「AY」と一致するもの

Special Talk:OLIVE OIL×K-BOMB - ele-king


OLIVE OIL
ISLAND BAL

BLACK SMOKER

Hip HopExperimental

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OLIVE OILが7月にBLACKSMOKERから発表したソロ・アルバムのタイトル『ISLAND BAL』は、「島の居酒屋」とでも直訳できるだろうか。このOLIVE OILとK-BOMBという盟友同士の対談を読むと、「島の居酒屋」というタイトルがしっくりくるように思えてくる。もちろんOLIVE OIL×POPY OIL兄弟が徳之島出身で、福岡在住である事実とも関係している。

  だが、「島の居酒屋」がしっくりくるのはそれだけではない。OLIVE OIL×POPY OIL兄弟にしろ、K-BOMBにしろ、旅芸人のように全国津々浦々を渡り歩き、各地のありとあらゆる“シマ”での壮絶なライヴと、変態、変人、強者たちとの交流、そして連日の豪快な遊びを通じてセンスと感性と変態性にさらに磨きをかけ、それらを原動力に大量のビートやラップ、映像や絵を、まるでメシを食い、酒を飲み、セックスをし、風呂に入るのと同じような感覚で日夜吐き出していっているようだ。

  『ISLAND BAL』はそういう彼らの交流と日常的実験のレポートだ。それゆえに音と生活の距離がとても近く感じる。ビート集的側面が強いものの、OLIVE OILは、OMSB、K-BOMB、FREEZE、KOJOE、5lackといった、長年親交を深めてきた全国各地のラッパーの既発のヴァースと新たなビートを組み合わせ、再構築することで最新のラップ・ミュージックを作り上げてもいる。また、OLIVEが今年、金沢で出会ったaddginjahzzというグループのラッパー二人をゲストに招いている。

  音と生活の距離が近い、つまりここで聴ける“肉感的なビート”は、本作のライナーで白石裕一朗(AZZURRO)氏が書いている通り、OLIVE OILが2011年からメインの制作機材をNATIVE INSTRUMENTSのMaschineに変えたことも大きく関係しているのだろう。ジャケットのコラージュは、KILLER-BONGとPOPY OILの合作によるものだ。

  さて、長年の付き合いとなるOLIVE OILとK-BOMBだが、おそらくこれほどまとまった分量の対談記事は初公開と思われる。対談とはいえ、この二人の対話である……まずは恒例となる二人の出会いのエピソードから訊いた。POPY OIL、JUBEも同席して行われた、彼らのはちゃめちゃで、ルーディで、時に驚くほど核心をつくトークをお送りしましょう。

福岡の焼き鳥屋では会計の金額がすごいことになってた。──OLIVE OIL

金の使い方もなんか似てるんだよね。無くなるまで金を使い過ぎちゃう感じ。メシ、頼み過ぎちゃう感じとかね。ははっ。──K-BOMB

OLIVEさんとK-BOMBの出会いは?

K-BOMB:当時はCD-Rを売ってる人があんまりいなかった。CD-Rがビジネスとしてまだ成り立たない頃だよ。

OLIVE OIL:たしかにそう。

2000年代初頭から中盤ぐらいですかね。

K-BOMB:オレはCD-Rで作品を大量に作ってた。で、あるときCHU(INNER SCIENCE)からCD-Rを売れる店があるって教えてもらったのがWENODだったんだ。

OLIVE OIL:CD-R売ってたっすね。WENODに売ってもらってた。

K-BOMB:だから、「オレの他にCD-Rとか売るヤツいるのか?」ってWENODに訊いたら、「いますよ」と。それでOLIVEの作品を聴いたらさ、斬新で最新で歌い辛い感じでたまんないと。そのころトラック作ってくれるいい人を探してたところだったから、すぐにでも会いたかった。そうしたら、「来週(東京に)来ますよ」とまた教えられて、すぐに会った。オレ側のニュアンスとしてはそんな感じさ。

それってどれぐらいの時期ですか?

OLIVE OIL:2006年ぐらいですかね。

K-BOMB:どうなんだろうね。もうね、2000年代に入っちゃうと、オレ、わかんなくなっちゃうんだよ。オレのなかじゃあ、新しいことなんだけどさ、でももう10年ぐらい経ってるっていうことだからさ。ちょっと時空が捻じ曲がっちゃってる。季節感を感じないね。でも、そうなのかもしれない。気持ち的には1980年代ぐらいに会ってるような感じだよね。

OLIVE OIL:ははは。

K-BOMB:初めて会ったのはUNITでのライヴかな? いや、違うか?

OLIVE OIL:WENOD(当時店舗は恵比寿にあった)の近くの神社の裏のバーで会った気がする。

K-BOMB:だいたい年数適当のオレだからさ。1989年の夏、ニューヨークで会ったってことだね。

OLIVE OIL:ははははははははっはーはぁ。

福岡でWENODの神長(健二郎)さんも同席して、OLIVE OIL、POPY OIL、THINK TANKが初対面したという話を聞いたことがありますが、違いますか?

(※2007年11月23日にWILD RIDEというイベントがEARLY BELIVERSで開催。THINK TANKが福岡で初ライヴを行っている。OLIVE OIL、RAMB CAMPらも出演)

OLIVE OIL:そうそう。福岡の焼鳥屋で会いました。THINK TANKが初めて福岡でライヴしたときだ。

K-BOMB:えーーーーーー!? まじで? オレはファースト・コンタクトは恵比寿だと思う。恵比寿で仲良くなって、福岡に行ったはず。だってさ、いきなりさ、知らない人とオレがそんな風に飲むってことないんじゃない? それまで人とメシとかたぶん食いに行ったことなかった。OLIVEと初めてぐらいの勢いで行ったんじゃないかな? 芋の水割りもそれまで飲んだことなかった。だからそれぐらい古い関係だし、OLIVEと出会ってオレ自身の芋がもう捻じ曲げられた。

その福岡の焼鳥屋での出会いが壮絶だったらしいと。

K-BOMB:壮絶だよ、常に。

OLIVE OIL:うちらが店に着いたら、小上がりの座敷でTHINK TANKのメンバーみんなが横になって寛いじゃってた。

K-BOMB:オレたちね、すぐ寛いじゃうタイプだから。

たしか神長さんが両者の間を取り持って、その場で意気投合して、途中で神長さんは「もう任せたよ」って先に消えたみたいな話を聞いたことがある。それは恵比寿なのかな。

K-BOMB:意気投合系だね。

OLIVE OIL:うん。福岡の焼き鳥屋では会計の金額がすごいことになってた。

K-BOMB:金の使い方もなんか似てるんだよね。無くなるまで金を使い過ぎちゃう感じ。メシ、頼み過ぎちゃう感じとかね。ははっ。

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それはOLIVEに常にある雰囲気で、OLIVEはいろいろ絡ませていくからさ。民謡とジャズとか、民謡とヒップホップとか。ひねくれてるのさ。──K-BOMB

オリエンタルな雰囲気や日本昔ばなし的な雰囲気を出したかった。──OLIVE OIL

いずれにせよ、WENODがK-BOMBとOLIVE OILをつなげたことは間違いなさそうですね。K-BOMBとTHINK TANKは最初どういう印象でした?

OLIVE OIL:すげぇ恐い。

K-BOMB:まじで? やだな

OLIVE OIL:だって、全員寝てるわけですよ。畳の部屋で。

K-BOMB:畳だと、オレたち寝ちゃうんだよ可愛い感じで。椅子だと、オレたち野菜とか投げ合っちゃうからさ。

OLIVE OIL:あ、思い出した! そのとき、K-BOMBに「EL NINO(OLIVE OIL×FREEZ)やってるでしょ? オレたちは1997年からEL NINOってイベントをやってるからね」って言われた。

はははは。同じ名前だったから対抗してきたんですね(笑)。

K-BOMB:対抗してきたんだよ。

JUBE:その感じは変わってないよね。いまでも気に入った人物に対抗心むき出しのときたまにみるよ。

OLIVEさんとFREEZさんのEL NINOよりも前から、BLACKSMOKERは同じ名前のパーティをやっていると。EL NINOって1997年からやってたんですね?

K-BOMB:そうだね。たしかOrgan Barで毎週火曜日やってた。イカレたことをやってたよね。

OLIVE OIL:まあ、そういう会話からはじまって、「じゃあ乾杯しよう」と。そしたら、K-BOMBが「魔王って酒があるけど、そこには大魔王ってのがある。もっとこっちのほうが悪いんだろ?」って大魔王という酒を選んだのをよく憶えてる。あれウケたな。

K-BOMB:俺、大魔王のせーでその後、寝ながらLIVEした気がする。

JUBE:たしかに

POPY OIL:僕らが当時福岡でやっていたダダイズムっていうイベントの時にいつも迎えに来てくれる後輩の車のなかでは常にTHINK TANKとK-BOMB、BLACKSMOKERの音楽がかかっていた。

OLIVE OIL:自分は1997年にアメリカに行って、2002年に帰国したんだけど、当時、日本にいる変態系の人たちのビートをすげぇ探してた。福岡でその後輩のキョムってヤツに知り合って、その流れでTHINK TANKとか、全部教えてもらった。

ただ、OLIVEさんとK-BOMBで一緒に曲を作るのはそれから少し先ですよね。

OLIVE OIL:K-BOMBから「TRIPLE SIXXX」(CDは2010年発売。アナログ第一弾は2008年)に入ってる曲のアカペラを直でもらったのが最初だと思う。「BPMもわからないから」って言われて、すげぇ困った思い出がある。

K-BOMB:OLIVE OILは「BPMないんじゃないかな?」っていうのあるじゃない。出来そうだなっていう。ビートが揺れてるからさ。揺れてると、BPMが3ぐらい稼げるような気がするんだ。どこの位置にもコンテンツがあるから、リディムが出るっていうかさ。わかるでしょ? 乾いてると的確に叩かなきゃいけないけど、揺れてると的確な部分の幅が広がるっていうね。

OLIVE OIL:「TRIPLE SIXXX」の「Mr.KATO」が最初ですね。

「Mr.KATO」にはFREEZさんも参加してますね。

OLIVE OIL:EL NINOでちょうど作ってる最中とかだったからね。

K-BOMB:だってさ、あの時期は福岡にライヴしに行くと、次の日の昼からさ、CLUB BASEにベニヤ板みたいなの貼って、「さあ、やりましょう」ってRECがはじまるんだ。もう絶対なんだよ。二日酔いで録らされる。オレはその場でビートを聴いて、リリック書いて、2、3曲録ったりしてさ。そうやって作った曲で世のなかに出てない曲とかいっぱいあるわけ。人の家の二段ベッドの上で正座して歌った歌とか出てないんだ。

OLIVEさんの自宅兼スタジオで録ったりはしなかったんですか?

OLIVE OIL:いや。

K-BOMB:家じゃ録らないよ。もうね、ゲトー団地みたいなところがあるわけよ。福岡からちょっと行ったらさ。「オレは人の家は嫌だよ」つってんのに、車に乗って行ったらもうそこだよね。強制的なんだね、いつも。オレ、人の家は嫌だから、しばらく川歩いてたよ。

OLIVE OIL:川、歩いてた(笑)。

K-BOMB:川歩いてたら、子供たちが魚獲ってて、オレもそれに参加して良い気分になったね。

OLIVEさんがK-BOMBをRECに誘うと。

K-BOMB:いや、みんなでオレを騙すんだよ。

OLIVE OIL:たしかそのときはFREEZの計画だった。

K-BOMB:そう。仲良いから、オレのことわかって来ちゃってたんだろうね。この人に「録音しましょう」って言ったら、「絶対行かない」って言われるから、黙って連れていかれる。「おいしいもの食べたくないですか?」「食べたいね」と。そうやって釣り出されてる。完全に拉致られてる。そうしたら、いつの間にか録ってる。

RECするのが習慣っていうか日常的でスピードが速いんですね。

OLIVE OIL:そうっすね。

K-BOMB:CLUB BASEがあったときはあそこで名作はだいたい録ってるよ。

OLIVE OIL:たしかに。全部あそこかGREENHOUSEで録ってる。

CLUB BASEで生まれた作品には例えば何がありますか?

K-BOMB:RAMB CAMPとTHE LEFTYの曲とかもそうだ。

RAMB CAMP / REBEL MUSIC feat. THE LEFTY (K-BOMB, JUBE)

RAMB CAMPのアルバムとかもそうなんですか?

OLIVE OIL:そうそうそう。

K-BOMB:福岡のラッパーはだいたいあそこで録ってたんじゃないか? 自然にエコーかかっちゃってるの、広いからさ。普通のヴォーカル・ブースより明らかにデカくて、何人もブースにいるっていう感じさ。THINK TANKの録り方と似てるよね。喋り声とか入っちゃってる感じで、アカペラとか聴くとおもしろそうだな。「芋の水割りくれる?」みたいな話し声が入っちゃってんだと思うよ。

ふふふ。

K-BOMB:夕方ぐらいから録りはじめて、それでまた飲んで、次の日にライヴやDJやったりして、福岡に何日もいちゃうんだ。だから、だいたい二日目とか三日目から、オレに付き合えなくなってくる人いるけどね。なんかもう、ゲッソリして、胃液の匂いがプンプンするヤツとか。ははははは。三日とか付き合えるヤツ、なかなかいない。POPY OILぐらいだ。OLIVE OILは上手いこと「違うビジネスがあるんで」って会わない時間が長い。

OLIVE OIL:その三日間でZORJIが痩せていく(笑)。

K-BOMB:そうだね。

そういう録音作業の原点というか、はじまりが「TRIPLE SIXXX」の「Mr.KATO」だったと。

OLIVE OIL:そう。

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福岡にはビートメイカーも多い。CRДMとかLAF とかさ。ラッパーだとREIDAMとか。そういう世代が盛り上がってる感じがする。──OLIVE OIL

OLIVEのせーだ。福岡最高なんだっ。──K-BOMB


OLIVE OIL
ISLAND BAL

BLACK SMOKER

Hip HopExperimental

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K-BOMBから見て、OLIVEさんとPOPYさんっていうのはどういう人物ですか?

K-BOMB:オレはこの兄弟と1ヶ月に1回……いやもっと会うときもある。いろんな地方で会うんだ。8月もだいたい一緒にいたりとかするしさ。だからもう家族のよーに過ごしてる。オレは朝早く起きて全員分の洗濯とかしてるよ、OLIVEの家で。風呂も入ってる。

OLIVE OIL:ふふふふふふふ。

K-BOMB:この兄弟はもう天才で、音と映像とアートを兄弟で出来てるっていうのもスゴイけど、普通にワールドクラスのレベルなんだ。だから、近づきたかったっていうのはあるよね。よく解読できないレベルっていうのかな。だいたいオレ、解読できるからさ。だからライバルだし、ファンだし、友人だし、ファミリー的な感じだ。深い感じだと思う。教えてもらうことも多いから。

何を教えてもらうんですか?

K-BOMB:芋の水割りとか音の鳴りとかも教えてもらう。ところで最近、野菜食べてないか?

OLIVE OIL:いや食べてませんよ

ふたりからすると、K-BOMBのファースト・インプレッションは?

OLIVE OIL:そういう人間がいると思わない人物。「そういう人、いるの?!」と驚くような人物だった。

POPY OIL:ライヴでドレッドを片手に持ちながら、片手でパッドを叩いている姿を初めて見て、野生の要素と都会の要素を両方併せ持つ、超越している人物だと感じた。

K-BOMB:オレもこの兄弟に野性的なのもと都会的なものを感じたよね。よく言われがちな“黒い音”とかじゃなくてさ。黒いけど、その黒いとは違うんだ。ポップで、メロディアスで、オレの好みなんだ。

ノイズもあるし、ポップもある。

K-BOMB:あるあるある。質感を感じたよね。

OLIVEさんが海外から帰って来てFREEZさんと会ったときに、日本人離れした野太いラップが出来るラッパーだったから、彼とは一緒にできると確信したというような話をしてくれたことがあります。

OLIVE OIL:そう。オレはエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーも好きだったけど、90年代ヒップホップのスタイルをもって、徹底して8、16、24という偶数小節でラップしていくFREEZくんとやることで、ヒップホップのスタイルに自分の音楽を落とし込んでいった。そういう音楽を作っていたときに、今度はK-BOMBがオレの目の前に突如現れた。



K-BOMB:ふふっ。

OLIVE OIL:ラッパーなのに「1小節飛ばしてくれ」とか言われて、「やっべぇなあ」と感じた。

ヒップホップとラップのルールを知りながらそのルールを無視して、それでも王道のラッパーのかっこよさがある。そういうことですか?

OLIVE OIL:そうそう。だから、K-BOMBが3だったり、5だったり、7という奇数小節でラップしていくことに驚いた。

K-BOMB:でもそれはワザとじゃないんだ。同じ歌を同じトラックで歌っても1回目は8だけど、2回目が8とは限らないんだね。ラップを小節数で書いたことがないんだ。それが何なのかオレはまだわからない。感情がこもってくると小節数も変わって来る。感情がこもってなくても変わって来るし、かっこつけても変わって来る。かっこつけながら感情込めても変わって来るしさ。

JUBE:オレが数えたりするからね。でもやっぱり数えられない。4、4、4、1みたいに1が入ってきて、次6とか。挙句に頼りにしてたループはなくなって闇へと誘い込む。お手上げですよ。

K-BOMB:それがわからないんだよ。いいと思うものがそういうBPMだったり、そういう拍子だったりするのかもしれないね。サンプリングする時点でオレはもうそう感じてるよね。これはもう打ち難いっていう、そういうのが大好きだ。ゴールデンループっていうワザがあるからね。

ゴールデンループ?

K-BOMB:何日もそのループをかけっぱなしにしてて厭きないものさ。それがゴールデンループ。やっぱ最高なんだよね。OLIVE OILの聴き方さ。

OLIVE OIL:それは最高。

K-BOMB:名曲っていうのはさ、厭きちゃいけないよな。三日間ぐらいかけてても厭きない。ゴールデンっていうのは裏から入って来たりするものなんだよ。ゴールデンをさらに料理するのってすごい難しくて、ワザとらしくなっちゃたりとかするし、ストレートに行くのは誰しもやる手法なんだ。

『ISLAND BAL』には多彩でユニークなビートがあります。“HENCA”という民謡風の曲なんかもありますね。

K-BOMB:それはOLIVEに常にある雰囲気で、OLIVEはいろいろ絡ませていくからさ。民謡とジャズとか、民謡とヒップホップとか。ひねくれてるのさ。

OLIVE OIL:オリエンタルな雰囲気や日本昔ばなし的な雰囲気を出したかった。

K-BOMB:良いネタが入ったら良い曲が出来るっていうのは当たり前なんだけど、そのネタやモノの処理の仕方で変わってくる。絶対に誰しもが通る道っていうのは360度ぐらいあって、その雰囲気っていうのは誰しもが求めてる。OLIVEはそういうのを散らしてる感じがするけどね。それが技術なんだと思う。音の癖みたいなのを持っててさ。たとえば、だいたいヒップホップのビートメイカーはスネアやキックに重きを置くけど、OLIVEはハットに置いてたりとかさ。

OLIVE OIL:ハット、デカめですね。

K-BOMB:デカいと普通は耳が痛くなる。それが痛くならないとかさ。ちょっとよく聴いてみた方がいい他の人が置いてる重点と全然違うんだ。キックとかもさ、輪郭っていうよりベースに近いようなさ。

うんうん。

K-BOMB:ねぇ。丸い感じの。

OLIVE OIL:ブーン。マルチョーキック 最近食わなくなったけど

K-BOMB:芯っていうよりも周りも持ってる感じだしさ。そこに合うベースっていうのが入ってくる。それはほんとは組み合わせ辛いんだ。

OLIVE OIL:LAでマスタリングしたときに、K-BOMBの曲をスタジオで聴いていたら、TOSHINOBU KUBOTAのエンジニアもやっているアメリカ人が衝撃を受けてて。その様子はミュージック・ヴィデオにも写ってる。

K-BOMB × OLV-OIL / 真夜中のJAZZ

K-BOMB:「真夜中のジャズ」だね。たしかにあのときの彼の動きはTOSHINOBU KUBOTAの曲で踊ってるときとあんまり変わんないかもしれないな。つまり俺はTOSHINOBUなんだ

OLIVE OIL:その場にデリシャス・ヴァイナルのLAJさんも一緒にいて、彼もすげぇ上がっていて、ああいうのが正当な評価だと思う。

K-BOMB:それはビートが良かったから。「真夜中のジャズ」はOLIVEがミュージック・ヴィデオも作ってる。最近、OLIVEはシュールで恐い絵も描くし、いろんなセンスがあるんだ。オレたちの仕事を奪おうとしてるんだ。ふふっ。メシを作るの上手いしさ。そういう凡人離れしてるのはあるよね。

今回のアルバムに参加してるaddginjahzzは誰ですか?

OLIVE OIL:5lack世代ですよね。

K-BOMB:それはやっぱり最高の時期だね。OLIVEは同じ現場でいいと思った人とはやってるね。BIGIz'MAFIAとか名作がもうぞろぞろあるよ。

addginjahzz、ラップの訛りがおもしろいですね。

K-BOMB:このグループ、すごいいいね。声のバランスがいい。

彼らとはどういう出会いだったんですか?

OLIVE OIL:ちょっと前に金沢にライヴしに行ったときに会った。彼らすげぇ喜んでた。「BLACKSOKERから出すアルバムに曲が入っちゃうけど、大丈夫?」って言ったとき、「えええっ?!」って。

K-BOMB:よし、今度みんなで金沢に行こう! OLIVEが作って、光シージャーがかけて、ジャンルを超えてくみたいなパターンいっぱいあるんだ。シージャーがさ、BLACKSOKERの服ばっか着過ぎて、シルエットが俺と一緒みたいなときとかあるからね。

OLIVE OIL:それと福岡に最近Transform(https://transform.website/)って新しいクラブ、バーができた。

K-BOMB:朋晃(ツキツキニッコウ)のところだ。あっこいいよ。どんどんよくなってくるんじゃないかな

OLIVE OIL:福岡にはビートメイカーも多い。CRДMとかLAF とかさ。ラッパーだとREIDAMとか。そういう世代が盛り上がってる感じがする。

K-BOMB:OLIVEのせーだ。福岡最高なんだっ。

今後の話も訊きたいですけど、どうですか?

OLIVE OIL:今後はツアーしたいですね。ライヴをしたい。でもわかんない。もしかしたら作っちゃう可能性も高いから。でもリリースしたり、マスタリング済の音があるから、そういうのを持ってあちこち回るのがいいかもしれない。

K-BOMBはどうですか?

K-BOMB:これからのことはわからないよ。絵の仕事をやんなきゃいけないし、アルバムも作りたいなと思ってるけど、年々CD-Rも出すのが少なくなるぐらい時間がなくなってきちゃってさ。自分の課題がまったくこなせてないから、もっと厳しくしたいね、自分に。

OLIVE OIL:ふふふ。

真面目だ(笑)。

K-BOMB:俺はいつでも真面目さ。。。そろそろ旅行でもしてアルバムつくろーかな。

OLIVE OIL:あーぜひ事務所にもよってください。おいしいもの食べに行きましょう。

K-BOMB:いいね~ おいしいもの食べて……えっ? それって……ふふふ、それは高いよ。

BLACK SMOKER RECORDS PRESENTS
ELNINO

8/29(SAT) at clubasia 23:00-
ACT
KILLER-BONG JUBE BABA YAZI CHEE13 OLIVE OIL
5lack punpee OMSB Hi’spec peepow ROKAPENIS KLEPTOMANIAC
BUN LUVRAW Cocktail Boyz L?K?O VIZZA JOMO LIBERATE TISHIT
and more

DJ BISON Show - ele-king

 DJ BISON (SEMINISHUKEI / FOOT CLUB / THE INVADERS )はダイナミックにチェックするべきDJだ。
 家で遊んでいれば、全く知らない素晴らしい音源からどうでもよい面白い音源まで自分のワードで面白く紹介してくれる。DJでは、なかば未知の領域か大胆に取り出して来たような音源をPLAYしたかと思えば、丁寧にストーリーを繋げていく。
 現在少し更新が止まっているが、BISONが最新のヒップホップを紡ぐ、ばっちりと誰に対しても提出できるミックス日記のような「DJ BISON MIXSHOW」を一度聴いて頂ければ、その魅力の片鱗は伝わるはずだ。
 そんなDJ BISONのMIXと言葉とともにベイエリアの最重要アーティストのひとりを紹介したい。

SHAHEED AKBAR a.k.a "The Jacka" 
8.12.77 ~ 2.2.2015 mob in peace
TEXT : DJ BISON with COTTON DOPE

 ──サンフランシスコ ベイエリアのフッドを代表するラッパー、Dominic“THE Jacka" NEWTONがカリフォルニアのイーストオークランドで殺害される。享年37歳──(2015年2月12日)

 その少し前にASAP YAMSが死んでいる(2015年1月18日 )。国内のメディアはそればかりを取り上げていて、海外のメディアを見に行かないと情報がまるで入ってこなかったように記憶している。
 海を渡ったアメリカでは、all coastで彼の死を偲んでいた。西はE-40,東はCORMEGA、東西のアンダーグラウンドのキングと言えるこのふたりが一早く反応していた。これだけで、どれだけのアーティストから “The Jacka" というラッパーがリスペクトされていたのかが伝わるだろう。
 ベイエリアのヒップホップの偉大なる代表者。
 “The Jacka"
 そんな彼は何者なのか。
 一言で表すならば「ベイエリアのラップヒーロー」だ。

 ──RAP HERO。この言い回しは海外のメディアがJACKAを評する時には必ずと言っていい程でてくる言葉だ──
 その短くはないキャリアのなかでリリースした作品のどれもが高いクウォリティを誇っている。

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●2001: Jacka of the Mob Figaz
●2005: The Jack Artist
●2006: Jack of All Trades
●2008: The Street Album (U.S. R&B #80[7])
●2009: Tear Gas (U.S. #93[8])
●2010: Broad Daylight
●2011: Flight Risk (U.S. R&B #70)
●2011: We Mafia
●2011: The Indictment
●2012: The Verdict
●2012: The Sentence
●2013: The Appeal
●2013: Murder Weapon (TBA)[9]
●2014: What Happened To The World (Street Album)
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 ディスコグラフィーを見ると2010年以降のソロ作品のリリースの多さに驚かされるが、それだけにとどまらず、リリースしているMIXTAPE、客演仕事まで入れると到底数え切れないほどのworks量。そして数に比例して質を落とす事無く“The Jacka " はラップヒーローとして完璧な仕事をこなす。
 哀愁漂うtrackにのせ歌うように囁くように淡々とラップするそのスタイルはベイエリアの空気を東海岸まで運ぶかのようだ。良く 「冬に聞くNYスタイルは最高」という言葉を聞くが、そう思っている人は是非聞いていただきたい。The Jackaはやばい。
 亡くなってなおリリースされ続ける自身の作品、客演作品の数にはおどろかされる。7月にも、Tina - Blanco featuring Messy Marv, Husalah, & The Jackaなんてヴィデオが公開されている。 (https://youtu.be/7PvPe5b-tyQ) 

 現在のヒップホップはフリーダウンロードのミックステープが中心になっている。そのなかで、ギャングスタ・ラップとカテゴリーされるアーティストの作品はi-Tunesでひっそりとリリースされている作品が多く、その作品を知る機会は決して多くはない。
  本物の良質なベイエリアのラップが聴きたかったら“The Jacka"。
 そして、彼がやっていたレーベル〈The Artist Records〉とそれに所属するアーティスト達はどれも素晴らしい作品を現在進行形で作り続けている。
 ベイエリアのシーンをに興味を持ったのであれば、The Jackaとそのフッドの音楽を覗いてみて欲しい。ここにはヒップホップの現在のまた違う姿が存在する。

jitsumitsu - ele-king

夏、涼しく暗い所で聞きたい曲10選(順不同)

弓J (S) - ele-king

Moody Summer 10

Seven Davis Jr - ele-king

 70年代には日本のウィスキーのCM出演でもお馴染みだった黒人エンターテイナーの草分け、サミー・デイヴィス・ジュニアの名前を捩ったセヴン・デイヴィス・ジュニア(本名はサミュエル・デイヴィス)。ここ1、2年でのさまざまなシングルやEPリリースを通じ、アンダーグラウンドなハウス系クリエイターというイメージが定着したが、そもそもはシンガーとしてキャリアをスタートし、メジャー・デビュー寸前までいった。テキサス州ヒューストン出身で、その後サンフランシスコへ移り住んだ彼は、サミー・デイヴィスJrも属した一家の親分であるフランク・シナトラから、ナット・キング・コール、バート・バカラック、プリンス、ステーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、アレサ・フランクリンといったアーティストの影響を受け、ソウル、ゴスペル、ジャズなどに親しんできた。その後、ハウスやジャングル、ジュークやベース・ミュージックなどクラブ・サウンドに触れてトラック制作も始め、現在はロサンゼルスを拠点にシンガー/プロデューサー/ソングライターとして活動する。

 彼がクラブに通いはじめた頃のサンフランシスコのハウス・シーンでは、マーク・ファリナがヒップホップ、ジャズ、ダウンテンポ、トリップ・ホップなどもいっしょにプレイし、クロスオーヴァーなスタイルが脚光を集めていた。そうした自由な音楽性に感化され、彼もジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、アース・ウィンド&ファイアー、ヒートウェイヴ、ポーティスヘッド、トリッキー、ビヨーク、Jディラ、フュージーズとさまざまなサウンドを聴き、自身の作曲やプロダクションに反映させていった。そして発表した本ファースト・アルバム、たとえば“サンデイ・モーニング(Sunday Morning)”や“ノー・ウォーリーズ(No Worries)”ではムーディーマン、“ウェルカム(Welcome Back)”ではセオ・パリッシュ、“フリーダム(Freedom)”ではフローティング・ポインツとの類似性も見出せる。しかし、ジャイルス・ピーターソンの“ワールドワイド(Worldwide)”出演時のインタヴューによると、本人にはあまりそうした意識はないようで、むしろ前述のシナトラやプリンスからの影響が強いとのこと。本作おいてはそのプリンスはじめ、リック・ジェイムズ、Pファンク、アフリカ・バンバータ、アーサー・ベイカーなどを彼なりに咀嚼・昇華しており、フリオ・バシュモアをフィーチャーした“グッド・ヴァイブス(Good Vibes)”、フラーコをフィーチャーした“ビー・ア・マン(Be A Man)”、“エヴリバディ・トゥー・クール(Everybody Too Cool)”などがその表れだ。また“ファイターズ(Fighters)”には彼の中にあるゴスペル・フィーリングが露わになっており、アンプ・フィドラーやジェシー・ボイキンス3世などのシンガー・ソングライターに通じるところも見出せる。先鋭的なトラックも作り出す一方で、自身の音楽の基盤にある歌も忘れてはいないのがセヴン・デイヴィス・ジュニアなのだ。

R.I.P. 菊地雅章 - ele-king

 編集長をつとめた2誌があいついで休刊し職を失い、宇川直宏に「おくりびと」の称号をおくられて数年、私はそろそろ肩書きを「追悼家」にあらためようと思いはじめている。東京都在住・43歳(男)・追悼家・歩合給――と、よわよわしい冗談のひとつもいいたくなるほどこの夏は逝くひとばかりである。6月11日のオーネット・コールマンさんの訃報を知ったときは反射的にキーボードを叩いたが、こうもつづくとなると悲しみより呆然とし、こみあげる悔しさに怒りもこもる。
 数日後文化人類学者の西江雅之さんが亡くなり、何日かかしてイエスのベーシスト、クリス・スクワイア氏が歿した、と書くのもわれながら意外だが、17のとき、グレコのリッケンバッカー・モデルのベースを手にした理由の八割はレミーで、のこりの二割はイエスの上品なメンバーのなかでひとり無骨だった彼の影響もなくはなかったことを、中年期の胃酸とはひと味ちがう思春期の甘酸っぱさとともに思い出したのが彼の訃報に接した6月末。ところがそれでも終わらない。七夕の日に菊地雅章さんが、翌日に相倉久人さんがあいついで鬼籍に入るにいたってはこの世のそのものがみいられた気になったがおそらくそれはただしくなく、世にムーヴメントやシーンと呼ばれるものがあれば、そこに身を投じるひとの多くは同世代であり、たがいに感化され合ったつくり手と彼らに感化かれた私たちは、喜びも悲しみも幾星霜、ともに年を重ね、彼らがついに先に逝くとき、そこに共時性をみて歎息する。今年の夏はほんとうに多いわね、これで昭和が、20世紀がまた遠のいたな、と。
 そこには世代の、地域のかかわりがあり、それを超えた音楽が本が映画が無数の表現がひとと結ぶかかわりがあるが、菊地雅章さんと相倉久人さんの関係は前者だった。60年代、ともに銀座・銀巴里に出入りし、プーさんは金井英人、高柳昌行、富樫雅彦とのジャズ・アカデミーを組織し、新世紀音楽研究所に発展するなかに、すでにジャズを論じはじめていた相倉さんもいた。その後の錯綜した人間関係のアヤを描くには私は役不足だが、論争をひとつの踏み板としたジャズの、それもまた燃料だったのだろう。ジャズはみるみる成長し、60年代の終わりを待たず、プーさんはジャズを学びに海を渡り、アメリカで手にしたものをもちかえり、つくりあげたファーストが1970年の『Poo-Sun』であり、そこには電化前のマイルスのぎりぎりの表面張力と同質のものがみなぎっていた。プーさんは70年代を、ギル・エヴァンスやエルヴィン・ジョーンズといった斯界の巨人と共闘しつつ、その可能性の発展に賭け、80年代にそれは『Susuto』『One-Way Traveller』といったフュージョン~ファンクの傑作に実を結んだことは、DJカルチャーまっさかりの90年代、一部で発掘の対象となっていたがいまのように「和ジャズ」とすでに呼ばれていたか、記憶は定かでない。いずれにせよ、そのダンスミュージックとしての真価を実地にはかるには、菊地成孔のDCPRG(現dCprG)の「Circle/Line」の再演まで、つまり20世紀の終わりまで待たねばならなかったが、その数年前、私はバイトするレコ屋にはいってくる毎月の新譜にテザード・ムーンがクルト・ワイルを演奏したアルバムをみつけたのだった。不勉強ながら、プーさんがゲイリー・ピーコックとポール・モチアンとレギュラー・トリオを組んでいたのは3枚目のその作品でようやく知った。クルト・ワイルといえば、ダグマー・クラウゼからハッピー・エンド(あのはっぴいえんどではなく英国のブラバンのこと)まで幅広い層に人気のドイツ系ユダヤ人作曲家であり、私はその前年に出たナチス時代の『頽廃芸術展』に範をとった4枚組の日本盤(eva)で、ブレヒト/ワイル、ブレヒト/アイスラーをかわりばんこに聴いていたがその日からバイト中はテザード・ムーンの『Play Kurt Weill』(1994年)を聴くことにした。
 小川隆夫氏のライナーによれば、プーさんはワイルをギル・エヴァンスに教えてもらったという。「アラバマ・ソング」「バルバラ・ソング」「モリタート」はブレヒトとのコンビの曲で「モリタート」はジャズ・ファンにはソニー・ロリンズだろうし、「スピーク・ロー」はスタンダードである。ところがここでの3人は、ワイルの「歌」を音の元素に還元し、主従関係どころか楽器のキャラクターからも離れ、それを自由に交換する場のなかに始原のリズムとハーモニーをうかびあがらせる。私はプーさんばりに唸り、店長にたしなめられたが、ピアノトリオのそのようなあり方はそれまで知らなかったし、いまもほかに似たようなのがあるとは思わない。テザード・ムーンの2004年の最終作『Experiencing Tosca』にも、ベースをゲイリー・ピーコックからトーマス・モーガンにチェンジした2012年のECM盤『Sunrise』にもかたちを変えてそれはあたかも菊地雅章のピアニズムの道行きのように引き継がれている。菊地雅章は間章を畏怖させたピアノというおそるべき楽器に抗するでも迎合するでもないやり方で別の場所へ運ぼうとした。プーさんの具合が悪いらしい、と伝えられてからも、私はなぜだか菊地雅章の歩みが止まるとは思わなかったのは彼の独歩の歩調から来る印象だったのかもしれない。相倉さんが司会をつとめた銀巴里セッションで終演後もひとりピアノに向かいバラードを弾きつづけたという逸話さながら、菊地雅章は人類がこの世界から退場するさいの客出しの伴奏者なるにちがいない。その夢想はあえなくやぶれ、マイルス・デイヴィスとの出会いの記録と同じく、プーさんのあり得べき音楽のいくつかは失われたが、のこされたものはすくない。おそらくこれからも生み出されるだろう。サークルは閉じてはいないのである。(了)

SACHIHO (S/VERSION DUB EXPERIENCE) - ele-king

セカンドフロア的なHOUSE&BASS 10選

 イスラエルのガレージ4ピース、ブーム・パム。日本人にもどこか親しみぶかく懐かしいメロディやサウンドは、辺境マニアのみならず、広いリスナー層から愛されるにちがいない──。小島麻由美のデビュー20周年を記念した最新アルバムは、地中海随一のサーフ・スポットとして知られるテルアビブ産のサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとの心躍るコラボレーション作となった。代表曲の数々が新鮮な音とアレンジでよみがえる! 発売に合わせて、オフィシャルMV“白い猫”も公開された。映像を手掛けるのはいまをときめくVIDEOTAPEMUSIC!

小島麻由美"白い猫"(Official Music Video)

小島麻由美デビュー20周年企画、Boom Pamとのコラボ作『With Boom Pam』収録曲より“白い猫”のオフィシャルMVがYouTubeより公開された。
 監督は、前作『路上』のオフィシャルMV"モビー・ディック"を手掛けたVIDEOTAPEMUSICが担当、テルアビブ・サーフロック・サウンドとして生まれ変わった小島ワールドをミステリアスな世界観で表現したMVに仕上がっている。

■アルバム詳細


Tower HMV Amazon

小島麻由美『With Boom Pam』
DDCB-12078 / 2015.07.22 on sale / 2,593Yen + Tax /
Released by AWDR/LR2

[収録曲]
01.アラベスク / Arabesque
02.泡になった恋 / Bubble on the beach
03.ブルーメロディ / Blue melody
04.セシルのブルース / Blues de Cécile
05.蝶々 / Tick tuck
06.エレクトラ / Elektra
07.蛇むすめ / Snakegirl
08.トルココーヒー / Turkey coffee
09.モビーディック / Moby dick
10.白い猫 / Chat blanc


Boom Pam(ブーム・パム)

【小島麻由美】デビュー20周年企画第一弾!
地中海サーフロックバンド【Boom Pam(ブーム・パム)】との前人未到のコラボレーション作が登場!
【小島麻由美】の代表曲の数々が地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!
デビューシングル『結婚相談所』(95年7月21日)、デビューアルバム『セシルのブ-ルース』(95年8月19日)より20年。
2015年、様々な記念リリースやコンサートが予定さている20周年企画第一弾として、小島麻由美と地中海サーフロックバンドBoom Pamとの前人未到のコラボレーション作が登場!イスラエル・テルアビブで結成されたBoom Pamは、地中海随一のサーフスポットとして知られるテルアビブ産のサーフロック・サウンドをベースにアラビアの音階も貪欲に取り入れたオリジナリティ溢れるサウンドが特徴。
その人気は本国に止まらず、ヨーロッパでも高い評価を得ており、日本でも『FUJI ROCK FESTIVAL'14』での来日をはじめ、二度の来日ツアーを行い徐々に認知を広げている。そのサウンドに魅せられた小島麻由美のオファーにより、この予測不可能な奇天烈コラボレーションが決定。
小島麻由美の代表曲の数々が、地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!

■小島麻由美プロフィール
東京都出身。「古き良き時代」の音楽を愛するガールポップ・シンガー/ソングライター。1995年7月、シングル「結婚相談所」でデビュー。
現在までにオリジナルアルバム9枚、ミニアルバム2枚、シングル16枚、ライブCD1枚、ベストアルバム2枚、映像DVD2タイトルを発表。
ジャケットにも多く使用される自筆イラストがトレードマークで、1999年NHK「みんなのうた」への提供曲「ふうせん」では、三千数百枚に及ぶアニメ原画も提供。イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI'S PAPERBACK』もある。
映画、CMへの歌唱、曲提供多数。近年では2011年~現在放映中の『キッチン泡ハイター』CM曲を歌唱。海外での活動は、2001年仏盤コンピレーション参加。2001~2002年「はつ恋」が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映。公演は2006年JETRO主催『Japan Night』(上海)、2009年『Music Terminals Festival』(台湾・桃園)参加など。
2014年7月、4年ぶりとなるオリジナルリリースとしてミニアルバム『渚にて』、12月3日にはフルアルバム『路上』をリリース。『SUMMER SONIC 2014』への出演など、本格的に活動を再開する。デビュー20周年となる2015年には活発なライブ、リリースを絶賛計画中。https://www.kojimamayumi.com/

■ライブ情報
小島麻由美デビュー20th記念ツアー『WITH BOOM PAM』
出演 : 小島麻由美 with Boom Pam

[大阪公演]
■ 2015年8月31日(月) @梅田 Shangri-La
OPEN / START 19:00 / 19:30
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://eplus.jp/kmwbp/ (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月3日(金) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 21:00
予約期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 14:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 清水音泉 06-6357-3666 (平日12:00-17:00) 
https://www.shimizuonsen.com

[東京公演]
■ 2015年9月1日(火) @下北沢 GARDEN
OPEN / START 19:30 / 20:00
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://sort.eplus.jp/sys/T1U14……001P006987 (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 21:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 下北沢GARDEN 03-3410-3431  https://gar-den.in/


Marii (S・LTD) - ele-king

丸くて尖ってる10曲 (順不同)

漢 a.k.a. GAMI (企画/構成・二木信) - ele-king

検索出来ても経験不足
知ったかぶってる偽物ばっかだ
漢 a.k.a. GAMI “oh my way”

 アウトサイダーではない。これはアウトローの物語である。
 2003年、MSCの『MATADOR』を初めて聴いたときは、とんでもない人たちが出てきたと驚いたものだったけれど、本書『ヒップホップ・ドリーム』でぼくはようやくその背景の詳細を知ることができた。そうか、こういうことだったのか……MC漢の生き様そのものが音楽に直結している。直結していなければ、それは“リアル”じゃない。
 漢の自叙伝『ヒップホップ・ドリーム』をぼくは先週末、布団のなかで読みはじめて、そのまま最後まで読み切ってしまった。本書の企画/構成者である二木信のバカヤローに「素晴らしかった」というメールも送った。この手の実話ものはたいていそれなりに面白いものだが、本書に関しては構成力も素晴らしかった。
 
 1978年新潟で生まれ、東京は新宿で育った漢は、なかば崩壊する彼の家庭環境、不良グループの実態、ローカル都市としての新宿、MSC結成、ストリート・ビジネス、アジトでの共同生活、そしてLIBRAとの決裂と鎖GROUPの立ち上げまでの歴史を魅力的な語り口で紡いでいく。それら物語からは、彼のヒップホップ観やストリート・ワイズ、もしくは反骨心やハングリー精神が立ち上がってくる。
 ストリート目線の、街で学んだ言葉(隠語)で綴られる『ヒップホップ・ドリーム』は、まずはその言葉遣いそのものに異様なグルーヴがある。ヤンキー文化にコンプレックスを抱く知識人が書いたものとはわけが違うってことだ。そしてサーヴィス精神旺盛な漢は、彼のサグなエピソードを惜しみなく語ってくれる。ユーモアはあるが情緒の入り込む余地はない。時系列に従って淡々と、恐怖と魅惑の物語を書けるギリギリのところで書いている。誇るべき栄光の歴史というよりも、いわば反社会のオンパレードで、読んでいるだけでもぞっとする箇所がいくつもある。内臓の底から凍えるようなエグい逸話も少なくない。思わず本を破り捨てたくなるようなヴァイオレンスもある。しかし、それが“リアル”であるならば、漢は書かなければならない。“リアル”を表すことこそ彼のラップ哲学なのだから。
 
 これはMSC誕生秘話であると同時に日本語ラップ史のひとつの季節、ひいては日本の音楽史90年代から00年代にかけてのアンダーグラウンド文化の生々しい回想録だ。90年代のストリートではいったい何が起きていたのかという証言──まあ、たしかに若者文化において観葉植物が瞬く間に広まった時代でもあったし、ぼくの身近なところでも、小中でSDP、そして「証言」で人生を変えられて、ECD、ギドラ、シャカゾンビ、ブッダ、ケムリなどなど……といった一連の流れ(並行して、レゲエもあったことを忘れてはならない)にどっぷり浸かっていた輩が何人もいる。NASの川崎チッタのライヴに出かけ(ぼくの世代はPEだった)、思春期に日本語ラップ黄金期を思い切り浴びたその世代(昭和50年~50年代なかば生まれぐらい)が街に繰り出しはじめたとき、日本における不良は更新されたのかもしれない、と思う。
 『ヒップホップ・ドリーム』には、そのあたりの“リアル”の断片も散らかっている。つまり、描かれているのはメタファーとしての毒でなく本物の毒、そして集団暴行、落ちるところまで落ちること、すなわち犯罪についても、だ。業界主導ではじまった日本のヒップホップはこうしてストリート主導の文化へと変わっていったと言えば聞こえはいいかもしれないけれど、“リアル”とはそうスマートなものではない、ということもよくわかる。
 が、それ以上に本書が訴えることは、このドラマの向こう側からは、誤解を恐れずに言えば、そう、カウンター・カルチャーの可能性を感じるということではないだろうか。彼はいっさいそんな風なことを語っていないけれど、どうにも漢は反逆者だ。そもそもこの本には、保守的な日本がもっとも嫌悪するものごとで満ち溢れている。そして、たとえ危険な匂いを漂わせようとも、どこまでも反権威的で、力に屈することのないインディペンデントな人物たる漢は、ある意味憧れであり、本人がいくら否定しようとも人の内なる欲望の代弁者であり、そして大胆不敵な(アンチ)ヒーローなのだ。
 彼はストリートから来ているが、ストリート至上主義者ではない。が、しかし、どんなに血も涙もない場所であっても、そこが創造力の源になっていることが本書を読んでようくわかった。これだけの経験をして、そして大人になった漢がこれからどんな“リアル”をラップするのか、本書を読み終えたぼくにはこの先が楽しみでならない。果たしてどこに“リアル”を見出すのだろうか。

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