クラブ・ミュージックにおける初期衝動
小川充
ダブステップとジャズを繋ぐ作品として、スウィンドルの『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』(2013年)を挙げないわけにはいかない。マーラ主宰の〈ディープ・メディ・ミュージック〉からリリースされたこのアルバムは、クールなトランペットやサックス・フレーズ、ソリッドなウッドベースのビートといった、極めてわかりやすいジャズの記号を随所に散りばめていた。楽曲の基本構造はグライム~ダブステップで、もちろんジャズだけでなくソウルやファンクなどさまざまな要素が混在していたのだが、タイトル曲や先行シングルの「ドゥ・ザ・ジャズ」「フォレスト・ファンク」などに顕著なように、ジャズという符号がこのアルバムの核にあったことは間違いない。そこには黎明期のクラブ・ジャズ、例えばユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイションの「ラウド・マイノリティ」に代表されるスタイリッシュなストリート感覚があり、ロニ・サイズやDJクラスト、ペシェイやロンドン・エレクトリシティなど、かつてのドラムンベース勢(当時はジャズステップと呼ばれていた)に通じるシャープなファンクネスがあった。ちなみに、ロニ・サイズは『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』収録の「ランニング・コールド」もリミックスしている。
そうしたジャズの匂いがあったからこそ、ジャイルス・ピーターソンのようなジャズDJからもスウィンドルの作品は支持され、そのジャイルス主宰の〈ブラウンズウッド〉からもEPの「ウォルターズ・コール」をリリースしている。1987年生まれのスウィンドルとジャズとの接点は、ギタリストだった父親の影響で、8歳からピアノの演奏をはじめたところにあるようだ。その頃はジャングル~ドラムンベース全盛期でもあり、そこからグライム、ダブステップと進んできた彼の足取りに、ジャズ・ファンク、ソウル、レゲエが影響を及ぼすのは当然のことだろう。そして、マーラによる『マーラ・イン・キューバ』のライヴ・バンドの鍵盤奏者であり、ジャズ・キーボードの大御所のロニー・リストン・スミスとも共演するといった経歴を見れば、『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』のようなアルバムが出来あがったのも道理でと頷ける。
それから2年ぶりのセカンド・アルバム『ピース、ラヴ&ハーモニー』は、基本的には『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』の世界を継承し、より強固なものとしている。それと同時に、この2年の間にDJやライヴで世界中をツアーし、その土地それぞれの独自の音楽を吸収したことにより、それらを自身の音楽の中に取り入れ、融合した成果も見られるアルバムとなった。つまり、音楽的な幅広さは前作とは比べものにならないほど広がっている。アフリカ音楽を取り入れた「ファインド・ユー」、エキゾティックな映画音楽の様相を呈した「ブラック・バード」、フィリピン音楽をモチーフにした「マラシンボ」、箜篌(中国の琴)のような音色が印象的な「上海(シャンハイ)」など、これらは前作にはなかったタイプの作品だ。ちなみにその「マラシンボ」「上海」ほか、「東京」「デンバー」など、彼が回った世界の都市が題名となる曲があり、そこでは現地の言葉で「愛と平和と音楽の使者、スウィンドル」というスピーチが入る。彼から見た「東京」の音楽はこうしたものなのかと、なかなか興味深い。フィリピンや中国のようにルーツ音楽がモチーフとなっておらず、ゲームやアニメを連想させるところが、いまの海外の人から見た日本なのだろうか。ともあれ、スウィンドルの音楽に対する貪欲な探究心や研究心、面白ければ少々強引だろうが何でもトライしてみようという、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックにおいてもっとも大切な資質、初期衝動が如実に表れたアルバムである。
小川充
[[SplitPage]]“愛と平和”のグローバル・レディオ
髙橋勇人
グライムやダブステップの頭に「UK」と付くことがあるけれど、実際に南のイングランドで生まれた音楽が、スコットランドまで北上するのは難しいようだ。もちろんグラスゴーにはマンゴズ・ハイファイのようなサウンドシステム文化の伝道師がいる。でもグライムのMCがマイクを握るような夜はほとんどない。にもかかわらず、スウィンドルはスコットランドで何回かギグをしているのだから、そこには何かしらの理由があるはずだ。
〈ディープ・メディ〉から『ロング・リヴ・ザ・ジャズ(ジャズよ、永遠なれ)』を出した2013年に、スウィンドルはグラスゴーでもライヴを行った。ドラマーがいて、ギター、ホーン・セクション……そしてスウィンドルがキーボードを弾く。ダブステップは早い段階でシルキーというマルチ・プレイヤーを生んでいるけれど、重低音をコントロールしつつ、ソウル、ファンク、そしてジャズの即興を生で演奏できるやつが現れるなんて、たぶん誰も想像していなかった。
リスナーが異なるジャンルの愛好者で、特定アンセムを知っていなくとも、彼らを音で踊らせる能力をスウィンドルは持っているといっていい。ライヴに限らず、彼はDJでもそれができる。ロンドンのマナーは通じないかもしれないが、本物の才能にグラスゴーは寛容なのである。
「平和、愛そして音楽」と銘打たれた今回のアルバムを理解する上でも、スコットランドは欠かせない要素のひとつで、それが如実に現れているのが5曲めと6曲めの“ウォークン・スカンク・レディオ”“グローバル・ダンス”だ。「ウォークン・スカンク(Walk ‘N’ Skank)」とはマンゴズ・ハイファイのパーティとネット・ラジオ番組の名前で、ここではその放送を聞いているかのように、マンゴズのメンバーのスコットランド訛りの会話が流れ、いきなりブラス・セクションへと突入する。
ここでのスピードはBPM150。ダブステップとグライムのプロパーである140よりも早く、ドラムンベースの170よりも遅い。クラブ・ユースのトラックでは良くも悪くもBPMをある程度固定して曲を作ることがマナーなわけだが、スウィンドルにそのルールは無意味だ。その姿勢は他のトラックにも現れていて、BPMの檻を破壊した自由さがアルバム全体を漂う(あの“ドゥ・ザ・ジャズ”は140だった)。そこでラップをするフロウダンも、独自の区切りと冷たいフロウを保ちつつ、スウィンドルとマンゴズによるトラックとシンクロしている。結果、「グローバル・ダンス」というワードが呪文のように聞こえてくるのが恐ろしい。曲そのものはいたって陽気なのだが。
この曲はシングルとしてもリリースされたのだが、その際アルバムから収録されたもう1曲が、JME(先日コウとの共演が噂されたスケプタの兄弟)との“マッド・ティング”。英語ネイティヴのグライム・ファンによると、ストリート叩き上げMCのフロウダンに対し、JMEは大学出のインテリジェンスな気質があり、それは彼のMCのことばにも出ているそうだ。
そこに判別をつけるのは、グライムに慣れ親しんでいないリスナー、こと日本語の話者には難しい。けれども、バック・トラックの素地となっているブラック・ミュージックの振れ幅や、散りばめられたエスニックなマテリアルによって生じる大きなわかり易い差異だけではなく、英語の中における微妙なニュアンスにおいても、作品の広がりが生まれていることを知っておいて損はないだろう(スコティッシュが聞こえてくるこの手のレコードを聴いたのは初めてだったかもしれない)。
今作はスウィンドルが世界をツアーで回った軌跡でもあるので、そのグローバルな視点を軽んじることはできない。それに加えて、さきほどのマンゴズの例に限らず、折々で聞こえてくるアナウンスや、その音のテクスチャーから、アルバムはラジオっぽさを残していることも指摘したい。収録されている曲の一貫性のなさからも、ラジオの持つある種の偶然性に通じるものがある。これが彼のツアー先との結び付きから生まれた作品だとわかっていても、たまに聞こえてくる多言語の音声によって、異国の電波を傍受している気分にも……、なれるひとはなれる。
もし仮に現代において、ネットではなく、ラジオ、しかも海賊ラジオ(UKダンス・カルチャーの重要なファクター)が世界規模で発達していたとする。車に乗っているあなたは、どこかから飛んでくる違法電波を傍受しようとダイヤルを回し、車の停車位置を変えやっきになっている。それでやっとスピーカーから流れてきた音楽が何なのか。個人的にはそれが『ラヴ、ピース&ミュージック』であってもいいんじゃないかと思う。その資質と能力と、飼い慣らされていない自由さをもってして、スウィンドルは生(ライヴ)でありつづけるのである。

18年前に始まったTHA BLUE HERBが世に放ったファースト・アルバム『STILLING STILL DREAMING』(1998)は、リリース当時から熱烈な賛否を持って迎えられた。
BOSSの言葉はセカンド・アルバム『Sell Our Soul』でまた別のベクトルへの深化へ向かうのだが、それでもいまだ挑発的であり、彼らの孤独な進軍は続いていた。
3rdアルバム『LIFE STORY』(2007)はTHA BLUE HERBのターニングポイントとなる作品だ。
ひとりのMCとひとりのビートメイカーで作られた音楽を持って、1MC1DJで全国を回る。最小限の構成で作られるTHA BLUE HERBの音楽だが、膨大な数のオーディエンスの前で(なんせ野外フェスまで含む日本全国のツアーだ)膨大な言葉を吐くことで、その残響は否が応でもTHA BLUE HERBの言葉を変質させていく(これは日本刀を鍛えるのに似ている気がする)。その変質を文章で説明するのは難しいが、上のふたつの映像作品はその変質の過程が見て取れることでも興味深いものだ。
実に3年半におよぶツアーを終え、THA BLUE HERBは新たなアルバムの制作に入る。来たるべきアルバムは長いツアーで言葉を鍛え上げ、そして言霊の力、重さ、怖さを誰よりも熟知したBOSSというMCが、2011年3月11日を経て書き上げたものでもある。その4thアルバムに、彼らは『TOTAL』(2012年)と名付けるのだ。



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