「IR」と一致するもの

七尾旅人 - ele-king

 11月15日、自衛隊に「駆けつけ警護」の任務が付与された。11月20日、陸上自衛隊の先発隊が不安定な状況の続く南スーダンに向けて出発した。つまり、安全保障関連法が本格的に稼働しはじめたということである。そしてそれは、七尾旅人の映像作品『兵士A』に新たな意味が発生したということでもある。
 『兵士A』はそういう緊迫した日本の状況に問いを投げかけた、今年唯一の音楽/映像作品と言っていい。兵士Aとは誰なのか――観る者に否応なく強烈な印象を刻み込むこの映像作品は、この夏東京と広島で上映されひとつの映画作品としても話題になったが、このたび同作の全国上映が決定した。それとあわせて、七尾旅人4年ぶりの全国ツアーも開催される。
 彼は一体何を伝えようと/描こうとしているのか? 日本ではいま何が起こっているのか? 余計なことは言わない。あなた自身の目で確かめてほしい。

七尾旅人 "兵士Aくんの歌" (映像作品『兵士A』より)

Goldie × Lee Bannon - ele-king

 10月にコンゴ・ナッティとマーラを迎えて開催された「Drum & Bass Sessions」こと「DBS」の20周年記念パーティ。なんと、その続報が届けられました。2016年を締めくくる「DBS20TH」第2弾は、ドラムンベース/ジャングルの帝王ゴールディと、〈ニンジャ・チューン〉などからのリリースで知られるリー・バノンの夢の共演です(リー・バノンは今月Dedekind Cut名義で新作『$uccessor』をリリースしたばかり)。相変わらず豪華な面子でございます。12月17日(土)は代官山UNITにて、一夜限りの「THE DARK KNIGHT BEFORE CHRISTMAS!!!」を体験しましょう。

★GOLDIE (aka RUFIGE KRU, Metalheadz, UK)

"KING OF DRUM & BASS"、ゴールディー。80年代にUK屈指のグラフィティ・アーティストとして名を馳せ、92年に4ヒーローの〈Reinforced〉からRUFIGE KRU名義でリリースを開始、ダークコアと呼ばれたハードコア・ブレイクビーツの新潮流を築く。94年にはレーベル〈Metalheadz〉を始動。95年に1stアルバム『TIMELESS』〈FFRR〉を発表、ドラムンベースの金字塔となる。98年の『SATURNZ RETURN』はKRSワン、ノエル・ギャラガーらをゲストに迎え、ヒップホップ、ロックとのクロスオーヴァーを示す。その後はレーベル運営、DJ活動、俳優業に多忙を極めるが07年、RUFIGE KRU名義で『MALICE IN WONDERLAND』を発表、08年に自伝的映画のサウンドトラックとなるアルバム『SINE TEMPUS』をデジタル・リリース。09年にはRUFIGE KRU名義の『MEMOIRS OF AN AFTERLIFE』を発表、またアートの分野でも個展を開催するなど、英国が生んだ現代希有のアーティストとして精力的な活動を続ける。12年、〈Metalheadz〉の通算100リリースにシングル「Freedom」を発表。13年には新曲を含む初のコンピレーション『THE ALCHEMIST: THE BEST OF 1992-2012』をCD3枚組でリリース。14年、〈Ministry of Sound〉からのヴィンテージMIXシリーズ『MASTERPIECE』を発表、ヘリテージ・オーケストラとのTIMELESS LIVEが好評を博す。16年、音楽とアートの功績を称えられ大英帝国勲章MBEを授与される。15年の「Broken Man」以降リリースはないが、フライング・ロータス、ブリアル、フォーテックらが参加した新作のリリースが待たれる!

★LEE BANNON aka DEDEKIND CUT (Ninja Tune, NON WORLDWIDE, USA)

カリフォルニア州サクラメント出身、現在はNY在住のビートメイカー/プロデューサー。映画からインスピレーションを得ることも多く、フィールド・レコーディングを多用した自由なプロダクションが賞賛を浴びた1stアルバム『FANTASTIC PLASTIC』を2012年にFLYING LOTUSの作品で名高い〈Plug Research〉からリリース。またブルックリンの若手ヒップホップ・クルー、PRO ERAとの交流を経て、代表格のJOEY BADA$$のプロダクションや彼らのツアーDJとして注目を集める。13年にはダーク&エクスペリメンタルな『CALIGULA THEME MUSIC 2.7.5』、『NEVER/MIND/THE/DARKNESS/OF/IT...』の2作のデジタル・アルバムのリリースを経て〈Ninja Tune〉と契約、ダウンテンポの「Place/Crusher」を発表。14年、〈Ninja Tune〉からアルバム『ALTERNATE/ENDINGS』を発表、90'sジャングル/ドラム&ベースのヴァイブを独自のサイファイ音響&漆黒ビーツで表現し、『Rolling Stone』誌のBest Electronic and Dance Albumの15位となる。15年には前作とは趣を異にするドープなドローン/アンビエント色の濃厚な怪作『PATTERN OF EXCEL』をリリース。その後、突然改名を宣言し、新たにDEDEKIND CUTの名前でEP「Thot eNhançer」をセルフ・リリース。LEE BANNONと決別したDEDEKIND CUTはエクスペリメンタルなノイズ、ニューエイジ、アンビエントの現代的なアプローチを標榜し、16年に「LAST」、「American Zen」を発表、11月には注目のアルバム『$UCCESSOR』がリリースされる。

 毎年恒例でアイスランド・エア・ウエイブスのレポート。18回目のエアウエイズで、私にとっては4回目の参加。滞在期間は2日と短かったが、中身は濃かった。
 いったい、この国の良いバイブがどこから来るのだろう。アイスランドは、2008年に経済破綻したというが、初めてアイスランドに行った2013年にも、そんな様子はまったく見えなかった。レコード屋に行ったらエスプレッソが出て来るし、バーは夜中の3時でも列が出来ているし、高級レストランにも多くの人がいる。若くして子供を持っている人が多く、町は綺麗で、ホームレスもいない。どう言うこと?
 たしかに、オーロラは日常的に見れるし、ブルーラグーンや、この世の物とは思えない美しい自然が目の当たりに見れるから、観光客もエア・ウエイブスに関わらず多い。レイキャビックの町は小さく、NYで言うとベッドフォードくらいで、端から端まで歩いても1時間ぐらいなので、自転車に乗っている人が多い。町の中心にある、ミュージック・ホールのハーパ周辺の港と景色は、何処を写真撮っても絵になり(ピンク色の空)、歩くのがとても楽しい町である。
 どのようにアイスランドが、経済復興したのかと、地元の人に聞いたところ、やっぱり観光業のお陰だと言う。ただ、この小さな国にとって、クローナの価値が上がり過ぎて、またバブルが弾けるだろうと言う。エアbnbなどで、観光業が調整されず、アイスランド人にとっては家賃はどんどん高騰しているし、クローナがこのまま上がり、上がらないところまで達したら、後は下がるしかないので、政府が次にどんな対策に出るかがキーだと言う。それが資本主義だけど、もし政府が、観光業を調節しはじめ、家賃レートを守れるなら、滅茶苦茶な状態は避けることができるはず、と。とにかく2016年、アイスランドはバブリーな状態にある。因みに、NYから来た身としては、アイスランドは何でも高い。ビールが大体$9、サンドイッチを買ったら$15など。

   

 さて、私のメインの目的は、オフ・べニューと呼ばれる、昼間行われるイベント。日本やアメリカでは見れない、地元のアーティストからツアーバンドまでが、レイキャヴィックのバー、レストラン、洋服屋、洗濯屋、レコード屋、ホテル、銀行など、音楽をプレイできるところなら何処でもライヴをしている。バンドによっては1日3ステージこなし、エアウエイブス期間に10以上のライヴをこなすこともあるし、新しいバンドに出会うのに、こんなに良い機会はない。何となく予定は立てるが、もちろん予定通りにいかない。偶然良いバンドに出会ったり、知り合いに出くわしたり、人が親切なので、心地の良い所にずーっと居てしまったりする。エア・ウエイブスのいい点は、時間にきっちりしているので、何かをミスっても、すぐ予定を立てやすい。

 今回の新しい会場ベスト2は、港近くのbryggjan brugghúsとBar Ananas。どちらも、レストラン・バーで、普通のお客さんもいながら、オープン・スペースでバンドがプレイしてる。bryggjan brugghúsはビストロ風、Bar Ananasは常夏風でトロピカルなサーフ気分が味わえる。ハングアウトも出来、バンドも見れ、ご飯も食べれ、来た誰もが楽しめるようになっているのが、アイスランド風。

 新しいバンドで印象に残ったのは、Skrattar , GANGLY, GKRで、リピートとしてはSamaris, Mammút, Hermigervill, Fufanu, Mr.Sillaが良かった。キー人物がいろんなバンドでプレイしているので、それを追いかけると、だいたい良いバンドに出会える。例えば、SamarisのJofridurは、Samaris以外に、 Pascal Pinon, GANGLY,そしてソロのJFDRをやっていて、どれも彼女の個性で成り立っている。GANGLYはまったく知識がなく、感で見に行ったのですが、見てすぐに彼女がシンガーだと気づいた。何か、引き寄せられる物がある。
 見れなくて残念だったのは、やっぱりビョーク。私はDARLINGリストバンドをもっていたが(列に並ばず入れるVIPリストバンド)、それでも入れず、会場のハーパで雰囲気だけを味わっていた。見れた人は本当にラッキー。アメリカのバンドはNYでも見れるので、ことごとくスキップしたが、Santogold, Warpaint, Frankie cosmosは見たかった。
 2日の滞在だったが、新しいバンド、新しいものごと、上から下まで十分にインスパイアされた。気候がどんどん温暖化して、今年は軽装で行ったのだが、難なく快適に過ごせた。
 アイスランドは本当に、何を食べても美味しいし、人びとは、朝まで普通にパーティしているが、モラルがあり、嫌な目にあったことがない。何処でもクレジットカードが使え、Wi-Fiがあり、英語が通じる。そして、アイスランドは安全、親切。朝6時にバスを待っていると、シリアから来たという男の子と簡単に友だちになったり、バスの乗り場を間違えて待っていたら、ホテルの男の子スタッフが、わざわざ正解のバス停まで連れて行ってくれ、バス会社に電話して、私がミスっていないかを確認してくれ、バスが来たら、わざわざ止めて、そのバスがあってるかどうか確認してくれたうえで「良い旅を!」と、送り出してくれる。これが平均的なアイスランド人。涙が出そうになった(とくにNYにいると)、マジカルなアイスランド体験だった。

 

最後に今回見たバンドのリスト。

Fri 11/4
Just another snake cult @bio Paradis
Samaris @bryggjan brugghús
Mammút @bryggjan brugghús
Kótt grà pje @bryggjan brugghús
SiGRUN @12 tonar
THROWS (UK) @12 tonar
Gruska Babuska @ Bar 12
GKR @ American bar
Dolores Haze (Sweden) @gaukurinn
IDLES (UK) @gaukurinn
Hermigervill @ gamla bíó

Sat 11/5
asdfhg. @ Hlemmur Square
Kaelan Mikla @ Hlemmur Square
Fufanu @ Bar Ananas
Mr.Silla @ NASA
Skrattar @ Gaukurinn
GANGLY @ Gamla Bio
Chinah (DK) @ Gamla Bio

公式サイト
https://icelandairwaves.is/

エアウエイブス・サバイバルガイド
https://grapevine.is/culture/music/airwaves/2016/10/31/iceland-airwaves-survival-guide/?=rcar

Yoko Sawai
11/12/2016

RYOTA OPP(Meda Fury / R&S) - ele-king

ロンドンのツアーに持って行くレコード Best 10

 これはドイツのテクノの情熱と狂騒の物語である。90年代のはじまりとおわりの物語。本書で、ベルリンの壁崩壊後、ヨーロッパ、ことドイツにおいてテクノがいかに重要な意味を持っていたのかをぼくたちは知ることになる。過去を振り返らず、前途洋々たる未来を見つめ、自らを祝福することで生まれた革命──テクノを要求した人たち(西側)とテクノを必要とした人たち(東側)との邂逅。ドイツのテクノが、のちにラヴ・パレードに代表される巨大なレイヴとなったのには理由があった。
 ウエストバムは、ドイツにおいて、お茶の間でも知られるDJである(そこは盟友、石野卓球と同じ)。彼は、ドイツでもっとも早くシカゴ・ハウスをスピンしたDJであり、ドイツで最初のアシッド・ハウスと言われる「モンキー・セイ、モンキー・ドゥ」(曲名はイギー・ポップの歌詞からの引用)を作ったプロデューサーだ。メガ・レイヴのメイデイを主宰し、ドイツにおけるレイヴ・カルチャーの土台を築いた最重要人物でもある。『夜の力』は、そんな彼の半生が描かれている。同時に、80年代のノイエ・ドイチェ・ヴェレからハウスの時代へと、そしてテクノとレイヴの時代へと展開する模様がユーモラスなタッチで描かれている(冗談が好きなのも卓球と同じ)。

 それにしても……みなさんはウエストバムという名前にどんなイメージをもってらっしゃるだろうか。ドイツ・テクノ界の巨匠、じつは技術のあるターンテーブリスト、卓球が尊敬するDJ……他には? まあ、いろいろあるかもしれないけれど、彼の口からアドルノやショーペンハウアーという思想家の名前が出てくるとは、思わないのではないでしょうか? また、〈ミル・プラトー〉のアヒムと仲良しだってこととか。つーか、ヒッピー左翼系の大学教授の息子だったんですね。などなど、意外な事実やさりげない知性も垣間見れる。たとえば、90年代初頭のジャーマン・テクノを聴き漁っていた世代が読んだら、スヴェン・フェートをけっこうおちょっくているところは笑えます。ウエストバムはジャーマン・トランスが本当に嫌いだった……。大丈夫ですよ、愛とギャグのある批判なんで。
 DAFのガビ・デルガドと一緒に手作りのシカゴ・ハウスをかけるパーティを主宰するといういい話もあるし、UKセカンド・サマー・オブ・ラヴ体験はもちろん、デリック・メイをベルリンに初めて招聘したときのエピソード、URとの思い出も出てくるし、ウエストバムがデトロイトでまわした話もある。さらにまたもうひとつ言うと、ドイツ語で書かれ、ドイツの出版社から昨年刊行された本書には、しっかり石野卓球とWIREのエピソードも描かれている。
 これは90年代の終わりの物語ではあるが、あらたな祝祭を要求する物語でもある。
 テクノ・ファンは必読。発売は11月21日です!


ウエストバム (著),
楯岡三和+トーマス・シュレーダー (翻訳)
『夜の力──ウエストバム自伝』
Amazon

interview with Nicolas Jaar - ele-king

E王
Nicolas Jaar
Sirens

Other People/ビート

Post-PunkAmbientExperimental

Amazon Tower

 ドナルド・トランプの衝撃が全世界を覆っている。もう何がなんだかわからない。ただただ憂鬱である。そんな暗澹たる気分のなか、ニコラス・ジャーから返ってきたインタヴューの原稿を読んだ。メールで質問に答えてくれた彼が、とてもキュートな絵文字を使っていることに、少し救われたような気分になった。以下のインタヴューのなかで彼も触れているが、ポリティカルなこととパーソナルなことは、相互に影響を及ぼし合っている。これほどの出来事があって、「さあ、また明日から頑張りましょう!」と簡単に割り切れるほど、僕は強くない。他の人がどうなのかは知らないけれど。

 オリジナル・アルバムとしては5年ぶりとなるニコラス・ジャーの新作は、前作『Space Is Only Noise』とはだいぶ異なる雰囲気に仕上がった。とはいえ、様々な要素を折衷するスタイルそれ自体は前作から引き継がれている。“Killing Time”や“Leaves”はエクスペリメンタルであり、アンビエントである。“The Governor”や“Three Sides Of Nazareth”にはポスト・パンク的な態度があり、さらに前者にはドラムンベース的なギミックも忍び込まされている。“No”はレゲエを、“History Lesson”はドゥーワップを取り入れているが、ともにラテン・ミュージックの空気が貼り付けられている。このようなコラージュ精神こそがニコラス・ジャーの音楽を特徴づけていると言っていいだろう。多様であること、あるいは多文化的であることの希求。ニコラス・ジャーが移民の子であることを思い出す。

 そういった果敢な音楽的実験とともに、このアルバムからは非常にポリティカルなメッセージを聴き取ることができる。たとえば“Killing Time”では人種や階級の問題が言及され、“Three Sides Of Nazareth”ではチリで起こった虐殺の風景が歌われている。そんな本作を初めて聴いたときに僕は、ニコラス・ジャー自身の過去の作品よりも先に、ある別のアーティストの作品を思い浮かべてしまった。
 今年の春にブライアン・イーノがリリースしたアルバム『The Ship』は、タイタニック号の沈没と第一次世界大戦を参照することで、現在の世界情勢と向き合おうとする作品であった。今回のニコラス・ジャーのアルバムは、音楽性こそ異なれど、テーマの部分で、そしてその物語性において、『The Ship』と通じ合っている作品だと思う。何より、『Sirens』というタイトル。サイレンとはもちろん、「警告」を意味する信号として機能する音のことだが、その語源はギリシア神話に登場する海の怪物である。セイレーンはその歌声で船員を惑わし、船を難破させる。つまりセイレーンとは、歌で人類を混乱させ、困難へと陥れる存在なのである。『The Ship』と『Sirens』という、40歳以上も歳の離れたふたりがそれぞれUKとUSで独自に作り上げた音の結晶が、船や海といったモティーフを介して、まさにいま響き合っている。このふたつのアルバムはそれぞれ、ブレグジットと大統領選挙というふたつの出来事にきれいに対応しているのではないか――少なくとも僕は、そういう風にこのふたつの作品を聴き直した。2016年とはいったいどういう年だったのか――この2作の奇妙な繋がりこそがそれを物語っているような気がしてならない。

 そして、このニコラス・ジャーのアルバムには、「父」というパーソナルなテーマも織り込まれている。今年はビヨンセやフランク・オーシャンなど、ポリティカルであることとパーソナルであることを同時に成立させてみせる名作が相次いでリリースされた。ニコラス・ジャーのこのアルバムもまた、それらの横に並べられるべき作品のひとつである。
 ひとりのリスナーとして、ポリティカルなこととパーソナルなことの響き合いを、どのように聴き取っていけばいいのか。ひとりの生活者として、ポリティカルなこととパーソナルなことの重層的な絡み合いに、どのように折り合いをつけていけばいいのか。それはとても難しい問題で、僕自身もまだ答えを見つけられていない。でも、まさにこのタイミングでこのアルバムを聴き返すことができて、本当によかったと思う。
 返信をありがとう。

 愛をこめて。

 コバ

俺も自分の音楽がポリティカルになるとは想像していなかった。ただ、自分に素直でありたいと思い、自分の中に新たに生じた難しい感情に対応したいと思ったんだ。

ビヨンセの新作や、昨年のケンドリック・ラマーのアルバムは聴いていますか?

ニコラス・ジャー(Nicolas Jaar、以下NJ):聴いてるよ。

かれらのように、一方で音楽として優れた作品を作ることを目指しながら、他方でポリティカルなメッセージを届けようとするスタンスに、共感するところはありますか?

NJ:ふたりとも、ポリティカルなことをパーソナルなことに(そしてその逆もまた同様に)うまく転換させることができる素晴らしいアーティストだと思う。それは素晴らしい技術で、俺もいつか自分の作品でそういうことを成し遂げたいと思う。
 チリでのクーデターの時、軍に虐殺されたチリ人のシンガーソングライター、ビクトル・ハラはこう言っている。「全ての音楽はポリティカルだ。たとえノンポリティカルな音楽であっても」。
 この言葉は本当だと思う。たとえラヴ・ソングでも、文脈や曲が作られた時代によって、猛烈にポリティカルなものになりうる。結局のところ、目を見開いていれば、自分の部屋の中にも、窓の外にも、愛と憎悪があるということがわかるんだ。

このたびリリースされた『Sirens』は非常にポリティカルです。たとえば“Killing Time”では、アフメド・モハメド少年やドイツのメルケル首相の名が登場し、人種や階級、資本主義といった問題について触れられています。あるいは“Three Sides Of Nazareth”では、ピノチェト政権下のチリで起こった虐殺の風景が歌われています。正直、あなたがここまでポリティカルな作品を世に送り出すことになるとは想像していませんでした。あなたが作品にポリティカルなメッセージを込めるのは、おそらく今回が初めてだと思いますが、何かきっかけとなるようなことがあったのでしょうか?

NJ:俺も自分の音楽がポリティカルになるとは想像していなかった。ただ、自分に素直でありたいと思い、自分の中に新たに生じた難しい感情に対応したいと思ったんだ。たとえば『Sirens』以前は、自分の音楽に「怒り」や「苛立ち」を込めるということはしなかった。でも自分が成長するためには、そういった感情を含めていかなければならないということに気づいた。たとえそれがどんな結果になってもね。『Sirens』は俺が成長するために、自分に必要だと感じた「自由」から生まれたアルバムなんだ。

ニューヨークで生まれたあなたにとって、チリとはどのような国なのでしょうか? また、かつての独裁政権下のチリの状況と現在のアメリカの状況に共通点があるとしたら、それは何でしょう?

NJ:現在のサンティアゴには、マイアミやロサンゼルスにすごく似ている場所もある。軍隊はアメリカの資本主義導入に成功したってわけさ。共通点を挙げるのであれば、保守主義が幽霊のようにジワジワと忍び寄ってきて、文化左派が戦いに負けてしまった状態にときおりなっているという点かな。

本作の全体的なムードは前作『Space Is Only Noise』とはだいぶ異なっていますが、様々な音楽的要素を折衷すること、多様であろうとする部分に関しては前作から引き継がれているように感じます。様々なジャンルやスタイルをコラージュしたり混ぜ合わせたりすることは、あなたが音楽を制作する上でどのような意味を持っていますか?

NJ:曲のひとつひとつが小さなストーリーになっていてほしい。俺は、インクの色よりもストーリー・アークの方に注目する方が好きだ。

“The Governor”や“Three Sides Of Nazareth”からはポスト・パンク的な要素が感じられます。スーサイドのようにも聞こえました。先日アラン・ヴェガが亡くなりましたが、彼の音楽からは影響を受けましたか?

NJ:もちろん影響を受けたよ。アラン・ヴェガのエネルギーは今の時代にとてもフィットしていると思う。だから彼が亡くなったことを知ってとても悲しかった。彼は、抵抗音楽における重要な言語と青写真を作り出した人だと思う。

昨年〈Other People〉からリディア・ランチの作品集がリイシューされました。楽曲的な面やアティテュードの面で、彼女から受けた影響があったら教えてください。また、彼女以外にも、『No New York』や〈ZE Records〉など、ノーウェイヴのムーヴメントから受けた影響があったら教えてください。

NJ:リディア・ランチが、ベルリンの壁崩壊後にベルリンでおこなった『Conspiracy Of Women(女性の陰謀)』というスポークン・ワードのパフォーマンス映像を、いつだったか偶然発見したんだ。それに夢中になり、その後何年かはそのパフォーマンス音声を自分のDJセットに入れてプレイしていたよ。
 (昨年)このパフォーマンスの25周年になるということに気づいた俺は、彼女に連絡を取り彼女と会った。彼女はリリースを承諾してくれ、それ以来、俺たちは近しい友人になったんだ。彼女にはすごく影響を受けているよ。俺が、俺自身であることを受け入れられるようになったのも、言わなきゃいけないと思うことを言えるようになったのも、彼女のおかげだ。

“The Governor”からはドラムンベース的な要素も感じられます。あなたの音楽が最初に広く受容されたのは、主にダブステップが普及して以降のダンス・ミュージック・シーンだったと思いますが、90年代のダンス・ミュージックから受けた影響についてお聞かせください。

NJ:俺の中で“The Governor”は、絶対ヘビメタなんだけど! 😂

いくつかの曲ではあなたの「歌」が大きくフィーチャーされています。それは本作がポリティカルであることと関係しているのでしょうか? そもそも、あなたにとって歌またはヴォーカルとは何ですか? 他の楽器やエレクトロニクスと同じものでしょうか?

NJ:最近は、ソングライティングという概念により興味を持つようになった。プロダクションは「ファッション」的な感じがベースになっているけど、ソングライティングはそういう感じから逃れることができると思う。「存在」というものに興味があるんだ。レコーディングに声を入れるのは、そこに命を加えるようなものだと思う。

本作は『Nymphs』と『Pomegranates』の間を埋める作品だそうですが、ということは、本作にも何かのサウンドトラックのような要素、あるいは役割や機能があるのでしょうか? たとえば、本作はいまのアメリカのサウンドトラックなのでしょうか?

NJ:そうかもね!(笑) 今まで、「テクスト」とコンテクスト(=文脈)が欠けていたと思う。『Nymphs』や『Pomegranates』は、その時の俺にとっては閉鎖的すぎると感じたのかもしれない。

前作『Space Is Only Noise』は2011年の2月にリリースされましたが、その直後、日本では大きな地震と原子力発電所の事故がありました。日本の一部のリスナーは、あなたの前作をそのような状況のなかで聴いていました。あなたの作品が、意図せずそのような状況のサウンドトラックとして機能することについてはどう思いますか?

NJ:そのような状況だったとは知らなかった。作品がアーティストの手を離れ、リスナーに届いた時点で、それはリスナーのものになると思う。俺が音楽を作るのは、俺が自分の感情に対応するために必要だからだ。音楽を作っているときだけ、俺は自由で幸せになれる。俺の音楽が、人びとの人生のサウンドトラックになっているのであれば、それがどんな結果であれ、光栄に思う。俺の音楽が人々の感情にとって、何らかの役に立っていれば嬉しい。

“Killing Time”や“Leaves”など、本作にはアンビエントの要素もありますね。あなたは3年前に、ブライアン・イーノの“LUX”をリミックスしています。彼が発明した「アンビエント」というアイデアについてどうお考えですか?

NJ:☁️☁️☁️✨

彼は音楽制作を続けるかたわら、イギリスの労働党党首を支援したり、シリアへの空爆反対のデモに参加したりしています。そうした彼の政治的な態度や行動についてはどうお考えでしょうか? あなた自身もそういった活動をする可能性はありますか?

NJ:政治的な活動はあくまで個人的に、プライベートな時間におこなうようにしている。自分の行動全てをソーシャルメディアで公開することはしたくない。デモに参加するとしたら、市民として参加するのであり、ミュージシャンとしてではない。

イーノの最新作『The Ship』は聴いていますか?

NJ:聴いている。

日本では多くの場合、音楽が政治的であることは歓迎されません。あなたは2年前にDARKSIDEとして来日し、フジロック・フェスティヴァルに出演していますが、今年、そのフェスティヴァルにSEALDsという学生の社会運動団体が出演することが決まったときに、「音楽に政治を持ち込むな!」という議論が巻き起こりました。あなたは、音楽と政治はどのような関係にあると考えていますか? あるいは、音楽が政治的であることとは、どのようなことだとお考えですか?

NJ:音楽は、時代について語ったり、信条に疑問を感じたり、考え方を覆したりするようなものであるべきだと感じる時がある。
 だが、別の時には、音楽は俺たちを癒してくれるもので、ニュースの見出しや過剰なもの、ダークなものから俺たちを逃してくれるべきだと考える。
 それは難しい質問だから、俺自身もまだ答えを見つけていない。
 質問をありがとう。

 愛をこめて。

 ニコ

KO UMEHARA (Komabano Oscillation Lab) - ele-king

現場でお世話になったトラック10選

KO UMEHARA (Komabano Oscillation Lab)

静岡県出身東京在住のDJ兼トラックメイカー。
ShuOkuyamaとのレーベルKomabano Oscillation LabやDJ WADAとのレギュラーパーティー『Contatto』、屋内型フェスティバル『Synchronicity』のレジデントなどの活動を中心に全国各地様々なパーティーをDJ行脚中。
2016/11/19にDJ WADAとのパーティー『Contatto』@ Forestlimit第6回目の開催!

https://contatto.jp

年末から年明けにかけてリリースが続きます、ぜひチェックしてみてください!
.Now On Sale
Ko Umehara - Reality Recomeposed by TCM-400 / Mastered Hissnoise

https://libraryrecords.jp/item/203147

・2016/11/11 Release
Ko Umehara - Happy 420 Tour 2015 To 2016 / Mastered Hissnoise

https://www.msnoise.info/

・2016/11/16 Release
CD HATA & MASARU - Octopus Roope / Hinowa Recodings

01. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (Original Mix)
02. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (Ko Umehara Remix)
03. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (Hentai Camera Man Remix) 04. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (DJ Doppelgenger Remix) 05. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (Frangipani Remix)
06. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (Hydro Generator Remix) 07. CD HATA & MASARU / Octopus Roope (Matsusaka Daisuke Remix)
https://hinowa.jp/

Aphex Twin - ele-king

 日本標準時11月8日1時57分。エイフェックス・ツインが新しいヴィデオを公開した。「エイフェックス・ツインからの承認メッセージ」というツイートとともにシェアされたその42秒の動画は、UKから合衆国へ核ミサイルが発射されるという内容で、その冒頭には実に彼らしいやり方でデフォルメされたドナルド・トランプとヒラリー・クリントンが映し出されている。映像の制作は、これまでにレディオヘッドなどを手がけているWeirdcore が担当。

 エイフェックスは12月17日にヒューストンで開催される Day for Night フェスティヴァルにヘッドライナーとして出演することが決まっており、今回のヴィデオはその8年ぶりの合衆国でのライヴを告知する動画なのだけれど、これ、間違いなく狙ってやっているでしょう。
 彼のファンならご存じのように、エイフェックスはあまりこういうポリティカルな演出をやらないアーティストだ。そんな彼が、まさにこのタイミングで、わざわざトランプとクリントンを変形した映像をポストしているのである。たしかに、今回のヴィデオは何か直接的なメッセージを発しているわけではないし、そもそも「承認メッセージ」なんて言い回しも彼流のジョークなのだろう。でも、言葉をそのまま愚直に受け取る真摯な僕たちは、これをメッセージだと捉えることにしよう。だって、今日はそういう日だ。
 大統領選は、日本標準時で11月8日の夜から投票が開始され、明日11月9日の昼頃には大勢が決し、夕方には開票結果が確定する見通しである。ある程度結果は予測されているみたいだけれど、ブレグジットの先例だってある。何がどうなるかはまだ誰にもわからない。エイフェックスよ、きみ自身はどう思っているんだい?


TOYOMU - ele-king

 ネットで好き勝手やっている古都在住のポスト・モダニスト、TOYOMUが、星野源、カニエ・ウエストに続き、今度は勝手に宇多田ヒカルを●●●して話題になっているところ、デビューEPに先駆けてMVが公開された。これを見ながら彼のEPを妄想しましょう。

■TOYOMU / EP 『ZEKKEI』

2016年11月23日発売/ TRCP-208/ 定価:1,200円(税抜)

 先月末はベルリン・ポルノ映画祭(10月26~30日)に出席するためドイツ、ベルリンに1週間ほど滞在した。今泉浩一監督と自分が制作した短編映画<https://www.shiroari.com/habakari/toto.html>が上映されたためで、2011年に初参加してから5回連続、おそらく日本人としては自分たちがいちばんこの映画祭に足を運んでいる筈なのと、かつ日本語で纏まった記事がほぼ見当たらない事もあって、この機会に今回で第11回目を数えることとなったPorn Film Festival Berlin<https://pornfilmfestivalberlin.de/en/>を紹介したい。

第11回ベルリン・ポルノ映画祭メイン・ヴィジュアル

 まずはこの映画祭のメイン・ヴィジュアルをご覧いただきたい。第5回(2010年)から基本的に同じモチーフでアレンジを変えて使われ続けているが、これを見て思わずムラムラしてしまう人はまあ居ないだろうにも関わらず、誰が見てもこれは「ポルノ映画祭」以外の何物でもない、と納得してしまう秀逸なデザインである。この映画祭は人目を憚ってこっそり行われるアンダーグラウンドかつプライヴェートな「シークレット・(セックス・)イベント」ではなく、あくまで──もちろん成人向けではあるが──社会の窓に向かって開かれた「映画祭」である、という主催者の強い意思を感じさせる。

 ベルリン・ポルノ映画祭はドイツ在住の映画プロデューサー兼インディー系映像作家、ユルゲン・ブリューニンク(Jürgen Brüning)によって2006年に創設された。メイン会場は例年ベルリンのクロイツベルク地区にある「MOVIEMENTO KINO <https://www.moviemento.de/>」という小さな劇場が3つある映画館で、期間中5日間は映画館全体がポルノ映画祭一色となる。今年の上映作は長編・短編併せて140本以上、大半は欧米制作の作品でアジアからは拙作を含めた短編が2本だけ。聞けば映画祭初日の時点で既に3000枚の前売券が出ており、昨年の観客動員数は8000人以上ですっかり恒例イベントとして定着した感がある。劇場では写真展が、サブ会場では縛りのワークショップ、おしっこプレイのワークショプ、「ポルノにおけるレイシャル・ポリティクス」と題されたレクチャー、VRセックス無料体験コーナー etc. と関連イベントも盛り沢山である。映画館で各劇場の入れ替え時間が重なったときには身動きがとれないほどの大混雑になる。客層……は18歳以上の男女、とでも形容する他は無い印象で観客全体にはとくに偏りは感じられない。

映画館にあるラウンジで、スタッフがチケットのキャンセル待ちのお客さんを呼び出している。

 映画祭開催中は3つのシアターをフル回転させて朝から晩までプログラムが組まれており、すべてを観るのは無理ではあるが大抵の作品は期間中に2回上映されるので、観たいものが同時間の別劇場で被ってしまう危険性はそんなにない。ないがしかし、そもそもヘテロポルノ・ゲイポルノ・レズビアンポルノ・トランスポルノ・フェティッシュポルノ・お笑いポルノ・実験ポルノ、などなど「ポルノ」の領域がとめどなく拡がっているため、上映される作品もソファーにおばはんが二人座って交互にぷうぷう屁をこいているだけのものから人体が若干切り刻まれるようなものまで多岐に渡り、自分が関心があるプログラムを拾って観ていけば人によって全く違う映画祭となる──例えばヘテロポルノを外してゲイ映画を中心に観る自分たちにとっては完全に「ベルリンゲイ映画祭」である。加えてその年2月開催のベルリン国際映画祭で上映された作品もセレクトされていたりするので、日本未公開の話題作を観られるのも嬉しい。

 創設者であり、かつ現在も映画祭ディレクターであるユルゲンに改めて「あなたがこの映画祭を始めた理由」を訊いてみた。いつもにこやかな彼は、「『ポルノ』という言葉で一括りに隔離されている作品を映画館で、いわゆる普通の映画と同じように見知らぬ誰かと隣り合わせの席で観る、という場所を作りたかったからだ。アート色の強いものもそうではないものも全て同じ映画祭の元で上映したいと思ったし、実際そうしている。第1回の映画祭では日本の作品もたくさん上映したけれど、中にはゴキブリとセックスする作品なんてのもあって、ベルリンの観客はショックを受けていたよ」と明解な回答を返してくれた。これは「ポルノ(日本語のニュアンスでは「AV」に近いだろうか)」と呼ばれる映像作品にも劇場での鑑賞に耐えうるものが多いのに関わらず、それが全く正当に扱われていない、という現場の危機意識であると思う。またかつて「アダルト映画(ヴィデオ)」として作られた作品も毎年一体どこから発掘してくるのか、様々な作品がレトロスペクティヴ上映されているが、年月が経ちいまではとっくにエロ・コンテンツとしての効力を失った映像を改めて劇場で観てみると、例えば風俗資料として驚くほどの発見があったりする。

上映後のQ&Aはこんな感じで「東京の発展場はその昔うんたらかんたら」とか言ってます。

 各作品の上映前には映画祭スタッフが前口上(作品解説や協賛企業への謝辞など)を述べるのですが、そこで今年頻繁に耳にしたのは「今回の映画祭のテーマはレイシズム、セックスワーク、そしてHIV/AIDSです」ということで、実際狭義の「ポルノ」には当てはまらない作品も多く上映されていた。日本でも来年1月に公開される予定の、ロスアンジェルスのトランスジェンダー売春婦(夫)たちの苛烈にして超くだらない日常を描いた秀作長編『タンジェリン(Tangerine L.A.)』、高齢になったHIVポジティヴのゲイ男性がリタイア後の「終の棲家」として集まってくる砂漠地帯で撮られた美しいドキュメンタリー『Desert Migration』、ニューヨークのブラック・コミュニティー内でダンス・音楽とともに生き抜く若い性的少数者たちを追った『KIKI』、ブラジル:リオデジャネイロのファヴェーラ(貧民街)のメインストリーム音楽である「バイレ・ファンキ」シーンに溢れる女性蔑視を乾いたパッションで切り抜いた『Inside the mind of Favela Funk』、挙げれば切りがないが映画祭プログラマー達の、揺るがない視点で選ばれた作品も数多く上映される。

 そんなプログラマーの一人であり、第1回ではジャーナリストとして取材に訪れ、そのまま翌年からメインのスタッフとなってしまったヨーハン・ヴェアルナにも話を訊いた。「この映画祭のスポンサーを見つけるのは本当に難しい。メインストリームのポルノ制作会社は、売り上げに直結しないと言う理由で協賛してくれないし、一般企業は『ポルノ』と聞くだけで尻込みする。ともあれこの映画祭が11年も続いているのは、我々が観客を育てたという側面もあると思う。ここは出来るだけ多種多様な性の有り様に基づいた作品に触れる機会を作り、観た人が何かを発見する場となっているはずだ」この映画祭では「ポルノ」の名の元に実に幅広い作品が集まっているので、例えば自分とは違うセクシュアリティーに基づいた作品に驚いたり、長年の誤解と偏見があっさり解けたり、またはシンクロしてしまったり、といった経験が可能なのだ。

映画祭のクロージング・パーティ

 逆説的ではあるが、そう考えるとこの映画祭は「性(セックス)を賛美する祭典」などではない。性は人間が人間になるずっと前からのんべんだらりと伴っていたものであり、いまさら言祝いだり称賛したりしたところで性自体がどうにかなるわけでもない。じっさい観ていて憂鬱になるような作品をもプログラムに含むこの映画祭が行っているのは「セックスって、すばらしい(どんどんやれ)」などと無闇矢鱈に観客をけしかけることではなくて、「映画」という表現手段を使って性と人間を捉えようとしている作家と、それを受け取る観客の意識への問いかけであり挑戦である。毎年浴びるようにこの映画祭でポルノを観続けて自分が理解したのは、表現物はそれが傑作であれ駄作であれ全て「芸術(アート)」であり、「猥褻(エロ)」は作り手を含めた受け手の中にしか存在しない以上「芸術か猥褻か」という命題はそもそも成立しない、ということでした。

 いつかの回のオープニングでユルゲンが、当然のような顔をして「少しでも早く、このような映画祭をやらなくていい日が来る事を願っている」とスピーチしたことがあった。この発言だけでは運営に疲れた主催者の愚痴のようであるが、彼と彼の映画祭の最終目的はこの超面白いけど大して儲からない「お祭り」を延々と続ける事ではなく、映画という文化の妥当な位置に「性」を嵌め直すことであるはずだ。わざわざ「ポルノ映画祭」というタイトルを冠した、ある種「特区」としてのこの映画祭がその役割を終える日が来るとき、映像表現を発表する場所は誰に対してもいまよりずっと自由に呼吸が出来る空間となっているはずだ──そんな空間が出現するのは、おそらく未来の日本ではないにしろ。

 【追記】関心をお持ちになった方は是非来年10月、実際に足を運んでみて頂きたい。ドイツ語ができなくても全く問題はなく、英語が何となくでも判れば充分映画祭を堪能できます。ちなみに今回、自分らの東京羽田―ベルリン往復航空券はカタール航空利用(帰国便には天然温泉平和島の無料一泊サービス付き)で6万5千円ちょっとでした。

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