リイシューやリマスターが続いていたけれど、『オン・パトロール』以来、1年半ぶりとなる5作目はどうやらセルフ・レーベルから(正確にはマシュウデイヴィッドとのライヴ・カセットが昨年末にリリースされている)。
マスタリングにソニック・ブームを迎えているところがまずは目を引くところで、導入はテリー・ライリーを思わせる中華風味のシンセ・ドローン。これがなかなか堂に入っていて、続く"クラウン・シェル"にも基本的なムードは引きつかれながら、だんだんとトレードマークのダブ・ファンクへと発展していく。それも前ほど先へ先へと急ぐ感じはなくなって、ダブに遊んでいるようなパターンが増え、全体的に陶酔感も高まっている。つまり、ソニック・ブームの起用はかなり頷ける。さらに"クレタ"ではサイケデリックな音が乱舞が延々と持続し、どこをとってもトリップ・ミュージック以外の何者でもなくなっていく。気持ちいい。
『古代ローマ的』というのはさすがにダッサいタイトルだけど、瞑想的なモードに入りすぎて、もはやこの世にいる気がしないのだろう。それこそ60年代の轍をそのまま繰り返してしまいそうなほど現代には距離を感じ、頭の中はフィリップ・K・ディックのようなことになっているに違いない。目を上げたらローマが見えたとか、そんな感じ。イギリスを中心としたヨーロッパのセカンド・サマー・オブ・ラヴからは、こうした感覚は生まれなかった。「知」はアジアや古代に潜在しているという強迫観念はアメリカ人に独特のものなのだろうか。我らがキャメロン・ストーローンズがハレ・クリシュナやサイエントロジーのようにならないことを願うしかありませんね。
中盤からは多少、乱れ打ちの感覚でトリップ・ミュージックのいろはが並べられる。いささか苦行めいた"デルフォイの神殿にて"(......ってギリシャじゃなかったっけ?)、どこからかドン・チェリーが出てきそうな"シーザーにぴったり"、後半はまたガラッと雰囲気を変えて、モンドめいた猥雑さを併せ持ちながら混沌としたヴィジョンが展開され、最後は100%シルクなどの動向を意識したのか、呪術的なディスコで締めくくられる(この曲だけベスト・コーストからボッブ・ブルーノがエンジニアに起用されている)。これでようやく現代に戻ってきたという意味なのだろうか......。
「Nothingã€ã¨ä¸€è‡´ã™ã‚‹ã‚‚ã®
ガールズの「ブロークン・ドリームズ・クラブ」でバッキング・ヴォーカルとして参加しているのが、ディー・ディーという、ラモーンズに捧げられた芸名を持つクリスティン・ガンドレッドである。ローファイ・ポップスを展開したザ・メイフェア・セットなるプロジェクトの作品、そしてダム・ダム・ガールズという、イギー・ポップへの敬意を表した名前のバンド名でのデビュー作『I Will Be』(2010年)をリリースしている。このアルバムはずいぶんと話題になった。シャングリ・ラスのようなガールズ・グループの甘く感傷的なメロディ、メリー・チェインのようなファズ、ラモーンズのような疾走感......、ダム・ダム・ガールズにおける彼女はロックンロールに対するフェティッシュな解釈――バイク、黒い革ジャン、ミニスカートといったクリシェをもてあそびながら、思春期の女心のオンパレードをずば抜けた歌唱力で歌っている。
クリスティン・ガンドレッドが自らをディー・ディーと名乗っていることは注目に値する。ディー・ディー(・ラモーン)といえば、ヘロイン賛歌の"チャイニーズ・ロックス"の作曲者のひとりとしても歴史に名を残している人物で、彼はそれこそパンクとドラッグのファンタジーを地でいったひとりとなっている。が、クリスティン・ガンドレッドはそうした昔のバカげた夢を「バカだな〜」と認識しながら、しかし他方では、そうしたバカげた生き方のある部分においては深いところで共振しているように思える。永遠に大人になることを拒むような(良くも悪くも子供っぽい)ロマンティシズムに。
古典的なロックンロールな生き方には、バキバキに決まってその"限界"に挑戦してこそヒップだという考えがある。と同時にロックンロールには、ラモーンズが"ニードルズ&ピンズ"のような甘いオールディーズをカヴァーするように、まったく手に負えないロマンティックな側面もある。対極にありそうなふたつの側面だが、実は同じカードの裏表だ。ドラッグが象徴するところの死を認識してこそ現在(いま)をぞんぶんに生きようというロマンスへと結ばれる。live now die later――せつなを生きようとする美学だ。
クリスティン・ガンドレッドはこのセカンド・アルバム『オンリー・イン・ドリーム』を発表する半年ほど前、ザ・スミスの"ゼア・イズ・ア・ライト〜"のカヴァーを含むシングル「ヒー・ゲッツ・ミー・ハイ」をリリースしている。周知のように"ゼア・イズ・ア・ライト〜"は曲自体の魅力もさることながら、「今夜この町から連れ出してくれ」「バスに乗って、そのバスが激突して自分が死んだとしても、隣にいるのが君なら僕は本望だ」という、母国(故郷)への嫌悪とロックンロールの美学を重ねたという点において、そしてその曲が発表された時代背景(新自由主義時代)において、大名曲となっている。それは、オリジナルのディー・ディーも、イギー・ポップも歌っていなかった類の歌だ。クリスティン・ガンドレッドはきっと、素晴らしいロックのコレクションを有しているのだろう。
ダム・ダム・ガールズは、反マッチョ主義がメキメキと顕在化するアメリカのサブカルチャーにおいて、すでに多くの中傷と批判を受けてきた昔ながらのロック文化(あるいはフィル・スペクターという"父"に育てられたガールズ・グループ)の名誉挽回に挑んでいるようでもある。『オンリー・イン・ドリーム』に収録されたどの曲もキャッチーで、ポップスとしての力がある。歌詞は感傷的な言葉がだーっと並んでいる。大地に根を張った母親など知ったことではない。男を求めて部屋のなかでひとりですすり泣くような、都会でひとり暮らしをしている女性の弱さを赤裸々に綴っている。
中学〜高校時代にラモーンズやブロンディに夢中になった人間が、この音楽の魅力に逆うことは難しい。プロデュースを手掛けているのはブロンディのファースト・アルバム、「デニス」や「イン・ザ・フレッシュ」、リチャード・ヘルの『ブランク・ジェネレーション』、あるいはゴーゴーズのファースト・アルバムなどを手掛けている人。彼はこのアルバムでも完璧な仕事をしている。
■ライブ INFO
LITTLE TEMPO presents
第四回 ワイワイ祭りスペシャル! 『太陽の花嫁』 披露宴
出演者:リトルテンポ
GUEST:大野由美子(Buffalo Daughter)、icchie(exデタミネーションズ)、西内徹(川上つよしと彼のムードメイカーズ)
DJ:工藤Big'H'晴康
9月16日(金) 会場:恵比寿 LIQUIDROOM
開場:19:00 / 開演:20:00
前売券¥3,300(ドリンク別) / 当日券¥3,500(ドリンク別)
Info:HOTSTUFF PROMOTION https://www.red-hot.ne.jp/
https://www.littletempo.com/
https://twitter.com/#!/Little_Tempo
Strong Reggae Drumming Top 7 ※()内はドラマー名
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Augustus Pablo - King Tubby meets Rockers Uptown 〜 ( Carlton Barret ) はまったきっかけの1曲。オープン・リムショットのフィル連打に飛ばされる。 |
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2. Revolutionaries - Roots Man Dub 〜 ( Sly Dunbar ) スライの大得意な数学的ミリタントビート。 |
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Aswad - African Children(Live) 〜 ( Drummie Zeb ) 録音されたトラックの実験であるDUBをステージで再現する、という実験。 |
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The Slickers - Johnny Too Bad 〜 ( Horsemouth ) この79年のリメイク版は4つ打ちになり、でかい農機具でザクザク突き進むがごとし。 |
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David Isaacs - I'm Gonna Get You 〜 ( Sly Dunbar ) 麗しいラバーズでも好きに暴れて良いという見本。 |
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Coco Tea - I Lost My Sonia 〜 ( Style Scott ) 最強のハードヒッター、スタイル・スコット。タイトとはこういうのです。 |
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Techniques All Stars - Stalag 20 〜 ( Santa or Clevie ) シンセドラムなのに、ナイヤビンギのように聴こえてくる。オリジナルの「スタラグ17」にオーバーダブしたもの。 |
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マシュー・ハーバートが久しぶりにライヴをやる。しかも豚の一生をテーマにした、"ワン"シリーズの最終章、『ワン・ピッグ』のライヴ・セットだ。リキッドルームでハーバートのライヴといえば、2000年の暮れのライヴはサンプリングによる政治的な抗議として、いまだに語りぐさになっている。あのときはグローバル企業の商品や新聞をその場で破いたり潰したりする音をその場でサンプリングして、批評精神溢れる態度でユーモラスなライヴを展開していったが、今回は豚である。いったいどんな内容のライヴになるのか......。レヴューにも書いたように、豚の鳴き声を大々的にフィーチャーした『ワン・ピッグ』があまりにも素晴らしかっただけに、注目のステージである。
しかもまた、別の日ではSBTRKTとムードマンといっしょにDJという......これは迷う!
■マシュー・ハーバートの来日公演情報
<LIVE>
9月22日(木)東京・恵比寿LIQUIDROOM
LIQUIDROOM 7th ANNIVERSARY and Hostess Club presents Matthew Herbert's ONEPIG
チケット: ¥6,000(前売り / ドリンク代別) 好評発売中!
問)LIQUIDROOM / 03-5464-0800
https://www.liquidroom.net
<DJ>
9月23日(金・祝日)京都・CLUB METRO
Angle × Matthew Herbert (DJ)
〜 Matthew Herbert album『ONE PIG』『Bodily Functions (Special Edition)』W
release
party!!〜
チケット: ¥2,500(前売り / ドリンク代別) 好評発売中!
問)京都Club METRO / 075-752-4765
https://www.metro.ne.jp
9月24日(土)東京・恵比寿LIQUIDROOM
HOUSE OF LIQUID powered by Hostess Club
チケット: 前売 4,000円 当日4,500円(税込)好評発売中!
ラインナップ: MATTHEW HERBERT (DJ) SBTRKT(LIVE)MOODMAN(DJ)
問)LIQUIDROOM / 03-5464-0800
https://www.liquidroom.net
ハード・ファイのセカンド・アルバムのタイトル『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』はセルジオ・レオーネ監督による1968年の同名映画(邦題『ウエスタン』)からの引用だが、その話を聞いたときに僕は、ああこのバンドは嫌いになれないな、と思ったものだ。もちろんレオーネと言えばマカロニ・ウェスタンの父として何度となく再評価されている監督だが、たとえばその熱烈な支持者のひとりであるタランティーノが90年代に過去の西部劇やヤクザ映画、ギャング映画のサンプリングをスタイリッシュにやってのけたことを思えば、ハード・ファイのレオーネに対する支持は――アルバムのストリングス・アレンジは映画のサウンドトラックであるモリコーネの音楽を参照したというし――もっとも素直な部類だった。西部劇や60年代辺りのノワール、70年代のギャング映画を10代の頃に夢中で観ていた僕のような人間からするとそれは大いに共感できるものだったし(それにレオーネのギャング映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』は何度も観ているし)、何よりもハード・ファイの音楽にある男たちの物語は、それら映画にたしかに通じるものである。そう思うと、レオーネ作品の主たるモチーフである男たちの友情や裏切りのドラマティックさは、監督自身のそうした男臭い世界への憧れから来ているという話は感慨深いものがある。つまりハード・ファイは、この21世紀においてもそうした暑苦しくドラマティックな男たちの物語は変わらず憧れの対象であると、無防備なまでに信じているということだ。
ハード・ファイの音楽の主人公は多くのそうした映画の多くと同じように、アウトサイダー、アウトロー、ヤンキーあるいはちんぴら......であり、そしてそこで彼らは華やかでもなんでもない日常を送っているのだが、それはバンドの情熱的な音楽に乗せてドラマティックに描かれる。バンドは、はっきりとそうしたトライブ、つまり金がなくて多くの場合悪さをしでかしてばかりいるような冴えないちんぴらやヤンキー連中、退屈な日常にうんざりしている労働者たちに向けて歌っていた。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』における最大のアンセム、ディスコとダブを合体した"サバーバン・ナイツ"において「(社会から)忘れられている俺たち」が「郊外の騎士たち」だと宣言するその暑苦しさこそが、ハード・ファイの魅力に他ならない。そこではつまらない日常が起伏に富んだ物語となり、労働者やちんぴらはその主人公になる。
3作目となる『キラー・サウンズ』においても、ハード・ファイの熱さは何ひとつ変わっていない......が、オープニング・トラックにしてシングルの"グッド・フォー・ナッシング"から、その華やかさに少なからず驚かされる。レゲエやダブ、ハウス、ファンク、ロックンロールをミックスした音楽性に大きな変化はないはずなのだが、何かが決定的に違うと感じられるのはアレンジとプロダクションがやたらゴージャスになっていることだ。数曲でメジャーどころのプロデューサーであるスチュワート・プライスとグレッグ・カースティンを起用しているということだが、アルバムを通して金のかけ方がこれまでと違っていることがはっきりとわかる。"グッド・フォー・ナッシング"のホーン・セクションの分厚さや、"ファイアー・イン・ザ・ハウス"の整頓されたビートやレイヴィーにも聞こえる女性ヴォーカルの味つけなどは、これまでの彼らの楽曲にはなかったものだ。歌謡曲的とも言える粘っこいメロディは相変わらずだが、彼らならではの哀愁や根性を感じさせたメロウネスやビターさは後退し、総じてアッパーなダンス・トラックが並ぶ。思いがけずニューウェイヴ調の"ステイ・アライヴ"や"ラヴ・ソング"などはやたら煌びやかなアレンジが施されていて、ちんぴらがブランドで身を固めているように聴こえなくもない。が、ビッグになったら金はしっかりと使うその態度こそが、ハード・ファイらしいヤンキーイズムだとも言える。
そうした音の変化にしても、あるいは歌の内容が退屈な郊外の日常といった彼らがこれまで得意とした描写から離れていることにしても、本作においては特定のトライブにコネクトするよりも多くの場所、多くの人びとに通用する野心を抱いていることの表れであろう。「金を稼ぐまで汗水たらして働け!」と歌う"スウェット"なんかは非常にハード・ファイらしいモチーフだが、これまでのように特定のシチュエーションを具体的に描くよりも、さまざまな場所で生活する労働者に通じるようなリリックになっている。そういう意味では、パーティ感覚の強いダンス・トラック、先述の"グッド・フォー・ナッシング"や、手拍子と「ストップ!」のかけ声を促す"ストップ"などが何よりもサウンドにおいて不特定多数の人びとを踊らせる可能性が高いように僕には思える。ザ・クラッシュはもちろん『スクリーマデリカ』の頃のプライマル・スクリームやマッドチェスターやレイヴの音楽的記憶を明滅させながら、広い世界のさまざまなアウトサイダーたちを踊らせようと目論んでいる。
とにかく、ハード・ファイは濃密なコミュニティの絆を少しばかり犠牲にしてでも、新たな場所へと足を踏み入れている。得たものもあれば失ったものもある。まるでギャング映画の主人公が仲間の裏切りや別離を経験して町を飛び出すかのように、彼らは自身にドラマティックな物語を課しているようにさえ見える。ラスト・トラックの"キラー・サウンズ"はアルバムのなかでは穏やかなサウンドで、15歳で死んだ親友について歌う。「お前が警官に殺されたのなら それがお前にふさわしい死に様だったってこと」
もし近年のスコセッシがディカプリオを主役に神経症的な映画ばかりを撮っていることに不満を覚えているのなら、いまだに男臭いノワールを撮りまくっているジョニー・トーの映画を観るか......ハード・ファイを聴くといい。がむしゃらに力を奮い立たせるようなその熱は、けっして失われていないのだから。"キラー・サウンズ"ではこうも歌っている。「そして若いうちに お前のなかにある若者を祝福するんだ/キラー・サウンドに合わせて踊るんだ」
Shop Chart
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V.A.
DIRTY DANCING SAMPLER
SLEAZY BEATS / NL / 2011/8/30
»COMMENT GET MUSIC
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-schedule-
9/10(sat)-9/11(sun) open air psycology at 千葉・勝浦ふれあいの森キャンプ場
9/24(sat)-9/25(sun) SKYTEK -OPEN AIR PARTY 2011- at 宮城・田代高原キャンプ場
9/30(fri) TBA at 東京
10/8(sat) CrazyDieAmond at 東京・青山ever
10/15(sat) TBA at 東京
10/29(sat) ALL THAT PARTY at 長野・松本Mole Hall
11/12(sat) TBA at 千葉Crack Up Munchies
2011 Summer Chart
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Arnaud Le Texier - Ingredients - Children Of Tomorrow |
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Conforce - Vulcan - Clone Basement Series |
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Vizar - The Time - Jato Unit |
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Rossella - Burning - Aimersse.Org |
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Iori - Lapis 2 - Prologue |
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Levon Vincent - 1000 Miles From Home |
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Rejected - For The People (Ben Klock Remix) - Rejected |
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Silent Servant - Immolare (Version) - Sandwell District |
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Takkyu Ishino - Mgm On A Guest List - Loopa |
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Plastikman - Plasticine - Plastikman |
この鐘の音は、いや、鐘かどうかはわからない、ベルか鈴か金属片か、風鈴のような陶器かガラスか、ともかくチリンチリンと冒頭から存在感を放つサンプリング音は、東洋のものにちがいないと思っていたら、やはりそのようだ。あるインタヴューを読んでいたら、このボタニーことスペンサー・ステファンソンは東洋のサイケデリック・ミュージック、とりわけ60年代のものを好んでサンプルするという。彼自身はテキサスのアーティストで、日本盤も出ているエクスペリメンタル・サイケ・ロッキン、スリープ・ホエールのドラマーでもある。スリープ・ホエールでは印象的でダイナミックなドラミングを聴かせるが、ひとりでの活動も長いようで、他にアバカスという名義もある。本作は現ボタニーとしては初のEPとなる。来春にはフルレングスもリリースされるようだ。
ボタニーでもドラムは叩くというが、彼がもっとも心血を注ぐのはサンプリングだ。それは音を聴くかぎりでも感じとることができる。レコ屋に通い、音をさがし、インスピレーションを得る。その一連が、彼の音楽制作における根幹をなすのだ、と、筆者が読んだインタヴューはざっとそんなふうに要約できるものだった。いまならチルウェイヴに繰り入れられるドリーミーでビューティフルなエレクトロニック・ミュージック。融和的なムードを持ったサイケデリアは、彼もまたアニマル・コレクティヴが準備した2000年代インディの種を宿していることをじゅうぶんに物語っている。サンプリングへのこだわりは、たとえば冒頭の"フィーリング・トゥデイ"に多用される鈴のような音などに現れ、感心させる。それは「音楽」の断片ではなく、ただの「音」なのだが、物語性をふくんでいて、情趣をかきたてる。そのような、ある密度を持った音だ。プレイ・ボタンを押して3秒でおや? と思ったのだ。これは何の音なのだろう? 鈴に似たそれはノスタルジックであり、幻想的でもあり、しかしいま曲自体が生み出そうとしている世界とは別の原理を持っているかのようでもある。それはどこか別の時代、別の国、別の世界で鳴っていたものだということを感じさせる。サンプリングされたものならもちろんそうだろう。しかし、サンプリング・ミュージックにおいては編集が肝なのだと、そうした音楽というのは引用の仕方に命が宿る、きわめて批評的なものなのだと、筆者のような門外漢は思っていたわけだが、特別な音をいち音だけ見つけてくるというアプローチもあるということを窺い知った。ステファンソンの場合、「使えるネタ」を探す耳ではなく、「自分の心に残る音」を探す耳を持っているのだろう。組み合わせやエディット能力が高いというよりは、砂浜から貝殻を拾い集めるといった具合で、きれいな音の断片をみつけては懐にしまいこむ、とてもパーソナルな音への姿勢、感性がみてとれる。それは昨今のドリーム・ポップが持つ傾向のひとつかもしれない。
よって個人的にはヴォーカル・パートがやや凡庸にきこえてしまう。ゲスト・ヴォーカルを迎えているが、はっきり言ってしまえば歌メロがはじまる前までのほうが魅力的だ。"アガーヴィ"などヴォーカルのないものに、彼の才能はすっきりとおさまっている。このトラックもまたさまざまな音が澱か靄のように暖色に重なりあっているが、奥のほうでベルとも鈴ともつかない音がチリンチリンと異世界への扉を暗示する。個人的にもっとも好きなのはこの"アガーヴィ"か涼やかなアコースティック・トラック"べ・ネ・ファクトレス"だ。どちらにも繊細に彼の好む「音」たちが配されている。"ウオーター・パーカー"はシングルが切れそうな曲だ。総合的にみればこれが本EPのハイライトとなるだろうか。アニマル・コレクティヴとパッション・ピットとジャンク・カルチャーが入れ替わり立ち替わり編んでいくような華やかさがある。準備されているフル・アルバムにはフリート・フォクシーズのJ.ティルマンもヴォーカルで参加するというが、ぜひ良きコラボレーションとなってほしいと思う。ステファンソンはまだ彼の音に対するほどには声に向かい合っていないように思われるから。
2005年にロンドンの〈ソウル・ジャズ〉レーベルはトロピカリズモを主題にしたコンピレーションをリリースしているが、その解説においてもっともフィーチャーされていたのは、カエターノ・ヴェローゾでもジルベルト・ジルでもない。トン・ゼーだった。1990年代にデヴィッド・バーンによる......ボサノヴァ以降のトロピカリズモにおける、ときにフーゴ・バルのような出で立ちでそこにいる天才の"発見"は、ボサノヴァという長い影からなかなか抜けられなかったブラジル音楽の新しい未来に見えたのだ。日本ではボサノヴァというとたしかに大人気ジャンルのひとつだが、しかしどうしてもお父さんの外車のなかのBGMという印象が強いためか、トン・ゼーどころかカエターノ・ヴェローゾでさえもある種のミドルブローというか、まあ、難しいところである。
が、本サイトをチェックしてくれている方々にとっては、ルーカス・サンタナのこのアルバムがさらにまた素晴らしい"発見"に違いないと思われる。ロンドンのDJが昨年設立した新しいレーベル〈Mais Um Discos〉がリリースするのは2008年に録音された彼の作品の再発盤だが、これが「フォー・テット+トン・ゼー+トム・ヨーク」という宣伝文句があながちハズレではないほどの名盤なのだ。つまり、ここにはボサノヴァ、エレクトロニカ、インディ・ロックが見事にブレンドされている。あくまで愛らしい混合だ。思わず押し黙ってしまうような美しい静けさ、ラテン的な甘い叙情性、そして、IDMのような音に戯れることの喜びがある。
面白いことに、この音楽はポルトガル語で歌われているのか英語で歌われているのかわからないような(自分の語学力の低さゆえでもあるのだが)、要するに、ボサノヴァの時代にはむしろその味として活かされていたブラジルにおけるポルトガル語のクセが見事に脱臭されているのである。実際、英語で歌われている曲も多いが、それは、この音楽がブラジル音楽の独自性(サンバ、そしてボサノヴァにおけるサウダーヂなどなど)をもとにしながら、コスモポリタン的な感性を持っているからだろう。ノスタルジックでありながらアヴァンギャルドで、ヴィンテージではなくモダンな音楽なのだ。それでもハイライトのひとつはルーカス・サンタナのアコースティック・ギターの響きと歌なんだけれど......。
バイーア州(カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ガル・コスタ......てか、ジョアン・ジルベルトなどを輩出したところ)出身のルーカス・サンタナは、ブラジル音楽の勤勉なリスナーやワールド・ミュージックのリスナーにはすでに賞賛されている。マルチ・インスト奏者としてもそれなりのキャリアを持っているというが、僕はもちろん今回、ロンドン経由の再発で初めて聴いた。そしてブラジル音楽の"現在"に夢中になっている自分に気がついた。
たとえば......ヴェローゾの『ジョイア』がIDMの時代に蘇ったと想像してみよう。素晴らしいでしょう?
まあそうは言っても、同時期に〈ミスター・ボンゴ〉から再発された1968年のトン・ゼーのデビュー・アルバム(ブラジル音楽とアメリカン・ポップスとのもっとも奇妙な出会い)も聴かないとね。

























