![]() Sharon Van Etten Tramp Jagjaguwar/ホステス |
昨年の個人的なベスト・シングルの1枚がザ・ナショナルの「シンク・ユー・キャン・ウェイト」だったのだが、そこにコーラスで参加していたのがシャロン・ヴァン・エッテンだった。「やってみるよ、でもいまよりマシにはなれないだろう」と繰り返されるコーラスを、中年男個人のぼやきではなく人びとに共有されるものとして表現するために、彼女のあらかじめ憂いを含んだ声が必要だったことはよくわかる。ザ・ナショナルをはじめボン・イヴェールやメガファウンらとギターを抱えて共演するシャロン・ヴァン・エッテンは、現代アメリカの新しいフォーク・ミュージックのネットワークにおけるミューズのような存在になりつつある。
そのザ・ナショナルのサウンドの要、双子のデスナー兄弟のアーロンがプロデュースしたシャロン・ヴァン・エッテンの新作は、ベイルート、ジュリアナ・バーウィック、ダヴマン、ワイ・オーク、そしてロブ・ムースといったゲスト・ミュージシャンが集まり、その界隈の人脈の充実を示すものとなっているが、それはあくまで、以下のインタヴューで彼女自身が答えているように「私の友だちとアーロンの友だちが混ざり合った結果」である。
そして何より、そんな自分のことを「放浪者」と冗談めかして呼ぶシャロン自身の声が中心にある作品で、これまでの作品よりも歌のエモーションの幅が演奏のスケールと共に広がっている。ギターの音色が多彩になっているのはアーロンの手腕だろう。その抑制が効いたフォーク・ロックに乗せて、シャロンはときに唇を噛み締めるように、ときに諦めたように、あるいは慈愛をもって、女と男の感情のすれ違いや重なりを歌う。彼女の歌にはどこか恋愛の嘆きの段階を終えてしまったような柔らかい時間があって、そこでは恋の憂鬱が緩やかに受容されていく。それは、彼女の声が悲しみを纏いながらも、愛を求めることをやめないからだろう。
「私の手を取って 震えないでいられるようにして/きみは大丈夫だよって言って」
"ウィ・アー・ファイン"
僕はシャロンの演奏を奈良の小さなカフェで観たことがある。「鹿が可愛かった」というシャロンは、ジーンズのよく似合うボーイッシュな佇まいのキュートな女の子だった。が、足を組んでアコースティック・ギターを鳴らし、ひとたび歌いはじめると、空間はひとりの女性が持つ複雑な感情の揺らぎでゆっくりと満たされていった。そんなシャロン・ヴァン・エッテンの声が、これからさらに広い場所に響こうとしている。
ザ・ナショナルのファンだったのよ。彼らに最初に連絡を取ったときは、すごく緊張した。でも、カヴァーしてくれるぐらいなら、きっと私の音楽も気に入ってくれているんだろうと思って、勇気を出して連絡したのよ(笑)。
■『トランプ』はインナースリーヴにアーロン・デスナーとあなたのふたりの写真があるように、あなたとアーロンのふたりが中心となって作った作品です。あなたが前作『エピック』のあとで彼と知り合って、プロデュースを依頼する決め手となったのはどういったポイントだったのでしょうか?
シャロン:アーロンと個人的に知り合うようになったきっかけは、友だちとツアーをしていてモントリオールにいたときのことなの。ある朝起こされてヴィデオを見せられたんだけど、それはアーロンたちがオハイオのミュージック・フェスで、私の曲、"ラヴ・モア"をカヴァーしているものだった。彼らが毎年やっているフェスだった。そのフェスのテーマは「コラボレーション」で、みんながほかのみんなのセットに参加してプレイしていたんだけど、そのなかで私の曲をカヴァーしてくれてたのよ。それで友だちが、彼らにコンタクトしてみるように勧めてくれて、そのとき作っていたセカンド・アルバムでプレイしてくれないかってお願いしてみたんだけど、アーロンたちもそのときちょうどレコーディング中で忙しくて、私のアルバムには参加してもらうことができなかった。
でも、アーロンと私はその後も連絡を取り続けて、アーロンが「デモを録りたいときは、いつでも力になるよ」って言ってくれたから、できるときにちょっとずついっしょにデモを作るようになったの。そんななかでいろんな自分たちの考えを話し合ったり、好きな音楽について語り合ったりしながら仲良くなって、ある日デモが20曲ぐらいになったとき、アーロンが、「デモはもう十分なんじゃない? レコードを作ろうよ」って言ったのよ(笑)。だから1年ぐらいメール交換したり、会って話したり、デモを作ったりしながら、自然にレコードを作ろうって流れになっていったの。
■彼らがあなたの曲をカヴァーしたって聞く前から、彼らの音楽は知っていましたか? どう思っていましたか?
シャロン:うん、前からザ・ナショナルの音楽は知っていたし、実際彼らのファンだったのよ。だから、彼らに最初に連絡を取ったときは、すごく緊張した。でも、カヴァーしてくれるぐらいなら、きっと私の音楽も気に入ってくれているんだろうと思って、勇気を出して連絡したのよ(笑)。
■あなたの目から見て、アーロンのプロデュースはどういったものでしたか? 具体的に特に印象的だったことはありますか?
シャロン:彼との作業は、すごく快適なものだったわ。最初はちょっと緊張していたけどね。でも、何か新しい仕事をはじめるときって、そういう感じじゃない? 慣れて、どうやったらいちばん良いかってわかるまでに、ちょっと時間がかかる。でも、1回慣れたらすごく落ち着いて、快適に作業ができたわ。彼とは、なんていうか、いっしょにグルーヴをうまく捕まえられるって感じがした。彼の作業の仕方は、私がこれまでやってきたものとは、まったく違ったけどね。私はこれまで、余計なものはまったく入れないで、一直線にレコーディングをするようなやり方をしてきた。でも、彼はできるだけいろんな可能性を最初に全部取り込んで、そこからいらないものを排除していく。私のやり方とは真逆だった。でも面白かったわ。ジェンガって知ってる? まるでジェンガみたいだと思った。何本ピースを取ったら、全体が崩れちゃうかっていうような。積み上げて、そこから崩れるぎりぎりまでピースを外していくっていうか(笑)。
■このアルバムにはたくさんのミュージシャンによるたくさんの楽器の演奏がありますし、非常にアレンジのスケールが増しています。
シャロン:作っているなかで、今回はたくさん友だちに参加してもらおうと思ってはいたのよ。でも、誰がいつレコーディングに来られるかはわからなかった。しっかりとしたスケジュールを組んで、他のミュージシャンの予定を押さえてとか、そういうやり方をしたわけじゃないから。ここで1週間、またこの時期に2週間、誰かこのタイミングで来られる? みたいなやり方だったの。参加してくれたメンバーは、私の友だちとアーロンの友だちが交ざり合った結果だけど、すごく計算してこういう形になったわけではなかったわ。
■これまでの作品と、制作のプロセスでもっとも違う部分はどういったところでしたか?
シャロン:私自身にとって大変だったのは、他の人に、私が求めている音は具体的にこういう音なんだって、言葉にして伝える方法を学ぶことだった。音を言葉で説明することが、あまり上手じゃなかったのよ(笑)。実際、アーロンが私の通訳になって、他の人に私が求めている音を説明してくれたりもしたわ(笑)。私にはどうやって伝えたらいいのかが、わからなかった。それは私にとって、新しい挑戦だったと思う。誰かが参加してくれた場合、その人が曲に自由にアイディアを持ち込んでくれることは素晴らしいと思うけど、時には私自身がどういう方向性で作品を作り上げようとしているのかってことを、伝えなきゃいけない必要もあった。今回作業したことで、そういうコミュニケーションの仕方が前よりは上手になったって思うわ(笑)。
■本作のたくさんのゲスト・ミュージシャンのなかではジュリアナ・バーウィックの参加が意外だったのですが、彼女とはどういった経緯で知り合ったのですか?
シャロン:彼女は大好きよ。もともと、彼女の音楽がすごく好きだったの。ファンだった。去年いっしょにツアーもしたんだけど、いっしょにいてすごく楽しいし、面白くて思いやりがあって、とても美しい音楽も作る、最高の人よ! それで、アルバムに参加してくれないか頼んだら、もちろん!って。すごく嬉しかった。
[[SplitPage]]もっとも聴いたのは、パティ・スミスやジョン・ケイル、イギー・ポップとか。そういったニュー・ヨークのバンドとか......。そういう影響って、無意識のなかにはすごく大きく影響しているものだと思う。
![]() Sharon Van Etten Tramp Jagjaguwar/ホステス |
■"ウィ・アー・ファイン"、"マジック・コーズ"ではベイルートのザック・コンドンとデュエットしていますが、曲のヴォーカルを男女のパートにわけるアイディアはどこから出てきたんでしょうか? また、デュエット曲にザックの歌声を選んだ理由は?
シャロン:ザックとは前にいっしょにプレイしたことがあって、いろんなものの考え方や感じ方で意気投合してたの。社会的な期待にどうやって応えるかとか、それにともなうストレスや不安、みたいなものについて話し合ったりして。もともと、"ウィ・アー・ファイン"を作りはじめたころは、私がひとりでハーモニーを入れて歌っただけで、他のヴォーカルは入れてなかったの。でも何かが足りない気がした。他の楽器を入れてみたり、いろんなことを試してみたりしたんだけど、何か違うって気がしていたのよ。そんなある日、ふと気づいたの。この曲はもともと、ふたりの人が会話しているっていう内容の曲。だから、もうひとり別のヴォーカルに入ってもらって、本当の会話をするように歌えばいいんだって。それで彼のことが真っ先に頭に浮かんで、頼んだら快く歌ってくれることになったのよ。
■"ケヴィンズ"、"レナード"と男性の固有名詞がタイトルに入った曲が続きますが、それぞれの曲で歌われている男性のイメージというのは別のものですか?
シャロン:ああ、あの曲ね(笑)。曲を書いていたころは、いろんなところを放浪してたんだけど、一時期、ケヴィンズ・ハウスっていうところに滞在して、デモを作っていた時期があったのよ。それで、当時作っていたデモに、ケヴィンズ1、ケヴィンズ2、ケヴィンズ3って仮タイトルをつけてたの。アルバムに入った"ケヴィンズ"は、デモの"ケヴィンズ1"で、"レナード"は"ケヴィンズ2"だった。でも、1枚のアルバムに、"ケヴィンズ"ってつく曲が2曲あるのは嫌だな、って思って。そのころちょうど、レナード・コーエンの曲をたくさん聴いていて、彼のサウンドにインスパイアされたような部分があったから、"レナード"ってタイトルにすることにしたの。"ケヴィンズ2"より、いいでしょう?(笑)
■あなたの書く歌詞では、恋愛関係におけるコミュニケーションの齟齬がよく描かれていて、これはデビュー作から一貫したモチーフであるように感じます。そういった複雑に絡んでしまった関係や感情を多く歌うのは、ご自身ではどうしてだと思いますか?
シャロン:難しい質問ね......。私は自分が経験した難しい人間関係について書くことが多いわ。強くなろうとしたり、よりよくなろうと努力したり。他人の過ちを許すことで、自分自身の過ちも受け止められるようになったり......。でも結局、自分でできるだけのことをしたら、後はなるがままに任せるっていうか......。いまはすごく精神的にも落ち着いているし、良い関係のなかにいるの。いろんなことがうまくいってる。だから、いまはあまり行きづまった苦しい曲は、書かないかもしれない(笑)。
■歌詞のモチーフは、個人的なものとフィクションの部分のどちらの割合が多いですか?
シャロン:基本的には個人的な経験、っていえるかな。自分だけのことじゃなく、たとえば友だちがいま経験していることっていうのもあるかもしれないけど、基本的にはいつも、「私」と「あなた」の曲を書くことが多い。それはまったくゼロから生まれてくるものじゃなく、誰とも同じレヴェルで自分が経験しているかのように感じて、語りかけるような言葉を書こうとしているってこと。
■作詞の部分で影響を受けたアーティストはいますか? ミュージシャン以外でもかまいません。
シャロン:そういう意味でもっとも聴いたのは、パティ・スミスやジョン・ケイル、イギー・ポップとか。そういったニュー・ヨークのバンドとか......。そういう影響って、レコードを聴いたときにはっきりと聴こえてくるものではないかもしれないけど、無意識のなかにはすごく大きく影響しているものだと思う。
■『トランプ』というタイトルは、レコーディングのあいだあちこちを渡り歩いたあなた自身のことを指しているそうですが、同時に本作の歌のテーマと繋がっている部分もありますか? 私には、ここで描かれている様々な関係や、そこで生まれる感情を「放浪」しているような意味にも取れたのですが。
シャロン:曲の多くは、そのとき自分が経験していた関係のなかで、自分自身が感じていた感情を分析したものだと思う。そのなかで、どうやって生きていくかを模索して、私は変わっていった。ある意味、その時期に自分が付き合っていた人を振り返るようなことにもなっていたけどね。ちょっとジョークでもあるわけだけど。男の人が女をTrampって呼ぶときって、決していい意味ではないでしょう?(浮気女、いろんな男と寝る女みたいな意味がある) だから、そういうのもバカらいしんじゃない? って、ジョークにしちゃう意味でも使ってるのよ。
■日本から見ても、あなたの周りのネットワークというのは非常に充実しているように感じます。ボン・イヴェール、ザ・ナショナル、メガファウン、ベイルート、スフィアン・スティーヴンス......とどこまでも広がっていきますし、お互いの尊敬と愛情で成り立っている、ある意味で家族的な、親密なコミュニティができているように思うのです。あなた自身は、そこに属しているという想いはありますか?
シャロン:そうねぇ......。でも、友だちのミュージシャンたちって、みんなツアーに出てるから、全然家にいないのよ(笑)。顔を見合わせていっしょにいられる時間って、ほとんどない。でも、仲間意識みたいなものは確実に存在していると思う。誰もがみんな同じ経験をしていて、みんなそれがどんな経験かっていうのをそれぞれの場所で経験している。大変な経験だけど。ずっとツアーに出てるわけだから、どこでもホームだと思えないとね。そしてファミリーが世界中に散らばっているんだって思うことにしている。そう考えたら、すごく素敵なことなんじゃないかなって感じられるの(笑)。
■私は奈良のカフェであなたの演奏を聴いたのですが、まるで時間の流れが遅くなるような濃密な体験で、素晴らしかったです。また次のライヴを観るのを楽しみにしていますが、このアルバムを携えてだと、バンド形式になるのでしょうか?
シャロン:そうね。バンドでツアーをしていくわ。いまは4ピースでプレイしてる。それでレコードのほとんどをプレイできていると思う。音を削った部分もあるけど、すごくベーシックなスタイルって、90年代のロックみたいで気に入ってるわ。いまはライヴもすごく楽しいし、いろんなことができて面白い。メンバーのふたりはいろんな楽器が弾けるから、いろんな音の幅が出ているしね。私は歌とギターに専念してるけど、みんながいろんな要素を足してくれていて、いまのライヴは、かなりロックっぽくなってるわ(笑)。
■これまでも非常に充実した活動をされてきたと思うのですが、 ミュージシャンとしてチャレンジしてみたいことはありますか?
シャロン:やってみたいことは、たくさんあるわ。いま、何曲かピアノで作ってる曲があるの。それから何曲かエレクトロニックの曲も作ってる。
■全然違うじゃないですか(笑)。
シャロン:そうなの。何が次に来るかはわからない(笑)。他の人とコラボレートする方法も学んだし、ヘザーといっしょに曲を書いたりもしてるし、試したいことは本当にたくさんあるわ。





























