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七尾旅人

ExperimentalFolkRobert Wyatt

七尾旅人

兵士A

felicity

Amazon

野田努   Jul 21,2016 UP

 何10年ぶりかにサッカー(フットサル)をやったが、さすがに疲れた。50を過ぎた人間だ。若い人間と混じってガチでやるには、無理がある。ゲームに参加することは、ひとりで黙々と走るのとはわけが違うのだ。身体的に無理を強いなければならないし、ただ動けばいいってものでもないし、頭も精神も使わねばならない。だが、爽快である。政治の話をしながらどんどん窮屈になっていくのとは正反対だ。しかし、ではなぜビヨンセを良いと思っているのだろう。矛盾しているじゃないか。熱狂があるからか。まだ快楽産業に回収されていない熱狂が。いや、それ以前の問題として、彼女のパーソナルな事柄からはじまっているがゆえの、人生のより深いところに突き刺さる何かを持っているからだろうか。
 たぶんそうだろう。足をすりむきながらサッカーをやっているのも、すでに終わっているはずのフィッシュマンズのライヴにありえないほど涙してしまうのも、(たとえそれが単にあの娘とのことに過ぎなかったとしても)人生は生きることの誘惑にほかならないという当たり前にして当たり前のこと(だとぼくが勝手に思っていること)をぼくに思いおこさせるからだ。アホらしいと思うなかれ。音楽がもっとも得意とするところは、そこだ。

 七尾旅人が本当に思い詰めていたのが、この作品からはよくわかる。だが、これは感情の寄せ集めではない。コンセプト作品だ。ロバート・ワイアットの『コミックオペラ』と少し似ているかもしれない。あれは、男女の対話を混ぜながら、イラク戦争で家や家族を失ったレバノン人の気持ちを歌うことで、たとえば今日のISが生まれる温床(=憎しみ)に触れているアルバムだった。
 『兵士A』にはふたつの物語がある。戦死する自衛官、すなわち憲法改正を弾きがねとしたであろう『兵士A』とそれを取り巻く物語、もうひとつは七尾旅人というアーティスト自身の創作行為に関わる物語だ。ことに映像は後者を際立たせている。当たり前の話だが、視線は七尾旅人の表情に集まり、表情の変化や彼の一挙手一投足を注視することになる。本作は、2015年11月19日のライヴ公演の実況録音盤であり、その映像作品だ。ここには、3時間にもおよぶライヴが収録されている。

 七尾旅人の根幹に政治的な憤りがあるのは確実だ。それもかなり激しい憤り、絶望。『兵士A』には、彼のお茶目さのひとかけらもない。
 とはいえ、とくに前半だが、弾き語りの名手たる彼の持ち味は発揮されている。七尾旅人は、ギターの単音と声だけでも人を魅了するミュージシャンだ。ファンのなかには声だけでも十分だと思っている人も少なくない。電子音を混ぜてはいるが、最終的には、今回もその魅力は変わらない、が、『兵士A』はしかし、彼はナイーヴさを排し(ある意味ではこれ以上ないほどナイーヴに振る舞い)、そして受け手をアンビヴァレントな気持ちにさせる作品なのだ。“ぼくらのひかり”がそうだ、“Tender Games”もそうだ。“I'M WARBOT”での七尾旅人は激殺気だっている。“エアプレーン”もそうだ。自分の作った歌の登場人物たちに取り憑かれているかのようだ。
 ステージ上の共演者は梅津和時ただひとりである。七尾旅人と同様、このベテラン・サックス奏者も日本兵の格好をしているわけだが、ふたりが演奏する光景を見たら、だれであろうと思い描くことはひとつかもしれない。しかし、『911FANTASIA』と比較される作品だが、じつは本作のほうが解釈はいろいろできる。とくに気になったのは最後の曲だ。“誰も知らない”を、彼はなにゆえに「あの子はバカだから~」という歌い出しからはじめたのだろう、取材するチャンスがあるのなら、ぼくはまずそのことを訊きたい。

 七尾旅人の、アーティストとしてつねに刺激を与えたいという大望は素晴らしいと思う。なにかおかしいぞと思ったら、とことんその疑問を追求する真摯なところもだ。『兵士A』が彼のベストだとは思わないが、いまの日本の絶望感を捉えている真摯な音楽作品であることは間違いない。
 が、政治的コンセプトがあるとはいえ、これは論文ではない。『911FANTASIA』もそうだったが、たとえば七尾旅人は戦中戦後から未来(戦前)へと、数世代にわたる物語を繰り広げている。しかし……ぼくは少年サッカーを見ながらつくづく思う。未来に待っている次世代は、そもそも現在の若者よりもずっと人数が少ないのだ。不安項目はいくつもある。政治的トピックとしては戦争よりも貧困問題を最優先すべきだという意見もよく耳にする。また、万博文化に取って代わるもののひとつは、ぼくは、スマホに象徴される通信テクノロジー商品にあると思っている、などなど。いろんなことが頭を巡る。いろんなことが。そのひとつを取りあげて、このレヴューの締めとしよう。
 ぼくは若い頃、RCサクセションや忌野清志郎のライヴで、梅津和時のソウルフルなサックスを何度も聴いている。そのステージ上には、いつも「愛と平和」という決まり文句があった。しかし、いまでは「自由」という言葉が塗り替えられたように(ネオリベもリバタリアンズも自由の産物)、あの頃と比べると問題はずっと複雑になっている。それもあるのだろう、「愛と平和」などという言葉はもう何年も聴いていない。「愛」も「平和」もさんざん欺瞞的に使われてきた/軍事的にも使われてきた/個人の都合の良いように使われてきたということなのだろうけれど、「平等」はどうだろう。トランプだって平等を要求する。そう、いま政治の問題を考えるときにつくづく思うのは、それでも性懲りもなく音楽にこだわっている自分たちはどこから来たのだろうか、ということである。まあ、ナイーヴで、おめでたいところから来たことは自分でもわかっているけどね。
 サッカーの試合中も、ずっと動いているわけにはいかない。うまくいかなければ、あるいは体力温存のため、ときどき立ち止まり、ふと考える。同じことをずっと言い続けることは無駄にはならない。疲れたときの思考時に効力を持つからだ。戦術が理解され、目指すべきゴールが見えているなら、問題ないだろう。たとえ監督とキャプテンがいなくても、だ。ちなみに、「人生で重要なことはすべてサッカーから学んだ」と言ったのはアルベール・カミュだが、それでもぼくは言う。人生で重要なことは音楽から学んだ。

野田努