「Dom」と一致するもの

interview with Kelela and Total Freedom - ele-king

「これ以上、神聖なものって、ないの?」

 いつのまにか音楽はしぼみ、日本語のナレーションがくりかえし聞こえてくる。さっきまでトータル・フリーダム(=Total Freedom)のDJで盛り上がっていたフロアは、波がひいたように静まりかえった。会場の全神経がステージ上に注がれる。ほどなくして歌声が響きはじめ、しなやかな身のこなしでケレラが姿をみせた。「Is there sacred anymore?」――そのとき、10分後の気持ちさえ誰も予測できなかっただろう。当時はアルバム一枚さえなかった。たった一曲で彼女は話題になったのだ。張りつめたムードのなか、ケレラとオーディエンスが「はじめまして」からお互いをさぐりはじめる――あまりに官能的な瞬間だった。
ケレラはイヴェントが終わる直前にも、20人もいなかっただろうフロアに降りて、ふたたびマイクを握った。あの日むかえた夏の朝5時は、とても小さいのに広がりがあって、優雅でありながら繊細で、みんなが美しい汗に濡れていた。僕にとって〈Prom Nite 3〉は、2013年どころか、ヒカリエでの〈Revolver Flavour〉と並んで、生涯の最高の夜のひとつだ。


Kelela - Cut 4 Me
Fade to Mind

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 念のためおさらいしておこう。2013年5月にリリースされたキングダム(Kingdom)・フューチャリング・ケレラの楽曲“バンク・ヘッド(Bank Head)”が、サウンドクラウドで〈フェイド・2・マインド(Fade to Mind)〉レーベル史上(ケタひとつ違う)最多の再生数を記録し、『ダミー』誌や『デイズド&コンフューズド』誌は2013年のベスト・トラックとして評価している。同年10月に満を持してレーベル初のアルバムとなるケレラの『カット・4・ミー(Cut 4 Me)』がリリースされ、音楽メディアが軒並み高評価のレヴューで取り上げたのはご存じのとおり。受け身(feat.)のシンガーに納まりたくなかったケレラも陽の目をみるチャンスをうかがっていたはずで、R&Bサンプリングを愛してきたキングダムにとっても、そして世に知られるための決定的なフックを必要としていた〈フェイド・2・マインド〉にとっても、『カット・4・ミー』はまさにウィン・ウィンの結晶といえる作品だ。それによってケレラだけでなくレーベルの存在も急浮上し、『ファクト』誌は〈フェイド・2・マインド〉を2013年のベスト・レコード・レーベルとして讃えた。

 また、〈フェイド・2・マインド〉にはマイノリティとしての背景/出自があることも忘れてはならない。天野龍太郎がレヴューで触れているように、ケレラは移民の娘として育ち、マイク・Q(Mike Q)はヴォーグのフィールドで名を馳せているほか、レゲトンをかけまくっていたトータル・フリーダムやングズングズ(Nguzunguzu)はラテン系移民のLGBTコミュニティが集まるLAでのパーティ〈ワイルドネス(Wildness)〉で活動していた。

ドキュメンタリー映画『ワイルドネス』(ウー・ツァン(Wu Tsang)監督、2012年)には、周囲の圧力によってパーティが中止に追い込まれる様子が記録されているようだが、いまのところ観る手段はなさそう。

 そういった事柄は〈フェイド・2・マインド〉のあくまで一面/一要素にすぎないかもしれないが、まったく無視してしまうわけにもいかない。あのパワフルな「Ha!」が幾度となくミックスされているのは、けっして故なきことではないのだから。

 2014年3月末リリースのボク・ボク(=Bok Bok)との新曲“メルバズ・コール(=Melba’s Call”を、あなたは聴いただろうか? ケレラはまだまだ野心的だ。ぶつ切りにされたエレクトロ・ファンク。脳がゆれるようなオフビート。この故障気味のトラックに歌を乗せてしまうぶっ飛び様にはただただ感服するしかない。「次はこんなに近くで(=DOMMUNE)観れないかもね」と1-DRINKさんがささやいていたように、たしかにケレラの人気は高まっていくばかりだろう。けれど、彼女はけっして安全牌に落ち着くことなく、野心的な活動を続けてくれるにちがいない。

 幸い、近くで観れなくなるかもしれないその前に、僕はケレラとアシュランド(=トータル・フリーダム)に話をきく機会に恵まれていた。帰国直前のふたりといっしょに小さな町の蕎麦屋の暖簾をくぐったのは、2013年、コンクリートもジューシーに焼きあがり、トリップしそうになるほど暑かった真夏の昼のこと………。

(※ぜひ日本のファンに読んでほしいとケレラ本人から届いたラヴ・レターを、最後に添えておきます。)

アメル・ラリューっていうシンガーのライヴを初めて見たときのことなんだけれど、彼女がわたしのなかの何かをぶちこわしたの。あんなに自分の人生を懸けて歌を歌っている人を見るのは生まれて初めてだった。

アシュランド、今年(=2013年)だけで日本には4回も来ていたけど、今回はいろいろと慌ただしい滞在でしたね。そんななかわざわざ時間をくれてありがとうございます。まずはルーツについて訊かせてください。初めて買ったレコードは何ですか?

アシュランド:初めてのレコードはトッド・ラングレンかな。名前が思い出せないんだけど、彼が80年代に出した変なエレクトロっぽいやつ。8歳のときに初めてお小遣いをもらって、家族とショッピングモールに行ったときにレコード屋で買ったテープがそれだった。見た目が可愛かったからジャケ買いしたんだ。

ケレラはどうでしょう?

ケレラ:わたしは……トレイシー・チャップマンのデビュー作だったな。

アシュランド:素敵だね。

ケレラ:うん。でも自分で買ったわけじゃなくて、父からの贈り物だった。たぶん彼は私に気を遣って買ってくれたんだと思うわ。そのとき両親は離ればなれに暮らしていて、父がいつもわたしの送り迎えをしてくれていたの。学校に車で迎えにきてくれるときにだけ、父とふたりで会うことができる時間だったのだけれど、そのときにいつもおねだりばかりしていたから……Oh、 アリガトウゴザイマス(訳者註:蕎麦を運んできた店員に対して彼女は満面の笑みでそう応えた)。

初めていまのようなアーティストになりたいと思ったのはいつ頃ですか?

アシュランド:僕は自分のことをアーティストだなんて思っていないんだ。だからそのようなことを考えたこともない(笑)。そういう誰かのレコードを聴いて、この人みたいにいつかなりたいっていうプロセスで物事を考えたことはないんだ。

ケレラがシンガーになろうと決めたきっかけはなんだったのですか?

ケレラ:アメル・ラリューっていうシンガーのライヴを初めて見たときのことなんだけれど、彼女がわたしのなかの何かをぶちこわしたの。それがきっかけよ。あんなに自分の人生を懸けて歌を歌っている人を見るのは生まれて初めてだった。彼女の歌を聴いて涙が出てきたし、同時にとても幸せな気分にもなった。彼女はべつにわたしのそばでわたしの瞳を見つめながら歌ってくれていたわけではないのよ。ワシントンDCにある大きなコンサートホールで、わたしはステージから遠く離れて座っていたの。それなのに彼女の歌声はわたしの心の奥深くまではっきりと届いた。そのときは信じられなかったわ。その事実も、そんなことができる彼女の歌唱力も。その日を境に、わたしも人生のうちで一度くらいは歌に懸けてみるべきだと思いはじめた。 

それはいつ頃の話ですか?

ケレラ:わたしはもう大学生だったから、2004年頃のことかな。それまで浴室でシャワーを浴びながら歌ったりはしていて、学校の行事とかでソロで歌わされたりしたことはあったけど。あ、そういえばわたし、高校の「将来ポップ・スターになりそうな人ランキング」で1位に選ばれたのよ!

アシュランド:ハハハ(笑)。

ケレラ:きのう考えごとをしていたらちょうどそのことを思い出して。でもとにかく若いときから毎日下手なりに歌は歌っていたわ。日に日に少しずつ上達していっていまに至ったと思う。

以前、インタヴューで「アシュランドはアートスクールに行っていないことを誇りに思っている」とサブトランカのマイルスが言っていましたが、実際どうでしょう?

アシュランド:べつに誇りになんて思ってないけど(笑)、でも多くの人が僕はアートスクール卒だと思うみたい。実際、〈フェイド・2・マインド〉の連中や周りの友だちがみんなそうだし、シカゴに住んでいたときからの知り合いも未だに深い関係にある人はみんなアートスクールの出身なんだ。恐らくそういうイメージがつきやすいのは僕の立ち位置によると思う。僕はアートの世界でコンスタントに活動しているけれど、とくに音楽活動をするときにはいつもインスティチューショナルな現代アートの世界とクラブの世界の両方を行き来するようにしてきたしね。

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それこそが歴史的にシーンと呼ばれるものが生まれてきたポイントだと思うんだ。そこにあるんだと言ってしまうこと自体がそれを生むというか。

あなたがキュレーターを務めたプロジェクト『ブラスティング・ヴォイス』(Blasting Voice)はLPとエキシヴィションの両方の形で発表されましたが、あのヴァリエーション豊かなキュレーションは、何かのシーンを総括するようなものだったのでしょうか?

アシュランド:違うよ。コンピレーションを依頼されたときに「君のシーンにすごく興味があるから何かそれを総括するような物を作ってくれないか」って言われたんだけど、実際それを聞いてすごく笑ってしまったんだ。「それっていったいどういう意味?」って。依頼してきた人のこともまだよく知らなかったし、そのときはそれがすごくおかしくてさ。彼が想像していたようなシーンはそこには存在しなかったし、それぞれのアーティストもその作品もお互いに影響しあわずにすでにそこにあった。だからきっとすごくおもしろい仕事になるなって思ったよ。互いに繋がりのないさまざまな人たちの作品をそこに何か関連があるって想像しながらひとつにまとめていくんだから。でもそれこそが歴史的にシーンと呼ばれるものが生まれてきたポイントだと思うんだ。そこにあるんだと言ってしまうこと自体がそれを生むというか。だから、それはレコードを作る理由としてはじつに楽しいアイデアだったよ。本来のゴールとは違う形だったとはいえどもね。内容の時間軸もバラバラで、2005年頃に知り合いからもらった作品もあればリリース直前に完成した楽曲も入ってる。でもコンピレーションが出るまで誰も聞いたことがなかったものばかりだよ。エキシヴィジョンも同様で、すでに存在していたシーンをリプリゼントしたようなものではないんだ。
どちらもできる限り広範囲から選ぶように努力はしたんだけど、実際思ったより狭い範囲でのキュレーションになってしまったかな。みんな僕の知っているアーティストだったからそういった意味で偏りがあるのはどうしようもないけどね。

わたしが表現した「心地の悪さ」というのは、そこにまた戻ってきたいと感じさせる類いのものなの。それはただ無益に人を傷つけることとは違うのよ。

ケレラは、『ファクト』誌のインタヴューで、「ほとんどの人に共鳴されるとともに、リスナーを心地わるく(uncomfortable)させ」たいという旨をおっしゃっていましたが、それには何か理由があるのですか?

ケレラ:それは、「不安を感じること」には「成長すること」が伴うというわたしの考えから来ていると思う。いままで心地の悪さを経験したときにはいつも、「どうして不安になるんだろう?」って考えさせられてきた。だってもうそんな気分味わいたくないじゃない? たとえそれが意図的に経験させられたものじゃなかったとしてもよ。
わたしが表現した「心地の悪さ」というのは、そこにまた戻ってきたいと感じさせる類いのものなの。それはただ無益に人を傷つけることとは違うのよ。わたしが言いたいのは、他人のパフォーマンスを見ることによって自分が成長できるような瞬間があるということなの。単に「きみは歌がうまいね」とか「あの曲を見事に次の曲にミックスしていたね」とかそういうことじゃなくて、わたしはあなたに関与したいし、あなたにも関わりを感じてほしい。わたしは芸術というフォーマットを通して人との繋がりを得たいし、それだけが人が歌を歌う理由だと思わない? もしも誰にも触れることができないのだとしたら、わたしにはこれを続ける理由がわからないわ。

心地の悪さ、不安感などを伝えることで表面的な部分だけでなく、より深い部分でコミュニケーションを取りたいということでしょうか?

ケレラ:そうね。他にいい言葉がきっとあるはずなんだけど、思い浮かばないな……。とにかく人に関わりを感じて(feel engaged)ほしい。それは「OK、いまのわたしはこの場を去ることはできない」とか「あぁ、いまは飲み物を買いにいけない」とか、いまここで起きていることしか考えられなくなってしまう感じ。それはとても楽しいことにもなりえるのよ。とてつもなく幸せな瞬間にも。ただわたしはそこに心地の悪さや不安感のような感情までも含めてあげたいと思うの。クラブだけじゃなくてどんな場所でも言えることだけど、わかりきった内容のものなんてぜんぜんおもしろくないでしょう。そのために、わたしはいつもそこにある空気を破れるように、みんなのスペースに割って入ることができるようにトライしているわ。

『カット・4・ミー』の歌詞はご自分で書かれているのですか?

ケレラ:基本的には。でも自分ひとりではどうしたらいいかよくわからなくなるときもあって。そんなときにはアズマ(=ングズングズのメンバー)がよく助けてくれる。“エネミー”の歌詞は彼女といっしょに書いたのよ。それからスタジオでもときどきみんなに「ここはこうじゃなくてこう言うべきだ!」って強く言われるときがあった。わたしも「あー! うるさいな!」って感じになっちゃうんだけど、それがよりいい結果に繋がることも多くて(笑)。だからひとりで書いているつもりはないし、みんなでクリエイトした結果だと思ってる。

パートナーとしてングズングズのアズマを選んだのは何か自分と似ているところがあるからですか?

ケレラ:そう。彼女とは知り合ってまだ1年半くらいだけれど、彼女はわたしとまったく同じところからやってきた人のように感じるの。お互い両親が移民だってことも関係しているのかもしれないけれど、彼女もわたしと同じで、ある種のコンテキストに挑戦しながら生きてきた人だし、いまはともに挑戦していける同士だと思ってるわ。だから彼女とはとても深い関係にあるわね。とくにふたりでいっしょに歌詞を考えてるときは、彼女はとても利口で立ち回りの上手な女の子だって気づかされる。英語的表現で言うところの、「Girl in da hood」ね(笑)。とても頭が良くて、必要なときにさりげなく気を利かせてくれる。それは彼女も同じ経験をしてきたから。そしてわたしも同じことを経験しているということにとても重きを置いてくれている。だから彼女と歌詞を書くことは大好きだし、彼女のフィードバックを聞くのも大好き。「ここはこのままで大丈夫よ~」 「なんでここ変えちゃったのよ~?」「ここはこうするべきだわよ~」って。彼女の意見には反発できっこないわ(笑)。

(そっくりなアズマの声真似に一同笑)

アシュランド:いつもそんな感じだよね。みんな自信ないときは「本当にこれで大丈夫なの? アズマに訊かないと……」ってなっちゃうんだ(笑)。

ケレラ:アシュランドもそういう立ち位置だけどね。

〈フェイド・2・マインド〉のアネゴ的存在なんですね(笑)。

ケレラ:わたしにとってアシュランドが父親でアズマが母親みたいな感じなのよ。

みなさん本当に仲良しですね。インク(inc.)のスタジオでおふたりは出会ったときいていますが……

アシュランド:インクのスタジオが初めて会った場所だったっけ?

ケレラ:そうよ。はっきり覚えてるわ。エレベーターの中でふたりで話していて、「友だちがフューチャー・ブラウン(Future Brown)って名前のグループやってるんだけどさ」って言われて、「『フューチャー・ブラウン』だって!? 一体どうしてこのわたしがそのバンドのメンバーじゃないのよ。どこにデモ送ればいいの?」って話したのよ。

アシュランド:(笑)

そのときのお互いの印象はどうだったのですか?

アシュランド:僕はすでにそのときレコーディングしていたティーンガール・ファンタジー(Teengirl Fantasy)のデモで彼女の歌声を聴いていたから、その印象が強かったかな。ケレラはたぶんなんで僕がそこにいたのかも知らなかったと思うよ。僕がニック(筆者註:ティーンガールのニックだろう)の彼氏だったってことは知ってたんだっけ?(笑)

ケレラ:わたしはそう聞いてたわよ。アシュランドが素晴らしいDJだってことも聞いてたけど、プレイを見たことはなかったし、彼がそこにいることの背景とかをまだぜんぜん理解してない状況だった。

アシュランド:彼女はインクのことも知らなかったんだ。その時ティーンガール・ファンタジーがスタジオを探していたから僕がインクのふたりに頼んで使わせてもらっていたんだけれど、それでその日に知ったんだよね。

ケレラ:インクも知らなかったし、トータル・フリーダムも知らなかったの。そのときにはティーンガール・ファンタジーのことも知ったばかりだったし、その背景にある世界っていうのもわたしにはまったく新しいものだった。〈フェイド・2・マインド〉も〈ナイト・スラッグス〉もぜんぜん知らなかった。

アシュランド:君はいったいどこからやってきたのさ(笑)? ティーンガール・ファンタジーの“EFX”のデモを聴いたときに、「これはいますぐにでもヴォーカルを見つけてきて完成させるべきだ! 宅録じゃ駄目だよ、絶対にスタジオでだ!」って言ったんだ(笑)。ケレラはそのときにはもうティーンガール・ファンタジーのふたりとは知り合いだったのかな?

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ティーンガール・ファンタジーの“EFX”のデモを聴いたときに、「これはいますぐにでもヴォーカルを見つけてきて完成させるべきだ! 宅録じゃ駄目だよ、絶対にスタジオでだ!」って言ったんだ(笑)。

ケレラ:たしか10月に彼らがLAでジェイムス・ブレイクとプレイしたのだけれど、その後だっけ? あまりよく思い出せないな。とりあえずそのイヴェント会場で初めて彼らに……ちょっと待って、アシュランド、あなたもあそこにいたわよ!

アシュランド:LAだったらたぶん僕もいたはずだけど……あれ、本当に?

ケレラ:わたしはそこでローガン(筆者注:ティーンガールのローガンだろう)を待っていて、誰も知らなくて不安だったら、そこにあなたもふたりといっしょに現れたじゃない! 初めて会ったのにすごく素敵でキュートな挨拶をしてくれて。そのあとみんなでハウス・パーティーに行ったのよ。

アシュランド:ダニーの家(筆者註:インクのダニエルだろうか)! そうだ思い出した。それが初めて会ったときだよ。なんか不思議だね(笑)。 

ケレラ:すごく行き当たりばったりよ。その日に顔合わせして初めて“EFX”のデモに合わせて歌ったんだけど、わたしはまだ歌詞を持ってなかったの。コクトー・ツインズみたいに自分の独自の言語を作って歌いたいって話をして、ローガンがそのアイデアをとても気に入ってくれたのを覚えてる。まだインクのスタジオに入る1ヶ月以上前の話よ。だからそのときが初めて会った日。訂正するわ。

やっぱりいつもアシュランドがキーパーソンなんですね。ニックと付き合っていたということも驚きです。

アシュランド:本当にただしい期間の間だけだよ(笑)。でも僕らの関係がなかったらケレラは生まれていない。

ケレラ:本当にそうよ。アシュランドの交友関係が広くなければインクのスタジオを使ってレコーディングすることにもなってなかったし、わたしも〈フェイド・2・マインド〉のことも知らずに生きてたんじゃないかな。

すごく興味深いです。それでは、アシュランドはどういった経緯で〈フェイド・2・マインド〉と関わるようになったのですか?

アシュランド:エズラ(=キングダム/Kingdom)とングズングズとは同時期に出会ったんだ。彼らはお互いのことはまだ知らなかったはずだけどね。当時エズラはボストンに住んでいて、とあるバンドのメンバーだったんだ。そのバンドをシカゴで僕がブッキングしたんだよ。彼とはそれ以来の付き合いかな。
その後エズラはバンドを辞めてニューヨークに引っ越すんだけど、ちょうど同じ頃に僕もングズングズとウー・ツァン(筆者註:序文で先述したとおりドキュメンタリー映画『ワイルドネス』の監督)といっしょにシカゴからLAに引っ越したんだ。彼らとは昔からいっしょに音楽を作ってはいたんだけど、LAに越してからングズングズのダニエルがダンス・ミュージックに入れ込みはじめた。そのうちアズマも彼といっしょにビートを作るようになってたんだ。そこでングズふたりにエズラの音楽を聴かせたらマイスペースで連絡をとったみたいで、彼らも友だちになった。それ以来エズラはときおりLAに遊びにくるようになったんだけど、しばらくしたらエズラもLAに引っ越すって言い出してさ。彼は当時テキサスに住んでいたプリンス・ウィリアム(Prince William)とすごく仲がよくて、新しいレーベルをはじめる計画に関してずっとやり取りしていた。それでエズラがLAに越してきてから1年くらい経ってウィル(=プリンス・ウィリアム)もテキサスから越してきたんだ。
それからはみんな毎日のように集まっては音楽を共有したり、ジャムしたりする生活がはじまった。そして〈フェイド・トゥ・マインド〉が生まれたんだ。だからとても自然な経緯だったよ。誰かが「神経質なトータル・フリーダムをレーベルに迎え入れて彼が垂らす不満を聞きながら今後のことを決めていこうじゃないか!」だなんて言い出したわけじゃない(笑)。はじめからそこにいただけなんだ。とても自然に。

アシュランドのDJに毎回テーマはあるのですか?

アシュランド:ないよ。唯一気をつけていることといえば、DJの前に自分が持っている新しい曲たちをUSBかCDに焼くのを忘れないようにすること。

ケレラ:それが彼の準備のすべてなのよ。

アシュランド:それがすべてだよ(笑)。

「いまの会話のなかで君はR&Bという言葉を1回たりとも使わなかったけど、それはどうしてなのか教えてくれるかい?」って。そこで初めて気がついたの。わたしはR&Bという言葉で自分の音楽を考えたことが一度もなかったんだって。

※アシュランドについてはもうすこし掘り下げたかったのだが、彼は一足先に帰ることになっていたので、後日メールでくわしく話しをきくことにして、ひとまず彼を見送った。

それでは、ケレラに質問していきます。現在アメリカにR&Bのシーンのようなものは存在しているのでしょうか?

ケレラ:R&Bに関する何かは起きているわね。でも正直それがなんなのかさっぱりわからないの。ちょうどいまリズラ(=Rizzla)といっしょにわたしのプロフィールを作っているところなのだけれど、わたしのバイオグラフィーに関してひと通り彼に話す機会があって、そのときに彼はこう言った。「いまの会話のなかで君はR&Bという言葉を1回たりとも使わなかったけど、それはどうしてなのか教えてくれるかい?」って。そこで初めて気がついたの。わたしはR&Bという言葉で自分の音楽を考えたことが一度もなかったんだって。それはわたしがルールよりも先に作品のクオリティのことを考えているからかもしれない。作品の完成形を追い求めているときにわたしはR&Bのことを考えていないのよ。完成した後にこれは何ですかって訊かれたら「あぁ、これはおそらくR&Bよね」って単純に思うだけで。だからその言葉を使うことに抵抗は無いし、もしあなたの音楽をまったく知らない人にごく簡潔にあなたの音楽について説明してくださいって言われたら、「これはクラブR&Bよ」って言うと思う。でも歌っているときの影響やなんでそのようなメロディなのかって訊かれたときにR&Bという言葉はそこにはあてはまらない。
それに気づいたとき、リズラといっしょにこの「R&B」現象はいったいなんなんだろうって話をしたわ。だってR&Bに関することなんて2年前には誰もわたしに質問してこなかったもの。この1~2年の間に何かが起こったの。わたしにはそれがよくわからない。でもそれはおそらく、上位中産階級の白人たちみんなに「いま、君はR&Bを聴いているべきなんだよ」って書かれたメモが配られたような、そういう類いの変化なんだと思う。そしてみんながいっせいにそれに関するオンラインのリサーチをはじめて、あたかもいままでずっとそういう音楽を聴いてきたかのように振る舞いはじめたのよ。まるで「オーマイガッド! 僕はR&Bを愛しているし、いままでもずーっとそうだったんだよ! 本当のことさ! やっぱり君は最高だよね!」みたいな感じ。そう、だから何か起きているのはたしかなのよ。
でもわたしはそんな状況をあてにしたくないだなんてカッコつけたことを言うつもりはまったくないわ。すべてのシンガーは自分の限界というものと戦わなければならない。多くのアーティストがそれを乗り越えようとしているし、いまこの瞬間にもそれは実際に起きていることなの。その暗闇は、アーティストからしたら――それはそれはとてつもなく冷たい現実なのよ。
ただ、そういうインターネットで白人でインディなる何かがそこに覆いかぶさってきたような……本当につい最近のことなんだけど。

もともとヒップスターだった白人のキッズたちのことでしょうか?

ケレラ:まさしくその通り! 「だった」というより彼らは未だにそうなの。現在のヒップスタリズムの提示する美学の中にはなぜかR&Bを聴くことも入ってしまっているの。いつからそうなってしまったのかはまったくわからないけれど。でも大事なのはここよ、次のパートよ、よく聴いていて。
そういったこともぜーんぶ含めて、わたしはそれが起きてくれて本当によかったと心から思ってる。正直小さなことはどうだっていいわ。もしヒップスターたちが「R&B」を好きになってくれるなら、それはわたしがアーティストとしてすこしでも長く生活していけるということなんだもの。不満なんてまったく言えた立場じゃないわ。ただ、自分がどこから来たのかってことをいままでよりダイレクトに、はっきりと伝えなくちゃいけないっていうことだけなの。そして何よりもいちばん重要なことは、いまこそがわたしのクリエーションがいちばんノリに乗っている瞬間ということではないっていうことをはっきりとさせることなの。だって「R&B」が流行っていなかったとしても、多少違うかたちにはなっていたかもしれないけれど、わたしの表現したかったこと、目指してきたものは対して変わっていなかったと思うもの。だからどんな理由であれ、いまの状況になってくれて本当によかった。「わたしの音楽が好きなの? アメージング! チケットを買ってショーを見に来てくれるの? グレイト! 本当にありがとう。とても感謝しています」。そういう気持ちだわ。

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現在のヒップスタリズムの提示する美学の中にはなぜかR&Bを聴くことも入ってしまっているの。そういったこともぜーんぶ含めて、わたしはそれが起きてくれて本当によかったと心から思ってる。

なるほど……。続いて「R&B」関連ですが、ジェシー・ウェアと彼女の音楽についてはどう思いますか?

ケレラ:ジェシー・ウェア?  今日中にメールで返答しなくちゃいけない他のメディアからのインタヴューがあるんだけど、そこにも彼女に関する質問があったの。ちょっとここで読ませてもらってもいいかな?

どうぞ。

ケレラ:「質問その1) われわれはあなたもジェシー・ウェアと同じようなラウンドを進めていくものと予想しています。脇役としてのアンダーグラウンド・シンガーからメインストリーム・アーティストへの素早い立ち上がり。この予想に関してはどう思われますか?」

(一同沈黙)

ケレラ:ジェシー・ウェアの音楽に関してわたしがどう思うかというと、彼女が有名になる前に当時の彼女の歌を聴いたことがあるんだけど、正直あまり好きにはなれなかった。彼女が去年くらいに出したアルバムも聴いたけど、わたしはもっとクラブよりのものが好きだし、そういう文脈で音楽を模索していた時期だったこともあって、いまいちぱっとしなかったんだ。何よりもそういうクラブの文脈の中にいるってことがわたしのファースト・ステートメントだと思っているし。
ステートメントの話から派生するとね、わたしにとって「物語(narrative)」ってとても重要なことで。ここで言われている「脇役からメインストリームへの立ち上がり」っていう物語は、わたしにとってとても問題のあるものなんだよ。誰かに付随した価値を得たいと思ったことは一度もないし、その誤解を防ぐためにつねにベストをつくしているつもりなの。たとえば、わたしが最初にキングダムとのフューチャリング・トラック(“バンク・ヘッド”)をリリースしたときのことなんだけど、プロモーターがみんなキングダムとケレラをいっしょにブッキングしたがったの。みんな「Kingdom featuring Kelela」を見たがっていた。たぶんあなたたちもそう思っていたと思うけど……。

プロモーターがみんなキングダムとケレラをいっしょにブッキングしたがったの。みんな「Kingdom featuring Kelela」を見たがっていた。たぶんあなたたちもそう思っていたと思うけど……。

たしかに、あなたが出てきたときには正直そのようなコラボレーション・シンガーのような印象をすくなからず抱いていました。

ケレラ:そう見えたと思う。わたしはそれがすごく嫌だった。エズラはもちろん素晴らしい友だちだしいっしょにやってて楽しいから、最初はイエスばかり言っていっしょにギグをしてたんだ。でも最初の4、5回がすぎた頃、わたしのマネージャーにこう言われたの。「この『Kingdom & Kelela』ってのは一体なんなの? バンドでもやってるの?」って。違うわ、そういうつもりじゃないのよってわたしは言ったけど、彼は「君はソロをやろうとしているんじゃないのかい? 僕にはそのようにはまったく見えない。」って。
つまりわたしが言いたいのは、あなたの意図っていうのはそれが物語の中に反映されていなければまったく意味がないってこと。とくにインターネットの世界では、あなたの考えている意図とはまったく関係なく、そこに提示されている物語がすべてなの。だからエズラに伝えなければならなかった。もうこれ以上はできないって。それはとても辛い会話だったわ。なぜなら、わたしは誰かに付随した価値を得たいわけじゃないんだって、はっきりと言わなければならなかったから。それと同時に、誰かがわたしに付随するDJにもなってほしくなかった。最近はアシュランドといっしょにギグをすることが多いけど、ケレラのショーではあなたのお気に入りのDJがミックスを披露することもあって、トラックを繋げたり、エフェクトを懸けたりするような形でケレラのライヴセットをサポートすることもあるっていう見え方であってほしいの。そしてケレラも彼らのミックスに合わせて歌うこともあるっていう、そういうストーリーであるべきなのよ、ケレラの物語は。ボノボ(=bonobo/イギリスのプロデューサー)っていうアーティストがいるでしょう?

アンドレヤ・トリアーナ(Andreya Triana) をプロデュースしていますよね。

ケレラ:そうよ。アンドレヤはとても長いあいだ歌ってきたのよ。ボノボとのフューチャリングをはじめるずーっと前から。
だからわたしが言いたいのは、物語っていうのはわたしにとってとても重要なことで。男性の横で――いや、それが白人だったらもう本当に最悪なんだけど――白人男性の横で歌う薄幸の黒人「R&B」シンガーの女の子が、ハンサムな彼に拾い上げられて世界の目にさらされたことで初めて成功することができたっていうシンデレラ・ストーリーはわたしのなかではまったく受け入れられないんだ。たいていの場合、そんなのぜんぜん事実じゃない。わたしはべつにジェシー・ウェアが嫌いなわけじゃないよ。おそらくわたしたちが会って話をしたらすぐに仲良くなれると思う。きっと共通項もたくさんある。でも彼女の音楽のこととなると、やっぱりその物語が好きになれないし、それは音楽を聴くときにも反映されてしまうことなの。わたしもよく訊かれるんだよ、「キングダムとの曲“バンク・ヘッド”は素晴らしい出来です。ところで彼はどこであなたを発掘したのですか?」……って。すでに質問の中に暗に含まれてしまっているのよ。わたしの才能を発見したのはわたし自身なのよ。そしてケレラのプロジェクトのほとんどにおいてキュレーションをしているのはわたし自身なのにって。そういうときは本当に悔しい。いままで歌だけ歌って呑気に生きてきたビッチが、運良く腕の良いプロデューサーに育ててもらっただけでここまで有名になれたんだ、っていうこの業界のステレオタイプには本当にうんざりしてる。そしてこういう類いのことはいつも女性に起こっているのよ。女性アーティストに対しては、ありえないくらい頻繁に起こっているの。悲しいけれど、自分の物語は自分自身で守っていくしかないのよ。だからわたしの物語というのはもっと複雑だってことをちゃんと見せていくことで、そういったものには挑戦しつづけたいと思っている。

悲しいけれど、自分の物語は自分自身で守っていくしかないのよ。だからわたしの物語というのはもっと複雑だってことをちゃんと見せていくことで、そういったものには挑戦しつづけたいと思っている。

とても素晴らしい話をありがとうございます。日本の状況を生きる我々にとっても心に突き刺さる内容でした。今回のインタヴュー中に、あなたの口から「コンテクストに挑戦する(Breaking the context)」というような表現を何度か耳にしました。それから代官山〈UNIT〉でのパーティ、〈DOMMUNE〉でのリハーサルの際に、どちらのPAスタッフも女性だったことに、あなたはおおきな喜びを表現していましたね。

ケレラ:超最高(So Sick)だったわ。

やはり、あなたの言うコンテクストというのは男性至上主義なるものなのですか?

ケレラ:そうね。たしかにわたしたちはとても男性優位な社会に住んでいるわよね。でもそれに挑戦することだけがわたしのゴールや目的ではまったくないわ。わたしはべつに男性より強くなりたいわけではないし、いまの男性のポジションが女性のものになるべきだとも思っていない。いちばん重要だと思っているのは、やっぱりわたしたちがちゃんと当たり前にいい仕事をすることなの。そしてそれらのいい仕事の副産物として、そういった社会的コンテクストにも挑戦することができたら素晴らしいと思うの。べつにその人が女性だからってPAスタッフに雇うだなんてことをわたしはしたいわけじゃないよ? わかるでしょう。たとえばクラブのフロアに入ってサウンドチェックで音がパーフェクトで、微妙なマイクの調整も何のドラマや問題もなくスムーズに起きて、すごく満足しているときに、サウンドの担当を見たら女性だったっていう事実は、やっぱり多くを語っているのよ。それはとても意味あることだと思う。

わたしたちの住むこの社会のコンテクストにおいては?

ケレラ:そうよ。そして、それは女性たちの間だけの問題ではないのよ。マッチョさがより少ないっていうのは、何かを成し遂げるときにはとくに必要なように感じる。仕事を無事に終えることを心配されるっていうのは女性たちに共通して起きていることで。自分なりに正しくあるってことよりも、そっちに気を遣ってしまっている女性はやっぱり多いと思う。アズマやファティマ(・アル・カディリ/Fatima Al Qadiri)のようなわたしとおなじシーンに属している女性たちを代表してどうこう言うつもりはないけれど、わたしたちに共通して言えるのは、わたしたちはべつに男性になろうとしているわけではないということ(筆者註:ファティマは「ゲイのムスリム・クウェート人」と中傷されたことへの怒りのツイートを残している)。アグレッシヴでハードなダンス・ミュージックに、フェミニンなタッチが正しい形で融合されることって、いままでに起きた最高のことのひとつだと思ってる(笑)。この前のテキサス州オースティンでの〈SXSW〉でのアフターパーティーのときに、レーベルのみんながバック・2・バックでDJプレイしたのだけれど、アズマがプレイする番になったときのことは言葉で表現できないくらい素晴らしかったわ。彼女の醸し出す上品さがCDJの上にまるで女神のように降臨したのよ(笑)。そして、それはとても価値あることなの。わたしたちの住むこの社会のコンテクストにおいてはね。

貴重なお話をありがとうございます。それでは、最後の質問です。今回の来日公演での1曲めで「Is there nothing sacred anymore」という歌詞を、くりかえしオーディエンスに尋ねるパフォーマンスをしていましたね。その言葉を選んだ理由はなんでしょうか?

ケレラ:1曲めのあの歌はアメル・ラリューの曲のカヴァーなの。わたしにとってとても重要な意味をもつ歌で、“セイクリッド”っていう曲よ。ユーチューブで聴けるわ。その歌詞と曲を選んだ理由は、くり返すようだけれど、みんなのスペースに割って入りたかったから。心地を悪くさせたかったからよ。あそこがクラブじゃなく、聴衆が椅子にすわって待っているような、とても静かな場所だったとしたら、おそらくあの歌は歌っていない。照明を落としてあの曲でパフォーマンスをはじめて、その場のトーンを決めたかったんだ。それに、ケレラにとってとても意味のある歌だから、だよ。

 「本当にありがとう。また会おうね!」 最後にハグをしながらケレラはそう言った。まだ8月前半だったというのに、ケレラと挨拶をしてわかれたとき、僕は夏が終わったのをはっきりと感じた。

結局あの夏から、アシュランドは追加の質問の返答をくれていないままだ。けっこう大切な質問だったんだけどなぁといまでも悔やんでいるのだけれど、なんと今年5月に〈Prom Nite 4〉でJ・クッシュ(J-CUSH)とともに来日するらしい

 今年も春をむかえようとしているさなか、ケレラから手紙が届いた。

BANK HEAD  (Translated into Japanese)

Like kicking an old bad habit
(悪い習慣を断つときのように)
It's hard, but I'm not static
(苦しいのに、落ち着いていられないんだ)
We lock eyes from far away
(遠くから目が合っても)
And then you slowly turn your face
(あなたはゆっくりと顔を背けるのだもの)
Like middle school we're a secret
(ミドルスクールのような秘密の関係ね)
There's more to it but we keep it
(本当はそれ以上だけど抑えてるんだ)
It's not a game I know
(遊びじゃないのはわかってる)
We're moving at our pace
(ただわたしたちのペースで進んでいるだけなんだ)

Remembering that one time
(あの時のことを思い出す)
Had to stop it's making me hot
(本気になってしまいそうで 止めなければならなかった)
Come on out, there's no need to hide
(姿をみせてよ、隠れる必要なんてないのに)
Could you be my new love?
(わたしの恋人になってくれますか?)
Could it be that we need some time?
(それとももっと時間が必要なのですか?)
I'm still browsing, there's no need to buy
(わたしはまだ窺っている、お金で買えるものでもないのに)

It's all I dreamed of, it can't get started
(すべてわたしが夢みていたこと、起こりえないことなんだ)
Time goes by really slow and I need to let it--
(ただ時が過ぎるのが遅すぎて、わたしは――)
And all I dreamed of, it can't get started
(それはわたしが夢みていたこと 起こりえないことなんだ)
Time goes really slow and I need to let it--
(ただ時が過ぎるのが遅すぎて、わたしは――)

Out
(吐き出さずにいられない)

I'm keeping you close you know it
(あなたの近くにいるのは知ってるでしょう)
And I'm taking my time to show it
(時間をかけてそれを伝えていることも)
You're touching me like you've had it all along
(初めから全部わかっていたかのように触れられると)
Feels like you're right
(あなたが正しいような気もするんだ)
And once you're around I notice
(でもいっしょにいると気がつく)
That I need to draw you closer
(もっと近くにたぐり寄せなくちゃならないことに)
A breath away, I wonder how you keep it all inside
(ため息がこぼれるたび、あなたがどうして内に秘めていられるのか気になるんだ)

Remembering that one time
(あの時のことを思い出す)
Had to stop it's making me hot
(本気になってしまいそうで とめなければならなかった)
Come on out, there's no need to hide
(姿をみせてよ、隠す必要なんてないのに)
Could you be my new love?
(わたしの恋人になってくれますか?)
Could it be that we need some time?
(それとももっと時間が必要なのですか?)
I'm still browsing, there's no need to buy
(わたしはまだ窺っている、お金で買えるものでもないのに)

It's all I dreamed of, it can't get started
(すべてわたしが夢みていたこと、起こりえないこと)
Time goes by really slow and I need to let it--
(ただ時が過ぎるのが遅すぎて、わたしは――)
And all I dream of, it can't get started
(それはわたしが夢みていたこと 起こりえないこと)
Time goes really slow
(ただ時が過ぎるのが遅すぎて、わたしは――)

And I need to let it out…
(吐き出さずにはいられない……)

Sad we couldn't go any deeper...
(これ以上深い関係になれなくて残念だよ……)
Something tells me you're a keeper...
(あなたしかいないような気がしているのに……)
Time. goes. by.
(時は過ぎてゆく)

[Something I can't define; Is it love? Loooooove...]
(言葉にできない何か;これが愛なの? 愛……)


interview with Cloud Nothings (Dylan Baldi) - ele-king


Cloud Nothings - Here And Nowhere Else
Carpark / ホステス

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 インディ・ロックが2014年にもっとも期待する盤のひとつがリリースされた。年若き才能ディラン・バルディが率いるクリーヴランドの4人組、クラウド・ナッシングス3枚めのフル・アルバムだ。バルディの書く曲はデビュー当初から大きく注目を浴びていたが、結成から約5年の間、彼らはてらうことなく活動を充実させてきた。

 本インタヴューへのディラン・バルディからの返答は、どれもとても率直なものだった。アーティストとしてのエゴがきちんとありながら、しかし自らの像に下駄を履かせない。それは彼の表現に直接的に結びついていていることでもある。シンプルでまっすぐなパンク・ロック。そのまっすぐさがともすれば危うく感じられるほどロウに切り出されたのがスティーヴ・アルビニ録音の前作『アタック・オン・メモリー』(2012年)だとすれば、それをまさにエモとして咀嚼し、控えめながらポップ・ミュージックとしての洗練を加えているのがジョン・コングルトンとの今作『ヒア・アンド・ノーウェア・エルス』ではないかと思う。バルディという中心はいつでもただ率直に音楽に向かい、そして抜きんでて印象に残るメロディを生みつづけている。

 音楽に祝福されているとしか言いようのない、その若い生の喜びと憂愁にみちたパフォーミングについては、気づけばもう3度もレヴューを書いているので割愛するとして、棒立ちに近かった彼らの音のたたずまいが、枚数を重ねながら、そのまま人生における時の積み重なりにつられるように自然にカーブしていくさまに感動を覚えたことを記しておきたいと思う。今作において「完璧に仕上げることを自分に要求するようになった」というバルディは、勢いや生々しさ、青春の追い風によってはアルバム一枚しか作れないということを感覚で知っているのかもしれない。そして、それが職人になることではなく、心の中の衝動に目をつむるということでもなく、「自分がどういう人間なのか、自分はこの世界でどこに位置するのかっていうことについて語ってるんだ。成長するにおいてそれが大事だって俺は思うんだよね」──成長するということに自覚的であることを通して思考されていることに、彼のまっすぐさの深みがのぞいているように思う。10代のように思いあがっているのではない、10代のように真剣なバルディのこの先の時間には、パンクやロックにとっても重要な契機がふくまれているはずだ。

いまは卓越した楽曲を書き上げることに満足してる。だけど何年か経ったら、それに疲れてなんか狂ったことをするんだろうね。

今回、ジョン・コングルトン(John Congleton)をプロデューサーに迎えたことにはどのような意図があったのでしょう?

DB:ジョンは、去年俺たちのマネージャーをしていた人に薦められたんだ。ジョンについてはあまり詳しくなかったんだけど、いろいろ調べてから彼がふさわしいんじゃないかって思ってね。俺のテイストの音楽じゃないものでも、彼が手掛けたものはすべて素晴らしかったんだ。だからきっといいものができるって確信を持てたんだ。

新しく彼から学んだことはありますか?

DB:完璧に仕上げることを自分に要求するようになった。そうすればいいアルバムができるってことがわかったんだ。普段は「完璧」なサウンドになるようにっていうようなこだわりは持たないんだけど、ジョンと仕事をしてから、すべてのパートにベストを尽くせばもっと強い主張性を持ったアルバムを届けられるってことがわかったんだ。

“パターン・ウォークス”には大胆にギターのインプロヴィゼーション・パートがフィーチャーされていますね。こうしたさまざまな模索があなたの音楽の次の段階をひらいていくように思われますが、ご自身としてはどうですか?

DB:インプロを入れるのは大好きなんだ。俺たち曲にいつも入れている。ツアーで毎晩毎晩同じ曲をやるとき、狂わないで済む理由はまさにインプロだね。そこで新しいことを試すのがすごく楽しいんだ。

前作はアルビニ録音ということもあって生っぽさが意識されてもいたと思いますが、今作はさらにノイジーになっていますね。前作リリース後から今作制作にいたるあいだ、ご自身の音楽についてどのようなことを考えていましたか?

DB:『アタック・オン・メモリー』では転機を迎えて、それがあったこそ『ヒア・アンド・ノーウェア・エルス』にたどりつけた。音楽が前作では暗くなりすぎて、いまの自分とはちょっとすれ違うものがあったんだ。だから『ヒア・アンド・ノーウェア・エルス』ではまた俺のちがう面、新しい感情を入れ込みたかったんだ。

“ヒア・アンド・ノーウェア・エルス”とはどのような場所のことを言うのでしょうか?

DB:「いま」だね。いま、この瞬間を示している。場所じゃないんだ。自分の前にあるもの、後ろに置いてきたものじゃなくて、ただ「いま」を生きることが大事だっていうことを伝えたかったんだ。

今作は「ポジティヴな」作品であるとも語っておられますね。それはハッピーで明るい曲が増えたということではなくて、むしろ勢いやアグレッシヴさが増したということであるように感じます。あなたにとってのポジティヴな状態についてもう少し教えていただけませんか?

DB:歌詞はこのアルバムの方がポジティヴだね。音楽はアグレッシヴだし、生身のエネルギーを感じられるものだと思うんだけど、歌詞は自分がどういう人間なのか、自分はこの世界でどこに位置するのかっていうことについて語ってるんだ。成長するにおいてそれが大事だって俺は思うんだよね。

大人になったら何になろうと思っていました?

DB:何かをつくり上げる人。将来自分が何をしているかって考えたときに、何かしらアートを作り出している自分しか想像がつかなかった。

音楽制作において、「新しい音楽をつくりたい」「見たことのないものをつくりたい」という思いは強いですか?

DB:いまはそうでもないかな。いまは卓越した楽曲を書き上げることに満足してる。だけど何年か経ったら、それに疲れてなんか狂ったことをするんだろうね。

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歌詞は本当にギリギリになって書くんだ。じゃないと考えすぎて、自分が言おうとしていることはアホなんじゃないかっていう思いに陥いりそうでさ。


Cloud Nothings - Here And Nowhere Else
Carpark / ホステス

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あなたはシンプルながら本当に忘れがたいメロディを持った曲を作られますね。パワーポップやガレージ・パンク、あるいはサッドコアなどの名作と比較されることも多いかと思うのですが、意識したりリスペクトするバンドやアーティストはいますか?

DB:リスペクトしてるアーティストはたくさんいるよ。いまのお気に入りはザ・ワイパーズ(The Wipers)、スウェル・マップス(Swell Maps)、ザウンズ(Zounds)、プロトマーター(Protomartyr)、タイベック(Tyvek)……リストはキリがないよ!

歌詞は熟考しますか?

DB:いや、歌詞は本当にギリギリになって書くんだ。じゃないと考えすぎて、自分が言おうとしていることはアホなんじゃないかっていう思いに陥いりそうでさ。

本当に、ある意味ではすべてシングル曲と呼べるくらい1曲1曲が独立し完結した魅力を備えていると思うのですが、「アルバム」というフォーマットについてはどのように考えていますか? また、次のアルバムの構想はありますか?

DB:楽曲を順に並べるのは楽しい作業なんだ。実際、筋の通った順っていうのは一つしかないんだよ。『ヒア・アンド・ノーウェア・エルス』の曲順はあれ以外に考えられないね。次のアルバムの予定はまだないよ。先に曲を仕上げないとな。

フィジカル・リリースへの思い入れはありますか?

DB:レコードを集めるのは大好きなんだ。だけど実際なくなって空虚感が残るかって言われたらわからないな。

昨年(2013年)よく聴いた音楽を教えてください。

DB:プロトマイティア(Protomartyr )の『ノー・パッション・オール・テクニーク』。デトロイト発のバンドで、飛びぬけてるアルバムなんだ。俺がいままで聴いてきたなかで完璧だと思った楽曲がこのアルバムにはたくさん収録されているんだ。

小説やコミック、映画、ゲームなど物語系のコンテンツで好きなものを教えてください。

DB:手塚治虫の『ブッダ』をちょっと前に読んだんだ。とてもよかったよ。一つ一つの絵が映画みたいなところが好きなんだ。言葉がなくても、何を物語っているかがちゃんと伝わってくるんだよ。

talking with downy & Fragment - ele-king


downy - 第五作品集『無題』リミックスアルバム
Felicity

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 昨年11月に、活動休止期間を経て9年ぶりの新作アルバムを発表した“ポストロック”・バンド、downy。これまでと同じように無題で発表されたこの第五作品集は、しかし、名をもたず語らないことのうちに含みこんだ情報や熱やスキルを大きく増幅させている。音は緊張感に満ち、同時に、生活と音楽とをより広く長いスパンから見直す時間を経たことで迫力のある余裕や深みさえ生まれている。
 今月、その第五作品集がリミックス・アルバムとなってリリースされた。〈術ノ穴〉主宰のFragmentをホストとし、セルフ・リミックスも加えれば14組もの豪華な顔ぶれが参加、それぞれのdowny解釈を発展させている。
 〈術ノ穴〉はご存知のとおりヒップホップからロックまで、またアイドルやアートにまたがる仕事も多数手掛け、アンダーグラウンドをフリーフォームにつないでいるレーベルだ。彼らとdownyとの邂逅を人によっては少し意外に感じるかもしれない。だが、以下の対談をお読みいただければその思いも氷解するだろう。downyのファンとしてリスペクト全開に本作を語るFragment──その言葉は、かつて彼らが夢中になったというdownyの活動とともに、そこに広がっていたジャンルレスなシーンをも浮かび上がらせた。このリミックス盤の価値はその点にもあるといえるだろう。「GOTH-TRADといっしょにやっていたりとかLITTLE TEMPOとか、THA BLUE HERBとの2マンとか、54-71とか、あのあたりの感じとDJ KRUSHとかも僕らには同じように見えていたんですよ」(Kussy)。それは2000年代初頭のクラブ・シーンの一端を思い起こさせるリアルな証言であり記憶。彼らが受けたインパクトまでがまざまざと伝わってくる。本作は、そうした記憶がなぞられ、敬意をこめて再構成されることで、単なるリミックス・アルバムという域を超える存在感を生んでいる。downyの表面をなでるのではなく、その存在や来し方を愛をもって掘り起し、自分たちの現在をミックスしていく──とても幸福な作品であり、リミックスということの意義自体までもを考えさせる逸盤ではないだろうか。
 それでは蛇足ながら、頭から尾まで、単体でも愛聴すべき素晴らしいトラックが並んでいるということを申し添えつつ、以下の対話へのリードとしたい。3月某日、小春日和の下北沢にて、暖気を引き連れて東京入りしたdownyの青木ロビン、そして彼を迎えるFragmentのkussy、deii、各氏に話をきいた。

とにかく僕らのほうはdownyのファンだったわけで。(kussy)

(この日上がってきたばかりのサンプル盤を手に取りながら)

青木:やったね。

kussy:うれしいなー。

青木:デザインもいいよね、この赤がいい。

中には歌詞なんかも記載されているんですか?

青木:“十六月”だけ入っていますね。──これは9年前にできているんだよ。9年前にすでにあったメロと歌詞。

deii:そうなんですか!

kussy:へえー!

アルバムの方には収録されていないですもんね。そうしたことも追々うかがっていきたいんですが、まずはどうしてこの新作(第五作品集、2013年リリース)のリミックス・アルバムの企画が生まれたのか、Fragmentのおふたりと組むことになったのはどうしてなのか、というところからお訊きしたいと思います。

青木:俺から話そうか。まず、ふたりとは沖縄で会ったんです。ライヴがあって。自分としては、また音楽をはじめようかどうしようかというタイミングだったかな……どうだったっけ、俺、音楽やるって言っていたっけ?

kussy:噂的なものはあった、という感じですかね(笑)。3年くらい前になりますか?

青木:そうだね。

deii:震災の頃かな。

青木:うん、その年だね。彼らのライヴがあって、そのオーガナイザーが僕の知り合いだったんです。で、その方を通して、彼らから会ってみたいという連絡があったので、「行く行く」と(笑)。ボロボロの居酒屋でね。

kussy:飲んだっすね(笑)。とにかく僕らのほうはdownyのファンだったわけで、全盛期にはライヴも行きまくっていたし、音源もすごく聴いていて。ツイッターとかでも、ことあるごとに「downyのフレーズ、やっぱかっこいいわー」みたいなことをつぶやいていたんです。そしたらオーガナイザーのキムさんがロビンさんと仲のいい方で、ロビンさんをこっそり誘っていてくださって……。

青木:あれは、こっそりなんだ?

kussy:そうですよ。まさか、ロビンさんに会えるなんて思ってもみないですし。沖縄に住んでいらっしゃるらしいということは知っていましたけど、あれは本っ当に焦りましたね……!

ははは! では、ステージじゃないところでの青木さんの印象はどうでしたか?

kussy:いやもう、俺らは固まってたし、酔っ払ったりもして、ただただ当時の熱い思いを伝える一方でしたね(笑)。

青木:はははは。

kussy:どれだけ好きかっていう。

青木:それで仲良くなって、翌日ライヴを見せてもらって、何か機会があったらいっしょにやりましょうという話をしたんだよね。

kussy:機会があればリミックスとかやらせてくださいよ、みたいなことをこちらから一方的に言っていたんです。

青木:そして、いざ、ということではじまったね。

なるほどー。でも、好きであればあるほど、リミックスという行為への責任というかプレッシャーは甚大なものになるんじゃないですか?

kussy:ははは、たしかにね(笑)。


曲作りってリミックスに近くない? (青木)

最初に、こんなふうにしたいというような構想はありました?

kussy:そうですね、とくにプレッシャーのようなものがあったわけでもなくて、いつもどおりにやればいいと思っていました。とにかく、愛はあるんで。それだけわかってもらえればいいなというところでしたね。……(自身らによるリミックスが)実現すると思っていなかった部分もありますし。

青木:有言実行だから。

ははは!

kussy:なんか、断れなくなるほど強く売り込んでしまったかもしれないですけど(笑)。

その「愛」の部分はこの盤のどんなところに反映されていると思います? リミキサーの選定なり段取りなり、あるいはコンセプトの部分ですとか、感じるところがありますか?

青木:愛はちょっとわかんないですけど、リミックスというのはやったことがなかったので、とにかくアドヴァイザーとしていろいろな相談に乗ってくれたのはありがたかったです。それこそ、どんな頼み方をすればいいのかといったことから、曲順とか、音の渡し方とか、逐一訊いて実行に移すという流れがありましたね。忙しいなか、親身によくやってもらえました。

曲順というお話が出ましたが、アルバムとはぜんぜん違っていて、完全に再構築されていますよね。アタマの“十六月”も未収録曲です。これは、どこかにリミックス以前の「オリジナル」が存在しているわけですよね?

青木:そうです。

それ自体はどういったかたちで世に出るのでしょうか。

青木:それは出ないですね。アルバムからあぶれた曲なんですよ。それで、手法を変えて組み直したんです。

オリジナルがあってリミックスがあるわけですが、オリジナルが聴けない場合、「リミックス」と「別テイク」との差は何なのか。そのへん何か意識されていたことはありますか?

青木:なんでしょうね、曲作りってリミックスに近くない? 俺たちはまたけっこう特殊な作り方をするので、何とも言えないんですが。「これで出す」って決めた瞬間に、はじめて尺もふくめて曲が確定するという感じなんです。レコーディング中はひたすら変わりつづけるというか、頭がサビになったりとかね。

kussy:たしかにdownyはそこが他のバンドと大きく違うかもしれないですね。このまえ裕(青木裕)さんと話したんですけど、そのときに曲の作り方なんかをいろいろ訊いたんですが、「ぜんぜん変えてしまう」というようなことを聞きました。

青木:もらった音は俺もすごく変えちゃうからね。

kussy:ですよね。それはかなり特殊なんじゃないかなと思いました。

青木:変えるというかやり直すというか。もともとのトラックにエフェクトをかけて音程が変わって、むしろそれをギターでやり直すとか。いいノイズが乗っているのをハットでやるとか。

kussy:ははは。


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着地点の予想がつくものにはしたくなかったんですよね。 (kussy)


downy - 第五作品集『無題』リミックスアルバム
Felicity

Tower Amazon iTunes

青木:だから、つねに自分たちの曲をリミックスしている感覚はあるね。“十六月”はその継続のなかで形作られたもので、だからオリジナルといえばオリジナルかもしれません。CDとして出すタイミングがひとつのリミットになっているというか。

kussy:俺らも途中経過に参加している感じでしたよね。どれがオリジナルかということはあまり意識しない状態から作りました。あくまで素材として接していて。

青木:うん。ほぼ素材だけで渡していたからね。

なるほど。ちなみに“十六月”というイメージや意味をめぐってはどうですか?

青木:意味は……ないっすよ。

ええっ(笑)、ないんですか。

kussy:俺らもないっすね(笑)。音だけというか。

ははは。ビートにはずいぶんと隙間を持たせていますよね。ちょっとジャジーに仕上がっていて。

kussy:すごくヒップホップにしようと思って。

青木:かっこいいよね!

kussy:着地点の予想がつくものにはしたくなかったんですよね。声の使い方にしても、スクラッチしてみるのがいいかなって。ロビンさんの声こすったらおもしろいなというふうには思いました。それくらい、素材として使わせてもらう感覚でしたね。

downyの音世界には、すべてが心象風景として立ち上がってくるような、インナーな圧力をものすごく感じるんですが、Fragmentのリミックスはそれを文字どおり脱構築するというか。「素材」という視点の、ある意味でのドライさがすごく特徴的だと思います。

青木:お願いしたかったことが具現化されていましたね。たしかに、解釈もヒップホップだし。

そのあたりでは、olive oilさんだったり、やけのはらさんだったりの参加も目を引きますね。やけのはらさんのあの本当に元のグルーヴやテンションを脱臼させる手つきとか。

kussy:あれもよかったですよね。

青木:オリーブくんも完全にオリーブくん節だよね。

kussy:そうですね。リミキサーをどうするかという話のときも、僕がオリーブくんを提案しようとしたら「もう頼んである」って言われたんですよ。

青木:〈zezeco〉で同じイヴェントでライヴをしたり、あとはMission Possible(olive oil×ILL-BOSSTINO×B.I.G.JOE)。来沖した際に紹介してもらったりというつながりがあったりもしたんだけど、downyとして何かをお願いするのは初めてですね。

kussy:本当に「olive oil」でしたね。

青木:もはやオリジナルだよね(笑)。

人選にあたっては、シーンを見渡してというようなバランス感覚も働いているんでしょうか。それともより感覚的な部分を優先されたのでしょうか。

kussy:たとえばオリーブくんに関して言えば、彼のスタンスというか、あのブレなさに、完全にdownyと近いものを感じてました。勝手にですけど。音としてもそうですね。俺らからしてみればDownyのことも好きだし、olive oilのことも好きだし、尊敬しているし、迷いないところです。

青木:素晴らしい。

kussy:はい(笑)。いろんなトラックメイカーがいて、いい人もたくさん出てきているんですけど、そういうことよりはdownyに愛がある人選がいいんじゃないかなと思っていましたね。「売る」ということを考えたら、もう少しいろいろあるんでしょうけど。


あの曲のドラムがすげぇなっていう話をしていて。 (deii)
リミックスとなるとどうしても変拍子は厳しいんですけど、チャレンジしてみたいなと思った。 (kussy)

Fragmentさんは“十六月”の他に“㬢ヲ見ヨ!”にも取り組まれていますが、どうして“㬢”だったんです?

deii:あの曲のドラムがすげぇなっていう話をしていて、そこを俺らなりにどう崩せるかな、という思いがあったんですよね。ちょっと挑戦してみたいなと。

kussy:リミックスとなるとどうしても変拍子は厳しいんですけど、チャレンジしてみたいなと思っちゃったことがいちばんの理由ですね。オリジナルのなかでもいちばんすごい曲だと思ったし、「やってみたい」って言ったら「いいよ」ということにもなって。

青木:なんか、挙手制だったよね(笑)。

kussy:ロビンさんも、最初は「カブってもいいじゃん」って言っていましたよね。最終的にうまく収まりましたよね。

青木:よく選んだなって思ったよ(笑)。あれ(“㬢ヲ見ヨ!”)はみんな選ばないだろうなっていう曲だったから。

といいますと?

青木:本当に難しいと思うし、うわずみだけ取って四つ打ちにするというようなイージーすぎるやり方だと成立しないだろうし、あのぐしゃぐしゃした感じも残さなきゃいけないだろうしね。

グルーヴを削いでハーシュノイズを注ぎ込んで、むしろあの曲の内側に渦巻いていたものを外に出したというような印象を受けました。

kussy:そこを汲み取るというよりも、いかにロビンさんに「おっ」って言ってもらえるかということを考えていたように思いますね。好奇心というか。

なるほど! それはいちばんのモチヴェーションかもしれませんね。ちなみに「㬢」って漢字読めました?

kussy:いや、読めなかったですね。

──私もです(笑)。あのリミックスはまさに、読みを知らない状態のあの字をビートとノイズで組み直したらこうなるのかよ、みたいな仕上がりだと思いました。

kussy:そう言えばよかった(笑)。いや、オリジナルが本当に熱すぎるから。

青木:いやいや、出来上がったの聴いてすぐ電話したよ。「超かっけえ!」って。

kussy:僕らはロビンさんの電話がくるまで、マジで緊張しましたけどね……。

ああ、それは緊張するでしょうね……。あとは、「ア」音を大事にされているなとも思って。ヴォーカルのなかから、あの部分を抜いたのはどうしてです?

青木:あ、それ俺も訊きたい。「兄弟」とかもね。

そうそう! そこも気になりました。「兄弟」って言葉が鮮やかに切り取られていて。

青木:ヤバイよね(笑)。なんでそこやったんや!? って。

(一同笑)

deii:両方ともいちばん耳に残る部分ではありましたから。

kussy:音としておもしろいかどうかというところの判断ですよね。

青木:まあ、ちゃんと歌詞が聞き取れる部分があのへんしかないということもあるよね(笑)。だいたいが何を言っているかわからないからさ。

そんな(笑)。わたしには、このジャケットのアートワークの赤も、あの「ア」のイメージで感じられますけどね。「㬢」の「ア」の。

kussy:ああ……。

青木:ジャケ、かっこいいよね。あのリミックスは、僕らが“十六月”をやらないなら、ぜひ1曲目にしたいと思っていたくらいなんですけどね。僕らはバンドでやっているんで、途中に入れ込むと音が引っ込んじゃうというか。そういうこともあったので、まあ、オープニングというようなところで、最初に入れましょうということになったんです。


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普通のリミックス・コンペとはちょっとちがう空気感でしたね。 (kussy)


downy - 第五作品集『無題』リミックスアルバム
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なるほど。そのあとはちょっとニカ寄りなセクションといいますか、アンビエントな流れが続きますね。AmetsubさんやGeskiaさんも、他の人にはできない仕事をされていて、downyの旋律的な素晴らしさというような部分もとてもロマンチックに引き出されていると思いました。このあたりも印象深いです。曲の配置についてはどんなやりとりがあったんでしょうか?

青木:いったん僕がタタキを出しました。オリジナルの曲順でもいいんじゃないかって思ったんですけど、流れを考えるとこうなりましたね。みんなそれぞれにインパクトを持っているので、それを消したくなかったです。よかったんじゃないかな。

kussy:そこはロビンさんに言われたまま、変わってないですね。もうコレでしょうという感じで。話の蒸し返しになりますけど、“十六月”をどこにもってくるかということだけでしたね、協議したのは。

青木:リミックス・アルバムを謳っているわけだから、ケツがいいんじゃないかと思ったんですよね、最初は。なんか自分たちが一発目というのもおこがましいなと(笑)。

kussy:いや、絶対アタマでよかったですね。

いちリスナーとしてもそう思います。ところで、今回は「コンペ」という枠も取られていますよね。このアイディアは誰の提案によるものなんですか?

青木:どうだろう、やったことのない取り組みではあって。

kussy:僕らをつないでくれた沖縄のキムさんが、沖縄にもいいビートメイカーがたくさんいるとおっしゃっていて……

青木:あ、そうだね。キム側から言われたのかも。沖縄でリミックス・コンペをやってみたいというようなオファーがあったんだけど、まあ沖縄だけというのもないだろうということで〈felicity〉に相談したんだよね。それでやってみようということになった。

おもしろいですよね。それでBO NINGENのタイゲンさんが大賞ということになったわけですが、選考理由などを教えていただけますか?

青木:全部で120くらい応募があったんですよ。上がるたびにちょこちょこ聴いてはいたんですが、なかには同じ人が3つくらい送ってくれていたりもして……

kussy:普通のリミックス・コンペとはちょっとちがう空気感でしたね。これだけ同業者が反応するっていうのもめずらしいと思いますし。

青木:結果、プロばっかりが残ってしまったんですが。

kussy:こんなにプロばっかりが応募するというのもなかなかないことだと思うんですよね。そこが本当にすごいなあって。

青木:プロっていうかね。外国の人もけっこういたなあ。でも、裸で素材を渡すっていうのは、けっこう恥ずかしいことでもあるんですよ。

deii:ははは!

青木:ネタバレするしね(笑)。そういうことで応募してくれたりもしたのかな。音だけ聴こうということで。

kussy:あんなバラで聴けることはないですからね。

そう考えるとたしかにレアな機会でもありますよね。で、プロデューサー・タイプの方が多いなか、タイゲンさんは普段けっこう重心低めなサイケ・ロックをやっている方でもあるわけで、その意味では曲に対する理解やアプローチが他の方と異なっていたりするのかなと思われるんですが、そのへんも大きいのでしょうか。

kussy:たしかに、バンドの人のリミックスだと感じましたね。

青木:正直なところ、まったく選べないくらいのレベルでたくさんの素晴らしい応募があったんですよね。もう誰が何点というような世界ではなかった。でも、やっぱり受賞者を決めなければいけないという立場からすると、インパクトのあるものを持ってこなければならなくなるんですよ。音圧なんかもふくめて。最終的に15曲くらいに絞っていったんですが、インパクトのあるものは選考の対象にしやすいです。どうしても。レーベルの人なんかも入れてそれぞれ3~4選を持ち寄ったんですが、タイゲンくんは全員が挙げていましたね。ロックだし単純にものすごくかっこよかったです。

kussy:そうですね。

青木:僕、面識は一度もないんですよ。


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僕らの思うクラブ・ミュージックへのリスペクトを、リミックスというかたちで表現できたらいいなということが出発点にはあります。 (kussy)


downy - 第五作品集『無題』リミックスアルバム
Felicity

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インパクトはすごくありましたよね。インダストリアルな感じで。一方で次点といいますか、特別賞がふたつありますね。

青木:本当は大賞だけを音源化するつもりだったんです。だけど、本当にもう、誰が入っても遜色ないというくらいに接戦で。可能なかぎり入れるとして、あと2曲選べるならどうするかというところで選ばせてもらいました。みんなに聴いてほしいですね。

他の収録者と違うなと思う点なんですが、やはり公募というだけあって、すごく攻めている2曲ですよね。

青木:そうですよね。やっぱり攻めているものが残りやすいかもしれないです。

deii:アピールしようという気持ちがあるもの、ですよね。

munnraiさんなんかも、LAビート・シーン的な、すごく錯綜した構築物という感じで。

kussy:結果として自分たちですでにリリースのある人たちが残っていますよね。べつにわざわざそういう人をプッシュしたわけではないんです。

GuruConnectさんも徹底的にミニマルで。

kussy:あれもかっこよかったですよねー。

青木:ここをこう取ってくるんだ、っていう驚きがあったよね。よくもわるくも素材をそのまま残しすぎている人が多かったなか、際立っていました。俺はそんなふうにツイートもしましたからね。もっともっとぶっ壊してほしい、って。でも、リミックスってなんぞやというところをそれぞれが出してくれているので、そこは見てもらいたいですね。

リミックスとは何か、と。

kussy:僕らからすれば、オリジナル・アルバムを聴いてもらうためのひとつの手段というところもありますね。とっかかりというか。もしかしたらolive oilが好きで、でもdownyは知らなかったという人もいるかもしれないじゃないですか。……こういう言い方は、ちょっとアレかな。俺たちは原曲がいちばんかっこいいと思っているから、それを壊したり別の魅力を引き出したりできたらいいなというところはあるんですけど、最終的にはオリジナルをちゃんと聴いてねという気持ちです。

青木:僕はクラブ・ミュージックに影響を受けているので、そのことも伝えたいし、そういう人たちがバンドとしての僕らの音に触れる機会が増えればいいな、ということも思います。僕なんかがシーンを云々するという大きなことはできませんけど、いろんな音楽があるということを伝えられたらなと。
僕らは、活動を休止する前はクラブでのライヴが多かったんですよ。映像を使ったりすることをふくめていまは珍しいことではないんでしょうけど、本当に、半分はライヴハウスじゃないところにいた。だから僕らの思うクラブ・ミュージックへのリスペクトを、リミックスというかたちで表現できたらいいなということが出発点にはあります。Fragmentのふたりに会ったこともビビッとくるものだったし。
あとは、ハラカミ(レイ・ハラカミ)さんが言ってくれたんですよ。このリミックスという話をもっとずっと巻き戻していくと、ハラカミさんの言葉があります。亡くなった直後にふたりに会ったのかな。

kussy:ハラカミさんが亡くなる1週間前にちょうどイヴェントでお会いしていて。ロビンさんのお店でライヴをされていたんですよね。

青木:そのときにハッパをかけられたんですよ。いい加減にアルバム出せやって。俺も出すからと(笑)。それで、「出したら何か得があるんですかね」って返したら、「俺がリミックスしてやるよ」と言ってくれて、ああ、そういうやり方もあるのかと思ったんです。まあ、今回の話とは関係ないんですが、リミックスという方法を意識したのはそのときが初めてでしたね。

kussy:それ、聴いてみたかったですね……。


あの当時は本当にワクワクして。少しでも何かを吸収しにいこうという気持ちでしたよ。 (kussy)

踊れるということも大事だけど、「やべぇ」がもっと大事っていう時代だったよね。 (青木)

今回はタイゲンさんが大賞を獲られたわけですが、素朴に、バンドというスタイルについてはどんなふうに思われていますか? この10年ほどはプロデューサーの時代だったと思いますし、downyも奇しくも活動を休止しておられました。

青木:レーベルからバンドの音源はリリースしているんだよね?

kussy:そうですね。もともと俺らは楽器もできなくて、そういうところからサンプリングへ入っていくわけなんですけど、バンドへのコンプレックスやあこがれはありますね。バンドが好きだし、もう、ただファンだというだけです。ヘッズなんで。バンドもたくさん聴いてきたし、downyのライヴだって、GOTH-TRADといっしょにやっていたりとかLITTLE TEMPOとか、THA BLUE HERBとの2マンとか、54-71とか、あのあたりの感じとDJ KRUSHとかも僕らには同じように見えていたんですよ。だからバンドがとくにどうというよりは、あの思春期に体験したアンダーグラウンドへの思いですかね……。

青木:いい時代だったよね。いまがどうだという意味ではなくて。

kussy:インターネット前というか。もちろんインターネットはあったんですけど、いまのような状況ではなくて。あの……空気感ですね。なんというか、説明できないんですけど(笑)。とにかくあこがれたし。

〈術の穴〉での活動というのは、その時代のポストを担うものでもあるんでしょうか。

kussy:もっとポップなものも、好きなんですけどね。そういうものもやっていきたいし。

deii:音楽を作りはじめたころがその時代だったんで、いまkussyが言っていたようなシーンや空気をいちばん吸収した世代なんですよ。

kussy:その影響を受けたやつら、聴いていた世代がこのコンピに入っているんですよね。たとえばtofubeatsくらいの若い世代だと、失礼だけどdownyを知らないということもあると思います。いや、彼は知っているかもしれませんけど──

ポスト・インターネット世代、というあたりの人々が物心つく前の話だと。

kussy:このコンピに関しては、僕らと同じように影響を受けて、downyに対する愛を持った人が集まったほうがいいかなと思ったんです。アンダーグラウンドなクラブ・シーンにいれば、少なからずdownyとかBLUE HERBとかDJ KRUSHなんかにはダイレクトに影響を受けているわけで。彼らを知らない世代についてどうこう言うわけではないんですけどね。

アンダーグラウンドなシーンについてのタテの流れはたしかに感じます。歴史性というか。いまは圧倒的にヨコになりますから。

kussy:そうですね。新宿〈Liquid〉の感じとか。

青木:〈Organ Bar〉とか行ってね。ちゃんとお客さんがいたんだよね。

kussy:あの当時は本当にワクワクして。少しでも何かを吸収しにいこうという気持ちでしたよ。

青木:踊れるということも大事だけど、「やべぇ」がもっと大事っていう時代だったよね。

kussy:そうですね(笑)。いま思い出してもすごくワクワクする。downyはあの頃俺らが好きだったものの本当に中心にいたんで……。ライヴにVJがいることはいまは当然のようにもなっていますけど、俺らの映像とか今回のジャケも担当してくれているlenoは、それこそdownyのお客さんが3人とかの時代にそのひとりだったわけで(笑)、そういう流れはすごくありますね。だってskillkills(GuruConnect)とかBO NINGENとか、一般公募で参加してくれないですよ、普通。

そのお話が聞けてよかったです。

kussy:俺ら、10年間レーベルをやっているんですけど、もともとはFragmentだけを出していくつもりが、bugficsっていうバンドなんかもリリースするようになって、じつはラッパーとかの前にトラックメイカーとバンドしかいないっていうような時期があったんです。だから、ジャンルということでの線引きはほとんどなかったですね。


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リスペクトしあっているからこそ、勝ちたいというか、あっちの度肝を抜くものを作りたいと思うんだよね。その繰り返しでしかないという感じはしますけどね、人柄うんぬんと音楽というのは。 (青木)


downy - 第五作品集『無題』リミックスアルバム
Felicity

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〈術ノ穴〉は狭い意味での音楽的共通性で成立しているわけではないですよね。こんな機会ですし、青木さんからFragmentの活動に対して、あらためて一言いただけませんか?

青木:ええ(笑)、一言ですか! 僕はとにかく、いまもう一度ミュージシャンに戻ろうとしている最中なので、偉そうなことは言えないですね。ただ、ジャンルとかの垣根を超えていくところを見たいとは思います。いいものが見たい。レーベルをやっていれば、お金を出して宣伝すれば売れるということもあるだろうし、素晴らしいのにあぶれさせているアーティストもいるだろうし、いろんなことに気づくんじゃないかと思います。そのあたり、いいツールがあったらいいですよね。レーベルがそのひとつのきっかけになっていけば最高だし。ライヴァルであり戦友というかね。
 コラボレーション自体も自分にとってははじめての経験だったんです。それもひとつの財産だなと思いますよ。昔だったら絶対にやっていないだろうな……。

Deii:ああー。

kussy:ははは!

青木:「はあ? リミックスってなんや」みたいな(笑)。

以前のインタヴューでも、音楽を離れて生活を見直すなかで、あらためて見えてくる音楽のかたちがあったというようなことをお話しされていましたよね。それがすごく印象深かったんです。そうした時間、9年の時間を経たいま、逆に青木さんのことは当時に比べてどのように見えるんですか?

青木:あ、それは訊いてみたい。

kussy:俺らとしては、めっちゃ作り上げているわけじゃないですか、青木ロビン像を(笑)。あのステージの上の青木ロビンしか知らないわけなんですよ。その後初めて目にするのがあの居酒屋でだったという衝撃。

青木:しかも、俺にはとんでもないヒゲもじゃの仲間がいるんですけど、その方といっしょのときでしたからね。だいぶ出来上がっていたし(笑)。

kussy:いやほんと、こんなに気さくに話してくれるのかって思いましたしね。

青木:よく言われるよ。

kussy:ライヴでもほとんど話されないし……

青木:MCはしたことないかも、というレベルですね。

kussy:ちょっと怖い人なのかな、とか。孤高の存在というふうに勝手に作り上げていたんですよね。あのときに比べたら、そりゃ「ロビンさんも人間じゃん」ってふうに思っちゃいますよ! 当時は、みんなでワイワイ飲むっていうようなことをしてたんですか?

青木:お酒は好きだったけどね。

kussy:でも、ピリピリしているような空気感がライヴからは感じられましたからね。

青木:ピリピリはしてたね。でも自分ではフランクな方だと思っていたけどなあ。そうじゃないと、ライヴとかに呼ばれないよ(笑)。

kussy:はははは!

コミュニケーションは取れなきゃ、という(笑)。

青木:うん。ただ、まあ感覚は変わったんだろうね。他人に委ねてよくなるようなところは委ねようと思ったし。

そういえば、音楽を離れてメールの書き方から学んだんだ、とおっしゃっていましたよね。社会というものにあらためて一から向き合ったというお話が心に残って。

青木:みんな、ほんとにちゃんとしたメールをくれるんだよ。すごいなって。同じ、音楽で飯食ってるのに、俺はそういうことをやっていなかったなと思ってね。

そういうところなんでしょうかね、「ピリピリ」しなくなったというのは。

青木:でも、だからって絵文字とか送られてもいやだよね(笑)。

kussy:ロビンさんが!? はははは!

(一同笑)

kussy:裕さんが絵文字にはまっているらしいですけどね(笑)。でもこの前、裕さんと話していたんですけど、当時はメンバー間でもピリピリしていたって聞きました。

青木:でも、よくしゃべるし、仲はよかったんだけどね。裕さんもずっと笑いを絶やさないというか、移動中なんかも、車中がずっと笑いに包まれている……、ただ、リハとか、楽器を持つタイミングではそれが変化するかもしれない。お互いがもっと音楽をよくしようとして緊張するというか。そういうピリピリはあったと思います。対バン相手でもそう。呼んでくれてありがとうって思うし、リスペクトしているんだけど、ある意味での勝ち負けは気にしたいというか。それはたぶん、これからも同じなんじゃないかと思いますけどね。まだ再始動後に対バンをしていないだけで、きっとスイッチが入る瞬間があると思うから。いい緊張感を残しつつやれればいいでしょうね。


いざ聴いたらいままででいちばん尖ってる作品だった。 (kussy)

本当に、そのとおりだと思います。10年の変化というところでおうかがいしたんですが、『第五作品集』そのものは、作品単位としてどのように聴かれましたか?

kussy:俺は本当に全作を聴いてきているんですよ。そしてこの9年の間に、実際に会わせていただいたりもしているわけで、人柄という点ではある意味で「丸くなった」部分があるんだろうなということも知っていました。だから、新しいアルバムについては、正直なところこわくもあったんですよね。……すげえピースになってたらどうしよう、みたいな。「あの頃」のまま、好きだったdownyでいてほしいなという勝手なファン心理もあるわけで。

青木:うん。

kussy:それで、いざ聴いたらいままででいちばん尖ってる作品だったという。もっとさらに緊張感のある作品をブランク後に出してくるということに本当に度肝を抜かれましたね。

青木:プレッシャーはあったからね。ハードルが上がっちゃっている。

kussy:そうですよね。だから……。……ただただ、かっこいいっすっていう思いです。そうだよね?

deii:うん。

青木:ミュージシャンはみんなそうだよ。コミュニケーションだからさ。人間と人間、ミュージシャンとミュージシャンだから、こっちが「オイッ」って居丈高にしていてもどうしようもない。リスペクトしあっているからこそ、勝ちたいというか、あっちの度肝を抜くものを作りたいと思うんだよね。その繰り返しでしかないという感じはしますけどね、人柄うんぬんと音楽というのは。

kussy:うん。そうですね。

青木:だから、Fragmentもいままで通りこっちを驚かせるものを作ってほしい。
それと、時間がなくてみんなの名前を挙げられなかったのがとても気になっているんだけど、参加いただいた方、みな本当に素晴らしかったです。それを最後に言っておきたいと思います。


downy - 曦ヲ見ヨ!Fragment remix

GEZAN USツアー日記 2/21〜3/13 - ele-king


下山(GEZAN)
凸-DECO-

ツクモガミ/BounDEE by SSNW

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 紙エレキングにて、下津光史(踊ってばかりの国)とマヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)との対談をやったのが2月18日、そのときにマヒトゥは、「明後日からUSツアーに行ってくるんすよねー」と言った。「本当に行けるかはまだわからないんですけどね」と付け加えた。え? それってどういうこと? と思っていたら、ものすごい強引な速度で物事を進めたらしく、バンドはまんまと海を渡ったのだった。以下、GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーのツアー日記である。彼の見てきたアメリカをある程度は共有できるほど、とても面白いエッセイなので、ぜひ読んでください。(野田)

※GEZAN YOUTUBE
https://www.youtube.com/user/GEZAN13threcords

■2/21(fri)空港

3週間にわたるアメリカツアーに向けて韓国で乗り継ぎ、NEW YORKをめざす。1週間前の北海道でのライヴの際、航空券を光の速さでおとしたので今回はパスポートごと破れるほどの握力で握りしめている。にん
機内で韓国のぼっちゃんがきゃんきゃんわめいてる。キムヨナがフィギュアで金メダルをとれなかったというコリアンショックが永久歯一本もない彼の神経系全般を鋭利に駆り立てているのだろう。
窓から太平洋にいびつな銀色の斑点をみた。くらげの大群だろうか、真っ黒な夜の海にできた水疱瘡の深夜3時。

13時間後、到着
税関でギターのイーグルが七味唐辛子の説明を身振り手振りつたない英語で説明していた。あやしいものでは無いと小指につけて舐めてみせる。まったく伝わっていない。「what's this?」とビッグダディはイーグルの瞳をのぞきこむ。戦え、デコ助。

ぼくは歯磨き粉をとられた。
そんなこんなでアメリカにきたのだ。

■2/22(sat) NY

GEZAN USツアー日記

レンタカー屋まで我々を運ぶインド人タクシーの運転手は100%ランチにカレー食べたのだろう。車内にプーーンと匂いが充満している。

当然のことだけど、たくさんの人種がNYにはいる。日本では日常のなかなか感じることは少ないけど、アメリカでは当然のように生活の中に"ちがい"が組み込まれていた。
差別も自由もこういった感覚からはじまるのだなー。みとめたり、はじいたり。

この日、空き日に飛び込みでライヴをさせてくれる箱に直接かけあいに夜のNYの市街にでた。
当初20本あったライヴが3本に減ってしまったからだ。
しかも泊まる場所も決めずにとりあえずNEW YORKにきてしまっただよ。なんも予定がないからっていってぐだぐだ鼻くそほじってるほど牧歌的になれないのでとりあえず週末のクラブへ。

踊りたくてはちきれそうなヤンキーの欲望が渦巻くNYのludlowストリートへ、ポリスの乗っている馬がたらす糞を後始末をせず道路の真ん中を闊歩していく。
街中がネタ臭いのに、何を取り締まっているのだろう?
馬にのって人より高い位置から星の数を数えているのだろうか。

■2/23(sun) NY @pianos

NYのpianosは流行に敏感なだけの若者が集まり、流行りの四つ打ちで腰をくねらすNYのライヴbarといった印象。
ここが下山のアメリカ初ライヴの地となる。
ピーランダーゼットというアメリカ在住の日本人バンドのフロントマンイエローさんがスケジュールに穴のあいた下山のために急遽ねじこんでくれたイベントだった。
対バンは、才能のないビョークが勘違いをこじらせたようなシューゲイザーと、全員下をむいたいじめられっこ更生目的バンドと、顔だけパティ・スミスのおっさん弾き語りなど、涙が出るほどダサかった。バンドってなんてカッコワルイのだろう。
昼間、楽器屋にもいったが、腕に炎の刺青で脇毛まで金髪のハードロック親父がピーナッツ食いながら接客してくれて、チーム下山は苦笑いしながら店内を物色した。NYはそれを強く感じさせるシャープな空気をまとっていた。

ロックがワルくて尖っていた時代なんて思い出だよと言われんばかりに、打ち込みに群がるヤンキーの尻をみながら、かつてCBGBでこすれあったRAMONESやTELEVISION、JOAN JETの涙が蒸発する音をきいた。

別に名前や形なんてどうでもいいから狂いたいやつだけこいとわたしはおもったのでした。そして、そのまま皮膚づたいに共振する夢をみた。
そこに国境はみえなかった。みえないものはないものとおなじだ。
体温だけ信じよう。ぷーぱ

■2/24(mon) 無題

GEZAN USツアー日記

何もすることがない日があると天上ばかりみて、その染みが顔にみえてくるあたりからパズルのピースが変形してくる。それはそのままこころのかたち。
この日泊まったホテルはインド人が夜な夜なパーティをしているヘンテコな場所で、壁づたいに聞こえる音楽はブラストビートに呪文が乗っかったような、とても常人のきくものとは思えない。廊下や階段を埋めつくすカレーの匂いでぼくら、太古の彼方までぶっ飛んだ。
逃げ出すようにテラスにでて空をみたらカモメがみゃーととんでいる。どこの空もたいしてかわらないが、NYの空は雲までラッセンの書く絵のようにはっきりとした輪郭と影で描かれている。食のようにここまで大味にされるとゲンナリしてくる。

ぼくのワビとサビをカエシテ。

GEZAN USツアー日記

■2/25(tue)Brooklyn NY@don pedro

2/25日は夕方にごそごそと起き出してブルックリンの街てくてく歩いた。若いやつが街ごとジャックして好き勝手遊んでるかんじ。壁にしきつめられたグラフティがしのぎあって、その絵ずらだけでも体温2、3度あがる。てかもう描くとこないんじゃない?なんて思うけど。
DIYのライヴスペースには看板もなにもなく、パーティの音は倉庫の奥からどこどこと、無許可に街中が震えてる。風営法と戦う暇があれば抜け道みつけて命がけで遊べよと日本で思っていたけど、それをまるごと体現したような街なみだった。にゃーご
無意味な遊びにたましいを売ってる人ってなんだかピタっとグルーヴがあったりする。グラフティやってる友達、じぶんにも何人かいるけど、アートなのか? 落書きなのか? なんて議論入り込む隙間なんかないのよね。
壁の保有者に捕まったら、警察か、言い値でどんだけもふっかけれられるギリギリのリスクのところにいながら、顔を露出させるわけでもなく、金にかえれるわけでもなく、淡々と火花を散らす街遊びにはオトコノコのロマンがある。
ロマンが理由なら倫理はあっても、法律なんか一切関係ないのよねー。

そのブルックリンのDON PEDROで飛び込みでライヴがきまった。2時間後にだって。にゃー。低体温に寝ぼけていた細胞が逆立ってくのがわかる。音楽よりまえに動物には瞬発力があった。ぼくが怖いのは速度だし、憧れるのも速度だ。
その中に真っ白い国をつくりたい。0.1秒の世界に国をつくりたい。各々が血と精液とセメントで各々の王冠をつくって、家来ひとりもいなくとも王様として、昨日というコトバと未来というコトバを忘れた国家をつくりたい。

ライヴかましたら次の日もブルックリンの別の店GRAND VICTORYでライヴきまった。このかんじ。意志や個人ではない。ただの石になって転がるだけのこのかんじー。
いちばんいらないジブンという勘違い。

■2/26(wed)Brooklyn@grand victory

この日は飛び込みでライヴが決まったgrand victoryへ、前日告知にも関わらず、important recordの声がけやPee lander ZのYELLOWさんの呼び込みでわりとフロアがうまっていた。中にはDEER HOOHのさとみさんや、RAMONESのジャケットをかいていたジョン・ホルムストルムも来ていた。

箱PAとやや揉めながらもライヴ終了。
さとみさんとイベンターのemiはこの後もクラブに踊りにいくそうだ。水曜の23時からのこのフットワークの軽さがこの街の、欲望に貪欲でクールな音楽シーンを支えている気がした。というか、スタートが9時、10時は当たり前。ライヴハウスで働いてるニンゲンのための遊び場なのなー。
一緒にいきたかったが、ground stのタコス屋でいかれたインド人とギターウルフの話で盛り上がってしまっていけなかった。それもまた出会い。
この日、別の箱でDEERHOOFのグレッグが、次の日、BLACKDICEのラストライヴがあるらしい。こちらもライヴでいけないが、高揚感がうずまいた街のその中で溺れるのがただただ気持ちよかった。

このブルックリンも金持ちに建物ごと買われたりと少しづつ遊び場を侵食さへているようだ。
別に場所を守るなんていう発想はなく、追われたら場所をかえながらパーティをつづけるだってー。
別に文化でも芸術でもなく、もっと野蛮でただぶっ飛んでいたいだけの欲望の金粉が、ブルックリンのナイトクルーザーの目からは溢れていた。キラキラしてた。
それはそれは眩しくてなんだかうれしくなった。

■2/27(thu)Brooklyn @don pedro

GEZAN USツアー日記

ステイ先のシェアハウスのレゲエ好き三姉妹と遊んでたら1がおわった。ライヴもしたらしいけど、記憶が ナイ。

GEZAN USツアー日記

■2/28(fri) New Blanswick

NYから車で2時間半、New Blanswick NJのCANDY BARRELへ。
田舎町の突き抜けた高い空が車窓からみえる。歩く若者も一気にファッションが無頓着に、ださくなった印象。充満したいなたさが民家の地下に流れ込み、ぞろぞろと人が集まってくる。
NYのおしゃれ風から一変した、ナードなオタク臭と音楽愛がとても心地よかった。
10人でシェアしているらしい家の地下にステージを組んだだけなので、音漏れもひどいが、道行く人は誰も気にしていない。
下山のステージもフロアモッシュの嵐で荒れた。時代や流行りなんか知ったことかと、反応するこの街のフラストレーションがロックのすべてだった。2時間ばかり離れただけなのに、ひとつの街にある、独立したひとつの表情があった。昔、ネットがはりめぐらされる前の日本がそうだったように、田舎独特の文化と匂い。この街はださい。最高にださい。
ぼくにはとても健康的に思えた。
BARをはしごした後、プロモーターのパットの家でパーティは朝までつづく。
BLACK FLAGやALLなど、好きなのレコードを聞かせあって、合唱!ぶち上がってるキッズやおっさんたち、アルコールは一瞬も途切れない。日本もアメリカもかわらない。最高な音楽の前ではノーボーダーでそこでは皆こどもだった。
寝不足のまま、街をでる。

さよならまたくるよと別れる。その後、車の中に静寂がつづいたのはみんなさみしかったからだろう。

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■3/1(sat) Pensylvania

この日はNBからさらに車で2時間、ペンシルバニアにむかう。空腹に耐えきれずケンタッキーでフライドチキンをたらふく食べたあと、到着したhouse venueのガレージでのフードコートの家庭的なやさしい味に、チーム下山は満腹の限界ラインをはるかに更新し、爆発的な大和スマイルをママにぶちかました。家庭料理がいちばんおいしいです。
お水くれっていったら水道水をパッと渡してきた。飲んでみたらおいしくて、そうか日本て飲めないよなーなんて久しぶりに母国のおかれた不幸を思った。
NB同様、一軒家の地下にある、排水管などがむきだしになった場所にステージを組んだベースメントスタイルで、お客さんは家の玄関でお金を払ってぞろぞろと地下に集まってくる。これに集まってくるヒトたちがまたNBよりさらにいなたい空気をだしていて、地下の暗がりには掃き溜めハードコアの匂いでぷんぷん充満していた。やることなくて暇なんだろうな。
14、15才くらいのキッズが1バンド目から客席で喧嘩しだして、下山もギラギラピカーーん、緊張が絡み合うステージだった。物販も飛ぶように売れる。助かる。うれしー。
夜は、GHOSTSTARSというErese erataやAIDS WOLF直系のいかれたNEW WAVEバンドのDEVのヒッピー・コミューンのようなうちにお邪魔した。
「おい、このバンドは知ってるか?」「このバンドはどうなんだ?」と溢れんばかりに音楽を放り込んでくるKIDSの音楽愛にはやはり胸が熱くなる。ぞろぞろとルームメイトが集まり、卑猥な匂いのするパーティへなだれこむ。音楽を聞かせあってベッドの上で跳ねまわるのは、それは、まだおれがギターを触ったこともない頃からチーム下山でやってきたことなんだ。
聞かせたものの中では54-71やskillkillsへの反応がよかった。部屋にはられたアメリカ国旗が逆をむいている。こういうアンチキッズはバカっぽくておもしろい。
朝はまわりの教会にひとりで散歩にいって、霧をのんで、昼は大切なひとのお墓まいりをした。
GHOSTSTARSとのさよならがまたさみしい。別れの言葉は短い方がいい。二日酔いのゆるやかな眩暈がすでにこの毎日を懐かしくさせた。また、あおー。

■3/2(sun) NEWWARK mojomain

GEZAN USツアー日記

NEW WARKという街のMOJO MAINについて、BARの扉をあける。五秒後に「米は好きか?おれのつくる米を食え!」イタリアのシェフ、ガス(58)からGUMBOがたらふくだされる。スピード感がすごい。それがまたたまらなくおいしくて、今回のツアーの中で断トツにおいしい米料理だった。DR JHONのGUMBOのはなしなどをしながらガスの米への愛をきく。うんうん。伝わったよGOD FATHER。

ライヴはFUGAZIやNIRVANA直系のUS オルタナなメンツで正直古臭かった。でもみんなキモチのいい奴らだった。
Tシャツをライヴがはじまる前から対バンがぞろぞろと買いにきてくれて、きょうという日をいい日にしようという挨拶なのか、ツアーバンドへの応援なのかわからないが、清々しいキモチになった。
モノにお金を払うという敬意の表し方があることデータ社会になっても忘れてはいけないようにおもう。ひとにおもいをつたえるのはそんなに簡単なことじゃない。うまくあつらえたコトバなんかクソだぜ。痛みをともなったコミュニケーションしましょう。恋みたいだ。

夜はとても冷たい雪がまわりをつつみだし、寒波が流れ込んできたことをガスにきく。
本日二食目のGUMBOをご馳走になり、店をでる。ここから次なる目的地、アトランタまでは車をとばして13時間、雪道なら20時間はかかるという。
6日連続でライヴしてきて、宿無しの窮屈な箱詰め車内の20時間ドライヴにチーム下山は白目で泡をふいた。

■3/3(tue) 無題

ひたすらまっすぐの雪道。窮屈な車内で窓から葉のない木々が流れていくのを永遠にみた。
20時間のドライヴは過酷だ。
白目も水銀色。
デリで買った毒々しい色のグミがこれでもかと外れ、殺気だつ。

■3/4(tue) Louisuvile @modern cult record

ケンタッキー州のルイスビル、街にはいるなりシルバニアファミリーのような家々と雑貨屋や本屋がならぶかわいい街だった。学生が多いのかも。
「HATE ケンタッキー love ルイスビル」とかかれたTシャツを着た店員さんのいる店でガンボをたべる。ケンタッキーの中だが他の場所と一緒にするなという街の自己主張なのかなあ。大阪をおもう、京都にあるような。
その一角にあるmoderncult recordでのライヴ。店内には世界各国のサイケ、ノイズ系のLPがならぶセレクトショップで風通しがよかった。下山のも何枚か納品する。acid mothers templeやBORISのLPは中でも目立つ。
ライヴにはWILKOやジム・オルークバンドなどで叩くTIM BARNESさんがきてくれて、この街のはなしをした。田舎町ではあるが、もともとSLINTをはじめDRAG CITY RECORDまわりのバンドなどを多く輩出した街で、近年元気がなかったが、NYからTIMさんが住みだしてから活気が出てきたと現地の日本人から聞いた。
パニック・スマイルやナンバー・ガール、モーサム・トーベンダーを輩出した福岡のように、かくじつに強力な個性を打ち出していく独特の筋をもった印象があった。こういった地方がスターをちゃんと生み出せる地盤があるアメリカは懐が深くもなる。変化こそあれど大きくみると、未だ東京に進出しなきゃどうにもならない日本の盲目さにはげんなりする。

ライヴ終えて、みんなが寝たあと、ぼくはDAVID PAJOのみていた空をみながら街を夜道をてくてく散歩した。とおくまで歩きすぎたのか、通りを越えると急にゲットーな匂いと鋭い目つきをかんじる。後に出会った友人にきくと、どんなハートフルな街にも治安の悪い地域があって、そこにはディーラーの売買が盛んに行われてるそうで、銃声の聞こえない日はないそうだ。
人種や生活クラスが多用すぎて自由を認めなきゃ窮屈なんだろうな。この国は。

■3/5(wed) Atlant @GA

車で8時間、アトランタは出会った人びとから一番治安悪いから気をつけろといわれてきた街で、今回のパーティの主催はKIDSのラリークラークとのコンビでも知られるハーモニー・コリン監督の『spring breakers』で3日連続双子でセックスするという狂った役を演じたATL TWINS だった。
気温もあたたかく、街自体はロック好き、タトゥー好きといった感じでボインで活気があって良かったが、パーティピーポーの楽屋の荒れ方はなかなかジャンクだった。泡吹いてるやついたし。すぐに二人組でトイレに消えてくし。
ライヴはDARK SISTERというM.I.A直径を思わせる2人組がよかった。楽屋にはGROUPHOMEのタグなんかをかいてるライターがいてイーグルがぶちあがってた。
おれはこういうスカしたパーティ野郎が嫌いなので、陰気なイタリア女と木のしたでうどんのおいしさを説いて1日を終えた。

■3/6(thu) 無題

GEZAN USツアー日記

この日は2日前に「ギグするか?」と連絡がきたので時間にして13時間。熱意にこたえるべく一晩でぶっ飛ばすことになった。しんどいわ!
つくなり日本のことをわんわん聞いてくる、話をきくとアニヲタだった。下山の音に反応して連絡きたんちゃうんかい!というキモチが拭えず、ライヴブチかました後はマザコンの引きこもり黒人ラッパーと携帯の恥ずかしい画像を無言でみせあって一日をおえた。

■3/7(fri) NewBedford @no problemo

GEZAN USツアー日記

街につく、ラジオをやっているベイリーという男の企画でbarでのライヴだった、らしい。
頭が沸騰していてこの日はほとんど何も覚えておらず。
ブログあきてきた。

■3/8(sat) Roadiland providence@ the parlor

この街はLightning boltがいることで知っていた。
lightning boltは街の廃墟を占拠してはパーティを組んで、警察や金持ちの買収や圧力があっては場所をかえ、パーティをつづけてきたDIYの王様で、プロビデンスの皆が誇りにおもってる感じがぷんぷん伝わってきた。町おこしの立役者的側面も。
なっるほどー、そういうわけで日本でライヴする時もドラムやアンプだけでかくメインのスピーカーまで持ち込むのか。昔、梅田シャングリラであふりらんぽやマゾンナ、ボガルタと対バンをみたが、フロアで箱のシステムを全く使わず、他のバンドよりだいぶ小さな音でアホみたいに叩きたくってたあの謎を思い出す。謎とけた!どこでやっているときも彼らにとっては廃墟と同じDIYセットでやりたいのだなー。敬意がぐぃいーんとあがる。

街をあるく。らんらん歩く。
ラヴクラフトという作家のお墓があるときいていたので、お墓まで案内してもらう。インスマウスの影のはなしを思いだしながらお墓の前でお昼寝した。
他の下山のメンバーはTシャツが売り切れたのでフリマで1ドルで手に入れたマドンナのTシャツにGEZANとタギングしているみたい。
ぼんやりと薄い月をみながら、アメリカではじめての深呼吸をした。キレイな街だった。
ゆっくりと月が三次元を手にいれて、霧がはれたところで目が覚めて皆の元にもどる。

■3/9(sun) 無題

一度NEWYORKを経由してテキサスオースティンへむかう。ツアー最後のSXSWへ。
我慢しきれなくなって、ゴーゴーカレーNY支店でカレーを胃にぶちこみ、空の旅へ。
24時、テキサスについたが宿がない。とりあえず空港の自販機の裏でチーム下山、ミノムシのように固まって眠った。
でっかい掃除機の低音で目をさます。

最悪の目覚め。

■3/10(mon) Austin SXSW

GEZAN USツアー日記

オースティンはとにかく暖かい。27度もあるそうでみーんな半袖だった。
リストバンド交換所で長い行列を並びながら、YOSHIKI(CHIBA JAPAN)もここを並ぶのかと想像していた。いや、YOSHIKIならヘリで皆の頭の上を飛び越えていくんだろうなー。どこかにヘリおちてないかな。ほしいな。
とりあえず宿がないので、受け付けに誰か紹介しろとダメ元でいったら黒髪ロングを気に入ってくれたのか、マダムな友人を紹介してくれた。
いってみたら豪邸で、オースティンの山々の景色をハンモックにゆられながらバカンス気分爆発、胃袋破裂しそうなくらいピザを食べて、死んだように眠った。
それにしてもロックのうまれた国だからなのか、空港や街のいたるところにサイケ調のギターのモニュメントがあって、ロックを誇りに思っているんだなあとしみじみ感じた。そんな街ぐるみのイベントの公式フライヤーにFUCKin MUSICだなんてコトバがのるくらいだから、エネルギーにたいして敬意がある。
無菌国家・日本じゃとうていあり得ないだろうなあー。踊らせるものへの敬意なんて、このダサい国には。

■3/11(tue) Austin SXSW @liberty

GEZAN USツアー日記

街のいたるところでベースがなっている。水着一枚のおねーちゃん、ドレッド、ラスタマンなにーちゃん、ブリーフ一丁のおじいちゃん、歯のないボインのニューハーフ、様々な人種の様々なファッションが入り乱れた祭りが、BARで、屋上で、野外のテントで、360度サラウンドに鳴っている。共通しているのはとにかく楽しんでやろうというギラギラしたエネルギーだ。
道を歩いていたらBo Ningenの一団にあった。お互い初のアメリカでのライヴね。ここで会えたのはなんだかうれしい。
比較的バンドが多そう通りにあるthe LIBERTYという場所でライヴをする。街中が洗濯機のように流動する中で、足をとめ、フロアがいっぱいになっていく。アメリカのそのフィーリングと速度感はアドレナリンリン・心地いい。
本日二本目のQUANTUMにいくとGEZANの名前がないと言われた。「NO WAY!! ふざけんなよ」とかけあったら明日でした。12日のAM12時と表記されてるのを11日の24時にいってしまったのだ。てへ☆
ぼくたちバカだネって話ししてたら横でひったくり犯が取り押さえられボコすかやられてた。こっちのひとらは加害者に容赦ないのう。顔からケチャップがぴゅーぴゅーでてた。
気分をかえて、クラブが連立する一角で黒い音にまみれ気が遠くなるくらいヒップホップをのんだ。
家に帰って吐いたゲロが七色をしていた。これがオースティンの色だ。

GEZAN USツアー日記

■3/12(wed) Austin SXSW@liberty ,QUANTUM

前日よりさらに人がわちゃっと増え、カフェからどこんどこん鳴らされる低音に音漏れなんてコトバは似合わない。もはや街自体を鳴らしてる。テキサスのコンクリートの床もボロボロの壁も、いきた音を浴びてうれしそう。土の中でテキサス育ちのジャニスジョップリンも白骨顔でにっこり。
呼吸しない街は朽ちていくだけ。人もモノも同じ。磨いてるだけじゃ表面のメッキが光沢するだけだもの。

the LIBERTYの野外テラスでライヴ、テキサスロックシティの波にのまれて歪んだな夢をみた。
QUANTUMに移動してレゲエシステムのようなつくりの黒い箱でやりきった下山、アメリカツアー最後のライヴ。どこもわりとそうだったけど物販の売れ方が気持ちえかった。
思えば出発前、3本に減ってしまっていたライヴは飛び込み含め17本にまでふえた。ここでは書けないようなこともいっぱいおきた、し、おこした凸凹ツアー、まあなんだか生きてる感じでした。ナムナム

手刷りDIYTシャツも完売して荷物も軽くなったところで踊りにいく。
3週間分のつかれは、狂った夜のさらさらと流れる静脈にまぜて、ライターで火をつけて、低音の肌触りとともに喧騒にながした。
渦の中で溺れる、溺れながら呼吸の仕方をおもいだす。魚だったころみていた夢はきっとこんな泡だらけのプリズムした夢だったのだろう。


下山(GEZAN)
凸-DECO-

ツクモガミ/BounDEE by SSNW

Amazon iTunes

■3/13(thu) Austin SXSW

SXSW3日目の今日は音楽散策だけ。
the MAINでの LOU REED tributeのショーケースでblack lipsをみる。ジャンクでポンコツなビートルズみてるみたいで笑ってもうた。いつか対バンするな。きっと。
LOU REEDの“run run run”をカバーしてた。もはや当たり前のことだけど、改めてLOUの存在の大きさを現行のバンドのその影響をみていておもう。
踊ってばかりの国の下津が騒いでたのでChristopher Owensをチラッとみる。わー、下津好きそう。曲はいいけど、うたが痩せっぽっちで個人的な好みではなかった。前日に下山の前に出てたオーストラリアのMT WARNINGの方が人間力がズシンと残ってる。
FAT POSSUMから出してるfelice brothersをred7で。最高にグッドアメリカンで、身体いっぱいに喜びをあびる。好奇心と実験心をうたうボブディラン。SXSWベストアクト! というかFAT POSSUMはほんとうにアメリカの良心だな。愛してまーす。

あんまり期待してなかった分、逆に満足して、チキンを食らって飛行機にのった。SXSW、世界最大のショーケースでいくつかのステキに出会えたのは嬉しかった。お客さんより関係者のためのフェスという感は否めないけどね。
垣根をこえて、世界中の好奇心が渦になればいい。オワリ

clubasia 18th Anniversary - ele-king

 今年は恵比寿リキッドルームと代官山ユニットが10周年で、それに関連した面白いイベントがありそうですけど、渋谷のクラブエイジアが3月29日、夜7時から2回に渡って、18周年を記念パーティを開催します。
 夜7時からはLIVE SHOW side。Shing02 × DRY&HEAVY、GOTH-TRAD、onomono a.k.a O.N.O (THA BLUE HERB) といった低音がでかそうな硬派なメンツ。
 そして、夜11時からはclub dnace side。石野卓球 、大沢伸一、中田ヤスタカという大物が出演。
 なお、当日はBOREDOMSの EYヨ氏デザインによるTシャツとトートバックを限定発売。


clubasia 18th Anniversary side 『L』
2014/3/29 19:00 open
DOOR:2500yen
ADV:2000yen (別途500yen/1d)

LIVE:
Shing02 × DRY&HEAVY - special live set -
GOTH-TRAD

DJ:
onomono a.k.a O.N.O (THA BLUE HERB)

前売りチケット イープラス

イベントHP
https://asia.iflyer.jp/venue/flyer/176856


**************

clubasia 18th Anniversary side 『c』
2014/3/29 23:00 open
DOOR:3500yen/1d WF:500yen OFF

DJ:
石野卓球 - TAKKYU ISHINO -
大沢伸一 - SHINICHI OSAWA -
中田ヤスタカ(CAPSULE) - YASUTAKA NAKATA -

イベントHP
https://asia.iflyer.jp/venue/flyer/176857


Inner Science - ele-king

Inner Scienceの新アルバム「Self Figment」の発売を4月9日に控え絶賛プロモーション期間中、と言う事で今回のチャートではInner Scienceとして制作&共作をして来たインスト/CD/(ミニ)アルバムがなんとちょうど10枚!という強引なこじつけをしつつ、これまでの作品を新しいものから順にご紹介させて下さい。

https://www.masuminishimura.com

Discography 2014/3/14


1
Inner Science - Self Figment (2014) - Plain Music
https://www.plainmusic.jp/catalog/plcd-1002.html

2
U-zhaan+Inner Science - 大宮エリー『思いを伝えるといういうこと展』- O.S.T (2012) - No Label
https://www.parco-art.com/web/museum/exhibition.php?id=451

3
Inner Science - Elegant Confections (2011) - Plain Music
https://www.plainmusic.jp/catalog/plcd-1001.html

4
Azzurro/Inner Science - Attributions (2009) - Hydra
https://www.hydraworld.jp/label/03.html

5
Inner Science - Birthday - O.S.T (2009) - Musicmine
https://www.miraikan.jst.go.jp/dometheater/birthday.html

6
Disc System meets Inner Science - S/T (2007) - Romz
https://www.amazon.co.jp/dp/B000WZO7K2

7
Inner Science - Forms (2007) - Soup-Disk
https://corde.co.jp/release/index001.php?id=13&ra=AWQVJK684

8
Inner Science - Material (2004) - Soup-Disk
https://corde.co.jp/release/index001.php?id=35&ra=AWQVJK684

9
Inner Science - No Name,No Place. (2002) - P-vine
https://www.amazon.co.jp/dp/B00007K4U0

10
Inner Science - 10 Track Sampler (2001) - Oneowner
https://www.wenod.com/?pid=38151813

 以前にも伝えましたが、3月22日(土)は代官山UNIT、UKから多種多様なビートに載せて、レコードとTシャツなどなど手を変え品を変え、視覚/聴覚(物欲?)に訴える謎多き男、ウィル・バンクヘッド(THE TRILOGY TAPES、通称TTT主宰)が1年振りに東京に来ます。このパーティに共振するのは、我らがSk8ightTing率いるC.E。ドリーミーなこの組合せ、C.E.のディレクターであるTOBY FELTWELLの経歴を知っていれば合点がいくかもです(詳しくは紙エレキングvol.11号の特集をチェック)。

 なお、パーティ当日には会場限定で格好いいTシャツが発売される模様です。最近のWiFiタイプな現代社会では、なおさらパーティの重要性を感じているのはあなただけでありません。なんとか、みんな、今日を楽しみながら生きています。3/22(土)はKASSEM MOSSE(ハウスのファンは無茶注目している)も来日。本日水曜日は、DOMMUNEにて21時からKASSEM MOSSEのパフォーマンスも披露されます。こちらも是非チェック頂きたいです。https://www.dommune.com/reserve/2014/0319/

蓮沼執太 - ele-king


蓮沼執太フィル
時が奏でる

B.J.L. AWDR/LR2 蓮沼執太フィル vinylsoyuz

Tower HMV Amazon iTunes

 「今日は取材、兼、指揮者ということでよろしくお願いします」。
 わたしに向けた蓮沼執太の一言があまりにも衝撃的だったために、あやうく上りのエスカレーターを一目散に下るところだった。もちろん絶対に違うとはわかっていながら、頭の中には、ポンコツ指揮者のためにせっかくの曲がめちゃめちゃになり、猛烈なブーイングを浴び、舞台のど真ん中で恥も外聞も忘れて号泣するわたしの姿があった。反射的に浮かんでくる被害妄想を振り払ったはいいものの、いい意味でもわるい意味でもこんなに動悸が止まらない開演までの待ち時間はない。被害妄想が正しくないとして、そうじゃない指揮者っていったい?
 だんだん事情が飲みこめてくる。わたしのまわりには同様に橙色の当日パンフレットをわけもわからず持たされ、蓮沼執太から同様の宣告を受けたであろうひとたちが、不安そうに立ち尽くしている。ある者はキョロキョロとあたりをみまわし、ある者は当日パンフレットを凝視してなんらかのヒントを得ようとし、ある者は「ごめん指揮者になったから待ち合わせ時間まにあわない」「は?」「いやだから指揮者」「??」という噛み合わないやりとりを友人とLINEで行っていた(わたしです)。
 そのまま開場直前の舞台へ、疑問符を頭から数本生やしたままのわたしたちは連れていかれる。そこで明かされたのは、本日5曲めに披露する新曲“Time plays – and so do we.”で、観客全員(!)が6通りのインストラクションに従って演奏に参加すること、わたしたちはフィルのメンバーのうちのひとりを指揮する役割を担うこと、わたしが大谷能生担当であること(畏れ多いよ!)、簡単な指揮の方法。なにせサクラではなく、ついさっきそこで捕まえてきたばかりの新鮮な観客なので、動揺は著しく、スタッフのひとにあれこれ尋ねてみようとするのだけれど、スタッフのほうはスタッフのほうでてんやわんや感が滲み出ている。それはそうだろう、どんな不測の事態にも臨機応変に対応するのが役目だとはいっても、ここには不測の事態しか存在しない。これから何が起こるのか完全に把握しているひとはこの場に誰もいない。もちろん演奏のルールは周知されている。しかし、どれだけ懇切丁寧に説明を受けても、新曲がいったいぜんたいどのような演奏になるのか、想像できた者はこの場に誰もいない。この場に誰もいないまま、開幕の時間は刻一刻と迫る。

 どうしてこのようなコンセプトの新曲が発表されるに至ったのか? それを説明するためにはTPAMの話をしなければならない。TPAMとは、今年で第18回めの開催となる国際舞台芸術ミーティングである。期間中は横浜の徒歩圏にある多様な文化施設を会場に、さまざまなプログラムが催される。蓮沼執太のTPAMへの参加は、蓮沼執太フィル以上に多種多様な、ジャンルの枠をまるで気にしていないメンバーの、いい意味でのやりたい放題によって、類似したもののみあたらない作品に仕上がっていた、詩人・山田亮太(TOLTA)とのコラボレーション『タイム』にひきつづき、じつは二度めである。少々長いが、蓮沼執太『作曲:ニューフィル』を招聘した今回のディレクター、野村政之の言葉を全文引用してみよう。

先般の震災と原発事故の経験は、私たちの社会に対する信用を総じて覆しました。信用とは「計算」あるいは「コントロール可能性」のことです。コントロールできないのは資本主義や放射性物質だけではなく、私たちの生命も人間関係も同じである……私たちは生まれたときから受動態であるということに、改めて気付かされたわけです。主体的な能動性から客体的な受動性へ。計算された構築から不確定な生長へ。個々バラバラに受動態で生まれてきた私たちが、他者と連結し、どのように、うまくやりながら生きていけるのか。破局が潜在する不確定な社会でどのように共同性を育んでいけるのか。そうした「生命」と「関係」に対する受動性、それを前提とした「生」の行方、「分断」と「共同」についての考察になるような作品を選びました。(野村政之)

 この一文を読むのと読まないのとでは、“Time plays – and so do we.”で行われていたことの受け止め方も、だいぶ変わってくるに違いない。“Time plays – and so do we.”は、個々バラバラに集まった聴衆が、耳を澄まし、めまぐるしく変容するその場の空気の流れに身を委ね、時には流れに棹をさしながらも、ある一定の共同性を常に保っていなければ、美しい演奏に導くことはおろか、そもそも演奏そのものが成り立たない作品だからだ。当日パンフレットが橙色のひとは指揮者を、空色のひとは紙鉄砲を、緑色のひとはハンドクラップを、桃色のひとは毛笛を、灰色のひとは風船を、黄色のひとはコーラスを――強制的に役割を押し付けられ、その役割に多少は反抗したとしても受け入れる努力はし、他者との調和を乱すことなく、各々の可能な範囲で奮闘すること。そのような営みは、わたしたちに、震災後に、急激に、切実に、求められるようになったふるまいではなかったか?

 いやいや、肝心の演奏の話をしよう。“Time plays – and so do we.”の演奏が美しかったかといえば、決してそうではないだろう。実際、終わったあとのKAATのロビー、帰り道、ツイッターで幾度となく「失敗作だったのでは?」「消化不良感。」などという言葉が吐き出されていた。そしてそれは、純粋にフィルの演奏だけを聴きに来たひとにしてみれば、当然の反応だったのかもしれない。指揮がうまく伝わらなかったり(これもわたしです)、任意のタイミングで鳴らした音がやたらと重なっていきなりうるさくなったり、逆に変なタイミングで妙な静寂が訪れたりもした。ホールが満席になれば優に千人を超える。それだけの観客が思い思いに演奏していれば、それはまあ、ピシッとまとまるほうがおかしい。ただ、わたしの胸のなかには、奇妙な肯定感が生まれていた。まとまらなくていいのではないかと。多様性を祝福するというか、バラバラであることを心から微笑ましく思えるような貴重な体験だったことは間違いない。

 そのような思想は、舞台美術からも見出すことが可能である。つい先日、〈アートフェア東京〉のベスト賞ともいえる賞「ベーコンプライズ」を受賞したことで注目の的となっている現代美術作家・毛利悠子の手掛けた装置が、今回の公演で果たしていた役割について触れておこう。舞台の中心で強烈な存在感を放っていた、ごちゃごちゃとした、アンバランスな、本来隣にあるはずのないものを強引に寄り添わせたような独特な形状の装置は、ただの飾りではない。当日パンフレットが灰色のひとは、その装置の上部にある巨大な風船が膨らむたびに手元の小さな風船を膨らませてブシュウゥ~ッという間抜けな音を出し、黄色のひとはその装置の下部にあるバスドラムが鳴るたびに「アー」とコーラスするよう仕向けられていたのだから。ここまで舞台美術を演奏中に観客が凝視しなければならないケースはめずらしいのではないか? わたしは劇場のかなり後方に座っていたのだけれど、そこからは、蓮沼執太、フィルのメンバー、始終動いている装置、観客、それらがぐちゃぐちゃと混ざりあって、臓器となり、皮膚となり、毛となり、顔となり、まるでひとつの生き物に近づいていくようにみえていたのだ。稚拙なたとえで申し訳ないが、宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』をご覧になったかたは、カオナシが物凄い勢いでさまざまな生物を呑み込んでいく場面を思い出していただきたい。あれがもうちょっと綺麗になったかんじ、というのがいちばん近いだろうか。

一斉に振り向く光の中、一緒に行こうと言ったのは誰?
熱烈なノックの中、ぼくはうまれる時を、たずね、たばね、 
蓮沼執太“ONEMAN”(『時が奏でる』)

蓮沼執太フィルがバラバラでありながらも、確固とした統一感を時折みせる、その秘密が少しつかめたような気がした。

蓮沼執太 公式サイト 
https://www.shutahasunuma.com/performance/2697/

第5回:占われたい女の子 - ele-king

 もうすぐ小学生になる長女は、小学生女子のご多分にもれず占いの本に夢中です。子ども向けの占い本は、いまも昔も赤・ピンク系の装丁で、男児向けのものはいっさい見あたりません。中身も昔と変わらず「あなたは心があたたかい人気者ね」といった謎のお姉さん口調の性格診断を中心に、ラブ運、友達運といった人間関係、そして将来の職業が並びます。一方、同じ年頃の男の子が執心していることといえば、努力・友情・勝利のフィクションや、ゲームのパラメータ上げでしょうか。まわりからどう見られているかによって人生が決まると信じている女児と、個人の努力でパラメータを上げれば友情も職業も(美女も?)ゲットだぜ! と信じている男児。小学生にもなると大人と変わらないネ……とお母さんはなんとなく酸っぱい気持ちになります。


子ども向けの占い本の数々

 とはいえ、「将来の職業」欄の変遷は、大人目線でみると案外おもしろいものです。私が子どもだった80年代の占い本では、保母、美容師、看護婦、教師、お菓子屋さんといった昔ながらの女性的なお仕事に、ファッションデザイナー、イラストレーター、音楽家、マンガ家、作家、タレント、女優といった華やかな(でも食べていくまでに成功するのはなかなか大変な)職業が並んでいるのが定番でした。ところが2007年刊行の『キラキラ人相&手相うらない』(ポプラ社)では、「株をはじめたら大金もちになるかも!?」という生々しい指南が登場。もっとも新しい2013年10月刊行の『ハッピー&ラッキーうらない入門』(小学館)には、「あなたはふつうの社員。会社のためにコツコツとがんばる人だよ」と、女性総合職が浸透しつつも正社員になるのも一苦労な現状を踏まえ、リアルなアドヴァイスを下してくれます。また「コンピュータプログラマー」「医者」「研究者」といった、かつての占い本にはなかった理系職が普通に挙げられています。「パティシエ」「ゲームクリエイター」「料理研究家」「ショップ店員」「起業家」が多いのもイマドキです。複数の本で「公認会計士」が挙げられているのは、勝間和代の影響でしょうか。

 世の趨勢に合わせてヴァラエティ豊かになっていく「将来の職業」欄ですが、時代を超えて共通していることがあります。「専業主婦」がほとんど出てこないのです。どの占い本も、「家事が得意なあなたには専業主婦がおすすめ。子どもの手が離れたらパートで家計を助けるといいわ」「母性あふれるあなたには、子どもをたくさん産んで大家族を仕切る肝っ玉母ちゃんがぴったり」などとは言いません。「将来の夢はお嫁さん」という人はいつの時代も一定数いるはずなのに。おそらくこれは、主婦業はだれにでもできることだと思われているのが原因なのではないかと思います。「あなたには他の人にはない特別な才能がある」と女児の気持ちをアゲる占い本には不向きなのでしょう。が、バカにされがちな家事も、やってみるとそれなりに才覚がものを言う作業だったりします。カレー一つ作るにも、骨からダシをとって3個のタマネギを飴色にしてトマト缶を煮詰めて作るカレーと、ルーの箱書きの通りに作るカレーとではだいぶ違います。もうちょっと尊敬してくれてもいいんじゃないの……?

 そんななか、「いま、アメリカでは専業主婦がかっこいい!」とする書籍が翻訳されたと聞きました。その名も『ハウスワイフ2.0』(エミリー・マッチャー著、森嶋マリ訳)。さっそく購入して読んでみると、ところどころアレ? と首をひねる点が。 「典型的な専業主婦が大勢いるとわかったのだ」として例示されているのは、ひとり暮らしのアパートで野菜を育て、ジャム作りをしている博士課程在学中の33歳独身フェミニスト女性、郊外の自宅の裏庭で鶏や蜂、野菜を育てつつ料理も裁縫もする大学院卒の28歳独身男性、自宅でコンピュータ関連の仕事をしながら精子提供で子供を3人以上生み、ホームスクーリングで育てようともくろむ高学歴レズビアンカップルの3組。誰一人として専業主婦じゃなくないですか? むしろビッグダディ? 「典型的な専業主婦」の部分は、原文を見ると“New Domesticity types”とありました。また、「この流れを、“ハウスワイフ2.0現象”と呼ぶことにした」は、原文では「I call this phenomenon "New Domesticity"」となっています。どうやら原著のキーフレーズは「ハウスワイフ2.0」というより、 “New Domesticity”であるようです(原著の副題にもこのフレーズが使われています)。

ハウスワイフ2.0
日本版としてリリースされた、『ハウスワイフ2.0』(文藝春秋)


日本版の表紙は自己啓発風ですが、原著の表紙はセルフレームのメガネ女子がキュート!

 “New Domesticity”の例として他に登場するのは、家庭菜園、編み物、手作り石鹸、重曹掃除、天然成分の洗剤、レトロな器、自家製パン(およびそのための小麦粉挽き)、保存食作り、自家製ヨーグルト、オーガニック食、米粉マフィン、手作り子供服、古着のリメイク、自然育児(アタッチメントペアレンティング、スリング、マタニティヨガ、自宅出産、長期間の母乳育児、オンデマンド母乳、布オムツ、オムツ無し育児、胎盤サプリ、ベビーマッサージ、ホリスティック栄養学、木製玩具、アンチ予防接種)、代替療法、地産地消、家のリフォーム、脱サラして田舎で農業、自作陶器のネット販売。IT関連の仕事をしながら料理ブログを開く20代男性や、稼ぎを地産の食材につぎ込む30代独身キャリアウーマンも紹介されています。僭越ながら私が“New Domesticity”の訳語として日本語の似たような言葉をあてはめるなら、「暮らし系」といったところでしょうか。上記のような生活を紹介し、「ていねいな暮らし」「シンプルライフ」を謳う『クウネル』『天然生活』『かぞくのじかん』といった“暮らし系”雑誌類が日本の女性誌コーナーの一画を占めるほど増えたのも、21世紀以降の出来事です。

 『ハウスワイフ2.0』には、ライオットガール・ムーヴメントに憧れ、彼女たちがポスターや音楽テープを手作りしているところから手芸や裁縫に行き着いたというハンドメイド界のカリスマ女性が登場します。また編み物入門本『Stitch 'n Bitch』を出版したフェミニズム雑誌『Bust』の編集長デビー・ストーラーは、女がしてきたことを見下すのはフェミニズムではないと訴えています。そういえば日本でも、男性中心の古本界で二束三文で売られていた『女の手仕事』『暮しの手帖』系の古本に価値を見いだした若い女性たちがネット古本屋を立ち上げるのがブームになったことがありました。オルタナティヴ・カルチャーの渦中にいた女性たちが、昔ながらの女の手仕事が軽視されていることに違和感を覚え、その復権を目指すところも、日本の暮らし系に通じるところがあります。

 暮らし系は女性が中心とはいえ専業主婦に限った話ではなく、おもに高い教育を受けたクリエイティヴな層に担われているように、アメリカの「“New Domesticity”も、高学歴女性(と少なからぬ男性)が牽引するムーヴメントであるようです。『ハウスワイフ2.0』では、不況による就職難、家庭と両立できない長時間労働や女性に冷淡な企業文化への失望、環境への意識、大量消費社会への忌避感情などがその燃料となっていると分析しています。女性の高学歴化に比して社会進出が難しく、女性の家事負担が大きい国と言えば、日本もアメリカに負けていません。日本で暮らし系が流行るのも(それがわざわざ現象として取り上げられないほど自然に浸透しているのも)道理です。「女ならやって当たり前」で、決まったやり方以外は許されない──誰にも顧みられない家事育児はつらいけど、自分の趣味をいかしてインターネットで褒められたりスキルを共有できる家事育児は楽しい。この感覚、私にも覚えがあります。日本との違いは、“New Domesticity”に走る世代(20~30代)の親はウーマンリブ世代で、仕事にかまけて家事育児をないがしろにした母親への反発が根っこにあるということ。子供にかまいすぎる日本の“毒親”とは対照的です。いずれにしろ、理念を追求しすぎる極端な親は子どもにとっては迷惑なものなんですね。気をつけていきたいところです。

 同書は、元新聞記者の著者が“New Domesticity”な多数の男女にインタヴューして得た豊富な事例をもとに、多面的にDIY・インディペンデント・ムーヴメントの意味を説き明かそうと試みているジャーナリスティックな書籍です。時におしゃれなライフスタイル・ブログへの素朴な憧れを吐露するものの、掃除洗濯嫌いを自称し、仕事が生きがいだと語る著者の視線は一貫してシニカル。日本版の版元のコピーにあるような「キャリア女性の時代は終った。いまこそ新しい主婦になろう」と、むやみに女性間の対立を煽る内容ではありません。それどころか、社会での女性の発言権を確保するために女性も働きながら子育てできる社会にすべきだと主張し、労働者階級を含めた働く母親への社会的サポートの薄さを手厳しく批判しています。また、ほとんどの人はハンドメイドで身を立てるのは難しく、Etsy(※)で売る程度の収入では離婚したら生活していけないのだから、経済的な自立は誰にとっても重要だとも。そもそも著者がこんな本を書けるのも、キャリアがあればこそです。男性の育児休暇の取りにくさ、掃除機やトースターといった家事おもちゃが(ピンクとパープルの)女児向けばかりであることにも警鐘を鳴らしています。でも、著者の意図を汲んで「いま、アメリカでDIY・インディペンデント・ムーヴメントが熱い理由」と喧伝したところで、注目が集まることはなかっただろうとも思います。『ハウスワイフ2.0』が話題になったのは、とりもなおさず女性間の対立を煽る体裁でパッケージングされているからでしょう。女性のライフスタイルを云々するエッセイは、おおざっぱに女性をラベリングする内容であればあるほど話題を呼び、売り上げを伸ばしてきました。結婚しなければ「負け犬」で、子どもを産まないと「オニババ」、そうならないためには「小悪魔」にならなくちゃ。もう魑魅魍魎だらけです。
※アメリカで人気の販売サイト。ユーザー間でハンドメイドの商品を売買できる。(編注)

 「自分が何者で、どうふるまい、どんな大人になるべきなのか」を教えてもらいたがる小学生女児たちがピンクの占い本を読みふけるように、大人の女性たちも「女のライフスタイル本」に走り、メディアは大げさに取り上げます。この『ハウスワイフ2.0』も日本版のタイトルのせいか、読まれもしないうちからその手のエッセイ本と勘違いされ、「高収入の夫に養われてロハス生活なんて」などと一部で揶揄されているようです(同書に登場する専業主婦の多くは中産階級。中には布をトイレットペーパー代わりに洗って使い回すエクストリーム節約術を駆使する人も!)が、優雅なロハス主婦だったとしてもいいと思うんですけどね。なぜ女性の選択ばかりがやり玉に挙げられ、注目されるのでしょうか。

 おそらく社会も、そして女性たち自身も、女性にも自我や欲望があり、その欲望に従って人生を選びうるのだという事態に慣れていないのです。私たちの母親世代には、人生の選択肢などほぼなかったのですから。そして世にあふれる「無垢な美少女」「尽くす母親」といった自我や欲望を持たぬ女性を理想像として描き出す作品の数々。そうした文化に触れるうちに自我や自分の能力への自信、承認欲求などの欲望を恥じるように刷り込まれた女性たちは、「自分は客観的に見て何に向いていて、本当は何をしたいのか。そのために何をするべきなのか」を突き詰めて考えることが怖くなり、「何をすれば叩かれないのか」「何を選べば“正解”なのか」を教えてくれる本にすがりたくなる。これでは自分と異なる選択をした同性が幸せそうにしているたびに不安になってしまいます。たぶん問題は、結婚するかしないか、働くか働かないか、子供を産むか産まないか、どちらが正しいのかということではなく、自分の欲望におびえ、何を欲しているかにちゃんと向き合えないまま大人になってしまうことなんだろうと思います。「子ども産まないと叩かれちゃうの? 心折れそうだから産むわ~」というまるで主体性のない理由で子どもを産んだりしている私がこんなことを言うのもなんですが(結果オーライでよかったです……!)。

 無垢な女性像を内面化しないで。自分の欲望におびえないで。二女の母として我が子たちにはそう伝えたい。しかしその前に、私自身が、「公務員など安定した仕事につきそう。ハデさはないけどマジメだから、結婚あいてにはぴったりね」と貪欲に彼の将来を品定めする女児向けの占い本におびえている場合ではないのかもしれません(でも、怖い!)。



ギークマム 21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア
(オライリー・ジャパン)
著者:Natania Barron、Kathy Ceceri、Corrina Lawson、Jenny Wiliams
翻訳:星野 靖子、堀越 英美
定価:2310円(本体2200円+税)
A5 240頁
ISBN 978-4-87311-636-5
発売日:2013/10 Amazon

Bibio - ele-king

 静かに雨が降っている。道の脇にふとしゃがみこんで草むらの水たまりを覗き込めば、透き通った水のなかを緑の色彩が揺れている。雨粒が歌っている……。
 子どものころに幾度となく過ごしたそんな時間の贅沢さを、ビビオの音楽によってふと思い起こすことがある。スティーヴン・ウィルキンソンことビビオの最高傑作がいまでも『アンビヴァレンス・アヴェニュー』であるのは、あのアルバムで彼の風景画家としての才能がもっとも発揮されているからだ。フィールド・レコーディングも駆使して描写されたのは、街や身近な自然がざわめく音と、それを感じ取る心の反響音であった。IDMやヒップホップのビートと実験主義の影響を往復しながらビビオは、しかしあくまでもフォーキーな音質でもって柔和に、クロード・モネのように目に映る色彩の変化を丹念に捕らえてきたように思える。そういう意味でエレクトロニックな意匠を強調していた『マインド・ボケー』は、サウンド・クリエイションとしての冒険はじゅうぶんに認めた上で、しかし、少しばかり「らしくない」……無理をした作品だったと言いたくなってしまう。

 そうした声が多かったのかは知らないが、自分の名を冠したその次作『シルヴァー・ウィルキンソン』は、ウィルキンソンらしい徴がよく出た、真新しくはないけれどもバランスの取れたアルバムだったと言えよう。よりソング・オリエンテッドな、フォーキーなビビオが好きなリスナーには“ア・トゥ・ア・ルール”が用意されていたし、ヒップホップよりのファンキーなビートを鳴らすビビオがお気に入りのファンには“ユー”がちゃんとあった。そしてそんななかでも、アルバムを貫いているのは生音を効かせた心地よい耳障りであり、何よりも、彼が作る音が好きな誰もが微笑むその牧歌性であった。
 だから本EP『ザ・グリーンEP』のリード曲を、『シルヴァー・ウィルキンソン』のなかでももっともアンニュイな風合いの“ダイ・ザ・ウォーター・グリーン”としたのはやや意外な選択である。それ以外の5曲(日本盤にはボーナス・トラックが加えて1曲用意されている)は古いトラックから選んで再録したそうだが、結果として非常にフォーキーで、そしてメロウなムードで統一されている。“ダイ・ザ・ウォーター・グリーン”……「水を緑に染める」は、雨の日に自宅のガレージで録音したとわざわざ説明されているが、そんな雨天の薄暗い情景がありありと浮かび上がってくるようなEPである。牧歌的だと言えなくもないが、そう言い切ってしまうにはあまりに陰影に富んでいる。その部分では〈マッシュ〉時代を彷彿とさせる部分もあるが単純にそれだけでもなく、たとえば『シルヴァー・ウィルキンソン』収録曲の“ウルフ”の一発録りヴァージョンという“カーボン・ウルフ”はアンビエント/ドローンに近接しているし、“ア・サウザンド・シラブルス”のはじめ2分のオーケストレーションは現代音楽風ですらあり、僕はティム・ヘッカーを連想したほどだ(これがベスト・トラックでしょう)。ラストの“ザ・スピニー・ヴュー・オブ・ヒンクレー・ポイント”の温かな物悲しさなども、ビビオとしては異質な部類ではないか。
 これは『シルヴァー・ウィルキンソン』よりも聴く時間を限定する小さな作品であるように僕には感じられ、だから何もしたくない日に……もしそんな時間が許されるのならば、ゆっくりと沈み込みたいレコードである。春の訪れが遠く思えるこんな寒い夜にすら、生暖かい雨の日の心地よい倦怠を呼び起こしてくれるだろう。

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