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ナイス・ナイスの音楽は非常にヴァーチャルな想像力を刺激する。そこで体験すること、見ることや聞くことは、この目この耳この手で感じることではない。それはなにかもっと間接的なもの、まるで自分自身の......アバターが体験しているもの、そんな気がしてくる。よく設計された音世界。隙間なくめぐらされた打ち込みの音ひとつひとつがこの世界のねじ釘だ。トライバルで多層的なビート、和太鼓を思わせるタムの乱れ打ちはその動力源、モーターだ。たとえば映画『サマー・ウォーズ』の舞台、あの可愛らしくクリーンにデコレートされた二次元の惑星を思い浮かべるとしっくりくるかもしれない。国境や国籍が一旦キャンセルされ、距離という概念が存在しない仮想世界に、あらゆる人種が思い思いの姿かたちで入り交じって生活している。鳥が飛び、車が走り、人が繋がり、金が動く。現実世界さながらの圧倒的な重層性と複雑な構造を抱えて稼働する、擬似世界。
ギタリストとパーカッショニストによるポートランドのエクスペリメンタル・デュオ、ナイス・ナイス。活動自体は90年代半ばから続いているようだ。ファースト・アルバム『クローム』が〈テンポラリー・レジデンス〉からリリースされているが、それでさえ2003年に遡る。そしてふたりは2006年〈ワープ・レコーズ〉とサイン。バトルスの発掘以来さらに新たなフェイズに突入し、IDMという言葉の限界を拡張しつづける〈ワープ〉が2010年に提示するものは何か? 本作は、そうした期待と注目をもって迎えられたセカンド・フルということになる。
擬似世界と言ったが、カオティックでありながらも緻密な重層性を抱え込んだナイス・ナイスの音には、だからメロディ、主題というものがない。そもそも主体がない。とにかくあらゆる効果音やらミニマルな反復を続けるギターやら打楽器やらが洪水のように渦巻いて、とことんハイパーに運動しつづける。音のインフレーションが止まらない。ある特定の主体の眼差しから捉えられた世界の描写(それがメロディ、主題というものだ)ではなく、誰かの意図や恣意では決定されない、世界の設計図=曼荼羅の完成を志向しているというふうだ。もちろん本作からはヴォーカル入りの曲もあるし、メロディらしきものもあるが、それは定点を持たず、どこからか立ちのぼった祝詞、礼拝の掛け声ででもあるかのよう。
「身体性」という言葉で指摘されることの多い彼らのサウンドだが、実際に運動するのは身体ではなく脳だ。身体はむしろ固く緊張する。そして脳の奥が広がる。そう、踊り、動きまわっているのはアバターたちなのだ。世界はじつにノイジー。私はそこでかわいいカモメのような姿で日がな過ごすだろう。ようこそ擬似世界「エクストラ・ワウ」へ。入場にあたってはアカウントを取得し、ログインすることが必要です。パスワードを入力してゲートが開く、"One Hit"。大きな象に乗ってパレードが進む、"A Way We Glow"。ストリートでハリネズミと巨人のケンカがある、"On And On"。おや、雨だ、"See Waves"......。
リアルの底が抜けた現在という時間を祝祭的に描き出す、彼らもまた新しいリアリティに生きる人びとのひとりだ。アーティスト写真がどれもノー・エイジのような、丸腰のインディ・ロッキン・テロリストといった雰囲気をたたえているのもいい。
橋元優歩