「AY」と一致するもの

interview with Yo Irie - ele-king


ベース・ハウス歌謡、グライム歌謡、ポスト・Jディラ歌謡……。入江陽が大谷能生と共に制作したアルバム『仕事』のテーマがネオ・ソウル歌謡だったとしたら、それに続く、セルフ・プロデュースの新作『SF』はさながら現代版リズム歌謡のショーケースだ。もしくは、昨年、幾つかの日本のインディ・ロック・バンドが真正性を求めてシティ・ポップからブラック・ミュージックへと向かっていったのに対して、彼の音楽にはむしろニュー・ミュージック・リヴァイヴァルとでも呼びたくなるような浮世の色気が漂っている。「くすぐりたい 足をかけたい クスっとさせたい あきれあいたい/たのしいこと しようぜ 俺と おそろしいとこ みてみたい 君の こどもぽいとこ 守りたい それも ところてんとかで 包みたい」(“わがまま”より)。そんな怪し気な誘いから始まる『SF』について、この、まだまだ謎の多いシンガーソングライターに話を訊いた。

入江陽 / Yo Irie
1987年生まれ。東京都新宿区大久保出身。シンガーソングライター、映画音楽家。学生時代はジャズ研究会でピアノを、管弦楽団でオーボエを演奏する一方、学外ではパンクバンドやフリージャズなどの演奏にも参加。2013年10月シンガーソングライターとしてのファースト・アルバム『水』をリリース。2015年1月、音楽家/批評家の大谷能生氏プロデュースでセカンド・アルバム「仕事」をリリース。映画音楽家としては、『マリアの乳房』(瀬々敬久監督)、『青二才』『モーニングセット、牛乳、ハル』(サトウトシキ監督)、『Sweet Sickness』(西村晋也監督)他の音楽を制作。2015年8月、シンガーソングライターbutajiと『探偵物語』、同年11月、トラックメイカーsoakubeatsと『激突!~愛のカーチェイス~』(7インチ)をともに共作名義でリリース。




作詞、作曲、歌、アレンジ、それぞれを全部違うひとがやる曲っていうのは、最近のポップ・ミュージックではあんまりないかなと。









入江陽

SF


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Tower
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今回のアルバム『SF』は入江さんのセルフ・プロデュースになります。前作『仕事』(2015)は大谷能生プロデュースでしたけど、現行のダンス・ミュージックをいかに翻訳するかという点では、『SF』も基本的にはその“仕事”を引き継いでいると思いました。ただ、前作のテーマとして“ネオ・ソウル歌謡”みたいなものがあったとしたら、今回はビートがよりカラフルになっている。そこには、さまざまなトラックメイカーを起用していることも関わっているんでしょうが、まずは、今回のアルバムを自分でプロデュースしようと思った経緯を教えてください。

入江陽(以下、入江):ファースト・アルバムの『』(2013)は自分のバンドでつくったのに対して、セカンドは大谷さんにトラックを作っていただき、そのうえで歌を歌いました。それを踏まえて、今回のアルバムでは、いったんは自分ひとりでやってみようと思ったんです。トラックメイカーの方も、身近で同年代のひとといっしょにやろうということを念頭に置いて。大島(輝之)さんだけはベテランの方なんですけど、他の方々は自分の上下3歳以内で、交友範囲も友だちかその友だちくらいというか。あと、前回の大谷さんのプロデュースは、ゆっくりした、打点がズレたリズムのヒップホップということがテーマでもあったので、今回は逆に速い曲とか普通の8ビートとかもやっています。


イタリア / 入江陽 MV (ファースト・アルバム『水』より)

実際は『仕事』も、“鎌倉(feat. 池田智子 (Shiggy Jr.))”、“フリスビー”、“マフラー”……のようなポップな楽曲もありましたけど、先行MVとして公開された“やけど(feat. OMSB from SIMI LAB)”のようなポスト・Jディラ的なビートが多かったので、どうしてもそっちの印象が強くなってしまったというか。一方、『SF』にも“おひっこし”のような後者寄りの楽曲もありますが、全体的には前者寄りなのかなと思いました。

入江:おっしゃるように“やけど”の印象が強いと思ったので、そうじゃない曲を今回はつくろうと思いました。



入江陽 - やけど [feat. OMSB (SIMI LAB)]



入江陽 - 鎌倉 [duet with 池田智子(Shiggy Jr.)]


ゲストに関して、同年代かつ親しいひとを選んだというのは、趣味趣向が近いひとがよかったということですか? あるいは、その方がコミュニケーションが取りやすいから?

入江:どちらかというと今回はコミュニケーションのほうですね。長いつきあいのひとばかりというか。

やはり、大谷さんだと恐縮してしまうとか?

入江:いやいや(笑)。もちろんそれもありましたけど、それが嫌だったわけではないです。ただ、その反動というか。

大谷さんとはいまも一緒に入江陽バンドをやっていますもんね。

入江:そうです。それに、毎回違うほうがおもしろいかなと思いまして。

不勉強ながら、今作のゲストは知らない方が多かったのですが……。

入江:まぁ、友だちって感じなので。

10曲中4曲を入江さんと共同で作曲をしている「カマクラくん」というのは?

入江:シンガーソングライターで、メロディを書く能力がすごく高い人です。なので、そこだけ担当してもらって、アレンジやトラックは違うひとにつくってもらいました。

入江さんのようなシンガーソングライターが、作曲にゲストを招くというのは珍しいですよね。

入江:僕が書くメロディだと少し凝ってしまう気がしたんです。でも、カマクラくんが書くとすごくシンプルで覚えやすくなるので、何曲かお願いしたというか。それに、分業する楽しさもありました。作詞、作曲、歌、アレンジ、それぞれを全部違うひとがやる曲っていうのは、最近のポップ・ミュージックではあんまりないかなと。

作業の手順としては、トラックをもらってから、それに合わせて曲を書いていった感じですか?

入江:そういう曲もあります。“おひっこし”と“悪魔のガム”がそうですね。それ以外の曲は、まず、大体のコードとメロディを書きました。


入江陽 - おひっこし (Lyric Video)


『仕事』のときも「ネオ・ソウル歌謡」と言いつつ、だんだんとアレンジが変わり、結局、全曲がバラバラという感じになったんですが、今回も音像としてのコンセプトはなくなっていったというか。

『仕事』がネオ・ソウル歌謡だとしたら、『SF』はハウス歌謡もあれば、EDM歌謡もあれば、グライム歌謡もありますけど、そういった、いわゆる現代版リズム歌謡の見本市みたいなものをつくろうというテーマはあったんですか?

入江:途中までは80年代っぽい音像にしようと考えていたんですけどね。エンジニアの中村(公輔)さんともそんなふうに話していたものの、送られてくるのがそれとは関係ないトラックだったりして。『仕事』のときも「ネオ・ソウル歌謡」と言いつつ、だんだんとアレンジが変わり、結局、全曲がバラバラという感じになったんですが、今回も音像としてのコンセプトはなくなっていったというか。

参加したトラックメイカーの方たちは、普段はダンス・ミュージックをつくっているひとが多いんでしょうか? 4曲を手掛けている「Awa」は、ダンス・ミュージックの手法を使ってシティ・ポップをつくるユニット「檸檬」にも参加していますよね。ちなみに、入江さんはその檸檬の7インチ「君と出逢えば」にヴォーカルとしてフィーチャーされています。

入江:そうですね。Awaくんはクラブ・ミュージックやヒップホップが好きで。檸檬にはギターやアレンジで参加していて、エスペシアにも1曲提供していました。

〝hikaru yamada〟というのは?

入江:ライブラリアンズという女性ヴォーカルのユニットもやっています。前作『仕事』の表題曲の共同制作者でもあります。でも、yamadaくんもAwaくんもやっている曲が好きというよりも、友だちだから誘ったという感じですかね。5年くらいのつきあいで、ふたりとも年齢が1つ下なので。mixiのコミュニティで知り合ったんですが(笑)。

どんなコミュニティだったんですか?

入江:いまとなっては少し恥ずかしいんですが、「近現代和声音楽好きなひとたち」みたいな(笑)。“悪魔のガム”の耶麻ユウキさんってひとは、yamadaくんの大学の先輩ですね。彼はグライムとかハウスが好きみたいで、3歳くらい上です。

「Teppei Kakuda」は?

入江:彼はちょっと変わっていて、トラックメイカーでもあるんですけど、バークリーのジャズ作曲科を中退して去年日本に帰ってきた方なんです。だから和声や譜面にも強い。それでドラムも叩いています。ここも友だちだったので誘いました(笑)。

そして、最後に「Chic Alien」。

入江:butajiくんと共作した“別れの季節”(入江陽とbutaji『探偵物語』収録)のトラックメイカーで、このひとも3歳くらい下なんですけど。

ちなみに、いまやっている入江陽バンドのライヴもすごくいいですが、あのメンバーでアルバムをつくろうとは思わなかったんですか?

入江:アルバムのアレンジはアルバムでやって、ライヴはまた別でリアレンジしたらおもしろいかなと。

『Jazz The New Chapter』(シンコー・ミュージック)がピックアップした現行のクロスオーヴァー・ジャズのように、打ち込みと生演奏の相互作用を意識している?

入江:それはちょっと考えていて、あとはバンドではできないこと、ライヴではできないことを音源でやりたいんですね。まぁ、レコ発はバンドでやるのでかなり矛盾していますが。ライヴ用のアレンジに関しては、大谷さんが音源を初めて聴いたところからはじめる。そうやって、翻訳をしていく過程で、失敗したり成功したりするのがおもしろいというか。あと、音源として良質なトラックを作る能力と、ライヴで演奏する能力はまた別なので。


粗悪さんとは、ふたりのユーモアの感覚というか、ふざけたい感じが一致したんです。同い年なのもあるかもしれません。

入江さんのディスコグラフィーにおいて、『仕事』と『SF』の間のリリースで特に重要なものがふたつがあると思って。ひとつはbutajiとつくったEP『探偵物語』(2015)で、クレジットを確認せず初めて聴いた時、カヴァー集かと勘違いしたくらいポピュラリティを感じました。もうひとつは粗悪ビーツとつくった7インチ「激突!~愛のカーチェイス~/薄いサラミ」で、あれはトラップ歌謡というか、大谷さんが現行のヒップホップ/R&Bを取り入れた延長にありますけど、さらにモダンかつイビツになっていました。

入江:探偵物語は、butajiくん作曲のものが多かったので、そういう感じになったのかもしれませんね。粗悪ビーツさんとの7インチは、粗悪さんのトラックがマイナー・コード一発の構造なので、相性がいいかなと思って歌謡曲っぽくつくってみたのと、ふたりのユーモアの感覚というか、ふざけたい感じが一致したんです。同い年なのもあるかもしれません。「同い年ですよね」って言ったら、「学年はいっこ上だから」って怒られましたけど(笑)。

それにしても、さっきからやたらと年齢のことを気にしますね。

入江:いや、年齢が近いということを言いたかっただけなんですけど……たしかに気にするほうかもしれないです。一方で、年齢が近いひとに対してもタメ口を使うのがヘタで(笑)。

それは恐縮してしまって?

入江:僕は医学部だったんですが、誰にでも敬語で話す文化があったんです。5浪して入ってくるひととかもいますから、使い分けがけっこうやっかいなんですね。それがまだ抜けてないのかもしれません。

なるほど。歳上を敬うためではなく、事を無難に運ぶために敬語を使う。

入江:よく言えば、敬語でも仲良くできる。悪く言えば、誰とでも壁ができている感じですね。

これは悪口じゃないんですけど、大谷さんのトラックは複雑ですし、僕の歌詞もめちゃくちゃじゃないですか(笑)?

『SF』では『探偵物語』と「激突!」の方向性が合わさっているというか、より積極的に現行のダンス・ミュージックを取り入れている一方で、ポップな印象を持つひとが多いと思うんです。

入江陽とbutaji - 探偵物語




激突!〜愛のカーチェイス〜


入江:実際、明るい曲調も多いと思います。

BPMも早いし、リズムの手数も多い。

入江:前作とはまた違うことをやって、音楽性の幅を広げたかった感じですね。

『仕事』がリリースされた時、僕は入江さんのことを知らなかったので、まるで突然現れたかのように思えました。そのあと、渋谷〈OTO〉でやっている〈Mango Sundae〉というヒップホップのイヴェントで、大谷さんとのデュオのライヴを観ましたが、MCがぎこちないことを大谷さんにずっとダメだしされていて(笑)。でも、曲と歌は文句なしにいいので、大谷さんはこんな変わった才能を持つひとをどこで見つけてきたんだろうと。アルバムが出たあと、本格的にライヴをやりだしたという感じですか?

入江:弾き語りやバンドでのライヴは数年前からやっていましたが、『仕事』リリース後、ライヴの機会が増えましたね。

やはり、『仕事』を出したあとに経験してきたことは大きい?

入江:だいぶ大きいですね。2015年は『仕事』をきっかけにライヴをたくさんやりましたし、誘いも増えたので。

『仕事』の頃の話でいうと、当時、『ele-king』に載った矢野利裕さんが聞き手で、入江さんと大谷さんがふたりで答えたインタヴューを改めて読んだら、そんなにインディと呼ばれるのが嫌だったのかと思って。2015年末に恵比寿〈リキッドルーム〉のカウントダウン・イヴェント(2016 LIQUID -NEW YEAR PARTY- + LIQUIDOMMUNE Presents『遊びつかれた元旦の朝に2016』)に出てもらいましたけど、ブッキングしたフロアが「インディ・ミュージック」という括りだったので、申し訳ないことをしたなと。

入江:いやいやいや(笑)。出演できてとてもうれしかったです。本当にありがとうございます。大谷さんと僕におそらく共通しているのが、インディ音楽とメジャー音楽をあまり分けて考えていないというか。リスナーとしての耳がそういう分かれ方をしていない、という話な気がします。

他方、あのインタヴューでは一貫して「インディじゃなくて、J-POP、歌謡曲なんだ」ということを言っていて。本当に当時から自分の音楽にそこまでポピュラリティがあると思っていました?

入江:思っていました。でも、これは悪口じゃないんですけど、大谷さんのトラックは複雑ですし、僕の歌詞もめちゃくちゃじゃないですか(笑)? 本当にポピュラリティを求めているのか、っていう。

僕もそう思うんですよ。たとえば、入江陽の音楽のオルタナティヴさだとか、ステージ上のどこかキマっていない佇まいだとか、聴いている方、観ている方がそわそわするあの感じは、もしポピュラリティを目指しているのだとすれば、単に未熟な部分として片付けられてしまいますよね。ただ、そうではないんじゃないか。

入江:未熟な部分もあると思うんですけど、大谷さんもぼくも違和感みたいなものが好きでやっている部分もあるので、それは自己矛盾というか。たぶんその話でのメジャーという言葉は、聴く耳の問題だと思うんですよね。松田聖子やジュディ・アンド・マリーみたいに、歌が真ん中にバーンとある感じでやりたいっていう精神論というか(笑)。

『SF』は『仕事』よりもポップになったと思うんですけど、それは狙ったところ?

入江:今回、それは個人的にはなくて、どちらかといえば技術的な挑戦の意味合いが大きかったんです。例えば1曲目の“わがまま”は、速い曲をつくりたいと思って取り組んだ。前作やライヴでやっている曲のBPMを測ったら、大体が100前後だと分かって、マンネリ化してはダメだなと感じたんです。

ライヴをやっていく中で気持ちに変化があった?

入江:そうですね。ライヴの音源を聴いたら全部いっしょというか。

遅い曲で客を掴むのは難しいですよね。特に対バンがいる時は。

入江:厳しい状態を強いられたときもあったので(笑)。

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べつにインディ感が嫌いとかではないんですけど、自分の声でやる場合にはエセ商業感があったほうがおもしろいんじゃないかとは思っていまして。

ポピュラリティと言えば、影響を受けたアーティストとして井上陽水の名前をよく挙げていますよね?

入江:井上陽水さんのようになりたいというよりは、井上陽水さんのように変なことばを使いながらも、とても美しい歌詞を成立させることへの憧れ、みたいなものはありますね。

先程挙げたインタヴューで、大谷さんが『仕事』は『氷の世界』(1973)を目指したと言っていて、それはちょっと意味が分からないなと思ったんですけど……(笑)。

入江:あれは『氷の世界』ぐらいの曲を作る、っていう気合いのことだと思うんですけどね。ヘタに言い換えて大谷さんに「違う」って言われるのも怖いですけど(笑)。

『氷の世界』は日本初のミリオン・セラー・アルバムですからね。むしろ、僕は『あやしい夜をまって』(1981)とか『LION & PELICAN』(1982)なんかに入っている、EP4の川島裕二がアレンジした楽曲のヤバさに近い感覚を入江さんの音楽に感じるんですが。

入江:川島裕二ってバナナさんのことですよね? 大好きです! あと、今回、エンジニアの中村さんと80年代っぽい音にしたいって相談する中で、リアルにそれを目指せる機材がスタジオに増えていったんです。そのおかげで、本格的な80年代の音になったのかもしれないですね。あの頃の陽水のアルバムはいま聴くといい意味でうさん臭いというか……。

ポピュラーな例として挙げましたけど、実際はいちばん売れていなかった時期ですしね(笑)。

入江:あとすごくバブル感がするというか。ぼく世代の耳で聴くと新鮮だと思うんですけどね。

僕もよく知らなかったんですが、DJのクリスタル(Traks Boys/(((さらうんど)))/Jintana & Emeralds.)と呑んでいるときに、川島裕二がアレンジした「背中まで45分」を聴かせてもらい、ぶっ飛ばされて、中古レコードを買い集めるようになりました。べつに狙ったわけじゃないんですが、さっきも〈レコファン〉で……(87年のアルバム『Negative』のレコードを取り出す)。

入江:あー、これはいちばんすごいジャケの! タイトルも酷いですよね。売れる気がない。

この後に“少年時代”(1990)が出て、世間的には復活するというか。いや、セルフ・カヴァー集の『9.5カラット』(1984)なんかは売れたのか。

入江:べつにインディ感が嫌いとかではないんですけど、自分の声でやる場合にはエセ商業感があったほうがおもしろいんじゃないかとは思っていまして。

ポピュラーな音楽が好きというよりは、ポピュラーな音楽の中で実験的なことをやってしまったがゆえに、商業的には失敗してしまったものが好き、とか?

入江:僕がお金がかかっている感の音楽をやったらおもしろそうだなと。

あるいは、日本のインディ・ポップでは、何年も前から「シティ・ポップ」がキーワードのひとつになってますけど、入江さんの音楽からはむしろ「ニュー・ミュージック」を感じます。

入江:たしかにシティ・ポップ感はないですよね。

かつてのシティ・ポップもいまのシティ・ポップも架空の都市を歌っているというか、言い換えると土着性から逃れようとするものだと思うんですけど、入江陽の場合、海外の音楽を参照していても、どこか土着的な感じがするからそう思うんですかね。

入江:あと、シティ・ポップの歌詞は風景描写的だったり、BGMとしての機能も重要だと思うのですが、僕の場合、必ずしもそういう感じではないですよね。









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そういえば、『SF』をつくりはじめた際にどうして「80年代」をテーマにしようと思ったんですか?

入江:4つ打ちと8ビートが多いので80年代っぽい音が合うんじゃないかと。あと、アレンジを70年代っぽくしてしまうと、僕の声だと完全に渋くなってしまう予感がするので(笑)。

さっきのブラック・ミュージックの話にも通じるんですけれども、今年はラップもかなり聴いたので、憧れを強めていて。

インディ云々の話を蒸し返すと、『仕事』は決して孤高の作品というわけではなくて。昨年の日本のインディ・ロックでは、ブラック・ミュージックの要素をいかにして取り入れるかということがある種のトレンドになりましたよね。そういった作品を聴いたりはしました?

入江:Suchmos(サチモス)とか普通にかっこいいと思いました(笑)。

入江陽とは真逆のスタイリッシュな音楽ですよね(笑)。

入江:なんというか、そういう流れのものも聴いてはいるんです。でも、意識すると変になってしまいそうなので……。作り手それぞれがあまり意識しあわずに、その時どきで好きなことをやったほうが、自然な流れが生まれておもしろくなると思うんです。だから、今回もその流れをそこまで意識したわけではないですね。ただ、やっぱり自分の声はブラック・ミュージックっぽいんだなとか、リズムの揺らし方とかがネオ・ソウルっぽいんだなということは再確認したんですけど。

『仕事』はある意味で大谷さんとの共作だったわけですし、ポスト・Jディラ的なビートをどう消化するかという問題意識は、JAZZ DOMMUNISTERSの延長線上にあるとも言えると思うんですよね。一方、『SF』は大谷さんのプロデュースがなくなった分、入江さんがもともと持っていたニュー・ミュージック感がより強く出たとか?

入江:ニューミュージック感はファーストの『水』にも少しあると思うので、それは言われて腑に落ちるところはあります。

『探偵物語』を聴いたときにそう思いましたね。実際、「夏の終わりのハーモニー」(井上陽水・安全地帯、1986)のカヴァーも入ってますが。

入江:butajiくんの声質も、往年の何かを感じるというか。カラオケ感があまりなくて歌手っぽいというか。上手いというよりも歌い上げているところが自分とは近いのかなと。

そういえば、先程、井上陽水のように歌詞を書きたいと言っていましたが、今作の作詞は井上陽水とラップのライミングが合流したような感じがあります。

入江:さっきのブラック・ミュージックの話にも通じるんですけれども、今年はラップもかなり聴いたので、憧れを強めていて。

いまって、歌とラップの境目がどんどん曖昧になってきていて。ヤング・サグとかフェティ・ワップとか。

入江:そうですよね。ラップのひとたちが歌っぽくなっていたりして。「ポストラップ」とおっしゃっていたのが個人的にはすごくしっくりきました。

僕がラジオで入江さんの作詞を「ポストロックならぬポストラップ的だ」と評したことですかね。補足しておくと、もともと、「ポストラップ」という言葉を使い出したのは岡田利規で、彼がラッパーの動きを拡張するというテーマでSOCCERBOYに振り付けをした公演のタイトルだったんです。それに対して、僕は、現在、もっとも影響力のある表現はラップで、むしろ、他の表現はそれによって拡張されているのではないかと、岡田さんの意図を反転させた意味で「ポストラップ」という言葉を使い出したんですね。いまの話だと、入江さんもラップはけっこう聴いていると。

入江:そうですね。

『仕事』にOMSBが参加していたのは、大谷さんの人脈ですよね。それがきっかけで聴き出したという感じですか?

入江:それもありつつ、もともと、SIMI LABも聴いていて、最近だとRAU DEFさんの新譜がすごくかっこよくて。あとは5lackさんPUNPEEさん兄弟とかへの憧れが強くて、今回も韻を踏む方向に……(笑)。

ただ、実際にがっつりタッグを組むのは粗悪ビーツのようなオルタナティヴな存在という。

入江:なんというか、ぼくが正統派のヒップホップを意識しすぎずに、そこまで堅い韻を意識しすぎずに、勘で作ったほうがおもしろい面もある気がします。個人の中の誤訳というか。そういう部分は粗悪ビーツさんに、個人的には共鳴します。

作詞は即興ですか?

入江:そうですね。ことばを発音して作るというか。前はもう少し書いていたんですけどね。語感を重視するようになりましたね。

まさに「ポストラップ」だと思うんですけど、ポップスだと思って聴いているものがヒップホップだったりとか、そこの境目が曖昧というか。

ただ、入江陽の音楽に関して、「すごくいいんだけど、歌詞はどうなんだろう?」という意見をちらほらと見聞きするんですよね。僕もそれについては思うところがあって。たとえば、ポストラップ的な側面でいうと、入江さんはまだライミングすることを面白がっている段階であって……井上陽水と比べるのも何ですけど、彼のようにライミングの連なりから新たなイメージを生み出すまでには至っていない曲が多いように感じます。実際、前作のインタヴューでは歌詞を重要視していない、考えないでつくっていると言っていましたよね。

入江:その発言の意図は、意味が成り立っている文章をつくることにはこだわらず、いろいろな言葉を並べて聞いたときに、全体として、何か不思議な印象、面白い印象があるものをつくりたかったというか。あとは、無意識に浮かんでくる言葉を尊重している部分もあります。

今回の歌詞では、“わがまま”がいいと思いました。入江さんの歌詞には一貫して、歪な恋愛みたいなテーマがあると思うんですけど、それがいままでになくはっきりと描けているなと。

入江:ありがとうございます。先程言ったように、以前は何か特定の印象を与えることを恐れていた感じはあって、それでおそらくはぼんやりしていたんだと思います。

「シュール」って言われがちじゃないですか?

入江:「シュール」だけだと、伝わっていないところがあると今回は思いました。それで“わがまま”は情報を絞って、かなりはっきりとイメージを伝えようとしたというか。

作詞をする上での恥ずかしさみたいなものが消えた?

入江:それもありますね。あとは、曲によって言葉遊びの量を変えた部分もあります。“STAR WARS”とか“悪魔のガム”は、恋愛とか金とか、ぼんやりとしたテーマはありつつも、意味よりはことば遊びを重視しています。

なるほど。そして、ラップからの影響も大きいと。

入江:かなりありますね。あるというか、意識しなくても入っちゃっている感じがして。まさに「ポストラップ」だと思うんですけど、ポップスだと思って聴いているものがヒップホップだったりとか、そこの境目が曖昧というか。

そういえば、以前、『仕事』のあとに、次はどういう作品をつくるのかと訊いたら、ラップのひとたちと一緒にやりたいみたいなことを言っていたような。

入江:もしかしたら粗悪さんといっしょに、もう少しいろんな方とやろうとしていたのかもしれません。

粗悪ビーツのDJで、ラッパーのマイクリレーに混じって入江さんが「金貸せ~」みたいなことを歌う未発表曲がかかっていて、かなりインパクトがありました。

入江:あれは“4万貸せ”って曲なんですけど、ラッパーのなかに混じってしまったときにああなってしまった結果が楽しいというか。

粗悪さんからいきなりメールがきて、「入江さん、今後のテーマが決まりました。今後は哀愁です」って(笑)。

粗悪ビーツとの共作は今後も続けていくんですか?

入江:はい。今も新曲をつくっていて、今後もいっしょにつくっていこうと思います。

何かひとつにまとめることも考えている?

入江:ぼくも粗悪さんも曲が多いタイプというか、わりとサクサク、悪くいえば雑にできる方なので、まとまってできる予感もかなりありますね。いまのところ“心のみかん”という、“薄いサラミ”のシリーズを作っています(笑)。

そういえば、どうして、入江さんの歌詞のモチーフは食べ物が多いんですか?

入江:それは完全に自覚したんですけど、好きだからですね。前は自覚がなかったんですけど、今回、作詞していたら食べ物がどんどん出てきて。口ずさみながら作ると、ふだん言っていることばが出てきてしまうというか。でも、グルメなわけじゃなくて、粗悪さん同様にジャンクなものが好きなんですけど。

粗悪ビーツがSNSに写真を上げてる粗悪飯ですね。あれはジャンクを通り越してハードボイルドというか。自宅でインタヴューをした時につくってくれたんですけど、100円ショップで買った包丁とまな板で、安売りの豚肉とネギを床に屈んだまま刻んで、煮込んだだけのものが鍋ごと出てきて。酒は発泡酒とキンキンに冷やしたスミノフでした。

入江:粗悪さんは計算してやっている部分もあるけど、天然でやっている部分もありますよね(笑)。



沈黙の羊たちの沈黙 feat.DEKISHI, OUTRAGE BEYOND, onnen, 入江陽

[prod by soakubeats]



彼のつくるトラップにはブルースを感じるんですよね。トラップが好きになったのは、ブラック企業で働いていたときにあのトリップ感が辛さを忘れさせてくれたからだって言ってて。

入江:哀愁があってそこが歌謡曲っぽいというか。いきなりメールがきて、「入江さん、今後のテーマが決まりました。今後は哀愁です」って(笑)。前からそうでしょ! って思いましたけど。

入江さんにとってラップ・ミュージックはどういうものですか? 自分からは遠い音楽という感じ?

入江:音楽好きとして音楽を聴いてしまうところがあって、ヒップホップを聴いていても感動するのは、本人のリアルなストーリーよりもライムの技術とかです。ヒップホップも黒人さんたちから生まれた高度なリズムの芸術だと感じていて、それを日本人がぼやかしたらこうなったというか。なので、クラシックと同じ耳で聴いてしまうところがあって。

ゴシップやゲームを面白がるのではなく、あくまでも音楽を聴いているのだと。

入江:もちろん実話やらのストーリーに感動することもありますし、興味も無くはないんですけど、どちらかというと音楽的な技術の部分に興味がある感じですね。

揺らぎのリズムが好きすぎるので、全体としてはあえて回避したところはありますね。なので反動でいまは揺らいだものがやりたいです(笑)。

『SF』のトラックには、さまざまなダンス・ミュージックの影響が感じられるという話をしましたが、入江さん自身もそういったものは聴いているんでしょうか?

入江:勉強しようと思ったんですけど今回の制作には間に合わずで、ぜんぜん知らないです(笑)。トラックのジャンルが何かわからないのに、聴いてダメ出しをするというか。

トラックメイカーと共作する上で、やり取りの往復はあった?

入江:かなりありましたね。

結果、「グライム歌謡」といってもグライムをそのままトレースしたようにはなっていないというか。

入江:恐らく“悪魔のガム”の耶麻さんのトラックはグライムを意識していると思うんですけど、ミックスの段階ではグライムであることを無視して、歌モノとしてどう聴こえるかという点を重視しましたからね。そういう意味では、今回、音楽の細かいジャンルへの意識は弱いかもしれないです。むしろ、歌モノとしてどう聴こえるか、への意識が強いです。

『仕事』では、大谷さんがヒップホップだったりR&Bだったりを意識していたと思うんですけど。

入江:ちょっと共通していると思うのは、大谷さんもR&Bを参照しつつも、結局、歌モノとしてどう響いているかを意識しているような気がするんです。

一方で、大谷さんとの趣味の違いも感じるなと。〈OTO〉でライヴがあった時、彼と話していたら、DJがかけているEDMっぽいトラップに対して、「オレは頭打ちの音楽がダメだから、こういう今っぽいヒップホップが苦手で」みたいなことを言っていて。

入江:でも、この前〈リキッドルーム〉で、「現場でデカい音で聴けばなんでも最高だ!」って言ってましたよね(笑)。

いい加減だな(笑)。

入江:けっこう共感しましたけどね(笑)。

ただ、大谷さんから入江さんにプロデュースが移ったことによって、やはり、リズムの感覚は変わったんじゃないですかね。もちろん、『仕事』を引き継ぐような揺らいでいるトラックもありますが。

入江:“おひっこし”ですかね。揺らぎのリズムが好きすぎるので、全体としてはあえて回避したところはありますね。なので反動でいまは揺らいだものがやりたいです(笑)。

オープニングの“わがまま”とかアッパーな4つ打ちですもんね。

入江:そうですね。“わがまま”についてはBPM150以上というのが自分のテーマだったので。


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シンガー然として入り込んで歌うわけではなく、むしろ……ぜんぜん入り込めないというか。だから、歌っている自分につねに違和感を感じていますね。

弾き語りではなくハンドマイクで歌うことには慣れてきましたか?

入江:最初よりは慣れてきましたね。2月、3月のレコ発ではもっと慣れた姿を見せられるかと思います(笑)。だいぶ楽しめる感じにはなってきました。

入江さんはキャリアの途中でシンガーになったわけじゃないですか。先程、ポピュラーなものを目指しつつ、隠しきれないオルタナティヴさがあるという話をしましたけど、実際、ナチュラル・ボーン・シンガーというわけではない。歌がすごくうまいので、ついそう思ってしまうのですが。

入江:楽器ばかりやっていたので、本当は楽器だけでやりたいんですけど、歌ったときのほうが反応がよかったので、そこは需要に合わせていこうと。自己啓発本的に言うと「置かれた場所で咲きなさい」的な(笑)。好きなことより、需要があることをしなさいという。そういう感じでやっているので、シンガー然として入り込んで歌うわけではなく、むしろ……問題かもしれないですけど、ぜんぜん入り込めないというか。だから、歌っている自分につねに違和感を感じていますね。

内面を掘り下げたり、文学性にこだわるのではなく、ライミングで遊びながら歌詞をつくるのもそういった理由からですか?

入江:それはありますね。自分の歌い方で超シリアスな歌詞だと聴いていられないというか(笑)。「歌は本格的なのに、歌詞にはこんなのが入っているの?」っていうのが楽しいというか。

でも、リスナーとしてはディアンジェロみたいなオーセンティックなものも好きなんですよね?

入江:たしかに矛盾してますね。でも、ディアンジェロみたいになりたかったら筋トレをしているハズですし(笑)。正直、ブラック・ミュージックはそんなに掘っていないというか。ディアンジェロは本当に好きだけど、ブートまでチェックしたりというわけではなくて、ある曲のある部分の展開が好きという感じなので。……よくも悪くも浅く広くが好きなところがあって。ラップもそうですし。

ラップに関して言うと、昨年、菊地成孔さんに歌詞についてのインタヴューをした時、「ポップスとラップは言葉の数が一番の違いですよね。僕が目指すのはその二つを融合していくことで、ポップスにおける歌のフローや音程が、ラッパーのライムと同じくらいの細かさで動いていくということが、ネクスト・レベルじゃないかなと思っているんです。今のポップスのメロディって変化が大らかじゃないですか。でも、ラップのフローはもっと細かいですよね。で、ジャズのアドリブなんかも細かいわけで、ああいう感じでラップにもうちょっと音程がついたものというか……そうやって歌えるヴォーカリスト、そうやって作詞できるソングライターがこれから出てくるんじゃないかと」と言っていました(SPACE SHOWER BOOKS、『新しい音楽とことば』より)。入江さんの歌はそれに近いというか、最近のラップが歌に寄っていく一方で、入江さんの場合は歌からラップへと寄っていっていますよね。

入江:それは自覚的にしていたところはありますね。

それは、やはり、ラップが構造的に見ておもしろいから?

入江:構造や技術に興味があるのはその通りですね。今後はルーツというか、自分がどういう音楽が好きだからどんな音楽をやるのか、ということにも取り組みたいんです。でも、『SF』に関しては「そのときに思いついたこと」という美学でやっていました。無意識的に生じているものの方に可能性を感じているというか。

ルーツは、じつはクラシックが大きいですね。

では、自身のルーツは何だと思いますか?

入江:ルーツは、じつはクラシックが大きいですね。大学のアマチュア・オーケストラでオーボエを吹いていましたから。ただ、それを歌で掘っていっても、“千の風になって”みたいになってしまうので避けたいなと(笑)。

アルバムは打ち込みが中心ですが、オーケストラを使ってみたいと思ったりもする?

入江:生楽器のアンサンブルを使いたいとは思いますね。『SF』の反動でいま聴いているものがキップ・ハンラハンとかなんです。

キップ・ハンラハン! 意外ですけど、いいですね。ちなみに、現在、バンドはサックスやトラックに大谷さん、ギターに小杉岳さん、ベースに吉良憲一さん、ドラムスに藤巻鉄郎さん、キーボードに別所和洋さんというメンバーですが、それは固定?

入江:しばらくはあのメンバーでやっていこうと思っています。編成にウッドベースとトラックが入っているので、生感と生じゃない感が混じるのがおもしろいなと。

ライヴ盤の制作は考えていないんでしょうか?

入江:それはちょっと考えています。いまのバンドは、メンバー全員、ジャンルの出自が少しずつズレていて。たとえばドラムとウッドベースの2人はジャズやポストロックなんですけど、ギターの小杉くんはロックしか弾けないので、全体のアンサンブルとしてはジャズへいけないっていう縛りがあるんです。逆にあんまりロックの方にもいけないので、そこらへんがおもしろいんです。あと、大谷さんのリズムのクセがすごく強いので、それがバンドに必ず入ってくるっていうか。みんな器用なのか不器用なのかわからないキャラクターというか(笑)。

『SF』にはさまざまなタイプの楽曲が入っていますけど、考えてみると、butajiや粗悪ビーツとのコラボレーション、そして、バンドと、それぞれ、試みとしてベクトルがバラバラですよね。ヴォーカルが強いのでどれも入江陽の歌になっているんですが。

入江:悪いことばしか出てこないんですけど、「浅く広く」とか「飽きっぽい」とか「ミーハー」な部分が自分にはすごくあるんです。

共作が好きなんですか?

入江:好きですね。

『SF』のつくり方もそうですが、「入江陽と○○○」みたいな名義がこんなに次々と出るシンガーソングライターも珍しいなと。

入江:「入江陽と○○○」はシリーズ化したいと考えてますね。他のシンガーソングライターのみなさんの性格って、もっと一貫性があって内省的だと思うんですけど、ぼくはぜんぜん違って。飽きっぽくて、いろんなひととやってみたいというか。あんまり自分と向き合うタイプではない。ただ、今回、歌詞に関してはゲストなしで、自分で書いてみました。だからといって私小説的なアルバムなわけではないですけどね。

先程から、内面を掘り下げることに興味がないというような発言が多いですね。

入江:それが強いんですが、今後は内面を掘り下げていこうと思っていて。

「今後は内面を掘り下げていこうと思っていて」って、自然じゃない感じがありありですね(笑)。

入江:そこが他のシンガーソングライターと違いますよね(笑)。リスナーとして聴いたときに、泣き言的なものが出てくるのが個人的に苦手なんです。もっと楽しませてほしいというか。私小説的なアルバムもいつかは作ってみたいですけどね。

私小説的なアルバムもいつかは作ってみたいですけどね。

地元の新大久保について書いてみたり?

入江:新大久保のストリートについて(笑)。やっぱり住んでいると色々と思うことがあるので、そういうことに関しては書いてみたいですね。

ただ、現状でも、入江さんの歌に漂う猥雑さみたいなものからは、何となく新大久保の雰囲気が感じられます。

入江:それはすごく影響している気がしますね。発砲事件があったりとか、ビルからひとが落ちてきたりとか、そういうことを何度か体験したので。僕自身はリアルに治安が悪いところに住んでいたわけじゃなくて、ぜんぜん安全なところに暮らしていましたけど、それでも垣間見えたことはすごくありましたからね。

最近の新大久保は綺麗ですけど、ぼくは20歳くらいのときに、駅から大久保通り沿いをちょっと行ったところにある雑居ビルで出会い系サイトのサクラの仕事をやっていて。あの頃の街にはまだまだ猥雑な雰囲気が残っていて、いつもそれにあてられてげんなりしてました(笑)。

入江:マジっすか。ぼくはあの近くの喫茶シュベールとかの近くに防音室を見つけてしまって。

スタジオも新大久保なんですか?

入江:そうなんですよ。かつては世田谷に住んでいるひとに憧れていたので、「何で自分は新大久保に生まれたんだろう」と思ってたんですけど(笑)。汚いところではなくても、きれいなところでもないですからね。それで、飯田橋や神楽坂の方に住んでみたんですけど、ちょっと刺激が足りなくて。そんなときに新大久保にワンルームの防音室を発見したので戻ってきました。


嘘でもいいから、聴いている間はすごく景気がいいとか。そういうもののほうがいいかなと。

しかし、今回、お話をきいて、『仕事』のインタヴューで疑問を持った「ポピュラリティについてどう考えているのか」という部分に合点がいきました。もちろん、ポピュラリティど真ん中の音楽を目指してはいるものの、まるでディラのビートのようにズレが生まれてしまう。それこそが入江陽の面白さなんだと。

入江:ぼくにとってポピュラリティのあるものが好きというのは愛嬌みたいなもので、それがないと遊び心は生まれないような気がして。実際には、ポピュラリティのある音楽というと「多くのひとに聴かれている~」って意味ですよね。だから、言葉のチョイスが間違っていたのかもしれないです。

また、内省的な表現に距離を置いてきたというのもなるほどなと。そこでも、洒落っ気だったり、はぐらかしが重要で。

入江:私小説的なものやシリアスなものを避けてきたというよりは、フィクションだったり愛嬌のあるものにどちらかというと興味があるというか。嘘でもいいから、聴いている間はすごく景気がいいとか。そういうもののほうがいいかなと。あと、かわいいものが好きなのかもしれません。最近も思いつきでDSを買ってポケモンをやっているくらいなので(笑)。気持ち悪いかもしれませんが、喫茶店でプリンとかがあったら絶対に頼むみたいな。今回の歌詞にしても、かわいい物好きの面が出ているんじゃないでしょうか。

……そうでしょうか?(笑)

入江:「カステラ」って言うだけでもかわいいなって(笑)。自分がかわいくなりたいというわけではなくて……一概に言うのは難しいんですけど。

ポピュラリティのあるものを目指して金をかけたのに失敗してしまったものが面白い、と気付いたのも収穫でした。

入江:そこに感じているのも愛嬌であって。あるいは、成功しているものでも……。たとえば、ダフト・パンクとかも好きなんです。音楽的にあれだけ高度なのに、一貫してエンタメで。ジャケからアー写からすごく遊び心がありますし、サービス精神を感じる。そういう心の豊かさに惹かれるんです。相手への思いやりを持つ余裕を感じるというか。変な言い方ですけど(笑)。

(笑)。まぁ、余裕がない時代ですからね。

入江:そうかもしれません。

音楽メディアの年間チャートを総嘗めにしたケンドリック・ラマーのアルバムなんかも、メッセージにしてもラップのスタイルにしてもまったく抜きがないところが、現在を象徴しているのかもしれません。一方で、そういったチャートにはまったく出てこないフェティ・ワップみたいな緩いラップも売れているんですが、音楽好きはシリアスだったり密度が濃かったりするものを評価しがちで。

入江:リスナーとしてはシリアスなものも好きですが、自分がつくる場合は、どちらかというと愛嬌がある表現の方が得意かもしれません。以前、女性シンガーソングライターの作詞の仕事を引き受けたことがあって、そのひとがすごくシリアスなひとだったんですよね。厳しい環境で育って、親子関係でも苦労して……みたいな。で、彼女の曲の作詞を偽名でやってほしいと。それがぜんぜんできなくて。すぐにふざけたくなっちゃうんです(笑)。それは自分の出自がおめでたいというのもあるのかもしれないんですけど、実際にツラいひとにツラいものを聴かせても……って思ってしまうというか。

その話を訊くと、入江さんの歌詞の、ダジャレのようなライミングの印象も変わってきますね。

入江:それはよかったです。本当にダジャレはくすっと笑ってほしいくらいの感じなので(笑)。

まとめると、前作『仕事』は比較的曲調に統一感があったからこそ、今回の『SF』はカラフルなつくりにしてみた。それは、変化したというよりは、対になっているような感じだと。

入江:そうですね。今作のような内容「だけが」やりたかったわけではなくて、これ「も」やりたかった感じです。

ただ、ポリュラリティという観点から考えると進化だと思いますし、売れるんじゃないでしょうか。

入江:そうなるとうれしいです(笑)。

入江陽 - UFO (Lyric Video)



UFO(live)/入江陽バンド@渋谷WWW



入江陽 "SF" Release Tour 2016

【京都公演】
2016年2月6日(土) @ 京都UrBANGUILD
OPEN 18:30 / START 19:00
ADV ¥2,800(+1D) / DOOR ¥3,300(+1D)
w/ 山本精一、もぐらが一周するまで、本日休演

【名古屋公演】
2016年2月7日(日) @ 名古屋今池TOKUZO
OPEN 18:00 / START 19:00
ADV ¥2,300(+1D) / DOOR ¥2,800(+1D)
w/ 角田波健太波バンド(角田健太(vo.g)、服部将典(ba)、渡邉久範(dr)、j­r(sax)、tomoyo(vo.key) )
※角田波健太波バンド「Rele」入江陽「SF」ダブルレコ発

【東京公演】
2016年3月30日(水) @ 渋谷WWW
OPEN 19:00 / START 19:30
ADV ¥2,800(+1D) / DOOR ¥3,300(+1D)

interview with KILLahBEEN - ele-king

 KILLahBEENのライヴを体験した事があるだろうか?

「理屈は誰にでも振り回せる
切れる刃物だからリアル重んじる」
アルバム『夜襲』収録 "2014"


KILLahBEEN
夜襲

APOLLO REC

Hip Hop

Amazon

 バッチバチの言葉が舞う。ファースト・アルバム『公開』リリースの数年前に出会ったKILLahBEENは、アンダーグラウンドでは知らなければならない人物のひとりだった。初めて池袋bedで見たそのライヴはMCも含め、圧倒的以外の何ものでもなかった。
 ONE-LAWやKING104、そして何よりもBLYYの導きによって出会ったKILLahBEENは、厳格でいて、人のことをしっかりと見るMCだった。徹底的な現場主義という言葉通り、20年近いキャリアのなかでリリースした作品は2枚のアルバムと客演作品。彼はライヴでその名前を知らしめて来た。
 ファーストの『公開』から3年、約1年のライヴをやらない期間を経て、セカンド・アルバムとなる『夜襲』をリリース。この作品は、CLUBでのDJプレイやEATやGUINESSといったアーティストへのトラック提供やプロデュースを手掛け、2014年にEP「CIRKLE」をリリースしているNOZによるサポートがあって完成したとも聞いた。そんな事情もあって、取材にはNOZにも同席してもらった。
 このインタヴューが鋭利な言葉と音の裏側への手がかりになれば嬉しく思う。

DISPECT

いまでも若い頃見たZEEBRAになりたい。初めて誰かになりたいと思わされ、衝撃的だったあの日のZEEBRAになりたいと思ってる。これまではフロアーと向き合ったライヴという音楽それだけだった。

自己紹介をお願いします。

KILLahBEEN:KILLahBEENです。ラップを始めて20年です。ソロでは3年前にアルバム『公開』とその前にMIX CD『公開前』をリリース。昔にWAQWADOM ( KILLah BEEN / CASPER ACE / COBA 5000 / 本田Qによるグループ。2007年に出したアルバムはアンダーグラウンドクラッシックとヘッズ/アーティスト双方からの大きな支持を受けている。)でアルバムを1枚リリースしてます。

NOZ:NOZです。2014年の5月にEP 「CIRKLE"」 ( febbや仙人掌等が参加したEP。AKIYAHEADとDMJを迎えた“MICHI"は是非とも聴いて欲しい)をリリースしました。その前にEATの"THE EAT" ( EATは最近ではRYKEYのセカンド・アルバムやCENJUのファースト・アルバムに客演でも参加したNOZとは同郷の青森の怪人ラッパー )、GUINESSのアルバム『ME AND THE PAPES』の制作に関わってます。

EATのアルバムも制作にも関わってるんですね

N:がっつりっていう形ではないですが、何だかんだで関わってますね。

今回、NOZがKILLaHBEENのアルバムの制作面をサポートするっていうのはどういった経緯からですか?

K:俺はライヴばっかりじゃん。レコーディングに向けての姿勢とかマイクとの向き合い方とかイマイチわかってなくてさ。ライヴでフロアーしか相手にして来てないから。そこでひとり、楽曲制作の時にその辺示唆してくれる人が欲しくて。一度きりのライヴじゃなく、ずっとこの先残っていく楽曲を作る際、「今のバース良かったけど、ここをもうちょい」とか「もう一回」とか、そういう感じで指示出ししてもらったりでアルバムを完成させた。BIGGIEで言うところのPUFF DADDYみたいな感じの。

監修的なプロデュースですね。それってどちらからオファーしたんですが?

K:元々NOZがビートをやりたいって言ってくれて、1曲作った時点で自分っぽくないからもう1曲やらせてくれって、それでアルバムには2曲入れてるんだけど。まあ、両方ともNOZらしくないビートなんだけど(笑)。2曲作ってるし、普段も音楽を聴き合う仲ってのもあって、やろうと。過去にもEATの作品のときにスタジオにお邪魔した際も、指示出しとかしてたのも知ってたから。録音に集中する為の環境を作ってもらってた感じだね。

トラック提供が先でプロデュースする流れになったんですね。じゃあ今回いちばん最初に作った曲はやはり。

K:NOZとの曲だね。まず家でプリプロって感じで録って。俺のレコーディングの仕方なんだけど人によっては1曲1曲間隔開けながらスタジオ入って、一定の期間を持って録っていくみたいなのもあると思うんだけど、俺はまず全曲プリプロしてみてアルバム全体像ハッキリさせた上で、2日とか3日で全曲いっきに録っちゃう。ドーンって。自分はそのやり方でしか録音したことないし、それで間に合ってるから。

アルバムの緊張感はそういう制作状況も影響してるんですね。前作はプロデューサー的な人はいたんですか?

K:前作では、レコーディングを手伝ってくれたエンジニアが意見するっていう場面はあったけど、プロデューサーってのはいなかったね。音のことだけじゃなく、音に向き合う姿勢というかそういう部分で共有し合える間柄では無かったんだよね。金に邪魔されてたカンジよ。

録音をしてる状態だとあまり厳しい意見とかは言わない事が多いですよね。

K:言えないんだろね。そういったこともあり、今回は友人で、音楽を共有し合える仲、厳しくも意見を言えるNOZってなったんだろうね。JAY-Zが「音楽に嘘付く奴をスタジオに入れるな」って感じのことを言ってて。そういうこと。

NOZの視点としてはどの様にKILLahBEENを捉えて作ったんですか?

N:根本的にはBEENさんが持ってくるトラックありきの制作のなかで意見を言うという感じですね。ファーストも聴いてるので、まったく新しいものを作り上げようというよりは、その延長線上のセカンドを作ろうと思いましたね。BEENさんの持ってきたもののなかから新しいBEENさんを作るというか。ラップの手法というか録音の仕方だったり、そういう部分について言わせてもらいましたね。自分の曲も含めて新しい事はやりたい。そういうのはあって、延長線上とは言ったんですが、BEENさんの内面も含めて新しいものを出したいと思って作りましたね。

プロデューサー視点からのこの作品の聴きどころはどこになりますか?

N:まったりして聴くというよりは攻めてるというか。ヒップホップ全体もそういうものだと思うんですけど。普段の生活で攻めてるというか。そういう人に聴いて欲しいっていうのはありますね。何かわからないけど戦ってる人というか(笑)。

K:リスナーと共有できる話。レペゼンって言葉も曲で言ったりしてるけど。最近本質がわかってきて、レペゼンってものが。誰しもわかる話というか、怖い人でも優しい人でも、男でも女でも人として分かち合える普遍的な道理を代表してラップすることがレペゼン。

地元だったりとか、そういった意味でのレペゼンとは違う?

K:まぁ地元にも反りが合わない奴とかいたりって考えてくと、それは絶対とは言えなくなるじゃない。レペゼンBROOKLYNとか言ってるのを真似するタイプじゃないし、俺は。レペゼンの本質は地域というよりコミュニティの中にあるし、何より人に有り。

地元っていう考え方だと矛盾抱えてますもんね。

K:うん。俺は生まれは東京、育ちは福岡で、NOZは青森じゃん。だけど、同じ街の知らない奴をレペゼンする前に隣に居る奴とのことをレペゼンする。そしたらもう地元=レペゼンって概念はそこですでに崩れているワケよ。そういった事実をこのアルバムの中にあちこち忍ばせてあるのね。リリックで"いざという時夢のデカさがものを言うからいつでもガムシャラ"って言ってるけど、夢をデカく持ってるといちいちヘコたれないし、愚痴も出ない、困難すらも夢の通り道だとすればヨシヨシって思えてくる。夢のサイズがデカいことで、レペゼンというものやHIP HOPってものをより大きく捉える事が出来ている。

その"夢"っていう具体的に言える範囲でありますか?

K:ZEEBRAになる(笑)。これねぇ、どっかの楽屋で言ったら 「まだ誰かになりたいわけ?」って言われたんだけどさ。でもいまでも若い頃見たZEEBRAになりたい。初めて誰かになりたいと思わされ、衝撃的だったあの日のZEEBRAになりたいと思ってる。これまではフロアと向き合ったライヴという音楽それだけだった。でも、作品をリリースする度に、携わってくれる人も増えて、ひとりじゃないって思えたことで必然とやりたいことのスケールも大きくなっている。

N:BEENさんもそうですけど、ビートメーカーというよりはプロデュースする形で関わる作品、仕事を増やして行きたいですね。いまは、形になってはいないすけど、水面下でいろいろと仕込んでますね。

K:NOZは人の見えないところでやってる。遊ぼうって連絡しても「今日は1日ビート作る気分で過ごしてるから無理です!」って言われることもよくある。この先もデカくありたいからその為にお互い長い目での運び方を知ってるんだろうね。前はライヴで派手に一期一会だったけど。今は一年間通して集中した生活をして、一年後に報われる瞬間をステージで迎えられるような。その為の我慢はもはや苦じゃなくなってるね。

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「お前がピンチなときこそ男を上げるチャンスなんだ」って。お金や地位といったものより、人種や性別などすら超えた根っこの部分。精神論なのかもしれないが、そういうものって息も長いし、いつの世にも存在しているものだから。


KILLahBEEN
夜襲

APOLLO REC

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以前に比べればだいぶライヴの本数は減ったと思うんですが、そのことはやはり影響してますか? MONSTER BOX ( 池袋のBEDで毎月第二金曜日に行われているアンダーグラウンドを代表するMC / DJによるイベント。今までのレギュラーを並べてみればどんなイベントか分かるので調べて欲しい)のレギュラーをやめたのが。

K:9ヶ月前かな。

ビートだったり今回のアルバムのプランはその前からあったと思うんですけど、実際レコーディングという意味での制作期間はライヴはやってないんですよね?

K:そうだね。たまたまなんだけど、月いちレギュラーでライヴやっててそれなりに責任感も出て来て。いままで人のイベント枠内でのレギュラー出演ってやったことがなくて。作品出してなかったけど、何時もゲスト・ライヴって枠内ばかりでここまで来たから。人のイベントのレギュラー出演するのって、実はMONSTER BOXが初めてだったんだよね。結局、途中で必要以上の責任を感じ出したりして、結果やめたんだけど。とくに制作に関しては……意識してないかな。

ライヴをやってるかやってないかはあまり影響してない?

K:影響はあると思う。俺さ、分かんない事は自分の友人や先輩、後輩とかに相談するわけよ。そうしたらファーストはやりたいようにやれと。やりたい放題作った。ただセカンドはどうしよう?って時、ペンは走ってるんだけど、まだ見ぬリスナーを想い制作に入れるようになったから、ライヴ感という事に関してはファーストよりかは感じにくいかもね。もっと、ガッチリ曲というかクラブ以外の場所でも聴ける音楽を意識してセカンドは出来た。

NOZの方ではどういうイメージでこのアルバム『夜襲』を捉えている?

N:曲にもよりますけど、水泳選手とかスタートする直前までイヤホンで聴いてるじゃないですか、そういうシュチュエーションですかね。一例ではありますけど。

K:ここ一番。そうだね。今回はいままで以上に身を削いだことから生まれた言葉を紡いで歌にしたから。自分が聞いても勇気が沸く音楽。ファーストから一貫して、ヒップホップは自分にとって勇気が湧く音楽なんだ。

そういうイメージで頭に浮かぶアーティストっていますか?

K:GZAとRAEKWONだね。このふたりのリリックはとくに勇気が湧く。「お前がピンチなときこそ男を上げるチャンスなんだ」って。お金や地位といったものより、人種や性別などすら超えた根っこの部分。精神論なのかもしれないが、そういうものって息も長いし、いつの世にも存在しているものだから。

そういうのって言葉にすると野暮になったり、しつこくなったりすることもあると思うんですよ。KILLahBEENのラップはしつこく聴こえない。

K:言葉って強制力が強いからクラッちゃうんだよね。視野が狭くなってしまいがち。だから自分はボカすではないけど、完全にこれとは言い切らないような表現を目指している。

この間のPV ( DISPECT )もラップしてる映像でっていうイメージでしたけど、ラップしてるイメージなんですよね。KILLahBEENのラップは。

K:昔仲間に言われてさ、「俺等は音楽のなかで生きてき過ぎた」って。でも、いまは「生活のなかから生まれてくる音楽」をやっていきたいんだ。そのあたりりがリリックに表れてる。あえて作品として作っていないというか。結局街のなかに転がってる話の延長にあるものというか。

スッとやってるイメージがありますね。

K:スッとしたラップを聴いたソイツのなかで熱くなったりすることはあっても、俺の熱さを全開で表現したからといってソイツの中で同等の熱さが芽生えるかというとそれは違うと思うんだ。

音楽はライヴでも音源でも外に出せば、最終的には聴く方に委ねられてると思うんです。

K:俺もリスナーに委ねている。だけど、発した言葉に責任はあって、だからこっちで最終決定したいっていう思いはいつもあるんだ。聴く側に強制する様な形じゃなくても伝わるんだよ普遍的なことは。まぁだからと言って委ねられても、「面倒臭いだろ。じゃ俺に委ねとけって」(笑)、主観的にこう思ってくれというよりは、自分も客観視できるひとりで、俺のことだけじゃなく誰もが思うだろうことを主に歌ってる。さっきも言ったけど、レペゼンだね。代弁、代表。俺のラップに答えがあるんじゃなくて、それを聴いた人が答えを見い出す。そういう余力のある作風に努めている。自分の理想だけだと100点満点までしかないから、101点以上のものを生むのにひとりで考えてないね。

昔仲間に言われてさ、「俺等は音楽のなかで生きてき過ぎた」って。でも、いまは「生活のなかから生まれてくる音楽」をやっていきたいんだ。そのあたりりがリリックに表れてる。あえて作品として作っていないというか。結局街のなかに転がってる話の延長にあるものというか。

NOZは聴いてる側に対してどういうスタンスで観てるんですか?

N:イメージ的には、重た過ぎるメッセージに関してのバランスは考えてて。

完成したアルバムを聴いたときには重いという印象はなかっですが。

K:作ってる途中、6曲くらいできたときに聴いてみたら凄く重たくて、NOZにも「お腹いっぱいです」って言われてさ。だから何か削るってワケじゃないが、その時点から少なからずアルバム全体像を意識して作ったね。

WAQWADAM(CASPERR ACE, 本田Q, COBA5000,GREENBEE,NOSYとKILLahBEENによるグループ)がfeatされてるけど、これはどういう意図で?

K:WAQWADAMは解散したって言われてるけど、ガキの頃からずっと一緒に育ってるみたいな。KILLahBEENなんかよりもグループは人気があるんだろうけどさ(笑)。ワクワダムには絶対的な支柱があって、いまも家族ぐるみで繋がってる関係だからさ。さっきの重くならないようにって話とも少し被るけど、featってどっかにあると華が出るじゃん。

alled ( BLYY ) がプロデュースしてる曲もalledの声をスクラッチで使ってるじゃないですか。そういう風に別の人の声が入ってるのが印象に残りました。

K:他の声が入るといっきに空気が変わる。昔からやりたかったんだよ。身内の声をそういう風に使うっていう。GANG STARRがGROUP HOMEでサビをコスってるのとかさ。そういうのがやりたくて意図して作ったんだ。DJ SHINJI ( BLYY ) にまず俺のラップ聞かせて後はalledのまだ世に出てない楽曲の中からお任せって丸投げした。あのスクラッチ収録もNOZの自宅兼スタジオにDJ SHINJIを招いて録ったんだよね。

アルバムはNOZのスタジオで録ってるんですか?

K:プリプロは全曲そうだけど本録に関しては別の場所。これまでほとんどライヴしかして来なかったから、レコーディング作業ってのをあまり分かってないのね、俺自身。

でもディスコグラフィーを見ると客演を含めるとかなりレコーディングしてますよね?

K:客演に関してもここ4年位での中の話だからね。

そうか、キャリアは20年でそこから見ると少ないですね。たしかに。

K:2016年で活動20年目になるそのうちの4年、まだわかってないよね。だからスタジオ行く時は今もド緊張する。

もっとトラック選びとかも含めプロデュースって考えてないですか?

K:今回、俺の魅せ方を分かってるNOZだったからこそ成し得たワケで。俺もビートとかには結構うるさいよ。

制作中にぶつかったりしなかったんですか?

K:今回は俺の持つアイデアを具現化していき、さらにアレンジを加え、肉付けしていくという立ち位置で作業したから。NOZはクラブDJで、新譜もCLASSICも知ってる。俺の周りの人間でここまで偏りなく音楽に執着している人間はいないね。そこが大きい。あとは、ラッパーとは違ったグルーヴ操作方法みたいなものを心得ているのがクラブDJ。ブレンドとかミックスがわかる人って、魅せ方わかってるんだよね。どんな良い絵も額縁や飾りどころが悪かったら絵は死んじゃう。その額縁選びに始まり、飾りどころをNOZを中心に繊細に練って実行した。示唆する存在があるとラップに集中できる。迷いがあったとて、良いものにしたい気持ちは一緒だったからNOZの意見やアイデアも取り込もうとする。

プロデューサーって日本だとあまり馴染みない感じもあるけど。そこって大切ですよね。

K:重要だし、可能性のあるポジション。NOZに妥協はない。

N:プロデューサーだとDJってついてても全く音作らない人とか普通に海外だといるじゃないですか。そういうかっこ良さというか。

たしかにプロデュースってそう言う感じですよね。

K:ファーストのビートは意外と身内感が強いけど、セカンドは人選の窓口は広がっている。NOZやDOPEY、MASS-HOLE、JUCOにしても。俺のなかでいまをときめくプロデューサー。知らない奴は知ってくれって意味も込めている。今回ビートメーカーのほとんどは、有りものビートから選んだわけじゃなく、自身のアルバムのために新たに用意してもらった。大先輩であるDJ YAS、SOUTHPAW CHOPもいて、そのなかでこれもある。俺がやれる立ち位置に居て、そこでやってること、やるべきことがビートからも滲み出ていることだろう。YAS氏も20年前、初めて福岡でDJしたときかな、朝方、牛丼食いに行こうっみたいになって、自分も「『証言』みたいなビートでいつかやってみたいです」って言ってた記憶があって。それから19年経ってひとつの夢が実現した。SOUTHPAW CHOP氏は「もう1回懲役行ったらやってやる」って言われたんだけど、「一回行ったらやるって話だったじゃないすか?」って流れでやってもらったんだよね(笑)。今回のはクレジット見たらある程度わかることあるじゃん、俺のスタンスを感じてもらえる作品となった。

では最後にアルバム『夜襲』を一言で言うと。

K:完全にお昼聴く音楽ではない、かな。俺が夜に襲うってイメージを持ってる人が多いと思うけど、俺も含め、夜巻き起こるグルーヴの渦に襲われるというか。

N:同じような感じになっちゃいますけどね。ファースト聴いた人にはまた違ったKILLahBEENの一面を見れるだろうし。初めての人には入りやすいKILLahBEENになってると思う。最新という表現とは違う、日本では希有な音楽だと思う。

K:数字は持ってないけど、人は持ってるぜ。アーィ!!

NORIO (RECORD SHOP rare groove) - ele-king

2015→2016→

Interview with METAFIVE - ele-king



質問:元をたどればここにいるO/S/Tの皆さんが……。

TOWA TEI:吸収合併されました。


META
METAFIVE

ワーナーミュージック・ジャパン

Synth-PopElectro FunkYMO

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 昨年、ele-king編集部からMETAFIVEの取材をオファーされたとき、ぼくが手にしていた情報は、歌詞やクレジットなどの記載が皆無なアルバムの音源と、高橋幸宏、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳、ゴンドウトモヒロ、LEO今井からなる6人編成のバンドであるという、この二点のみだった。
 何も考えずに音源を再生した瞬間から、1曲目“Don’t Move”のインパクトにまずやられ、2曲目“Luv U Tokio”の遊び心いっぱいの仕掛けに思わず笑みがこぼれ、収録された12曲をすべて聴き終えたあとの心地よい興奮は、期待をはるかに超えていた。
 その期待値の超えかたは、ジョージ・ミラー監督やジョルジオ・モロダーといった、老境に入って久しいはずの巨匠が放った破格のカムバック作(前者は30年ぶりのマッドマックス・シリーズ最新作『マッドマックス/怒りのデス・ロード』、後者はソロ名義としては30年ぶりのニュー・アルバム『Déjà vu』)から受けた衝撃や驚嘆、あるいはデヴィッド・ボウイが癌と闘いながら珠玉の復帰作『ザ・ネクスト・デイ』(13年)に続いて、彼らしく尖鋭的な新作『★(ブラックスター)』(16年)を遺し、鮮烈な印象とともにこの世を去ったことへの深い感動とはまた別の意味合いで、伊達に年齢を重ねていない者たちの底力がどれほどのものかを思い知らせてくれた痛快事であった。
 平均年齢47歳のMETAFIVEは、日本のみならず世界のポップ・ミュージック史に大きな足跡を残した偉大なるバンドのメンバーを含む、一騎当千のミュージシャンの集合体である。楽曲制作に関してはプロダクションからポスト・プロダクションまでの全工程を担えるプロデューサー集団でもあり、ヴィジュアルの表現にも長けている。各人各様の才能と個性が見事に融合したMETAFIVEには、キャリアを重ねた者が自己の可能性をさらに拡張するための叡智がそこかしこに散りばめられている。そして、その進化の秘訣は、「メタ」という本作のタイトルにも使われたキーワードに集約される。
 “meta-”はギリシャ語に由来する接頭辞で、「後続」;「変化・変成」;「超越」「高次の」「抽象度を高めた」などの意を表わす。
 このバンドの言わば発起人となった高橋幸宏によると、METAFIVEというネーミングの由来は、“メタモルフォーゼ(変身、変態)”の「メタ」と、かつて細野晴臣がYMOのテーマとして提唱した“メタ(超)・ポップス”の「メタ」から来ているという。ちなみにYMOの2ndアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(79年)の仮タイトルは、「YMO の音楽は超突然変異のポップスである」という意味合いを込めた『メタマー』であった。

 これからの世の中は、ひとまず表面的なものは全部捨てちゃって、人間が変わってゆかなけりゃ、解決しないような危機感がある。だれも先が読めないし、否定的な世の中だ。そんなときに、売れればいいような音楽ばかり作っていたら、まず自分がダメになってしまう。
 イエロー・マジック・オーケストラのテーマはメタ(超)・ポップス。
トミー・リピューマ(※YMOと契約を結んだアメリカのA&Mレコーズの名プロデューサー)に、プロモート用のメッセージを送ったんだ。内容は、「自分としては、この音楽をメタ・ポップスと呼びたい。われわれの目標は、メタマー(変形態)」。
──細野晴臣『レコード・プロデューサーはスーパー・マンをめざす』(79年/CBS・ソニー出版)

 細野晴臣は、この「メタマー」というテーゼについて、「ディーヴォの逆なんだ」と前掲書の中で語っている。
 1972年にアメリカのオハイオ州ケント州立大学(※70年5月4日、同大学構内で開かれたヴェトナム反戦集会の参加者に対して、警備に就いていた州兵が発砲し、死傷者が出るという「May 4th事件」が発生。それをきっかけにニール・ヤング作詞・作曲によるクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの名曲「オハイオ」が生まれたことで知られる)の美術学生、マーク・マザーズボーとジェラルド・V・キャセールが出会い、彼らが中心となって74年に結成されたディーヴォ(DEVO)は、「人間は進化した生き物ではなく、退化した生き物だ」という人間退化論に基づき、“De-Evolution”を短縮した“DEVO”をバンド名に冠し、コンセプチュアル・アートとしての音楽活動を開始した。
 ディーヴォはエレクトロニクスを取り入れたバンドの元祖的存在であり、クラフトワークとともにYMO に大いなるインスピレーションを与えたが、METAFIVEのメンバーをつなぐ接点となったロキシー・ミュージックやトーキング・ヘッズ、デヴィッド・ボウイらと、ブライアン・イーノを介してリンクしているといえる。つまりディーヴォの人間退化論を裏返した新たな人間進化論こそ、METAFIVEがめざす地平であり、しかもそれがけっして単なる理想論ではないことは、今作『META』の成果をみれば明らかである。

 《常に変化してゆくこと。ひとつひとつがすぐれていて、しかも際限なく、どんどんよくなってゆく。可能性が広がってゆくっていうのが、このグループ全体のコンセプトなんだ。このコンセプト以外に、レコーディング前に決まっていたのは、3人のメンバーが、それぞれ、3曲ずつ作品を書くこと、そして、レコーディング・スケジュールだけだった。》

 《考えてみたんだけど、音楽の魔術というのがあるんだね。もちろん、音楽だけで生きてゆくことはできないんだけど、人間の潜在意識に働きかけて、緊張させたり、悲観させたり、そういう現実的な力があることを思い出した。(中略)
 つきつめてゆくと、超感覚的なものを身につけてゆくようにしないと、ダメだと思った。すると、いまの自分じゃダメだ。病気じゃダメなんだ。歌を歌うにも、病気じゃ、それが聴いている人にうつってしまう。
 それくらい、音楽には力がある、と思ったんだ。だから、自分が健康なだけじゃダメで、もっと強い波動を持たなけりゃと思ったんだ。他人に売る曲を書くにも、無理に作ったんじゃなくて、ほんとうに自分の中から出てきたもの。何もいわなくても、必然的に人が動かされる、そういうものを作ろう。まず、そういうものを底辺に持とうと思った。》

 前掲書から引用した細野晴臣の思弁は、時を超えてMETAFIVEのメンバー全員の意識とおそらく共振するものであろうし、METAFIVEというスーパー・グループがYMOの根幹にあったコンセプトを引き継ぎ、発展させようという想いを内に秘めていることも、想像するに難くない。
 METAFIVEがYMOの再現ライヴを起点に誕生したことは、メタフィクション(※小説というジャンルそのものを批評する小説)のように「何かを取り込んだ何か」や「何かについての何か」といった自己言及的な方法論を用いているという意味で、最初からメタ的なはじまりかたであったが、理想的なメンバー構成のもと、正しき時と場を得ることで目覚めた理力(フォース)は、驚くべき「メタ(超越する、高次の)進化」をもたらすことを、今作で見事に証明してみせた。
 イエロー・マジック・オーケストラというバンドは、細野晴臣の構想によれば「ブラック・マジック(黒魔術)とホワイト・マジック(白魔術)、善と悪の対立ではなく、トータルな統合された世界」をめざすところからはじまったが、地球全体が当時危惧した以上の混乱に覆われ、文字通り存亡の危機に瀕しているいまとなっては、METAFIVEも、そしてぼくらも、「トータルな統合された世界」の実現は、少なくとも現実世界においてはほぼ不可能であろうというところからはじめざるをえないのではないか。
 ここにきて、ディーヴォの人間退化論がいよいよ真実味を帯びてきたといえるが、何が善で何が悪なのか判断不能な世の中においても、METAFIVEが示してくれたように、ひとりひとりが散り散りばらばらになるのではなく、有機的につながることで超えられるものは確かにあるのだ。
 今作を何度もリピートしながら原稿を書いていると、高揚のあまり、前説の範疇を超えて、話がスター・ウォーズ・サーガのようにめったやたらに広がってしまう。そろそろMETAFIVEの最年長(高橋幸宏)と最年少(LEO今井)の中間に位置する3人のメンバー、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳とのミーティングに移ろう。


TOWA TEI:幸宏さんが僕の家がある軽井沢にちょくちょく来て、いっしょにYMOのレコードを聴いたりするんです(笑)。

小山田:幸宏さん、YMO聴くの好きだよね。


METAFIVEのデビュー・アルバム『META』がいよいよ2016年1月13日にリリースされます。元をたどればここにいるO/S/T(Oyamada/Sunahara/TEI)の皆さんが……。

TOWA TEI(以下、TT):吸収合併されました。

M&Aの産物なんですね(笑)。では、その辺りから訊いてみたいと思います。お三方は、O/S/T名義で高橋幸宏さんのトリビュート・アルバム『RED DIAMOND 〜Tribute to Yukihiro Takahashi』(12年)に参加していますが 、O/S/Tはどのような経緯で結成されたのでしょう?

TT:結成とかそういう感じじゃないよね(笑)。はじめようとしていたのは、もう10年くらい前じゃない?

砂原良徳(以下、砂原):そうだね。オフィシャルなバンドっていうより、組合的な……っていうかレジスタンス的なもの(笑)。

TT:個人商店の組合ですよね。「3人で何かやれたらいいね」って10年くらい言ってたんですよ。幸宏さんにO/S/Tで(リミックスを)やってくれって頼まれる前に何かやったっけ?

砂原:やってないんですよ。でもテイさんのソロとかではあったよね。

TT:そうだったね。ふたりに「なんかやってよ」って声をかけて、「As O/S/T」として曲を出してたね(“SUNNY SIDE OF THE MOON”as O/S/T、6thアルバム『SUNNY』収録/11年)。

それが幸宏さんのトリビュートでいよいよ実体化されたわけですね。

砂原:打ち合わせとかやったよね。テイさんの事務所へ行ってさ、どういう風につくろうかって。

小山田圭吾(以下、小山田):あー、リミックスのときね。何を話したかあんま覚えてないけど。

楽曲は自分たちで選んだのですか?(“Drip Dry Eyes”O/S/T with Valerie Trebeljahr [from Lali Puna])

TT:そうですね。

ミーティングでは3人の意見は近かった?

TT:うん。でもぶっちゃけ、あれはまりんがたくさんやってたよね。それを僕と小山田くんで「いいね!」って言ってただけだし。「これもいいけど、ひとつ前のヴァージョンの方が良かったかな」とかね。

砂原:そんなことないよ(笑)。

TT:でも“Drip Dry Eyes”を選んだのはこのふたりで、僕じゃないんですよ。僕が提案したら決まっちゃいそうだったからね。O/S/Tでいつか6曲くらい作ろうと思っていました。そのくらいの曲数でもクラフトワークの初期を考えればアルバムといえるかなと。そうやって話していたんですが、全然具体化していなかったんです。まりんは「小山田くんは歌わない方がいいね」って言っていたよね。

砂原:そっちの方が3人でやりやすいと思ったんだよね。毎回フィーチャリングで誰かに歌ってもらって、僕ら3人がバックでやるのを考えてた。

TT:最初は誰に歌ってもらうか決まっていなかったんですが、幸宏さんとLEO(今井)くんに歌ってもらう方向で考えていました。幸宏さんからLEOくんとゴンちゃん(ゴンドウトモヒコ)とO/S/Tの3人で何かやろうと言われた時点で、「あ、吸収合併されたな」って思いました。それで良かったと思います。

その6人になってから最初の音源は、小山田くんがサントラを担当した『攻殻機動隊ARISE border:4 Ghost Stands Alone』(14年)のED曲、“Split Spirit”ですよね?

TT:そうですね。あの頃は、まだ名義は高橋幸宏&METAFIVEだったかな。

そのときの音源制作のやりかたは、最初に小山田くんがラフなデモを作って、みんなで回して、最後に小山田くんと幸宏さんとLEOくんとゴンドウさんで歌入れをしたという流れだったと。

小山田:うん。そういう意味では、バンドというよりは、まだ僕のプロデュースっぽかったかな。僕が言い出しっぺだったしね。だから一応、自分でやんなきゃなと。

ライヴも何回かやって、バンドが温まってきたから、フル・アルバムを作ることになったのですか?

砂原:最初はライヴだけをやっていて、そこからじょじょに曲も出来上がっていくんです。最後にライヴをしたのが去年(14年)の11月で、科学未来館というところなんですが、そのときは演奏も良かったし、映像も良かった。ライヴを録音してもらったんですけど、その状態もすごく良かったんです。だから、このままじゃもったいないと言いつつ、そこから活動をしていなかったんですけど。

TT:それで、その後の2月にメシ会を開くんです。

砂原:そこで誰かがアルバムを作ることを決めたんだよね。でも誰がアルバムを作るって言い出したのか覚えてないんですよ。

TT:水面下で幸宏さんのマネージャーの長谷川さんが動いているという話は聞いてたから、幸宏さんがそう考えていそうだとは思っていました。(当初の名義は)高橋幸宏&METAFIVEだったけれど、そこで幸宏さんは自分をM&Aして、6人のバンドにした。だからMETAFIVEに関しては幸宏さんありき、なんですよね。

砂原:ライヴをやるにしてもレパートリーがほとんどなかったので、YMOのカヴァーからはじめたんですよ。だからそこで持ち曲がほしいなと思っていました。

小山田:あとはテイさんのソロで、幸宏さんが歌った流れもあったよね。“RADIO”(TOWA TEI with Yukihiro Takahashi & Tina Tamashiro、7thアルバム『LUCKY』収録/13年)とか。

TT:そうだ。幸宏さんが“RADIO”をやりたいって言ってくれたんだ。(幸宏さんは)自分のコンサートでこの曲はやらないから、小山田くんがギターを弾いてこのメンバーでやれたらいいなと。最初は僕のヴァージョンでやっていたけど、途中からはまりんのリミックスを土台にして、ゴンちゃんのアレンジ、小山田くんのギター、LEOくんの歌を入れたらだいぶ変わった。

小山田:“Turn Turn”とかはテイさんがやっていたりするから(※細野晴臣と高橋幸宏によるSketch Showが02年に発表した1stアルバム『AUDIO SPONGE』に収録されたオリジナル・ヴァージョンの編曲にテイトウワが参加、07年の『細野晴臣トリビュート・アルバム-Tribute to Haruomi Hosono』にコーネリアス+坂本龍一によるカヴァーを収録)、いろんな曲が混じっているなかでMETAFIVEへの伏線があったりする。

その後、まとめ役は幸宏さんからテイさんへ移ったとか?

TT:全然そんなことないですよ(笑)。2番目に年長というだけで、幸宏さんとやりとりすることもあります。(幸宏さんが)僕の家がある軽井沢にちょくちょく来て、いっしょにYMOのレコードを聴いたりするんです(笑)。

小山田:幸宏さん、YMO聴くの好きだよね。

砂原:昔は聴けなかったと思うんだけど、時間が経ったから大丈夫なのかな。

TT:いつもは家でターンテーブルを2台触ることってめったにないんですよ。でも、(YMOの)“Ballet/バレエ”をかけて、幸宏さんの曲をそこに繋いだりとかしてました(笑)。けっこう面白かったです。プロダクションに関しては、METAFIVEの推進力はまりんだと思いますね。

砂原:いやいや。みんなが推進力になっている部分もある。でもLEOくんの存在はけっこう大きいですね。やっぱり若いやつが先頭を走るというか。そこにみんなが引っ張られているのもあると思うんですよね。

TT:LEOくんはプロダクションもやるし、詞も書けるからね。


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小山田:みんな一度バンドをやってるから、嫌なこともわかってるしね。

砂原:バンドを辞めた連中の集まりですから(笑)。


META
METAFIVE

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今作は楽曲が粒ぞろいだから、1枚のアルバムとして本当に楽しめるんです。サンプル盤を何度もリピートして聴いていますが、LEOくんと幸宏さんのツイン・ヴォーカルの融合具合がとにかく素晴らしいと思いました。

TT:その組み合わせがみんな好きなので、それも推進力になっているというか、あのふたりに歌ってもらえる演奏をしようとする。話が戻りますけど、O/S/Tをやっていてもそうなった気はしますけどね。

リリースに先駆けてスタジオ・ライヴの映像が公開された“Don’t Move”は今作のオープニング・ナンバーですが、あれを1曲目に置くとか、シングル代わりになる曲だというのは、最初から決まっていたのですか?

TT:最初に聴いたときは難解すぎると思った。曲が全部揃ったときに“Luv U Tokio”もリード曲の候補だったんだけど、バンドとしての面白さを表現しているのは、“Don’t Move”の方なんじゃないかなと。

聴いていると、なぜかパワー・ステーションを思い出すんですよ。

砂原:あっ! それ、また言われた。

小山田:よく言われるんだよね。

LEOくんのヴォーカルの節回しがロバート・パーマーっぽいと思って。サウンドもけっこう近い。パワー・ステーション(※a)はデュラン・デュラン×シック×ロバート・パーマーだから、そういう意味では彼らも「メタ」なバンドですね。

※a デュラン・デュランのベーシスト、ジョン・テイラーと同じくギタリストのアンディ・テイラーがヴォーカリスト/ソロ・アーティストのロバート・パーマーとシックのドラマー、トニー・トンプソンを誘って結成したスーパー・グループ。85年にシックのバーナード・エドワーズのプロデュースにより同名のアルバムを発表、シングル第1弾の“Some Like It Hot”とT・レックスのカヴァー“Get It On”が大ヒットした。

砂原:それね、僕らまったく意識してなかったんですよね(笑)。ドラムの響きが強くて、LEOくんの声がそんな感じで、ちょっとファンクっぽくて、ゴンちゃんのホーンも入って、それでかなりパワー・ステーションに似たんです。でもそれで良かったと思いますよ。

TT:うん、全然OK。幸宏さんのアイディアで“Don’t Move”が1曲目になったんですが、それで良かったな。いちばんエクストリームだし。かと言って、この曲だけではこのアルバム全体を表現できているわけではないですけどね。

2曲目の“Luv U Tokio”もすごくキャッチーですよね。

TT:これは……スナック狙いです(笑)。

ちょっとひねったダンサブルなラヴ・ソングというか。日本語詞と英語詞の混合で、曲間に女性の語りが入ったり、「Tokio」というロボ声がシャレで入ったり(笑)、いろんなフックがある曲だなと。今作は1曲ごとにリーダーを交代しながら作ったのですか?

TT:ひとり2曲がノルマでした。“Don’t Move”は小山田くんの発動、“Luv U Tokio”はまりんからだし。

最初にどんな投げかけをしたのか教えてもらえますか?

小山田:“Don’t Move”は、(『攻殻機動隊ARISE』のために)“Split Spirit”を作ったときに1回やってるんだけど、メンバーが多かったから、回したデモが戻ってきたときには、けっこう(トラックが)埋まっちゃったんだよね。あと、前は僕があらかじめ作りこんでいたから、自分の色が強すぎたような気がした。今回はもうちょっとバンドっぽくやりたいと思っていて、ベースとドラムとギターくらいしか入っていない薄めのトラックをみんなに回したんですよ。最初のトラックには上モノが入っていたんだけど、それをカットした状態で回しました。そこにテイさんとLEOくんがヴォーカル・ラインと上モノを考えてくれて、次にまりんがオーケストラを入れてくれて、ゴンちゃんがホーンを入れて、幸宏さんがドラムを入れて。だから戻ってきたものは、ひとりの顔が見えないものというか、全員の感じがすごく出たかな。

TT:小山田くんが最後にバッサリ切ったもんね。たしかに、そうしないと音数がちょっと多かった。次作があるかどうか未定だけど、制約の美学を課すのはありかなと思います。ひとり担当するのは2トラックまで、とかさ。

小山田:そうだね(笑)。まんべんなく全部のトラックに音が入ってる必要もないし。入っていてもバランスは良い方がいい。

TT:ひとり4つでやったら、4×6で24トラックだね。昔は24トラックとか48トラックで十分に(曲が)できていたじゃないですか? いま200トラックとか使うひといるもんね(笑)。

小山田:まぁ、1stアルバムだったし、とくに何も決めずにはじまったので、みんな濃いものを最初に出していた。だから、こういうアルバムになったんだけど。

TT:“Albore”は僕が発動の曲で、はじまりのサビのメロディは僕が作りました。オケも作ったんですけど、ハネていたところをまりんが修正して、僕が入れたシャッフルを外して、もうちょっとスクエアにして、ドラムの音も全部変えたんです。鳴っている雰囲気はそのままなんですけどね。バンドっぽいですよね。小山田くんのギターがそこに入ってきて、どんどん変わっていきました。明るい曲が暗くなったということはないんですけど、曲の骨組みは残ったまま、面白い形になっていったかな。

“Albore”は幸宏さんとLEOくんのダブル・ハーモニーからはじまって、YMOのフィーリングもありつつ、踊れるテクノというか。

TT:僕はそれをアルバムの冒頭にもってくるのもありかなと思ったんですよ。だけど、“Don't Move”ではじまるのも、それはそれでいいなと。

たしかに、あのふたりのハモりでアルバムがはじまると、「おおっ!」というインパクトがありますからね。

TT:でも僕が発動したんだから、本来なら仕上げも僕がやるべきだったんですけど、やらなかったです。まりんにまかせっぱなし。僕は育ての親。生むだけ生んで、1歳ぐらいから会っていない、みたいな(笑)。

砂原:テイさんのアルバムでも作業をやっているし、他人の曲をいじるのは日常的にやっているので、自然にやれたといいますかね。

TT:僕は返ってきたものにさらに自分で手を入れることもするんですが、今回はそれがあんまりなかったよね。返ってきたものが良かったら、こっちでエディットする必要もないもんね。

たしかに全員の色が混ざって、そこがしっくりきて……という意味では、実にバンドらしい作品ですよね。

砂原:最初はこの6人が集まっても、各々がちゃんと役割をもったバンドになるのかどうか不安でした。でもちゃんとなるもんなんだなと。

TT:そういう意味では、ひとりだけガツガツしているひとはいないよね。

砂原:年齢的にもよかったのかもしれないね。もうちょっと若かったらこうはいかなかったかもしれない。

小山田:みんな一度バンドをやってるから、嫌なこともわかってるしね。

砂原:バンドを辞めた連中の集まりですから(笑)。

フリッパーズ・ギターだって最初は5人組だったでしょう。それが最近忘れられがちじゃない?

小山田:僕も忘れがちなんだよね(笑)、最初は5人だったって。

LEOくんはソロでやりつつ、向井(秀徳)くんとKIMONOSをやっている。

TT:でも、彼はバンドは初めてだって言いはってるよね。

彼には若いだけじゃない勢いも感じました。

TT:若いだけじゃないですよ。それに、そんなに若くもないでしょ(笑)。

小山田:若すぎないっていうのもよかった。

フロントマンとして様になっているし、独特の存在感がある。日本語と英語の両方で詞を書けるし、スウェーデン語もできるんでしょう?

小山田:LEOくんはスウェーデンと日本のハーフ。お母さんがスウェーデン人で、“Luv U Tokio”で喋ってるのはLEOくんのお母さん。

あのナレーション、LEOくんのお母さんだったんだ! 

TT:僕はLEOくんと話してると英語圏のひとと話してる感じがするけどね。ふたりで英語で話すことも多い気がするな。

彼が書く詞にはヴィジターの視点を感じます。常に外から見ているというか、ストレンジャーっぽい感覚だなと。

TT:ちょっと日本語がユニークだよね。

砂原:特徴ありますよね。「これワタシ」みたいな。

小山田:一人称がワタシだもんね。

砂原:「LEOくん、これってこうだっけ?」って訊いたら、「うん……」みたいな(笑)。

METAFIVEはスター・プレイヤーが集まって結成した、言わばスーパー・グループではあるけれど、単に「顔」で集まっていない独自のバンドらしさを感じるんです。

TT:AKBですかね(笑)。

テイさんは“Albore”と“Radio”の2曲を主導された?

TT:そう。僕と小山田くんには“Radio”と“Split Spirit”があったので、お互いあと1曲でよかったからノルマが低かった。

砂原:シード枠みたいに途中からトーナメントに参加した感じだったよね(笑)。

小山田:その2曲は僕とテイさんの曲だけど、アルバム・ヴァージョンに関してはまりんに育ててもらった(笑)。

砂原さんが各曲の土台を作った?

砂原:いやいや、そんなことないですよ。みんなそれぞれ2曲ずつ出してますからね。

小山田:でもプロダクションに関してはまりんがやっていて、後半はマスタリングやミックスも中心的に担当してたよね。

砂原さんが主導した2曲というのは?

砂原:僕は“Luv U Tokio”と、後ろから2曲目の“Whiteout”ですね。

“Whiteout”はメランコリックなメロディとLEOくんの内省的な歌声が相性抜群で、心に残りますね。エレクトロニカとかテクノの要素も少し感じます。

砂原:何っぽいっていうのかな。ヒップホップっぽいところもあるし、ファンクなところもあるし。音はちょっと黒っぽいんだけど、上に乗ってる要素は白いかな。
 僕、最初はみんなが曲を出すのを見てたんですよ。それである程度見えてきたところで、足りないものを出そうと思ってたんです。“Luv U Tokio”はテイさんから「リード曲らしいものを作るように」っていう指令が出たんですよ(笑)。

TT:僕のノルマは終わっていたので、言うだけなら言えるなと(笑)。

砂原:それで比較的わかりやすいものを作りました。ある程度できたところでテイさんに聴かせて、テーマとかをどんどん言ってもらったかな。全体的に勢いのある曲が多かったので、“Whiteout”はちょっとクールダウンさせるために作りました。

これは砂原さんがメロディを作ってから、LEOくんに詞を書いてもらった?

砂原:そうですね。とりあえず「立ちくらみの曲を作りたい」っていうテーマだけ考えて。

歌詞カードなしに聴いていて、「〜shades of gray」っていうフレーズに引っかかって、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』と何か関係があるのかと思ったんだけど、ここで歌詞カードをさっと見たら、“Shed some light on your shades of grey”(灰色だらけに少し明かりを点す)と韻を踏んでいる。ライミングしただけで別にあのベストセラー小説や映画とは関係ないのかもしれないけど、フックとして洒落てるなって。

TT:今回はひとつこだわりがあって、歌詞カードに英語詞と対訳を全部(シンメトリーに配置して)載せてるんですよね。(英語詞と日本語詞のパートを)まったく反転させて、アートワークも黒と白だったり……本当は予算の関係で黒と白しか使えなかったりして(笑)。

小山田:コンセプチュアルな感じで白黒反転させて、日本語と英語が反転してる。

砂原:でも、最近対訳が載ってる作品はあんまりないよね? 日本企画版とかならありそうだけど。

TT:読み応えはありますね。まだ読んでないけど(笑)。

このサウンドにあのふたりのツイン・ヴォーカルが載るとなれば、いったい何を歌っているのか興味を引かれて、歌詞を知りたくなりますよ。

TT:アナログ盤だと歌詞(を載せるスリーヴ)がもっと大きいんで、そのときにじっくり歌詞を見ながら聴こうかなと思います。

このなかですごく苦労した曲ってありますか?

TT :うちらの活動に関しては、ものすごく悩んだっていうのはないかな。

砂原:メールで曲を投げたあとに「どうしようかな」って悩んでいても、一周して曲が戻ってくると解決されてることが多かったですね。

たしかにそこはバンドの強みですよね。

砂原:ひとりだと作業が止まっちゃうので……。

TT:それで10年くらい作業が止まってたんでしょう?

砂原:ははは(笑)。いまも止まってます(笑)。

ぼくは全曲好きなんですが、ラスト・ナンバーの“Threads”はこのバンドならではのエッセンスが凝縮された曲に聞こえます。メロディは幸宏節が炸裂してるし、全員のテイストが見事に融合してる。これを最後に聴くと気分が上がりますね。

砂原:“Threads”はもっと幸宏さんっぽかったけど、テイさんはけっこう手を入れましたよね。

TT:そうですね。暇だったから(笑)。ただ、幸宏さんはご自分でおっしゃっているけど、けっこう幸宏さんとゴンちゃんの曲って、(はじめから)でき上がっちゃってたんですよ。

砂原:そうですよね。余白があんまりない状態で回ってきたから。

TT:アレンジもできてたから、そのまま進めばいいんですよ。幸宏さん主導の“Threads”と“Anodyne”のドラムをまりんに整理してもらって、そこからもうちょっと足したり引いたりしたんだよね。

“Anodyne”の日本語のサビが歌謡曲っぽくて、おそらく幸宏さんが書いたフレーズだと思いますが、歌謡曲の全盛時代を通過しているひとならではのものを感じました。

砂原:最初はもっと歌謡曲っぽかったと思いますね。テイさんのシンセが入ったら、突然ジャパンっぽくなって、ニューウェイヴ感が強くなった(笑)。

間奏はフリューゲル・ホルンですよね。ギター・ソロは小山田くん?

小山田:あれはLEOくんだね。

その味付けもすごく面白い。サビは歌謡曲っぽいのにニューウェイヴなアレンジで、そこに宙を舞うようなフリューゲル・ホルンとうねりまくるギターのソロが入る――このハイブリッドなミックスは新鮮でした。

TT:なるほど……それは評論家ならではの視点で、渦中にいるときはそうは思っていなかったですね。曲はできてるから、何かを入れたり、何かを引いたりすることしか念頭になかった。ゴンちゃんの“Gravetrippin'"では小山田くんのギターが炸裂してる。

それを聴いて、コーネリアスがリミックスした、Gotyeの“Eyes Wide Open”っぽいと思った。リズムはスカっぽい性急なテンポで、わりとコーネリアス・テイストだなと。

砂原:ギターがかっこいいよね。

小山田:ゴンちゃんにしてはずいぶんロックっぽい曲だと思ったけどね。デモの段階で良かった。

各曲のデモを聴くと面白そうですね。デラックス・エディションで再発するときにはぜひ……。

TT:出さないです(笑)。

“W.G.S.F.”は誰の主導ですか?

TT:これもゴンちゃんですね。

これもコーネリアスっぽい変拍子のニューウェイヴだなと思いました。

小山田:ファンキーっていうよりも、8ビートっぽいのがゴンちゃんの曲には多いね。

TT:LEOくんとゴンちゃんの曲は、素質的にロックっぽい気がしたね。幸宏さんはポップスというか。

全体的にダンサブルなトラックが多くて、そこはテイさんの味なのかな、と推測していたんですが。

小山田:最初にまりんが「踊れる感じがいいね」って言ってたんだよね。

砂原:なぜかというと、ライヴ先攻のバンドだったんで、体が動くような曲の方がいいんじゃないかと。

TT:かといって、EDMみたいな感じじゃないでしょう?

そういう感じはしなかったですね。ダンスといってもタテノリではなく横揺れのグルーヴで、ファンクなノリがあって、そこにニューウェイヴとか、ときどきノー・ウェイヴやポスト・パンクの要素も感じたり。でもR&Bのテイストもあって、すごく好きな感じでした。METAFIVEみたいなコスモポリタンが作るハイブリッドな音楽を気に入るひとは人種を問わず世界中にたくさんいると思うし、海外のひとたちに聴かせて感想を聞いてみたいですね。

TT:僕らのなかでは、ダンサブルなものが通奏低音としてあった上でのバンドを描いていました。でも、かといってEDMじゃない。だからクラブ・ミュージックっていうのは意識してないかもね。だけどクラブでたまにバイトしてるんで(笑)、要素としては入ってるんです。僕は自分のDJのときにMETAFIVEをかけますよ。“Don't Move”もずいぶん前からかけてるし。

砂原:“Don't Move”をかけてるとき、僕は客席に行ってちゃんと音をチェックしてます(笑)。

“Don't Move”は、テイさんのセットではどういう役割ですか?

TT:4つ打ちなんだけどロック、みたいな。EDM聴くくらいならロックを聴いてた方が楽しいですよね。

砂原:あとファンク色は強いですよね。

TT:そうですね。ファンクはいつも好き。あとロキシー(・ミュージック)。ジャケットはロキシー感が出てると思う。

砂原:とにかく引用だらけなんだよね。

ジャケットの絵を描いた五木田(智央)くんには何かキーワードを投げかけましたか?

TT:(アルバムを作ってる)途中で“Don't Move”と“Luv U Tokio”を聴かせたんですよ。幸宏さんが五木田くんの絵をけっこう好きなんだよね。五木田くんは小山田くんとまりんと同い年で、彼の兄貴が僕と同い年。それもあって音楽的なボキャブラリーが合うんです。それで五木田くんにMETAFIVEの印象を聴いてみたら、LEOくんと幸宏さんの声がブライアン・フェリーとかデヴィッド・バーンっぽいと。僕らが好きなロックとかニューウェイヴの感じを、五木田くんも音で解釈してくれたんで、(デザインの)内容は何も話さなかったんですよ。それで完成した作品を聴かせたら、「ロキシーっぽいね」と。それでロキシーってジャケットにバンド名しか書いてないからMETAFIVEもバンド名だけで、書体も細い方がロキシーっぽさが出るんじゃないか、とか。そこは幸宏さんも同意見でした。

そもそもバンド名は、最初はMETAMORPHOSE FIVEで、それをテイさんが縮めてMETAFIVEになったそうですね。

TT:でも、いずれにしろバンド名はMETAMORPHOSE FIVEにはならなかったでしょう。長いし、同じ名前のイベントがあるし。幸宏さんはイベントの「METAMORPHOSE」を知らなかったんじゃないかな。途中からMETAでもいいんじゃないかという説もあったよね。最近はみんなMETAって呼んでるけど(笑)。僕は、五木田くんは7人目のメンバーだと思っていますけどね。これだけ理解してくれる絵描きはいないんじゃないかなと。五木田くんは自分で作っている音楽も面白いんですよ。めちゃくちゃ多重録音していて、昔はバンドをやってたみたいですね。まりんがマスタリングしてあげなよ(笑)。

砂原:曲を送ってください(笑)。

最後にハンコを押すみたいに、アートには名前を付けてやることが必要なんですね。

TT:でもやっぱし、カラオケでは“Luv U Tokio”がいいんじゃないんですかね。

その曲名もいいですよね。

TT:あれはずっと“Tokio 2000”って言ってたよね。それで、「オリンピック、ちょっとまずくね?」って話すようになって(笑)。

砂原:「泥舟だ。逃げろ!」っていう(笑)。

「オリンピックまで日本はもつのか……!?」っていう。

小山田:“Luv U Tokio”ってちょっと歌謡コーラス系じゃないですか?

ロス・プリモスの“ラブユー東京”が元ネタでしょ?(笑)

小山田:METAFIVEになる前はCOOLFIVEとかって呼んでたんだよね。いまはおっさんばっかりだから、なんとなく歌謡コーラス的な感じもいいかなと(笑)。

たしかに「歌謡曲」と言うよりも「歌謡コーラス」ってピンポイントで言った方が気分だね(笑)。でも、そういう意味では「ちょっと女っ気がないな」とは思いました。例えばテイさんは、ご自身の作品を作るとき、必ず華やかな女性の存在を意識してフィーチャーされていますよね。そういうフェミニンな、もしくはグラマーな要素は、今回は必要ではないと思われたのですか?

TT:僕が若いときに衝撃的だったことのひとつが、YMOのメンバーのなかにいる矢野(顕子)さんの存在だったんですよ。あと“Nice Age”とかサビを女のひとが歌ってて、メンバーじゃねぇじゃん!みたいな(驚きがあった)。そういうときに、もちろん幸宏さんの歌も好きなんだけど、その対称に女性の声があると。これはいま分析するとしての発想ですが、幸宏さんを立たせつつ、何かがあった方がいいな、と考えていたかもしれないです。実は“Luv U Tokio”のサビのところはヒューマン・リーグ(※英国シェフィールド出身のシンセポップ・バンド。結成当初はボウイ、ロキシーとジョルジオ・モロダーを掛け合わせたような実験的な電子音楽を志向していたが、リード・ヴォーカルのフィル・オーキー以外の主要メンバーが脱退してへヴン17を結成。残ったオーキーらはディスコでスカウトした音楽歴ゼロの女子2人をヴォーカル兼ダンサーとして加入させ、「エレクトリック・アバ」と評される大胆な路線変更を行い、80年代初頭のMTV揺籃期に全英・全米チャートNo.1を記録した“Don’ t You Want Me”などの大ヒットを放った)のイメージでした。LEOくんが歌っているパートは女性のイメージだったんですよ。そしたらまりんに「外注はやめましょう」って却下された(笑)。

砂原:メンバーが豊富なんで、身内でやりましょうと。

TT:でもLEOくんと幸宏さんとで成立したんで、結果的にはこれで良かった。間奏のところに「かわいい娘(の声を)入れようよ」って言ったんだけど、またまりんに却下された。そこで「身内がいい」って言うから、LEOくんのお母さんになったんだよね(笑)。

砂原:でもLEOくんのお母さん、すごく良かった。60年代の(外国の)万博のソノシートに入ってるようなノヴェルティ感がある。そしたら、昔、NHKで本当にアナウンサー的なことをやってたみたいだね。

TT:独占契約して他のバンドでやるなって言わないと(笑)。


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TT:僕らはクラブでDJをしてるから、いまどういう音が流れているかも知ってるけど、そういう耳で聴いても古くさくない自負がありますね。

砂原:マーケティングをやるとしたら、スネークマンショーみたいなギャグっぽい音楽は、逆にやれるかもしれないんですけどね。


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2作目を作ることになったら、女性ヴォーカルを入れるのもありかな、と思うんですけど、却下ですか?

砂原:そのときにならないと全然わからないですね。テイさんの“LUV PANDEMIC”っていう曲があるんですけど、ライヴでそういう曲をやるときは女の子に出てもらったりしましたよね。

TT:そうですね。この前、まだ21の水原佑果ちゃんに出てもらったんです。

砂原:ライヴの最後に女の子に出てきてもらうと、ちょっといいなっていうのはありますよね。

ヒューマン・リーグとまではいかなくても、音楽的には女性の声が入っている方がカラフルだし、そういうMETAもちょっと見てみたい気がしました。

TT:まりんも自分の曲で女のひとのヴォーカルを使ってるよね?

砂原:そうですね。踊りと歌は女性の方がいいって、僕は思っているんですよ。

TT:そこで幸宏さんとLEOくんっていうのはどういうこと?

砂原:ああ……ちょっとわかんないですね(笑)。

TT:でも、「Radio〜」って言っている女性の声は今回生かしている(※“RADIO [META Version]”にはTina Tamashiro & Ema のコーラスがフィーチャーされている)。

小山田:あとゴンちゃんの娘の声だよね。最初の「メタ!」ってやつ。

まったく野郎だけというわけじゃないんですね(笑)。今作を作ってみて、かなりの手応えがあったと思うのですが、今後どうしたいか、目標みたいなものはありますか?

TT:まずはワンマンだよね。ライヴをやってもレパートリーがなかったのが、このメンバーだからこそできる曲が十分にできたので、美味しいものがある関西では優先的にフェスに出て(笑)。それでみんなの反応を見て手応えを確かめてから、これから何をやるのかを決める感じじゃないですかね?

砂原:次の作品を考えるよりも、ライヴの準備をしなきゃとか。

小山田:それにみんなそれぞれ(の活動を)やってるからね。若者が集まってバンドでやったるぜ、みたいな感じでもないから。

海外リリースをして、一回くらいツアーをやると面白い反応が来る気がするんですが、テイさんは海外ツアーはNGですか?

TT:そんなことないですよ。いまはインターネットもあるし、どこへ行ってもラーメン・ブームだし。僕は90年代から海外ツアーをやってるけど、海外は昔とはだいぶ違いますよね。ヨーロッパの方がいいかな。昔、アメリカをツアーで2周したけどギヴ(・アップ)でしたね。

砂原:すべての食い物がバターの味みたいな(笑)。

TT:すべての味はバターを基調に、肉か魚を食べるみたいな。肉だけのときもありましたからね。

砂原:いまって、ツアーを周るっていうよりも、フェスを周るって感じじゃないですか? そこも昔と変わりましたよね。でも向こうの反応は聴いてみたいね。行く行かないは別として。

TT:いま海外ではあんまり盤って作らないですよね? 

これだけ英語詞がフィーチャーされている作品だし、海外向きだと思いますよ。

砂原:英語と日本語の区別に対する認識も、昔とは変わってきていると思うんです。とあるアメリカの女の子の曲を聴いていたんだけど、最初は英語なんだけど、途中から完全な日本語になるんだよね。それで調べてみたら、その子が昔は日本にいて英語も日本語も両方喋れるみたいなんですよ。途中で日本語になるのは本当にびっくりして、なんかもう(英語とか日本語とか)関係ないなと思いました(笑)。

TT:僕も最初のソロを出したときに、英語の曲をもっと入れろとか、インストが多いとか言われましたね。“Technova”とかリード曲なのに、なんでポルトガル語なんだ、とかね(笑)。考え方、古いなーと思った。

そういう意味では、世界がグローバル化したことで良くなったところもあって、異文化を昔ほど抵抗感なく受け入れて楽しむ土壌ができて来たのかもしれない。

砂原:“江南スタイル”とかって、ことばは関係ないじゃないですか?(笑)

最近の韓国は、日本よりも先に音楽の新しいスタイルを躊躇なく受け入れて発信もするからすごいですよね。

TT:10年前にアジアへ行ったときは、日本のものをマネしていた感じだったんです。でも数年前に韓国やインドネシアへ行ったら、韓国がデフォルトになっていた。和食屋へ行ってもKポップが流れているんですよ。それを見て中国人とかがキャーキャー言ってる。

ここ数年疑問に思っていることのひとつが、日本における「歌の上手さ」の基準がかつて自分が思っていた基準と変わってしまって、それこそ三代目(J Soul Brothers from EXILE TRIBE)とか、ああいう歌い方がデフォルトになっているような気がして。ヴォーカル・スクールの先生をやっているミュージシャンの友だちに訊いてみたら、それはKポップの影響大なんだと。ここ最近のアメリカのチャートでヒットしている曲によくあるヴォーカルの発声のスタイルを日本より先に韓流が消化して、それを日本が後追いで取り入れているという説を聞いて、なるほど……と納得したんです。

TT:日本より韓国の方がアメリカに近かったですよね。韓国語の発音の方が英語に近いっていうのもあるのかもしれないですね。

砂原:韓国の音圧感も、日本じゃなくて、アメリカとかヨーロッパの感じなんだよね。アメリカに近いかな。

TT:そのテリトリーを取られちゃった感じですね。ウチらには関係ないけど。

砂原:Kポップはエンターテイメント性が強いのかな。遊園地ぽいっていうか。

テイさんやコーネリアスとはまったくクロスしない感じですよね。

TT:まったくしないですね。

リミックスもコラボレーションもしていないし。マーケットに合わせて音楽を作るということを、METAFIVEのメンバーは誰もやって来なかったという共通項はありますね。

砂原:この前、“Don't Move”のビデオを見たときに、それがないから良いと思いましたね。それがないからこその勢いがあるのかなと。

TT:三代目とか、それ以外のEDMみたいなトレンドを気にしていないというか。

ロック魂やファンク魂を感じて、すごく清々しかったですね。

TT:僕らはクラブでDJをしてるから、いまどういう音が流れているかも知ってるけど、そういう耳で聴いても古くさくない自負がありますね。

砂原:そういうマーケティングをやるとしたら、スネークマンショーみたいなギャグっぽい音楽は、逆にやれるかもしれないんですけどね。

たしかにMETAFIVEでスネークマンショーみたいなギャグをフィーチャーした作品はありかもしれない。だれか尖ったひとたちと組んだMETAFIVE版『増殖』はぜひ聴いてみたいですね。……野田さん、何か補足したいことはありますか?

野田(以下、△)ちなみにテイさんから見て、どういうところで、このふたりとは気が合うと思いますか?

TT:同世代にあんまりいないんですよね。64年生まれって高野寛くんくらいしか合うひとがいなくて。ふたりは5つ下だけどたまたま共通言語が多いっていうだけのことです。

△それは趣味が合うということですか?

TT:趣味が合うかはわからないですけど。他の趣味とか全然知らないので。

砂原:テイさんの世代だと、まだ生で楽器をやっているひとが多かったですよね?

TT:ケンジ・ジャマー(鈴木賢司)さんとか?

小山田:あー。僕、中学生くらいのときに、学生服を着た天才ギタリスト少年って言われて登場したのを覚えてるな。

TT:あとはパードン木村さんとか。

△小山田くんやまりんはバンドに参加していたので、複数の人間で音楽をやっていた経験はありますけど、テイさんは基本的にソロでやっていますよね。そういう意味で、テイさんが誰かといっしょにやるのはどういう感じですか?

TT:このふたりも、ひとりでやっていて停滞してるんだろうなと思ったから、気楽にO/S/Tやんないかって10年前に持ちかけたんですよ。有言不実行でしたけど(笑)。

O/S/Tという名前だから、映画のサントラからはじめる手もあったかなと。

TT:依頼があれば、ですけど。それ、いいですね。

砂原:いまはMETAFIVEが子会社になりましたもんね(笑)。

映画部門もぜひ。

TT:いや、でも僕一回やったことあるんですけど、きつかったですね。何曲か決めていた劇伴とかあったけど。

砂原:僕もやったことあります。小山田くんもやってますよね。

TT:ひとつの作品を全部やるのってきつくない?

砂原:僕の場合は制作サイドが優しくていろいろ言うことを聞いてくれましたね。けっこうサントラって(音楽を)ぶつ切りにされちゃうじゃない? 「えー! こんな使い方するの!」みたいなことはなかったな。

TT:坂本(龍一)さんとご飯を食べていて、「サントラっていうのは、画を見て音がないともたないな……っていうところからはじめるんだ」と言われて、「あ、そうなんですね!」って(笑)。知らなかったからね。僕が音楽を担当した『大日本人』(松本人志監督/07年)はテーマ曲から作った。それはすっと通ったんですけど、他は松本人志さんがピンとこないってことで、大変でしたね。二度とやんないって思いましたけどね。

砂原:僕も音が必要なところに(音を付ける)っていう考えなんですけど、もっとわかりやすくストーリーを感じて音を付けるパターンが多い気がするんですよね。だから解釈がひとつしかない。それはつまんないというか、考える余地はあった方が面白いと思うんですけど。

TT:個人的には、音が少ない映画は好きなんですけどね。使うべきところにバシッと入っているのがいいですよね。車に乗っていてカーステからラジオが流れて、カットが変わったときにそれがラインになって原曲の実音が流れたりとか。そのくらいの感じが好きなんです。数年前の『ドライヴ』(ニコラス・ウィンディング・レフン監督/11年)はすごく上手いなと思いました。使っている音楽はテクノだけでしょう?

『ドライヴ』は映像がすごく80年代っぽかったですよね。

TT:音楽はフレンチ・テクノのひと(クリフ・マルティネス)の曲で、どうしてここで「ズデデデ、ズデデデ」って鳴るのかなって思うんだけど、カットが変わったときに「あ!」と思う。伏線的にイントロのシーケンスを弾いたりするのが良かった。

砂原:小山田くんが言ってたけど、最近の映画は効果音が適当というか。

小山田:僕がやったのはアニメで画面の情報が少ないでしょう? だから音楽の量がけっこうあるんだよね。あとバトル・シーンとか効果音が多いからさ(笑)。規模が大きい映画だから、まず音響監督さんがいて、音効さんがいて、それから音楽があって、っていう感じで、楽曲を必要な場面で入れるのもその音響監督さんがやるんだよね。だから、とりあえず素材をたくさんくださいと言われて、それでバンバンと素材になる音を出して、そのなかから監督が選ぶような感じだったから、あんまり自分で考えて音楽をやれたという感じでもないんですよ。いま教育番組(NHK『デザインあ』)の音楽をやっているんだけど、それに関しては、もうちょっと狭いプロダクションで、僕も入っていっしょにできている感じがあるんだけどね。

砂原さんがサントラを担当した作品というと、“神様のいうとおり”(いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ、TVアニメ『四畳半神話大系』主題歌/10年)ですか?

砂原:それはエンディング・テーマですね。サントラは韓国と日本の合作で妻夫木聡とハ・ジョンウが出ていた映画(『ノーボーイズ、ノークライ』キム・ヨンナム監督/09年)を担当しました。わりと自由にやらせてくれました。

TT:昨日『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を2回観たんですけど、けっこうずっと音が鳴ってるんですよね。あれ、うるさかったですか?

ぼくはあれを観て、ジョン・ウィリアムズはさすがだな、と思いました。引き出しが広いし。

TT:僕も上手いと思うんですよ。足すだけじゃなくて引くことも上手だし。全部スコアの世界なんだけど、新しい登場人物のレイのテーマに、それまでの曲をアレンジしたものがミックスされていたりとか。2回見たので冷静に観察できたんですけど、とにかく自分には全く作れない世界だと思いました。教授のサントラの世界もすごいですけどね。いまディカプリオ主演の映画(『レヴェナント:蘇えりし者』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督/16年1月全米公開)の音楽もやっているでしょう? けっこう重い感じの映画ですよね。そういうのじゃなくて、「音があってもなくてもいいから」という作品の依頼はO/S/Tへ(笑)。

例えばタルコフスキーの映画を観ると、劇中で使われる音楽よりも水の音が頭に残ったりするんです。「映画音楽」というものを音響的に捉えていて、そういう映画を初めて観たのでハッとさせられた記憶があります。武満徹もタルコフスキーが好きで、いちばん音楽的な映画作家だと評価していて、なるほどそういう見方もあるなと。

TT:(映画作家のなかには)音楽を効果的に使いたいという方もいると思うんですよね。音で(観客を)心理的に引っ張っていく劇伴的なアプローチと、逆に音を聴かせるだけじゃもたないから、そこで印象を付けるためには(既成の楽曲の)選曲でも可能というか。『大日本人』は全部自分で作らなきゃと思っていたけど、ヴィンセント・ギャロみたいにやってもよかったかな。

ギャロは選曲のセンスが絶妙ですよね。『ブラウン・バニー』(03年)のサントラも1曲目に60年代のTVドラマ『トワイライト・ゾーン』の劇中歌を持ってきたり、『バッファロー'66』(98年)ではイエスの隠れた名曲を持ってきたりとか。

TT :それで自分で作った曲もむちゃくちゃ良かったりするじゃないですか? ああいうのはいいですね。ということは、ハリウッド映画じゃないってことですね(笑)。

砂原:ハリウッド系は大変そうだよね。

△でも、DJカルチャーではハリウッドへ行ったひとが多いよ。デヴィッド・ホームズとかさ。あとはフレンチ・ハウスのカシアスとか。

砂原:そうか! カシアスは昔からよくできてたから、そうなるのはわかる気がする。

小山田:ダニー・エルフマン(※ロサンゼルスのニューウェイヴ・バンド、オインゴ・ボインゴの元リーダー。80年代から映画音楽を多数手がけ、特にティム・バートン監督との名コンビで知られる)とか。

エルフマンのポジションはちょうどいい按配じゃない? 仕事するときのスタンスは小山田くんに似てるかもね。ティム・バートンの他にもハリウッド大作からインディペンデント映画まで作品本位で手がけていて、アカデミー賞作曲賞ノミネートの常連だし。ダニー・エルフマンってキム・ゴードンの高校時代の彼氏なんだって。キム・ゴードンの自伝を読んでいたらそう書いてあってびっくりした。それって意外だよね。

小山田:そうなんだ。あの自伝買ったけど、まだ読んでないんだよね。

△インタヴューを始める前に、小山田くんが『スター・ウォーズ』より『未知との遭遇』派だというのを聞いて、すごく意外でしたね(笑)。だってコーネリアスのイメージって、絶対に『スター・ウォーズ』じゃないですか?

TT:そうなの?

小山田:僕は『未知との遭遇』です。

※ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』第1作(「エピソード4/新たなる希望」)とスティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』はいずれも77年に全米公開、78年に日本公開という同時期に上映され、SF 映画ブームを巻き起こした。

音楽的には『未知との遭遇』のテーマの、あのリフの方が耳に残るよね。

小山田:♪タララララ〜。僕、ライヴで絶対にあのフレーズ弾くんだよね。

砂原:弾いてたよね(笑)。でも『FANTASMA』の頃のコーネリアスだと、ちょっと『スター・ウォーズ』っぽい感じはあったかもね。

TT:まりん、『スター・ウォーズ』ひとつも観てないくせに(笑)。

……という感じで話は尽きませんが(笑)、最後にあらためて、お三方から見たヴォーカリストとしての幸宏さんとLEOくんについて、見解を聞かせてください。

TT:さっき言ったことと同じになりますけど、もしもO/S/Tでアルバムを作っていたとしても、LEOくんと幸宏さんは最高のヴォーカリストだと思うので、吸収合併されて良かったなということですかね。

砂原:テイさんがよく言っているんですけど、自分のヴォーカリストのデフォルトは幸宏さんの声だと。僕もYMOで幸宏さんの声を聴いていたので、そういう感覚に近いですね。

TT:「Tokio」って言ってたのは教授だけどね(笑)。

砂原:LEOくんはバンドをはじめるときのミーティングで出会ったんですけど、彼がMETAFIVEをやっていくうえでキーになるような気がしていました。最初はなんで彼を呼んだのかわからなかったんですけど、KIMONOSは知っていたので、その「わからなさ」に何かあるなと。

小山田:幸宏さんとバンド(高橋幸宏 with In Phase)をやっていたジェームズ・イハの代役で入ってきたんだよね。ユニヴァーサルで幸宏さんを担当していたひとがレオくんも担当していたという縁もあるし。

TT:ギターもキーボードも打ち込みもできて歌も歌えるから、自分に近い存在っていうことも、幸宏さんにはわかってたんだよね。だから僕らに紹介しようと思ったのかな。

砂原:“Whiteout”の歌詞を書いてもらったときも、僕は何となく「立ちくらみ」っていう情報を伝えただけだったのに、彼の解釈がすごく良かった。

TT:僕もタイトルは“Albore”って伝えただけ。夜明けに作ったということもあるし、バンドをはじめることも新しい夜明けだという気がするとか、最近は音楽にしか夢はないよね、っていう話を飲み屋で散々したので。それでできた詞を見たら、すごくポエティックだった。(テーマやイメージを)具体的に良いことばにする才能がある。

小山田くんは?

小山田:幸宏さんとLEOくんがちょうど最年長と最年少で、共通している部分も感じているし。さっきブライアン・フェリーとデヴィッド・バーンって言ったけど、両方ともブライアン・イーノが関わっている感じで(笑)。

TT:あとディーヴォもイーノだよね(※78年の1stアルバム『Q:Are We Not Men? A:We Are Devo!(頽廃的美学論)』のプロデュースをイーノが手がけた)。“Don't Move”の大サビみたいなところはディーヴォっぽく歌って、って言ってたんだけどね。

小山田:ちょっとマーク・マザーズボー(※ディーヴォのオリジナル・メンバー。ウェス・アンダーソン監督作品など映画音楽も多数手がける)が入ってる感じ。そういうイメージで僕は作ったから。

砂原:幸宏さんとLEOくんは声の混ざり方もいいし、コントラストもあるし。

小山田:静と動の混じり具合が絶妙だなって。これだけ良い素材だったら、何をやってもそこそこ良い料理が作れそうだなっていう。

まさに理想のツイン・ヴォーカルという感じがしますね。

TT:親子であってもおかしくない年齢ですよね。それでふたりともブリティッシュ・アクセントがベースにあるんですよね。幸宏さんの師匠がピーター・バラカンさんだから。そのうえでアメリカン・アクセントもいける。

小山田:LEOくんもずっとイギリス育ちだもんね。

TT:でも僕の曲で、「これはワタシ、どっちで歌えばいいですか?」って訊いてくれる。アメリカンか、それともブリティッシュ・アクセントか、って(笑)。

たしかにアルバムの全曲で、ふたりのヴォーカルの独特の混ざり方やコントラストが鮮やかに栄えているのが、成功の第一の要因だと思います。

TT:みんながふたりのツイン・ヴォーカルが好きだから、結局全曲歌ものになったっていうことですからね。それは想定していなかったでしょう?

砂原:それはすごい成果でしたね。そういう決まりを作ったわけじゃないんですよ。

そういえばゴンドウさんの役割はどんな感じでしたか?

砂原:ゴンちゃんはホーンとかスパイス的なアレンジをやってくれるし、プロダクションもできる。だから僕は悩んだときはゴンちゃんに相談してました。

TT:あと、幸宏さんはなくてはならない存在というか。幸宏さんって最初にプロダクションありきの音楽を作るひとのハシリじゃないですか? その頃ってマニピュレーターがいたんですよね。いつの間にか自分たちでやるようになって、シンセを買ったらプリセットが1000個とか入っていて。でも幸宏さんは、その分オールド・スタイルを貫きたいと思っている。自分で詞を考えたいし、衣装も考えたいし、ライヴの選曲も考えたい……そういうオールマイティなタイプなんですよ。幸宏さんだけ自宅スタジオがないじゃん? あれは美学なんだよね。家にはドラムもシンセも何もないっていう。アール・デコの鏡とかはまだあるらしいよ(笑)。

小山田:そういえば幸宏さんの家、行ったことあるな。あの時計、まだあったよ。

TT:だから、僕が軽井沢の自宅でレコードとシンセとターン・テーブルを置いて、DJをだーっとやってるのを「だせえな」って思ってるはず(笑)。

そんなわけないですよ(笑)。でも「ダンディとは美学を生きた宗教のように高める者」というボードレールの定義に従えば、ダンディという称号が似合う日本のミュージシャンは、加藤和彦さん亡きいまとなっては幸宏さんが最後かもしれない、という気もします。
METAFIVEは、パーマネントなバンドとしてのポテンシャルに計り知れないものがあるので、これからの展開次第では大化けして、予想を超える飛躍を見せてくれる予感もあってワクワクしているんです。ディーヴォが『In The Beginning Was The End:The Truth About De-Evolution』(76年/チャック・スタットラー監督)みたいなショート・フィルムを作ったように、METAFIVEならではの映像作品も作ってもらえると嬉しいですね。

DUBKASM - ele-king

 ブリストルを拠点に活動するDJストライダとディジステップによるレゲエ/ダブのデュオ、ダブカズムが2月に来日ツアーを行う。2013年に発表された“ヴィクトリー”は、ダブ界の重鎮ジャー・シャカやダブステップのパイオニア、マーラにもプレイされ、多くの人々に愛されるアンセムとなった。去年リリースされたマーラによるリミックス・バージョンも、発売後すぐにソールド・アウトになるほどの人気ぶりだ。

Victory - Dubkasm (Mala Remix)

 世界各地域において独自のシーンを持つサウンドシステム文化において、グローバルな広がりはもちろんのこと、現地のミュージシャン同士の繋がりを見るだけでも心が踊るものだ。テクノ・シーンでも評価される〈リヴィティ・サウンド〉のペヴァラリスト、ダブステップやグライムのシーンで活躍するカーン&ニーク、スミス&マイティとして多くのクラシックを生み出したロブ・スミス。日本でも馴染み深い彼らは、各々が少しずつ異なったフィールドに身を置いているものの、ブリストルというひとつの街のなかで実に有機的な関係性を築いている。

 そのなかで重要な役割を果たしているのがダブカズムのふたりだ。ブリストルにみずからのスタジオを構え、自分たちのプロダクションに専念するだけではなく、他のプロデューサーたちとも積極的にコラボレーションを続ける彼らは、ブリストルのハートのような存在なのかもしれない。2014年に発表された“マイ・ミュージック”の音楽とビデオで描かれるのは、ブリストル、ひいては他の街のミュージシャンたちとダブカズムの繋がりだ。テクノロジーの発達により、個人作業の可能性がどこまで拡張される現在。そんな時代においても、素晴らしい音楽は人々が交差する「場所」からやってくることを、彼らは思い出させてくれる。

 ツアーは2月5日からはじまり、東京、京都、福岡、相模原、札幌の5都市をダブカズムが巡る。東京公演ではロブ・スミスことRSDもプレイする予定だ。近くの会場でブリストルのハートを心して聴こう。

'My Music' - Dubkasm meets Solo Banton (Feat. Buggsy)

Dubkasm( from Bristol, UK)

DJ StrydaとDigistepは、15才の頃に地元ブリストルで体験したJah Shakaのセッションで人生を変えられ、サウンドシステム文化に没入していく。以降、20年以上に渡りトラック制作/ライヴ&DJ/ラジオ番組などでシーンに関わり続けている。そのトラックはJah Shaka、Aba Shantiらのセッションでも常連で、昨年リリースの「Victory」はここ日本でもアンセムと化している。09年に発表したアルバム『Tranform I』は高い評価を受け、全編を地元の盟友ダブステッパーたちがリミックスしたアルバムも大きな話題となった。最近ではMalaやPinch、Gorgon Soundらとの交流も盛んで、ダブをキーにした幅広いシーンから厚い信頼を獲得している。2016年2月、BS0の第2弾として待望の初来日を果たす。


『カタストロフィスト』のかたわらに - ele-king

 10年、いや15年前まではマニアックな音盤を手に入れるなら、幸運を祈るか大枚をはたくしかなかった。発掘音源であれ再発であれ、純粋な新作であっても、極端にリスナーのすくない音盤はリリースされた瞬間から残部僅少で、しかるべき筋にあたるか足で稼ぐしかない。電子音楽や実験音楽、アングラなジャズ、ロック、異形のポップ、カルトスターたちの奇盤、珍盤、廃盤、海賊盤はよくないけども、売り切れは彼らとの永遠の別れを意味し、買おうにも刷り部数が3桁以内なら、プレス工場から好事家の棚に直行するようなものであり、あとはディーラーとコレクターの独壇場、ビギナーにとっては焼け野原である。音楽が骨董あつかいされることへの呪いにちかい批判は本稿後半でおこなうとして、そのまえに、私は本媒体がたちあがって日もあさいころだから、4、5数年前になるが、コラムでフルクサスについて連続して書いたとき、次はヘンリー・フリントかワルテル・マルケッティにしよと思った。思ったまま、放置してしまったのはひとえに私の不徳のいたすところだが、そもそもそう考えたのは、彼らはこの手のひとにしては比較的まとまった数の作品があったからである。

「2004年2月26日、63歳のヴァイオリニストで、作曲家、哲学者、作家のヘンリー・フリントが珍しくラジオ番組に出演した。それは、ラジオ番組の司会者で、詩人、そしてオンライン・アーカイヴのサイトUbuWebの創設者のケニー・G(スムースジャズのスターではない方の)——本名ケネス・ゴールドスミス——のゲスト出演者としてだった」

 デイヴィッド・グラブスは著書『レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち』の「はじめに」「序章」につづく第1章「ラジオから流れるヘンリー・フリント」をこのように書きおこす。本文はつづけて、この放送を聞き逃したとしても、ご心配にはおよびません。というのも、番組の音源はそこで流した曲のリストとともにUbuWebに3時間におよぶMP3ファイルとしてアップしてあるからだ、とつづく。グラブスにしたがってUbuWebのフリントのページを開くと、いちばん下に番組の音源がのこっており、クリックすると老境にさしかかったフリントの声がいまも聴ける、いつでも聴ける。来年でも再来年も、再来年のつぎをどういうかは知らないが、そこでも、UbuWebが存在し、全面的なコンテンツの見直しでもないかぎり未来永劫聴くことができる。

 つくづくいい時代になった。私だけでなくだれもがそう思うにちがいない。喫茶店や会議室で、ウィットに富んだ会話を交わしながら知らない名称やトピックをPCやスマホで検索する輩にはなおのことそうだろう。もっとも、ひとがしゃべっているときに画面を見るのはおよしなさい。
 ところがこれには注意が必要だ。あなたのいま聴いているフリントのインタヴュー音源はすでに十年前の出来事イベントなのである。
 グラブスは録音物が宿命的に帯びる反復聴取とそこに積もる時間の経過、交換可能な商品としての録音物、それと録音の差異、ひいては音を録る行為そのもの、フィジカルからデジタルにいたるメディア(媒体)の変遷史およびそれが録音物にあたえた(る)影響を、彼のはじめての本で丹念にたどっていく。伴奏者はジョン・ケージ。ケージをめぐる本は地球上に無数にあるが、彼の音楽が内在的に必然的にはらむ問題の系を更新するともにあらたに提起する野心的なとりくみで本書はとりわけ重要である。

 まず、レコードからデジタルへメディアがきりかわり、よりハイファイに音楽を聴く環境が整ったことをグラブスは評価する、これには目をみはった。というのも、私たちはアナログとデジタルではアナログに軍配をあげるのが粋な通人と考えがちだからである。むろん私もその一派で、長年レコードの音のまろやかさと芯の太さこそ音楽を聴く悦びと思い生きていた。グラブスの問題提起を要約するとこうなる。モートン・フェルドマンのような「まばらで抑制的な」しかも長時間およぶ楽曲を再生するには、収録時間が長く原理的にノイズのない再生環境が適している。そのほうが作曲者の意図──を汲んだ演奏者の意図──によりちかい。私たちはフェルドマンをメタリカなみの音量で聴くこともできるし逆もまたしかり。リスナー主導型の聴取スタイルはレコードを歴史と作者の思惑から切り離し、個々人の用途に奉仕する方向へうながしたが、音楽の誕生当時の狙いを精確に再現するには分解能やSN比も視野に入れるべきではないか。「Play Loud」の但し書きのあるレコードはいっぱいあっても「Play Quiet」と書き添えたものはほとんどみない。これはつまり、レコードを聴くとはいうまでもなく「集中的聴取」であるからか、あるいは、音楽は音のおりなす美学であるため、無音ないし微音、雑音は音楽にあたらない。どうも後者である気がしてならない。でなければ、代々木オフサイト、ヴァンデルヴァイサー楽派が21世紀に存在感を示した理由がない。グラブスは本書でおもに20世紀音楽を論じているが、音響以後の2000年代の傾向は1950年代(「4分33秒」の初演は1952年、チュードアの手になる)に端を発し、60年代を通じてテクノロジーとの相関で避けて通れないものになったと言外ににじませている。
 音楽と音はおなじなのかちがうのか、ちがうならどうちがうのか。
 ケージのたてた沈黙の問いを二項対立で解こうとするからおかしなことになる。おなじく音楽と音を峻別し、それぞれに個別にあたるのも無効である。前者を社会学者的(な広く浅い)知見、後者を専門家的(狭く深い)それとするなら、結局どちらも無難にならざるをえない。『別冊ele-king』第4号での岸野雄一の「ケージの理論はケージにしか使えない(中略)ケージの理論を援用して実現された音楽も、ケージの理論を援用して他の音楽を繙こうとした批評も、面白いと思ったものはひとつもない」という発言の行間にはおそらくそのような問題意識が横たわっている。ケージでもベンヤミンでもマクルーハンでもリオタールでもいい、彼らのことばのキャッチーなところだけとりだして見出しでわかった気にならないことだ。そもそもわかるとはなにがわかるのか。わかるとは思考停止のいいかえにすぎないのではないか。私たちは引用を相田みつをめいた手ごろな箴言ととらえるのではなく、自身の文脈にムリに沿わせるのではなく、そこにできた外部の嵌入する裂け目ととらえなければ断片はたやすく情報に堕す。音楽と音も似た関係にあり、両者の截然と区別できず、不断に嵌入し合う状態をケージは作曲であらためて耳に聞こえるものにしたかったのではないか。たとえ沈黙の側についたにしても、沈黙の底から躁がしさが沸きあがってくる、と古井由吉が書きそうな耳のありかた。ケージは鈴木大拙からそれをうけとり、おそらく折衷的なやりかたで彼の作曲の方法の一部とした。

 そんなある日、私はレコード屋でアルバイトしていると午前中で人気のない店内にひとりの女性客があらわれた。レジに立ち慣れると、お客さんがなにを求めやってきたか、年恰好、立ち居ふるまいでわかるようになるのは不思議である。私はああこの妙齢の女性は購入された商品に不備があったんだな、と直感した。眉間のシワがけわしい。案の定、妙齢の女性は陳列棚のCDに目もくれず一直線に私のほうへ歩み寄ってこういった。
「不良品なので交換してください」といって妙齢の女性はCDをさしだした。もうしおくれたが、これは90年代なかごろの話です。Jポップの呼称が定着し猫の杓子もCDを買った音楽業界の方々の夢の時代のことだ。
 わかりました、と私はいった。確認します。といっても、ご覧にとおり、店内にはバイトの私以外、だれもいない。社員と先輩バイトは客がいないのをいいことにウラで一服しているのだろう。音楽に携わる人間はスロースターターなのだ。レジを空けるわけにもいかない。仕方なく私は店内放送用のプレイヤーにCDをいれた。どういった不備でしょうか、と私は訊いた。ノイズが聞こえるんです、と妙齢の女性は答えた。何曲めですか。1曲めです。
 わかりました。かけてみると、ヒップホップに影響を受けたミドルテンポのファンキーなトラックがかっこいいディーヴァもののJポップ(どうしてもだれのCDだったか思い出せない)、90年代はこういった音楽がハシカのごとくはやったが、私と妙齢の女性はそのグルーヴに身じろぎもしない。ありましたでしょ、と妙齢の女性はいう。私はまったくわからない。もう一度頭からかける。30秒も経たず、妙齢の女性はやっぱりありましたね、という。Aメロから先にいけない。何度かけても聞こえるんですよ、と妙齢の女性がぷりぷりするぶん、私はへどもどする。ハードコアやノイズの聴きすぎで耳がバカになったのだろうか、と焦った。もうしわけありませんが、ノイズが聞こえた時点で教えていただけますか、と私はお願いした。3度めにかけるやいなや妙齢の女性は天上のスピーカーを指さした。ここです! その仕草に、私は仏陀が生まれてすぐ天を指して「天上天下唯我独尊」といった姿をかさねてひれふしそうになった。
 ──いわれてみればたしかにそうだ。ノイズである。レコードの針音のサンプリングが数秒間。CDなのにあたかもターンテーブルでかけているような錯覚、というより記号が喚起するものを狙ったプロデュース・ワークであるが、彼女はそれをノイズととらえた。私は彼女に、これはこれこれこういった意図の音楽上の演出なのでほかの商品にもかならずはいっています、と説明しおひきとり願ったが、内心おどろいた。そしてそのおどろきの意味するところは『レコードは風景をだいなしにする』を読むと前と後ではちがったものになった。彼女はCDというノイズのない媒体の特性を前景化し、私は音楽をいわゆる文脈で聴いた。テクノロジーと音楽の歴史がそこで交錯する。どちらが上か下ではない。

 ケージの著書『サイレンス』所収の「無についてのレクチャー」の最後にこうある。「テキサス出身の/女性は言った/テキサスには/音楽がない/テキサスに音楽が/ない理由は/テキサスにレコードがあるから/テキサスにレコードをなくそう/そうすればみんな歌いだす」これは『レコードは風景をだいなしにする』の第5章「テキサスからレコードをなくせ」冒頭に引用されている(引用は同書より)。以上の文の前にケージは以下の文を置いた。

 「中国の青銅製品/なんていいんだろう/だがこの美しい品々は/他人が/作ったものであり/所有欲を/かき立てがちだが/私は自分が何も/所有していないのを/知っている/レコード収集/それは音楽ではない/蓄音機/は楽器ではなく/ひとつの/ものである/ものは別のものにつながるが/楽器は/無に/つながっている(中略)それに/LPレコード/ですら/ものなのだ」(ジョン・ケージ『サイレンス』水声社/p222〜22 引用にあたり約物を省き、アキと改行を「/」であらわした)

 のちにケージみずから「Indeterminacy(不確定性)」にももちいたこの一文がこの本の通奏低音になっていることは火をみるよりあきらかである。くりかえしになるが、グラブスはレコードによる音楽の反復聴取、所有と共有、さらに音楽を録ることそのものに彼の思考は遡行する。レコードと磁気テープ(ハードディスクといいかえてもいい)の差異、プリントと写真機のちがい、あるいはバルトいうところの「プンクトゥム」、映像とそこに映るもの──他分野との類比にはさらにつっこんだ考察も必要だろう(とくにラカンを掠めるのは感心しない)が、リュク・フェラーリ、ベイリーとAMMとコーネリアス・カーデューなどなど、すでに半世紀とはいわないまでもそれほど前の先達の作品から今日的な問題を剔出する語り口は闊達で鋭く、ユーモアも忘れない(荘子の無用の用のくだりなど、わが身につまされました)。グラブスが研究者であるとともに類い稀な音楽家であることの裏書きではあるが、となると、彼が音楽家として身を立てた90年代、とくにポスロック〜音響の季節以後にこれらの問題はさらにどのような変遷を経て現在にいたるのか、彼の考えを読んでみたくなるのは人情というものだろう。それまで、私たちは本書を読み、そこに登場する作品を聴き考える猶予ができる。さいわいなことに専門店で清水の舞台から飛び降りなくともそれらの音楽にふれるためのトバ口に立てるのが21世紀だと、グラブスもいっている。それほどこの本は現在的であり、くりかえすが、きわめて野心的なこころみである。

追記:
と書いたところで、デイヴィッド・グラブスさんが来日されると知りました。やったね! 彼のCDと本を片手にかけつけましょう!


KANYE WEST × KENDRICK LAMER - ele-king

 カニエ・ウェストがサウンドクラウド・ページに、ケンドリック・ラマーとの初コラボレーション曲、“NO MORE PARTIES IN L.A.”を公開した。英紙『ガーディアン』によれば、サンプリングの元ネタは、ジュニー・モリソンの“Suzie Thundertussy”。また同紙には、曲中のケンドリック・ラマーが歌うリリックが抜粋されている。

“Liquor pouring and niggas swarming your section with erection / Smoke in every direction, middle finger pedestrians / R&B singers and lesbians, rappers and managers / Music and iPhone cameras.”
KANYE WEST×KENDRICK LAMER – “NO MORE PARTIES IN L.A.”

 なお、カニエ・ウエストは2月11日にニュー・アルバム『Swish』のリリースを控えている。



Isolde Touch - ele-king

 実験の旗色が悪いのか。前衛は死んだのか。あの死なないはずの、もしくは何度も死んでも蘇生したはずのピエール・ブーレーズも死んでしまった。前衛音楽も、実験音楽も、とうの昔に20世紀のフォルダに入れられてしまってわけで、マニアの蒐集欲を満たすブツ=盤としてフェティッシュな欲望の対象になってしまったのだろうか。むろんこれはこれで悪くない倒錯だ。私も大好きな倒錯である。

 では、実験音楽も前衛音楽も死んだ、というかゾンビ化した21世紀において、音楽における実験的な試みそのものも無効化したというのだろうか? いや、そうではないだろう。そもそも音楽とは終わることなき音の実験ではないか。20世紀が終わっても音楽が音楽である限り実験は終わらない。実験とは生の証である。ならば、もっとカジュアルに、もっとクールに、もっとモダンに、もっとモードに、音の実験をすればいい。モダン・モード・エクスペリメンタル。

 そして昨今の音楽的潮流において、そのようなモダンでモードなエクスペリメンタル・ミュージックは極めて重要な存在になっている。ベルギーの実験音楽/サウンド・アート・レーベル〈アントラクト(Entr’acte)〉はその代表格だろう。〈アントラクト〉はグラフィック・デザイナーでもあるアロン・ケイ(Allon Kaye)が主宰するレーベルで00年代から活動を続けている。もはや中堅といってもいいレーベル・キャリアだが、白地+色の新しいアートワーク・フォーマットやヴォイナル・リリースなどを導入して以降は、ノイジーな実験音楽のクラブ的展開という新しい領域へとその活動を拡張しつつある。じじつ、昨年リリースした、イマジナリー・フォーシズ(Imaginary Forces)、ガイ・バーキン&サン・ハマー(Guy Birkin & Sun Hammer)、カイル・ブラックマン(Kyle Bruckmann)などのアルバムは、エクスペリメンタルとロウなテクノをリンクさせた素晴らしいアルバムであった。

 そんな〈アントラクト〉から、イゾルデ・タッチの新作がリリースされた。彼女は南カルフォルニアを拠点として活動をしているアーティストである。イゾルデ・タッチ名義では〈ファーザー・レコード(Further Records)〉からアルバムを発表しており、本作は2作めに当たる。また本名アーシャ・セシャドリ(Asha Sheshadr)名義では、〈グリッド・コンプレックス(Gryd Complex)〉や〈ジギタリス(Digitalis Limited)〉などから作品をリリースしている。

 この〈アントラクト〉という、いまもっとも重要なエクスペ・レーベルからのリリースは彼女に大きな飛躍をもたらすのではないかと思う。じじつ本作はとてもユニークな作品に仕上がっているのだ。どの楽曲も、霞んだ音ならではの、美しくも儚い美が生成されている。アルバム1曲め“スタンダード・デヴィエーション(Standard Deviation)”から、その美的感覚は十分に表出している。クラシカルなピアノのループに、硬い電子ノイズに、ダブィなベース、キックの音、彼女自身と思われる声が、真っ白な空間に漂流する粒子のように交錯していくのだ。

 個人的には2曲め“パセティック・マシン(Pathetic Machine)”、3曲め“スカルペルス(Scalpels)”、4曲め“PVCバーン(PVC Burn)”などに聴かれるビートの音色=テクスチャーに注目したい。柔らかい声の層に、崩れ落ちていくかのようなインダストリアル・ビートが融合し、崩壊直前の美を聴き手に与えてくれるのだ。この感覚は極めて独特である。
 また、どの楽曲においても(彼女の)「声」と「ノイズ」によって極めて独特なアンビエント/アンビエンスな感覚が生成している点も重要だ。この宗教歌曲的/賛美歌的ともいえるクラシカルなアンビエンスは、2010年代以降のドローン/アンビエントを経由した新世代ならではの響きではないかと思う。私見だが、カラリス・カヴァデール(KARA-LIS COVERDALE)のアンビエント作品との近似性も感じられた。

 それにしても2015年において、〈アントラクト〉はついに頭ひとつ上に突き抜けた。ノイジーなサウンドを伴ったエクスペリメンタル・ミュージックでありながら崩壊したようなテクノ・ビートやループも混入されており、00年代の電子音響や10年代初頭のインダストリアル/テクノ「以降」を感じさせる作品を多数リリースしたのだ。とても新しく、モダンなレーベルへと刷新したように思えてならない。
 新年早々〈アントラクト〉のサイトでは、2016年最初のカタログがアナウンスされていた。主宰アロン・ケイの審美眼(耳)はますます冴え渡っているといっていい。今年も刺激的で、クールで、エクスペリメンタルで、モダン/モードな作品をリリースしてくれることだろう。

 朝一番に知人から届いた携帯メールでボウイの死を知った。起き抜けの寝ぼけ頭ということもあって最初は「ネット発のデマでは?」との疑惑の方が大きかったし、たまたま最新作『★』を前日に聴いていたタイミングということもあって余計に信じ難い。しかしBBC他のニュース・サイトを複数確認していくうちに徐々にリアリティが浸透し始め、それに伴いショックも少しずつ心に広がっていった。

 諸メディアに関連報道が次々にアップデートされ、セレブのトウィートはもちろん英首相デイヴィッド・キャメロンが定例記者会見の場で追悼の意を表し、現在現カンタベリー大主教までボウイ・ファンだったことを告白(!)。国際宇宙ステーションに乗船した初の英国人宇宙飛行士ティム・ピークからも追悼メッセージが届いた(ティムではなく「トム」だったら最高だったな)。ベルリン、ロンドンのブリクストン、とボウイゆかりの地にファンが花束を捧げ始めた映像に続き、夜が明けて彼の終の住処となったニューヨークのアパート前にも人びとが集い出した。朝刊にこそ間に合わなかったものの、第一陣を切ったロンドンの夕刊紙『Evening Standard』追悼号が街頭に溢れ出し……といった具合だったが、1月11日は「まさか」「何かの間違いでは」と、どこかキツネにつままれたような思いで過ぎていった気がする。

 その思いは多くの人びとも共有していたようで、テレビ(定時ニュース番組でのトップ報道を筆頭に、BBCやChannel 4は番組編成を変更して追悼特番やアーカイヴ番組を放映)やラジオをチェックしていても「信じられない」の声はよく耳にした。2003年の発作以降ツアー活動は停止、イベントのサプライズ・ゲストや他アクト作品への客演他こそあったものの00年代半ばから10年代始めにかけて彼が公けの場に滅多に登場しなくなり、「ロック界のグレタ・ガルボ」〜半ば隠遁者のエニグマと化していったのはよく知られている。今にして思えばそれすらもこのフィナーレを視野に入れた「終わりへの準備」だったように映るし、創作面の最後のメイン・パートナー役だったトニー・ヴィスコンティも彼の死を「これまでの彼の人生同様、芸術作品だった」と評している。が、当時の自分はむしろボウイの尊敬するマルセル・デュシャンが絵筆とキャンバスを捨てて「網膜芸術ではなく、観念としての芸術」を生き方において実践したように、「これも彼流の『不在』パフォーマンスであり、自己神話作りのひとつなのだろうな」と認識していた。

 というのも:面白いことに、この時期の彼のメディア・プロファイルはレコーディング・アーティスト/パフォーマーとしてアクティヴだった90年代よりも逆に大きかったからだ。「もっとも影響力の強いアーティスト」「ロック名盤」他の各種リストはもちろん、イギリスのヘリテージ・ロック雑誌界隈では手を替え品を替え「The Dame」(=デイムはイギリスのパントマイム劇で伝統的に男性が女装で演じるキャンプな中年女性の役柄で、ジョークと愛情を込めてボウイをこう呼ぶ人間は英音楽メディアに多い)を表紙特集に引っ張り出していた。2012ロンドン・オリンピックの非公式アンセムとして“Heroes”が繰り返し使われ、感動の波で人心を包んだのも記憶に新しい。2000年に行われたBBCとの取材でボウイが「インターネットは人間の生活を変える!」と、いささかネットに懐疑的な面持ちのインタヴュアー(ボウイよりも年下の著名ジャーナリスト)にアツく断言してみせる場面があるのだが、こうしたアート・テクノロジー・メディア・社会に関する先見性は不在時ですら彼の存在を様々な場で感知させることになった、と言える。

 その沈黙〜潜伏状況は、2013年に突如発表され人びとの度肝を抜いた前作『The Next Day』で変化した。とはいえ、同作に寄せられた賞賛には「老醜をさらさないボウイ」への祝福・感嘆・憧れも多分に含まれていたように思う。同作の音楽的なクオリティや知的でコンテンポラリーなコンセプトはもちろんだが、彼とほぼ同期のシルヴァー世代ロッカーの多くのように禿げも肥りもせず/あるいは年輪が刻まれ過ぎてフリーキーになることもない彼の久々のイメージは「ボウイ健在!」を刻み付け、ファンの期待をみごとに裏切らなかった。『★』発表時の(おそらく最後とされる)公式プロモ写真にしても、特有のニカッとした笑顔の若々しさとバロウズやレナード・コーエンを思わせるフェドーラ+スーツ姿は実にスタイリッシュで「さすが」と思わされた。

 これはまあ、「あまりに浅い、年齢差別な発想」と笑われても仕方ない意見なのかもしれない。が、3年前にヴィクトリア&アルバート博物館が企画した『David Bowie Is』と題された展示(コスチューム、メモリアル・グッズ等の私蔵コレクションの回顧展)がV&Aのチケット販売歴代記録を破る大ヒットになったように、音楽だけではなくイメージとスタイルの変遷を繰り広げ、現中年〜熟年層世代のファッション観に多くの影響を与えたアイコンに①気楽なジャージ+Tシャツ姿、あるいは②(アーティであれブリングであれ)頑張り過ぎな高級ブランド服を着られたら──やっぱりがっかりするだろう。イメージの重要さを知り尽くしていた彼は、最期までセルフ・イメージを維持し切ったことになる。

 もちろん我々に「オフ」でのボウイを見るチャンスはなかったとはいえ(実は自宅ではユルくビーサンとか履いていたんじゃないか? とも思うけど)、アルバムや銀幕を通じボウイがクリエイトしてみせた(あるいはクリエイターたちが彼に投影した)「異星人」「アンドロジニー」「人獣ミュータント」「吸血鬼」「魔王」等々のペルソナはアザーズ/ミスフィッツ/アウトサイダーの言い換えであり、そこには常に人知を越えた一種の神秘性〜肉体という限界を超越し、(驕ることなく)あざ笑いうっちゃり、かぶいてみせる「スーパー・ヒューマン」の魅力が漂っていた。たとえば昨今人気の高いイギリス俳優にしても、ベネディクト・カンバーバッチ、エディ・レドメイン、トム・ヒドルストン等、表=よく見えるとフリーク気味なマスク、裏=お茶目な素顔のコンビネーションがメインストリームに台頭しているのは、彼らの登場をはるか昔に地ならししたボウイDNA効果のひとつの顕われじゃないか?と。

 そんな風にボウイが全キャリアを通じて体現してみせたと言える「不可能を可能にする在り方」は、ファンである一般人にとっての憧れ・夢でもあった。もちろん自分のような凡人にボウイのような不老の秘訣は持ち合わせがないし、逆立ちしたって真似るのは無理と重々承知している。しかし、彼のようなスーパーな人間──それはロック界に限らずスポーツでも映画界でも、突出して秀でた人物のすべてに当てはまるが──が存在することそのものが自分の潜在意識の中で生に対するポジな励み、あるいは目標として「支え」になっていたとは思う。テレビで某コメンテーターが「私たちは導いてくれる『灯り』を失ってしまった」と語ったのはなるほど納得で、彼がインスパイアしたと言っても過言ではないパンク/ポストパンク/ニューウェイヴ/ニュー・ロマンティクス/シンセ・ポップ/ゴス〜ひいては若いアート・ロック勢は言うまでもなく、60年代UKロック黄金時代に間に合わず、混沌とした世界に迷い、疎外感を抱えていた世代のイギリスの子供や若者たちにポップを通じて未来やポスト・モダンの感性を浸透させ、進化を続けたボウイは、やはりリーダーでありアイコンだった。

 しかし何よりも素晴らしいのは、仮に「ボウイ」の名の下に人びとが集まれば、そこにはグラム・マニアからソウル好き、クラウト・ロック愛好家にプログレ人、ディスコ・ダンサーにインダストリアル・ロッカー、現代芸術家にファッショニスタ等々、種々雑多なサブカル・トライブと年代と性とが混じり合う図を容易に想像できる点だ。ミスフィッツによる「影の集団」と呼んでもいいだろうし、こうした「はみだしっ子の連携」はロバート・スミスやモリッシー、スウェードにジャーヴィス・コッカー、マドンナ〜レディ・ガガらのレゾンデートルにまで引き継がれている系譜とはいえ、ここまで長くアウトサイダーたちに心の拠り所を提供し続け、アクセス・ポイントを幅広く多く持つアーティストというのは──やはりボウイ以外にいないのではないだろうか。

 グラム好きなイギリス人の知人は、悲しみにくれて「まだ起きるべきじゃなかった、早過ぎる死。ひとつの時代が終わった」と話していた。それは、既にマーク・ボランを失っている彼にとっていよいよ本当に青春期が終焉したという意味なのだろうし、先に書いたように我々の心を見えないどこかで支えている(今風の「セレブ」ではなく真の意味での)「スター」の消失は、これからイギリスの深層心理にどんな影響を及ぼすだろう?と懸念すらしてしまう。彼のようなスーパー・ヒューマンですら、やはり死神がドアをノックするのを食い止めることはできなかったわけで。

 もっとも、ボウイの輝きに免疫がある人びとはいくらでもいる。1月12日早朝にスーパーに買い物に行き、大手新聞の朝刊一面をすべからく飾ったボウイのポートレートを眺めていたところ、たまにすれ違い会釈する間柄の近所のおっさん(たぶん50代)が新聞を掴みがてら「もう(ボウイ報道は)たくさんだよなぁ」と苦笑気味に話しかけてきた。なーる、イギリス人の誰もがボウイに感電したわけではなかったのね……と自らの近視ぶりを認識したのだが、この人と同じ世代の音楽好きの友だちも、意外や訃報に対するリアクションが冷たいのには驚いた。のだが、これは彼のアンチ・コマーシャリズムで硬派な元パンクスとしてのつっぱった姿勢ゆえだった模様(翌日、わざわざ「昨日は言い過ぎた、ごめん」と謝りの電話をかけてきた)。ジェンダー・ベンディングを始めとするボウイの危険分子としての存在感や厭世型のアポカリプス思想が苦手なもうちょい上の世代は、ディランやポール、ミックやニール・ヤングの伝統性や団結志向にアイデンティファイしている。若い子にいたっては、「ボウイ、Who?」な反応の方がむしろ普通だろう。

 ゆえに自分があれこれ心配する必要はないのだろうし、時間は刻々と過ぎ、新たなニュースも続々寄せている。この拙文のタイトルはアフォリズムを得意としたデュシャンの墓碑銘にちなんでいるのだが、ファンへの最後の贈り物として新作アルバムを発表し、「飛ぶ鳥後を濁さず」とばかりに実にさりげなくスマートに逝ってしまったボウイもまた、どこかデュシャンのように自らの死を客観視できる、一時的に地球を訪れた「Visitor」のひとりだったのかもしれない。というわけで、世界は前に進み続けている。が、うざったいのを承知で書かせてもらうと──イギリスのコンシャスな音楽好きにとって、ボウイの死はおそらくジョン・ピールの死(2004年)と同じレベルのショックと余波とを残していくだろう。かたやBBC=公共放送の場でラディカルな/他局ではオミットされる/アンダーグラウンドな音楽を情熱と共に紹介し続けた怪傑、かたやトレンドを嗅ぎながら独自のひねりを添えてマス・マーケットに提示できるスター・マイスター……とキャラクターは違うものの、英音楽カルチャーの織地における信頼できるナビゲーターがまたひとつ消えたのは間違いない。

 こうしたハブの遺失がすべてマイナスというわけではなく、ジョン・ピールの志しを継ぐ存在と言える音楽専門ラジオ局=BBC6は今も元気で意欲的なプログラムを組んでいるし、ボウイが早いうちから積極的に取り組んでいたネットはいまや最大の音楽発信源/リスニング・ポータル/発見ツールとしてアクティヴに進化している。優れたミュージシャンや音楽はこれからも生まれ続けるだろう。だが、今の自分の中にどこか、広い海と長く続く砂浜にひとり取り残された子供のような頼りない感覚があるのもまた、確かだ。

2014年に公開されたイギリス映画『パレードへようこそ』(日本での公開は2015年)。その主人公であるLesbians and Gays Support the Miners(LGSM)の活動を紹介する写真展が開催される。撮影はフォトグラファーの横山純によって行われた。横山氏は2014年8月から一年間イギリスに滞在し、現地の抗議運動やグライムアーティストを撮影。その写真はイギリスの音楽媒体『FACT』の年間ベストフォトにも選出された。写真展は2016年1月13日から25日にかけて、大阪のコミュニティースペースdistaで開催される。

以下、開催中の写真展の様子。

日程:
2016年1月13日〜25日
17:00〜22:30
火曜日休

会場:
コミュニティースペースdista
大阪市北区堂山町17-5 巽ビル4F
https://www.dista.be/access/

入場無料

1980年代のイギリスで生まれたLGSMは、2014年のイギリス映画『パレードへようこそ』公開後、にわかにLGBT(性的マイノリティ)コミュニティやアクティビストの世界を越えて「LGBTのヒーロー」の一つとして数えられるようになりました。

サッチャー政権はストライキを行う炭鉱労働者に対して弾圧を行い、労働者の生活は逼迫していきました。ロンドンで活動するLGBTの活動家たちは「かれらはおれたちと同じようにサッチャーにいじめられている。なにかできることはないか?」と、自分たちが置かれている状況に炭鉱労働者の姿を重ねあわせ、労働者や組合をサポートするために「Lesbians and Gays Support the Miners」というグループを作り、活動を始めました。地道なLGSMの活動は徐々に炭鉱の街の人たちの信頼を得て理解者を増やし、音楽やダンスで絆を深め、最終的にその運動はイギリス全土を巻き込んだ民衆の運動になりました。

それから30年が経った今もLGSMのメンバーたちは今年のロンドンプライドパレードで、警察や保守層から弾圧や妨害を受けていたソウルクイアパレードへの連帯を表明しただけではなく、イギリス中のプライドパレードや労働者たちのお祭りなどでバナーを持って行進しました。イスタンブールのプライドパレードにおける弾圧に対するトルコ大使館前の抗議でも、東ロンドンにおける公営団地からの住民立ち退きに抗議するデモでも、LGSMのバナーとメンバーたちを見つけることが出来ました。

LGSMは今でも「誰かのために立ち上がる」ことを忘れず、古びれることなく、変わりゆく社会環境の中で、闘争の最前線に立ち続けています。
虹のもとで、連帯こそ力であると信じて。
その、かれらの姿を見に来て下さい。


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