「Nothing」と一致するもの

DJ Shadow - ele-king

 DJシャドウが彼のデビュー作『Endtroducing.....』(1996年)を出した頃には「トリップ・ホップ」であるとか「アブストラクト・ヒップホップ」といった言葉がふわふわとその周りを取り巻いていた。あれから20年くらい経って今年、新作『The Mountein will Fall』(メルト・ユアセルフ・ダウンがやはり今年に出した『Last Evenings on Earth』とジャケットが妙に“同じ”)を出したシャドウの音は果たして何と呼ばれるのか、正味のところはよく判らない。その場限りでも(キーワードさえ憶えていられれば)誰に訊かなくても情報に辿り着けてしまう世のなかになり、「ジャンル」というのはもはや「好きな音楽は何ですか」「えっと、ロックとか」などといったやる気のない会話の取っ掛かりでしか無いのかもしれない。

 『Endtroducing.....』前後に〈Mo’ Wax〉で発表された彼の音を初めて耳にした時の、何というか鼻づまりが一気に抜けたときのような感覚はいまだに自分のなかにある。透明度の低いガラス戸を1枚隔てた向こう側で得体の知れない音が鳴っているのに気づいてしまった経験、とでも言ったらいいのか、ラジオのチューニングが合ったり合わなかったりするじれったさに似た磁力がそこにはあり、「ラップ……ねぇ、でも何言ってんのか判んないからまあいいか」程度の認識しかなかった自分の耳に「(これも)ヒップホップだけど」と届いたシャドウの音は「ヒップホップ=ラップ(ヤングな不良の与太話)」という自分の認識を解説抜きに打ち砕いてくれた。そういった経験を無くして20年の間、常にその名前が自分の意識に残り続けることは(とりわけ情報と作品の触りだけが濁流のように流れていく現在では)もう無理だろう、と思っている。

 デビュー作が必要以上に「マスターピース」だの「金字塔」だのという言葉を冠して流通してしまっている事態の不自由さは、シャドウのセカンド・アルバム『The Private Press』以降のアルバムよりも時折ふと届けられる(DJとしての)ミックス音源がの方が遥かに伸び伸びと音を鳴らしている辺りからも窺えたし、彼自身もそんなことをインタヴューで言及していたように思いますが今作『The Mountein will Fall』からは何故かふと、そこから逃れたかのような音が断続的に聞こえてくる。

 しかし(個人的な知り合いであればまだしも)聴き手にとっては作り手のそんな「オレとの闘い」は本来どうでもいいものであるし、そのときに聴いた音の何かに引っ掛かるかどうか、が全てではありますが、あらためて過去から現在までの音源を通して聴いてみれば、自分が毎回シャドウに引っ掛けられるのは「声」の使い方で、この人はいつも一体どっから持ってきたんだか(ナレーションなのかテレビドラマの台詞なんだかドラムの教則ヴィデオなんだか)由来不明な「非音楽的な声」をここぞというポイントで「音楽」に嵌め込んでしまうのですがそれが一番のフック、と言うことが判る。これは「歌(要はヴォーカル)が無い音楽は売れない」といった類いのわかったようなわからんような見識(まあ処世術、とでも言いますか)とは相当ずれた地点で組み上げられた音楽なのである。

 正直に白状すれば、往年のファンとしてはデビュー作で聴かせてくれたあの音の感触が嬉しい、と言うことでもあるのですが、ただそれはそんな「固定客」に向けたサービスでは全くなくて、今年このアルバムで初めてシャドウの音楽に触れる誰かのためにこんな感じでチューンナップしてみたけど、どう? ということなのだろうと思う。最初の頃から聴いていた人間にとっては「またコレか……(悪くないけど)」程度であるかも知れないものも、別の誰かにとっては「うわ何だコレ」になり得ることを知っている音楽家にとって「必要なのは、常に新しい聴き手(耳)」という正解に辿り着くための方法はひとつでは無いからだ。

 そして初めてDJシャドウを知った幸運な誰かがこの国の何処かにいるとすれば、ひとつ遡って2012年に出たベスト盤『Reconstructed』を聴いてみるのもいいかもしれない。このアルバムで初収録された『Listen Feat. Terry Reid』は映像も含めてちょっと物凄い。


BADBADNOTGOOD - ele-king

 トボけた顔して、最先端の音楽をやってのける、アノ4人組がまた日本にやってくる。しかも、今回はWWW Xでの単独公演だ。アノ4人組とは、もちろんバッドバッドノットグッドのこと。どこか憎みきれない、不思議なバンドである。
 8月にサマー・ソニック2016の出演のために来日したばかりの彼らであるが、単独来日公演は2014年以来の約2年ぶりだ。最新作『Ⅳ』は今のところ彼らの最高傑作であるし(これが更新される可能性は大いにある)、前回の単独公演ではまだ正式に参加していなかったリーランド・ウッティの存在は、今回の公演においての重要なポイントになるだろう。実際にサマー・ソニックのステージでは、彼のアグレッシヴなプレイが炸裂していたようで、これには期待せざるをえない。
 もっとも、バッドバッドノットグッドのメンバーでアグレッシヴなプレイをするのは、なにも彼だけではない。言ってしまえば、全員アグレッシヴそのものである。音源を聴くだけでも、彼らの勢いのあるプレイを感じることが出来るが、ライヴにおいては繊細さを犠牲にしてまでも、勢いに乗り続けるような演奏を繰り広げる。『Ⅲ』を出した頃には、まだその勢いが空回りしているような印象も否めなかったが、ここ最近のライヴ映像をチェックしてみると、荒々しさはそのままに勢いに乗り続けることを体得したことがよくわかる。おそらく、数多くのライヴをこなしてきたからだとか、リーランドの加入によってバランスが取れたからだとか、諸々の理由があるのだろうけど、そんなことはどうでもいいと思ってしまうほどの、勢いが感じられる。あえて言ってしまうならば、ライヴにおいての彼らはより「ロック」なのである。

バルセロナで開催されたソナー・フェスティバル2016でのBBNG。


 また、今回の来日公演の発表に合わせて、「スピーキング・ジェントリー」のミュージック・ビデオが公開された。この映像は、日本のクリエイティヴ・スタジオ「オッドジョブ」が制作しており、シンセ・サウンドとドラム、ベースのフレーズの絡み方がたまらなく気持ちいい楽曲に、爽やかサイケなアニメーションが手がけられている。

BADBADNOTGOOD - Speaking Gently (OFFICIAL VIDEO)


 今回の公演において気がかりなことは、彼らの演奏を爆音で聴けるのか、ということである。アレックス・ソウィンスキーのドラムと、チェスター・ハンセンのベースが生み出す走り気味のグルーヴを、全身で感じたいのだ。マット・タヴァレスのシンセと、リーランド・ウッティのサックスの音で頭をクラクラさせたいのだ。
 彼らの音を体感出来るのは、11月18日。まだ2ヶ月先ではあるが、爆音を期待しながら、時が来るのを待とう。(菅澤捷太郎)

あの素晴らしき七年 - ele-king

 人生に必要なものはなんだと思う? エトガル・ケレットを読んだぼくならまずはこう答える。ユーモア、遊び心、人生がどんなに深刻で、悲劇的な窮地に陥ろうとも、いや、だからこそ忘れてならないもの。多少の茶化しが入るぐらいがいい。ぼくも最近、自分がわりと深刻な事態になったのだけれど、これはもう笑うしかないでしょと思えると、気持ちが楽になった。ま、こじつけだけど。

 さて、ぼくたち音楽ライターは、よくよく暗喩として「ゲットー」ないしは「ディアスポラ」という言葉を使う。泉智のレヴューのなかにどれだけ「ゲットー」が出てくるのか数えたことはないけれど、本書は史実としての「ゲットー」(つまり、ホロコースト、貧民街ではなく強制収容所を意味する)を生き抜いて、言葉本来の意味でのディアスポラ(つまり、離散したユダヤ人を意味する)を両親に持つ、イスラエルはテルアビブ生まれの作家、エトガル・ケレットによる自伝的エッセイ集だ(原書は2015年刊行、本書は2016年刊行)。
 子供が生まれ、父が死ぬまでの7年間の記録の断片集で、36篇のショート・ストーリーのなかには様々な象徴的な事柄がさり気なく見え隠れする。そのひとつ。ユダヤ人であること、中東に生きること、それもイスラエルで暮らすこと──ケレットはいわゆる“政治的な作家”ではないと思うけれど、ここに描かれている彼の何気ない日常は、ぼくの無知がもたらすイスラエルへの先入観を相対化する。当たり前の話だが、イスラエルという国とそこで暮らす庶民は分けて考えるべきであり、さらに当たり前の話だが、イスラエル人の生き方にもいろいろある(本書のあとがきによれば、ガザ侵攻のときにケレット夫妻は亡くなったパレスチナの子どもへの哀悼の意を示したことで、自国民からバッシングされ脅迫まで受けてたそうだ。国外では反ユダヤ主義と出会い、イスラエルという国への嫌悪とも直面し、国内でもケレットは、愛国的な人びとからの反感を買うことも少なくない)。
 つまりユダヤ人として今日イスラエルに生きることは、たとえばの話だが、日常的にテロリズムに遭い、自分たちを憎む存在について意識しながら、自分の人生があとどのくらいなのかに思いを巡らすこと。あるいは、いまだにドイツ語を聞いただけでも神経質になってしまい、たとえ浴室に雨漏りがあったとしても近々自分たちを破壊したいと思っている国=イランから核ミサイルが飛んでくるらしいから直すこともないだろうと考えてみたりすること……
 このような説明を書くと、いかにも重たい話のように思われるかもしれないが、まあ、実際に重たい。ただ、ケレットはそれをいかにも重くは描かないのだ。エスニック・ジョークもあり、まあとにかく、本来であればとても笑えない状況における笑いがある。完結した笑いではない。一篇一篇、読後に考えさせられる。翻訳の文体、ときにすっとぼけた文章も魅力的で、ぼくのいい加減な印象論で言わせてもらえば、これは中東のヴォネガットだ(『スローターハウス5』を思い出さずにはいられなかったです)。テロリストの攻撃があった最中に子供が誕生して、本書の最後はミサイルが投下された日の、笑えない状況下における家族の微笑みで終わる。日常化した不可避的な暴力に対して笑いで応えているというか、本書のキャッチコピーに「強靱なユーモア」という言葉があるが、まったくその通りだと思った。
 
 では最後に、強靱なユーモアの“強靱さ”がいかなる思考に裏打ちされているのか、その例をひとつ紹介しよう。作者の幼少期に、幼子を寝付かせようと父が話したベッドタイム・ストーリーが実は何かを教えようとしていた、という一篇がある。戦争を生き延びた父がイタリアの闇社会に救われたという実話に基づいた、酔っぱらいと売春婦の話だが、それら父のベッドタイム・ストーリーが真に伝えんとしたことを、ケレットはこう解釈している。

 「どんなに見込の低そうな場所でなにかいいものを見つけんとする、ほとんど狂おしいまでの人間の渇望についての何か。現実を美化してしまうのではなく、醜さにもっとよい光を当ててその傷だらけのイボや皺のひとつひとつに至るまでの愛情や思いやりを抱かせるような、そういう角度を探すのをあきらめない、ということについての何か」

 芸術に役目があるとしたら、間違いなく、この「何か」は重要なひとつだろう。本書を教えてくれた松村正人に感謝したい。ぼくはいまもう一冊の翻訳書、『突然ノックの音が』を読んでいる。
 

Pan Sonic - ele-king

 パンソニックの「新作」がリリースされた。チェルノブイリ事故以降に初めて建設されたフィンランドの原子力発電所を巡るドキュメンタリー映画『リターン・オブ・ジ・アトム(Atomin Paluu)』のサウンドトラックである。監督はパンソニックのふたりとも交流のあるミカ・ターニラとユッシ・エロール。
 その内容からして現代文明社会への警告ともいえるドキュメンタリー映画だろうが、ここ日本でも(エンターテインメント映画であっても)『シン・ゴジラ』や『君の名は。』など、「3.11以降の表現」を模索した作品が相次いで公開されているので、ぜひとも公開を期待したいところである。

 パンソニックのオリジナル・アルバムとしても、2010年のラスト・アルバム『グラヴィトニ』から、じつに6年ぶりのリリースとなる(お馴染み〈ブラスト・ファースト〉から)。もっとも制作自体は2005年からスタートしていたらしく、工事中の原子力発電所でミカ・ヴァイニオとイルポ・ヴァイサネンがフィールド・レコーディングした音素材をベースにしつつ、昨年2015年にミカ・ヴァイニオが単独で最終編集作業をおこなったという。
 このタイムラグは諸般の事情で映画の制作と公開が遅れていたことも原因だったらしい。その結果として、ラスト・アルバム「以降」の新作であり、同時に、ラスト・アルバム「以前」から制作が始められていた未発表アルバムという、いささか複雑な成立過程の作品となったのだろう(ちなみに本サウンドトラックは2016年「フィンランド・アカデミー賞」の音楽部門受賞作品である。このようなエクスペリメンタルな作風の音楽が、国民的な映画賞において受賞をしたというのは素晴らしいことに思える)。

 だが、私としては、本作を彼らの「2016年新作」と称しても、まったく差し支えないと思っている。音響の質感が『グラヴィトニ』以前の脳内に直接アジャストするようなバキバキとしたサウンドから、「霞んだ音色のダークな質感」へと変化を遂げていたからだ。これは1曲め“パート1”のイントロの音響的質感からして明白である。
 むろん、その「変化」は、映画のテーマ性を反映してのことかもしれないし、工事中の原子力発電所で録音した音素材の質感ゆえの変化かもしれない。また、ミカのソロ作品『キロ』(2013年)のダークなサウンドに近い印象でもあり、ミカ・ヴァイニオ単独作業の影響かもしれない。だが、2曲め“パート2”や3曲め“パート3”など、あのヘビー&メタリックなビートも炸裂するのだから、まぎれもなく「パンソニックの音」なのだ。
 となれば、5曲め“パート5”以降のアルバム中盤で展開される霞んだ質感のドローンと不穏な環境音の交錯などは、2010年代以降のインダストリアル/テクノなどの「先端音楽」へのパンソニックからの応答といえなくもない。同時に4曲め“パート4”の冒頭など、どこか武満徹の「秋庭歌一具」を思わせるタイムレスな響きの持続も生成されてもいた(たしかミカは武満ファンでもあったはず)。
 聴覚にアディクションする強烈なノイズから空気を震わすような淡く不穏な音響へ。そう、本作においてパンソニックは音響と空間のあいだに、これまでにない「空気」を生成している。そして、その空気は、工事中の原子力発電所から採取された音素材がベースになっている。となれば、本作特有の「不穏さ」は、やはり原子力発電という制御不能な「力」への畏怖なのではないか?

 「力への畏怖としての電子音楽」。このダークなサウンドは、「われわれ」への警告なのかもしれない。3曲め“パート3”冒頭に鳴り響く、あの暗い雷鳴のように……。さまざまな領域から「資本主義の終わり」を感じつつある現在だからこそ、深く聴くべき問題作といえよう。

DJ Shadow - ele-king

 1996年に〈Mo' Wax〉からリリースされたDJシャドウのファースト・アルバム『Endtroducing.....』は、既存の音源のみで構築されたサンプリング・ミュージックの金字塔として、いまなおポップ・ミュージックの歴史に燦々と輝いている。
 同作は来る11月19日をもってリリース20周年を迎えるが、このたび、それを記念したリミックス盤の企画が進行中であることが明らかになった。DJシャドウは9月12日に放送された「トークハウス・ミュージック・ポッドキャスト」の最新回でクラムス・カシーノと対話をおこなっているが、そこで『Endtroducing.....』のリミックス・アルバムの計画について言及している。リリースの日程やトラック・リストなどはまだ明らかにされていないが、リミキサーとしてクラムス・カシーノやハドソン・モホークが参加しているとのことである。

 ちなみにDJシャドウは、去る7月27日にロンドンのエレクトリック・ブリクストンにておこなわれたライヴで、自身のクラシック "Midnight In A Perfect World" のハドソン・モホークによる未発表リミックスを披露している。その音源が計画中のリミックス・アルバムに収録されることになるのかどうか、注目である。

ファンが撮影した映像


YG - ele-king

 『Still Brazy』を一聴して去来したのは、失っていた記憶を呼び戻される感覚だった。YGがこのアルバムで奏でるのは、「赤い」ファンクだ。

 90年代中盤、Gファンクが僕たちに見せてくれたファンタジーの記憶。それはニューヨーク産のそれに比べ、風景の印象を強く刻むようなPVの効果もあったのかもしれない。灼熱の太陽。ローライダーの群れ。フッドで夜な夜なおこなわれるハウス・パーティ。ゆっくりとクルーズする深夜のアスファルトに残る、昼間の熱量の痕跡。このアルバムは、それらの記憶を呼び覚ます。一層骨太になったそのサウンドの輪郭は、Gファンクのニュー・エラ(新時代)の到来を示唆しているのだろうか。

 思えばファースト・アルバム『My Krazy Life』以降のYGは、BlancoやDB Tha Generalとコラボした『California Livin』(ANARCHYをフィーチャーした“Drivin Like Im Loco (Japan-BKK Remix)”も収録!)でも、往年のGファンク・サウンドに対する明らかなオマージュとも言えるサウンドを聴かせくれていた。それは90年代のGファンク・エラにドップリと浸かっていた者たちの「W」の字のハンドサインを誘発するような、見事なネタとグルーヴに支配されていた。

 先行シングル“Twist My Fingaz”を貫く、むせ返るようなGファンクイズム。冒頭のブリブリのベースラインに、サイン波によるピロピロ音のメロディー、そしてヴォコーダーと、Gファンクを象徴するサウンドが大集結。そして全体のムードを決定付けるのは、ピアノによるテンション・コードと、フックの背後で薄く鳴るシンセがもたらす緊張感だ。そのフックは8小節のフレーズ2種類(ひとつはマルコム・マクラーレンのクラシック“Buffalo Gals”から引用)が連続する展開となっており、気付けば自然と口ずさみつつ、裏拍に合いの手を入れてしまうこと必至だ。

 ビーフ騒動もあったDJ MustardからDJ Swishに制作のメイン・パートナーをスイッチしたこともあり、全体のトーンとしては派手さを抑えたプロダクションの本アルバムは、これまでのGファンクを総括するような顔付きを見せつつも、それとの差異をも提示し、アップデートを図る。たとえばリル・ウェインを迎えた“I Got A Question”やドレイクを迎えた“Why You Always Hatin?”、“Still Brazy”に見られる、トラップの影響下にあるハットの打ち方。ソフト・シンセによる、モジュレーションの動きのあるシンセ・サウンド。そして冒頭を飾る2曲“Don't Come To LA”と“Who Shot Me?”で目立つのは、これまでスヌープ、ウォーレン・G、コラプトらとの仕事を通してGファンクを支えつつ更新してきたテラス・マーティンが持ち込んだと思しき、琴のような弦楽器的なサウンド。この琴による、モノフォニーの、少し震えるようなサウンドが象徴するのは、YGが置かれたある種の精神状態ではないだろうか。

 ビルボード・チャート初登場2位を記録した前作の成功を受け、彼の立場や環境は大きく変わったはずだ。つまり、Bloodsの一員としてのギャングスタ・ライフから、成功を収めたアーティストへ。そして“Who Shot Me?”で4小節のメランコリーなコード進行とともに描かれているのは、彼自身を襲った銃撃事件のドキュメンタリーである。ハイファイなウエストコースト・サウンドに「突如」導入されるブレイクビーツの、周りのサウンドと噛みあわないある種「凶暴」な響きは、彼を襲った事件の「突然さ」や、彼の世界の見え方を「暴力的」に変えてしまった経験と共鳴する。事件以降、彼の世界への対峙の仕方は一変した。

 このセカンド・アルバムのスタジオ・ワークの最中に銃撃を受けたYGは、病院で治療後、翌日にはスタジオに戻ったという。彼はインタヴューに応えて言う。「ちょっとした出来事だった。ケツを撃たれたけど、問題ない」、「誰が撃ったかはどうでもいい」、「俺を殺るのは簡単じゃない(I’m hard to kill)」と。自らを襲う凶弾をも、逆に自身のタフネスを誇示する契機としてしまう腹のくくり方。彼を形作るギャングスタ・ラッパーのアイデンティティが、そのような選択肢を唯一の現実解たらしめているのだろうか。しかしその姿勢に、1995年に、頭部に2発、股間に2発、腕に1発の銃弾を浴びながらも、テレビカメラに向かって中指を立てた男、かつての2パックの姿を重ねてしまうのは筆者だけではないはずだ。

 1994年9月13日にリリースされたノトーリアスB.I.G.のファースト・アルバム『Ready To Die』。セカンド・シングル“Big Poppa”のB面収録の“Who Shot Ya?”で、ビギーは自分が曲中で撃った相手に「お前はゆっくりと穏やかに死ぬ/俺の顔を覚えておけ/間違いのないように/警官に伝えるときにな」と語りかけた。そしてそれから2年後、2パックは再び銃撃に遭い、あえなく凶弾に倒れる。彼は、その場に駆け付けた警官に、誰に撃たれたのかと問われると「ファック・ユー」と返答したと言われている。そして1996年9月13日、彼は25年の生涯を終える。

 YGは「誰が俺を撃った?」と叫び「俺は馬鹿みたいだ/仲間が俺をハメたのか?」と仲間を疑い、その他の可能性を次々と列挙してゆく。しかし結局犯人はわからず、悪夢で夜も眠れないと歌う。そして撃たれた原因は、彼が成功で手に入れた巨額の富のせいであるが、「カルマが犯人を捕える」ことになるし、「神は俺のために何か別のプランを持っているのだ」と結論付ける。

 しかしもはや誰も信じることのできなくなってしまった彼の独歩の足跡を、モノフォニックな琴の音階が、なぞるように、追ってゆく。

 この銃撃事件によってYGが得たものとは、一体何だったのか。それは本当に、自分以外は誰も信じられないという教訓なのだろうか。アルバムを締めくくる、最後の3曲に、解釈のヒントはあった。“FDT (Fuck Donald Trump)”ではNipsey Hussleとともにドナルド・トランプを批判し、“Blacks & Browns”ではSadboy Lokoとともにそれぞれアフロアメリカンとチカーノの立場からレイシズムの現況をライムする。そしてラストを飾る“Police Get Away Wit Murder”ではタイトル通り、警官の暴力を糾弾している。これらの楽曲を通して、彼らの置かれた政治的立場、社会的立場について問題提起をおこなう彼は、銃撃事件以前とは異なる視座を獲得しているように見える。以前のようなモノフォニックな独白だけでなく、より多様なテーマに対し、いわばポリフォニックな議論の口火を切るように。

 “Police Get Away Wit Murder”の終盤、YGのヴォイスはどこか遠くから語りかけるようなエフェクトを纏う。聴衆に演説するように、彼は警官に射殺された人々の名前と場所を挙げてゆく。ロバート・グラスパーが、ケンドリック・ラマーの“Dying of Thirst”のカヴァーで、自身の息子とその友人に、犠牲者の名前を読み上げさせたように。グラスパーはインタヴューで、ある種の「タイムスタンプ」として、彼らの名前を記録しておきたかったのだと言及している。

 自身の銃撃事件の帰結として、彼の周囲への疑念が膨れ上がり、そのことに疲弊したことが、彼の視点をフッドから引き剥がし、アメリカ社会全体に向けさせたのではないか。それは結局、彼が生きる世界のシビアさを、より明確に指し示すだけだったかもしれない。しかしそれは同時に、死者の叫びを自身のそれに重ね、タイムスタンプとして作品に刻印するような想像力を誘引したのではないか。

 このアルバム『Still Brazy』を飾るジャケット。赤いバックグラウンドに、赤いストライプのシャツ。これはもちろんBloodsをレペゼンする赤だ。しかし同時に、YGが「突然の出来事だった(it just happened out of the BLUE)」と振り返る銃撃事件以来、陰鬱な気分に沈み込む(in the BLUE funk)自らに三行半を突きつける、決意としての「赤」でもある。ファンクに刻印される、決然とした赤いタイムスタンプ。

 そして、ジャケットの中央に佇むのはYGのバストアップのショット。しかしその頭部がブレているのは何故か。それは、周囲を警戒し見回しているからではないか。誰に背後から撃たれるか分からない世界で、彼はライムする。アルバム最後のラインは、囁くようにこう締めくくられる。

「犠牲者のリストは続いてゆく/皆は不思議がる/俺が何故 後ろを気にしながら生きているのかを」

全981枚収録!!
ヨーロッパのジャズと
周辺音楽カタログの決定版!!

『Jazz Next Standard』シリーズ、『CLUB JAZZ definitive』の監修者、小川充の新刊は、ヨーロッパのジャズとその周辺音楽の案内書。アメリカから伝播したジャズを消化し始めた1960年代のモダン・ジャズ(イアン・カー、マイク・ギブス)、独自のスタイルを築き上げる60年代後半のジャズ・ロック(マイク・ウェストブルック、ソフト・マシーン)、70年代のプログレ/アヴァンギャルド(キース・ティペット)、ビッグ・バンド(ケニー・クラーク、ピーター・ヘルボルツハイマー)などを年代やジャンル別に紹介する。さらには、国外音楽家の録音盤(ドン・チェリー『オーガニック・ミュージック・ソサエティ』)やヴォーカルもの(カーリン・クロッグ、ノヴィ・シンガーズ)などを独自の眼線で大胆にセレクト。ヨーロッパ・ジャズとその周辺音楽の入門書として、最適な一冊!!

(目次)
■Part 1 - Modern / Contemporary Jazz
・GREAT BRITAIN
・GERMANY
・FRANCE
・ITALY
・WEST EURO
・NORDIC
・EAST EURO

■Part 2 - Jazz Rock / Progressive Rock / Avantgarde
・GREAT BRITAIN I (JAZZ ROCK / CANTERBURY)
・GREAT BRITAIN II (MOD JAZZ / NEW ROCK / PROGRESSIVE ROCK)
・GERMANY
・FRANDLE
・EURO
・SINGER-SONGWRITER / FOLKY

■Part 3 - Jazz Funk / Fusion
・GREAT BRITAIN
・GERMANY
・WEST EURO
・NORDIC
・EAST EURO

■Part 4 - Big Band
・BIG BAND
・CBBB / RC&B / GERMAN BIG BAND

■Part 5 - Euro Recordings
・ÉTRANGER
・SABA-MPS / HORO / STEEPLECHASE

■Part 6 - Vocal
・VOCAL

■Part 7 - World
・AFRO
・LATIN / BRAZILIAN

■Part 8 - Mood
・CINÉ JAZZ
・EASYLISTENING / LIBRARY

COLUMN 英国ジャズ未発表音源の発掘

 タイコ・スーパー・キックスの樺山太地と、元・森は生きているの岡田拓郎による対談&即興ギターセッションを収めた動画が公開された。
 本動画は9月4日に開催されたタイコ・スーパー・キックスによる自主企画、「オマツリ2」にて配布されたZINE『TBD』に収録された企画、「ソリッド・ギタリスト・セッション」によるもの。ふたりの即興演奏を交えた24分もの対談動画となっている。
 お互いのギター・プレイのルーツから、使用機材や音作りの話まで、ギタリストならではの濃密な内容のトークと、ブルース~ノイズを中心とした即興セッションは、ギタリストでなくても必見だ。
 ふたりのギタリストによるセッション、というのはよくある形式だが、そのスピンオフ感にときめいてしまうのは私だけだろうか。今回のセッション動画はそのときめきを感じさせてくれるものであるし、ふたりのギター・プレイの違いも顕著で、音からも、話からも彼らの背景が見えてくることが印象的であった。この企画の続編を願うばかりである。
 なお今回の企画が収録されたZINE『TBD』は、タイコ・スーパー・キックスのライブ会場で販売中とのこと。こちらも合わせてチェックすべし。

ソリッド・ギタリスト・セッション 樺山太地(タイコ・スーパー・キックス)×岡田拓郎(ex, 森は生きている)

■タイコ・スーパー・キックス(Taiko Super Kicks)
東京都内を中心に活動中。
2014年8月、ミニアルバム『霊感』をダウンロード・フィジカル盤ともにリリース。2015年7月、FUJI ROCK FESTIVAL'15「ROOKIE A GO-GO」に出演。
2015年12月、ファーストアルバム『Many Shapes』をリリース。
https://taikosuperkicks.tumblr.com/

■岡田 拓郎
1991年生まれ。東京都福生市で育つ。ギター、ペダルスティール、マンドリン、エレクトロニクスなどを扱うマルチ楽器奏者/作曲家。
コンテンポラリー・フォーク、インプロヴィゼーション、実験音楽、映画音楽など様々な分野で活動。
2012年にバンド「森は生きている」を結成。P-VINE RECORDSより『森は生きている』、自身がミキシングを手がけた『グッド・ナイト』をリリース。両アルバムとも、ジャケット写真も手がける。2015年に解散。個人活動としては、Daniel Kwon、James Blackshawなどのレコーディング、ライブに参加。2015年には菊地健雄監督作品、映画『ディアーディアー 』の音楽を担当。福岡のカセット・レーベルduennのコンピレーション・アルバム『V.A one plus pne』に楽曲提供。 『Jazz The New Chapter』、『ポストロック・ディスク・ガイド』、『レコード・コレクターズ』などにて執筆も行う。
https://www.outlandfolk.com/

interview with Michael Rother - ele-king


Harmonia - Musik Von Harmonia
Brain/Grönland/Pヴァイン

Krautrock

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Harmonia - Deluxe
Brain/Grönland/Pヴァイン

Krautrock

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 クラウトロック、あるいはジャーマン・エレクトロニク・ミュージックの最重要人物の一人であるミヒャエル・ローターが、去る7月末に来日公演をおこなった。
ローターは70年代初頭、結成されて間もないクラフトワークにギタリストとして短期間参加した後、同じくクラフトワークでドラムを叩いていたクラウス・ディンガーと共にノイ!を結成。“ハンマー・ビート”と呼ばれる剛直な8ビートを軸にしたパンキーなサウンドはクラウトロックの一つの象徴的モードとして、後のパンク~ニュー・ウェイヴに絶大な影響を与え、更に90年代以降のクラウトロック再発見/再評価のきっかけにもなった。
 ローターはまた、ノイ!での活動と並行してクラスター(ディーター・メビウス&ハンス・ヨアヒム・レデリウス)と共に結成したハルモニアでも活動。ポップでパンクでストレンジでアンビエントなそのエレクトロニク・サウンドは、80年代から今日に至る様々なスタイルのエレクトロニク・ミュージックに影響を与え続けている。ローターの業績に対するリスペクトを公言するミュージシャンも、古くはブライアン・イーノから近年はステレオラブやエイフェックス・ツイン、オウテカに至るまで、枚挙にいとまがない。
 ローターは、ハルモニア解散後はソロ活動に専念し、たくさんのアルバムを発表してきたが、特にここ数年、ノイ!やハルモニア時代のレパートリーを中心にしたライヴ活動が増えているのは、クラウトロックに対する若いリスナーたちの関心と評価がますます高まっている証でもある。今回の日本公演を企画したのがクラウトロックのテイストを受け継ぐ前衛ロック集団オウガ・ユー・アスホールだったことも、実に納得がゆく。ドラムのハンス・ランペ(ex.ノイ!~ラ・デュッセルドルフ)、ギターのフランツ・ベルクマン(ex.カメラ)とのトリオ編成によるそのライヴでは、ノイ!やハルモニアの名曲がふんだんに演奏され、会場につめかけた新旧クラウトロック/エレクトロニク・ミュージック・ファンたちを熱狂させた。
 おりしも『フューチャー・デイズ~クラウトロックとモダン・ドイツの構築』日本版も出たばかりというジャスト・ミートなタイミングでの本インタヴューがおこなわれたのは、東京でのライヴ直前の楽屋。時間が短かったため、ハルモニア結成あたりで話が終わってしまったのは残念だが、ほぼノーカットで、“クラウトロック大使”ミヒャエル・ローターの貴重な肉声をお届けしよう。

当時は音楽だけではなく、芸術や映画、さらに政治や社会制度でも大きな変化が起こっていた。私の成長をそのような変化と切り離すことは不可能だ。私は“変化の暴力”とでも言うべきものに強く影響されたんだよ。

近年、ライヴでノイ!やハルモニアの曲を積極的にやっているようですが、どういう理由からですか?

ミヒャエル・ローター(Michael Rother、以下MR):まずは、それらの曲を演奏することが楽しいというのが第一の理由だ。あと、音楽に対する私の考え方が昔から変わっていないというのもあるね。いや、少しずつ変わってはいるんだげど、それが円を描くように元の場所に戻っていく様子を、違った場所から眺めているとでも言うか……。私の場合、時にはより抽象的な音楽を好むし、メロディやリズムにより強い関心が向かうこともある。近年は、実験を更に重ねる必要性を感じているんだけど、オーディエンスたちは、速くリズミカルなビートを求めているように思える。まあ私も最近はそういったものも好きなんだけどね。

昔の曲を演奏してほしいというリクエストが、プロモーターやファンから直接あるんですか?

MR:ない。それはあくまでも私が決めたことだ。だけど、ノイ!やハルモニアの曲をやると告知すれば、どんな感じのショウになるのかオーディエンスたちにとってイメージしやすいよね。だから昔の曲をやるとあらかじめ発表している部分もある。

ノイ!やハルモニアは90年代以降に再評価のムーヴメントが興ったわけですが、その背景にはソニック・ユースやステレオラブのリスペクト宣言の効果もあったと思いますか?

MR:うーん、それはわからないけど(笑)……確かに、私たちは80年代には一旦忘れ去られた存在であり、90年代にはノイ!について話しているドイツのミュージシャンなんて誰もいなかった。でも、我々の音楽がCDや海賊盤によって世界中を移動した結果、ソニック・ユースやステレオラブといったバンド、あるいは『クラウトロックサンプラー』(95年)を書いたジュリアン・コープなどのミュージシャンがその音楽を聴いてくれた。特にジュリアン・コープの本は、大きな衝撃をもたらしたと思う。理由はわからないんたけど、ずっと、ドイツのジャーナリストは私たちのようなミュージシャンに対する理解がなかったし、誇りにも思ってなかった(笑)。そういう状況の中、「あなたの音楽は素晴らしい」と外部からやってきた人間に言われたわけだ。ノイ!のアルバムが2001年に〈Gronland Records〉から再発されたのは、大きな一歩になった。それら再発アルバムはそれまで以上にたくさん売れたわけで。
当時は、Eメールやウェブ・サイトなど、コミュニケイションにおいても大きな変化が見られた時期で、世界中の人々と直接連絡をとれるようになった。今や私はフェイスブックだってやっているからね。もっとも、更新にはさほど時間をかけているわけじゃないけど。たとえば東京でライヴをすることになったら、その報告をする程度で。自分の朝食にコンプレックスがあるので、それをフェイスブックに載せるなんて、とてもじゃないができない(笑)。

90年代にはステレオラブが盛んにノイ!的なサウンドをやって人気を集めたわけですが、当時、クラウス・ディンガーはそれに対して怒っていましたよね。つまり、「おれたちのサウンドが盗まれた」と思っていた。あなた自身はどう思っていましたか?

MR:友人がステレオラブのライヴに連れて行ってくれたことがあった。私はそれまで彼らを聴いたことがなかったので、演奏が始まると「あれ? これは自分の曲かな?」と思ってしまったんだ(笑)。それはそれで面白いけどね。どんなミュージシャンも情報に晒されているので、そこから影響を受けることもあるし、むしろ影響に身を任せてしまった方がいろいろと楽なこともあるとは思う。
でも、私はそうじゃないんだ。ずっと、周囲とは違うことをやりたかったし、誰かのコピーではなくオリジナルになりたかった。だから私が満足することなんて、これからも決してないと思う。他人から「君のアイディアは20年前に別のミュージシャンがやっていたよ」なんて言われた日には動揺してしまうよね(笑)。もし音楽を作るのが好きなら、その創作活動のアイディアは、「なぜ音楽を作るのか?」というところからくるべきだ。そして心や空間に漂っているメロディやリズムを拾い上げる。そういうことをしないで、誰かのモノマネをするなんてけっしてやってはいけないことだと思っている。
私が音楽を始めたのは激動の時代だったので、新しいものを作ることによって自分自身の音楽的アイデンティティを獲得するのは自然なことだったんだ。当時は音楽だけではなく、芸術や映画、さらに政治や社会制度でも大きな変化が起こっていた。私の成長をそのような変化と切り離すことは不可能だ。私は“変化の暴力”とでも言うべきものに強く影響されたんだよ。
とはいっても、私が作った音楽に誰かが反応してくれるのは率直に嬉しいものだよ。オアシスやレッド・ホット・チリ・ペッパーズのような人気バンドまで関心を持ってくれているわけだしね(笑)。その結果、ある日、ジョン・フルシアンテに会ってセッションをして、ステージにも一緒に立つことになったわけで。共演がどんな感じになるのか最初は見当もつかなかったけどね。私だって、他のミュージシャンからインスパイアされることは大歓迎だ。いつも、新しいものを作るべきだと思っているからね。


photo: 松山晋也

ジミ・ヘンドリクスやビートルズを繰り返すことはまっぴらごめんだったんだ。とにかく違うことがしたいと、いつも意識していた。

最近の若者たちが、ノイ!やハルモニアのようなプリミティヴなロック・サウンドに魅せられるのはなぜだと思いますか?

MR:それは、どうして音楽が好きなのかを尋ねるようなもので、とても難しい質問だな(笑)……でも、ちゃんと答えるなら……その楽曲がある特定の状況に結びついているものだからだと思う。私たちはゼロから物事を始めなければならなかった。音楽に対するラディカルなアプロウチをもってして、アメリカやイギリス的な構造を持つ音楽的過去から脱却する必要があった。つまり……「OK、いったん全部をぶっ壊そう。そして小さなかけらを拾い集めて、新しい方向に向かい、新しい音楽を始めよう」という具合に。ジミ・ヘンドリクスやビートルズを繰り返すことはまっぴらごめんだったんだ。とにかく違うことがしたいと、いつも意識していた。私は昔も今も、他の音楽に対しては敬意を抱いている。でもそれは私の音楽じゃない。私のラディカルさが若い人々に魅力的に映るかもしれないのは、こういった姿勢がいつの時代でも生じうるものではないからじゃないかな。
たまに「これはノイ!やハルモニアにそっくりじゃないか !?」と思う曲に出会うけど、それが先週録音されたものなのか、はたまた15年前の作品なのか知る由はない。なぜならそれは、音楽の発展の時間軸とは切り離されているものであり、私のしてきたこととは違うまったく新しい一歩だからだ。特定の時代の音楽のテイスト、さらにはファッションなどから切り離された独自性があり、新鮮に感じる……そういった曲を作る若者たちが、私の作品を聴いてくれているのは嬉しい限りだね。だいたい、自分と同世代の人間にしか音楽が届かないのは悲しいことだし。

70年代初頭にクラフトワークに加わる前、あなたはいくつかアマチュアのバンドをやっていましたよね。スピリッツ・オブ・サウンドその他。当時は主にどのような音楽をやっていたんですか?

MR:私は65年にバンド活動を始めたんだが、その頃はまだギターを始めて1年くらいしか経ってなかったし、みんながみんなイギリスの音楽に夢中になっていた。ヒーローは言うまでもなくビートルズやストーンズだったから、私たちも進んでコピーをしていた。それを2~3年続けていくうちに、自分たちが何をやっているかがわかるようになり、即興演奏をするようになったんだ。そこから自分たちのアイディアを自由に持ち込むようになり、70年代に入る頃にはかなりの変化を遂げていた。あと、サイケデリック文化の影響などもあったよね。ひとつはっきりしているのは、そこにはいつも壁があったということだ。他人の音楽やポップ・カルチャーから引用してきたアイディアをいくら使っても、その壁の向こう側へは到達できなかった。つまり、そのドアを開けるために、いったん自分たちのやっていることをやめなければならなかったというわけだ。

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私たちは、白紙を前にしてその場でいきなり描き出す画家のようなものだった。

60年代から70年代半ばにかけて、他の国と同じように西ドイツはとても政治的な時代でした。ドイツのロック・シーンにも政治に積極的にコミットしていた人々が多くいましたが、あなた自身の立場はどうでしたか?

MR:当時のミュージシャンたちに比べたら、私は若手だった。特に60年代後半なんか、どこに顔を出してもみんな年上だった。でも、その時点で私は明確な政治的意見を持っており、具体的にはヴィリー・ブラント(註:ドイツ社会民主党党首で、69~74年には西独首相)を支持していた。過去にナチス・ドイツはポーランドに侵攻したりしたわけだが、そういった歴史を乗り越えて、彼は東側の国々との和解を主張していた。ヴィリー・ブラントの前は保守政権だったが、彼らはワシントンしか見ておらず、西側の一部になろうとしていて、当然、東側は敵と見なされていた。そんな政治状況の中、ブラントは東側との協調をはかり、それが1970年の“ワルシャワでの跪き”(註:ワルシャワのユダヤ人ゲットー跡地でブラントが跪いて献花し、ナチス・ドイツ時代のユダヤ人虐殺を公式に謝罪した)につながったわけだ。
私は学校を卒業した67年、当時義務だった兵役を拒否したんだが、その際、精神的な理由で銃を握れないことを証明するために、かなり厳しいテストを受けさせられた。それは、私の発言に矛盾がないかを検査する試験官を前にして、文章を書いていくというものだった。その時、試験官と激しい口論をしたのを憶えているよ。「君の意見にはまったく説得力がないが、もう行ってよろしい」と最後に試験官は言い放った。それで兵役を逃れる代わりに、精神病院で働くことになったんだ。あの体験は、私の人生でとても重要な意味を
持っている。
また、冷戦からの影響も避けては通れない。あの当時は、戦争の悪夢をよく見たものだ。ベルリンは、文字通り分断されていたし、80年代にソ連のゴルバチョフがグラスノスチやペレストロイカを唱えるまで、本当に何が起こるかわからない状況だったから。私はハルモニア時代(70年代半ば)にドイツの片田舎のフォーストに引っ越したんだが、とても綺麗な風景が広がっていたにもかかわらず、上空では戦闘機が飛び交っていた。彼らはレーダーに映るのを避けるために、家の屋根すれすれのところを低空飛行していて、その騒音は想像を絶するものだった。ほぼ毎日だよ。それを耳にした子供たちは泣き叫び、動物たちは暴れまわり……。街には戦車が列をなしていたし。いつでも臨戦態勢なんだ。そんな時代が終わった時、本当に嬉しかった。とにかくいつも、保守政党やその政策とは対極的
なところに私の考えは位置していたんだ。

その精神病院での雑務時代に、カンやアモン・デュールが登場してきました。当時、彼らの音楽をどのように感じていましたか?

MR:当時、私のガールフレンドはカンを知っていたんだが、私は知らなかった(笑)。その後、クラフトワーク時代にカンとは何回か一緒にコンサートをやったけどね。ヤキ・リーベツァイトは素晴らしいドラマーだと思う。彼のリズムの流れが本当に大好きなんだ。他には……(笑)いずれにせよ、バンドそのものもポジティヴに捉えていたよ。ただ当時は斜に構えがちで、自分たちはカンとは違うと思っていたけどね。

クラフトワークのラルフ・ヒュッター、フローリアン・シュナイダーに初めて会った時の印象はどうでしたか?

MR:クラフトワークについても、それまでは全く知らなかったんだ。知り合いのギタリストが、クラフトワークで演奏してくれと彼らに頼まれ、私も一緒に付いて行くことになった。「どんなバンドか知らないし、変な曲だなぁ。おまけに名前は“発電所”か(笑)。まぁ、行ってみよう」くらいの軽い気持ちだった。それがきっかけで、ラルフ・ヒュッターとジャムをしながら曲を作るようになったんだ。それまで私は、あまり他のミュージシャンには共感を覚えなかったんだが、彼らは違った。自分は一人じゃないんだな、と思えた。クラウス・ディンガーはフローリアン・シュナイダーの音楽を聴いていて理解があったので、バンドに誘われたという流れだった。

ノイ!時代、そのクラウス・ディンガーとあなたの間には常に衝突があったとファンの間では言われてきました。ですが、最近日本版も出た『フューチャー・デイズ』の中で、あなたは、クラウスとは音楽的ヴィジョンが完全に一致していて、いつも同じ方向を向いていたと語っています。その共通していたものを言葉で説明することはできますか?

MR:それはとても直感的なものだ。私たちは音楽について議論することも計画を立てることもなかった。やりたいことがあったら、すぐに試していた。結果的に、お互いのやり方が好きだったし、周りにもそれが認められるようになった。そして完成したのがノイ!のファースト・アルバムだ。たとえるならば、私たちは、白紙を前にしてその場でいきなり描き出す画家のようなものだった。現代のミュージシャンたちはテクノロジーの発達もあり、簡単に準備ができまるけど、私たちは準備なんてしたことがなかった。事前に決めることといえば、「今からEメジャー・スケールの長い道を走るぞ」くらいだった(笑)。それで経過を見ながら色を足していくわけさ。作業を進めながら、今何が起こっているのか、これからどうすればいいのかがわかってくる。つまり、常に作業中の状態だった。だからこそ、コニー・プランクがノイ!のチームに加わったのは大きかった。彼には、作品に適した瞬間を捕まえる能力が備わっていたし、説明せずとも私たちがやろうとしていることを感じて理解してくれたからね。彼はどんな実験にも前向きで、私たちと同じくらいクレイジーで、クラスターやクラフトワークとの仕事も喜んでやっていた。彼がいなかったら、ノイ!の作品はありえなかったと思う。

今振り返ってみて、とりわけ際立っていたクラウス・ディンガーの才能は何だったと思いますか?

MR:私は、彼のパワフルなドラミングには強く感化された。クラウスはヤキ・リーベツァイトのように神がかった技術の持ち主ではなかったけど、彼の力強さには誰もが圧倒されていたよ。彼はマシーンのような存在で、ひとたび彼が音楽の中に投入されると、他のすべてが動き出すんだ。けれど、クラウスの先導力と決断力は、後に問題になることもあった。彼はけっして自分の見解や意図を説明しようとはしなかったからね。「なんで俺のやっていることをそのまま理解しようとしないんだ?」という具合だ。それに、私はクラウスの間違いを指摘することもできなかった。クラウスが亡くなった今、私は、彼の気難しさや意地悪なところではなく、その創造性に改めて注目するようになった。性格的には、私と彼は対極だ。クラウスは要求が強いし、あまり人を信用しなかった。そういったものが先天性なのか、両親との関係によるものなのかはわからないが、最終的には彼自身の才能の開花や私とのコンビネイションにも繋がっていった。かくして彼は、多くの人々にインスピレイションを与えるミュージシャンになったわけだ。


photo: 松山晋也

お互い影響されないことは不可能だよね。私たち3人はハルモニアの音楽を発展させることを大いに楽しんでいた。

あなたは73年の後半からクラスターの二人と一緒に本格的に演奏し始め、それはやがてハルモニアになったわけですが、彼らに初めて出会ったのはいつですか?

MR:あれは、私がクラフトワークと演奏していた71年だったね。二人がコニー・プランクと作業をしている時に知り合ったんだ。彼らの音楽を初めて聴いた時、私は希望を感じた。彼らと一緒だったら、(当時準備していた)ノイ!の曲をライヴでも演奏できるかもしれないなと思ったんだ。私とクラウスはデュオだったので、スタジオ・ワークの再現がうまくできず、サポート・メンバーを探していたんだ。それで私はギターを持って彼らの元へ行った。結果、ハルモニアは素晴らしいものになった(笑)。

あなたにとって彼らのサウンド、表現は、どういう点が特に魅力的だったんですか?

MR:まず耳を奪われたのは、『Cluster II』(72年)に入っている「Im Suden」という曲のメロディだった。(ハンス=ヨアヒム・)レデリウスによる、ギターの弦4本が奏でるリピート・フレーズの音程が素晴らしかったんだよ(笑)。それで彼らとはうまく作業ができると確信した。当時はまだギターでブルーズを弾くのが大多数であり、そういう類の音階を耳にする度に私は曲への関心を失っていた。今だってそうさ。1音でもそういうフレーズが鳴れば、「わかった、もうけっこうです」となってしまう(笑)。

レデリウスとディーター・メビウスも、かなり個性の異なるコンビですが、当時のあなたが受けた二人のキャラクターの印象はどのようなものでしたか?

MR:メビウスは前に出てくることはなく、後ろから状況を見極めるタイプだ。彼はまた、奇妙な音を追求していて、驚かせることのスペシャリストだった。レデリウスはもっとオープンで、一緒にメロディを書けるミュージシャンを探していた。レデリウスがキーボー
ドなどでメロディを反復させて、私がギターを重ね、メビウスが変な音を加える、といった形が多かったかな。
ただ、彼らのキャラクターを一言で説明するのは、とても危険だね。メビウスに関して言えば、彼と私はとても似ていると思う。亡くなる数週間前、彼は私の住むフォーストにやってきたこともあった。当時、私はハルモニアのボックス・セットの作業を進めており、メンバーの意向を確かめるためにメビウスの奥さんとレデリウスにアイディアをいろいろ送っていた。メビウスは(病気のため)ガリガリだったが、心は元気で、ユーモアも健在だった。だから彼の人柄を一言で言い表すなら、「ユーモア」を選ぶ。もちろん、私たちには違いもたくさんある。私は働くけど、彼は働きたかったことなんて一度もないはずだ(笑)。98年に、20年ぶりにメビウスからライヴに誘われた。スタジオに入り、最初の5分で機材をチェックし終えると、「じゃあ料理を始めるぞ」と彼は言った。つまり、彼は音楽で働くなんてことをしたがらなかったということだ。メビウスの才能は自発的な即興に特化していた。これははっきりしていることだが、私たちの音楽の作り方は兄弟関係のようなものだったんだ。

クラスターの二人とあなたが、互いに与えあった影響はどんなものだと思いますか?

MR:お互い影響されないことは不可能だよね。私たち3人はハルモニアの音楽を発展させることを大いに楽しんでいた。調子が良い時は、コンサートやスタジオで自発的に様々なアイディアが生まれた。あの一瞬一瞬は、3人揃って初めて生まれるものだった。ノイ!のようにスタジオのテクノロジーに依拠したものではない。3人の具体的な相互影響について語るのは、単純化してしまうかもしれないので避けたいが……ただ、私がリズムを彼らに与え、彼らはもっと抽象的な音楽へのアプロウチ方法を私に示してくれたとは言えるだろうね。

あなたは幼少期に数年間パキスタンで暮らしていましたよね。その体験は、あなたの音楽性にも深く影響しているように僕は感じているんですが、どうですか?

MR:その結びつきを明確にすることは難しいが……当時聴いた音楽はとても印象的だったね。単調だが魔術的で、どこで始まってどこで終わるのかがわからないエンドレスな音楽だった。路上で演奏していたバンドのことを今でもよく憶えている。けっしてヘビ使いの笛のようなものではなく(笑)、とても反復の多い音楽だったから、ノイ!の「Hallogallo」のような曲と直接的ではないけど、つながりがなくはないだろうね。私は今でもインドやパキスタンの音楽は好きだ。

あなたは猫も好きですよね。『Katzenmusik』(79年)というソロ・アルバムもあるし。猫のどういうところが好きですか?

MR:猫はミステリアスでインディペンデント、そして美しい。あと、猫は自分が友達になると決めた相手としか友達にならない。無理やり友達にならせることは不可能なんだよね。飼い主を尊敬してくれる犬とはまったく違う。そういう点に惹かれるんだ。

自分の音楽と猫に共通点があると思いますか?

MR:見当もつかないな(笑)。ただ、さっき君が言った『Katzenmusik』、あれはもちろん猫への愛から生まれた作品だ。少なくとも、猫はたくさんのインスピレイションを私に与えてくれる存在ではある。隣にいるとリラックスもできるしね。

vol.85:変わりゆくNY、新たな胎動 - ele-king

 9月に入り少し涼しくなってきたNY。毎日変わり続ける、この地域のアップデートを少し。

 Palisades、Aviv、Blackbearなどの比較的新しかった音楽会場が2年弱でクローズし、新たにthe Glove、Sunnyvale、Footlight Barといった会場がオープン。シーンの中心はブッシュウィックやリッジウッドにどんどん移っている。ウィリアムスバーグにはアップルストアやホールフーズが出店し、あたりはハイエンドなレストランばかりで、アーティストたちはもはや立ち寄りもしなくなっている。
 今回は、家賃の高騰が原因で10月にクローズするグリーンポイントのAvivに、〈サマーズ・エンド・ミュージック・フェスティヴァル〉を見に行ってきた。

 9/2から9/4にわたって開催されたこのフェスには、ホンジュラス(Tidal)、ゲリラ・トス(DFA)、トール・ホワン、サーフロック・イズ・デッド(でもやっている音楽はドリームポップ)、ピル(Mexican Summer)、アナ・ワイズ(ケンドリック・ラマーのコラボレーター)、マル・バルム&ザ・バルムス(Don Giovanni)などが出演。夏の終わりのフェスではあるものの、どのバンドもエネルギーがみなぎっており、スピーカーは倒れるわ、押し潰されるわ、男率は高いわで、フロアが揺れる揺れる!


Audience

 私のおすすめは、ゲリラ・トスとホンジュラス。ゲリラ・トスは何度か見ているが、見るたびにどんどん良くなっている。パーフェクト・プッシーとグライムスがオーケストラをバックにラップして、ジャジー感までとり入れたような、とにかくいままでにない新しい音楽が目の前で紡ぎ出され、フロアも大変な盛り上がり。ディスコ、パンク、ノイズ、アートロックなど、どれも当てはまるようで当てはまらない。そんなかれらはすでに4枚のアルバムを出している。

Guerilla Toss merch

 ヘッドライナーのホンジュラスは、グリーン・デイのようなメジャー・コードと、ストロークスやブラーのようなヴィジュアルおよびインテリさを持ち合わせた、いまどきのブルックリンで大人気のパンク・ロック・ガレージ・バンドだ。バンド名を見て、「ん、中央アメリカのちょー治安悪い国だよね?」などと思うなかれ。メンバーは誰もホンジュラスに行ったことはない。ギターのタイソンとシンガーのパット(首のタトゥーがポイント)は、ミッソーニ州の小学校時代からの友達で、メンバーはもう10年以上ブルックリンに住んでいる。
 かれらが鳴らすのは、70年代後半のブリティッシュ・ロックとパンクの匂いを漂わせつつも、リチャード・ヘルなどアメリカのシンガー・ソングライターの要素まで盛り込んだガレージ・ロック。後ろのスクリーンにはHマークがぼんやり映し出され、友達やファンからヤジが飛ばされている。少しアット・ザ・ドライヴインを思い起こさせる。激しそうに見えて、決して極端には走らないさじ加減がいまっぽい。ルックスも良し。セックス・ピストルズの現代版?

 ホンジュラスは最近、Tidalのドキュメンタリー『Road to Made in America』シリーズに出演したり、9/4にフィラデルフィアでおこなわれたTidalのジェイ・Z主催の〈メイド・イン・アメリカ・フェスティヴァル〉に、リアーナ、コールドプレイ、グライムス、カー・シート・ヘッドレスト、ファット・ホワイト・ファミリーなどと出演したりしている。期待のブルックリン・バンドである。


Audience

ビデオをチェック→
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Yoko Sawai
9/4/2016

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