「Dom」と一致するもの

interview with AOKI takamasa - ele-king


AOKI takamasa
RV8

Rater-Noton/p*dis

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 村上春樹がなぜ海外であんな評価されているのかと、英国在住のある人に尋ねたところ、エキゾチック・ジャパンではないところが良いのではないかという答えをもらった。欧米の理屈のなかで解釈できると。なるほど。
 これ、読み替えれば、世のなかにはエキゾティズムをかさにして輸入されるものは多くあれど、ハルキはそれを売りにしていない、ということにもなる。三島由紀夫も、相撲も舞踏も、オタク文も、良い悪いは別にして、エキゾティズムないしは物珍しさとして受け入れられているフシは隠せない。とくにパリとか、博覧会気質の伝統なのだろうか......。アメリカとか......。
 エキゾティズムは使いようだ。本サイトで公開されているアシッド・マザーズ・テンプルのインタヴューを読めば、こうした眼差しを逆手にとるように、敢えて確信犯的に利用しているところが見える。YMOにもそれがあった。ケンイシイやDJクラッシュもそれを利用している。ボー・ニンゲンの写真を見ると、ジャックスのような髪型が欧米では「JAP ROCK」のイメージとして機能していることがわかる。

 しかし、今日、欧州でもっぱら評判の日本人電子音楽家のひとり、タカマサ・アオキ(青木孝允)の音楽にそれはない。彼が何人だろうと、髪型がどうであろうと彼の人気とは関係ない。大阪出身のこの音楽家の作品の評判は、純粋な音としてヨーロッパ大陸で広がっている。
 彼は、新世代への影響力もある。赤丸急上昇の大阪のレーベル〈Day Tripper〉を主宰する25歳のセイホーがテクノを作るきっかけは、ヨーロッパへ渡航する前のタカマサ・アオキだった。

 2001年1月、東京の〈Progressive Form〉からデビュー・アルバム『Silicom』をリリースした彼は、その後、同レーベルからの諸作、そして〈Cirque〉やロンドンの〈FatCat〉、〈Op.disc〉や〈Commmons〉、ベルリンの〈Raster-Noton〉等々、さまざまなレーベルからコンスタントに作品を発表し続けている。どの作品もファンから好まれているが、とくに2005年に〈FatCat〉からリリースしたツジコノリコとの『28』(これはちとエキゾだが茶目っ気がある)、そして、〈Op.disc〉からの『Parabolica』(2006年)、〈Raster-Noton〉からの「Rn-Rhythm-Variations」(2009年)といった作品は彼の評判を決定的なものにしている。また、初期の頃は、オヴァルやSNDあたりのグリッチ/エレクトロニカ直系の音だが、〈Op.disc〉と出会って以降は、より強くダンス・ミュージックを意識するようになったと言う。

 今作『RV8』は、この7~8年のあいだに発表した12インチ・シングルの「Mirabeau EP」や「Rn-Rhythm-Variations」、今年に入って〈Svakt〉からリリースされた「Constant Flow」、これらミニマル・テクノの新しいヴァリエーションとしてある。エレクトロニカの実験精神を残しつつも、作品はファンキーに鳴っている。押しつけがましくはないが、確実にダンスのグルーヴを持っている。バランスが良いのだ。
 彼のファンクは上品で、アンビエントめいたところもあるので家聴きにも適している。ルーマニアのアンダーグラウンド・パーティの起爆剤としても使われ、アート・ギャラリーのBGMとしても機能している。サカナクションの音楽にもフィットするし、ヨーロッパを自由に往来する感覚はNHK'Koyxeиにも通じている。新作のマスタリングは砂原良徳、いま、タカマサ・アオキの音楽には、10年前よりもさらに多くの耳が集まってきている。

テクノは、ぜんぶの音楽の最終地点だという気がするんですよ。全ジャンルの......ダンス・ミュージックは当たり前だけど、クラシックも、ブレイクビーツも、レゲエも、ダブも......ぜんぶみんな......

青木君は、なんでそんなにテクノという言葉にこだわっているの?

青木:テクノは、ぜんぶの音楽の最終地点だという気がするんですよ。全ジャンルの......ダンス・ミュージックは当たり前だけど、クラシックも、ブレイクビーツも、レゲエも、ダブも......ぜんぶみんな......

ロックも?

青木:あ、ロックも......あるかもしれないですね、(小節の)頭にしかタイミングがないような、パンパンパンって(笑)。ギターのディストーションの質感とかね、あれもテクノだし、サカナクションのようなバンドもそうだし、ぜんぶの音楽の行き着く先がテクノだという気がしますね。

それは斬新な意見ですね(笑)。テクノとは、普遍的な音楽であり、雑食性の高い音楽であると。

青木:ハイブリッドの極みですね。そして、シンプリシティの極みというか......すべてシンプルにして、すべて飲み込んで、すべてどうでもいい、踊るーっということに意識を集中させるのがテクノだと思うし。そういう意味で、コンピュータも生音もふくめて、ぜんぶを統括するのがテクノだと思いますね。

すごいね。

青木:個人的にそう思っています。音も好きやし、字面も好きやし。

字面(笑)。

青木:アルファベットで書いてもカタカナで書いても。

自分の音楽のハイブリッド度合いは高いと思う?

青木:わからないです。自分はそれはただ意識して作っているだけなんで、それが他を比較してどうかはわからないです。自分ではそういうものなんだと思い込んで作っています。

青木君は、最初からテクノだったの?

青木:中学生のときから打ち込みの音楽が好きになって、高校生のときに機材持っている友だちに教えてもらって作った。ジャンルとかはぜんぜん知らなくて、ただ、自分が好きなリズムを打ち込んで作れるってところに興味があったんですよね。リズムに興味があったんで。それがテクノだろうがレゲエだろうがヒップホップだろうが、良いリズムであればなんでも良かった。

メロディよりもリズムだったと。

青木:リズムっすね。

なぜヒップホップにはいかなかったの?

青木:ヒップホップは作ってたんですけど......、ちょっと言葉汚い感じが自分には合いませんでした(笑)。

ハハハハ。

青木:でも、ヒップホップのトラックは好きですよ。だって、最初に作ったのはヒップホップでしたからね。自分で叩いた音か、レコードのドラムブレイクをサンプリングして作ってましたからね。ヒップホップのスタイルなんですよ。ブレイクビーツというのかヒップホップというのか、僕、そういうジャンル分けはわかんないんで。

リズムの面白さを追求するなら、それこそブレイクビーツ、ジャングルとかドラムンベースとか、他にもあるじゃないですか。そうじゃなくていまのアオキ君のスタイル、ミニマルな方向性に行ったのはどうしてなんですか?

青木:作為的なものよりも、問答無用に感動するほうに意識がいったかもしれない。「こうだから良い」とか、「この人だから良い」とか、ただ「良い」っていう。何も知らずに初めてそこに来た人が「良い」と思えるようなもの、「なんか知らんけど良い」っていうか。そういう思考を挟まない良さがリズムにはある気がしました。

ピート・ロックが作るビートだって、本能的に「良い」と感じてると思うよ。

青木:わからないです。ピート・ロック知らないです。

DJクラッシュでもプレミアでも、本能的に「良い」ということだと思うんだけど。

青木:僕、聴いてないんで、わからないです。

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F1とか、レースのエンジン音にすごく興味があって。あれって、アンプとかスピーカー関係なく、モノが燃焼によって鳴っているじゃないですか。スピーカーとか関係なく音が鳴るってところにすごい興味があって。ぜんぶのパーツがその回転させるためだけにあって、良い素材を集めてあの音が鳴るっていうところに美しさを感じて。


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青木君が本能的に「良い」と思った作品って何?

青木:ファンクのレコード、ドラムのブレイクとか、リズム、「誰か知らんけどココ良い」とか。

はぁ。

青木:そういう感じ。

いちばん最初に興味を持ったのは、エンジン音なんですか?

青木:F1とか、レースのエンジン音にすごく興味があって。あれって、アンプとかスピーカー関係なく、モノが燃焼によって鳴っているじゃないですか。スピーカーとか関係なく音が鳴るってところにすごい興味があって。ぜんぶのパーツがその回転させるためだけにあって、良い素材を集めてあの音が鳴るっていうところに美しさを感じて。

はぁ。

青木:クラブが、ダンスという機能のためにすべての機材があるように。とにかくあの鳴る感じがすごいと好きで、しかも美しい音で。野蛮で美しいところに。あんだけ金かけて、ただ速く走るためだけに金をかけているあのアホさ。

ハハハハ。

青木:それとダンス・ミュージックに近いモノを感じたんですよね。

エレクトロニック・ミュージックに行ったのは何故?

青木:自分に演奏技術がなかったのと、自分が欲しい音を作るとき、サンプラーとシーケンサーが便利だった。

最初はどんな風にはじめたの?

青木:高校生のときに同級生がたくさん機材を持っていて、そこでサンプラーの使い方とか教えてもらった。高校卒業した頃はバンドでやったりしていたんですけど、大学に入って、バイトして、やっとコンピュータを買えるようになって。98年ぐらいからですかね。

目標としていたアーティストっていますか?

青木:衝撃を受けたのは、エイフェックス・ツインとか、オウテカとか、SNDとか、......あとは......マイク・インクって人。あとは、名前は知らないですけど、ヒップホップのトラック、黒人のグルーヴの感じられるものは好きでしたね。失礼だけど、名前を覚えていないんで。

ブラック・ミュージックのことは本当に好きなんですね。

青木:子供の頃に影響を受けたのものはずっと残るのかなって。父親が聴かせてくれたスティーヴィー・ワンダーとか、マイケル・ジャクソンとか、そういうのはとにかく好きですよ。

そういう黒い感じを前面に出すような方向にはいなかったんですね。

青木:物真似はしたくなかったんですよ。日本人のフィルターを通してその影響を出したほうが良いだろうと思って。

僕は、青木君の音楽は、最初イギリス人から教えられたんだよ。昔から知っている某インディ・レーベルの人から、「タカマサ・アオキ知ってるか?」「すげー、良いよ」って何度も言われて。で、意識して聴くようにしたんですけど、結局、彼らが青木君の音楽のどこを「すごい」と思っているかと言うと、リズムだったりするんだよね。本当に、ビートなんだよね。

青木:そうなんですよ。それが問答無用に良いっていうことで、赤ちゃんが踊ってしまうのもリズムなんですよ。

サッカーはイギリス生まれなのに、イギリス以外の人たちがどんどんうまくなってしまったように、ダンスのリズムも、アフリカ起源だけど、いまでは人種を問わず、いろんな国にうまい人が出てきていると思うんですよね。

青木:僕もそう思います。DNA的に見てもみんなアフリカに行き着くし、根本的にはいっしょだと思うんですよね。そもそも、宇宙の摂理自体がひとつのリズムを持っていると思うから、宇宙のなかで生まれた人間には同じリズムが宿っていると思っているんです。それにいちばん正直なのがアフリカの音楽なんだと思います。

なるほど。先日、青木君は、スイスの〈Svakt〉というレーベルから12インチを出しましたよね。たまにレーベルをやっている人とメールのやりとりするんだけど、彼いわく「とにかく自分はタカマサ・アオキのファンで、リリースできて嬉しい」と。で、「君は何でそこまでタカマサ・アオキが好きなんだ?」と訊いたら、「ホントに彼の音が好きだ(i really like the sound he has)」と。「とてもピュアで、生で、アントリーティッドなところがね」と言ってきたね。

青木:向こうの人らは、そこで鳴っている音が良いか悪いかで判断してくれる人が多いんで、ヨーロッパはやりやすかったですね。

今日はぜひ、ルーマニア・ツアーの話をうかがいたかったんですが。

青木:あー、それ流れちゃったんですよね。ポーランドも。昔、ライヴでは行きましたけど。

ヨーロッパは何年いたんですか?

青木:7年。住んだのは、2004年から2011年です。最初の4年はパリで、あとの3年はベルリンに住んでましたね。

日本にいたらやってられないっていうか、ヨーロッパに可能性を感じて行ったんですか?

青木:ライヴのオファーが多かったんでね。2001年からライヴで、2~3ヶ月行くようになって、ギャラも良いですからね。日本は、年功序列もあるし......。

日本じゃ食っていけないと。

青木:ライヴでは食っていけなかったですね。僕らはCDでは食っていけない時代のミュージシャンなんで、ライヴやって、ライヴやって、それでお金を稼ぐしかなかったんですよ。駆け出しの頃は、ギャラがもらえるのって東京ぐらいだったんですね。でも、東京で何回もライヴをやることもできないし、ライヴ・セットを何回も変えるわけにもいかないじゃないですか。で、やりたくない仕事をやりながら、ちょこちょこ東京と大阪でライヴをやるんだったら、ヨーロッパに行ってライヴをやったほうが収入が良いと思って。

向こうにいってしまうと、ブッキングも増えるものなんですか?

青木:僕の場合は増えましたね。バルセロナのソナーに出たら、その影響で、ぶわーっと1年ぐらいブッキングが決まりましたね。で、次にいったら、別のオーガナイザーが来ていて、「おまえ、うちのフェスティヴァルに来いよ」みたいなね。「あ、行く行く」って、次決まるとか。それでぽんぽんぽんぽん、2年~3年やってましたね。
 能の勉強をするのにドイツ行っても意味ないように、ダンス・ミュージックが栄えたところはヨーロッパだと思うんで、その文化が栄えた場所の空気吸って、メシ食って、人と接して、社会感じて、それで初めて本質が見えると思って。自分が音楽を続けるなら、ヨーロッパに行ったほうが良いだろうと。

へー、すごいなー。

青木:いや、ずっと綱渡りですよ(笑)。ぜんぜんすごくないです。

いやいや、その行動力とか、素晴らしいですよ。しかし、せっかく渡欧して、成功したのに、帰国したのは何故なんでしょうか?

青木:いろんな理由があるんですけど、じいちゃんが死にかけてました。帰ってきて、1年だけでもいっしょに過ごすことができたんで良かったです。他に犬も死にそうやったんで。

日本が恋しくなったというのはなかった?

青木:ずっと恋しかったです。日本食もそうだし、母国語で喋れるのも良いし。ビザがいらないというのも最高やし。ヨーロッパも日本も自由であるけど不自由でもあるし、そのバランスをどう取るかっていう。まあ、7年もおったし、最初は3~4年で転々としたかったんですよね。だから、パリで4年、ベルリン3年、いま大阪2年目だから、次はどこに行こうかなと思っていますね。

生まれも育ちも大阪?

青木:そうですね。

関西って、面白い人がどんどん出てくるよね。NHKyxとか、セイホー君とか、マッドエッグとか。

青木:情報が関係ないんだと思いますよ。

大いなる勘違いの街だと思うんだよね。デトロイトやマンチェスターだって、大いなる勘違いの街だから。独創的なモノが生まれる。

青木:ハハハハ。そうかもしれないですね。あと、何かあっても「へー、そうなんかー」みたいな、情報をそのまま受け入れないっていうか、そういうところがあるんだと思います。

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ライヴでは食っていけなかったですね。僕らはCDでは食っていけない時代のミュージシャンなんで、ライヴやって、ライヴやって、それでお金を稼ぐしかなかったんですよ。駆け出しの頃は、ギャラがもらえるのって東京ぐらいだったんですね。


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青木君が作品を作るうえでのインスピレーションはどこにあるの?

青木:F1。

たとえば初期と後期......、え、F1!!!!

青木:F1。

そこまでFIが好きなんだ(笑)。

青木:F1と宇宙の摂理ですね。F1の音が入っているCDもあります。

へー。

青木:文明のあり方と宇宙の生成。

ハハハハ! 最高、それサン・ラーだね(笑)。

青木:サン・ラー(笑)。でもそれは、ほんまに、人間として当たり前のことやと思うんですよ。文明に毒されて思考が限定されると、どうしても文明がすべてになっちゃうと思うんですけど、でもそこから解放されると、宇宙がすべての源だとわかると思うんです。
 僕がF1に興味があるのは、宇宙摂理に反した文明があって、その文明の究極の形がF1だと思うんですよ。石油、技術、戦争、広告、地球の文明のいろいろなものが集中しているのが、戦争とF1だと思うんです。ふたつのうち戦争は、人殺しで、ださいし、かっこ悪いけど、F1は誰がいちばん速いんやということを何十億もかけてやるアホさと、凶暴なエンジンを持ちながら、そのできあがったマシンの美しさと、そういった多面性が現代文明を象徴している気がする。

文明としていま猛威をふるっているのはコンピュータだと思うんだけど。

青木:F1もコンピュータ無しではあり得ないですよ。

あー、そうか。

青木:制御にしても、管理にしても。F1は軍事と同じで、地球上のすべての技術が集約されているんですよ。公開されている技術ですね。

つまり、ツール・ド・フランス(by クラフトワーク)なんて言ってる場合じゃないと。

青木:いや、別にそれはそれで良いんですけど。僕も自転車大好きなんですけど。人力も良いけど、作ったものを乗りこなすっていうのに興味があるんです。

そうした青木君の写真機に対する偏愛と繋がっているの?

青木:いや、写真は、地球に初めて来たっていう気持ちで、「アホやな地球文明。まだモノ燃やしているわ」とか。

ハハハハ。

青木:まだ競い合って、争って、どんぐりの背比べしているっていう。まだ自然を破壊してコンクリートの建物たてているっていう、その面白さ。それを記録する気持ちで。

そんなシニカルな......それは機械が好きだからっていうことではないんだ?

青木:機械も好きですけど、「地球オモロイ」みたいな感じですね。「地球、変なとこー」みたいな(笑)。

初期の頃からそうだったんですか?

青木:疑問に思うことが多かったですね。「なんでそんなことせなあかんの」とか。

「地球オモロイ」は、いろんな思いが詰まっているんでしょうけど、やっぱ国境を何度も超えながら思ったことでもあるんですかね?

青木:それもあります。そして、国境を何度も超えたことで、わかったこと、自分なりに理解できたこと、腑に落ちたことが多くて。自分の疑問に対する答えでもあったし。

F1は実際に観に行ったの?

青木:いや、日本では行ったけど、ヨーロッパでは行ったことがないです。ヨーロッパって、ほんま階級社会だから。サッカーはいちばん下のスポーツで、F1やクリケットや乗馬はほんまトップの階級のモノですね。

そんな糞忌々しい文化を(笑)。

青木:いや、糞忌々しくないです(笑)。その人たちはただ生まれながらにそうなっているだけなんで。生まれてから金持ちなんでね。

なるほど。青木君は、もうひとつ、ダンス・ミュージックということを強調するけど、世のなかにたくさんのダンス・ミュージックがありますよね。EDMっていうんですか?

青木:いや、知らないです。

なんか、ダンス・ミュージックが大流行なのね。たとえば、DJでも、アニメの歌とかアイドルの曲とかアッパーなハウスをまぜるような人がけっこういて、それで踊っている人もいるのね。そういう音楽もダンス・ミュージックなわけですよ。自分がやっている音楽とそういう音楽もダンスという観点で見たら等価だと思いますか?

青木:ダンス・ミュージックには、魂が入っているモノと装飾だけのモノがあると思うんですよ。それは音楽全般に言えることですけど、そこに魂が入っていれば、同じだと思います。

その魂というのは、別の言葉で言うとどういうことなんだろう?

青木:純粋な思いじゃないですかね。「○○っぽいのを作ろう」じゃない音楽。

ヨーロッパなんかとくにダンス・ミュージックが根付いているからいろいろなモノがあるじゃないですか。そういうなかで好きなモノを嫌いなモノもあったわけでしょう?

青木:自分は作っているばっかで、あんま聴いてないので、うまく答えられないですね。ただ、ライヴで呼ばれて、その場で他の人の音楽も聴いて思うのは、あまりにも自己主張が強いダンス・ミュージックはちょっとしんどかったですね。

自己主張が強いモノね、なるほど。

青木:そうじゃない人のほうが踊りやすかったですし、心地よかったですね。

ダンスを強制するようなものは好きじゃない?

青木:そうですね。うぉぉぉぉーみたいな、そういうのが好きな時期もあったんですけど。歳のせいかもしれませんが。

アンビエントというコンセプトは意識している?

青木:自分が聴いてきた音楽のハイブリッドがテクノなんで、当然、アンビエントもそのなかに入っています。しかも、いまのステレオの技術では、わりと簡単に立体音像が作れるんですよね。たとえミニマルであっても、そのなかにアンビエントを挟み込むことができるんです。そういう意味では意識していると言えますね。
 僕もジャンルに詳しいわけじゃないんで、アンビエントが何なのかよくわかってないんですよね。それでも、打点のない、ビートがないけど、リズム感のあるような音楽は好きはですね。

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自分が聴いてきた音楽のハイブリッドがテクノなんで、当然、アンビエントもそのなかに入っています。しかも、いまのステレオの技術では、わりと簡単に立体音像が作れるんですよね。たとえミニマルであっても、そのなかにアンビエントを挟み込むことができるんです。そういう意味では意識していると言えますね。


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最近、日本の作品で、お金を出して買ったCDは何ですか? 

青木:キリンジ。

どういう人?

青木:ふたり組の。めちゃくちゃ良いですよ。

詳しいなー(笑)。

青木:それは京都在住のDJのkohei君が教えてくれたんですけどね。すごい音楽に詳しい先輩で、魂籠もった音楽をよく知ってはるんです。

レコード店はよく行く?

青木:行ってないですね。お金がなくて。機材買うお金とレコード買うお金は両立できないです。ほんまにDJで使いたい曲があるときは行きますけど、それ以外では行かない。

青木君は機材に対してはどう考えているの? 90年代末はちょうどソフトウェアを使いはじめた時期だったけど、最近はまたモジュラー・シンセが流行ったり、いろいろ考えがあるじゃないですか。

青木:レーサーと同じで、自分のフィーリングに合ったマシンが欲しいですね。ベースの鳴り、キックの密度、ハイハットのシャープさ、シンセの広がり、温かさ、そういうのが自分の感覚に合うかどうかで判断していますね。それがぜんぶ組み合わさったときに自分なりのドライヴができる。まあ、そんなに機材を買えるほどのお金もないんでね、昔のヤツをずっと使ってますけど。

ライヴの本数はいまも多い?

青木:ずっと多いです(笑)。

コンピュータを持ったブルースマンみたいだね。機械を持って世界のいろいろなナイトクラブを回って、演奏して、金を得るみたいな。

青木:不思議な仕事ですよ。みんなが踊っているのを見ながらやっているというのは。純粋に楽しいです(笑)。

日本では〈ラスター・ノートン〉を支持している層とフロアで踊っている層との溝があるように思うんだけど、ヨーロッパでは実験性とダンス・ミュージックがしっかり重なっているんでしょうか?

青木:正直、自分のことで精一杯だったんで、ヨーロッパのシーンのことまでわからなかったんですけど、やっぱ、金払って実験みたい人って、そんなにいないと思うんですよ。自分やったら、実験のためだけには行かないです。ダンスがあるから、そこに金払っても行きたいと思うんで、そこは重要かなと思いますね。僕は、自分の音楽が人の心を高揚させて、日々のストレスを忘れさせて、良い気持ちになってくれたら最高なんです。それだけですね。すべてに対してアウトサイダーかもしれないですね。シーン関係ないし、ジャンル関係ないし......。

今回のアルバムの収録曲には曲名が"rhythm variation 01"とか"rhythm variation 02"とか、順番に数字になっているじゃない?

青木:意味を持たせたくないからです。ダンス・ミュージックに意味はないからです。思考が働かないほうが、無心に踊っているほうが自分をより解放できるし。

曲名がある作品もあるじゃないですか。

青木:仕方なく......ですね。

はははは。

青木:字面とかね。もちろん、言葉があったほうが曲に入りやすいかなと思って付けたものもありますけど、今回に関しては、踊るためだけなんで。

この先、やってみたいことは何でしょうか?

青木:F1のエンジンを使って。

ハハハハ。

青木:音源としてF1のエンジンを使いたいですね。

シュトックハウゼンのヘリコプターみたいだね(笑)。でも、鈴鹿サーキットって、日本でいちばん爆音を出せる場所かもね。

青木:いつか、野外フェスでライヴをやって、トレイラーで、「AOKI LIVE powered by HONDA F1」とかやりたいですね。

ハハハハ。

青木:子供の頃、レーサーになりたかったんです。いまでもレーサーになれるなら、音楽とかぜんぶ止めてなります!

わかりました。今日はどうもありがとうございました。

Latin Quarter (Pan Pacific Playa) - ele-king

https://soundcloud.com/latinquarter_ppp
https://www.panpacificplaya.jp/blog/

DJの予定
5/25 福岡 Megaherz https://www.megahertz.jp/pickup.html
6/14 藤沢 Freeculture
6/22 渋谷 Koara https://www.koara-tokyo.com/

最近DJの際に持っていきがちなモノ


1
Robert Staruss - Slow Dancing - BBE

2
Robert Strauss - Party In My Body -BBE

3
Nick Nikolov - Come Down - Liebe Detail

4
CLASSIXX - Holding On (Losoul Remix) - Innovative Leisure

5
Randomer - This Train - Hemlock

6
Dajae - Day By Day (Cajmere Extended Mix) - Cajual

7
Syclops - Sarah's E With Extra P - Running Back

8
Physical Sound Sport - Nigeria Game - JAZZY SPORT

9
Whitney Houston - Million Doller Bill(Frankie Knucles Directions Club Cut) - Unknown

10
xxxx - Kahlua and Milk 1989EDIT - unreleased

Washed Out - ele-king

 梅雨前のこの時期こそ、日本にとって最高の季節ですな。竹内のようにトーフビーツや大森靖子を通勤のBGMにしたり、住所不定無職を家聴きしているあつい男がいるいっぽうで、インクやライの家聴きを楽しんでいる野田のような疲れた男もいる。いずれにせよ、この最高の初夏の後には最悪な梅雨が待っている。そして、それさえ乗り越えれば、夏だ。
 チルウェイヴのエース、ウォッシュト・アウトがセカンド・アルバムをリリースする。橋元が喜び、木津は耳をふさぐであろう、が、第三者から見れば、ライもウォッシュト・アウトも同類である。そう、ピュリティ・リングも......。
 『パラコズム』というアルバム・タイトルで、コンセプトは『指輪物語』で知られるJ・R・R・トールキンやC・S・ルイスの『ナルニア物語』のようなファンタジー小説や架空の世界にインスパイアされている。と資料に記されている。「逃げる」が主題である。
 "ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー"のメロトロン・サウンドからの影響、あるいはレゲエのリズムが入るなど、デビュー・アルバムとは比較にならないくらい音楽的な展開がある。前作の籠もった感覚は新作にはなく、解放的だ。この音楽はあなたをすっかり骨抜きにするだろう。ウォッシュト・アウトのセカンド・アルバム『パラコズム』8月7日、日本先行発売! 
(※ちなみに次号の紙ele-kingでは「この夏オススメの部屋聴きchillout特集あり。ウォッシュト・アウト=アーネスト・グリーンのインタヴューも掲載予定っす)

Savages - ele-king

 UKネオ・ポストパンク・バンドの雄(いや、雌というべきか)みたいな呼び方をされるバンドだが、実は、初めて彼女たちの演奏を映像で見た時、あんまりUKっぽくないなあ。と感じたのであった。それは、イアン・カーティスの伝記映画『コントロール』を見たときの印象に似ていた。なんかあれも、UK臭が希薄だった。というか、しゃれ過ぎていた。ヨーロッパ大陸の映画みたいだったのである。
 ヴォーカルのお嬢さんのせいかな。と思った。いまどきの英国に、こういう詩情ある佇まいの女の子は珍しい。が、一見するとスージー・スーとシネイド・オコーナーの娘のようなジェニー・ベス(本名はカミーユさん)が、"Shut Up"のPV冒頭で、べたべたにフレンチ訛りの英語でバンドのマニフェストを喋っているのを聞いて腑に落ちた。彼女、おフランスの人だったのである。
 どうりで、UKポストパンクというより、ポストパンク・ノワール。みたいな感じなわけだ。猥雑で何でもありだったUKポストパンクのカラフルさは、彼女たちの音楽にはない。どこまでもストイックで、あくまでもノワール(黒)で、芸術家然とマニフェストまでぶちかましてしまう。『NME』がレヴューで、「もうちょっとユーモアがあったら」と評した所以だろう。
 サウンドは、「ポストパンク・カラオケ」などと評する人もいる。ジョイ・ディヴィジョン、ザ・バースデイ・パーティ、スージー・アンド・ザ・バンシーズ、ワイアー、フォール、ギャング・オブ・フォー、バウハウス。いくらでもリファランスは出て来る。が、このお嬢さんたちのカット&ペイストには、茶化しの精神や、妙にロマンティックな過去へのリスペクトはない。ただ、息詰まるような行き詰まりのアンガーが感じられるだけで。
 息詰まりと行き詰まり。などと駄洒落で遊んでいる場合ではない。この国の若者たち(UKに住む、すべての国籍の若者の意)は、そこまでイキヅマッテいるのだろうか。

 ジェニー・ベスが書く言葉は、当然ながらネイティヴの英国人が書く歌詞とは違う。だからなのか、マニフェストなどぶちかますバンドにしては、言葉じたいは拍子抜けするほどシンプルだ。

 I am here
 I won't hide
 I am shouldering you
 This is easy
 This is not hard

 たしかにイージーで、ハードではない。邦訳の必要はないぐらいだ。そしてそれは彼女たちの絶対的な強みでもある。なぜなら、英語が多くの人びとにとって共通の第二言語となったこの世界で、誰もが原語のまま聴ける音楽を作ることができるからだ。ポストパンクは、「世の中に新しいものが生まれるとすれば、それはハイブリッドだ」という坂口安吾の言葉を体現したようなムーヴメントだった。サヴェージズも、一見とてもUKで、イキヅマッテいるようでいながら、実は混血であり、UKの外に開かれている(そもそも、純血への拘泥や鎖国幻想は、進化の否定であり、滅びのはじまりである。いい若い者が、イキヅマリなど志向してどうするのだ)。

 さらに、直接的で無駄を削ぎ落とした言葉は、逆説的な広がりを持つ。
 「起きたら一人の男の顔があった こいつ誰なんだろう 両眼がない こいつがいると落ち着かない こいつのせいで落ち着かない ああ不安になる」という"Husbands"は、ワンナイト・スタンドの歌のようでもあるが、聞く人によって「男」の定義づけは広がる。ワンナイト・スタンドの相手を単なる性器扱いにせず、「私の夫たち 夫たち 夫たち」と、いきなり法的制度で契約を交わした相手にして反復するあたり、これは実は男ではなく、社会的に圧迫感のある相手を呪詛し倒している歌じゃないかとも思えてくる。
 例のマニフェスト(ジャケットにもプリントされている)にしても言い回しはシンプルだ。「全てを解体したら、どうやって再び作るか考えないとね」というのは、ポストパンクのマニフェステーションそのものだが、「黙んなさい」というのは、凄い言い切りである。
 黙って私たちの音楽を聴け。なんて、そんな不敵な気負いをぶち投げて来たのは、UKギター・バンド復権の年にあってもこのお嬢さんたちだけだ。こんな大上段に構えた気概を持ってシーンに登場した女子バンドは、思い返してみても、ザ・スリッツ以降はいなかった。というか、もはや女子バンドの括りに入れるのがおかしいのかもしれない。サヴェージズは、余裕で男たちのバンドより格好いいからだ。パーマ・ヴァイオレッツだ何だとフライングする人もあったが、わたしは彼女たちを待っていた。

 とは言え、「黙って聴け」というわりに、革新的なサウンドやアイディアはファーストではまだ出ていない。が、スピリッツには何かただならぬものを感じる。
 おそらく、このアルバムはほんの始まりである。これから伸びて行ける幅が大きく残っている(個人的には、ニック・ケイヴのバラードのような最後の曲"Marshal Dear"に2枚目への伏線を感じた)。彼女らは、全然イキヅマッテいない。

Heavy Hawaii - ele-king

 ここはタブーのない世界ですよ、というところに連れて行かれたら、われわれは、じゃあ思い切りタブーを犯してやろうと考えるだろうか? そう考えられる人はむしろ大物というか、将来何か偉業を成し遂げるかもしれない。多くの人は、たぶん、ただ弛緩するのではないかと思う。「やってはいけないことがない」→「よかったあ」である。タブーのない世界はただちに「無法地帯」を意味しない。......ヘヴィ・ハワイとはそんな場所のことであるように感じられる。このサンディエゴのデュオは、奇妙なリヴァーブを用いながら安心して弛緩できる空間を立ち上げてくる。

 あまりにもキャンディ・クロウズな"ウォッシング・マシーン"からはじまるこの『グースバンプス』は、彼らの初のフル・アルバム。最初のEP『HH』がリリースされたのが2010年で、キャンディ・クロウズの『ヒドゥン・ランド』も同年だから、なんとなく髪の色のちがう双子のように感じられる。ドリーム・ポップというマジック・ワードが、まさに多彩な方向へと実をつけた時期だ。これまでも散々書いてきたところなので詳細は割愛するが、それはベッドルームが舞台となり主戦場となった数年でもある。三田格が『アンビエント・ミュージック 1969-2009』に1年遅れで収録できなかったことを悔やんだキャンディ・クロウズが、おとぎ話のようにフィフティーズの映画音楽を参照したのに対し、ヘヴィ・ハワイはビーチ・ポップからネジを抜き去る。前者を浮遊と呼ぶなら、後者は弛緩。ふわふわとぐにゃぐにゃ。どちらも似たプロダクションを持っているが、音色は対照的だ。

 もともとは4人ほどの編成で活動していた彼らは、ウェイヴスのネイサン・ウィリアムスらとともにファンタスティック・マジックというバンドを結成していたこともあり、〈アート・ファグ〉からリリースしている背景にはそうした人脈図も浮かび上がる。ガールズ・ネームズとスプリットをリリースしたりもしている。レトロなサーフ・ロックをシューゲイジンなローファイ・サウンドで翻案し、ときにはポスト・パンク的な感性もひらめかせながら2000年代末を彩った一派のことだ。そのときもっとも新しく感じられたサイケデリック・ムードである。シットゲイズと呼ばれた音も彼らと共通するところが大きい。ヘヴィー・ハワイの弛緩の感覚は、ただしくこの系譜に連なるものであることを証している。
 ただし、いかなる様式化も拒みたいというようにぐにゃぐにゃしている。"ファック・ユー、アイム・ムーヴィング・トゥ・サンフランシスコ"や、"ボーン・トゥ・ライド"のように軽快な2ミニット・ポップをスクリューもどきに変換してみたり、ボーイ・リーストリー・ライク・トゥの皮をかぶったパンクス・オン・マーズといった感じの"ボーイ・シーズン"、幻覚のなかで出会うペイヴメントと呼びたい"フィジー・クッキング"などをはじめ、隙間の多いアリエル・ピンク、ピントの合わないユース・ラグーン、ちゃんとしてないザ・ドラムス、ザ・モーニング・ベンダース......いくらでも形容を思いつくけれども、とにかくユルんでいるからそのどれでもないという、ある意味で強靭なボディだ。

「あんまりマジにビーチ・ボーイズ・リスペクトとか言うなよ」という、2010年当時のビーチ・ポップ・モードに対するひとつの回答であるかもしれない。カユカス(Cayucas)のような、ザ・ドラムスやザ・モーニング・ベンダースらからほとんど更新のない音を聴いていると、彼らの骨を一本一本抜いていくようなヘヴィ・ハワイの音の方が間違いなくリアルだ。少し90年代のハーモニー・コリンを思わせるジャケットは、ぼんやりとしたエフェクトや図像を好むドリーミー・サイケのアートワークとは対照的に、クリアな視界のまま夢を見るという矜持があるようにも感じられる。そう思って眺めれば、ここでエフェクトではなく消化器でモヤを張って作られているバリアには、ここ最近というよりはナインティーズ的なフィーリングが顔をのぞかせているとも思われてくる。まあ、ぜんぶ筆者の妄想の域だけれども。

interview with The National (Matt Berninger) - ele-king

 スティーヴン・スピルバーグの『リンカーン』は伝記映画ではなく、黒人奴隷を合衆国全土から解放するための憲法修正案を下院で通すためにリンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)が行った政治工作の描写にほとんどの時間を費やしている。保守的な議員には見返りを与える代わりに票を求め、逆にあまりに急進的な議員(トミー・リー・ジョーンズ)には「みんなビビるから、まあ、ちょっと妥協してくれや」と言うのである。何としてでも、修正案を通す......その執念に駆られた男の物語。つまり、100年後実現しているかもしれない理想のために、「いま」見失ってはならないものについての映画であり、ここにはふたつの時間が出現しているように思える。つまり、過去から見た未来としての現在と、未来から見た過去としての現在だ。前者については、ここから黒人の大統領が誕生するに至るまで、を思わせるし、後者については、未来のアメリカのために医療保険改革に奮闘(し、票集めを)したオバマ政権が重なって見えてくる。いま見失ってはならないもの......スピルバーグはそれだけ切実に現在のアメリカを見ているということだろうし、また、「見失った」日本に住むわたしたちには重いものである。

ひるませるような屈辱の白い空の下で
"ヒューミリエーション(屈辱)"


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 ザ・ナショナルはいつも、「いま」を生きる名もなき人びとの物語を歌っている。だが、その現在は自覚的でも気高くもない。「彼ら」がいるのはいつもそんな場所である。屈辱、後悔、悲哀、諦念、混乱、卑屈さ......そういったものに囚われて、身動きが取れない人間たちの歌を、ヴォーカルで歌詞を担当するマット・バーニンガーが韻を踏みながら滑らかなバリトン・ヴォイスで歌う。
 バンド・メンバーは仕事をしながら音楽活動をする時代を経て、サウンドの緻密さとスケールを増すことで世界に評価され、そしてその言葉においてアメリカで絶大な支持を得るに至った。前作『ハイ・ヴァイオレット』のレヴューにおいて、『ピッチフォーク』は「もしザ・ナショナルがたんに良いだけでなく重要なのだとすれば、それはロック・バンドがあまりうまく描かない瞬間というものを描いているからである」とし、『タイニー・ミックス・テープス』はそこに描かれた沈痛さを「時代精神」と呼んでいる。その歌のなかには、アメリカの内部で埋もれそうになっている生が息づいていたのである。

 先の選挙戦におけるオバマの支援ライヴ、同性婚支持のアーティストが集まったコンサートへの参加などを経て発表される『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』においてもまた、作品のなかには政治的なメッセージがあるわけではない。厄介ごと(トラブル)に見つからないように怯える人間たちの取るに足らない日々が、しかし詩的な言葉で表現されている。双子のアーロン兄弟のサウンドはより思慮深さを増し、英国ニューウェーヴやポスト・パンク、レナード・コーエンのフォーク、ポスト・クラシカル......といった要素が丁寧に織り込まれ、静かな高揚や陶酔を湛える。知性と理性をもって。
 ザ・ナショナルがたんに良いというだけでなく重要なのだとすれば......それは、彼らの描く物語がヘヴィなときでさえ、そこには音楽的なスリルと色気が宿っているからである。自らの死を甘美に夢想する "ヒューミリエーション"は、クラウト・ロック調の反復でじわじわとその熱を上昇させる、が、沸点に達することなく終わっていく。それはまるで、地面に足をつけて生きる人びとをそっと鼓舞するかのようだ。

 ザ・ナショナルが日本にもいれば......と僕は思わない。マットが以下で話しているように、彼らは何もアメリカに生きる人びとに向けてのみ歌っているわけではない。この歌はとくに進歩的でも立派でもない、「いま」を見失いそうなあらゆる人びとのそばで鳴らされている。ポスト・パンク風の"ドント・スワロー・ザ・キャップ"では「俺は疲れている/俺は凍えている/俺は愚かだ」と漏らしながら、しかしこう繰り返されるのである......「俺はひとりじゃないし/これからもそうはならない」。

自分たちがやっているロック・バンドに興味を持って、ロック・ソングに注目して聴いてくれる人がいるのが、どんなにラッキーなことか、どんなに恵まれているか......。

今日はお時間いただいてありがとうございます。家にいるんですか?

マット:ああ、ブルックリンにいるよ。

新しいアルバム『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』を聴きました。素晴らしいアルバムだと思います。

マット:それはよかった。ありがとう。

そのアルバムの話に入る前に、ここに至る数年の間に起きたバンドに関係あるかもないかもしれないいくつかの出来事について振り返ってコメントしていただきたいのですが......。

マット:ふむ。

ひとつはR.E.M.。あなた達にとっても音楽的にお手本のような存在だったバンドだと思いますが、彼らがあの時点で解散を決めたことについて何か思うところはありましたか。

マット:まず、彼らが僕らにとって道しるべとなる灯りのような存在だったのは、その通り。とくに、マイケル・スタイプは僕らのバンドの友だちであり、一時期は擁護者でもあった。彼からは本当に良いアドバイスをいくつももらったし、そんなアドバイスのひとつに、けっして当たり前だと思うな、というのがあったんだ。自分たちがやっているロック・バンドに興味を持って、ロック・ソングに注目して聴いてくれる人がいるのが、どんなにラッキーなことか、どんなに恵まれているか......と。それがひとつ。
 あと、彼はすごく洞察力のある人だ。友だちや兄弟のような存在だといっても、やっぱりバスのなかでいっしょに暮らすように旅をして回るのは大変なことで、ときとしてバンド内の状況が悪くなる場合もあるわけだよ。彼も彼のバンド・メンバーも、そんな暗い時期を何度も経験して、くぐり抜けてきた。そんな彼が僕に言っていたのは、「忘れちゃいけないのは、バンド以前に友だちだということだ。バンドより先に友だちだったことを忘れちゃいけない」ということで、僕らはまさに友だちであり兄弟であるところからはじまっているバンドだから、彼に言われて、バンドそのもの以上に個人的な繋がりを重んじるということを改めて大切に考えるようになった。あれは良いアドバイスだったよ。
 彼らの決断は、要はバンドとしてレコードを作るのをやめる、ということだと僕は理解しているけれど、そうだな......どうなんだろう。まあ、僕としてはそれを尊重するよ。個人的には彼らにもっとレコードを作ってもらいたいと思うし、あそこで立ち止まらないでほしかったけど、彼らの選択は尊重したいと思う。状況は変わるもので、それはそれとして人生の違う段階へ進まざるを得ないときだってあるさ。そうすることに決めた彼らの選択は、とてもエレガントで美しいものだったんじゃないかな。これでもし将来、彼らがまたレコードを作ることになったとしても、それを侮辱するひとはいないだろうし。とにかく、彼はものすごく品のあるひとだ。ものすごく良いひとで、頭の良いひとでもある。彼のすることなら、何であれ僕は全面的に認めるし尊重する立場だ。

ありがとうございます。もうひとつは、「俺たちは自分たちで支え合う(We take care of our own)」と歌ったブルース・スプリングスティーンについてなのですが。あのメッセージに共感するところはありましたか。

マット:そうだなあ......わからないや、というか、あまりよく把握していないんだ。ブルース・スプリングスティーンとの関わりはいままでに無かったわけじゃないけれど、この件については、はっきりしたことは言えない。「We take care of our own」という彼のメッセージに関しては、僕らにそのままあてはまるものだとは思わないし、確信も持てない。その点においては、あまり繋がりは感じないな」

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僕らが熱心に政治的な活動をしたり社会的な意識を強く持っているのは個人として、つまり僕ら5人がそれぞれにやっていることであって、僕はこのバンドがそうだとは思っていないんだ。

少し変わった質問からはじまってしまいましたが――。

マット:いや、いいんだけど。

こういった質問をしたのは、ザ・ナショナルもいま、かつての彼らのような、オルタナティヴなロック・ミュージック・シーンをリベラルな側から代表する存在になっているのではないかと考えたからです。

マット:ああ。

いまの答えからすると、必ずしもそれは自覚的ではない?


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マット:いや、言ってることはわかるんだ。ただ、「we take care of own」という、あのメッセージに関しては、曲自体が何を言おうとしてい るのか僕がちゃんと把握できているかどうかわからないんで、こういう返事になってしまう、ということで。まあ、僕らもオバマを支持したりなんかしてきたから、そういうレッテルを貼られている部分はあると思う。とくに、海外から見ると僕らはものすごく政治的に熱心に動いている、政治的な意識の高いバンドであるかのような印象を受けるかもしれない。実際そうだしね。ただ、僕らが熱心に政治的な活動をしたり社会的な意識を強く持っているのは個人として、つまり僕ら5人がそれぞれにやっていることであって、僕はこのバンドがそうだとは思っていないんだ。マイケル・スタイプだってそうだったんじゃないかな。
 オバマの件......対立候補ではなくバラク・オバマの支援に回ったのは、ああいうケースにおいては自分の立場を決める必要があるからにすぎない。僕はいまだにアメリカは本来あるべき状況から20年遅れていると思っている。社会問題の進展具合からすると、ね。甚だしく遅れている。オバマになってからも、まだ全然本来あるべきところに到達していない。アメリカはつねに後ろ向きな勢力との闘いがあって......まあ、どの国にも似たような状況はあるんだろうけど、アメリカには極めて後ろ向きで保守的な動きがあって、とくにここ10~15年はそれが非常に危険な様相を呈している。ジョージ・W・ブッシュの時代はもちろんだったけれど、もっと最近になっても、悪い連中が力をつけて危険になっている......ということは僕もはっきり言えるし、そういった問題はロック・バンドなんかよりずっと重要なんだよ。だけど、僕らの音楽がリベラルであるとか、進歩的であるとかいうふうには思わない。むしろ僕らの音楽は、単純にロマンスと恐怖心についてのものがほとんどから。

よくわかります。日本もまさにいま、そういう状況がありますし。

マット:うん。

乗り越えていけたらいいのに
だけど僕は悪魔と共に身を潜めてる
"デーモンズ"

そしておっしゃるように、ザ・ナショナルの曲に描かれているのはアメリカの普通のひとたちの日常であり感情ですよね。ただそれが、アメリカの真ん中あたりの、とくにリベラルでもなさそうな人びとのことを描いているようも思えます。あなた方がニューヨークという大都市を拠点にするリベラルなバンドなのになぜだろう、と思うこともあるんです。たとえば、前作の"ブラッドバズ・オハイオ"や、"レモンワールド"の「ニューヨークで生きて死ぬなんて、俺には何の意味もない」というフレーズに、そんな印象を受けるのですが。

マット:うーん、たぶん僕の視点というのは、こう説明した方がわかってもらえるかな。要は、どこに属しているのか自分でもわかっていないひとの視点だと思うんだよね。ニューヨーカーでも、アメリカ人でも、あるいは男でもない。もちろん、そういう事実に影響されていないとは言わないけれども、アメリカのニューヨークに住む白人男性であるという事実は、わずかな......ごくごく小さな、小さな要素でしかない。僕らの曲が言わんとしていることへの影響は、ごくごく微々たるものだと思う。だから、例えば世界の......どこでもいいや、どんな人種でもいい、どこかの女性が聴いても恐らく共感してもらえると思うんだよね。その、僕が考えていることに対して、それも、かなり近い形で。

なるほど。

マット:とにかく僕はそう思うんだ。僕の興味をひくこと、わくわくさせることは、アメリカ人だから、でも、男だから、でも、アメリカの白人男性だから、でもない、と。僕にとって重要なこと、僕が考えたり書いたりしていることは、たぶん......これは僕の推測だけど、たぶん同じことを考えて、同じように感じているひとが大勢いるはずなんだ。そういう、大きなことなんだよね。大きな......普遍的なこと。

いまの僕は善良 しっかりしてる
背が前より高く見えるとデイヴィは言う
だけどそのことが理解できないんだ
どんどん小さくなってる気がずっとしてるから
"アイ・ニード・マイ・ガール"

たしかに。そうやってあなた方の曲は日本のリスナーにも響いているわけですが、しかし、そこには不器用で苦しんでいるひとが多く登場しますよね。

マット:ああ。恐怖心、不安、あとは......喪失感、悲しみ......そして愛。そういうのは誰でも理解できる感情だから。ムラカミ(村上春樹)なんかは、僕からするとまったく違うところから出てきたひとだけど、彼の書いていることを僕は理解できる......と思う。それも、彼が書いているのがそういう大きな、当たり前の......いや、当たり前ではないにしろ、人間の心の、人間関係の素晴らしさを......素晴らしさと、あと悲しみもちゃんと描いているからだと思う。

たしかに、個人的なことを書いているようで、それが普遍的なテーマになる、というのはありますよね。あなたの場合も、あくまで個人的なことを書いているんだけれども、それが結果的にアメリカのポートレートになっていく。

マット:うん、僕自身は「これが僕の感じていること、考えていることですよ」と言っているだけなんだ。自分なりに推測すると、僕が自分に対して正直にそういったことを書いているから、他のひとにも伝わるんじゃないか、と。こんなことにこだわっているのは自分だけなんじゃないか、という恐怖心は、じつはつねにある。

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ニューヨーカーでも、アメリカ人でも、あるいは男でもない。もちろん、そういう事実に影響されていないとは言わないけれども、アメリカのニューヨークに住む白人男性であるという事実は、わずかな......ごくごく小さな、小さな要素でしかない。

なるほど。では音的な話を。新しいアルバムには、あなたたちが影響を受けてきたであろうさまざまな要素――パンク、70年代のシンガーソングライター、イギリスのニューウェーヴ、90年代のオルタナティヴ・ロック、クラシック音楽など――が見事に融合しているように思えますが、制作にあたってバンド内で合意していた音的なテーマはあったんですか。


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マット:いや、僕らはあらかじめレコードについて話し合うということはしない。それどころか、完成するまで方向性の確認なんかしないに等しい。......うん、昔はもっと話し合っていたけれども、最近はむしろ、曲が勝手に発展していくに任せて、僕らはその後を追いかけていく、という感じ。今回、ある程度自分たちが自信を持っているという自覚はあったように思うよ。いままでのレコードだったら入れていなかったかもしれないような、聴いた感じがセンチメンタルすぎる曲とか、古風すぎるからもっとクールに、モダンにしたい、とかいう曲が出来ても今回は気にせずに、とにかくどんどん書いて、僕らが恋に落ちた要素を素直にレコードにしていったんだ。
それを後から改めて聴いたいまだからわかるのは、ああ、ここには僕らの大好きなものや影響が集約されているな、ということ。ニュー・オーダーからロイ・オービソンにまで及ぶ僕らのレコード・コレクションの、あっちもこっちも入っているな、とね。でも、いずれにせよ意識的ではなかったし、戦略会議のようなものは僕らにはあり得ない。いろいろなもののミックス――漠然としたミックス――が僕らで、いまとなってはそれ自体が意味を持つようになっている。だからもう、話し合いは必要ないんだ。

つまり、これぞザ・ナショナルのサウンドだ、という作品だ、と。

マット:思うに、たぶんこのレコードは......うん、最もピュアかもしれないね。良い曲を書くということ以外には何も考えていなかった、という意味で、良し悪しは別として僕らの本質をいままでの作品以上に体現しているんじゃないかな。

はい。では、これが最後の質問になりますが。はじめの方でお話したようなことを踏まえて、あなた方はアメリカのバンドだということに意識的ですか。

マット:ふむ......意識はしてないよ。だけど、きっと音楽には僕らの気づかない形で滲み出てはいるんだろうな。アメリカ的なバンドでありたいと思っているわけではないし、アメリカのバンドであることを重要視しているわけでもないし、アメリカに対しては僕なりにたくさん愛情を感じている一方、それと同じくらいの怒りとフラストレーションも感じているし、だからといってアメリカのバンドであるということを意識するかというと......いや、してないな......うん、僕は自分たちがアメリカ的なバンドだとは思わないよ。音楽的な影響でいったら、英国のバンドや、どこの国か知らないけれどもクラシックのコンポーザーとか、作家ではムラカミだったりするわけで、そういうものから受けた影響は、恐らくアメリカ的なものから受けた影響に勝るとも劣らない。アメリカ人がやっているバンドである以上、DNAの一部であり成長過程の一端であるアメリカ的なものは否定できないし、僕らの音楽の一部にも間違いなくなっている。それはこれからもなっていくんだろうけれども、僕らはそのことにことさら意識的ではないし、それだけのバンドだとは思っていない、ということだ。

Charles Bradley - ele-king

 1948年生まれ、少年期をニュー・ヨーク/ブルックリンで過ごしたチャールズ・ブラッドリーは、14歳のとき(1962年)にアポロ劇場でジェイムズ・ブラウンを見て衝撃を受け、その歌真似をしはじめ、自分も歌手になることを心に決めた。しかし、その道に順調に敷石は並べられなかった。若くして野宿生活を余儀なくされ、職業訓練でコック職を得てからはヒッチハイクで全米を転々とする。その間の音楽活動も実を結ばず、1990年代半ばまでの約20年間は、カリフォルニアでアルバイトで食いつないでは、歌手として小さな仕事を取る暮らしを送っていたという。
 90年代の後半には、ブルックリンのクラブでジェイムズ・ブラウンの物まねパフォーマンスの仕事をするようになるが、およそ50歳になってもまだ"自分の歌"を聴いてもらえる機会をつかめなかったばかりか、それ以降もペニシリン・アレルギーで命を落としそうになったり、ガンショットによって弟を失ったり、芽の出ない下積み生活に深刻な不幸が追い討ちをかけるという、話に聞くに散々な日々を送りながらも、とにかく歌うことは止めなかった。
 そしてJBなりきり芸人と化していたチャールズ・ブラッドリーは、遂にそのブルックリンのクラブで、〈ダップトーン(Daptone)・レコーズ〉の主宰者、エンジニア兼レーベルの中心バンド:ダップ=キングス(Dap-Kings)のバンマス/ベイシストでもあるゲイブリエル・ロスの目に止まるのだ。

 ブルックリンに拠点を置き、ファンク、ソウル、アフロ・ビートを主な守備範囲とする〈ダップトーン・レコーズ〉は、今世紀創業の新興ながら、当初からディジタル録音を一切行わず、アナログ・レコードをリリースの基本メディアとしていることで知られているインディ・レコード会社/レーベルだ。音楽の種類とサウンドの質に硬派な職人気質のこだわりを示す同プロダクションは、チャールズ・ブラッドリーのよく言えばヴィンテージ・スタイルの、悪く言えば堅物の唱法/個性を丸ごと評価し、この歌手を、そこから大切に"育てはじめる"。
 そしてレーベル最初期の2002年から、ブラッドリーの7インチ・シングルが定期的にリリースされはじめ、その計8枚のドーナツ盤によってじっくりと仕上げられた長い長い下積みの努力が、ダップトーン内のダナム(Dunham)・レコーズからのファースト・アルバム『No Time For Dreaming』に結実したのは2011年、ブラッドリー62歳のことだった。

 歴史上のA級ソウル・シンガーたち(O.V. ライト、ジェイムズ・ブラウン、シル・ジョンソン、ジョニー・テイラー、ボビー・ウォマック......)の面影がちらつくブラッドリーの歌のなかには、むしろそれゆえに、彼のそうした偉人たちには及ばない部分が浮き彫りになる。率直に言えば、それは"華"と呼ばれる類のものだろう。だけど一方でこの男の"歌"とは、そこを補って余りある誠実さと熱量なのだということ、この質実剛健を絵に描いたようなたたずまいと生命力それ自体が歌い、メッセージと化しているような存在感なのだということもまた、聴けばすぐにわかる。歌唱力ばかりか、"華"にも運にも恵まれたスターたちの圧倒的な輝きのなかには望むべくもない、古いソウル名盤には刻まれていない種の"ソウル"が、62歳の"新人"シンガーにはあった。それでこの男に日の目はようやく、しかし当たるべくして当たり、人びとはこの素敵な、同時にほろ苦い美談を愛でては、"あきらめずにやっていれば、いつかはものになる"、という教訓をそこから汲み取った。そしてジャケットで寝っ転がっている当人が、「夢を見てる時間はないのさ。起きて仕事しねえとナ(gotta get on up an'do my thing)」と歌うのに感じ入った。

 そして、その初作で広く賞賛され、ここにきていよいよ仕事期の本番を迎えたブラッドリーが、"たった2年しか"インターバルを置かずにこの4月に放った2作目『Victim of Love』がとにかくみずみずしいのだ。苦み走り、枯れ味も立つ、還暦を越えて久しいシャウターが、このフレッシュでエネルギッシュな歌い飛ばし方一発ですべてを魅惑的に潤していくカッコよさは、実力派歌手の技巧的成熟とは全く質の違うものだ。長い潜伏期の果てに、"はらわた"からマグマのように噴出する歌だ。

 サウンドの面では、自己紹介盤にふさわしくファンキー~ディープ・スタイルを重視したファースト作よりも、少し曲調が多彩な広がりを見せた。歌メロには60~70年代ポップスの薫りもするし、サイケ・ロック/70'sモータウン・サイケ風のアレンジもある。総じてダークでスモーキーな前作から明るくカラフルな方向へ歩みを進めた印象を受けるのは、この間に彼が浴びたスポットライトの光量も反映している気がするし、今作のリード・チューン"Strictly Reserved for You"のPVの彩度も関係していると思う。

 それにしても、都会に疲れた男がベイビーを愛の逃避行に誘うそのPVの、絶妙に制御されたダサあか抜け具合が素晴らしい。苦労人の背中に染みついた陰影も、人としてのチャーミングさも殺がずに映し出しながら、現代的な色彩感やカットと、わざと古臭いPV風に演出したゆるい絵づらとを繋ぎ合わせている。このセンス、バランス感覚に、〈ダップトーン/ダナム・レコーズ〉と、ブラッドリーの専属バンド:メナハン・ストリート・バンド(Menahan Street Band)に特徴的な"ネオクラシック哲学"が見て取れる。

 ダップ=キングスや、人気アフロ=ビート・バンドのアンティバラス(Antibalas)にブドーズ・バンド(Budos Band)などから精鋭たちが集い、ブルックリンの通り名を冠したメナハン・ストリート・バンドの演奏は、一聴するとかなりオーソドックスな70's南部サウンドのようでいて、細部にはソウル・マニアの白人ならではの美感とイマジネイションがさりげなく補われている。言わば21世紀のスティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダンたちが、60~70年代サウンドの洗練の一段先で、今の耳が望む痒いところにさらに手を延ばしたような音作りだ。メナハン・ストリート・バンド名義で洒脱な(ジャケットからして!)インスト・アルバムを2作出していること、そしてその1枚目『Make the Road by Walking』(Dunham)のタイトル曲を、ジェイ=Zが2007年の"Roc Boys (And the Winner Is)"で効果的にサンプリングしていたことを記憶している人も多いだろう。

 さらにチャールズ・ブラッドリーの2枚目が今年4月にリリースされたのと同じタイミングでジェイ=Zが発表したニュー・シングル「Open Letter」(内政問題に発展した、ビヨンセとのキューバ渡航について言及した内容が話題を呼んだ)では、ブラッドリーの1枚目に入っていた"I Believe in Your Love"をサンプリングしている。ブルックリンの話題の新多目的スタジアム《バークレイズ・センター》の昨年のこけら落としに抜擢され、8公演を全ソールド・アウトにした地元愛に篤いブルックリン・ボーンの超スーパー・セレブが、地元インディ・レーベルの〈ダップトーン〉の作品をバックアップし、さらには62歳でデビューしたブラッドリーのセカンド作のリリースに、前作からのサンプリングで花を贈るなんていうのは、なかなかにいい話である。

 しかし、何にも増していい話だと思うのは、ブラッドリーがこの5月、遂に、彼が50年前にあのJBを見たアポロ・シアターに、齢60代半ばにしてデビューすることだ。夢は叶うものなのだ......。ブラッドリーの歌が、しみじみ、生きる歓びの歌に聴こえてくる。

interview with Baths - ele-king


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 天才の中二病は格が違う。前作の青(『セルリアン』)が天上を描き出したのとは対照的に、今作の黒が象徴するのは地獄のモチーフ、そして破壊、終末、死、無気力だ。天から地下への、まったく極端な直滑降。あの天衣無縫に暴れまわるビートは、どうやらそのエネルギーの矛先を地の底に向けて定めたようである。かつて"ラヴリー・ブラッドフロウ"が生命やその輪廻をおおらかに、そしてアニミズム的に描き出したのとはまるで異なる宗教観が、『オブシディアン』には強く表れている。ビートは直截的に鈍重に、きらきらとしたサンプリングは地響きのようなノイズに姿を変えた。それが、彼がこの間しばらく患っていたことに関係しているのは間違いないが、筆者にはもうひとつ別の病のかたちが見えてくる。若き魂に特有の病、破壊や死や傷や毒を求めてやまない、あのやっかいで輝かしい――「中二」の――病である。14才を10も過ぎているが、この制作期間にデフトーンズを聴いていたというのだから、やっぱりティーンだ。ミューズに愛され、デイデラスら偉大な先達から愛され、音も経歴もまったく怖いもの知らずなこの天使はいま、ありったけの力と思いを、そのべったりと暗い淵に注いでいるかに見える。

 名門〈アンチコン〉からセカンド・アルバムをリリースする「LAビート・シーンの鬼っ子」――フライング・ロータスやデイデラスにもつづく血統書付きの才能、ハドソン・モホークらに並べられる新世代の筆頭――バスは、その輝かしい肩書きをまるで引き受ける様子がない。今作はそうしたシーンを熱心にチェックしている人や、アブストラクトなヒップホップ、IDMなどのファン、クラブ・リスナーたちではなく、まさに「ブルーにこんがらがった」ベッドルームの青少年たちにふさわしい。死とか運命とか、替えのきかない「きみ」に執着するような、ロマンチックでドラマチックで激しいエモーションが、まるでそのエネルギーを削がれることなく切り出されている。もしあなたが『カゲロウデイズ』にイカれているなら、あなたにこそ聴いてほしい作品だ。『セルリアン』は歴史に残るが、今作は若いたくさんの人の胸にひっそりとインストールされるべきものである。バスはこの新作を「優れた一枚」ではなく、ある種の人間にとって「必要な一枚」に仕立て上げてみせた。
 国内盤にはしっかりとした対訳がついているから、彼がどれだけ今作で灰色や黒や破壊や無気力の病や、あるいはそれと同じだけピュアな恋を歌っているのか読んでみるのもおもしろい。だがテクニカルでありながら青く柔らかい感情のかたまりであるようなビート・コンプレックスは、ヴァイオレンスやネガティヴィティもまぶしいエネルギーに変えてしまう。

 人類の歴史はもはやチルアウトの方向にしか進まないのかと思っていたが、個々の小さな人生にはまだまだバスのような激しさと潤いが必要なようだ。PCのプレイヤーでかまわない、今宵、ベッドルームで逆回転のミサを執り行おう。『オブシディアン』とともに。

つねづね、LAビート・シーンというカテゴリから抜け出すように努めてきました。僕が達成しようとしているものではないからね。僕の目標はまさに『オブシディアン』が僕にしてくれたものだよ。

たとえば、ある種の良識や凡庸さに絡めとられていくことを大人になることだとするならば、あなたは今作でもまったく大人になりませんね。すごいと思います。前作『セルリアン』は、その「子ども/少年」のエネルギーが天上へ向かっていましたが、今作では地の底=死に向かっているように思います。死や破壊のモチーフが出てきたのは、あなたの経験した病気と関係がありますか?

バス:このアルバムの計画は『セルリアン』ができる以前からあったんだ。すごく暗い感じのトラックはいくつかすでに作っていたんだけど、たしかに病気になったことによって、アパシーであるということについての理解がより一層深まったよ。曲を書く気力も情熱も何もない状態で。こんな心理状態はいままでいち度も体験したことがなかったから、アルバムの核をなすテーマのひとつにもなった。本当に変(ビザール)な感覚だったよ。

ペストのイメージに行き着いたのは何がきっかけです? またあなたはそれを恐れますか? それとも魅了されるという感覚なのでしょうか?

バス:どちらもだよ! 悲しみや怒り、恐怖を通り越していた時代だった。人間の歴史においても最も暗くアパセティックな時代であったとも言われているよね。そんな衝撃的な題材を見過ごすわけにはいかなかったんだ。またこのテーマをいかにしてポップ・ミュージックに落としこむかという考えはすごく面白かった。

"インター"がキリエ、"アース・デス"がグローリア、"ノー・アイズ"がクレド、"マイアズマ・スカイ"がサンクトゥス、"ウォースニング"がアニュス・デイ。わたしには、『オブシディアン』が、ラストを1曲めとして冒頭へといっきに逆走する「反転の(暗黒の)ミサ曲」というふうに感じられました。宗教音楽については念頭にありましたか?

バス:わお! そんなこと考えもしなかったけど、本当に素晴らしい関連性だね! とても光栄だよ! ミサ音楽や中世の時代の音楽はたしかに聴いていたけど、そこからテーマ等を特に見出すというよりは、それらの音楽が持っている雰囲気から影響を受けたんだ。

死、終末、破壊、無気力、テーマは重く暗いですが、音にはそれがとてもロマンチックに出ているとも思います。それがとてもあなたらしいように思うのですが、ご自身にはそう感じられませんか?

バス:そういったプッシュ・アンド・プル、足し算と引き算、明と暗みたいなものこそが、僕が全体を通して『オブシディアン』で求めていたものだよ。音楽自体は(少し暗い要素のある)エレクトロ・ポップ・ミュージックにも聴こえるけど、歌詞は完全に暗くて、ときどきそれらが調和していない部分もあるかもしれない。けれど、その違和感や一致しない感覚こそが大事であって、それが他のアルバムにも共通して浸透していると言えると思うよ。

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中世というのは、悲しみや怒り、恐怖を通り越していた時代だった。人間の歴史においても最も暗くアパセティックな時代であったとも言われているよね。そんな衝撃的な題材を見過ごすわけにはいかなかったんだ。


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今作では複雑と呼ばれるあなたのビート・メイキングが、まっすぐに、リニアになっているように感じました。"オシュアリー"のハンマー・ビートも意外でしたし、"ノー・アイズ"の16ビートとか"フェードラ"や"インター"の8ビートなんかが生む切迫感は、『セルリアン』にはなかった感覚であるように思います。今作の激しいテーマがそうさせたのでしょうか?

バス:はい、と言ったら嘘になってしまうんだけど、そう考えるのも良いと思う。このアルバムには異なったタイプの緊張感がたくさんあるんだけど、たぶんそれらは偶然に生まれたものかもしれない、はは。とにかく一曲一曲、互いと違ったものでありながら、テーマ的には同じ、という感じにしたかったのはたしかなんだ。そんな目標があったから、流れで聴くとビートが互いを押し合って、緊張感や切迫感みたいなものが生まれたのかもしれない。

また、鉄槌のように重たい音やビートもありますね。"ウォースニング"もそうですし、"ノー・パスト・リヴズ""アース・デス"もそうです。インダストリアル的ですら、またブラックメタル的ですらあります。音楽的なインスピレーションとして何かヒントになったものがあるのでしょうか?

バス:あなたがいま言ったとおりだよ! インダストリアルな音、鉄、うるさくて、寒々と荒れ果てたような音楽に影響を受けたんだ。これらの音は、僕が開拓したかった新しい別のサウンドを見つけ出すのに大きな役割を果たしたと思う。友だちのジミ--が紹介してくれたエンプティセットというグループはその点においてとても大きなインスピレーションになったよ。

今回の作品で、「LAビート・シーンの鬼っ子」といった印象を大きくはみ出ることになったと思うのですが、あなた自身には実際のところ「LAビート・シーン」を牽引するという意識があるのでしょうか?

バス:つねづね、LAビート・シーンというカテゴリから抜け出すように努めてきました。僕が達成しようとしているものではないからね。僕の目標はまさに『オブシディアン』が僕にしてくれたものだよ(ビート・シーンからはみ出してくれたということ)。だからあなたがそう感じてくれたことはとても光栄だね。

雨のサンプリングが好きなのですか? 前作の"レイン・スメル"につづいて今作でも"マイアズマ・スカイ"に使われていますが、今回は「本降り」という感じで雨音が激しくなっていますね。

バス:はは、雨のサンプリングは前作から今作まで続いた小さな恋心とか片思いってところかもしれない。外の世界にあるものをなんでもサンプリングするのが好きなんだ。まったく音楽的じゃない音たちを、ポップ・ミュージックという文脈に入れることによって音楽的にするという感覚はスリリングで大好き。現に"インコンパーチブル"のほぼすべてのリズムは、石を投げたり、それが欠けたりする音からできているんだ。

「運命」という言葉も何度か出てきますが、あなたはあなたの生が運命に規定されていると感じることはありますか?

バス:自分の人生が運命づけられているとはまったく思わないけど、そう考えること自体とても宗教的な感覚だよね。ときに自分の人生やこのアルバムが宗教的な何かに畏怖の念を抱いているように感じると同時に、まったくそういうことと合致しないときもある。よく神を恐れたり、自らの罪を認識したりしているような信心深い人の視点から歌詞を書くこともあるよ。

いちばん時間をかけたのはどの曲でしょう? 録音についてとくにこだわった点があれば教えて下さい。

バス:"フェードラ"が長い間しっくりこなくて、構想を練るのにも時間がかかったんだ。とにかくなぜかすごく時間がかかった。 僕はアルバム全体をひとつのものとして捉えてもらいたいから、なにか特別こだわった点を挙げるのは避けようかな。

今作までのあいだに世界をまわってツアーをされたことで、何かご自身に変化はありましたか? また、何か音楽上で大きな出会いがあったりしましたか?

バス:多くのとても重要な出会いがあったし、個人的に憧れている人々とも会ったり、いっしょにショーをしたりする機会もあった。ツアーで会った人々の数は本当にクレイジーなくらい多かったよ。自分自身の変化について言えることは、世界中の人々はみんな同じ、ということに気づけたことかな。最高な人もいれば、嫌なやつ、美しい人、かっこいい人もいて、世界中どこにいても同じなのだなと思った。そしてそれは素晴らしいことであるとも思えるよ。

この制作の間、よく聴いていた音楽があれば教えてください。

バス:そうだなあ、アゼダ・ブース(Azeda Booth)とエンプティセット(Emptyset)のふたつは確実に大きな影響を与えてくれたよ。他にもたくさんいると思うけどね。デフトーンズ(Deftones)もたくさん聴いたと思う。

EP-4、来るべき二夜 - ele-king

 もしや寝首でもかかれたのではあるまいかと思わせた、昨年の衝撃的な復活劇からはや一年、別働隊の活動もふくめ、その活動はひきもきらないEP-4(unit3については、いま出ている紙のエレキング9号をご参照ください)によるイベントをふたつ。

 5月18日土曜、恵比寿リキッドルームの「クラブ・レディオジェニク」は1980年、EP-4誕生の場となった京都のクラブ・モダーンを一日かぎりで復活させるコンセプトのクラブ・イベント。ゆえにスタートは24時きっかりだが、遠い記憶をいたずらに伝説のベールにつつむのではなく、ミラーボールの下にさらし、現在のオーディエンスに届けようとするのは、クラブ・カルチャー黎明期の実験主義者の面目躍如たるものだろう。メイン・フロアではフルバンドのEP-4をはじめ、佐藤薫みずから人選したという、ドライ&ヘビー、JAZZ DOMMUMISTERS(菊地成孔+大谷能生)、かつて佐藤薫がプロデュースしたニウバイルがライヴを行い、ムードマンと、宇川直宏が15年ぶりのDJプレイを披露する。だけでも気が抜けないのに、2階のタイムアウト・カフェには中原昌也、コンピューマ、Shhhhh、Killer-BongがDJで登場する、水も漏らさぬ布陣である。
 その3日後、EP-4の生誕祭にあたる5月21日の生地京都でのライヴでは、オリジナル・メンバーである佐藤薫、ユン・ツボタジ、鈴木創士に、山本精一、千住宗臣、須藤俊明、家口成樹、YOSHITAKE EXPE、つまりほぼPARAの面々が加わることでEP-4がどのような化学変化を起こすのか、新作にとりかかっているという彼らの今後を占うのにも恰好の夜となるにちがない。


写真:石田昌隆

公演情報

「クラブ・レディオジェニク」
2013年5月18日(土)
恵比寿リキッドルーム
開場・開演:24時

■1F MAIN FLOOR
Live:
EP-4
DRY&HEAVY
Jazz Dommunisters(菊地成孔×大谷能生)
ニウバイル

DJ:
MOODMAN
宇川直宏(from DOMMUNE DJ SYNDICATE=UKAWA+HONDA+IIJIMA)

■2F Timeout Cafe
DJ:
中原昌也
compuma
Shhhhh
Killer-Bong

「EP-4 / 5・21@京都」
2013年5月21日(火)
京都・KBSホール
会場:18時 開演:19時

Guest:
KLEPTOMANIAC+伊東篤宏、ALTZ.P
VJ: 赤松正行
DJ: YA△MA


interview with Gold Panda - ele-king


Gold Panda
Half of Where You Live

よしもとアール・アンド・シー

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 子供の頃はインド人と言われ、仕事で海外に繰り返し行っていた頃は、ベトナム人だと間違えられ、僕はあまり日本人であった試しがない。いまだに日本からいちども出たことのない橋元や竹内のような人間からすれば、どうでもいい話だろうが......。
 とはいえ、僕も人のことをとやかく言えるほど国際感覚が豊かなわけではない。ゴールド・パンダからインドを見れなかったほど鈍っている。ロンドンもずいぶん長いこと行ってないので、あの町のマルチ文化なところを感覚的に忘れているのだ。"クイッター・ラーガ(いくじなしのラーガ)"なる曲で、ゴールド・パンダ名義でデビューしたダーウィン・シュレッカーのデビュー・アルバム『ラッキー・シャイナー』には、ありがちなエキゾ趣味にならないくらい謙虚に、ごく自然に、彼のインドが注がれている。
 こういう音楽を聴いていると、ワールド・ミュージックというカテゴリー自体が、この先無意味になるのではないのかと思えてくる。真っ昼間にレストランから出ただけで金をせびられるほど物騒だったデトロイトにコスプレ・ショップが開店しているような時代なのだ。リアルな話、白い橋元や黒い橋元がウッドワードアヴェニューを闊歩しているのである。

 ゴールド・パンダは、そういう意味では、先を行っていた。インドの血を引くエセックス育ちのこの青年は、少年時代に日本製のゲームで遊び、ヒップホップを聴いて、そして、大学在学中に日本語を学び、DJマユリ邸を訪ね、丸尾末広を蒐集していた。ダーウィンのエレクトロニック・ミュージックは、シュトックハウゼンが目指した世界音楽的な方向性を感覚的に具現化している......というのは誇張し過ぎだが、新作『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』が彼の忙しい演奏旅行(サンパウロ、香港、江ノ島、イギリスなどなど)の賜物であることは事実だ。そこでは、ゴールド・パンダの特徴──透明感のあるメロディと力強いビート、少々ユーモラスな音色──が、さらに輝いている。
 この人の音楽は、エレクトロニカの二歩手前、クラブの二歩手前で踏みとどまっているというか、気むずかしさや斜に構えたところがなく、気さくな感じが良い。テクノでもなくアンビエントでもない、しかし踊れるし、聴ける。踊れるといっても、アゲアゲではないし、気持ちが踊れるという感じだ。日本人に好まれるのもわかる。

 以下のインタヴューの日本語の質問に対して、彼は英訳を介さずに答えている。 

いまは多くの人がエレクトロニック・ミュージックを作っているんだけど、みんなエイブルトンっていうか、エイブルトンみたいに聞こえるものばっかりでしょ。僕は、ラップトップをいじっているよりも、昔の機材を使っているほうが、単純に気持ちが良いんだよ。

サッチャーが死んだね。(※取材は、サッチャーが死去した翌日の日本時間4月10日におこなわれている)

パンダ:ああ、イエー。飛行機のなかで知ったんだ。

スミスが再ヒットしたり、『オズの魔法使い』の「魔女が死んだ」って歌が歌われたり、すごいらしいね。

パンダ:彼女は、いろいろなものを破壊したからね。僕は、本気で暴動がまた起きるかもしれないと思っているよ。それはサッチャーが死んだっていうよりも、いまの政治に問題があるからね。

昨日、新聞からサッチャーに関するコメントを求められて、「彼女ほどミュージシャンから憎まれた首相はいない」というようなことを言ったんだけど。

パンダ:まさに。僕は彼女の政権時代を直接は知らないけど、子供の頃、彼女の政策に怒った人たちの暴動を見たことを憶えている。

人頭税のとき?

パンダ:イエーイエー。僕の親の世代は本当に彼女のことに怒っていたな。とくに炭鉱閉鎖のことは本当に大きな問題だったんだよ。彼女は、音楽家やアーティストにとっての敵だったね。

なるほど。では、2010年の秋に『ラッキー・シャイナー』をリリースしてから、およそ2年半ぶりのセカンド・アルバムになります。この間、自身のレーベル〈Notown〉からは精力的なリリースを続けていますね。そしてまた、今回のアルバムのコンセプトでもある、世界のいろいろな都市を巡ったようでもあります。この2年半を総括すると、あなたにとってどんな2年半だったのでしょう?

パンダ:この2年で、僕の生活のすべては変わった。

というと?

パンダ:『ラッキー・シャイナー』を出したことによって、生活のすべてが変わった。ハッピーになったと言うべきなんだろうけど......(笑)。この2年は、とくに1年間は、『ラッキー・シャイナー』のためのツアーにつぐツアー、エンドレスなツアーだったよ。良いことなんだけどね。だって、それで音楽だけでやっていけているわけだし、生活できるんだから。〈Notown〉からは自分以外のアーティストの作品を出したりだとか......僕はアナログ盤が好きだから、自分以外のアーティストの作品をヴァイナルで出せるのがとても嬉しい。

ロンドンからベルリンには、どうして引っ越したの?

パンダ:彼女がドイツに住んでいるから。ほとんどの人は音楽のためにベルリンに引っ越すんだろうけど、僕はそうじゃなくて、彼女との生活のためだ。

ベルリンのナイトライフを楽しんでいる感じじゃない?

パンダ:他の国のクラブではfacebookのために自分の写真を撮ったりしているんだけど、ドイツでは撮影禁止なんで、それがなくて良い(笑)。なかでもベルリンは、ナイトクラビングするには最高の街なんだろうね。自由だし、ドラッグもセックスもできるし、安全だし、ドリームクラビングだよね。ただし、僕はナイトクラビングしないんだ。僕は仕事でクラブに行くから、自分の時間があるときは家にいる。だけど、みなさんは行ったほうが良いでしょう(笑)。

あなたの方向性はいわゆるクラブ・トラックとしてのテクノでもないし、実験音楽でもない。柔軟なスタイルですが、明確なスタイルを持っていないとも言えるますよね。自分の方向性についてはどのように考えていますか?

パンダ:ファースト・アルバムのときはみんなが集まって、ダンスする感じだった。新作はもっとビートが駆り立てるような感覚を意識しているんだ。でもやっぱダンス・ミュージックではないよね(笑)。どうしてなのか正直なところわからないんだけど、僕には自然なことなんだ。家ではハウスやテクノも聴いているのに、どういうわけか、自分が作るとダンス・ミュージック(DJミュージック)にはならない。僕はがクラビングに行かないことが影響しているのかもしれないけど、別にクラビングが嫌いなわけじゃないんだ。テクノやハウスも好きだから、その影響は絶対に出ているとは思うんだけどね。

たとえば前作の"You"のような、声を派手にチョップしたり、細かいエディットを前面に出すような曲はなくなりましたね。

パンダ:同じことは繰り返したくないからね......と言いつつも、実は"You"みたいな曲を12曲作ろうとトライはした。もしそれがうまくいっていたら、家が買えたかもしれない。きっとヒットしただろう(笑)。

ハハハハ。

パンダ:でもやっぱ、それはやりたくないというのが正直なところだったんだ。だって、それ("You")はすでにやったことなんだ。いちどやったことを自分で繰り返すことは、自分のなかで意味がない。

"You"のような曲はライヴでやれば絶対に盛り上がるでしょう。

パンダ:そうだね。みんなクレイジーになるよ。アメリカはとくに酷かったな。

『ラッキー・シャイナー』を出した直後に取材したとき、あなたは〈ラスターノートン〉が好きだと言っていましたよね。

パンダ:そうだったね。

だから、アルヴァ・ノトのようなレフトフィールドな方向に行くのかなとも思ったんですよ。そこは考えなかった?

パンダ:実験的な方向性は考えたよ。ただ、自分がやるアヴァンギャルドよりも他の人がやったアヴァンギャルドのほうが好きなんだと思う。僕も実験的な曲を作っているんだけど、リリースするくらいにそれが良い曲かと言われたら、わからないな。まだ自分で確信できないんだ。将来的には、ぜひやってみたいことなんだけど。

自分の方向性で悩んだことはない?

パンダ:あるよ。ただ、今回のアルバムは、自然に生まれたもので、そして、方向性ということで言えば、結局、『ラッキー・シャイナー』以前に戻ったんだ。機材がラップトップの前に戻った。それによって自由さを取り戻したと思っているんだ。"You"や"マレッジ"のような曲があまりにも受けたんで、ああいう曲からのプレッシャーがあったんだけど、そこを乗り越えたときに、何でも作って良いんだと思えるようになった。

アルバムに1曲、"S950"という、とても美しい曲があるよね。この曲の題名はアカイのサンプラーから取られています。何故?

パンダ:それは、その機械ひとつだけでできた曲だから。なんか、もっと綺麗で雰囲気のある曲名にすることもできたんだけど、たとえば"江ノ島"のような曲名にすることもできたんだけど、あえてそれを止めた。"S950"という機材の名前を知らない人にとっては、謎めいた記号だし、それにこの機材はUKの初期のジャングルやヒップホップで使われてきた名機でもある。だから、すごくUKっぽい機材なんだ。とにかく、特定のイメージを与えるような曲名は避けたかったんだ。

何故、そういう古い機材を使ったの?

パンダ:制限があるほうが好きなんだ。『ラッキー・シャイナー』の頃から、他にも多くの人がエレクトロニック・ミュージックを作っているんだけど、みんなエイブルトンっていうか、エイブルトンみたいに聞こえるものばっかりでしょ。ラップトップかエイブルトンみたいな......、だから......

エイブルトンを使いたくなかった?

パンダ:そう。マックスMSPは使ったけどね。あとドラムのためにトリガーもね。でも、やっぱラップトップをいじっているよりも、昔の機材を使っているほうが、単純に気持ちが良いんだよ。楽しいしさ。パソコンの画面を見ながらアレンジするのって、僕は好きじゃないんだ。

なるほど。ちょっとさっきも話に出たけど、"ウィ・ワーク・ナイツ"という曲のように、ビートもあるし、ハウスやテクノからも影響もあると思うんだけど、ゴールド・パンダはクラブ・ミュージックに近いようでいて、どこかで距離を置いているのは何故でしょうか?

パンダ:そもそも自分の音楽をクラブ・ミュージックだとは思っていないよ。クラブ・シーンの人が僕を受け入れてくれるのであれば、すごく嬉しいけどね。だけど、......ジシンナイネ。

はははは。

パンダ:クラブニジシンガニイ。技術的に自分にはクラブ・ミュージックは無理だと思ってしまっているんだよね。とくにハウス・ミュージックはすごく機能的でしょ。ダンスのための決まりごともあるだろうし、DJのための作り方もあるだろうし。僕にはクラブの才能がないんじゃないのかな。

はははは。

パンダ:誰かとコラボしたらできるかもね。

その中途半端さがあなたの魅力かなと思うんだけど。

パンダ:それって良い意味?

もちろん。

パンダ:良かった。

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都市のポジティヴなところを描きたかったっていうのがある。都市って、良くないところ、悪いところもあるでしょう。だけど、その反対に良いところもあるから。僕は都市で育ったから、都市からいっぱい影響を受けているんだ。


Gold Panda
Half of Where You Live

よしもとアール・アンド・シー

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よくフォー・テットなんかと比較されるじゃない。それって自分ではどう?

パンダ:似ているところはあると思う。

彼も、ものすごくクラブではないけど、ハンパにクラブっぽいというか。

パンダ:音楽性はまったく別モノだと思っているよ。

彼のバックボーンには、もっとジャズがあるもんね。

パンダ:それに僕は、自分なりの道を見つけてきているような気がするので。たしかに僕は、以前はフォー・テットにものすごく興味があった。最近では、彼は神様みたいになってしまったけどね。まあそれはそれでクールなことだと思うけど。

ベルリンのレーベルで〈Pan〉って知ってる?

パンダ:イエー。

似てない?

パンダ:ミー? ああ、アイドンノー。

〈Pan〉もエクスペリメンタルだけど、ポップだし。

パンダ:オッケー。

で、ダンス・ミュージックだけどクラブじゃないじゃない。

パンダ:イエー、ライ。アイシー。言われてみるとわかる。自分じゃそういう風に、外から見ないからね。そして、たしかに僕は〈Pan〉のいくつかの作品は好きだよ。ザッツグッレーベル。

彼女のお母さんに自分の音楽をなんて紹介する?

パンダ:エレクトロニック・ミュージックをやっています。コンピュータで音楽を作ってます。

それはどんな種類ですか?

パンダ:アイセイ、ダンス、イエー。

ハハハハ。

パンダ:実際は違っているけど、年を取った人には説明しにくいので。だから、ダンスって言うことにしている。自分ではそうは思っていないんだけど。

今回のアルバムを象徴する曲を選ぶとしたら、何になりますかね? "ジャンク・シティII"や"アン・イングリッシュ・ハウス"でしょうか? 

パンダ:"ジャンク・シティII"だね。

その理由は?

パンダ:前のアルバムとはぜんぜん違う。新しいものって感じがする。他にも、"マイ・ファーザー・イン・ホンコン 1961"や"アン・イングリッシュ・ハウス"や"江の島"や"ザ・モースト・リヴァブル・シティ"も気に入っている。自分が作りたかった曲を作れたという意味で、満足している曲だよ。いまは、『ラッキー・シャイナー』を作り終えたときよりもハッピーだよ。自分が気に入っている分、ファンの人がどう思うかはちょっと心配だけど。

何故?

パンダ:自分でも気に入っているから、それがどこまで受け入れてもらえるか心配なんだよ。だけど、今回のアルバムは人にどう思われようが、かまわない。僕が好きだから。『ラッキー・シャイナー』の評判が良かったから、それとは違った音楽になってしまったし、ちょっとビビっているんだよね。

『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』には、とても魅力的なメロディがあるし、リズムだって良いし、大丈夫でしょう。

パンダ:ホント? 

ホント。

パンダ:おー、サンクス!

『ラッキー・シャイナー』の派手さはないかもしれないけど、『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ』は繰り返し聴くことになるアルバムだよ。

パンダ:『ラッキー・シャイナー』との比較で言うと、新作のほうが、さらにアルバムっぽいと思う。ストーリー性もあるし、すべての曲に共通感覚がある。繋がりがあって、アルバムらしいアルバムだと思うね。

都市をコンセプトにしようと思ったのはどうしてですか?

パンダ:ずっとツアーだらけで、都市をめぐるってこと以外のことしかしていなかったんで。

ツアーだらけって、どのぐらいツアーしていたの?

パンダ:1年、毎週末ライヴだった。エレクトロニック・ミュージックがバンドと違うのは、クラブナイトでもライヴができてしまうことだよね。ステージがなくてもブッキングされてるから、毎週末ライヴだった。『ラッキー・シャイナー』以前は、やりたくない仕事をやりながら音楽をやっていたんだけど、『ラッキー・シャイナー』以後は、ホントにそれだけになってしまった......仕事として音楽をやっているからね、いまは。

毎週末ライヴやっていると発狂したくなる?

パンダ:イエー(笑)。だからこそ、新しい作品を作る必要があったんだ。

しかし、『ラッキー・シャイナー』1枚で世界を回ったっていうのもすごいよね。

パンダ:イエー。喜ぶべきことなんだろうね。

DJをやればいいじゃない?

パンダ:DJもやったほうが良いとも思う。他の人の音楽をかけることで成り立つわけだからね。でも......、やらないね、たぶん(笑)。ゴールド・パンダ名義でライヴをやればお金をもらえるけど、DJではいちからのスタートになってしまうから、お金ももらえないんじゃないかな......。ドイツだとDJするのに50ユーロ払わなければならないのって知ってる?

なにそれ?

パンダ:新しいロウ。

あー、それ聞いた。それはクラブが払うんじゃないの?

パンダ:だったんだけど、いまの新しい法律では、DJが払うんだ。しかもハードドライヴもチェックされて、そのなかに何曲入っているかまでチェックされて。

ひでーな。

パンダ:もしかしたら100万曲入っているかもしれないでしょ。そこまで調べるんだよ。現実離れしている。反対派の人も多いよ。

"江ノ島"という曲が入ったのは?

パンダ:最近、リョウ君(注:仲良しの日本人)と一緒に行ったんだよね。

リョウ君の実家には泊まった?

パンダ:昨日、一泊した(笑)。

リョウ君のお母さんに「ただいまー」って(笑)。

パンダ:タダイマー(笑)。

ハハハハ。

パンダ:江ノ島は前から好きだったけど、最近行ったときがホントに楽しかった。写真もいっぱい撮った。

ツアーで都市ばかりまわっていたから都市がコンセプトになったという話だけど、さらに突っ込むと、最終的にアルバムは都市の何を描いているの?

パンダ:都市のポジティヴなところを描きたかったっていうのがある。都市って、良くないところ、悪いところもあるでしょう。だけど、その反対に良いところもあるから。僕は都市で育ったから、都市からいっぱい影響を受けているんだ。

エセックス・ボーイだからね。

パンダ:そうそう(笑)。"アン・イングリッシュ・ハウス"っていう曲は、UKのことを歌っているんじゃないんだよね。これは、ベルリンにある僕の家のことなんだ。僕はドイツに住んでいるんだけど、家のなかはイギリスなんだ。つねに紅茶を飲んでいるしね。

"ジャンク・シティ"はどこの街?

パンダ:その曲だけが架空の都市だね。昔の、90年代の、僕が空想するトーキョーだよ。快楽的で、ちょっと頽廃した都市だ。ハハハハ。

そうだよね、90年代の渋谷なんか、マジックマシュルームがセンター街の入口で売られていたくらいフリーキーだったからね。

パンダ:あー、イエー。

クレイジーだったね(笑)。

パンダ:僕はその時代のトーキョーを見れなかったから、空想したんだ。

アートワークが面白いよね。結晶みたいなデザインでしょ。

パンダ:幾何学的だけど、実は都市のデザインなんだ。さらにヴァイナルはもっと凝ったアートワークだよ。コンクリートの灰色で、いろいろな都市の場面が見えるようになっているんだよ。

『ハーフ・オブ・ホェア・ユー・リヴ(あなたが生きている場所の半分)』というタイトルの意味は?

パンダ:長く温めていたタイトルなんだ。さっきも言ったように、都市の全体ではなく、都市の良いところに焦点を当てているアルバムだし。街の真実を見極めようってアルバムじゃないんだ。

何で?

パンダ:僕は、街の良いところしか見ずに、そして街を去って空港に行く、来る日も来る日も(笑)。

いちばん良い思いをした街は?

パンダ:イチバンイイオモイ......シアトル!

意外な。

パンダ:あと、ポートランド。

へー。

パンダ:レコード店が25軒くらいあるんだよ。

それは良いね。貧乏なミュージシャンばっか住んでいるんでしょ?

パンダ:イエー、イッツファニー。僕は、自分をものすごくイギリス人だと思っているから、アメリカなんか大嫌いで、行ったら絶対に嫌な思いをするんだろうなと思っていたんだ。で、実際に行ったら、大好きになった。サイコウデシタ(笑)。

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