「IR」と一致するもの

interview with Yeasayer (Ira Wolf Tuton) - ele-king


Yeasayer
Amen & Goodbye

Mute / Traffic

PsychedelicIndie Pop

Tower HMV Amazon

 イエーセイヤーは、とくに世界的なヒットとなった『オッド・ブラッド』以降はポップ・フィールドでサイケデリックを追求してきたバンドだ。それはMGMTやドードースがそうであるようにサイケデリックであり、また、ヴァンパイア・ウィークエンドがそうであるようにエキゾチズムを内包している。以下の発言ではアラン・ローマックスからジョン・コルトレーンにまで言及されているけれども、彼らは学究肌でもスピリチュアルに突き抜けるでもなく、トライバルな意匠をあくまでポップに扱いつづけてきた。その少しねじれた感覚は、このインタヴュー冒頭においていくつかの質問への回答が絶妙にかわされていることにもあきらかだろう。登場こそブルックリンのアンダーグラウンドだったものの、彼らはアニマル・コレクティヴやギャング・ギャング・ダンスとも、あるいは、初期のレーベルメイトであるポニーテールらのエクスペリメンタリズムとも別の道を行った。そして参照点は異なれども、もはやフレーミング・リップスやオーウェン・パレットなどにこそ比較すべきストレンジ・ポップの旗手となりつつあるのかもしれない。

 『オッド・ブラッド』よりも抽象性とダンス要素を上げた『フラグメント・ワールド』から4年、今作『エイメン&グッドバイ』はアートワークにデイヴィッド・アルトメイド(ニューヨークで活動するカナダ人彫刻家)を加えていることにまず目が行くが、ジャケットにあふれている乱雑で多様な意匠のせめぎあいは、彼らの音楽の在り処としてとてもしっくりとくる。そしてこの一見無秩序な要素の中から、彼らにとっての中心はここだといわんばかりに歌と旋律が立ち上がってくるのは感動的だ。“アイ・アム・ケミストリー”にはスージー・ローチェ(ロバート・フリップのプロデュースでデビューした三姉妹コーラス・グループ)がフィーチャーされているが、子どもの声かと錯覚するそれは、アルバム全体から奇妙な歌の力を引き出しているように感じられる。こうしてみると、イエーセイヤーが歌や旋律の引力に魅せられてきたバンドであったことにあらためて気づかされる。
 それではこのタイトルも奇怪なポップ・アルバムについて、ベースのアイラ・ウルフ・トゥートンに訊ねてみよう。

■Yeasayer / イエーセイヤー
NYブルックリンのインディ・ロック・バンド。クリス・キーティング(Chris Keating Vo/Kb)、アナンド・ワイルダー(Anand Wilder G/Vo/Kb)、アイラ・ウルフ・トゥートン(Ira Wolf Tuton B/Vo)、2007年に『オール・アワー・シンバルズ(All Hour Cymbals)』でアルバム・デビュー。ベックのツアー・サポート等を行い、2010年には〈ミュート〉移籍第一弾のセカンド・アルバム『オッド・ブラッド』をリリースし、同年フジ・ロック・フェスティヴァルにて来日。2013年にサード・アルバム『フレグラント・ワールド』をリリース。同年、初の単独来日公演を行う。

シェイプノート唱法、シェイカー・スピリチュアル、ミサ・ルバというコンゴの合唱団、それにバルカンの合唱音楽など数例を取っても、すべての伝統的ヴォーカル音楽が僕らを惹きつけたんだ。

エキゾチズムはあなたがたが初期から持っている特徴だと思います。これはイエーセイヤーのひとつのテーマととらえてもよいのでしょうか?

アイラ・ウルフ・トゥートン(以下アイラ):僕らはいつもたくさんの異なったかたちや過去やいまの様式を組み合わせるようにしているし、そうしたいと思ってるんだ。その中でお互いを活かしあって、しなやかでまがい物でなく、コンテンポラリーなサウンドになるように努めてるよ。

そうしたものは、専門的な民族音楽へのアプローチを通してではなく、あくまでポップ・ミュージックとして表現されていると感じます。純粋な民族音楽の表現にはあまり興味がありませんか? また、とくに興味を寄せている地域の音楽はありますか?

アイラ:アラン・ローマックス(Alan Lomax)の作品に関してはバンド結成前にメンバー全員がそれぞれいっぱい聴いたね。シェイプノート唱法、シェイカー・スピリチュアル、ミサ・ルバというコンゴの合唱団、それにバルカンの合唱音楽など数例を取っても、すべての伝統的ヴォーカル音楽が僕らを惹きつけたんだ。
 それから、僕らは映画音楽にも多大な影響を受けてきている。その(音楽的)解釈や録音物を通して、通常だったらそんなにたやすく出会うことのない伝統なんかに、一足飛びに触れることができるんだ。早坂文雄は好きで印象に残っている。彼はまだ幼い頃の僕に世界の扉をひとつ開けてくれたんだ。

地理的にもそうですが、時代的にも大胆な混淆を好まれているように見えす。“チャイルド・プロディジー”などはわかりやすい例かもしれませんが、とくに脈絡なく突然バロック音楽が参照されたりもしますね。このようにいろいろなものが混ざるのはなぜなのでしょう?

アイラ:思うにそれは音楽に対する一つのアプローチ手段だよ。僕にとっては、美しさ、それに音楽制作にチャレンジすることも無限の可能性の中に存在している。そのかけら(可能性)さえも完璧に掴むことはできないけど、むしろ自分のあらゆる理解力を養ったり拡げるため、また、時には別の伝統で自分の最高の声をより理解するために、すべてのことは可能だと知るほうがいいだろう。

僕の好きな音楽は、いま生きているこの世界を見るためのレンズとして機能するような音楽なんだ。僕らは懐古主義になろうとしたことは一度もないよ。

こうした音楽性には、実際に世界の現在の状況や未来についてのヴィジョンが重なっていたりしますか?

アイラ:僕の好きな音楽は、いま生きているこの世界を見るためのレンズとして機能するような音楽なんだ。僕らは懐古主義になろうとしたことは一度もないよ。

前作『フラグメント・ワールド』などは、そのタイトルがまさにあなたがたの音楽を示唆するようにも思われます。ダークでモノトーンな印象ながら、とてもリズム・オリエンテッドなダンス・アルバムでしたよね。今回は、対照的に楽曲性の高いものになっていると思いますが、これは意識された差なのでしょうか?

アイラ:僕らは毎回アルバムでは異なったアプローチをしている。個々人が変わるのと同じように、友人関係もそう、愛や家族、影響を受けるものや環境もそう、挙げていくとそのリストはずっと続くよ。どの作品であれ意図的に過去にやってきたものと同じようなものをリピートして作るのは不誠実だと感じるんだ、だってその間僕らの周りはめまぐるしく変わってるんだから。

お答えいただけるみなさんそれぞれにお訊ねします。あなた方が考える意味でもっともエキゾチックだと思う作品(音楽でも映画でも小説でもなんでも)と、もっともドリーミーだと思う作品を教えてください。

アイラ:僕がもっともインスピレーションを受けたのは個人で、彼らは完全に自身のアート、創造そして愛に身を投じていて、それは普通では到底できないことのようだ。『ジャイアント・ステップス(Giant Steps)』から『至上の愛(A Love Supreme)』『クル・セ・ママ(Kulu Se Mama)』までのジョン・コルトレーン。ボウイ(David Bowie)はいまでも忘れられない。グスタフ・スティックリー(Gustav Stickley)、ドビュッシー(Debussy)、ジョージ・ナカシマ(George Nakashima)、ショパン(Chopin)、ミース・ファン・デル・ローエ(Mies Van Der Rohe)、ジョン・ミューア(John Muir)……と、挙げていくと止まらなくなるよ。
 僕が夢見るのは自分の住むキャストヒルにある湖のことだね、毎日それぞれ少しづつ違う表情を見せるし。自然界のほうがより自分にとっては夢のようなものになってきているよ。

『オール・アワー・シンバルズ』をミックスした場所はいまやジェイクルー(J Crew)というブランドのデパートになってるね。そう、ブルックリンは変わってしまった。

『オール・アワー・シンバルズ(All Hour Cymbals)』の頃から聴いています。当初は「ブルックリン」というキーワードとともにあなたがたの音楽を知りましたが、あなた方自身は当時「ブルックリン」で起きていたことをどのようにとらえていましたか?

アイラ:『オール・アワー・シンバルズ』をミックスした場所はいまやジェイクルー(J Crew)というブランドのデパートになってるね。そう、ブルックリンは変わってしまった。まだ巨大な都市だけど。カルチャーやアート・スポットはもっと遠くの郊外に移ったみたいだよ。でも悲しいのは僕らが当時知っててよく通ったいくつかのクラブやアパート、リハ用の場所や溜まり場がブランドやインスタントな建造物にとって代わったことだね。もっと頭にくるのは、金のある企業の取り繕ったようなサマで、すぐに乗り替わってブランド企業の取り巻きになったこと。しかし、僕らはこの年の過剰開発を止める第一世代にはならないだろう。理由として、世代に限らずニューヨークの過去を懐かしむ心が強いのは、都市の変化のスピードがいつの時代も急速だから。そこはコンスタントに建造物を建て、破壊する都市なんだ。

あの頃と比べて、時代が要請している音にどのような変化があったと思いますか?

アイラ:思うに音楽の消費のされ方が変わってしまったね。インターネット上のコンテンツ増加を通して、いまや誰でも自らの手でブランディングをできるようになったから。僕らは手っ取り早く、より自分と同質で安全なものに近づき、恐ろしいものにも近づいている。前者はすぐに消え去るようなつまらないカルチャーであり、後者は、仲間や会社、政府の監視を認識したり受け入れたりすることによって生じる個人の権利への不安だね。

今作のアートワークにデイヴィッド・アルトメイド(David Altmejd)さんを起用したのはどのような経緯ででしょう? また、人体やとくにその頭部の表現に特異な方法を持っているアルトメイドさんですが、彼の作品とイエーセイヤーとの音楽の関連をどのあたりに見られますか?

アイラ:デイヴィッドが僕らといっしょにやりがってくれてたんだ。彼のようなヴィジョンを持ったアーティストが僕らの作品を解釈し、また違った視点から彼の作品として表現してくれるなんて、光栄だったよ。

“アイ・アム・ケミストリー(I AM CHEMISTRY)”のMVもじつにインパクトがありました。子どもたちのコーラスが挿入されているのは、テーマやコンセプト上での必要があったからでしょうか?

アイラ:あのヴィデオはマイク・アンダーソンの作品で、ニュー・メディア・リミテッド(New Media Ltd)が手がけたものなんだ。いつもながら、才能ある人たちと仕事をするのは僕らの世界観を広げてくれてすごく興奮するね。あのコーラスは実際ザ・ローチェス(The Roches)のスージー・ローチェの声を目立つようにフィーチャーしてるんだ。レコーディングの過程で女性のパートを意識して作った部分で、実際、女性の声が必要だと感じたんだ。スージーと彼女のバンド(彼女の二人の姉妹とともに)から僕らは多大な影響を受けてきたから、彼女といっしょにやるのはとても光栄だったよ。

ミュートが僕らにアドバイスしてくれたのはプロデューサーといっしょに仕事すること。

アルバムを重ねてこられる中で、よりポップに感じられるもの、より複雑な音楽性をもったもの、それぞれに特徴があったと思います。〈ミュート〉への移籍はアルバム制作の上でどのような影響があったでしょう?

アイラ:ミュートが僕らにアドバイスしてくれたのはプロデューサーといっしょに仕事すること。それはいままで僕等がやってこなかったことで、やろうとも思ってなかった。しかし数度の失敗を経て、僕らが出会ったのがジョーイ・ワロンカー(Joey Waronker)、彼は自然と僕らの作業プロセスに馴染んでくれて、思うに気分的にも盛り上げてくれた。彼は4番めのメンバーになってくれて、いままで見れていなかった音楽的なポイントのいくつかを埋めてくれたね。

“ハーフ・アスリープ(Half Asleep)”などのようにテクスチャーを優先したサイケ・ナンバーと“デッド・シー(Dead Sea)”などビートが優先される曲では制作の過程はまったく異なるものでしょうか?

アイラ:僕らがトライしているのは、曲それぞれに異なった、その曲に正直なアプローチなんだ。だいたいにおいて、もし2つの曲で同じアプローチやお題があるとしたら、そのうちの1つは削ることになるだろう。君が言った2曲の制作上の違いは、僕ら3人から生まれるまさに(それぞれの曲で)異なったパーツの組合せから作り上げられた、ひとつの結果だね。

今回のアルバム・タイトルでもある「エイメン・アンド・グッドバイ(Amen & Goodbye)」ですが、これは誰か(何か)に向かって投げかけられた言葉なのでしょうか? 表題曲がニューエイジ風の短いトラックだったことで、謎かけのようにも感じられます。あなたたちが何かに決別したということですか?

アイラ:だいたいにおいて、僕らが決別したのは時間と諍い事、そしてこのアルバムを作るためにかかった手順だね。そうたくさんのことと決別したよ。

僕がいま注目してるのは、いくつかのLA関連のもので、ケンドリック・ラマー関連やサンダーキャット周りのミュージシャンたちかな。

“ユーマ(Uma)”などは壊れた懐メロといった雰囲気を感じました。あなたがたの音楽には時折古風なポップ・ソングの片鱗も現れますが、これはとくにあなたがたのうちの誰の資質によるものなのでしょう?

アイラ:アナンドが“ユーマ”に、より70’sロックのアレンジのテイストを持ち込んだんだ。グループ的にもそっちのほうがおもしろそうだったし、もともとのララバイにするよりも、もっとコラージュした感じでジュークボックス的、それに子どもっぽい感じのアプローチのほうがね。僕ら的には初めてドラムスもパーカッションも使わなかった曲で、そういうふうに極端に振れることが重要だったんだ。

ライヴ・パフォーマンスにも定評のあるみなさんですが、今回のアルバム・コンセプトはどのようにライヴに反映されているでしょうか?

アイラ:ちょうどいまそれに取り掛かっているところさ。僕らにはライティングなどショウを組み立ててくれるアーティストの友人がいて、アルバムをライヴ用に組み替えているところなんだ。このプロセスは実際すごく楽しくて、早くその完成形を見せたくて仕方がないよ。

現在の音楽シーンのトレンドを意識することはありますか? どんなものをトレンドだと感じていますか?

アイラ:僕がいま注目してるのは、いくつかのLA関連のもので、ケンドリック・ラマー関連やサンダーキャット周りのミュージシャンたちかな。いま現在起きているミュージシャンたちのフレッシュな動きを見るのはいいと思う。だけど僕がよく聴いてるのはオスカー・ピーターソンで、そんなにトレンドを追ってはいないよ。

結成から10年になります。これからの活動として意識的に話しあっている目標などはありますか?

アイラ:未来に生きるほど危険なことはないよ、いまだけを生きるようにしてるよ。

Fatima Al Qadiri - ele-king

 ただのグライム。ファティマ・アル・カディリならそう言うだろう。そこに枕詞を付け足す必要はない。「元々あった呼び名で十分だったのに」と、フューチャー・ブラウンの一員として彼女は昨年のインタヴューで答えている。アンビエント・タッチのグライムは昔からあったのであり、わざわざそれをリ・ブランディングする必要などない、と。
 とはいえ彼女の前作『エイジアティシュ』が注目を集めたのは、単にその「想像上の中国」というコンセプトが、グライムの上モノにときおり現れるアジア趣味(シノグライム)の受け皿となって、西洋文化に潜む東洋への欲求をうまい具合に満足させたから、というだけではない。低く唸るベースとヴォーカル・ドローンとの共存によって特徴づけられた『エイジアティシュ』は、ベース・ミュージックであると同時にアンビエント・ミュージックとしても成り立っていた。オリエンタルな意匠の下にグライムとアンビエントとを同居させてみせたこと、やはりそこにこそファティマ・アル・カディリの面白さがあったと言うべきだろう。

 セカンド・アルバムとなる本作でも基本的にその路線は踏襲されている。悪く言えばサウンドの上で大きな変化はないということだが、明確に前作にはなかった要素もある。それはメッセージ性だ。彼女は同じインタヴューの中で「フューチャー・ブラウンの政治的関心をひとつ挙げるとしたら?」という問いに対し、「警察の残忍性について」と答えている。本作のテーマは、ジョシュ・クラインの彫刻が大きく掲げられたアートワークからも窺えるように、近年合衆国で多発している警察による過剰な暴力の行使である。
 いくつかタイトルを並べてみよう。「血色の月」、「外出禁止令」、「集中砲火」、「地下牢」、「崩壊」、「権力」。これらの語が差しあたって映し出しているのは、いまアメリカで実際に繰り広げられている壮絶な暴力行為だ。そういう意味でこのアルバムは、アティテュードの面で最近のビヨンセと共振しているとも言える。
 だがさらに言ってしまえば、本作が告発しようとしているディストピアは必ずしもアメリカ国内に限定されるものではない。アル・カディリの出身地がクウェートであることを思い出そう。「軍隊の警察化」や「警察の軍隊化」が主張されるようになって久しいが、その転換期にあたる湾岸危機当時、彼女はまさにイラク軍による占領下で幼年時代を送っていたのである。このアルバムには彼女のそのような過去も色濃く反映されているように思われる。つまり本作は、「ブラック・ライヴズ・マター」からパリ同時多発テロやシリアの騒乱までをも射程に含んだ、怒りと絶望の音楽なのである。

 ハードな現実を直視するという意味で、本作はたしかに正統なグライムだ。彼女の言葉で言えば、ただのグライムである。それなのにこのアルバムでは、グライムの大きな要素の一つであるラップという手法が用いられていない。ニュース番組や引退した巡査部長の発言などがサンプリングされてはいるものの、それらはあくまで装飾の域に留まっている。つまり、本作には明確なメッセージ性があるのにもかかわらず、それが直接的に主張されることはないのである。フューチャー・ブラウンのように、やろうと思えばMCをゲストに迎えることだってできたはずだ。だが彼女はそうしなかった。それには彼女の音楽のもう一つの重要な側面であるアンビエントが関わっている。
 アンビエント・ミュージックには、通常は聴く必要のないものとして意識からシャットアウトされている音を強制的に顕在化させるという機能がある。ベッドルームでアンビエントを流しながらうとうとしたことのある者ならば一度は体験したことがあるであろう。風が窓を叩く音、車が外を走る音、換気扇が回る音、衣服が擦れる音、自分が呼吸する音、そういう普段は意識から排除されている様々な「ノイズ」が際立って耳に入ってくる瞬間を。
 アル・カディリはこのアルバムで、そのようなアンビエントの効果を音以外の事象にまで拡張させようとしているのだ。仕事に忙殺されている人びとに、エンターテインメントに熱中している人びとに、恋愛のことで頭がいっぱいになっている人びとに、かれらの意識からシャットアウトされている現実──いま合衆国で、世界中で起こっている悲惨な出来事──へと一瞬でも注意を向けさせること。
 要するにこのアルバムは、あなたのオフィスやあなたのベッドルームと、実際に暴力行為が発生している海の向こうの現場や戦場そのものとを、直接的な手段を用いずに接続しようとする試みなのである。だから彼女の言葉に逆らって言おう。これはただのグライムではない、と。

RAINBOW DISCO CLUB 2016 - ele-king

 いきなり昔話から始めてもいいですか? 90年代の中頃だったかな、ロンドンのKings Cross駅の近くのダンジョンみたいなハコでやってる渋いパーティがあったんですよ。日曜なのにやけに豪華なDJが出てた。その日は、メインがアンドリュー・ウェザオールで、セイバーズ・オブ・パラダイスとかでガンガン活躍してた時代だったから、もう喜んで行ったわけ。前の晩も朝まで遊んでてヘロヘロだった気がするけど、ウェザオールがやるなら行かなきゃって。
 その日はたしかワールドカップの予選でイングランドの大会出場がかかってる大事な試合があって、ロンドン中がそのことで沸き立ってた。クラブに早めに着いたら、驚いたことに客が全員フロアに座って、テレビでサッカー観てるんですよ。当時の日本だとサッカーなんてマイナーなスポーツだったしワールドカップで国中大騒ぎなんて理解できなかったんだけど、ウェザオール自身も試合中はDJなんてやってらんねぇって感じだったのかね(笑)。試合が終わったら、おもむろにDJが始まって、試合の熱狂を引きずるようにウェザオールもすごくいいプレイを聴かせてくれて、最初は「なんでクラブに来たのにサッカーの中継観させられるんだよ」ってちょっと頭来たけど、やっぱりウェザオールすげえぜ! って踊り狂ったのを覚えてる。ハッピー・マンデーズやプライマル・スクリームのプロデュースで台頭した頃から何度も彼のDJは聴いてるけど、このときのプレイがすごく印象に残ってるのは、非日常的な雰囲気だったからかなと思ってる。いいDJはやっぱり、ロケーションとかクラウドの持ってるポテンシャルを最高に引き出すワザを持ってると思うんだよね。選曲とか技術だけじゃなくて、場の雰囲気を掴んでそれをぐぐっと持ち上げるというか。

 そんなウェザオールが、伊豆に移って2年目のRAINBOW DISCO CLUBにヘッドライナーとして登場するのは、ほんと楽しみだ。自身のオーガナイズするフランスの古城でのフェスには敵わないかもしれないけど、4年ぶりの日本で、しかも広々とした東伊豆クロスカントリーコースでの、音楽フリークたちを前にしてのプレイは絶対彼だってあがるはず。さらに、ナイトメアーズ・オン・ワックス、ムーヴD、ジャイルス・ピーターソン、瀧見憲司、井上薫といったエクレティックで頼もしい大ベテランたちがメイン・ステージを盛り上げる。今年の夏、ヨーロッパのフェスで引っ張りだこな日本人アーティスト2人がスペシャルな組み合わせで登場するのも楽しみだ。ハウス・レジェンド寺田創一は、昨年彼をフックアップしてスポットライトを当てたアムステルダムのラッシュ・アワー・チームの一員として登場。また、DJ NOBUは、シカゴの伝説的クラブのレジデントDJザ・ブラック・マドンナとの超レアなB2Bセットで登場する。それとそれと、レッドブルのステージにDJファンクとエジプシャン・ラヴァーとサファイア・スロウズっていうひと癖ある個性的な連中がまとめて出るのも嬉しい。たぶん、最近フェス行きはじめたとかアゲアゲでビキビキなのだけがエレクトロニックなダンス・ミュージックだと思ってる層には「誰?」って感じのDJ/アーティストたちかもしれないけど、とにかく騒げればOKみたいなノリじゃない大人な(元)パーティ・ピープルにはグッと来るはずだ。
 ただ、どこにでもある夕方から翌日昼までみたいなフェスだと、いくらラインナップが魅力的でも、全然メインのアクトを見れない! って悩む人も多いと思う。うちもそうなんだけど、子供がいるファミリー層がまさにそれ。なんせ夜は子供と一緒に寝ないとだから、深夜が一番盛り上がるタイムテーブルだと、高い入場料払っても一番美味しいところは寝てるかテントで遠くから残響音が聞こえるくらいで楽しめないっていう。その点、RDCがすごくいいのは、夜は音が止まるかわりに、3日間たっぷり楽しめるってところ。豊かな自然の中でキャンプしながらゆったり贅沢に音楽とプチ・アウトドアな週末が楽しめる。
 晴海でやってた頃から、RAINBOW DISCO CLUBはクラブ界隈のトレンドとか流行りの音とかでパーティを作ってないなというのが伝わってきた。だから、音に関しては信頼してるんだけど、いくら海辺と言っても都心で寝転がっても下がコンクリだったりするとどうしてもしっくりこない部分があった。それが、伊豆になったでしょ。実は僕は、去年すごくたくさんの友人知人から誘われていたにも関わらず行けなくて、後でとっても楽しげな写真を見たり話を聞かされたりして悔しい思いをした。つまり、この会場は今年が初体験。フェスやレイヴの楽しみの結構でかい部分は、知らないところに行って初めての環境で踊るってことでしょう。わがままだけど、何年もずーっと同じ場所で同じように開催してるイヴェントに段々興味が薄れていくのはそういう理由。だから、去年パスした僕と同じように、今これを読んで今年初めて「行ってみようかな」なんて思った人はすげーラッキーなんじゃないかな。2年目で運営面もさらに改善してきてるだろうし、ファンクション・ワン使ってかなりよかったというサウンドももっとよく鳴るだろう。それでこのラインナップだからね。あとは天気さえよければ、それこそパラダイスじゃない? (渡辺健吾/Ken=go→)

RP Boo - ele-king

 3年ぶりのセカンド・アルバム『Fingers, Bank Pads & Shoe Prints』を携えて、フットワークのオリジネーター、RP・ブーが今週末ふたたび来日する。前回は“これからくる音楽”だったジューク/フットワークも、いまや時代の音として揺るぎない影響力を持つにいたった。今回のアルバム、そしてツアーでは、どんな風景を見せてくれるのだろうか。

■RP Boo Japan Tour 2016

4.2 sat at Circus Osaka | SOMETHINN Vo.14
w/ EYヨ、行松陽介、D.J.Fulltono、etc

https://circus-osaka.com/events/somethinn-vo-14-rp-boo-japan-tour-2016/

4.3 sun at Circus Tokyo | BONDAID #8
w/ OMSB & Hi'Spec、食品まつり a.k.a foodman、D.J.Fulltono、etc

https://meltingbot.net/event/bondaid8-rp-boo

ダンスとアヴァンが交じる現代アフロ・インテリジェンスの雄、世界標準から異種交配を繰り返し未来へと向かうフットワークの神RP Boo再来日!

シカゴ・ゲットー発のダンス・ミュージック・カルチャー、ジューク / フットワークのオリジネーターとしてシーンで最も敬愛されるRP Booが3年ぶりにセカンド・アルバム『Fingers, Bank Pads & Shoe
Prints』を携え再来日。シカゴ・ハウスの伝説的なダンス・クルー〔House-O-Matics〕の洗礼を受けキャリアをスタート、再評価を受けるゲットー・ハウスの老舗〈Dace Mania〉から90年代後期にデビュー、初期作品を含め数々のクラシックスを残し、フットワークに共通する無秩序にシンコペートするリズム・パターンはRP Booの作品に起因すると言われ、ジューク / フットワークの歴史その物であり、古代から発掘されたフューチャー・クラシックスとも称されている。〈Planet Mu〉や〈Hyperdub〉を筆頭としたUKベース・ミュージックを経由し、同世代のベテランTraxmanや英雄となった故DJ Rashadのブレイクによって世界標準へと上り詰め、その後も若手の新鋭プロダクション・クルー〔Teklife〕やダンス・クルー〔The Era〕の世界的な活躍、昨年にはRP Booの秘蔵っ子である才女Jlinが新人では異例の英WIREマガジン年間ベスト第1位を獲得、フットワークは着実な進化をみせている。またその振れ幅も広がり、ここ最近ではヒップホップ界の若手最注目株Chance The Rapper、テクノ/電子音楽界ではMark FellやVladislav Delayといった他ジャンルや大御所も自らのプロダクションに取り入れ、US、UK、ヨーロッパ、そして日本の先鋭プロデューサーを刺激しながら、3連符を軸とした奇怪なグルーヴと同様にダンス・ミュージックの枠をはみだし、先鋭的な電子音楽やアヴァンギャルド・ミュージックとしても未知の領域に踏み込んでいる。大阪公演はEYヨを軸とした電子音楽/アヴァンギャルド、東京公演はOMSBを軸としたヒップホップ/ハウスといったフットワークの枠を飛び越えRP Booの多層的な黒いリズムとグルーヴをフィーチャー。

主催 : CIRCUS
PR : melting bot
制作 : BONDAID, SOMETHINN

【ツアー詳細】
https://meltingbot.net/event/rp-boo-japan-tour-2016

■バイオグラフィ
RP Boo [Planet Mu from Chicago]

本名ケヴィン・スペース。シカゴの西部で生まれ、80年代に南部へと移住し、 多くのジューク / フットワークのパイオニアと同じようにシカゴ・ハウス / ジュークの伝説的なダンス一派House -O-Maticsの洗礼を受け、〈Dance Mania〉から数多くのクラシックスを生み出したゲットー・ハウスのパイオニアDj Deeon、Dj MiltonからDjを、Dj Slugoからはプロデュースを学び、それまであったRolandのドラム・サウンドの全てにアクセス、またパンチインを可能にした、現在も使い続けるRoland R-70をメインの機材にしながらトラックを作り始め、1997年に作られた‘Baby Come On’はフットワークと呼ばれるスタイルを固めた最初のトラックであり、その後1999年に作られたゴジラのテーマをチョップしたゴジラ・トラックとして知られる‘11-47-99’はシーンのアンセムとなり、数多くのフットワークのトラックに共通する無秩序にシンコペートするリズム・パターンはRP Booのトラックに起因すると言われる。地元ではシーンの才女Jlinも所属するクルー〔D’Dynamic〕を主宰し、〈Planet Mu〉よりリリースのフットワーク・コンピレーション『Bangs & Works Vol.1』(2010)、『Bangs & Works Vol.2』(2011)に収録され、2013年にデビュー・アルバム『Legacy』、2015年にセカンド・フル『Fingers, Bank Pads & Shoe Prints』を同レーベルより発表。フットワークの肝である3連を基調とした簡素なドラム・マシーンのレイヤーとシンコペーションによる複雑かつ大胆なリズムワークに、コラージュにも近いアプローチでラップような自身のボイスとサンプリングを催眠的にすり込ませ、テクノにも似たドライでミニマルな唯一無二の驚異的なグルーヴを披露。古代から発掘されたフューチャー・クラシックスとも称され、先鋭的な電子音楽やアヴァンギャルドとしてもシーンを超えて崇められるフットワークの神的存在。

https://twitter.com/RP_BOO
https://soundcloud.com/rp_boo

DJ SHIBATA (探心音 / THE OATH) - ele-king

2016.03.Chart

DYGL - ele-king

 格好いい男の子たちはいつ見てもいいもの。Ykiki Beatのメンバー3人を擁す噂のインディ・ロック・バンド、DYGL(デイグロー)のデビューEP『Don’t Know Where It Is』(6曲入り)が5月4日にリリースされる。ワイキキをガレージに変換しながらキュアーをやったような、ワイキキ同様にニューウェイヴ時代のインディ・バンドの良いところを手際よくコラージュしたような感じで、じつにお洒落で格好いい。まずはyutubeを見よ。
 

 ほら、格好いいでしょう。いまどき男子だけのバンドはアナクロだなんて言わせませんよ。だから格好いい男の子たち、英語が苦手なぼくたちのために早く日本語で歌ってくれ、声優に負けるな! 


DYGL
Don’t Know Where It Is)

2016.5.4 ON SALE
(CD、ヴァイナル、カセット)
*カセットのみ4月6日の発売
【収録曲目】
1. Let It Sway
2. Don't Know Where It Is
3. I'm Waiting For You
4. Let's Get Into Your Car
5. Slizzard
6. Thousand Miles

■オフィシャルWEB:https://dayglotheband.com/

※また、デイグローの曲は、SaToA、Cairo、Burgh、Yuksen Buyers House、Batman Winksなど、新世代のインディ・バンドを集めたコンピレーション・アルバム『Rhyming Slang Tour Van』(Pヴァイン)の1曲目にも収録されています。

こちらは3月29日に発売されています。

きのこ漫画名作選 - ele-king

この商品は3月30日刊行同名書籍の訂正版です


「すべての"きのこ中毒者"へ」

カバー前面に金箔を施した、
初版限定3000部の超豪華特殊装幀本!

白土三平、つげ義春、松本零士、白川まり奈ほか、漫画家が描く「きのこモチーフ」作品を多数収録!
きのこマニアときのこファンに捧げる、ありそうで無かった「きのこ漫画」アンソロジー! !

食材としてはもちろん、雑貨、切手、写真、文学、音楽、映画、アート、アプリなど、コレクションアイテムとしても絶大な人気を誇るきのこ。
本書は、『きのこ文学大全』や『マジカル・マッシュルーム・ツアー』など、きのこ関係の著書が多い飯沢耕太郎が、数万冊ある蔵書のなかから、きのこ漫画のみを厳選。
ありそうで無かった「きのこ漫画アンソロジー」が誕生した。

装幀は『きのこ文学名作選』、『胞子文学名作選』を手がけた吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)。
植物ではなく動物でもない、滋養を持ち毒を持つきのこの、謎、毒、神秘性をブックデザインで体現する。
きのこを愛するすべての人たち必携の一冊! !

■収録作品(収録順)
つげ義春「初茸がり」(『ねじ式 異色傑作選1』)
長崎訓子「夢野久作 きのこ会議」(『Ebony and Irony 短編漫画集』)
青井秋「爪先に光路図 前篇」(『爪先に光路図』)
秋山亜由子「山の幸」(『虫けら様』)
坂田靖子「キノコのベターライフ」(『ピーターとピスターチ』)
松本零士「妄想の夜行列車」(『男おいどん 第1集』)
新國みなみ「オニフスベ」(『きのこくーちか1』)
友沢ミミヨ「きのこ旅行」(『きのこ旅行』)
林田球「キノコの山は食べ盛り」(『ドロヘドロ』3巻)
吾妻ひでお「きのこの部屋」(『吾妻ひでお作品集成 夜の帳の中で』)
花輪和一「茸の精」(『朱雀門』)
みを・まこと「キノコ?キノコ」(『キノコ?キノコ』)
萩尾望都「ぼくの地下室へおいで」(『ブラッドベリSF傑作選 ウは宇宙船のウ』)
大庭賢哉「6:45」(『郵便配達と夜の国」)
村山慶「きのこ人間の結婚♯1」(『きのこ人間の結婚』)
白土三平「第二話 冬虫夏草の巻」(『??????』)
白川まり奈「侵略円盤キノコンガ」(『侵略円盤キノコンガ』)
ますむらひろし「冬虫夏草」(『オーロラ放送局(下)』)

■編者プロフィール
飯沢耕太郎(いいざわ・こうたろう)
1954年、宮城県生まれ。写真評論家。きのこ文学研究家。1977年、日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年、筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。主な著書に『写真美術館へようこそ』(講談社現代新/1996)、『デジグラフィ』(中央公論新社/2004)、『きのこ文学大全』(平凡社新書/2008)、『写真的思考』(河出ブックス/2009)、『マジカル・マッシュルーム・ツアー』(東京キララ社/2009)『深読み! 日本写真の超名作100』(パイインターナショナル/2012)、『きのこ文学ワンダーランド』(DU BOOKS/2013)、主な共著に『きのこの国のアリス』(ステュディオ・パラボリカ/2015)などがある。

interview with Hocori - ele-king


Hocori - Duet
Conbini

J-PopSynth PopHouse

Tower

 Hocoriのふたりの話には、「(笑)」が多い。
かたや聞き手への気づかいや持ち前のエンターテインメント精神から。かたや謙虚さや韜晦、自分たちへの客観的な視線から。心地よく笑いが差し挟まれ、空気がほぐされていく。とても自然で落ち着いた間合い。Hocoriの音楽の魅力もちょうどそんなふうだ。

 現在の音楽にかつてほどのカルチャー的な求心力はないかもしれないが、それでもポップ・ミュージックにはまだまだ役割がある。10代のめちゃくちゃさや20代の機動力ではなく、少し引いたような落ち着きの中に、苦みもけだるさも熱もとけているHocoriのダンス・ナンバーは、イヤホンの中でふと筆者を我に返らせ、ときおり忘れがたいフレーズをあたまの中に繰り返しては帰路の足取りを軽くしてくれる。ちょうどいい音で、ちょうどいい距離感で、少し深めに間合いに入ってくる。それは年齢が近いせいもあるかもしれない。本で読むものとも映像として入ってくるものともちがうやりかたで、日常の中にとけこみながら、その風景を少し揺すぶって弾ませてくれる。彼らの息づかいを通して、いま生きている場所へのシンパシーの回路が開いていく。

 桃野はモノブライト、関根はgolf、それぞれ別にバンドの活動があり、彼らはそれらと並行して、つくりたいときにつくり、やりたいことだけをやり、出せそうになったら盤を出すというこの「ホコリ」を積み上げている。そうした緩やかなスタンスに、彼らの音の気持ちよさと鋭さのヒントがあるだろう。ガツガツいくだけが能ではなく、ただ続けるだけが吉でもない。このたびリリースされた5曲入りEP『Duet』を題材に、彼らのありかたについて訊ねてみよう。

■Hocori / ホコリ
ロック・バンドMONOBRIGHTのフロントマン桃野陽介と、エレクトロ・ポップ・バンドgolf、映像グループSLEEPERS FILMにて活動する関根卓史による音楽デュオ。2014年に結成され、2015年7月、ファースト・ミニ・アルバム『Hocori』を発表。アパレル・ブランド〈ユキヒーロープロレス〉とのコラボ盤『Tag』などにつづき、2016年3月、モデルの田中シェンを迎えた企画盤『Duet』をリリースした。

以前お話をうかがってから、少し時間が経ちましたね。Hocori自体はとてもマイペースにご活動されているユニットだと思うんですけれども、この間、おふたりはそれぞれどんなことをされていたんですか? 桃野さんはバンド(モノブライト)のほうが動き出したりしましたよね。

桃野陽介(以下桃野):そうですね。バンドのほうの曲をつくったり、レコーディングのタイミングも近かったので、Hocoriと並行してかなり引きこもり気味に集中していました。引きこもるのは珍しいんですけどね。でも、ライヴもなかったですし。

ああ、年内はなかったですもんね。

桃野:ただ、今回は関根さんがトラックをまるまるやっているので、僕はメロディとか詞だけというか──バンドではけっこう頭を使ってデモをつくっていたけど、こっちのほう(Hocori)では関根さんのトラックに感じたものを乗せていく、というやり方になりましたね。

関根卓史(以下関根):より合作っぽくなっているかもしれないですね。『Hocori』は半分くらい桃野くんのデモから起こした曲があったけど、今回は一からつくっていったんですよ。僕から投げて桃野くんから返してもらう……そういう曲しかないんで。

それは大きくちがいますね。今回の盤を考える上で根本的なことかなと思います。関根さんはSLEEPERS FILMのほうでお仕事として映像をつくったりという時間が長かったんですか?

関根:そうですね。あとはミックスとか、そういう仕事もわりとやっていました。自分のgolfのほうの音源も作っていましたが……、ついに出せなかったですね(笑)。

桃野:ついに(笑)。

ははは。きっと、このHocoriっていうプロジェクトは、その意味ではやりやすいんでしょうね。リラックスしてつくれるというか。

関根:停滞しないっていうか。いい感じに責任が分担されるので(笑)、重くないんですよ。

桃野:そう、重くない。

関根:すごくいいですね、それが。健全って感じ。

あはは。縛られずに、やりたいことだけやれると。

関根:そうですね、やったことのないことをやれたりとか。かなり貴重なことだと思います。

そうやって自分たちのペースを保てるのは、このユニットの肝かもしれないですね。ほんとに、のびのびつくられている感じがします。

今回はもうちょっと「聴かせたくて」つくった感じがあるかなと思います。目の前にいるひとたちに。(関根卓史)

さて、リリースなどを読むかぎりだと、今回の作品はかなりはっきりコンセプトが掲げられていますね。「聴いて見てオシャレになれる新しい1枚の続編」。

桃野:ははは。

とすれば、この一枚の中におふたりの「オシャレ」の観念とか基準が反映されているというふうに読めますが、どうですか? 

桃野:まずは、好きなことをやってますよね。それから、デュエットということを意識しているので、コラボレーションの要素は強いです。あと、以前は曲をつくってから──つまり盤を出してからライヴをやるという順番でしたけど、今回はライヴをすることで「こんな曲も欲しいな」という必要が生まれてきたことも大きいかもしれません。僕だけで歌ってるのもなあ……って。いっしょに歌おうよというノリが出てきましたね。

ライヴのプロセスは今作にとって大きい、と。

関根:それは大きいですね。むしろ、その雰囲気がいちばん先にあるかもしれません。

なるほど、そう言われてみれば『Hocori』はもっとベッドルーム感が強かったかもしれないですね。

関根:そう、それに比べれば、今回はもうちょっと「聴かせたくて」つくった感じがあるかなと思います。目の前にいるひとたちに。

前に向ける感じ、一歩出る感じはよくわかります。まず関根さんにおうかがいしたいんですが、今回も総じてファンキーなシンセ・ポップで、そのあたりは前作の延長上にあるものかと思います。一方で、たとえば音色的にトレンドとして意識したものなんかはありますか?

関根:ああ……トレンドとはけっこう無縁かもしれないです。でも僕の中のトレンドはあって、今回はLinn Drumの音をたくさん使いたかったのと、707(Roland TR-707)っていうリズムマシンも使いたかった。あとはエレキ・ギターを使いたかったですね。

ねえ! そこは印象深かったですよ。1曲目もそうですけど、その次とかも(“Game ft.田中シェン”)。

関根:そうそう、ロングトーンのエレキ・ギターが使いたかったんですよ。そういうふうに、やりたいもののキーワードはあって。自分でちょうどブギーっぽいものとかシンセ・ファンクとかをよく聴いていたので、その影響もあるかもしれないですね。あとは前回いただいたハウスの本(『HOUSE definitive 1974 - 2014』)をずっと読んでましたよ(笑)。

おおー、ありがとうございます。ブギーはやっぱり、ここしばらくは流れが来てたみたいですけどね。その意味では、トレンドは意識せずとも、時代とちゃんとリンクしている部分はあるんじゃないですか。

関根:ああ、自然とそういうところはあるのかもしれないですね。……そうできているのかわからないなあと思いながらつくっていたんですが。

でも、“Free Fall”はファッション・ブランド〈ユキヒーロープロレス〉さんのショーケースで使われるということですよね。それは流行とか世間とも無関係でいられない部分というか。この曲は、ショーケースのお話ありきでつくられた曲ですか?

“Free Fall”

関根:発端としてはそうですね。むしろ曲のイメージとかは向こうからいただきました。ミュージシャンの方ではないので、具体的にこうつくってほしいというような要望があったわけではなくて、印象だけですけども。「バーンといく!」みたいな。

桃野:感覚的なものを伝えてくださったわけです(笑)。

ははは。でもファッション・ショー的な場所でかかるわけですよね。ランウェイで鳴るっていうようなことを意識しました?

関根:プロレスとかだとオープニングが重要じゃないですか。入口の曲というか。それに相当するものをつくってほしいということだったので、僕らなりに考えまして。……本当にこれで合っているのかというのはわからないですが。

桃野:そもそも〈ユキヒーロープロレス〉の手嶋(幸弘)さんというひとが、ファッションの方ではあるんですが、プロレスとか特撮とか、ヒーロー的要素を取り込んでいらっしゃるんですよ。だから曲のイメージなんかも「闘いの前の男の気持ちを……」みたいにおっしゃって。でも、「闘いの前」といっても……僕は闘ったことがないというか、闘わずに生きてきたわけでして。

関根:30数年間ね(笑)。

あはは! 深夜の愛を歌ったりされているわけですからね。

桃野:そう。でもとにかく熱いものをお持ちの方なんですよね。レスラーのパッションがあるというか。だからファッションと僕らが交わるといっても、このかたがすでに変化球といいますか。ファッション業界において。

ああ、王道ではないと。

桃野:そう、言っていることもそうだと思うんですよね。僕は前の作品のときから、Hocoriでは夜の歌を歌いたいと思っていたところがあるので、その気持ちとうまく合わせられるようなものにしたいなと──言葉はプロレスっぽいものを意識しながらも、夜の男女の雰囲気やメッセージになっていればいいかなって考えていました。

なるほど。歌詞の冒頭のカウントダウンみたいな部分(「3.2.1 Are you ready?」)も、闘いの幕開けを告げるようなイメージだったり?

桃野:そうですね。格闘的な言葉を散りばめてやりたいなというところですよね。

関根:盛り上がっていく雰囲気を解釈するとこうなったという。

「そうでもないひと」代表として、こんなに楽しいことができるよというものを示せたらいいのかなと思います。何か……ポジティヴなものを。(桃野陽介)

なるほど。では「前に行く」雰囲気が感じられるのは、曲そのもののコンセプトでもあるわけですね。……しかし闘ってこなかったひとが考える闘いの曲というのはおもしろいです。

桃野:普通の家庭でしたしね。パンクの人でもないし……。

関根:怒ってない。

桃野:そう、怒れてない。だけど、どっちかというと僕のほうが怒っていると思います、関根さんと比較したら(笑)。

ははは。怒りが根本にある音楽もありますけれども、おふたりのモチヴェーションからは遠そうですね。

桃野:それに、何かに秀でる人生を歩んできたわけでもないので。「そうでもないひと」代表として、こんなに楽しいことができるよというものを示せたらいいのかなと思います。何か……ポジティヴなものを。

怒りを楽しいものに読み替えるというか。その感じはよくわかります。

桃野:いままでより明るい要素を考えようという気持ちは、わりとはっきりあったと思います。

関根:そうだね、すぐマイナーになっちゃうので。

たしかに(笑)。

関根:僕の中では勝手にハードロックっていうのもありました。すごく浅いハードロックだけど。

ギューンっていうのはね、ほんと今回チャーム・ポイントっていうか。すごくいいですよね。関根さんのすごく巧妙な……老獪といってもいいようなプロダクションづくりによって、なんともオシャレに仕上げられていると思います。

関根:ヤなかんじのギターをね……入れてるんですよ(笑)。

だからすごく楽しくつくられていつつ、攻めた曲にもなっていると思うんですが、一方では「お仕事」の作品でもあったわけじゃないですか。

関根:題材をもらってつくったという意味では、まあ、そうではありますね。

そういうのは、Hocoriとしては初めてになりますか?

関根:そうですね。

それは、クリエイティヴの上ではなにか作用があったと思います?

桃野:僕は、何かテーマをいただいてつくるというのが好きなので。マイペースにつくっているのとはちがう刺激があった気がしますね。「ない発想」をいただく、というか。

関根:僕らのプロジェクト自体がそういう発想の下に成り立っているから──

桃野:外部からの刺激でつくる、みたいなね。

関根:そう、もともとこのふたりの間での成り立ち方でもあるから、けっこう自然に受け入れられましたね。何の違和感もなく、Hocoriっぽい音楽として消化できているかなと思います。

ええ、ええ。お仕事というと「割り切る」ものというイメージがありますけど、ぜんぜんそんなふうな感じがないですね。

関根:むしろ楽しんでいるという感じですかね。とくに今回はそういうひととお仕事できている。あくまで僕らのスタンスを理解してくれた上でいっしょにやろうよと言ってくれているので。だから、「仕事」であるために何かができなかったというようなことはないですね。

桃野:そうですね。「男」とか「闘い」とかも、べつに押しつけられるわけではなかったですから。「Hocoriの中のそれをお願いします」というような。

絵を描いていたりとか、発想を楽しむひとなんだなあと思うところがあって、ものづくりを楽しむひとなのかなあと。(桃野)

なるほど。2曲目の“Game ft. 田中シェン”ですけれども。ピアノからはじまって、ファンキーなベースが入ってきて、シンセやらギターやらが入って……って音数が増えていきつつもミニマルな感じが崩れないですよね。抜き差しが絶妙です。これは田中シェンさんが入るということで、詞とかに影響はありました?

“Game ft.田中シェン”

桃野:もともとデュエットというか、コラボ的なものをやりたい気持ちはあって。それは最初のミニ・アルバムの頃からアイディアとしてはありましたね。田中シェンちゃんは、“Lonely Hearts Club”のMVに出てもらっていたので、そこからのきっかけです。インスタグラムとかを見ていても、絵を描いていたりとか、発想を楽しむひとなんだなあと思うところがあって、ものづくりを楽しむひとなのかなあと。歌は聴いたことがなかったんですけど……というか一回も歌ってないかもしれないですけど、そういう心意気のひとはいい声だろうと予想して。きっとお願いしても大丈夫だろう、なんとかなるだろうと思ってお願いしたら、「やってみたいです」ということになりました。

そうなんですね。お願いする前から曲はできていたんですか?

桃野:デモみたいのはありましたよね?

関根:そうですね、でも同時進行だったかな。「これを歌ってください」という感じではなかった(笑)。ちゃんと用意ができている段階ではないのに「やってくれよ」と言っている感じで、ちょっと無茶なお願いだったかもしれません。

でも、まさにそれこそインディ的なつながりというか。準備できたものの上に座ってもらうっていうのじゃなくて、ある意味理想的ですね。

関根:そうですね。いつになったらその曲が出てくるのかなって思われていたとは思いますが。やるって言ったけど、何をやるのかなーって(笑)。

桃野:何かやりたいなあというくらいでずーっと止まっていたので(笑)。

じゃ、田中さんがどんな声だったりヴォーカリゼーションだったりっていうことは何も知らずに進めていった?

桃野:まるで知らなかったですよね?

関根:そんなことありえるのかという。ほぼぶっつけ本番なかたちでしたね。

すごい(笑)。でも結果とてもハマりましたね。

関根:めちゃくちゃよかったですね。

桃野:やっぱりよかったじゃん! と。「ジャケ買い」に近いものがありましたけどね(笑)。やっぱいいジャケっていいアルバムなんだなという喜びに近いものが。

ははは。でも、それを曲でもって実証したわけですから、結果オーライというか。もともと歌い上げるようにはつくられていませんしね。どちらかというとコーラスっぽい感じで。

関根:そこはそうかもしれませんね。

では、彼女が歌ってくれるものとしてではなくて、いちおうご自身の曲のような感じで言葉をつくられているわけですね。

桃野:そうですね……二人称的なものを出した歌をHocoriでやりたいなと思っていたので、どっちみちハマるような気はしてましたかね。さすがに別のひとでもいいとは言いませんけれども、歌として「二人の関係」を歌うものであれば大丈夫かなあと。

二人称的というのは、二人の関係性に焦点があたるものっていう意味ですかね。なるほど。

桃野:そうなればいいなあと。“God Vibration”もそういう曲のつもりなんです。でも今回はとくに夜の営みっぽい曲なので……それはできたらかわいいひとがいいなあと。

ははは!

桃野:欲望が注ぎ込まれていますね(笑)。

かつけばけばしくないというか、少し中性的な雰囲気もあって、素敵な方ですよね。サウンドの点ではどうですか。とくにそういうことには左右されることなく?

関根:そうですね、これ自体はかなりミニマルにつくったもので……ベースラインだけで曲の展開を構成していく感じなので、どう料理してもいいトラックだなあと自分では思っていて。そこに桃野くんがおもしろいリリックとメロディを持ってきてくれたので、奇妙な感じで。これは成功だなあと感じました。

どんどん空気が入れ替わってもいいと思っているし、濃くなってもいいと思ってるし。さらに違和感を乗せられるひとをくっつけられれば楽しい、みたいな。(関根)

桃野さんも本当に桃野節というか、独特のフロウをお持ちですからね。ああ、これこれ、きたぁ! っていう。はっきり記名性を持った歌唱ですよね。しかも関根さんのトラックに対してこってりめというか……

関根:そうですね(笑)。こってりしたものが乗ってくるのが本当に楽しくて。

桃野:Hocoriはそれが売りですね(笑)。どんなに濃くしてもけっこうちゃんとマイルドに混ざるという。僕はけっこう安易なので、この曲なんかはトラックをもらったときに「ピアノではじまる曲かあ」と、すぐにホール&オーツを思い浮かべたので、じゃそういう感じにしようと思いまして。

関根:PVが送られてきましたね。“プライヴェート・アイズ”のPVが。

ははは!

関根:ぜんぜん思っているものがちがったんですけど、やっぱいいなと思いましたね。おもしろいです。

Hocoriはマインドもインディだし、音楽もわざわざポピュラリティにおもねるようなものじゃないのに、プロダクションが本当に整ってるんですよね。そこはあんまりインディ感がないというか。目立たないけどキメが細かい。今回は他のゲスト迎えられて、きっと手ごたえがおありだと思います。

関根:二人とも閉じたものにする気はなくて、どんどん空気が入れ替わってもいいと思っているし、濃くなってもいいと思ってるし。さらに違和感を乗せられるひとをくっつけられれば楽しい、みたいな。

この曲は現段階での、そのひとつの極点かもしれないですね。

関根:ああ、そうかもしれないですね。僕ら的にも。いちばんわからなかったかもしれない。最後まで。いったいどうなるのかが(笑)。

桃野:(田中シェンさんの)歌知らないでやってますからね。

関根:きっと良いに違いないということだけで、全員をつれていった。

ちゃんと駅に着きましたね。

関根:ほっとしたって感じです。

前回のインタヴューでも言っておられたとおり、桃野さんの独特の韻律と語呂合わせというか、意味はわからないんだけどこれでしかない、なぜかストンとはまる、というものがあるじゃないですか。フレージングふくめ。

桃野:ははは。いや、その、この曲の詞の場合は、行為をどう音楽的に伝えるかという問題もあったので……。

結果バンド名でそれをほのめかすという(笑)。
※(「a-ha ABBA リフレインしてAH-BA」“Game”歌詞より)

桃野:ABBAとかa-haという形で(笑)。

こういう奇蹟みたいなものがあるわけですよね、関根さん。

関根:これが来るとほんとに僕は楽しくて。なんだよこれ、と思って(笑)。

桃野:意味はないわけですから、「a-ha」とか言ってても。

あー、すごいエイティーズとか好きなんだなー、くらいにも聴こえますしね。

男二人組っていうと、どうしてもエレキ・ギターとヴォーカルみたいなスタンスですもんね。エイティーズって。(桃野)

“狂熱の二人”なんですけども。これはもう、最強感がやばいです。無敵感というか。男声コーラス最強ですね。

桃野:これはライヴで先にやってたんですよ。

関根:それがすごくよくって。ウケもよかったし、僕らも楽しいから。……僕と桃野くんの声って、ぜんぜん合わないんですよね。合わないというか、ちがうというか。だから録るとすごくおもしろいんですよ。

ヴォーカルの比重がわりと半々ですよね。

関根:曲名で「二人」って言ってるだけあって、かなり「デュエット」な曲になりましたね。

桃野:ライヴでよかったっていうこともありますけど、盛り上がるというか、明るいのもひとつやっとこうか、ということで。

関根:明るくなってるかは謎だけど(笑)。まあ、二人で歌えるいい感じのが欲しいということになって。

Hocoriでこんなにがっつり関根さんが歌われるのは──

関根:初めてですね。Cメロ歌っちゃってますよ。

ははは。私はこの曲がいちばん好きなんですよ。男性が二人で暑苦しく歌うっていうのがいいですよね。

関根:最近あんまりないですよね。そこは思いましたね。

ホール&オーツはちがうとはいえ、少しそういう気分もあったんですかね。

桃野:男二人組っていうと、どうしてもエレキ・ギターとヴォーカルみたいなスタンスですもんね。エイティーズって。

関根:(ギターに対して)オマエ、出てきちゃったな、みたいなパターンすごくあるもんね。ずっと後ろにいたのに(笑)。でもまあ、僕はどうせ出るならがっつり出ようと思って。そこはすごく意識しましたね。
 でも、僕と桃野くんの声が混ざると、びっくりするくらい僕の声が前に来ないんですよね。自分のをめちゃくちゃ前にしないとそろわない。ほんと、恐ろしいくらい出てこないんですよ。

いや、恐ろしい声をしていらっしゃいますから。それは単に声量の問題とかではなくて?

関根:たぶん占めてる音域が全然別だと思うんですよ。

桃野:僕は中域をずーん! とひた走るような声なので。

関根:僕のほうはもうちょっと上と、下に滲んでいるので……いくらやっても絡まないんですよ。

桃野:ドンシャリが(笑)。たぶんいちばん耳にくる中域を僕ががっつり占めちゃっているから。

関根:でも逆に言えば、うまくヴォーカルを配置できるんですよ。なので、音像としては一体になっていると思います。ミックスのイメージとしては真ん中が桃野くんで、まわりが全部僕、というような。そこはおもしろかったですね。

桃野:サビとかすっごい混ざりましたよね。

だからといって、強い個がひとつあって、それをもうひとつが包んでいるというよりは、ちゃんと競合しているというか。「狂熱の二人」っていう感じがしますよ。ということは、歌詞とかは自分の部分だけ分担して?

関根:そうですね、いちおう考えて。

桃野:でも掛け合いをしようというときは、関根さんが「こんなメロどう?」って投げてくれたものに歌詞をつけたりはしました。

音なりメロディなりを優先してつくられているということですよね。ものすごく複雑な詞というわけじゃないですから、もともとそこまで作りこむということはないのかなとは思いますが。

関根:そうですね。

それこそクラシックなヒップホップみたいな、みんなでワイワイやってる感じ、それでコーラスまでやっちゃうようなイメージをなるべく持てればいいなって。(関根)

この曲は本当に好きなんですよ。つくる上で、仮想のライヴァルというか、これに対抗しようというようなものがあったりしました?

関根:それは、まったくないんですよ。すごくオリジナルなものだと思います、その意味では(笑)。なにか、「できちゃった」という感覚がありますね。

桃野:『狂熱のライヴ』って意味ではレッド・ツェッペリンですが(笑)。

関根:名前だけね! 

桃野:あの雰囲気はすごくイメージしたんですけどね。「ギターがこっちは歪んできたぞ、どれどれこっちも……」みたいな。

関根:まあ、ノリはね(笑)。

ははは!

桃野:そう、ノリは(笑)。でも、いびつさ、ということだと、レッド・ツェッペリンはすごくいびつですよね。

関根:うまいのかうまくないのかよくわからない。

桃野:たぶん、どっちかの比較で言えばうまくないのかもしれない。でも、4人混ざったときのノリみたいなものがかっこいい。その意味ではこの曲もそういう揺れがあるような気がします。

関根:僕はHocori全般について、ポップス──も、そうなんですけど、わりとヒップホップに近いイメージを持ってつくっているところがあるんですよね。たとえば“狂熱の二人”とかも、それこそクラシックなヒップホップみたいな、みんなでワイワイやってる感じ、それでコーラスまでやっちゃうようなイメージをなるべく持てればいいなって。この曲もほとんどワン・ループでつくっているんですけど、それこそアフリカ・バンバータだったりとか、みんなでガヤガヤとやってるノリが出てたらいいなって思います。まあ、比較になっているかどうかはわからないですけど(笑)。

トラック自体が、そういう空気なりノリなりを乗せるための枠というか乗り物になっているというか。それはたしかに感じられますよ。

関根:そうですね、そういうものがあるようになればいいなというふうには思っています。気持ちとしてはカニエ・ウェストに近いというか(笑)。

ええ、ええ。曲がとても開かれたものだっていうのはわかります。趣味性はあるけどけっして閉塞しないし。

関根:やりたいことやりつつ、みんなと混ざって、それで新しいものにしようと考えているというか。ヒップホップのひとたちのそういうマインドが好きなんです。「いいよね」とか言いながら、ほんとにいいかどうかわからないものをみんなでつくっていっちゃう、みたいな。すごくシンプルなことをやっているんだけど楽しい、という感じ。

「作曲」ではなくて、なにか空気を混ぜていくというような考え方ですかね。

関根:そうですね。だから枠組はシンプルなほうがいいし、それでいて特徴がちゃんと出たほうがいいし、きれいにまとまらないほうがいいし。

でもほんとに、そのシンプルなベースラインがとても艶っぽかったり、とにかく洗練されているんですよね、関根さんのつくられる音っていうのは。しかし、いま「みんなと混ざる」っておっしゃいましたけど、実際は二人ですよね(笑)。二人だけど「みんな」って雰囲気は、言われればたしかに感じますね。

関根:二人だし、閉じた空間という気がするけど、でも何かいろんなものを巻き込んでつくっているイメージではあるというか。

桃野:想像はしていますね。いろんなひとを巻き込むような感覚は。しかし“狂熱の二人”っていう曲で、歌い出しが「狂熱の二人」っていうのは……

(一同笑)

桃野:もう、すごいベタな……。でもサビ始まりなんだ、みたいな(笑)。

関根:洒落たタイトルはなんだったんだ、って(笑)。

ツェッペリンを下敷きに感じさせつつ、でもすごいテンションのタイトルで素敵ですよ。普段使わない言葉じゃないですか。

関根:言い過ぎ感がありますよね。

そう、過剰さがいいですよね。邦題つけたひとはすごいと思うんですけど、「熱狂」はあっても狂熱ってふつう言いませんから。

桃野:マスタリングのとき、間違えられてましたからね、この曲。「熱狂の二人」になってました(笑)。普段使わない言葉だから、パッと見て「熱狂」ってインプットされちゃったんでしょうね。

その違和感は大事なものだと思いますよ。ほんとのところはどこから付いたタイトルなんですか?

桃野:先に詞ができていたんで……。でも、もともとは英語のタイトルで縛りをつけていたんですけど、1曲くらいは日本語もいいんじゃないかと。それに「狂熱の二人」でしかないという感じもあったので(笑)。ライヴでもずっと呼び名がない状態たったんですよ、この曲は。

あと、「の」の用法も特殊。『進撃の巨人』の「の」みたいな。どういう「の」なんだっていうところにもインパクトというか違和感があります。

桃野:それは、『狂熱のライヴ』だったので……。

いや、「ライヴ」ならわかるんですけど、「二人」っておかしなことになりませんか(笑)。そういう違和感が、詩ってものを生む。

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ちゃんと前に進んだ感じは僕らの中にもありました。まったく関係のない別のことをやったわけではなくて、前の作品を踏まえた上で、音楽的に前に進めたのかなと。(関根)

ではぜひ4曲目のお話も。これは「4曲目」というよりも“Intro”(『Hocori』収録)のリ・エディット的という……?

関根:そうですね。「リ・エディット」ということにしたんですけど、僕の〈Conbini〉ってレーベルにはもうひとり相方がいて、〈ENNDISC〉っていうレーベルをやってるひと(DEGUCHI YASUHIRO)なんですが、そのひとといっしょに前の作品の1曲をぐちゃぐちゃにして、再構築して。そしたらこうなったという感じです。

リ・エディットというかたちだからこそできたことかもしれないんですが、最初、わりと流行とは無縁のところでつくった盤だとおっしゃっていたじゃないですか。でも、この曲はある意味でいちばん流行を感じるというか。

関根:いまっぽい?

そうそう、いまっぽいと感じましたね。それこそオルタナR&Bみたいなものから〈PCミュージック〉みたいな音楽性までの間をとるような。

関根:たしかにそれは多少あるかもしれないですね。

それはやはり「リ・エディット」みたいなかたちだからこそできた実験、みたいなことでしょうか?

関根:そうですね、Hocoriらしさみたいなものを僕も出口さんもつかめているからこそ考えられることというか。もともと歌が入っていて、それもすごくよかったんですよ。もともとのアレンジに歌詞をつけていたものがあったんです。でもそのまま出してもおもしろくないということで、再構築しようと。それはわりと気軽な感じでやったんですけどね。

あ、気軽な感じで。唐突に終わる感じもありますね。やりかけ感というか。

関根:いい曲っぽいんだけど……みたいな(笑)。

そうそう、いい曲っぽいんだけどここまでなんだ? という感じ。5曲目を1曲としてカウントするかどうかはいったん措くとして(“Game”のインスト。コンセプチュアルな1曲と考えることもできる)、4、5曲というコンパクトなものなのに、けっこう多彩な音楽性が盛り込まれているんですよね。前作からは基本的な方向性は変わらないながらも、すごく異なった作品だと思います。

関根:そうですね。煮詰められた感じもしますしね。ちゃんと前に進んだ感じは僕らの中にもありました。まったく関係のない別のことをやったわけではなくて、前の作品を踏まえた上で、音楽的に前に進めたのかなと。

桃野:より混ざって、ちゃんと音をつくれる体制になったんじゃないかなという気がしますね。

世界中でいちばん僕が僕の声に飽きているんです! そこをどう楽しくやるか。(桃野)

関根さんに対して、前回から差別化してとくにやってほしかったこととかはありました?

桃野:一方的な要望はとくになかったですけど、いっしょに歌いたいというのはありましたよ。やっぱりgolfのフロントマンというのもあるし。Hocoriで関根さんの声を聴きたいなということは大きかったと思います。……僕の歌にいちばん飽きているのは僕なので。

関根:あはは!

桃野:たぶんそうなんですよ。世界中でいちばん僕が僕の声に飽きているんです! そこをどう楽しくやるか。音楽は自分が楽しい、大好きなものなんだけど、その音楽をやる上で自分の声をどう楽しむかという問題がありますからね。そのときに、コーラスだったりとか、ちがう声というものが僕にとってはすごく大事で。

声って、プロダクションというのとはまた別のレベルでも意味を持ちますもんね。

関根:そうですね、かなりのレベルで音楽の識別子になるというか。絶対的におもしろいものですし。絶対にそこがオリジナルになりますから。

桃野:最終的に、決定的にちがってくるものは声ですからね。

たしかにそうですね。ひとの声を聞くときは音楽的な耳で聞いてしまうものですか?

桃野:僕、けっこう誰の声か当てるの得意なんですよ。テレビっ子なんですけども。いつも当てっこしてるんです。「あ、いまの声は有村架純ちゃんだ」とか。……まあ、主にドラマです。

(一同笑)

桃野:CMの曲なんて、たまにわからないときは調べたりして。

テレビっ子のドラマ好きというのは以前もおっしゃっていましたけれど、言葉とか世界観にも影響ありますもんね(笑)。関根さんのことはヴォーカルとしてはどう見えます?

桃野:僕は好きですね。最初に聴いたイメージは、やっぱりバンド畑からすると、マシュー・スウィートの──

ああー! たしかに。

桃野:そう、ちょっとハスキーというか、なんというか。あの声の感じがあって、じつはギター・ポップとかはめっちゃハマるんだろうなとか思いながら聴いてはいて。……だからマシュー・スウィートだと思ってしゃべります。

ははは!

桃野:ははは! そういうイメージを、初めてしゃべったときにも持ちました。歌声のほうがいいですけども。

Hocoriのまわりには、どこかギター・ポップ的なものも感じられるかもしれないですね。直接的に参照する部分はないと思うんですけど、成分の中に含まれているというか。お二人ともそこは共通していますか?

桃野:もともとの立ち位置みたいなものにはあるかなと思います。

関根:僕自身はそんなに熱心に聴いていたわけではないんですけど、やっぱり言われることが多くて。

へえ。いまピンときました。

自分らからただ自然に流れ出しているものが、懐かしいものになっているというか……原体験が出てきているんでしょうね。(桃野)

桃野:僕はモノブライトとかで「いい曲」風にしたいなと思うときは、基本マシュー・スウィートの『ガール・フレンド』(1991年)を聴きますね。いい曲いっぱい入ってるんで。

ははは! でも、なるほどですね。「いい曲」の概念そのものになっていると(笑)。

桃野:あれはほんと、そうですよね。まずあのアルバムを聴いて、それで方向性を決めるんですよ。でも、そうやってつくっていくとだいたいコード感が近くなってしまって。

リアルタイム……じゃないですよね?

桃野:いや、僕その頃、小3ですもん。さすがにあんな毛皮のコートを羽織って「寒いね」みたいなことは……

(一同笑)

ちょっとませてますね。

桃野:まだしも『キミがスキ・ライフ』(2003年)とかなら、奈良美智さんのジャケットとか可愛いですけど。

それもまたちょっとませてるとは思いますが(笑)。でも流行云々は意識しないながらも、お二人ともちょっと古いものに気持ちが惹かれるんですかね。そういう、ある種「懐かしい」モードはこれからのHocoriにも基本的に引き継がれていくものです?

関根:どうなんだろう、わからないですね。たしかに言われてみればちょっと懐かしいものなんですけどね、全部。

桃野:自分らからただ自然に流れ出しているものが、懐かしいものになっているというか……原体験が出てきているんでしょうね。10代のときに刺激を受けたものが、リアルタイムではないにしろ、身体に染みついたものとして出てきている。

関根:でも、どうしたって懐かしくて哀しい感じになるんだよね、たぶん。

ああ、「どうしたって」そうなる。それはほんとにこのユニットの個性ですね。“God Vibration”のPVとか、あの駐車場のターンテーブルで外国人が踊っている感じ……あの切ない、夜が回って音楽が回ってっていう感じ。あそこには回るということが醸し出すノスタルジーみたいなものがありますよね。その上でHocoriの音楽はホログラムみたいに回るんですよ。

桃野:アナログ世代ではけっしてないんですけどね。でも、回るっていうのは何かあるかもしれないですね、音楽との間に共通するものが。

メリーゴーランドとか、懐かしいものは回る(笑)。

関根:繰り返す、とかね。それはあるかもしれないです。

どうしたって悲しくなるというのは、どうしたって懐かしくなるってことでもあるというか。

関根:意識しなくてもついて回るのかなあ。限りなく未来感を描いているつもりでも、僕らがやるとどこか懐かしくなってしまう。

桃野:未来っていうのはすでに懐かしいですよね。……これ、なんかカッコいい言葉じゃない?

ははは。でも、わかりますよ。『未来世紀ブラジル』とかっていうとほんとに懐かしくなってしまいますけども。

桃野:どのみち全部懐かしいものってことにもなっちゃうかもしれないですよ。自分たちが新しいものだと思ってつくっていても。ポストロックとかが出てきたときも、無理してんなって感じたりしましたもんね。これ、ジミヘンとかがセッションでやるようなことじゃない? 無理して新しくない? って。ジミヘンのライヴの余韻の部分を曲として出しているのがトータスみたいな感じがしてて。

ああ、なるほど。当時は「壁紙の音楽」って呼ばれていたくらいなので、当たっているんじゃないでしょうか。マイク前でエゴを剥き出しにして歌うのに対して、壁紙みたいな音楽がポストだという。

和感を大事にしているというのは、新しさを求めているということでもあって。毎回、新しいプロダクションをつくっているイメージではありますね。(関根)

では、本当に「狂熱のライヴ」をやることはないんですか?

関根:やりたいよね。

桃野:びっくりするほどライヴの予定が決まってないんですけどね(笑)。

いや、コンセプトの上だけでも(笑)。今回はぜったい哀しくしないぞ! とか。

関根:それは、ぜんぜんあり得ますね。

それでもどうしても哀しくなってしまうなら、それも素晴らしいですね。なんでしょう、お二人から考えつかないような音って。

桃野:なんだろう……。

関根:スタイルじゃないんだろうと思うんですけどね。ジャンルとかではない部分で新しさがあると、思いもよらないことになるかもしれない。

桃野:かといって、トム・ヨークみたいに工事現場の音を録って……っていうような方向もはたして新しさなのかどうか。本当に新しいものって、何なんでしょうか……。

そういう話になってきますよね。

桃野:新しいものなんて生まれうるのか、みたいな。

関根:僕の中では、Hocoriの作業というのは、「○○みたいに」っていうふうに思ってつくらないことが多いんです。本当に。違和感を大事にしているというのは、新しさを求めているということでもあって。毎回、新しいプロダクションをつくっているイメージではありますね。アウトプットとして新しい感じが出ていないのは、まあ、キラキラな音にしていないからですかね……。

ああ、なるほど。キラキラふうに想像させるところはあると思うんですけど、実際キラキラじゃないですよね。

関根:だから、新しい音楽という意味ではすごく意識してつくっているんですよね。自分たちでコントロールできないもの同士がぶつかったところに何かないかなあとずっと思っている、というか。

桃野:本当に新しいものを探すのはすごく大変なことなので、やっぱりいま新鮮な音を探すということになるかもしれないですね。それが違和感につながるものなんですかねえ。

Hocoriは、お互いが違和感を与えあっているわけですもんね。

桃野:そうですね。僕は、ソロで、ひとりで音楽活動をやるというのはぜんぜん考えられないタイプで。たとえば「関根さんがやろうとしてたのはこういうことか」って、発見することで何か新しい要素に出会いたいんです。そうじゃないと自分の楽曲が退屈に感じちゃうんですよ。

ただでさえご自身の声に飽きているのに(笑)。それで、違和感に出会いにくいソロ活動はあんまり考えられないと。

桃野:僕はそうなんですよね。予想しかつかない。予想通りでしかない(笑)。ソロってそうじゃないですか!?

(一同笑)

桃野:だから、予想通りを新しいと思ってやれる方というのがうらやましいです。それでユニットを組んだりバンドを組んだりということになりますね。

それはおもしろいですね。ソロだからこそほんとにやりたかったことがやれる、というわけではない。

桃野:そうですね。

Hocoriは新しい記号を準備するとかそういう派手な新しさを示すユニットではないと思うんですけど、「そういえばあまり聴いたことがない」という意味では攻めていますよね。ただ、趣味が良すぎて。すごく地味な差を突いてくるわけじゃないですか、関根さんなんて。けっしてわかりやすい新しさじゃないんですよね……。

関根:わかりやすくはないかもしれないですよね(笑)。

雑食的にいろいろなものを取り入れるけど、いまのプロダクションでやるし、流行もうまく入れるけど、最終的には強烈な個性に落とし込んでいく──そういう感じが好きなんです。(関根)

では、音楽にこだわらずにいまかっこいいな、おもしろいな、と感じるものは何でしょう? ポップ・ミュージシャンでもあるわけなので、流行と切れてはいても、何がかっこいいかという感度はバリバリ働いているわけじゃないですか。

桃野:テレビばっかり観てますね……。いまパッと思いつくのは、ハリウッドザコシショウですかね。去年、自分の中で大ブレイクした芸人さんなんですよね。最近は天変地異というか、こんなものが理解されるんだろうか、っていうようなものがボンボンと注目されていて、お笑いってすごいんですよ。僕はグランジが好きだったんですけど、なにか、そういうひっくり返されるような驚きがあるんです。ニルヴァーナみたいな。

ちょうど話題になっていますね。賞を取られた?

桃野:でも、新しいというよりは、スタンスはずっと一貫していて、時代のほうがはまったという感じなんです。

関根:僕、その賞を獲ったネタを見たんですけど、たぶんあれでもめちゃくちゃポップスに落とし込んだんじゃないかな。でも、それってすごく大事だなって思った。本当にアンダーグラウンドなんだけど。僕も昔からすごく好きだったんですよ。

桃野:ものまねってものを破壊して、めちゃくちゃ似てないことをやっているだけなんですよ。あえて言葉で説明するなら。ただの破壊活動なのに、それを成立させるものが何なのか……。

関根:漫☆画太郎だよね。

桃野:音楽でいうと誰だろう。レジデンツとか? ……それは音楽なのか? ってところまで行っているのに、ちゃんと音楽として成立させるっていう、ちょうどそんな感じなんですよ。

へえー。やっぱり、シーンが成熟しているからこそ賞をもらえる、みたいなところもあるんでしょうか。

桃野:それはあるんでしょうねえ。

関根:いろんなタイプのひとが出てオッケーな状態にはなっているのかもしれないですよね。

そこは音楽も難しいですよね。産業としては行くとこまで行ってどん詰まっているのに、それを破れるようなものを見つけて評価できるのかというと……。

関根:あそこまでバンっと出られるかというと、難しいかもしれないですね。

桃野:ジャンルももういっぱいあってよくわからないし。だから、そのひとの発想に触れるということになってくるのかな。

「ひと」はたしかに違和感の源泉ですよね。関根さんはどうですか? 最近カッコいいと思うものは。

関根:僕は、ベタですけど、去年はあれを聴いていたんですよ。ダニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメント。

おお!

関根:すごく好きで。さっき言っていたようなことと重なるんですけど、とにかくみんなで何かおもしろくていいものをつくろうというムードがすごくあるんですよ。それで、雑食的にいろいろなものを取り入れるけど、いまのプロダクションでやるし、流行もうまく入れるけど、最終的には強烈な個性に落とし込んでいく──そういう感じが好きなんです。去年は本当に、そればっかり聴いてましたね。

へえー。関根さんの映像にもそういうムードはあるかもしれないですね。

関根:どこかちゃんとジャンクで、でもどこかリッチな部分が残っているという感じ。それが好きなんですよ。音楽ではそれが衝撃的にヒット作でした。僕の中では。

「ホコリまみれ」になった音楽を楽しめたらいいなと思いますね。(桃野)
いまの出会いの中に、きっと次の出会いが入ってるんじゃないかっていう感じ。そこでハプニングは起こると思うんですよね。(関根)

固有名詞がきけてうれしいです。Hocoriはプロジェクトをふたりで完結させるつもりでもないというお話でしたが、ここから考えられる展開としてはどんなことがあるんでしょうか?

桃野:この企画盤をつくって、「ホコリなもの」──プライドという意味ですけど──って、意外とひとつじゃないなと思ったんです。音楽一筋ではなくて、大なり小なり、みんな何か持っているじゃないですか。マンガでもテレビでも。誰かの中に、そういう「ホコリなもの」を感じたときに、コラボなんかをやっていければなと。ユキヒーロープロレスさんだったら、自分のファッションという土俵に特撮とかプロレスを持ってきたりしているし、シェンちゃんだったらイラストとか。そうやって「ホコリまみれ」になった音楽を楽しめたらいいなと思いますね。

わざわざ「どうコラボレーションするか」って、形から考える必要はない。

関根:ひたすらハプニングを期待していますね。

期待というのは、「ハプニングを獲りにいく!」という能動的な意味ではないですよね(笑)。

関根:どこかにいつも転がっているものなんですよ。きっと(笑)。

そのスタンスはいいですね。いまっぽいとすら言えるかも。獲りにいかなくてもあるじゃないか、出会えるじゃないかと。

関根:出会えるんじゃないかと思うし、いまの出会いの中に、きっと次の出会いが入ってるんじゃないかっていう感じ。そこでハプニングは起こると思うんですよね。何もないところに突然生まれるわけではないかなって。

音楽のありかたとしてすごく健康──健康というとヘンなニュアンスが混じりますけど、やりたいときにやって、出せるときに出すっていうのが、それが音楽だっていうところがあると思います。祝福すべきありかたじゃないですかね。

関根:気持ちのいい音楽のやり方、つくり方ですよね。そうじゃなきゃいけないって……やっぱりちょっと思います。

桃野:こういうことって、なかなか、意外と成立しないですから。あと、曲数的にはやっと8曲9曲ってくらいになるので、ようやくツーマン・ライヴができます(笑)。

関根:ようやく。これまでは30分以上できないっていうのがあったので。

ははは。でも、今回ライヴの中から発想された曲があったように、ライヴができるとまたいろいろ動いていきそうですね。

桃野:まだ決まってないですけど、そうですね。

音楽的には、「夜の音楽」が「昼の音楽」になったりという展開はないですかね? 4曲めなんて資料には「この曲を通して伝えたいことは『深夜0時、僕の電車で。走らなきゃいけない愛(レール)がある』」って書いてありますから。

関根:ははは! だからなんだよ、っていう。この曲は歌詞をCDに載せていないので、代わりに何が重要なのかを言おう、って(笑)。

桃野:簡潔に書こう、って(笑)。

ははは。その「夜感」ですよ。そのテーマはやっぱり不動なんでしょうか。

桃野:いや、昼に愛が落ちていれば、拾いにいきますよ。でも、何か、落ちてる感じがしないんですよね。それでやっぱり夜ばっかりになってしまう。

昼に愛が落ちていれば、拾いにいきますよ。(桃野)

では、何か年齢が上がるなりいろんな変化を迎えることで、昼の音楽が出てくるかもしれないですね。

桃野:高齢者になれば昼の愛が見つかるかもしれないですね。

それはきっと早朝ですね(笑)。

関根:早朝の愛。カロリー低そうでいいね。

桃野:でもまだこの年齢だと、みんな日中働いて……っていうサイクルになるじゃないですか。だからやっぱりまだ夜ですかね。

以前も言いましたけど、若いひとがポップスで夜の愛を歌うっていうのは、いまはけっこう珍しくないですか。夜の愛っていうテーマを歌うのは難しいんだなって。

桃野:昼にがっつりした愛があると、それは夜までがっつりつかっちゃうことになると思うので、10分以上の尺がないと歌いきれなくなると思いますね。

関根:そうなの(笑)?

桃野:夜だったらもう、バッと表現できるんですけど、昼はきっと尺が必要です。

ユニットのイメージが曲のテーマといっしょになって入ってくるというのは、すごくおもしろいことだと思います。Hocoriは夜の愛。──そんなふうに単純に考えてはおられないでしょうけど、突発的な人たちではないということは重要だなと。

関根:そうですね。そういう、何か同じものを見ているところはあると思います。そこがガラッと変わることがあるかどうかはわからないですけど。

桃野:バンドでやれないことをやっているという面もあるので、ひとつのテーマ性を持った歌詞をどこまで書きつづけられるのかというチャレンジもありますね。

なるほど。いつか切り干し大根のように低カロリーな愛を歌われるときにも、きっと関根さんは絶妙のトラックを準備してくださると思うので、年を経るのも楽しみにしています。

Prins Thomas - ele-king

 2004年、ノルウェーの首都オスロからの、リンドストロームのダビーでスペーシーなフュージョン・ディスコは、ダンス・ミュージックを更新した。イタロ・ディスコ・リヴァイヴァルと共振し、それは〝コズミック・ディスコ〟とタグ付けされた。当時のリンドストロームの作品には、エディットやミキシングでプリンス・トーマスが関わっていたし、ふたりはコンビとして何枚かのアルバムも残している。そういえば、2014年、『It's Album Time』のヒットも記憶に新しいトッド・テリエは、プリンス・トーマスのレーベル〈Full Pupp〉のカタログ#の1番目のプロデューサーだった。
 ブームがひと段落したあとも、ノルウェーのコズミック・ディスコは相変わらず広範囲にわたっての調査を続けているようだ。作品のクオリティの高さによって人気を確保しているのだ。プリンス・トーマスの新作の評判がすこぶる良い。

 CDで2枚組、通算4枚目のアルバム『プリンシペ・デル・ノルテ』に加味されたレイヤーはアンビエント──そして例によってミニマル、プログレッシヴ・ロックめいた電子音、70年代ベルリン・スクールのクラウツ・シュルツおよびマニュエル・ゲッチング、テリー・ライリーの『A Rainbow In Curved Air』、スティーヴ・ヒレッジの『Rainbow Dome Music』(個人的にかつて熱心に聴いたものばかりなので、懐かしい)──そう、このレヴューがなかなか書き終えられないのは、聴いているとぼーっとしてきて寝てしまうからなのだ。ゆっくり進む乗り物のなかで微妙に揺られながら、意識が遠のいていく。
 (1時間経過)
 70年代風のシンセサイザーのアルペジオが規則正しく繰り返し、繰り返し、繰り返し……は、北欧特有の透明感をともなって再現される。サイケデリックの要素はあるが、過剰でも極少でもない。綺麗な渦がぐるぐるまわるような、ヒプノティックで、幻覚性を孕んだこの宇宙サウンドは、わりと誰もが入りやすく、わりと誰もが現実を忘れることができる。宇宙の4次元空間を知ることはできないが、ルーティーンから逃れることはできる。穏やかなトリップだ。
 しかしこの人は70年代のベルリン・スクールが本当に好きだ……いかん、また眠たくなってきた。CD1の最後のトラックは、90年代のアンビエント・テクノへのオマージュだ。さっさと結論を言おう。2016年になったからといってエスケーピズムが要らないわけではないのであり、目眩がするかもしれないが、二日酔いの朝聴いていいのは陶酔的なCD1のほうで、ファンキーなリズムが通ったCD2ではない(そっちはそっちで良いのだが)。

対人対物無制限 - ele-king

 東京の音楽好きオリエンテッド・クラブシーンにおける立役者、Toby Feltwellと1-Drinkによるテクノ・パーティ、対人対物無制限が3月20日曜日(祝前日)に開催される。その突き抜けた感性で彼にしかできない世界観を作り出すプロデューサーのBRF、〈The Trilogy Tapes〉など数々の人気レーベルからリリースを続けるAnthony Naplesといった面々が登場してきた不定期開催なのが惜しいほどのパーティだ。今回ゲストには、ヤング・マルコなどでお馴染みのレーベル〈ESP Institute〉といったレーベルからのリリースが、コアなDJやリスナーの心を掴んでいるPowderが登場し、ラウンジではThe Very Best of Rare Groove (Vol's 1-42)がその名の如く、ホットなレア・グルーヴをなんとオープン/ラストでプレイする。毎回表情を変えるパーティに是非足を運んでみたい。フライヤーが今回も秀逸です。

対人対物無制限

会場:
CIRCUS TOKYO
3-26-16, Shibuya, Tokyo 150-0002 Japan
+81-(0)3-6419-7520
circus-tokyo.jp

日時:
2016.03.20 (Sun) 11:00 pm ~

料金:
2,000 Yen

*20歳未満入場不可。要写真付身分証明書

Powder
2015年、Born Free Records(SWE)、ESP Institute(US)より12インチアナログをリリース。
2016年4月、自身3枚目となる12インチアナログをBorn Free Records(SWE)よりリリース予定。
soundcloud.com/thinner_groove

1-Drink
TECHNO、HOUSE、BASS、DISCOの境界を彷徨いながら現在にいたる。 DJユニット"JAYPEG"を経て現在は個人活動中。 ときどき街の片隅をにぎわせている。
soundcloud.com/1-drink
soundcloud.com/t-o-b-o-r

Toby Feltwell
英国生まれ。1996年からMo'WaxのA&Rを担当。2003年にはXL Recordings傘下の音楽レーベルPlatinum Projectsを立ち上げた。2011年よりC.Eのディレクターを務める。
www.cavempt.com

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