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Pantha du Prince

Pantha du Prince

Black Noise

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橋元優歩   Mar 16,2010 UP
E王

 これは、定家だ。注意深く選られたベルの音の連なり、これは新古今の昔、かの貴人の袖に降りかかったあの粉雪に違いない。グリューエン・フィア名義でも活動するドイツのプロデューサー、ヘンドリク・ウェーバーの、パンタ・デュ・プランス名義では3作目となるアルバム『ブラック・ノイズ』。これを聴いていると新古今時代随一の美学家、藤原定家が流転の果てにミニマル・ハウス界に生まれ落ちたのではないかと想像が止まない。
 彼の特徴はその叙情性にある。抑制のきいたミニマルなトラックが基調となってはいるが、強く情緒に働きかける彼独特のシンセ使いが、薄氷のようにその上を覆う。だが、「叙情」ということに関してはいくら注意を払っても払いすぎるということはない。さじ加減ひとつでウザくなるイタくなる、重たくなる。叙情というのはじつにやっかいだ。定家はどうしたのか。定家は叙情に集まる力を優美に分散させた。叙情のフラグメンツが一首全体にちらちらと降りかかる。ウェーバーも同様である。叙情がメロディという形に固着する前に、分散させてしまう。どことなくアンビエントな雰囲気を帯びているのは、そうしたメロディの亡霊が漂っているからだろう。

 本作は、地滑りで壊滅してしまったアルプスの小さな村にインスピレーション得て作られたという。実際にアルプスにおいてフィールド・レコーディングも試み、そこで採取された音はトラックの冒頭部分で聴くことができる(これはアーノルド・ドレイブラット・トリオのヨアヒム・シュッツ、ワークショップのステファン・アブリーとともにおこなっている)。ジャケットの絵はおそらくはその悲劇の前の、いまとなっては幻想のなかにのみ存在する村を描いたものだ。まるでレクイエムのように、シロフォンやグロッケン、あるいはベルの織りなすシマーな音が、アルバム全体を統べるモチーフとなっている。冒頭のトラックのタイトルが"レイ・イン・ア・シマー"。他にも"ザ・スプレンダー"や"ビハインド・ザ・スターズ"など、いずれも光を想起させる。冷たく澄んだ金属の音が複雑に綾を成して響きつづける。そして底のほうで暗く冷たく刻まれる、(ブリーピーな......と言うんだろうか?)ベース・ライン。災害前の美しく調和のとれた風景と、痛ましい破壊の跡とが渾然として浮かび、消えていく。現世において美など成立不可能、それが可能なのは過去か、まさに壊れゆかんとするもののなかにしかない......もしかすると彼にはこのようなイデアがあるのかもしれない。

 「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」藤原定家

「花」「紅葉」という絢爛なイメージを振りまきながら、それを「なかりけり」とする、戦慄するような打ち消し。後に残るのは滅びと寂寥と硬質な叙情。「花」「紅葉」のきらびやかな美は冷たい幻影となる。のちの人びとは彼の世界を「幽玄」と呼んだが、恐ろしい美意識だ。私はウェーバーの構築する音やビートに、どうしてもこの「幽玄」を聴き取らずにいられない。

 音を離れたことで言えば、本作は〈ラフ・トレード〉から初となるリリースである。リリースされるや『ピッチフォーク』をはじめとするロック寄りのメディアが賛辞を送っている。アニマル・コレクティヴのパンダ・ベアはヴォーカルとして参加(スティック・トゥ・マイ・サイド)、LCDサウンドシステムやチック・チック・チックで活躍するタイラー・ポープもベースで参加している(スプレンダー)。インディ・ロック・シーンまでも巻き込んで、より大きな文脈で彼を評価することができるようになったわけだ。
 たしかに聴いているとジャンルの概念をまたいで、どこか都現美あたりで大規模なインスタレーションでも眺めているような気持ちになる。古巣である独〈ダイアル・レコーズ〉からは、新しい音源のリリースも控えているようだが、いままで彼の音を耳にすることのなかった層と交わりながら、それを意識することで新たな展開が生まれれば素晴らしい。
 ちなみに当該トラックのパンダベアは、他では耳にしたことがないほどセクシーなヴォーカルを聴かせている。彼のなかにこのようにリニアな旋律を求めることは、少なくともアニマル・コレクティヴにおいては難しいだろう。

橋元優歩