「Re」と一致するもの

 擬装チェンバー・ポップの傑作『Ansiktet』(Inpartmaint)以後、ピアノ・カルテットを結成し、このところ弦楽曲に注力してきた渡邊琢磨(akaコンボピアノ)が、本媒体でも何度かとりあげた気鋭の映像作家、牧野貴とタッグを組み、「Origin Of The Dream(夢の起源)」と題した音と映像によるステージを渋谷WWWで初演する。具体的なイメージを重層化し、縦横無尽に運動させる牧野の映像と、古今東西の弦楽曲の批評的乗り越えを目する渡邊琢磨のスコアにもとづく13台の弦楽器の52本のストリングスが織りなすドラマの交錯は、逃れることのできないほど官能的な、夢の起源(Origin Of The Dreams)を思わせる舞台になることうけあいです!


写真:Yasuhiro Koyama


写真:Ryo MItamura

渡邊琢磨 × 牧野貴 Live Concert
'Origin Of The Dreams'

2016年3月17日(木) 
渋谷WWW
開場20:00/開演20:30
 
映像:牧野貴
音楽:渡邊琢磨

Piano,Conduct : 渡邊琢磨
1st Violin : 梶谷裕子、大嶋世菜、高橋暁
2nd Violin : 須原杏、帆足彩、波多野敦子
Viola : 中島久美、中山綾、河村泉
Cello : 徳澤青弦、橋本歩
Double Bass : 鈴木正人、千葉広樹
 
料金:3,300円(全席自由/ドリンク代別)
会場:渋谷WWW
住所:東京都渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下
アクセス:https://www-shibuya.jp/access/
お問い合わせ:WWW 03-5458-7685
チケット購入ページURL(パソコン/スマートフォン/携帯共通)
https://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010843P006001P002179310P0030001

牧野貴(映画作家)
2001年日大芸術学部映画学科撮影・現像コース卒業後、単独で渡英、ブラザーズ・クエイに師事する。2002年よりテレシネ・カラーリストとして多くの劇映画、ミュージックビデオ、CF、アーカイブの色彩調整を担当する傍ら、2004年より単独上映会を開始する。フィルム、ヴィデオを駆使した、実験的要素の極めて高い、濃密な抽象性を持ちながらも、鑑賞者に物語を感じさせる有機的な映画を制作している。また、ジム・オルーク、ローレンス・イングリッシュ、コリーン、マシネファブリーク、大友良英、山本精一、渡邊琢磨、カール・ストーン、タラ・ジェイン・オニール、イ・オッキョン等の前衛音楽家と共同作業においても、世界的に高い評価を獲得している。2009年には上映組織「+」プラスを立ち上げ、今まで日本に紹介される事の無かった映画作品を多数上映している。2011年よりエクスパンデッドシネマプロジェクトを開始、ヨーロッパ、北米、南米、オーストラリア、アジア等数多くの国際映画祭で受賞、上映多数。作品の発表は主に映画祭、映像芸術祭、音楽祭などの他、映画館、美術館やギャラリー、ライブハウスでも行い、その活躍の場は増幅を続けている。現代日本実験映像界を率先する作家である。https://makinotakashi.net/

渡邊琢磨(作曲、ピアノ)
97年、米バークリー音楽大学で作曲を学ぶ。帰国後、「COMBOPIANO」名義で活動を開始。2000年、NYに渡り鬼才プロデューサー、キップ・ハンラハンとの共同制作でアルバムを次々とリリースし注目を集める(英、音楽専門誌「WIRE」などに取上げられる)以降、国内外のアーティストと多岐に渡り音楽制作活動を行う。2004年、内田也哉子、鈴木正人(little Creatures)と、「sighboat」を結成(サマーソニック'10出演ほか)。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー18カ国30公演にピアニストとして参加。2008年、内橋和久(gt)、千住宗臣(ds)とCOMBOPIANOをバンドとして再編(フジロックフェスティバル'09出演ほか)2014年、本人名義としては6年ぶりとなるアルバム『Ansiktet』をリリース。同年、本人主宰による室内楽アンサンブル「Piano Quintet」を結成(アラバキロックフェスティバル'15出演ほか)映画音楽、CM、舞台等、多岐に渡り楽曲制作・提供する。https://www.takumawatanabe.com/


 

都築響一×平井玄 - ele-king

 正直、東京(ま、西側っすね)に30年以上住んでいても、いまだに東京人というアインディティティを持てないんですよね。まったくピンと来ない。で、ぼく(=野田)のように、たまたま仕方なくここに住んでいる人が、ぼくのまわりには多い。家賃は高いし、次から次へと再開発されるし、味気ない街ばかりだし、クラブも中心地ばっかだし、歩くの早いし、自動車うるさいし、恐いし、世界のいくつかに都市を見てきたけれど、これほどコミュニティが形成しづらい都市もなかなかないと思う。大声で「東京」っていうのが、いまだに違和感があるっす。
 御大、都築響一と平井玄が「東京」をめぐって対談する。果たして「リアルな東京」とはどこか?

1月22日(金)19時開場/19時30分開始
第3回「街から」トークライヴ
TOKYO 右なのか? 左なのか?
都築響一と平井玄が首都の臍の下、新宿二丁目でガチンコ対決する!

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入場無料(但しワンドリンクオーダー)投げ銭制
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「マスコミが垂れ流す美しき日本空間のイメージで、なにも知らない外国人を騙すのはもうやめにしましょう」(『TOKYO STYLE』)と言ってデビューした都築響一。麴町育ちの彼は20年を経て『東京右半分』をものした。隅田川西岸しか知らない平井玄は、去年『ぐにゃり東京』で「神は街の底に宿る」とのたまわった。垂れ流しの怪しいオリンピックが迫る
東京の「リアル」は右か、左か。はたまた・・・・・どこに?
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主催:街からトークライブ実行委員会 03-6638-6685
「街から」誌:https://www.machikara.net/

https://cafelavanderia.blogspot.jp


星から零した水たまりの話 【前段】 - ele-king

 何時ごろだったんだろう。おぼえが凪いでは遠くけだるげに薄靄へとまぎれこみ、ぼくはといえばおおかた放心していた。おどろくほど菫がかった濃い空にも、次第しだいに暗がりが満ちてくる頃合いではあったのだけれど。時計で時刻をたしかめるたんびに吐息のような軽い失望。刻限なんですって、でもなんの? かならずしも視界は良くない。墨版ヲ抜イタノハ誰カ? やがてはついえ、なんにもかにもなくなってしまうよりかはほんの、ほんに少ぅしだけ手前、市営バスなら停留所から次のんまでのちょっきり真ん中らへん。うろついてた猫が流し目くれながらわざとらしく目の前を横切り、ラジオはありきたりな軽音楽を鳴らしていた。不思議なほど眠くはなかった。ねむたくないのならでも、ただただ、だからこそ、いつもながらの夕くれどきだった。
 と、音楽が不自然にやや遠のいて、雑音ともなんとも、だけどさっきまでのジョッキーとはあきらかにちがう、なんだよ、これ。胸騒ぎよろしくときめいては、壊れた信号機さながら三原色に瞬く電波に乗って、揺れながらもなお近づいてくるなんて。囁くような波動のこれって「こえ」? 

  子どもたちを 夢中にさせて
  子どもたちを、めざめさせて
  子どもたちみんなに ブギーを

 たったの一度っきりしかない恩寵というものがある。あとにも先にも二度とはおこりえない。ただいっぺんこっきりの僥倖。
 ぼくにもそれは訪れた。
 テレビから来た。え、TV? そうテレビ! 木枯らしモンローや無用の介あたりを最後に殆ど省みられることもなくなっていたブラウン管。ウルトラQもプリズナーNo.6もゲバゲバ90分もとっくに終わってしまってて、腐った夕方の奇妙な吹き替え洋画(J・ロージーBOOM! 『昼顔』、エリオ・ペトリ!)か再放送のマグマ大使(お母さんが人間モドキに! だのに江木俊夫は三色ロッテの半ズボン!)あるいは記憶もいくらか前後してるか。
 でもその、陳腐化はなはだしかったはずの四角い箱から、うそじゃないけどうそみたいな、そいつは、ほんとうに来たんだ。
 1980 Floor Show。
 ビデオなんてあるわけない。大急ぎで受像機の前に、でっかいテープレコーダーを据えてテレビのボリュームをあげる。ジャックなんか差し込んじゃったらこんどは音がきこえないだろう。日本全国でこの夜、いったいどれだけたくさんの少年少女が同じように、つかわないコンセントをこっそり抜いて、レコーダーに付け変えてしまっていたことか。人差し指を口の前に立てて「いいからあっち行っとけってば」騒ぎたて煩い弟や妹を遠ざける、シーってあんた、“China Girl”なんかまだ2年は先だよ。
 なんとも幼稚な、ぶざまで、おまけに、なんてイノセントな15才。どんなにロックに飢えていたろう。なんと渇き、餓えていたことか。
 その前年には神戸に、船で(!)来日したボウイのライヴにも行っているというのに。因果にも疑り深い日本人は、でも目が悪いのと、巨大ホールでの演出に疎外感というより、周囲の観客の目が気になってたのかも。慣れてないから。すべて想いおこせばJUN ROPEのCMが入っていたよなあ。国営放送とおもいこんでいたのはきっと“Starman”のせいだ。大阪でNHKは2チャン(ネル)だったから。

♭ たまらなく 誰かに知らせたくなって 
   電話したんだ 知らせなきゃってね
   遠いけど ほら、きこえるよね?
   TVにだって映ってるじゃないか! 
   チャンネルは2だ 回してごらん
   窓からだって見えてる あれって?
   あの光が「彼」だよね もしか
   ぼくらが合図したら 来たりしてね
   この地上に? まさか でも 
   パパたちにはないしょだよ だって
   バレたらぼくら さらわれちゃうかも
   (連れてって欲しいくせに……!)
  

 「1980 Floor Show」を見たのは家のテレビでだった。ほんとうに偶然だった。生放送だったのかって、あんたね、文脈読み違えるのもたいがいにしておくれでないかって、李礼仙かっちゅうねん。だれが少女仮面やねん、だれが薪能で大鶴義丹やねん。“All You Need Is Love”ちゃうちゅうねん。

 やれ魂が揺サブラレただの、あたまの中心までズドンって撃ちこまれたみたいだったのって、けっして、そう、けっして、
 誓ってそんな、なまやさしいものではなかった。
 使い古され、たとえ究極の名言ではあっても最近、使用過多かもしれなくてもやはり、言明する義務はある。すなわち、
 マルクスのいう「命がけの飛躍」がそこにはあった。
 すくなくともあの日、「あれ」を見た瞬間からわたしは、後戻りすることなどできなくなってしまったのだ。厳然たる事実だ。然るにこのていたらく……なのかもしれない。反省なんか…、いや反省くらいふつうにいくらでもするし、ただ、再び同じ繰り返しが訪れたら躊躇無くまた、おんなじ轍を必ず踏んでやる、というだけだ。ミック・ロンソン(死んでる)のソロでボウイ(死んじゃいました)が歌った“Like A Rolling Stone”聞いてるか。かつて間章(死んだ)はパリの本屋の店先で、モーリス・ブランショ(故人)の新刊の題名が「友愛」なのを見て、人目もはばからず街中で泣いた。ぼくだってめっきり涙を流さなくなって久しいけど、いや泣くのはECDに譲るとしよう。わたしには別の主題がある。とうてい一代では終われないし終わるつもりもない。1回だけで追悼しきれるものではない。
 誰にとって? ぼくに、わたしに、ボウイに、オレに、やつがれに、拙者に、自分に、みどもに、おいらに、ミーに、ハルミにとって、ああ。
 絶対に「決定的」で、だからこそ……、
 じじつぼくはいまだに、打ちのめされたそっから一歩も、立ち直れてさえいない。

 さて、年寄りになればなるほど懐古趣味高じては時代環境も背景も顧みずに、昔日を美化しては頑固に言い張り言い募る傾向が、ある。あるね、じつによく。とはいえこの「1980 Floor Show」のビデオも売ってたけど。買って、そして見たけど。
 それで?
 おまえな、『迫力ありますね』とか心にもないこと言うなや。あほにおもわれるで。ええ? オレが傷ついたりするかいな、知ってるか? KINKI KIDSの“硝子の少年”って、ゲイやらオカマに人気あんの。むろんのこと時間などあるはずもないし、猶予などあろうはずもない。お金はどうだろうか、わからない。
 ぼくには、ついにわきまえられそうにもない。「どうしてモロッコ行きを繰り返すんですか?」ときいてくる人までいる。つまり、この2016年にデヴィッド・ボウイを、ぼくが追悼することは、かつてのぼくがある種の、へんな嫌われかたをしたのはなぜか、というのに通底はするにちがいない。
 それは「かっこいい」と「かっこわるい」
の二元論、姫と坊主、美女と野獣…ではなしに、いいやそれだけじゃない以上、次回に回そう。それにしたって、
 もしもわたしが死んだら、そしてお葬式まで出すことになったとしたら、まずはAlladine Saneで、出迎えて欲しい。それといまひとつ、“Time”の中の「We Should Be On By Now」について、
 「わたしたちは 間に合ってっているはずだのに」と、
 それと、Ryco盤CDの『LOW』のボーナス最後の「サウンドアンドヴィジョン」途中からのノイズが、空襲に聞こえるのはわたしだけ?

 京都にいたんだ。
 だいたい現代音楽家が不摂生だからこんな羽目に陥るんだ。ピエール・ブーレーズがあとさきも考えずよりによって正月明けなんかに死んじまうもんだから。知らんぷり決めこもうにも、ふくれっつらした切手貼る用のスポンジが水を含んでなきゃ意味を為しえないようにね。言い過ぎだわ、いくつだって思ってるの? かくてそんなようにして、体内に蓄電されすぎた真冬の人の手が、深い毛のふさふさした猫をなぜたりなんかしたら。電気掃除機のでっかくて意味のわからない、ほんのちょっぴり触れるだけで、わざとらしくぱちぱちとはぜる。そうよそれ。静電気が摩擦熱のあおりくらって、おかげで狂った予定の歯車は留めゴムが一方的に勝手にのび、のびのびとエントロピーの羽根をひろげはじめてしまう。空腹なのに繕いごとに余念がなくなってしまっては間にあわない。しっちゃかめっちゃかな徹夜続きのまま新幹線に飛び乗るのがやっとというこんなありさまじゃねぇ。掛けた目覚ましに跳ね起きて眠たい目をこすりながら、五条烏丸にほど近いゲストハウスまで。なんて立派な2階建ての、木造のでもしんしんとなんて冷えるのかしら。昼の日なかからひたひたと飲み続けたあげく22時もまわって京阪の駅地下にあるクラブ「メトロ」に。31才で夭逝したアシッド・フォーク歌手(山田仁というらしい)の没後十年記念オールナイトのギグ。友川(カズキ)さんと……。

 以下、後段に続く

文:山崎春美

Kyle Hall - ele-king

 デトロイト・テクノは、複数の位相において起点となり、価値観を更新したという意味において、ターニング・ポイントであり、ビッグバン(はじまり)だった。都市のレポートとしての音楽、都市という牢獄から脱出する術としてのベッドルーム・テクノ、ヨーロッパとアフリカの衝突、ポスト・ブラック・ナショナリズム……、ある意味ではより民主主義的なインディ・シーン、いち個人いちレーベルの現代の先駆けでもあった。
 クラフトワークは理解できても「エイフェックス・ツインの音楽はどうしてもわからん」という御人はいまも少なくなく、しかし、その“てんで話にならない”音楽は、この30年間で膨張し、がっつりとひとつの価値体系をモノにしている。その契機となったのが、デトロイト・テクノだ(現代ではさらに新たな価値体系が生まれつつあることは、OPNを聴いている人はうすうす感じているだろうけど、しかしそれはダンス・ミュージックではない)。
 とにかく、「これ普通やらないだろ」というときの「普通」に囚われない自由さを、技術よりも先立つものの重要さを「黒い」と表現できるなら、それはエレクトロニック・ミュージックにおけるビバップだったとも言えよう。

 あるいはまた、ホアン・アトキンスがエレクトロ、デリック・メイがハウス、URがファンク……と喩えるなら、カイル・ホールのセカンド・アルバムはジャズだ。ジャズのセンスが色を添えている。デトロイトの音楽一家出身で、叔父が高名なジャズ・ピアニストのローランド・ハナ、叔母もミュージシャン(ヴァイオリン奏者)で、母も歌手。彼が10代でありながら大人びたハウスでデビューしたことは、そうした家庭環境も大きく関係しているのだろう。ホールの初期の作品に、「新しく古い世界」という曲があるように、新しさと古さを持ち合わせながら語りかける。古さを温ねることが前進に繫がるという好例である。

 それで待望の新作だが、1曲目の“Damn! I'm Feeln Real Close”、ぼくはこれを聴いて、3枚組で5千円以上もする高価な3枚組を買うことに決めた。リズムからはダブステップ以降を感じる。が、全体はメロウなムードに包まれている。ピアノはエリック・サティめいた静謐さを思わせ、ときおり美しいフルートの音色、そしてアシッド・サウンドがカットインされる。前作『ザ・ボート・パーティ』が破壊的とも言えるほどリズミックな躍動を前景化している作品だとしたら、『フロム・ジョイ』は夜のムードをキープしつつ、随所に実験を試みながら、しかし滑らかでメロウに展開するアルバムだ。
 “Dervenen”を聴いていると、ステファン・ロバーツの〈Eevo Lute〉レーベルの初期作品を思い出す。エレガントで、ドリーミーで、メロディアスなハウス・ミュージック。曲の後半でシンセサイザーが歌いはじめるような“Wake Up and Dip”、〈Retroactive〉時代のカール・クレイグを思い出さずにはいられない“Strut Garden”、どんなに閉ざされた心でもこじ開けてしまうであろう、ジャズ・ピアノ・ハウスの“Mysterious Lake”。そして、3枚目の裏面つまり最後の曲“Feel Us More”は、本作において3本の指に入る名曲だ。若々しい感性(リズムの組み方、チョップ)、そして古きもの(ハウスにおける美しいメロディ)が絶妙なバランスで展開する。ちなみに今回のアートワーク、どう考えても、初期のデトロイト・テクノの名作を手掛けてきたアブドゥール・ハック直系の感性だよなぁ……。

 ハウス・ミュージックから30年以上の年月が流れて、社会もダンス・ミュージックを受け入れるようにはなった。しかし、デトロイト・テクノを起点とする価値体系が広く認められているわけではない。ヨーロッパがいまだにデトロイト・テクノへの思いを馳せるのは、この音楽が、どん底で生まれていることを忘れたくないからである。

vol.80:今年は中古レコード店が熱い - ele-king

 ここ数年ヴァイナル・レコード市場が熱いと言われている。とくに2016年、自分をハッピーにしてくれる何かがあると言うことを覚えておいて欲しい。毎日の生活に忙しいのはわかるが、週に1回でも、レコード店に足を伸ばしてみるのはどうだろう。人間らしい喜びと、価値ある消費者経験が待っているかもしれない。
 ラフ・トレードアーバン・アウト・フィッターズも、新譜から定番まで、新しいレコードを扱っている。カフェやバーにレコードが置いてあるのはもちろん、人気ホテルのエースホテルには客室に1台ずつレコードプレイヤーが置いてあり、スタッフが選択したレコードがプレイできるようになっている。レコードは、人びとの生活のアクセサリーとなった。

 中古レコード市場はどうだろう。マンハッタンにはたくさんの中古レコード屋があったが、一部を除き、いつの間にか消えた。レコードはどこに行ったのだろう……。2016年、中古レコード・ビジネスを世界的に考える男がいる。マイク・スニパー、キャプチャード・トラックスのオーナー、無類のレコード好き。
 以前、キャプチャード・トラックスの5周年フェスをレポートしたが/、あれからすでに3年経ったいまも、キャプチャード・トラックスの挑戦は拡大している。
 2008年に、アカデミー・レコードで働いていたスニパーが、地下で始めたレコード・レーベル、キャプチャード・トラックス。何度かオフィスを移動し、2013年にグリーンポイントにレコード・ストアを構えている。やがてオフィスはブシュウィックに移動。そこでは、キャプチャード・トラックスの傘下に生まれた新しいレーベルの集合体、オムニアン・ミュージック・グループ(OMG)が運営されている。目的は、OMGの様な大規模な構造から利益が受けられる革新的レーベルや、新しい別個のレーベルを探すと同時に、既存レコード(ボディダブル、ファンタジーメモリー)やキャプチャード・トラックスのパートナーシップ(フライング・ナン)を発展させることである。
 OMGファミリーには、シアトルのカップル・スケート、ニューヨークのスクオール・シング他、OMG傘下にできた新レーベルのシンダーリン、再発レーベルのマニファクチャード・レコーディングス、イタリアンズ・ドウ・イット・ベター、トラブルマン・アンリミテッドのマイク・シモネッティが運営するダンス・ミュージック・レコードレーベルの2MRレコーズ、パーフェクト・プッシーのメガデスが運営するブルックリンのレコード・レーベル、出版社のホナー・プレスがある。
 そのすべてを統括するのがスニパーだ。彼は仕事をしている以外は、レコード・ハントしている、というくらい中古レコード好きだ。田舎のガレージセール、誰かの地下コレクション、バケーションの間にレコード・ハントなど、「中毒みたいなものだよ」とスニパーは言うが、元アカデミー・レコーズの店員である彼の個人コレクションは、驚くほどの量と質を誇る。
 その中毒をフィードするために、と言うわけでもないが、キャプチャード・トラックス・ストアでも中古レコードの売り買いはやっているが、彼が考える新しい中古レコード・ビジネスは世界規模。フォート・グリーンのサイドマン・レコーズを共同経営。それはヒップな床屋内にある。「サイドマン・レコーズは、会社のアウトポストとして考えて、僕らの店だけでなく、アメリカ中、世界中のお店のライフ・スタイルのストックとしてレコードの売り買いが出来るように、会社を発展させようと思っている」

 サウス・ポートランド・アベニューにあるサイドマン・レコーズは小さい。スタイリッシュな男子のためのパーソンズ・オブ・インタレストという床屋内にオープンし、10,000個ぐらいのアルバムをストックする。パーソンズ・オブ・インタレストのウィリアムバーグ店はパーラーコーヒーと提携、フォート・グリーン店ではすでにカフェ・グランピーと提携していたが、サイドマン・レコーズのオープンの話を聞いてレコード店と床屋の組み合わせも悪くない、と思ったらしい。
 スニパーとサイドマン・レコーズのダミアン・グレイフとロブ・ゲディスは古くからの友だちで、18年前にはニュージャージーにある伝説のプリンセトン・レコード・エクスチェンジで一緒に働いていたこともある。いわゆる中古レコード・オタク仲間だ。
 共同経営にしたのは、単純にスニパーひとりではすべてできないからだ。お店はレコード好きな、スタッフに任せ、ふたりはレコード・ハントに出かける。彼らが見つけた価値ある珍しいレコードは、サイドマンやキャプチャード・トラックスだけでなく、世界中のお店に並ぶことになる。
 「ロブとダミアンは中古レコードのことになると熱いんだ。1日中あらゆるところでオタクなことを話し、コレクションを集めたりできる。ぼくにはそんな時間がないから」とスニパー。ロブが、主に大きなヴァンを運転して、今日収穫したものを、ドンドン、フェイスブックに載せていく。
 スニパーが世界の中古レコードのアイディアを思いついたのは、アメリカの中古レコードをお店にストックするのは難しいと、ニュージーランドのレコード・ストアと話しているときだった。
 「通り過ぎるには、難しすぎるし、ヴァイナルの復活もひとつの決め手だった」
 中古レコードのビジネスは別のゲーム。エキサイティングだが、ストックするのが難しい。
「新しいレコードを求めてお店に入ったときは、何があるかは予想ができる。レコードXが欲しくて、そこにあるとお店に入ったときにわかる。でも中古レコードは、インターネット前の不思議なポータル買い物経験が出来る。宇宙規模のね」
 ひとつのコンピュータ・スクリーンが、この惑星にある、購入可能な物体の詳細をリストしてくれる。ほとんどがバルク状態で入手可能である。中古レコード屋に行くことは、燃料を蓄えた宝探しの心を保有し続ける、数少ない消費者経験のひとつである。「中古レコード店に入ったら、壁にかかっているレコードは何だ? 新しく入ったコーナーはどこだ、カウンターの向こうで誰かがプレイしているのは何だ? いままで聞いたことないといくらでも訊けるし、すべてがクールだ」


Sideman record's sound track


@ Sideman records


@ Sideman records


@ Sideman records

photo:Via bk mag

 オーナーとして、中古レコードの方が利益率が良いことも魅力だ。新品は返品できない。中古なら、小売店は30パーセントしか利益はないが、リスクは少ない。
 「例えばミッドウエストの田舎の屋根裏部屋にある、誰かの見捨てられたレコード・コレクションが、ペニーに値するかもしれない。誰かのゴミは誰かの宝でもある。経済的にも環境にもいいし、面白いショッピング経験ができるし、やり遂げる感が良いんだよね」
 サイドマンはまだ初期段階で、ただいま、スニパー・チームはニューヨーク近辺から他の土地でもレコードを集めるのに大忙し。ヴァイナルも売って、新しいヴァラエティに富んだ物も売りたいと、例えばストランドのようなお店を例えに使う。
 スニパーのもうひとつの大きなヴィジョンは、中古レコード店をクリントン・ヒル、フォート・グリーン地域に持ってくること。3年ほど前、この地域に住んでいたスニパーは、グリーンポイントと違って、中古レコード店がないことにがっかりしていた。
 「ニューヨーカーにとって、週末に中古レコード屋に行く事は、ファーマーズマーケットやコーヒーを買ったりするのと同じ事。一種の儀式だよ。例え、カジュアルなレコード・バイヤーでもね。」

 数ヶ月前、ブシュウィックのバーに行ったときに、DJブースの隣にレコードの箱がいくつか置いてあり、そこにたくさんの若者がフラッシュライトを片手に、群がっているのを見た。聞くと、毎週水曜はサイドマン・レコーズ・ナイトがあり、レコードを販売しているのだった。ほとんどのレコードが1ドル。「これが好きだったら、これ聞いてみなよ」とダミアンと話しながら、レコード箱を漁るのは楽しいし、お酒も入り、勢いでまとめ買いする人もいる。そのときお店はまだオープン前だったが、このときも目を輝かせ、「もうすぐレコード店をオープンするんだ。絶対気にいるから遊びに来てね」と言った。

 そして、ついにオープンしたサイドマン・レコーズ。中古レコード市場が新たな展開をするかもしれない2016年。自分のニーズを考えるとビジネスに行き着くという例。好きなことをやり続けるとこうなったと、彼らの冒険はまだ続く。

Captured tracks
195 Calyer St
Brooklyn, NY 11222
12 pm-8 pm

Sideman records
88 s Portland Ave
Brooklyn, NY 11217
11 am-8 pm

2014年に公開されたイギリス映画『パレードへようこそ』(日本での公開は2015年)。その主人公であるLesbians and Gays Support the Miners(LGSM)の活動を紹介する写真展が開催される。撮影はフォトグラファーの横山純によって行われた。横山氏は2014年8月から一年間イギリスに滞在し、現地の抗議運動やグライムアーティストを撮影。その写真はイギリスの音楽媒体『FACT』の年間ベストフォトにも選出された。写真展は2016年1月13日から25日にかけて、大阪のコミュニティースペースdistaで開催される。

以下、開催中の写真展の様子。

日程:
2016年1月13日〜25日
17:00〜22:30
火曜日休

会場:
コミュニティースペースdista
大阪市北区堂山町17-5 巽ビル4F
https://www.dista.be/access/

入場無料

1980年代のイギリスで生まれたLGSMは、2014年のイギリス映画『パレードへようこそ』公開後、にわかにLGBT(性的マイノリティ)コミュニティやアクティビストの世界を越えて「LGBTのヒーロー」の一つとして数えられるようになりました。

サッチャー政権はストライキを行う炭鉱労働者に対して弾圧を行い、労働者の生活は逼迫していきました。ロンドンで活動するLGBTの活動家たちは「かれらはおれたちと同じようにサッチャーにいじめられている。なにかできることはないか?」と、自分たちが置かれている状況に炭鉱労働者の姿を重ねあわせ、労働者や組合をサポートするために「Lesbians and Gays Support the Miners」というグループを作り、活動を始めました。地道なLGSMの活動は徐々に炭鉱の街の人たちの信頼を得て理解者を増やし、音楽やダンスで絆を深め、最終的にその運動はイギリス全土を巻き込んだ民衆の運動になりました。

それから30年が経った今もLGSMのメンバーたちは今年のロンドンプライドパレードで、警察や保守層から弾圧や妨害を受けていたソウルクイアパレードへの連帯を表明しただけではなく、イギリス中のプライドパレードや労働者たちのお祭りなどでバナーを持って行進しました。イスタンブールのプライドパレードにおける弾圧に対するトルコ大使館前の抗議でも、東ロンドンにおける公営団地からの住民立ち退きに抗議するデモでも、LGSMのバナーとメンバーたちを見つけることが出来ました。

LGSMは今でも「誰かのために立ち上がる」ことを忘れず、古びれることなく、変わりゆく社会環境の中で、闘争の最前線に立ち続けています。
虹のもとで、連帯こそ力であると信じて。
その、かれらの姿を見に来て下さい。


interview with Alixkun - ele-king


Various Artists
ハウスOnce Upon A Time In Japan... by Brawther & Alixkun

Les Disques Mystiques/Jazzy Couscous

House

Amazon

 外から日本をどう見るかなんて、人の勝手なんだけど、アイドルと通勤ラッシュの構図こそを日本だとしたがる海外メディアの報道写真には多少腹が立つ。せめてポップ・カルチャーぐらいは……と思っても、『ブレードランナー』イメージを劣化再生産させたヴィジュアルがヴェイパーウェイヴではお約束になっていたり。キッチュな頽廃というのか、とりあえずsamuraiよりはマシか……と思ってみたり。ま、よく言えば、ミステリアスなんだろうな。
 一時期は、加速するグローバリゼーションによって世界は均一化する……などと言われたりもしたが、ダンス・ミュージックを聴いていると、世界はひとが思っている以上にアメリカナイズされていないことがわかる。たとえばUKグライムは、いくら彼らがUSラップに憧れていたとしてもUSラップにはならない。強固なまでの「らしさ」すなわち個性ってものがある。エスニシティも独創性も感じる。北欧でも、東欧でも、南欧でも、どこの土地にも、消せないにおいがあるのだろう。
 おもに80年代末から90年代にかけて、欧米の影響を受けて、日本でもハウス・ミュージックが制作されている。当時のぼくには、その多くは一生懸命にNYを追っているようにしか見えなかった。だったらNYハウスを聴けばいいじゃんと思っていた。
 ところが、である。ブラウザー(昨年、初のアルバム『Endless』をリリースしたパリのディープ・ハウスDJ)とアリックスクン(日本在住のフランス人DJ)の耳には、当時のいくつかからは、NYハウスとは違う、日本らしさとも言える特徴を持つ「ハウス」が聴こえた。つまり、日本人がNYに憧れてやったことが、結局のところ、はからずとも日本らしさを醸し出していたと。
 それは「和」の感覚があるとか、伝統的だとか、そんな嘘くさいことではない。プロダクションの繊細さも日本らしさだろうし、とくにメロディの作りには個性が出るだろう。少し考えてみれば、ジャズでもロックでもそうであるように、当たり前のことなのだけれど……、電子機材のプログラミングで作られるハウス・ミュージックにおいても「日本」が浮き出てしまうことにいちばん驚いているのは、作った日本人かもしれない。
 そしてふたりのフランス人は、数年前から、日本のハウス・ミュージックを──当時は数百円で買えたが、いまではン千円に値上がった──漁り続けている。その研究と長きにわたってのディグの成果が、アナログ盤4枚組のコンピレーション『ハウスOnce Upon A Time In Japan... 』となって、昨年の11月末にリリースされた。国際的なトレンドになりつつある「ハウス」を本格的に紹介するものとして、海外では話題になっている。
 以下は、昨年の12月にアリックスクンと渋谷でランチを取りながら対話した記録である。

根本の部分はアメリカなんですけど、そこに日本的なレイヤーが被さってジャパニーズ・サウンドになるんですね。だから、ハウスやディープ・ハウス、ソウル・ジャズとかヒップホップは、日本人が作ったものではないんですけど、そこに自分のヴァイブを入れて日本の音楽になっている。そこにぼくは魅力を感じますね。

コンピレーションの完成おめでとうございます。

アリックスクン(Alixkun、以下A):ありがとうございます。

何年くらいかかったの? 

A:作ろうと決断してから1年半から2年ぐらいかかったと思います。でもコンピレーションを作ろうというアイディアは前からありました。最初はドキュメンタリー(映画)といっしょにリリースしたかったので、コンピレーションの方はなかなか先に進まなかったんですね。ドキュメンタリーは制作に時間がかかるとわかっていたので、そちらを優先的に進めていたんです。

具体的にはいつから動きはじめたの?

A:ジャザデリック(Jazzadelic)の永山学さんと食事したときに、彼がけっこうプッシュしてくれたからじょじょに動き出しました。それが2014年の春ぐらいだったと思います。でもその段階ではドキュメンタリーの方を進行させたかったんですね。ただ秋ぐらいに〈ラッシュ・アワー〉が寺田創一さんのコンピを企画しているのを知って、ぼくらも動かなきゃマズいなと焦りだしました。ジャパニーズ・ハウスの盛り上がりに乗っかって、ぼくたちがコンピを作ったというイメージがついてしまうのは嫌だった。だから積極的にコンピを進めることにしたんです。それからぼくは「この曲を入れたい」というメールをいろんなひとに送りはじめました。

アリックスクンは、もう前からジャパニーズ・ハウスに興味を持っていたもんね。

A:最初に興味を持ったのは2009年くらいですかね。ブラウザー(Brawther)と繋がったのは2010年。面白いことに、ぼくらはYouTubeで繋がった。彼が自分のYouTubeのチャンネルにジャパニーズ・ハウスのプロデューサーが関わった曲をあげていたんですね。それを見つけてぼくが「いいね」を押したら、彼がぼくのページにきて、そこにあげていたピチカート・ファイヴのテイ・トウワさんのリミックスを見て、彼が「お前、この曲知ってんの?」とコメントをくれました。

こうやってコンピレーションを作ってみて、あらためてジャパニーズ・ハウスの魅力とはなんだと思いますか?

A:音のクオリティが高いことは魅力のひとつですね。

それは音質ということ?

A:そうです。ぼくはジャパニーズ・ハウスだけじゃなくて、70年代の歌謡曲以降の日本のソウル、ジャズ、ポップ、ヒップホップに興味がありました。そこにある大きな共通点は、アメリカやヨーロッパからインスパイアされていることです。でも単にコピーするだけじゃなくて、日本のトラディショナルな楽器を入れたり、日本語で歌っていたりする。あと日本を思い出させるようなメロディがあるんですね。根本の部分はアメリカなんですけど、そこに日本的なレイヤーが被さってジャパニーズ・サウンドになるんですね。だから、ハウスやディープ・ハウス、ソウル・ジャズとかヒップホップは、日本人が作ったものではないんですけど、そこに自分のヴァイブを入れて日本の音楽になっている。そこにぼくは魅力を感じますね。
 ぼくはヨーロッパ出身ですが、ヨーロッパで作られたものにはフランスっぽいとかイギリスっぽいとかって、あんまりない気がするんですね。フレンチタッチとかUKガレージとか、そういう区分はありますよ。ただ、それらがフランスやイギリスを思い出させるかというと、ぼくはそうではないと思います。ジャパニーズ・ハウスのすべてが日本のことを思い出させるわけではないですが、多くの曲にはその要素があります。

たぶん、日本人のプロデューサーはそういうことを意識せずに、ニューヨークのプロデューサーに近づけようと作っていただけだと思うけどね。

A:ぼくもそう思いますよ。ドキュメンタリーを作ったら、アメリカに好きなプロデューサーがいたからハウスを作りはじめたってひとが多かったんですね。日本っぽく作りたかったとか、ジャパニーズ・ハウスとして認められたかったとかっていうのは、全然思っていなかったんですよね。

で、コンピの1曲目は、タイニー・パンクス(T.P.O.)の“Punk Inc. (Hiroshi's Dub)”で、これは日本でも当時から人気の高いなんだけど、この曲の日本っぽさって何よ?

A:正直に言いますと、この曲にはあんまり日本っぽさはないと思います(笑)。このなかでいちばん日本を感じる曲は寺田さんの曲、“Sawauchi Jinku (Terada mix)"ですね。もちろん金沢明子の影響もあります。あとはGWMの“Deep Loop(edit)”、ヴィオレッツ(Violets)の“Sunset”という曲からもかなり感じる。
 このコンピレーションは、ぼくとブラウザーのもっとも好きなジャパニーズ・ハウスを集めたわけではないんです。もしそういう意図で作っていたら、同じアーティストで2、3曲は入れていたと思いますね。でもいろんなアーティストを紹介しなければならなかったので、そこのバランスをとりました。15曲くらいのコンピレーションを作るのに、アーティストが5人しか入っていなかったら、もったいないなと思って。それよりも、いろんなアーティストを紹介して、そこからみんなが自分でディグってほしいんです。

日本で同じようなことを日本人がやろうとすると、交流関係のしがらみとかが入ってきちゃうだろうけど、『ハウス』は、アリックスクンやブラウザーみたいな業界とはいっさい関係のないひとが外から見て選曲している。そこがこのコンピレーションのユニークなところだよね。

A:ぼくらはドキュメンタリーを先に作ろうとしていたので、このコンピレーションに入っているほとんどのアーティストにはインタヴューをしていたんですね。だからもう関係があったんです。例えば、寺田さんとはすごく仲が良くなったんですけど、だから寺田さんの曲をたくさん入れましょうということではなくて、ジャパニーズ・ハウスのシーンを紹介するためにコンピレーションを作りたかった。だから特定のアーティストに寄らずに、できるだけ客観的に選曲しました。

そういう意味ではとても画期的なコンピレーションになったと思います。日本人が選んだら、エクスタシー・ボーイズは入っていなかったんじゃないかな(笑)。

A:そうですか(笑)。それはどうしてですか? 全然知られていないから?

いや、彼らも当時はかなり有名だったよ。ぼくは一度、天宮志狼さんに大阪でインタヴューをしたことがあるんだけど、ぶっ飛んだひとだったなぁ。

A:ぼくとブラウザーもいろいろディグってみましたが、エクスタシー・ボーイズには、ぼくらもついていけない曲がたくさんありました(笑)。でも、この曲は素晴らしかったから入れることにしたんです。

そういうところが良いよね。だって、他にはYPFにもよくたどり着いたなと思ったよ(笑)。これも日本人なら絶対に行かないな。どうやって知ったの? 

A:〈Balance〉からトーキョー・オフショア・プロジェクト(Tokyo Offshore Project)がリリースしたシングルから知りました。それでいろいろ調べたら、このリミックスを見つけたんです。

YPFをやっていた清水さんとは一緒にデトロイトへ行ったことがあるんですよ。

A:そうなんですか! YPFの連絡先を知らなかったので、トーキョー・オフショア・プロジェクトのメンバーに聞いてみたんですが、彼らも連絡先を知らなかった。だから結局連絡が取れなかったんです。

この記事を読んで連絡をくれたら嬉しいね。

A:記事を読んだりして、この企画を知ったら是非連絡してきて欲しいです(笑)。

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ブラウザーはもっとすごいんですよ。彼は日本語を話せないし、日本にいないのに、すごい時間をかけてネットで翻訳ツールを使いながら日本語ページを調べています。インターネットのアーカイヴを調べたり、シャットダウンされたページとかを掘り出したり(笑)。あとヤフー・オークションを使って名前を検索して、いままで見たこともないレコードにたどり着いて、買ってみてたり。

俺も全然知らない曲ばかりで、アリックスクンとブラウザーのオタクっぷりに感服しました(笑)。アリックスクンは、わざわざ立川、埼玉、千葉の中古レコード屋まで探しにいってるもんね。

A:ブラウザーはもっとすごいんですよ。彼は日本語を話せないし、日本にいないのに、すごい時間をかけてネットで翻訳ツールを使いながら日本語ページを調べています。インターネットのアーカイヴを調べたり、シャットダウンされたページとかを掘り出したり(笑)。あとヤフー・オークションを使って名前を検索して、いままで見たこともないレコードにたどり着いて、買ってみてたり。
 (浪曲師の)国本武春の“Home (6 a.m. mix)”が入っていますが、このコンピレーションのレヴューが海外で出たとき、「われわれがまだ知らなかった曲をタケハル・クニモトが提供している」と書かれていたんですが、実はこのミックスをしたのは福富(幸宏)さんなんですね(笑)。国本さんの原曲とは全然違ってて、これは完全に福富さんワークだから面白いと思った(笑)。クレジットにはそうやって書いてあるんですけどね。
 あと、ジャザデリックの “I Got A Rhythm (1991 original mix)”ってパール・ジョーイ(Pal Joey)の曲なんですよね。でも本当はジャザデリックの曲。彼らが作ったプロモ盤をパール・ジョーイが聴いて、ビューティフル・ピープル(Beautiful People)で作ることになった。でもこのミックスはそのプロモ盤にしか入っていないんですね。しかもそのプロモ盤は50枚くらいしかない(笑)。

それはどこで手に入れたの?

A:もともとはそのレコードが存在していることを知らなかったんですが、永山さんをインタヴューしたときにプロモ盤を作ったことを教えてくれたんです。それで探しはじめました。みんなこのレコードをビューティフル・ピープルのプロモ盤だと思っているんですよ。でもそれは違って、本当はジャザデリックのプロモ盤なんですね。このレコードはオークションで買ったんですが、その出品者のひともパール・ジョーイのプロモ盤と書いていて、全然高くなかった。テクストにも書いているんだけど、たまにインディ・ジョーンズみたいな気持ちになりますよね(笑)。忘れられた宝を掘り出すみたいな。

はははは。ジャザデリックはどういうひとたちなの?

A:ジャザデリックは永山さんと森(俊彦)さんのユニットで、ニューヨークのDJスマッシュの〈ニュー・ブリード〉なんかと関わっていました。

このコンピレーションを作っていて、一番大変だったことは? やっぱりライセンスの連絡とか? 日本では著作権が厳しいから、入れたくても入れられなかった曲があったと思うんだよね。

A:ピチカート・ファイヴの曲も検討していたんだけど、著作権のせいで諦めることになりました。

大阪のベテランDJ、紀平くんがプロデュースを手掛けた曲もあるんだよね。

A:そう、そのフェイク(Fake)の曲も、あるいは、カツヤさんの曲もレコードでしかなくて、情報がとても少なかったから、プロデューサーを探すところからはじめました。例えば、カツヤさんについてはレコード屋のテクニークのスタッフに尋ねてみたら知っていて、繋げてくれたんですね。いまカツヤさんはベルリンに住んでいます。YPFの場合はさっきも言ったように、探してみたんですが見つからず……。

ホント、労作ですね。これも時代というか、でも、日本で音楽を作っているひとたちに自信を与えるものにもなっていると思うな。

A:ありがとうございます。意図としては曲のクオリティが大事だったんだけど、それに加えていろんなアーティスト、あまり知られていない曲も紹介したかったというのがあるんですね。たしかにT.P.O.の“Hiroshi's Dub”はすごく有名なんだけど、それとは反対にすごくマイナーな曲も入っているんじゃないかな。あと福富さんも入っているし、マイナーなアーティストも入っているから、幅広い内容になったと思います。

リリース後のリアクションについても教えてください。

A:いまのところ、とくにヨーロッパにおいてはかなり良いリアクションが返ってきています。

どこか特定の国がすごいっていうのはある?

A:全体的にヨーロッパでは良く受け取られていますね。いまディープ・ハウスのリヴァイヴァルがいちばん熱いのはヨーロッパですからね。「知らなかった曲を紹介してくれてありがとう」という気持ちでみんな評価してくれているんです。15曲が全部ヒット曲かというとそうではない。でもそれはぼくらも認めている。

もちろん、ヒットしてないと思うよ(笑)。あのね、本場志向っていうか、当時のハウスのリスナーもNY産しか認めないみたいなところがあったし、デトロイトだってB級扱いだったから、ましてや日本産となると……。柱になったレーベルもなかったしね。

A:寺田さんのレコードも少なかったんですよ。自分のレーベルがあったけれど、当時はあまり知られていなかった。

寺田さんは当時の印象では、ものすごくメディアに露出していたから、有名人って印象だったんだけど、それでも苦戦していたんだね。ところで、アルバムのインナーの日本語はアリックスクンが書いたの?

A:最初はぼくが書いて、友だちの日本語ネイティヴに直してもらいました。

ちょっと日本語が間違っているんだよね。

A:そうなんですよ(笑)。ぼくが書いた日本語を見てくれたひとが原文を生かそうとしたから、場合によっては文章が変かもしれません。

はははは。でも、最後に書いてある「House is the feeling」っていう言葉がすごく良いね。感じることで、国籍がどこであろうと、わかる。

A:そうそう、本当にそういうこと。ハウスって、感じることだから。

コンピレーションを作っていて、当時の日本のハウス・シーンは見えてきたの? 見えてはこないでしょう(笑)?

A:先ほど野田さんが言っていたように、当時このひとたちはヒットしていませんでした。小さいレベルで2、3曲作ってそれっきりというアーティストも多く、けっして大きなシーンではなかったようですね。アメリカの影響がデカすぎて、国内シーンは生き残れなかったというかビッグにはなれなかった。あと、アメリカのカッコよさへの憧れもあったんじゃないかな。

全員がそうじゃなかったけど、概してものすごくあったね。ただ、いまでは信じられない話だけど、当時の日本のミキシングの知識では、メーターがレッドゾーンにいったら音が歪んで悪くなるからっていうことで、EQなんかも適度に調整されてしまって、作った人の意図とは別のとこで、ペラペラの音になっているのが多いんだよ。そこは、今回リマスターをしてある程度音をそろえているよね。

A:難しいですね……。リマスターはしています。でも、半分以上は元のマスターを貰えたんだけど、残りはヴァイナルから音を落としました。でもどんなにきれいに落としても、いろんなノイズが残ってしまうから、あとはブラウザーがきれいに仕上げてくれたんです。


Various Artists
ハウスOnce Upon A Time In Japan... by Brawther & Alixkun

Les Disques Mystiques/Jazzy Couscous

House

Amazon

アルバムのジャケットのデザインがすごく良いと思ったんだけど、これは?

A:もともとはぼくたちが好きな日本のアーティストに声をかけたかったんだけど、3人くらいに依頼したらタイミングが合わなかったり、興味がなかったりで、実現しませんでした。そこでイギリスのアーティストに頼んだんですよ。ヴィクトリア・トッピング(Victoria Topping)というひとです。ぼく、本当はコラージュがあんまり好きじゃないんですよ(笑)。でもこのコンピレーションで一番大事なのは音楽だから、コラージュについてはブラウザーと多少喧嘩しました(笑)。ブラウザーはデザインを気に入っていたし、期限もあったからジャケットはお任せして、ぼくの趣味に合わなくてもしようがないと割り切りました。でもリアクションを見ると、みんなジャケットを評価しているから、自分のテイストを犠牲にしてよかったです(笑)。

浮世絵って、江戸幕府からは監視されていたぐらい、実は、ものすごくエロティシズムを含んだ大衆文化なんだよね。たぶんこの絵は、花魁といって、まあ、当時の人気の娼婦ですね。だからその意味で、まさにハウス・ミュージック的なんだよ。

A:そうなんだ(笑)。それは日本人にしか理解できないことですね(笑)。

David Bowie - ele-king

 これはジャズではない。では何か? ただの痛みだ。

 たしかに先行曲ともいえる“スー”は、新世代ジャズ・ラージアンサンブルで知られるマリア・シュナイダーとのコラボレーションが話題になった。アルバム曲には、管楽器にダニー・マッキャスリン、鍵盤にジェイソン・リンドナー、ベースにティム・ルフェーベル、ドラムにマーク・ジュリアナら新世代のジャズ・ミュージシャンを起用している。彼らがアルバム全編にわたって活躍をしており、とくにジュリアナのドラミングの凄まじさは誰しもが驚愕するだろう。だが、それにも関わらず本作はジャズではない。彼らであればいとも簡単に演奏できてしまうであろうジャズ的な和声やリズムを半ば拘束的ともいえるほど禁じているからだ。

 では本作はロックなのだろうか。たしかにときにシンプルな3コードに収まりもするボウイのソングライティングはロック的即物性を兼ね備えてはいる。だが、 ボウイは(少なくともメロディ・和声面での構造では)ビートルズの影響をまったく受けていないように思える。これは60年代以降のロック・ミュージシャンとしては、ルー・リードと並び極めて異例である。

 それでは、そもそもボウイの音楽は何なのだろうか。もともとはアマチュアのジャズのサックスプレイヤーであり、60年代にロック・ミュージシャンとしてデビューをした彼は何者なのだろうか。簡単にいえば、彼は「デヴィッド・ボウイの音楽」を「演じてきた」特異点のような存在なのだろう。むろん、彼の「演技性」と「肉体性」と「ペルソナ」の問題など、ロックの本を紐解けばどこにでも書いているし、そもそもボウイのファンならば当たり前すぎることだ。いまさら語っていいとも思えない。

 私がここでもっとも重要視したいのは2点だ。より正確には後者のひとつだ。まずひとつ。ボウイのソングライティングは、黒人音楽と白人のポピュラー・ミュージックのキマイラのようであり、それは20世紀という時代のモダニズムの象徴である点。そして、もう1点。彼の音楽はロックにテクスチャーの感覚を導入したという点である。もっともそれは彼一代限りのものでない。スコット・ウォーカーからボウイが受け継ぎ、デヴィッド・シルヴィアンに受け継がれていった感覚でもある。
 
 わかりやすい例として有名な『ロウ』を上げよう。ブライアン・イーノも参加したというこの傑作は、イーノ特有のアンビエンス/アンビエント感覚を大胆に導入し、アルバム後半(B面)のインスト曲によって、ボウイはそのテクスチャー感覚を前面化させる。淡い音色によるシンセサイザーの持続音が一定のムードを生成し、そこにリズムやサウンドが絡み合う。このB面のアトモスフィアこそ、後の電子音響からエレクトロニカなどに、たとえば、カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネス、インダストリアル/テクノのザ・ストレンジャーまで受け継がれていく感覚でもある。

 そして本作『★』は、そんなボウイのテクスチャー感覚が久しぶりに、それこそ『ロウ』以来、前面化した傑作とはいえないか。コード進行など楽曲の変化は曖昧で、聴き手は掴みきれない曲のテクスチャーを撫でるように聴くことになる。名うてのジャズ・ミュージシャンたちは、ボウイのテクスチャー感覚を生成するために召還されたといっても過言ではないだろう。なぜか。ボウイが欲したのは、彼らジャズ・ミュージシャンの演奏情報量の豊富さであり、それをある一定のトーンに制御することで生まれるムードではなかったか。
 事実、本作において、彼らは意識的にロックの即物性に「拘束」されている。あの複雑なリズムを分割できるマーク・ジュリアナですら、8ビートのリズムを叩いているのだ。しかしそれでも彼らの持っている演奏情報量の複雑さが「漏れでてしまう」。正確に、拘束的にバッキングに徹するなかで、ときにドラムのリズムが、サックスのフレーズが、ベースラインが、ジャズ的な複雑さをもらしてしまう。そこに拘束とから生まれる官能によって、この『★』の音楽に生まれているように聴こえる。本作は非常にマゾヒティックな官能に満ちたアルバムなのだ。
 10分に渡る“★”にせよ、先行曲のリミックス曲“スー”にせよ、まるでジョイ・ディヴィジョンのようなイントロの“ラザルス”にせよ、ジャズ・ミュージシャンに「ロックを演奏させる」拘束を見事に成功している。そこから生まれる拘束の官能性は、本作の色気を象徴しているといっていい。マーク・ジュリアナのビートは複雑なリズムと単純なニュー・ウェイヴ的な8ビートを往復しながら、彼のソロ・アルバムや他の参加作品とは異質の「色気」を放っている。

 では、なぜこのようなコンポジションが可能になったのか。私見だが「拘束の響き」の基調として、本作のどの楽曲にも、(たとえ聴こえていなくとも)ひとつのの持続音が流れているように思えならないのだ。聴いてみればわかるが、管楽器もシンセサイザーもロングトーンを奏でており、ギターのコードのカッティングよりも、そのロングトーンが楽曲の中心であり、ムードを形作っていることがわかるだろう。
 この感覚こそがあの『ロウ』に近いものであり、本作がときに『ロウ』以来の傑作と呼ばれるゆえんに思える。そして、ボウイのヴォーカル・ラインは、そのロングトーンのひとつの変奏として象徴的に響いているのだ。拘束。解放。生(本作は音楽家の受難と解放そのものように聴こえるし、その意味では非常に「西洋音楽」的だ)。
 このロングトーンの感覚は、果たして彼がサックス・プレイヤーであったことに由来するのだろうか。この傑作『★』を繰り返し聴くにつけ、肉体が奏でるロングトーンの揺らぎと拘束こそが、彼の音楽の官能性の根源だったのではないかと思えてならないのだ。
 だからこそ、その拘束が外されたかのように(偽装する?)、最終2曲、“ドラー・デイズ”と“アイ・キャント・ギブ・エブリシング”のメロディは、単なるポップというだけではない死の不穏さを称えているようにすら聴こえてくる。そう、「生」の拘束以降の世界に響く、死後のポップ・ミュージックのように……。

   ***

 ここまで書いたところで、公式サイト、フェイスブック、ツイッターの公式アカウントがこのようなアナウンスをリリースした。本文は、彼の「死」を知る直前に書きあげた記録として「あえて」修正せずに提出させて頂いた。「死」のフィルターを通していないレヴューであるが、確実に「死」の影を感じていたことも事実である……。そこが芸術の力でもあると思う。

January 10 2016 - David Bowie died peacefully today surrounded by his family after a courageous 18 month battle with cancer. While many of you will share in this loss, we ask that you respect the family’s privacy during their time of grief.

https://www.davidbowie.com/news/january-10-2016-55521

RIP David Bowie - ele-king

英国に止まない雨が降った朝文:ブレイディみかこ

 ある雑誌の企画で「いま一番聴いている5曲」という調査に参加することになり、アンケート用紙に記入してメールした後、酒を飲みながらボウイの新譜を聴いていた。
 「いま一番聴いている5曲」の中にも、『Blackstar』収録の” 'Tis a Pity She Was a Whore”を入れた。過去と現在の音をカクテルにしてぐいぐいかき混ぜながら、確かに前進していると思える力強さがある。みたいなことをアンケートには書いておいた。
 そして新譜を聴きながらわたしは眠った。
 が、朝5時に目が覚めてしまった。
 まるで天上から誰かが巨大なバケツで水をぶちまけているかのような雨が降っていたからだ。雨の音で目が覚めるというのはそうある話ではない。こんな怒涛のような雨が降り続いたら、うちのような安普請の家は破れるんじゃないかと本気で思った。妙に真っ暗で、異様なほどけたたましい雨の降る早朝だった。

 しばらく経つと電話が鳴った。時計を見ると6時を少し回っている。受話器を取るとダンプを運転中の連合いだった。
「ボウイが死んだ」
「は? ボウイって誰?」
そんな変な名前の友人が連合いにいたっけ?と思った。最近やけに死ぬ人が多いので、また誰か逝ったのかと思ったのだ。
「ボウイだよ、デヴィッド・ボウイ」
と言って、連合いは電話口で”Space Oddity”を歌いだした。
「えっ」
と驚いて「いつ?」と訊くと
「いまラジオで言っている。公式発表だって」
と連合いが言った。
 頭がぼんやりしていた。意味もなく、いまUKで連合いのように“Space Oddity”を歌っている人が何人いるのだろうと思った。

 以前も書いたことがあるが、わたしはボウイのファンではない。そもそもロックスタアの逆張りとして登場したジョニー・ロットンを生涯の師と定めた女である。だから彼の音楽も「まあ一通り」的な聴き方をした程度だし、同世代の女性たちのように麗しのボウイ様に憧れた思い出もない。
 寧ろ、彼の音楽に本格的に何かを感じ始めたのは前作の『The Next Day』からである。
アンチエイジングにしゃかりきになっているロックスタアたちへの逆張りを、誰よりもロックスタアだったボウイが始めたように感じたからだ。
 彼は老いることそのものをロックにしようとしていると思った。
 絶対にロックにはなり得ないものをロックにしようとする果敢さと、その方法論の聡明さにわたしは打たれた。だからこそ、2013年以降は
「いま一番ロックなのはボウイだ」
と酒の席で言い続けてきたのだ。

 権力を倒せだの俺は反逆者だの戦争反対だのセックスしてえだの、そういう言葉がロックという様式芸能の中の、まるで歌舞伎の「絶景かな、絶景かな」みたいな文句になり、スーパーのロック売り場に行儀よく並べられて販売されているときに、ボウイは「老齢化」という先進国の誰もがまだしっかり目を見開いて直視することができないホラーな真実を、ひとり目を逸らさずに見据えている。そんな気がしたのである。

 しかもまたボウイときたら、それをクールに行うことができた。
 新譜収録の〝Lazarus”のPVの死相漂うボウイの格好良さはどうだろう。
 プロデューサーのトニー・ヴィスコンティは「彼の死は、彼の人生と何ら変わりなかった。それはアートワークだった」と語っているが、ボウイは自らの死期を知っていて、別れの挨拶として新譜を作ったという。リリースのタイミングも何もかも、すべてが綿密に計画されたものだった。
 思えば2年前。クール。というある世代まではどんなものより大事だったコンセプトを復権させるためにボウイは戻って来たのではなかったか。
 そのコンセプトというか美意識がずぶずぶといい加減に溶け出してから、世の中はずいぶんと醜悪で愚かしい場所になってしまったから。
 ボウイのクールとは、邦訳すれば矜持のことだった。

 ざあざあ止まない雨の中を、子供を学校に送って行った。
 息子のクラスメートの母親が、高校生の長男がショックを受けていると言っていた。
「彼にとって、なんてひどい朝なんでしょう。起きて一番最初に耳にしたのが、自分が知ったばかりの、大好きになったばかりのヒーローが亡くなったというニュースだなんて」
そう彼女は言った。
 ああそう言えば、日本に送ったアンケート用紙のボウイに関する記述を過去形に訂正しなくては。と思った。
 ざあざあ止まない雨が降る空は、明るいわけでも暗いわけでもなく、幽玄なまでに真っ白だった。

文:ブレイディみかこ

interview with Tortoise - ele-king

 彼らが新作を録り終えた情報はつかまえていた。「別冊ele-king」のポストロック号をやっていたときだったので数ヶ月前になるが、おあつらえむきの特集なのにリリースの都合でとりあげられなかったのはいかにも口惜しい。爾来このアルバムは何度も聴いた。冒頭の表題曲のニュース番組を思わせるジングルめいたイントロにつづくトータス節ともいえるリズムの提示、アンサンブルは複雑さよりスペースを求め、打鍵楽器の記名性はこれまでより鳴りをひそめシンセサイザーがムードを演出するこのアルバムは『イッツ・オール・アラウンド・ユー』『ビーコンズ・オブ・アンセスターシップ』の、つまり『TNT』以後の傾向雄の延長線上にあるのはあきらかだが、前作から7年の時間の経過は彼らの、リロイ・ジョーンズいうところの「変わりゆく──」いや、よそう。それより『ザ・カタストロフィスト』にはミシェル・レリスの書名「成熟の年齢」をかぶせたくなるやわらかさとかすかな官能をおぼえる。90年代、私たちはそれをまさにテクノロジーの、つまりポストロックのかもすものとして聴いたが、20年を経て、それがトータスの唯名性だったことにおそまきながら気づきつつある。

 ジョン・マッケンタイア、ジョン・ヘーンドン、ダン・ビットニー、ダグラス・マッカム、ジェフ・パーカー──5人を代表してギタリスト、ジェフ・パーカーにお答えいただいた。

■トータス・Tortoise
1990年に結成されたシカゴのバンド。ダン・ビットニー、ジョン・ハーンドン、ダグラス・マッコームズ、ジョン・マッケンタイア、ジェフ・パーカーの5人からなる、音響的なアプローチを持ったインストゥルメンタル・バンドであり、「シカゴ音響派」等の呼称によって、当時の前衛音楽シーンを象徴・牽引した。のちに「ポストロック」という言葉の誕生、発展、拡散とともにさらに認知度を上げ、多彩な試みをつづけている。今年1月リリースの『ザ・カタストロフィスト』で7作めのアルバムを数えることとなった。

シカゴ市のための組曲に入れるべく、メンバーそれぞれが1曲ずつ作曲したんだ。


TORTOISE
The Catastrophist

Thrill Jockey / Pヴァイン

Post RockIndieElectronic

Tower HMV Amazon

『ザ・カタストロフィスト』はおよそ7年ぶり7枚めのアルバムですが、これまでのどのアルバムより、作品の間隔が空いた理由について教えてください。

作品の間隔が通常より空いてしまったのにはいくつか理由があるんだ。ひとつはメンバーのうち2人がLAに住んでいて、みんながいっしょに集まることのできる機会を見つけるのが難しくなったこと。もうひとつはそれぞれ別のプロジェクトが忙しかったこと。自分はフリーのジャズ・ミュージシャンとして、ジョン・マッケンタイアはエンジニアやプロデューサー業、マッコームズはブロークバックやイレヴンス・ドリーム・デイで、等々。

『ザ・カタストロフィスト』に着手したきかっけについて教えてください。またいつごろはじまり、終わったのはいつですか。

新しい楽曲には『ビーコンズ・オブ・アンセスターシップ(Beacons Of Ancestorship)』のツアーが終わってからすぐ取り掛かりはじめていたんだ。シカゴ市から新しい作品を依頼されて、シカゴの即興音楽コミュニティのアーティストとコラボレートして組曲を制作した。そのときの楽曲が今作に収録されている曲の元になっているんだ。

本作の制作上のプロセスでいままでと変化したところはありますか。各自がアイデアをもちより、編集的に構築したのか、セッションでつくっていったのか、あえていうならどちらの比重が高かったですか。

今回はあなたの言う両方のプロセスを組み合わせたものだった。メンバーがそれぞれアイディアを持ってきて、それからグループとしてそれを新しいものへと発展させていったんだ。『ザ・カタストロフィスト』は『イッツ・オール・アラウンド・ユー(It’s All Around You)』のスタジオをベースにした制作プロセスにより近いものなんだ。『ビーコンズ~』はライヴや実際の演奏をもとにしたものだよ。

先行シングル“Gesceap”はメロディとリズムを効果的に交錯させた、長さを感じさせないすぐれた楽曲だと思いました。たとえばこの曲を例にとり、完成にいたるまでのプロセスを教えてください

前の質問で言った、シカゴ市のための組曲に入れるべく、メンバーそれぞれが1曲ずつ作曲したんだ。“Gesceap”はジョン・マッケンタイアが作った曲で、彼はテリー・ライリーの“In C”のような感覚をよりトータス的な文脈で表現しようとしていた。アルバムに収録されたバージョンになるまでにかなり多くの回数作り直している。曲の構造はできるだけ単純化して、録音にはたくさんの楽器が重ねられているんだ。

自分たちはまだ「アルバム」を作っているんだ。

『ザ・カタストロフィスト』は多様性に富んだ、しかしとてもまとまりのあるアルバムだと思いました。断片的なアイデアの折衷というより、曲ごとの自律性を重視したつくりになっていると感じました。この意見についてどう思われますか

自分たちはまだ「アルバム」を作っているんだ。偉大な作品というのはリスナーがさまざまなムードや感情を経験することができるものだと思う。同時にグループとしての自分たちの広範な音楽的な興味を反映したものでもあるよ。

サウンド面では、『ザ・カタストロフィスト』は『イッツ・オール・アラウンド・ユー』、『ビーコンズ・オブ・アンセスターシップ』よりエアー感が強いと思いました。今回のアルバムではトータルな音をどのようなイメージに仕上げようと意図したのですか。

今作に関して自分たちは絶対にオープン・サウンドを取り入れようと考えていた。それぞれの楽器のまわりにたくさんのスペースがあるようなサウンドだよ。

音づくりの面で、スタジオの機材およびメンバーの使用機材で、これまでと本作とで顕著なちがいがあれば教えてください。

知っているかもしれないけど、ジョン・マッケンタイアは彼のSoma EMSを15年あった場所から別の場所へと引っ越したんだ。『ザ・カタストロフィスト』はほとんど、もともとあった場所で録音されたんだけど、いくつかは新しい場所でも録音して、ミックスもそこで行われた。

『スタンダーズ(Standards)』以降、初期トータスの代名詞でもあったヴィブラフォン、マリンバの代わりにシンセがアンサンブルを牽引するようになりました。この変化は意図的なものでしたか?

そうだね。自分たちの音楽をより拡張する必要を感じて、シンセサイザーでの実験をよりたくさんするようになったんだ。

“ホット・コーヒー”は『イッツ・オール・アラウンド・ユー』時のアイデアをリサイクルした楽曲だということですが、収録を見送った楽曲を次作以降でとりあげることはままあることなのでしょうか? もしかしたら、トータスの楽曲のためのアイデアのストックはかなりの数にのぼるのでしょうか。

アルバムをリリースするごとにたくさんの「残り物」が出るんだけど、それらはしばしばシングルやコンピレーションとしてリリースしている。時折、それらに立ち返って何か新しいものを作るインスピレーションをもらったりすることもあるんだ。

“ロック・オン”は素晴らしい曲だしメンバーみんなが聴いて育ったんだ。当時としてはとてもユニークな曲だった。

デイヴィッド・エセックスの“ロック・オン”をカヴァーした理由を教えてください。またこの曲にトッド・リットマンを起用したのはなぜですか。

“ロック・オン”は素晴らしい曲だしメンバーみんなが聴いて育ったんだ。当時としてはとてもユニークな曲だった。かなりおもしろいミニマル・サウンドが加えられていたり、ロックンロールについての歌なのにギターが使われていなかったりね。自分たちはみんな長い間トッド・リットマンのファンであり友人で、彼の起用は自然な選択だった。

『ザ・カタストロフィスト』には“ロック・オン”以外にもヨ・ラ・テンゴのジョージア・ハブリーの歌う“ヨンダー・ブルー”を収録しています。なぜヴォーカル曲を2曲も収録したのですか? またこの曲はアシッド・サイケともいいたくなる曲調ですが、この曲の生まれた背景を教えてください

次回作にはヴォーカル曲をいくつか入れようと事前に考えていて、しかも自分たちはトッドと同じように、ヨ・ラ・テンゴのジョージアの曲を敬愛している。“ヨンダー・ブルー”は、曲は先にできていて、ジョージアに興味があるか音源を送ったんだ。そうしたら彼女のヴォーカルと歌詞が付いて戻ってきたんだけど、それを聴いてまったく吹き飛ばされてしまったよ。

ポストロックなることばについては、語ることもあまりないかもしれませんが、日本ではこの20年前にとりざたされたことばに今年復権の兆しがありました。こと日本だけの現象かもしれませんが、かつてトータスの代名詞ともなったこの言葉をもう一度もちだすのだすとしたら、どこに可能性を見出せばよいと思いますか。

新しい可能性というのは僕たちのイマジネーションのなかにあるんだ。可能性に限界はないよ。

今回〈Pヴァイン〉から、過去作品がすべて紙ジャケットで再発されます(それも先の質問と無関係ではありません)が、旧作のなかで現在、もっとも気に入っている作品を一枚あげてください。

すべてのアルバムが好きだけど、今日の1枚を選ぶとすれば『イッツ・オール・アラウンド・ユー』かな。

新作をライヴセットにかけるとしたら、ヴォーカル曲含め、ライヴ用のアレンジが必要になると思いますが、どのようにするおつもりですか。ライヴとスタジオワーク、トータスにとって比重が高いのはどちらですか。

どちらのケースもたくさんの作業を必要とする。よくスタジオで曲を作ってアルバムを完成させてから、ライヴでそれをどう演奏するか考えなければならないこともあるよ。それにもたくさんの時間とクリエイティヴィティを要する。

自分のやることはすべてトータスに反映されるし、トータスとしてやることはその他すべてのことへと還元されるんだ。

それにしても、私は『ザ・カタストロフィスト』はトータスの新局面をあらわす野心的な作品だと思ったのですが、なぜ「Catastrophe」を文字ったタイトルなのでしょう

アルバムのタイトルはジョン・ハーンドンが彼の読んでいた本から思いついたんだ。自分はその本を読んでないんだけど、いまの政治状況や環境のことを含めた日々の生活のことを考えると、興味深いし良いタイトルだと思った。

カヴァーアートには90年代のエイフェックス・ツインのような露悪的な意図をこめていますか? ちがうのであれば、その真意を教えてください

このジャケットは何年か前に撮った写真を使ってメンバーの顔を合成したものなんだ。自分たちの顔をジャケ写にするならこの方法しかないだろうと話していて、ご覧の通りになった。

90年代から2000年代初頭にかけて、トータスはシカゴおよび、インディ・ミュージックのある種の結節点と、すくなくともリスナーである私たちは見なしていました。現在のUSインディおよびシカゴのシーンでトータスはどこに位置づけられると自己評価なさいますか。

トータスはある特定の時代にシカゴのインディ・ミュージック・シーンを代表する存在だったと思う。メンバーはそれぞれさまざまな形でそのシーンに参加していて、それが自分たちの生み出す音楽に反映されていた。いまでは違ったシーンがあるし、自分たちの前の時代もまたそうであったように、すべてはつねに変化していくんだ。

トータスが、現在の5人、不動のメンバーになってから短くない時間が経ちました。ほかのプロジェクトでの活動も多いみなさんにとってトータスというバンドはどのような意味をもちますか。

僕たちは偶然にも同じ時に同じ場所にいた良き友人であり、気の合う仲間なんだ。自分にとってトータスはいつもアイディアを試す場所であり、アーティストとして成長する場所でもある。自分のやることはすべてトータスに反映されるし、トータスとしてやることはその他すべてのことへと還元されるんだ。

トータス約7年ぶりの新譜を祝し、本インタヴューにつづき、第2弾となる特集をお届けいたします!

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