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"UKガラージ"がテムズ川から南に位置するクロイドン近郊で"ダブステップ"へとトランスフォームしたのは周知の通りである。そこからしっかりと広がって、あるいはインターネットや媒体などを通してウイルスの如く目まぐるしい速度で感染していったわけだ。いまは亡きクロイドンの伝説的レコード店〈Big Apple〉から育っていったダブステップの先導者たち――スクリーム、ハイジャック、ローファーなども、"ガラージ"というフィルターを通り、インスパイヤーされている。実は筆者は2001年から2004年までのあいだのロンドン在住中、サウスロンドンのクラハムノースに住んだことがある。が、当時サウスロンドンでこのようなムーヴメントが起こっていようとは知る由もなかった。たしかにクロイドンが位置する南ロンドン周辺は、古くからジャマイカン・ミュージックやジャングル、ドラムンベース、ガラージの恩恵を受けた音楽が豊富なエリアではあるが......。
"ガラージ"の未来を担い、ポスト・ガラージの最左翼と称される20代前半の若者が昨年クロイドンからまた現れた。たった1曲により世界中を席巻してしまったジョイ・オービソン――本名はピート・オーグラディ(Pete O'Grady)という青年のことで、2009年の代表的なトラックとして取り上げられる「ハイフ・マンゴ(Hyph Mngo)」を発表したプロデューサーである。アーバン・サウンドのセンスとアイデアとクロイドンならではのサブカルチャー、そして"ガラージ"......まさにこれぞ"ミューテーション(突然変異)"というに相応しい音楽である。
ジョイ・オービソンは、12歳からDJをはじめている。ハウスやUKガラージがその中心だった。そこから、エレクトロニック・ミュージックの知識を貯え、多様な音楽性のDNAを受け継いでいる。ゆえに彼がアーバン・ベース・ミュージックのネクスト・レベルを提唱するのも必然かもしれない。 最近では、ホセ・ジェームスの「ブラック・マジック」、フォ ーテットの「ラブ・クライ」などのリミックスでも評価を高めている。
今作「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」は、〈シンプル・レコーズ〉主宰のウィル・ソウル(Will Saul)とフィンク(Fink:〈ニンジャ・チューン〉所属)のふたりが運営しているレーベル〈Aus Music 〉からのリリースとなった。トレブルやミドルレンジがあまり広く用いられないサブ・ベース主体のダブステップに反して、上質なトレブル・サウンド・コラージュがプログラムされている彼のニュー・ガラージ感覚が注がれている。
ひょっとしたら新たなサブジャンルの誕生かもしれない......ふたたびクロイドンから世界に向けて。そしてまたしても世界中で感染するのだろう。
この連載の2月でも紹介したサブトラクト(Sbtrkt)だが、UKガラージ色が濃かった変則ビートの「ライカ(Laika)」に続いて、〈ブレインマス(Brainmath)〉からミニマル x ガラージを基調とした大傑作EPが届いたので紹介しよう。タイトル・トラック"2020"は、アートワークが暗示するように近未来の世界を模写したシネマティックなサウンドで、ブリアルの浮遊間溢れるダーク・エレクトロニカ感覚をさらに押し上げ、深い叙情性に富んだアンビエント・ビートなトラックになっている。4つ打ちを取り入れたハード・ミニマルなドライヴ感と音響派コズミック・ガラージとでも言えばいいのか、その素晴らしい"ジャムロック( Jamlock )"、ディープ・ミニマル・ダブと共鳴するインダストリアル・ベルリン・ステップな"ワン・ウィーク・オーヴァー"、エレクトリックなシンセ群が魅力的に交感し、パーカッシヴなビートがそれをフォローするガラージ・ステップ"パウス・フォー・ソート"......収録された4曲すべてが素晴らしい。
サブトラクトは最近はリミックス・ワークも好調で、オリジナルにいたっては発表するたびに新たな試みが具体化されている。彼もまた、新世代の旗手としてジャンルレスな活動をしていくだろう......と言うよりすでに各方面で話題だが......。いずれにせよ、これこそ近未来のダブステップである。と同時に、実にDJフリンドリーなサウンド・パックでもある。
〈ノンプラス〉とは、ディープでアトモスフェリックなドラムンベースをリリースしていたインストラ:メンタル(Instra: Mental)主宰のレーベルである。インストラ:メンタルは、2009年に〈ノンプラス〉を立ち上げ盟友ディーブリッジ(dBridge)とともに「ワンダー・ウェアー/ノー・フューチャー」をリリースすると、続いてインストラ:メンタルの「ウォッチング・ユー/トラマ」を発表、シーンにディープ・ドラムンベースとでも呼ぶべき新風を巻き起こしている。ところが、2009年中頃からダブステップへとシフトしていくのである......もっともインストラ:メンタルの"音質"と"ダブステップ"との相性が抜群であったのは明らかだったのだが......。とにかく、彼らはダブステップへの転身により、アーティストとしてより輝き放ったのである。
転身したとはいえ、その作品の大半は、トライバル・ステップやドラムンベース・トラックの作品でお馴染みの、アトモスフェリックなテッキー・ダブステップである。現在彼らはコズミック・ステッパー、エーエスシー(ASC)と一緒にアルバムを創作中とのこと......まったく楽しみな話と言うか、DJセットにどう組み込むか期待は膨らむばかりだ。
そして、レーベル5枚目となったリリースは、先述のジョイ・オービソン「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」のリミックスも務めたアクロレス(Actress)である。アクトレス(女優)......と言っても男性プロデューサーで、彼の本名はダレン・J・カニンガム(Darren J Cunningham)というのだが。
ビート職人としても名高い彼は、独特のビート・カットやハッシュする技術により、秀逸なエクスペリメンタル・トラックを世に送り出している。2004年にレーベル〈Werk Discs〉をスタートさせ、デビュー作「ノー・トリックス」を発表している。デトロイティシュなビート・マエストロとの好評価を受け、2008年には、ファースト・アルバム『ヘイジービル(Hazyville)』、2009年にはなんとトラスミー(Trus'me)率いるハウス・レーベルの〈プライム・ナンバー〉からディープな傑作「ゴースツ・ハブ・ア・ヘブン(Ghosts have a heaven)」をリリース、その多才ぶりを如何なく発揮している。
今作「マシーン・アンド・ボイス」は、彼の新境地とも言うべきエレクトロな高音色を多用した新感覚なビートスケープだ。一見ごくありふれたビートメインのトラックのように感じたのだが......聴いていくとビートのプログラミング構成がランダムかつグルーヴィーにどんどん変化していく。予測不能に陥るエクスペリメンタルなこのトラックは、フライング・ロータスをどこか彷彿させるのだ。ハッシュされたヴォーカル・サンプルの注入具合といい、奇才の風格が漂う彼ならではのビート・コラージュである。
いまもっともホットな......と言うか、流行っている......と言うか、制作者が目指しているといったほうが適切かもしれない。ダブステップのサブジャンルとして絶大な支持を得ているアトモスフェリック・ダブステップという潮流である。ロンドンの現在の事情に詳しい友人からそう聞いた。つまり、数年前のブリアルやコード9のようなアトモスフェリックな曲調は、あったことはあった......が、しかし、それを飲み込む程のダークな質感やインダストリアル・ノイズ・スケープといったものが上回っていたため、純粋の"アトモスフェリック"と言うものが流行りだしたのは、ここ最近に至っての話ではないであろうかと思う。どこか......このようなひとつのジャンルが派生していった流れは......と考えたとき、まったく同じ現象が時代を経ていま起こっていると気付いたのである。これは、90年代の中期に一世を風靡したドラムンベースのサブジャンル"アートコア"である。
先日、DOMMUNEで開催した「DBS・スペシャル」(これを開催するにあたり尽力して頂いた神波さん、サポートして頂いた野田さん、カーズ、宇川さん並びDOMMUNEスタッフの方々、そしてジンク&ダイナマイトMCの素晴らしいプレイに心よりお礼申し上げます)にて、野田さんが推奨した"変人"ゾンビーの2008年のアルバム『Where Were U In '92?』という作品名が語るように、彼はまさにジャングルに没頭していたわけだが、その後、同じようにクロイドンのダブステップ・リーダーたちもジャングル、とりわけアートコアはに創造性をよりかきたてられ、心躍らせていたことだろう。LTJブケムと〈グッド・ルッキング〉、オムニ・トリオ、〈ムーヴィング・シャドー〉やファビオの〈クリエイティヴ・ソース〉等々......である。そういえば、昨年、スクリームが実に面白い作品をリリースしている。シャイFX主宰の〈デジタル・サウンドボーイ〉からの「バーニング・アップ」だ。これがまた......ただのアートコアよりのレイブ・ジャングルなのだ。初期〈ムーヴィング・シャドー〉をそのままをスケッチしたようなその姿勢に、彼の少年時代の記憶を聴こえるようだ。アートコアが築いた偉大な足跡は、今日に至ってもさまざまなところで受け継がれているのである。
今回の作品「U / It's Over」は〈ボカ〉からリリースとなった。フランスのボンDとハンガリーのDJマッドによる共作だが、彼らの思考がアートコアに直結しているのは、この作品をもって証明できる。ブリージーな心地よさとファジーで温かみのあるその全体像は、コズミックな宇宙観とも違い、ファンクネス溢れるジャジー・ソール思考とも違う......やはりこれは、アートコア=アトモスフェリックなのだ。
DJの視点からみて、このうえなく重宝する作品と言うのは多々ある。DJミックスによって素材の重なり具合によって作品の表情が180度変わったり、そこから予想だにしなかったグルーヴが生まれたりと......ロング・ミックス/ブレンドをこよなく愛す筆者の三台ミックス・スタイルにとって、小節単位でミックス部分を計算し、レコードをサンプルのように使うこの方法は、シンプルなサウンドほど変化させがいがあり、そこに"ハマる"貴重なものを見つける快感があるというわけだ。
シンプルとはいってもごくありふれたトラックなら山ほどある。が、ここに、そうしたミックスのコンセプトに合致したトラックが、パンゲア(Pangaea)とラマダンマンのふたりが共同運営するディープ・ガラージ系のダブステップ・レーベル〈へッスル・オーディオ〉から出た。「パンゲアEP」に続いてリリースされたディープ・テッキー・リーダー、ラマダンマンのEPがそれである。ちなみにラマダンマンと言えば、〈へッスル・オーディオ〉の他、〈アップル・パイプス〉、〈セカンド・ドロップ〉、〈ソウル・ジャズ〉などからダブステップをリリースしている20歳そこそこの若手プロデューサー。今回は、高まる期待のなかのリリースである。
さて、それで1曲目に収録された"I Beg You "「I Bet You」だが、パーカッシヴなビートにシンプルなベースが呼応し、サイドエフェクト的に絡むヴォーカル・サンプルがうまいアクセントになっている。テック×ガラージに対しての回答とも言うべきリズム・プロダクションだ。"No Swing"はタイトル通り、スイングしない。ドラムの乱打にエレクトロニカ調のエフェクト・ピアノ、ピョンピョン跳ねるゲーム音を混ぜて、実に混沌とした、スイングしそうもない音である。が、しかし、これがまた実に面白いように展開しているのだ。「ノースイング=リズミカルでなく調子が悪い」とは良く言ったもので、これはコミカル感覚なノースイング・ステップだ。
続く"A Couple More Years"も、ちょっとおかしなチープでバウンシー・ベースがメインラインのトラックだ。意外とミニマルにミックスすれば、新たなテイストが現れるかもしれない。最後の"Don't Change For Me"は彼のルーツを掘り下げているようだ。レイヴ・ジャングルのアーメン・ビーツをプログラミングしているあたり、彼の好みがうかがえる。ラマダンマンはテッキーではあるが、ミニマルなトップ・アーティストたち(スキューバ、マーティン、2562等々)とはまた一線を画したセンスがあるのだ。明らかに"並"ではないその変化に富んだプロダクションは、いまだ底が見えそうにない......。ヴィラロボス、フランソア・K、ジャイルス・ピーターソンらがラマダンマンのトラックをスピンするところに、彼のユニークな存在感が証明されている。
![]() Daniel Bell Globus Mix Vol.4 Tresor |
2000年にデトロイトからベルリンに移り住んできたプロデューサー/DJ、ダニエル・ベル。彼が同年にリリースしたミックスCD、『Globus Mix Vol. 4 - The Button Down Mind Of Daniel Bell』が先日リリースされた。このインタヴューは、そのライナーノーツを執筆するために行ったインタヴューを(ほぼ)そのまま書き起こしたもの。彼のキャリアにとって深い意味があったというこのミックスCDについて、そしてそれ以前とその後について、じっくりと語ってくれたのでここにご紹介したい。東京ではDBXライヴの(現在のハードウェア中心セットの)最終公演を含む来日ツアーも間近に控えているので、そちらもお見逃しなく!

僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから。
『Globus Mix Vol. 4 - The Button Down Mind Of Daniel Bell』が丸10年後に再発されたこと、そしてResident Advisorで2000年代のベスト50ミックスCDの第二位に投票されたことについてどう思いますか?
ベル:驚いたよね(笑)。いい意味で驚いた。いつだって自分が努力をして作り上げたものが評価されるのは嬉しいことだよ。いつだって作り手はそれを望んでいるからね。ただ、あれが発売されたのは2000年だったけれど、僕が実際に制作をしたのは1999年だから、00年代ということを強調されると自分の中ではちょっと違和感があるけれど。もう99年の暮れには完成していた。いま考えてもとてもいい時期だったと思う。それほど楽曲制作もしていなくて、僕にとっては初めてのDJミックスCDだった。だから、このオファーが来て、喜んでチャレンジすることにしたんだ。自分ではミックスCDを作ろうなんて考えたことがなかったから、〈Tresor〉から話が来たときは「面白そうだ」と思った。だから色んなアイディアを考えて、コンセプトを固めて......本当に時間をかけて取り組んだ。
では、〈Tresor〉側から来た話だったんですね。
ベル:そう。僕はその頃すでに〈Tresor〉......いや、正確に言うと〈Tresor〉の地下の階にあった別の〈Globus〉という、よりハウス寄りのフロアで何度もDJをした経験があった。そう、結構頻繁にやっていたね。当時まだデトロイトに住んでいたけど、年に3~4回定期的にプレイしに行っていた。そこでプレイするのはとても楽しくで、僕自身も好きだったから、その〈Globus〉のミックスCDシリーズをはじめると聞いて、しかも僕に参加して欲しいと言われて、ぜひやりたいと思ったんだ。
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コンセプトを練るところからかなり時間をかけて制作したとのことですが、どのような考えがあったんですか?
ベル:その頃出回っていたミックスCDは、ただの「スナップショット」というか、クラブのピークタイムのプレイをただ切り取ったようなものが多かった。とても直線的というのか......。それが悪いわけではないんだけど、僕はもっと違うことがやってみたかった。ちゃんと始まりがあって、中間があって、終わりがある、そういうものが作りたかった。それに、例えば車のなかだとか、友だちが家に来たときだとか、そういう場面でも聴いて楽しめる内容にしたかったんだ。とにかく、クラブのピークタイムからは出来るだけ離れたもの、内容のあるものにしたかった。そして、ある特定の雰囲気、それは自分のプロダクションでも一貫して伝えようとしている感覚なんだけれど、それと同じものを他の人の楽曲を使って伝えたいという考えもあった。やはり、それをするにはなかなか時間がかかったけどね。
ご自分の曲は?
ベル:2曲だけ使った。僕は自分の曲を作る際も、DJをする際も、一貫したテーマが自分のなかにあるんだ。孤独感や孤立感、周りから切り離されたような感覚......そしてそれが最終的には、別に気にしなくてもいいことだ、っていう......(笑)。
かなり抽象的な感覚ですね(笑)。
ベル:うん、そうだね(笑)。質問されたから一応説明しようとしたんだけど! おそらく、この感覚について話すのは初めてのことだと思うな。でも、この一貫したテーマに、僕の曲のタイトルや歌詞も基づいているんだ。すべて同じアイディアなんだよ。それはデトロイトという、当時僕が住んでいた街とも深く関係している。そして、このミックスCDを制作していたときは、すでにもう離れることを決めていたんだ。それも(断絶されたような感覚という)テーマの背景としてある。タイトルはね、アメリカ人のコメディアンでボブ・ニューハートという人がいて、『Button-Down Mind Of Bob Newhart』というアルバムを出しているんだ。ここから取ったんだけど、面白いのは〈Tresor〉がこれを『Button - Down Mind of Daniel Bell』(ボタンで区切ると)勘違いしたことだったんだけど......まあ、それは揚げ足をとるところじゃないから言わないほうがいいか(笑)。いずれにせよ、ボブ・ニューハートが意味していたのは、彼は一見いわゆるビジネスマンが着るような、ボタンダウン・シャツを着ていそうな真面目なタイプに見えるんだけれど、実は中身はクレイジーなんだ。だから皮肉というか、ジョークで彼は自分でこのタイトルをつけているわけだけど、親がこのレコードを持っていてね。子供の頃はその意味がわからなかったんだけど、なぜかずっと覚えていた。20年経っても記憶に残っているってことはいいタイトルなんだな、と思って(笑)。
それをミックスCDのタイトルにしたのは?
ベル:同じ考えで作ったものだからだよ。......何というのかな、とても整然としていて、精細で精巧な作りだけれど、その中身はちょっとぶっ飛んでいるというか、変わったものだから(笑)。
その、あなたの一貫したテーマというものがちょっと理解し切れていないんですが......。
ベル:いいよ、いいよ、それは理解しなくていい。僕個人の考えだから。
でも、そこがとても重要な気がするんですが、もうちょっと説明してもらうことはできますか? 先日、Resident Advisorに掲載されていた、2年程前のあなたのインタヴューを読んでみたんですが、そこにはあなたが子供の頃から引越しが多くて、まるで遊牧民のように帰るべき場所や属する場所がない、ということでした。それがあなたの作る音楽にも反映されていると。周囲と断絶されたような感覚とか、孤独感というのはそのことと何か関係あるんですか?
ベル:うーん、どうだろうなぁ。少しはあるかもしれないけど、僕自身はそれほど自分を遊牧民のようだとは思っていないんだ。いまはそういう人が他にもたくさんいるから、特別なことではないというか。あの記事を書いた人は、ちょっとその部分を誇張していたかもしれないね。でもたしかに、僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから(笑)。でも、それはとても刺激的なことでもあったんだ。デトロイトで"アウトサイダー"として生活することは面白かったし、その体験から来ている音楽的影響は大きいと思う。僕のレコードは"Alien"とか、"Phreak"とか、そういうタイトルが多い。それに僕は、何がクレイジーかクレイジーでないかを規定するのか、ということを考えるのが好きで、"Electric Shock"とか"Outer Limits"というタイトルもそこから来ている。こうした考えが、このミックスCDにも共通しているんだ。でも、僕がそれを聴いた人が知らなくても、理解しなくても全然構わない。だから、僕はそういう考えでやっているというだけの話。
人は外見の印象だけでは判断できないとか、人が正気であるかどうかは他人には分からないといったことなんですかねぇ?
ベル:いや、そういうことじゃないんだよな...... 例えば、デイヴィッド・リンチの映画みたいなことだよ。一見するととても美しくて穏やかな環境なのに、何かがおかしい、っていう(笑)。あまりにでき過ぎていて、それが不気味、というような感覚。
なるほど! それはいい例えですね。ちょっと理解できた気がします。ちなみに、このミックスは最近聴き直したりしましたか?
ベル:いや、ここに来る途中それを考えていたんだけど、しばらく聴いてないな(笑)。2年くらいは聴いていないと思う。でも、もちろん、どんな内容かはよく覚えているよ。だからこそ聴き直す必要がない。僕にとって、これは一大プロジェクトだったからね。少なくとも丸一ヶ月は費やして作った。なぜそれほど時間をかけたかというと、当時ちょうどコンピュータでミックスを作るのが流行りはじめていて、曲をまるごとコンピュータに取り込んで、それをコンピュータ上で自動的にビートマッチして、とても正確なミックスを作ることが簡単にできるようになった。でも、僕はどうもそういうやり方に魅力を感じなくて。結局どういう方法を採ったかというと、ターンテーブルでミックスした。しかも10回くらい(笑)。同じミックスをね。そして、その10テイクのなかからいちばんいい部分を選び出して、コンピュータ上で編集したんだ。もっとも重視したのは、継続的な流れ(フロウ)がキープできているかどうか。10テイクだから、10時間分の素材を1時間に編集したということなんだ。本来そこまで時間をかけるものではないんだろうけど、たまたま僕も時間の余裕があったからね。DJもそれほど頻繁にやっていなかったし。というか、この少し前にDJ活動を一時休止したんだよね。97年かな。それまで1年半~2年ほどやってみて、DJをすることにすごくフラストレーションを感じるようになっていたんだ。
フラストレーション?
ベル:自分が本当にプレイしたいものがプレイできなかったから。たくさんブッキングはされていたんだけどね。その頃はほとんどアメリカでやっていて、大規模なレイヴが多かった。それが、自分のやりたいこととは全然違っていて。
より派手でハードなスタイルが求められていたということですか?
ベル:うん、そうだね。
だからこのミックスCDは、本当に自分のやりたいスタイルで作ったと?
ベル:そう。
では、このミックスを発表してからは、周囲の反応もだいぶ変わりましたか?
ベル:変わったね。面白かったのは、出した直後はまだ前のようなブッキングも来ていて、「今日はどんなプレイしてくれるのか楽しみですよ」と言うから、「ミックスCDは聴いてくれたよね?」と訊くと、「ああ、あのミックスCDみたいなのはやめて下さいよ!」なんて言われたりして(笑)。だから、ちゃんと理解されたというか、周囲にもわかってもらえたのは2003年とか2004年になってからかな。そういうシーンの人たちには静かすぎるというか、穏やかすぎたんだね。もっと小さいクラブにブッキングされるようになって、こういうスタイルでやれるようになってきた。でも、その過程でこのCDが大いに役立ったのは間違いないよ。僕がDJとしてどういうプレイをするか、ということを知ってもらえた。
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初めて〈Tresor〉に行ったときは、歩いてその草むらを通ったんだけど、コオロギの鳴き声が聞こえていた(笑)。田舎道を歩いているような気分になるんだけど、なかに入ったらジェフ・ミルズがDJしていた(笑)。
あなたがDJとして活動しはじめたのが90年代後半だったということにも驚きました。それまでDJはやっていなかったんですか?
ベル:それまではプロデュースばかりしていたからね。僕はクラブDJとしてこの世界に入ったわけじゃなくて、それまではバンドやヒップホップなんかをやっていた。86年頃かな、初めてハウス・ミュージックを聴いたとき、すごく興味を惹かれたんだ。すごく...... 空っぽな感じがして(笑)。こんなに空っぽな音楽をなぜ作るんだろう? なんて思って、クラブに行ってみたんだ。そしたら、それがクラブという環境では機能するということがわかって、本当に面白いと思ったんだ。当時は純粋なインストゥルメンタルのダンス・ミュージックというもの自体が新しかったし、それまで聴いたことがないものだった。僕もそれまで音楽をやっていたから、どんな機材を使ってどのように作っているかはすぐわかった。だから、自分でもやってみようって。そうやって曲を作りはじめたんだ。DJをはじめたのは、ぶっちゃけてしまうと、レコードを作っているだけでは生活できなかったから。その当時でさえもね。だから、曲作りを補うかたちで、DJもやってみようと思った。だから、それほど真剣に考えていなかったというか、それほど高いモチベーションがあったわけではなかったんだ。当時ブッキングされていたイヴェントにもあまり興味が持てなかったしね。本当にこのミックスCDを出してからだね、「やるなら本気で取り組もう、自分のベストを尽くそう」と思うようになったのは。それからDJとしての腕を上げるために時間も費やしたし努力もした...... それが僕にとってのこの10年だったというわけ。そのあいだあまりリリースをしていない理由だよ(笑)。
初めて〈Tresor〉でプレイしたときのことを覚えていますか?
ベル:うん、覚えているよ。最初に〈Tresor〉に行ったときのこともよく覚えてる。DJとしてでなく、客として行ったとき。たしか91年だ。
91年!オープンしたのはいつでしたっけ?
ベル:たしか、僕が行ったとき、まだオープンして数ヶ月しか経っていなかった。
では、本当に最初から知っているんですね。
ベル:ああ、その頃と比べると本当に(ベルリンが)変わったと思う。クラブのまわりには本当に何にもなくてね、壁があった場所だから、がらんとした巨大な空き地があった。それがいまはポツダム広場になっているんだから! あの頃はただの草むらだった。初めて〈Tresor〉に行ったときは、歩いてその草むらを通ったんだけど、コオロギの鳴き声が聞こえていた(笑)。田舎道を歩いているような気分になるんだけど、なかに入ったらジェフ・ミルズがDJしていた(笑)。強烈な印象だったね、それまでデトロイトでもベルリンのことはあまり知られていなかった。テクノやハウスがあるってことも知らなかった。情報がなかったんだ。本当に、〈Tresor〉が最初のきっかけだった。ジェフ・ミルズが〈Tresor〉レーベルからリリースすることになってからだ。
〈Tresor〉にはジェフ・ミルズの紹介で行ったんですか?
ベル:いい質問だな。どうだっただろう...... たぶん、ジェフではなくてベーシック・チャンネルのふたりだったと思う。モーリッツ・ヴォン・オズワルドとマーク・エルネストゥスだ。ベルリンに来たときはマークの家に泊まらせてもらっていた。
彼らとはレコードの販売などを通して知り合ったんですか?
ベル:いや、よくデトロイトに来ていたからね。デトロイトで出会ったんだ。みんな彼らとは知り合いだったし、いつも歓迎してくれて、家に泊まらせてくれた。とても良くしてくれたから、僕もときどきドイツに来て、マークの家に2週間くらい滞在させてもらっていたね。彼らを通してディミトリ(〈Tresor〉のオーナー)とも知り合った。92~93年のことだね。
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いまはレーベルすら介さずに個人がリリースできてしまうからね、デモがそのまま出てしまっているようなものも多い。さっきのコンピューターの話と重なるけど、何事も選択肢が増えれば増えるほど、クオリティは下がっていってしまうんだよ。
あなたの音楽を評価してくれるオーディエンスもヨーロッパのほうが多いんじゃないですか?
ベル:それはどうかな。たしかにUSは数で言ったら少ないけれど、とても熱心な人たちが多い。それにヨーロッパのように毎週大量のパーティがあるわけじゃないから、いいパーティーがあると本当に楽しみにしてくれる。それはそれでとてもいいものだよ。でもたしかに規模は小さいから、例えば2ヶ月アメリカに滞在して各都市でパーティをすると、1年間は次のオファーがない。それほどたくさんのクラブがあるわけじゃないし、お客さんがいるわけでもないからね。そこがヨーロッパとは違うね。
先ほどご自分でも触れていましたが、長いあいだプロダクションのほうはお休みしていますよね。いまはDJにフォーカスしようと考えているんですか?
ベル:そうだね、いまはDJにフォーカスしたいと思ってる。レコーディングしたい気持ちもすごくあるんだけど...... 曲の制作はずっと続けているんだけどね、レコードにしたいと思うほどきちんと完成させられたものがない(笑)。でもいつも新しい曲のアイディアはあるし、実際に作ってみてはいるんだ。ここ5年ほどはDJスケジュールをこなすのに忙しかったし、さっきも言ったように、DJとしてのベストを尽くしたいと思っているから、制作には集中できていない。それに、自分でレコードにしてもいいと思えるようなものが出来たときに限って、間違えてデータが消えてしまったり、スタジオの不具合があったり、何かハプニングが起こるんだ(笑)。僕、何かに呪われているみたい(笑)。
音楽的にはどういったものを制作しているんですか? 言葉で説明するのは難しいかもしれませんが。
ベル:うん、難しいな。ただ僕はいつもシンプルなものを作ろうとしている。複雑にならないように。その点ではいままで作って来たものと変わらないよ。そういう一貫性が僕にとっては大事だから。あとは、古い機材を中心に使っているかな。ドイツに来たばかりの頃は、ソフトウェアに凝った時期もあったんだけど、あるとき「あまり好きじゃないな」と気がついて(笑)。いまのほうがしっくり来ているね。これまで僕が作って来たものから飛躍のないものが作れるから。
ヴァイナルなんて時代遅れだという人もいるけど、僕が作りはじめた頃からすでに廃れたメディアだった。80年代後半には、すでにCDが主流になっていたからね。その頃からすでにカルトなものだったんだ。一部の人たちだけの、秘密の道具というかさ。とくにデトロイトでは、特別なものだった。レコードに関わっていることは、特別な世界に関わっていることだったんだ。
DJもヴァイナルでやっているんですよね? 他の手段を使おうと思ったことは?
ベル:試してみたことはあるよ。DJソフトが出てきたばかりの頃は試してみたし、実際に現場で使ってみたことも何度かある。でも結局は、あまり面白いと思えなかった。僕の好みの問題だね(笑)。DJにしても、制作にしても、コンピュータを使うと、あまりにもできることの選択肢が多すぎるんだ。僕の場合は、選択肢がある程度限られていたほうが、自由を感じる。だからいまは制作も少ない機材しか使っていない。その機材でできることを最大限に引き出したいと思う。ヴァイナルでDJするのも同じ理由だ。あとはヴァイナルの音がやはり好きだしね。それに、DJには他のDJがかけない曲、持っていない曲を「ディグる」という使命がある(笑)。それをやるにも、ヴァイナルの方が面白いものが発見できるよね。まだまだデジタル化されていない曲はたくさんあるから。
でも無数にあるデジタル・ファイルのなかからも、いい曲を「ディグる」ことは出来るんじゃないですか?
ベル:たしかに。でも、その二つを比較すると、やっぱりヴァイナルの方がより面白いものが発見出来るよ。デジタル・オンリーのリリースよりもね!
そうでしょうね(笑)。いまはヴァイナルにするコストが割高な分、ヴァイナルになる曲のクオリティーはかなり保たれていると思いますから、ヴァイナルを中心に聴いた方がいいものに出会えるかもしれません。
ベル:実際のところ、毎週リリースされるヴァイナルをチェックするだけでもすごい時間がかかるのに、それ以上聴くことはできないよ。デジタルはさらに量が多いし、それらをフィルターするものが何もない。かつてはデモをレーベルに送って、そこで認められたものがリリースされていたけど、いまはレーベルすら介さずに個人がリリースできてしまうからね、デモがそのまま出てしまっているようなものも多い。さっきのコンピューターの話と重なるけど、何事も選択肢が増えれば増えるほど、クオリティは下がっていってしまうんだよ。いまはヴァイナルなんて時代遅れだという人もいるけど、僕が作りはじめた頃からすでに廃れたメディアだった。80年代後半には、すでにCDが主流になっていたからね。その頃からすでにカルトなものだったんだ。一部の人たちだけの、秘密の道具というかさ。とくにデトロイトでは、特別なものだった。レコードに関わっていることは、特別な世界に関わっていることだったんだ。機材だってそうだよ、僕らが使っていたものなんて、既に誰も見向きもしないような時代遅れのものだった。今はみんなが大金を積んでそういう古い機材を買うけど、当時は捨てられてしまうようなものだったんだ。だからこの文化は常に、「古いものを使って新しいものを作り出す」ことが全てなんだよ。僕はその考え方が好きなんだ。そこに惹かれた。だから、それを変えることはないと思う。
最後に月並みな質問ですが、DJとして、いま面白いと思うアーティストやシーンはありますか?
ベル:こういう質問はいつも答えるのに困るんだよな。いま何か言っても、半年後には興味が無くなっていたりするから(笑)。でもね、実のところ10年前、15年前から買っているのと同じアーティストのレコードをいまも買っていることが多い。最近デトロイトの、すごいベテランの人たちがまたいい作品を出しているね。僕にとってはすごく嬉しいし、インスピレーションになる。僕のさらに上の年代の人たちが、いま素晴らしい作品を出している。
例えば?
ベル:デラーノ・スミスやノーム・タリーといった人たちだよ。彼らは僕が曲を作りはじめた頃から活躍していたオールドスクーラーだからね。
そういえば、少し前にデリック・メイにインタヴューしたときもデラーノの話をしていたんですよ。高校生のときに衝撃を受けたハイスクールDJだったって(笑)。私はわりと最近の人なのかと思っていたんですが。
ベル:そう思うのも無理はないよ。だって、僕も彼がレコードを出していたなんて記憶がない。多分、プロデュースは結構最近始めたことなんじゃないかな。でも素晴らしい。これほど長く音楽に関わっている彼らのような人たちが、いまとてもクリエイティブでユニークな作品を作っていることはとても励みになる。
ライヴに行けば2種類の人間がいる。ライヴ民と非ライヴ民だ。ざっくりとした分け方だが、ライヴ民とはライヴという一種の「祭」の機能を身体で理解し、その内側を生きることができる人びとのこと。非ライヴ民とはその「祭」から疎外されてしまう人びとのことだと仮定しよう。前者にとって、「なぜライヴに行くのか」という問いは愚問だろう。だが後者にとってこの問いは、まるで逆まつげのような異物感を伴ってライヴ中もついてまわる。これはその後者によるレポートであると思っていただければ幸いだ。
ペイヴメントというのは、ライヴにアイデンティティのあるバンドではない。おそらくライヴでしか味わえない魅力などそんなに多くないはずだ。むしろ、どこで再生されても等しく心に働きかけるような曲自体のプレゼンス、そして曲と音を通しての「あり方」の提示が彼らの魅力の中心だろう。だからそれがいちど頭にインストールされれば、必ずしも生の演奏が持つ意味は大きくない。ライヴという場が持つ祝祭性、一回性のなかで活きてくるバンドとは異なり、アルバムが重要だ。ヘッドホンのなかのペイヴメントがペイヴメントであると言いたいくらいである。先に述べると、今回のライヴではそのことを再確認した。
photo : Yuki Kuroyanagi |
USインディのシーンでは、ここ2年ほどローファイ、ローファイと騒がしい。いちやく頭角を現したノー・エイジを皮切りに、ヴィヴィアン・ガールズやリアル・エステイトら〈ウッドシスト〉周辺、またディアハンターなど、USのソフィアはこぞって「ローファイ」を再解釈しているかに見える。音にあえてクリアではないものを求めるという、この高度な写生論に彼らが共鳴しているのはよくわかる。だが、「ローファイ」といって実際に思い浮かべるような音に比べるとそれはかなり凝ったものに聴こえる。どちらかといえば深めのリヴァーブが彼らのサウンドの鍵であって、場合によってはシューゲイザーと認識されてしまうほどだ。では何が彼らを「ローファイ」と呼ばせたがるのかというと、スタイルである。
玉石混淆だが、前掲のアーティスト群は各々がそのスタイルのなかに鋭く批評性を巻き込んでいる。ウェルメイドなものに対する批評が「ローファイ」だとすれば、彼らはまぎれもなく「ローファイ」だ。また、同じくアーティな志向性を持ったバンドであっても、ブルックリン周辺の表現主義的なアート・ロックや、チャリティ・コンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』参加バンドらのアップデート版アメリカーナに対しては距離感がある。前者にまつわる「世界」という、後者にまつわる「アメリカ」という物語性(の調達)。こうしたものに対するさめた視線を感じる。たとえ必要なものだとしても、「つくりもの」を信じない。ウェルメイドなものや、音が帯びる物語性にはクールに一瞥を与え、不透明さの中に剥き身のリアリティを探り当てるスタイルだ。
とはいえ、数バンド、数アーティスト以外は、「ローファイ」もファッション化を免れないようだ。音に金をかけず、大声を出さず、リヴァーブでごまかしながらちょっとばかりひねった曲をやるという省エネ・モードを「かっこいいでしょ?」とばかりに提示されると、「ローファイ」概念の濫用ではないかと多少の憤りを禁じ得ない。どん詰まりの90年代をともかくも踏み抜いて前進するという、ペイヴメントの一周回ったポジティヴィティ――それは極めて知性的に、だらだらとした韜晦にまぶしながら準 備されたが――は、あまり引き継がれていないように思う。
だから、自分個人としてはペイヴメントのありようを見ておきたくて行った。がっかりするような演奏でなければなんでもいい。もともとそう複雑な曲もない。しかし「ファッション・ローファイ」では鳴らせないものが聴けるだろう......。さらに極端に言えば、見ることでなにかいいことがあるのではないか。原点に立ち返り、もういちど人生を見つめ直せるのではないか。そのようなつもりでチケットを買われた方も多いと思う。それを安易だと笑うのはたやすい。だが、ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。
会場は新木場スタジオコースト。落ち着いていて居やすい雰囲気だった。今回はベスト・アルバムを出したタイミングでもあるし、再結成ライヴという性格から推しても、内容はベスト的なものとなるだろう。2日目だったが、もともとレポートを書くという予定もなく、ネットでセット・リストを調べたりということもしなかったから、メンバーがさっさと登場するや唐突に演奏をはじめ、2曲目にして"シェイディー・レイン"を披露したのには思わず破顔一笑、驚いてしまった。そうか、今日はきっとほんとに名曲のオン・パレードだぞ。人びとの期待で、空気に色がついているようだった。
photo : Yuki Kuroyanagi |
演奏はとくに大きくアレンジが異なったりするでもなく、スティーヴン・マルクマスのヴォーカルも、あの芸風なのでほぼCDで聴くのと変わらない。この人自体が変わらない。とくに年をとった感じもない。唯一の映像作品『スロー・センチュリー』に収められたふたつのライヴに比べても遜色ないくらいである。もちろんあのライヴは、最高傑作の呼び声高い『ブライトゥン・ザ・コーナーズ』とラスト作『テラー・トワイライト』のあいだのものだ。最充実期とも呼べそうな1999年の映像であるから、そういうオーラは充満している。だが、やはり基本的には温度に差のないバンドなのだろう。そんなふうに感じさせる演奏だった。思弁的な生活者として、一定のブレなさを持ったマルクマス像がよく表れている。気難しげな冗談で、わずかな違和感や居心地のわるさを生み出すところも変わらない。この人の醸す違和感といったら、まるでジャコメッティの『歩く男』だ。
もうひとつ気づくのはメンバーの立ち位置である。ゆるやかに弧を描いて、ほぼ一直線に並んでいる。ベースのマーク・イボルドがセンターで若干前に出ているのは、この人の性分と言うか、「前に出たがる正直者」といったキャラクターのまんまで愛敬だが、他のメンバーがそれをあたたかく受け入れている感じがDVDのイメージ通りでよかった。マルクマスは舞台下手で淡々とやっている。ペイヴメントらしい。ひとりひとりをナチュラルに重要視する姿勢が表れているのだろう。タンバリンやら奇声コーラスやらの名アクトで愛されるボブ・ナスタノヴィッチもドラム・セットのスティーヴ・ウェストとギターのスコット・カンバーグの間に並んで、気合いの入った「仕事」をみせていた。
セット・リストは『テラー・トワイライト』以外からまんべんなくといったところで、初期、中期の名曲ぞろいだ。それぞれ思い入れの強い曲があると思うが、中盤、"ステレオ"からの興奮といったらなかった! "サマー・ベイブ"、"カット・ユア・ヘア"、"アンフェア"もこのあたりではなかっただろうか。周囲の人びとの動きが"ステレオ"で堰を切ったように激しくなったのが印象深かった。だいたいみんな、同じように聴いている。アンコールという形でこの後さらに6~7曲。"ストップ・ブリージン"や"ヒア"、"トリガー・カット"と、いよいよ大詰めである。
しかし、どうだろう。自分は「何」を見、聴いているのだろうか?このあたりは非ライヴ民の悲しい性質かもしれないが、だんだんモニターで中継映像かなにかを観ている感覚に襲われるのだ。ペイヴメント自体の変わらなさもあるかもしれないが、いま、ここで、本物のバンドを前にしているという感覚から隔てられる感じがある。バンドにも観衆にも悪いところはない。PAシステムには、若干あるかもしれない。あの野外フェスのような異常な音量の低音とキックには、催眠作用というか、感覚を麻痺させるようなところがある。ペイヴメントとは、ローファイとはいえとても繊細な音をしたバンドだ。CDのようにクリアな音で聴きたいと、どうしてもそう思ってしまう部分がある。
その点で言えば"ステレオ"の直前の"ファイト・ディス・ジェネレーション"は唯一いただけなかった。まるでソニック・ユースかスピリチュアライズドかといった轟音サイケデリック・ジャム。これはこれで充分にトリップ感があってクールだったのだが、なにか饒舌で、よそよそしい気持ちがした。しかしまだまだこれでは説明できない。このぼんやりした感触は皆が抱いているものなのだろうか? ぼんやりしながら、「このままではそろそろ終わってしまうな、しっかりいまを噛みしめなくては」と思い、そのためにまたぼんやりを繰り返す。
わからなくなってきてしまった。ライヴと言いつつ、我々はセット・リストに興奮しているだけなのではないだろうか? だれもがイントロで、はじめのリフの一音で一喜する。曲名が判定できた瞬間がマックスで、あとはどちらかというと現実感がない......めいめい、これまでのペイヴメント体験を脳内で反芻するばかり、ということはないだろうか。
これは自分個人のライヴ体験の未熟さ、あるいは再結成ライヴという性質上からいって当たり前のことかもしれない。それが悪いわけでもない。だが、ライヴという形態のひとつのアポリアを示しているとは言えないだろうか。勤務先の店舗でベスト・アルバムのサンプルをかけていて、1曲1曲にそわそわし、歓声を挙げ、同僚の肩を揺さぶり、涙していた数日前の体験は、いまのこのライヴ体験に劣るだろうか?
とはいえやはりラスト直前の"スピット・オン・ア・ストレンジャー"には感激もひとしおだった。会場全体がどよめくようで、意外でもあり、うれしくもあった。ナイジェル・ゴドリッジをプロデューサーに迎えた異色のラスト作『テラー・トワイライト』から、その日唯一のナンバーである。自分は世代的にも遅れて聴きはじめた人間であるから、主要なファン層は初期作を好むと思い込んでいたが、この反応から考えても『テラー・トワイライト』の重要性がわかる。いまそれぞれが、この曲の浮遊感としみじみとした旋律のなかで、ペイヴメントを聴いていた当時何をしていたのか思い出しているだろう。いま聴いている最中の人もいるかもしれない。スーツのサラリーマン、前に並んだカップル、心と記憶はひとりひとりのものだ。
ペイヴメントは甘い言葉をかけてくれるバンドではない。メソメソと泣きたい気持ちを助長してくれるバンドでもない。メッセージを掲げるということもなく、むしろメッセージを人に強要することに対して強い嫌悪感を働かせる。それぞれが勝手にやっていくという倫理、そこにあるものを使ってなんだかんだやっていけるというスタイル。だからペイヴメントとは、自分の人生に対して腹を括ったときにはじめて鮮やかに耳に流れ込んでくるものではないだろうか。そのように流れ込んできたときの、それぞれの人びとの記憶と心が発光していて、いま上空から眺めたなら、この住所のあたりがぼんやりと明るいに違いない。
ラストは"キャンディット・フォー・セール"。まさに腹を括ろうとしているものの歌だ。「アイム・トライイング」(俺はがんばってる)という、ヤケクソと苛立ちと、それを突き抜けたエネルギーを含んだ詞を多くの人びとが連呼しているのは本当に楽しく、これはさすがにライヴならではの体験だった。連帯するわけでもない、ひとりひとりの「アイム・トライイング」。ペイヴメントはファッションではない。猛然と明日もがんばろうと、いや、よりよく生きようという気持ちになる。安易だと笑うのはたやすい。だが――重複を許していただきたい――ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。
「『ロックは死んだ』と何度も言われて来た」という言葉にも聞き飽きた。2009年、年の瀬、私は新潟にいた。夜も深くなった頃、寝静まった新潟古町の商店街を抜けて、雑居ビルのなかで30年も前から変わらずやっているというロック喫茶に連れて行ってもらった。
「サラダホープ知らないの? 新潟では、柿の種より、サラダホープがメジャーなんだよ」
「キュアー知らないの? そうだよねー、まだ生まれてないよねー」
カウンターには発売されたばかりの『ジャップ・ロック・サンプラー』(ジュリアン・コープ、白夜書房、2008年)。
「フラワー・トラヴェリン・バンドは最高だよ!」
このご機嫌なマスターがいまもっとも夢中になっているのが、このキノコホテルだという。「ちょっと待ってて、DVD見せたげる」と言って、マスターはDVDをかけはじめた。
「ほら、これこれ。俺が映ってんの!」
カメラの前で拳を挙げてピョンピョンはねているマスターの頭の影が映っている。キノコホテルは、日の沈む街、あの極北の間章の街のロック喫茶の親父を夢中にさせている。これは一体どういうことなのか。
キノコホテルは、キノコカットの女の子四人からなるGSバンドで、メンバーは架空のホテル「キノコホテル」の支配人と従業員ということになっているらしい。ボーカルの女の子の名前は、マリアンヌ東雲である。マリアンヌと言えば、ジャックス。早川義夫が「♪オレはマリアンヌを抱ーいているー」のマリアンヌである。早川義夫が惚れたマリアンヌである。
あの間章の街のロック喫茶の親父を夢中にさせ、早川義夫が抱いた女と同じ名前を名乗る女がどんな女なのか、いちどは聴いておかねばならない。私のこのアルバム購入の動機は他でもない、単なるつまらない女のジェラシーの感情にすぎないのかもしれない。
ジャックスは歌う。
「二人が見つけたこの恋を離したくないいつまでも。時計をとめて見つめていたい瞳にうつる愛を」
"時計をとめて"『ジャックスの世界』
いっぽう、キノコホテルはこう歌う。
「許されない二人の時は止まりはしない。繋いだ手離したなら、何もかも忘れましょう。果てのないこの旅路をまた独り歩き出す」
"還らざる海"『マリアンヌの憂鬱』
ジャックスはこんなに気持ち悪いラヴ・ソングだったんだなあ。「ロックは死んだ」とか「ロックは永遠だ」とか議論するのはたいてい男たちだ。そんなことどっちでもいい。生まれて、死んで、また生き返って、また死んで、またまた生き返って......。世界はこんなに無情なのに。それなのに、誰が、すでに誰かがやったことと同じことをもういちどしてはいけないと決めたんだろうか。キノコホテルには「何か新しいことをしなければならない」という強迫観念の潔い消失がある。この時代遅れのGS歌謡を、「ネオGS」とか「ポスト・ネオGS」とか「ポスト・ポストネオGS」......とか言わずに何のためらいもなくおこない、親父たちを確信犯的に翻弄できるのが、この毒キノ娘たちである。そして、「パンクの初期衝動が!」と言いながらも、ふと気を抜くとまんまと毒キノコに翻弄されてしまうノスタル爺じいを、私はとても愛おしく思う。
「キノコは生の世界と死の世界の媒介者である。」(飯沢耕太郎『きのこ文学大全』平凡社新書、2008年)
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シカゴ在住のエイミー・フィリップ(Amy Philip)は、いまもっとも影響力のあるミュージック・ウエブサイト、わが国でも読者の多い『ピッチフォーク』のニュース・エディターだ。もともとはフリーの音楽ライターだった彼女だが、5年前から『ピッチフォーク』のスタッフとして働いている。また、彼女の原稿は『ヴィレッジ・ボイス』、『スピン』、『フィラデルフィア・インクワイアー』、『セヴンティーン』など、たくさんの媒体に取り上げられている。
アメリカの音楽メディアで精力的に働きながら、インディ・ロックを中心に原稿を書いている彼女に話を訊いてみよう。
アニマル・コレクティヴがアメリカで人気なのは驚くべきことだと思う。一般的には、難しい音楽で、簡単に受け入れられる音楽だとは思わないけど、人びとがこの手の音楽に興味を持ちはじめて、『ピッチフォーク』にも、突然アニマル・コレクティヴのようなバンドが増えだした。
えー、まずはあなた個人の音楽体験史について教えてください。
エイミー:10代の頃はニルヴァーナ、ホール、ソニック・ユースの大ファンで、そこから音楽にのめり込んでいったわ。
音楽ライターになった経緯、『ピッチフォーク』で書くようになった経緯について話してもらえますか?
エイミー:音楽にとても夢中になって、音楽の全サイド、例えばミュージシャンの生活などにも興味をもって、こんなジャンルの音楽のことを書いて生活できたらいいなと思っていたの。ギターを少し習ったことがあるけど、そんなに我慢強くもなかったし、才能もなかったし、音楽を書いているときほど楽しめなかったの(笑)。自分のモノより、他の人の音楽を聴いている方が断然に楽しかったのよね。それでフリーランスの音楽ライターになって、いろんな媒体で書いていたんだけど、『ヴィレッジ・ボイス』の記事を『ピッチフォーク』が見て、私にコンタクトをとって来たのよ。2005年だったかな。『ピッチフォーク』の新しいセクションに私を持って来たかったみたい。
『ピッチフォーク』はどのように生まれたのでしょうか?
エイミー:『ピッチフォーク』はライアン・スクレイバーが高校を卒業したばかりのときに、彼のミネソタのベッドルームではじめたのがことの発端よ。彼はインディ・ミュージックの大ファンで、当初はウェブにすら載っていなかった、彼の好きなバンドを紹介していたの。1996年だったかしらね。しばらくは彼と友だちとでやっていて、2005年に私が入って、いまの体制が整った。私は5人目のスタッフだったわ。
スタッフはいま何人いるのですか?
エイミー:スタッフは20人いるわ。オフィスはシカゴとブルックリンで、シカゴが本拠地。
毎日のように、新しいバンドの情報が届くと思うのですが、そのなかから、ピッチフォークで、取り上げるバンドはどのように決めているのでしょうか。
エイミー:いろんなところから音楽が届くけど、基本は、自分たちが書いて価値があるもの。ひとつの答えはないけど、例えば、私たちが好きなレーベル、〈マタドール〉や〈サブポップ〉の音源はだいたい取り上げるわね。
『ピッチフォーク』のコンセプトを教えてもらえますか?
エイミー:たくさんの違う角度から、私たちの好きな、ときには嫌いな音楽をあつかう音楽ウェブサイト。レヴュー、私が担当しているニュース、インタヴュー、ヴィデオ(ピッチフォークTV)、シェアリング・ミュージックなどで、私たちが重要だと思う音楽をカヴァーしている。
多くの音楽メディアはメジャー・レーベルからの広告で成り立っています。それで提灯記事ばかりが氾濫してしまいました。
エイミー:『ピッチフォーク』に関してはそれはないわね。編集と広告のセクションはまったく分かれていて、『ピッチフォーク』は広告を出したバンドに悪いレヴューをすることもある。もちろん良いレヴューをすることもね(笑)。他の媒体に関してはわからないわ。そういうことも他ではあるのかもしれないけど。
ゼロ年代を通じてアメリカからレコード店がなくなったこととブルックリンのインディ・シーンとの関係について話してください。僕の友人は、タワーレコードがなくなったことで商業主義に対する幻想から吹っ切れた若いバンドが自由に表現するようになったんじゃないのかという説を立てていましたが。
エイミー:うーん、それは関係ないと思う。ブルックリンは住むのにとても良い場所で、たくさんの若いキッズ達が引っ越して来た。それだけのことよ。レコード店がなくなったのはテクノロジーが発展し、自分の家でもインターネットで、手軽に音楽にアクセスできるようになったから。私はレコード店が好きだし、こういう形でなくなっていくのは悲しいけど、インターネットは音楽の制作面のみならず流通も手軽にさせたし、音楽を買うこともたやすくさせた。同時に違法ダウンロードも可能にしてしまったし、レコード店は生き残れなくなった。ただ同じ時期に起こったのだと思う。
とにかく、そうね、たくさんのバンドがブルックリンに引っ越すようになって、たくさんの音楽が生まれている。それで、さらにたくさんのバンドが引っ越して来て、良い音楽が生まれていく。最初は小さかったのが、どんどん大きくなっていったの。いわゆる雪玉みたいにね。
9.11のインパクトは、USインディ・シーンにどのような影響を与えたのでしょうか?
エイミー:みんなが思っているほどの影響は、直接的にはないと思う。ただ、9.11の後は、セキュリティーなどが厳しくなったりして、海外ツアーをやりにくくなったのは事実ね。
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アニマル・コレクティヴのようなバンドの価値を高めたのは『ピッチフォーク』だ言われていますが、アメリカではどれほどの人気なのでしょうか?
エイミー:アニマル・コレクティヴがアメリカで人気なのは驚くべきことだと思うわ。一般的には、難しい音楽で、簡単に受け入れられる音楽だとは思わないけど、人びとがこの手の音楽に興味を持ちはじめて、『ピッチフォーク』にも、突然アニマル・コレクティヴのようなバンドが増えだした。たしかに『ピッチフォーク』は彼らをサポートしているけど、それが彼らの人気の理由のすべてではないわ。彼らはたくさんのツアーをするし、コンスタントに新しい音楽を発表しているからね。
あなたがとくに気に入っているバンドやアーティストは誰ですか?
エイミー:M.I.A.、ナイフ、フィーヴァー・レイ、もう少しクラシカルなところで言うと、ブルース・スプリングスティーン、プリンス、さっきも言ったように、10代の頃好きだったのはソニック・ユース。彼らがいままでやって来たことをとても尊敬しているの。
最近の若いバンドではお気に入りはいますか?
エイミー:いま期待しているのは、スレイ・ベルズね。
ブルックリンのバンドですよね。
エイミー:彼らは何の音源もリリースしていないし、マイスペースのみなんだけど、最近M.I.A.のレーベルと契約したばかりなの。これからが楽しみよね。
あなたのゼロ年代のアルバム・トップ5を挙げてみてください。
エイミー:えー、M.I.A.の『アルラー』と『カラ』。アーケイド・ファイヤーの『フューネラル』、ナイフの『サイレント・シャウト』、ダフト・パンクの『ディスカヴァリー』、PJハーヴィーの『ストーリーズ・フロム・ザ・シティ、ストーリーズ・フロム・ザ・シー』。
サイモン・レイノルズがこの10年を"フラグメンタル・ディケイド"という言い方をしていますが、実際の話、もう大きなムーヴメントはずいぶんとありません
エイミー:それはたしかにその通りだと思う。コンピュータ、インターネットなどは、音楽へのアクセスを簡単にしたし、音楽を作るのを簡単にした。だから、ひとつの音楽に支配されることは、私たちが生きているあいだはきっとないと思う。それは悪いことかしら? いいえ、良いこともたくさんあると思う。私はたくさんの人が、同じ音楽を聴いているアイディアが好きだし、美しいことだと思うけれど。
ムーヴメントのないこの現在、そして将来において、カウンター・カルチャーとしての音楽はどうなると思いますか?
エイミー:いまの時代は、ひとつの大きなムーヴメントというものはなく、すべてが断片的で、たくさんの小さなムーヴメントがあるのよ。カウンター・カルチャーが大きな影響を与えるとは思わないわ。
アメリカにはグリール・マーカスをはじめ、レスター・バングスなど、偉大なロック・ジャーナリストの系譜がありますが、とくにあなたが影響を受けたのは誰ですか?
エイミー:最初にライターをはじめた頃は、アン・パワーズというライターにとても影響を受けたわ。彼女は、元『NYタイムス』のライターで、いまは『LAタイムス』のライターをやっている。アン・パワーズは、『彼女が書いたロック:Rock She Wrote(women write about rock, pop and rap)』という、女性が書いたロック・ジャーナリズムのコレクションを出版しているのよ。90年代なかばに出版された本なんだけど、私はとても影響を受けたわ。
それはとても興味深い本ですね。ところで音楽ライターにとって重要な要素は何だと思いますか?
エイミー:たくさんあるけど、いちばん大事なのは、良いライターであること。強い声を持ち、スタイルに良いセンスを持ち、正確であり、自分の話していることがわかっている。きちんと、締め切りに間に合わせること。音楽に対してパッションがあり、自分の記事が何を書いているか注意することよね。
ちなみにアメリカでは音楽ライターをやって食べていけますか?
エイミー:良い質問ね(笑)。ほとんどは、一般的に言って難しい。私や『ピッチフォーク』のスタッフはこの仕事で食べていけて本当にラッキーだと思う。でもこれはレアで、ライターだけやってフルタイムで生活するのは本当に難しい。ほとんどのフリーランスのライターは別の仕事をもっている。それだけでやっていくことは可能だけど、とても難しいのよ。
日本の音楽についてはどの程度知っていますか?
エイミー:そんなに多くは知らないけど......若い頃は少年ナイフを聴いたわ。彼女たちはとても楽しいわね。そしてボアダムス、彼らは天才ね。アシッド・マザー・テンプル、彼らもアメイジングね。ディア・フーフには日本人のメンバーがいるわよね。私は大ファンではないけれど、彼らのことは尊敬している。他にも......、ゆらゆら帝国、トクマルシューゴなどは、とても楽しく聴かせてもらったわ。
日本の音楽シーンに期待することはありますか?
エイミー:とくに何かを期待することはないわね。いまの時代は、すべてがとても断片的で、ひとつの特別なシーンが何かを作るということもないので、日本の音楽も、アメリカの音楽も、ただたんに、世界のなかの断片的な部分だと思うのよ。私たちは、自分たちの手の届くところにある断片的な音楽を紹介しているだけなのよ。
ちなみに6月にはトーク・ノーマルが来日ツアーをやるんですよ。
エイミー:彼女たちのことはいろんなライターがカヴァーしているし、とても良い評判を聞いているわ。いつもチェックしたいと思っているのだけど、私はまだ聴いたことがないの。来週シカゴでプレイするから見に行くわ。とてもエキサイティングね。
フランスのスピリチュアル・ジャズのレーベルとして知られる〈ヘヴンリー・スウィートネス〉だが、"天国のように甘い"というレーベル名が好事家たちを虜にするその音楽性を物語っている。だいたいスピリチュアル・ジャズという当時のタームをそのまま3~40年後の2010年に使用すること自体、誤解を招きやすいというか、実際のところその音楽も後期コルトレーンのようなハードな信仰心を表したようなものばかりがすべてではなく、それよりももっと"天国のように甘い"感覚がこのジャンルには多くあるように思う。むしろその感覚があるからこそ、この20年、スピリチュアル・ジャズはDJカルチャーの陶酔感とともにあったのだ。
ハウスではサン・ラーからアーチー・シャップまでを再構築したセオ・パリッシュが代表格だが、まさにそのパリッシュ・ヴァージョンのサン・ラーをリリースしたオランダの〈キンドレッド・スピリッツ〉を拠点に世界に知れ渡ったUS西海岸のカルロス・ニーニョ率いるビルド・アン・アーク(メンバーのひとりはフライング・ロータスの作品にも参加している)、あるいは現代のギル・スコット・ヘロンとも呼ばれるトリニダード系の詩人/作家のアンソニー・ジョセフを擁するロンドンのザ・スパズム・バンド......、えー、それから卑近な例ではカール・クレイグが70年代のデトロイトにおけるスピリチュアル・ジャズのレーベル〈トライブ〉との交流を新しい音源として発表している。こうしたクラブ系の動きは、70年代的な精神主義への傾倒も少なからずあったのかもしれないが、音楽的に言えばその雑食性(ジャズ、ファンク、アフロ等々)がクラブ・ミュージックにマッチしたのだと思う。〈ヘヴンリー・スウィートネス〉から昨年リリースされたドン・チェリーとインディアン・パーカッション奏者、ラティーフ・カーンによる1978年の『Music / Sangam』など、チャリ・チャリや高橋クニユキのような音楽の青写真とも言える。まあ、70年代の精神主義がそしてニューエイジへと辿った道筋を振り返れば(占いブームや自己啓発、あるいはオウム等々)、クラブ・カルチャーの通俗性がむしろスピリチュアル・ジャズのスピリチュアル加減を良い意味で抑止していると僕は考えたい。
2006年に設立された〈ヘヴンリー・スウィートネス〉は、このジャンルの代表格、ダグ・カーンやダグ・ハモンド、あるいはフリー・ジャズ系のサックス奏者として知られるバイアード・ランカスター等々のお歴々の入手困難だった盤を再発してはマニアたちを喜ばせている。と同時にアンソニー・ジョセフ&ザ・スパズム・バンドやロンゲッツ・ファウンデイションといった"現在"の音楽も発表しながら、ジャズ・ファンが陥りやすい単なる懐古趣味に閉じこめられないよう努めている(まあ、いまではロック・ファンの大半もそうか......)。
今回はレーベルにとって最初のコンピレーションで、CDで2枚組、CD1はレーベルのベストでCD2はヴァイナルで発表したリミックス/カヴァーがフィーチャーされている。フォー・テットやカルロス・ニーニョによるリミックス、あるいはブルックリンのジャズ・ファンク・バンド、チン・チンによるカヴァー、フランスのダンス・バンドのブラックジョイによるリミックス、UKヒップホップのフルジーンスとキッドカニーヴィルによるリミックス......などが収録されている。
フォー・テットのリミックスが最高である。彼は2曲手掛けているが、とくにダグ・ハモンドの"ドープ・オブ・パワー"のリミックスは、アーサー・ラッセルの『ワールド・オブ・エコー』をダブステップにしたようだ。カルロス・ニーニョによるジョン・ベッチ・ソサイエティの"アース・ブロッサム"のリミックスは、スピリチュアル・ミュージックの音的な面白味を強調し、モダンなチルアウト・テイストを加えている。ブラックジョイのリミックスは洒脱でラウンジーなジャズで、フルジーンスやキッドカニーヴィルによるストリート・テイストの注入も面白い。
しかしこのコンピレーションを楽しむなら、やはりCD1だろう。"天国のように甘い"ジャズを堪能できるのはこちらだ。生きる伝説たちのキラー・チューンに混じって、ここにもザ・スパズム・バンドやロンゲッツ・ファウンデイションのような新しい世代の音源も収録されている。そしてレーベルが選曲するだけあって、どの曲も魅力的で、聴いてうっとりしてしまう......とは言うものの、いわゆるスピリチュアル路線よりも、逸脱しているほうが僕の耳には面白い。ドン・チェリーとラティーフ・カーンによる"エアーメイル"はいま聴くとハイブリッドなチルアウトに聴こえる。チン・チンによるそのグルーヴィーなカヴァーも素晴らしい出来だった。あるいはまた、ザ・スパズム・バンドの灼熱のパーカッションとポエトリーは路上の匂いを運んでくれる。
ちなみにCD2の冒頭はバイアード・ランカスターの"聖なるジョン・コルトレーン"ではじまっている。このジャンルのパイオニアに対する最大限の敬意のつもりなのだろう。が、たとえそれが誰であろうと、聖人視するのだけはどうしても違和感を覚えるのであります。ちなみに"天国のように甘い"はバイアード・ランカスターのアルバム名である。
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MOODYMANN
DEM YOUNG SCOONIES / THE THIRD TRACK
DECKS CLASSIX / GER / 2010/4/18
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ERYKAH BADU
NEW AMERYKAH PART TWO : RETURN OF THE ANKH
UNIVERSAL MOTOWN / US / 2010/4/18
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SHHHHH
STRICTLY ROCKERS RE:CHAPTER. 32
EL QUANGO / JPN / 2010/4/23
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LIPARIS NERVOSA
TAKE THE FUNKY FEELING
ALL CITY RECORDINGS / US / 2010/4/18
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KOSS
OCEAN WEAVES
MULE ELECTRONIC / JPN / 2010/4/18
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FLOATING POINTS
PEOPLES POTENTIAL
EGLO / UK / 2010/4/9
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BOOHGALOO ZOO
NO JOKE
LOVE MONK / SPA / 2010/4/11
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