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最近、NHKの連続テレビ小説『てっぱん』にはまっている。いまのところ、大阪の下宿を舞台にお好み焼き屋を開業する少女の成長を描く物語として進行している。富司純子(寺島しのぶのお母さんです!)の美貌と素晴らしい演技を観られるだけで、朝8時からの15分は僕にとって幸福な時間のひとつとなっている。さてそこで、日本語ラップの大阪名物と言えば、SHINGO★西成である。それこそ彼は『てっぱん』に出ている元・ボクサー赤井英和とも曲を作っている。さあ、地元・西成を愛する兄貴が通算2作目となるフル・アルバムを引っ提げて帰ってきた。MSCが所属する〈LIBRA〉から般若が主宰する〈昭和レコード〉に移籍してのリリースとなる。
ファースト・アルバム『SPROUT』が発表された3年半ほど前、取材のために大阪の西成まで行き、彼の地元を案内してもらったことがある。まさに"ILL西成BLUES -GEEK REMIX"の世界を歩いた。日本最大の労働者の街であり、日雇い労働者の寄せ場となっているあいりん地区で写真を撮影していると、サングラスをかけたいかにも堅気ではなさそうな強面のおじさんが近づいてきた。そのときのSHINGO★西成の対応はさすがだった。彼は自分が西成出身のラッパーであることを伝え、地元について歌っていると言って相手を納得させたのだ。だからもちろん、SHINGO★西成は大阪の表の世界だけにスポットを当てているわけではない。彼のフッド感覚やタフさや人情味は、彼の音楽においてもっとも重要な要素でもある。そのときご馳走になったホルモンうどんの味はいまでも忘れられない。
前作を出したあと、ナニワのソウル・シンガー、大西ユカリとデュエットした「二人の新世界」や、これまた大阪市にある日本最大の遊郭のひとつとして大正期に作られた飛田新地についてラップする"飛田新地"を発表している。また、ULTRA NANIWATIC MC'Sというグループ名義の『THE FIRST』には、ソロとは違うどんちゃん騒ぎのファンクネスが詰まっていて面白い。
『I・N・G』の冒頭を飾る"G.H.E.T.T.O."はまさにオープニングにふさわしい曲で、再スタートの合図を打ち鳴らすように疾走していく。PVがまた格好いい。ショーン・ポールを思わせるダンスホール風の"左"はアッパーなパーティ・チューンで、DJ FUKUの、ぴかぴかした光沢を感じさせる音の鳴りが気持ち良い。教育テレビの子供向け番組で流れていてもおかしくないような"できたかな?"の牧歌的なトラックはEVIS BEATSによるものだ。派手なシンセ・ベースがうねる極彩色のバウンス・ヒップホップ"ずるむけ"もユニークだ。それにしても、いままで以上にSHINGO★西成のラップはシンプルで聴き取りやすくなった。ある種の教訓的なことを歌いながら、説教臭さを上手く回避できているのも彼だからこそ成せる業と言える。
先日、野宿者支援を長年続けるある活動家に頼まれて、デモでかける音楽の選曲をした。野宿者が生きるための生業であるアルミ缶や新聞の収集を墨田区が条例で禁止したことに反対する浅草でのデモだった。こういう行政や町の狭量さやセンスの無さというものを僕は心の底から軽蔑する。人間の生き死に関わることを条例で安易に規制するな、というのだ。SHINGO★西成流に言えば、「ぞうきんちゃうぞ人間は......」ということである。CDには、エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラの祝祭的なバルカン・ミュージックやアンティバラスのアフロ・ビート、いまは亡き元・じゃがたらのサックス奏者、篠田昌巳の曲、その次あたりにファンキーなサックスのサンプリングが映えるSHINGO★西成の"段取り"を入れた。野宿者の人たちが喜んでくれたかはわからないけど、そういう場面、そんな流れでかかっても彼の音と言葉はしっかりと町中に響く力を持っている。
「ないところから取らない(カラス)/あるところから根こそぎ 取る」"カラス"という、常に弱者の立場から世のなかを見て、弱者の味方をするSHINGO★西成が僕は好きだ。そりゃ、金持ちにもいい人がいるのは知っているけど、下から見なければ絶対にわからない世のなかの仕組みやからくりだってあるし、地を這うように動かなければ変えられないこともある。西成の越冬闘争や地元の幼稚園に足を運び数十人のオーディエンスの前でラップしながら、武道館や2万5千人規模のレゲエ・フェスも沸かせるラッパーはSHINGO★西成ぐらいのものだろう。仮に彼がいまよりさらに有名になってお金を手にしたら、ウータン・クランが遊園地やアパートを作ったように、なんらかの形で地元に還元することだろう。彼はそういう人だと思う。
音のクオリティは高いが、たしかに耳の早い音好きを充分に満足させるほどの斬新なサウンドではないかもしれない。しかし、日本語ラップを聴く面白さには、ラッパーの人間性に触れることができるというのも大きい。僕のような人好きの人種には堪らない。これだけ人間力のようなものが問われる音楽ジャンルも珍しいのではないだろうか。いまから日本語ラップを聴こうと思っている人がいて、その観点から選べと言われれば、僕は迷わずSHINGO★西成を勧めるだろう。『I・N・G』は聴くたびに心に沁み渡るアルバムだ。ここにはブルースがある。悪いことは言わない。騙されたと思って聴いてみて欲しい。できることならいち度ライヴに行くべきだ。マジで感動するよ。
目の前には、「神」と描かれた白いヘルメットを被っている磯部涼と三田格がいる。隣には、ヘルメットを被りながらでは素早いスウィッチングができないと断念して、いつものようにハットを被った宇川直宏、それから生中継のために動き回るdommuneのスタッフたち......、そしてその反対側には「ナタリー」編集部の優秀な女性記者がリアルタイムでパソコンを素早く叩いている......とにかく、両側に素早い指の動きをもった人に挟まれながら、白いヘルメットを被った僕は、渋谷のスペイン坂に新しくオープンしたライヴハウス〈WWW〉でいまもっとも注目に値するロック・バンドの演奏を聴いた。

わずか2分でソールドアウトという競争率のなかで、幸運にもチケットを手に入れることのできた来場者全員には、先述したように「神」ヘルメットの着用が義務づけられていた。フロアは白い頭で埋め尽くされている。その光景自体が、ひとつの強烈なアイロニーだ。なにせ「神」であり、全員同じのヘルメット姿である......演奏は、ダンサブルで、ベースの音は会場のいちばん後ろの僕たちのところまで響き、ウイスキーを片手に演奏される鍵盤はメランコリーを携えていた。の子は、僕にはパンク・ロック・バンドのヴォーカリストとしての条件を充分に満たす佇まいをしているように見える。無責任な子供のような顔つきで、子供のようなわめき声で、子供のような目をしている。

「アイ・ウォナ・ダ~イ」と歌ったのはジーザス&メリー・チェインだったが、かまってちゃんは「死にたい」を繰り返す。この音楽に熱狂している子供の姿を親が観たら、びっくりするかもしれない。後方の画面ではネットからの野次が走っているし。
神聖かまってちゃんは今日の日本社会におけるノイズだ。ノイズとは工事現場の騒音のことではない。意味としていち部の人たちの耳を塞がせる音のことだ。いま、彼らほど憎まれ、愛されているバンドが他にいるのだろうか......。"学校に行きたくない"では、の子はノートパソコンを木っ端微塵に破壊する。彼のそうした一挙手一投足のなかに、なにか鋭い絶望を感じるのだが、すべてはこのバンドにとっての賛辞であろう大いなる嘲笑のなかで掻き消されていく。しかしその嘲笑はパンク・ロッカーにとっての蜜であり、オーディエンスにとっての勇気である。"いかれたニート"という曲も頭に残った。人間は経済活動の要員であり、ネットが普及しながらひとりひとりは孤立し、自分の人生を社会的に開いていくことはますます困難である――こんな時代において、かまってちゃんのそれは、あるいはひょっとしたら自覚のない抵抗として最高のエネルギーを持っているように思える。
ライヴの最後ではキーボードのmonoとの子が喧嘩をした。何がなんだかよくわからなくなったが、「ナタリー」の女性記者に訊いたら以前にもステージ上で喧嘩しているという。まるでオアシスみたいだね、と磯部や三田さんと話した。ほとんど何も期待されていなかった若者たちがことを起こしているという点でも、似ている、
神聖かまってちゃんのアルバムは12月22日に『つまんね』と『みんな死ね』、2枚同時に発売される。
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Submerse - Full Metal - Maltine Records |
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Lone - Raptured - Werk Discs |
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Girl Unit - Wut - Night Slugs |
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Velour - Kick It Till It Breaks - Night Slugs |
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Cassius - I <3 U SO - Ed Banger Records |
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Pariah - Railroad - R & S Records |
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Faltydl - Sunday - Tempa |
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Robert Owens - Exhale And Breath - Compost Records |
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Petank - Happening Here (Petank Remix) - LBT |
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AZUMA HITOMI - 無人島 (Yoshino Yoshikawa remix Remix) - Maltine Records |
〈プラネット・ミュー〉から出た弱冠20歳のDJネイトの出したこのアルバムはゲットー・テック、ブーティーなどのジャンルをルーツに、フットワークという独特のステップのダンスのスタイルとともに発達した、シカゴ産ゲットー・ダンス・ミュージック、ジュークの要素を取り入れながらも新たに〈プラネット・ミュー〉らしいとも言えるような音楽的要素をふんだんに詰め込んだアルバムであり、ヒップホップ、クランク、ダブステップ、R&B(これは無理やりくさいけど)なんかの要素がたまに見え隠れしながらも、しょぼいドラムマシンの音むき出しで作られたゲットー・テック的つんのめりリズム・シーケンスが高速で打ち込まれていて、でもそんななかにも流石に〈プラネット・ミュー〉から出すとなるとこうなっちまうのかなぁというくらいポップな声ネタとウワモノが連打されていて、あーこれかーって感じなんですが、まあ、これはこれでヤンキーくさくていいんじゃねって感じで。
そもそもなんでジュークと〈プラネット・ミュー〉が繋がったかというとブリープのブログに〈プラネット・ミュー〉オーナー、マイク・パラディナスの語るフットワーク、ジュークへの接続への経緯を纏めたインタヴュー記事があるので適当に翻訳して読んでください。僕英語苦手なので読めません。
あとエレクトロニカ・レーベル〈もしもし〉のサブレーベルとして、ついこのあいだ生まれた〈ノット・イーヴン〉からの第一弾リリースのローファイファンク、〈ランプ〉などからリリースし、スクウィーともダブステップとも言えぬようなマッドなサウンドを出力しまくる、いま注目の鬼才ビカミング・リアルに元ロール・ディープ・クルーのグライムMCトリムをフィーチャーしたクソやばいシングルがリリースされ、それもそれでクソやばいんだけど、そこのリミックスになぜか同〈プラネット・ミュー〉からもシングルをリリースしたジュークのトラックメイカー、ラシャードが参加していてスクウィー、グライム、ダブステップ、ジュークがひとつのシングルで楽しめるというごちゃ混ぜ感がとてもよくて、ラシャードのリミックスそのものももはやハードコア化したジューク・サウンドで、スクウィーもダブステップも置いてけぼりにして、リミックスしていてとてもよろしかったです。やっぱこういうのがアツいですよジューク。どう考えてもかっこいい。
あとダブステップ方面からのアプローチとしてはヘッドハンターの別名義アディソン・グルーヴやベンガ、ジョーなどが幾つかのリリースを重ねていますがアディソン・グルーヴのフットクラブを除き、とくにゲットー・テックとして面白いものはなく、どちらかというとボルチモアの延長かなぁという香りが。エレクトロ、ゲットー・ベース方面からだと〈チープ・スリルズ〉からもリリースをしているキルフレンジーや、〈オーマイ・ゴッド・レコーディングス〉などからリリースをするビッグドープ・ピーなどがなかなかいい感じにジュークとエレクトロ、ダーティー・ベースあたりを混ぜ合わせたトラックをリリースしていてとても期待度高いっす。やっぱあんまこういうこと言うとアンダーグラウンドなカルチャー大好きなおっさんくせえので嫌なのですが、ゲットー音楽、ダンス音楽はもっとそのものの音の本質だけを追求してったほうがいいとおもうんすよね。そこにおいてはグライムあたりも同じくなんですけど。ユーチューブジュークもベッドルームジュークもいいですが、それはそれでまだまだ未発達というか模索していくべき部分があるのかなあという感じ。
ともかくジュークは完全なダンス・ミュージックであってヤンキー・ミュージックであって僕はそんな姿のジュークが好きなのだけど、このアルバムにおいてはなんとなく予感していたんだけど、お洒落エッセンスというかリスニング音楽になったというか。そんなのもいいんですけど。ファックとかシットとか連打しまくってたジュークってどこ行ったの!? とか感じてしまいましたと。やっぱファックとかシットとかのほうがいいっすよ。僕はただのクソガキでございますし。
ラスティ・サントスのザ・プレゼントを聴いて『ラヴレス』を聴く回数が減ってしまいそうだと書いたことがある。それはザ・プレゼントが描き出すイメージ豊かなドローンの多様性に引き込まれてしまったからであり、また、そのことによって『ラヴレス』が持っていた濃密なムードにどこか鬱陶しさを感じるようになったせいもある。ザ・プレゼントは全編がシューゲイズではないし、比較すべきものではないのかもしれないけれど、シューゲイザーが辿ってきた狭苦しい流れのなかでは、なかなか『ラヴレス』を凌駕する作品が現れることもなく、その美意識が揺るぐこともなかった。エレクトロニカと融合したポート-ロイヤルにしても、低音部をカットしたビロングにしても、その鬱陶しさはそのまま受け継がれ、それがシューゲイズを決定づける要素になりかけていた。シガー・ロスやグルーパーはむしろそのなかから生まれてきたともいえるし、だからこそノイズ・ドローンとの垣根も低く、KTLやナジャのようなドゥーム系とも親和性を取り沙汰することも不可能ではなかったといえる。このことにザ・プレゼントの存在は多少の疑問を与えたのかもしれない。大きな変化をもたらしたわけではない。何かがわずかに動いただけ。あるいはその感触だけがあった。そのこととチルウェイヴの浮上が同時期だったということは何かの符号のようにも思えるし、何も関係はないのかもしれない。
タレンテルのリーダーで、タッセルのメンバーらとはジ・アルプスとしても活動するジェフレ・キャンツ-リデスマのセカンド・ソロはそれまでのキャリアをいささか覆す感じで、全編がシューゲイズであった。しかも、5曲でヴォーカルまでフィーチャーされている。タレンテルのドローンは地獄で瞑想に耽っているような......とかなんとか『アンビエント・ミュージック 1969-2009』でも書いた通り、基本的にはおどろおどろしく、サウンドの要はドラムにあった(と、僕は思っている)。それはどとらかといえばアンサンブルに重きを置くサウンドで、音楽の魅力はその空間性にあったといってもいい。それがここでは『ラヴレス』に勝るとも劣らない濃密なシューゲイズが展開され、しかし、その音圧の固まりが鬱陶しさに転じることはなく、実に広々としたイメージを与えていく。どの曲もすべて開放感に満ち満ちていて、『ラヴレス』よりはエイフェックス・ツインやサン・エレクリックに感覚は近い。一説によると『ラヴ・イズ・ア・ストリーム』というタイトルは『ラヴレス』ではなく『ラヴ』を訴えたいという意味があるそうで、それならばなるほど『ラヴレス』に感じられるようになった鬱陶しさを払拭していることはたしかだし、彼が活動の拠点としているサン・フランシスコで起きている他の動きとも連動するようなヒッピー的精神の表れとして聴くことも不可能ではない。そう、エンディングこそ手馴れたドローンに回帰していくものの、それまではとにかくひたすら天に舞い上がっていくようなシューゲイズがこれでもかと繰り返され、先のカリフォルニア議会でもしもマリファナを合法化する法案が可決されていたら、いま頃、このアルバムはその存在感をもっと示すことになっていたかもしれない......
キャンツ-リデスマが運営する〈ルート・ストレイタ〉(グルーパーやイーリアス・アメッドなどを輩出。OPNがフリートウッドマックやマーヴィン・ゲイをカヴァーした映像作品も)からはまた、00年代のサイケデリック・ドローンを支えてきた重要なグループのひとつ、イエロー・スワンズが解散した後にようやくピート・スワンソンが完成させたソロ・アルバム『フィーリングス・イン・アメリカ』もリリースされたばかり。ツアー会場のみで販売された限定アルバム『ウェアー・アイ・ワズ』とともに暗く沈みこむノイズ・ドローンは『ラヴ・イズ・ア・ストリーム』とはあまりに対照的で、現時点では時代の角を曲がり切れなかった印象が強く残る。
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Moebius&Neueier Reconstruct DJ NOBU- ZERO SET Reconstruct |
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DONATO DOZZY - K |
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TV VICTOR -GRV 1 |
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SIGHA - Early Morning Light / Over The Edge |
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SHACKLETON - Mukaba Spacial |
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RAU - The Blessing |
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Traversable Wormhole - Exiting The Milkyway (Surgeon remix) |
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Commix - Emily's Smile (she's still smiling mix sigha) |
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Claudio PRC - Clear Depth (silent servant remix) |
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Kassem Mosse & LOWTEC - WORKSHOP EP |
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axmillion Dounbar-Bells Dream - Ramp |
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Herbest Moon-They Dance Alone (21PM:Bright Dub)-TBHR |
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Kromestar - Jasmine -Dub Philosophy |
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Nick Sole-Earth - Fauxpas Musik |
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Iori - Galaxy - Phonica |
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Prime Time - Versia - Sharivari |
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Dollar Brand - African Piano - ECM |
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Laraaji - Day of Radiance -EG |
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Charles Mingus - Cumbia and Jazz Fusion - Warner |
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JUZU a.k.a. MOOCHY -Grace -Crosspoint |
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DJ Fresh - Gold Dust (Flux Pavillion Remix) |
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Girl Unit - Wut |
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Robyn - Dancehall Queen |
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DJ Nate - Free |
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Munchi - Shottas (feat. Mr. Lexx) |
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Redlight .feat Ms Dynamite - What you talking about |
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Gucci Mane - Lemonade (Heroes + Villains Remix) |
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Alex Clare - Up All Night |
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James Blake - Sparing the Horses |
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Rich Kids - Patna Dem (Mad Decent Patna's remix by DJA) |
彼らのユーモラスな、少々ふざけたレトロなサンシャイン・ポップスが詰め込まれたデビュー・アルバムは、英米でも大きな評判を呼んで、わが国のロックの専門家たちからも拍手された。ローファイのビーチ・ボーイズとかなんとか、ヴィンテージ・ポップスとかなんとか......が、そのいっぽうでは、2009年7月17日付けの『ガーディアン』では、例によってドラッグ談義に花を咲かせ、いかにもロックな、そのいかれっぷりを披露している。いまでもロック・バンドはいろんな場所でもてなされ、もてはやされ、そしてぶっ飛んでいるのかと。「モルヒネ持ってる?」......「いや、ごめん、冗談」......こんな会話がまだあるのかと思うと......羨ましいというか......(いや、ちっとも羨ましくない。ただそういう記事が『ガーディアン』という大新聞に掲載されていることはちょっと羨ましい)。
が、これが僕には、ロックのクリシェに対するシニカルな態度に思えたものだった。極端に言えば演じていると、いや......あるいは、もし仮に、クリストファー・オウェンスがいかれていようとも、彼らのデビュー・アルバムが『ガーディアン』が言うように「無視できないほど美しい」のは事実である。そしてそれがリハーサル・スタジオにあるしょぼい機材によるローファイ録音だったこと、というかオウェンスが悪名高いカルト教団からの脱走者であったこと(それはヒッピーに組織されたカルト教団で、母親は売春を強制され、聴くことが許された音楽は宗教音楽以外では幹部=ヒッピーが好きな音楽、ビートルズやエルヴィス・プレスリーなどに限られていた)、まあ、とにかくそうしたインパクトのある物語がガールズの神話性を高めたのも事実だ。ゆえにガールズの通俗性(女の子、恋、青春と太陽、あるいはドラッグ)は、自身の幼少期を支配した歴史への強烈な否定であるように僕には思える。まあ、とにかく、ガールズのサンシャイン・ポップスが21世紀初頭において複雑な意味をはらんでいるという考えには田中宗一郎も賛同してくれるだろう。
新作「ブロークン・ドリーム・クラブEP」にはそして、サンシャイン・ポップスのクリシェはない。が、それはある意味では真っ直ぐな作品だとも言える。カリフォルニアの絵はがきはないけれど、クリストファー・オウェンスは親しみやすいメロディにのって、しかし悲しみや失意について歌っている。要するに演じていない。それは......お決まりの海、女の子、恋......といった青春物語を目の当たりにするたびに気力を失うリスナーにとっては感動的な音楽である。
実は僕はこのミニアルバムを、この2ヶ月、すでに何十回と聴いているのだけれど、いまさら昨年のアルバムを聴き直そうとは思わないほど「ブロークン・ドリーム・クラブEP」とは、いわば薄っぺらな昼の眩しさを剥がしたあとの孤独な夜の力強さを持っている......というか、ガールズはザ・ドラムスやモーニング・ベンダーといったいまをときめくヴィンテージ・ポップスの人気者たちと自分たちは別物であることを暗に、そして強く主張しているのかもしれない。海、女の子、恋......オウェンスは、そんな絵に描いたような青春物語が虚構であることをよく知っているのだろう(まあ、そんなの虚構に決まってる!)。
ガールズは先回りしているのかもしれない。今作における唯一の、前作からの連続性をもったレトロ・ポップス"ジ・オー・ソー・プロテクティヴ・ワン"からして、歌詞は大きく向きを変えている。「彼らはわかっちゃいないんだ/君が心にどれほどの重荷を抱えてるのかなんてわかっちゃいないんだよ、君の怯える気持ちも、君の好きな人たちや、君が気に入っているさまざまな物のことも、誇示してみせる必要などないんだ/失礼スレスレの会話/いい加減ウンザリしてきたら、愛する相手にはどうやって伝えるんだい?/君があの音楽を聴いて涙してたときのことなど、彼にはわかりっこない」
この、誰の耳にも疑いようもなく伝わってくるメランコリーは、「ブロークン・ドリーム・クラブEP」という作品のその後の展開の道しるべである(理解されない"君"とはオウェンス自身のことでもあろう)。とくに印象的な曲のひとつ、"ブロークン・ドリームズ・クラブ"は、オウェンスのひどくくたびれた心を歌った曲で、そしてもっとも美しい曲だ。「独りぼっちになるだけで辛いのにそのまま長い時を過ごすのはもっと辛い/幸せを探し求めながら/焦れったさに苛立ちながら/君も僕と同じ気持ちなんだろ」
この曲は、2010年に僕が聴いたロック・ソングにおいて最高の1曲だが、嬉しいことに「ブロークン・ドリーム・クラブEP」にはさらに印象深いキラー・チューンが最後に控えている。サイケデリックの彼方からその曲"カロライナ"ははじまる。オウェンスは、彼の商標でもあるエルヴィス・コステロめいた声を使わずに、無感情な声で、意味ありげな言葉を低く歌いはじめる。「いますぐに音速で結びつき合おう /いますぐに音速で /満足できないんだ/いますぐ手に入れよう」、ガールズが発表してきた曲のなかで、もっとも長い(8分近くある)これは、曲の途中でいっきにドライヴする。オウェンスは抑えていた感情をいっきに噴出するように歌い上げる。「君を抱え上げて、ベイビー、肩に担いで行こう /君をさらって、家に連れて行こう/カロライナへ、カロライナへ/南部カロライナまで/そしたら二度と君を離さないよ」
この2年にリリースされたもロック・バンドのアルバムで、結局のところいまでも何回も繰り返し聴き続けているのは、ザ・XXとガールズと......えーと他に何があったかな......(アトラス・サウンドは、まあ、よく聴いたか)。もちろんガールズにはザ・XXのような目新しさはない。古典的ではあるが、この音楽はオウェンスが歌うように「誰にも理解されずベッドルームで泣いている」人たちの心の奥深いところに入り込む。そういう力をもっている音楽だと思う。と同時にガールズは、かつてロックのみに夢中になっていた頃の自分を思い出させてくる数少ないひとつである。大切に聴こう。君があの音楽を聴いて涙してたときのことなど、彼にはわかりっこない。