに)。

Burning Star Core - ele-king

 昨年末、正式にリリースされた地味なドローン集『インサイド・ザ・シャドウ』(Rは05年)に続いて、早くもライヴ・アルバムがお目見え。07年にリリースされた驚異の『オペレイター・デッド...ポスト・アバーンドンド』と同じ布陣(つまりヘア・ポリス)に加えて、2人の固定メンバーと、曲によって6人のサポートが出入りしている。つまり、かなりな大所帯の演奏記録。ライヴ・テイクはこれまでRかカセット(それも10本組とか)でリリースされることがほとんどだったのに、97年から08年までの音源から素材を選んで珍しくヴァイナル化され、エディットなどでそれなりに手を加えている模様。レーベルはゆらゆら帝国をニューヨークで迎え撃った〈ノー・クオーター〉。

 KTL、ブラック・マジック・ディスコ(以下、BMD)、そして、バーニング・スター・コアー(以下、BSC)がこぞって07年にサイケデリック・ドローンの頂点を極めたことは『ゼロ年代の音楽』(河出書房新社)のあとがきでも触れた通り。いずれもモノトーンが基調だったドローンをそれぞれのやり方で大きく旋回させ、カラフルに、そして、ゴージャスに変容させ、なかでもBSCのそれは地から湧き出るマグマのごとく、不気味な低音部の蠢きが凄まじかった。

 KTLはアートだろう。実際に、舞台音楽のためにつくられたものだし、マイ・キャット・イズ・アン・エイリアンとジャッキー・オー・マザーファッカーが融合したBDMは前者の資質に引きずられるようにして宇宙空間へと誘うトリップ・ミュージックの極めつけのようなものだった。それに対して、BSCから感じ取れるものは、その大半が暴力衝動に近く、自分でも抑えきれない感情を混乱したまま吐き出しているだけといわれれば、その通りだとしかいいようがない。あらゆる感情が渦を巻き、それらが何も整理されず、混沌としたままであることにしか価値がない。ヒドいものだ。いい大人の聴くものではない。ひとついえることがあるとすれば、1977年は遥かに遠く、セックス・ピストルズではもはや足りないということか。『アセンジョン』辺りのジョン・コルトレーンを音圧を倍増させて聴いているなどというものでは、まったくない。どいつもこいつも死んじまえ。それだけ。そのような気持ちを満たしてくれる音楽は、しかし、意外と少ないものである。

 個人的なことを書いてもしょうがないとは思うけれど、KTLやBMD、そしてとりわけBSCと出会っていなかったら、自分はどうなっていただろうと思う。生きることにはこれといって意味がないとしても、音楽を聴くことでそれに意味を与えることはできる。ここまで世界にファック・ユーを突きつけるということは、まだ、それだけ世界に期待しているということだともいえる。そうでなければいま頃、僕はビートルズのボックス・セットでも買っているに違いない。ハイホー。

Derrick May - ele-king

 もう随分と前にリリースされたこのデリック・メイの13年ぶりのミックスCD。すでにele-kingでもデリック本人のインタヴュー記事が掲載されているし、推薦文書いてるのが野田編集長であるからして、もう大半の人が購入して聴いていることと思う。だったら、なんでいまになってレヴューを? ということだが、その推薦人に「たまにはケンゴのデリック・メイ論を読んでみたいじゃないか」などと言われてしまったからだ。いやぁ、論などというほど立派なものをもちあわせてるわけじゃないんだけど。そう、でもそれで思い出したのは、1993年5月、ロンドンで体験したデリックのDJのことだった。

 あのころ、UKではレイヴがどんどん巨大化してきちんとスポンサーが付いたり許可を取って開催されるものが増えて、なかでもシカゴ・ハウスからジャングル、そして当時急激に注目されはじめてたジャーマン・トランスまでとにかく全部集めたというようなラインナップでいちばん人気だったのが〈Universe -Tribal Gathering〉だった(〈Rising High〉が公式コンピやテーマ曲出したりしてた)。その金曜には郊外で2.5万人を集めたそのレイヴがあり、僕はチケット買えなくてそっちは行けなかったんだけど、翌日の晩にブリクストンのVOXって巨大なハコでやったテクノの伝説的パーティ〈LOST〉も、UKに集結したトップDJたちを集めたという感じで普段より豪華だった。そこにヘッドライナーとして名前を連ねていたのが、デリック・メイだった。

 当時の僕はといえば、もうハードコアやジャングルからトランスに夢中になりかけていたころで、正直言ってデトロイト・テクノとかもう古いっしょ的な生意気な若者にありがちな勘違いをしていた。が、その晩のデリックはデトロイトがどうとかテクノの歴史がこうだとかそういうことはもういっさい粉砕して、異国の体育館みたいな誰ひとり知り合いもいない真っ暗で汗と埃の臭いのするだだっぴろいフロアでひとり寂しく踊る僕の頭上に天使を舞い降りさせた。いや、実際には天使は隅のほうでうろうろしてた黒人のカラフルなウエストポーチの中から飛び出してきたのかもしれないけど、いずれにしてもそのときのデリックは本当に神がかっていた。

 デリック・メイの選曲が一概にテクノではない、いやむしろハウスと言ったほうがしっくりくるというのは、実際に彼のプレイを聴いたことある人なら誰でも思うだろうし、これまで彼が世に出したたった1枚のミックス盤『Mix-Up vol.5』を覚えていれば納得するはずだ。このときもデリックは古いアシッド・ハウスからアムスあたりで掘ってきた最新のトラックまで、ファンキーでセクシーでアグレッシヴなグルーヴを紡いだ。なにより驚かされたのは、次々に曲を繰り出して、バックスピンやせわしないフェーダーさばきなど手数多く出音をいじって彼流のリズムをDJプレイに与えていく、あのスタイルだった。もちろん、それは彼ひとりで作りあげたスタイルではないのだが、日本でデリックがプレイして以降それを見たDJたちがこぞって同じようなトリックを自分のプレイでも取り入れていったことは疑いない。ある程度「デリック・メイっていうすごいやつが来る!」っていう事前情報があってもそれだけ衝撃的だったのだから、そのときの僕のやられ具合を想像してみて欲しい。リル・ルイスの"French Kiss"という、ブレークで喘ぎ声だけになってスローなビートがだんだんスピードアップしていって元の激しい4つ打ちのビートに戻るという曲がある(デリックの十八番でもある)。このときデリックは、あれみたいなことを手動でやっていた。でかいブレークを作って、しばらく無音にして、そのあとレコードを手でゆっくりゆっくり回転させはじめた。しかも、逆回転で。片方の手でテンポが128くらいになるまでレコードを回し続け、もう片方のターンテーブルから正回転の、ずぶといキックの音が重なってきたときの絶叫に近いフロアの盛り上がりは、一生忘れられないだろう。

 ......ほんと、このときの話は新書一冊分くらい書けるんだけど、またそれは別の機会に。今回のミックスCD、アナログ盤を使って昔ながらの手法と技法で録音された25曲は、いかにもデリックというスタイルと音をしている。彼がここ数年東京では一番頻繁にプレイしている代官山のAIRとのコラボレーションという形をとっているからか、ダイナミックで多少の失敗はものともしないライヴ感溢れるミックスだ。おもしろいなと思ったのは、かなりボトムの強調されたキックが目立つ曲が多くて、いまどきの線の細いミニマルやクリックを聴き慣れた耳にはちょっと驚くほど重いビートが襲ってくることだ。ベン・クロックとかベン・シムズとかキラー・プロダクションズあたりに象徴的だが、デリックがそういう音をジャジーな旋律がいかにもな曲と並行してチョイスしているのは意外にすら思った。一方で純粋にデトロイトの曲となると、恐らく冒頭のアンソニー・シェイカーたった1曲だけなのだから。

 実際のところ、今回のCDが「作品」として後世に残るようなモノでないことは誰の目にも明らかだとは思うが、逆にそれがデリックの「俺はまだまだこんなところで終わるつもりはないぜ、DJ活動の総決算を作るのはずっと先」っていう宣言にも感じられて頼もしい。理想を追い、あれやこれやと考えすぎて結局形にならない、ということをこれまでずっと繰り返してきた気がするデリック・メイ。それは、彼が自己を含めて客観視できるプロデューサー的視点を持っているから起きた不幸とも言えるだろうし、彼が非常に優秀なリスナーであるゆえに自作のペースや質が理想に追いつかなかった結果生じたとも言える。しかし、リスナーとしての貪欲さとかセンスというのは、DJとしては決して失ってはならないもので、それはデリック同様、かつてダンス・ミュージックの歴史に永遠に刻まれる革命を起こしたトッド・テリーやベルトラムといった連中が、自分の曲ばかりをかけるという罠にはまってそこから抜け出せなくなってしまったことからも見て取れる。そういう意味で、デリック・メイは間違いなくいまでも現役トップのDJのひとりだろうし、ハコでのライヴ録音をそのまま切り取ったようなこの盤にしても、精緻に作り込まれたミックスでは失われがちな律動や空気感みたいなものをしっかりと備えている。デジタルVSアナログというのは、本来利便性や技法の問題なはずなのに、結局いつも精神論やオカルト的なところに話が落ち着いてしまうのがどうも納得いかないが、その土俵に敢えてのるなら、やはりプロにはできるだけアナログ盤を使ってほしいなと思う。そして、デリックには、とにかくセクシーでかっこよくあるためにヴァイナルを使い続ける責務があるし、無条件にそれを擁護する権利もあると、このCDを聴いて再確認した。

Pantha du Prince - ele-king

 これは、定家だ。注意深く選られたベルの音の連なり、これは新古今の昔、かの貴人の袖に降りかかったあの粉雪に違いない。グリューエン・フィア名義でも活動するドイツのプロデューサー、ヘンドリク・ウェーバーの、パンタ・デュ・プランス名義では3作目となるアルバム『ブラック・ノイズ』。これを聴いていると新古今時代随一の美学家、藤原定家が流転の果てにミニマル・ハウス界に生まれ落ちたのではないかと想像が止まない。
 彼の特徴はその叙情性にある。抑制のきいたミニマルなトラックが基調となってはいるが、強く情緒に働きかける彼独特のシンセ使いが、薄氷のようにその上を覆う。だが、「叙情」ということに関してはいくら注意を払っても払いすぎるということはない。さじ加減ひとつでウザくなるイタくなる、重たくなる。叙情というのはじつにやっかいだ。定家はどうしたのか。定家は叙情に集まる力を優美に分散させた。叙情のフラグメンツが一首全体にちらちらと降りかかる。ウェーバーも同様である。叙情がメロディという形に固着する前に、分散させてしまう。どことなくアンビエントな雰囲気を帯びているのは、そうしたメロディの亡霊が漂っているからだろう。

 本作は、地滑りで壊滅してしまったアルプスの小さな村にインスピレーション得て作られたという。実際にアルプスにおいてフィールド・レコーディングも試み、そこで採取された音はトラックの冒頭部分で聴くことができる(これはアーノルド・ドレイブラット・トリオのヨアヒム・シュッツ、ワークショップのステファン・アブリーとともにおこなっている)。ジャケットの絵はおそらくはその悲劇の前の、いまとなっては幻想のなかにのみ存在する村を描いたものだ。まるでレクイエムのように、シロフォンやグロッケン、あるいはベルの織りなすシマーな音が、アルバム全体を統べるモチーフとなっている。冒頭のトラックのタイトルが"レイ・イン・ア・シマー"。他にも"ザ・スプレンダー"や"ビハインド・ザ・スターズ"など、いずれも光を想起させる。冷たく澄んだ金属の音が複雑に綾を成して響きつづける。そして底のほうで暗く冷たく刻まれる、(ブリーピーな......と言うんだろうか?)ベース・ライン。災害前の美しく調和のとれた風景と、痛ましい破壊の跡とが渾然として浮かび、消えていく。現世において美など成立不可能、それが可能なのは過去か、まさに壊れゆかんとするもののなかにしかない......もしかすると彼にはこのようなイデアがあるのかもしれない。

 「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」藤原定家

「花」「紅葉」という絢爛なイメージを振りまきながら、それを「なかりけり」とする、戦慄するような打ち消し。後に残るのは滅びと寂寥と硬質な叙情。「花」「紅葉」のきらびやかな美は冷たい幻影となる。のちの人びとは彼の世界を「幽玄」と呼んだが、恐ろしい美意識だ。私はウェーバーの構築する音やビートに、どうしてもこの「幽玄」を聴き取らずにいられない。

 音を離れたことで言えば、本作は〈ラフ・トレード〉から初となるリリースである。リリースされるや『ピッチフォーク』をはじめとするロック寄りのメディアが賛辞を送っている。アニマル・コレクティヴのパンダ・ベアはヴォーカルとして参加(スティック・トゥ・マイ・サイド)、LCDサウンドシステムやチック・チック・チックで活躍するタイラー・ポープもベースで参加している(スプレンダー)。インディ・ロック・シーンまでも巻き込んで、より大きな文脈で彼を評価することができるようになったわけだ。
 たしかに聴いているとジャンルの概念をまたいで、どこか都現美あたりで大規模なインスタレーションでも眺めているような気持ちになる。古巣である独〈ダイアル・レコーズ〉からは、新しい音源のリリースも控えているようだが、いままで彼の音を耳にすることのなかった層と交わりながら、それを意識することで新たな展開が生まれれば素晴らしい。
 ちなみに当該トラックのパンダベアは、他では耳にしたことがないほどセクシーなヴォーカルを聴かせている。彼のなかにこのようにリニアな旋律を求めることは、少なくともアニマル・コレクティヴにおいては難しいだろう。

Wet Hair - ele-king

 ブルース・スプリングスティーンやザ・ホラーズとのスプリット・10インチ・シングルをはじめ、限定3000枚のCD6枚組のボックス・セットで発売された『Live 1977-1978』など、この2~3年で加速的に再評価されたのがスーサイドで、以前ファック・ボタンズに取材したときも、このニューヨークのトランス・アート・パンクの伝説こそ若い彼らにとっての最高の追体験だったと話していた。もっとも多くのファンを驚かせたのは、ザ・ホラーズやファック・ボタンズではなくブルース・スプリングスティーンによる"ドリーム・ベイビー・ドリーム"のカヴァーだった。しかし、これとて深い縁があったことをアラン・ヴェガはあるインタヴューで明かしている。つまり、スーサイド再結成後の2002年に〈ミュート〉傘下の〈ブラスト・ファースト〉から発表したアルバム『アメリカン・シュプリーム』が9.11を主題としたもので、ヴェガはその取材でこれでもかと反ブッシュを叫んでいる。こうしたヴェガの政治的主張もスプリングスティーンとの仲を深めるのに大いに働いたことだろう。

 ちなみに〈ミュート〉は2000年に未発表を加えたCD2枚組としてスーサイドのファースト・アルバムをリリースしている。未発表音源に関する興味と(それがまたホントに良かったのよ)リマスタリングということで僕も買ったのだけれど、封入されたブックレットにはヴェガとマーティン・レヴの対談も載っていて、そこでヴェガは彼のセシル・・テイラーについて、あるいはイギー・ポップからの影響について語っている......。まあ、そう言われてみればたしかにストゥージズだ。

 ウェット・ヘアーは完璧なまでにスーサイド・フォロワーである。フォロワーというか、最初に聴いたときはスーサイドの新作かと思ったほどだ。僕はこのレコードが渋谷の〈ワルシャワ〉でかかったときからおよそ1時間悩んで、それで、結局買った。かれこれ1ヶ月前の話だ。

 アイオワで〈ナイト・ピープル〉なる(主にカセットをリリースする)レーベルを運営するライアン・ガーブスとショーン・リードのふたりによるウェット・ヘアーは、昨年のはじめに最初のアルバム『ドリーム』を発表して、そして年末にセカンド・アルバム『グラス・ファウンテン』をリリースした。ヴィンテージ・シンセサイザーとエフェクトをかましたうなり声、ドラムマシン、まさにスーサイド・スタイルだが、本家よりもノイジーでさらにトランシーでもある。そのあたり、モダンなセンスが注入されている。

 アルバムは気が遠くなるようなミニマリズムとうなり声からはじまるが、このバンドの個性はメランコリックな曲作りにある。A面2曲、B面3曲の計5曲入りだが、僕にはB面の1曲目"正しいときが来たら"のメランコリーが最高だ。それはスーサイドの"キープ・ユア・ドリーム"というか、豪雨のなか殺人者が歌うオールディーズ・ポップスのように聴こえる。"コールド・シティ"のメロディも悪くないし、"ステッピング・レイザー"は"ロケットUSA"というか......。

 ウェット・ヘアーのようなここ2~3年で台頭してきた新種のUSインディでもうひとつわからないのが、彼らがデジタルを放棄していることである。『ドリーム』は別のレーベルがCD化したが、『グラス・ファウンテン』に関してはいまのところヴァイナルのみでダウンロードすらない。こうした時代と逆行するかのようなアプローチも興味深い(テクノ系ではあれだけアナログにこだわっていたベーチャンが批判されながらデジタルに進出したものだが、シャックルトンはアンチ・ダウンロードを貫くらしい......)。

 ところで〈ミュート〉からの再発盤のブックレットによれば、ヴェガとレヴはスーサイドをはじめた当時一文無しで、ヴェガいわく「ケツを凍らせながらテントで寝ていた」という。彼らは純粋なまでに極貧で、自殺者という名前もまんざら大袈裟ではなかったようである。都市の辺境のギリギリのところから発せられたのが、ヴェガのあの叫び声だったのだろう。スーサイドの1978年のザ・クラッシュとのツアーは有名で、ふたりはステージで客から罵声を浴び、モノを投げられ、血を流し、暴動を誘発した。スーサイドのふたりから見たら、ザ・クラッシュの絵に描いたような左翼っぷりはどんな風に見えたのだろうか......。ファッションに見えただろう。しかし多くの聴衆が崇拝したのはザ・クラッシュだった。そして僕は紛れもなく崇拝者のひとりだった。

Les Trucs - ele-king

 去年の秋ぐらいから中古レコードで見かける高い値段のレコードに興味を持っちゃって、ジャンルも知識も関係なく、ただ高い値段が付いているというだけで「どうしてこんな値段になるのか」と考えながら聴くようになって。高いまま買ってしまうこともあるけれど、たいていは同じものがCDで再発されていれば、そっちを聴いてみるので、意外と数もこなせるし、まー、何よりも思わぬ出会いが多く、自分がどこへ向かっているのかさっぱりわからない感じがまた面白くて。アーカイヴ=整理された事態ではなく、むしろ、その中で迷子になる方法を見つけたというか。

 とはいえ、それはあくまでも他人の評価が導線になっているわけで、「なるほどこれに7000円という値段をつけたくなる気持ちもわからなくはない」という聴き方は、どれだけ音楽とダイレクトに結びついて聴いたつもりになっていても、どこかに「確認」という感覚が残っていることは否めない。どうしたらレコード・レヴューを読まずに、しかし、いいレコードに辿り着くかというのは昔からの大きな課題だし、「高い値段」というのもそれを回避する方法のひとつになると思ったのだけど、どんな音楽にも「他人の耳」はついて回るのだなーと。『12枚のアルバム』の中原昌也じゃないけれど、「確認」というのはつまらないものに対して用いられる作業であるべきであって、「言葉を失うほどの音楽体験」を必要とするものがやることではないんだなー(REMIXで最後になってしまった連載ページを参照)。

 そうなると、一律に似たような値段が付けられた新譜から1枚を選ぶ方がやはり近道である。いい音楽と出会う確率は低くなるかもしれないけれど、言葉を失う確率は格段に高い。プロフィールさえよくわからない新人のアルバムに手が伸びてしまうのはそういうわけである。そして、この文章を読む人にとってはそれが「他人の耳」となって、その人(つまり、あなた)にとって、この音楽を聴くことは「確認」でしかなくなってしまう。なはは。では、手短に。

 シャーロッテことスカーレット・スカンパーとトビー(あのトビーではない)によるチープなパンク・ポップの1作目。ムーやチックス・オン・スピードがダンス・ビートから完全に離れ、ドイツ風のスラップスティックな展開をふんだんに持たせた打ち込みパンク(うわあ~懐かしい表現)。TTCがバンドになったというか、アタ・タック+ディジタル・ハードコアつーか。......もっと読みたいですか?

Yossy Little Noise Weaver - ele-king

 ヴァンパイア・ウィークエンドと音で渡り合えるバンドが日本にいることをご存じか。そう、ヨッシー・リトル・ノイズ・ウィーヴァー(YLNW)である。彼らの3枚目のアルバム『Volcano』は、カリブ海の音楽とミュータント・ディスコのブレンドで、エゴ・ラッピンとザ・ゴシップ・オブ・ジャックスによるあの素晴らしい『EGO-WRAPPIN'AND THE GOSSIP OF JAXX』に続くかのようにポスト・パンクのダンス・サウンドを演奏する。

 実際のところ、YLNWは大雑把に言って日本のレゲエ・シーンから生まれている。中心にいるのは元デタミネーションズ/元ブッシュ・オブ・ゴーストという経歴を持つキーボーディストYossyとトロンボーン奏者のicchieで、またメンバーには菅沼雄太(エゴ・ラッピン他)やThe K(元ドライ&ヘヴィー)もいる。2005年のデビュー・アルバム『Precious Feel』はキングストンの海辺で録音されたエレクトロニカであり、隙を見てはカンの『フロー・モーション』に接近する。2007年の『Woven』はジャッキー・ミットゥーがフォー・テットと一緒にスタジオで作ったミュータント・レゲエである。そうした過去の美しい2枚の抒情主義と打って変わって、3年ぶりの『Volcano』は、リスナーの身体をより大きく、波のように動かせる。

 "スーパー・ラビット"はトーキング・ヘッズがジャマイカ旅行したような曲だ。あかぬけたリズムとディレイの効いたスカのトロンボーン、そして滑らかなエレピのコンビネーションが甘い夢を紡いでいく。"ピース"はプラスティックスのカヴァーで、今回のアルバムにおけるベスト・トラックのひとつ。4/4ビートとジャジーな鍵盤とスカの香気が心地よいミニマル・ポップである。タイトなヒップホップ・ビートを取り入れた"ウォッシング・マシン・ブルース"やドリーミーな"ドラム・ソング"は過去2枚と連なるバンドの抒情性がよく出ている曲で、"ヴォルケーノ"は日差しを浴びたミュータント・ディスコ、"ペイル・オレンジ"はラテンの陶酔に包まれた温かいスロー・ダンスだ。

 こうした彼らの音楽は、とにかくキュートだし、耳障りの良さゆえにその背後にある挑戦が見過ごされがちだが、彼らの目的はジャマイカとディスコを並列させることでもはなく、ワールド・ミュージックのレトリックでもない。それは絶えず変化しながら新しいミュータント・サウンドを創造することに違いない。

 ここ数年続いている欧米のポスト・パンク・リヴァイヴァルとはまるで共振することのない日本の音楽シーンだが、興味深いことにレゲエ系のシーンではそれが起きている、起きていくかもしれない――そう思わせるYLNWの新作で、バンドはこの路線を継続しながら、初期のエレクトロニカ・スタイルをあらためて加味すべきである。何故なら、YLNWの輝きはこの1枚に限ったことではないのだ。

Zinc - ele-king

 DJジンクは彼がハウスに回帰した理由について語る。「初期のジャングルというのは、ハウスと同じエネルギーを持っていた。同じテンポで、同じエレメンツだった」――昨年の7月28日、奇しくも筆者の誕生日に『ガーディアン』はDJジンクの提唱するクラック・ハウスについての記事を掲載している。アシッド・ハウス、アンビエント・ハウス、メタル・ハウス、ラガ・ハウス、プログレッシヴ・ハウス、ディープ・ハウス、ファンキー・ハウス、テック・ハウス、ミニマル・ハウス、マイクロ・ハウス、エレクトロ・ハウス、フィジット・ハウス......、そしてクラック・ハウス。まあ、なにはともあれ、ドラムンベース界のパイオニアのひとりがハウスに向かったとは興味深い話だ。

 DJジンクといえば、ジャンプ・アップ・ジャングルのアンセム"スーパー・シャープ・シュート"によって傑出した経歴を築いた人物である。が、彼は2007年にそのジャンルに背を向けている。そしてDJジンクは2008年を息子と一緒に過ごしながら自身が前進するための術を思案したという。そこで生まれたのがクラック・ハウスである。DJジンクは初期のジャングルにしばしば見られたような4/4ドラム・パターンをブレイクビートにブレンドする。そのドライヴするベース音、くらくらするシンセ音、歌と陶酔、それは90年代初頭のレイヴのヴァイブを想起させる。そしてそれはプロデューサーのルーツをより鮮明にする。女性MCのノー・レイを起用した彼の"サブマリンズ"や"キラサウンド"にはジャンプ・アップ・ジャングルと同じようなエネルギーがあるのだ。彼は彼がかつて恋したハウスというルーツに立ち返ってジャングルを再発見したのである――と同紙は記している。

 で、まあ本当にその通りなのだよ、これが。昨年末にリリースされた10トラック入りの『クラック・ハウスe.p.』は90年~91年あたりのレイヴ・サウンドの現代版だと言える。これはノスタルジーから来たというわけではない。同紙の取材で、ジンクはこの再発見の契機となったのがスウィッチとシンデンだったことを明かしている。フィジット・ハウスのベースラインがジンクを20年前の倉庫の熱狂へと導いたというのだ。また、同紙でジンクはダブステップへの複雑な気持ちも告白している(UKガラージがドラムンベースを食ってしまうかと心配されたが、むしろ現在はダブステップに有能な新人が持っていかれている――そうだ)。いずれにしてもUKダンス・カルチャーの競争意識、しのぎ合いが新しいスタイルと新しい呼称を生み出しているわけだ。クラック・ハウスはたしかに面白い。シンプルな4つ打ちとベースラインの絡みにしても、ヴォイス・サンプリングにしても、レイドバックしているというよりもダンス・サウンドとしての説得力の強さを感じる。もちろんでっかい倉庫で浴びるように聴きたいけれど、家で流しているだけでも気分は良い。

 さて、2010年はUKファンキーの年だと言われているけれど本当にそうなるのだろうか。だが、その前にまだまだダブステップの快進撃も続きそうだ。スキューバのセカンド・アルバムも良かったし......。

Various - ele-king

 それは最近ではダブステップ系に顕著だ。決定的だったブリアルの"アーチャンジェル"をはじめ、コード9の"タイム・パトロール"やピンチの"ゲット・アップ"......グイードやジョーカーあたりもそうだろう。あるいはJ・ディラ以降のヒップホップではフライング・ロータスの"ロバータフラック"やエグザイルの"チューンド"、あるいはインディ・ロックにおいてはザ・XXの"ベーシック・スペース"......ここ数年、ソウル・ミュージックの急進派が開拓するある領域をポスト・R&Bと括ることができるのなら、ハウス・ミュージックのコンテキストでそれをやっているのがケニー・ディクソン・ジュニアと彼の〈マホガニー・ミュージック〉だと言える。彼が2008年末と2009年初頭に発表した2枚のアルバム『デトロイト・ライオット'67』と『アナザ・ブラック・サンデー』はまさにその最新版である。

 もっともケニー・ディクソン・ジュニアと彼の〈マホガニー・ミュージック〉は、コード9やフライング・ロータスのような進歩派のコスモポリタンな感性とはまた違ったベクトルを持つ。ディクソン・ジュアニの面白さは、例えば1970年代当時に進歩的な黒人から批判されたブラックスプロイテーションを積極的に引用して、あるいはそのヴィジュアルや言葉遣いにおいてステロタイプの黒人像をむしろ自ら弄ぶところにある。彼にはブラック・ナショナリスト的な側面が大いにあるけれど、だがそれは、アフリカ回帰のような正当派とも違った奇妙なねじくれ方をしているのだ。彼はまるで......黒人にとってのよい子の教科書をひっくり返し、同時にそれをサポートする白人のリベラル派を牽制するかのようだ。あるいは......僕は、極度にエフェクトがかけられ街の亡霊のうめき声にしか聴こえないR&Bヴォーカルが繰り返されるブリアルの"アーチャンジェル"をこのジャンルにおける最高のクラシックだと思っているひとりだが、ディクソン・ジュアニのポスト・R&Bは、60年代や70年代の亡霊があたかも本当に彼に取り憑いているように聴こえる。

 ここに紹介するレーベル・コンピレーション『マホガニー・ミュージック』は2005年に発売されたものだが、あっという間に完売し、この度嬉しいことに再プレスされたので取り上げる。今年に入ってセカンド・アルバム『II』を発表したアンドレスやランドルフ、ピラーナヘッドといった面々の他に当時ディクソン・ジュアニと関わりのあったUKの〈ピースフロッグ〉周辺のプロデューサー(チャールズ・ウェブスターなど)のトラックも収録されている。また、CDは2枚組となっていて、もう1枚のほうはデトロイトの女性シンガー、ニッキー・O(『アナザ・ブラック・サンデー』の最後の曲"リクティファイ"でも歌っている)のソロ・アルバムとなっている。

 マリク・アルストン、ジェソン・ホガンズ、そしてジョン・アーノルドら"ビートダウン"系による"イン・ア・ベター・ウェイ"はミニマルなダブの効果を取り入れて、ヒプノティックなソウルを響かせる。そして、人びと(黒人たち)のざわめきからパーカッションによるイントロへと続くという、いわばマホガニー・ミュージック・スタイルによるドウェイン・モーガンの"エヴリシング"へと滑らかに移行する。ピラーナヘッドがスローなファンクで決めれば、UK出身のベテラン、チャールズ・ウェブスターはメランコリックなギターとアンビエントをブレンドする。ロベルタ・スウィードとディクソン・ジュアニのふたりによるピッチ・ブラック・シティが気怠い深夜のジャジー・ハウス"ランナウェイ"(名曲!)で酩酊すれば、アンドレスは先日発表した自身のアルバムに収録した"ステップ・パターン"で夜霧のなかを彷徨する。そしてもう1枚のCDでは、ニッキー・Oが場末のクラブへと連れて行く。

 いずれにしても、この、例によって挑発的なまでに"黒い"音楽の背後でコンダクトを振っているのはディクソン・ジュアニだ。彼はそして、巷に氾濫する"ディープ"という決まり文句(ボンゴ、ブルース・コード、チャント等々のレトリックから成る、とりあえずブルージーな雰囲気)をあざ笑うかのように、スモーキー・ヴォイスをマイクに吹きかけるってわけだ。

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