38年前に刊行された絵本「なりたがりやのくも」は、現代詩人の白石かずこと、
画家・イラストレーターの湯村輝彦が組んだ幻の絵本。
空を漂う主人公の雲が、カタチを変えて変身していきます。
肩の力が抜けるようなゆるい線と彩色で、流れゆく雲の表情を見事に表現しています。
現在、市場にまったく出てこない貴重な絵本を完全復刻します。
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7年ぶりのラディアンの新作『オン・ダーク・サイレント・オフ』は、 トラピストのギタリスト、マーティン・ジーヴェルトが加入したことでエレクトリック・ギターが全面化し、このバンドのサウンドに内包されていた「ロック」と「ポストロック」の問題が、より全面化したように思える。では「ロック」とは何か。簡略化していえば、「ロック」とはリフとビートとノイズであり、それらが電気によって増幅された/される大衆音楽である。ロックにはそもそも非楽音と楽音が内包されていたのだ。
対して「ポストロック」とは、「録音と編集」の問題が全面化する音楽といえよう(となれば録音作品/商品としてのロック・ミュージックは最初からポストロックたることを「運命づけられていた」)。ポストロックとはロックの継続性と可能性と拡張の問題なのだ。つまり、カート・コバーンの死によって「終わった」とされた「ロック」の荒野に留まることを選び、その場所で、そこに内包されていた可能性を追求していった音楽。そこでの鍵は「演奏」から「聴くこと=編集」への変化である。いまや、ポストロックとは「エモい」インストロック程度に認識されている言葉だが、むしろロック以降の環境の問題なのだ。その環境とは20世紀的な何か(複製、消費、リサイクル)でもある。
その「ポストロック」においてラディアンは、トータスらに続く世代のバンドだ。ポリヴェクセル、トラピストのメンバーであるドラムのマーティン・ブランドルマイヤー、インノードとしても活動し、ソロ作(2008年リリースの傑作『フィルム』!)もリリースしているシンセ、ギターのステファン・ネメス、さらにエンジニアであるベースのジョン・ノーマンら、いわばオーストラリアはウィーンの音楽家/インプロヴァイザー/エンジニアらがオリジナル・メンバー。彼らは98年に最初のEP「ラディアン」をリリースする。つづく00年に〈メゴ〉からファースト・アルバム『TG11』を発表。そして、トータスのジョン・マッケンタイアをエンジニアに迎え、02年に〈スリル・ジョッキー〉からセカンド・アルバム『Rec.エクスターン』を、04年にサード・アルバム『ジャクスタポジション』をリリースした。これらEPとアルバムの衝撃は凄まじいものであった。ここ日本でも『Rec.エクスターン』と『ジャクスタポジション』の時期は、佐々木敦氏が主宰する〈ヘッズ〉から刊行されていた雑誌『FADER』で特集が組まれ、〈ヘッズ〉から『ジャクスタポジション』やトラピスト『ボールルーム』の国内盤もリリースされたこともあり、「ウィーン音響派」は熱心なリスナーを獲得した。大友良英氏も当時、ラディアンを高く評価していたと記憶する。じじつ、ラディアンのアルバムは、まるで無菌室で生成されたアブストラクト・ロックとでも形容したいほどの実験性と冷徹なクールネスがサウンドの隅々まで横溢しており、トータス、ガスター・デル・ソル以降、最大のポストロック/音響派といっても過言ではない刺激と斬新さと完成度を兼ね備えていたのだ。ガスター・デル・ソルやトータスが見出したロックの荒野(廃墟ではない)から始まる音楽である。
換言すれば、ブランドルマイヤーをはじめとするメンバーらのインプロヴァイザーとしてのキャリアを「ロック」というフォームのなかに生成変化するようなスリリングさがあったのだ(その意味で、若いジャズ・ミュージシャンを起用したデヴィッド・ボウイの『ブラックスター』と比較してみるのもいい)。じっさいブランドルマイヤーのドラムは叩く、擦るなど、さまざまな方法で音を出し、まるでドラムセットをグリッチ・ノイズの発生装置としてしまう。そのブランドルマイヤーのドラムに、冷徹なネメスのシンセサイザーは非常にマッチしていた。くわえてノーマンのマシニックなベースもアンサンブルの骨組みを支えていた。完璧なトリオであった。しかし、09年にリリースされた『キマイリク』以降、アルバムのリリースは途絶えてしまう。また、ネメスがこのアルバムを最後に脱退したという。この時期は、ある意味、バンドにとってネクストを模索する時期だったのではないか。そして、5年後の14年、ハウ・ゲルブとのコラボレーション・アルバム『ラディアン・ヴァーサス・ハウ・ゲルブ』を突如、発表。その「成果」をふまえ、さらに2年後の2016年、ついに7年ぶりのオリジナル・アルバム・リリースとなったわけである。では、この月日で、ラディアンの何が変わり、変わらなかったのか。
最初に書いたように本作ではトラピストのマーティン・ジーヴェルトが新ギタリストとして参加している(彼は本作のマスタリングも手がけている)。ジーヴェルトはブランドルマイヤーらとトラピストとして活動していることを考えると、この新ラディアンは、ラディアンとトラピストの融合のようにも思えるし(とはいえ彼らは皆、友人のはずだから、もっとカジュアルな加入だった可能性も高い)、ジーヴェルトのギターは当然ながらトラピストを思わせもする。では、トラピストとラディアンの差異はどこにあるのか。簡単にいえば、トラピストは即興演奏メインだが、ラディアンは演奏からポスト・プロダクションの間にある変化の比重が大きい点である。そして、本作のポスト・プロダクションの緻密さや大胆さは、まさにラディアン的としかいいようのないものであり、あのクールな無菌室実験ロックが本作でも展開されている。2曲め“オン・ダーク・サイレント・オフ”などに随所な傾向だが、いくつもの演奏ブロック(リフ/持続)を繋げていくような構成が実に見事である。ここではブランドルマイヤーやジーヴェルト、ノーマンらの個性的な演奏は、そのコアを存分に抽出したうえで、細部を切り刻まれ、組み替えられ、加工され、極めて斬新な音響空間を生み出している。ロックの遺伝子を拡張するかのように。
アルバム・ラスト2曲“コーズ・アンド・サウンズ”や“ラスティ・マシーンズ、ダスティ・カーペッツ”は、前半から中盤の緊張感を霧の中に溶かすような楽曲だが、最終曲“ラスティ・マシーンズ、ダスティ・カーペッツ”のサイレンスの挿入には驚いた。無音にも関わらず、本作の再構築的な音楽を聴いてきた耳には、その静寂が、とても清冽に聴こえた。それは音楽の演奏、分解、再構築であり、作曲自体のリ・コンポジションから生まれたサイレンスのようにも思える。肉体と機械。楽音とノイズ。演奏と録音。時間と記憶。その交錯。つまりは現実の解体と再構築。そう、真のポストロックとは「現実=演奏以降」の音楽なのである。本作には、ラディアンが自らの肉体性に向かい合いながらも、それをさらにしなやかに解体していくようなスリリングな音響的な実験が全編に渡って実践されている。ここではエモーションですら、分解され再構築されるだろう。いわば「ポスト演奏」としてのラディアンが、ここに復活したのだ。
ユセフ・カマールというイスラム系の名前に、アルバム・ジャケットもアラビア文字を使ったものなので、ジャズ・ファンの中にはブラック・ムスリム系のスピリチュアル・ジャズを連想する人も多いだろう。恐らくそうしたイメージは間違っていないし、このユニットは意図的にそうした方向性を打ち出している。ただし、ユセフ・カマールは1960年代後半から1970年代前半のアメリカのスピリチュアル・ジャズではなく、現在のイギリスの若手ジャズ・ユニットである。だから、カマシ・ワシントンのようなロサンゼルス~米国西海岸スピリチュアル・ジャズの伝統を引き継ぐ存在ではなく、クラブ・サウンドとしてのジャズが根付くUKらしいユニットである。彼らが提示するスピリチュアルなフィーリングやブラックネスも、やはりクラブ・ミュージックとしてのフィルターを介したものであり、純粋な意味でのスピリチュアル・ジャズやフリー・ジャズとは少々異なる。むしろフュージョンやジャズ・ファンクの部類に属するもので、アフリカ色の強かった初期ハービー・ハンコックやアース・ウィンド&ファイアから、1970年代中盤のゲイリー・バーツやカルロス・ガーネット、そしてロニー・リストン・スミスやロイ・エアーズなどに繋がるものだ。
ユセフ・カマールはユセフ・デイズとカマール・ウィリアムスによるユニットで、ユセフはアーマッド、カリームら兄弟とともにユナイテッド・ヴァイブレーションズというバンドで活動している。ドラマーの彼はほかにもルビー・ラシュトンというユニットにも参加しているが、そのどれもがブラックネスやアフリカニズムに富むジャズ・サウンドを作り出している。一方、カマールは本名がヘンリー・ウーという中国系プロデューサー/鍵盤奏者。ルビー・ラシュトンのリーダーであるテンダーロニアスの主宰する〈22a〉ファミリーのひとりで、Wu15(ウー15)というユニットで〈エグロ〉からEPを出し、そのサブ・レーベルの〈ホー・テップ〉からも作品リリースがある。それらの作品はジャズ・ファンク~フュージョンとディープ・ハウスやビートダウンの融合によるエレクトロニック・サウンドで、セオ・パリッシュからフローティング・ポインツに繋がるような作風だった。彼らはボイラー・ルームでのワンナイト・セッションで意気投合し、本格的なユニットとして活動を開始した。アルバム制作に関しては、アデルのバック・バンド・メンバーでもあるベーシストのトム・ドライスラーをサポートに招き、トリオ態勢で楽曲制作・演奏をおこなっている(楽曲によってトランペットなどのホーンも交えている)。
『ブラック・フォーカス』というタイトルが示すとおり、アルバム全体は1970年代のアフロ・アメリカン・ミュージシャンが志向したトーンの影響を受けている。特にハービー・ハンコックやロニー・リストン・スミスなどの方向性に近く、土着的でポリリズミックなアフロ・ジャズというより、スペイシーでミスティックな質感のもの。表題曲でのユセフのドラムはアフリカ的なモチーフに富むが、カマールのフェンダー・ローズは極めてクールなもの。彼の鍵盤がアルバム全体にコズミックなフィーリングをもたらしている。“ストリングス・オブ・ライト”は、かつてディーゴやIGカルチャーらがやっていたウェスト・ロンドンのブロークンビーツ・サウンドに近い。ユセフのドラムは不定形ながらソリッドでグルーヴに富むビートを作り出し、その上で浮遊するカマールのシンセがトリップへと誘う。“リメンバランス”は〈CTI〉時代のボブ・ジェームス作品あたりに近い質感で、彼がプロデュースしたアイドリス・ムハマッドの“ピース・オブ・マインド”を想起させる導入部だ。都会的でモダンな方向性を打ち出すことにより、黒人のコズミックなフィーリングやブラックネスを体現したのが1970年代のジャズ・ファンクやエレクトリック・ジャズだったが、それと同じベクトルを持つ曲である。“ヨー・シャヴェズ”は柔らかな浮遊感に包まれ、カマールの持つアンビエントな側面がよく表われている。この曲から“アイラ”、“O.G.”へと繋がる展開は、フローティング・ポインツの傑作『エレーニア』にも匹敵するだろう。
そして、カマールのダンス・ミュージック・プロデューサーとしての才能は“ロウライダー”に見てとることができる。1970年代後半のロイ・エアーズやジェームズ・メイソン、そのメイソンや川崎燎も参加したタリカ・ブルーを想起させるブギー・フュージョン的なリズムを持ち、それと同時に前述のウェスト・ロンドン・サウンドやその当時2000年前後のクラブ・ジャズの流れを汲むものと言えよう。“ジョイント17”はクールなジャズ・ファンクを基調としつつ、ユセフのドラム、カマールのキーボードがインプロヴィゼイション感覚に富むプレイを繰り広げ、最後はボイラー・ルームでのギグにポエトリー・リーディングを交えたような展開で締め括る。アルバム全体のコンセプトやイメージ構築、流れや展開の持っていき方、各楽曲のモチーフの集め方など、ジャズ・ミュージシャンではなくクラブ・サウンドのプロデューサー的な編集感覚で作られたアルバムであり、そうしたエクレクティックな作業はUKクラブ・シーンならではのものだ。
2016年に注目を集めた音楽の特徴のひとつが折衷性だったすれば、ボン・イヴェールの新作、『22、ア・ミリオン』はまさにその象徴だ。いまだ世間的には山小屋の弾き語りフォークのイメージが残っているようだが、そのアルバムでは、何よりも音がそれに反証する。ヒップホップ、ジャズ、エレクトロニカ、ドローン、アンビエント……などが次々と現れ、ぶつかり合い、フォークとゴスペルのもとで融和しようとしている。なぜジャスティン・ヴァーノンはそのようなサウンドに辿りついたのか? それは彼が優れたシンガーソングライターだっただけでなく、プレイヤーでありプロデューサーでもあったことが関係している。
ヴァーノンによるヴォーカルやギターでの他ミュージシャンの作品へのゲスト参加、プロデュース・ワークを振り返れば、その人脈、音楽性がじつに多岐に渡ることが見えてくる。それは閉じていく世界に対する音楽のせめてもの理想主義である……と結論づけるのはいささか大げさかもしれないが、実際、彼のキャリアは超メインストリームからアンダーグラウンドまでをごく自然に行き来し、膨大なジャンルをやすやすと横断する、他に類を見ない非常にユニークなものである。ここでは自身の作品、ゲストやプロデュースで参加した作品のなかから重要作をピックアップし、彼の「良い冬」がどのように生み出されていったかを振り返りたい。
選・文:木津 毅
ボン・イヴェールのはじまりを説明するときに必ず触れられる「ダメになった前身バンド」がこのデヤーモンド・エディソンである。本作は比較的いまも手に入りやすいその代表作だ。歌心溢れる素朴なフォーク・ロックで、すでにアンビエントの音響への興味も随所に覗かせてはいるが、まだ善良で大らかなアメリカン・ロックの枠を超えているとは言い難い。ヴァーノンのキャリアを考えたとき、このデヤーモンド・エディソンとボン・イヴェールとの共通点よりもむしろ違いが重要なのではと思われる。すなわち、黒人のフィメール・シンガーからの影響としてのファルセット・ヴォイス、ブラック・ミュージックへの接近だ。元メンバーは現在、メガファウンやフィールド・レポートとして活動しており、デヤーモンド・エディソンとしてもライヴやコンピレーションで再結成もしている。
オープニング「フルーム」の歌いだしの、よく伸びるファルセット。パーソナルだが、匿名性と抽象性の高い歌詞。アコースティック・ギターの弦の最後の震えも記録するような、アンビエントを意識した録音。繊細だが芯の通った歌……。アルバムの背景にあった冬の孤独の物語があまりにもキャッチーだったのはたしかだが、ヴァーノンはここでたしかにそれを音と歌にする才能を開花させた。この時点ですでに多重コーラスで意識されているのは明らかにゴスペルであり、ボン・イヴェールというコンセプトがヴァーノンのブラック・ミュージック解釈ではないかと考えられる。自主制作のリリースの翌年に流通盤がリリース。森の奥で無名の青年が歌った愛の歌は、やがて〈ジャグジャグウォー〉にとってもっとも売れたアルバムとなった。
『フォー・エマ~』のアウトテイク的なポジションの4曲入りEP。アルバムよりはややリラックスした内容になっているが、特筆すべきは表題曲と“ウッズ”だろう。“ブラッド・バンク”は珍しくかなり明確なストーリーラインがあるラヴ・ソングで、これがアルバムから外されたというのは逆に言えば、それはボン・イヴェールの本流とは少し異なるということだ。そして、オートチューンで加工した声をループで繰り返し重ねた異色のア・カペラ・ゴスペル・ナンバー“ウッズ”。それはジェイムス・ブレイクよりも早く、しかも爆発的にエモーショナルだった。そしてこの1曲こそが、のちのヴァーノンのキャリアを大きく動かしていくことになる。
ポストロック・バンドのペレを前身とするインストゥルメンタル・バンド、コレクションズ・オブ・コロニーズ・オブ・ビーズとヴァーノンが合流。すでにドローン・プロジェクトを始動していたジョン・ミューラーがいたこともあり、ゴスペルとフォークとポストロックとドローンが混淆する不思議な感触の演奏と音響が聴ける。はじめはレコーディング・プロジェクトの予定だったが、のちに日本でライヴが実現。そのエモーショナルなバンド・アンサンブルの経験から、ボン・イヴェールののちの方向性が決まっていく。また、音響的な感覚としてはヴァーノンが2000年前後のポストロックやエレクトロニカの強い影響下にあることもよくわかる。
世界中からクールな才能を見つけて貪欲に取り込んでしまうカニエ・ウェストが、それでもボン・イヴェールに目をつけるとは誰も想像できなかったのではないか。はじめは例の“ウッズ”のサンプリング程度を想定していたかもしれないが、折衷的なゴスペルという要素でわかり合ったのか、ゲスト・ヴォーカルだけでなく音楽的な部分でもヴァーノンはここで関わっている。のちにヴァーノンがエレクトロニック・ミュージックに接近していくのは本作や次作『イーザス』の影響だとよく言われるが、自分はどちらかと言えば「俺が必要なのはプッシーと宗教だけだ」とライヴで歌わされた経験のほうがカニエとのコラボでは大きかったのではないかと邪推している。
まあ正直、カニエといるときよりもこっちのほうが生き生きしているというか……とにかくリラックスしている。ライアン・オルセンをリーダーとし、メガファウン、ソリッド・ゴールド、ドゥームトゥリーのメンバー、そしてハー・マー・スーパースターらが集まったスーパーグループ……なのだが、地元の仲間連中がふざけて激甘ソフトロックをやってみたら、というようなユニークなアルバムだ。BPMを10ccの“アイム・ノット・イン・ラヴ”と同じ69に全編固定するなど芸が細かく、その上でひたすら甘ったるくラウンジーな時間が過ぎていく。なかでもゴドレイ&クリームのカヴァー“クライ”がキラー。ヴァーノンのファルセット・ヴォイスもギターもボン・イヴェールのときとは聞こえ方がまるで違い、このプロジェクトはぜひまたやってほしいところ。
この当時、インディ・ロック・シーンの顔役であったザ・ナショナルのアルバムに、スフィアン・スティーンヴンスとともにヴァーノンが参加した意義は大きい。やはりザ・ナショナルが監修した2000年代のインディ・ロックの隆盛を記録したコンピレーション『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』(2009)と並んで、ここでボン・イヴェールが現在のインディ・ロック・シーンの柱のひとつであることがはっきりと示されたのだ。ザ・ナショナルがアメリカで絶大な人気を誇るのはその文学性の高さによるが、ヴァーノンはそうしたアメリカの知的なインディ・ロック・バンドの系譜をたしかにここで引き継ぎつつ、ヒップホップ・シーンやエレクトロニック・ミュージックともアクセスできるというかなり独自のポジションをすでに獲得していた。
ある意味で、ボン・イヴェールというプロジェクトが覚醒した瞬間である。フォークとゴスペルという基本は押さえつつもフル・バンドによるアレンジメントは複雑さとスケールを増し、より描く感情の幅を広げている。それはジャスティン・ヴァーノンひとりの感傷や孤独が分かち合われることで、音楽的なコミュニティが築かれているということだ。そこで歌は切なさを伴いながらも、勇壮なドラムによく表れているようにタフで力強いものとして鳴らされているのである。だから本作はセルフ・タイトルなのだろう……これこそが「ボン・イヴェールだ」と。ヴァーノンはここで音楽的な欲求に誠実に向き合っただけだが、本作でグラミー賞という名声を得ることによってかえって孤独を深めていくのは皮肉な話だ。結果、ここからボン・イヴェールの次作まで5年のブランクが開く。
“フォール・クリーク・ボーイズ・クワイア”で参加、これは納得のコラボレーション。というか、シンガーソングライター/プロデューサーとしてヴァーノンともっとも感覚が近いのがジェイムス・ブレイクではないかと僕は考えている。アウトプットが個に向かうか公に向かうかでその姿勢は異なるものの、自らのゴスペルが「本物」にならないことをよく分かっていて、声を加工したり他のジャンルと組み合わせることによってオリジナルなものにしようとしている、と言えばいいだろうか。じじつ、ヴァーノンの情熱的な歌声がどこかゴーストリーなコーラスのなかで繰り返されるこの曲は、両者の特色がちょうど中間地点で見事に融合していると言える。
1930年代のアラバマの盲学校で結成されたゴスペル・グループの新作を、インディ・ロックの現在を代表するミュージシャンがプロデュースしたら……。ヴァーノンにとって、キャリアのなかでも悲願叶った1枚なのではないだろうか。たしかな歴史がある、いわば「本物」のゴスペルをエレクトロニカやアンビエントの感性を通過した自分のフィールドに取り込みつつ、モダナイズすること。それは彼にとって大いなる挑戦であり、喜びであったにちがいない。チューン・ヤーズやマイ・ブライテスト・ダイアモンドなどインディ・ロック界隈のゲストも参加、ヴァーノンのプロデュースによってここでも理想主義的な音楽コミュニティが作られている。
ボン・イヴェールにも参加しているサックス奏者、コリン・ステットソンのソロ作。ドゥーム・ジャズともミニマル・ドローンとも言われるコリン・ステットソンのサックスの咆哮は肉感的でおどろおどろしく、あっけらかんと狂気じみている。ヴァーノンは3曲で参加しているが、その声が聞こえてくるだけでこのアヴァンギャルド・ジャズがホーリーな感触になるのはおもしろい。ヴァーノンにとってはボン・イヴェールのもっともアンダーグラウンドな回路と言え、新作には明らかにその人脈の活躍の跡が見える。隠れたキーパーソンである。ところで、ホーリーな感触と書いたが、カオティックな“ブルート”ではヴァーノンの珍しいデス声(?)が聴ける。
ニューヨーク拠点のシンガー/プロデューサーによるR&B/シンセ・ポップ/ヒップホップ・プロジェクト、ヴァーノンはプロデュースやゲスト・ヴォーカルで数曲参加している。フランシス自身が開発したというヴォーカル・エフェクトであるプリズマイザーを駆使した、ユーモラスでチャーミングなR&Bといった感じだ。カニエ……はともかくカシミア・キャットなども参加しているこのアルバムはいまのヒップホップ、ビート・ミュージックのある部分をプレゼントする1枚だと言えるだろう。フランシスはチャンス・ザ・ラッパーのアルバムにも参加しているが、結果、ヴァーノンがその辺りまで繋がっているのは2016年のポップ・ミュージック・シーンのひとつのトピックだった。
ボン・イヴェールとは共同体を巡るコンセプトである。あるいは、そのコミュニティが何によって構成されうるか……その問いかけである。ボン・イヴェールとはまた、その名の通り「良い冬」のことであり、すなわち、匿名性と抽象性のことだ。
いや、もちろん、ボン・イヴェールとはつねにそのマスターマインドであるジャスティン・ヴァーノンの内面への探求とその思慮深い吐露であり、はじまりはどこまでもパーソナルな……「ひとり」のものだ。人生に行きづまり山にこもりながら綴った歌が世界に発見されたという、ある意味では典型的な物語を負っていたデビュー作と、世界的なビッグ・ネームとなってからの本作は、その観点ではまったく同じだと言える。かつての無名の青年は予想外の成功とありあまる称賛に疲れ果て、再び内省へと向かった……これもまた、典型的な話だ。ただし、その感情の発露において、『22、ア・ミリオン』は彼のキャリアでもっともスピリチュアルに振りきれている。曲名には意味ありげだが謎めいた(もちろん、本人にとっては深い意味がある)数字と文字が並び、陰と陽を中心に置いたアートワークはダークなサイケデリック・アートのようだ。そして音は……かつてのファルセット・ヴォイスが美しいアンビエント・フォークのイメージをズタズタにするように、エレクトロニック・ビートとノイズ、ときに流麗に響きときに狂おしく鳴るサックス・アンサンブル、断片化されたサンプリング、オートチューンドされた声……が吹き荒れている。グッド・メロディの素朴なフォークを期待したリスナーは、乱心を疑い頭2曲で引き返してしまうだろう(先行して発表された2曲であり、つまり、新作はまったく別物だとまず提示したかったにちがいない)。
しかしながら、それらはヴァーノンひとりから生まれたものでなく、確実にこのレコードに参加した大勢の人間によって奏でられたものである。クレジットを見れば、相変わらず気心の知れた彼の周辺の音楽仲間ばかりが集められている。サウンドの多様さとサンプリングの多用も加わり、アルバムは「ひとり」の地点から遥か遠くまで辿り着いている。
海外の評を観るとサウンドでもテーマでももっとも「difficult」で「experimental」なアルバムだとされており、第一印象ではたしかにそうなのだが、しかしよく聴けばじつはきわめてロジカルな発展であることがわかる。たとえばスフィアン・スティーヴンスであれば、同様に内面への旅を追求した結果分裂気味にエクスペリメンタルになっていた『ジ・エイジ・オブ・アッズ』を連想するが、あそこまで壊れていない。『22、ア・ミリオン』では曲の骨格自体はこれまでのソングライティングを大きく外れることはなく、あくまでそのアレンジメントにおいての冒険が繰り広げられている。またその点についても、リズムや音響の感覚においては2000年前後のポストロックやエレクトロニカに源流があること、かねてから取り組んできた声を加工し音とする試み、ヒップホップの実験性への強い関心、ドローン/アンビエントへの理解、ビッグバンド・ジャズの経験と素養を顧みると納得がいく。カニエ・ウェストやジェイムス・ブレイクとのコラボレーションの影響は誰もが指摘しているが、いっぽうで同時にジョン・ミューラーのドローンやコリン・ステットソンのドゥーム・ジャズまでをヴァーノンは渡り歩いており、曲によってその語彙を理知的に使い分けているのだ。そして、前身バンドであるデヤーモンド・エディソンとボン・イヴェールの最大の違いであったファルセット・ヴォイスが黒人のフィメール・シンガーからの影響を受けているように、相変わらずホーリーなコーラスによって全編を貫くフィーリングはゴスペルだ。そして歌は……そう、ボン・イヴェールの音楽において揺るぎなく中心に据わるその歌は、声が加工されてもブツ切りにされても、まったくもって力強く生々しく、エモーショナルに響いている。
ゴスペル・シンガーであるマヘリア・ジャクソンのサンプリングが浮遊する“22 (OVER S∞∞N)”、ヒップホップの影響が強いだろう烈しいビートがのたうち回る“10 d E A T h b R E a s T ⚄ ⚄”、ピアノ・バラッドとポストロックとアブストラクト・ヒップホップが無理やり合体させられたような“33 "GOD"”の印象が強いため、A面にあたる前半はとくに新基軸を強調しているように思える。が、たとえば3曲め、エフェクトがかけられた声だけのア・カペラ・ソング“715 - CR∑∑KS“は過去の名曲“ウッズ”と“ウィスコンシン”を合わせた発展形だし、5曲めの“29 #Strafford APTS”でようやく柔らかなフォークの時間が広がっていけば、それはメロディアスでジャジーな“666 ʇ”へと引き継がれ、透徹したアンビエントがフリーキーな管に浸食されてゆく“21 M◊◊N WATER”、前2作どころかデヤーモンド・エディソン時代をも彷彿させる大らかなジャズ・ロック・ナンバー“8 (circle)”へと続いていく。そしてシンプルで真摯な歌と弦を管が彩る“____45_____”、スウィートなゴスペルの終曲“00000 Million”へ至る頃には、ボン・イヴェールを愛聴してきたリスナーはこれもまた紛れもなくボン・イヴェールの作品であると確信するだろう。姿が変わったことで、かえってその内側で変わらないものが深く根を這っていることがわかる。かつてのようなアコギを弾き語る典型的なフォーク・シンガーはもうここにはいない、が、そこには変わらず温かく情熱的で誠実な歌ばかりがあり、そしてそれはヴァーノンが現在集結させることが可能なたくさんの人間と多様な音楽的語彙によって実現されている、それだけのことなのだ。
***
ダーリン、愛するな、闘え
愛せ、闘うな (“10 d E A T h b R E a s T ⚄ ⚄”)
ただあの晩、ぼくはきみが必要じゃなかった
これからももう必要じゃない
成り行きを受け入れるつもりだった
光のなかを前に進めたなら
そうだね、服をたたんだほうがいいね (“33 "GOD"”)
ぼくはまだ立っている
まだ立っている、祈りの言葉を必要としながら (“666 ʇ”)
たくさんありすぎて拾えない
許すことがどういうことかよくわからない
ぼくらはその混乱に火をつけた
ぼくは港の裏を出ていける (“8 (circle)”)
散文的なのにときおり叙情性が抗いがたく漏れてくる言葉からわかるのは、『22、ア・ミリオン』の主題は信仰であるということだ。
思い出してみよう。そのはじまりからボン・イヴェールの「良い冬」とは、そのまま孤独のことであった。世界から隔絶された場所で、それでも人間との関わりを求めてしまうひとりが名前を失うことで聴き手の内側の震えに共振することだった。本作においてはこれまでよりも言葉の抽象度と複雑さはさらに上がっているが、しかし歌を通して感情を吐き出している男はたしかに深く傷つき、混乱し、苦悩している。そして何らかの信仰を求めながら、それを見つけることができない。神を信じていないというヴァーノンのブラック・ミュージック、とりわけ黒人霊歌に対する強い関心と羨望はおそらくここに理由がある。スピリチュアルな領域で信じるものを持てない人間が、それでも心の深いところで何かを信じたいと願ってしまう歌――それこそがボン・イヴェールだ。だから彼は自分の名前を名乗らない。ただ、誰の心にもある「冬」として、それをゆっくりと温めるための歌を大勢で演奏するのである。その神聖な響きは、そのじつとても切実な願いだ。
たとえばビヨンセ、ブラッド・オレンジ、そしてフランク・オーシャン――今年のブラック・ポップ・ミュージックを代表するいくつかのアルバムでは、大勢の人間が参加することによって緊急的な共同体が生み出されているように思える。なぜならば、彼らはいまたしかに団結せねばならない現実と社会に直面しているからだ。ヴァーノンのようなよく教育された白人の青年はそのような事態に追いこまれているとは言えないかもしれないが、しかし、いまボン・イヴェールという共同体もたしかに愛と相互理解を希求し、実践しようとしている。その音楽にははっきりと理想主義がある。彼は自分と同じように孤独な人間がたくさんいて、そしてその痛みゆえにひとつの場所に集まるということを「信じている」のだろう。そこではたくさんのものが衝突し合いながら、そして感情によって融和しようとしている。中心に立つ男の声は、切なさを纏いながらその芯を失うことはない。そして男はアルバムの終わりに、自らを痛めつけるものをも「受け入れる」と告げる。
だから、『22、ア・ミリオン』もこれまでと同じように「difficult」な作品などではない。かつて雪が解けるのを静かに待ち続けたように――ボン・イヴェールとは、冷えた想いをその熱で溶かそうとする、誠実で勇敢な願いについての歌である。
新宿ロフト40周年を記念したイベントのひとつとして、11月29日から12月2日までの4日間にわたって「DRIVE to 2100」が開催される。これは1979年夏に行われた伝説的イベントDRIVE to 80sにちなむもので、当時盛り上がりをみせていたパンク・ニューウェーブ系のバンドが総出演したDRIVE to 80sは、ロフトの観客動員記録を作るなど大きな話題を呼び、その後のライブハウス・イベントの原型となった。
その後、新宿ロフトが現在の場所に移転した1999年にはDRIVE to 2000、その10年後には30日間にわたるロングラン・イベントDRIVE to 2010が行われている。新宿ロフトが40周年を迎えた今年、このDRIVE toシリーズの歴史を踏まえ、さらに前に向かって突き進もうと、特別編としてこのDRIVE to 2100が企画された。
この4日間には、DRIVE to 80sにも出演した恒松正敏、Phew、NON BAND、ロフトの歴史にその名を刻む遠藤ミチロウ、20数年ぶりに復活をとげたカトラトゥラーナ、現在の音楽シーンを牽引する七尾旅人、あふりらんぽ等、多彩なアーチストが出演。またサブステージでは気鋭のグラフィックアーチスト河村康輔プロデュースのライブ・ペインティングや、元BiSのテンテンコの企画するイベント内イベント「DRIVE to TENTENKO」も行われるなど、文化の発信源としてのライブハウスの楽しさが満載されたイベントとなっている。 地引雄一
出演者は下記。開演は連日18:30から(11/30のみ19:00)。
★11/29
あふりらんぽ
THE END(遠藤ミチロウ)
タテタカコ
ミーワムーラ
【BAR STAGE】
《ライブコラージュ・ペイント》HAMADARAKA
《LIVE》MARUOSA
《DJ》DJ 37A
《作品展示》河村康輔
★11/30七尾旅人presents 百人組手番外篇
『Amazónes』
七尾旅人
kan sano
山本達久
加藤雄一郎
ハラサオリ
MCシラフ
やけのはら
国府達矢
★フロア〈オンラインステージ光〉では演奏中にAmazonから次々に届く未知の楽器、日用雑貨などを取り入れながら生え抜きのプレイヤー達による鬼気迫るセッション。そのサウンドに反応し、アマゾネスに扮したダンサー、ハラサオリがパフォーム。
★バー〈オフラインステージ巌〉では伝説のシンガーソングライター国府達矢による初ワンマンライブ、3時間!
★12/1
カトラトゥラーナ
くじら
ムーンママ(PIKA+坂本弘道)
佐藤幸雄とわたしたち
初音階段
【BAR STAGE】DRIVE TO TENTENKO
テンテンコ
黄倉未来
ju sei
コルネリ
フロリダ
PIKA
★12/2
恒松正敏グループ(ゲスト:鶴川仁美)
NON BAND
TACO(山崎春美/佐藤薫
Phew
【BAR STAGE】J-TOWN STYLE 2100
コンクリーツ
バチバチソニック
タマテック
N13
他ゲスト多数
自己実現! 文句あるか?
戸川純、デビュー35周年企画、すべての読者に生きる勇気を与えるであろう、
本人による全歌詞解説。
いま彼女の言葉の意味(秘密)が明かされる!
クラシックからパンクまで、レインボウボイスで数々の物語を歌ってきたポップ・シンガー、戸川純による初の全歌詞解説集。
「玉姫様」「蛹化の女」「赤い戦車」「好き好き大好き」──率直さとギミック、ギリギリの切なさと宇宙でいちばんの身勝手さ。情念と論理、思想も身体も!
デビュー35年、いまだから言えるあの曲の秘密、この曲のたくらみが、独特の冴え渡る論理性で明かされる。35年分全曲網羅の保存版! !
さあ、底辺の者よ、忘れるな、若き日に抱いた大志を。いつだって「生きるために生まれたのだ」という確信にいたる、後期近代の歌玉姫による情熱と意見!
【※完全初回数量限定生産となります。数に限りがございますので、在庫切れの際は何卒ご了承頂けますようお願い致します。】
日本が世界に誇るアーティスト、田名網敬一が、ポップ感覚全開で1970年前後に密かに制作していた禁断のコラージュ作品が、大量に発掘された!
ウォーホルもリキテンシュタインも凌駕し、ポップ・アートのディープな奥義に到達した田名網敬一の“狂気絢爛”なコラージュが、半世紀の時を超えて奇跡の初公開! !
また、制作途中のままで残された当時の素材をもとに、新たに制作しなおした復刻版コラージュも多数収録。
戦前の映画雑誌から60年代のアメコミ誌、ポルノ雑誌までを切り刻み、貼り合わせ、独自のエロティシズムを結晶化した作品群は、世界のアートシーンを驚愕させるだろう。
明るくユーモラスなだけではなく、どこか狂気をはらんだ凄みが見え隠れする田名網のコラージュは、同時に日本におけるポップの両義性を体現している
──池上裕子(現代美術史家)
コラージュされた夥しい写真が語りかける歴史のドラマは、重層的に貼り込まれた分厚い材質感とともに私の内なる記憶をよみがえらせてくれた──女優だった花柳小菊の鮮やかな柄の着物となんともいえないおしろいの香りは、幼い私が最初に意識した異性であった
──田名網敬一
ここに描かれた世界は善や悪も、苦悩や恐怖さえも超越した私にとって、死後の楽園のようなものだ。 ――田名網敬一
「夢のかけら」を重層化させた目眩く新旧のコラージュと、コラージュ的な方法論で描かれた新作ペインティングによる饗宴!
1970年前後に制作された未発表のコラージュ作品と2010年代の奇想天外な大作絵画が作り出す、クラクラするほどの摩訶不思議な田名網敬一ワールドが凝縮された1冊。
幼少時の戦争体験と青年時のポップカルチャー体験が涵養した、田名網独自のエロティシズムが時空を超えて炸裂する『Dream Fragment』は、世界一ポップなポップ・アートだ!
無数の素材を複雑に組み合わせながら1枚の絵に作り上げるコラージュ的方法論が、現在のペインティングと50年前のコラージュの共存を可能にしている。コラージュ制作のような切り刻む行為自体にある種のエクスタシーを感じるのは、人間の本能に起因するのだ。
――田名網敬一
30年前。朝日ジャーナルの別冊で初めて戸川純に取材することができた。2時間遅れでやってきた彼女は質問の答えがすぐに浮かばないとテープ・レコーダーのスウィッチを勝手に切った。「考えている間はテープがもったいないからね」と彼女は言った。そして、質問の答えが頭に浮かぶと、自分でスウィッチを入れるのだ。こんな人は後にも先にもいなかった。僕の第一印象は、だから、「合理的な人」にならざるを得なかった。驚いたのはテープから起こした文章が……そのまま理路整然とした文章になっていたことだ。書き言葉のように話す人なのだ。どこかとんでもない方向に逸れたと思っていた話がきちんと元の脈絡に戻ってくる時の驚き。感覚的な人なんだろうという思い込みはあっさりと打ち砕かれてしまった。
それからときどき仕事をする機会があった。戸川純はいつも戸川純で、インパクトが衰えることはなかった。ライヴはもちろん、蜷川幸雄の稽古場に侵入したり、『釣りバカ日誌』の撮影にも紛れ込んだ。そして、いつしか戸川純の本をつくりたいと僕は思い始めていた。ところが何も企画が思い浮かばない。5年前には「自伝を書きませんか?」と、誰でも思いつくような提案をしてしまった。戸川純の答えはノー。理由が最高である。「私のピークはこれからだと思ってるから」。いや、参った。テープ・レコーダーのスウィッチを止められたように僕は黙ってしまった。
デビュー35周年を記念してヴァンピリア(Vampillia)とセルフ・カヴァー・アルバムのレコーディングに入ったと聞いたのは今年の春だった。すぐに閃いた。セルフ・カヴァーということは、自分のキャリアを振り返るということだ。だったら、そのプロセスを本にすればいい。戸川純が日頃から自分のことを「説明ちゃん」と呼んでいることも、これと結びついた。これまでつくった曲を順に説明してもらえませんか? 返事は三日後。今度はイエスだった。やたッ! 80年代の流行語で僕は喜んでしまった。
そう、軽い気持ちで始めたことだった。どうして歌詞にこの言葉を選んだのか。そういったことが訊ければいいと最初は思っていた。しかし、結果は読んでいただければわかることだけれど、話は少しずつ深みを増していった。「このことをわかってもらうためには、これについても話さなければいけない」と、戸川純の話は思わぬ展開を見せ始めた。初期の曲と後につくられた曲が何度も結びつき、ひとつのテーマがゆっくりと円を描くように関係を深め合っていくのである。創作というものの凄さがそこにはあった。話を聞いているだけで体が凍りついてしまった瞬間もある。戸川純がすべてを話し終えた時、その場には3人しかいなかったにもかかわらず、僕にはそこかしこから拍手が聞こえてくるような気さえした。その直後、戸川純がなんと言ったかは秘密にしておこう。順番に読めば、ゆっくりと読んでくれれば、話し終えた時の彼女の気持ちが少しは理解できるはずだから。いや、理解して下さい。彼女はいつも説明していたのだから。「説明ちゃん」はいつも声を大にして叫んでいたのだから。(三田格)
戸川純 著
戸川純全歌詞解説集──疾風怒濤ときどき晴れ
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