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ここ1~2年は、なんだろうか......、日本の若い世代からエレクトロニック・ミュージックの作品が出てきている......いや、ずっと出てきているのに僕が気がついていなかっただけなのだろうけれど、とにかく顕在化しているのはたしか。15年ぶりだ。作っている人はいまこの波に乗ろう。フラグメントの初めてのインスト・アルバムとほぼ同時期にリリースされたイーライ・ウォークスのデビュー・アルバム『パラレル』もこの機運を印象づけている。
アメリカ人の父親と日本人の母親のあいだに育ったイーライ・ウォークスは......、なかなか気持ちの良さそうな青年で、そのドリーミーな佇まいは彼の音楽にも繋がっているようだ。イーライ・ウォークスは、『アンビエント・ワークス』時代のエイフェックス・ツイン、『ジオガディ』の頃のボーズ・オブ・カナダ......そしてゼロ年代の〈ブレインフィーダー〉の申し子だ。ビートの太さと遊び心あるチョップからは「フライング・ロータス以降」を感じさせ、ロマンティックなハーモニーや美しい音色、そして風景がゆっくり変化していくような展開からはボーズ・オブ・カナダを彷彿させる。とはいえ、当然のことながら、彼の音楽は、ラスティなんかとも似た、モダンな質感を持っている。音色的にも、そして伸びと伸びとしているところとか。
沖縄にいたころは父親が米軍基地で働いていて、基地の外で日本人が「出てけ」って運動してたりするのを目の当たりにしてた。母親は日本人だから、僕はほんとにどうしたらいいんだろうって考えざるをえなくて......。
■『パラレル』に関していろんな説明がありますよね、IDMとかエレクトロニカとか......三田格は「フライング・ロータス以降」と解釈してましたけれど、ご自身としてはどのように思われてますか?
EW:たしかに自分としてはいろんなところからインスピレーションを受けていると思っているよ。たとえばむかしはメタルをやってたり、ギターを弾いてたりしたしね。けれど直接的な影響といえばやっぱりIDMは自分のルーツだと言えるかな。もちろんフライング・ロータスが出た〈ロウ・エンド・セオリー〉もよく通ったし。
■フライング・ロータスとエイフェックス・ツインというふたつの選択があって強いてひとつを選ぶとしたら、エイフェックス・ツイン?
EW:イエス! その通りだね。
■まずは、あなた自身が音楽制作に向かうことになった経緯をおききしたいんですが。
EW:いい質問だよね! 昔はロック・ミュージックをプロデュースしてたんだけど、そこでは少しエレクトロニックな音のエフェクトが欲しいってなったときに、制作の過程の最後で僕とは違う人間を入れてやらなきゃいけなかったりしたんだ。けれどその違う人の味が自分の音に乗っかって、自分の音を変えていってしまうことがすごくいやだった。曲はすべて自分でコントロールしたい。だからすぐにコンピュータを買って、自分で音楽をつくりはじめたね。たまたまそのとき僕のまわりではエレクトロニック・ミュージックを聴いている人が多かったから、CDをもらったり借りたりできたし。
■それは何年くらいの話ですか?
EW:18歳くらいかな。
■聴いたところによると、あなたは幼少期からご両親のお仕事の関係で住居を転々とされていたということですが、そうしたあなたの生い立ちとエレクロニック・ミュージックに惹かれたということとはなにか関係があると思いますか?
EW:転々としてるからこそ、いろんなところでいろんな音楽を吸収できたりもしたね。僕自身小さいころから音楽が大好きだったっていうこともあるんだけど、その環境のおかげで音楽に対してすごくオープンになったかな。いろんなものを経験して音楽への愛は大きくなったんだけど、直接的にエレクトロニック・ミュージックの影響を受けたのは東京に来たときのことだったと思う。16歳くらいのときかな。
■へえ? 東京ではどんなふうにそういう音楽と出会ったの?
EW:16歳くらいのころからほんとよくクラブで遊んでて、そこでエレクトロニック・ミュージックを聴いたりしてた。アメリカから姉が帰ってきたときに、ボーズ・オブ・カナダとオウテカのCDをくれてすごく影響を受けたり、もうひとりの姉はそのころトリップ・ホップにハマってたりして、たまたま東京にいたときにすごくエレクトロニック・ミュージックを聴く環境が整ってたんだよ。
■それはなんだろう、東京という街にそういう音があったってことなんでしょうかね。それともそういう音楽そのものがあなたに強い影響を与えたということなんでしょうか。
EW:そうだな......やっぱりクラブってものの影響が大きかったかもしれない。最初に行ったときは自分がそういう音楽を受け入れてたかどうかわからない。クラブは最初は楽しさがわからなかったけど、通ってまわりを観察してるうちに、「みんなこんなに楽しんでるんだな」って、エレクトロニック・ミュージックの影響の大きさを感じたかな。あと、マッシヴ・アタックも大きいよ。彼らはロックとエレクトロニックとを混ぜた。当時は彼ら以外の人たちもそういうことをやりはじめた時期だったけど、マッシヴ・アタックに出会ったことで、それまでわからなかったものの扉を開くことができたんだ。
■ちょうど『メザニーン』のころですね。
EW:イエス。『メザニーン』!......イエス!
■そうか、イーライ・ウォークスの音楽を聴いたときに、僕はボーズ・オブ・カナダが好きっていうのはよくわかるんですよね。だけどクラブってちょっと意外で、ダンスというよりはアトモスフィアやムード、アンビエントみたいなものを伝えたいのかなって思っていたので。
EW:当時クラブで流れてたのはプロディジーだったりケミカル・ブラザーズだったりしたけど、そこから入ってどんどん音のエフェクトとかテクスチャーとかに興味を持ちはじめたんだ。たぶん最初にボーズ・オブ・カナダを聴いたときには自分でもまだ難しかったんだと思うけど、だんだんとハマっていって、細かいところや具体的な部分が見えてきたんだ。
■話は戻るんですけど、日本に来る前はどんなところをめぐってきたのか、ざっくりと教えてほしいんですが。
EW:カリフォルニアに生まれて、6~7歳くらいは沖縄。で、ノース・カロライナ、沖縄、東京、カリフォルニア、東京......
■(笑)じゃ、日本とアメリカの各都市をいったりきたりしてたんですね。
EW:ははは、そうなんだ。だから日本語も英語もあまりうまくない(笑)。
■(笑)自分のアイデンティティって考えたことはありますか?
EW:そうだな、むかしから転々としてたから、仲良くなったグループともすぐお別れしなきゃならない。そんななかで自分を見つめ直したりしながら、アイデンティティについて考えることは多々あったね。
■ご両親を恨んだりはしませんでしたか(笑)?
EW:ははっ、すごくサポーティヴな両親だったから恨むってことはなかったけど、中学のときにせっかく仲良くなった友だちと別れることになったときは、さすがに言葉で責めたりはしたね。ノース・カロライナのときだった。けど、心では恨んだりしたことないな。
■なるほど。それだけ行ったり来ているしてると、どっちにいるかわからなくなったりしませんか(笑)。アメリカにいるのに日本にいるときのようにふるまって失敗するとか。東京と沖縄でもすごく差があるのに、まして日本とアメリカなんて文化土壌がぜんぜんちがうわけじゃないですか。
EW:たしかにね。しょっちゅうそう思うよ。アメリカでは、ごく親切でしてるだけのつもりなのに「この人ほんとに静かだな」って思われてたりね。たとえば日本ではみんな電車でも静かに乗ってお互いを尊重しあってるけど、アメリカでは突然知らない人が話しかけてきたりする。ほんとにちがってて混乱することがあるよ。
■カート・ヴォネガット(Jr.)は知ってる?
EW:いや、聞いたことはあるけど......
■『スローターハウス5』って小説を思い出しました。主人公が訳もわからずにタイム・ワープしていくんですけど、宇宙人に囚われたかと思えば、いきなり第二次世界大戦下のドレスデンでナチスの攻撃を受けてるっていう話でね(笑)。
EW:ワオ! はははは。
■自分にいちばんしっくりくる街っていうのはあったりするんですか?
EW:うん、やっぱりそれが理由で東京に戻ってきたっていうこともあって、東京がいちばんだなっていまは思ってる。ただ、ほんとそのときそのときの自分の年齢にもよるかな。沖縄にいたころはまだほかの世界があるってことを知らなかったから、沖縄がいちばんだって思ってたこともあった。けどいまいろんな場所を経験したあとで、東京がいちばんしっくりくるって感じるよ。
■ロスには3年でしたっけ?
EW:5年かな。
■ロサンジェルスって、ここ10年、いろんな話をきいていると、文化的にすごく盛り上がっているといいますよね。〈ロウ・エンド・セオリー〉しかり、インディ・ロック・シーンみたいなものも含めてなんですが、あなたのその5年間にロサンジェルスから受けた影響について教えてください。
EW:すごくいろいろな影響を受けているよ。ロサンジェルスに行く前は、エレクトロニック・ミュージックといってもすごく実験的なものしかやっていなくって、もう、人には理解してもらわなくったっていいっていうような音作りしかしていなかった。けど〈ロウ・エンド・セオリー〉に行って、エレクトロニック・ミュージックでみんなこんなにもパーティしてるんだってことを知って衝撃的だったんだ。僕の行ってた音楽学校では、自分と同じような境遇の人がいっぱいいて......つまりいろんな国から生徒が集まって実験的な音楽を追究している子たちも多かったなかで、〈ロウ・エンド・セオリー〉の影響はとくに大きかったね。
■それは、なんでしょう、東京にいたころはよりエクスペリメンタルなことをやっていたと。それでロスに行って、もうちょっと自分の幅が広がったというようなことでしょうか。
EW:東京にいた頃はボーラみたいなよりレフトフィールドなものにハマったんだけど、そうだね、もっと、なんていうか......。
■ボーラみたいなエクスペリメンタルなものにそもそもあなたがハマっていった理由というのはどういうものなんでしょう?
EW:さっきも言ったボーズ・オブ・カナダはすごく素晴らしい、自分を変えるきっかけになったような音楽なんだ。ふつうの人でもきっと聴けるサウンドなんだけど、自分では彼らの音をより深く聴いていくうちに、もっといろんなテクスチャーやビートを掘り下げて知りたいと思うようになって、それがボーラとかにつながっていったのかもしれない。どんどん好奇心が生まれてエレグラにいったりとかしたんだよ。
■それが〈ロウ・エンド・セオリー〉に行ったことによって、オープン・マインドになったってことなんでしょうか?
EW:そうだね、〈ロウ・エンド・セオリー〉に行ったことは自分をひらくものだったかもしれない。あとは学校の生徒たちの存在が大きいよ。まわりの友だちがディーバの音楽をサンプリングしてチョップ・アップしてたりとか、すごくいろんなことをやっていたから、そういうものに大きく刺激を受けたと思う。
■なるほど。
EW:そのときにいた環境のパッケージ、というかね。
■以前フライング・ロータスにインタヴューしたときには、彼はロサンゼルスの学校時代、クラスメイトたちからはすごく変わり者として思われていたと言っていました。まわりはだいたいメイン・ストリームのヒップ・ホップを聴いているのに、自分だけはDJクラッシュとかデトロイト・テクノとかを聴いていて、そんなやつはクラスにひとりしかいなかったって言ってましたけどね(笑)。
EW:ふつうはそうなんだろうね(笑)。でも僕の行ってた学校はほんとうにエクスペリメンタルなことをみんなが追求してる集団で、いろんなことがやれたんだよ。クレイジーだったね(笑)。
■〈ロウ・エンド・セオリー〉って、なんだか日本ではストイックで、渋いアブストラクトな印象が広まっているんですが、カセット出しているような、アンダーグラウンドなロック・シーンとも繋がっているんですよね。実験的だけど、ちょっと享楽性のあるような(笑)。
EW:うんうん。当時思ってたのは、ほんとにクリエイティヴな場所だなってことで、あれと同じようなムーヴメントはないなって思えるようなイヴェントだったね。
[[SplitPage]]クラブは最初は楽しさがわからなかったけど、通ってまわりを観察してるうちに、みんなこんなに楽しんでるんだなって、エレクトロニック・ミュージックの影響の大きさを感じたかな。
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■どんな経緯で今回のアルバムは生まれたの?
EW:ええと......。そうだね、いろいろな要素があると思う。まず自分が聴いていいなと思ったものを、自分の手で再現していきたいと思ったこと。あと学校ではシンセを手作りしたりしてたんだけど、自作のシンセで遊んだりしてるうちに、これをきちんと音にしたいなとも感じた。それからむかしギターで書いた古い曲をエレクトロニック・ヴァージョンにしてみたいって気持ちもあった。そういうものが全部重なりあって、この作品になったと思うよ。
■なるほど。あなたのなかでエレクトロニック・ミュージックの魅力とは何なんでしょう?
EW:エレクトロニック・ミュージックって、すごいいろんな色を持ったものだと思うんだ。バンドにはギターがあってベースがあってドラムがあって、そのそれぞれにエフェクトをかけたりすればいろんな音は出せると思うんだけど、エレクトロニック・ミュージックにはもっと無限の可能性があって、まるで3Dみたいに、すごく狂った体験ができると感じるんだ。
■僕は今日、ええと、笑わないでほしいんだけど、ブルース・スプリングスティーンをずっと聴いてて(笑)。それで思ったんですが、アメリカのポップ・カルチャーの多くが、ヒップホップにしてもロックにしても、アメリカ社会を反映したものが作品になってると思うんですね。そういう社会との関係性ということを考えたときに、エレクトロニック・ミュージックとはどのようなものだと思いますか。
EW:いまってすごくいろいろなものが変化していて、インターネットが生まれたことで国やジャンルの境界線がなくなってきてたりするよね。そんななかでアメリカでもエレクトロニック・ミュージックのポジションが変わってきていると思う。カニエ・ウェストとかダフト・パンクとかがいろいろやったりして、エレクトロニック・ミュージックはほんとにメイン・ストリームになったなって思うよ。
■それはほんとにそう思います。20年間聴いてきたんですが、90年代は、エレクトロニック・ミュージックはヨーロッパ中心のものだったし、アメリカからはあまり聴こえてこなかったですよね。それがこの10年でほんとにアメリカで広がったんだなって思います。
EW:たとえばニューヨーク出身のアーティストでも、まるでUK出身みたいなエレクトロ・サウンドのバンドがいたりするし、そのへんの境界はほんとになくなってきてると感じるよ。
■それってなんなんでしょう、アメリカの古い価値観が崩れていくというようなことでもあるんでしょうか?
EW:うーん、そうだなあ......
■ははは。もう、昔はね、シンセサイザーの音が入ってるってだけで、アメリカでは「オカマっぽい」って言われたりしたんですよ。
EW:ああ、うんうん。そこはすごくオープンになってきてるんじゃないかな。で、その古い価値観っていうのもすごく残ってはいると思うんだけど、アメリカってすごくメイン・ストリームに左右されるところで、メイン・ストリームがやったことがすごく強調されるんだ。カニエ・ウェストとかがやることは、メイン・ストリームに広がったりするから、たしかに(マイノリティの問題等についての)受け取り方はオープンになってきていると思うよ。ケイティ・ペリーが「I Kissed A Girl」って歌うと、アメリカ中の女の子たちに、あ、それはアリなんだって伝わっていく。メイン・ストリームを通せばそういうオープンな価値観も広がるんだ。
■なるほどね。それでいま3年めでしたっけ? 東京に移ってきたわけなんですが、ぶっちゃけ、放射能とか怖くないですか?
EW:はっはっは。あんまり。
■(笑)。
EW:そりゃ、現場に行けば怖いだろうなって思うよ。東京でもデリケートな人たちは「水もあぶない」って言ったりしてるけど、飲んじゃってるし。
■では、アルバムのタイトルを『パラレル』にした理由はなんなんでしょうか?
EW:アルバム制作にいたるまでに、予期せぬできごとがすごくたくさんあって、いろんな人との出会いとか、このレーベルとの出会いとか、いろんな偶然もたくさんあったんだ。そしてとても立ち止まって考えていられないほど、すべてのことがシンクしてた。僕は頭の中でひとつの線を思い描いていて、ちょっと数学的なんだけど、そうやって線を描きながらものごとを考えたときに、すべてがシンクしていくことがよくわかった。だからこのアルバムは、なにか線で表現したいなって思ったんだ。それで「パラレル」って言葉を思いついたんだけど、平行って、すごくそういうイメージでしょ。
■へえ、なるほど。
EW:状況が変わればアルバムの見え方も変わるとは思うんだけど、自分の人生の中にはパラレルなものが多いなって感じるんだ。日本とアメリカのふたつのものの間をいったりきたりしてるのも、パラレルのイメージだしね。
■日本にいるととくになんですけど、アメリカと日本をめぐっていろいろと政治的な複雑な関係を耳にすると思います。そういうことは気になったりしますか?
EW:じつは沖縄にいたころは父親が米軍基地で働いていて、基地の外で日本人が「出てけ」って運動してたりするのを目の当たりにしてた。母親は日本人だから、僕はほんとにどうしたらいいんだろうって考えざるをえなくて......。そういう、日本とアメリカとの関係性について考えざるをえない場面っていうのは僕の人生のなかに何度もあったよ。いまはあんまり考えないようにしてるんだけどね。
■それは重たい話ですね......ご自身の作品のコンセプトというか、リスナーをどうしたいとか、そういうものはありますか?
EW:とくにコンセプトといえるほどのものはないんだけど、たとえばタワレコとかに行ったときに、はじめて試聴するときのインパクト、それは与えたいなって思ってたんだ。だからこれまで書きためてた曲で好きだったものを選んで、自分でパーフェクトだって思えるまで死にものぐるいで作ったよ。あと、そうだな、最初はコンセプトと呼べるものはなかったものの、いま『パラレル』ってタイトルをつけたあとで目をつむって曲を聴いていると、ふしぎと線だったり形だったりが10曲の中でつながっていくよ。
■ではこの音楽のなかで展開される叙情性みたいなものは、あなたのなかのどういうところからくるものだと思いますか?
EW:やっぱりいろんなところに引っ越しているから、友だちとの別れとか、恋愛だったりとか。あとは両親が音楽好きなんだけど、父親がすごく音楽をエモーショナルに聴く人で、レディオヘッドとか聴いててもいきなり巻き戻して「ここの部分聴いてみろ」とか言うんだ。
■はははは!
EW:(笑)そんなところにすごく影響されてるかも。
■あ、お父さんがレディオヘッド好きなんだ(笑)。レディオヘッドが好きなお父さんてすごいね!
EW:ははっ、父さんはすごいクールだよ!
■ははは、じゃ小学校のころに『キッドA』聴かされたりしてるんだね。あの、わりと最近は都内でライヴされたりしてますよね。先日もフラグメントといっしょにやったりとか、あるいはちょっと前にコウヘイ・マツナガくん(NHK)とやったりとか、日本のトラック・メイカーと関係することがあると思うんですが、いっしょにやってみて面白いなって思った人はいますか?
EW:最近同じイヴェントに出てたジェラス・ガイっていう女の子のビート・メイカーがいるんだけど、その子のパフォーマンスがすごくよかった。
■へえ、日本人なんですか?
EW:そう、〈ソナー〉にも出るっていう子なんだけど。あとはタナベ・ダイスケさんとかパフォーマンスが素晴らしいって思うし、あとはオオルタイチさんとか。みんなそれぞれ違った要素があって、共演させてもらう人たちからはいろんなことを学んでるよ。NHKはすごい観たかったんだけど、前回は時間が重なっていて、すごく残念だよ。
■彼は見た目からして、危険な男ですよ。
EW:はははは!
■このイーライ・ウォークスの作品が出たのと同じ時期に、僕はそういう若い日本のトラック・メイカーの作品を耳にすることがすごく多かったんです。ひょっとしたら、まあ、すごい偶然なのかもしれないけど......あなたと同じようなタイミングで、新しい世代が出てきたのかもしれないっていう印象を受けたんです。ご自身ではそういう感覚はありますか?
EW:最近はみんながコンピュータを持っている時代で、「エイブルトン」を使いこなしていたり、「ガレージバンド」でも音楽を作れてしまうから、ここ最近はすごくそういう音作りのブームっていうのが起きてると思うんだ。だからこの数年はほんとに楽しみにしてるよ。
■なるほど、ありがとうございました。僕は10曲めの"ミスト"って曲がいちばん好きでした。
EW:(日本語で)ああ、ありがとうございます!
■いちばん人気がある曲って何なんですかね。1曲めもすごくいいですけどね。
EW:あ、みんなけっこう"ムーヴィン"はいいって言ってくれるかも。なぜかiTunesだと"フリーフォール"。
■ああ、そう。それはおもしろいね!
EW:そうなんだ......
■ははは、ありがとうございました!





























