「Nothing」と一致するもの

Fucked Up - ele-king

 上半身裸の大男が暴れ回るライヴを観てファックト・アップのことは一発で好きになったのだが、その大男、毛むくじゃらでたっぷり太ったダミアン・エイブラハムがライヴで脱ぐことになったきっかけはカナダの地元のベア系ゲイ・コミュニティにおいて「もっと脱いでほしい」と言われたことだったと聞いて、もっと好きになった。ダミアンはそれまで自分の身体をセクシーどころか恥ずかしいものだと思っていたらしいが、そんなことはもう1ミリも感じさせない解放感とパワフルさがファックト・アップのライヴだ。いい話である。いい話だし、ファックト・アップのあり方をよく表しているエピソードだ。

 ファックト・アップが2008年のセカンド・アルバム『ザ・ケミストリー・オフ・コモン・ライフ』において世界的に高く評価されたのは、たとえばハードコア・パンクには珍しい管楽器を使ってみたり、含蓄のある歌詞であったり、1曲が7分を超えるような構成力だったり、つまりその知性的な振る舞いのためであった。と同時に、それ以上に、何よりも初期アメリカン・ハードコアにあったようなまっすぐな反骨精神を思い出させたことが大きいだろう。凝っているとはいえ、ファックト・アップは3本のギター・アンサンブルやその背筋が伸びるようなパワー・コードの響きで聞かせる衒いのないハードコア・バンドだ。辺境としてのカナダで、パンク・コミュニティの親密さを体現しているようなバンドが現れたことは多くのひとにとって……とくに90年代のオルタナティヴ・ロックや80年代のハードア・パンクを経験した人間にとって、無条件で支持したくなることだったのだ。
 2011年の前作『デイヴィッド・カムズ・トゥ・ライフ』における78分にも及ぶロック・オペラで描かれたのは、工場で働く青年デイヴィッドが恋に落ち、企業に逆らい、いくつかの失意を経験し、そして最後はまた愛を発見する……というものだったが、その時代設定がサッチャー時代のイギリスだったということがおもしろい。それはバンドの精神、すなわち権威に正面から対抗しようとする姿勢が発揮できる舞台がそこだったということだし、また、その文学性において自分たちと直接関係ないことが自分たちの主張になり得ることの証明だった。タイタス・アンドロニカス『ザ・モニター』(2010)と並んで、当時パンク・バンドの知性と気高さを示した作品であったと言えよう。

 4作めとなる『グラス・ボーイズ』においてバンドは、自分たちの出自にいかにして忠実であれるかを探求する。ともすればそのコンセプト主義によって大仰になる傾向が多いその楽曲はここではコンパクトにまとめられており、そのほとんどは3分台だ。トイ・ピアノでのオープニング、アコースティック・ギターの効果的な挿入や、ドラムのオーバーダブなどファックト・アップらしい仕掛けもいくつかあるが、再生ボタンを押してしまえば全10曲43分、嵐のように駆け抜ける痛快なパンク・アルバムだ。前作収録の“クイーン・オブ・ハーツ”ほどキャッチーなキラー・トラックはなくとも、“サン・グラス”、“ジ・アート・オブ・パトロン”など、よく歌うギターと華のあるコーラスがフックになっている。そしてダミアン。レコーディングのときはそりゃあ服を着ていただろうが、聴いていると思い浮かぶのは、巨体を晒しながら咆哮し、走り回るあの姿である。そのエネルギーが途切れることはない。
 「俺のなかで少年が解放されるのを待っている」……ダミアンが分厚いギターの音を背にオープニング・トラック“エコー・ブーマー”で歌うのは、かつてパンクと恋に落ちた少年のことだ。「俺は少年だった、歌を歌っていた/その音は俺のように死んだりしない」。このアルバムにほのかに宿るノスタルジーは、世界的に成功したバンドによるかつて自分たちがいた場所への忠誠心であり、そしてふるき良きパンク・カルチャーの回顧であるだろう。そのストレートさ、誠実さにおいて、僕のようなパンク・キッズだったことのない人間でも、少年性の謳歌というある種の男の特権に懐疑的な人間でも、ファックト・アップのパンク・ソングを聴いているとステージに向かって宙を舞う少年たちの姿が見える。そうそれに、ファックト・アップは冒頭のエピソードに象徴されるように、世の中からはみ出した人間たちが集まる場所としてのライヴ・ハウスで、その期待に応えてきたのだから。
 タイトル・トラックでありクロージング、“グラス・ボーイズ”ではギター・アンサンブルがまっすぐ突き進むなかダミアンの叫びとコーラスがきれいにシンクロしてアルバムは大団円を迎える。バンドのアティチュードをあらためて宣言する、バンドの歴史のなかでもベストな一曲だ。「どこにも行かなくなる前はどこに行ってたんだろう/何もしなくなる前は何をしてたんだろう/何もなくなる前は何があったんだろう」……。すべての少年は老い、その無鉄砲さを失っていく。だがそれでもここにいるのは「ガラス・ボーイ」だと、いまにも壊れそうな少年だとファックト・アップは言い、だからパンクと出会って魂を解放される子どもたちのことを僕たちに懸命に思い出させようとする。

Helado Negro - ele-king

 サヴァス・アンド・サヴァラス(SAVATH & SAVALAS)のメンバーとしても活躍し、プレフューズ73(PREFUSE 73)のアルバムにプロデューサーとして名を連ねるなど、ギレルモ・スコット・ヘレンとの仕事でよく知られるヘラド・ネグロことロベルト・カルロス・ラング(ROBERTO CARLOS LANGE)。スクール・オブ・セヴン・ベルズやイエセイヤー、ベア・イン・ヘヴンらとも関わりの深い彼は、いうなれば2000年代サイケデリックのエレクトロニック/ヒップホップ・サイド、あるいは、同時期のレフト・フィールドを象徴する面々を裏から支えてきたキー・マンというところだろうか。ヘラド・ネグロ名義での活動は彼がマイアミからブルックリンに移り住んでからスタートしているが、それは前掲のアーティストたちとともにブルックリンという地名がこの10年ほどの間においてもっとも求心力をもった時期にも一致している。『アー・オー(Awe Owe)』(2009年)などは日本でもよく売れたのではないだろうか。中古屋でもよく見かけた。

 さて、〈アスマティック・キティ〉からコンスタントにリリースをつづけ、2012年のジュリアナ・バーウィックとのコラボなど、客演やプロデュース業でもかわらずに活躍するラングの新作が届けられた。ノスタルジックなぬくもりとミステリアスな異世界感をとけあわせるジャケット写真だが、この被写体のうちのひとりはネグロ本人であるようだ。
 実家で不意に見つけた古い写真をアートワークに用いたというエピソードにミツメの『eye』を思い出し、この風合いや異世界性にはアワ・ブラザー・ザ・ネイティヴの『メイク・アメンズ・フォー・ウィー・アー・ミアリー・ヴェッセルズ(Make Amends For We Are Merely Vessels)』を連想する。いずれにせよ、エクアドル移民というルーツを瀟洒に取り入れながら音響的アプローチを試みてきた彼の手法は今回も健在で、冒頭の“アー・アイ・ヒア”のドードーズやエル・グインチョを思わせるようなゆるめのトロピカル・サイケに、スペイン語が心地よく映えている。

 しかし今作の特筆点は、昨年の『インヴィジブル・ライフ』においてもすでにその萌芽が見受けられたリズム・セクション、ビートの変化だろうか。さっそく2曲めの“アイ・クリル・ユー”は16ビートで展開されている。クリック・ノイズのような音があしらわれたパルスで、しつこくないものの、少し大胆にダンス・オリエンテッドな作品ではないかという予感を煽る。残響も深め、初期の清新なエレクトロ・アコースティック感は後退し、よりドリーミーでサイケデリックな色をつよめている。ジミー・タンボレロが参加しているという“イッツ・アワ・ゲーム”や、つづく“マイセルフ・オン・トゥー・ユー”“フレンドリー・オーギュメンツ”などは、ラテン風のクセもほとんど外れていて、たとえば〈ブレインフィーダー〉などからリリースされていてもおかしくないような、あるいはアンビエント・テクノといった趣さえある。
 遍在するようでどこにもないような、異国のようなホームのような、あらゆる場所の境界線を虹彩のように調節し、やわらかくもドープにも広げる、ネグロのマジック・タッチが冴えるサイケデリック・ダンス・アルバムだ。

interview with Charles Cohen - ele-king


Charles Cohen
A Retrospective

Morphine Records/P*dis

ElectonicMinimalExperimental

p*dis online shop

 40年以上のキャリアを誇るチャールズ・コーエンというアーティストだが、決して有名ではない。昨年まで私も存在を知らなかったし、アメリカ東海岸のアヴァンギャルドな音楽シーンにかなり精通していない限り、多くの人がそうであったと思う。その理由は明確だ。彼はほとんど作曲をしないし、レコーディングもしない。即興演奏のパフォーマンスにこだわってきたからだ。
 しかもコーエンが演奏し続けてきたのはBuchla Music Easel(ブックラ・ミュージック・イーゼル)という1973年に25台程度しか生産されなかったという、まさに幻のシンセサイザー(*2013年に同メーカーから、40年の時を経てElectric Music Boxという名で復刻された)。
 Buchlaは、シンセ・マニア憧れの究極の逸品とされ、日本ではヤン富田や坂本龍一などが所有している200e Seriesという非常に高価なモジュラー・システムを製造している、Moogと並ぶパイオニア的メーカーだ。ミュージック・イーゼルはそのモバイル版とでも呼ぼうか、スーツケースに収まるトラベル・サイズのややかわいらしい楽器だ。一見するとカラフルでおもちゃのようにも見えるが、もともと鍵盤型のシンセとは全く異なるために演奏が難しいと言われている。さらに製造台数が少なかったため、思い通りに操れる者は極めて少ない。コーエンはこの独特な音色を愛し、プレイし続けてきた屈指の演奏家である(こちらの映像→ https://youtu.be/Zra0EOXRe3A で、コーエンの演奏と楽器を見ることが出来る)。
 この、孤高のパフォーマンス・アーティストを、まさに「発掘」したのが〈Morphine Records〉を運営し、モーフォシスやRa. H名義でミュージシャンとして活躍するラビ・ビアイニ。つねにエレクトロニック・ミュージックのアヴァンギャルドな側面を追求してきた彼は、コーエンが80年代に録音し、未発表のままだったテープがあることを知り、それを2013年に一挙リリースした。いま聴いても色褪せていないそのサウンドがとくにテクノ・シーン界隈で話題となり、アナログ回帰、モジュラー・シンセ・ブームも手伝って、コーエンに注目が集まったのである。

 そして今回、ついに初来日ツアーが実現。モーフォシスと共に三都市を回る。これに先駆け、貴重なインタヴューが実現したので、ぜひこのユニークなアーティストについて知り、そしてこの機会に演奏を体験してもらいたい。

70年代、私はたくさんのエレクトロニック・ミュージックを聴いていました。実際にいくつものシンセサイザーを弾いて試してもみました。その頃にモートン・サボトニックの『Silver Apples of the Moon』という作品を聴いたんです。これを聴いたときに、これこそが自分の求めているサウンドだと思いました。

まず伺いたいのが、あなたが演奏される稀少な楽器、Buchla Music Easelとあなたの関係についてです。これだけ珍しい楽器を、どういう経緯で「自分の楽器」として演奏し続けることになったのですか?

CC:70年代、私はたくさんのエレクトロニック・ミュージックを聴いていました。実際にいくつものシンセサイザーを弾いて試してもみました。その頃にモートン・サボトニックの『Silver Apples of the Moon』という作品を聴いたんです。これを聴いたときに、これこそが自分の求めているサウンドだと思いました。サボトニックのようになりたいというわけではなくて、音色が自分の好みだったんです。でも、彼が何者で、どんな楽器を使っていて、どうやってそれを入手すればいいのか分かるまでに数年かかりました。何とか突き止めてブックラ氏本人に手紙を書いたんですが、1年待っても返事が来ませんでした(笑)。もう一度手紙を書いて、カタログを送って欲しいと頼んだら、やっと届いたのです。

当時は、普通に買えるものだったんですか?

CC:ブックラ氏から直接譲ってもらうしか方法はありませんでした。

でも、注文すれば誰にでも買えたんですか?

CC:いやぁ……(笑)。なぜ欲しいのか、どんな音楽をやっているのか説明して、本人が納得しないと譲ってくれなかったようですね。色々な説があって、私にはよく分かりませんが。

でも手に入れられて、それからずっと使い続けるほどの魅力は、どんなところにあるんですか?

CC:実は私も、手に入れてからしばらくは使い方がよくわかりませんでした。あまりに他のシンセサイザーとは勝手が違っていたので。ですから、手に入れてからも他の楽器を使いながら、ときどき戻って試行錯誤して……ということを繰り返していました。それなりにお金を投資した楽器でしたからね、そう簡単に諦めるわけにもいかなくて(笑)。でもそうしているうちに、だんだんとどんな楽器なのかがわかってきた。そして、わかればわかるほど、Music Easelは私がやりたいことがすべて出来る楽器だということに気づいたんです。一度理解出来たら、実はとてもシンプルでした。だから、他のどの楽器よりもこれを使い続けているんです。

ちなみに、他にはどんな楽器を試してみたんですか?

CC:MoogやE-muなど、いろいろ演奏してみましたよ。

でも、つねにシンセサイザー、電子楽器を演奏してこられたんですね?

CC:そうです。私はもともと、演劇のサウンド・デザイン、サウンド・エフェクトを仕事としてやってきたので、劇場という環境で抽象的な音を鳴らすことが好きなんですよ。演劇プロダクションにおいて、ミュジーク・コンクレート的な音作りを試していました。私がそれらを学んでいた学校で、初期の巨大なMoogのモジュラー・システムを購入しました。誰も使い方が分からなかったのでほとんど使われていなかったんですが(笑)、私はそれまでに自分がやってきたことのお陰で、初めて触れた瞬間からすぐに使い方が分かったんです。シンセサイザーとの付き合いはそこからですね。

他のインタヴューで、あなたは主にフィラデルフィアのフリージャズのシーンで活動されてきていて、とくにサン・ラーとセシル・テイラーに影響を受けていらっしゃると書かれていたんですが、それがあなたの音楽的なバックグラウンドですか?

CC:はい。間違いなくバックグラウンドのひとつですね。もっと若い頃は、プログレッシヴ・ロックなども好きでしたし、もっと抽象的な音楽も聴いていましたが、ジャズのより冒険的な側面に触れてから、すっかりのめり込んでしまいました。ジョン・コルトレーンのレコードを聴いたときに、「音を演奏している」と思ったんです。単なる音符でなく、音楽表現としてサウンド作り出していると。サン・ラーは、フィラデルフィアを拠点に活動していたので、何度もライヴを見たことがあります。実は、シンセサイザーを生演奏しているのを初めて見たのはサン・ラーのコンサートでした。それまでスタジオ機材としか考えていなかったので、彼が最初のきっかけとも言えますね。セシル・テイラーは、彼のワークショップに参加したこともあり、非常に影響を受けた人です。彼も、ジャズ・ミュージシャンですが、(コルトレーンと同じように)「音を作り出す」演奏家でした。(音を使って音符を弾くのではなく)音符を使って音を作り出す人。

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実は、シンセサイザーを生演奏しているのを初めて見たのはサン・ラーのコンサートでした。それまでスタジオ機材としか考えていなかったので、彼が最初のきっかけとも言えますね。セシル・テイラーは、彼のワークショップに参加したこともあり、非常に影響を受けた人です。

あなたはずっとフィラデルフィアを拠点にされているんですか?

CC:そうです。

フィラデルフィアにはそのような実験的、あるいは冒険的な音楽のシーンが常にあったのでしょうか?

CC:拡大と収縮を繰り返していますね、一定の周期で。大学院でニューヨークに行っていたこともあったんですが、中退することにして、同じ頃にフィラデルフィアの劇場でサウンド・デザインの仕事を紹介してもらったので、戻って働きはじめました。新しい劇場で、スタジオには4トラック・レコーダーがあったので、それで色々と実験をしはじめたわけです。

それ以降はフルタイムの音楽家として活動されてきたんですか?それとも「本業」のお仕事は続けていらした?

CC:ええ、サウンド・デザインの仕事はずっとやっています。その後はテンプル大学でずっとやっていました。素晴らしい仕事でしたよ。

あなたの音楽に対するアプローチで非常に興味深いところは、作曲や録音をほとんどせず、即興パフォーマンスに完全にフォーカスしていらっしゃるところです。録音をされていた時期もあったようですが、どうしてそういう活動方針になったのですか?

CC:実は録音もしてきたんですよ、仕事としては。ダンスや演劇のための音楽は録音していました。でも、自分の作品としてリリースするということに関しては……私にはたくさんのミュージシャン友だちがいますが、その多くがレコードを作っても売れませんでしたし、聴く人がいなかった。「チャールズ、頼むから僕のレコードをもらってくれ」なんて言われたりしてね。それでは何だか悲しいので、出したいと思わなかったんです。
 でも、いまは状況が違います。私がかつて録音した音楽も聴いてもらえているようですし、新たに作曲をして作品にしてもいいかなと考えるようになりました。

それは大変興味深いお答えですね。一般的には、今の時代は録音作品を作っても売れなくなってきたので、音楽ビジネスはよりライヴ・パフォーマンスにシフトしてきていると言われています。

CC:それも事実のようですね。私自身、パフォーマンスを重視してきましたから、それがもっとも満足を得られる音楽活動だと思っています。優れた録音作品を完成させるには、根気を必要とします。楽曲が出来上がってから、それを完成形に仕上げるまでの作業や編集に多くの時間を要するからです。私はとても怠け者で短気なので、それが出来なかったんです。でも、現代のデジタル技術を使えば、プロダクション行程に時間を取られすぎることなく、即興演奏を作品化することが可能になったと思うので、やっとそれをやる気になってきたんですよ。マルチ・トラックのテープに録音していた時代には、ポスト・プロダクションは非常に骨の折れる行程でした。今はそうではなくなったので、だいぶ(録音に対する)態度を改めました。
 それに、アーカイヴ音源(〈Morphine Records〉から発売された『The Middle Distance』、『Group Motion』、『Music For Dance and Theater』、『A Retrospective』)の成功のお陰で、作品を出しても無視されることなく、誰かに買ってもらえるんじゃないかと思うようになりました(笑)。ですから、いまは前向きな気持ちです。

なるほど。それと関連して伺いたいと思っていたのが、音楽とテクノロジーについてのあなたのお考えです。一方であなたはとても古風なシンセサイザーをずっと演奏し続けてきていらっしゃるわけですが、その一方で音楽制作の技術は凄いスピードで進化してきています。新しいシンセサイザーもたくさん作られましたし、いまはソフトウエアでも無限の音が作れるようになった。

CC:そうですね。本当に驚くべきテクノロジーが存在しています。

録音に際してはそういう技術も使っていらっしゃいますか?

CC:デジタル・エフェクトは使います。私はアナログ信奉者というわけではないので、アナログだけとか、デジタルだけとか、こだわるつもりは全くありません。私は、自分が実践する上で最適だと思う技術を使うようにしています。アナログの楽器を使い続けているのは、私にとって使い心地が良く満足のいく結果が出せるからで、それを変える必要性を感じないからです。これまで培ってきたテクニックとアイディアがあれば、やりたいことは全て出来るのです。もし限界を感じるようなことがあれば、他のものに変えようという日が来るかもしれませんが、今のところは間に合っています。(操作に対する)反応が良く、シンプルなところ、選択肢が限られているところがいいんです。現代の楽器の問題点は、選択肢が多過ぎるところ。何を選べばいいのか分からなくなってしまう。
 Music Easelには23個のノブしかありません。4~5つの基本構成要素と、オシレーターもひとつしかありません。そう聞くと、何もできないように感じますが、各パラーメーターでコントロール出来る範囲はとても大きい。私は、その方が自分の表現力が発揮出来ます。

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オウテカを例に取ってみましょう。私をよく知る友人などから、「チャールズ、きっと好きだから聴いてみた方がいいよ!」と薦められて、実際に聴いてみました。そして気に入りましたよ、最初の30秒くらいは。でも、ビートが入って来ると興ざめしてしまうんです。

お話を伺っていると、あなたにとってのMusic Easelはクラシックやジャズのミュージシャンが生楽器をマスターする感覚に近いように感じます。彼らのような演奏家は、例えば一度ベーシストになると決めたら、一生その楽器と付き合っていきますもんね。

CC:練習もしなくてはいけないですしね。練習した人には、楽器が報いてくれるものです。現代の電子楽器は、特定のタイプのミュージシャンが特定のタイプの音楽を作るようにデザインされています。こうした楽器は、私も実際に使ってみましたが1~2年すると限界が見えてしまう、もうそれ以上探求する深みがなくなってしまうんですね。その点でも、Music Easelは知れば知るほど深みが出て来る楽器。それに、私は単純にこの楽器のサウンドが大好きなんです。

これも別のインタヴューで読んだんですが、あなたは音楽をほとんど音楽を聴かれないとか!?

CC:ははは。そうなんです。それを言うとみなさんショックを受けるようですけどね! 聴かないといっても、絶対聴きたくないと耳を塞ぐわけではないですよ。定期的に新しいものを手に入れて聴くことを楽しみとはしていないということです。そのミュージシャンと個人的なつながりがあるか、友だちに強く薦められない限りは。ただ座って、45分間なりのまとまった時間を人の作った音楽を聴くことに費やすのが、私には長く感じます。そこまで時間を割けない。音楽にどっぷりと浸かりたいとき、没頭したいときは自分で演奏する方が好きです。

それでも、これまで聴いたり見たりした中であなたが感銘を受けたミュージシャンにはどんな人がいるのか、非常に興味があります。そういう人はいないですか?

CC:ランダムなものしか聴いていないですね。セシルとサン・ラー以外は、私を本当に感動させた人は思い浮かばないです。
 例えば、オウテカを例に取ってみましょう。私をよく知る友人などから、「チャールズ、きっと好きだから聴いてみた方がいいよ!」と薦められて、実際に聴いてみました。そして気に入りましたよ、最初の30秒くらいは。でも、ビートが入って来ると興ざめしてしまうんです。一番最近、人に薦められて気に入ったレコードは、デムダイク・ステアというグループのものでした。それほど最近でもないかもしれませんが……彼らのレコードは楽しんで聴きましたよ。

〈Morphine Records〉のラビ・ビアイニと出会って、アーカイヴ作品がリリースされてからは、世界各地のフェスティヴァルなどに出演されるようになり、だいぶ周囲の環境が変わりましたよね?

CC:自分でも信じられません。ゼロの状態から、いきなりフェスティヴァルなどに呼ばれるようになって。まったくこんなことが起こるとは想像したことすらありませんでしたよ。本当にすべてラビのお陰です。こんなにいろんなところに呼んでもらえたのは。自分でも、これからこんなところやあんなところでプレイするんだ、と口で言っていながら、自分でも信じられないくらいです。日本で演奏する日が来るなんて……いまだに信じていませんよ(笑)。実際に行って、ステージに上がるまでは実感が持てないです。私にとっては、すべてが全く新しい体験です。演奏することが好きですし、新しい人と出会うことも好きです。移動することは少々大変ですけどね。日本なんて遠いところまで、いままで行ったことがありませんから。

恐らく、あなたを聴きに来るオーディエンスもこれまでとはだいぶ違うのではないかと思います。

CC:まったく違いますね。

違うというのは、私もそうですが、いわゆるダンス・ミュージック、テクノ系のリスナーが、最近ではよりエクスペリメンタルな電子音楽に興味を持つようになったと思うんです。そういったタイプのフェスティヴァルにも……

CC:私のような実験的なアクトを混ぜるようになった(笑)。それは、とてもいいことだと思いますよ。テクノには、素晴らしいサウンドがたくさん使われてきました。音楽的なスタイルとしては、私がそれほど熱中するものではありませんが、サウンドそのものは素晴らしいものがたくさんあります。とくにテクノは、多くの人の耳をより抽象的な音にも開かせた。テクノは、エレクトロニック・サウンドの美しさを多くの人に気づかせた。その功績はとても大きいと思います。共通の美意識を持つことで、(スタイル的な)境界線が薄れてきましたね。かつては、DJとパフォーマンス・ミュージシャンの間には大きな隔たりがありました。でも、いまはだんだんとなくなってきている。だんだんと統合されてきて、両方をやる人も増えてきています。私は、それはとてもいいことだと思います。私は、それまで隔たれていた音楽が統合されていくこと、混合されていくことは歓迎します。

今回が、日本を訪れることも初めてなんですね?

CC:初めてです。日本といえば、「禅」についての本は読んだことがあります(笑)。私の親友が数年間日本に住んでいたことがあって、話はたくさん聞きましたが、私にとっては神話のような感じで。日本の文化にはかねてからとても感銘を受けてきたので、本当に訪れるのを楽しみにしています。

あなたの演奏が完全に即興であることを考えると、その場所であるとか、周囲の環境に少なからず影響を受けるのではないかと思いますが、いかがですか?

CC:まったくその通りです。環境のすべてから影響を受けます。周囲から聞こえるちょっとした雑音、見聞きした情報など、全てが何らかのかたちで音楽表現に表れます。例えば、酔っ払いの、暗くて不機嫌な客ばかりの会場だったら、どうしてもそういう音楽になってしまうでしょうし、ハッピーでクリエイティヴで、冒険心のあるお客さんに囲まれていたら、それに相応しい音楽になります。

それでは、あなたにとって未知の環境である日本のパフォーマンスがどんなものになるか、益々楽しみですね。ツアーの成功をお祈りします!ありがとうございました。

CC:ありがとう。私もとても楽しみにしています。


※奇跡の来日公演!

9/4 Charles Cohen / Morphosis Japan Tour 2014 @ Conpass
https://www.conpass.jp/5611.html

9/5 Gash feat Morphine Rec @ Mago
https://club-mago.co.jp/pick-up-party

9/6 Future Terror @ Unit
https://www.unit-tokyo.com/schedule/2014/09/06/140906_future_terror.php

OG from Militant B - ele-king

ヴァイナルゾンビでありながらお祭り男OG。レゲエのバイブスを放つボムを連チャンラクラク投下。Militant Bでの活動の他、現在はラッパーRUMIのライブDJとしてもその名を聞くことができる。

今回はR&R特集!ということで、スクランブルロッケンロール~...ではなく、"ラガマフィン"と"ラッパー"のコンビ曲を挙げてみました。REGGAEとHIP HOPの関係、歴史を歌で知れるヒビキラー氏とジブさんの"Culture 365"も先ずはオススメ。そしてランキング曲をチェックして少しでもレゲエを好きになってくれたら嬉しいです。みんな!踊ろう!パーティーしよう!

9/2 吉祥寺cheeky "FORMATION"
9/10 新宿open "PSYCHO RHYTHMIC"
9/12 渋谷虎子食堂 "虎子食堂5周年"
9/14 渋谷asia "IN TIME"
9/15 渋谷neo "AKA"
9/19 代官山unit
10/3 吉祥寺cheeky "MELLOW FELLOW"
10/7 吉祥寺cheeky "FORMATION"
10/12 青山蜂
10/18 渋谷asia "EL NINO"
10/25 吉祥寺warp "YougonnaPUFF?"

俺とお前とR&R (2014/08/26)


1
Juelz Santana feat. Cam'ron&Sizzla - Shottas - Def Jam
説明不要、サンタナ、キャム、シズラによるMilitant HIP HOPチューン。俺のアイドル的存在、そして青春の1ページ!ブーン!

2
Shyne feat. Barrington Levy - Bonnie&Shyne - Bad Boy ent
まずシャインの声が最高。そこに絡むバーリントン、疾走感が◎同コンビで送る別曲"Bad Boyz"はハードでこれもカッコいい!

3
Damian Marley feat. Stephen&Black Thought - Pimpa's Paradise - Tuff Gong
ボブの同名曲のリメイクで、息子2人とThe Rootsのブラックソートのコンビネーション。歌とは関係ないけど昔先輩のDJが「金髪パァラダイス~」と、唄ってたのが懐かしい思い出です。元気かな?

4
The Game feat. Junior Reid - It's Okay - Geffen
ハードなトラックにゲームの男気ラップ、Jr.リードの名曲One Bloodが見事に融合した一曲。悪そうな仲間たち大集合なPVも必見!

5
Shabba Ranks feat. Queen Latifah - What'cha Gonna Do?(Club Mix) - Epic
90年代、ジャマイカンでいち早くインターナショナルヒットした男シャバランキン。Mix違いで4曲収録してるけどこのバージョンはディスコっぽくてイイ。ダンス!

6
Rhymester feat. Boy-Ken - 隣の芝生にホール・イン・ワン - File
Love Punnany MAX!ライムス2人の物語にバイブス番長ケンさんのラガが見事にマッチ。今日もどこかでナイスショット!

7
Super Cat feat. Method Man - Scalp Dem(Wu Mix) - Columbia
94年RZAプロデュース。レゲエとヒップホップが密に関わってた時期。乾いたスネア、ベースライン、謎の上物オケに2人のトーストがバッチリはまってます

8
Foxy Brown feat. Spragga Benz - Oh Yeah - Def Jam
Toots&Maytals"54-46"、ボブの"Punky Reggae~"に"Africa Unite"もサンプリングしたレゲエ臭プンプンなトラック。ウォヨーイ

9
Sticky feat. Shiba-Yankee - お好きにどうぞ - Scars ent
男のSAGA全開な曲。女の子はドン引?でもクラブってそういうとこじゃん。駆け引き駆け引き。相手が本物か見極めろ!

10
Jamalski feat. Cool MB&Topcat - If The Clip Fits - Baraka Foundation
2001年ジャマルスキーのレーベルコンピから。今ランキング中、ラガとラッパーの掛け合いが一番タイトで大人ワルな曲。Cool MBって名前も!

Francisco López - ele-king

 フランシスコ・ロペスのアルバムは、以前〈ライン〉からリリースされた弱音饗楽曲を収録した『Presque Tout (Quiet Pieces: 1993-2013)』を紹介させていただいたが、今回はフィールド・レコーディング系列の新作アルバムを取り上げてみたい。彼のフィールド・レコーディングは、わたしたちの聴覚を拡張させてくれるものばかりだ。いわばアンビエントのハードコア。

 今回ご紹介するのは『アンタイトルド(2011)』という作品である。このアルバムは素晴らしい。なぜならロペスが長年制作しているアンタイトルド・シリーズであるにかも関わらず、一枚のアルバムとして成立しているように思われるからだ。収録している「楽曲」(今回はフィールド・レコーディング)、その構成、アルバム・ジャケットの凝り方などからわたしがそう推測しただけもしれないが、一枚を聴き通してみると、ストーリーのような流れが感じられた。

 本作は、ポーランドの実験音楽/ノイズ・レーベル〈ネフライト〉から444部リリースされたアルバムである。アルバム名どおり2011年に、東京、ブラジル、オーストラリア、北アフリカ、コスタリカ、メキシコ、ニュージーランド、モロッコ、スペイン、ペルーなど世界各地で録音されたマテリアルを使用している。本CDは、“#291”、“#278”、“#279”、“#289”、“#286”、“#287”、“#288”、“#292”の全8トラックで構成されており、それらフィールド・レコーディング音は、近年のロペス作品がそうであるように、音響空間の遠近法が極端に強調され、ときにはミュージック・コンレートのような音響が展開されていくのだ。まるで世界のザワメキを彼の耳と彼のマイクがこう捉えたという記憶/記録であるかのように。

 アルバムは東京での録音“#291”からはじまる。虫の声。鐘の音。どこかの寺での録音だろうか。否応にも日本という土地の刻印を感じる音だ。甲高いカラスの鳴き声。そしてまた虫の声。それらの音がロペス的なサウンド・パースペクティヴによって脳内に鳴り響く。その音響は、意味を剥ぎ取られ、まるで電子音響のようにも聴こえてくる。あまりに強烈に音の本性が剥き出しになった結果、その音が、音の意味を超えて、新しいサウンドとして生成したかのようである。

 この1曲めでわかるように、本作もまた近年のロペス的な「わかりやすさ」が全面化している。いわばミュージック・コンクレートを聴取するように、フィールド・レコーディング音をリスニングできるのだ。その傾向がもっとも出ているのが、2曲めに収録された“#278”である。この楽曲は、本作のどのトラックよりもエディットをされているように聴こる。もはや元音が何の音か聴き手はわからないほどだ。むろん、音の質感や運動感などから、この音が現実にあった何らかの音というのはわかる。しかし、録音によって極端に強調された音の蠢きは、まるで電子音のようにしか聴こえないのである。また曲内いくつものサウンド・エレメントが接続されているようにも思える。結果、この“#278”は、ほとんどミュージック・コンクレートのように聴こえるのだ。もしかすると、ほとんどノン・エディットの曲という可能性もあるが、仮にそうであるとするなら、なおのこと驚愕である。このように「世界」の音をとらえるロペスのマイクロフォンと彼の耳の独自性に唸らざるを得ない。

 そのエディット感覚がさらに全面化するのは、3曲め“#279”といえよう。冒頭、何か豪雨のような音が炸裂し、その後はしばらくロペスの微音系の楽曲のように、静寂で鼓膜を震わすような音が持続する。この曲は「 [Raw Material Provided By] incise」と記載があり、いわば インサイズによってロペスのマテリアルをエディットしたものなのだろう(インサイズはフランスの〈ドローン・スウィート・ドローン〉などからCD-R作品をリリースしている音響作家)。ここでは「Raw Material」の名のとおり、霞んだサウンドが編集され独自(ロペス作品としては異色な)持続が生まれている。曲の終わり近く少しだけ音が増大化する構成も見事だ。

 4曲め以降はロペスのサウンドに戻り、世界各国で録音されたサウンドが展開していく。4曲め“#289”は、ブラジルのマモリ湖で録音されたものだが、冒頭に、人が小さく囁くような声も録音されており(ロペス本人か?)、息を潜めて、孤独に世界と向き合って録音されたものだということがわかり感動的である。そしてこの“#289”が4曲めに収録されていることは、明らかに意図的であり、アルバム全体がひとつの流れ(ストーリー)によって構成されていることの証明にも感じる。録音、編集、別の人による再編集。そして録音者の囁き声、息吹、さらに世界の音へと。そう、このアルバムは、録音/編集による「世界」の音を横断/越境する耳の記録=旅ではないか。ここにはロペスの耳が、そのマイクが捉えた新しい音の風景とストーリーがある。そしてテーマがある。思想がある。それは言葉ではなく、この世界に満ちた音の蠢きの中にあるものだ。

 それはどういう思想か。世界の音は、マイクロフォンを経由することで、すべてまったく新しい「音楽」になるというものではないか。音楽=世界論。アルバムは雨、雷、鳥の声、風と音、虫の音などが交錯し、音の連鎖によって世界を巡るのだが、同時に本来の意味から切り離され、聴き手のイマジネーションによって再生成し「音楽」となる。そう、ロペスは世界には、そのような「音楽」が満ちていることを証明していくのだ。

 これは「ありのまま聴く」というケージ的な態度=思想とは似て非なるものといえよう。なぜなら、ロペスの音は独自の遠近法を獲得している。それは世界の音そのままではない。そのロペス的な音の操作は、聴き手の記憶に作用する。聴いたことのある音/聴いたことのない音の境界線が消え、新たな音響空間が生成する。本作は、そんなロペスの思想=音が、いくつもの楽曲によってコンパクトに構成された見事なアルバムである。

 最後に本年リリースされたロペス作品の傑作をもう一枚紹介。その名も『ハイパー・レイン・フォレスト』。マルチ・チャンネル用に作られたインスタレーション用の音源だが、それをステレオ音源に再構成。結果、音の密度と運動と移動の感覚が、これまでのロペス作品以上に強調され、聴いているとまったく新しい「世界」へと連れていってくれるような体験ができる。これもまさにアンビエントのハードコアだ。『アンタイトルド(2011)』と共にフランシスコ・ロペスの現在を刻印したアルバムとしてお勧めしたい。

Matchess - ele-king

 五雲、というのは仙人や天女が遊ぶところにかかるという五色の雲のこと。なぜ雲に五色を感じたのかはわからないけれども、昔の人なりにネオンというか、常世の艶やかで華やかでありえないありがたさを表現するための舞台装置だったのかなと想像する。さて筆者は最近この雲を見た。展望のある台地に鈍い光がまじりあって分離して5つほどの色のかたまりになって、それを割ってその光たちの親であるもっともまばゆい光線が差し込んできたのを見た──。

 というのは夏休みに読みかじったエドモンド・ハミルトンの影響とかではなくて、マッチェスことホイットニー・ジョンソンの『セラファストラLP』を聴いて自動筆記的に描出されたイメージ。これはもともとは〈デジタリス〉からリリースされていた作品で、同レーベルの女流シンセジスの正しき血統を感じさせる。冒頭の“ザ・ニード・オブ・ザ・グレイテスト・ウェルス”にもあきらかな、クラスターやクラウス・シュルツェ、あるいはローリー・シュピーゲルなどを彷彿させるミニマルなシンセ/アンビエント・トラック。反復ビートも心地よい。いずれもエメラルズ以降を生きる耳には馴染み深いものだが、中盤からその鈍色の音のカーテンをやぶって入ってくるギター・ノイズがなんとも美しい暴力性を発揮していてすばらしい。ノイズも一様ではなく、スロッビング・グリッスルをなぞるような展開もあり、インダストリアルとコズミックと、サイケデリックとパンクとが放射状に一斉射撃される様は圧巻。現在形の女流(宅録女子と呼んでいたころもありました)との同機ということでいえば、メデリン・マーキーからエラ・オーリンズ、さらにゾラ・ジーザスまでの振れ幅を持つ怪作だ。ローレル・ヘイローやあるいはピート・スワンソンなど、テクノ的要素だけが見当たらないだろうか。ジョンソンはヴァーマ(Verma)というバンドのキーボードとしても活躍しており、スペーシーなインプロと女性ヴォーカルが特徴的なそのサイケ・バンドでも重要な役割を果たしている。

このヴァーマをリリースしているシカゴの〈トラブル・イン・マインド〉が、ジャケットの装いもあらたにヴァイナルとして出し直したのが本作。〈デジタリス〉版のカセットのジャケット・デザインの、あの時代を忘れて漂流するがごときSFチックも非常によくこの作品の性格をあらわしていると思うけれど、こちらの〈モダン・ラヴ〉的なインダストリアル感、モノクロームなウィッチ感もいい。エキセントリックさが抑えられて、よりいまらしさが捉えられている。『ele-king vol.6』の女流宅録電子音楽特集からずいぶん時間が経ったけれども、プロデューサー気質の個性的な女流は涸れることなくどんどんと後続を生みつづけていて、「男勝り」ではなく個としてつよく勝ったその姿に毎度惚れている。

interview with Oh Shu - ele-king


王舟 - Wang
felicity

Indie Rock

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 7月17日、夜10時。渋谷・スペイン坂の上にあるライヴ・ハウス〈WWW〉は親密な空気で満たされていた。その日の主役はファースト・アルバム『Wang』をリリースしたばかりの王舟で、彼はオーディエンスの拍手によって2回めのアンコールに引っぱり出されてきたところだ。グレーのポロ・シャツにブラウンのパンツという、普段、酒場で出会すときとまったく同じ格好をして、寝癖がついたままの頭を照れくさそうに掻きながら現れた王舟に、PA卓の後ろで観ていたceroの髙城晶平、Alfred Beach Sandalの北里彰久といった友人のミュージシャンや、ステージにいるホライズン山下宅配便/片想いの伴瀬朝彦、GELLERSのシャンソンシゲルといったサポート・メンバーから冷やかしの声が飛ぶ。それをフロアの壁に寄りかかったトクマルシューゴが楽しそうに見つめている。

 そう、これまでディスコグラフィには2010年に制作した『賛成』と『THAILAND』という2枚のCD-Rしか載っていなかった、世間的には無名だと言っていいだろうこのシンガー・ソングライターは、いま注目を集めつつある東京の新しいインディ・ミュージックにおいて、愛すべき人柄と、何より素晴らしい楽曲でもって欠かせない人物だと認識されているのだ。そして、王舟が簡単な感謝の言葉を述べてから歌いはじめたのが、オープニング・アクトを務めたHara Kazutoshiの「楽しい暮らし」だったのは、彼の哲学を反映していたように思う。たしかに、記念すべきデビュー・アルバムのリリース・ライヴの締めに選んだのがひとの曲で、しかも、最後はHaraにヴォーカルを取らせ、会場も当然のように盛り上がっていたのは奇妙な光景かもしれない。ただ、それぐらい、「楽しい暮らし」は王舟と仲間たちにとってアンセムになっているのだし、王舟は音楽を通して自己を表現するよりも、音楽を通して他者と繋がり、音楽を通して新たな空間をつくりあげることを第一義としているのだ。王舟が歌うとき、そこは、他でもない、音楽の鳴る/生る/成る場所になる。

 アルバム『Wang』の最後を飾る大らかな名曲“Thailand”で、「タイに帰るの」とうれしそうに話す彼女に対して、主人公は困惑しながら呟く。「Where is Thailand?」。この“Thailand”は、つまり、異世界の象徴である。あるいは、それは“音楽のなる場所”のことなのかもしれない。だから、王舟にも訊くことにしよう。――「Where is Thailand?」と。

■王舟(おうしゅう)
2010年に自主制作CD-R『賛成』『Thailand』をリリース。以降、東京を中心にソロ、デュオ、バンド編成など、さまざまな形態でライヴ活動を行う。今年7月に、待たれていたファースト・アルバム『Wang』をリリースした。


自分も含めて関わってくれたひとは他の仕事をしていたりするんで。それもあって、アルバムを“創る”って感じじゃないんですよ。ゼロから何かを生み出すというよりは、日常の用事のひとつみたいな感じで。

デビュー・アルバムがこうしてプレスされて、いまは「ようやく終わった」という感じ? それとも、「ようやくはじまる」という感じ?

王舟:どうっすかねぇ……。でも、“終わった”って感じはしないな。頭では終わったってわかってるんですけど、身体はとくに反応がなくて。それだけ、時間が長くかかっちゃったから。

レコーディングが日常になって、身体がその生活に慣れてしまったということ?

王舟:レコーディング自体は2012年の9月には終わってたんですけど、なかなか満足のいくミックスができなくて、そこからさらに時間がかかってしまったので、レコーディングが日常になったというよりは、アルバムについて考えるのが日常になっていたという感じですね。だから、取材を受けているいまもあまり変わらないという。

“アルバムについて考える”といっても、壮大なコンセプトを掲げたような作品ではないよね。

王舟:そうですね。考えていたというのは、単純に作業のスケジュールを組んだりだとか。自分も含めて関わってくれたひとは他の仕事をしていたりするんで。それもあって、アルバムを“創る”って感じじゃないんですよ。ゼロから何かを生み出すというよりは、日常の用事のひとつみたいな感じで。でも、それがあったからこそ、毎日、張り合いがあった。もちろん、最終的には答えを出さなければいけないことなので、プレッシャーもなくはなかったんですが。

なるほど。ところで、アルバムを聴いてまず思ったのは、CD-R『賛成』『THAILAND』(鳥獣虫魚、2010年)の楽曲も再演しているけど、雰囲気ががらっと変わったなと。

王舟:『賛成』はほとんどひとりでつくっていて、そうするとああいう雰囲気になるんですよ。でも、ひとりでやるのはいつでもできるので、今回は同じ楽曲を使って、ひとといっしょにつくるとどうなるんだろうかっていうのが最初に考えていたことでした。

『賛成』につづく『THAILAND』にはmmmoono yuukiをはじめとして何人かのミュージシャンが参加していたよね。その延長線上で、『Wang』にはさらに多くのひとが関わっているわけだけど、それは、私的なものよりは、なんというか、ガヤガヤしたものをつくりたいという思いがあったということかな?

王舟:そうですね。あんまり濃い感じじゃないほうがいいというか、個性があるっていう感じじゃないほうがよかった。

『賛成』と『THAILAND』には凛とした空気を感じて、単行本『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト、2011年)の後書きに「東京のボン・イヴェールとでも言いたくなるような美しいCD-R」って書いたんだ。

王舟:そのあと、〈Roji〉で磯部さんに会ったとき「ボン・イヴェールって誰ですか?」って訊いたら「王舟は知らなくていいんだよ」って言われた(笑)。


サポートをお願いしたひとたちも仕事があるのでそこまで練習に入れるわけではなくて。それだったら、オレの楽曲を使ってセッションをするっていうジャズ・バンドみたいな形式でやるのがいいなと思ったんです。

ははは。酔っぱらってたのかな。失礼しました。でも、インディ・ロックをマニアックに聴き込んでいるというよりは、もっと大らかなタイプのミュージシャンなんだろうなと思ったんだよ。実際、『Wang』はラグタイムだったりカントリーだったりフォークだったり、オールド・タイミーなアレンジで仲間たちとセッションを楽しんでいるようなリラックスしたアルバムに仕上がっている。そういう方向性に関しては意図的?

王舟:『賛成』と『THAILAND』を出したあたりからライヴをよくやるようになったんですけど、サポートをお願いしたひとたちも仕事があるのでそこまで練習に入れるわけではなくて。それだったら、オレの楽曲を使ってセッションをするっていうジャズ・バンドみたいな形式でやるのがいいなと思ったんです。だから、もともとは時間だったりお金だったり、制約がある中で、「だったらこうやろう」という感じでできたスタイルで。

でも、その制約の中でやるのがおもしろくなったと。

王舟:オレにとって、音楽って遊びなんですよ。もちろん、演奏しているうちに熱くなってくることもあるんですけど、基本的には楽しいからやってる。

だから、キャンプテン・ビーフハートやジェームス・ブラウンのようにメンバーの生活を犠牲にして、王舟の頭の中で鳴っているサウンドを再現するみたいなやり方ではないってことでしょう?

王舟:それも憧れますけどね(笑)。でも、そういうことがやれる環境にはいないし、そもそも、そういう人間ではないのかもしれない。


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普通は、ジャズっぽいことをやりたいと思っても、ジャズのライヴ・ハウスに行って、そこに出ているミュージシャンに声をかけられないじゃないですか。こっちが敷居が高いと思っているだけかもしれないけど、〈七針〉にはそういう感じがない。

そういった、気兼ねなくセッションできるメンバーと出会ったのは、やはり八丁堀のアート・スペース〈七針〉で、ということになるのかな?

王舟:そうですね。〈七針〉で知り合った人が多いです。あるいは、〈七針〉で知り合った人のライヴを観に別の場所に行って、そこでまた知り合ったりだとか。

どうして、〈七針〉は王舟にとって特別な場所になったんだろう?

王舟:どうしてなんだろう……たとえば、以前、〈七針〉でよくセッションをしてたんです。ライヴが終わった後、出演していたミュージシャンや遊びに来ていたミュージシャンでもって。「さあ、セッションするぞ!」みたいな感じではなく、なんとなくはじまって、なんとなく終わるみたいなゆるい感じで。そうすると、「あ、このひととは合うな」とかわかるじゃないですか。それで、音源をあげたりとか、「今度、いっしょにやりましょうよ」って誘ったりとか。オレもバンドっていう形にはこだわっていなかったので、結果としていろんなひととやることになったんです。

また、〈七針〉には、管楽器だったり、弦楽器だったり、あるいはマルチ・プレイヤーだったり、さまざまなタイプのミュージシャンが出入りしているよね。

王舟:そうなんですよ。いわゆるライヴ・ハウスだと普通のロック・バンドしかいなかったりするじゃないですか。それが〈七針〉だと、ポップなバンドもいれば、ハードコア・パンクまではいかないけどうるさいバンドいたり、フリー・ジャズや現代音楽のひともいて。しかも、それぞれのひとが次のライヴではまったくちがうことをやっていたりする。しかも、みんな、音楽に対して寛容な雰囲気があったので繋がりやすかったんですよね。普通は、ジャズっぽいことをやりたいと思っても、ジャズのライヴ・ハウスに行って、そこに出ているミュージシャンに声をかけられないじゃないですか。こっちが敷居が高いと思っているだけかもしれないけど、〈七針〉にはそういう感じがない。

ただ、そっちの方が不思議にも思えるな。“ジャズ”のような共通言語がないのに繋がることができるというのは。

王舟:そう、だから、音楽の話はほとんどしないんです。セッションが終わった後は飲みながらくだらない話をしてるだけですし。でも、そうやって人柄がわかることで繋がりやすくなるのかもしれない。以前の〈七針〉では、ライヴが終わると近所のお店のひとが差し入れをしてくれて、お客さんを入れて飲み会になったり、ゆるい空気があったんですよ。そういう場所に出会えたのはデカかったと思います。

じゃあ、アルバムも〈七針〉と同じような空気感にしたいと思った?

王舟:『THAILAND』以降、レコーディングは〈七針〉のセッションと同じような感じでやるようになったので、自然と空気感が近くなったんでしょうね。楽曲にもよるんですけど、「こういうアレンジがいいんじゃない?」ってみんなで話しながらつくっていくっていう。そうすると、「ここでこう鳴らしてもいいんだ」って発見する瞬間がところどころであって、そのおかげでレコーディングの間、モチヴェーションが持続できた感じはありました。


そういうやり方ができるのはファースト・アルバムしかないんじゃないかって思ったんですよね。時間を掛けて、納得するまでつくり込むっていう。

ちなみに、今回のアルバムは、『賛成』と『THAILAND』を出した〈七針〉主宰の〈鳥獣虫魚〉ではなく、〈felicity〉から出ることになったわけだけど、その経緯は?

王舟:レコーディング中はどこからリリースするか考えてなかったんです。自分で出すか、あるいは、まわりにレーベルをやっているひとがたくさんいるからお願いしようかなってぼんやりと思っていたぐらいで、あえて答えを出さないようにしていました。そういうこととは関係なく、とりあえず、アルバムを完成させようと。

でも、それって不安にならない? 完成してもリリースできないんじゃないかって。

王舟:そういうやり方ができるのはファースト・アルバムしかないんじゃないかって思ったんですよね。時間を掛けて、納得するまでつくり込むっていう。セカンドを〈felicity〉で出すかどうかはまだわからないけど、もしそうなったら、次は締め切りがあるでしょう。

昨年だったか、達彦(仲原達彦/『Wang』を担当した〈felicity〉のA&R)が〈felicity〉に入ることになったとき、「まずは王舟のアルバムを出そうと思うんです」と言っていたよね。

仲原:僕が王舟と話をしたのは3回めのミックスの時ですね。

王舟:アルバムを録りはじめたのは2011年なんですけど、1回めのミックスは録り音がよくなかったので満足できなくて、結局、最初から録り直したんです。それで、2回めのミックスをしたんですけど、今度はミックス自体が「もうちょっと出来るんじゃないか」って感じた。だから、タッツ(仲原)に「どうしたらいいかな?」って相談したことが〈felicity〉で出すことになったきっかけですね。

達彦は完成したアルバムを聴いてどう思った?

仲原:こんなことを言うのは安易かもしれないんですけど、それでも、聴けば聴くほど、王舟らしいなと。自分から湧き出てくるものを表現するのではなく、出会った人と音を鳴らすっていうか。


音楽ってもともとそういうものだと思うんですよ。自己を表現するのではなくて、自然の調和を表現するっていうか。

先程、「(レコーディングは)ゼロから何かを生み出すというよりは、日常の用事のひとつみたいな感じ」、あるいは、「(アルバムの出来は)あんまり濃い感じじゃない方がいいというか、個性があるっていう感じじゃない方が良かった」と言っていたけど、王舟にはいわゆる“自己表現”のようなものから距離を置こうとしている感じがあるよね。

王舟:「音楽は自己表現」みたいな考え方が当たり前になっていることは嫌だなとは思いますね。何か言いたいことを音楽を使って表現するということがあまり好きではなくて。個人的な好みとしても、主張が強くない音楽が好きだったりしますし。メッセージみたいなものがなくても、曲の旋律とか音の並び方が魅力的だったらそれでいいんじゃないかなって。

それは、昔から思っていたことだったの?

王舟:そうですね。それに、オレがどう考えているかというよりも、音楽ってもともとそういうものだと思うんですよ。自己を表現するのではなくて、自然の調和を表現するっていうか。

アリストテレスの「芸術は自然の模倣である」っていうやつだね。

王舟:自然っていう普遍的なものがあって、それに近づきたいみたいな欲求は、自己っていうものが発見される以前からひとが持っていた感覚なんじゃないですかね。個人的にもそういう作曲観の方が好きですし。

そういう観点から影響を受けたミュージシャンはいる?

王舟:わかりやすいところで言うとバッハとか……。

えー、バッハ!?

王舟:あとはジュディ・シルとか。身近なひとだとmuffinさんとか。ただ、“自然”や“調和”っていうと大袈裟に聞こえるかもしれないですけど、(机の上のペットボトルを手に取って)こういうものと同じだと思うんですよ。これって、ひとに不快感を与えないようにデザインされてるじゃないですか。

サティの「家具の音楽」みたいなこと? ちなみに、英詞が多いのもそれと関係している?

王舟:そうですね。やっぱり、音に日本語を入れるとざらざらして、滑らかさが減るので。意味がわかるっていうことは引っ掛かりが多過ぎるということでもありますし、それよりは意味がわからないもの、抽象的なものが好きなんですよね。

『Wang』の製品盤をもらったとき、ジャケットも抽象的だし、帯に「注目のシンガーソング・ライターがデビュー!」みたいなコメントも書いてないし、「おしゃれだなー」と思った。

王舟:ははは。ジャケットとデザインに関してはタッツとつんちゃん(惣田紗希)にお任せしたので。


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そもそも、音楽がすごく大事なものとして扱われるのがあまり好きじゃないんですよ。スタンダードってそういうところがないじゃないですか。


王舟 - Wang
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達彦としては、ここまで主張のないアーティストを売り出すことを難しいと思わない?

仲原:曲はわかりやすいじゃないですか。聴いてさえくれれば理解してもらえるはずなので、そこまで難しいとは思っていないですね。だから、ジャケットに関しては王舟のそういう性格を上手く生かすというか……「何だろう、このCD?」って手に取ってくれるようなものにしようと。僕自身、『賛成』を初めて聴いたとき、どんなひとなのか前情報が何もない状態で再生して「いいな」と感じたので、これから王舟を知るひとにもできるだけそういう状態で触れてほしいんです。

ひとつ思うのは、本当に衒いがないというか、オーセンティックでスターンダードなひとなんだなということだよね。最近のライヴで“500マイルズ”と“アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ”をカヴァーしてるでしょう? いま、あの2曲を普通に歌えるひとはなかなかいないよ。

王舟:いろいろな音楽を聴くんですけど、サイケでもレア・グルーヴでも、結局、それぞれのジャンルでいちばん有名なひとが好きなんですよ(笑)。だから、ジュディ・シルを知ったときは「こんなにスタンダードなことをやっているひとがなんでこんなに知られてないんだ?」って驚きましたね。

まぁ、ジュディ・シルも音楽好きにはよく知られているわけだけど、「こんなにスタンダードなことをやっているひとがなんでこんなに知られてないんだ?」というのは、王舟自身がまさにそうだよね。そういえば、アルバムの1曲め“tatebue”の歌い出しが“バッド・バッド・ウィスキー”に似ているんだよね。あの曲は『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)の挿入歌でもあるから、王舟が酔っぱらってる姿を思い出して笑っちゃうんだけど(笑)。

王舟:その曲と似ているのはいま言われて気づいたんですけど、オレもそういう酒場の音楽が好きっていうか、そもそも、音楽がすごく大事なものとして扱われるのがあまり好きじゃないんですよ。スタンダードってそういうところがないじゃないですか。

昔、「音楽のいちばん美しい消費のされ方はBGMである」というコラムを書いたことがあるけどね。

王舟:まさに。そういう方が美しいですよね。

王舟にとっての理想の音楽は、陶酔するようなものではなく、むしろ、聞き流せるようなものだということかな。

王舟:みんながガヤガヤしているところで何か曲が流れている。ふと、「これって何て曲なんだろう」って耳を澄まして聴いてみたらすごくいい曲だった。そんなときって感動するじゃないですか。

そこにいる誰もが音楽を聞き流しているようで、じつはその音楽が空間に作用していたことがわかる瞬間というかね。

王舟:いまって、何の音楽を好きかによって派閥になっているようなところがありますよね。オレはそういう、ひとの価値観を限定する音楽よりも、むしろ、価値観が凝り固まって疲れたときにラクにさせてくれるような音楽の方がいい。もちろん、何かにハマるのは楽しいことだけど、音楽にハマることが他人との壁をつくるように機能してしまったら残念じゃないですか。


オレはそういう、ひとの価値観を限定する音楽よりも、むしろ、価値観が凝り固まって疲れたときにラクにさせてくれるような音楽の方がいい。もちろん、何かにハマるのは楽しいことだけど、音楽にハマることが他人との壁をつくるように機能してしまったら残念じゃないですか。

ただ、“BGM”や“ラクにさせてくれるような音楽”といっても、『Wang』はエレベーター・ミュージックやヒーリング・ミュージックみたいな無味無臭なものとも違う。どこか人懐っこいところがあるのは、職人的な作業としてではなく、仲間と遊びながらつくっているからだと思うんだけど。

王舟:ああ、そうかもしれませんね。

ちなみに、先程、英詞が多いのは「日本語だと滑らかさが減る」からだと解説してくれたけど、内容自体も淡いイメージというか、まぁ、言ってみればたわいないラヴ・ソングが多いよね。

王舟:そうですね。たわいない感じがむしろいいんじゃないかと思うんですよね。Hara Kazutoshiさんの歌なんかも簡単な言葉しか使ってないけどぐっとくる。だから、歌詞にしてもコードにしてもできるだけシンプルなものを使うっていう制約の中でやりたいと思ってます。印象に残る言葉みたいなものは要らないんじゃないかな。ありきたりな言葉を、ありきたりじゃない響きで聴かせられたらいいなと。


音楽に影響を与えているとしたら、「どこがルーツか」ということよりも、「どういうひとと接してきたか」ということがデカいんじゃないかな。

言葉と言えば、王舟は上海生まれだよね。このアルバムも『Wang』という君の名字をタイトルにしているわけだけど、“王”は中国でいちばん多い名字でもある。つまり、私的にも、抽象的にも取れる。そこで訊きたいのが、「自分のルーツが自分の音楽に影響を及ぼしていると思うか」ということ。

王舟:『Wang』ってタイトルもタッツが付けたんですよね。オレ自身はルーツに関してとくに意識はしていないです。大事にしようと考えているわけでもなくて、かと言ってぞんざいに扱っているわけでもない。でも、音楽に影響を与えているとしたら、「どこがルーツか」ということよりも、「どういうひとと接してきたか」ということがデカいんじゃないかな。美意識みたいなものは生まれつき持っているわけではなくて、積み重ねでできあがるものだと思うから。

ああ、なるほどね。自分で選べない“Roots”よりも、自分で選び取ってきた“Routes”の方にリアリティを感じるというのは、当然と言えば当然の話だよね。

王舟:それも意識してないんですけどね。たとえば、「この音楽、いいな」と思うのって無意識じゃないですか。そして、その経験が積み重ねられていくことによって、「ああ、おれはこういう音楽が好きなんだ」って意識する。音楽をつくるときも、曲の書き方だったり、音の出し方だったりは無意識だと思うんですよね。いまはそれを意識的に説明してますけど。

そういえば、松永良平さんのインタヴューで「ちっちゃいころに上海でニューオリンズ・ジャズを結構聞いてたんですよ。でも、そのころの記憶って、一回日本に来てから、完全に途切れて忘れてた。それを、NRQを聴いたときに思い出したんです」と語っていたけど、NRQって疑似的なルーツを鳴らすバンドなわけで、それを聴いて自分のルーツを思い出すというのはおもしろい話だなと思ったんだよね。王舟の音楽自体、スタンダードだったり、ノスタルジックだったりするものの、それって擬似的な標準だったり記憶だったりするんじゃないか。

王舟:ニューオリンズ・ジャズを聴くと「懐かしい」と思うんですけど、ニューオリンズなんて行ったことないですからね(笑)。それってよく考えるとすごい。

それは、ジャズを通して子どもの頃にいた上海を懐かしんでいるだけではなく、音楽そのものからノスタルジーを感じ取っているということだよね。

王舟:そういうふうに、音楽が感じさせてくれるものって、演奏者の自己だけじゃなくて、見たこともないどこかの風景だったりするからこそおもしろいと思うんですよね。

王舟の音楽に“ルーツ”があるとしたら、それは参加している友人たちとの関係なのかなという気はする。

王舟:そうかもしれませんね。でも、聴いているひとは気づかなくてもいいかな。


自分の生まれ育ちが自分の音楽に影響を与えているとしたら、それこそ、“個性を出す”という欲求がないところなのかもしれないです。だって、オレが子どもの頃に日本に来たとき、まず思ったのは、「普通になりたい!」ってことだったんですもん。

しかし、自分自身に興味がないところは徹底してるよね。

王舟:ああ……話していて思ったんですけど、自分の生まれ育ちが自分の音楽に影響を与えているとしたら、それこそ、“個性を出す”という欲求がないところなのかもしれないです。だって、オレが子どもの頃に日本に来たとき、まず思ったのは、「普通になりたい!」ってことだったんですもん。わざわざ個性を出そうとしなくても、まわりから個性的だと思われちゃうから。それと「普通のアルバムをつくりたい」と思ったことは繋がっているのかもしれない。

さっき、「王舟にとっての理想の音楽は、陶酔するようなものではなく、むしろ、聞き流せるようなもの」と言ったけど、むしろ、君は、音楽が陶酔によって自己から解放してくれるところに魅力を感じているのかもしれないね。

王舟:それはあるかもしれないです。たとえばニューオリンズ・ジャズの歴史を調べていたら、もともとは日曜の公園にバラバラの土地からいろいろなひとが集まっていっしょに演奏するところからはじまったっていう。そういう音楽のあり方には憧れますね。

演奏の中で自己から解放されてひとつになっていくという。ただ、王舟の音楽は、ニューオリンズ・ジャズをそのまま模倣しているわけではなくて、“王舟の音楽”としか言いようがない独特のものになっているわけだけど、あたかも昔から存在しているもののように自然に聴けるっていうのが『Wang』のおもしろいところだね。

王舟:みんなで集まって音楽をやるという行為から、ジャズという名前を取ったとしても、楽しさは残っているじゃないですか。それを言い表す言葉はないけど、まさに“そういう音楽”がやりたいんですよね。


Taylor McFerrin - ele-king

 秋といえばジャズ、そこでテイラー・マクファーリンだ。もちろん日本初の単独公演です。大阪、東京でそれぞれ1回限りです。
 えー、日程は、
 2014年9月25日(木)@東心斎橋CONPASS
 2014年9月26日(金)@渋谷WWW
 more info : https://www.beatink.com/Events/TaylorMcFerrin/
 です。

 ビートインクから送られてきたメールによれば「テイラー・マクファーリン再来日公演に大注目の共演ドラマー、さらに東京公演のサポート・アクトが決定!」
 「今回の公演で日本人ドラマーとの共演を望んだテイラーからの熱いラヴコールに応えたのは、現在20代では右に出る者がいないと言われる若き超絶ジャズドラマー《石若駿》だ」「幼少期からドラムをはじめると、さっそくその才能をかのハービー・ハンコックからも認められ、弱冠15歳にして日本を代表するジャズ・トランぺッター日野皓正のクインテットのメンバーに抜擢されるなど、その実力は折り紙つき。2012年にはフジテレビ放送のアニメ『坂道のアポロン』のドラム演奏とモーションを担当し世間の注目を広く集め、昨年には石若駿Trio名義でのミニアルバムを発売、リズム&ドラムマガジンの“次世代”Jazz Drummer特集に取り上げられるなど、日本の新世代のJAZZを担うスーパー現役音大生である」
 「東京公演のフロントアクトには、現在その人気と認知度を飛躍的に高めている《fox capture plan》が決定。コンテンポラリー・ジャズとポスト・ロックの融合をコンセプトとし、昨年12月に発売した2ndアルバムが[JAZZ JAPAN AWARD 2013]アルバム・オブ・ザ・イヤーニュー・スター部門、さらに[第6回CDショップ大賞2014]ジャズ部門賞を受賞するなど空前の勢いに乗るピアノ・トリオ。前作からわずか半年でリリースされた最新作『WALL』もこれまでよりダンスロック色を強め、より広いジャンルのリスナーにリーチする仕上がりだ。ジャズをルーツにしながらもジャンルの垣根を越えた活躍をみせる2組が魅せる一夜にますます期待が高まる」

 エレキングもただいま、別冊エレキング『プログレッシヴ・ジャズ』を準備中。乞うご期待あれ。

FKA twigs - ele-king

 「今年はゼロ年代がちゃんと終わった」などという生意気を、『ele-king vol.12(BEST OF 2013特集)』のマイ・プライベート・チャート10に書き込んだのは、アルカの『&&&&&』(self-released)を1位に、そしてそのアルカがプロデュースしたFKAツイッグスの『EP2』(Young Turks)を6位に選んだことで説明責任は果たせるだろう、と思ったからだった。そう、かつて『remix』マガジンが副題に掲げていた「THE SHAPE OF MUSIC TO COME」というコピーがいまでも僕は好きだが、そういったものがいまでももしあり得るなら、『&&&&&』を聴いたときの戸惑いこそを信じてみよう、と。
 そして、一部の好事家はその得体の知れない音楽を便宜的に「ディストロイド(ディストピック・アンドロイド)」と呼んだわけだが、そのイメージを決定づけたのはやはり、FKA ツイッグスの『EP2』によるところが大きい。FKAツイッグスをめぐっては、通常、コクトー・ツインズやポーティスヘッドの名が出がちだが、むしろ『EP2』は、あそこまで人間臭い音楽はとても聴いていられない、という人向けに遺伝子操作された極めて人工度の高い音楽だったハズであり、それはアルカとの異次元的なコラボレーションで知られ、この『LP1』にもヴィジュアル面の担当で参加しているジェシー・カンダの作り出す世界観が背景にあるのも大きいだろう。
 音楽の中から人間の気配を極力消し去ってしまうこと。『EP2』までのFKAツイッグスとArcaの試みを比較すべきは、だから、〈フェイド・トゥ・マインド〉のケレラではなく、正しくは〈リヴェンジ〉のホーリー・ハードンだったのだろう。同じ2012年に“ブリーズ”なる同名曲を各々リリースしているのが興味深いが、声の質感やトラックの中での配置「だけ」を楽しむ世界というか、そこではヴォーカルとオケのどちらが偉いというわけでもない。いわゆる「インディR&B」的な機運を準備したのがジ・ウィークエンドだったにせよ、インディ・ロックの側からその機運に応えていたのがハウ・トゥ・ドレス・ウェルだったにせよ(彼を「BPM20ヴァージョンのマイケル・ジャクソン」と評したのはどこの海外メディアだったか)、僕に言わせれば彼らはいささか「歌い過ぎ」た。

 そういう意味で言うと、引きつづき〈ヤング・タークス〉からのリリースとなった本作『LP1』も、やや歌い過ぎといえば歌い過ぎの作品ではある。レーベル側の都合なのか、それとも正式なフル・アルバムを準備中のアルカとのスケジュール調整の都合なのか、あるいは彼女自身の要望なのかはわからないけれども、一転してアルカのプロデュース曲が激減した本作では、『EP1』から『EP2』に飛躍したときほどの距離を飛べてはいない。「10年早い音楽」が「3年早い音楽」くらいのポップ・バランスになった、とでも言うか。一方、アルカの代わりに主役級の抜擢を受けているのは、キッド・カディの『マン・オン・ザ・ムーン』シリーズや、ラナ・デル・レイの『ボーン・トゥ・ダイ』等々で知られる、「暗いのに売れるUSダウンテンポ」の名手であるエミール・ヘイニーだ。〈ヤング・タークス〉も恐ろしいことを考えるもので、要は「マーキュリー賞とグラミー賞の両方を狙え」というわけだろう。
 もちろん、この狙いが必ずしも裏目に出ているとは言い切れない。エミール・ヘイニーのプロデュースをアルカが演奏/打ちこみ面でサポートする“トゥー・ウィークス”と“ギヴ・アップ”は本作の目玉で、ヴォーカルとオケのどちらを聴けばいいのかわからなくなるような戸惑いや、未来を窃視しているような緊張感は薄まったが、なるほど、未来のトップ40チャートから迷い込んできたような変種のR&Bとしてうまくコントロールされている。“ペンデュラム”をプロデュースしている大御所、ポール・エプワースも同様で、『EP2』までに築かれたツイッグスの世界観を壊さぬよう、慎重に音を選んでいる配慮が伝わってくる。あるいは逆に、『EP2』の世界観に囚われ過ぎでは、という気がしないでもないが。
 逆に、アルカが唯一プロデュースを手掛ける“ライツ・オン”は、最後の1分間の展開には唸らされるが、アルバム全体からすればややインパクトに欠けるか。まあ、自分のアルバムを準備中の人間に“ハウズ・ザット”や“ウォーター・ミー”レベルのものを10曲用意しろ、というのはさすがに無理な相談のようである。そしてこれは僕の耳がひねくれ過ぎているのか、エミール・ヘイニー、デヴォンテ・ハインズ(a.k.a ブラッド・オレンジ)、クラムス・カジノ、アルカの名がズラリと並べられた“アワーズ”のプロデュース欄には驚いたが、いろいろなものを足し過ぎた結果、全員の個性がうまい具合で相殺されてしまっているように感じられたのは残念だ。意外なところで面白いのは、UKの新人R&Bシンガー、ジョエル・コンパスが作曲の共作者に名を連ねる、おそらくは本作の中でもっともふつうのR&Bに近い素材であるハズのクローサー・トラック“キックス”が、意外とドハマりしていて、ツイッグスのセルフ・プロデュース力の高さというか、どんな曲でも自分色に変えることのできる圧倒的な声の力をむしろ実証する形になっている。

 すっかり長くなってしまったが、ここまで来たので風呂敷を広げてしまおう。米メディア『ピッチフォーク』は今から2年前、インディとメインストリームのあいだに広がる第3の道を「スモール・ポップ」と呼んで何組かのアーティストを(おもにブラッド・オレンジ以降という文脈で)紹介していたけれども、そうした二項対立そのものがはたしていまでも有効なのか、ということを執念深く検証しつづけているのが今年の『タイニー・ミックス・テープス』だ。不得意な英語に目を通しながら、僕がアルカとFKAツイッグスの登場に受けたあの拭いがたい衝撃を思い出したのは、『タイニー』のコラムで次の一文を読んだときだ。「同時代に生み出される最新・最良の音楽は、いつだって私たちが想像するよりもはるかにスマートで、かつ生産的なものである」。なるほどたしかに、『EP2』や『&&&&&』は「気付けば到来していた未来」としていつの間にか眼前に迫り、ミュージック・フリークたちを中心とした決して小さくない市場を生んでしまった。そう、心配することなど何もないのだろう。
 ついでに言えば、クィア・ラップのプロデューサー陣からは、アルカと同じくミッキー・ブランコのプロデュースでブレイクしたベルリンのデュオ(?)のアムネシア・スキャナー(Amnesia Scanner)が、それこそ『&&&&&』の2014年ヴァージョンのようなディストロイド系のミックステープ『AS LIVE [][][][][]』(自主盤)をリリースしているし、そのミッキー・ブランコは自身の正式フル・アルバムを準備するかたわら、トリッキーの2014年作『エイドリアン・ゾーズ(Thaws)』にも参加、オーディションを開いてまで選び抜いたネクスト・ディーヴァ、フランチェスカ・ベルモンテと“ロニー・リッスン(Lonnie Listen)”で共演している。あるいは、メロウなR&Bに落ち着いてしまうのか、と心配されたケレラはご存じ、BOK BOKとの“メルバズ・コール(Melba's Call)”でグリッチR&Bと呼ばれるネクスト・レヴェルを披露、さらには、筆者が個人的に贔屓にしているラッパー、リーフと“OICU”で共演、彼方のR&Bを目指している。
 これらはあくまで一例に過ぎないが、とにかくクィア・ラップ、インディR&B、そしてディストロイドと、筆者がここ数年でなんとなくおもしろいと思ってきた変わり種の音楽が、インターネットを介して少しずつ折り重なってシーンのようなものを形成しつつある。トップ40との両立でも、もちろんいい。そのとき、FKAツイッグスにも「こちら側」にいてほしいと思うのである。あくまでもそうした先端部の動きと比べれば、という前置きは絶対に必要だが、FKAツイッグスは『LP1』でポップ・シーンへの配慮が過ぎたかもしれない。守りに入るには、いくらなんでも早すぎるだろう。「来たるべき音楽」が鳴る場所というものは、既知の情報がもたらす安らぎのなかで団らんする場所ではけっしてあり得ない、ということを、あなたは教えてくれたじゃないか。

いくたびでも - ele-king

 鈴木昭男と恩田晃、年齢も出自もちがうふたりはともに場と記憶にまつわる音を探究しつづけるサウンド・アーティストとしてつとに知られており、世界をマタにかけて活動を行ってきた、というより、世界は無数の場所の折り重なりなのだから場を探りつづければいきおいマタにかけざるを得ないともいえる。サイト-スペシフィック(Site-Specific)とは決まった場所に在ることであり、音楽では特定の場所に設置したサウンドアート作品を指してそう呼ぶことが多いですが、たとえば恩田晃はある場所でカセットに録った音を「演奏」することで、場所と記憶、過去の時間と現在時を音のなかに重畳しきわめて特異に響かせる。鈴木昭男については多言を要すまい。自然と語らいのなかでの音を探りつづけた彼の耳は音楽の制度と因習にとらわれず、アナラポス――糸電話の糸をバネにかえた、スプリング・リヴァーブをむきだしにしたような自作楽器――などを制作し、聴取行為を行為芸術にくりこみ、音楽とは別の音の体系を手ずからつくりあげるようである。

 ふたりには何度か共演歴があり、そのひとつはモントリオールの〈Oral Records〉から今年『ma ta ta bi』になった。「マタタビ」とは「股旅」であり「また旅」であり、場を求めさすらうふたりの音楽人生になぞらえたのだと思うが(そういえば恩田さんが日本に地を踏むのは5年ぶりだそうだ)、ふたたび、いや三度、四度といわず、彼らにとって出会いは旅路の交錯であり、場から場へ移る過程の途上であり、いくたび目かの出会いへのさきぶれであり、演奏は終わっても音に終わりはない。彼らが去った後はその場さえ変わってしまうようだ。いや変わったのはこっちの耳のほうだったか。
 9月20日はマタタビの日ですね。

●公演詳細
鈴木昭男/恩田晃 デュオ・パフォーマンス

日程:2014年9月20日(土)
会場:17:00 開演:17:30
会場:原美術館ザ・ホール 東京都品川区北品川4-7-25 Tel 03-3445-0651
出演:鈴木昭男、恩田晃
チケット:4,000円(入館料・税込み)

お申し込みは以下より
原美術館 詳細ページ
https://www.art-it.asia/u/HaraMuseum/sHYBk6enGT7UOAatlmQr/

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