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Bibio

ElectronicaFolk

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Sleep On The Wing

Warp / ビート

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小林拓音   Aug 24,2020 UP
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 歳のせいか、音楽を聴いて涙を流すなんてことはめっきり減ってしまったけれど、いまでも年に一度くらいはそういう瞬間が訪れる。2019年でいえばそれは、ビビオの “Lovers Carving” を聴いたときだった。
 同曲を収める「WXAXRXP Session」は〈Warp〉の設立30周年を祝うべく録音された企画盤で、いわゆるアコースティックな形式でヴォーカルを際立たせつつ(おもに)10年前の『Ambivalence Avenue』収録曲を再演するという内容だったわけだけど、なかでも “Lovers Carving” に惹きつけられてしまったのは、たぶん、大胆にアイリッシュ・トラッドへと舵を切ることで新境地を開拓し(ながら、従来の彼のフォーキーな側面が好きなファンにもアピールし)た、その時点でのビビオの最新型である『Ribbons』のスタイルが接ぎ木されていたからだと思う。
 もちろん、感傷や懐古がなかったといえば嘘になる。でもそれだけじゃない。生まれ変わった “Lovers Carving” は、ある楽曲がまったく異なる姿へと変身しうることの素朴な驚きを呈示してもいたし、また、ノスタルジーをこそ主武装とするアーティストが自己言及を試みることの意味について考える、そのきっかけを与えてくれてもいた。いまビビオは、そして、自己言及に自己言及を重ねがけしている。新作『Sleep On The Wing』収録の “Oakmoss” において彼は、2019年版 “Lovers Carving” で接ぎ木したパートの旋律を移調し、再利用しているのである。

 計30分未満とトータル・ランニング・タイムが短いためだろう、EP扱いしているサイトもちょいちょい見かけるが、レーベルの品番的にはアルバムであるところのこの『Sleep On The Wing』は、『Ribbons』とおなじ遺伝子を有する作品である。たとえば『Ribbons』を特徴づける要素のひとつであったバッハ~バロックからの影響は、本作においても “A Couple Swim” や “Awpockes” といった楽曲から聴きとることができる(前者はもともと、ジブリも一枚噛んだ2016年のアニメ映画『レッドタートル ある島の物語』のために提供された曲)。あるいは、おなじく前作を際立たせる要素のひとつであったヴァイオリンも、くだんの “Oakmoss” や表題曲 “Sleep On The Wing” で大いに活躍の場を与えられているわけだが、こと弦にかんして注目すべきは “The Milkyway Over Ratlinghope” と “Watching Thus, The Heron Is All Pool” の2曲だろう。まるでチェロのような響きを聞かせるその低音は、18世紀のヴァイオリンをもとにビビオ当人が独自の改造を施したヴィオラによって奏でられており、その創意工夫が清冽なメロディと合流することですばらしい情感を生み出している。

 他方、軽快なハンドクラップがダンスへの欲動をかきたてるジグ “Miss Blennerhassett” からはビビオの民俗的なものにたいする関心がうかがえるし(曲名は映画『ウィズネイルと僕』の登場人物に由来)、冒頭から唐突にキャッチーなベースラインをぶちこんでくる異色の “Crocus” は、絶妙な音響上の「揺れ」を強調することで彼の飽くなき実験精神を伝えてくれてもいる。そういった「現在」のビビオの冒険心を体現するアプローチとともに、フィールド・レコーディングを駆使した “Lightspout Hollow” や “Otter Shadows” によくあらわれているような、初期ビビオを想起させる独特のテープの触感も本作の聴きどころだろう。

 彼があえて古い機材を利用したり音質を劣化させたりするのは、ある特定の過去の時代──それは往々にして「あのころは良かった」という根拠なき感慨を人びとに与える──を思い出させるためではないと、ビビオ本人は最新インタヴューで力説している。彼が音を歪ませ、濁らせ、粗く処理するのはずばり、クリーンさを除去するためなのだ。おなじくボーズ・オブ・カナダのフォロワーであるタイコとは正反対のアプローチと言えるが、それはたとえば再開発に代表されるような、過剰なまでの潔癖主義にたいするささやかな反抗であると、そう考えることも可能だろう。
 おなじインタヴューのなかで彼は、興味深い事例を語ってくれている。〈Warp〉と契約する以前、大学で音楽のテクノロジーについて教えていた彼は、単純なギターのループを録音したデモを用意し、それをカセットに入れてふたたび録音、さらにそれをカセットに入れて録音するというプロセスを何度も繰り返した。その各段階の音を学生たちに聞かせたところ、ほとんど全員がもっとも損傷の激しい録音を好んだという。
 この実験は、何度も何度も傷つき、ぼろぼろになっていくことのポジティヴな可能性を示唆している。いうなれば劣化することの肯定であり、汚れていくことの称揚である。ここに “Lovers Carving” から “Oakmoss” へと至る、自己言及の重ねがけが結びつく。どんなかたちだっていい、過去に耽溺するのではなく変わっていくこと、変化することそれじたいをビビオのノスタルジーは肯定しているのだ。そのあまりに力強い肯定の連鎖に、わたしたちは涙を流してしまうのだろう。

小林拓音