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大森靖子

Indie RockJ-Pop

大森靖子

絶対少女

Pink

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竹内正太郎 Dec 11,2013 UP

 大森靖子が大森靖子をやらずとも、あるいは誰かが大森靖子的な何かをやったかもしれない。実際、女子のシンガー/ソングライターはいま、ちょっとしたブームだ。だが、じゃあ、いったい他に誰がいた? いま、大森靖子ほど、女に生まれたことを呪い、またそれを強く受け止めている歌い手もいない。もっと言えば、いま、女子が女子であることを祝福するには、いちど呪わざるを得ないのだろうかとさえ、彼女の歌を聴いていると思えてくる。大森靖子のセカンド・フルレンス『絶対少女』は、女子への祝福と呪いとの屈辱的なせめぎ合いの果てにやっと吐き出されたジュエリーか汚物のように思える。

 たとえば、『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)等の著作で知られる山崎まどかさんのブログ・エントリ「鏡よ鏡――〈わたしは可愛い? それともブス?〉と問いかける少女たち」で紹介された、YouTubeに自撮り動画をアップし、自分のルックス・レベルを世界に向けて問いかける十代の女の子たちは、自らを呪いにかけているのだろうか? それとも、呪いを解くまじないを唱えているのだろうか? いずれにせよ、自分が何をしていたのかを少女たちが自覚するような歳になったときに、彼女らは何か冷たい壁にぶつかるのだろう。ふと顔を上げ、その壁が自分を映した鏡であることを知ったとき、彼女たちはどんな歌を歌えるのだろうか。
 もちろん、そうしたこじれないしは壁のようなものを、ある年齢の地点においてスルーできるようになることこそが、女子の処世であることはほぼ間違いない。だが、『絶対少女』はそうではない。そんな生き辛さへのアジャストなどまっぴら御免だと言わんばかりだ。だから、僕は彼女の言葉を受け取り、正面から眺め、いちど裏返し、また元に戻し、もう一度裏返してみて、迷いながらもやっと受け取ることになる。なにせ、一曲め“絶対彼女”の最初のラインからして「ディズニーランドに住もうとおもうの」なのだから。椎名林檎のジャケをパロディとして仕込まざるを得なかった前作『魔法が使えないなら死にたい』を聴いた人間であればこそ、こうした何気ないセンテンスの裏に何重もの意味を見てしまうハズ。
 そう、マスメディア・レベルで暴力的に欲望される「こんな風にして世間的に/対男性的に欲望されるべきふつうの女性像」をヒリヒリと内面化し、社会人の彼氏の隣を歩ける服とやらに袖を通し、やっぱり脱いでみたりして、それにウンザリしつつも完全には拒否しきれない自分を何歩も引いた場所から冷めるように自覚し、あるいは端的に美しい女子に女子として萌えながら、かつ、そんな自分のような女子に名前を付けてさらに外側から消費の材料にしようとする市場の要請と、それをさらに外側から表現の前提として踏まえざるを得ないという、自意識の奈落をどこまでも再帰させたがんじがらめの場所で……大森靖子はそれでも何かを歌っている。とても力強い声で。ここでは呪いが祝福され、祝福が呪われていく。僕はこんな歌を他に聴いたことがない。

 アルバムは、結婚・出産という女子の「ふつうの幸せ」とされるものを合わせ鏡の迷宮に陥れるシンセ・ポップ“絶対彼女”で幕を開け、結論を急ぐなら、それをオモテの意味で全肯定するタンポポの“I & YOU & I & YOU & I”を弾き語りカバーして終わる。この、〈ハロー! プロジェクト〉の歴史から言ってもヒット曲/有名曲とは言い難いナンバーがアルバムの象徴として選択されていることからも、これが単なるボーナス・トラック的な位置づけでないことは明白だろう(そもそもこの曲はシングルでさえなく、2002年にリリースされたベスト盤のために用意された新録曲である)。さらに言えば、この曲にバトンを渡す“君と映画”という曲は、タンポポに対する大森靖子からのアンサーのような曲になっている。おまけに、奥野真哉(ソウル・フラワー・ユニオン)が軽快に鍵盤をさばくロックンロール・アレンジになっているが、これはまるで……70年代のブルース・スプリングスティーンじゃないか(!)。
 音についてもう少し触れておこう。アレンジのヴァリエーションはおそらく前作以上で、前述の“絶対彼女”はディスコ・ポップだし、前作で“新宿”のトラックを担当したカメダタクは、(((さらうんど)))を意識したようなシンセ・ポップ“ミッドナイト清純異性交遊”を提案しており、導入は非常に煌びやか。あるいは、ソフトなフォーク・タッチの“エンドレスダンス”の印象もあってか、一瞬、ポップ・ポテンシャルと引き換えにエッジを失ってしまったアルバムに思えるほどだ。だが、それも“あまい”のイントロが鳴るまで。アコースティック・ギターの凛とした響き、サビで合流するグランジ風ギターのダウンバースト、そこに漂う大森の歌声は聴き手の緊張を強いるとともに、とても澄み切っている。そして、同様のスタイルを引き継ぎながらも大森の絶唱でそこを破っていく“Over The Party”は序盤のハイライトだろう。

 大事なことなので改めて書いておくが、本作のプロデュースはカーネーションの直枝政広が務めている。ゲストも多彩で、たとえば“展覧会の絵”では梅津和時がカオティックなサックスを吹きこんでいる。だが、玄人たちはいずれも裏方に徹している。アルバムを何度も聴いていくなかで立ち上がってくるのは、やはり中盤の弾き語りを軸にした彼女の表情豊かな歌声であり、選び抜かれた言葉だ(「嫌い」を連呼することで「キラキラ」を浮かび上がらせる遊び心なんかもある)。
 もしかしたらどこかに、「ふつうの幸せ」をいちどは選び取り、その自撮りをアップしたSNSの前で更新ボタンをだらだらと押すなかで、思わず鏡に映った自分に何年かぶりに衝突してしまった女子がいるかもしれない。そこに限りなく近いポイントで生み出された“絶対彼女”の両義性と、“I & YOU & I & YOU & I”が象徴するある種のベタさ。『絶対少女』は、この遠く離れた点と点を繋ぐ、あるいは繋ごうとする、呪いと祝福の連なりである。もちろん、その軌跡は他人にとってはなんの補助線にもならないだろう。いま、大森靖子によってたまたまこういう線が引かれた、というだけのことだ。
 しかし、前作までの彼女には、その未知数ぶりと表面的なイメージにより、勝手な役割意識を押し付けられる隙があったと言えばあっただろう。それがここに来て、それらのノイズをはねのける(ねじれつつも)太い芯を持つに至った本作を前に、ある種の失望を露わにする男の子と、勝手に裏切られて傷つけられたような気になる女の子の、そのどちらの姿をも、僕は勝手に想像してしまう。『絶対少女』は、あなたのサプリメントにはおそらくなり得ないし、あなたが期待した役割のいずれをも担っていない。しかし、だからこそ世に問われる価値があるのだろう。蜷川実花のカメラの前で美しく微笑む彼女を見ていると、少なくともそこに後悔らしきものは感じられない。
 大森靖子、26歳、「Born to Hate」から「Born to Love」へとなりふり構わず駆け抜ける、堂々の代表作だ。

竹内正太郎