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木津 毅   Mar 07,2014 UP

 静かに雨が降っている。道の脇にふとしゃがみこんで草むらの水たまりを覗き込めば、透き通った水のなかを緑の色彩が揺れている。雨粒が歌っている……。
 子どものころに幾度となく過ごしたそんな時間の贅沢さを、ビビオの音楽によってふと思い起こすことがある。スティーヴン・ウィルキンソンことビビオの最高傑作がいまでも『アンビヴァレンス・アヴェニュー』であるのは、あのアルバムで彼の風景画家としての才能がもっとも発揮されているからだ。フィールド・レコーディングも駆使して描写されたのは、街や身近な自然がざわめく音と、それを感じ取る心の反響音であった。IDMやヒップホップのビートと実験主義の影響を往復しながらビビオは、しかしあくまでもフォーキーな音質でもって柔和に、クロード・モネのように目に映る色彩の変化を丹念に捕らえてきたように思える。そういう意味でエレクトロニックな意匠を強調していた『マインド・ボケー』は、サウンド・クリエイションとしての冒険はじゅうぶんに認めた上で、しかし、少しばかり「らしくない」……無理をした作品だったと言いたくなってしまう。

 そうした声が多かったのかは知らないが、自分の名を冠したその次作『シルヴァー・ウィルキンソン』は、ウィルキンソンらしい徴がよく出た、真新しくはないけれどもバランスの取れたアルバムだったと言えよう。よりソング・オリエンテッドな、フォーキーなビビオが好きなリスナーには“ア・トゥ・ア・ルール”が用意されていたし、ヒップホップよりのファンキーなビートを鳴らすビビオがお気に入りのファンには“ユー”がちゃんとあった。そしてそんななかでも、アルバムを貫いているのは生音を効かせた心地よい耳障りであり、何よりも、彼が作る音が好きな誰もが微笑むその牧歌性であった。
 だから本EP『ザ・グリーンEP』のリード曲を、『シルヴァー・ウィルキンソン』のなかでももっともアンニュイな風合いの“ダイ・ザ・ウォーター・グリーン”としたのはやや意外な選択である。それ以外の5曲(日本盤にはボーナス・トラックが加えて1曲用意されている)は古いトラックから選んで再録したそうだが、結果として非常にフォーキーで、そしてメロウなムードで統一されている。“ダイ・ザ・ウォーター・グリーン”……「水を緑に染める」は、雨の日に自宅のガレージで録音したとわざわざ説明されているが、そんな雨天の薄暗い情景がありありと浮かび上がってくるようなEPである。牧歌的だと言えなくもないが、そう言い切ってしまうにはあまりに陰影に富んでいる。その部分では〈マッシュ〉時代を彷彿とさせる部分もあるが単純にそれだけでもなく、たとえば『シルヴァー・ウィルキンソン』収録曲の“ウルフ”の一発録りヴァージョンという“カーボン・ウルフ”はアンビエント/ドローンに近接しているし、“ア・サウザンド・シラブルス”のはじめ2分のオーケストレーションは現代音楽風ですらあり、僕はティム・ヘッカーを連想したほどだ(これがベスト・トラックでしょう)。ラストの“ザ・スピニー・ヴュー・オブ・ヒンクレー・ポイント”の温かな物悲しさなども、ビビオとしては異質な部類ではないか。
 これは『シルヴァー・ウィルキンソン』よりも聴く時間を限定する小さな作品であるように僕には感じられ、だから何もしたくない日に……もしそんな時間が許されるのならば、ゆっくりと沈み込みたいレコードである。春の訪れが遠く思えるこんな寒い夜にすら、生暖かい雨の日の心地よい倦怠を呼び起こしてくれるだろう。

木津 毅