去年の秋ぐらいから中古レコードで見かける高い値段のレコードに興味を持っちゃって、ジャンルも知識も関係なく、ただ高い値段が付いているというだけで「どうしてこんな値段になるのか」と考えながら聴くようになって。高いまま買ってしまうこともあるけれど、たいていは同じものがCDで再発されていれば、そっちを聴いてみるので、意外と数もこなせるし、まー、何よりも思わぬ出会いが多く、自分がどこへ向かっているのかさっぱりわからない感じがまた面白くて。アーカイヴ=整理された事態ではなく、むしろ、その中で迷子になる方法を見つけたというか。
とはいえ、それはあくまでも他人の評価が導線になっているわけで、「なるほどこれに7000円という値段をつけたくなる気持ちもわからなくはない」という聴き方は、どれだけ音楽とダイレクトに結びついて聴いたつもりになっていても、どこかに「確認」という感覚が残っていることは否めない。どうしたらレコード・レヴューを読まずに、しかし、いいレコードに辿り着くかというのは昔からの大きな課題だし、「高い値段」というのもそれを回避する方法のひとつになると思ったのだけど、どんな音楽にも「他人の耳」はついて回るのだなーと。『12枚のアルバム』の中原昌也じゃないけれど、「確認」というのはつまらないものに対して用いられる作業であるべきであって、「言葉を失うほどの音楽体験」を必要とするものがやることではないんだなー(REMIXで最後になってしまった連載ページを参照)。
そうなると、一律に似たような値段が付けられた新譜から1枚を選ぶ方がやはり近道である。いい音楽と出会う確率は低くなるかもしれないけれど、言葉を失う確率は格段に高い。プロフィールさえよくわからない新人のアルバムに手が伸びてしまうのはそういうわけである。そして、この文章を読む人にとってはそれが「他人の耳」となって、その人(つまり、あなた)にとって、この音楽を聴くことは「確認」でしかなくなってしまう。なはは。では、手短に。
シャーロッテことスカーレット・スカンパーとトビー(あのトビーではない)によるチープなパンク・ポップの1作目。ムーやチックス・オン・スピードがダンス・ビートから完全に離れ、ドイツ風のスラップスティックな展開をふんだんに持たせた打ち込みパンク(うわあ~懐かしい表現)。TTCがバンドになったというか、アタ・タック+ディジタル・ハードコアつーか。......もっと読みたいですか?





















いやー、本当に、ぶっ飛びすぎ!......てか、笑えてくる。壮大な"エイリアン・ミュージック"に出会ってしまったのかもしれないな。黒光りするシンセが痛いくらいにまぶしいぜ。
DJワダの〈イグナイト〉でのアンビエント・セットを終え、天狗食堂で開かれていたDJサチホがオーガナイズする〈リリース・シット〉に駆けつけると、週末の朝に特有のとても良い空気が流れていた。DJはサチホ~スポーツ・コイデ~イナホ~リョウ・オブ・ザ・デックス・トラックスの面子でのローテーションだった。グルーヴがキープされたまま新旧のディープ・ハウスがたんたんと続く。朝の9時をしばらく過ぎると天狗食堂のイナホがロングミックスを聞かせる。足の運びが軽やかだ。スネアに引っかかりがあるが、スマートなミ二マル・ハウスがじょじょに子供の声と水の音、透明感のあるシンセとともに広がっていく。誰も声を上げず首を振りながらその音楽をきいていた。そのトラックここに挙げた。ミルコ・ロコのリカルド・ヴィラロヴォスによるリミックスである。
エルサレム出身でニューヨーク在住のパレスチナ人パーカッショニスト、ラズ・メシナイが率いるバダウイのニュー・シングルを紹介しよう。ラズ・メシナイとは......その名前とバダウイ、サブ・ダブ、ベドウィンといった4つの名義を使い分け、DJスプーキーのホームである〈アスフォデル〉、ビル・ラズウェルのリリースでも知られる〈リオール〉、DJワリーが率いる〈アグリカルチャー〉等から数々の傑作を放ってきた男だ。ニューヨークのアンダーグラウンドを象徴するアーティストであり、ユダヤの政治と宗教をテーマにしたサウンドと彼の芸術、そしてその超絶的なパーカッションのテクニックは多方面で高い評価を得ている。最近ではクロノス・カルッテットやジョン・ゾーンとの競演も話題になった。
