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Tofubeats × Para One - ele-king


Tofubeats - First Album
ワーナーミュージック・ジャパン

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Tofubeats - lost decade
tofubeats

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 初のメジャー・デビュー・アルバム『First Album』をリリースし、12月にはツアーファイナルを迎えるtofubeats。あまりにも語ることの多いこのアルバムだが、そのなかで2枚組での限界価格という「お得感」にもこだわりを見せた彼に倣って、ele-kingでは新譜発売時に掲載したロング・インタヴューの「ボーナス・トラック」をお届けしよう。2013年9月に発売された弊誌『ele-king vol.13』(通称「tofubeats表紙号」)に収録された、tofubeats×パラ・ワン(Para One)対談をウェブでも公開! メジャー契約直前、環境が大きく変わろうとしているなかでtofubeatsが考えていたこと、そしてヒップホップとエレクトロニック・ミュージックとの接合点でラディカルな活動を見せ、90年代半ばのフランスのシーンをリードしたTTCのプロデュースでも知られるマルチ・クリエイター、パラ・ワンとの対話から見えてくる、彼の若きリスナー遍歴。


■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。
くるりをはじめとしたさまざまなアーティストのリミックスや、アイドル、CM等への楽曲提供などプロデューサーとして活躍の場を広げる他方、数多くのフェスやイヴェントにも出演、2013年にはアルバム『lost decade』をリリースする。同年〈ワーナーミュージック・ジャパン〉とサインし、森高千里らをゲストに迎えたEP「Don't Stop The Music」、藤井隆を迎えた「ディスコの神様 feat.藤井隆」といった話題盤を経て、2014年10月、メジャー・ファースト・フルとなる『First Album』を発表。先のふたりの他、新井ひとみ(東京女子流)、okadada、の子(神聖かまってちゃん)、PES(RIP SLYME)、BONNIE PINK、LIZ(MAD DECENT)、lyrical schoolら豪華なゲスト・アーティストを招いている。


他の人が用いる方法については、イミテーションじゃなくてちゃんとアンダースタンドしなければやらない。(tofubeats)

トーフくんは浜崎あゆみのリミックスではじめてパラ・ワンを知ったといっていましたね。

tofubeats(以下T):TTC(テテセ)のセカンドのほうが先だったんですが、その後myspaceであのリミックスを聴いて、「この曲をこうすればクラブ・ミュージックになるのか」っていう手法的な発見がありました。こんなふうにすれば、いまの自分をブレさせずにヒップホップから違うところへ行けるんじゃないかって。高校2年くらいのときのことですかね。

浜崎あゆみは日本のポップ・シンガーですけれども、そうしたアーティストのリミックスをパラ・ワンがやるというのは、TTCから聴いていたリスナーからすれば意外なものでもありました。ですがその結びつきによって、ヒップホップのシーンで窮屈な思いをしていたトーフくんはジャンルの檻から自由になったと。これについて何か思うところはありますか?

パラ・ワン(以下P):正直に言ってあのときはとても緊張していたんだ。ただ音楽家としては、TTCもそうだけれども、全然違う文脈のものの間にコネクションを作っていくという仕事をしているつもりだから、トーフビーツくんが違和感なくインスパイアされたと言ってくれるのはすごくうれしく思うよ。

「違う文脈のものの間に……」というのはトーフくんの活動と重なるところがあるよね。

T:そこからの影響が大きいんですよ。毎回自分のスタイルをリセットして変えていっていいんだって。

逆に、スタイルを変化させることにこだわりがあったりはしますか? ダンス・ミュージックにとってはモードに対応していくのもすごく大切なものだと思いますが。

P:つねに変わっていくべきだというスタンスでやっているわけではないけれど、ダンス・ミュージック自体は若者の音楽だと思っているから、ある一面においてはそれはサヴァイヴァル精神でもあるよ。柔軟でいなければダメだし、新しくて良いものは自分なりに消化しなきゃいけない。ただ、刺激的なアーティストに会ったりしてみても、その影響を自分の音として出力するには時間がかかるんだけどね。

気に入ったアーティストに話をきいてみたりするんですか?

P:曲作り自体が呼吸のようなもので、息を出しきったら吸わなきゃいけない。スタジオにこもりきりだとエゴを吐き出すばっかりで吸収がないよね。だからツアーをしたり人に会ったりインタヴューを読んだりするのは吸収と消化のチャンスだととらえているよ。

トーフくんのアルバムも曲によってアプローチが違うわけだけど、リスナーとして新しい音を聴いて、それをいかに自分流に消化するかということを繰り返しているように見えるんですよね。そこにはこだわりがありますか?

T:他の人が用いる方法については、イミテーションじゃなくてちゃんとアンダースタンドしなければやらない、ってふうに自分では決めています。新しいジャンルに取り組むにても「それっぽいもの」に終始してしまいたくはないですね。いまベッドのスプリング音がすごい流行っているみたいなんですよ。でもそういうものをいま日本でやることにどんな意味があるのかっていうところから、僕はきっちり考えますよ。今回パラ・ワンのリミックスにあたって、僕は炭酸飲料を開ける音を多用しているんですが、それも同様です。自分のなかでちゃんとボーダーを引いて、他人にわかってもらえなくてもいいけど他人に説明できるくらいにそれをやる意味を理解してなければ、やらない。

10年くらい前にTTCにインタヴューしたとき、テキは、サウスのラップがすごくおもしろいんだけど、それをいかに自分のスタイルとして消化するのかが大切だと言っていたんです。彼らには表面的なイミテートを良しとしないスタイルが一貫してあったことを思い出しました。

P:セカンド・アルバムを作っているときには魔法のような瞬間があった。みんなの関わり方やジャケットのアートワーク、いろいろなことを含めて、そのときその場所に魔法のように重なって、あるべきものであるべきものを作ることができたという感覚を持っています。原点になっているのはあのセカンドの頃だね。

T:当時とても未来っぽく感じました。アートワークにしてもほんとにブローされたものだと思った。高校生が聴くにはヤバすぎましたね(笑)。

P:ははは。

トーフくんの表現がヒップホップからダンス・ミュージックに広がっていったというのも、まさにTTCと同じですね。

T:そうそう! 「こんなことやれたらいいな」が全部ある、みたいな。日本だと、そういうことを迂闊にやると「ジャズをサンプリングしろ」みたいに言われる時代だったんですよ。まだまだヒップホップ後進国で、シーンのなかにいまのカニエの新譜みたいなアプローチを良しと言えるような人がほとんどいなかった。

P:僕自身ももともとはジャズやソウルなんかをサンプリングしたヒップホップをやっていて、DJプレミアとかピート・ロックとかを目指していたんだよね。DJメディに憧れたりもしたけど、TTCに出会って「お前は未来がわかってない」と言われてね(笑)。いまじゃなくてこれから最高と呼ばれるものをやれって。それで考え直したんだ。

トーフくんも、ジャズをサンプリングしろって言ってくるような人よりは、よっぽど自分のほうがフューチャリスティックだしオーセンティックだしって思ってるんじゃないですか?

T:ほんとそう思ってますよ! ただ、言ったら角が立つと思って黙っているだけです(笑)。いまのお話で勇気づけられました。これで間違ってないんだって。

P:TTCも最初は嫌われていて、僕自身も友だちから「これとにかくひどいから聴いてみて」って言われて彼らを聴かされたんだ。だけど僕はこれヤバいじゃんって思って。フランスのすごくコンサバな家庭に育ったものだから、ああいう音を聴いて前向きに進んでいく気持ちが湧いてきたんだ。だからヒップホップかそうじゃないかということは気にせずに前進していくのがいいんじゃないかな。斬新さしかないんじゃないかと思うよ。名盤はつねに新しいものだったからね。

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TTCのころから思っていることでもあるけど、ルールを壊すか、ルールを持たないのがルールなのかもね。(パラ・ワン)

パラ・ワンさんはTTCの1枚めから2枚めにいたるまでに、彼らとのディスカッションを通して築いたものが下地になっているということでしたが、トーフくんはどうですか? 仲間とのディスカッションから何かを得ることは?

T:それはもちろんあります。シーパンク論争とかね。僕がシーパンク的なものをあんまり用いなかったのは、みんなとのディスカッションのなかで「アンダースタンド」までいかなかったからです。でも教わったり教えたりっていうコミュニケーションはすごく普通にとっているし、とりたいですね。

では、DJやトラックメイカーとして自分のスタイルに取り入れるまでではないにしても、いま興味を持っている音楽やジャンルがあれば教えてください。

P:イギリスのシーンはいまおもしろいんじゃないかな。レーベルに注目して聴いているよ。〈ナンバーズ〉っていうレーベルのソフィってアーティストがパリでやったときは、イタロ・ディスコとR&Bとテクノと、ちょっと未来的なポップの要素が混ざっていて、すごくおもしろいことをやってるなって思った。あとは〈ラッキーミー〉。UKのシーンにはいま、ベースから流れてきたちょっとドロドロしたモードがあるんだけど、それに対してもうちょっとクリアな感じの音の要素がある。あと〈ナイト・スラッグス〉は近すぎて客観的に見れない部分はあるけれども、オーナーがダンス・フロアにヘンなシチュエーションを作ろうとがんばっているようなところがいいよね。

T:〈ナンバーズ〉は知らなかったけど、他はもちろん僕も気にしているレーベルばっかりですね。〈ラッキーミー〉なんかは、日本のビートメーカーはみんなチェックしていますよ。あとは、もともとディスコも好きなんですが、ちょっとレトロなものがUSから出てきてますね。ただ、みんなすぐディプロに見つかっちゃう!

なるほど。ところで、“リーン・オン・ミー”のMVですが、あのセンチメンタルなイメージも、まさにトーフくんと近いセンスを感じました。いかがですか?

T:あれはなんか、やったーって思いましたよ。そのあとに“エヴリィ・リトル・シング”のピッチフォーク・ヴァージョンが出て、個人的にはあのアルバムが“リーン~”のヴィジュアルで固まっちゃっていたので、すごく違和感を覚えました。

P:だからアンオフィシャルなんだけどね。

T:そう、そうなんだと思いました。だけど、逆に日本人の俺から見てあれがすごくしっくりきちゃったことに悔しさも感じましたけどね。行間の表現がすごく日本的だし。

男の子と女の子の距離感とかね。なぜああいうMVを? なぜ日本が舞台だったんです?

P:“エヴリィ・リトル・シング”のほうは、知り合いが勝手にやっちゃったもので、まあ、見て見ぬふりです(笑)。“リーン・オン・ミー”はすごくまよった。音楽は音楽、映画は映画、気持ちを伝えるものとしては分けて考えているんだ。ドローンを聴きながら3日間くらい悩んだんだよ。そしたら東京のイメージが頭に浮かんできた。2012年だったかな。ネットでも何でもシニカルな表現が多いような気がしていたから、絶対にそうじゃないもので、かつ冗談ぽいものでもないことをやらなくちゃっていう思いはあったんだ。そしてシンプルに気持ちが伝わるもの。ちょうど桜の季節だったから、自然のなかで起きている新しいこととともに新しい気持ちが生まれる瞬間を見ることができるんじゃないかと考えてね。

この機会にお互いに訊いてみたいことはありますか?

T:さっき学校っておっしゃってましたけど、レーベルをやるにあたって心がけていることはありますか?

P:TTCのころから思っていることでもあるけど、ルールを壊すか、ルールを持たないのがルールなのかもね。レーベルがダメになるのって大抵の場合は齢をとって若い人間を受け入れられなくなっていくことに原因がある。それに、子どもらしく興味を持っていろんなものを楽しめたらいいなと思うから、オープンマインドということも心がけているかな。あなたはどう? あなたはどこを目指していて、どんなものを消化しようとしているところなの?

T:僕はついこの間メジャーと契約して、セールスを出さなきゃいけないアーティストになったわけです。ポップスとして、クラブ・リスナーとかではない人にも届けられないと契約が切れてしまう。自分のもともとの個性とそうした事情の間で悩んでいる時期ですね。それから、その傍らで日本のアイドルに曲を書いたりしていくことにもなると思いますが、そこに〈マーブル〉とかから受けている影響をどういうふうに落とし込んでいくか。海外の人たちにも「日本のポップがなんかヤバいぞ」って思われるようなところまでどうもっていくか。それが課題ですね。

補足すると、日本ではダンス・ミュージックがポピュラーではないんですよ。

T:それから、森高千里とか松田聖子のよさって海外の人に伝えるのは難しいかもしれないけど、ちゃんとしたハイブリッドなものを作れば、Jポップの良さを世界に説明することができると思う。まずは自分がちゃんとセールスを作って、なおかつ海外のレーベルに対しても納得させられるようなある程度のラインを作る、そういうコンテクストを作っていくことができるかどうかという挑戦ですね。そのためには〈マルチネ〉のような存在も必要だと思っています。

P:エキサイティングな話だね。でも、冗談抜きでできると思うよ。

T:あなたにまた会えるように、がんばりますよ。やるしかない!


Tofubeats - ele-king

 はたして自分はオリジナルなのか、それともコピーなのか、という程度の自意識くらいは持っていてほしいな、と、良くも悪くも若くて純粋なロック・バンドを見ていると思う。筆者がtofubeatsや大森靖子の生み出す音楽に惹かれるのは、結局のところ、彼ら・彼女らが自らのことを「オリジナルを持たない曖昧なコピー」として認識することから出発しているアーティストだからである。より正確に言うなら、「自分が曖昧なコピーであることにわざわざ自己言及せずにはいられないアーティストだから」だ。世代で括っていいのなら、そこには世代的なレベルでの共感がある。
 一方、こちらは「中の人」の素顔を知らないので世代の話は保留するが、〈粗悪興業〉による一連のリリースが、ポップ・アートの古典「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」(1956)のオマージュになっているのも象徴的である。同作をもって「もし室内の床の上にあるテープレコーダーをパソコンにおきかえてよければ、今日のわれわれの日常そのものであろう」と評したのは美術史学者の前田富士男だが、まさにそれを具現化したようなアートワークを持つsoakubeatsのアルバムにはなんと、『Never Pay 4 Music』というタイトルが付いていたのだった!

 ここに通底するのは、いわゆる「貧しい芸術」の表現態度、つまり「あるもので間に合わせる」感性である。いや、正確には「あるもので間に合わせざるを得ない」環境だろうか。彼らはその行為を徹底的に突き詰めることによって、逆説的に、では彼ら・彼女らの手の中にはいったい「何ならあるのか」「何しかないのか」をレペゼンした。彼ら・彼女らにとってはそれがたまたまパソコンであり、インターネットであり、ハードオフであり、TSUTAYAさんであり、コピーされる音楽であり、それを焼くための安っぽいCD-Rだったのだろう。もちろん、こうした感性がVaporwaveとも完全にシンクロしていたのは言うまでもないし、本作にの子がヴォーカルとして参加している神聖かまってちゃんも同様だ。
 90年代以降の芸術を変革させたシミュレーショニズムの手法を、単なる「コピペ」という身体性で学んだ彼ら・彼女らが、表現者という、建前としては「オリジナル」の供給を迫られる立場に立ったときのプレッシャーを筆者はよく想像する。「学校に先生はいなかったでしょ」「オリジナルなんてどこにもないでしょ」と、大森靖子が炎上を覚悟して綴った言葉を実際に歌にするときの、微かな声の震え。あるいは、もろに弾き直しなフレーズをトレードマークにした“水星”でブレイクスルーしてしまったtofubeatsが、メジャーからのデビュー・アルバムをリリースするときにアップする全曲試聴とインスト盤。結局のところ、僕を感動させたのは彼ら・彼女らのそうした小さな戦争である。

 これは自戒だが、そうであるからこそ、作品そのものではなく、彼ら・彼女らの周囲で起きる事件/出来事に関心のウェイトを移してしまうのはリスナーが注意すべき落とし穴かもしれない。ちょうどそんなことを考えていたとき、Zeebraのこんなツイートが話題になっていた。「世の中には『人の知らないモノ好き』が沢山居る。彼らはその鋭い感性と情報収集能力で新しいモノを探す。ただ、あくまでも『人の知らないモノ』が好きなので、それが流行ると嫌になる…。こういうタイプのファンが多いアーティストは細々とやっていくしかなくなる。」(2014年11月27日投稿)
 もちろん、メジャーに進出したtofubeatsを含む上記のアーティストたちは、こうしたことがあり得る時代に音楽をやっていることをむしろ誰よりも理解しているだろうし、だからこそ、彼ら・彼女らは半ば実験と位置づけるような格好でメジャー・シーンへと参入していったのではないか。そして、その複雑な実験系の中で己を見失わないために、「芸術とは何か」という問いそれ自体を芸術とするのだと思う。あるいは、「音楽とは何か」という問いそれ自体を音楽とする。それは自意識の泥沼だが、そこを避ける道はないのだ。そして、tofubeatsの『First Album』はまさに、「ファースト・アルバムとは何か」という問いそれ自体をアルバムにしたようなファースト・アルバムとなった。

 まずおもしろいのは、このアルバムが「オリジナル・アルバムなのにリミックス・アルバムでもある」という性格を持っていることだ。“poolside”のようなお馴染みのラップ・チューンもRIP SLYMEのPESを招いてよりポップでアーバンに、先行シングル“Don’t Stop The Music”もより使いやすくすべく(?)、長めのイントロを用意してリアレンジされている。「本当は全部アルバム・ヴァージョンにしたかったんです」という発言にはさすがにちょっと気前が良すぎるのでは、という気がしないでもないが、オリジナル・ミックスという概念を曖昧に放棄してしまう彼の大胆さは、ハウス・ミュージックの伝統やサウンドクラウドのスピード感を意識してのことだろうか。
 中でも、“朝が来るまで終わる事の無いダンスを”という“水星”と双璧を張るキラー・トラックは、《2012mix》という一つの完成形があるにも関わらず、“Don’t Stop The Music”と呼応させるべく、さらに積極的な改変が行われている(ちなみにこの曲の歌詞の具体的な内容については、筆者もインタヴュアーとして参加した磯部涼編『新しい音楽とことば』に詳しいので参照されたい)。こうなると、“おしえて検索”のアルバム・ヴァージョンも聴いてみたかったと言いたいところだが、他方、アブストラクトなジャージー・クラブである“Populuxe”や、さながらD/P/Iのジャージー・クラブ・リミックスのような“content ID”が耳をクールに楽しませてくれる。

 そういえば、目下大躍進中のプロデューサー、デビュー作『ゼン』も素晴らしかったアルカへの取材が紙版『ele-king vol.15』に掲載される予定なのだが、彼はそこであるJ-POPの女性シンガーの名前をお気に入りとして挙げている。というのは、まあ、ここでは余談だが、筆者は不躾にも「以前よりもミュージシャンが音楽から金銭的な利益を生むことが難しくなったと思いますか?」などという質問をぶつけたのだった。彼の回答はドライといえばドライだったが、そのくらいの危機意識と現状認識はtofubeatsや、彼と同世代のミュージシャンはニュートラルに持っているだろう、とも思った。だからこそ、ゴージャスなゲストに囲まれつつも、tofubeatsは無邪気に浮かれてはいない。
 たとえば、人気曲“No.1”系統のメロウな新作“衣替え”は本当にいい曲だ。とくに、頭12秒付近にあえて録音されているMPCのスイッチを弾く音(?)を合図に、リスナーがこのイントロにうっすらとしたノイズが被っていることに気付く仕掛けには思わず微笑を漏らした。これはおそらく、dj newtownの作曲工程を再現するかのようなメタ・レコーディングとして準備されたものなのだろう。そのノイズが次第に晴れ、音がクリアに立ちあがり、dj newtownはメジャー契約アーティストたるtofubeatsとなり、プロデューサーとしてあのBONNIE PINKをヴォーカルに迎える。『First Album』でもっとも感動的な瞬間といえば、夢が現実となっていく、この瞬間だ。

 「お金がないなりに数を聴こうとしたら必然的にハードオフに並ぶJ-POPになった」という主旨の、tofubeatsの発言が好きだ。筆者も同じような理由で、ロックのクラシックスを山ほどレンタルし、ヒップホップのミクステを山ほど落とし、現行のエクスペリメンタルを0~5ドルくらいで買い漁っている。そして、そういうリスナーがたくさんいることを知っている。『First Album』は、つまり、ただ単に「あるもので間に合わせる」というdj newtownの適応能力が、いや、この国の豊かな貧しさが生んだ、どこかで聴いたことがあるのに絶対に聴いたことがない、J-POPの最適解という幻の対岸(=プールサイド)を探すためのサウンドトラックだ。

磯部涼監修 - ele-king

 「Jポップの歌詞、翼広げ過ぎだろ」「瞳閉じ過ぎじゃね?」――。Jポップ歌詞の「劣化」が叫ばれるようになって久しい。音楽通のele-king読者であれば、「その通り!」と相づちを打ちたくなるところかもしれない。ところが、本書の編著者・磯部涼は、そんな見方に疑問を呈する。
 「決して最近の歌詞がつまらなくなったわけではなく、社会のリアリティが変容するとともに、歌詞が持つリアリティも変容し、ついていけなくなった人がいるにすぎないのではないか」
 そう、歌詞は劣化などしていない。演歌や歌謡曲の全盛期から、陳腐な歌詞やストレートな表現はいくらでもあった。むしろ変わったのは、つくり手よりも受け手の意識だ。
 芸人マキタスポーツの言葉を借りれば、いまや世は「1億総ツッコミ時代」である。ネットの普及で誰もが気軽に批評を発表できるようになり、ツッコミや批判が可視化されやすくなった。難しい音楽理論はわからないという人でも、歌詞になら注文をつけやすい。かくして、「歌詞の劣化」は定説となり、紋切り型批判それ自体が紋切り型化していった。
 本書は、電気グルーヴの石野卓球やアジアン・カンフー・ジェネレーションの後藤正文ら13人の音楽家へのインタビューを通じて、「新しい音楽とことば」を読み解き、その可能性を探る一冊だ。表層的な批判の向こうに広がる、豊穣な歌詞世界を旅するためのガイドブックと言ってもいい。
 iPhoneのメールの下書きに、歌詞の種となる言葉を保存しているという大森靖子。曲のイメージをイラストに描き、そこから歌詞を膨らませていくという、神聖かまってちゃん・の子。作詞に苦吟し、「言葉を歌っていくことの九割は苦しみ」「言葉に呪われている」と吐露する七尾旅人。彼らがいかにして言葉と向き合ってきたのか、人生観もひっくるめて率直に語られていく。
 なかでも驚かされたのが、湘南乃風・若旦那の「湘南乃風と俺の歌詞のすべてのルーツは、さだまさしさんなんですよ」という意外過ぎる発言だ。ほかにも、「まさにマイルドヤンキーみたいな層に目がけて曲をつくってきた」「自分たちの精神がマイルドヤンキーだったから」なんて、え、大丈夫?と思うような言葉がポンポン飛び出す。実に刺激的である。
 石野が七尾を評価し、tofubeatsが電気グルーヴを語り、じんがアジカンに言及し、高城晶平(cero)が菊地成孔からの影響を口にする――といった具合に、歌詞をめぐって13人の相互関係が浮かび上がってくるのも興味深い。一線アーティストたちをワンテーマで横串にした、インタビュー集ならではのだいご味かもしれない。
 代表作の歌詞も掲載されているので、通して読めば、きっとJポップ悲観論者も「なんだ、面白い歌詞書いてる人、意外にいっぱいいるじゃん」と胸をなでおろすことだろう。歌は世につれ、世は歌につれ。変容する時代のリアリティを巧みに写しとった傑作詞が、きょうもどこかで生まれている。
 「翼広げ過ぎ!」と言いたがる人にこそ、ぜひ手にとってみてほしい。

Blacksmoker - ele-king

 KILLER-BONGの久しぶりの都市dubシリーズ、『Brooklyn Dub』が話題の〈ブラックスモーカー〉がこの12月大暴れする。
 12月4日(木)から7日(日)までの4日間は、リキッドルーム2Fの〈KATA〉にて、毎年恒例となっている「BLACKGALLERY」。耳(音楽)と視覚(アート)の両方から、レーベルの魅力が展開される。
 入場無料(ただし、7時からのライヴ時には、ドリンク代1000円)。ライヴ・ペインティング、KILLER-BONGの作品をはじめとする、13人のアーティストの作品を展示。展示アーティスト×BSRとのコラボレーションTシャツも販売している。早い者勝ちのKILLER-BONGのアート本、超希少限定3冊もあり!
 ほか、KILLER-BONGとJUBEを交えたトークショーもあり、DJもかなり良いメンツが揃っています。今年、完成度の高いアルバムをリリースしたINNER SCIENCEとか、Fumitake Tamura(BUN)とか、金曜にはLAからDADDY KEVとか、間違いないメンツでしょう!

 さらに、12月22日(休日前)には、クラブ・エイジアにて、二木が力んで「急進的なラップ×ジャズ」だと紹介している「JAZZNINO」もあります! こちらもすごいメンツが揃っている。フライング・ロータスとか言っている人は、ぜひ、遊びに行きましょう。

■BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS 「BLACKGALLERY」

2014. 12. 4. thu ~ 12. 7. sun
at KATA (LIQUIDROOM 2F)
OPEN : 15:00 SHOW TIME : 19:00
ENTRANCE FREE!
SHOW TIME ist DRINk charge 1000 yen(includ music charge)

12.4 thursday『THINK TALK pt.20』
LIVE PAINT:KLEPTOMANIAC
DJ:DJ BAKU, INNER SCIENCE, Q a.k.a Insideman, VIZZA
TALK:KILLER-BONG, JUBE, 神長(WENOD)
Talk guest:DJ BAKU & INNER SCIENCE and mo...

12.5 friday『BLACK AMBIENT』
ART PERFORMANCE:メチクロ, 河村康輔
SOUND COLLAGE:shhhhh
VJ:ROKAPENIS
GUEST DJ:DADDY KEV*
DJ:KILLER-BONG, Fumitake Tamura(BUN)

12.6 saturday『THINK TALK pt.21』
LIVE PAINT:BAKIBAKI, STONE63
DJ:OMSB, 田我流, KILLER-BONG, YAZI
TALK:KILLER-BONG, JUBE, 二木信
Talk guest 田我流 and mo...

12.7 sunday『BLACK OIL』
LIVE PAINT:POPYOIL
DJ:L?K?O, RUMI, LIL' MOFO, BLUE BERRY

BLACK WORKS:ALL DAYS 16:00-20:00
https://www.kata-gallery.net/events/black_gallery_2014/
https://www.blacksmoker.net/blackgallery/



■BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS 「JAZZNINO」
2014.12.22.mon.
at club asia
https://asia.iflyer.jp/venue/flyer/215771

ずらりと並んだ強者の出演者を見れば予測がつくだろう。ラップ×ジャズ、ELNINOじゃなくJAZZNINO。ここで言うラップとジャズは音楽的形式を意味しない。楽理やイディオムではない。詩と4ビートの出会いではない。ましてやジャンルではない。それは、自由を意味する。BLACKOPERAという総合芸術の経験が、舞台演出にも活かされるにちがいない。ジャズが現在のクラブ・ミュージックやヒップホップ、R&Bにおける重要なキーワードとして浮上する時代に、出演者たちは2014年の急進的なラップ×ジャズを体現するだろう。恐ろしくフリーキーで、クレイジーな態度で……(二木信)

open 23:00
DOOR:3000yen
ADV:2000yen
with flyer 500yen off

main floor
LIVE:
鈴木勲×タブゾンビ×KILLER-BONG
菊地成孔×大谷能生 ×OMSB
伊東篤宏×BABA×FORTUNE D
山川冬樹×JUBE
DANCE:東野祥子
DJ:
OLIVEOIL
YAZI
MASA aka Conomark
VISUAL:ROKAPENIS
ART:R領域

2F lounge
TANISHQ presents
"HABIBI TWIST♪...and tigers twist in the BLACK SMOKER
DJ:
MASAAKI HARA
INSIDEMAN a.k.a. Q
L?K?O
サラーム海上
BELLYDANCE:
TANiSHQ
SQUARE CUTZ(AYANO, MASAYO, SAKI) feat. MEGUMI& TANiSHQ
aai×EMI×NATSUMI
VJ:IROHA
SHOP:
HE?XION!
Tribal Antique

1F lounge
DJ:
ヤマベケイジ
K.E.I
JOMO
VIZZA


『音楽談義』が立体化! - ele-king

 本日発売! 一部すでに在庫が薄くなっているという情報もいただいており、申し訳ございません。紙版『ele-king』の同名人気連載(ディレクターズ・カット+追加収録大量!)が単行本化! でおなじみの『音楽談義 Music Conversations』、みなさんはもうお手に取っていただけたでしょうか。
 本書刊行を記念して、この対談が立体化。来月14日に青山ブックセンター本店さまにて著者のおふたりによるトークライヴが開催されることになりました。
 なにかと慌ただしい年末ですが、少なくともここだけは心からのんびりと過ごせる空間になるはず。おふたりといっしょに、トークと音楽を楽しみましょう。
 サイン会もあるようです。

■『音楽談義 Music Conversations』(Pヴァイン)刊行記念
保坂和志×湯浅学 トークイベント

 それぞれ小説家と音楽評論家として活躍する同学年のふたりが、おもに70~80年代のロック、ポップス、歌謡曲までを語り明かす、紙『ele-king』の同名人気連載が『音楽談義 Music Conversations』としてついに単行本化! 音楽論にして文学論であるばかりか、時代論で人生論。他の記事とは圧倒的に流れる時間の異なるこのゆったり対談は、このスピードでしか拾えない宝物のような言葉と発見とにあふれています。今回はその番外出張版トークイヴェント! 雑誌のほうでは毎度紙幅の都合で泣く泣くカットする部分もありますが、
イヴェントとこの新刊(保坂氏ゆかりの山梨での出張対談を含め、8時間におよぶ追加対談を含めた充実の内容!)はそんな部分もばっちり収録のディレクターズカット版。
このふたりにしか出せないグルーヴを堪能してください!

■概要

日時
2014年 12月 14日 (日)
開場 14:30~
開始 15:00~

料金
1,080円(税込)

定員
110名様

会場
本店 大教室

お問合せ先
青山ブックセンター 本店
03-5485-5511 (10:00~22:00)
ウェブサイト https://www.aoyamabc.jp/event/hosaka-yuasa/

■著者紹介

保坂和志(ほさか・かずし)
1956年山梨県生まれ。90年『プレーンソング』でデビュー。93年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、95年『この人の閾(いき)』で芥川賞、97年『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞、平林たい子文学賞を受賞。著書に『カンバセーション・ピース』『小説修業』(小島信夫との共著)『書きあぐねている人のための小説入門』『小説の自由』『小説の誕生』『小説、世界の奏でる音楽』『カフカ式練習帳』『考える練習』など。2013年『未明の闘争』で野間文芸賞受賞。近刊に『朝露通信』。

湯浅学(ゆあさ・まなぶ)
1957年神奈川県生まれ。著書に『音海』『音山』『人情山脈の逆襲』『嗚呼、名盤』『あなのかなたに』『音楽が降りてくる』『音楽を迎えにゆく』『アナログ・ミステリー・ツアー 世界のビートルズ1962-1966』『~1967-1970』『ボブ・ディラン ロックの精霊』(岩波新書)など。「幻の名盤解放同盟」常務。バンド「湯浅湾」リーダーとして『港』『砂潮』など。近刊に『ミュージック・マガジン』誌の連載をまとめた『てなもんやSUN RA伝 音盤でたどる土星から来たジャズ偉人の歩み』(ele-king books)がある。

■書籍情報


Amazon

『音楽談義 Music Conversations』

70年代、僕たちは何を聴いていただろう。
ボブ・ディラン、レッド・ツェッペリンから、歌謡曲、フォーク、ジャズまで! 保坂和志と湯浅学が語りつくす。

レコードへの偏愛を語り、風景が立ち上がる。
小説家、保坂和志。音楽評論家、湯浅学。同学年のふたりが語るフォーク、ロック、ジャズ。音楽メディアでも文芸誌でも絶対に読めない、自由奔放な音楽談義。

著:保坂和志・湯浅学
発売日:2014年11月28日
四六判、ソフトカバー、全256頁
定価:本体1,800円(税別)
ele-king:https://www.ele-king.net


音楽談義 Music Conversations - ele-king

保坂和志と湯浅学。それぞれ小説家と音楽評論家として活躍する同学年のふたりが、おもに70~80年代のロック、ポップス、歌謡曲までを語り明かす、紙『ele-king』の同名人気連載がついに単行本化! 音楽論にして文学論であるばかりか、時代論で人生論。他の記事とは圧倒的に流れる時間の異なるこのゆったり対談は、このスピードでしか拾えない宝物のような言葉と発見とにあふれています。毎度紙幅の都合で泣く泣くカットする部分もありますが、本書はそんな部分もばっちり収録のディレクターズカット版。保坂氏ゆかりの山梨での出張対談を含め、8時間におよぶ追加対談を含めた充実の内容。

このふたりにしか出せないグルーヴを堪能してください!

ハリー・ポッターが左翼って本当? - ele-king

ハリー・ポッターが左翼って本当?

12人の英国人セレブの人生を通して、
政治リセットの現代に「左翼の意味を問う」。

保育士にして英国のいまを見つめる“ゴシップ”・ライター、
ブレイディ・みかこによる待望の新刊!

Mrビーン、映画監督ケン・ローチやダニー・ボイル、元ハッピー・マンデーズのベズ、元スミスのモリッシー、ビリー・ブラッグ等々……
英国大衆文化はかくも「左翼」がお好き。しかし、では、何故に?

UK在住の日本人女性ライターが、12人の英国人セレブの人生を通して、
政治リセットの現代に「左翼の意味を問う」書き下ろし痛快エッセイ!

■目次
1945年のスピリットを現代に伝える映画界の大御所──ケン・ローチ(映画監督)
モリッシー、ザ・クラッシュ&ハリー・ポッター──J・K・ローリング(作家)
言論の自由とMrビーン──ローワン・アトキンソン(コメディアン・俳優)
マラカスとリアリティー党──ベス(元ハッピー・マンデーズ)
LGBT界のゆるキャラ大御所──イアン・マッケラン(俳優)
セックス、ドラッグ&ポリティクスを地で行く革命のアジテーター─ラッセル・ブランド(コメディアン・俳優)
左右にゆれるポリティカル系炎上セレブ──モリッシー(ミュージシャン)
地域コミュニティーのパワーを信じるジャズ・ウォリアー──コートニー・パイン(ミュージシャン)
神父になりたかった映画監督──ダニー・ボイル(映画監督)
大人のナショナリズムの必要性を説くシンガー・ソングライター・アクティヴィスト──ビリー・ブラッグ(ミュージシャン)
チャヴ愛に燃える女性パンク・ライター──ジュリー・バーチル(作家/批評家)
黒人であることとゲイであること。そしてフットボール選手でもあること──ジャスティン・ファシャヌ(元フットボーラー)

■ブレイディみかこ  Brady Mikako
1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。一児の母、保育士、ライター。2013年に刊行された著書『アナキズム・イン・ザ・UK ──壊れた英国とパンク保育』は話題を呼び、ロングセラーに。

■ザ・レフト──UK左翼セレブ列伝

ブレイディみかこ 著

本体1,800+税
B6判 224ページ
2014年12月10日発売
ISBN:978-4-907276-26-3
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interview with Untold - ele-king


Untold
Black Light Spiral

Hemlock Recordings / Beat Records

TechnoIndustrialBass

Tower HMV Amazon iTunes

 目にしたのはもう何年も前なのだが、スガシカオが起用された転職サービスの広告がなぜかいまも記憶に残っている。彼はもともとサラリーマンで、上司に職場に残るように強く望まれたらしいが、ミュージシャンの道を選んだ。同じようにサラリーマンからダブステッパーへと転職したアントールドの話を聴いているとき、どういうわけかこの広告のことが頭に浮かんだ。
 アントールドことジャック・ダニングは2009年に〈ヘッスル・オーディオ〉発表された衝撃的なトラック“アナコンダ”で知られようになる。ベースの上でキックが連打され、鳥の鳴き声のようなウワモノが宙を舞う。彼の楽曲とレーベル〈へムロック〉は、当時のダブステップ・シーンのなかではまさに「奇想天外」な存在で、その後のポスト・ダブステップの到来を予感させた。
 そもそもダニングは〈ブルー・ノート〉での〈メタルヘッズ〉のパーティに郊外から通っていたドラムンベースのヘッズ少年だった。ラッキーなことに、今回の取材時に彼といっしょに東京のレコード屋さんを巡る機会を得たのだが、昔買い逃した〈ジャングル・ウォーフェア〉のコンピを見つけてとても喜んでいたのが印象的だった。

 今年、デビューからじつに7年越しで発表されたデビュー・アルバム『ブラック・ライト・スパイラル』を聴いて面をくらったリスナーは多いのかもしれない。なぜならノイジーでクレイジーなテクノ・アルバムだったからだ。冒頭“5・ウィールズ”のサイレン音に度肝を抜かれ、陰鬱なリフレインがビートを形成していく“シング・ア・ラヴ・ソング”が終わるころには、レコードのあちら側にいるアントールドがこれからどこへ向かうのか想像できなくなる。
 いったい彼はどんな思いでミュージシャンになり、時間をかけてこの作品までたどり着いたのだろうか。またジェイムズ・ブレイクの発掘でも大きな評価を得たレーベル・オーナーとして何を考えてきたのか。アントールドは時間をかけて詳細に答えてくれた。

■Untold / アントールド
レーベル〈へムロック・レコーディングス〉を主宰し、〈ヘッスル・オーディオ〉や〈ホット・フラッシュ〉といった先鋭的なレーベルからも作品をリリースするプロデューサー。実験的なダブステップやテクノの楽曲で、リスナーと制作者の両方から圧倒的な支持を得る。2014年には〈へムロック〉より自身初のアルバム『ブラック・ライト・スパイラル』と『エコー・イン・ザ・ヴァリー』を立てつづけにリリースした。


ロンドンに出てきた最初のころもドラムンベースが好きだったんだけど、ちょうどそのときに〈dmz〉のパーティに行って、マーラのダブステップ・サウンドにジャングルとドラムンベースの哲学を発見したんだ。

アジア・ツアーの真っ最中で、おととい上海から到着してそのまま〈リキッドルーム〉でプレイしたばかりですが調子はどうですか?

アントールド(Untold 以下、U):1日休みを取ったからだいぶ元気だよ。

今回の来日は3年ぶりですが、日本の印象は変わりましたか?

U:じつは違いがわからないんだ。というのも、2011年に来日したときは48時間くらいしか滞在できなくてね。だから今回は初来日みたいなものだ(笑)。今回はとても日本を楽しんでいるよ!

今回のあなたのセットを見たんですが、ちなみに前回はどのようなDJを披露しましたか?

U:現在僕がプレイしているようなテクノやハウスと、ダブステップの中間に位置するようなセットを当時はプレイしていた。2011年にはダブステップは多くの地域に派生して、音楽的にも文化的にも大きな広がりを見せていたよね。だから、僕自身の音楽もちょうど次へ移行している時期だったんだ。その頃に比べたら、現在の僕のセットはもっとストーリー的で一貫性があるかな。

あなたのキャリアのスタートでもあったダブステップに関して質問したいと思います。ダブステップが脚光を浴びはじめたのは2000年代中期で、あなたが〈へムロック〉をはじめてリリースを開始したのは2008年です。現在あなたは37歳ですが、どのようにしてダブステップのシーンと関わっていくようになったんですか?

U:いちばん最初に音楽をはじめたのは14歳のときだね。そのころは自分の曲をリリースしたりはしていなかったけれど、曲を書いて友だちとのバンドで演奏していたよ。それが90年代初期くらいだったんだけど、ちょうどそのときにハードコア・ジャングルやドラムンベースのムーヴメントが起きて、ものすごくハマった。僕のレコード・コレクションのほとんどがその時代のものなんだ。かなり偏狭的な音楽の聴き方だった。
 それからロンドンへ引っ越して、仕事三昧の日々を送っていたからあまりクラブに行けなくなるんだよね。大学では電子音楽を専攻していたんだけど、学校がはじまったのが1997年でインターネットが爆発的に普及していくときだった。だから自分の関心も自然とそっちへ向かっていった。だから自分の学位を取得するときまでには進路は決定していたよ。「よし、自分はロンドンでウェブ・デザイナーになる!」ってね(笑)。当時はまだ熟練したデザイナーがいなかったから、自分でもできるって思っていた。最初のリリース前の2007年までその仕事を続けていたな。ウェブ・デザインもやったし、広告代理店でも仕事をやっていたよ。

ウェブ・デザインもやったし、
広告代理店でも仕事をやっていたよ。

 ロンドンに出てきた最初のころもドラムンベースが好きだったんだけど、ちょうどそのときに〈dmz〉のパーティに行って、マーラのダブステップ・サウンドにジャングルとドラムンベースの哲学を発見したんだ。感情的にもサウンド的にも音楽に対する情熱が呼び覚まされたな。それでダブステップへと方向転換したんだ(笑)。

あなたの音楽を初期のものから聴いていると、もちろんジャングルからの影響も感じられるんですが、昔はテクノばっかりを聴いていたのかなという印象があります。

U:それはうれしいな。でもじつはクラシックとされているものを別として、僕はテクノについてほとんど知らないんだ。ジャングルのレコードを聴きながら初期のエイフェックス・ツインとかを聴いていたけど、それもテクノというよりはIDMと呼ばれるものだしね。デトロイトやシカゴのものも少しは知っていたけどのめり込むことはなかったな。2007年くらいからユーチューブが流行りだしたけど、その頃からネットでいろいろ勉強するようになったよ(笑)。

〈dmz〉や〈FWD〉周辺のオリジネーターたちの活躍以降、ダブステップには2回大きな転換があったと思います。1回めは2006年に〈ハイパーダブ〉からリリースされたブリアルのファースト・アルバム。そして2回めは〈ヘッスル・オーディオ〉からリリースされたあなたのシングル“アナコンダ”です。あの曲は本当に衝撃でした。それまでのダブステップで使われていたハーフ・ステップもなければ、ガラージに影響を受けたリズム・パターンからも解き放たれて、キックの数も増えていきました。でもそれでいて、シリアスになり過ぎるわけではなく少しチャラい感じがするのもおもしろかったです。なぜあなたはこの曲を作ろうと思ったんですか?

U:さっきの回答にも通じると思うんだけど、僕のドラムンベースに対する情熱が薄れてしまったのは、曲の自由度や創造性といったものが形式化されてしまったからなんだ。僕が耳にした初期のダブステップも特定の形式ができる前で、ガラージの影響が強い曲だって多くあった。他のジャンルが交ざり合っていたからね。これはダブステップに限ったことではないけど、ダンス・ミュージックの魅力って多くの要素が混在していることだと思う。アーティストをひとり選んで、その曲の要素を紙に書き出してみると影響源の多彩さに驚くはずだよ。

“アナコンダ”はジャンルのテンプレート化に対する僕なりのプロテスト・ソングだね。

 “アナコンダ”はジャンルのテンプレート化に対する僕なりのプロテスト・ソングだね。僕はハーフ・ステップやウォブル・ベースが使われるいわゆるダブステップの曲も作っていたけれど、シーンの持つクリエイティヴさを失わせたくなかった。多くのひとがひとつのシーンに注目すると、いい意味でも悪い意味でもシーンはピークを迎えて、そこで流れる音楽形式化されて世界的に広まる。
 そのシーンに関わっていたひとりとして、僕は何かひと言もの申したかったね。“アナコンダ”が出る2年前に僕は仕事を辞めて、いきなりDJになった。当時はベン・UFOやピアソン・サウンドとUK全体をツアーしていて、毎週末新しい出会いがあった。ヨーロッパも回ったりしていて、東欧のポーランドやリトアニアにも行ったんだけど、あそこはドラムンベースがしっかりと根づいていたんだ。この時期に多くのジャンルに触れられたことも大きかったね。“アナコンダ”の設計図には確実にこの時期の経験が反映されている。

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年齢は僕にとって大きな問題じゃなかったな。重要なのは音楽に対して常に貪欲で情熱を傾けられることだよ。


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ちなみに〈ヘッスル・オーディオ〉のクルーとはどうやって知り合ったんですか? 最初のシングルはこのレーベルから出た“キングダム”ですよね?

U:ロンドンのクラブ〈プラスティック・ピープル〉でのウィークリー・イヴェント〈FWD〉でだね。踊りにくるひとももちろん多かったけど、プロデューサーや音を聴きにくるひとたちも同じくらいその場にはいた。〈ブルー・ノート〉で開かれていた〈メタルヘッズ〉のパーティもまったく同じだったね。ラッキーなことに僕はドラムンベースに間に合ったんだ(笑)。ジャングル・ハードコアのシーンで僕はいちばん若かったな。さっきも話したけれど、ダブステップが出てきたときに僕は仕事に熱中していてあまり音楽を聴いていなかった。グライムを聴き逃したくらいだからね(笑)。
 〈FWD〉は本当にみんなフレンドリーだった。僕はベン・UFOのDJセットをサブFMなどで聴いていてかなり好きだったから、クラブで見かけたらよく話しかけていたんだ。出会ってからしばらくしてデモを2曲渡した。それは“キングダム”ではなかったんだけど、彼はそれをラジオで流してくれたね。たぶんラジオのアーカイヴに残っていると思う。それはまだTRGの“プット・ユー・ダウン”のリリースによって〈ヘッスル・オーディオ〉が本格的に始動する前の段階だったけれど、僕のリリースついてもベンとは話し合っていたよ。

どういった経緯で自身のレーベル〈へムロック〉をはじめたんでしょうか? 〈ヘッスル〉では満足できなかったんですか?

U:そんなことないよ(笑)。初めてレコードを出したとき、僕は29歳だったけど、〈ヘッスル〉のみんなは20歳前後だった。彼らからしたら僕は確実にオジサンだよね(笑)。でも歳の差なんか関係なくて、とてもインスパイアされた。
 単純にレーベルもやってみたかったんだ。〈へムロック〉をはじめたときから2011までアンディ・スペンサーという相方がいたんだけど、彼は重要人物だよ。現在、直接レーベルに関わっているわけではないけどね。広告代理店関係の仕事をしているときにアンディとは出会った。彼はロンドンの交通機関のデザインなんかの仕事をしている。アンディは音楽をやらないんだけど、レーベルのヴィジュアルや方向性は彼と話し合って決めたよ。だから彼の存在は大きいよ。最初のころは、僕とアンディのふたりがOKを出さない曲のリリースはしないってきめていたくらいだからね。

29歳で本格的に活動を開始したことを遅いと思って不安を感じたりすることはなかったんですか?

U:年齢は僕にとって大きな問題じゃなかったな。〈FWD〉に行っていたときに自分が30歳手前って言うと驚くひともいたけれど、クラブには40歳のおっさんも遊びにきていたしね。これはよく言われることだけど、70歳だろうが80歳だろうがダンスするうえで関係ない。それにいまは年齢が比較的高いアーティストに変な偏見もないしね。たとえば、マーク・プリッチャードは20年以上プロデューサーとして活動しているけどいまだに表現に対して貪欲だ。彼が体現しているように、歳をとるほど表現する音が保守的になっていくというのは偏見なんじゃないかな? 彼のようなミュージシャンの現在と過去には大きな差はない。なぜなら、彼らの姿勢は若いときと何ら変わっていないんだからね。それにカリブーみたいなミュージシャンだっている。彼は一般的なクラバーよりも年上で、しかも数学者だ。重要なのは音楽に対して常に貪欲で情熱を傾けられることだよ。

あのパターンはトイレの壁紙のデザインなんだ(笑)。

ちょうどいま座っているソファーの柄が〈へムロック〉のデザインに似ていると話していました。

U:たしかにそうだね。じつはあのパターンはトイレの壁紙のデザインなんだ(笑)。

19世紀のゴシックなイメージのアンダーグラウンドなデザインだと思っていました(笑)。

U:最初のリリースのときにディストリビューターはいたんだけど、マニュファクチャラーがいなかったから、出来上がってきたスリーヴ、シール、そしてレコードをキッチンのテーブルの上で自分たちでパッキングした。当時、3歳だった僕の娘に邪魔されながら作業を進めたよ(笑)。最初と現在でスリーヴ・デザインも少しちがうんだよ。〈へムロック〉の1番から4番までのスリーヴはちょっと暗めのデザインになっている。なぜなら、灰色の台紙の上にパターンをプリントして、さらにその上に黒を被せているから。乾くのにかなり時間がかかったけど、クオリティはかなりよかった。

〈へムロック〉のレコードは、開けるときにシールを切らないといけないから苦戦するんですよね(笑)。

U:よくそうやって言われたな。レター・オープナーを使えば綺麗に開けられるよ(笑)。でも作品を楽しむために、まず最初に破壊があるというコンセプトっていいと思わない(笑)? 2枚買って、1枚を保存用にするひとだっていたんだよ(笑)。

そもそも、なぜ「アントールド」という名前にしたんですか?

U:これにはちょっとしたストーリーがある。代理店関係の仕事もしていて、そこで自分のフィアンセにも出会った(笑)。彼女はブランド代理店のネーミング部門で働いていた。僕はその近くでロゴ・デザインみたいなことをしていたから、デザイン関係をやりつつも、ネーミングの仕事もやっているようなものだった。彼女が持っている名前思いつくスキルってすごいんだよ。
 さっきも言ったように、僕のバックグラウンドはドラムンベースで、プロデューサーはアーティスト・ネームを持っていなくちゃいけない。それで僕が自分のためを考えようと思ったときに、シンプルで覚えやすいものがいいと思った。それでフィアンセの力を借りて、この名前を選んだ。とくに深い意味はないけれど、抽象的なニュアンスを含んでいるのが好きだね。

ある雑誌に掲載するジェイムズ(・ブレイク)の写真が翌日までに必要だったことがあったんだけど、彼はプレス用の写真すら持ってなくてさ(笑)。

ジェイムズ・ブレイクの2009年のデビュー・シングル「エアー&ラック・ゼアオブ」は〈へムロック〉からリリースされました。どのような経緯で彼をリリースすることになったんですか? また、現在の彼をどう思っていますか?

U:ジェイムズは〈へムロック〉からアプローチをした最初期のアーティストだね。コンタクトを取るまで僕は彼の素性すらも知らなかった。DJディスタンスが“エアー&ラック・ゼアオブ”をリンスFMでプレイしたのを聴いたのが、彼を知ったきっかけだね。それはディスタンスがデモ音源を流すコーナーだった。彼は「この曲を作ったプロデューサーに関してはぜんぜん知らないんだけど、名前はジェイムズ・ブレイクっていうらしい」とコメントしていてね。その放送を聴いたのはレーベルをいっしょに運営していた相方のアンディのほうだったんだけど、この謎のプロデューサーをいますぐ見つけるべきだという結論に至った。たしかマイスペース経由でジェイムズに連絡を取ってみたら、彼はアンディの家の近くに住んでいることがわかったんだよ。それで、当時ジェイムズが通っていたコールドスミス・カレッジまで彼のショーをアンディとふたりで観に行った。当日はマウント・キンビーも出ていたな。彼らもジェイムズと事前にマイスペースで連絡を取っていたらしい。
 ジェイムズと話してわかったんだけど、彼は僕が経験したドラムンベースのシーンをほとんど知らなかったんだよ。そのかわりにスティーヴィー・ワンダーとかエド・ルシェみたいなアーティストに詳しかった(笑)。だから「キミはすごいユニークだから、いまハマっていることを続けたほうがいい」って伝えたよ。そんな流れであのシングルをリリースすることになって、2~300枚は売れたし、多くのDJがプレイしてくれたんだ。さらに『ミックス・マグ』の月間ベスト・シングルに選ばれたんだよ。ジェイムズのシングルは〈へムロック〉の4番めのリリースで、レーベルはスタートしたばかりだったから僕たちにとってはかなりよい結果になったね。よく覚えているのが、ある雑誌に掲載するジェイムズの写真が翌日までに必要だったことがあったんだけど、彼はプレス用の写真すら持ってなくてさ(笑)。だからタクシーに飛び乗って、大急ぎで彼の写真をとったんだよ。当時、彼は『ミックス・マグ』さえも知らなかった。ある意味すごいよね。

「キミはすごいユニークだから、いまハマっていることを続けたほうがいい」って伝えたよ。

 その出来事のすぐあとに、ジェイムズは彼のファースト・アルバムの曲“リミット・トゥ・ユア・ラヴ”を僕に送ってくれた。僕はオリジナルのファイストの曲を知らなかったから、「この曲はすごくいいけど、リリースするにはヴォーカルのサンプリングが長過ぎるよ」って言ったんだ(笑)。そしたら「それ僕が歌っているんだよ!」って彼が答えるから驚いた。そのときに、自分は大きな決断をしなきゃいけないなって気づいたよ。僕のレーベルはまだはじまったばかりだったけど、メジャー・レーベルと手を組んだりはしたくなかった。全部のリリースを自分でコントロールできる範囲でやりたかったからね。ジェイムズの音楽と可能性は、〈へムロック〉でマネージメントできる領域よりもあきらかに大きかった。だから、いまもジェイムズといっしょに働いているマネージャーを彼に紹介してあげた。それで彼は〈R&S〉とも契約したけど、最終的には〈ユニヴァーサル〉が彼に大きな投資をしているわけだよね。

たまにジェイムズを〈へムロック〉だけのアーティストにしておかなかったことに後悔はあるかって訊かれるんだけど、僕の答えは「ノー」だね。

 たまにジェイムズを〈へムロック〉だけのアーティストにしておかなかったことに後悔はあるかって訊かれるんだけど、僕の答えは「ノー」だね。もしそうしていたとしても、彼は現在のような成功はきっと得られなかった。彼は本当に素晴らしい才能の持ち主だし、デビューする時期もあのときでよかったと思う。最後に僕がジェイムズに会ったのは去年の〈ソナー・フェスティヴァル〉だったんだけど、唯一の後悔といえば彼は現在スタジアムを回るようなツアーをやっているからなかなか会えないことだね。
 幸い彼は現在のレコード会社との契約で、他のレーベルからのリリースを、制限はあるけれども許可されている。これはかなりレアなケースなんだけど、そのおかげで〈へムロック〉の9番めのリリースとしてジェイムズのシングル“オーダー/パン”を発表できた。オフィシャルにリリースする上での手続きがかなり大変だったな(笑)。ジェイムズ・はまだ〈へムロック〉のアーティストだと思っているし、音楽の歴史に名を残すであろうアーティストのキャリアの一歩を手伝えたことを誇りに感じるよ。

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過去の作品よりもっとピュアな作品になるといいな。僕のバックグラウンドを知らないリスナーに、「“アナコンダ”を作ったやつがこれを作ったのか!」って思われたい。


Untold
Black Light Spiral

Hemlock Recordings / Beat Records

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あなたが表れたとき、すごくミステリアスな人物だと思いましたし、同時に強いアティチュードも感じました。“アナコンダ”についての回答でも触れていましたが、当時のシーンがつまらないとか何かを変えたいとか思っていましたか?

U:そうすることへの責任感を感じるときもあるし、そうでないときもある。アーティストとコラボレーションするとき、僕はかなり自由に相手に物事をまかせるんだけど、同時にもっとクリエイティヴに相手を前に押すこともあって、それが一種のゲームだと感じている。2007年から現在に至るまで、僕は多くのサウンドに挑戦してきた。でもこれからは、過去に自分がしてきたことを振り返って掘り下げようと思うんだ。こうすることによって、次の10年間で自分はもっと前進できると思う。過去の作品よりもっとピュアな作品になるといいな。僕のバックグラウンドを知らないリスナーに、「“アナコンダ”を作ったやつがこれを作ったのか!」って思われたい。
 いままで出してきた僕のシングルはその時々での自分の挑戦が反映されているから、リリースごとに違ったスタイルの曲も多い。だけど、いまはひとつのスタイルと向き合ったもっと長いアルバムのリリースしたいんだ。『エコー・イン・ザ・ヴァリー』のようにUSBのデジタル形式で、時間制限がないものを考えているよ。去年の段階で僕はサウンドの探索に見切りをつけた。いままで作った曲のキーポイントを見直して、それらを新しい方法で鳴らしていくつもりだ。

先ほどコラボレーションについても触れていましたが、あなたは2010年代の最初、リミックスをたくさんしていました。クラブ・ミュージックだけではなく、ジ・XXやレディオヘッドのようなバンドの曲まで手がけていました。そこにはどのような意図が音楽があったのでしょうか? エイフェックス・ツインは「クソみたいな曲を一曲でも減らしたいからリミックスをする」と言っていましたが。

U:エイフェックス・ツインより素晴らしい回答は思いつかないな(笑)。レディオヘッドのリミックスはいろいろあってリリースはしなかったんだけどね。2012年の4月にやったのが最後のリミックスだったんだけど、何だったかな。レディオヘッドのリミックスをやっていたときに、僕は同時に4つのリミックスを手がけていた。メジャーの仕事もいくつかやっていて、ケシャの“ティック・トック”のリミックスもやったね。それが僕のベスト・リミックスだね。僕の友人のトム・ネヴィルはテック・ハウスのプロデューサーだけど、彼とは大学で知り合った。彼はケシャのアルバムを出掛けていて、彼にリミックスをしないかと誘われたんだ。僕はまだまだアンダーグラウンドな存在だと思うけど、そんなメジャーなアーティストのリミックスをやるなんてね。だけど思う存分、自分のサウンドを入れまくったよ。

ケシャの“ティック・トック”のリミックスもやったね。それが僕のベスト・リミックス。

 小さなレーベルはそうでもないんだけど、メジャーなレーベルからのリミックスに関するリクエストにはうんざりすることもある。自分風のサウンドを少し押さえろとか、ヴォーカルの量を増やせとか、もっとわかりやすくしろとか……。ビートポートみたいなデジタル領域が盛り上がってきたときに、オリジナルの曲だけでは儲からないからレコード会社はリミックスにも手を出すようになったと思う。そのころから発表されるリミックスがとてもチープに感じるようになったな。ジェイムズが言っていたんだけど、スティーヴィー・ワンダーの曲はリミックスする必要がないらしい。リミックスをするときって、もともと曲の象徴的な部分を残すものだけど、スティーヴィー・ワンダーの曲でそれをやってもオリジナルの完成度が高いからうまくいかないらしい。この例が示すように、僕はオリジナルの精度を上げていきたかったから、リミックスにはそれほど魅かれなくなった。ジェイムズ・ブレイクやパンジェアが手がけた僕のリミックスは素晴らしいと思うけどね。

もっと早くアルバムを作ってほしかったというのが本音なんですが、リリースまでに時間がかかったのは、情報化社会で音楽の変化が激しく、多くの曲が消費されていくような現在と間合いを取ろうとした意図もあったんですか?

U:どんなアーティストもそのことからプレッシャーを受けていると思う。アルバムを出すまでに時間がかかったけど、その間に僕はヴォーカリストといっしょにレコードを作って、さまざまなミュージシャンとコラボした。媚を売ることなく、自由に制作して音楽的に優れたアルバム目指したんだけど、それが逆に重荷になったりもした。『ブラック・ライト・スパラル』の収録曲を2、3曲作るまではそんな感じだったな。そんなある日、奇妙的なことが起きたんだ。その数曲のデモをクラブで流したら、会場のサウンド・システムが壊れてしまってね。サブ・ベースが低過ぎたらしい。エンジニアはDJミキサーのインジケーターが真っ赤に振り切れていたと思ったらしい。だけどそんなことはなくて、僕はいつも通りに曲を流しているだけだった。サブ・ベースが低すぎると、サウンドが跳ね上がって、クラウドのひとたちはエネルギーを感じると思うんだけど、そのときはただただ会場がパニックになっていた。これは自分にとっては新しい発見だった。

そのとき、会場には〈メタルヘッズ〉のパーティを思い出させるようなダイナミズムがあった。プレッシャやフォーテックが新しいダブプレートをかけるとき、聴いたこともない音で会場はパニックになっていた。

 そのとき、会場には〈メタルヘッズ〉のパーティを思い出させるようなダイナミズムがあった。プレッシャやフォーテックが新しいダブプレートをかけるとき、聴いたこともない音で会場はパニックになっていた。
 そこで感じたエネルギーこそが『ブラック・ライト・スパイラル』には必要だと確信したね。その出来事を境にプロダクションはとても早く進んでいったよ。最長でも1曲に2週間しかかからなかったからね。2年はこのデビュー・アルバムに関して悩んでいた。でもやっと自分を奮い立たせるような作品ができたよ。待たせてしまってごめん(笑)。

クレイジーで素晴らしいアルバムだと思います。

U:ありがとう。ただ、曲はもうちゃんと調整してあるから、安心してクラブでかけられると思うよ(笑)。

ジャケットの豚は何かのメタファーなんですか?

U:リー・モードスリーが写真家だね。広告デザイン業界で働いているひとだよ。このカヴァーは“アナコンダ”のようなトラックと同じようなユーモアを持っている。この豚をよく見てほしい。豚は破壊されている真っ最中なんだけど、これはただの豚の貯金箱としては目には映らないと思う。だって、壊されているのにも関わらず、豚自身は笑っているんだからね。この写真からは破壊を楽しむようなイメージが伝わってくると思わない?

なるほど。いまおっしゃったようにあなたの曲でユーモアはとても大事な役割を果たしていると思います。今作に収録された“シング・ア・ラヴ・ソング”はタイトルとは裏腹に、かなりカオティックに曲が進行していきますもんね。

U:たしかにユーモアは重要な要素だ。かなり危険な綱渡りでもあるけれどね。ユーモアがあってもコメディとして見られるのはまずい。IDMが出てきたときから、世間をからかっているような作品がリリースされるようになった。今回はそのようなテイストを出したくはなかったんだ。だけどマジメ過ぎることも避けたかった。ユーモアがあってシリアスなサウンドのバランスを取ることに注意を払ったね。サウンド的に今回はあまりユーモアがないかもしれないけれど、ジャケットにはしっかりと表れている。もし豚が笑っていなかったら、カヴァーの見られ方は大きく文脈を変えてしまうだろうね。

サウンド的に今回はあまりユーモアがないかもしれないけれど、ジャケットにはしっかりと表れている。もし豚が笑っていなかったら、カヴァーの見られ方は大きく文脈を変えてしまうだろうね。

歌詞の音楽に興味があるとしたら、好きなリリシストを教えてください。

U:もちろんあるよ! ボブ・ディランとトム・ウェイツだね。

UKでは?

U:うーん、レディオヘッドとニック・ドレイクかなぁ。

なんでモリッシーじゃないんですか?

U:40歳になったらモリッシーを開拓すると思う(笑)。まだちょっと早いかな。いろんな音楽を何年かにわけて開拓しているんだけど、このぶんだとジャズにとどりつくのは70代に入ってからだね(笑)。

UKには多くのリリシストがいると思うんですが。

U:そうだよね。僕もヴォーカル・アルバムを出せたらいいなと思うこともある。歌詞を書こうとしたこともあるんだけど、トラックをつくることに力を入れたほうがうまくいくからね(笑)。

『ブラック・ライト・スパイラル』のあとに、あなたはUSBフォーマットで『エコー・イン・ザ・ヴァリー』というアンビエント作品をリリースしました。どのような意図があったのでしょうか? 前作の続編のようなものなんですか?

U:『ブラック・ライト・スパイラル』を作っていたら、作品に二重性みたいなものが見えてきた。“シング・ア・ラヴ・ソング”や“ウェット・ウール”のような曲のノイズには発展の余地があると思って作業を進めたんだよ。そしたらアイディアがけっこう形になって、マネージャーもリリースに前向きになっていた。ちょうどそのときにモジュラー・シンセを購入したことも影響しているね。『ブラック・ライト・スパイラル』はコンピュータで作った作品だけど、『エコー・イン・ザ・ヴァリー』は新しい引越先の田舎でシンセサイザーを実験しながら完成させた。『ブラック・ライト・スパイラル』のインスピレーションからあとふたつはアルバムが作れるだろうな。それがつまらないものにならないといいけどね。

数に100個の限りがあったのは作品がハンドメイドで作るのに一か月近くかかったから。このアナログ感が好きだからまたやると思うよ。この作業は一種の瞑想みたいな感じもするんだ。

 ここ数年はデジタルの力が強いけれども、それに対抗するようにレコードのような非デジタルの勢いもある。僕自身もデジタルだけで楽曲制作をしたくないと思っているよ。DJをするときにUSBも使うけれど、自分の曲は全部ヴァイナルで持っているしね。デジタルがどんなに発達してもアナログとの関係は捨てたくはないね。『エコー・イン・ザ・ヴァリー』でも自分の手で作ったものをリリースで使いたかったから、USBメモリーのケースは自分で作った。材料の木や石やスタンプは全部自分でオーダーしたんだよ。インターネットで作り方を勉強しながら家族で作ったね(笑)。ネット上で注文を募る段階も全部僕がやったから、かなりの達成感を感じたよ。数に100個の限りがあったのは作品がハンドメイドで作るのに一か月近くかかったから。このアナログ感が好きだからまたやると思うよ。この作業は一種の瞑想みたいな感じもするんだ。

OPNの一連の作品から、ハウス・レーベルの〈ミスター・サタデー・ナイト〉まで、現在多くのシーンでアンビエント作品が作られています。あなたがアンビエント作品を出したことはそういった時代性と同調している部分があると思いますか?

U:音楽にはサイクルのようなものがあって、ちょうど20年前にエイフェックス・ツインは『アンビエント・ワークス・ヴォリューム・2』をリリースした。もし現在ロンドンにアンビエントだけを流すクラブがあればぜひとも行ってみたいね。
 いま挙げたようなアーティストたちのように、興味深いことはいつも多くのシーンで起こっている。だけど世界のシーンを見ていて思うのが、それがあまりにもローカルで短期的なスパンで起こっているということ。ゴミみたいな音楽が溢れているからこそ、いい音楽同士がもっともっと繋がっていくべきだと思うな。

最後の質問です。僕のまわりには仕事をしながらもDJをして曲を作りつづけているひとが多くいます。彼らにとっては、仕事をしながらもミュージシャンの道を選んだあなたの言葉はためになると思うんですが、何かアドバイスはありますか?

U:仕事を辞めて夢を追え。

仕事を辞めて夢を追え。

(笑)。それだけですか!?

U:冗談だよ(笑)。僕はデザインの仕事をしていたときフォット・ショットを使ったり、ジョブスクリプトを書いたりしていた。東京と同じように、一日の労働時間がかなり長かった。朝8時に働きはじめて、ラッキーならば夜の8時に上がれる。僕はいつも締切に追われていた。もうウンザリだったよ。家に帰ってデザインの続きや音楽を作るためにはかなり無理をして起きていなければいけなかった。でもそこまでしないといいものはできなかったんだよ。具体的なアドヴァイスがあるよ。多くのひとはレーベルに自分のデモを送るのが早すぎるんだよ。アマチュアな曲を送ってもなんの意味もない。たしかジェフ・ミルズは、くだらない99曲じゃなくて本気の500曲のデモを送ってこいって言っていたな(笑)。これは僕が言いたいこととまったく同じだよ。まず時間を確保して、お金を貯める。そして自分の曲やスキルがこれで充分だと思えるときがきたら、自信を持ってジャンプすればいい。

Slackk - ele-king

 『イン・ディス・ワールド』や『グアンタナモ』など政治的な映画を撮ることが多いマイケル・ウインターボトム(日本では『24アワー・パーティー・ピープル』がもっともよく知られているか)の『グルメトリップ』を観ていて、久しぶりに会う親子がドアを開けるなり「ノー・ポリティクス、サンキュー」と言い放つシーンがあった。これまでにどれだけ言い争ってきたかということだけれど、このセリフが耳から離れなくなって、『ele-king vol.14』の第2特集で使うことにした。自分たちがノン・ポリだということもあるし、このところの政治の話題は本当に遠ざけたいほどヒドいものばかりだということもある。あれは本当に心の叫びなんですよ。驚いたのはリチャード・D・ジェイムズで、軽くあしらわれると思っていた政治の話題に彼は、セカイ系的なニュアンスではあるけれど、多少なりとも言葉を返してくれた。しかも、彼が伝えようとしている内容はそれこそ「ノー・ポリティクス、サンキュー」と同じようなことである。一冊の雑誌のなかで同じテーマが入れ子状に絡み合っていると評してくれたのは〈ゼロ〉の飯島さんだけれど、ある種の音楽と政治は似たような距離にあるのかもしれないと、それこそ錯覚を覚えてしまいそうな符号だった。これを編集部はコンテクストとして自覚するべきで、ビジネスマンたちが好んで使うバンドル・メディアの必須条件と考えるべきなんだろうけど、「ぼさ~っとすること」という105ページの見出しにいつも心は飛んでしまう。ぼさ~っとしたいよなー。ノー・ワーキング、サンキュー……。

 ラッカー(Lakker)の8枚めのシングル『マウンテン・ディヴァイド』は意表をつくノイジーな歪みが非常に気持ちよかった。そして、それ以上に予想外だったのがポール・リンチによるアンビエント・グライムである(……という言い方は誰もしていないけれど)。なるほど打ち込み方はグライムのリズム・パターンだし、そもそもデビュー・シングル「テーマEP」(2010)はベースメント・ジャックスが派手にブリープ音を撒き散らしているような曲だった。それがどんどんスタイルを変えていき、何をやろうとしているのかさっぱりわからない時期を経て(とくに『フェイルド・ゴッズ(Failed Gods)』)、ついに新境地を切り開いたのである。ガッツである。UKガラージはまだまだポテンシャルがあるんだなーというか、そもそもスラック(slack)というのは「ユルさ」という意味だから、字義どおりに収まったといえばそれまでなんだけど、それにしてもおもしろい展開である。『やしの木が燃える』というヴィジュアルもアーサー・ライマン(『アンビエント・ディフィニティヴ』P.21)とはきっとなんの関係もないだろうし、発想の源がまったくわからない。いや、とにかく変わったことをやってくれました。

 フロアユースか否かという耳で聴くと、このアルバムはおそらくどこにも行き場はない。クラブ・ミュージックであるにもかかわらず、そのような対立項とは無縁の場所で音は鳴りつづけ、アンビエント・グライムとは書いたものの、チル・アウトにはまったくもって適していない。中途半端に身体は触発され、気持ちだけが宙に吊り下げられたまま全15曲がさまざまなイメージを展開していく。なんというか悶え苦しみながら少しずつカラダが聴き方を覚えてくると、後半に入ってワールド色が薄く滲み出したり、さらにはエイフェックス・ツインめいたりしながら、いつまでも宙吊り状態を維持してくれる。いい感じである。何度聴いても的確な言葉が浮かんでこない。

 現在はロンドンがベースで、昨年末にUKガラージの変化球として『コールド・ミッション』が話題になったロゴスらとボックスドというDJチーム(?)も組んでいるらしい。ロゴスことジェイムズ・パーカーもけっこうな変則ビートを聴かせる逸材で、どこか通じるものもなくはないけれど、急速にファッション化しつつあるインダストリアルの要素を引きずっていたロゴスとは違い、スラックはむしろ 対照的にハッパの世界観を一気に更新した感がある。それこそブライアン・イーノ『アナザー・グリーン・ワールド』(1975)のガラージ・ヴァージョンというか。アーサー・ライマン→ブライアン・イーノ→『アーティフィシアル・インテリジェンス』→『パーム・トゥリー・ファイアー』と、20年おきに受け継がれたシミュレイションの引き延ばしがここまで達している。これは、つまり、「ぼさ~っ」としたい人たちがいつも一定数いるということだろうな……。

じゃがたらから、森へ - ele-king

 80年代というディケイドは、破壊的なまでに日本を変えた。いま昔の写真を見てみると、60年代も70年代も、まあ、人びとの暮らしは、そんなに大きく変わっていないように思える。が、80年代後半になると家や、部屋や、持ち物や、街並みや生活が、何か根底から生まりかわりはじめ、90年代にはすっかり別の惑星だ。その、残忍なまでの変化のなかを日本のアンダーグラウンド・ミュージックがどのように考え、行動し、そして、どのように生き、死んだのかを思うとき、じゃがたらというバンドは外せない。言うまでもなかろう、80年代のポストパンク時代、もっともインパクトのあったバンドのひとつだ。

 そして、畑仕事の男の姿がでーーんと表紙に写っている本書。じゃがたらのギタリストだったOTOが自身の半生を語った、ele-king booksの11月26日発売の新刊、『つながった世界─僕のじゃがたら物語』である。「僕はじゃがたらというバンドでギターを弾いて、そして今、僕は森を歩き、田植えをしている……」、序文でOTOがそう語るように、本書では、じゃがたら時代の多くのエピソード、江戸アケミとの死別、その後のソロ活動およびサヨコトオトナラでの活動、そして熊本に移住してからの農作業に励む現在が赤裸々に描かれている。あー、たいへんなことはあれど、人生とはこんなにも自由。農的な暮らしがいろいろなところで語られている現在だからこそ、ぜひ、読んでいただきたい。これはひとつの生き方であり、OTOにとっての「じゃがたら物語」である。

今の僕は、ミュージシャンとしてさらなる進化を遂げるために、あえてギターを弾かない生活を送っているけれど、日々「じゃがたらの音楽って素晴らしいな」って思っている。お茶の剪定作業をしていときも、田植えをしているときも、森の手入れをしているときも、散歩しているときも、僕の周りには、いつだってじゃがたらの音楽が鳴り響いているから。──本書より

80年代を疾駆した伝説のバンド、じゃがたら。
そのギタリストOTOが語る過去、そして、ほぼ自給自足のいまのくらし。

 80年代の日本を疾駆した、伝説のバンド、じゃがたら……。そのリアルかつ予見的な言葉、態度、そして圧倒的なパフォーマンスによってバンドを導いたカリスマ、江戸アケミ亡き後も、彼らの音楽はずっと聴き継がれ、語り継がれている。
 じゃがたらは、音楽的にはアフロビート、ファンク、ダブの異種交配に特徴を持っている。その音楽面において重要な役割を果たしていたのは、ギタリストのOTOだった。彼がバンドのダブのセンスを注ぎ、ワールド・ミュージック的ヴィジョンをもたらしたとも言えるだろう。

 本書はOTOが赤裸々に語る、彼の自叙伝であり、じゃがたらの物語である。そして、いまは東京を離れ、熊本の山で農業をやりながら、ほぼ自給自足の暮らしをしている彼からのメッセージだ。

 世間を騒がせたじゃがたらのファンをはじめ、オルタナティヴなライフスタイルを模索している人にも必読の一冊。

■じゃがたら
80年代に活躍したファンク・ロック・バンド。1979年にデビューし、フロントマンの江戸アケミが、ステージ上で蛇やニワトリを生で食べ、放尿、脱糞などを行ない、マスコミから“キワモノバンド”として注目される。こうしたイメージを吹っ切るかのようにレコーディングに専念し、1982年に1stアルバム『南蛮渡来』をリリース。ジャパニーズ・ファンクの傑作として高く評価された。1989年にアルバム『それから』でメジャー・デビューを果たしたが、翌1990年にアケミが自宅バスルームで溺死。永久保存という形で活動にピリオドを打った。


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■つながった世界──僕のじゃがたら物語

OTO+こだまたけひろ 著

本体2,200+税
四六判 256ページ
2014年11月26日発売
ISBN:978-4-907276-24-9

■目次

1
古い記憶
ギターを弾く
ラジオを聴く
吉田拓郎にハマる
キャロル、シュガー・ベイブからミュージカルにATG
MARIA 023


じゃがたら
『南蛮渡来』のレコーディング
ザッパ的に言えば日本なんて
バビロンから抜け出せ
アケミの分裂
君と踊りあかそう日の出を見るまで
新生じゃがたら
JBよりもフェラ・クティ
エンジニアの役割
「OTOは俺を殺す気か」
『ロビンソンの庭』の混沌
リズムセックス
〝あの娘〟の意味
アケミの言葉
メジャー・デビュー
東京ソイソース、アケミとの乖離
もういい加減にやめたい
苛立ち
つながった世界
中産階級ハーレム
脳みそはそよ風に溶けて
寿町フリーコンサート
じゃがたら最後の曲
アケミの死
ビブラストーン、雷蔵、Tangosへ
思い出深いソロ・ワークス
近田さん
陣野俊史『じゃがたら』
どっちの暮らしがリアルなんだ?


9・11
9・11後のアクション
サヨコオトナラ始動
自然のリバーブ
キョンキョンの朗読
音楽の新しい機能性
森へ
土と平和の祭典
あがた森魚さん
三つのグナ
踊るんだけど心は静か
中野のおっちゃん
鮎川さん、こだまさん
じゃがたらお春1979LIVE
ラビと出会う
グラウンディングの意味
モリノコエ
新たな音楽を求めて
3・11
それから
いずみ村の話
農園の日常
正木さんの「あなた」
みんなで「カンダナ」を歌えたら
結婚
今日もここまで来たのさ

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